説明

芳香族ポリエステル架橋フィルム

【課題】電離放射線の照射によって得られる芳香族ポリエステルの架橋フィルムにおいて、高度な架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下を抑制することによって力学特性や耐熱性等が高く保持された芳香族ポリエステル架橋フィルムを提供すること。
【解決手段】酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)とを、分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%以下となるように配合、溶融成形して得られるフィルムを電離放射線照射してなることを特徴とする芳香族ポリエステル架橋フィルム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は芳香族ポリエステル架橋フィルムに関するものである。さらに詳しくは、未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと比較して、高度な架橋度を有すると同時に強度及び伸度の低下の少ない、耐熱性に優れ、機械部品、電気製品部品、特に電気絶縁材料の用途に使用することが可能な芳香族ポリエステル架橋フィルムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
芳香族ポリエステル樹脂、例えばポリエチレンテレフタレートやポリナフチレンテレフタレートはその優れた力学特性、耐熱性、耐溶剤性、電気特性等を活かして電気・電子部品、自動車部品等の分野で既に広く用いられているが、熱可塑性樹脂であるが故に、融点以上の温度では熱溶融流動を起こしてしまい、成形品としての力学特性等はもとより形状も保持できなくなる。一方、架橋構造を導入して耐熱性の向上を図ると架橋処理に起因する強度及び/又は伸度の低下という副作用が生じ、強度及び伸度の保持と耐熱性との両立が困難であるという問題がある。
【0003】
従来より、芳香族ポリエステルに架橋剤を添加したり、あるいは架橋性基を含有するモノマーを共重合するなどして架橋可能な樹脂組成物を得て成型した後に紫外線や電離放射線等によって分子鎖間を架橋させることによって、耐熱性等をより向上させる技術が種々開発されてきた(例えば特許文献1〜7参照)。しかしながら、紫外線を用いて架橋した場合には架橋度が低い成形体しか得られず(例えば特許文献8〜9参照)、架橋度を向上するために過度の架橋剤の添加や共重合による結晶性の低下といった手段を用いた場合には顕著な強度および/または伸度の低下が起こる例が見られる(例えば特許文献10〜11参照)。このように従来は強伸度の保持と架橋度ひいては耐熱性を併せ持つ材料が得られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭53−92894号公報
【特許文献2】特公昭61−57851号公報
【特許文献3】特公平6−84446号公報
【特許文献4】特開昭63−22841号公報
【特許文献5】特開平2−199708号公報
【特許文献6】特開2003−128741号公報
【特許文献7】特開2003−327713号公報
【特許文献8】特開昭54−135398号公報
【特許文献9】特開昭54−134780号公報
【特許文献10】特開昭55-53804号公報
【特許文献11】特開昭55−86005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、その目的は、電離放射線の照射によって得られる芳香族ポリエステルの架橋フィルムにおいて、高度に向上された架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下の少ない芳香族ポリエステル架橋フィルムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、かかる目的を達成するために、鋭意研究を重ねた結果、原料ポリエステルの酸価に適切な架橋を実現する範囲があり、さらにこの酸価の値に合わせた適切な量の反応性基を有する架橋剤を添加して電離放射線による架橋をすることによって得られる芳香族ポリエステル架橋フィルムであれば、本課題を解決することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の構成よりなる。
1.酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)とを、分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%以下となるように配合、溶融成形して得られるフィルムを電離放射線照射してなることを特徴とする芳香族ポリエステル架橋フィルム。
