説明

色素沈着の予防又は改善剤のスクリーニング法とそのスクリーニング法によって見出された色素沈着の予防又は改善剤

【課題】組織の色素沈着を予防又は改善する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】
Wntシグナル経路を抑制する物質である、Wnt1の発現阻害物質、Wnt3aの発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質が、組織の色素沈着に対して顕著な予防又は改善効果を示すことを見出し、組織の色素沈着を予防又は改善する方法の確立に至った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、哺乳動物の組織における色素沈着を予防又は改善する方法に関する。また、色素沈着の予防又は改善剤のスクリーニング方法及びそのスクリーニング方法によって見出された色素沈着の予防又は改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
我々の生体組織の色は、メラノサイトによって産生されるメラニンにより大きく左右される。例えば皮膚では、紫外線などの刺激により、stem cell factor(SCF)やendothelin−1(EDN1)が産生・分泌され、メラノサイトの活性化を促す。活性化したメラノサイトは、Tyrosinase(TYR)、TYR−related protein−1(TYRP1)及びDopachrome tautomerase(DCT)などの一連のメラニン合成関連酵素の働きにより、メラニン合成を活発に行うようになり、その結果、皮膚の黒化が起こる(非特許文献1)。また、毛包組織では、毛球部に存在するメラノサイトが周囲のケラチノサイトにメラニンを受け渡すことで、毛髪の黒髪化が起こる。
【0003】
メラノサイトの異常は、組織の色素沈着を引き起こすことから、先天性あるいは後天性の様々な色素異常症等に関与する。例えば、雀卵斑、黒子症、老人性色素斑、肝斑、シミ、日焼けなどがある(非特許文献2〜4)。これらの疾患等では、メラノサイトの数や機能が先天的あるいは後天的に増大することで、メラニン合成が活発になり、組織の色素が過剰に沈着することが知られている。したがって、これらの治療には、組織に存在するメラノサイトの数を減らすか、メラノサイトの機能を低下させ、組織の色素沈着を抑制する必要がある。
【0004】
その他にも、美容的観点から、皮膚の色を正常に保つことは、非常に高い関心を集めている。これまでに、シミの改善方法としては、様々な美白剤がスクリーニングされ、色素沈着を予防又は改善する方法として開発されてきた。例えば、アスコルビン酸誘導体、ハイドロキノン配糖体、コウジ酸などの美白剤が適用されている(特許文献1〜3)。これらの美白剤は、メラノサイトにおけるメラニン合成阻害効果やメラニン還元効果を発揮し、皮膚の黒化を改善する。また、老人性色素斑や肝斑などの代表的な色素増加症の治療には、前述の美白剤の適用やケミカルピーリング、紫外線照射療法などが一般的に用いられている(特許文献4、5)。しかしながら、これらの方法による皮膚色の調節効果は、限定的または対処療法的であり満足のいくものではないため、より簡便で効果が高く根本的な改善方法の開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−351905
【特許文献2】特開昭60−56912
【特許文献3】登録2655983号
【特許文献4】特開2000−186036
【特許文献5】特開2006−176523
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Yamaguchi Y., et al., Biofactors, 35, 193−199(2009)
【非特許文献2】Aoki H., et al., Br. J. Dermatol., 156, 1214−1223(2007)
【非特許文献3】Noblesse E., et al., Skin Pharmacol. Physiol., 19, 95−100(2006)
【非特許文献4】最新皮膚科学体系(中山書店), 8, 色素異常症,13−128
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
かかる状況に鑑み、本発明は、上記のような従来技術に関する問題点を解決し、組織の色素沈着を予防又は改善する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような事情により、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、特定のWntシグナル経路を抑制する物質が、組織の色素沈着を予防又は改善させることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0010】
(1)Wntシグナル経路を抑制する物質を含有することを特徴とする色素沈着の予防又は改善剤。
(2)Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から1種又は2種以上選択されることを特徴とする(1)記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(3)Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から2種組み合わせることを特徴とする(1)記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(4)Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt7aの発現阻害剤であることを特徴とする(1)に記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(5)Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt7aの発現阻害剤とWnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から1種組み合わせることを特徴とする(1)に記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(6)Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinが、それぞれ下記配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6、で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドまたは塩であることを特徴とする(1)から(5)のいずれかに記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

