説明

色素材及びその製造方法、並びに光吸収材

【課題】 藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質を効率的に利用し、長期保存安定性に優れた色素材、光吸収材を提供する。
【解決手段】 本発明の色素材は、フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物とポリエチレングリコールを含有する。藍藻類は例えばスイゼンジノリであり、この場合、フィコビリタンパク質としてフィコエリスリン及びフィコシアニンを含有する。ポリエチレングリコールとしては、例えば反応性のポリエチレングリコールを用い、フィコビリタンパク質と結合させてこれを修飾する。本発明の色素材は、簡単にフィルム化することができ、光吸収材として使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然色素の1種であるフィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物を主成分とする色素材及びその製造方法に関するものであり、その保存性を改善し用途を拡大するための技術に関する。さらに、本発明は、前記色素材を用いた光吸収材に関する。
【背景技術】
【0002】
藍藻類にはフィコエリスリン(Phycoerythrin)やフィコシアニン(Phycocyanin)等のフィコビリタンパク質が含まれていることが知られており、藍藻類から抽出されたこれらフィコビリタンパク質は、天然色素として例えば食品添加物等に利用されている。例えば特許文献1には、藍藻類から抽出したフィコシアニン色素を精製することで、色鮮やかなフィコシアニン色素液を得る方法が開示されている。
【0003】
特許文献1記載の発明は、藍藻類由来のフィコシアニン色素液中の夾雑色素を凝集剤により凝集させた後、色素液から夾雑色素を除去することを特徴とするものであり、例えば、藍藻類をリン酸含有の水溶液に懸濁した懸濁液を用い、懸濁液に含まれる藍藻類の細胞破砕を行って、藍藻類中のフィコシアニン色素が懸濁液中に抽出したフィコシアニン色素抽出液を得たのち、抽出液にカルシウム塩を添加し、その後、抽出液から藍藻類の残渣を分離している。
【0004】
あるいは、分子生物学研究用のラベル化剤として前記フィコビリタンパク質を利用することも検討されており、例えば特許文献2には、フィコビリタンパク質と無色のポリペプチドの錯体である可溶性のフィコビリソームを特異結合アッセイ用ラベルとして用いることが開示されている。
【0005】
また、前述のフィコビリタンパク質は、変性し易く腐敗し易いという問題があり、乾燥状態から溶液状態に復帰させることが困難である。その理由としては、フィコビリタンパク質は高次構造を保たないと水に溶けないタンパク質の1種であり、前記高次構造は弱い相互作用で保持されているので壊れやすいこと、雑菌が持つプロテアーゼの作用によって速やかに分解されること等を挙げることができる。そこで、藍藻類由来の色素液の保存は、アルコール等の共存状態で行われている(例えば、特許文献3等を参照)
【0006】
特許文献3記載の発明は、藻類由来色素とアルコールと水とを含有する藻類由来の水性色素液に関するものであり、スピルリナ等の藍藻類由来色素やポルフィラ等の紅藻類由来の色素に、エタノールやプロピレングリコール、グリセリン等のアルコールを加え、常温で保存しても雑菌が繁殖しにくく、長期間保存可能な藻類由来の水性色素液を実現している。
【特許文献1】特開2004−27041号公報
【特許文献2】特開2007−112803号公報
【特許文献3】特開2004−231851号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質を天然色素として利用する場合、できる限り精製して使用するのが一般的であり、前述の各特許文献に記載される発明も例外ではない。例えば、特許文献1記載の発明では、精製により鮮やかな青みを有するフィコシアニン色素液を得るようにしている。
【0008】
しかしながら、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質をできる限り精製して利用するという考えでは、精製に手間を要する等、工数や生産性等の点で課題が多く、また、藍藻類からの生産量も少ないことから、工業的規模で利用を考えた場合、大きな障害となることが予想される。
【0009】
一方、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質は、保存安定性についても課題が多く、例えば特許文献3に記載されるようにアルコールを共存させても、必ずしも十分な保存安定性を得ることはできない。アルコールの共存は、細菌の繁殖を防止する上ではある程度の効果が期待できるが、フィコビリタンパク質自体を保護する役割が不十分で、細菌が繁殖してしまうとタンパク質が消化されてしまう等の問題が生ずる可能性がある。
