説明

芳香族液晶ポリエステルの合成反応における反応時間の決定方法

【課題】芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、所望の流動温度(FT)に達するまでの反応時間を、ほとんど誤差なく決定し得る反応時間の決定方法を提供する。
【解決手段】芳香族液晶ポリエステルを得るための合成反応において、重合反応中の反応混合物の流動温度(FT)が目標の流動温度に達するまでに要する時間を、下記式(I)を用いて求めることにより、芳香族液晶ポリエステルの合成反応における反応時間を決定する。(I)t=−(1/k)xln[1−(FTg−FTp)/(FTm−FTp)]+p;ここで、t:重合開始からFTgに達するまでの時間(分)、k:速度定数(分-1)、FTg:目標とするFT(℃)、p:重合開始からの経過時間(分)、FTm:当該反応系における最大のFT(℃)、FTp:重合開始からp分後における反応混合物のFT(℃)を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族液晶ポリエステルの合成反応における反応時間の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族液晶ポリエステルは、少なくとも1個の芳香環を有するジカルボン酸およびジオール、さらに場合によりヒドロキシカルボン酸を原料モノマーとし、これをアセチル化した後、昇温することにより反応槽内で重合させることによって合成される。芳香族液晶ポリエステルの合成反応は、一般的に反応が進むにつれて重合度が高くなり、反応中の反応物の粘度が上昇する。反応槽内で、反応物が高粘度になると、反応物を取り出しにくくなる。そこで、芳香族液晶ポリエステルは、通常、特許文献1および2のように、重合反応途中の反応物を反応槽から抜き出し、冷却することにより重合反応を停止させて、比較的低重合度のプレ重合物を得るプレ重合工程と、得られたプレ重合物を、固相状態のまま所望の重合度まで重合させて、比較的重合度の高い目的の固相重合物を得る固相重合工程との2段階の重合工程によって製造されている。
【0003】
ところで、プレ重合工程において、重合反応途中の反応物の抜き出しが早く、抜き出した反応物の重合度が低すぎると、次工程である固相重合の反応が進みにくいなどの不具合が生じる。一方、抜き出しが遅く、重合度が高くなりすぎると、粘度が高すぎて反応槽から抜き出しにくくなる。そのため、プレ重合における反応時間の決定は重要である。
【0004】
従来、かかる重合反応の反応時間は、反応を行う者の経験に頼って決定されたり、特許文献1に記載のように、特定の芳香族液晶ポリエステルの場合には、プレ重合の途中で反応物の流動温度(Flow Temperature;以下、「FT」と記載する場合がある)を測定し、所定のFTに達した時点として決定されたりしている。
【0005】
しかし、経験に頼って抜き出すまでの反応時間を決定する方法は、あくまで過去の経験に基づくものであり、反応ごとの誤差が大きくなるという問題がある。また、FTを測定した時点で反応時間を決定し、反応物を抜き出す場合は、サンプリングからFTの測定結果が出るまでのタイムラグが生じ、この間にも重合反応が進んで、重合度が高くなってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−72750号公報
【特許文献2】特開2008−248095号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、所望のFTに達するまでの反応時間を、ほとんど誤差なく決定し得る反応時間の決定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、以下の構成からなる解決手段を見出し、本発明を完成するに至った。
(1)芳香族液晶ポリエステルを得るための合成反応において、重合反応中の反応混合物の流動温度が目標の流動温度に達するまでに要する時間を、下記式(I)を用いて決定することを特徴とする、芳香族液晶ポリエステルの合成反応における反応時間の決定方法:
【0009】
【数1】

【0010】
ここで、
t:重合開始からFTgに達するまでの時間(分)
k:速度定数(分-1
FTg:目標とするFT(℃)
p:重合開始からの経過時間(分)
FTm:当該反応系における最大のFT(℃)
FTp:重合開始からp分後における反応混合物のFT(℃)
を示し、
速度定数kは、以下の式(II)で求められる値であり:
【0011】
【数2】

【0012】
ここで、
p1、p2:それぞれ重合開始からの経過時間(分)であり、p1の方がp2よりも重合開始時に近い時間
FTp1:p1におけるFT(℃)
FTp2:p2におけるFT(℃)
を示す。
(2)前記p1とp2とが5分以上の間隔を有する、(1)に記載の方法。
(3)上記(1)または(2)に記載の決定方法によって決定された時間を適用する、芳香族液晶ポリエステルの製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、所望のFTに達するまでの時間を、ほとんど誤差なく決定し得る。そのため、本発明の方法により決定された反応時間にプレ重合を終了することとすれば、芳香族液晶ポリエステルを製造する際に、高粘度となって抜き出しにくくなることがなくなり、作業性が格段に向上する。さらに、プレ重合後の反応物を固相重合して得られる芳香族液晶ポリエステルは、ロット毎の品質の誤差もほとんどなく、品質が安定した芳香族液晶ポリエステルを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例1の重合反応におけるFT挙動を示すグラフである。
【図2】実施例2の重合反応におけるFT挙動を示すグラフである。
【図3】実施例3の重合反応におけるFT挙動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の方法は、芳香族ポリエステルの合成反応における反応時間を決定する方法である。芳香族ポリエステルの合成反応は、例えば、ジオールおよびジカルボン酸を原料モノマーとしたり、ヒドロキシカルボン酸を原料モノマーとしたりして、これをアセチル化した後、昇温することにより重合させる反応である。
【0016】
ジオールとしては、分子内に少なくとも1個の芳香環を有するものであれば、特に限定されず、例えば、4,4’−ビフェノール、ハイドロキノンなどが挙げられる。
【0017】
ジカルボン酸としては、分子内に少なくとも1個の芳香環を有するものであれば、特に限定されず、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸などが挙げられる。
【0018】
さらに、原料モノマーとして、上記のようにヒドロキシカルボン酸を用いてもよい。ヒドロキシカルボン酸としては、分子内に少なくとも1個の芳香環を有するものであれば、特に限定されず、例えば、p−ヒドロキシ安息香酸、2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸などが挙げられる。
【0019】
これらの原料モノマーはアセチル化されて使用される。アセチル化は、例えば、無水酢酸などと原料モノマーとを反応させることによって行われる。次いで、アセチル化された原料モノマーを所望の反応温度まで昇温し、原料モノマーの重合が開始される。
【0020】
昇温速度は、通常0.5〜1.5℃/分であり、反応温度は、通常260〜320℃であり、反応時間は、通常30〜120分である。
【0021】
本発明は、かかる芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、下記式(1)を用いて、所望の流動温度に達するまでに要する時間を決定する方法である。
【0022】
【数3】

