説明

船舶の燃料調節装置

【課題】船舶のプロペラに波やうねり等の短期的な外乱が加わったときに内燃機関に負荷変動が伝達されて回転数が変動することを防止し、回転数安定化により内燃機関の燃費を向上することにある。
【解決手段】内燃機関13への燃料供給量を調節するコントローラ15は、内燃機関13における燃料供給量一定のもとでの出力トルクと回転数とに応じた内燃機関特性データを格納する内燃機関特性データ格納部22を有している。この内燃機関特性データに基づいて、内燃機関13の設定回転数のもとで、プロペラ軸12に加わる負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量が演算され、内燃機関13への燃料供給量を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶航行時における水面の波等の外乱による負荷変動に応じて内燃機関への燃料供給量を調節する船舶の燃料調節装置に関する。
【背景技術】
【0002】
貨物船や商船などの船舶が海洋を航行する場合のような船舶の定常航行時には、船速が概ね一定となるように内燃機関の回転数を制御している。このとき、内燃機関の主軸が同じ回転数であっても、海象によりプロペラのスリップ量が異なり常に同じ船速とはならないため、船舶が目標船速となるように、乗員により操作装置が操作されて海象に応じて内燃機関の回転数が設定される。
【0003】
船舶の航行時には潮流、風圧、波浪およびうねり等の外乱が船舶に加わることとなり、外乱によってプロペラ軸に加わる負荷が増加したり減少したりする。プロペラ軸に加わる負荷が頻繁に変動すると、内燃機関の回転数が頻繁に変化することになる。そのため、船舶の航行抵抗に応じて内燃機関に供給される燃料を調節することにより内燃機関の回転数を一定に保つ必要があり、船舶には燃料調節装置つまりガバナーが設けられている(例えば、特許文献1、2参照)。ガバナーは常時内燃機関の回転数を検出し、設定された回転数との偏差を演算して内燃機関の回転数が設定回転数となるように燃料供給量を調節する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7−279738号公報
【特許文献2】特開平8−200131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ガバナーによる制御のパラメータとして用いられる内燃機関の回転数は、内燃機関から出力される出力トルクとプロペラ軸に加わる負荷トルクとの大小関係により決定付けられるものであり、出力トルクと負荷トルクとの釣り合いが崩れて内燃機関の回転数が変化するまでには一定の時間を要する。この理由は、舶用の内燃機関は自重のみならず主軸に連結されているフライホイールやプロペラの質量も極めて大きいので、これらの慣性力が大きいためである。つまり、ガバナーはタイムラグのある内燃機関の回転数を監視しているので、回転数変化の兆候が見られた時点では、負荷トルクはその変化が経過して既に異なった状態となっている可能性がある。また、ガバナーの制御頻度は20Hz程度であるが、上記と同様の理由から、内燃機関の回転数変化を検出後に、燃料供給量を調節してから内燃機関の回転数が変化するまでには数秒から10数秒のタイムラグが生じ、その影響は次の制御の入力信号に及ぶこととなる。このため、ガバナーの特性では時々刻々と変化する短期的な外乱に対しての燃料供給量の調節は難しく、短期的な外乱により内燃機関の主軸回転数が変化した場合には、ガバナーの制御頻度が高いにも拘わらず、外乱に対応させて主軸回転数を安定的に制御することが難しい。
【0006】
このように、ガバナーは、潮流や風圧のように数時間程度の周期で変化する中長期的な外乱に対する回転数の制御には寄与しているが、波浪やうねりのように数秒から10数秒の周期で変化する短期的な外乱に対する回転数制御には不安定要因となっていると考えられる。最近の実船計測結果では、ガバナーの制御頻度を低くすることにより省エネ効果が認められているほどであり、既存のガバナーによる制御において避けることのできない回転数変動により燃料消費率悪化が生じていることが確かめられている。
【0007】
したがって、従来の船舶の燃料調節装置では、中長期的な外乱に対してはガバナーにより内燃機関への燃料供給量を調節することでプロペラの負荷変動に対して内燃機関の出力トルクを制御することができるが、船舶に短期的な外乱が加わった場合には、ガバナーによって内燃機関に加わる負荷を制御することが難しい。
【0008】
本発明の目的は、船舶のプロペラに波やうねり等の短期的な外乱が加わったときに内燃機関に負荷変動が伝達されて回転数が変動することを防止し、回転数安定化により内燃機関の燃費を向上することにある。
【0009】