(7)Wntシグナル経路を抑制する物質が、配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含有するアンチセンスポリヌクレオチドであることを特徴とする(1)から(6)のいずれかに記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(8)Wntシグナル経路を抑制する物質が、配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドに対するsiRNAまたはshRNAであることを特徴とする(1)から(8)のいずれかに記載の色素沈着の予防又は改善剤。
(9)Wntシグナル経路の抑制による色素沈着の予防又は改善効果を示す物質のスクリーニン方法。
【0011】
本発明におけるWntシグナル経路とは、線虫から哺乳動物まで、広く保存されている細胞内シグナル経路である。Wntシグナル経路を活性化するタンパク質であるWntは、細胞表面のWnt受容体に結合することによって、β−カテニンの安定化を介して遺伝子発現を誘導するβ−カテニン経路、JNKやRhoキナーゼを活性化するPCP経路、PKCなどを活性化するCa2+経路のいずれかを活性化し、細胞増殖、細胞運動及び細胞極性など様々な細胞の機能に関与する。現在までに、ヒトのWntタンパク質は、19種類同定されており(Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16)、さらにリガンドとしてWnt受容体に結合するタンパク質としてNorrin、IGFBP−4、R−spondin、SOSTが発見されている(非特許文献5)。本発明においては、Wntシグナル経路を抑制する物質としてWnt1の発現阻害物質、Wnt3の発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質を用いる。
【0012】
【非特許文献5】山本 英樹ら, 医学のあゆみ, 233(30), 948−954(2010)
【0013】
本発明で用いるWnt1の発現阻害物質、Wnt3の発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質は、単独で用いても良いし、2種以上を組み合わせて用いても良い。Wnt3aの発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質から選択される1種とWnt1の発現阻害物質の組み合わせ、又は、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、WWnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質から選択される1種とWnt3aの発現阻害物質の組み合わせ、又は、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質から選択される1種とWnt7aの発現阻害物質の組み合わせ、又は、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質から選択される1種とWnt7bの発現阻害物質の組み合わせ、又は、Wnt10bの発現阻害物質とNorrinの発現阻害物質の組み合わせが好ましく、より好ましくは、Wnt1の発現阻害物質、Wnt3aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質から選択される1種とWnt7aの発現阻害物質との組み合わせが最も好ましい。
【0014】
本名発明で用いるWnt1の発現阻害物質、Wnt3aの発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質は、市販品を利用できるが、化学合成や生体又は植物から調整しても良い。また、微生物、培養細胞、植物細胞などからも調整できる。
【0015】
本発明の色素沈着の予防又は改善剤は、薬理学的に許容される担体を混合した組成物、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤(ソフトカプセルを含む)、口腔内崩壊剤、口腔内崩壊フィルム、液剤、注射剤、坐剤、除法剤、貼付剤、軟膏剤、ゲル剤、クリーム剤、湿布剤、貼付剤、リニメント剤、噴霧剤、吸入剤、スプレー剤などとして、経口的又は非経口的に投与することができる。
【0016】
本名発明で用いるWnt1の発現阻害物質、Wnt3aの発現阻害物質、Wnt7aの発現阻害物質、Wnt7bの発現阻害物質、Wnt10bの発現阻害物質、Norrinの発現阻害物質の投与量は、投与対象、投与方法又は処置時間等により異なるが、通常、成人に対し経口または非経口的に投与する場合、有効成分として、0.001mg〜1000mg/日、好ましくは0.01mg〜100mg/日である。投与量は、種々の条件により変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、また範囲を越えて投与の必要な場合もある。本発明の色素脱失の予防又は改善剤は、1日1回又は2〜3回に分けて投与しても良い。
【0017】
本発明の組成物の製造に用いられても良い薬理学的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質があげられ、例えば固形製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などがあげられる。また、必要に応じて、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味料、酸味剤、発泡剤、香料などの添加物を用いることもできる。
【0018】
なお、本発明の色素沈着の予防又は改善剤は、上記の物質以外でも使用することができる。
【0019】
また、本発明を完成するに至った技術は、皮膚の色素沈着抑制効果を示す物質をより精度よくかつ迅速、正確にスクリーニングする技術を含み、特にWntシグナル経路の抑制による色素沈着を予防又は改善する物質をスクリーニングする方法として用いることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明により見出されたWntシグナル経路を抑制する物質を含有することを特徴とする色素沈着の予防又は改善剤により、哺乳動物の組織における色素沈着を予防又は改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明を詳細に説明するため、具体的且つ詳細な実施例を挙げるが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0022】
皮膚の色素沈着に対して、組織の色素合成を抑制し皮膚の色素沈着を抑制する効果に関して以下の評価を行った。
【0023】
皮膚色素沈着抑制効果の評価
皮膚組織の色素沈着を抑制する効果を評価するため、HRDeF1マウス(有色のヘアレスマウス)の背部皮膚組織に対して、一般的に色素沈着効果が知られている紫外線(UVB)を照射する方法を用いて、これに対してWntシグナル経路を抑制する物質を投与することで、さらに色素沈着が抑制されるかについて評価した。
