説明

色消しレンズ

【課題】 本発明は少ない光学要素で、高度に色収差の2次スペクトルが補正されたレンズ系を提供することを目的としている。
【解決手段】 本発明の光学系は、光軸に垂直な方向に屈折率が変化するラジアル型屈折率分布レンズと回折光学素子を含むもので、ラジアル型屈折率分布レンズの等価部分分散比を適切な値に選ぶことにより色収差を補正するようにしたものである。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、望遠鏡、顕微鏡、カメラ、ビデオカメラなどの光学系に用いる色消しレンズおよび色消しレンズを備えた撮像レンズおよび色消しレンズを備えた撮像装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】望遠鏡、顕微鏡、カメラ、ビデオカメラなどに用いられる光学系は、光学的性能を向上させるために数多くのレンズを組合わせた構成であるのが一般的である。特に光学系の色収差を補正するためには、アクロマートと呼ばれる接合色消しレンズが多く用いられる。このアクロマートは、通常C線とF線等二つの波長の光に対しては色収差が補正されているが、g線などそれ以外の波長の光に対しては厳密には色収差の補正がなされておらず、いわゆる2次スペクトルと呼ばれる色収差が残存する。特に、望遠鏡や顕微鏡の対物レンズやカメラの望遠レンズなどは、この残存色収差が問題になることが多く、これを補正するためには、アポクロマートと呼ばれる3波長に対して色消しを行なったレンズ系が用いられる。
【0003】しかし、アポロクロマートとするためには、蛍石や特殊低分散ガラスといった異常分散性を持つガラスを用いる必要があり、それらのガラス材質が高価で加工しにくいため、光学系がコスト高になる。
【0004】また、通常の屈折作用を利用したレンズ以外に回折現象を利用した回折型レンズと呼ばれるレンズがある。この回折型レンズは、通常のレンズとは異なる色分散特性を持つ。この回折型レンズを色収差の2次スペクトル補正に用いた例として、アプライドオプティクス、第27巻、2960〜2971頁に示されたような光学系があり、それは接合レンズと回折型レンズを組合わせたものである。
【0005】又、回折型レンズを用いて色収差を補正したレンズ系の他の例として、特開平4−181908号公報に示すような回折型レンズとラジアル型GRINレンズを組合わせたレンズ系がある。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】前記文献(アプライドオプティクス)に示されるような接合レンズと回折型レンズを組合わせた光学系は、結局光学要素が三つで、光学要素の数が多くコスト高になる。また、前記公開公報に記載されたラジアル型GRINレンズと回折型レンズを組合わせたレンズ系は、1次の色収差補正だけに着目するもので2次スペクトルについては記載されていない。
【0007】本発明は、少ない光学要素で高度に色収差の2次スペクトルが補正されたレンズ系を提供するものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明の色消しレンズは、光軸と垂直な方向に屈折率が変化するラジアル型屈折率分布レンズ(ラジアル型GRINレンズ)と回折型光学素子(回折型レンズ)とを含んでいて、下記条件(1)を満足することを特徴とする。
(1) 0.1<θe1gF<0.5ただし、θe1gFは、ラジアル型GRINレンズの等価部分分散比である。
【0009】上記ラジアル型GRINレンズは、媒質が光軸に垂直な方向に屈折率の分布を有するもので、屈折率分布N(r) は下記の式(a)にて表わされる。
N(r) =N0 +N1 2 +N2 4 +N3 6 +・・・ (a)
尚上記式(a)においてN0 は光軸上の屈折率、Ni (i=1,2,3・・・)は屈折率分布を表わす係数、rは光軸から垂直方向への距離である。
【0010】また、ラジアル型GRINレンズのアッベ数は、次の式(b),(c)にて与えられる。
0 =(N0d−1)/(N0F−N0C) (b)
i =Nid/(NiF−NiC) (i=1,2,3・・・) (c)
ここでNiL(i=0,1,2,3,・・・)は波長Lにおける屈折率分布を表わす係数で、N0d,N0F,N0Cは夫々d線,F線,C線における光軸上の屈折率、Nid,NiF,NiCは夫々d線,F線,C線における屈折率分布を表わす係数である。
【0011】また、ラジアル型GRINレンズの媒質の部分分散比θ1dC 、θ1gF は次の式(d),(e)にて与えられる。
θ1dC =(N1d−N1C)/(N1F−N1C) (d)
θ1gF =(N1g−N1F)/(N1F−N1C) (e)
ここでN1gはg線における屈折率分布を表わす係数N1 である。