本発明の他の目的は、プロペラへの負荷変動を回転数変動が生ずる前の時点で捉え、速やかに適切な制御を行うことで、回転数制御の精度を高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の船舶の燃料調節装置は、船舶に推進力を与えるプロペラのプロペラ軸に連結されて当該プロペラ軸に動力を加える内燃機関への燃料供給量を調節する船舶の燃料調節装置であって、前記プロペラ軸に加わる負荷を検出する負荷検出手段と、前記内燃機関の設定回転数を設定する回転数設定手段と、前記内燃機関における燃料供給量一定のもとでの回転数と出力との内燃機関特性データを格納する内燃機関特性データ格納手段と、前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷に釣り合う出力となるような適正燃料供給量を演算し、前記内燃機関に供給量信号を送る燃料供給量制御手段とを有することを特徴とする。
【0011】
本発明の船舶の燃料調節装置は、前記負荷検出手段として、前記プロペラ軸に加わる負荷トルクを検出する負荷トルク検出手段を有し、前記燃料供給量制御手段により、前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量を演算することを特徴とする。
【0012】
本発明の船舶の燃料調節装置は、前記負荷検出手段として、前記プロペラ軸に加わるスラストを検出するスラスト検出手段と、前記プロペラ軸の回転数を検出する回転数検出手段と、前記スラストと前記回転数とからスラスト係数を算出するスラスト係数算出手段と、前記プロペラへの流入速度と前記回転数とにより求められる前進係数に対するスラスト係数特性データを格納するスラスト係数特性データ格納手段と、前記スラスト係数特性データに基づいて、前記スラスト係数から前進係数を算出する前進係数算出手段と、前進係数に対するトルク係数特性データを格納するトルク係数特性データ格納手段と、前記トルク係数特性データに基づいて、前記前進係数からトルク係数を算出するトルク係数算出手段と、前記トルク係数と前記回転数とから前記プロペラ軸に加わる負荷トルクを算出する負荷トルク算出手段とを有し、前記燃料供給量制御手段により、前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量を演算することを特徴とする。
【0013】
本発明の船舶の燃料調節装置は、前記負荷検出手段により検出された負荷を前記プロペラ軸の回転周期毎に平均化し、前記プロペラ軸の回転周期毎に平均化された負荷を用いて前記適正燃料供給量を演算することを特徴とする。
【0014】
本発明の船舶の燃料調節装置は、前記内燃機関の回転数と前記設定回転数との偏差から適正燃料供給量を演算し、前記内燃機関に供給量信号を送るガバナーを備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、設定回転数のもとでプロペラ軸に加わる負荷に釣り合う出力となるように、内燃機関への燃料供給量を調節するようにしたので、波やうねり等の短期的な外乱が発生している水面を航行する場合においても、負荷と出力との釣り合いが保たれ、内燃機関にプロペラ軸に加わる負荷変動が伝達されて内燃機関の回転数が変動するのを防止することができる。つまり、内燃機関の回転数を設定回転数に維持した状態での航行が可能となるので、内燃機関の回転数が周期的に変動する場合に比して燃費を向上させることができる。また、内燃機関の回転数が変動する前の時点でプロペラ軸の加わる負荷の変動を捉え、内燃機関の回転数が変動する前に燃料供給量を制御しているので、回転数制御の精度を高めることが可能となる。プロペラ軸に加わる負荷トルクは、トルク検出手段により直接検出する方式と、スラスト検出手段により検出されたプロペラ軸に加わるスラストおよびプロペラ軸の回転数から算出する方式とがある。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施の形態である船舶の燃料調節装置を示すブロック図である。
【図2】エンジンに対する燃料供給量を一定とした状態のもとでのエンジンの出力トルクと主軸の回転数との関係を示す特性線図である。
【図3】図1に示す船舶の燃料調節装置による燃料供給量制御の手順を示すフローチャートである。
【図4】波が発生している水面を船舶が航行している状態を示す模式図である。
【図5】(A)は波の発生により標準水位に対して水面が変化している状態を示す模式図であり、(B)は波による船速の変化を示す模式図であり、(C)は波によりプロペラに加わる負荷トルクの変化を示す模式図であり、(D)は波により負荷トルクが変動した場合における内燃機関への燃料供給量を従来と比較して示す模式図であり、(E)は波により負荷トルクが変動した場合におけるエンジン回転数を従来と比較して示す模式図である。