2.上記芳香族ポリエステル架橋フィルムよりなる電気絶縁材料。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高度な架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下の少ない芳香族ポリエステル架橋フィルムを提供できる。高度な架橋度は優れた耐熱性、特に芳香族ポリエステルの融点以上においても形態を保持することが可能な耐熱性を発現することができ、また強度および伸度の低下を抑制することによって後工程での加工性・ハンドリング性等が高く保持された芳香族ポリエステル架橋フィルムを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明について詳細に説明する。上記のとおり本発明は、未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと比較して、高度な架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下の少ない、耐熱性に優れ、機械部品、電気製品部品、特に電気絶縁材料の用途に使用することが可能な芳香族ポリエステル架橋フィルムに関するものであり、酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)とを、分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上かつ分子(B)を樹脂(A)の2重量%以下となるように配合、溶融成形して得られるフィルムを電離放射線照射してなることを特徴とする芳香族ポリエステル架橋フィルムである。
【0010】
本発明における酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とは芳香族ジカルボン酸成分とジオール成分との重縮合物であって公知の物を含め特に限定されるものではない。芳香族ジカルボン酸成分としては、テレフタル酸、イソフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、5−ナトリウムスルホイソフタル酸等を用いることができる。中でもテレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸が好ましい。ジオール成分としては、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ネオペンチルグリコールなどの脂肪族ジオール;シクロヘキサンジオール、シクロヘキサンジメタノール等の脂環族ジオール;ナフタレンジオール、ビスフェノールA、レゾルシンなどの芳香族ジオール等を用いることができる。中でもエチレングリコール、トリメチレングリコール、テトラメチレングリコール、ネオペンチルグリコールなどの脂肪族ジオールが好ましい。芳香族ジカルボン酸およびジオール成分は、芳香族ポリエステル樹脂をフィルムに成形した際の強度および伸度が所望の範囲に入るよう考慮して選択することができる。これらの中で好ましく用いられる芳香族ポリエステルは、主たる繰り返し単位がエチレンテレフタレート、プロピレンテレフタレート、ネオペンチルテレフタレート、ビスフェノールAテレフタレート、エチレンナフタレート、ネオペンチルテレナフタレートから選ばれる少なくとも1種以上である。該芳香族ポリエステルは力学特性や耐熱性、耐溶剤性、耐候性、低臭・低吸着性等に優れるだけでなく、成形性にも優れていることから好適に用いることができる。
【0011】
本発明で使用する芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸価は、5当量/10g以上30当量/10g以下である。好ましくは、酸価が8当量/10g以上30当量/10g以下である。芳香族ポリエステル(A)の酸価が上記上限を超えると、架橋度が上がりすぎて成形体の弾性率および伸度の低下や、ゲル発生にともなう溶融粘度の上昇など溶融成形加工性の低下をもたらす。芳香族ポリエステル(A)の酸価が上記下限未満の場合には、芳香族ポリエステル樹脂(A)と分子(B)のエポキシ基の反応が進まず、架橋後の網目構造に組み込まれるポリエステルの量が不足して充分なゲル分率すなわち耐熱性が得られない。
【0012】
さらに上記芳香族ポリエステル中には少量の他の任意の重合体や酸化防止剤、ラジカル捕捉剤、制電剤、染色改良剤、染料、顔料、艶消し剤、蛍光増白剤、不活性微粒子その他の添加剤が含有されてもよい。
【0013】
前記芳香族ポリエステルは、特別な重合条件を採用する必要はなく、芳香族ジカルボン酸成分および/またはそのエステル形成性誘導体とジオール成分との反応生成物(オリゴマー)を重縮合してポリエステルにする際に採用される任意の方法で合成することができる。上記オリゴマー生成反応を行う際に上記ジオール成分を上記酸成分の2倍等量より多量、好ましくは2.05〜3倍、より好ましくは2.1〜2.2倍用いたり、該反応の時間を充分長く取ることにより、好適な酸価のポリエステル樹脂を得ることができる。重合の装置は回分式であっても連続式であってもよい。さらに液相重縮合工程で得られたポリエステルを粒状化し予備結晶化させた後に不活性ガス雰囲気下あるいは減圧真空下、融点以下の温度で固相重合することもでき、固相重合によってもポリエステルの酸価を調整することができる。