【0024】
HRDeF1マウス(雄性、7週齢、日本エスエルシーより購入)の背部皮膚組織に、紫外線(UVB)を10mJ/cmとなるように週3回、2週間照射した(紫外線照射群)。具体的には、最初の紫外線照射日を照射0日目と設定し、その日を含め2週間の間に計6回紫外線を照射した(照射0日目、2日目、4日目、7日目、9日目、11日目、計6回)。
従来技術として、メラニン生成抑制効果が知られているアルブチンを水に溶解し、アルブチン1%水溶液を紫外線照射日の前日から15日間塗布した(最初の紫外線照射日の前日から照射14日目)。Wntシグナルを抑制する物質として、Wnt1、Wnt2、Wnt2b、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt5b、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt8a、Wnt8b、Wnt9a、Wnt9b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Wnt16、Norrin、IGFBP−4、R−spondin、SOSTのそれぞれに対するsiRNA(Life Technologie社製)は、5μgを等量の10%グルコース溶液と混合したものを、0.6μLのin vivo−etPEITM(Polyplus transfection社製)を等量の10%グルコース溶液と混合したものとさらに混合し、背部皮膚組織1cm当たり5μgを最初の紫外線照射日の前日、照射0日目、1日目の計3回、紫外線照射を施す前に皮内注射により投与した(Wntシグナル経路抑制群)。また、紫外線を照射しない群(未照射群)と、陰性対照としてコントロールsiRNA(Life Technologies社製)を、他のsiRNAと同条件となるように投与した群(コントロール群)を設定した。
紫外線照射後14日目に、色彩色差計CR−200(ミノルタ社製)によりマウスの背部皮膚の明度(L値)を測定した。
【0025】
皮膚色素沈着抑制効果の評価基準
紫外線未照射群の背部皮膚組織のL値から各群(紫外線照射群、Wntシグナル経路抑制群、溶媒投与群)のL値を引いた値(ΔL値)をもとに、紫外線照射群のΔL値を100%として相対的な色素沈着の割合(%)を算出した。また、算出した値をもとに、皮膚組織の色素沈着を抑制する効果の評価基準を設定し、色素沈着の割合が100%以上であった場合を−、95〜100%に低下した場合を±、90〜95%に低下した場合を+、80〜90%に低下した場合を++、70〜80%に低下した場合を+++、50〜70%に低下した場合を++++、50%以下に低下した場合を+++++として色素沈着の抑制効果を評価したものを表1に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
表1より、陽性対照であるアルブチンを塗布したマウスの皮膚の色素沈着の割合(%)は、紫外線照射群と比較して低下し、色素沈着抑制効果を示した。また、Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt6、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11、Norrin、R−spondinに対するsiRNAを投与したマウスの皮膚の色素沈着の割合も、紫外線照射群と比較して低下し、従来技術のアルブチンと同等以上の色素沈着抑制効果を示した。その中でも、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinに対するsiRNAを投与した個体では、さらに顕著に色素沈着の割合が低下し、アルブチンを上回り明らかな色素沈着抑制効果を示した。
【0028】
皮膚色素沈着抑制効果(相乗効果)の評価
皮膚組織の色素沈着を抑制する効果を示した物質の中から、特に高い効果を示した物質の相乗効果を評価するため、HRDeF1マウスの背部皮膚組織にWntシグナル経路を抑制する物質を2種類投与し、実施例1と同様な方法により紫外線を照射後の皮膚明度の変化について色彩色差計により測定した。
【0029】
HRDeF1マウス(雄性、7週齢、日本エスエルシーより購入)の背部皮膚組織に、紫外線(UVB)を10mJ/cmとなるように週3回、2週間照射した(紫外線照射群)。具体的には、最初の紫外線照射日を照射0日目と設定し、その日を含め2週間の間に計6回紫外線を照射した(照射0日目、2日目、4日目、7日目、9日目、11日目、計6回)。Wntシグナルを抑制する物質として、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinのそれぞれに対するsiRNA(Life Technologie社製)は、5μgを等量の10%グルコース溶液と混合したものを、0.6μLのin vivo−etPEITM(Polyplus transfection社製)を等量の10%グルコース溶液と混合したものとさらに混合し、背部皮膚組織1cm当たり5μgを、最初の紫外線照射日の前日、照射0日目、1日目の計3回、紫外線照射を施す前に皮内注射により投与した(Wntシグナル経路抑制群)。また、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinのそれぞれに対するsiRNA6種類から2種類を選び、全ての組み合わせで等量ずつ混合し、5μg(それぞれ2.5μgずつ)を等量の10%グルコース溶液と混合したものを、0.6μLのin vivo−etPEITM(Polyplus transfection社製)を等量の10%グルコース溶液と混合したものとさらに混合し、背部皮膚組織1cm当たり5μg(それぞれ2.5μgずつ)を投与した(Wntシグナル経路相乗抑制群)。また、紫外線を照射しない群(未照射群)と、陰性対照としてコントロールsiRNA(Life Technologies社製)を、他のsiRNAと同条件となるように投与した群(コントロール群)を設定した。
紫外線照射後14日目に、色彩色差計CR−200(ミノルタ社製)によりマウスの背部皮膚の明度(L値)を測定した。
【0030】
皮膚色素沈着抑制効果の評価基準
紫外線未照射群の背部皮膚組織のL値から各群(紫外線照射群、Wntシグナル経路抑制群、Wntシグナル経路相乗抑制群、溶媒投与群)のL値を引いた値(ΔL値)をもとに、紫外線照射群のΔL値を100%として相対的な色素沈着の割合(%)を算出した。また、算出した値をもとに、皮膚組織の色素沈着を抑制する効果の評価基準を設定し、色素沈着の割合が100%以上であった場合を−、95〜100%に低下した場合を±、90〜95%に低下した場合を+、80〜90%に低下した場合を++、70〜80%に低下した場合を+++、50〜70%に低下した場合を++++、50%以下に低下した場合を+++++として色素沈着の抑制効果を評価したものを表2に示した。
【0031】
【表2】