【図6】本発明の他の実施形態である船舶の燃料調節装置を示すブロック図である。
【図7】プロペラの前進係数とスラスト係数との関係を示すスラスト係数特性を示す特性線図である。
【図8】プロペラの前進係数とトルク係数との関係を示すトルク係数特性を示す特性線図である。
【図9】図6に示す船舶の燃料調節装置による燃料供給量制御の手順を示すフローチャートである。
【図10】本発明のさらに他の実施形態である船舶の燃料調節装置を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。図1に示されるように、船舶に推力を加えるプロペラ11が設けられたプロペラ軸12は、エンジンつまり内燃機関13の主軸に連結されており、プロペラ11にはプロペラ軸12を介して内燃機関13の出力トルクが伝達される。この内燃機関13の出力トルクつまり正味出力は、シリンダ内の摩擦損失等を差し引いて内燃機関13の主軸から出力されるトルクであり、制動トルクとも言われる。ただし、プロペラ軸12と内燃機関13の主軸とを減速ギアを介して連結するタイプもある。
【0018】
内燃機関13の主軸の回転数を設定するために、回転数設定手段としての操作装置14には操作ハンドル14aが設けられており、乗員が操作ハンドル14aを操作することにより入力された内燃機関13の設定回転数の指令信号S1がコントローラ15に送られるようになっている。
【0019】
船舶の航行時にプロペラ軸12に加わる負荷トルクおよびプロペラ軸12の回転数を検出するために、プロペラ軸12には負荷トルク検出手段および回転数検出手段としての軸トルク計16が設けられている。プロペラ軸12に加わる回転方向の負荷トルクは、プロペラ軸12に装着された歪みゲージ17により検出され、歪みゲージ17からは無線信号により軸トルク計16に検出信号が送信されるようになっている。この歪みゲージ17は、プロペラ軸12に加わるねじれ応力に応じた検出信号を、例えば500Hzの周期で軸トルク計16に送信する。プロペラ軸12がほぼ一定回転数で回転していた状態のもとで、水面の波やうねり等の外乱がプロペラ11に加わって負荷トルクが変動すると、プロペラ軸12のねじれ応力が変化するので、歪みゲージ17からの信号によりプロペラ軸12に加わる負荷トルクを検出することができる。ただし、負荷トルクを検出するために、歪みゲージ17に代えて光学式の軸トルク計を用いるようにしてもよい。
【0020】
プロペラ軸12の回転数は、プロペラ軸12の円周方向にスポット的に1つ設けられた反射部材18に対して軸トルク計16に設けられた発光素子から光を照射し、反射部材18からの反射光を軸トルク計16に設けられた受光素子により検出することによって検出される。ただし、軸トルク計16にプロペラ軸12と平行に光を照射する発光素子と受光を検出する受光素子とを設け、その光線をある回転角度において遮る遮光突起あるいは、光を通す穴状の機構を軸周りに設けることにより回転数を検出するようにした装置でもよい。また、内燃機関13の主軸の回転数を検出することによってプロペラ軸12の回転数を検出するようにしてもよい。
【0021】
軸トルク計16からは、歪みゲージ17からの負荷トルクに対応したトルク信号と受光素子からの回転数信号とを含む信号S2がコントローラ15に送られる。コントローラ15は、回転数信号をトリガーとしてプロペラ軸12の1回転周期毎にトルク値を平均化してピーク値をキャンセルするフィルタ部20を有しており、フィルタ部20によりプロペラ軸12の1回転毎に平均化された負荷トルクのトルク信号S3が燃料供給量演算部21に送られる。また、燃料供給量演算部21には、操作装置14により設定された内燃機関13の設定回転数の指令信号S1が送られる。
【0022】
コントローラ15には、内燃機関13における燃料供給量一定のもとでの出力トルクと回転数とに応じた内燃機関特性データを格納する内燃機関特性データ格納部22が設けられている。この内燃機関特性データに基づいて、燃料供給量演算部21では、指令信号S1からの設定回転数のもとで、トルク信号S3からのプロペラ軸12に加わる負荷トルクと釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量が演算される。内燃機関13には、燃料供給量演算部21から適正燃料供給量に応じた供給量信号S4が送られ、内燃機関13の主軸の回転数が設定回転数となるように内燃機関13への燃料供給量が制御される。
【0023】
コントローラ15は、操作装置14および軸トルク計16からの信号に基づいて演算処理を行うマイクロプロセッサ(CPU)と、演算プログラム、マップデータおよび演算式等を格納するメモリ(ROM)と、一時的にデータを格納するメモリ(RAM)等を有している。コントローラ15はその機能構成として捉えると、図1に示すように、フィルタ部20、燃料供給量演算部21および内燃機関特性データ格納部22を有しており、燃料供給量演算部21により内燃機関13への燃料供給量を制御するための燃料供給量制御手段が構成されている。