【0014】
重合触媒は所望の触媒活性を有するものであれば特に制限されないが、アンチモン化合物、チタン化合物、ゲルマニウム化合物、アルミニウム化合物等を好ましく用いることができる。これらは単独でも、または2種類以上を併用してもよく、使用量としてはポリエステルを構成する芳香族ジカルボン酸成分に対して0.002〜0.1モル%が好ましい。
【0015】
アリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)に使用できる分子としては、公知のものを含め特に制限されるものではないが、モノグリシジルジアクリレエト、モノグリシジルジメタクリレエト、ジアリルグリシジルエーテル、2,6−ジアリルフェニルグリシジルエーテル、2,4,6−トリアリルフェニルグリシジルエーテル、2,4−ジビニルフェニルグリシジルエーテル、3,5−ジビニルフェニルグリシジルエーテル、1,4−ジグリシジルオキシ−2−アリルベンゼン、4−ビニル−1−シクロヘキセン−1−エポキシド、4−ビニル−1−シクロヘキセン−2−エポキシド、1−エポキシシクロヘキシル−2,4−ジエチルアクリレエト、1−エポキシシクロヘキシル−2,5−ジエチルアクリレエト、1−エポキシシクロヘキシル−3,5−ジエチルアクリレエト、1−エポキシシクロヘキシル−2,4−ジエチルメタアクリレエト、1−エポキシシクロヘキシル−2,5−ジエチルメタアクリレエト、1−エポキシシクロヘキシル−3,5−ジエチルメタアクリレエト、モノグリシジルジアクリルシアヌレエト、モノグリシジルジメタクリルシアヌレエト、モノグリシジルジアリルシアヌレエト、モノグリシジルジアクリロイルシアヌレエト、ジクロチルモノグリシジルシアヌレエト、モノグリシジルジアリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジアクリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジメタクリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジアクリロイルイソシアヌレエト、及び上記化合物のグリシジル基を2,3−エポキシブチル基、2,3−エポキシ−2−メチルプロピル基、2,3−エポキシ−2−メチルブチル基等で置き換えた化合物、N,N−ジアリルグリシジルオキシベンズアミド、N,N−ジアリルグリシジルオキシイソフタラミド、N,N−ジアリルグリシジルオキシテレフタラミド、ジアリルグリシジルアミン、ジアリルビスフェノールAグリシジルエーテル、ジアクリルビスフェノールAグリシジルエーテル、ジメタクリルビスフェノールAグリシジルエーテルなどが例示され、これらを後述するように精製して使用することが好ましい。
【0016】
上記化合物のうち好ましくは、ジアリルフェニルグリシジルエーテル、モノグリシジルジアリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジアクリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジメタクリルイソシアヌレエト、モノグリシジルジアクリロイルイソシアヌレエト、ジアリルビスフェノールAモノグリシジルエーテル等を、後述するように精製して用いることが好ましい。上記化合物は単独で用いても構わないし2種類以上を併用して用いても構わない。
【0017】
上記で例示した分子は、通常、分子中にエポキシ基を一個有するものだけでなく、不純物としてエポキシ基を二個以上有するもの、0個のものを含む。エポキシ基はポリエステルの酸末端と反応するが、エポキシ基を二個以上含有する分子はポリエステルの鎖延長剤として働き、架橋度を著しく増大させて結果的に伸度低下を引き起こすだけでなく、溶融成型時の粘度増加によって溶融混練押出機の背圧上昇による長期操業性の低下や成形加工性の低下、溶融成型機内の異常長時間滞留によるポリエステルの着色や炭化物の発生による汚染をもたらすため好ましくない。エポキシ基を二個以上含有する分子は、不純物量程度の微量でも存在すると上記の好ましくない影響の原因となるため取り除くことが好ましい。エポキシ基を二個以上含有する分子を取り除くことにより、全体として、エポキシ基の平均含有量が1個未満の分子(B)を得ることができる。精製手段としては、カラムクロマト分離、膜分離、蒸留、分別沈殿など公知の手段を用いることができる。
【0018】
