説明

芳香族アミンの製造方法

【課題】微生物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを用いた、芳香族アミンの効率的な製造方法を提供すること。
【解決手段】シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの存在下で、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンを合成することを含む、芳香族アミンの製造方法;当該芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼをコードするポリヌクレオチドを含む、発現ベクター;当該発現ベクターが導入された形質転換体など。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族アミンの製造方法、発現ベクター、および形質転換体などに関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族アミノ酸は、脱炭酸反応により各種のアミンに変換される(例、下記参照)。
【0003】
【化1】

【0004】
これらのアミン類は生体内(特に動物の中枢神経系)で非常に重要な役割を担っていると考えられている。フェニルアラニン(Phe)、トリプトファン(Trp)、およびチロシン(Tyr)が脱炭酸されて生じる各アミン(それぞれ、フェネチルアミン、トリプタミン、およびチラミン)は、神経伝達物質等の生体因子として作用することが知られており、振戦などの症状をもたらすパーキンソン病は、L−ドーパ(3,4−ジヒドロキシフェニル−L−アラニン[DOPA])が脱炭酸されて生じるドパミンの欠乏により引き起こされる。さらに、5−ヒドロキシトリプトファン(5−HTP)が脱炭酸されて生じるセロトニンに着目して、うつ病に関する研究・治療薬づくりも進められている。
【0005】
芳香族アミンから生じる誘導体には数多くの有益な物質が存在する。例えば、アーモンドの香り成分であるベンズアルデヒドや、ヒヤシンスの香り成分であるフェニルアセトアルデヒドなどの芳香族アルデヒド類には、香料成分にとどまらず抗菌・抗ウイルス活性を示す物質も含まれている。また、芳香族アミンから生合成される植物アルカロイドには、鎮痛、抗がん、および抗マラリアなどの効用を示す物質が含まれ、医学的な見地からも重要性が高まっている。
【0006】
このように、生理活性物質としての作用に限らず、医学・薬学面、さらには日常生活においても身近に存在する物質の合成に芳香族アミンが関与している。そのため、芳香族アミノ酸から各種アミンを効率的に生成する方法を確立することは重要である。
【0007】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、芳香族アミノ酸からカルボキシル基を脱離させ、アミンの生成を触媒する酵素である。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、植物や動物など多くの生物が有する酵素であるが、基質特異性は様々に異なる。
【0008】
植物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼとしては、チロシンデカルボキシラーゼ、トリプトファンデカルボキシラーゼおよびフェニルアラニンデカルボキシラーゼが知られている(非特許文献1、2)。チロシンデカルボキシラーゼは、ドーパにも作用し得るが、トリプトファンデカルボキシラーゼは、基質特異性が厳密であり、トリプトファンのみに作用し得る(非特許文献1)。フェニルアラニンデカルボキシラーゼもまた、基質特異性が厳密であり、フェニルアラニンのみに作用し得る(非特許文献2)。
【0009】
動物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼとしては、ブタ腎臓由来の酵素が知られている。ブタ腎臓由来の酵素は、ドーパおよび5−ヒドロキシトリプトファンを含む広い範囲の基質に作用することが報告されている(非特許文献3、4)。また、ブタ腎臓由来の酵素については、大腸菌を利用した発現系の構築が困難であること、およびプロモータの選択等の創意工夫によりやっとのことで構築した場合でも、得られる組換え酵素の収量が低いこと(4mg組換え酵素/5リットル培養物)が報告されている(非特許文献5)。
【0010】
ところで、微生物、特に細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの特性は、植物や動物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼに比べて、詳細に解析されていない。細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのうち比較的解析されているものとしては、マイクロコッカス属(Micrococcus)に属する細菌由来の酵素が挙げられる(非特許文献6)。本細菌由来の酵素の基質特異性が検討されているが、本酵素は、ドーパが基質である場合、他の基質に比べて、反応性が低いことが報告されている(非特許文献6)。
【0011】
細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの別の例は、乳酸菌由来の酵素である(非特許文献7〜10)。乳酸菌由来の酵素は、チロシンのみを基質とする酵素(非特許文献10)、およびチロシンとフェニルアラニンとを基質とする酵素(非特許文献7)が報告されている。
【0012】
細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのさらに別の例は、ソランジウム属(Sorangium)に属する細菌由来の酵素である(非特許文献11)。本細菌由来の酵素は、ドーパに作用し得るものの、ドーパ以外の基質には作用し得ないことが報告されている(非特許文献11)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Facchini et al.,Phytochemistry,2000,54,121−138
【非特許文献2】Kaminaga et al.,J.Biol.Chem.,2006,281,23357−23366
【非特許文献3】Voltattorni et al.,Biochemistry,1983,22,2249−2254
【非特許文献4】Christenson et al.,Arch.Biochem.Biophys.,1970,141,356−367
【非特許文献5】Moore et al.,Biochem.J.,1996,315,249−256
【非特許文献6】Nakazawa et al.,Agricultural and Biological Chemistry,1981,45,2543−2552
【非特許文献7】Marcobal et al.,FEMS Microbiol.Lett.,2006,258,144−149
【非特許文献8】Connil et al.,Appl.Environ.Microbiol.,2002,68,3537−3544
【非特許文献9】Lucas et al.,FEMS Microbiol.Lett.,2003,229,65−71
【非特許文献10】Moreno−Arribas et al.,FEMS Microbiol.Lett.,2001,195,103−107
【非特許文献11】Muller et al.,Arch.Microbiol.,2000,173,303−306
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、芳香族アミンを工業的に製造するための有効な選択肢であると考えられる。細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの単離、および単離された芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの詳細な解析により、芳香族アミンの工業的な製造に応用され得る優れた特性を有する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを得ることが可能になる。
【0015】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの単離および解析を行なうことにより、細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて、芳香族アミンの工業的な製造に応用され得る優れた特性を明らかにし、ひいては、かかる特性を利用した芳香族アミンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを単離および解析した結果、この芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼが、芳香族アミンの工業的な製造に応用され得る優れた特性を有することを見出した。本知見により、かかる特性を利用した、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンの製造方法などを開発することに成功し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0017】
〔1〕下記(A)〜(D)からなる群より選ばれるいずれかのタンパク質の存在下で、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンを合成することを含む、芳香族アミンの製造方法:
(A)配列番号2により表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(B)配列番号2により表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(C)配列番号2により表されるアミノ酸配列において、アミノ酸残基の欠失、置換、付加および挿入からなる群より選ばれる、1または数個のアミノ酸残基の変異を含むアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質;ならびに
(D)配列番号2により表されるアミノ酸配列に対して少なくとも80%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質。
〔2〕芳香族L−アミノ酸が、下記(i)あるいは(ii)のいずれかを芳香環として有する側鎖を含むα−アミノ酸である、上記〔1〕の方法:
(i)アリール基;あるいは
(ii)環構成原子として窒素原子を含有する単環式芳香族複素環基または縮合芳香族複素環基。
〔3〕芳香族L−アミノ酸が、フェニルアラニン、チロシン、ドーパ、トリプトファン、5−ヒドロキシトリプトファン、α−メチルドパ、α−メチルチロシンおよび3−メトキシヒドロキシチロシンからなる群より選ばれるいずれかである、上記〔1〕の方法。
〔4〕芳香族L−アミノ酸がドーパである、上記〔3〕の方法。
〔5〕下記(a)〜(h)からなる群より選ばれるいずれかのポリヌクレオチドを含む、発現ベクター:
(a)配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1により表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド;
(c)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して少なくとも80%以上のヌクレオチド配列同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して相補的なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;