【0024】
図2はエンジンに対する燃料供給量を一定とした状態のもとでのエンジンの出力トルクと主軸の回転数との関係を示す特性線図である。この特性線図は内燃機関13として使用されるディーゼルエンジンの特性を示しており、内燃機関13は供給燃料一定のもとで出力トルクと回転数との関係に図2に示すような特性を有している。図2において、符号aから符号eはそれぞれ燃料供給量を示しており、符号aから符号eに向かうに従って燃料供給量は少ない状態を示す。供給燃料一定のもとで出力トルクが右下がりとなる領域では、例えば、動作点Aから一時的に回転数が減少したとしても、出力トルクの増加によりやがて回転数は増加して動作点Aにもどることになり、動作点Aから一時的に回転数が増加したとしても、出力トルクの減少によりやがて回転数は減少して動作点Aにもどることになり、安定した出力特性を得られるため、船舶の定常航行時には、内燃機関13は出力トルクが右下がりとなる領域で駆動される。内燃機関特性データ格納部22には、図2に示す特性線図において、演算すべき全ての燃料供給量についての出力トルクと回転数との関係が、マップデータまたは演算式の形態で内燃機関特性データとして格納されている。
【0025】
例えば、図2において、内燃機関13が設定回転数ntに設定されているときに、波やうねりによりプロペラ軸12に負荷トルクQ1が加わると、特性データ格納部22に格納された内燃機関特性データに基づいて、設定回転数ntのもとで内燃機関13の出力トルクがプロペラ軸12に加わる負荷トルクQ1に釣り合うように、符号bで示す適正燃料供給量が演算される。内燃機関13には、この適正燃料供給量に応じた燃料が供給され、プロペラ軸12に加わる負荷トルクQ1に釣り合う出力トルクが主軸からプロペラ軸12に伝達されて、内燃機関13の回転数が設定回転数ntとなるように制御される。
【0026】
図3は図1に示す船舶の燃料調節装置による燃料供給量制御の手順を示すフローチャートである。船舶の航行時には、軸トルク計16によりプロペラ軸12に加わる負荷トルクとプロペラ軸12の回転数とが検出され(ステップS1)、それぞれに対応した信号がフィルタ部20に送られる。負荷トルクの信号は、例えば500Hzの周期でフィルタ部20に送られ、回転数の信号は、例えばプロペラ軸12が120rpmで回転していれば、0.5秒毎にフィルタ部20に送られる。フィルタ部20は回転数の信号をトリガーとしてプロペラ軸12の1回転毎に、プロペラ軸12が1回転するまでに軸トルク計16から送られた全ての負荷トルクを平均化して、プロペラ軸12の1回転毎の負荷トルクを算出する(ステップS2)。内燃機関13はピストン毎の燃焼時の衝撃やプロペラ毎の流体変動によりプロペラ軸12が振動するので、負荷トルクはプロペラ軸12が1回転する間に変動することとなるが、これらに起因したピーク値をプロペラ軸12の1回転周期毎の負荷トルクを平均化することによってキャンセルすることができる。これにより、波浪等を原因とする周期で迅速に流場変動を捉えることができる。
【0027】
操作装置14からは設定回転数に対応する指令信号がコントローラ15に送られており、燃料供給量演算部21は、ステップS3において内燃機関13の設定回転数を読み込んで、適正燃料供給量を演算する(ステップS4)。適正燃料供給量は、上述のようにプロペラ軸12の1回転毎の負荷トルクと内燃機関13の設定回転数とにより、内燃機関特性データ格納部22に格納された内燃機関特性データを読み出すことによって演算される。この適正燃料供給量に基づいて内燃機関13へ供給量信号が送られ、内燃機関13への燃料供給量が制御される(ステップS5)。
【0028】
図4は波が発生している水面を船舶が航行している状態を示す模式図である。図4に示されるように、水面上を矢印で示す方向に船舶が航行しているとすると、船舶は波を上る状態S1から、波の頂点を航行する状態S2と、波を下る状態S3とを経て波の最下点状態S4に至ることになる。周期的な波が発生している状態のもとで船舶が航行するときには、このような航行状態が周期的に繰り返されることになる。
【0029】
図5(A)は波の発生により標準水位に対して水面が変化している状態を示す模式図であり、図5(B)は波による船速の変化を示す模式図であり、図5(C)は波によりプロペラに加わる負荷トルクの変化を示す模式図であり、図5(D)は波により負荷トルクが変動した場合における内燃機関への燃料供給量を従来と比較して示す模式図であり、図5(E)は波により負荷トルクが変動した場合におけるエンジン回転数を従来と比較して示す模式図である。
