説明

臭気成分捕集用繊維状吸着材

【課題】 大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分を捕集可能であり、簡便な方法で再生可能な、多種多彩な使用目的に対応可能な汎用性の高い臭気成分捕集用の繊維状吸着材を提供する。
【解決手段】 大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分を静電的相互作用に基づいて捕集機能を発現する官能基として、同一分子内に陰イオン性官能基と陽イオン性官能基を併せもつ、水溶性の両性イオン性高分子を親水性の繊維原料溶液に混合し、湿式紡糸法により混合紡糸をして得られる、多種多彩な使用目的に対応可能で、かつ容易に再生可能な、臭気成分捕集用の繊維状吸着材を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大気中の臭気成分の捕集除去を行うための吸着材において、水溶性の酸性および塩基性成分を静電的相互作用により効率的に吸着でき、再生が容易でかつ多種多彩な使用目的に対応可能な、臭気成分捕集用の繊維状吸着材およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、数万〜10万種類にも及ぶとされる化学物質が年間数億トンもの規模で生産されている。これらの化学物質は、技術革新や経済成長など種々の面で人間社会に貢献をしており、必要不可欠なものとなっている。一方で、これら化学物質の環境汚染によるヒトや生態系への悪影響が懸念されており、身近な環境においても種々の問題を引き起こしている。近年の生活様式の変化や居住環境の高密度化などにより、低濃度であっても化学物質による影響を無視することができなくなってきている。1990年代から問題視されるようになったシックハウス症候群の原因物質は、建材などに使用される揮発性有機化合物、ホルマリン(ホルムアルデヒド)、殺虫剤成分などである。これらの発生量は決して高い訳ではないが、居住環境の気密性の向上もあり、重篤な健康被害が報告されている。このような生活様式や居住環境の変化は、公害時代における悪臭問題とは異なる新たな臭いに関わる問題も引き起こしている。悪臭成分に関しては、悪臭防止法において特定悪臭物質22物質が規制されているが、近年問題とされる臭いの問題においては、その発生源は身近でかつ多種多彩な生活環境であり、規制22物質以外の物質もその原因となる。これらの大気環境中濃度は決して高いものではないが、快適生活環境の確保、さらには長期低濃度曝露による化学物質過敏症の発症などを考慮すると、可能な限り除去する必要がある。
【0003】
大気環境中の化学物質の除去には、公知のとおり、旧来より活性炭をはじめ、アルミナ、シリカ、ゼオライト、珪藻土、活性白土などの無機系吸着材が広く用いられている。悪臭と感じられる成分は、酸性ガス、中性ガス、塩基性ガスに大別されるが、1種類の吸着材でこれらすべての成分を吸着できるものはない。また、吸着可能な物質であっても、無機系吸着材の単独使用では吸着容量は必ずしも高くはなく、特に、水溶性の高いイオン性を示すガス成分の高度吸着は難しい。そこで、吸着容量の増加を目的に、化学的な吸着機構を示す物質を添着させるという方法が用いられる。例えば酢酸、酪酸などの酸性ガスの吸着には、アニリンやポリエチレンイミンなどのアミン類、水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムなどの塩基性無機化合物が、アンモニアやトリメチルアミンなどの塩基性ガスの吸着にはリン酸や硫酸などの無機酸、酒石酸やクエン酸などの有機酸が使用されている。しかし、吸着処理時における添着成分の漏出が問題となる。また、吸着成分の脱着時には添着成分が脱離するため、再添着を行わなければならないという煩雑さもある。さらに、吸着適用範囲を拡大させるためには複数の添着成分を使用しなければならないが、混合して添着すると添着成分の中和により吸着活性が消失してしまう。そのため、酸性ガス用添着型吸着材と塩基性ガス用添着型吸着材を混合するという方法が考えられるが、この方法を用いた場合にも、中和反応によって吸着能が低下してしまうという問題がある。
【0004】
