説明

舶用推進効率改善装置およびその施工方法

【課題】低コストかつ容易に施工可能であると共に比較的大型の船舶に好適な舶用推進効率改善装置の提供。
【解決手段】舶用推進効率改善装置20は、推力を発生するプロペラ11を含む船舶10のボッシング15に対してプロペラ11よりも船首側に位置するように放射状に配設される複数のステータフィンP1〜S2を含む。ステータフィンP1〜S2は、ボッシング15に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さdsがプロペラ11の半径dpの70%以下となるように形成されると共に、ステータフィンP1〜S2のフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンP1〜S2のルート部における断面上の翼弦とフィン後縁とを含む平面とのなす角度を取付角ψとしたときに、取付角ψが20°〜40°となるようボッシング15に配設される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、推力を発生するプロペラを含む船舶に適用される舶用推進効率改善装置およびその施工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、この種の技術として、プロペラよりも船首側に位置するように配設された複数のフィンを備えたものが多数知られている(特許文献1から6参照)。これらの舶用推進効率改善装置のうち、特許文献1に記載の船舶推進性能向上装置では、プロペラが船舶を前進させる方向に回転するときにプロペラ翼が下降する側に配置されるフィンがプロペラ軸に対して後縁上りに設けられると共に、プロペラが船舶を前進させる方向に回転するときにプロペラ翼が上昇する側に配置されるフィンがプロペラ軸に対して後縁下りに設けられ、各フィンのプロペラ軸に対する取付角がフィン根元部から先端に向かって大きく設定されている。また、特許文献2に記載の船舶のリアクションフィンでは、フィンブレードの先端から渦が発生するのを抑制するために、各フィンブレードの先端部が他の部分に比べて流入する水の流れに対する迎角が小さくなるように捩れられている。更に、特許文献3に記載の船舶のリアクションフィンでは、同様にフィンブレードの先端から渦が発生するのを抑制するために、各フィンブレードの先端に当該フィンブレードと交叉するように平板部材が固定されている。また、特許文献4に記載の船舶のリアクションフィンでは、推進効率をより改善するために、プロペラが船舶を前進させる方向に回転するときにプロペラ翼が下降する側に配置されるフィンの厚みが上昇する側のフィンの厚みよりも薄くされている。更に、特許文献5に記載の船舶のリアクションフィンでは、同様に推進効率をより改善するために、プロペラ軸心から各フィンの翼端までの長さがプロペラの半径と概ね同一とされている。また、特許文献6に記載の船舶の振動低減装置は、プロペラの前方かつプロペラ軸心よりも上方の領域に位置するようにスタンフレームまたはボッシングに取り付けられた複数のフィンを有している。
【特許文献1】特公昭62−016878号公報
【特許文献2】実開昭61−109898号公報
【特許文献3】実開昭61−098698号公報
【特許文献4】実開昭60−127299号公報
【特許文献5】特開平05−185986号公報
【特許文献6】登録実用新案第3093097号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように、船体に固定された複数のフィン(以下「ステータフィン」という)からなる舶用推進効率改善装置によれば、ステータフィンによりプロペラに対する流体の流れをプロペラの回転方向と逆向きに変換して船舶の推進効率を改善することができる。ただし、上述のような舶用推進効率改善装置を比較的大型の船舶に対して適用するには、次のような課題が存在している。すなわち、推進効率を改善する上では、上記特許文献5に記載の技術のようにプロペラ軸心から各フィンの翼端までの長さがプロペラの半径と概ね同一になるようにステータフィンのスパン(ルート部からフィン翼端までの長さ)を大きくとることが好ましいが、大型船舶ではプロペラの外径が大きくなることから、ステータフィン自体およびその取付強度を充分に確保することが困難となる。この場合、強度を確保するために、複数のステータフィンを一体の鋳物として製造することも考えられるが、これでは、舶用推進効率改善装置の施工コストが極めて高額になってしまう。
【0004】
