説明

航空燃料油基材および航空燃料油組成物

【課題】燃焼性、酸化安定性、且つ優れたライフサイクル特性を持ち、1次エネルギー多様化に資する環境低負荷型航空燃料油基材および航空燃料油組成物を提供する。
【解決手段】動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物、及び含硫黄炭化水素化合物の混合油からなる原料油、または該混合油にさらに原油等を精製して得られる石油系基材を混合してなる原料油を水素化処理することにより得られる航空燃料油基材、および該航空燃料油を含有する航空燃料油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は航空燃料油基材および航空燃料油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
地球温暖化の防止対策としてバイオマスのもつエネルギーの有効利用に注目が集まっている。その中でも植物由来のバイオマスエネルギーは、植物の成長過程で光合成により大気中の二酸化炭素から固定化された炭素を有効利用できるため、ライフサイクルの観点からすると大気中の二酸化炭素の増加につながらない、所謂カーボンニュートラルという性質を持つ。また、石油資源の枯渇、原油価格の高騰といった観点からも石油代替エネルギーとしてバイオマス燃料は非常に有望視されている。
【0003】
このようなバイオマスエネルギーの利用は輸送用燃料の分野においても種々検討がなされている。例えば、ディーゼル燃料として動植物油由来の燃料を使用できれば、ディーゼルエンジンの高いエネルギー効率との相乗効果により、二酸化炭素の排出量削減において有効な役割を果たすと期待されている。動植物油を利用したディーゼル燃料としては、一般的には脂肪酸メチルエステル油(Fatty Acid Methyl Ester の頭文字から「FAME」と略称される。)が知られている。FAMEは動植物油の一般的な構造であるトリグリセリドを、アルカリ触媒等の作用によりメタノールとエステル交換反応に供することで製造される。このFAMEは、ディーゼル燃料だけではなく、航空燃料油、いわゆるジェット燃料にも利用することが検討されている。航空機は燃料使用量が膨大であることもあり、近年の原油価格高騰の影響を大きく受けている。このような情勢の中で、バイオマス燃料を地球温暖化防止としてだけでなく、石油代替燃料としての役割を担う重要なアイテムとして注目されている。現在、複数の航空会社において、FAMEの石油系ジェット燃料への混合利用が試験的ではあるが実施されている。
【0004】
しかしながら、FAMEを製造するプロセスにおいては、下記特許文献1に記載されている通り、副生するグリセリンの処理が必要であり、また生成油の洗浄などにコストやエネルギーを要する等の問題が指摘されている。
【特許文献1】特開2005−154647号公報
【0005】
また、FAMEは低温性能や酸化安定性に懸念点を有している。特に航空燃料においては高い高度での飛行時に極低温に曝されることから、非常に厳しい低温性能規格が設けられており、FAMEを利用使用とする場合には、石油系JET燃料への混合利用を余儀なくされ、且つその混合量も低濃度にせざるを得ないのが実状である。また、酸化安定性についても、航空燃料規格として酸化防止剤の添加が定められてはいるものの、基材としての安定性を考えると、低温性能同様、その混合割合は低濃度に限定せざるを得ない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題を解決するものであり、燃焼性、酸化安定性に優れ、且つライフサイクル特性に優れた航空燃料油基材および航空燃料油組成物提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物、及び含硫黄炭化水素化合物の混合油からなる原料油、または該混合油にさらに原油等を精製して得られる石油系基材を混合してなる原料油を水素化処理することにより得られる航空燃料油基材に関するものである。
【0008】
また、本発明は、前記水素化処理が、水素の存在下、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムから選ばれる2種以上の元素を含んで構成される多孔性無機酸化物からなる担体に周期表第6A族及び第8族の元素から選ばれる1種以上の金属を担持してなる触媒を用い、水素圧力2〜13MPa、液空間速度0.1〜3.0h−1、水素/油比150〜1500NL/L、反応温度150〜480℃の条件下で前記原料油を水素化処理する工程を含むことを特徴とする前記記載の航空燃料油基材に関するものである。
【0009】
また、本発明は、前記水素化処理が、前記水素化処理工程で得られた水素化処理油を、さらに、水素存在下、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン、マグネシウム及びゼオライトから選ばれる物質より構成される多孔性無機酸化物からなる担体に周期表第8族の元素から選ばれる金属を担持してなる触媒を用いて、水素圧力2〜13MPa、液空間速度0.1〜3.0h−1、水素/油比250〜1500NL/L、反応温度150〜380℃の条件下でさらに異性化処理する工程を含むことを特徴とする前記のいずれかに記載の航空燃料油基材に関するものである。
【0010】
また、本発明は、前記のいずれかに記載の航空燃料油基材を含有することを特徴とする航空燃料油組成物に関するものである。
【0011】
また、本発明は、前記のいずれかに記載の航空燃料油基材と原油等を精製して得られる航空燃料油基材とを含有することを特徴とする航空燃料油組成物に関するものである。
【0012】
また、本発明は、酸化防止剤、静電気防止剤、金属不活性化剤および氷結防止剤から選ばれる一つ以上の添加剤を含有することを特徴とする前記のいずれかに記載の航空燃料油組成物に関するものである。
【0013】
また、本発明は、JIS K2209「航空タービン燃料油」の規格値を満足することを特徴とする、前記のいずれかに記載の航空燃料油組成物に関するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、燃焼性、酸化安定性、且つそのカーボンニュートラル特性から優れたライフサイクル特性を持ち、且つ1次エネルギー多様化に資する環境低負荷型航空燃料油基材および航空燃料油組成物が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明においては、動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物、及び含硫黄炭化水素化合物の混合油からなる原料油、又は該混合油にさらに原油等を精製して得られる石油系基材を含有する原料油が用いられる。
