説明

舶用ディーゼルエンジン排気系に適した耐熱性および高耐食性を有する構成材料を用いたガス排気設備

【課題】重油、軽油、灯油またはそれらの混合油を燃料として用いる船舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝装置を将来設置する場合において、極端な腐食環境にさらされても腐食や装置への損傷を生じない、船舶用ディーゼルエンジン排気側構成部材を提供することを課題とする。
【解決手段】舶用ディーゼルエンジンにガス排気設備を設置した場合、脱硝触媒の触媒担持体を除く諸装置につき、耐熱性および高耐食性を有する特定組成の材質を用いた構成部材とすることで、極端な腐食環境下においても耐久性を確保する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重油、軽油、灯油またはそれらの混合油を燃料とする船舶などに用いられるディーゼルエンジンの排ガス脱硝設備において、排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までに用いられる全ての部材の材質に特定の高耐食性オーステナイトステンレス鋼またはNi基合金を使用した耐熱性および高耐食性を有する舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備に関する。
【背景技術】
【0002】
環境問題を論じる場合、船舶などに用いられるエンジンには、船舶推進用エンジン、発電機用補機エンジン、焼却炉が含まれるが、前記2つのエンジンからの排ガス量が圧倒的に多い。エンジンとしては、化石燃料、特に多用される硫黄分の多いA,C重油を燃料とするディーゼルエンジンが主流であり、排ガス中のNOが規制の対象となりはじめており、徐々に規制は強化されつつある。
【0003】
ディーゼルエンジンなどの内燃機関の排気ガス中のNOxを低減する手段としては、触媒を使用しアンモニアや尿素で還元する接触分解方式が広く採用されている。例えば、特許文献1には、内燃機関の排気ガス浄化用の触媒装置や化学プラントの触媒装置に用いられる触媒用メタル担体に関する発明で、ハニカム材としてFe‐Cr‐Al合金箔を用いており、表面に酸化アルミニウム皮膜を生じさせ、酸化皮膜の成長によって鋼中のAlがAl23として消費し、CrとFeの酸化を抑制する原理である。しかしながら、重油、軽油、灯油またはそれらの混合油を燃料とする船舶用ディーゼルエンジンの排気ガス脱硝装置の触媒を対象に考えた場合、エンジン回転数が低下したり、停止するに伴い、排気ガス圧力も低下し燃焼ガス中に含まれる強酸性の物質が逆流したり、停止後の温度低下により生じる結露水に強酸性の物質が溶解するなど、自動車用ディーゼルエンジンや化学プラントの排気ガスと比べ、ガス排気設備全体が極端な腐食環境にさらされる。このため、従来のFe−Cr−Al合金箔を用いているメタルハニカム触媒担持体を当該用途に使用すると、ハニカム担持体が腐食し、触媒装置そのものが機能を果たさなくなる危険性があり、これと同様に、触媒担持体を収納する缶体およびその後方に位置する排気筒だけでなく、エンジン回転数の低下や停止時には排気ガスの逆流が生じるので、エンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材においても機能を果たさなくなる危険性があった。
【0004】
すなわち、船舶用ディーゼルエンジンは、重油、軽油、灯油またはそれらの混合油を燃料として用いることが多く、これらは比較的多く硫黄分を含んでおり、排ガス脱硝装置における還元剤として尿素やアンモニアを用いる場合、その脱硝装置は、極端な腐食環境にさらされ、金属である地金の露出した部分を起点に腐食を引き起こし、脱硝装置等を損傷させてしまう。
【特許文献1】特開平8−299808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような問題を解決し、耐熱性に優れ、かつ極端な腐食環境にも耐え得る船舶用ディーゼルエンジン排気ガス用脱硝触媒装置用缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材に適した構成材料及び該構成材料で構成した船舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝装置の缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材が極端な腐食環境下においても耐久性を確保できる手段として、発明者らは、種々試行を重ねた結果、以下の結論を得た。
【0007】
舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝装置の缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材において、耐熱性および高耐食性を有する特定の構成材料とすることで、極端な腐食環境下においても優れた耐久性を確保することができることが分かった。
【0008】