上述のような問題を解消するため、特許文献1には、添着担体となる無機多孔質材料混抄シートと活性炭の混抄シートとを加熱圧着して一体化した脱臭シートが開示されている。この技術ではさらなる多層化も容易であるため、複数の悪臭成分を同時に吸着可能な一体型の吸着体を製造することが可能である。この開示技術で得られる吸着体は濾紙状のものであるため、旧来からの粉体よりも取り扱いは容易ではあるものの、多様にニーズに対応可能な多彩な形状に加工することは困難である。また、このような添着型吸着材を用いる場合には、前述のように吸着成分を脱離させる際に添着成分も脱離してしまうため、吸着体を再生後再利用するということが困難である。担体のみを回収して再度添着するということも考えられるが、多層の圧着シート状となっているため現実的には不可能である。
【0005】
大気環境中の酸性および塩基性悪臭成分の吸着材としては、アミン系化合物添着活性炭粉末と金属酸化物触媒粉末とをポリマーバインダで固化させた吸着体に関し特許文献2に開示がある。この吸着体では混合される金属酸化物触媒粉末が塩基性成分の吸着材であると共に、この触媒作用により吸着成分が分解され吸着成分の脱離率が低いとされている。しかしながら、吸着成分が完全分解されるのではなく、永久的に使用可能ではない。この吸着体においても添着しているため、前述のように再生・再利用することは困難である。さらに、この開示における吸着体は高分子バインダにより固化されるものであり、加工性や多様性の点で必ずしも有利なものであるとはいえない
【0006】
特許文献3には、酸性および塩基性ガスの両方を吸着可能な繊維状吸着材に関して開示されている。この開示によれば、アクリロニトリル系繊維をヒドラジンで架橋後、加水分解あるいは酸処理することにより、弱塩基性部位とカルボキシル基を有する繊維を製造することができ、アンモニア、トリメチルアミン、酢酸、酪酸の酸性および塩基性ガス成分を同時吸着可能な繊維状吸着材として利用可能であるとされる。この繊維状吸着材は、単一の吸着材で、かつ添着することもなく酸性および塩基性ガス成分を同時吸着可能である所に優位性がある。また、希薄なアルカリ水溶液と酸水溶液を用いて洗浄することにより酸性および塩基性ガス成分を脱離できるため、再利用も可能である。さらに、柔軟な繊維状であるため多彩なニーズに対応可能な形態に加工することも容易である。特許文献3の技術は酸性および塩基性ガス成分の同時吸着材として有望ではあるが、架橋、加水分解、さらには必須要件であるカルボン酸基の金属対イオン化という煩雑な製造工程をとる必要がある。また、再生に酸およびアルカリ溶液を使用しなければならず、その濃度に関しては記述されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許公開2008−212205号公報
【特許文献2】特許公開平6−7634号公報
【特許文献3】特許公開平9−228240号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の問題点を鑑みてなされたもので、大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分の捕集除去において、臭気成分の静電的相互作用に基づいて捕集機能を発現する官能基として、同一分子内に陰イオン性官能基と陽イオン性官能基を併せもつ、水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料溶液に混合し、湿式紡糸法により混合紡糸をして得られる、多種多彩な使用目的に対応可能で、かつ容易に再生可能な、臭気成分捕集用の繊維状吸着材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者が鋭意研究を行った結果、水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基と共にカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料に混合することにより、大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分を、その静電的相互作用によって効率よく吸着でき、かつ水洗などにより容易に再生することが可能な臭気成分捕集用の繊維状吸着材が得られることを見出した。
【0010】
本発明の繊維母材に混合される前記水溶性の両性イオン性高分子は、アリルアミン−マレイン酸共重合体またはジアリルアミン−マレイン酸共重合体が最も好ましいものである。
【0011】
また、本発明において、水溶性の両性イオン性高分子が混合される繊維原料が、セルロースまたはポリビニルアルコールである。
【0012】
