説明

臭素を含む高分子化合物の分析方法

【課題】試料ガスを、安全、簡便かつ前処理の時間を省いて測定でき、試料ガスと標準物質を混合して測定する際の問題を解決したポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルなどの臭素を含む高分子化合物の分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】試料ガスとキャリアガスとの混合ガスをガスクロマトグラフ10のインレット8に注入し、標準物質をマイクロシリンジ9からインレット8に注入する。気化室において標準物質は気化し、混合ガスと混合してカラム11に流れて分離操作を受ける。カラム11からのガスを質量分析計または原子励起検出器12に送り、分析を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
電機・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関し、2006年に欧州でRoHS指令(Restriction of the use Of certain Hazardous Substances in electrical and electronic equipment)が施行された。
本発明は、RoHS指令で電気電子機器への含有量を規制されている特定有害物質のうち、臭素系の難燃剤であるポリ臭素化ビフェニル(PBB)、ポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDE)などの臭素を含む高分子化合物を対象とし、種々のガス中に含まれるこれら臭素を含む高分子化合物を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
RoHS指令では、電機電子機器に含有されているカドミウム、鉛、水銀、六価クロム、ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルの6物質を特定有害物質としてその最大許容濃度が規定されている。
規定された許容濃度を超える特定有害物質を含有する製品はEU圏内の市場に上市できないよう規制されている。
【0003】
例えば、BUNSEKI KAGAKU Vol.55、No.7、pp481−489(2006)に記載のように、最終製品中の前記特定有害物質の分析方法が種々検討されているが、製品の製造工程で使用されるガスに含まれているこれら特定有害物質の分析は行われていない。
【0004】
ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルは高分子であり、一般大気中では固体として存在する。ガス中の固体の分析は、試料ガスを溶媒中に通気するなどして、溶媒中に測定対象成分をトラップして試料液としてから測定を行う(例えば、高圧ガス.29(4),281−287(1992).)。
【0005】
固体が金属成分の場合は、溶媒に酸溶液を用いているが、有機物質であるポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルをトラップするためには、溶媒に有機溶剤を用いる必要がある。しかし、測定対象のガスの中には反応性の高いガスもあり、有機溶剤中に反応性の高いガスを流すことは発熱、発火などの危険性を伴うため、この方法を用いることはできない。
また、反応性の低いガスについても、測定前に溶媒にトラップする前処理を行うことは、時間と手間がかかり分析操作を複雑なものにする。
【0006】
試料ガス中の成分を溶媒にトラップせずに、ガスのまま測定するとなると、分析装置の内部で反応性が高いガスがポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルに与える影響を考慮しなくてはならない。そのためには、試料ガスに標準物質を添加して測定し、その影響の有無を確認する必要がある。ただし、ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルは蒸気圧が低く、これら化合物の標準物質は固体あるいは有機溶剤を溶媒とした液体である。
【0007】
固体の標準物質では、試料ガスと混合して分析装置に移送することは困難であり、また液体の標準物質では、標準物質の溶媒が有機溶剤であることから、分析装置前段の流路内で標準物質と試料ガスを混合することは前述と同じ理由で(測定対象の試料ガスの中には反応性の高いものもあり、有機溶剤と混ぜると発熱、発火などの危険性を伴うため) この方法を用いることはできない。
なお、ガス中のポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルなどの臭素を含む高分子化合物を分析する公知文献は見あたらなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明では前述のような試料ガスを、安全、簡便かつ前処理の時間を省いて測定でき、試料ガスと標準物質を混合して測定する際の問題を解決したポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルなどの臭素を含む高分子化合物の分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる課題を解決するため、
請求項1にかかる発明は、試料ガス中の臭素を含む高分子化合物の分析をガスクロマトグラフ法で行う方法において、ガスクロマトグラフ質量分析計及び/もしくはガスクロマトグラフ原子励起検出器を使用して分析することを特徴とする臭素を含む高分子化合物の分析方法である。
【0010】
請求項2にかかる発明は、試料ガスに液状の標準物質を混合したのち、ガスクロマトグラフ質量分析計及び/もしくはガスクロマトグラフ原子励起検出器を使用して分析することを特徴とする請求項1記載の臭素を含む高分子化合物の分析方法である。
【0011】
請求項3にかかる発明は、ガスクロマトグラフ原子励起検出器で検出する光の波長が450〜500nmであり、検出する元素が、臭素、炭素、水素であることを特徴とする請求項1記載の臭素を含む高分子化合物の分析方法である。
【0012】