【0030】
船舶が波に差し掛かって波を上る状態S1のときには、船体に加わる航行抵抗は波により増加し船速は低下する。船速の低下によりプロペラ11に向けて流れる水の流入速度も低下するので、プロペラ11を介してプロペラ軸12に加わる負荷トルクが増加することとなる。負荷トルクは船速が最低となる波の頂点を航行する状態S2付近において最大となる。一方、波の頂点を過ぎると、波を原因とする航行抵抗は一気に低下し、重力加速度も加勢するために船速は急速に増大し、負荷トルクは低下することになる。したがって、船舶が航行する際に水面に波が発生すると、船速と負荷トルクは図5(B),(C)に示すように変化することになる。ただし、船速と負荷トルクの変化は、図5(B),(C)においては単純化して概略的に示されており、実際の波の変化に対する船速と負荷トルクの位相は図示する場合よりも複雑な位相差となる。
【0031】
プロペラ軸12に加わる負荷トルクの変動が軸トルク計16により検出されると、その信号がコントローラ15に送られて、設定回転数のもとで内燃機関13の出力トルクが負荷トルクに釣り合うような適正燃料供給量が演算され、内燃機関13への燃料供給量が制御される。したがって、プロペラ軸12に加わる負荷トルクが増加すると内燃機関13への燃料供給量が増加し、プロペラ軸12に加わる負荷トルクが減少すると内燃機関13への燃料供給量が減少し、内燃機関13への燃料供給量は図5(D)に示すように変化することになる。これにより、プロペラ軸12に加わる負荷トルクと内燃機関13の出力トルクとの釣り合いが崩れることにより起因する内燃機関13の回転数の変動が防止され、図5(E)に示すように内燃機関13の回転数を設定回転数に維持することができる。
【0032】
このように、本発明においては、設定回転数のもとでプロペラ軸12に加わる負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるように、内燃機関13への燃料供給量を調節するようにしたので、波やうねり等の短期的な外乱が発生している水面を航行する場合においても、負荷トルクと出力トルクとの釣り合いが保たれ、内燃機関13にプロペラ軸12に加わる負荷変動が伝達されて内燃機関13の回転数が変動するのを防止することができる。つまり、内燃機関13の回転数を設定回転数に維持した状態での航行が可能となるので、内燃機関13の回転数が周期的に変動する場合に比して燃費を向上させることができる。また、内燃機関13の回転数が変動する前の時点でプロペラ軸12の加わる負荷トルクの変動を捉え、内燃機関13の回転数が変動する前に燃料供給量を制御しているので、回転数制御の精度を高めることができる。
【0033】
一方、従来のように、ガバナーによって内燃機関13の回転数を検出して設定回転数との偏差に応じて内燃機関13への燃料供給量を制御するようにしたのでは、図5(D),(E)に示すように、内燃機関13の回転数の変動に応じて燃料供給量を調節することになる。この場合、出力トルクと負荷トルクとの釣り合いが崩れて内燃機関13の回転数が変動するまでにタイムラグTが生じるとともに、内燃機関13の回転数変動を検出した後に燃料供給量を調節してから内燃機関13の回転数が変化するまでにさらに時間を要するため、短期的な外乱に対して内燃機関13の回転数を設定回転数に安定的に維持することが難しい。したがって、内燃機関13の回転数が頻繁に変動し、燃費を悪化させることになる。ただし、図5(D),(E)における従来技術の燃料供給量とエンジン回転数の変化は、エンジン回転数の変動に応じて燃料供給量を調節することを単純化して概略的に示しており、実際はエンジン回転数と燃料供給量とが相互に影響するため図示するよりも複雑な位相を描くことになる。
【0034】
図6は本発明の他の実施形態である船舶の燃料調節装置を示すブロック図であり、図7はプロペラの前進係数とスラスト係数との関係を示すスラスト係数特性を示す特性線図であり、図8はプロペラの前進係数とトルク係数との関係を示すトルク係数特性を示す特性線図である。
【0035】
上述した実施の形態においては、プロペラ軸12に加わる負荷トルクを軸トルク計16により直接検出するようにしているのに対して、図6に示す実施の形態においては、プロペラ軸12に加わる負荷としてのスラストを検出して、このスラストの値を用いてプロペラ軸12に加わる負荷トルクを算出するようにしている。
【0036】