【0017】
動植物油脂としては、例えば、牛脂、菜種油、大豆油、パーム油などが挙げられる。本発明においては動植物油脂として、いかなる油脂を用いてもよく、これら油脂を使用した後の廃油でもよい。ただし、カーボンニュートラルの観点からは植物油脂が好ましく、水素化処理後の灯油留分収率の観点から、脂肪酸炭素鎖の炭素数が10から14である各脂肪酸基の構成比率(脂肪酸組成)の和が60質量%以上のものが好ましく、この観点から考えられる植物油脂として、ココナッツ油及びパーム核油が好ましい。なお、上記の油脂は1種を単独で又は2種以上を混合して用いてもよい。
【0018】
なお、脂肪酸組成とは、基準油脂分析試験法(日本油化学会制定)(1991)「2.4.20.2-91脂肪酸メチルエステルの調整方法(三フッ化ホウ素-メタノール法)」に準じて調製したメチルエステルを、水素炎イオン化検出器(FID)を備えた昇温ガスクロマトグラフを用い、基準油脂分析試験法(日本油化学会制定)(1993)「2.4.21.3-77脂肪酸組成(FID昇温ガスロマトグラフ法)」に準じて求められる値であり、油脂を構成する各脂肪酸基の構成比率(質量%)を指す。
【0019】
動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物は、一般に脂肪酸トリグリセリド構造を有する化合物であるが、その他の脂肪酸や脂肪酸メチルエステルなどのエステル体に加工されている含酸素炭化水素化合物を含んでいてもよい。ただし、植物油脂から脂肪酸や脂肪酸エステルを製造する際には二酸化炭素が発生するため、二酸化炭素の排出量を低減化する観点から、動植物油脂としてトリグリセリド構造を有した成分が主体であることが好ましい。本発明においては、原料油に含まれる含酸素炭化水素化合物に占めるトリグリセリド構造を有する化合物の割合が90モル%以上であることが好ましく、92モル%以上であることがより好ましく、95モル%以上であることが更に好ましい。
【0020】
原料油に含有される含硫黄炭化水素化合物は特に制限されないが、具体的には、スルフィド、ジスルフィド、ポリスルフィド、チオール、チオフェン、ベンゾチオフェン、ジベンゾチオフェン及びこれらの誘導体などが挙げられる。原料油に含まれる含硫黄炭化水素化合物は単一の化合物であってもよく、あるいは2種以上の混合物であってもよい。さらに、硫黄分を含有する石油系炭化水素留分を含硫黄炭化水素化合物として用いてもよい。
【0021】
原料油に含まれる硫黄分は、原料油全量を基準として、硫黄原子換算として1〜50質量ppmであることが好ましく、より好ましくは5〜30質量ppm、さらに好ましくは10〜20質量ppmである。硫黄原子換算として含有量が1質量ppm未満であると、脱酸素活性を安定的に維持することが困難となる傾向にある。他方、50質量ppmを超えると、水素化精製工程で排出される軽質ガス中の硫黄濃度が増加するのに加え、水素化精製油に含まれる硫黄分含有量が増加する傾向にあり、ディーゼルエンジン等の燃料として用いる場合にエンジン排ガス浄化装置への悪影響が懸念される。なお、本発明における硫黄分は、JIS K 2541「硫黄分試験方法」又はASTM−5453に記載の方法に準拠して測定される硫黄分の質量含有量を意味する。
【0022】
原料油に含有される含硫黄炭化水素化合物は、動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物と予め混合してその混合物を水素化精製装置の反応器に導入してもよく、あるいは動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物を反応器に導入する際に、反応器の前段において供給してもよい。
【0023】
また、原料油としては、動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物、及び含硫黄炭化水素化合物の混合油に、さらに原油等を精製して得られる石油系基材を含有してもよい。
原油等を精製して得られる石油系基材とは、原油の常圧蒸留または減圧蒸留によって得られる留分や水素化脱硫、水素化分解、流動接触分解、接触改質などの反応で得られる留分などが挙げられる。これらの留分は、原料油に含まれる硫黄分が前述の所定の濃度範囲を満たしている限りにおいて、1種または2種類以上を原料油に含有させることができる。さらに、原油等を精製して得られる石油系基材は、化学品由来の化合物やフィッシャー・トロプシュ反応を経由して得られる合成油であってもよい。
原料油中の原油等を精製して得られる石油系基材の含有割合は特に限定されないが、20〜70容量%が好ましく、より好ましくは30〜60容量%である。
【0024】
本発明の航空燃料油基材は、前記原料油を水素化処理することにより得ることができる。
水素化処理は、以下の水素化処理工程を含むことが好ましい。本発明に係る水素化処理工程では、水素化処理条件として、水素圧力が2〜13MPa、液空間速度が0.1〜3.0h−1、水素/油比が150〜1500NL/Lである条件下で行われることが望ましく、水素圧力が2〜13MPa、液空間速度が0.1〜3.0h−1、水素/油比が150〜1500NL/Lである条件がより望ましく、水素圧力が3〜10.5MPa、液空間速度が0.25〜1.0h−1、水素/油比が300〜1000NL/Lである条件がさらにより望ましい。
これらの条件はいずれも反応活性を左右する因子であり、例えば、水素圧力および水素/油比が前記下限値に満たない場合には反応性の低下や急速な活性低下を招く恐れがあり、水素圧力および水素/油比が前記上限値を超える場合には圧縮機等の過大な設備投資を要する恐れがある。液空間速度は低いほど反応に有利な傾向にあるが、前記下限未満の場合は極めて大きな反応塔容積が必要となり過大な設備投資となる傾向にあり、他方、前記上限を超えている場合は反応が十分進行しなくなる傾向にある。
【0025】
反応温度は、原料油重質留分の目的とする分解率あるいは目的とする留分収率を得るために任意に設定することができる。反応器全体の平均温度としては、一般的には150〜480℃の範囲が好ましく、望ましくは200〜400℃、さらに望ましくは260〜360℃の範囲である。反応温度が150℃未満の場合には、反応が十分に進行しなくなる恐れがあり、480℃を超える場合には過度に分解が進行し、液生成物収率の低下を招く傾向にある。
【0026】
水素化処理の触媒としては、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムから選ばれる元素を2種以上含んで構成される多孔性無機酸化物からなる担体に周期表第6A族及び第8族の元素から選ばれる金属を担持した触媒が用いられる。