【0010】
本発明は、これら従来の実情に鑑みて提案されたものであり、藍藻類に含まれる天然色素(フィコビリタンパク質)を工業的規模で有効利用することが可能であり、長期保存安定性に優れ、例えばフィルム化する等、新たな形態での利用も可能な色素材及びその製造方法を提供することを目的とし、さらには光吸収材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前述の目的を達成するために、本発明に係る色素材は、フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物とポリエチレングリコールを含有することを特徴とする。また、本発明に係る色素材の製造方法は、藍藻類からフィコビリタンパク質を含む抽出物を抽出し、ポリエチレングリコールを加えることを特徴とする。さらに、本発明の光吸収材は、前記色素材(フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物とポリエチレングリコールを含有する色素材)を用いたことを特徴とする。
【0012】
本発明の色素材及びその製造方法、さらには光吸収材においては、藍藻類の抽出物を、煩雑な精製工程等を経ることなく、ほとんどそのままの状態で使用するというのが前提である。従来技術では、藍藻類から各色素(フィコビリタンパク質)を個別に抽出、精製し、なるべく純度の高い状態で使用するというのが一般的であり、生産性や利用効率等の点で不利である。
【0013】
本発明では、フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物をほとんどそのままの状態で使用するようにしているので、精製工程を大幅に簡略化することができ、フィコビリタンパク質の精製工程等での損失を最小限に抑えることができる等、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質を工業的規模で利用する上で有利である。
【0014】
また、フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物をそのままの状態で使用することは、例えば光吸収材としての用途において有利である。天然色素の用途を考えた場合、例えばラベル化剤として使用する場合には、特定の波長の光のみを吸収することが好ましく、色素を単離することが好ましい。食品添加物として使用する場合にも、色素を単離することで色鮮やかにすることができる。一方、光吸収材として使用する場合には、吸収波長域ができるだけ広いことが要望される。フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物をそのままの状態で使用すれば、藍藻類に複数種類の色素が含まれる場合、これらを含む色素材とすることができ、各色素の吸収によって吸収波長域が拡大される。
【0015】
ただし、藍藻類の抽出物をそのままの状態で使用する場合、変性や腐敗し易く、精製されたフィコビリタンパク質以上に機能維持と保存安定性を高める必要がある。本発明者らは、この点につき種々の検討を重ねた結果、ポリエチレングリコールの付加が有効であることを見出すに至った。藍藻類の抽出物にポリエチレングリコールを加えると、その一部がフィコビリタンパク質を修飾する等、フィコビリタンパク質の周囲を覆い、たとえ細菌が繁殖してもフィコビリタンパク質の消化を防止する等、フィコビリタンパク質を確実に保護する。また、前記ポリエチレングリコールは細菌の繁殖を防止する機能も高い。したがって、前記ポリエチレングリコールの付加によって、フィコビリタンパク質の機能が長期に亘って維持され、保存安定性が確保される。
【0016】
なお、タンパク質を安定化する技術として、ポリエチレングリコールによる修飾は公知であるが、藍藻類の抽出物に適用した例はなく、それにより細菌の繁殖が防止され、長期に亘りフィコビリタンパク質の機能維持が実現され、さらにはフィルム化も可能になる等の知見は、本願発明者らによって新たに見出されたものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、生産性や収量に優れる等、工業的規模での利用が可能で、しかも保存安定性に優れた色素材を提供することが可能である。また、本発明によれば、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質を応用することが可能な分野(用途)を広げることができ、例えば簡単に乾燥薄膜(フィルム)が得られ、高い吸光度を示す新規なフィルム(例えばカラーフィルター)等として提供することが可能である等、これまでにない全く新たな色素材を提供することが可能である。
【0018】