上述したように、工業原料における不純物の存在とその精製に着目し、化学反応式から導かれる最適エポキシ当量の1.0ではなく平均一個未満の分子(B)を使用すればよいことを見出した。しかしながら将来、工業原料の製法の進化などにより、実質的にエポキシ基の平均含有量が1.0個であり、エポキシ基を二個以上含む不純物分子の混在しない材料が経済的に安定供給されるようになったような場合には、当然そのような実質的にエポキシ基の平均含有量が1.0個の材料も使用でき、この場合には上記の精製の手間を省くことができて好ましい。
エポキシ基の平均含有個数は、限りなく1.0に近いことが好ましい。エポキシ基の平均含有個数の下限は特に制限されないが、好ましくは0.5以上、より好ましくは0.8以上、さらに好ましくは0.9以上である。0.5以上であれば効率的にポリマー鎖の架橋を実現でき、0.5未満の場合には架橋剤の必要配合量が増やさなければならない等好ましくない。
【0019】
本発明においてアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)のエポキシ基は、芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端と付加反応せしめて用いられる。エポキシ基の付加反応条件は芳香族ポリエステルのカルボキシ末端と効率よく反応する条件であれば特に限定されるものではないが、芳香族ポリエステル樹脂の融点以上において反応させることができる。
分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%以下となるように配合する。好ましくは分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.3倍以上であり、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の1.5重量%以下になるよう配合することが好ましい。
分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上配合することにより、ポリエステル酸末端への分子(B)の付加反応率を向上することができるだけでなく、過剰に添加した分子(B)が電子線照射によるポリエステルの主鎖切断で新たに生じる酸末端およびアリル末端と架橋反応し架橋密度を向上させるとともに主鎖切断のデメリットを補填することに寄与するので好ましい。分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍未満の場合には、ポリエステル末端への付加反応率が下がったり、上記の主鎖切断補填効果が少なすぎて架橋密度が不足し充分な耐熱性が得られないので好ましくない。分子(B)を芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%を超えて添加した場合には、過度の架橋による伸度の低下を招くだけでなく、成形体を製造する際の熱による樹脂のゲル化を引き起こし易くなり好ましくない。
芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸価が高く、分子(B)の重量あたりのエポキシ当量が低い場合には、場合によっては、1.1倍当量以上、2重量%以下に分子(B)を配合することができない場合もあるが、そのような場合には、より酸価の低い芳香族ポリエステル樹脂(A)の選択および/または重量当たりのエポキシ当量がより大きい分子(B)の組み合わせに変更することにより、分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端に対して1.1倍以上、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%以下となるように調整して配合することができる。
芳香族ポリエステル樹脂(A)と分子(B)を1〜20分間程度、溶融混練りすることが好ましい。このとき、付加反応を促進する触媒を所定量添加しても構わない。該触媒は特に限定されるものではなく、例えば、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物、イミダゾール化合物、第4級アンモニウム塩、ホスフィン化合物、ホスホニウム塩、リン酸エステル、有機酸、ルイス酸などを用いることができる。これらは1種類または2種類以上を併用して用いることができる。
【0020】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、電離放射線による架橋処理を行なう前にフィルムに成形加工されるが、これらの成形方法は常法の方法を採用することができる。予め酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)とを、分子(B)のエポキシ基の数が(A)樹脂の酸末端数に対して1.1倍以上かつ分子(B)が樹脂(A)の2重量%以下となるように配合して溶融混練しペレット化しておき、これを原料として成形加工する方法や、芳香族ポリエステル樹脂(A)を溶融成形する際に、分子(B)を混練り機に直接添加し溶融混練し引き続いて成形する方法などを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。またフィルムやシートなどの成形加工の場合、所望の物性に応じて延伸倍率を設定し、熱延伸および熱固定を行なうこともできる。