【0027】
水素化処理触媒の担体としては、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムから選ばれる元素を2種以上含んで構成される多孔性の無機酸化物が用いられる。一般的にはアルミナを含む多孔性無機酸化物であり、その他の担体構成成分としてはシリカ、ジルコニア、ボリア、チタニア、マグネシアなどが挙げられる。望ましくはアルミナとその他構成成分から選ばれる少なくとも1種類以上を含む複合酸化物である。また、このほかの成分として、リンを含んでいてもよい。アルミナ以外の成分の合計含有量は1〜20重量%であることが好ましく、2〜15重量%がより望ましい。アルミナ以外の成分の合計含有量が1重量%に満たない場合、十分な触媒表面積を得ることが出来ず、活性が低くなる恐れがあり、一方含有量が20重量%を超える場合、担体の酸性質が上昇し、コーク生成による活性低下を招く恐れがある。リンを担体構成成分として含む場合には、その含有量は、酸化物換算で1〜5重量%であることが望ましく、2〜3.5重量%がさらに望ましい。
【0028】
アルミナ以外の担体構成成分である、シリカ、ジルコニア、ボリア、チタニア、マグネシアの前駆体となる原料は特に限定されず、一般的なケイ素、ジルコニウム、ボロン、チタン又はマグネシウムを含む溶液を用いることができる。例えば、ケイ素についてはケイ酸、水ガラス、シリカゾルなど、チタンについては硫酸チタン、四塩化チタンや各種アルコキサイド塩など、ジルコニウムについては硫酸ジルコニウム、各種アルコキサイド塩など、ボロンについてはホウ酸などを用いることができる。マグネシウムについては、硝酸マグネシウムなどを用いることができる。リンとしては、リン酸あるいはリン酸のアルカリ金属塩などを用いることができる。
【0029】
これらのアルミナ以外の担体構成成分の原料は、担体の焼成より前のいずれかの工程において添加する方法が望ましい。例えば予めアルミニウム水溶液に添加した後にこれらの構成成分を含む水酸化アルミニウムゲルとしてもよく、調合した水酸化アルミニウムゲルに添加してもよく、あるいは市販のアルミナ中間体やベーマイトパウダーに水あるいは酸性水溶液を添加して混練する工程に添加してもよいが、水酸化アルミニウムゲルを調合する段階で共存させる方法がより望ましい。これらのアルミナ以外の担体構成成分の効果発現機構は解明できていないが、アルミニウムと複合的な酸化物状態を形成していると思われ、このことが担体表面積の増加や、活性金属となんらかの相互作用を生じることにより、活性に影響を及ぼしていることが考えられる。
【0030】
水素化処理触媒の活性金属としては、周期表第6A族および第8族金属から選ばれる少なくとも一種類の金属を含有し、望ましくは第6A族および第8族から選択される二種類以上の金属を含有している。例えば、Co−Mo、Ni−Mo、Ni−Co−Mo、Ni−Wなどが挙げられ、水素化処理に際しては、これらの金属を硫化物の状態に転換して使用する。
【0031】
活性金属の含有量は、例えば、WとMoの合計担持量は、望ましくは酸化物換算で触媒重量に対して12〜35重量%、より望ましくは15〜30重量%である。WとMoの合計担持量が12重量%未満の場合、活性点数の減少により活性が低下する可能性があり、35重量%を超える場合には、金属が効果的に分散せず、同様に活性の低下を招く可能性がある。また、CoとNiの合計担持量は、望ましくは酸化物換算で触媒重量に対して1.5〜10重量%、より望ましくは2〜8重量%である。CoとNiの合計担持量が1.5重量%未満の場合には充分な助触媒効果が得られず活性が低下してしまう恐れがあり、10重量%より多い場合には、金属が効果的に分散せず、同様に活性を招く可能性がある。
【0032】
上記水素化処理触媒のいずれの触媒において、活性金属を担体に担持させる方法は特に限定されず、通常の脱硫触媒を製造する際に適用される公知の方法を用いることができる。通常は、活性金属の塩を含む溶液を触媒担体に含浸する方法が好ましく採用される。また平衡吸着法、Pore−filling法、Incipient−wetness法なども好ましく採用される。例えば、Pore−filling法は、担体の細孔容積を予め測定しておき、これと同じ容積の金属塩溶液を含浸する方法であるが、含浸方法は特に限定されるものではなく、金属担持量や触媒担体の物性に応じて適当な方法で含浸することができる。
【0033】
水素化処理の反応器形式は、固定床方式であってもよい。すなわち、水素は原料油に対して向流または並流のいずれの形式をとることもでき、また、複数の反応塔を有し向流、並流を組み合わせた形式のものでもよい。一般的な形式としてはダウンフローであり、気液双並流形式を採用することができる。また、反応器は単独または複数を組み合わせてもよく、一つの反応器内部を複数の触媒床に区分した構造を採用しても良い。本発明において、反応器内で水素化処理された水素化処理油は気液分離工程、精留工程等を経て所定の留分に分画される。このとき、反応に伴い生成する水、一酸化炭素、二酸化炭素、硫化水素などの副生ガスを除去するため、複数の反応器の間や生成物回収工程に気液分離設備やその他の副生ガス除去装置を設置しても良い。副生物を除去する装置としては、高圧セパレータ等を好ましく挙げることができる。
【0034】
一般的に水素ガスは加熱炉を通過前あるいは通過後の原料油に随伴して最初の反応器の入口から導入するが、これとは別に、反応器内の温度を制御するとともに、できるだけ反応器内全体に渡って水素圧力を維持する目的で触媒床の間や複数の反応器の間に導入してもよい。このようにして導入される水素をクエンチ水素と呼称する。このとき、原料油に随伴して導入する水素に対するクエンチ水素との割合は望ましくは10〜60容量%、より望ましくは15〜50容量%である。クエンチ水素の割合が10%未満の場合には後段反応部位での反応が十分進行しない恐れがあり、60容量%を超える場合には反応器入口付近での反応が十分進行しない恐れがある。
【0035】
本発明の航空燃料油基材を製造する方法においては、原料油を水素化処理するに際し、水素化処理反応器における発熱量を抑制するために、原料油にリサイクル油を特定量含有させることができる。リサイクル油の含有量は、動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物に対して0.5〜5質量倍が好ましく、水素化処理反応器の最高使用温度に応じて前記の範囲内で適宜比率を定めることができる。これは、両者の比熱が同じであると仮定した場合に、両者を1対1で混合すると温度上昇は動植物油脂に由来する物質を単独で反応させる場合の半分となることから、上記範囲内であれば反応熱を十分に低下させることができるとの理由による。なお、リサイクル油の含有量が含酸素炭化水素化合物の5質量倍より多いと、含酸素炭化水素化合物の濃度が低下して反応性が低下し、また、配管等の流量が増加して負荷が増大する。他方、リサイクル油の含有量が含酸素炭化水素化合物の0.5質量倍より少ない場合は温度上昇を十分に抑制できない。