(e)配列番号2により表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号2により表されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(g)配列番号2により表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の変異(例、欠失、置換、付加および挿入)を含むアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;ならびに
(h)配列番号2により表されるアミノ酸配列に対して少なくとも80%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
〔6〕発現ベクターが大腸菌用発現ベクターである、上記〔5〕の発現ベクター。
〔7〕発現ベクターがT7プロモータを有する、上記〔6〕の発現ベクター。
〔8〕上記〔5〕〜〔7〕のいずれかの発現ベクターが導入された形質転換体。
〔9〕形質転換体の宿主が大腸菌である、上記〔8〕の形質転換体。
〔10〕大腸菌が、T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌である、上記〔9〕の形質転換体。
〔11〕上記〔8〕〜〔10〕のいずれかの形質転換体を培地中で培養して、上記〔5〕〜〔7〕のいずれかの発現ベクター中に挿入されているポリヌクレオチドによりコードされるタンパク質を得ることを含む、タンパク質の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明の製造方法によれば、原料として芳香族L−アミノ酸を用いることにより、芳香族アミンを製造できる。シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、広い基質特異性を有するため、本発明の製造方法は、汎用性が極めて高いという利点を有する。また、シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、ドーパの脱カルボキシル化によるドパミン合成能に優れるため、本発明の製造方法は、多量のドパミンを効率的に合成できるという利点を有する。
本発明の発現ベクターおよび形質転換体によれば、シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを大量かつ効率的に製造できる。本発明はまた、このような発現ベクターおよび/または形質転換体を用いる、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの製造方法を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、シュードモナス・プチダ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて、至適pH分析の結果を示す図である。黒菱形:pH4.5〜6.5(クエン酸−リン酸);黒四角:pH6.0〜8.5(リン酸カリウム緩衝液);黒三角:pH8.0〜11.0(NHCl−NHOH)
【図2】図2は、シュードモナス・プチダ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて、pH安定性分析の結果を示す図である。使用した各緩衝液のpHは、実施例9で用いた緩衝液のpH(図1のpH)に準じている。
【図3】図3は、シュードモナス・プチダ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて、温度安定性分析の結果を示す図である。
【図4】図4は、シュードモナス・プチダ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて、至適温度分析の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.本発明に係る芳香族アミンの製造方法
本発明は、芳香族アミンの製造方法を提供する。本発明の製造方法は、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの存在下で、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンを合成することを含む。
【0021】
本明細書中で用いられる場合、用語「芳香族L−アミノ酸」とは、芳香環を有する側鎖を含むL−アミノ酸をいう。芳香族L−アミノ酸において、アミノ基と、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼにより除去されるカルボキシル基との間の位置関係は、任意であり、芳香族L−アミノ酸は、α−アミノ酸、β−アミノ酸、γ−アミノ酸等であり得る。
【0022】
本明細書中で用いられる場合、用語「芳香族アミン」とは、上記の芳香族L−アミノ酸からカルボキシル基が除去された分子構造を有するアミンをいう。
【0023】
一実施形態では、本発明の製造方法は、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの存在下で、下記式(I):
【0024】
【化2】

【0025】
〔式中、環Aは、置換されていてもよい芳香環を示し、nは、任意の整数であり、Xn、Ynは、各々独立して、水素原子、あるいは(1)ヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホニル基、カルボキシル基、またはアミノ基、あるいは(2)上記(1)の置換基で置換されていてもよいC1−6炭化水素基を示す。〕により表される芳香族L−アミノ酸から、
下記式(II):
【0026】
【化3】

【0027】
〔式中、環A、n、Xn、Ynは、上記と同義であり得る〕を合成することを含む。
【0028】
式(I)における環Aは、置換されていてもよい芳香環を示す。芳香環は、例えば、C6−14アリール基(例、フェニル、ナフチル、アントリル、フェナントリル)または芳香族複素環基であり得る。
【0029】
芳香族複素環基は、単環式芳香族複素環基または縮合芳香族複素環基であり得る。単環式芳香族複素環基は、環構成原子として炭素原子以外に酸素原子、硫黄原子および窒素原子(好ましくは、窒素原子)から選ばれるヘテロ原子を1ないし4個含有する4ないし7員(好ましくは、5または6員)の基であり得る。縮合芳香族複素環基は、上記の単環式芳香族複素環基(好ましくは、環構成原子として窒素原子を含有する基)に対応する環と、1または2個の窒素原子を含む5または6員の芳香族複素環(例、ピロール、イミダゾール、ピラゾール、ピラジン、ピリジン、ピリミジン)、1個の硫黄原子を含む5員の芳香族複素環(例、チオフェン)およびベンゼン環から選ばれる1または2個の環とが縮合した環から誘導される基であり得る。
【0030】
単環式芳香族複素環基としては、例えば、フリル、チエニル、ピリジル、ピリミジニル、ピリダジニル、ピラジニル、ピロリル、イミダゾリル、ピラゾリル、チアゾリル、イソチアゾリル、オキサゾリル、イソオキサゾリル、オキサジアゾリル、チアジアゾリル、トリアゾリル、テトラゾリル、トリアジニルが挙げられる。
【0031】
縮合芳香族複素環基としては、例えば、キノリル、イソキノリル、キナゾリル、キノキサリル、ベンゾフリル、ベンゾチエニル、ベンズオキサゾリル、ベンズイソオキサゾリル、ベンゾチアゾリル、ベンズイミダゾリル、ベンゾトリアゾリル、インドリル(例、インドール−1−イル、インドール−2−イル、インドール−3−イル、インドール−5−イル)、インダゾリル、ピロロピラジニル、イミダゾピリジニル、イミダゾピラジニル、ピラゾロピリジニル、ピラゾロチエニル、ピラゾロトリアジニルが挙げられる。
【0032】
環Aにより示される「置換されていてもよい芳香環」における「置換基」としては、例えば、以下が挙げられる:
(1)ヒドロキシル基、ハロゲン原子(例、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子)、ニトロ基、シアノ基、スルホニル基、カルボキシル基、およびアミノ基(下記(2)のC1−6炭化水素基でモノまたはジ置換されていてもよい);ならびに
(2)上記(1)の置換基で置換されていてもよいC1−6炭化水素基。
置換基が2個以上である場合、各置換基は同一でも異なっていてもよい。
【0033】
1−6炭化水素基としては、例えば、C1−6アルキル基(例、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、ヘキシル)、C2−6アルケニル基(例、ビニル、アリル)、C2−6アルキニル基(例、エチニル、プロパルギル)、C3−6シクロアルキル基(例、シクロプロピル、シクロブチル)が挙げられる。
【0034】
nは、繰返し単位の数を示す。nは、任意の整数であり得、例えば0〜5の整数、好ましくは0〜2の整数であり得る。nが0である場合、上記式(I)により表されるα−アミノ酸は、側鎖として、置換されていてもよい芳香環を有する。nが1である場合、上記式(I)により表されるα−アミノ酸は、置換されていてもよい芳香環で置換されたメチル基(XおよびYが水素原子である場合)、置換されていてもよい芳香環およびXまたはYで置換されたメチル基(XまたはYの一方が水素原子であり、他方が水素原子でない場合)、あるいは置換されていてもよい芳香環、ならびにXおよびYで置換されたメチル基(XおよびYが水素原子でない場合)を、側鎖として有する。nが2である場合、上記式(I)により表されるα−アミノ酸は、置換されていてもよい芳香環で置換されたエチル基(X、Y、XおよびYが水素原子である場合)を、側鎖として有する。
【0035】
Xn、Ynは、各々独立して、水素原子、あるいは上記(1)または(2)に示した置換基であり得る。Xn、Ynにおける「n」は、Xn、Ynがそれぞれn個存在することを示す。Xn、Ynにおける「n」は、任意の整数であり得、例えば0〜5の整数、好ましくは0〜2の整数であり得る。例えば、nが0である場合、Xn、Ynは、存在しない。nが1である場合、XおよびYは、各々独立して、水素原子、あるいは上記(1)または(2)の置換基であり得る。nが2である場合、X、Y、XおよびYが存在し、これらは、各々独立して、水素原子、あるいは上記(1)または(2)の置換基であり得る。
【0036】
理解の容易のため、n、Xn、Ynの関係をより具体的に示すと、n=2の場合、本発明の製造方法は、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの存在下で、下記式(I’):
【0037】
【化4】

【0038】
〔式中、環Aは、置換されていてもよい芳香環を示し、X、Y、XおよびYは、各々独立して、水素原子、あるいは(1)ヒドロキシル基、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、スルホニル基、カルボキシル基、またはアミノ基、あるいは(2)上記(1)の置換基で置換されていてもよいC1−6炭化水素基を示す。〕により表される芳香族L−アミノ酸から、
下記式(II’):
【0039】
【化5】

【0040】
〔式中、環A、X、Y、XおよびYは、上記と同義であり得る〕を合成することを含む。
【0041】
別の実施形態では、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸は、芳香環として、(i)アリール基、あるいは(ii)環構成原子として窒素原子を含有する単環式芳香族複素環基または縮合芳香族複素環基(例、上述の単環式芳香族複素環基または縮合芳香族複素環基)を有する側鎖を含むアミノ酸であり得る。このような芳香族L−アミノ酸の好ましい例としては、フェニルアラニン、チロシン、ドーパ、トリプトファン、5−ヒドロキシトリプトファン、α−メチルドパ、α−メチルチロシンおよび3−メトキシヒドロキシチロシンが挙げられる。