【0021】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは電離放射線を照射することによって分子(B)のアリル基部分同士および電離放射線照射によるポリエステル主鎖切断の結果生じたアリル末端に架橋構造を形成せしめたものであるが、この電離放射線としては照射エネルギーの透過力が大きい電子線やγ線が好ましい。
【0022】
この電離放射線の照射は本発明のフィルムを作製する任意の工程で照射することが可能であるが、電離放射線の照射効率や品質安定、さらには経済効率を考慮して決定することが望ましく、一般的には各成形過程を経て最終成形品となった状態の物に対して照射することが好ましい。電離放射線の照射線量は架橋度と主鎖切断量と密接に関係する。電離放射線の照射線量は、成形体中のアリル基の含有量や照射時の雰囲気温度、照射雰囲気の酸素濃度、さらには成形品の形状などに応じて適宜設定することができるが、20〜1000kGyであることが好ましい。照射線量が20kGy未満の場合には、架橋度が不十分となる恐れがあり、また1000kGyを超えると、芳香族ポリエステル分子鎖の主鎖分解が顕著になり好ましくない。また電離放射線の照射プロセスは一般的に常温で行われるプロセスであるが、0℃以上、上記芳香族ポリエステルの溶融温度以下の任意の温度環境下において照射することができる。また電離放射線を照射する雰囲気ガスには特に限定はないが、酸素による酸化分解およびラジカル捕捉を抑制するために酸素濃度は低いことが好ましい。好ましい酸素濃度は5000ppm以下であり、より好ましくは1000ppm以下である。
【0023】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムの厚みは、好ましくは5μm以上500μm以下であり、7μm以上250μm以下がより好ましい。芳香族ポリエステル架橋フィルムの厚みが上記上限を超えると、電離照射線照射時に厚み方向の温度むらができて架橋度のむらの原因となったり、フレキシビリティが低下してロール状に巻いたときの巻き癖が取れにくいなど後加工上の問題が発生したりする恐れがある。また、厚みが上記下限未満では、静電気による皺がつきやすいなどハンドリングに特殊な工夫を要する傾向にあるため好ましくない。
【0024】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、フェノール/テトラクロルエタン混合溶液(重量比60/40)を用いて測定したゲル分率(架橋度)が30%以上かつ70%未満であることが好ましい。芳香族ポリエステル架橋フィルムのゲル分率(架橋度)は、芳香族ポリエステル架橋フィルムを溶媒で加熱溶解した後の不溶解物の重量%すなわちゲル分率で表すことができ、さらに詳しくは、架橋フィルムの粉砕物0.1g(秤量)に25mlのフェノール/テトラクロルエタン混合溶液(重量比60/40)の混合溶媒を加え、90℃で100分間処理した後、細孔サイズが120μm以下のガラスフィルターで不溶解物を吸引ろ過し、これを減圧乾燥した後の不溶解物の重量%で表すことができる。本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムのゲル分率(架橋度)は30%以上70%未満であることが好ましく、より好ましくは40%以上60%以下である。30%未満でも耐熱性が向上する場合もあるが、融点以上でもより安定して熱溶融流動性が抑制され、高度に形態保持性を保つためには30%以上であることが好ましい。一方70%を超えると、室温の破断伸度保持率が低下するため好ましくない傾向にある。
【0025】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、破断伸度保持率が100%以上および破断応力保持率が70%以上であることが好ましい。ここで、破断伸度保持率、破断応力保持率とは、分子(B)を添加せずに製膜した芳香族ポリエステルフィルムの破断応力および破断伸度に対する、分子(B)を添加して製膜・電子線照射した芳香族ポリエステル架橋フィルムの破断応力および破断伸度の割合をいう。
【0026】
また、本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと比較して、溶融流動開始温度が40℃以上上昇することが好ましい。ここで、溶融流動開始温度とは、一定温度に設定可能なホットプレートにサンプルを1分間置いた後、熱溶融流動しているかを光学顕微鏡にて判断し、熱流動が生じている温度を熱流動開始温度(℃)のことをいう。