さらに、本発明によれば、前記色素材を利用することで、吸収波長域の広い光吸収材を提供することが可能である。この光吸収材についても、色素材と同様、保存安定性を確保することができ、またフィルム化して多様な用途に使用することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を適用した色素材及びその製造方法、さらには光吸収材について詳細に説明する。
【0020】
本発明の色素材は、藍藻類を抽出して得られる抽出物を主成分とするものである。藍藻類の抽出物には、フィコエリスリン(Phycoerythrin)やフィコシアニン(Phycocyanin)等のフィコビリタンパク質が含まれており、これらフィコビリタンパク質を天然色素として利用することができる。フィコビリタンパク質は、天然材料から得られる色素の一群で、吸収できる光波長範囲が広く、化学合成材料を含めた色素の中でも最高レベルの吸光係数を示す。例えば、一般に吸光係数が高いとされる色素でもモル吸光係数は50000程度であり、モル吸光係数が最も高いとされるポルフィリンでも500000程度である。これに対して、フィコビリタンパク質のモル吸光係数は2400000程度であり、従来産業利用されている色素物質の5倍から100倍以上である。また、発光量子収率についても、0.8〜0.9と極めて高い値を示す。
【0021】
図1にフィコビリタンパク質の構造を示す。図1は、フィコビリタンパク質の構造を示す分子モデルであり、図1(a)はフィコエリスリンの構造、図1(b)はフィコシアニンの構造を示す。フィコビリタンパク質における発色団の代表的構造は、(1)式に示されるテトラピロールであり、フィコエリスリンの場合、8個のテトラピロールを有する。
【0022】
【化1】

【0023】
使用する藍藻類としては、フィコビリタンパク質を含むものであれば任意のものを使用することが可能であるが、特にスイゼンジノリを用いることが好ましい。スイゼンジノリは、フィコエリスリンとフィコシアニンの2種類のフィコビリタンパク質を含み、これらの抽出が非常に簡単である。また、生産能力の高いスイゼンジノリから抽出することで、色素成分であるフィコビリタンパク質を高収率で得ることが可能である。前記スイゼンジノリに含まれる色素成分(フィコビリタンパク質)の割合は、スイゼンジノリ全体の2〜3%に相当し、抽出による収率は90%以上である。
【0024】
藍藻類から前述のフィコビリタンパク質を含む抽出物を抽出するには、公知の抽出方法を適用すればよく、使用する藍藻類の種類等に応じて最適な抽出方法を選択すればよい。例えば、藍藻類としてスイゼンジノリを使用する場合には、抽出は非常に簡単であり、凍結、融解だけでフィコビリタンパク質を含む抽出物を得ることができる。また、抽出する際に用いる抽出液も任意であり、例えば希薄な塩溶液(NaCl溶液等)等を用いることができる。
【0025】
抽出物は、抽出後の抽出液をそのまま用いることもでき、あるいは抽出液を乾燥したものを用いることもできる。なお、抽出後の抽出液については、高度な精製は必要なく、例えば固形分を除去するための濾過等を行って、そのまま(あるいは乾燥して)抽出物とすることができる。
【0026】
前述の抽出物には、藍藻類に含まれるフィコビリタンパク質が含まれ、例えばスイゼンジノリの抽出物にはフィコエリスリンとフィコシアニンの2種類のフィコビリタンパク質が含まれることから、吸収できる光の波長範囲(吸収波長域)が広いものとなる。
【0027】
本発明においては、前述の藍藻類の抽出物をそのまま色素材として使用するが、藍藻類の抽出物は腐敗し易く、フィコビリタンパク質が変性する等、精製したフィコビリタンパク質よりも保存安定性の点で問題が多い。保存安定性が悪いと、産業への応用が大きく制約されることになる。そこで、本発明においては、前述の抽出物に対してポリエチレングリコール(PEG)を加えることで、腐敗や変性を防ぎ、その保存安定性を改善することとする。
【0028】
藍藻類の抽出物にポリエチレングリコールを加えると、図2に模式的に示すように、ポリエチレングリコール2が細菌の繁殖を防止するとともに、フィコビリタンパク質1の周囲を覆い、例えば細菌の繁殖が進んでしまった場合にも、フィコビリタンパク質1の消化が進まないようにすることができる。すなわち、フィコビリタンパク質1の表面をポリエチレングリコール2で覆うことにより、細菌が持つプロテアーゼからフィコビリタンパク質1を保護することができる。具体的には、フィコビリタンパク質1の周囲に適度なサイズの分子を存在させることによる立体障害効果で、プロテアーゼの作用による分解を防止することができる。ポリエチレングリコールの付加を行わない場合、フィコビリタンパク質は凍結乾燥等によって1〜2週間程度の保存が可能であるが、約80%は変性する。これに対して、ポリエチレングリコールの付加により保存性が大幅に高まり、精製していない状態でも長期保存が可能となる。
【0029】