【0042】
本発明の製造方法では、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの存在下で、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンが合成される。
【0043】
一実施形態では、本発明の製造方法に用いられ得る芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、種々の酵素学的特性を有するタンパク質であり得る。このような酵素学的特性としては、至適pH、pH安定性、至適温度、温度安定性、分子量、活性、Km値が挙げられる。
【0044】
本明細書中で用いられる場合、用語「pH安定性」とは、該当するpH領域において、タンパク質を24時間インキュベートした場合、初期活性の60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは100%の活性を保持し得ることをいう。換言すれば、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、初期活性の60%以上の活性を保持する場合、pH約5.8〜約11.0においてpH安定性を示し得、初期活性の80%以上の活性を保持する場合、pH約6.0〜約11.0においてpH安定性を示し得、初期活性の90%以上の活性を保持する場合、pH約7.8〜8.2においてpH安定性を示し得、初期活性の100%以上の活性を保持する場合、pH約7.0においてpH安定性を示し得る。したがって、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、pH約5.8〜約11.0において24時間インキュベートされた場合、初期活性の少なくとも60%の活性を保持し得るpH安定性を示す。
【0045】
本明細書中で用いられる場合、用語「至適pH」とは、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼが最大活性を示し得るpHをいう。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの至適pHは、pH約7.3〜約9.5の範囲中の任意のpH値であり得るが、好ましくは、pH約7.5〜約8.3の範囲中の任意のpH値であり得、より好ましくは、pH約7.8〜約8.2の範囲中の任意のpH値であり得、さらにより好ましくは、pH約8.0であり得る。
【0046】
本明細書中で用いられる場合、用語「温度安定性」とは、該当する温度範囲において、タンパク質を30分間インキュベートした場合、初期活性の60%以上、好ましくは80%、より好ましくは90%以上の活性を保持し得ることをいう。換言すれば、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、初期活性の60%以上の活性を保持する場合、約0〜約52℃の温度安定性を示し得、初期活性の80%以上の活性を保持する場合、約0〜約50℃の温度安定性を示し得、初期活性の90%以上の活性を保持する場合、約0〜約47℃の温度安定性を示し得る。したがって、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、約0〜約52℃で1時間インキュベートされた場合、初期活性の少なくとも60%の活性を保持し得る温度安定性を示す。
【0047】
本明細書中で用いられる場合、用語「至適温度」とは、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼが最大活性を示し得る温度をいう。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの至適温度は、約39〜約63℃の範囲中の任意の温度であり得るが、好ましくは、約45〜約61℃の範囲中の任意の温度であり得、より好ましくは、約49〜約60℃の範囲中の任意の温度であり得、さらにより好ましくは、約55℃であり得る。
【0048】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの分子量は、単量体としては、例えば約40〜約65kDa、好ましくは約45kDa〜約60kDa、より好ましくは約50〜約55kDaであり得る。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの分子量はまた、二量体としては、例えば約80〜約130kDa、好ましくは約90kDa〜約120kDa、より好ましくは約100〜約110kDaであり得る。
【0049】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、各基質について優れたKm値を有し得る。具体的には、ドーパに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのKm値は、例えば約1.0mM以下、好ましくは約0.01〜約1.0mM、より好ましくは約0.05〜約0.5mMであり得る。5−HTPに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのKm値は、例えば約5.0mM以下、好ましくは約0.005〜約5.0mM、より好ましくは約0.1〜約1.0mMであり得る。PheおよびTrpに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのKm値は、それぞれ、例えば約50mM以下、好ましくは約1.0〜約50.0mM、好ましくは約5.0〜約30.0mM、より好ましくは約8.0〜約25.0mMであり得る。
【0050】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、各基質について優れたVmax値(nmol/分/mg芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ)を有し得る。具体的には、ドーパに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値は、例えば約500以上、好ましくは約1000以上、より好ましくは約1500以上、さらにより好ましくは約2000以上であり得る。ドーパに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値はまた、約10000以下、例えば約5000以下であり得る。5−HTPに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値は、例えば約10以上、好ましくは約20以上、より好ましくは約50以上、さらにより好ましくは約80以上であり得る。5−HTPに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値はまた、約500以下、例えば約200以下であり得る。Pheに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値は、例えば約50以上、好ましくは約100以上、より好ましくは約200以上、さらにより好ましくは約400以上であり得る。Pheに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値はまた、約2000以下、例えば約1000以下であり得る。Trpに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値は、例えば約0.5以上、好ましくは約1.0以上、より好ましくは約2.0以上、さらにより好ましくは約4.0以上であり得る。Trpに対する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのVmax値はまた、約30以下、例えば、約15以下であり得る。
【0051】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有し得る。本明細書中で用いられる場合、用語「芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性」とは、芳香族L−アミノ酸からカルボキシル基を除去して、芳香族アミンに変換する触媒活性をいう。
【0052】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、広い基質特異性および優れた活性を有し得る。例えば、基質特異性については、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、上記式(I)により表される化合物を基質として、上記式(II)により表される化合物を合成し得る。優れた活性については、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、特にドーパをドパミンに変換する触媒活性に優れる。脊椎動物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼが、脊椎動物の内因性物質であるドーパを、脊椎動物の神経伝達物質であるドパミンに変換する触媒活性を有している点は理解できるが、シュードモナス属に属する細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼが、脊椎動物の神経伝達物質であって、かつ微生物の内因性物質でないドパミンの合成能に優れているという点は、驚くべきことであり、予想外であった。
【0053】
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、シュードモナス(Pseudomonas)属の細菌に由来し得る。より具体的には、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)、好ましくは、シュードモナス・プチダKT2440株に由来し得る。
【0054】
別の実施形態では、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、下記(A)〜(D)からなる群より選ばれるいずれかであるタンパク質であり得る:
(A)配列番号2により表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(B)配列番号2により表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(C)配列番号2により表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の変異(例、欠失、置換、付加および挿入)を含むアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質;あるいは
(D)配列番号2により表されるアミノ酸配列に対して所定のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質。
【0055】