【0027】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、従来の未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと比較して、高度な架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下が少ないため、一時的に芳香族ポリエステルの融点以上の異常な高温にさらされた場合にも、垂れ流れや穴あき、流失などが生じることがなく、標準的な使用温度に復帰後、所定の性能を発揮でき、しかも従来の未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと同等の工程通過性や耐破断性を保持できるので、機械部品や電気製品部品、特に電気絶縁材料の用途に使用することが可能である。電気絶縁用途の例としてはコンデンサー絶縁フィルム、電気絶縁テープ、コイル用絶縁フィルム、電気部品用絶縁フィルムなどがあげられ、特に異常発熱時の耐絶縁破壊性および組み立て工程におけるコイル挿入時の耐破断性に優れることから、モータコイル等に使用される電気絶縁用部材に好適に用いられる。
【実施例】
【0028】
以下に実施例を示し本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。なお各種特性の評価は下記の方法に従った。
【0029】
(1)固有粘度〔IV〕
ポリマーを0.4g/dlの濃度でパラクロロフェノール/1,1,2,2−テトラクロロエタン=3/1(重量比)の混合溶媒に溶解し30℃において測定した値(dl/g)である。
【0030】
(2)酸価
凍結粉砕した後、十分乾燥しポリマーサンプル0.1g(秤量)を10mlのベンジルアルコールで加熱溶解した後、フェノールフタレインを指示薬として0.1NのNaOHのメタノール/ベンジルアルコール=1/9(重量比)溶液で滴定して測定した値(当量/10g)である。
また、酸価が低い芳香族ポリエステルについては、H−NMR測定より評価することが好ましい。
<H−NMR測定(Bruker社製AVANCE 500MHz)>
試料15mgを試料管に入れ、CDCl3+HFIP-h2(1+1)0.12mlを加えて溶解した後、さらにCDCl3 0.48ml、TEA(トリエチルアミン)0.2M/CDCl3溶液を35μl添加してよく混合した後、H-NMR測定を行った。
ポリエチレンテレフタレートの場合、両方の酸がEG又はDEGとエステル結合したテレフタル酸のCHプロトンのピークと、二個の酸のうち一方のみがEG又はDEGとのエステルであるテレフタル酸のエステル結合した酸が結合した炭素の隣のCHプロトンのピークを合わせた積分強度をAとし、二個の酸のうち一方のみがEG又はDEGとのエステルであるテレフタル酸のCOOHが結合した炭素の隣のCHプロトンのピークの積分強度をBとしたとき、AV (eq./ton) = ((B/2)/((B/2)+(A−B)/4))×(1,000,000/192)より酸価を算出した。
【0031】
(3)ポリマーの融点
試料を300℃で2分間加熱溶融した後、液体窒素で急冷して得たサンプル10mgを用い、窒素気流中、示差走査型熱量計(DSC)を用いて20℃/分の昇温速度で発熱・吸熱曲線(DSC曲線)を測定したときの、融解に伴う吸熱ピークの頂点温度を融点Tm(℃)とした。
【0032】
(4)ゲル分率(架橋度)
試料約1gを液体窒素温度に冷却し、フリーザーミル(SPEX製Certi Prep 6750)を用いて-196℃で5分間振とうすることによって冷凍粉砕し、ドライエア中などの乾燥雰囲気下で室温に戻した後、100℃、0.1Torrで14時間減圧乾燥して粉末状の試料とした。この試料0.1g(秤量)に25mlのフェノール/テトラクロルエタン混合溶液(重量比60/40)の混合溶媒を加え90℃で100分間浸漬した後、30℃で30分間おき、ガラスフィルターで吸引ろ過した残渣を100℃、0.1Torrで16時間減圧乾燥した後の、不溶解物の重量%をゲル分率(%)とした。
【0033】
(5)溶融流動開始温度
一定温度に設定可能なホットプレートにサンプルを1分間置いた後、熱溶融流動しているかを光学顕微鏡にて判断し、熱流動が生じている温度を熱流動開始温度(℃)とした。
【0034】
(6)破断応力および伸度の保持率
オリエンティック社製「テンシロン」を用い、試料長20mm(チャック間長さ)、伸長速度100%/分の条件で、応力−歪曲線を雰囲気温度20℃、相対湿度65%条件下で測定し、破断点での応力を試料断面積で割り返した値を破断応力とし、破断点での試料の伸びを伸長前の試料長で割り返した値を破断伸度として求めた。