【0036】
原料油とリサイクル油の混合方法は特に限定されないが、例えば予め混合してその混合物を水素化処理装置の反応器に導入してもよく、あるいは原料油を反応器に導入する際に、反応器の前段において供給してもよい。さらに、反応器を複数直列に繋げて反応器間に導入する、あるいは単独の反応器内で触媒層を分割して触媒層間に導入することも可能である。
また、リサイクル油は、原料油の水素化処理を行った後、副生する水、一酸化炭素、二酸化炭素、硫化水素などを除去して得られる水素化処理油の一部を含有することが好ましい。さらに、水素化処理油から分留された軽質留分、中間留分若しくは重質留分のそれぞれについて異性化処理したものの一部、あるいは、水素化処理油をさらに異性化処理したものから分留される中間留分の一部を含有することが好ましい。
【0037】
本発明の水素化処理においては、上記水素化処理工程で得られた水素化処理油を、さらに異性化処理する工程を含んでも良い。
【0038】
異性化処理の原料油である水素化処理油に含まれる硫黄分含有量は、1質量ppm以下であることが好ましく、0.5質量ppmであることがより好ましい。硫黄分含有量が1質量ppmを超えると水素化異性化の進行が妨げられる恐れがある。加えて、同様の理由で、水素化処理油と共に導入される水素を含む反応ガスについても硫黄分濃度が十分に低いことが必要であり、1容量ppm以下であることが好ましく、0.5容量ppm以下であることがより好ましい。
【0039】
異性化処理工程は、水素存在下、水素圧力が2〜13MPa、液空間速度が0.1〜3.0h−1、水素/油比が250〜1500NL/Lである条件で行われることが望ましく、水素圧力が2.5〜10MPa、液空間速度が0.5〜2.0h−1、水素/油比が380〜1200NL/Lである条件で行われることがより望ましく、水素圧力が3〜8MPa、液空間速度が0.8〜1.8h−1、水素/油比が350〜1000NL/Lである条件で行われることがさらに望ましい。
これらの条件はいずれも反応活性を左右する因子であり、例えば水素圧力および水素/油比が前記下限値に満たない場合には反応性の低下や急速な活性低下を招く恐れがあり、水素圧力および水素/油比が前記上限値を超える場合には圧縮機等の過大な設備投資を要する恐れがある。液空間速度は低いほど反応に有利な傾向にあるが、前記下限未満の場合は極めて大きな反応塔容積が必要となり過大な設備投資となる傾向にあり、他方、前記上限を超えている場合は反応が十分進行しなくなる傾向にある。
【0040】
異性化処理工程における反応温度は原料油重質留分の目的とする分解率あるいは目的とする留分収率を得るために任意に設定することができるが、150〜380℃の範囲であることが好ましく、240〜380℃の範囲であることがより好ましく、250〜365℃の範囲であることが特に好ましい。反応温度が150℃より低い場合には、十分な水素化異性化反応が進行しないおそれがあり、380℃より高い場合には、過度の分解あるいは他の副反応が進行し、液生成物留率の低下を招くおそれがある。
【0041】
異性化処理の触媒としては、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン、マグネシウム及びゼオライトから選ばれる物質より構成される多孔性の無機酸化物からなる担体に周期表第8族の元素から選ばれる金属を1種以上担持してなる触媒が用いられる。
異性化処理触媒の担体として用いられる多孔性の無機酸化物としては、アルミナ、チタニア、ジルコニア、ボリア、シリカ、あるいはゼオライトが挙げられ、本発明ではこのうちチタニア、ジルコニア、ボリア、シリカおよびゼオライトのうち少なくとも1種類とアルミナによって構成されているものが好ましい。その製造法は特に限定されないが、各元素に対応した各種ゾル、塩化合物などの状態の原料を用いて任意の調製法を採用することができる。さらには一旦シリカアルミナ、シリカジルコニア、アルミナチタニア、シリカチタニア、アルミナボリアなどの複合水酸化物あるいは複合酸化物を調製した後に、アルミナゲルやその他水酸化物の状態あるいは適当な溶液の状態で調製工程の任意の工程で添加して調製してもよい。アルミナと他の酸化物との比率は担体に対して任意の割合を取り得るが、好ましくはアルミナが90質量%以下、さらに好ましくは60質量%以下、より好ましくは40質量%以下であり、好ましくは10質量%以上、より好ましくは20質量%以上である。
【0042】
ゼオライトは結晶性アルミノシリケートであり、フォージャサイト、ペンタシル、モルデナイトなどが挙げられ、所定の水熱処理および/または酸処理によって超安定化したもの、あるいはゼオライト中のアルミナ含有量を調整したものを用いることができる。好ましくはフォージャサイト、モルデナイト、特に好ましくはY型、ベータ型が用いられる。Y型は超安定化したものが好ましく、水熱処理により超安定化したゼオライトは本来の20Å以下のミクロ細孔と呼ばれる細孔構造に加え、20〜100Åの範囲に新たな細孔が形成される。水熱処理条件は公知の条件を用いることができる。
【0043】
異性化処理触媒の活性金属としては、周期表第8族の元素から選ばれる1種以上の金属が用いられる。これらの金属の中でも、Pd、Pt、Rh、Ir、Au、Niから選ばれる1種以上の金属を用いることが好ましく、組み合わせて用いることがより好ましい。好適な組み合せとしては、例えば、Pd−Pt、Pd−Ir、Pd−Rh、Pd−Au、Pd−Ni、Pt−Rh、Pt−Ir、Pt−Au、Pt−Ni、Rh−Ir、Rh−Au、Rh−Ni、Ir−Au、Ir−Ni、Au−Ni、Pd−Pt−Rh、Pd−Pt−Ir、Pt−Pd−Niなどが挙げられる。このうち、Pd−Pt、Pd−Ni、Pt−Ni、Pd−Ir、Pt−Rh、Pt−Ir、Rh−Ir、Pd−Pt−Rh、Pd−Pt−Ni、Pd−Pt−Irの組み合わせがより好ましく、Pd−Pt、Pd−Ni、Pt−Ni、Pd−Ir、Pt−Ir、Pd−Pt−Ni、Pd−Pt−Irの組み合わせがさらにより好ましい。
【0044】
触媒質量を基準とする活性金属の合計含有量としては、金属として0.1〜2質量%が好ましく、0.2〜1.5質量%がより好ましく、0.5〜1.3質量%がさらにより好ましい。金属の合計担持量が0.1質量%未満であると、活性点が少なくなり、十分な活性が得られなくなる傾向がある。他方、2質量%を越えると、金属が効果的に分散せず、十分な活性が得られなくなる傾向がある。