本発明においては、タンパク質(A)と実質的に同一のタンパク質も用い得る。タンパク質(A)と実質的に同一のタンパク質として、(B)〜(D)に示すタンパク質が提供される。アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、用語「1又は数個」は、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造や活性を大きく損なわない範囲を示すものである。タンパク質の場合における用語「1又は数個」が示す数は、例えば、1〜100個、好ましくは1〜70個、より好ましくは1〜40個、より好ましくは1〜20個、好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個である。タンパク質(B)〜(D)は、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を保持し得る限り、特に限定されないが、上述の1以上の特性(例、pH安定性)をさらに保持していてもよい。ただし、タンパク質(B)〜(D)の場合、55℃、pH8.0の条件下で、タンパク質(A)の半分程度以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を保持していることが望ましい。
【0056】
タンパク質(A)と実質的に同一である芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、部位特異的変異法等の変異導入法により、または精製用配列等のタグ配列を有する発現ベクターに、当該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入することにより得られる。また、上記のような改変されたアミノ酸配列を有するタンパク質は、従来知られている突然変異処理によっても取得され得る。突然変異処理としては、タンパク質(A)をコードするDNAをヒドロキシルアミン等でインビトロ処理する方法、及びタンパク質(A)をコードするDNAを保持する大腸菌を、紫外線照射またはN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)もしくは亜硝酸等の通常人工突然変異に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。
【0057】
また、上記のような変異には、微生物の種あるいは菌株による差等、天然に生じる変異も含まれる。上記のような変異を有するDNAを適当な細胞で発現させ、発現産物の本酵素活性を調べることにより、タンパク質(A)と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。
【0058】
アミノ酸残基が置換により変異される場合、アミノ酸残基の置換は、保存的置換であってもよい。本明細書中で用いられる場合、用語「保存的置換」とは、所定のアミノ酸残基を、類似の側鎖を有するアミノ酸残基で置換することをいう。類似の側鎖を有するアミノ酸残基のファミリーは、当該分野で周知である。例えば、このようなファミリーとしては、塩基性側鎖を有するアミノ酸(例、リジン、アルギニン、ヒスチジン)、酸性側鎖を有するアミノ酸(例、アスパラギン酸、グルタミン酸)、非荷電性極性側鎖を有するアミノ酸(例、グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システイン)、非極性側鎖を有するアミノ酸(例、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファン)、β位分岐側鎖を有するアミノ酸(例、スレオニン、バリン、イソロイシン)、芳香族側鎖を有するアミノ酸(例、チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジン)、ヒドロキシル基(例、アルコール性、フェノール性)含有側鎖を有するアミノ酸(例、セリン、スレオニン、チロシン)、及び硫黄含有側鎖を有するアミノ酸(例、システイン、メチオニン)が挙げられる。好ましくは、アミノ酸の保存的置換は、アスパラギン酸とグルタミン酸との間での置換、アルギニンとリジンとヒスチジンとの間での置換、トリプトファンとフェニルアラニンとの間での置換、フェニルアラニンとバリンとの間での置換、ロイシンとイソロイシンとアラニンとの間での置換、及びグリシンとアラニンとの間での置換であり得る。
【0059】
また、タンパク質(A)とそれぞれ実質的に同一のタンパク質として、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%、96%、97%、98%または99%以上のアミノ酸配列同一性(identity)を有するタンパク質が挙げられる。なお、本明細書において、アミノ酸配列の同一性の計算は、株式会社ゼネティックスのソフトウェアGENETYX Ver7.0.9を使用し、ORFにコードされるポリペプチド鎖全長を用いて、Unit Size to Compare=2の設定でMarching countをpercentage計算させた際の数値である。
【0060】
本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、精製用タグを含んでいてもよい。精製用タグに親和性を有する物質(例えば、Ni2+レジン、タグに特異的な抗体)を用いることで、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを、より簡便に単離、精製することができる。精製用タグとしては、例えば、ヒスチジンタグ、マルトース結合タンパク(MBP)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、カルモジュリン結合ペプチド(CBP)、Strep−tag II、FLAGが挙げられるが、付加されるアミノ酸配列が短く、多くの場合除去する必要がない、および特異的な抗体や精製用担体も複数の市販品が入手可能であり、安価である等の理由より、ヒスチジンタグが好ましい。
【0061】
反応液中の芳香族L−アミノ酸の濃度は、特に制限されず、適宜設定できる。芳香族L−アミノ酸はまた、反応中に適宜補充されてもよい。さらに、芳香族L−アミノ酸は、遊離の塩基および塩のいずれの形態でも用いることができる。
【0062】
反応液中の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの濃度は、反応が進行し得る限り、特に限定されない。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼはまた、上記のような反応を触媒し得る状態で反応系内に存在すれば、その形態に特に限定はない。すなわち、タンパク質の存在下で反応を行う際の、反応系内におけるタンパク質の具体的な存在形態としては、例えば、タンパク質を生産する微生物を含む培養物、その培養物から分離された微生物菌体、菌体処理物などが含まれる。微生物を含む培養物とは、微生物を培養して得られる物のことであり、より具体的には、微生物菌体、その微生物の培養に用いた培地および培養された微生物により生成された物質、及びこれらの混合物などのことをいう。また、微生物菌体は洗浄し、洗浄菌体として用いてもよい。また、菌体処理物には、菌体を破砕、溶菌、凍結乾燥したものなどが含まれ、さらに菌体などを処理して回収される無細胞抽出物や粗精製タンパク質、これらをさらに精製した精製タンパク質などが含まれる。精製処理されたタンパク質としては、各種精製法によって得られる部分精製タンパク質等を使用してもよいし、これらを共有結合法、吸着法、包括法等によって固定化した固定化タンパク質を使用してもよい。また、使用する微生物によっては、培養中に一部、溶菌するものもあるので、この場合には培養液上清もタンパク質含有物として利用し得る。
【0063】
本発明の製造方法におけるpHは、より多量の芳香族アミンを芳香族L−アミノ酸から効率的に製造するという観点から、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのpH安定性および至適pHを考慮して、適宜設定できる。本発明の製造方法は、例えばpH約6.0〜約11.0、好ましくはpH約7.0〜約9.5、より好ましくはpH約7.5〜約8.5、さらにより好ましくはpH約8.0の条件下で行なわれ得る。
【0064】
本発明の製造方法における温度は、より多量の芳香族アミンを芳香族L−アミノ酸から効率的に製造するという観点から、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの温度安定性および至適温度を考慮して、適宜設定できる。本発明の製造方法は、例えば約20℃〜約65℃、好ましくは約30℃〜約60℃、より好ましくは約35℃〜約55℃の条件下で行なわれ得る。
【0065】
本発明の製造方法では、反応液中に、反応の進行に必要な成分(例、ピリドキサール−5’−ホスフェート(PLP))をさらに含み得る。
【0066】
本発明の製造方法において、反応時間は、製造されるべき芳香族アミン量に応じて適宜設定できる。反応は、静置または攪拌状態で行われ得る。
【0067】
本発明の製造方法により製造された芳香族アミンは、公知の方法により容易に反応液から分離精製できる。例えば、イオン交換カラムクロマトグラフィーにより精製後、濃縮し、有機溶媒中で結晶体を得ることができる。
【0068】
2.本発明に係る発現ベクター、形質転換体、およびこれらの調製
本発明は、芳香族アミンの製造に有用な発現ベクターおよび形質転換体を提供する。
【0069】
本発明の発現ベクターは、下記(a)〜(h)からなる群より選ばれるいずれかのポリヌクレオチドを含む。
(a)配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1により表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド;
(c)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して少なくとも80%以上のヌクレオチド配列同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して相補的なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;あるいは
(e)〜(h)上記〔A〕〜〔D〕のいずれかのタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【0070】
上記(a)〜(h)のポリヌクレオチドは、DNAまたはRNA、またはそれらの混合物であってもよい。
【0071】
本発明の発現ベクターの調製方法を説明する。上記ポリヌクレオチドは、定法により単離できる。例えば、配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるDNAは、Pseudomonas putidaの染色体DNA、もしくはDNAライブラリーから、PCRまたはハイブリダイゼーションによって取得することができる。また、配列番号1に記載されたヌクレオチド配列に基づいてプライマーまたはハイブリダイゼーション用のプローブを設計することもでき、あるいはプローブを使って単離することもできる。
【0072】
本発明の発現ベクターはまた、上記ポリヌクレオチド(a)と実質的に同一のポリヌクレオチドをコードしていてもよい。ポリヌクレオチド(a)と実質的に同一のポリヌクレオチドとして、例えば、上記ポリヌクレオチド(b)〜(h)が挙げられる。
【0073】
上記の上記ポリヌクレオチド(d)では、ポリヌクレオチド(a)に対するヌクレオチド配列同一性が、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%、96%、97%、98%または99%以上であり得る。なお、本明細書において、ヌクレオチド配列同一性は、ORF全体(終止コドンを含む)において、株式会社ゼネティックスのソフトウェアGENETYX Ver7.0.9を使用し、Unit Size to Compare = 6、pick up location=1の設定でpercentage計算させた数値により判定され得る。