請求項4にかかる発明は、試料ガスとキャリアガスとの混合ガスをガスクロマトグラフのインレットに注入するとともに液状の標準物質を該インレットに注入し、前記混合ガスと前記標準物質とを混合して、ガスクロマトグラフに送り込み、ガスクロマトグラフからのガスを質量分析計および/もしくは原子励起検出器で分析することを特徴とする請求項1記載の分析方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、試料ガスを溶媒にトラップせずガス状のまま、そして液体の標準物質を同時にガスクロマトグラフのインレットに注入して両者を混合して、ガスクロマトグラフのカラムに送り込み、ガスクロマトグラフからのガスを質量分析計(MS)および/もしくは原子励起検出器(AED)で分析することでガス中のポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルなどを精度良く分析することが可能となる。
【0014】
試料ガスを前処理(トラップ処理)を行わずにガスのまま、ガスクロマトグラフの気化室を通過させてカラムに導入することで、ガス中のポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテル等が気化し、カラムで成分を分離することができ、測定可能となる。
また、試料ガスが気化室を通過するタイミングに合わせてマイクロシリンジを用いて標準物質を気化室に導入するようにしたので、マイクロシリンジを用いることで導入する標準物質は少量ですみ、さらに気化室ではスプリット法を用いて余分な溶媒が装置に導入されずに排気されるよう設定すれば、安全に試料ガスと標準物質を混合でき、混合物の分析が可能となる。
【0015】
さらに、ガスクロマトグラフのカラムでポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテル成分等を分離したあとで、ガスクロマトグラフ原子励起検出器を用いることで、全異性体を検出することが可能となり、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いることで、同定分析を行うことが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明における試料ガスには、以下のものが対象となり、この試料ガス中に含まれているポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルなどの臭素を含む高分子化合物を分析対象とするものである。
窒素、酸素、アルゴン、ヘリウム、水素、二酸化炭素、重水素、セレン化水素、ゲルマン、ヨウ化水素、モノシラン、ホスフィン、ジボラン、ジシラン、ジクロロシラン、アンモニア、亜酸化窒素、四フッ化ケイ素、六フッ化タングステン、三フッ化窒素、三フッ化塩素、フッ化水素、一酸化炭素、六フッ化硫黄、塩素、三塩化ホウ素、臭化水素、四塩化ケイ素、塩化水素、トリクロロシラン、一酸化窒素、PFC類(ヘキサフルオロエタン、オクタフルオロプロパン、テトラフルオロメタン、フルオロホルム、オクタフルオロシクロブタン、オクタフロオロシクロペンテン、メチルフルオライド、ジフルオロメタン)
【0017】
図1は、本発明の分析方法に用いられる分析装置の例を示すものである。
以下の説明では、分析対象物としてポリ臭化ビフェニルとポリ臭化ジフェニルエーテルの例である。
図1において、符号1は六方弁を示す。この六方弁1の第1ポートにはキャリアガスライン2が、第2ポートにはガスクロマトグラフ10のインレット8に連通する管7が、第3ポートは計量管4の一端に、第4ポートは流量計5に、第5ポートにはサンプルガスライン3が、第6ポートには計量管4の他端が接続されている。キャリアガスライン2にはヘリウムなどのキャリアガスが送られる。
【0018】
また、図1に示した六方弁1の状態では、第1ポートと第2ポートとが連通し、第3ポートと第4ポートが連通し、第5ポートと第6ポートが連通した状態となっている。
この時、キャリアガスライン2からのキャリアガスを、第1ポート、第2ポート、管7に流し、ガスクロマトグラフ10のインレット8から、さらにカラム11に流し、これらの管路やガスクロマトグラフ10内部の管路等をパージする。
ついで、サンプルガスライン3から試料ガスを所定流量で六方弁1に導入し、第5ポート、第6ポート、計量管4、第3ポート、第4ポートを経て、流量計5を介して系外に排出する。この時、計量管4には一定量の試料ガスが満たされることになる。
【0019】
この状態で所定時間経過後、六方弁1を図中反時計回りに切り替える。
これにより、キャリヤガスライン2からのキャリアガスは、第1ポート、第6ポート、計量管4、第3ポート、第2ポート、管7を通り、インレット8に流れる。そして、このキャリアガスが計量管4を流れる際に、これに満たされていた一定量の試料ガスとキャリアガスとが混合して、この混合ガスがクロマトグラフ10のインレット8に注入され、ここからカラム11に送られることになる。
【0020】
これと同時にガスクロマトグラフ10の昇温プログラムと質量分析計または原子励起検出器12による測定を開始し、カラム11での分離が行われ、カラム11からの流出ガスが質量分析計または原子励起検出器12に送られて分析が行われる。
この測定では、標準物質を添加しないので、試料ガスのみを分析したときのクロマトグラムが得られる。
【0021】
次に、上記と同様の操作を行い、マイクロシリンジ9から液状の標準物質を数マイクロリットル注入して0〜60秒経過後に、インレット8に試料ガスとキャリアガスとの混合ガスを注入する。ここでの標準物質とは、ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルの純品の溶液である。これにより、キャリアガスと試料ガスとの混合ガスに標準物質が分散した状態となって、ガスクロマトグラフ10の気化室に送られ、ここで標準物質が気化してカラム11に送られる。これと同時にガスクロマトグラフ10の昇温プログラムと質量分析計または原子励起検出器12による測定を開始する。
この測定では、標準物質を添加したので、試料ガスに標準物質を添加して分析したときのクロマトグラムが得られる。
この操作を、ポリ臭化ビフェニルの標準物質を添加した場合と、ポリ臭化ジフェニルエーテルの標準物質を添加した場合とで2回行う。
【0022】
表1にガスクロマトグラフ質量分析計の測定条件の一例を示す。
選択イオン法では、ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルの一から十置換体それぞれの分子から水素原子が1つ分離もしくは吸着したイオンをターゲットイオンに選択する。
【0023】
【表1】

【0024】