そこで、本発明は、低コストかつ容易に施工可能であると共に比較的大型の船舶に好適な舶用推進効率改善装置の提供を主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明による舶用推進効率改善装置は、上述の主目的を達成するために以下の手段を採っている。
【0006】
本発明による舶用推進効率改善装置は、
推力を発生するプロペラを含む船舶の船体に対して前記プロペラよりも船首側に位置するように放射状に配設される複数のステータフィンからなる舶用推進効率改善装置であって、
前記複数のステータフィンは、前記船体に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さが前記プロペラの半径の70%以下となるように形成されると共に、前記ステータフィンのフィン後縁と前記プロペラ軸心とを含む平面と前記ステータフィンのルート部における断面上の翼弦と前記フィン後縁とを含む平面とのなす角度を前記ステータフィンの取付角としたときに、前記取付角が20°〜40°となるよう前記船体に配設されることを要旨とする。
【0007】
この舶用推進効率改善装置において、複数のステータフィンは、船体に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さがプロペラの半径の70%以下となるように形成される。そして、複数のステータフィンは、ステータフィンのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンのルート部における断面上の翼弦とフィン後縁とを含む平面とのなす角度をステータフィンの取付角としたときに、取付角が20°〜40°となるよう船体に配設される。このように、船体に取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さがプロペラの半径の70%以下となるように複数のステータフィンを形成すれば、各ステータフィンのルート部から翼端までの長さが比較的短くなることから各ステータフィン自体の強度を充分に確保することが可能となる。また、各ステータフィンを溶接等により船体に固定しても各ステータフィンの船体に対する取付強度を充分に確保することができると共に、舶用推進効率改善装置を船舶に対して低コストかつ容易に施工することが可能となる。更に、ステータフィンのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンのルート部における断面上の翼弦とフィン後縁とを含む平面とのなす角度をステータフィンの取付角として、取付角が20°〜40°となるように複数のステータフィンを船体に配設すれば、各ステータフィンによりプロペラに対する流体の流れを良好にプロペラの回転方向と逆向きに変換して推進効率を向上させることが可能となる。この結果、この舶用推進効率改善装置は、低コストかつ容易に施工可能であると共に比較的大型の船舶に極めて好適なものとなる。
【0008】
また、前記複数のステータフィンのうち、少なくとも前記プロペラの正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンは、30°以下の捩り角をもって流入する流体を整流するように捩られてもよい。これにより、流入する流体に対する各ステータフィンの迎え角をスパン方向(ルート部からフィン翼端までの間)において概ね一定としてプロペラの回転方向と逆向きの流れをより良好に発生させると共に揚抗比をより大きくすることが可能となる。そして、前記複数のステータフィンのうち、少なくとも前記プロペラの正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンは、該ステータフィンの取付角よりも小さい捩り角をもって流入する流体を整流するように捩られてもよい。
【0009】
更に、前記複数のステータフィンは、ルート部の長さが前記プロペラの直径の10〜20%となると共に、フィン翼端の長さが前記プロペラの直径の5〜10%となるように形成されてもよい。これにより、各ステータフィンの迎え角を大きくすると共に揚抗比を良好なものとすることができる。
【0010】
また、前記複数のステータフィンは、フィン前縁とフィン翼端とのなす角度が45°〜75°となるように形成されてもよい。これにより、ステータフィンの翼端付近における渦の発生を抑制して船舶の推進効率をより向上させることが可能となる。
【0011】