本発明の臭気成分捕集用の繊維状吸着材は、(a)前記水溶性の両性イオン性高分子を準備する、(b)前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料に混合する、(c)両性イオン性高分子混合繊維原料を湿式紡糸法により混合紡糸する、という工程により製造される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、分子内にアミノ基あるいはイミノ基とカルボキシル基を多数有する水溶性の両性イオン性高分子を親水性の繊維原料に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸することにより、大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分の吸着に適した繊維状の吸着材を容易に得ることが可能である。また、本発明の吸着材においては、混合紡糸した両性イオン性高分子の弱い静電的相互作用と両性イオン性高分子に保持された水の層への分配とにより水溶性の臭気成分が吸着されるものであり、水洗浄などによって容易に再生可能であるため、環境負荷の小さい吸着材となる。また、柔軟な繊維状であるため、既存加工技術の利用により種々の糸、布帛、紙などに加工可能であり、多種多彩な使用目的に対応可能な形状の吸着材を作製することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、本発明の繊維状吸着材を充填した評価用カートリッジの構成を示す。
【図2】図2は、本発明の繊維状吸着材を充填した評価用カートリッジの通気法による臭気成分の吸着評価試験システムの構成を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明では、水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を多数有する水溶性の両性イオン性高分子を親水性の繊維原料に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸することにより、大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分を、その臭気成分の静電的相互作用に基づいて捕集除去するのに適した繊維状の吸着材を製造する。
【0016】
本発明において繊維原料に混合される水溶性の両性イオン性高分子は、高分子中にアミノ基あるいはイミノ基とカルボキシル基を有する両性イオン性高分子である。アミノ基あるいはイミノ基は陰イオン交換性の官能基であり、カルボキシル基は陽イオン交換性の官能基である。これら陰イオン性官能基および陽イオン性官能基は静電的相互作用を発現すると共に、水和能(主として水分子の電気双極子と溶質粒子の電荷との静電気的作用および水素結合により水分子を引きつける力)を有するため吸着材表面に水の層を形成させて親水性相互作用(Hydrophilic−Interaction:吸着材の親水基に基づく極性や水素結合などの相互作用や、吸着材に保持された水相への分配などの複合的な相互作用)を発現させることも可能である。陰イオン性官能基および陽イオン性官能基としては、第四級アンモニウム基ならびにスルホ基を用いても同様の静電的相互作用と水和層形成を行うことができる。水和層の強さという点に着目すれば第四級アンモニウム基ならびにスルホ基を用いるほうが有利ではあるが、これらはイオン性が高いため強いイオン交換相互作用が発現してしまう。イオン交換的な相互作用は酸性および塩基性成分を吸着させるためには有利ではあるが、吸着力が強くなり過ぎるため、吸着処理後の再生が困難になる。したがって、酸性および塩基性成分の過剰吸着を抑えるためには、弱イオン性のアミノ基あるいはイミノ基、カルボキシル基を用いる必要がある。これらの弱イオン性の官能基としては多様な形態のものが存在しうるが、本発明におけるアミノ基は高分子主鎖にアルキレン鎖を介して結合したアミノ基であることが好ましい。また、本発明におけるイミノ基は、ポリエチレンイミンのような主鎖中に存在するものではなく、環状のイミノ基構造をもつものである。さらに、この環状のイミノ基は、高分子の主鎖にアルキレン基を介して結合したものでもよいし、式(2)に示すような構造の環状イミノ基の一部が高分子の主鎖を形成していてもよい。一方、カルボキシル基は主鎖に直結したものでも、アルキレン基を介して結合したものでもよい。
【0017】