なお、各値は5回の測定の平均値を使用した。アリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)を添加せずに製膜したフィルムの破断応力および破断伸度に対する、上記分子(B)を添加して製膜・電子線照射したフィルムの破断応力および破断伸度の割合をそれぞれ破断応力保持率(%)および破断伸度保持率(%)とした。なおフィルム製膜機におけるフィルムの流れ方向を縦方向(TD)、フィルム面内でこれと直交する方向を横方向(MD)と記述する。
【0035】
(7)エポキシ基の平均含有個数
Varian社製200MHz核磁気共鳴分析機GEMINI-200を用い、試料8mgを重クロロホルム0.7mlに溶かし、緩和時間5秒、室温の条件で測定したプロトンNMRチャートの、4.45-6.0ppmの積分強度の和をa、2.6-3.4ppmの積分強度の和をbとしたとき、次式で定義されるxを試料に含まれるエポキシ基の平均含有個数とした。
x = 10b / 3a
【0036】
(実施例1)
反応器にテレフタル酸100モル部、エチレングリコール210モル部、三酸化アンチモン0.025モル部、安定剤としてトリエチルアミン0.3モル部をとり、250℃、内圧2.5kg/cm2で150分間脱水反応を行った。その後、徐々に昇温および減圧し275℃、0.1mmHgにて所定トルクまで重縮合反応を行った。反応終了後ポリマーを常法に従ってチップ化し、さらに230℃、0.01mmHgの真空下で固相重合を実施して、固有粘度0.95、酸価16当量/10gのポリエチレンテレフタレートのチップを得た。このチップを常法に従って乾燥させた後、四國化成株式会社製DA・MGIC 2.5kgを高さ30cm、直径3cmのヴィグリュー型分溜管を用いて160℃、4mmHgで減圧蒸留して得たエポキシ基の平均含有個数が0.99であるモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトの粉体をレジンに対して1.3重量%(エポキシ当量換算49当量/10g)、酸化防止剤であるイルガノックス565(チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製)を0.085重量%添加して均一に予備混合した後、2軸溶融押出機(池貝鉄工(株)製、PCM30)のホッパーに供給して280℃で100rpmにて溶融混練りした。ストランドを水冷した後、カットしてモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトがポリエチレンテレフタレートのカルボキシ末端に付加反応した樹脂組成物のレジンチップを得た。このチップを常法に従って乾燥し、これを二軸押出し機(池貝製PCM45)を用いて280℃で混練して押出し、厚さ500μmの未延伸フィルムを成形し、この未延伸フィルムを90℃で縦方向に3.3倍に延伸した後、一軸延伸装置内で約10sec間の予熱ゾーンで延伸温度にまで予熱し、延伸ゾーンで延伸速度1.50%/minで設定4.0倍に延伸した後、約10sec間の固定ゾーンで熱処理を施し、厚さ35μmの延伸配向フィルム得た。
次いで窒素雰囲気中(酸素濃度30ppm)で加速電圧165keVの電子線を600kGy照射した。照射後のゲル分率は65%、室温における破断伸度保持率は縦方向が107%、横方向が113%、破断応力保持率は縦方向が72%、横方向が78%であり、熱流動開始温度は340℃で未架橋のポリエチレンテレフタレートフィルムの流動開始温度260℃より80℃上昇し、ポリエチレンテレフタレートの融点以上においても溶融することなくフィルムの形態を保持していた。
【0037】
(実施例2)
実施例1と同様の脱水エステル化反応および重縮合反応を行った後、該ポリマーを常法に従ってチップ化し、固有粘度0.65、酸価28当量/10gのポリエチレンテレフタレートのチップを得た。このチップを常法に従って乾燥させた後、溶融押出機に供給し、同時にエクストルーダー入口から50〜60℃に加温した実施例1に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトおよびイルガノックス1010(酸化防止剤、チバ・スペシャルティ・ケミカルズ社製)の混合融液をポリマーに対してそれぞれ1.0重量%(エポキシ当量換算37.7当量/10g)、0.1重量%になるよう一定流量で添加した。
実施例1と同様にして得た二軸延伸フィルムに窒素雰囲気中(酸素濃度300ppm)、加速電圧165keVの電子線を600kGy照射した。照射後のゲル分率は55%、室温における破断伸度保持率は縦方向が105%、横方向が110%、破断応力保持率は縦方向が75%、横方向が80%であり、熱流動開始温度は325℃であって、ポリエチレンテレフタレートの融点以上においても溶融することなくフィルムの形態を保持していた。
【0038】
(実施例3)