そして、本発明による舶用推進効率改善装置が適用される船舶は、例えば方形係数(Cb)が値0.75以上である肥大船に適用されると好ましい。
【0012】
本発明による舶用推進効率改善装置の施工方法は、
推力を発生するプロペラを含む船舶の船体に対して前記プロペラよりも船首側に位置するように放射状に配設される複数のステータフィンからなる舶用推進効率改善装置の施工方法であって、
(a)前記船体に取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さが前記プロペラの半径の70%以下となるように前記複数のステータフィンを形成するステップと、
(b)前記ステータフィンのフィン後縁と前記プロペラ軸心とを含む平面と前記ステータフィンのルート部における断面上の翼弦と前記フィン後縁とを含む平面とのなす角度を前記ステータフィンの取付角としたときに、前記取付角が20°〜40°となるように前記複数のステータフィンを前記船体に固定するステップと、
を含むものである。
【0013】
この方法のように、船体に取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さがプロペラの半径の70%以下となるように複数のステータフィンを形成すると共に、ステータフィンのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンのルート部における断面上の翼弦とフィン後縁とを含む平面とのなす角度をステータフィンの取付角としたときに、取付角が20°〜40°となるように複数のステータフィンを船体に固定すれば、比較的大型の船舶に好適な舶用推進効率改善装置を低コストかつ容易に施工することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
次に、実施例を参照しながら本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【実施例】
【0015】
図1は、本発明の一実施例に係る舶用推進効率改善装置20を備えた船舶10を示す概略構成図であり、図2は、船舶10の要部拡大斜視図である。これらの図面に示す船舶10は、例えば、油槽船やバルクキャリアといった、いわゆる肥大船として構成されており、実施例では図2において時計回りに回転したときに前進方向の推力を発生する1体のプロペラ11や、舵12、プロペラ11と連結される図示されない主機、それに関連する補機類等を備えるものである。また、舶用推進効率改善装置20は、船舶10のボッシング15(船体)に対してプロペラ11よりも船首側に位置するように放射状に溶接固定される複数のステータフィンP1,P2,P3,S1およびS2からなる。ステータフィンP1〜P3は、プロペラ11の正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域、すなわちプロペラ11が船尾側から見て時計回りに回転すると船舶10が前進する場合、プロペラ軸心を含んで鉛直方向に延びる平面よりも左舷側の領域に配置されるものである。以下、プロペラ上昇領域に配置されるステータフィンP1〜P3を総称して「ステータフィンPn」という。また、ステータフィンS1〜S2は、プロペラ11の正転時にプロペラ翼端が下降するプロペラ下降領域、すなわちプロペラ11が船尾側から見て時計回りに回転すると船舶10が前進する場合、プロペラ軸心を含んで鉛直方向に延びる平面よりも右舷側の領域に配置されるものである。以下、プロペラ下降領域に配置されるステータフィンS1,S2を総称して「ステータフィンSn」という。実施例において、ステータフィンPn,Snは、ボッシング15に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端(先端部)までの長さdsがプロペラの半径dpの70%以下となるような寸法をもつものとして形成されている。ステータフィンPn,Snの寸法の決定に際しては、舶用推進効率改善装置20による推進効率の改善度合と、ステータフィンPn,Sn自体の強度およびボッシング15に対する取付強度との両面から検討した。
【0016】