また、前記ポリエチレングリコールを付加することで、フィコビリタンパク質の溶解性を改善することも可能である。フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物は、そのままの状態では乾燥状態から溶液状態に復帰させることは困難である。これは、フィコビリタンパク質がタンパク質であり、高次構造を持たないと水には溶解せず、またフィコビリタンパク質の高次構造は弱い相互作用で保持されているだけで、簡単に壊れてしまうからである。ポリエチレングリコールを加えると、フィコビリタンパク質の高次構造が保たれ、水のみならず、各種溶媒に対する溶解性を確保することができる。
【0030】
さらに、前記ポリエチレングリコールの付加は、本発明の色素材をフィルム化する上でも有用である。ポリエチレングリコールを付加した抽出液は、例えばそのまま展開して乾燥することで簡単にフィルム化することができ、乾燥薄膜を得ることができる。あるいは、電析によって薄膜化することも可能である。フィルム化した色素材は、そのままカラーフィルターや高度な吸光性を示す光吸収材として利用することができ、色素材の用途を大幅に拡大することができる。
【0031】
ここで、付加するポリエチレングリコールは、通常のポリエチレングリコール(末端が水酸基のポリエチレングリコール)であってもよいが、いわゆる反応性のポリエチレングリコールを用いることで、フィコビリタンパク質を修飾することができ、その効果を最大限に発揮させることができる。反応性のポリエチレングリコールは、末端にエポキシ基やグリシジル基等を有するポリエチレングリコールであり、例えば式(II)で示されるポリエチレングリコールジグリシジルエーテル等を挙げることができる。さらには、塩素(Cl)等が側鎖等に導入されたものであってもよい。
【0032】
【化2】

(式中、nは2,9,13,22等の整数)
【0033】
前記ポリエチレングリコールジグリシジルエーテルは、末端のグリシジル基がフィコビリタンパク質のアミノ基、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基等と反応し、フィコビリタンパク質と結合する。これにより、フィコビリタンパク質はポリエチレングリコールによって修飾された形になり、確実に保護される。修飾の形態としては任意であり、例えば反応性のポリエチレングリコールがフィコビリタンパク質の1分子と結合したり、2分子のフィコビリタンパク質が反応性のポリエチレングリコールを介して結合する等の形態が考えられるが、フィコビリタンパク質と結合していないポリエチレングリコールが存在してもよい。いずれにしても、前記反応性のポリエチレングリコールを付加した場合には、少なくともその一部が前記フィコビリタンパク質と結合しているものと考えられる。なお、ポリエチレングリコールがフィコビリタンパク質と結合し修飾していることは、反応性のポリエチレングリコールを作用させたフィコビリタンパク質について、透析によるポリエチレングリコールの除去操作を行うことで確認することができる。例えば、透析後にもポリエチレングリコールが残存していれば、ポリエチレングリコールがフィコビリタンパク質と結合し修飾していると言える。
【0034】
ポリエチレングリコールの付加は、単に藍藻類の抽出物(抽出液)にポリエチレングリコールを加えればよいが、反応性のポリエチレングリコールを付加してフィコビリタンパク質を修飾する場合には、抽出物(抽出液)に反応性のポリエチレングリコールを加えた後、フィコビリタンパク質が変性しない条件で加熱し反応を促進することが好ましい。
【0035】
以上のようにして得られる色素材は、藍藻類に含まれる様々な色素を含有しているので、吸収波長域が広く、光吸収材として有用である。例えば、スイゼンジノリの抽出物を用いた色素材の場合、フィコビリタンパク質としてフィコエリスリンとフィコシアニンを含み、これら両者の光吸収特性を併せ持つ。したがって、前述の色素材は、広範な波長域において極めて吸光度の高い光吸収材として機能し、色素増感型太陽電池の光吸収材等として用いることができる。例えば、フィルム化したものを色素増感型太陽電池に貼り付けることで、あるいは電析等の方法で直接太陽電池の基板をコーティングすることで、光吸収性能を大幅に向上することができる。
【0036】
また、前記色素材は、抗酸化物質でもあるので、防錆剤等にも利用可能であり、天然物質から抽出されたものであるので、化粧品や衣料品等にも利用可能である。さらには、カラーフィルターや食品添加物、電気メッキによる着色剤等としての利用も可能であり、いずれの場合においても、これまでより少ない量で同等の発色が得られる点で優位性を有する。特に、フィルム化した前記色素材を、そのまま貼り付けて使用したり、電析等の方法で直接コーティングして使用し得ることは、その簡便性から考えて、本発明の色素材、光吸収材の大きな利点と言うことができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明について、具体的な実験結果に基づいて説明する。