【0032】
表2より、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinに対するsiRNAを単独で投与したマウスに比べて、さらに、これらの物質を2種組み合わせることによって、皮膚の色素沈着の割合は顕著に低下し、極めて高い相乗的な色素沈着促進効果を示した。
【0033】
以上の結果より、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinの発現阻害物質によりWntシグナル経路を抑制することで、皮膚の色素沈着を抑制することができた。さらに、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinの発現阻害物質を2種以上組み合わせることにより、さらに顕著に皮膚の色素沈着を抑制できることを発見した。また、本発明のWntシグナル経路を抑制する物質は、従来技術に比べて、短期間の処置で、従来技術以上の効果を示した。本発明で明らかにした、これらWntシグナル経路の抑制物質は、皮膚の色素沈着を抑制するのに極めて優れていることから、今後の色素沈着及び色素異常症の予防又は改善に大きく貢献できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、美容、または、色素異常症に対する化粧品、食品、医薬部外品及び医薬品への応用が期待される。Wntシグナル経路を抑制することにより、組織の色素沈着を予防又は改善することができ、皮膚の色の悩みや色素異常症の改善などに有効である。
【0035】
この発明は、上記発明の実施の形態および実施例の説明に何ら限定されるものではない。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
Wntシグナル経路を抑制する物質を含有することを特徴とする色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項2】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から1種又は2種以上選択されることを特徴とする請求項1記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項3】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から2種組み合わせることを特徴とする請求項1記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項4】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt7aの発現阻害剤であることを特徴とする請求項1に記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項5】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、Wnt1の発現阻害剤、Wnt3aの発現阻害剤、Wnt7bの発現阻害剤、Wnt10bの発現阻害剤、Norrinの発現阻害剤から選択される1種とWnt7aを組みみ合わせることを特徴とする請求項1に記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項6】
Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt7a、Wnt7b、Wnt10b、Norrinが、それぞれ下記配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6、で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドまたは塩であることを特徴とする請求項1から5いずれか1項に記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【化1】

【化2】

【化3】

【化4】

【化5】

【化6】

【請求項7】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基配列に相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列またはその一部を含有するアンチセンスポリヌクレオチドであることを特徴とする請求項1から6記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項8】
Wntシグナル経路を抑制する物質が、配列番号:1、配列番号:2、配列番号:3、配列番号:4、配列番号:5、配列番号:6で表されるアミノ酸配列と同一もしくは実質的に同一のアミノ酸配列を含有するタンパク質もしくはその部分ペプチドをコードするポリヌクレオチドに対するsiRNAまたはshRNAであることを特徴とする請求項1から6記載の色素沈着の予防又は改善剤。
【請求項9】
Wntシグナル経路の抑制による色素沈着の予防又は改善効果を示す物質のスクリーニン方法。


【公開番号】特開2013−67582(P2013−67582A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−207060(P2011−207060)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【出願人】(592262543)日本メナード化粧品株式会社 (223)
【Fターム(参考)】