まず、プロペラの翼が無限個であると仮定すれば、当該プロペラを1枚の作動円板(actuator disk)であるとみなすことが可能である。そこで、この作動円板が角速度Ωで回転しながら一定速度VAで無限に拡がった水の中を進行しているものとすると共に、作動円板の中心を原点とする円筒座標系を導入し、作動円板の半径rの位置における微少厚さdrの環状要素を通過する流線上の流速と圧力とを考えることにする。この場合、円板面(x=0)と、その遙か前方(x=xf<0)と、その遙か後方(x=xa>0)という3つの断面に関して、x方向における速度成分は円板面において連続であり、各断面x=0,x=xf,x=xaでのx方向における速度成分をそれぞれVA,VA+wa1,Va+waとする。また、作動円板の回転方向における速度成分は、円板面において不連続となり、その前方では値0、その後方では一定速度−wt(<0)となる。更に、作動円板の径方向における速度成分は小さいものとして無視することができる。これら3つの断面に関しては、質量保存則、運動量保存則、角運動保存則およびエネルギ保存則が適用可能であるから、上記環状要素に作用するX方向の力すなわち推力dTと、上記環状要素に作用するモーメントすなわちトルクdQは、それぞれ次式(1)および(2)のように表すことが可能である。更に、式(1)および(2)を用いることにより、作動円板すなわちプロペラ全体に作用する推力TおよびトルクQは、次式(3)および(4)のように表すことができる。ただし、式(1)および(2)において、Va=2π・r・dr,a=wa/(2・VA),a’=wt/(2・Ω・r)である。そして、これらの式(1)〜(4)の関係に対しては、あるプロペラの後方における流れの計測結果を当てはめることにより、当該プロペラに作用する推力やトルクを求めることができる。図3に、あるプロペラの後方における流れの計測結果と上記(1)〜(4)式とに基づいて当該プロペラの各半径方向位置に作用するトルクを導出した結果を示す。図3において、実線は、プロペラ後方の回転方向における速度成分−wtすなわち式(2)における回転方向の速度成分a’を考慮したときのトルクを示し、破線は、作動円板後方の回転方向における速度成分−wtすなわち式(2)における回転方向の速度成分a’を無視したときのトルクを示し、二点鎖線は、実線のトルクと破線のトルクとの差分すなわちプロペラ後方の回転成分の発生によるトルクの増加分を示す。図3の例では、プロペラ後方の回転成分の発生によるトルクの増加分は、全トルク(実線)のおよそ12.5%を占めており、かかるプロペラ後方の回転成分を回収できれば、その分だけ船舶の推進効率を向上させることが可能である。
【0017】
dT = 2・ρ・dA0・VA2・(1+a)・a …(1)
dQ = 2・ρ・dA0・(VA3/Ω)・(1+a)2・a/(1+a') …(2)
T = 2π・∫dT/dA0・r・dr …(3)
Q = 2π・∫dQ/dA0・r・dr …(4)
【0018】
ここで、複数のステータフィンを含む舶用推進効率改善装置は、プロペラに対する流体の流れをプロペラの回転方向と逆向きに変換することにより、プロペラ後方における旋回流を弱めてプロペラによる推力を増加させるものである。従って、上述のようにプロペラ後方の回転成分をできるだけ多く回収するためには、本来、ステータフィンをボッシングに取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さがプロペラの半径と同程度になるようにすることが好ましい。ただし、図3からわかるように、プロペラの外周側、特に船体取付時におけるステータフィンの外径とプロペラ外径との比であるr/Rが0.8以上となる領域では、回転成分の発生によるトルクの増加分が極めて少なくなる。従って、回転成分の回収率が若干悪化することを許容すれば、プロペラ外周側における回転成分の回収を断念してステータフィン自体の強度および取付強度を確保するために各ステータフィンのスパンを小さくしてもよいと考えられる。
【0019】
また、図4に所定のステータフィンについての曲げ応力の計算結果を示すと共に、図5に曲げ応力の計算を行ったステータフィンの諸元を示す。ここで、例示した曲げ応力の計算における安全率は値2であり、プロペラ翼数は値4であり、プロペラ回転数は113rpmであり、プロペラブレード振動数は452cpmである。図4に示す結果からわかるように、ステータフィンのスパンが1.5m程度であれば、強度面ではまず問題ないことがわかる。そして、このようにステータフィンのスパンを1.5m程度にした場合、一般的な油槽船やバルクキャリアといった肥大船のボッシングの寸法を考慮すれば、ボッシングへの取付時にプロペラ軸心からステータフィンのフィン翼端までの長さはプロペラの半径のおよそ70%以下となる。
【0020】