【0045】
上記異性化処理触媒のいずれの触媒において、活性金属を担体に担持させる方法は特に限定されず、通常の脱硫触媒を製造する際に適用される公知の方法を用いることができる。通常は、活性金属の塩を含む溶液を触媒担体に含浸する方法が好ましく採用される。また平衡吸着法、Pore−filling法、Incipient−wetness法なども好ましく採用される。例えば、Pore−filling法は、担体の細孔容積を予め測定しておき、これと同じ容積の金属塩溶液を含浸する方法であるが、含浸方法は特に限定されるものではなく、金属担持量や触媒担体の物性に応じて適当な方法で含浸することができる。
【0046】
本発明で用いられる上記異性化処理触媒は、反応に供する前に触媒に含まれる活性金属を還元処理しておくことが好ましい。還元条件は特に限定されないが、水素気流下、200〜400℃の温度で処理することによって還元される。好ましくは、240〜380℃の範囲で処理することが好ましい。還元温度が200℃に満たない場合、活性金属の還元が十分進行せず、水素化脱酸素および水素化異性化活性が発揮できない恐れがある。また、還元温度が400℃を超える場合、活性金属の凝集が進行し、同様に活性が発揮できなくなる恐れがある。
【0047】
異性化処理の反応器形式は、固定床方式であってもよい。すなわち、水素は原料油に対して向流または並流のいずれの形式をとることもでき、また、複数の反応塔を有し向流、並流を組み合わせた形式のものでもよい。一般的な形式としてはダウンフローであり、気液双並流形式を採用することができる。また、反応器は単独または複数を組み合わせてもよく、一つの反応器内部を複数の触媒床に区分した構造を採用しても良い。
【0048】
一般的に水素ガスは加熱炉を通過前あるいは通過後の原料油に随伴して最初の反応器の入口から導入するが、これとは別に、反応器内の温度を制御するとともに、できるだけ反応器内全体に渡って水素圧力を維持する目的で触媒床の間や複数の反応器の間に導入してもよい。このようにして導入される水素をクエンチ水素と呼称する。このとき、原料油に随伴して導入する水素に対するクエンチ水素との割合は望ましくは10〜60容量%、より望ましくは15〜50容量%である。クエンチ水素の割合が10容量%未満の場合には後段反応部位での反応が十分進行しない恐れがあり、60容量%を超える場合には反応器入口付近での反応が十分進行しない恐れがある。
【0049】
異性化処理工程後に得られる異性化処理油は、必要に応じて精留塔で複数留分に分留してもよい。例えば、ガス、ナフサ留分等の軽質留分、灯油、軽油留分等の中間留分、残渣分等の重質留分に分留してもよい。この場合、軽質留分と中間留分とのカット温度は100〜200℃が好ましく、120〜180℃がより好ましく、120〜160℃がさらに好ましく、130〜150℃がさらにより好ましい。中間留分と重質留分とのカット温度は250〜360℃が好ましく、250〜320℃がより好ましく、250〜300℃がさらに好ましく、250〜280℃がさらにより好ましい。生成するこのような軽質炭化水素留分の一部を水蒸気改質装置において改質することにより水素を製造することができる。このようにして製造された水素は、水蒸気改質に用いた原料がバイオマス由来炭化水素であることから、カーボンニュートラルという特徴を有しており、環境への負荷を低減することができる。なお、異性化処理油を分留して得られる中間留分は、航空燃料油基材として好適に用いることができる。
【0050】
本発明に係る航空燃料油基材は、単独で航空燃料油として用いてもよいが、原油等を精製して得られる航空燃料油基材と混合して、航空燃料油組成物にしてもよい。原油等を精製して得られる航空燃料油基材としては、一般的な石油精製工程で得られる航空燃料油留分、水素と一酸化炭素から構成される合成ガスを原料とし、フィッシャー・トロプシュ反応などを経由して得られる合成燃料油基材等が挙げられる。この合成燃料油基材は芳香族分をほとんど含有せず、飽和炭化水素を主成分とし、煙点が高いことが特徴である。なお、合成ガスの製造方法としては公知の方法を用いることができ、特に限定されるものではない。
【0051】
本発明の航空燃料油組成物には、従来より航空燃料油に添加される各種添加剤を添加することができる。この添加剤としては、酸化防止剤、静電気防止剤、金属不活性化剤および氷結防止剤から選ばれる一つ以上の添加剤が挙げられる。
【0052】
酸化防止剤としては、航空燃料油中のガムの発生を抑止するために、24.0mg/lを超えない範囲で、N,N−ジイソプロピルパラフェニレンジアミン、2,6−ジターシャリーブチルフェノール75%以上とターシャリー及びトリターシャリーブチルフェノール25%以下の混合物、2,4−ジメチル−6−ターシャリーブチルフェノール72%以上とモノメチル及びジメチルターシャリーブチルフェノール28%以下の混合物、2,4−ジメチル−6−ターシャリーブチルフェノール55%以上とターシャリー及びジターシャリーブチルフェノール45%以下の混合物、2,6−ジターシャリーブチル−4−メチルフェノールなどを加えることができる。
【0053】
静電気防止剤としては、航空燃料油が高速で燃料配管系内部を流れる時に配管内壁との摩擦によって生じる静電気の蓄積を防止し、電気伝導度を高めるために、3.0mg/lを超えない範囲で、オクテル社製のSTADIS450などを加えることができる。
【0054】
金属不活性化剤としては、航空燃料油に含有する遊離金属成分が反応して燃料が不安定とならないようにするために、5.7mg/lを超えない範囲で、N,N−ジサリシリデン−1,2−プロパンジアミンなどを加えることができる。
【0055】
氷結防止剤としては、航空燃料油に含まれている微量の水が凍結して配管を塞ぐのを防止するために、0.1〜0.15容量%の範囲でエチレングリコールモノメチルエーテルなどを加えることができる。
【0056】
本発明の航空燃料油組成物は、本発明を逸脱しない範囲で、さらに帯電防止剤、腐食抑制剤および殺菌剤等の任意の添加剤を適宜配合することができる。
【0057】
本発明の航空燃料油組成物は、JIS K2209「航空タービン燃料油」の規格値を満足するものである。
【0058】
本発明の航空燃料油組成物の15℃における密度は、燃料消費率の観点から、775kg/m以上であることが好ましく、780kg/m以上であることがより好ましい。一方、燃焼性の観点から、839kg/m以下であることが好ましく、830kg/m以下であることがより好ましく、820kg/m以下であることが更に好ましい。
なお、ここでいう15℃における密度とは、JIS K2249「原油及び石油製品−密度試験方法並びに密度・質量・容量換算表」で測定される値を意味する。