船舶の航行時にプロペラ軸12に加わるスラストおよびプロペラ軸12の回転数を検出するために、プロペラ軸12にはスラスト検出手段および回転数検出手段としてのスラスト計30が設けられている。プロペラ軸12に加わるスラストは、プロペラ軸12の主軸に対して斜め方向に装着された複数の歪みゲージ17、あるいは軸線方向と円周方向とに装着された複数の歪みゲージ17からの検出値を演算することにより得られ、歪みゲージ17からは無線信号によりスラスト計30に検出信号が送信されるようになっている。ただし、プロペラ軸12に加わるスラストを検出するために、プロペラ軸12に設けられた径方向面に接触する突き当て部にロードセル等からなるスラストセンサを設け、このスラストセンサの検出信号をスラスト計に送るようにしてもよい。
【0037】
プロペラ軸12の回転数は、軸トルク計16と同様に、プロペラ軸12の円周方向にスポット的に1つ設けられた反射部材18に対してスラスト計30に設けられた発光素子から光を照射し、反射部材18からの反射光をスラスト計30に設けられた受光素子により検出することによって検出される。ただし、スラスト計30にプロペラ軸12と平行に光を照射する発光素子と受光を検出する受光素子とを設け、その光線をある回転角度において遮る遮光突起あるいは、光を通す穴状の機構を軸周りに設けることにより回転数を検出するようにした装置でもよい。また、内燃機関13の主軸の回転数を検出することによってプロペラ軸12の回転数を検出するようにしてもよい。
【0038】
スラスト計30からは、歪みゲージ17からのスラスト値に対応したスラスト信号と受光素子からの回転数信号とを含む信号S5がコントローラ15に送られる。コントローラ15は、回転数信号をトリガーとしてプロペラ軸12の1回転周期毎にスラスト値を平均化してピーク値をキャンセルするフィルタ部20を有しており、フィルタ部20によりプロペラ軸12の1回転毎に平均化されたスラストのスラスト信号と回転数信号とを含む信号S6がスラスト係数算出部31に送られる。
【0039】
図7に示すように、プロペラ性能を示す指標としては、プロペラ軸12に加わるスラストTとプロペラ軸12の回転数nとを変数とするスラスト係数KT、およびプロペラ11への流場の水の流入速度Vaとプロペラ軸12の回転数nとを変数とする前進係数Jがある。スラスト係数KTは以下の式(1)により表される無次元値であり、プロペラ軸12に加わるスラストTとプロペラ軸12の回転数nとから算出することができる。また、前進係数Jは以下の式(2)により表される無次元値である。これらの式において、Dはプロペラ11の外径、ρは水の粘度を示す。スラスト係数算出部31では、式(1)に基づいて、プロペラ軸12に加わるスラストT1およびプロペラ軸12の回転数n1に対応する信号S6からスラスト係数KT1が算出される。
T=T/(ρn24) ・・・(1)
J=Va/(nD) ・・・(2)
【0040】
スラスト係数KTは、図7のスラスト係数特性線図に示すように、前進係数Jに対して一定の対応関係を有している。コントローラ15には、前進係数Jに対応するスラスト係数KTの値つまりスラスト係数特性データを格納するスラスト係数特性データ格納部32が設けられており、図7に示すようなスラスト係数特性データがマップデータまたは演算式の形態でスラスト係数特性データ格納部32に格納されている。前進係数算出部33には、スラスト係数算出部31からスラスト係数KT1および回転数n1に対応する信号S7が送られ、このスラスト係数特性データに基づいて前進係数J1が算出される。
【0041】
また、図8に示すように、プロペラ性能を示す他の指標としては、プロペラ軸12に加わる負荷トルクQとプロペラ軸12の回転数nを変数とするトルク係数Kqがある。トルク係数Kqは以下の式(3)により表される無次元値であり、図8のトルク係数特性線図に示すように、図7に示したスラスト係数特性線図と同様に、前進係数Jに対して一定の対応関係を有している。コントローラ15には、前進係数Jに対応するトルク係数Kqの値つまりトルク係数特性データを格納するトルク係数特性データ格納部34が設けられており、図8に示すようなトルク係数特性データがマップデータまたは演算式の形態でトルク係数特性データ格納部34に格納されている。トルク係数算出部35には、前進係数算出部33から前進係数J1および回転数n1に対応する信号S8が送られ、このトルク係数特性データに基づいてトルク係数Kq1が算出される。
q=Q/(ρn25) ・・・(3)
【0042】
トルク係数算出部35でトルク係数Kq1が算出されると、トルク係数Kq1および回転数n1に対応する信号S9がトルク係数算出部35から負荷トルク算出部36に送られる。負荷トルク算出部36では、式(3)に基づいて、トルク係数Kq1およびプロペラ軸12の回転数n1に対応する信号S9からプロペラ軸12に加わる負荷トルクQ1が算出される。
【0043】