この特定の構成材料は、高耐食性かつ高耐熱性を有するオーステナイト系ステンレス鋼またはNi基合金であり、舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝装置の缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材に用いる。この部位では、エンジンの始動、停止、回転の高低によって脱硝装置内は、150℃以上、550℃以下の繰り返し熱サイクルに曝されると共に、エンジン停止時には、内部の温度が急激に低下し滞留する排気ガス中の水分が結露すると共に強酸性の硫化物が溶解し、触媒装置内に滞留してしまうので、その結果、金属製部材を腐食させ、致命的損傷を受ける可能性がある。
【0009】
陸上の自動車用ディーゼルエンジンにおいても、触媒を用いた脱硝装置の装着が進められているが、使用する燃料としては硫黄分がA,C重油に比べ非常に少ない軽油が主体となっており、比較的軽微な腐食環境であることから、大問題になることは無かった。
【0010】
これに対し、船舶用内燃機関においては、海洋上においては海塩粒子や海水が、機関内の給排気装置に浸入することが多く、陸用の内燃機関と比べさらに過酷な環境下で使用され、これらを構成する部品は腐食の危険にさらされ、その上、交換の機会も少ない。かつ使用される燃料は、硫黄分の多いA、C重油が多用される環境において、実際に適用した例のない船舶用脱硝装置を将来設置し使用した場合、還元剤として用いる尿素やアンモニアのリーク分を無害化するために、後段に酸化触媒を設置する必要があるが、同時に排気ガス中にある二酸化硫黄も酸化されて硫酸ガスとなり、排気ガス温度低下に伴う結露と共に、強酸性の硫酸に変化してしまう。
【0011】
そこで、発明者らは、これらの問題を解消するために、ガス排気設備の改善を試みた。その結果、舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝設備の缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材において、耐熱性および高耐食性を有する特定組成の構成材料とすることで、極端な腐食環境下においても優れた耐久性を有することを特徴とする耐熱性および高耐食性を有する船舶用脱硝装置等エンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材を開発した。
【0012】
本発明でいうガス排気設備とは、ディーゼルエンジン排気口から排気筒出口までの間にあって、排気ガスと直接接触するすべての部材をいう。具体的には、図1に示される、過給器、尿素などの還元剤注入手段、脱硝器、酸化器、熱交換器、排気筒、および排ガス流路中に設けされる各種センサーなどが例示されるが、これに限定されるものではない。
【0013】
先ず、構成部材は、150℃以上、550℃以下の繰り返し熱サイクルが作用しても優れた耐久性を有するよう改善した。主な改善点は、船舶用脱硝装置等を構成する部材を高耐食性、特に、表面発銹の無いステンレス素材を適用した点にある。耐熱性、高耐食性ステンレス鋼と言っても多種多様で、フェライト系ステンレス鋼とSUS304に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼が挙げられる。特に前者に挙げたフェライト系ステンレス鋼は、鋼種によっては、ニッケル超合金を凌ぐ耐熱性を有する材料もあるが、発銹する危険性がある。
【0014】
また、上記フェライト系ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼は、一般的に使用されている鋼板と比べ、耐熱性及び耐食性に優れているが、熱膨張率が非常に高いため、設置スペースが限られる船舶内では、図1中に記号を付した箇所、すなわち、排気ダクト、過給器、熱交換器、脱硝装置、排気筒の接続部の少なくとも1箇所に、伸縮吸収機構を設ける必要がある。
【0015】
本発明で使用される伸縮吸収機構は、各部材の接続方向への熱による伸縮を吸収できるものであればいずれのものでも構わないが、例えば図2に示されるものが使用できる。
図2に示したものは、本発明材料の使用用途である舶用ディーゼルエンジン排気口以降から排気筒出口までの一部を構成する熱膨張による歪を緩和するための伸縮吸収機構の一例である。
先ず、図2(a)に示した伸縮吸収機構は、各装置間に接続した排気装置使用される材質と同等の金属材料、もしくわ、それ以上の熱伸縮挙動に対して優位な低熱膨張特性と優れた延性持ち合わせた金属材料でできた蛇腹を一体化させ、且つ、変形させることにより、直接的に伸縮を吸収させるしくみである。
次に、図2(b)で示すものは、配管をスライド可能に設置することにより伸縮を吸収する機構になっている。この構造は、スライド部分の隙間からのガス漏れを防止するために、耐熱ゴムや、金属製の薄板等で構成された蛇腹でスライド部全体を覆うようにされていることが好ましい。
【0016】
すなわち、本発明の実施態様は以下のとおりである。