【0059】
本発明の航空燃料油組成物の蒸留性状は、10容量%留出温度が、蒸発特性の観点から204℃以下であることが好ましく、200℃以下であることがより好ましい。終点は燃焼特性(燃え切り性)の観点から300℃以下であることが好ましく、290℃以下であることがより好ましく、280℃以下であることが更に好ましい。
なお、ここでいう蒸留性状とは、JIS K2254「石油製品−蒸留試験方法」で測定される値を意味する。
【0060】
本発明の航空燃料油組成物の実在ガム分は、燃料導入系統等での析出物生成による不具合防止の観点から、7mg/100ml以下であることが好ましく、5mg/100ml以下であることがより好ましく、3mg/100ml以下であることが更に好ましい。
なお、ここでいう実在ガム分とは、JIS K2261「ガソリン及び航空燃料油実在ガム試験方法」で測定される値を意味する。
【0061】
本発明の航空燃料油組成物の真発熱量は、燃料消費率の観点から、42.8MJ/kg以上であることが好ましく、45MJ/kg以上であることがより好ましい。なお、ここでいう真発熱量とは、JIS K2279「原油及び燃料油発熱量試験方法」で測定される値を意味する。
【0062】
本発明の航空燃料油組成物の動粘度は、燃料配管の流動性や均一な燃料噴射実現の観点から−20℃における動粘度が8mm/s以下であることが好ましく、7mm/s以下であることがより好ましく、5mm/s以下であることが更に好ましい。なお、ここでいう動粘度とは、JIS K2283「原油及び石油製品の動粘度試験方法」で測定される値を意味する。
【0063】
本発明の航空燃料油組成物の銅板腐食は、燃料タンクや配管の腐食性の観点から、1以下であることが好ましい。ここでいう銅板腐食とは、JIS K2513「石油製品−銅板腐食試験方法」で測定される値を意味する。
【0064】
本発明の航空燃料油組成物の芳香族分は、燃焼性(煤発生防止)の観点から25容量%以下であることが好ましく、20容量%であることがより好ましい。ここでいう芳香族分とは、JIS K2536「燃料油炭化水素成分試験方法(けい光指示薬吸着法)」で測定される値を意味する。
【0065】
本発明の航空燃料油組成物の煙点は、燃焼性(煤発生防止)の観点から25mm以上であることが好ましく、27mm以上であることがより好ましく、30mm以上であることが更に好ましい。なお、ここでいう煙点とは、JIS K2537「燃料油煙点試験方法」で測定される値を意味する。
【0066】
本発明の航空燃料油組成物の硫黄分は、腐食性の観点から、0.3質量%以下であることが好ましく、0.2質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以下であることが更に好ましい。また、同様の腐食性の観点より、メルカプタン硫黄分は、0.003質量%以下であることが好ましく、0.002質量%以下であることがより好ましく、0.001質量%以下であることが更に好ましい。なお、ここでいう硫黄分とは、JIS K2541「原油及び石油製品硫黄分試験方法」で測定された値、メルカプタン硫黄分は、JIS K2276「メルカプタン硫黄分試験方法(電位差滴定法)」で測定された値を意味する。
【0067】
本発明の航空燃料油組成物の引火点は、安全性の観点から38℃以上であることが好ましく、40℃以上であることがより好ましく、45℃以上であることが更に好ましい。なお、ここでいう引火点とは、JIS K2265「原油及び石油製品‐引火点試験方法‐タグ密閉式引火点試験方法」で求めた値を意味する。
【0068】
本発明の航空燃料油組成物の全酸価は、腐食性の観点から0.1mgKOH/g以下であることが好ましく、0.08mgKOH/g以下であることがより好ましく、0.05mgKOH/g以下であることが更に好ましい。なお、ここでいう全酸価とは、JIS K2276「全酸価試験方法」で測定される値を意味する。
【0069】
本発明の航空燃料油組成物の析出点は、飛行時の低温暴露下での燃料凍結による燃料供給低下を防ぐ観点から、−47℃以下であることが好ましく、−48℃以下であることがより好ましく、−50℃以下であることが更に好ましい。なお、ここでいう析出点とは、JIS K2276「析出点試験方法」により測定された値を意味する。
【0070】
本発明の航空燃料油組成物の熱安定度は、高温暴露時の析出物生成による燃料フィルタ閉塞防止等の観点から、A法における圧力差10.1kPa以下、予熱管堆積物評価値3未満、B法における圧力差3.3kPa以下、予熱管堆積物評価値3未満であることが好ましい。なお、ここでいう熱安定度とは、JIS K2276「熱安定度試験方法A法、B法」により測定された値を意味する。
【0071】
本発明の航空燃料油組成物の水溶解度は、低温暴露時における溶解水の析出によるトラブル防止のため、分離状態2以下、界面状態1b以下であることが好ましい。なお、ここでいう水溶解度とは、JIS K2276「水溶解度試験方法」により測定された値を意味する。
【0072】
本発明の動植物油脂を原料として製造された環境低負荷型基材を含有する航空燃料油基材、および航空燃料油組成物は、燃焼性、酸化安定性、ライフサイクルCO排出特性の全てに優れるものである。
【実施例】
【0073】
以下、実施例に基づき本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0074】
(触媒の調製)
<触媒A>
濃度5質量%のアルミン酸ナトリウム水溶液3000gに水ガラス3号18.0gを加え、65℃に保温した容器に入れた。他方、65℃に保温した別の容器において濃度2.5質量%の硫酸アルミニウム水溶液3000gにリン酸(濃度85%)6.0gを加えた溶液を調製し、これに前述のアルミン酸ナトリウムを含む水溶液を滴下した。混合溶液のpHが7.0になる時点を終点とし、得られたスラリー状の生成物をフィルターに通して濾取し、ケーキ状のスラリーを得た。
このケーキ状のスラリーを還流冷却器を取り付けた容器に移し、蒸留水150mlと27%アンモニア水溶液10gを加え、75℃で20時間加熱攪拌した。該スラリーを混練装置に入れ、80℃以上に加熱し水分を除去しながら混練し、粘土状の混練物を得た。得られた混練物を押出し成形機によって直径1.5mmシリンダーの形状に押し出し、110℃で1時間乾燥した後550℃で焼成し、成形担体を得た。
得られた成形担体50gをナス型フラスコに入れ、ロータリーエバポレーターで脱気しながら三酸化モリブデン17.3g、硝酸ニッケル(II)6水和物13.2g、リン酸(濃度85%)3.9g及びリンゴ酸4.0gを含む含浸溶液をフラスコ内に注入した。含浸した試料は120℃で1時間乾燥した後、550℃で焼成し、触媒Aを得た。触媒Aの物性を表1に示す。