水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子は、このような形態のアミノ基あるいはイミノ基を有するあるいは後処理によりこのような形態のアミノ基あるいはイミノ基を導入可能なモノマーと、カルボキシル基を有するあるいは後処理によりカルボキシル基を導入可能なモノマーとの共重合により合成される。本発明の目的である静電的相互作用と水和層形成を発現させるためには、得られる共重合体のアミノ基あるいはイミノ基とカルボキシル基がZwitter−ion性分子のように近傍に配置されていることが好ましい。つまり、ブロック共重合体やグラフト共重合体ではなく、ランダム共重合体、理想的には交互共重合体であることが好ましい。
【0018】
上記のような形態をもつ、アミノ基とカルボキシル基とを有する両性イオン性高分子の一つの形態としては、アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドと(メタ)アクリル酸との共重合により得ることができる。この場合、(メタ)アクリル酸の代わりに(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを用いて得られる共重合体のアルキルエステル部分を加水分解することにより同様の両性イオン性高分子を得ることもできる。また、アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドの代わりに、グリシジル(メタ)アクリレートと(メタ)アクリル酸との共重合体のグリシジル基にアンモニアを反応させたものも使用することが可能である。この場合にも、(メタ)アクリル酸の代わりに(メタ)アクリル酸のアルキルエステルを用いることが可能であるが、アンモニアとの反応後に、アルキルエステル部分を加水分解することにより本発明において使用可能な両性イオン性高分子を得ることができる。アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドとしては、アミノエチルアクリレート、アミノエチルメタクリレート、アミノプロピルアクリルアミドなどがあげられる。また、(メタ)アクリル酸のアルキルエステルとしては、メチルメタクリレート、メチルアクリレート、エチルメタクリレート、エチルアクリレートなどがあげられる。
一方、環状のイミノ基とカルボキシル基とを有する水溶性の両性イオン性高分子としては、上記アミノアルキル(メタ)アクリレートあるいはアミノアルキルアクリルアミドの代わりに、ピロリジル基、ピペリジル基、ピペラジル基などをエステル部にもつ(メタ)アクリル酸系モノマーを用いれば得ることが可能である。当然のことであるが、(メタ)アクリル酸系モノマーの代わりに(メタ)アリル系モノマーを用いても同様の両性イオン性高分子を得ることも可能である。一般に、これらの共重合体はランダム共重合体であるが、より好ましい形態である交互共重合体とするためには、カルボキシル基生成のためのモノマーとして無水マレイン酸を用いるのがよい。アミノ基あるいはイミノ基を有するモノマーとしては上述のモノマーを用い、無水マレイン酸と共重合させた後、無水マレイン酸を加水分解してジカルボン酸とすればよい。
【0019】
本発明における水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子としては、交互共重合であること、水溶性、さらには入手の容易さを考えると、下記式(1)に示されるアリルアミン−マレイン酸共重合体または下記式(2)に示されるジアリルアミン−マレイン酸共重合体を用いるのが好ましい。なお、本発明においては、これら共重合体単独または混合して使用してもよい。
【0020】
【化1】



(ここで、nおよびmは正の整数を示す。)
【0021】
【化2】



(ここで、nおよびmは正の整数を示す。)
【0022】
これらの両性イオン性高分子は、例えば、ジアリルアミンまたはアリルアミンと無水マレイン酸との共重合により得られる共重合体を加水分解することにより得ることができる。ジアリルアミンまたはアリルアミンと無水マレイン酸との組成比(式(1)および式(2)におけるn:m)は交互共重合型高分子であるためおおむね1:1である。これらの両性イオン性高分子の分子量を正確に求めることは難しいが、本発明においてはおおよその平均分子量として5,000〜100,000のものが用いられる。これらの両性イオン性高分子は水溶性であり、それぞれのイオン性基の周りに多数の水分子が水和することによって高い保水性を示す。親水性相互作用においては両性イオン性高分子のイオン性基も極性化合物の抽出に有効に寄与することができるが、イオン交換相互作用またはイオン排除相互作用が強く発現することは好ましくはない。そのため、弱陽イオン性および弱陰イオン性の官能基を有する上記式(1)または上記式(2)の両性イオン性高分子を用いることが好ましい。