燃料供給量演算部21には、負荷トルク算出部36から負荷トルクQ1に対応するトルク信号S10が送られるとともに、操作装置14から設定回転数ntに対応する指令信号S1が送られる。これらトルク信号S10と指令信号S1とから、燃料供給量演算部21では、図1に示す実施形態と同様に、内燃機関特性データ格納部22に格納された内燃機関特性データに基づいて、設定回転数ntのもとでプロペラ軸12に加わる負荷トルクQ1に釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量が演算される。内燃機関13には、燃料供給量演算部21から適正燃料供給量に応じた供給量信号S4が送られ、内燃機関13の主軸の回転数が設定回転数となるように内燃機関13への燃料供給量が制御される。
【0044】
図9は図6に示す船舶の燃料調節装置による燃料調節制御の手順を示すフローチャートである。船舶の航行時には、スラスト計30によりプロペラ軸12に加わるスラストとプロペラ軸12の回転数とが検出され(ステップS1)、それぞれに対応した信号がフィルタ部20に送られる。フィルタ部20は回転数の信号をトリガーとしてプロペラ軸12の1回転毎に、プロペラ軸12が1回転するまでにスラスト計30から送られた全てのスラストの値を平均化して、プロペラ軸12の1回転毎のスラストを算出する(ステップS2)。これにより、ピストン毎の燃焼時の衝撃やプロペラ毎の流体変動に起因するピーク値をキャンセルし、波浪等を原因とする周期で迅速に流場変動を捉えることができる。
【0045】
フィルタ部20から送られる信号により、式(1)に基づいて、プロペラ軸12に加わるスラストとプロペラ軸12の回転数とからスラスト係数が算出されると(ステップS3)、ステップS4において前進係数を算出する。前進係数は、スラスト係数特性データ格納部32に格納されたスラスト係数特性データを読み出すことによってスラスト係数から算出される。同様に、トルク係数特性データ格納部34に格納されたトルク係数特性データを読み出すことによって前進係数からトルク係数を算出する(ステップ5)。トルク係数が求められると、式(3)に基づいて、プロペラ軸12の回転数からプロペラ軸12に加わる負荷トルクを算出することができる(ステップS6)。
【0046】
操作装置14からは設定回転数に対応する指令信号がコントローラ15に送られており、燃料供給量演算部21は、ステップS7において内燃機関13の設定回転数を読み込んで、適正燃料供給量を演算する(ステップS8)。適正燃料供給量は、上述のようにプロペラ軸12に加わる負荷トルクと内燃機関13の設定回転数とにより、内燃機関特性データ格納部22に格納された内燃機関特性データを読み出すことによって演算される。この適正燃料供給量に基づいて内燃機関13へ供給量信号が送られ、内燃機関13への燃料供給量が制御される(ステップS9)。
【0047】
このように、本実施の形態においては、スラスト計30によりプロペラ軸12に加わるスラストとプロペラ軸12の回転数とを検出して、これらの検出値からプロペラ軸12に加わる負荷トルクを算出するようにしている。本実施形態においても、図1に示す実施形態と同様の効果を奏することができるのはもちろんである。ただし、軸トルク計16によりプロペラ軸12に加わる負荷トルクを直接検出する方式と、スラスト計30により検出されたプロペラ軸12に加わるスラストおよびプロペラ軸12の回転数からプロペラ軸12に加わる負荷トルクを算出する方式とを併用するような実施形態としてもよい。
【0048】
図10は本発明のさらに他の実施形態である船舶の燃料調節装置を示すブロック図である。図10に示す場合には、図1に示す船舶の燃料調節装置に加えて既存のガバナー40を併用している。ガバナー40には、操作装置14からの設定回転数の指令信号S11と内燃機関13からの回転数信号S12とが送られ、内燃機関13の回転数と設定回転数との偏差から、内燃機関13の回転数が設定回転数となるような適正燃料供給量が演算される。内燃機関13には、ガバナー40から適正燃料供給量に応じた供給量信号S13が送られ、内燃機関13への燃料供給量が制御される。
【0049】
船舶が概ね一定回転にて定常航行する場合には、ガバナー40による制御を行いながら図1に示す船舶の燃料調節装置を働かせる。このとき、コントローラ15によって常に内燃機関13の回転数が設定回転数に維持されるように制御されているため、ガバナー40の作動頻度は基本的に低くなる上、ガバナー40の作動しきい値つまりガバナー40が作動するための内燃機関13の回転数と設定回転数との偏差量を大きくしておくことにより、コントローラ15による制御とガバナー40による制御とが重複して回転数が安定しないことを防止するようにしている。すなわち、ガバナー40は、コントローラ15の不具合等により万一、内燃機関13の回転数と設定回転数とに大きなずれが生じた場合に補助的に作動する。ただし、ガバナー40を図6に示す船舶の燃料調節装置と併用するようにしてもよい。
【0050】