<触媒B>
市販のシリカアルミナ担体(日揮化学社製N632HN)50gをナス型フラスコに入れ、ロータリーエバポレーターで脱気しながらテトラアンミン白金(II)クロライド水溶液をフラスコ内に注入した。含浸した試料は110℃で乾燥した後、350℃で焼成し、触媒Bを得た。触媒Bにおける白金の担持量は、触媒全量を基準として0.5質量%であった。触媒Bの物性を表1に示す。
【0075】
(実施例1)
触媒A(100ml)を充填した反応管(内径20mm)を固定床流通式反応装置に向流に取り付けた。その後、ジメチルジサルファイドを加えた直留軽油(硫黄分3質量%)を用いて触媒層平均温度300℃、水素分圧6MPa、液空間速度1h−1、水素/油比200NL/Lの条件下で、4時間触媒の予備硫化を行った。
予備硫化後、表2に示す性状を有する植物油脂1(含酸素炭化水素化合物に占めるトリグリセリド構造を有する化合物の割合:98モル%)に後述の高圧セパレータ導入後の水素化処理油の一部を植物油脂1に対して1質量倍となる量をリサイクルし、原料油に対する硫黄分含有量(硫黄原子換算)が10質量ppmになるようにジメチルサルファイドを添加して原料油の調整を行った。その後、原料油を用いて、水素化処理を行った。原料油の15℃密度は0.900g/ml、酸素分含有量は11.5質量%であった。また、水素化処理の条件は、反応管入り口温度を280℃、水素圧力を6.0MPa、液空間速度を1.0h−1、水素/油比を510NL/Lとした。水素化処理後の処理油を高圧セパレータに導入し、処理油から水素、硫化水素、二酸化炭素および水の除去を行った。高圧セパレータ導入後の水素化処理油の一部は、冷却水で40℃まで冷却して、前述の通り原料油である植物油脂1にリサイクルし、リサイクルした残りの水素化処理油を、触媒B(150ml)を充填した反応管(内径20mm)を固定床流通式反応装置(異性化装置)に導入し、異性化処理を行った。まず、触媒Bに対して、触媒層平均温度320℃、水素圧力5MPa、水素ガス量83ml/minの条件化で6時間、還元処理を行い、次に、触媒層平均温度を330℃、水素圧力を3MPa、液空間速度を1h−1、水素/油比を500NL/Lの条件で異性化処理を行った。異性化処理後の異性化処理油は精留塔に導かれ、沸点範囲140℃未満の軽質留分、140〜280℃の中間留分、280℃を超える重質留分に分留した。この中間留分を航空燃料油基材に用いる。水素化処理条件を表3に、得られた航空燃料油基材の性状を表4に示す。
【0076】
(実施例2)
原料油が表2の性状を有する石油系基材を50容量%含有すること、水素化処理における水素圧力を3MPaとした以外は、実施例1と同様にして水素化処理および異性化処理を行い、航空燃料油基材を得た。原料油に含有される石油系基材は、原油を常圧蒸留装置で処理して得られる留分のうち、沸点範囲140℃〜270℃で分留した直留灯油留分である。水素化処理条件を表3に、得られた航空燃料油基材の性状を表4に示す。
【0077】
(実施例3)
原料油に含有される植物油脂1を植物油脂2に変更し、水素化処理において、反応管入り口温度を360℃、水素圧力を10MPa、液空間速度を0.5h−1とした以外は、実施例1と同様にして水素化処理および異性化処理を行った。水素化処理条件を表3に、得られた航空燃料油基材の性状を表4に示す。
【0078】
(実施例4)
実施例1で得られた航空燃料油基材100容量%で表5に示す航空燃料油組成物を得た。
【0079】
(実施例5)
実施例1で得られた航空燃料油基材50容量%と原油を常圧蒸留装置で処理して得られる留分のうち、沸点範囲140℃〜270℃で分留した留分を更に水素化脱硫処理した表2の性状を有する航空燃料油基材50容量%とをブレンドすることにより、表5に示す航空燃料油組成物を得た。
【0080】
(実施例6)
実施例2で得られた航空燃料油基材50容量%と原油を常圧蒸留装置で処理して得られる留分のうち、沸点範囲140℃〜270℃で分留した留分を更に水素化脱硫処理した表2の性状を有する航空燃料油基材50容量%とをブレンドすることにより、表5に示す航空燃料油組成物を得た。
【0081】
(実施例7)
実施例3で得られた航空燃料油基材50容量%と原油を常圧蒸留装置で処理して得られる留分のうち、沸点範囲140℃〜270℃で分留した留分を更に水素化脱硫処理した表2の性状を有する航空燃料油基材50容量%とをブレンドすることにより、表5に示す航空燃料油組成物を得た。
【0082】
なお、実施例4〜7にはいずれにも下記添加剤を添加した。
・酸化防止剤(2,6-ditertiary-butyl-phenol) 20質量ppm
・静電気防止剤(STADIS 450) 2.0mg/l
【0083】
(原料油、航空燃料油基材および航空燃料油の一般性状)
表2、表4および表5に示す原料油、航空燃料油基材および航空燃料油の一般性状は以下の方法により測定された値をいう。
15℃における密度(密度@15℃)は、JIS K2249「原油及び石油製品−密度試験方法並びに密度・質量・容量換算表」で測定される値を意味する。
30℃または−20℃における動粘度は、JIS K2283「原油及び石油製品−動粘度試験方法及び粘度指数算出方法」で測定される値を意味する。
元素分析C(質量%)、H(質量%)は、ASTM D 5291“Standard Test Methods for Instrumental Determination of Carbon, Hydrogen, and Nitrogen in Petroleum Products and Lubricants”で定められる方法で測定される値を意味する。
酸素分は、UOP649−74“Total Oxygen in Organic Materials by Pyrolysis-Gas Chromatographic Technique”等の方法で測定される値を意味する。
硫黄分は、JIS K2541「原油及び石油製品硫黄分試験方法」で測定される値を意味する。
メルカプタン硫黄分は、JIS K2276「メルカプタン硫黄分試験方法(電位差滴定法)」で測定された値を意味する。
酸価は、JIS K 2501「石油製品及び潤滑油−中和価試験方法」の方法で測定される値を意味する。
油脂中の脂肪酸基の構成比率は、前述の基準油脂分析試験法(日本油化学会制定)(1993)「2.4.21.3-77脂肪酸組成(FID昇温ガスロマトグラフ法)」に準じて求められる値を指す。
引火点は、JIS K2265「原油及び石油製品−引火点試験方法−タグ密閉式引火点試験方法」で求めた値を意味する
蒸留性状は、JIS K2254「石油製品−蒸留試験方法」で測定される値を意味する。