【0012】また、回折型レンズは、同心円状のパターンを持ち、光の回折現象によりレンズとしての作用を有するものであって、アッベ数が−3.45のように通常のガラスに比べて特異な色分散特性を有する。
【0013】本発明の色消しレンズは、前記のようにこれらラジアル型GRINレンズと回折型レンズとを組合わせることにより色収差の残存2次スペクトルを高度に補正するようにしたものである。
【0014】まず、例えば図1に示すように両平面ラジアル型GRINレンズGと回折型レンズDとを組合わせたレンズ系について考える。ここでラジアル型GRINレンズGの媒質のパワーをφm 、回折型レンズDのパワーをφD とし、両レンズが図示するように近接して配置されているとすると、薄肉近似ではこのレンズ系にて発生するC線とF線の色収差は次の式(f)にて与えられる。
PAC=K{(φm /V1 )+(φD /VD )} (f)
ただし、V1 はラジアル型GRINレンズの媒質のアッベ数、VD は回折型レンズのアッベ数、Kは定数である。
【0015】またg線のF線に対する色収差は、次の式(g)にて与えられる。
PAC=K{(φm /V1 )・θ1gF +(φD /VD )・θD } (g)
ただし、θ1gF はラジアル型GRINレンズの媒質の部分分散比、θD は回折型レンズのg線,F線に関する部分分散比である。ここでC線,F線,g線の3色に関する色消しを行なうことを考える。そのためには、式(f)と式(g)を同時に0にする必要があり、θ1gF とθD とが同じ値を持たなければならない。
【0016】ここで、先の文献にも記載されているように、θD は0.2956となるから、3色消しの条件としては、θ1gF が下記の値をとる必要がある。
θ1gF =0.2956 (h)
【0017】本発明は、ここで導き出した条件をもとに、実際の光学系が、厚肉であることと、3色以外の可視領域で各波長のバランスをとることが必要であることを考慮すると、2次スペクトルを良好に補正するために下記の条件(3)を満足するようにした。
(3) 0.1<θ1gF <0.5
【0018】条件(3)の上限、下限のいずれを超えても2次スペクトルを良好に補正し得なくなる。
【0019】又本発明の色消しレンズにおいて、厳密に3波長で色収差を小さくするためには、条件(3)の代りに次の条件(3−1)を満足することが望ましい。
(3−1) 0.2<θ1gF <0.4
【0020】次に、ラジアル型GRINレンズの持つ部分分散比θ1gF について考える。光学ガラスの屈折率は、ヘルツベルガーの分散式(社団法人日本オプトメカトロニクス協会発行「光機器の光学I−光学系の基礎と設計−」395頁〜参照)によれば下記の式(i)にて表わされる。
n(L)=1+(nd −1){1+B(L)+A(L)τd } (i)
ここでA(L),B(L)は波長Lのみに依存する係数、τd は分散率でアッベ数の逆数である。
【0021】上記式(i)より次の式(j)が導かれる。
δn(L)={1+B(L)+A(L)τd }δnd + A(L)(nd −1)δτd (j)
【0022】いま、ラジアル型GRINレンズの各微小領域におけるガラスの特性がヘルツベルガーの関係式を満足するとして、分布を表すN2 以上の高次の係数が小であるとして光軸近傍を考えると、N1L=δnL /δr2 (k)
したがって媒質のアッベ数V1 は、次の式(l)にて与えられる。
1 =N1d/(N1F−N1C)=δnd /(δnF −δnC
=δnd /[τd δnd +(nd −1)δτd ] (l)
【0023】これらの式(e),(i)からθ1gF は次のようになる。
θ1gF =(N1g−N1F)/(N1F−N1C
=(δng −δnF )/(δnF −δnC
={B(g) −B(F) }V1 +{A(g) −A(F) }
=−0.001781V1 +0.6494
【0024】この式より、ラジアル型GRINレンズの媒質の部分分散比も、ここでの前提の範囲では、異常分散性を持たない通常のガラスと同様であることがわかる。
【0025】以上の内容と前記条件(3)とからラジアル型GRINレンズが異常分散性が少ない場合には、その媒質のアッベ数が次の条件(4)を満足することが望ましい。
(4) 67<V1 <370
【0026】上記の条件(4)の上限、下限のいずれを超えても、対象とする3波長での色収差が大になり、可視領域全域での残存2次スペクトルを良好に補正することが困難になるか、ラジアル型GRINレンズの素材に、通常の素材とは大きく異なる異常分散性を有する素材が必要になり、素材の作製が困難になる。
【0027】また、本発明の色消しレンズにおいて、ラジアル型GRINレンズが異常分散性の極めて少ない場合、又は色消しレンズを厳密な2次スペクトル補正を行なう場合には、条件(4)の代りに次の条件(4−1)を満足することが望ましい。
(4−1) 84<V1 <310