このような推進効率の改善度合および強度に関連した検討結果に基づいて、実施例の舶用推進効率改善装置20では、ボッシング15に取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さdsがプロペラ11の半径dpの70%以下、より好ましくは35%〜70%となるスパンをもつようにステータフィンPn,Snが形成される。更に、実施例の舶用推進効率改善装置20では、ステータフィンPn,Snの迎え角を大きくすると共に揚抗比を良好なものとするために、ステータフィンPn,Snのルート部の長さをプロペラ11の直径の10〜20%とすると共に、フィン翼端の長さをプロペラ11の直径の5〜10%とした。なお、ステータフィンPn,Snをボッシング15に対して溶接固定するとすれば、ステータフィンPn,Snに対する海水の流入速度の上限はおよそ6m/sとなるが、このような条件下でも、1.5m程度のスパンを有するステータフィンPn,Snは、伴流係数(1−Ws)がおよそ0.7であると共に船速がおよそ16〜17knであって外径10m程度のプロペラを有する船舶に対しても適用され得る。
【0021】
続いて、上述のステータフィンPn,Snの取付角等について説明する。以下の説明において、図2に示すように、プロペラ軸心を含んで鉛直上方に延びる平面と、ステータフィンPn,Snのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とのなす角度をステータフィンPn,Snの周方向における取付位置φp1,φP2,…,φS1,φS2、…(deg)という(以下、適宜、取付位置を単に「φ」と称する)。取付位置φは、図2に示すように、船舶10の左舷側については鉛直上方に延びる軸から反時計回りを正とし、船舶10の右舷側については鉛直上方に延びる軸から時計回りを正とする。また、図6に示すように、ステータフィンPn,Snのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンPn,Snのルート部(ボッシング15の表面)における断面上の翼弦(nose-tail線)とフィン後縁とを含む平面とのなす角度をステータフィンPn,Snの取付角ψ(deg)という。取付角ψは、船舶10の左舷側については船体を左舷側から見たときにプロペラ軸心を基準として時計回りを正とし、船舶10の右舷側については船体を右舷舷側から見たときにプロペラ軸心を基準として時計回りを正とする。更に、図6に示すように、ステータフィンPn,Snの取付角ψとステータフィンPn,Snのフィン翼端における翼弦(nose-tail線)とフィン後縁とを含む平面とのなす角度ψtとの差をステータフィンPn,Snの捩り角γ(deg)という。そして、図7に示すように、ステータフィンPn,Snのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンPn,Snの任意の径方向位置における断面上の翼弦(nose-tail線)とフィン後縁とを含む平面とのなす角度ψrから当該径方向位置における流体(海水)の流入角βを差し引いた値を迎え角αという。なお、流入角βは、当該径方向位置における軸方向流速、円周方向流速および半径方向流速に基づいて算出することができる。
【0022】
ステータフィンPn,Snの取付角を決定するにあたって、本発明者らは、肥大船のプロペラ周辺における流れの解析を行い、その結果、ステータフィンPn,Snに対する流体の流入角βに着目するに至った。すなわち、ステータフィンPn,Snが捩られていないとすれば、流入角βとステータフィンPn,Snの迎え角αとの和がステータフィンPn,Snの取付角ψとなることから、流入角βは、揚抗比と密接に関連するステータフィンPn,Snの迎え角αや、ステータフィンPn,Snの取付角ψを決定する重要なファクターとなる。そこで、本発明者らは、ステータフィンPn,Snが存在しない状態における上述した取付位置φごとのボッシング15の表面(ステータフィンPn,Snのルート部)における流体の流入角βを解析により求めた。図8に、取付位置φと流入角βとの関係の解析結果を示す。なお、この解析は例1および2という2隻の船舶について行われ、例1の船舶の諸元は、Cb=0.85,L/B=5.76,B/d=2.85,γA(船尾肥大度)=0.66であり、例2の船舶の諸元は、Cb=0.79,L/B=5.95,B/d=3.32,γA(船尾肥大度)=0.49である。図8に示すように、例1の船舶では、流入角βはおよそ0°〜30°の範囲内の値となり、例1の船舶に比べて痩せた船形を有する例2の船舶では、流入角βはおよそ0°〜20°の範囲内の値となることが判明した。