【0023】
本発明において、両性イオン性高分子が混合された繊維状の吸着材は、前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料溶液に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸して得られる。本発明においては、水溶性の高い臭気成分を吸着対象とするため、前記両性イオン性高分子を混合する繊維母材にも親水性を示すものが使用される。高い親水性を示す繊維母材としては、セルロース(レーヨン)、ポリビニルアルコール(ビニロン)があげられる。これらの繊維母材は高い保水性を有しており、この高い保水性は静電的相互作用の発現に貢献することができる。また、これらの繊維は湿式混合紡糸によって製造することが可能であるということも本発明において有効である。前記両性イオン性高分子の合成においては、カルボキシル基生成のために加水分解操作を行う必要がある。つまり、両性イオン性高分子は水溶液として得られるため、煩雑な脱水操作を行うことなく、湿式紡糸用の繊維原料溶液に混合するだけで容易に混合紡糸が可能となる。
【0024】
本発明の繊維状吸着材は、セルロースあるいはポリビニルアルコールと湿式紡糸法により混合紡糸される。これら繊維との湿式混合紡糸は公知の方法により行うことが可能である。公知のビスコース法を用いてセルロースと混合紡糸する手順を次に示す。すなわち、(i)水溶性の両性イオン性高分子を準備する、(ii)公知の方法により製造されたセルロースビスコースを準備する、(iii)水溶性の両性イオン性高分子とセルロースビスコースとを混合する、(iv)この混合溶液を紡糸ノズルから押しだし、(v)希硫酸を主剤とした凝固浴中で再生させる、(vi)紡糸された繊維を洗浄・乾燥させるという工程により製造される。湿式混合紡糸においては再生条件が問題となるが、公知の再生条件で混合紡糸することが可能である。すなわち、水溶性の両性イオン性高分子混合セルロースビスコースを、紡糸ノズルから、硫酸80〜120g/Lおよび硫酸ソーダ50〜360g/Lを主成分として含有する凝固液(液温40〜50oC)中に押し出せばよい。ビスコース法以外のセルロースの製造方法、例えば、銅アンモニア法によっても同様の繊維状吸着材を得ることも可能であるが、セルロース中に混合される両性イオン性高分子に銅が吸着されてしまうという問題が生じる。銅が吸着してしまうと、増粘・凝集が生じて紡糸性が低下するだけでなく、紡糸後に銅を除去するための更なる洗浄工程が必要となる。したがって、本発明の繊維状吸着材の製造においてはビスコース法を用いることが好ましい。
【0025】
水溶性の両性イオン性高分子は粉体として紡糸工程で投入することも可能であるが、水溶性の両性イオン性高分子合成工程や繊維原料溶液への溶解性、さらには紡糸工程の作業性から、水溶液として繊維原料溶液に混合するのが好ましい。水溶液中における水溶性の両性イオン性高分子の濃度は、特に規定されるものではないが、紡糸工程を考慮すると5〜50重量%のものが用いられる。水溶性の両性イオン性高分子溶液の添加方法としては、従来公知の任意の方法を採用しうるが、水系溶液をインジェクションポンプによって定量的且つ連続的に添加するのが好ましい。
【0026】
本発明において繊維原料溶液に混合される両性イオン性高分子の比率は、繊維母材に対して2〜40重量%であることが望ましい。混合比率が低い場合には吸着能が低くなるため、吸着材としては適さない。混合比率が高い場合には、理論上吸着量の高い繊維が得られるが、繊維原料溶液に混合時に繊維原料の増粘・凝集が生じる、繊維の再生が不十分な繊維となる、などの問題が生じる恐れがある。したがって、少なくとも上記の範囲で混合する必要があり、好ましくは5〜30重量%の混合比率で混合される。
【0027】
本発明に係わる繊維状吸着材の形状には格別の制限はなく、長繊維のモノフィラメント、マルチフィラメント、短繊維の紡績糸でもよいが、単繊維径に関しては1〜50μm、好ましくは5〜30μmであるほうが被処理溶液との接触効率を向上させることができる。このような繊維状の吸着材を使用すれば、長繊維または紡績糸状の吸着材を適切な密度に充填した充填塔に被処理溶液を通液させる、あるいは、被処理溶液に短繊維状の吸着材を添加・攪拌して濾過処理を行うという簡単な方法で、迅速に吸着除去を行うことができる。当然のことであるが、本発明の繊維は、織布、編物、不織布などの布帛に加工することが容易であるため、これらの布帛を利用した多種多彩な形状の吸着材を製造することができる。また、混合紡糸後、乾燥工程を経ずに、3〜20mmに裁断された湿潤短繊維とし、必要に応じて、パルプおよび適切なバインダと混合後、公知の抄紙法によって抄紙すれば、吸着能をもつた紙状の吸着材フィルタを作成することも可能である。