【0074】
「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。このような条件は、6×SSC(塩化ナトリウム/クエン酸ナトリウム)中、約45℃でのハイブリダイゼーション、続いて、0.2×SSC、0.1%SDS中、50〜65℃での1または2回以上の洗浄であり得る。このような条件でハイブリダイズする遺伝子の中には途中にストップコドンが発生したものや、活性中心の変異により活性を失ったものも含まれるが、それらについては、市販の発現ベクターにつなぎ、適当な宿主で発現させて、発現産物の酵素活性を後述の方法で測定することによって容易に取り除くことができる。
【0075】
なお、上記ポリヌクレオチド(b)〜(h)は、それらによりコードされるタンパク質が芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を保持し得る限り、特に限定されないが、上述の1以上の特性をさらに保持するタンパク質をコードしていてもよい。ただし、上記ポリヌクレオチド(b)〜(h)の場合、55℃、pH8.0の条件下で、タンパク質(A)の半分程度以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、さらにより好ましくは95%以上の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を保持しているタンパク質をコードすることが望ましい。
【0076】
次に本発明の製造方法に用いられる発現ベクターおよび形質転換体の作製方法について、上記(A)のタンパク質を一例として説明する。他の変異型タンパク質についても同様に実施し得る。
【0077】
上記(A)のタンパク質を発現する形質転換体は、上記のいずれかのヌクレオチド配列を有するポリヌクレオチドを組み込んだ発現ベクターを作製し、これを用いて作製することができる。例えば、配列番号1に示されるヌクレオチド配列を有するDNAを組み込んだ発現ベクターを作製して適切な宿主に導入することにより、(A)のタンパク質を発現する形質転換体を得ることができる。配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるDNAにより特定されるタンパク質を発現させるための宿主としては、例えば大腸菌(Escherichia coli)、コリネバクテリウム属細菌、及びバチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)をはじめとする種々の原核細胞、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、ピヒア・スティピティス(Pichia stipitis)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)をはじめとする種々の真核細胞を用い得る。多量のタンパク質を効率的に製造するという観点からは、宿主としては、大腸菌が好ましい。
【0078】
配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるDNAを宿主に導入するために用いる発現ベクターは、発現させようとする宿主の種類に応じたベクターに、これらのDNAを、DNAがコードするタンパク質が発現可能な形態で挿入することで調製し得る。
【0079】
形質転換される宿主は、上述したとおりであるが、大腸菌について詳述すると、BL21株またはその亜株(例、BL21(DE3)株、BL21(DE3)pLysS株)、JM109株、DH5α株、HB101株などから選択することができる。多量のタンパク質を効率的に製造するという観点からは、宿主としては、BL21株またはその亜株が好ましい。形質転換を行う方法、および形質転換体を選別する方法は、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 3rd edition, Cold Spring Harbor press (2001/01/15)などにも記載されている。以下、形質転換された大腸菌を作製し、これを用いて所定の酵素を製造する方法を、一例としてより具体的に説明する。
【0080】
本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼをコードするDNAを発現させるプロモータは、通常、大腸菌における異種タンパク質生産に用いられるプロモータを使用することができ、例えば、T7プロモータ、lacプロモータ、trpプロモータ、trcプロモータ、tacプロモータ、ラムダファージのPRプロモータ、PLプロモータ、T5プロモータ等の強力なプロモータが挙げられる。大量の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの効率的な製造という観点からは、T7プロモータの使用もまた好ましい。この場合、宿主としては、T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌を用いることもまた、好ましい。T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌としては、例えば、BL21株またはその亜株(例、BL21(DE3)株)が挙げられる。
【0081】
生産量を増大させるためには、融合タンパク質遺伝子の下流に転写終結配列であるターミネータを連結することが好ましい場合がある。このターミネータとしては、T7ターミネータ、fdファージターミネータ、T4ターミネータ、テトラサイクリン耐性遺伝子のターミネータ、大腸菌trpA遺伝子のターミネータが挙げられる。大量の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの効率的な製造という観点からは、T7ターミネータの使用もまた好ましい。
【0082】
発現ベクターはまた、転写開始および転写終結のための部位、および翻訳に必要とされ得るリボソーム結合部位、複製起点、選択マーカー遺伝子、精製用タグ(例、ヒスチジンタグ)のコーディング領域などを含み得る。選択マーカー遺伝子としては、宿主として大腸菌を用いた場合に、形質転換された大腸菌を選別できるものである限り特に限定されないが、例えば、アンピシリン、テトラサイクリン、カナマイシン、スペクチノマイシン、エリスロマイシン、クロラムフェニコール、カルベニシリン等の抗生物質に対する耐性遺伝子が挙げられる。
【0083】
ベクターとしては、例えば、pET、pUC、pBR、pHSG、RSF、pACYC、pMW、pQEおよびその誘導体を用いてもよい。大量の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの効率的な製造という観点からは、pETの使用もまた好ましい。この場合、宿主としては、T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌の使用もまた好ましい。
【0084】
所定の活性を有する目的タンパク質をコードするDNA断片と、ベクターDNAとを連結して発現ベクターを得る。得られた発現ベクターを用いて大腸菌を形質転換し、この大腸菌を培養すると、所定のタンパク質が製造される。
【0085】
上記精製用タグとの融合タンパク質として発現させた場合、血液凝固因子Xa、カリクレインなどの、目的タンパク質内に存在しない配列を認識配列とする制限プロテアーゼを用いて目的タンパク質を切り出せるようにしてもよい。
【0086】
生産培地としては、M9−カザミノ酸培地、LB培地など、大腸菌を培養するために通常用いる培地を用いてもよい。また、培養条件、生産誘導条件は、用いたベクターのマーカー、プロモータ、宿主菌等の種類に応じて適宜選択する。
【0087】
目的タンパク質を回収するには、以下の方法などがある。目的タンパク質が菌体内に可溶化されていれば、菌体を回収した後、菌体を破砕あるいは溶菌させ、粗酵素液として使用できる。さらに、必要に応じて、通常の沈澱、濾過、カラムクロマトグラフィー等の手法により、目的タンパク質を精製して用いることも可能である。この場合、目的タンパク質の抗体を利用した精製法も利用できる。
【0088】
本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、形質転換体を用いて、大量に効率的に製造できる。例えば、従来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ(例、ブタ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ)の収量は、大腸菌で発現させた場合、少量である(非特許文献5)。一方、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの収量は、大腸菌で発現させた場合、多量である。したがって、本発明の製造方法で用いられる芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの発現系は、従来の発現系に比し、大量の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを効率的に製造できるという利点を有する。より多量の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを効率的に製造するという観点からは、宿主として大腸菌(例、T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌)および大腸菌用発現ベクター(例、T7プロモータを有する発現ベクター)の組合せを用いることもまた好ましい。
【実施例】
【0089】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0090】
[実施例1]P.putida KT2440由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのクローニング
微生物、特に細菌に由来する芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼに関しては未だ詳細な性状解析が行われていない。芳香族アミンおよびその誘導体の効率的生産において微生物を用いた発酵・酵素合成法は極めて有効な選択肢であり,微生物、特に細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについて詳細な知見を得ることは重要である。そこで、細菌由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼを解析した。
【0091】
ブタ腎臓由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼのアミノ酸配列を用いて細菌の全ゲノム配列データベースよりホモログを探索したところ、入手可能であった菌株群のうちPseudomonas putida KT2440株ならびにMicroscilla marina SIO−8株において高い相同性を示す機能未知ORFの存在が明らかとなった(P.putida KT2440,相同性39%[locus_tag:PP_2552];M.marina SIO−8,相同性40%[locus_tag:M23134_00483])。
【0092】
1.1 ゲノムDNAに対するPCR反応
P.putida KT2440のゲノムDNAから、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼホモログをPCRで増幅した。PCR用酵素には、PrimeSTAR Max DNA Polymerase(タカラバイオ)を使用した。PCR条件は、98℃で10秒間、55℃で5秒間、72℃で10秒間を30サイクルであった。PCRに用いた各プライマーの詳細は、以下のとおりであった。