【0023】
ここで、一般的な翼理論を踏まえれば、プロペラ11の正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域(左舷側)に配置されるステータフィンPnについては、揚抗比をより大きくして循環をより大きくするために迎え角αをおよそ10°程度とすることが好ましい。一方、プロペラ11の正転時にプロペラ翼端が下降するプロペラ下降領域(右舷側)については、本発明者らが実験・解析を行った結果、翼理論に基づいて揚抗比を重視するよりも伴流回収を重視し、ステータフィンSnによりプロペラ11に対する流体の流れを良好にプロペラ11の回転方向と逆向きに変換すると共にステータフィンSnの表面で剥離を生じさせてステータフィンSn周りの流体の流速を低下させ、それにより伴流のエネルギを良好に回収することができるよう迎え角αを比較的大きくするとよいことが見い出された。そして、本発明者らの更なる実験・解析の結果、プロペラ下降領域において流れの方向を変化させると共にステータフィンSnの表面で剥離を生じさせるためには、ステータフィンSnの迎え角αをおよそ45°〜60°の範囲、より好ましくは50°程度にすると実用上良好な結果が得られることが判明した。このような観点から、本発明の舶用推進効率改善装置20では、解析により得られた流入角βと上述の好適な迎え角αとに基づいて、ステータフィンPn,Snの取付角ψを定めると共に少なくともプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンSnに対して捩り角γを付与することとした。すなわち、本発明では、プロペラ上昇領域のステータフィンPnについては、ルート部からフィン翼端までの間における迎え角αが平均して例えばおよそ10°で概ね一定となるように取付角ψと捩り角γとを定めると共に、特に取付位置φの値が大きくなるプロペラ下降領域のステータフィンSnについては、ルート部からフィン翼端までの間における迎え角αが平均して例えば45°〜60°の範囲内の値(より好ましくは50°)で概ね一定となるように取付角ψを設定することとした。そして、迎え角αをこのような好適な値とするために、取付角ψを20°〜40°の範囲内の値に設定した上で、捩り角γを30°以下の値に設定することとした。また、プロペラ周辺の流れの解析結果より、本発明では、ステータフィンPn,Snの翼端付近における渦の発生を抑制して船舶10の推進効率をより向上させるべく、フィン前縁とフィン翼端とのなす角度θ(図2参照)が45°〜75°となるようにステータフィンPn,Snを形成することとした。
【0024】
このような設計指針のもと、本発明者らは、CFD(数値流体力学:Computational Fluid Dynamics)による解析や模型船を用いた水槽試験を行い、複数の舶用推進効率改善装置間における性能比較を行った。図9に複数の舶用推進効率改善装置の諸元および性能比較結果を示す。図9において、例1は、上記例1の船舶への適用を前提とした舶用推進効率改善装置であり、例2は、上記例2の船舶への適用を前提とした舶用推進効率改善装置である。なお、例1の船舶への適用を前提とした舶用推進効率改善装置は、プロペラ上昇領域(左舷側)とプロペラ下降領域(右舷側)とにそれぞれ3枚ずつのステータフィン(P1〜P3およびS1〜S3)を含むものである。また、例2の船舶への適用を前提とした舶用推進効率改善装置は、プロペラ上昇領域(左舷側)に2枚のステータフィン(P2およびP3)を含むと共にプロペラ下降領域(右舷側)に3枚のステータフィン(S1〜S3)を含むものである。また、図9に示す性能評価指標εEHPは、所定条件下(一定船速、一定フルード数等)での舶用推進効率改善装置を備えた例1および例2の船舶(肥大船)における有効馬力(EHP)の計算値を当該船舶から舶用推進効率改善装置を省略した場合の有効馬力の計算値で除した値である。更に、性能評価指標εBHPは、上記所定条件下での舶用推進効率改善装置を備えた例1および例2の船舶における制動馬力(BHP)の計算値を当該船舶から舶用推進効率改善装置を省略した場合の制動馬力の計算値で除した値である。図9の性能比較結果からわかるように、本発明による舶用推進効率改善装置を備えた例1および例2の船舶では、性能評価指標εBHPが値1を下回っており、この点から、本発明による舶用推進効率改善装置は、船舶の推進効率を向上させる上で実用上有効なものであるといえる。