表2にガスクロマトグラフ原子励起検出器の測定条件の一例を示す。ポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルの主な構成元素は水素、炭素、臭素である。原子励起検出器では一度の測定で一定の幅の波長を検出することができる。450〜500nmを測定波長として設定することで、一度の測定で炭素、水素、臭素のすべてが測定できると言う利点がある。
【0025】
【表2】

【0026】
上記の分析装置および方法を用いてヘリウム、試料ガスとしてのシラン、標準物質を添加したヘリウム、標準物質を添加したシランを測定した。測定結果を図2から図5に示す。
測定結果より、試料ガスのみを測定した場合はいずれもピークが検出されなかった。しかし、標準物質を添加した場合は、標準物質に含まれる成分と同数のピークが検出され、この方法によりポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ビフェニルエーテルが検出されることがわかった。
【0027】
また、ピークのリテンションタイムについて両者で大きく異なる点が無いことから、測定が再現性良く行われていることがわかった。さらに、不活性ガスであるヘリウムと特殊ガスであるシランの測定結果から、両者にパターンやエリアで大きな差が無いことから、シランは測定時にポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ジフェニルエーテルに与える影響はないことが確認された。
【0028】
標準物質を添加したヘリウムをガスクロマトグラフ質量分析計で測定して、最も早いリテンションタイムで検出されたピークをスペクトル解析した結果を図6に示す。この図6より、該当するピークが分子量232および234のポリ臭化ジフェニル一置換体であることがわかり、ガスクロマトグラフ質量分析計を使うことで同定分析が可能であることが確認された。
【0029】
原子励起検出器および質量分析計をそれぞれ単独で分析することはもちろん、目的や用途に応じて、両者を併用することも可能である。
原子励起検出器を臭素原子の有無を確認するスクリーニング分析として使用した後質量分析計を使用してより精密な定量分析を行うこともできるし、原子励起検出器のみでは不純物ピークの定性ができない場合は、質量分析計でその成分の質量数、フラグメントを測定しポリ臭化ビフェニル、ポリ臭化ビフェニルエーテルであるかどうかを解析することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の分析方法に用いられる分析装置の例を示す概略構成図である。
【図2】Heのガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果と、He+PBDE標準物質のガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果と、He+PBB標準物質のガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果を示すグラフである。
【図3】SiHのガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果と、SiH+PBDE標準物質のガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果と、SiH4+PBB標準物質のガスクロマトグラフ質量分析計による測定結果を示すグラフである。
【図4】Heのガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結果と、He+PBDE標準物質のガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結果とHe+PBB標準物質のガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結果を示すグラフである。
【図5】SiHのガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結価と、SiH+PBDE標準物質のガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結果と、SiH+PBB標準物質のガスクロマトグラフ原子励起検出器による測定結果を示すグラフである。
【図6】He+PBB標準物質のガスクロマトグラフ質量分析計の第一ピークのスペクトル解析の結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0031】
1・・六方弁、2・・キャリアガスライン、3・・サンプルガスライン、4・・計量管、5・・流量計、8・・インレット、9・・マイクロシリンジ、10・・ガスクロマトグラフ、11・・カラム、12・・質量分析計または原子励起検出器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料ガス中の臭素を含む高分子化合物の分析をガスクロマトグラフ法で行う方法において、ガスクロマトグラフ質量分析計及び/もしくはガスクロマトグラフ原子励起検出器を使用して分析することを特徴とする臭素を含む高分子化合物の分析方法。
【請求項2】
試料ガスに液状の標準物質を混合したのち、ガスクロマトグラフ質量分析計及び/もしくはガスクロマトグラフ原子励起検出器を使用して分析することを特徴とする請求項1記載の臭素を含む高分子化合物の分析方法。
【請求項3】
ガスクロマトグラフ原子励起検出器で検出する光の波長が450〜500nmであり、検出する元素が、臭素、炭素、水素であることを特徴とする請求項1記載の臭素を含む高分子化合物の分析方法。
【請求項4】
試料ガスとキャリアガスとの混合ガスをガスクロマトグラフのインレットに注入するとともに液状の標準物質を該インレットに注入し、前記混合ガスと前記標準物質とを混合して、ガスクロマトグラフに送り込み、ガスクロマトグラフからのガスを質量分析計および/もしくは原子励起検出器で分析することを特徴とする請求項1記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−66048(P2010−66048A)
【公開日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−230711(P2008−230711)
【出願日】平成20年9月9日(2008.9.9)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】