本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。例えば、フィルタ部20においてはプロペラ軸12の1回転周期毎に負荷トルクを平均化しているが、回転周期毎であれば、2回転毎等の整数回転周期毎に平均化するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0051】
11 プロペラ
12 プロペラ軸
13 内燃機関
14 操作装置(回転数設定手段)
14a 操作ハンドル
15 コントローラ
16 軸トルク計(負荷検出手段、負荷トルク検出手段、回転数検出手段)
17 歪みゲージ
18 反射部材
20 フィルタ部
21 燃料供給量演算部(燃料供給量制御手段)
22 内燃機関特性データ格納部(内燃機関特性データ格納手段)
30 スラスト計(負荷検出手段、スラスト検出手段、回転数検出手段)
31 スラスト係数算出部(スラスト係数算出手段)
32 スラスト係数特性データ格納部(スラスト係数特性データ格納手段)
33 前進係数算出部(前進係数算出手段)
34 トルク係数特性データ格納部(トルク係数特性データ格納手段)
35 トルク係数算出部(トルク係数算出手段)
36 負荷トルク算出部(負荷トルク算出手段)
40 ガバナー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶に推進力を与えるプロペラのプロペラ軸に連結されて当該プロペラ軸に動力を加える内燃機関への燃料供給量を調節する船舶の燃料調節装置であって、
前記プロペラ軸に加わる負荷を検出する負荷検出手段と、
前記内燃機関の設定回転数を設定する回転数設定手段と、
前記内燃機関における燃料供給量一定のもとでの回転数と出力との内燃機関特性データを格納する内燃機関特性データ格納手段と、
前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷に釣り合う出力となるような適正燃料供給量を演算し、前記内燃機関に供給量信号を送る燃料供給量制御手段とを有することを特徴とする船舶の燃料調節装置。
【請求項2】
請求項1記載の船舶の燃料調節装置において、
前記負荷検出手段として、前記プロペラ軸に加わる負荷トルクを検出する負荷トルク検出手段を有し、
前記燃料供給量制御手段により、前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量を演算することを特徴とする船舶の燃料調節装置。
【請求項3】
請求項1記載の船舶の燃料調節装置において、
前記負荷検出手段として、前記プロペラ軸に加わるスラストを検出するスラスト検出手段と、
前記プロペラ軸の回転数を検出する回転数検出手段と、
前記スラストと前記回転数とからスラスト係数を算出するスラスト係数算出手段と、
前記プロペラへの流入速度と前記回転数とにより求められる前進係数に対するスラスト係数特性データを格納するスラスト係数特性データ格納手段と、
前記スラスト係数特性データに基づいて、前記スラスト係数から前進係数を算出する前進係数算出手段と、
前進係数に対するトルク係数特性データを格納するトルク係数特性データ格納手段と、
前記トルク係数特性データに基づいて、前記前進係数からトルク係数を算出するトルク係数算出手段と、
前記トルク係数と前記回転数とから前記プロペラ軸に加わる負荷トルクを算出する負荷トルク算出手段とを有し、
前記燃料供給量制御手段により、前記内燃機関特性データに基づいて、前記設定回転数のもとで前記負荷トルクに釣り合う出力トルクとなるような適正燃料供給量を演算することを特徴とする船舶の燃料調節装置。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の船舶の燃料調節装置において、前記負荷検出手段により検出された負荷を前記プロペラ軸の回転周期毎に平均化し、前記プロペラ軸の回転周期毎に平均化された負荷を用いて前記適正燃料供給量を演算することを特徴とする船舶の燃料調節装置。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の船舶の燃料調節装置において、前記内燃機関の回転数と前記設定回転数との偏差から適正燃料供給量を演算し、前記内燃機関に供給量信号を送るガバナーを備えていることを特徴とする船舶の燃料調節装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−285945(P2010−285945A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−140886(P2009−140886)
【出願日】平成21年6月12日(2009.6.12)
【出願人】(000232818)日本郵船株式会社 (61)
【出願人】(304035975)株式会社MTI (46)
【Fターム(参考)】