また、図9の結果から、ステータフィンPn,Snの取付角ψを20°〜40°の範囲内の値に設定すると共に、流入する流体に対するステータフィンPn,Snの迎え角αをスパン方向において概ね一定とすべく、少なくともプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンPnを30°以下の捩り角γをもって流入する流体を整流するように捩ることは、実用上極めて有効であることがわかる。更に、図9の例1のように、船舶によっては、少なくともプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンPnに対して、取付角ψよりも小さい捩り角γを付与すると実用上良好な結果が得られることも判明した。
【0025】
以上説明したように、上述の舶用推進効率改善装置20では、ボッシング15に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さがプロペラ11の半径の70%以下となるように複数のステータフィンPn,Snが形成される。これにより、ステータフィンPn,Snの強度を充分に確保することが可能となり、ステータフィンPn,Snを溶接によりボッシング15に固定してもステータフィンPn,Snのボッシング15に対する取付強度を充分に確保することができる。また、ステータフィンPn,Snのフィン後縁とプロペラ軸心とを含む平面とステータフィンPn,Snのルート部における断面上の翼弦とフィン後縁とを含む平面とのなす角度をステータフィンの取付角ψとして、取付角ψが20°〜40°となるように複数のステータフィンPn,Snをボッシング15(船体)に配設すれば、プロペラ上昇領域では、揚抗比をより大きくして循環がより大きくなるようにステータフィンPnの迎え角αを設定すると共に、プロペラ下降領域では、ステータフィンSnによりプロペラ11に対する流体の流れを良好にプロペラ11の回転方向と逆向きに変換すると共にステータフィンSnの表面で剥離を生じさせてステータフィンSn周りの流体の流速を低下させることができるようにステータフィンSnの迎え角αを設定することが可能となる。従って、舶用推進効率改善装置20では、ステータフィンPn,Snによりプロペラ11に対する流体の流れを良好にプロペラ11の回転方向と逆向きに変換して推進効率を向上させることが可能となる。この結果、舶用推進効率改善装置20は、低コストかつ容易に施工可能であると共に比較的大型の船舶に極めて好適なものとなる。
【0026】
更に、少なくともプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンPnに対して、30°以下の捩り角γを付与すれば、流入する流体に対するステータフィンPnの迎え角αをスパン方向において概ね一定としてプロペラ11の回転方向と逆向きの流れをより良好に発生させると共に揚抗比をより大きくすることが可能となる。そして、船舶によっては、少なくともプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンPnの捻り角γを取付角ψよりも小さくすると、実用上良好な結果を得ることができる。もちろん、すべてのステータフィンPn,Snに対して捩り角γを付与してもよいことはいうまでもない。また、ステータフィンPn,Snのルート部の長さをプロペラ11の直径の10〜20%とすると共に、フィン翼端の長さをプロペラ11の直径の5〜10%とすれば、ステータフィンPn,Snの迎え角αを大きくすると共に揚抗比を良好なものとすることができる。更に、フィン前縁とフィン翼端とのなす角度が45°〜75°となるようにステータフィンPn,Snを形成すれば、ブレードレット(翼端小翼)等を用いることなく、ステータフィンPn,Snの翼端付近における渦の発生を抑制して船舶10の推進効率をより向上させることが可能となる。
【0027】
以上、実施例を用いて本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施例に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、様々な変更をなし得ることはいうまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、船舶の製造産業等において利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明の一実施例に係る舶用推進効率改善装置20を備えた船舶10を示す概略構成図である。
【図2】船舶10の要部拡大斜視図である。