【0028】この条件(4−1)の上限、下限のいずれを超えても残存2次スペクトルの量が大きくなるか、厳密な2次スペクトル補正を行なうためには、通常とは異なる異常分散性を有する素材のGRINレンズにせざるを得なくなり素材の作製上好ましくない。以上の条件(3),(3−1),(4),(4−1)を満足させて色収差の補正を行なうとφm 、φD は同符号となる。
【0029】次に、本発明の色消しレンズにおいて、例えば図2に示すような、面に曲率のついたラジアル型GRINレンズと回折型レンズを組合わせた構成にした場合、ラジアル型GRINレンズの面にて発生する屈折力φS を考慮する必要がある。
【0030】ラジアル型GRINレンズが面に曲率を有する場合の色収差は、式(f),(g)の代りに次の式(m),(n)が用いられる。
PAC=K[(φS /V0 )+(φm /V1 )+(φD /VD )] (m)
PAC=K[(φS /V0 )θ0gF +(φm /V1 )θ1gF +(φD /VD )θD ] (n)
ここでV0 ,θ0gF は夫々ラジアル型GRINレンズの軸上のアッベ数および軸上の部分分散比である。θ0gF は以下の式にて表される。
θ0gF =(N0g−N0F)/(N0F−N0C
ここでN0gはg線における屈折率分布を表わす係数N0 である。
【0031】この場合、取扱いが複雑になるが、条件(3),(3−1),(4),(4−1)は、次の式(o),(p),(q)から求められる等価部分分散比θe1gFおよび等価アッベ数Ve1を夫々θ1gF およびV1 の代りに用いればラジアル型GRINレンズが曲率を有する場合まで拡張して扱うことができる。
φ=φS +φm (o)
φ/Ve1=(φs /V0 )+(φm /V1 ) (p)
(φ/Ve1)θe1gF=(φS /V0 )θ0gF +(φm /V1 )θ1gF (q)
ここで、φはラジアル型GRINレンズの全体の屈折力である。
【0032】これにより面に曲率を有するラジアル型GRINレンズと回折型レンズとを組合わせた構成の本発明の色消しレンズは、次の条件(1),(2)を満足することが望ましい。
(1) 0.1<θe1gF<0.5(2) 67<Ve1<370
【0033】更に条件(1),(2)の代りに下記条件(1−1),(2−1)を満足することが一層好ましく、例えば厳密な2次スペクトルの補正された色消しレンズを得ることができる。
(1−1) 0.2<θe1gF<0.4(2−1) 84<Ve1<310
【0034】尚、両面共に平面であるラジアル型GRINレンズの面のパワーφS は0である。φS =0である場合はこれら式は夫々下記のようになる。
θe1gF=θ1gFe1=V1
【0035】つまり、前記条件(3)、(4)は条件(1)、(2)においてVe1の代わりにV1 を、θe1gFの代わりにθ1gF とすればよい。したがって、面が曲面、平面のいずれのGRINレンズにおいても条件(1)、(2)を満足することが望ましい。
【0036】以上述べた本発明の色消しレンズは、望遠鏡、顕微鏡の光学系の他、これと撮像素子とを組合わせた撮像装置を構成することが出来る。
【0037】
【発明の実施の形態】次に、本発明の色消しレンズの実施の形態を各実施例をもとに説明する。
【0038】実施例1は、図3に示す通りで両平面のラジアル型GRINレンズの像側の面上に回折型レンズを構成したものである。この実施例1のスペックおよびレンズデータは次の通りである。
f=10,F/4.0 ,最大像高 1.85 r1 =∞(絞り) d1 =6.9489 n1 (屈折率分布レンズ)
2 =∞ d2 =0 n2 =1001 ν2 =-3.45 ( 回折型レンズ)
3 =-2.496×105 屈折率分布レンズN0 =1.6640,N1 =-7.5000 ×10-3,V0 =38.2,V1 =104 θ1dC =0.30θ1gF =0.34,θe1gF=0.34,Ve1=104
【0039】実施例2は、図4に示すように物体側より両平面のラジアル型GRINレンズと平板ガラス上に作製された回折型レンズとより構成されている。このレンズのスペックおよびレンズデータは下記の通りである。
f=10,F/4.0 ,最大像高 1.85 r1 =∞(絞り)d1 =6.7176 n1 (屈折率分布レンズ)
2 =∞ d2 =3.0000r3 =∞ d3 =2.0000 n2 =1.51633 ν2 =64.15 r4 =∞ d4 = 0.0000 n3 =1001 ν3 =-3.45 ( 回折型レンズ)
5 =-6.696×104 屈折率分布レンズN0 =1.6640,N1 =-7.5000 ×10-3,V0 =38.2,V1 =101 θ1dC =0.30θ1gF =0.35,θe1gF=0.35,Ve1=101