固相重合時間を調整して固有粘度1.0、酸価8当量/10gとした以外は実施例1と同様にして調整したポリエチレンテレフタレートのチップを用い、実施例2に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトおよびイルガノックス1010の混合融液をポリマーに対してそれぞれ0.8重量%(エポキシ当量換算30当量/10g)、0.08重量%になるように添加した以外は実施例2と同様にして電子線照射フィルムを得た。このフィルムのゲル分率は35%、室温における破断伸度保持率は縦方向が102%、横方向が105%、破断応力保持率は縦方向が80%、横方向が83%であり、熱流動開始温度は315℃であって、ポリエチレンテレフタレートの融点以上においても溶融することなくフィルムの形態を
保持していた。
【0039】
(実施例4)
テレフタル酸の代わりにナフタレンジカルボン酸ジメチルを用い、脱水反応の代わりに常圧、200℃で1時間脱メタノール反応を行った以外は実施例2と同様にして固有粘度0.61、酸価12当量/10gのポリエチレンナフタレートのチップを得た。実施例2と同様にして得た架橋フィルムのゲル分率は35%、室温における破断伸度保持率は縦方向が106%、横方向が110%、破断応力保持率は縦方向が78%、横方向が82%であり、熱流動開始温度は320℃で未架橋のポリエチレンナフタレートフィルムの流動開始温度270℃より50℃上昇し、ポリエチレンナフタレートの融点以上においても溶融することなくフィルムの形態を保持していた。
【0040】
(比較例1)
実施例1に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトの添加量が3.0重量%(エポキシ当量換算113当量/10g)であること以外は実施例1と同様の方法で延伸配向フィルムを作製したところ、ゲル分率は88%、熱流動開始温度は350℃と十分なレベルであったが、破断応力保持率は縦方向が55%、横方向が63%と低いものになった。
【0041】
(比較例2)
実施例2と同様の方法で延伸配向フィルムを作製する際に、実施例1に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトおよびイルガノックス1010の量を7/10(エポキシ当量換算26.4当量/10g)にしたところ、熱流動開始温度は310℃を示したものの、ゲル分率は25%で、破断伸度保持率は縦方向が80%、横方向が88%と低いものになった。
【0042】
(比較例3)
実施例2と同様の方法で延伸配向フィルムを作製する際に、実施例1に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエトの代わりに、実施例1に記載のモノグリシジルジアリルイソシアヌレエト96重量%にジグリシジルモノアリルイソシアヌレエトが4重量%混在したエポキシ基の平均含有個数が1.04である混合物をポリマーに対して1.3重量%用いたところ、鎖延長効果によると思われる増粘が起こり、押出機出口の樹脂圧が急激に増加して上限に近づき、製膜を継続することができなかった。
【0043】
(比較例4)
実施例1の重縮合反応を所定トルク到達前に終了することによって得た固有粘度0.62、酸価33当量/10gとしたポリエチレンテレフタレートを使う以外は実施例2と同様の方法で延伸配向フィルムを作製したところ、ゲル分率が68%で、熱流動開始温度は330℃を示したものの、破断応力保持率が縦方向が62%、横方向が68%と低いものであった。
(比較例5)
固有粘度1.1、酸価3当量/10gとした以外は実施例3と同様にして調整したポリエチレンテレフタレートのフィルムはゲル分率が28%、熱流動開始温度が290℃と低いものであった。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の芳香族ポリエステル架橋フィルムは、未架橋の芳香族ポリエステルフィルムと比較して、高度な架橋度を有すると同時に強度および伸度の低下の少ない、芳香族ポリエステル架橋フィルムであり、特に芳香族ポリエステルの融点以上においても形態を保持することが可能な耐熱性を発現することができていることから、機械部品、電気製品部品、特に電気絶縁材料の用途に好適な芳香族ポリエステル架橋フィルムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸価が5当量/10g以上30当量/10g以下である芳香族ポリエステル樹脂(A)とアリル基を二個以上およびエポキシ基を平均一個未満含有する分子(B)とを、分子(B)のエポキシ基の数が芳香族ポリエステル樹脂(A)の酸末端数に対して1.1倍以上、かつ分子(B)が芳香族ポリエステル樹脂(A)の2重量%以下となるように配合、溶融成形して得られるフィルムを電離放射線照射してなることを特徴とする芳香族ポリエステル架橋フィルム。
【請求項2】
請求項1記載の芳香族ポリエステル架橋フィルムよりなる電気絶縁材料。