【0093】
プライマー1:AAACCCCATATGACCCCCGAACAATTCCG(配列番号3:NdeI切断部位を含む)
プライマー2:AAAGGATCCTCAGCCCTTGATCACGTCCTG(配列番号4:BamHI切断部位を含む)
プライマー3:AAAGGATCCTCAGTGGTGGTGGTGGTGGTGGCCCTTGATCACGTCCTG(配列番号5:BamHI切断部位を含む)
【0094】
プライマー1およびプライマー2によるPCR産物は、制限酵素処理後、pET−16bプラスミドに対するライゲーションに使用した。プライマー1およびプライマー3によるPCR産物は、pET−3aに対するライゲーションに使用した。pET−3aはヒスチジンタグをコードするヌクレオチド配列を有しないため、プライマー3中に、ヒスチジンタグをコードするヌクレオチド配列GTGGTGGTGGTGGTGGTG(配列番号6)を付加した。
【0095】
1.2 制限酵素処理
増幅した芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼホモログを含む各種PCR断片およびベクター(pET−3a,pET−16b;Merck)を制限酵素で切断した。切断には、BamHI(TOYOBO)およびNdeI(New England Biolabs)を用いた。
【0096】
1.3 ライゲーションおよび大腸菌DH5αの形質転換
ライゲーションには、タカラバイオ社のDNA Ligation Kit<Mighty Mix>を使用した。ライゲーション反応は、各溶液を16℃で30分以上インキュベートすることで行った。DH5αの形質転換および形質転換体の培養は、定法により行った。
【0097】
1.4 プラスミドの抽出およびインサートの確認
プラスミドの抽出は、Wizard Plus SV Minipreps DNA Purification System(Promega)を用いて行った。
【0098】
抽出後のプラスミドについて、ライゲーションが適切に行われたことを確認する目的で、制限酵素処理(BamHI,NdeI)後に、アガロースゲル電気泳動を行った。その結果、目的遺伝子が、pET−16b(N末端側にヒスチジンタグが付加)、pET−3a(C末端側にヒスチジンタグが付加)に正確に導入されたことが示唆された。
【0099】
次いで、抽出後のプラスミドの残りを、シーケンス解析に使用した。シーケンス解析のサーマルサイクル反応には、BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit (Applied Biosystems)を用いた。シーケンス解析では、PCRにより増幅したインサートのDNA配列をゲノムデータベース上のDNA配列と比較し,相違がないことを確認した。芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼホモログのDNA配列およびその推定アミノ酸配列を、それぞれ、配列番号1および配列番号2により示す。
【0100】
[実施例2]P.putida KT2440由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの酵素活性の確認
2.1 大腸菌BL21(DE3)の形質転換および培養
実施例1で得られたプラスミドを用いてBL21(DE3)の形質転換を行い,芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼホモログの発現株を構築した。培養は、定法により行い、IPTGを用いて、芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼホモログの発現を誘導した。18℃で一晩培養後、菌体を回収した。
【0101】
2.2 TLCによるアミン生成確認
各プラスミド導入後のBL21(DE3)の無細胞抽出液について、芳香族アミン生成活性を、TLCにより確認した。酵素反応における基質として、3,4−ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)、フェニルアラニン(Phe)、トリプトファン(Trp)およびチロシン(Tyr)を用いた。
【0102】
TLCによるアミン生成活性の確認は、以下のとおり行った。先ず、上記2.1で回収された菌体を、菌体破砕用緩衝液〔50mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM ピリドキサール−5’−ホスフェート(PLP)および0.02mM EDTA〕中に懸濁した。Vibra cell(マイクロテック・ニチオン)を用いて、超音波により菌体を破砕した。菌体の破砕は、40A(10W)、4分、4秒間隔で行った。次いで、各基質を含む酵素反応液〔50mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、1mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP〕を調製した。酵素反応液中、基質濃度は、2.5mM(DOPA、PheおよびTrp)、または1mM(Trp)であった。菌体破砕後の酵素溶液を、総容量の1/5量添加し、反応を開始した。1時間または20時間の反応後、反応溶液を、TLCプレート(Silica gel 60;MERCK)に1μlスポットした。プレートの乾燥後、展開溶媒(1−ブタノール:酢酸:水=4:1:1)を用いて、反応溶液を展開した。展開後のプレートに、0.2%ニンヒドリン溶液(エタノール中に溶解)を噴霧し、プレートの乾燥後、100℃のホットプレート上で加熱し、各アミノ酸およびアミンを検出した。
【0103】
その結果、C末端ヒスチジンタグ融合型酵素発現株(pET−3a/BL21(DE3))の無細胞抽出液について、1時間反応させた場合、DOPAおよびPheにおいてアミンの生成が確認された。一方、1時間反応させた場合、TrpおよびTyrでは対応するアミンの生成が確認されなかった。20時間反応させた場合、Tyrにおいてチラミンに相当するスポットが確認されたが、Trpについては、トリプタミンのスポットを確認できなかった。
【0104】
続いて、N末端ヒスチジンタグ融合型酵素発現株(pET−16b/BL21(DE3))の無細胞抽出液を用いて、TLCによる酵素反応の確認を行った。上述したように、本酵素のTyrへの反応性が低いことを考慮し、本株については20時間反応後の溶液のみをスポットした。
【0105】
その結果、N末端ヒスチジンタグ融合型酵素発現株(pET−16b/BL21(DE3))の無細胞抽出液について、DOPAおよびPheにおいてアミンの生成が確認された。一方、Tyrではアミンの生成がわずかに確認され、Trpではアミンの生成が確認できなかった。DOPAについては全てドパミンに変換されていたことから、本酵素のDOPAに対する高い反応性が示唆された。
【0106】
なお、C末端ヒスチジンタグ融合型酵素発現株およびN末端ヒスチジンタグ融合型酵素発現株の無細胞抽出液では、同一基質からのアミンの生成に顕著な差は見出されなかったことから、ヒスチジンタグ付加部位による酵素活性への影響は小さいと考えられた。
【0107】
以上より、クローニングされたP.putida KT2440由来遺伝子が芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼをコードしていることが実証された。
【0108】
[実施例3]ヒスチジンタグ付加部位による発現量の比較
ヒスチジンタグを付加した部位によって発現の程度が異なるかどうかを検証した。上記2.1で回収された菌体を、比較に用いた。具体的には、菌体を含む溶液を遠心分離し、上清を除去した。得られた菌体を、上述した菌体破砕用緩衝液中に懸濁し、再度、遠心分離した。上清を除去後、菌体を、上述した菌体破砕用緩衝液中に再懸濁した。次いで、超音波により、菌体を破砕した(40A[10W]、4分、4秒間隔)。破砕後の菌体残渣を遠心分離し、可溶画分および不溶画分を、SDS−PAGEに供して、両画分中の量を比較した。
【0109】
その結果、ヒスチジンタグをC末端側(pET−3a)およびN末端側(pET−16b)に付加したいずれの場合においても、菌体破砕後の可溶性画分では同程度の酵素量を示した。一方、不溶性画分では、N末端側にヒスチジンタグを付加した場合に、酵素量がやや多かった。
【0110】
SDA−PAGEを利用した本実験およびTLCを利用した実施例2の実験の結果より、ヒスチジンタグ付加部位による、可溶体の量および活性の顕著な差が確認されなかったことから、いずれの発現系を用いても、タグ部位が酵素機能に影響を及ぼす可能性は少ないものと考えられた。したがって、ヒスチジンタグを除去する可能性を考慮し、ヒスチジンタグ付加部位近傍にFactor Xa切断部位を有するN末端ヒスチジンタグ付加型酵素を、以降で使用した。
【0111】
[実施例4]大腸菌を用いた、P.putida KT2440由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの大量発現系の構築
実施例3までの手法で作製したN末端ヒスチジンタグ融合型芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ発現株を大量培養した。具体的には、BL21(DE3)形質転換株を、25mlの液体LB培地(アンピシリン含有)に植菌し、25℃で一晩前培養した。得られた培養液を、660mlまたは1000mlの液体LB培地(アンピシリン含有)に接種した。18℃で振盪培養し、OD600nm=0.3〜0.5の時点で、IPTGを、終濃度0.5mMとなるように添加した。18℃で約20時間振盪培養した後、菌体を、遠心分離により回収した。
【0112】
[実施例5]P.putida KT2440由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの精製
本酵素を、3段階のクロマトグラフィーを経て精製した。具体的には、Ni−NTA(QIAGEN)を用いたアフィニティークロマトグラフィー、Mono Q 4.6/100 PE(GE Healthcare)を用いた陰イオン交換クロマトグラフィー、およびSuperdex 200 10/300 GL(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィーにより、本酵素を精製した。
【0113】
5.1 アフィニティークロマトグラフィーによる精製
以下の操作は、4℃で行った。先ず、実施例4に記載される方法による大量培養後に回収した菌体を、溶解緩衝液(50mM NaHPO・2HO、300mM NaCl、10mM イミダゾール、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP(pH8.0))200ml中に懸濁した。超音波により、菌体を破砕した(40A[10W]、4分、4秒間隔)。破砕した菌体を、遠心分離し、上清をNi−NTA担体にアプライした。非吸着画分を、Ni−NTAカラムに、さらに2回アプライした。洗浄緩衝液(50mM NaHPO・2HO、300mM NaCl、20mM イミダゾール、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP(pH8.0))でカラムを洗浄した。溶出緩衝液(50mM NaHPO・2HO、300mM NaCl、250mM イミダゾール、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP(pH8.0))で、酵素を溶出させ、チューブに分取した。酵素を含む画分を、SDS−PAGEより判別し、酵素を含む画分を合わせた。最後に、透析用緩衝液(20mM Tris−HCl(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP)中で、合わせた画分を透析した。