つぎに実施例によって本発明を説明するが、この実施例によって本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0028】
両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の製造
ジアリルアミン−マレイン酸共重合体(日東紡績社製PAS−410C、濃度40%)100mLを、公知の方法により得られたセルロースビスコース(セルロース濃度:9%、アルカリ濃度:4.5%、粘度:50秒[落球法])5,000mL中に溶解した。均一に混合後、減圧脱泡し、公知のビスコース繊維の製造方法に準じた湿式紡糸法によって両性イオン性高分子混合繊維を製造した。この時の再生凝固浴の組成は、硫酸:90g/L、硫酸亜鉛:12g/L、硫酸ナトリウム:350g/Lとした。また、紡糸条件は、紡速:60m/sec、延伸:60%とした。このようにして、2.0dtexの繊維を得た。得られた繊維は、裁断して長さ51mmの短繊維とした。混合された両性イオン性高分子の量を求めるため、Perkin Elmer 2400 Series II CHNS/O Elemental Analyzerで測定したところ、窒素量は0.43N%であった。
【実施例2】
【0029】
両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の不織布化
前記実施例1で得たジアリルアミン−マレイン酸共重合体混合繊維500gをローラーカード機(大和機工製、SC−360D)に通して開繊した。ついで、このウエッブをニードルパンチ機(大和機工製、NL380)に通して交絡して、目付量1,440g/m、厚さ約10mmの不織布とした。
【評価試験1】
【0030】
保水量の評価
前記実施例2で得られた両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の不織布を50oCの真空乾燥機内で10時間乾燥後、直径13mmの円形に打ち抜き、内径12.7mmの注射筒型固相抽出用カートリッジに図1に示すように1枚を充填し、評価用カートリッジとした。評価用カートリッジに0.1M NaOH 3mLを通液した後、中性になるまで純水を通液し、さらに純水10mLで満たし1時間静置し、十分に保水させた。カートリッジを減圧マニュホールドで10分間吸引し、過剰な水分を落とし、重量を測定した。さらに、その評価用カートリッジにアセトニトリル3mLを5mL/minで通液した後、10分間吸引を継続し、重量を測定した。それらの評価用カートリッジを50℃、15時間真空乾燥させた後計量し、純水およびアセトニトリルを通液させたときの重量との差より保水量を求めた。保水量の比較として、実施例2と同様の方法で不織布としたレギュラーレーヨン(オーミケンシ社製、商品名:ホープ、1.7dtex)、および強陽イオン交換樹脂(Bio−Rad Laboratories、AG50W−X8、200〜400mesh)と強陰イオン交換樹脂(Bio−Rad Laboratories、AG 1−X8、200〜400mesh)を用いた。尚、比較に用いた強陽イオン交換樹脂および強陰イオン交換樹脂の評価用カートリッジへの充填量は0.25gとした。評価結果を表1に示す。水含浸後の保水量の比較において、本発明の両性イオン性高分子混合繊維は非常に高い保水性を示した。本試験においてアセトニトリル通液を行っているが、これはアセトニトリルを通液することにより過剰の水を洗い出すと共に、水溶性の高いアセトニトリルによって水の構造を破壊するためである。したがって、アセトニトリル通液後の値は、吸着材に強固に水和している水の量を示していると考えられる。ただし、比較対象の陰イオン交換樹脂および陽イオン交換樹脂の基材樹脂はポリスチレンゲルであるため、本試験の10分間吸引ではアセトニトリルを完全に除去できていない可能性がある。そのため、湿潤重量が大きくなり、保水量が高くなっている恐れがある。このような可能性があるにもかかわらず、アセトニトリル通液後の値は、本発明の両性イオン性高分子混合繊維が最も高い値を示している。これらの結果から、本発明の両性イオン性高分子混合繊維は保水性が高い吸着材であることが判った。