(1)直接排気ガスと接触する、エンジン排気口から排気筒出口までの部材について、質量%で、Ni:14〜65%、Cr:14〜25%、Mo:2.5〜20.0%含有するオーステナイト系ステンレス鋼またはNi基合金により構成されることを特徴とする舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
(2)高耐食性オーステナイトステンレス鋼またはNi基合金が、質量%で、Si:1.0%以下、 Mn:1.0%以下、Cr:14.0〜25.0%、 Ni:14.0〜65.0%、Mo:2.5〜20.0%、N:0.001〜0.30%、C:0.03%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成ることを特徴とする(1)記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
(3)高耐食性オーステナイトステンレス鋼またはNi基合金が、質量%で、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:20.0〜25.0%、Ni:55.0〜65.0%、Mo:8.0〜10.0%、Al:0.1〜0.4%、Ti:0.04〜0.4%、C:0.1%以下、および、Nb%:3.0〜4.2を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成ることを特徴とする(1)記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
(4)エンジン排気口から排気筒出口までの部材が、排気ダクト、過給器、熱交換器、脱硝装置、排気筒、及びこれら単体もしくはシステムとして制御に用いる計測機器類を含むことを特徴とする(1)ないし(3)の何れかに記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
(5)排気ダクト、過給器、熱交換器、脱硝装置、排気筒の接続部の少なくとも1箇所に、伸縮吸収機構を設けたことを特徴とする(4)に記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の船舶用脱硝装置の用途である舶用ディーゼルエンジンの排ガス脱硝装置の缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材において必要な性能を発揮させるためには、耐熱性および高耐食性を有する金属材料を適応しなければならず、少なくとも、質量%で、Ni:14〜65%、Cr:14〜25%、Mo:2.5〜20.0%を含有するオーステナイト系ステンレス鋼およびNi基合金用いた構成部材とする必要性がある。
【0018】
また、この缶体および排気筒などエンジン排気口から排気筒出口までの全ての部材の金属材質は、質量%で、Si:1.0%以下、 Mn:1.0%以下、Cr:14.0〜25.0%、Ni:14.0〜65.0%、Mo:2.5〜20.0%、 N:0.001〜0.3%、C:0.03%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成る高耐食性オーステナイトステンレス鋼およびNi基合金であっても良い。
【0019】
さらに、質量%で、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:20.0〜25.0%、Ni:55.0〜65.0%、Mo:8.0〜10.0%、N:0.001〜0.3%、Al:0.1〜0.4%、Ti:0.04〜0.4%、C:0.1%以下、および、Nb:2.5〜4.1%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成る高耐食性オーステナイトステンレス鋼およびFe−Ni合金としても良い。
【0020】
本発明の素材として用いた合金についての成分組成を上記のように限定した理由を以下に説明する。
≪C:0.1mass%以下≫
Cは、高温強度を確保するのに有効な元素であるが、過剰に含有すると粒界にCrの炭化物を形成し耐食性を劣化させるので、0.1mass%以下に限定した。
≪Si:1.0%mass%以下≫
Siは、脱酸に必要な元素であり、さらに耐酸化性を向上させる元素であるが、1.0mass%を超えて添加すると、連続鋳造時に割れが発生しやすくなる他、高温耐久性をも阻害したりする懸念があるため、範囲は1.0mass%以下とする。
≪Mn:1.0%mass%以下≫
Mnは、Siと同様、脱酸に必要な元素である。しかし、1.0mass%を超えて添加すると、耐酸化性の劣化を招く。よって、Mnの範囲は1.0mass%以下とする。
≪Ni:14.0〜65.0mass%≫
Niはσ相やχ相などの金属間化合物の析出を抑制する上で有効な元素であり、また組織をオーステナイトにする場合には必須な元素である。更には耐応力腐食割れ向上にも効果のある元素であるが、その含有量が65.0mass%を上回ると熱間加工性の劣化や熱間変形抵抗の増大を招く。よって、Niの含有量は65.0mass%以下とした。なお、Niの含有量は14.0〜65.0mass%であることが好ましい。