【0114】
5.2 陰イオン交換クロマトグラフィーによる精製
以下の操作は、4℃で行った。先ず、透析後のサンプルを回収し、緩衝液A(20mM Tris−HCl(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、1mM EDTA、0.2mM PLP)、および緩衝液B(20mM Tris−HCl(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、1mM EDTA、1M NaCl、0.2mM PLP)を用いてMonoQカラムでクロマトグラフィーを行った。本クロマトグラフィーは、AKTA Explorer 10S(GE Healthcare)を用いて行い、流速を0.4ml/分とし、NaCl終濃度が、0.5Mの直線勾配となるように設定した。次いで、MonoQ溶出後の各画分を、SDS−PAGEに供した。酵素を含む各画分を、SDS−PAGEより判別し、酵素を含む画分を合わせた。最後に、合わせた画分を濃縮した。濃縮には、Amicon Ultra 10K Nominal Molecular Weight Limit Device(MILLIPORE)を使用した。分子量10,000の限外濾過により濃縮した。
【0115】
5.3 ゲル濾過クロマトグラフィーによる精製
以下の操作は、4℃で行った。先ず、濃縮後のサンプル約1mlを、ゲル濾過用緩衝液(20mM Tris−HCl(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、1mM EDTA、150mM NaCl、0.2mM PLP)を用いてゲル濾過処理に付した(流速0.4ml/分にて溶出)。酵素を含む各画分を、SDS−PAGEより判別し、酵素を含む画分を合わせた。
【0116】
上記5.3で得られた画分を合わせた溶液を、SDS−PAGEに供したところ、単一の明確なバンドが確認された(約50〜55kDaの分子量)。したがって、酵素が均一に精製されたことが確認された。
【0117】
ブタ由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの収量は、大腸菌で発現させた場合、5リットルの培養物から約4mgであった(約0.8mgタンパク質/1リットル培養物)と報告されている(非特許文献5)。一方、本酵素の収量は、大腸菌で発現させた場合、1リットルの培養物から約20mgであった(約20mgタンパク質/1リットル培養物)。したがって、本発現系が、大量の本酵素を効率的に製造するための系として非常に優れていることが示された。
【0118】
[実施例6]サブユニット数の決定
ゲル濾過クロマトグラフィーにより、本酵素のサブユニット数を決定した。ゲル濾過には、Superdex 200 10/300 GL(GE Healthcare)を用いた。溶出液には、上記ゲル濾過用緩衝液を使用した。サブユニット数の決定のための標準タンパク質として、オブアルブミン、コンカナバリン、フェリチンを用いた。
【0119】
ゲル濾過クロマトグラフィーの結果によると、本酵素の分子量は、約121kDaであった。一方、本酵素のアミノ酸組成およびSDS−PAGEの結果に基づくと、本酵素のサブユニットの分子量は、約53kDaであった。したがって、本酵素が2量体を形成していることが示唆された。動植物由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼもまた、2量体を形成することが報告されており(Burkhard et al.,Nature Structural Biology,2001,8,963−967;Facchini et al.,Phytochemistry,2000,54,121−138)、本酵素もまた、類似する4次構造を有することが示唆された。
【0120】
[実施例7]PLPコンテンツの評価
芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、一般的に、PLPを補酵素とするビタミンB6酵素であること、およびリジン残基のε位のアミノ基を介してPLPと結合することが知られている。本酵素と高い相同性を持つブタ腎臓由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼの大腸菌組み換え体では、酵素サブユニットあたり1分子のPLPが結合することが報告されている(Moore et al.,Biochemical Journal,1996,315,249−256)。本酵素のアミノ酸配列をブタ由来酵素のものと比較したところ、配列番号2により表されるアミノ酸配列において295番目のリジン残基がPLPと結合すると予想された。そこで、本酵素のサブユニットとPLPとの結合比(PLPコンテンツ)を確認した。
【0121】
先ず、アポ酵素の取得(硫酸アンモニウムを用いる方法およびヒドロキシルアミンを用いる方法)ならびにPLP連続滴下によるTitrationを試みたが、本法では適切なPLP結合比が算出されなかった。そのため、以下に記載される、酵素をアルカリ変性させる手法により、PLPコンテンツを評価した。
【0122】
アルカリ条件下において酵素を変性させてPLPを遊離させた。先ず、酵素緩衝液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、200μM PLP)を、PD−10脱塩カラム(Sephadex G−25[GE Healthcare])にアプライした。次いで、PLPを含まない緩衝液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、4mM 2−メルカプトエタノール)を用いて酵素を溶出させた。溶出後の酵素濃度が100μMとなるように同じ緩衝液を用いて溶液量を調整し、終濃度0.1Nとなるように1N NaOHを添加してPLPを遊離させた。最後に、遊離PLPを、HPLCにて検出した。遊離PLPのHPLC検出条件は、以下のとおりであった。
【0123】
<遊離PLPのHPLC検出条件>
カラム:Inertsil ODS−3(GL Science)
緩衝液A:10mM リン酸ナトリウム(pH5.0)
緩衝液B:100%メタノール
温度:40℃
流速:0.5ml/分
波長:388nm
【0124】
その結果、2回の測定において、100μMの酵素試料から95μMおよび115μMのPLPが遊離し、酵素とPLPとの結合比が1対1であることが強く示唆された。したがって、大腸菌の形質転換体から得られた組換え酵素がPLPと正常に結合していると考えられた。
【0125】
[実施例8]酵素を用いた反応系における基質および生成物の検出法の確立
酵素の性状解析に先立ち、HPLCによる、各基質に最適な生成物の検出法を確立した。早い溶出時間に現れる高ピークが、基質であるアミノ酸に対応しており、2番目に高いピークが、生成物であるアミンに対応していた。基質と生成物との間で、保持時間にも十分な開きがあった。
【0126】
本実験により定められたHPLC分離条件は、以下のとおりである。5−HTP、DOPA、Trp、およびTyrについては、いずれも280nmにおける吸収を測定した。一方、Pheは同波長での吸収を示さないため、6−アミノキノリル−N−ヒドロキシスクシンイミジル・カルバメート(AccQ−tag)による誘導体化を行った後、蛍光による検出を行った。Pheの誘導体化は、AccQ・FluorTM Reagent Kit(Waters)を用いて行った。
【0127】
(5−HTP、DOPA、およびTyrのHPLC分離条件)
カラム:Discovery HS F5(SUPELCO)
緩衝液A:10mM 硫酸アンモニウム(pH3.0)
緩衝液B:100%アセトニトリル
温度:35℃
流速:0.5ml/分
波長:280nm
【0128】
(TrpのHPLC分離条件)
カラム:ODS−80Ts(東ソー)
緩衝液A:0.2%トリエチルアミン(pH8.5)
緩衝液B:100%アセトニトリル
温度:50℃
流速:0.4ml/分
波長:280nm
【0129】
(PheのHPLC分離条件)
カラム:AccQ Tag Amino Acid Analysis Column(Waters)
緩衝液A:AccQ Tag Eluent A
緩衝液B:60%アセトニトリル
温度:40℃
流速:1.0ml/分
波長:励起(250nm)、発光(395nm)
【0130】
以下に記載される、酵素の性状解析(至適pH、pH安定性、至適温度、温度安定性)においては、各種緩衝液に対する安定性を考慮し、5−HTPを共通の基質として用いた。pH安定性の分析を除き、酵素の希釈には、酵素希釈用緩衝液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP)を用いた。
【0131】
[実施例9]至適pHの分析
先ず、酵素反応溶液(50mM 種々のpHの緩衝液、1mM 5−HTP、2mM 2−メルカプトエタノール、0.05mM PLP、0.5μM 酵素)を調製した(酵素のみ後に添加)。酵素反応溶液中、種々のpHの緩衝液の詳細は、pH4.5〜6.5(クエン酸−リン酸)、pH6.0〜8.5(リン酸カリウム緩衝液)、pH8.0〜11.0(NHCl−NHOH)であった。各pHの緩衝液において、pHを、0.5間隔で調整した。酵素反応溶液を、30℃、3分間プレインキュベートした後、酵素反応溶液に酵素を添加し、30℃で反応を開始した。反応開始0、10、20、30分後でサンプリング(終濃度0.1M HClで反応停止)し、HPLCにアプライした。生成アミンの検出には、実施例8に記載される方法を用いた。本酵素は、後述のようにDOPAに対して最も高い反応性を有するが、DOPAは、高pHで不安定であるため、性状解析には、5−HTPを使用した。結果を、表1、図1に示す。なお、本実験では、酵素がリン酸カリウム緩衝液(pH7.0)中に溶解しており、酵素添加後に反応溶液のpHが変動することが想定された。そこで、各反応溶液に酵素を添加した際のpH変化についても調べ、表1には実測したpH値を記載している。
【0132】
【表1】

【0133】
その結果、本酵素は、pH8.0で最も高い活性を示した。pH5.5以下ではアミン生成が全く確認されず,アルカリ条件下ではpH10.7まで活性が認められた。
【0134】
[実施例10]pH安定性の分析
先ず、pHの異なる複数の酵素インキュベート用溶液(50mM 種々のpHの緩衝液、4mM 2−メルカプトエタノール、0.2mM PLP、10μM 酵素)を調製し、各酵素インキュベート用溶液で酵素を希釈した。酵素インキュベート用溶液中、使用した各緩衝液は、実施例9で用いた緩衝液に準じた。次いで、pHの異なる各希釈液を、4℃で一晩静置した。pH安定性分析用溶液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、1mM 5−HTP、2mM 2−メルカプトエタノール、0.05mM PLP、0.5μM 酵素)を用いて、酵素反応溶液を調製した(酵素のみ後に添加)。本実験では、実施例9の結果より、酵素反応は、pH8.0で行った。反応液を30℃、3分間プレインキュベートした後、希釈した酵素を添加して、30℃で反応を開始した。反応開始30分後でサンプリング(終濃度0.1M HClで反応を停止)し、HPLCにアプライした。生成アミンの検出には、実施例8に記載される方法を用いた。pH安定性分析で使用した基質は、実施例9における至適pH分析と同様に5−HTPであった。結果を、表2、図2に示す。本実験においても、実施例9と同様に、酵素の添加に伴う反応溶液のpH変化を調べ、表2には実測したpH値を記載した。