【0038】
スイゼンジノリからの抽出及びPEG化
採取したスイゼンジノリを水洗し、凍結、融解して細胞を破壊した。次いで、自然に溶出した紫色の抽出液を濾過して固形物を除去し、スイゼンジノリ抽出物とした。溶出液に1%NaCl水溶液を加え、0℃で1週間放置することで、より紫色の濃い抽出液が得られた。
【0039】
次に、得られたスイゼンジノリ抽出物にポリエチレングリコールジグリシジルエーテルを加え、半日放置した後、90℃で30分間処理して反応を促進し、PEG化(ポリエチレングリコールによる修飾)を行った。前記PEG化の後、濾過、透析(余分なPEGの除去)、濾過の順に行い、凍結乾燥して粉末状の色素材を得た。
【0040】
色素材の評価
(1)腐敗
スイゼンジノリ抽出物について、PEG化の前後のサンプルを冷蔵庫に保存し、腐敗するか否かを調べた。PEG化前のスイゼンジノリ抽出物は、数日で腐敗臭を発するようになり、退色も見られた。これに対して、PEG化したスイゼンジノリ抽出物は、2週間保存した後にも腐敗臭は感じられず退色も起こらなかった。
【0041】
(2)溶解性
スイゼンジノリ抽出物について、PEG化の前後における溶解性の相違を調べた。結果を表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1から明らかなように、スイゼンジノリ抽出物をPEG化することにより、水は勿論のこと、ほとんどの溶媒に溶解するようになった。ただし、非極性溶媒であるヘキサンには溶解しない。これに対して、PEG化前のスイゼンジノリ抽出物は、水にも溶けず、他の全ての溶媒にも溶解しなかった。
【0044】
(3)フィコビリタンパク質のへリックス構造の変化
PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質の熱安定性を調べるために、120℃までの温度で20分間熱処理し、それぞれについて円偏光二色性(CD)スペクトルの測定を行った。結果を図3に示す。図3(a)はPEG化前のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質のCDスペクトル、図3(b)はPEG化後のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質のCDスペクトルである。また、波長222nmにおけるCD値の変化を図4に示す。
【0045】
フィコビリタンパク質のへリックス構造の変化は、変性の指標となるものであり、へリックス構造が変化し易いということは変性し易いということになる。図3(a),(b)及び図4から明らかなように、PEG化前のスイゼンジノリ抽出物の方がPEG化後のスイゼンジノリ抽出物に比べてへリックス構造の変化が大きく、変性し易いことがわかる。
【0046】
(4)色の変化
PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物を50℃〜110℃で20分間熱処理し、色の変化を目視にて調べた。結果を表2に示す。表2において、○印は退色しなかった場合、△印は僅かに退色が認められた場合、×印は明らかに退色が認められた場合を示す。表2から明らかな通り、PEG化することによって明らかに退色が抑えられている。
【0047】
【表2】

【0048】
(5)吸収スペクトル
PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物について、分光光度計を用いて吸収スペクトルを測定した。結果を図5に示す。いずれの吸収スペクトルにおいてもフィコエリスリンとフィコシアニンの吸収が見られ、PEG化による影響は見られなかった。
【0049】
フィルム化1(自然乾燥)
PEG化したスイゼンジノリ抽出物を基板上に展開し、自然乾燥した。その結果、オブラート状の乾燥薄膜が得られた。得られた乾燥薄膜は、高度な吸光性を示し、取り扱いも容易であった。
【0050】
フィルム化2(電析)
図6に示すように、容器11内にPEG化前後のスイゼンジノリ抽出物の水溶液12を入れ、ステンレス製の電極(アノード13及びカソード14)を挿入するとともに、これら電極間に電源15によって電位を印加し、電析による薄膜化を試みた。その結果、スイゼンジノリ抽出物の水溶液12に電場を印加することにより、アノード13の表面にスイゼンジノリ抽出物を集積し、薄膜化することができた。
【0051】
そこで次に、電極(アノード13)にITO透明電極を用い、電析された薄膜の均一性を調べた。その結果、PEG化前のスイゼンジノリ抽出物の電析膜では、電極の縁の部分に変性物が集積されており、均一性に欠けていたのに対して、PEG化前のスイゼンジノリ抽出物では、全体的に均一な電析膜が得られた。
【0052】