【0031】
【表1】



【評価試験2】
【0032】
両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の臭気成分除去能の評価
実施例1で作成した両性イオン性高分子混合繊維状吸着材(綿状)を用いて7種悪臭成分(アンモニア、酢酸、硫化水素、トリメチルアミン、ピリジン、アセトアルデヒド、メチルメルカプタン)の除去率を調べた。試験方法は、社団法人繊維評価技術協議会が定める消臭加工繊維製品認証基準(平成13年10月制定、平成22年4月改訂版)に規定された試験方法に従った。評価の試料の繊維状吸着材は105℃で2時間乾燥後、室温下、65%RHで約24時間放置して、調湿した。この繊維状吸着材2.4gを、それぞれの基準濃度(初発濃度)の悪臭成分ガス3Lを入れたテドラーバッグ中に2時間放置して悪臭成分ガスを曝露させた。初発濃度および曝露試験後のガス濃度をそれぞれの悪臭成分ガス用の検知管を用いて測定し、曝露前後の差から除去率(減少率)を求めた。なお、評価試験1において比較に用いたレギュラーレーヨン(綿状)を比較対象とした。各悪臭成分ガスの初発濃度および減少率を表2に示す。表2の結果で明白なように、アンモニア、酢酸、トリメチルアミン、ピリジンの酸性および塩基性ガス成分に対しては高い減少率を示し、本発明の繊維状吸着材が酸性および塩基性ガス成分の吸着材として有効であることが判った。酢酸に関してはレギュラーレーヨンにおいても高い値を示したが、他のガス成分に関しては本発明の繊維状吸着材のほうが高い減少率を示した。一方、本発明の繊維状吸着材は、硫化水素およびメチルメルカプタンに関しても高い減少率を示し、硫黄系の臭気成分の吸着材としても使用可能であることが判った。しかし、アセトアルデヒドに対する減少率は低く、アルデヒドのような中性ガス成分に対しては明確な吸着能は有してはおらず、このような悪臭ガス成分の吸着除去においては他の吸着材との複合化が必要であることが判った。
【0033】
【表2】

【評価試験3】
【0034】
通気法による臭気成分の吸着および再生試験
評価試験1の保水量の評価と同様に、前記実施例2で得られた両性イオン性高分子混合繊維状吸着材の不織布を50oCの真空乾燥機内で10時間乾燥後、直径13mmの円形に打ち抜き、内径12.7mmの注射筒型固相抽出用カートリッジに1枚を充填し、評価用カートリッジとした。評価用カートリッジに純水10mLを通液した後、アセトニトリル10mLを5mL/minで通液して、カートリッジのコンディショニングを行った。その後、標準空気を20分間通気し、アセトニトリルを除去した。この評価用カートリッジを図2に示す評価システムに取り付け、流速0.7L/minで50%酢酸50mLを入れたガス発生瓶を通った標準空気を評価用カートリッジに通気した。評価用カートリッジを通過したガスは20mM NaOHを入れたガス吸収瓶を通し、吸着材を通過した酢酸を吸収させた。吸着材に負荷させるガス量を1〜4Lで変化させ、吸着量を調べた。吸着量は、酢酸吸着後のカートリッジに純水または20mM塩酸3mLを通して吸着した酢酸を溶出させ、溶出液を50mLに定容し、酢酸濃度を下記条件のHPLCを用いて測定した。また、吸収液中の酢酸濃度も同様に測定した。さらに、評価用カートリッジを通さず、同様の測定を行い、ガス発生瓶での酢酸ガスの発生量を調べた。
【0035】
HPLCによる酢酸の定量条件
カラム :Shim−pack IC−A3(島津製作所社製、内径:4.6mm、長さ:150mm)
移動相 :0.5mM安息香酸
移動相流量 :1.2mL/min
カラム温度 :40℃
検出器 :紫外吸収検出器、波長250nm
試料注入量 :20μL
【0036】
図2に示す評価システムにおいて、酢酸ガスの発生量は4.9mg/Lであった。この条件で、通過した酢酸ガスの量(吸収瓶における酢酸濃度)から求めた本発明の繊維状吸着材の吸着率を表3に示す。本発明の繊維状吸着材は、通気量を変化させても、95%以上の酢酸を吸着することが可能であった。この試験で使用した直径13mmの不織布の平均重量は255mgであり、本発明の繊維状吸着材1g当たり、少なくとも約80mgの酢酸を吸着することが可能であることが判る。
【0037】
【表3】



【0038】