芳香族分は、JIS K2536「燃料油炭化水素成分試験方法(けい光指示薬吸着法)」で測定される値を意味する。
全酸価は、JIS K2276「石油製品−航空燃料油試験方法−全酸価試験方法」で測定される値を意味する。
析出点は、JIS K2276「石油製品−航空燃料油試験方法−析出点試験方法」により測定された値を意味する。
煙点は、JIS K2537「燃料油煙点試験方法」で測定される値を意味する。
熱安定度は、JIS K2276「石油製品−航空燃料油試験方法−熱安定度試験方法A法、B法」により測定された値を意味する。
真発熱量は、JIS K2279「原油及び燃料油発熱量試験方法」で測定される値を意味する。
銅板腐食(50℃、4hr)は、JIS K2513「石油製品−銅板腐食試験方法」で測定される値を意味する。
導電率は、JIS K 2276「石油製品−航空燃料油試験方法−導電率試験方法」で測定される値を意味する。
実在ガム分は、JIS K2261「ガソリン及び航空燃料油実在ガム試験方法」で測定される値を意味する。
水溶解度は、JIS K2276「石油製品−航空燃料油試験方法−水溶解度試験方法」により測定された値を意味する。
【0084】
(ライフサイクル特性)
本実施例で記載するライフサイクル特性(ライフサイクルCO算出)は以下の手法によって計算した。
ライフサイクルCOは、航空燃料油使用による航空機の飛行(燃料の燃焼)に伴い発生したCOと、燃料製造における原料採掘から燃料給油までに発生したCOと分けて算出した。
燃焼に伴い発生するCO(以下、「Tank to Wheel CO」という)は、環境省の定義値(ジェット燃料:2.5kg−CO/L)を使用し、単位発熱量当たりの排出量に換算して使用した。また、採掘から燃料タンクへの燃料給油までに発生したCO(以下、「Well to Tank CO」という。)は、原料及び原油ソースの採掘、輸送、加工、配送、車両への給油までの一連の流れにおけるCO排出量の総和として算出した。なお、「Well to Tank CO」の算出にあたっては、下記(1B)〜(5B)に示す二酸化炭素の排出量を加味して演算を行った。かかる演算に必要となるデータとしては、本発明者らが有する製油所運転実績データを用いた。
【0085】
(1B)各種処理装置、ボイラー等設備の燃料使用に伴う二酸化炭素の排出量。
(2B)水素を使用する処理においては、水素製造装置における改質反応に伴う二酸化炭素の排出量。
(3B)接触分解装置等の連続触媒再生を伴う装置を経由する場合は、触媒再生に伴う二酸化炭素の排出量。
(4B)航空燃料組成物を、横浜で製造又は陸揚げし、横浜から仙台まで配送し、仙台で燃焼機器に給油したときの二酸化炭素の排出量。
(5B)動植物油脂および動植物油脂由来の成分は原産地をマレーシアおよびその周辺地域とし、製造を横浜で行うとした際の二酸化炭素の排出量。
なお、動植物油脂および動植物油脂由来の成分を使用した場合、いわゆる京都議定書においてはこれらの燃料に起因する二酸化炭素は排出量として計上されないルールが適用される。本計算においては、燃焼時に発生する「Tank to Wheel CO」に対してこれを適用させた。
【0086】
表5から明らかなとおり、動植物油脂由来の原料を水素化処理して得られた航空燃料油基材を含有する航空燃料油は、代表的な石油系航空燃料油と較べ遜色の無い一般性状を有する一方、ライフサイクル特性に優れ、且つ地球温暖化防止に資する石油代替の新規航空燃料油となっている。
【0087】
【表1】

【0088】
【表2】

【0089】
【表3】

【0090】
【表4】

【0091】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
動植物油脂に由来する含酸素炭化水素化合物、及び含硫黄炭化水素化合物の混合油からなる原料油、または該混合油にさらに原油等を精製して得られる石油系基材を混合してなる原料油を水素化処理することにより得られる航空燃料油基材。
【請求項2】
前記水素化処理が、水素の存在下、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン及びマグネシウムから選ばれる2種以上の元素を含んで構成される多孔性無機酸化物からなる担体に周期表第6A族及び第8族の元素から選ばれる1種以上の金属を担持してなる触媒を用い、水素圧力2〜13MPa、液空間速度0.1〜3.0h−1、水素/油比150〜1500NL/L、反応温度150〜480℃の条件下で前記原料油を水素化処理する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の航空燃料油基材。
【請求項3】
前記水素化処理が、前記水素化処理工程で得られた水素化処理油を、さらに、水素存在下、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、ホウ素、チタン、マグネシウム及びゼオライトから選ばれる物質より構成される多孔性無機酸化物からなる担体に周期表第8族の元素から選ばれる金属を担持してなる触媒を用いて、水素圧力2〜13MPa、液空間速度0.1〜3.0h−1、水素/油比250〜1500NL/L、反応温度150〜380℃の条件下でさらに異性化処理する工程を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の航空燃料油基材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の航空燃料油基材を含有することを特徴とする航空燃料油組成物。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の航空燃料油基材と原油等を精製して得られる航空燃料油基材とを含有することを特徴とする航空燃料油組成物。
【請求項6】
酸化防止剤、静電気防止剤、金属不活性化剤および氷結防止剤から選ばれる一つ以上の添加剤を含有することを特徴とする請求項4または5に記載の航空燃料油組成物。
【請求項7】
JIS K2209「航空タービン燃料油」の規格値を満足することを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載の航空燃料油組成物。

【公開番号】特開2010−121071(P2010−121071A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297116(P2008−297116)
【出願日】平成20年11月20日(2008.11.20)
【出願人】(000004444)新日本石油株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】