さらに、PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物の電析膜及びPEGについて赤外分光分析(IR)を行い、電析膜の変性の様子を調べた。結果を図7及び図8に示す。PEG化後のスイゼンジノリ抽出物の電析膜においては、PEGに由来する吸収が見られ、またフィコビリタンパク質のヘリックス構造も維持されていることがわかった。例えば、PEG化前では、乾燥時に1650cm−1付近のピークに当たるαヘリックス構造が1630cm−1付近のピークにあたるβ構造よりも少なくなってしまい、タンパク質の天然構造が変性していることがわかる。これに対して、PEG化したタンパク質では、乾燥しても多くのαヘリックス構造が残っていることが確認できる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】(a)はフィコエリスリンの構造(分子モデル)を示す図であり、(b)はフィコシアニンの構造(分子モデル)を示す図である。
【図2】ポリエチレングリコールによって修飾されたフィコビリタンパク質の様子を示す模式図である。
【図3】(a)はPEG化前のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質のCDスペクトル、(b)はPEG化後のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質のCDスペクトルである。
【図4】PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物に含まれるフィコビリタンパク質の熱処理による波長222nmにおけるCD値の変化の様子を示す特性図である。
【図5】PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物の吸収スペクトルの相違を示す図である。
【図6】電析による薄膜化を説明する図である。
【図7】PEG化前後のスイゼンジノリ抽出物の電析膜及びPEGについての赤外分光スペクトルである。
【図8】図7に示す赤外分光スペクトルの1600cm−1付近を拡大して示す図である。
【符号の説明】
【0054】
1 フィコビリタンパク質、2 ポリエチレングリコール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィコビリタンパク質を含む藍藻類の抽出物とポリエチレングリコールを含有することを特徴とする色素材。
【請求項2】
前記ポリエチレングリコールが末端にグリシジル基を有する反応性のポリエチレングリコールであり、少なくともその一部が前記フィコビリタンパク質と結合していることを特徴とする請求項1記載の色素材。
【請求項3】
前記藍藻類がスイゼンジノリであり、前記フィコビリタンパク質としてフィコエリスリン及びフィコシアニンを含有することを特徴とする請求項1または2記載の色素材。
【請求項4】
フィルム化されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載の色素材。
【請求項5】
藍藻類からフィコビリタンパク質を含む抽出物を抽出し、ポリエチレングリコールを加えることを特徴とする色素材の製造方法。
【請求項6】
藍藻類を凍結、融解し、前記抽出物を得ることを特徴とする請求項5記載の色素材の製造方法。
【請求項7】
前記ポリエチレングリコールとして末端にグリシジル基を有する反応性のポリエチレングリコールを用い、前記グリシジル基をフィコビリタンパク質と反応させることにより、ポリエチレングリコールの少なくとも一部をフィコビリタンパク質と結合させることを特徴とする請求項5または6記載の色素材の製造方法。
【請求項8】
前記藍藻類としてスイゼンジノリを用いることを特徴とする請求項5から7のいずれか1項記載の色素材の製造方法。
【請求項9】
ポリエチレングリコールを加えた後、前記抽出物及びポリエチレングリコールを含有する溶液を展開し、乾燥することによってフィルム化することを特徴とする請求項5から8のいずれか1項記載の色素材の製造方法。
【請求項10】
ポリエチレングリコールを加えた後、電極上に電析させることによりフィルム化することを特徴とする請求項5から8のいずれか1項記載の色素材の製造方法。
【請求項11】
請求項1から4のいずれか1項記載の色素材を用いたことを特徴とする光吸収材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−90310(P2010−90310A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−263043(P2008−263043)
【出願日】平成20年10月9日(2008.10.9)
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)