上記通気吸着試験で酢酸を吸着させた繊維状吸着材からの酢酸の溶出回収率を調べた結果を表4に示す。溶出液に純水を用いた場合でも95%以上の酢酸を溶出させることが可能であった。20mM塩酸を溶出液に用いたほうが若干高い値となっているが、繊維状吸着材に吸着された酢酸の一部が、繊維状吸着材のイミノ基に対してイオン交換的に強く保持されている可能性があることが示唆された。純水で溶出させた後のカートリッジに、再度純水を20mL通液してみたところ、溶出液中に微量の酢酸が検出され、溶出液としての純水量を増加させることで、ほぼ完全に溶出させることが可能であると推定された。
【0039】
【表4】



【0040】
ついで、純水洗浄による酢酸溶出後の評価用カートリッジに、20mM塩酸5mLおよび100mM NaOH 5mLを通液し、中性になるまで純水で洗浄した。その後、初期吸着時の条件と同様の方法でコンディショニングを行い、再度通気吸着試験(通気量:4L)を行った。また、20mM塩酸および100mM NaOHによる再生を行わずに、前記純水20mLで溶出させただけのものについても、同様の再試験を行った。結果を表5に示す。初期吸着量よりも若干吸着率が低下している結果となったが、洗浄後も90%以上の吸着率を維持しており、本発明の繊維状吸着材は再利用可能であることが判った。
【0041】
【表5】



【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、水溶性の両性イオン性高分子として、その高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有する水溶性の両性イオン性高分子を、親水性の繊維原料溶液に混合後、湿式混合紡糸を行うという簡便な方法で、大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分の吸着に適した繊維状の吸着材を容易に得ることが可能である。本発明の吸着材は、混合紡糸した両性イオン性高分子の弱い静電的相互作用と水和能により形成される水和層への分配とにより水溶性の臭気成分が吸着されるものであり、水洗浄などによって容易に吸着成分を脱離させることが可能であり、また再生後の吸着率減少も少ないため、環境負荷の小さい酸性および塩基性の臭気成分吸着材となる。また、柔軟な繊維状であるため、既存加工技術の利用により種々の糸、布帛、紙などに加工可能であり、多種多彩な使用目的に対応可能な形状の吸着材を作製することが可能である。さらに、他の臭気成分用吸着材と組み合わせて使用することにより多種多彩な臭気成分の吸着体を製造することが可能となる。さらに、本発明の両性イオン性高分子混合繊維状吸着材は、工業的な臭気成分の吸着だけでなく、化学物質分析のための前処理用吸着材としても利用可能である。
【符号の説明】
【0043】
1:両性イオン性高分子混合繊維状吸着材(不織布)
2:固相抽出カートリッジ
3:上部フリット
4:下部フリット
5:接続用ゴム栓
11:エアポンプ
12:ガス発生瓶
13:酢酸水溶液
14:ガス吸収瓶
15:ガス吸収液



【特許請求の範囲】
【請求項1】
大気環境中の水溶性の酸性および塩基性臭気成分の捕集除去に用いる水溶性の両性イオン性高分子が繊維母材に混合された繊維状吸着材において、水溶性の両性イオン性高分子が、静電的相互作用に基づく捕集機能を発現する官能基として、その両性イオン性高分子中に側鎖としてアルキレン基を介して結合したアミノ基、あるいは環状のイミノ基、およびカルボキシル基を有するものであることを特徴とする臭気成分捕集用繊維状吸着材。
【請求項2】
前記水溶性の両性イオン性高分子がアリルアミン−マレイン酸共重合体またはジアリルアミン−マレイン酸共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の臭気成分捕集用繊維状吸着材。
【請求項3】
前記水溶性の両性イオン性高分子が混合される繊維原料が、セルロースまたはポリビニルアルコールであることを特徴とする請求項1ないし請求項2に記載の臭気成分捕集用繊維状吸着材。
【請求項4】
前記水溶性の両性イオン性高分子を繊維原料に混合後、湿式紡糸法により混合紡糸して製造することを特徴とする請求項1ないし請求項3に記載の臭気成分捕集用繊維状吸着材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−29992(P2012−29992A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−173968(P2010−173968)
【出願日】平成22年8月2日(2010.8.2)
【出願人】(000229818)日本フイルコン株式会社 (58)
【Fターム(参考)】