【0135】
【表2】

【0136】
その結果、本酵素は、pH7.0で最も高い安定性を示した。本酵素は、酸性条件下で不安定であったが、pH6.0以上では、約80%の相対活性を示した。本酵素は、pH6.0〜10.81で安定であった。
【0137】
[実施例11]温度安定性の分析
実施例8に記載される酵素希釈用緩衝液を用いて、酵素を希釈した。20〜60℃(5℃間隔)ごとに希釈酵素液を30分間静置した。温度安定性分析用溶液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、1mM 5−HTP、2mM 2−メルカプトエタノール、0.05mM PLP、3μM 酵素)を用いて、酵素反応溶液を調製した(酵素のみ後に添加)。反応溶液を30℃、3分間プレインキュベートした後、各温度条件下に置いた酵素を添加し、30℃で反応を開始した。10、20分後にサンプリング(終濃度0.1M HClで反応を停止)し、HPLCにアプライした。結果を、表3、図3に示す。
【0138】
【表3】

【0139】
その結果、本酵素は、20〜45℃の範囲にわたって高い安定性を示し、50℃付近から活性が低下しはじめ、50〜55℃にかけて安定性が著しく低下した。本酵素は、60℃でインキュベートした場合、完全に失活した。
【0140】
[実施例12]至適温度の分析
温度安定性分析用溶液と同様の組成である温度安定性分析用溶液を用いて、酵素反応溶液を調製した(酵素のみ後に添加)。反応溶液を各温度条件(20〜60℃;5℃間隔)で3分間プレインキュベートした後、酵素を添加して各温度で反応を開始した。1分後に終濃度0.1MとなるようにHClを添加し、反応を停止した。各サンプルをHPLCにアプライした。結果を、表4、図4に示す。
【0141】
【表4】

【0142】
その結果、本酵素は、55℃で最も高い活性を示した。
【0143】
[実施例13]酵素学的パラメータの決定
酵素学的パラメータの決定は、5−HTP、DOPA、Phe、Trp、およびTyrに対して行った。各基質濃度における反応速度を測定し、Lineweaver−Burk plotに従いKmおよびkcatを算出した(n=2)。
【0144】
[酵素反応]
酵素反応溶液(50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、2mM 2−メルカプトエタノール、0.05mM PLP、種々の濃度の各基質、酵素)を調製した(酵素のみ後に添加)。各反応溶液を30℃、3分間プレインキュベートした後、酵素を添加して反応を開始した。終濃度0.1M HClで反応を停止し、各サンプルをHPLCにアプライした。各基質濃度における反応速度を、表5に示す。表5のデータを利用してLineweaver−burk plotにより算出された酵素学的パラメータを、表6に示す。
【0145】
【表5】

【0146】
【表6】

【0147】
その結果、DOPAにおけるkcat/Km値は、他の基質に比して高く、本酵素のDOPAに対する高い反応性が明らかとなった。TrpおよびTyrに対する酵素の反応性は低かった。なお、Tyrは溶解度が低いため、調製可能な基質終濃度が最高で1.5mMであった。一方、予備実験から概算されたTyrのKm値は、数十mMであった(データ示さず)。したがって、本実験では、Tyrについて、Km値をその範囲に含む濃度の条件を設定できなかったことから、Km、Vmax、およびkcatの各酵素学的パラメータを算出せず、kcat/Kmのみを記載した。
【0148】
先行研究から、植物由来の芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼについては、DOPAに対して作用するタイプ、およびTrpのみに作用するタイプが報告されている(非特許文献1)。一方、ブタ腎臓由来芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼは、DOPA、5−HTP、およびTyrなど複数の基質に対して反応することが確認されており、DOPAについて、Km=0.18(mM)、Vmax=2386(nmol/分/mg)が報告されている(非特許文献3)。本実験で用いたP.putida KT2440由来酵素は、複数の基質に作用し、さらにDOPAに対する各パラメータ(Km、Vmax)は、非特許文献3の報告に類似する傾向があった。これらの結果より、本酵素は、ブタ腎臓由来酵素(即ち、動物型酵素)に類似した性質を有することが示唆された。
【0149】
[実施例14]類似基質に対する作用
酵素学的パラメータ算出実験で用いた5種のアミノ酸に加え、類似基質に対する本酵素の作用について調べた。
本実験の基質には、α−メチルドパ、α−メチルチロシン、および3−メトキシヒドロキシチロシンを使用した。なお、α−メチルドパおよびα−メチルチロシンについては、生成物であるアミン(α−メチルドパミンおよびα−メチルチラミン)が標品として入手不能であった。そのため、これらについては、酵素反応条件と対照条件の溶出ピークとを観察し、両結果を比較して反応の有無を確認した。HPLCにおける溶出条件は、DOPAおよびTyrと同様であった。いずれの基質とも、対照条件においては60℃で1時間処理した不活性化酵素を添加した。酵素反応液の組成は、50mM リン酸カリウム緩衝液(pH8.0)、2mM 2−メルカプトエタノール、0.05mM PLP、5mM 種々の基質(α−メチルチロシンのみ2mM)、10μM 酵素であった。α−メチルチロシンについては、溶解度が低いため、最終濃度を2mMとした。
【0150】
[酵素反応]
上記の酵素反応溶液を調製した(酵素のみ後に添加)。酵素もしくは不活性化酵素を添加し、30℃で反応を開始した。一晩反応させた後、終濃度0.1MとなるようHClを添加し、反応を停止した。各サンプルをHPLCにアプライした。
【0151】
その結果、α−メチルドパ、α−メチルチロシン、および3−メトキシヒドロキシチロシンの全てについて、酵素の作用が確認された。具体的には、5mMの3−メトキシチロシンの存在下で20時間の反応を行ったところ、34.2μMの3−メトキシチラミンが生成した(反応速度0.053nmol/min/mg)。今回の3−メトキシチロシンに関する実験結果から算出された反応速度は、実施例13で用いられた5つの基質で算出された反応速度(表6)と比べ、低い値を示した。
【0152】
一方、α−メチルドパおよびα−メチルチロシンについても、基質標品とは異なる位置にピークが検出された。質量分析を行なったところ、これらの基質に対応するアミン(α−メチルドパミンおよびα−メチルチロシン)が生成したことを示すマススペクトルデータが得られた。これらの結果は、α−メチルドパおよびα−メチルチロシンを基質として用いた酵素反応により、α−メチルドパミンおよびα−メチルチロシンが生成したことを示す。以上より、本酵素は、5種のアミノ酸の類似化合物を基質とし得ることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(A)〜(D)からなる群より選ばれるいずれかのタンパク質の存在下で、芳香族L−アミノ酸から芳香族アミンを合成することを含む、芳香族アミンの製造方法:
(A)配列番号2により表されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(B)配列番号2により表されるアミノ酸配列を含むタンパク質;
(C)配列番号2により表されるアミノ酸配列において、アミノ酸残基の欠失、置換、付加および挿入からなる群より選ばれる、1または数個のアミノ酸残基の変異を含むアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質;ならびに
(D)配列番号2により表されるアミノ酸配列に対して少なくとも80%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有する、タンパク質。
【請求項2】
芳香族L−アミノ酸が、下記(i)あるいは(ii)のいずれかを芳香環として有する側鎖を含むα−アミノ酸である、請求項1記載の方法:
(i)アリール基;あるいは
(ii)環構成原子として窒素原子を含有する単環式芳香族複素環基または縮合芳香族複素環基。
【請求項3】
芳香族L−アミノ酸が、フェニルアラニン、チロシン、ドーパ、トリプトファン、5−ヒドロキシトリプトファン、α−メチルドパ、α−メチルチロシンおよび3−メトキシヒドロキシチロシンからなる群より選ばれるいずれかである、請求項1記載の方法。
【請求項4】
芳香族L−アミノ酸がドーパである、請求項3記載の方法。
【請求項5】
下記(a)〜(h)からなる群より選ばれるいずれかのポリヌクレオチドを含む、発現ベクター:
(a)配列番号1により表されるヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1により表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチド;
(c)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して少なくとも80%以上のヌクレオチド配列同一性を有するヌクレオチド配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;
(d)配列番号1により表されるヌクレオチド配列に対して相補的なヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードする、ポリヌクレオチド;
(e)配列番号2により表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号2により表されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(g)配列番号2により表されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基の変異(例、欠失、置換、付加および挿入)を含むアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;ならびに
(h)配列番号2により表されるアミノ酸配列に対して少なくとも80%以上のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ芳香族L−アミノ酸デカルボキシラーゼ活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項6】
発現ベクターが大腸菌用発現ベクターである、請求項5記載の発現ベクター。
【請求項7】
発現ベクターがT7プロモータを有する、請求項6記載の発現ベクター。
【請求項8】
請求項5〜7のいずれか一項記載の発現ベクターが導入された形質転換体。
【請求項9】
形質転換体の宿主が大腸菌である、請求項8記載の形質転換体。
【請求項10】
大腸菌が、T7 RNAポリメラーゼを発現する大腸菌である、請求項9記載の形質転換体。
【請求項11】
請求項8〜10のいずれか一項記載の形質転換体を培地中で培養して、請求項5〜7のいずれか一項記載の発現ベクター中に挿入されているポリヌクレオチドによりコードされるタンパク質を得ることを含む、タンパク質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−130744(P2011−130744A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−295296(P2009−295296)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】