【図3】あるプロペラの後方における流れの計測結果等とに基づいて当該プロペラの各半径方向位置に作用するトルクを導出した結果を示す説明図である。
【図4】ステータフィンについての曲げ応力の計算結果を示す説明図である。
【図5】図4に関連した曲げ応力の計算を行ったステータフィンの諸元を示す説明図である。
【図6】船舶10の要部拡大斜視図である。
【図7】船舶10の要部拡大斜視図である。
【図8】取付位置φと流入角βとの関係についての解析結果を示す説明図である。
【図9】複数の舶用推進効率改善装置の諸元および性能比較結果を示す説明図である。
【符号の説明】
【0030】
10 船舶、11 プロペラ、12 舵、15 ボッシング、20 舶用推進効率改善装置、P1,P2,P3,S1,S2,S3 ステータフィン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
推力を発生するプロペラを含む船舶の船体に対して前記プロペラよりも船首側に位置するように放射状に配設される複数のステータフィンからなる舶用推進効率改善装置であって、
前記複数のステータフィンは、前記船体に取り付けられたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さが前記プロペラの半径の70%以下となるように形成されると共に、前記ステータフィンのフィン後縁と前記プロペラ軸心とを含む平面と前記ステータフィンのルート部における断面上の翼弦と前記フィン後縁とを含む平面とのなす角度を前記ステータフィンの取付角としたときに、前記取付角が20°〜40°となるよう前記船体に配設される舶用推進効率改善装置。
【請求項2】
請求項1に記載の舶用推進効率改善装置において、
前記複数のステータフィンのうち、少なくとも前記プロペラの正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンは、30°以下の捩り角をもって流入する流体を整流するように捩られている舶用推進効率改善装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の舶用推進効率改善装置において、
前記複数のステータフィンのうち、少なくとも前記プロペラの正転時にプロペラ翼端が上昇するプロペラ上昇領域に配置されるステータフィンは、該ステータフィンの取付角よりも小さい捩り角をもって流入する流体を整流するように捩られている舶用推進効率改善装置。
【請求項4】
請求項1から3の何れか一項に記載の舶用推進効率改善装置において、
前記複数のステータフィンは、ルート部の長さが前記プロペラの直径の10〜20%となると共に、フィン翼端の長さが前記プロペラの直径の5〜10%となるように形成される舶用推進効率改善装置。
【請求項5】
請求項1から4の何れか一項に記載の舶用推進効率改善装置において、
前記複数のステータフィンは、フィン前縁とフィン翼端とのなす角度が45°〜75°となるように形成される舶用推進効率改善装置。
【請求項6】
前記船舶は、肥大船である請求項1から5の何れか一項に記載の舶用推進効率改善装置。
【請求項7】
推力を発生するプロペラを含む船舶の船体に対して前記プロペラよりも船首側に位置するように放射状に配設される複数のステータフィンからなる舶用推進効率改善装置の施工方法であって、
(a)前記船体に取り付けたときにプロペラ軸心からフィン翼端までの長さが前記プロペラの半径の70%以下となるように前記複数のステータフィンを形成するステップと、
(b)前記ステータフィンのフィン後縁と前記プロペラ軸心とを含む平面と前記ステータフィンのルート部における断面上の翼弦と前記フィン後縁とを含む平面とのなす角度を前記ステータフィンの取付角としたときに、前記取付角が20°〜40°となるように前記複数のステータフィンを前記船体に固定するステップと、
を含む舶用推進効率改善装置の施工方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−56989(P2009−56989A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−227379(P2007−227379)
【出願日】平成19年9月3日(2007.9.3)
【出願人】(000232818)日本郵船株式会社 (61)
【出願人】(304035975)株式会社MTI (46)
【出願人】(591083118)ツネイシホールディングス株式会社 (18)