【0040】実施例3は、図5に示す通りの構成で、物体側が凹面で像側が平面のラジアル型GRINレンズとその側面の面上に回折型レンズを構成したものである。このレンズのスペックおよびレンズデータは下記の通りである。
f=10,F/4.0 ,最大像高 1.85 r1 =-10.000 (絞り)d1 =7.7588n1 (屈折率分布レンズ)
2 =∞ d2 =0 n2 =1001 ν2 =-3.45 (回折型レンズ)
3 =-3.804×105 屈折率分布レンズN0 =1.60000 ,N1 =-1.0000 ×10-2,V0 =45.00 ,V1 =78θ1dC =0.30θ1gF =0.34,θe1gF=0.21,Ve1=184 本発明の実施例1〜3のデータ中で設計基準波長はdラインであり、回折型レンズはいわゆる高屈折率近似を用い、基準波長dラインの屈折率が1001となる形で示している。
【0041】図6は本発明の色消しレンズと同じスペックのレンズを通常の接合レンズ構成した色消しレンズで、下記データを有する接合レンズである。
f=10,F/4.0 ,最大像高 1.85 r1 =4.0230(絞り) d1 =3.0000 n1 =1.51633 ν2 =64.15 r2 =-2.9157 d2 =1.0000 n2 =1.62004 ν2 =36.26 r3 =234.6664
【0042】前記本発明の実施例1,2,3および図6に示す色消し接合レンズの軸上色収差は、次の通りである。
波長 365.01nm 435.83nm 486.13nm 546.07nm 587.56nm 656.27nm i線 g線 F線 e線 d線 C線実施例1 -0.0142 -0.0075 -0.0075 -0.0002 0 -0.0075 実施例2 -0.0124 -0.0072 -0.0072 -0.0002 0 -0.0072 実施例3 -0.0175 -0.0065 -0.0065 -0.0001 0 -0.0065 図6に示す レンズ 0.0977 0.0203 0.0046 -0.0005 0 0.0046
【0043】本発明の色消しレンズの特徴は以上述べた通りであり、特許請求の範囲の各請求項に記載する構成のものの他、次の各項に記載するものも本発明の目的を達成し得る。
【0044】(1)特許請求の範囲の請求項1に記載された色消しレンズで、条件(1)の代りに下記条件(1−1)を満足することを特徴とする色消しレンズ。
(1−1) 0.2<θe1gF<0.4
【0045】(2)特許請求の範囲の請求項2に記載された色消しレンズで、条件(2)の代りに下記条件(2−1)を満足することを特徴とする色消しレンズ。
(2−1) 84<Ve1<310
【0046】(3)特許請求の範囲の請求項1または2あるいは前記(1)又は(2)の項に記載された色消しレンズで、ラジアル型GRINレンズが両面平面であることを特徴とする色消しレンズ。
【0047】(4)特許請求の範囲の請求項1又は2あるいは前記の(1)又は(2)の項に記載された色消しレンズで、ラジアル型GRINレンズの少なくとも1面が曲面であることを特徴とする色消しレンズ。
【0048】(5)前記の(4)の項に記載された色消しレンズで、ラジアル型GRINレンズの物体側の面が凹面であることを特徴とする色消しレンズ。
【0049】(6)前記(1),(2),(3),(4)又は(5)に記載された色消しレンズを備えたことを特徴とする撮像装置。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の色消しレンズの基本構成を示す図
【図2】本発明の色消しレンズの他の構成を示す図
【図3】本発明の実施例1の構成を示す図
【図4】本発明の実施例2の構成を示す図
【図5】本発明の実施例3の構成を示す図
【図6】従来の色消しレンズの構成を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】光軸と垂直な方向に屈折率が変化するラジアル型GRINレンズと、回折型レンズとを有し、下記条件(1)を満足する色消しレンズ。
(1) 0.1<θe1gF<0.5ただし、θe1gFは、ラジアル型GRINレンズの等価部分分散比である。
【請求項2】下記条件(2)を満足する請求項1の色消しレンズ。
(2) 67<Ve1<370ただし、Ve1はラジアル型GRINレンズの等価アッベ数である。
【請求項3】請求項1又は2に記載する色消しレンズを用いた撮像装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開平10−197785
【公開日】平成10年(1998)7月31日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平9−312522
【出願日】平成9年(1997)11月14日
【出願人】(000000376)オリンパス光学工業株式会社 (11,466)