≪Cr:14.0〜25.0mass%≫
Crは耐すきま腐食性を向上させるのに有効な元素であり、その効果を得るためには14.0wtmass%以上含有する必要がある。しかしながら、25.0wtmass%を超えて含有するとσ相やχ相などの金属間化合物の形成を助長し、かえって耐すきま腐食性を劣化させるので、14.0mass%〜25.0mass%とした。
≪Mo:2.5〜20.0mass%≫
Moも耐すきま腐食性を向上させるのに有効な元素であり、その効果を得るためには2.5mass%以上含有する必要がある。しかしながら、20.0mass%を超えて含有すると、金属間化合物の析出を助長し、耐食性を逆に劣化させてしまうので、2.5mass%〜20.0mass%とした。
≪Al:0.4mass%以下≫
Alは強力な脱酸剤であるが、0.4mass%を超えて含有させると金属間化合物の析出を助長させるので、その含有量を0.4mass%以下とした。
≪Ti:0.04〜0.4mass%≫
Tiは、炭化物または炭・窒化物の生成元素であり、加工性および耐食性の向上を目的として添加する。しかし、過量を添加すると、靱性を低下し、加工性も劣化するので、0.04〜0.4mass%とする。
≪Nb:3.0〜4.2mass%≫
Nbは、Tiと同様効果があるが、3.0以上出なければ加工性および耐食性に対する効果がなく、4.2mass%を超えて添加すると熱延板の靱性が低下するので、3.0〜4.2mass%とする。
【0021】
しかしながら、高腐食環境下での使用という観点から見た上記の材料選定は、同時に高温サイクルが付加される本用途の熱的環境においても、好適であるとは言い切れない。
【0022】
実際に、脱硝装置の酸化器の後段に当る排気筒内に設置した試験片の腐食に関する結果を、表1に示した。性能試験において耐食性・耐熱性の両特性において最良の結果を得ることができた。
【0023】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】舶用ディーゼルエンジン排気口以降の代表的な構成の説明図
【図2】伸縮吸収機構:(a)蛇腹式伸縮吸収機構、(b)スライド式伸縮吸収機構(図中の蛇腹は、ガスのシール目的で図2(a)とは異なる。)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直接排気ガスと接触する、エンジン排気口から排気筒出口までの部材について、質量%で、Ni:14〜65%、Cr:14〜25%、Mo:2.5〜20.0%含有するオーステナイト系ステンレス鋼またはNi基合金により構成されることを特徴とする舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
【請求項2】
高耐食性オーステナイトステンレス鋼またはNi基合金が、質量%で、Si:1.0%以下、 Mn:1.0%以下、Cr:14.0〜25.0%、 Ni:14.0〜65.0%、Mo:2.5〜20.0%、N:0.001〜0.30%、C:0.03%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成ることを特徴とする請求項1記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
【請求項3】
高耐食性オーステナイトステンレス鋼またはNi基合金が、質量%で、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Cr:20.0〜25.0%、Ni:55.0〜65.0%、Mo:8.0〜10.0%、Al:0.1〜0.4%、Ti:0.04〜0.4%、C:0.1%以下、および、Nb%:3.0〜4.2を含有し、残部がFe及び不可避的不純物から成ることを特徴とする請求項1記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
【請求項4】
エンジン排気口から排気筒出口までの部材が、排気ダクト、過給器、熱交換器、脱硝装置、排気筒、及びこれら単体もしくはシステムとして制御に用いる計測機器類を含むことを特徴とする請求項1ないし3の何れかに記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。
【請求項5】
排気ダクト、過給器、熱交換器、脱硝装置、排気筒の接続部の少なくとも1箇所に、伸縮吸収機構を設けたことを特徴とする請求項4に記載の舶用ディーゼルエンジンのガス排気設備。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−46716(P2009−46716A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−212556(P2007−212556)
【出願日】平成19年8月17日(2007.8.17)
【出願人】(000232793)日本冶金工業株式会社 (84)
【Fターム(参考)】