【0023】
芳香族液晶ポリエステルは、一般的に溶媒に溶解しにくく、一般的なゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)などにより重量平均分子量など分子量を求めるのは困難である。そこで、芳香族液晶ポリエステルでは、分子量、すなわち重合度の目安として、流動温度が一般に用いられる。流動温度(FT)は、溶融流動性を表す指標であり、4℃/分の昇温速度で加熱溶融したサンプル樹脂(約2g)を、100kg/cm2の荷重下で内径1mm、長さ10mmのノズルから押し出した時に、溶融粘度が48000ポイズ(4800Pa・sに相当)を示す温度(℃)として、例えば、毛細管式レオメーター((株)島津製作所製、高化式フローテスターCFT500型)などを用いて測定される。
【0024】
FTが高い場合、測定された樹脂が高温にならないと流動性を有さないことを示しており、比較的重合度が高く、高分子量であることを示している。一方、FTが低い場合、測定された樹脂が低温でも流動性を有することを示しており、比較的重合度が低く、低分子量であることを示している。
【0025】
式(I)中の「FTg」は、目標とするFTを示しており、所望の芳香族液晶ポリエステルを得るために、適宜設定される。例えば、a℃のFTを有する芳香族液晶ポリエステルを得る場合、「FTg」の値はaとすればよい。
【0026】
式(I)中の「FTm」は、反応系における最大のFTを示す。芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、通常、反応が進むにつれてFTは高くなるが、反応系内で重合が完全に終了すると、その後のFTは一定の値になる。「反応系における最大のFT」とは、このように重合反応が完全に終了した時点におけるFTを意味する。
【0027】
FTmは、芳香族液晶ポリエステルの組成や反応条件が同じであれば、定数である。したがって、同じ反応を繰り返し行なう場合は、一度FTmを測定すればよい。また、例えば反応を行う前に、実際の原料を用いて実験室レベルで合成して予めFTmを測定してもよい。
【0028】
式(I)中の「FTp」は、重合開始からp分後におけるFTを示す。芳香族液晶ポリエステルの合成反応は、通常原料モノマーをアセチル化した後、昇温し、目的の反応温度とすることにより開始され、以後、その温度を保持することにより進行する。目的の重合温度に達した時点が「重合開始」となる。
【0029】
「p分後」は、重合開始から重合反応が完全に終了するまでの間であれば、重合開始から何分後であっても差し支えない。
【0030】
FTpの測定は、重合開始からあまり時間の経たないうちに行うのが好ましい。重合開始から遅い時間にサンプリングを行うと、例えば、FTpの測定中に上記の目標とするFT(FTg)を看過して、抜き出すタイミングを逸するおそれがある。
【0031】
式(I)中の速度定数kは、下記式(II)によって求められる。
【0032】
【数4】

【0033】
式(II)のp1およびp2は、それぞれ重合開始からの経過時間(分)であり、p1の方がp2よりも重合開始時に近い時間である(p1<p2)。上記「重合開始からp分後」の説明と同様、重合開始から重合反応が完全に終了するまでの間であれば、重合開始から何分後であっても差し支えない。
【0034】
さらに、p1およびp2は、好ましくは5分以上(p2−p1≧5)、より好ましくは10分以上(p2−p1≧10)、さらに好ましくは20分以上(p2−p1≧20)の間隔を空けて設定される。p1およびp2との間隔が短すぎる場合、FTの測定誤差の影響を受けやすくなる可能性がある。
【0035】
なお、p1およびp2は、上記のpと異なる値でもよく、p1およびp2のいずれか一方がpと同じ値であってもよい。p1およびp2のいずれか一方がpと共通する場合、サンプリングしてFTを測定する工程が少なくなるため好ましい。
【0036】
式(II)のFTp1およびFTp2は、それぞれ重合開始からp1分後およびp2分後におけるFTを示す。なお、FTの説明は上述の通りである。
【0037】
なお、式(II)によって求められるkは、芳香族液晶ポリエステルの組成や反応条件、例えば反応温度、反応圧力などが同じであれば、定数である。
【0038】
このように、本発明は簡便な手順で、芳香族液晶ポリエステルの合成反応において、所望のFTに達するまでに要する時間を決定することができ、芳香族液晶ポリエステルを製造する際の作業性が格段に向上し、また得られる芳香族液晶ポリエステルの品質も安定する。なお、本発明の対象となる芳香族液晶ポリエステルは、特に限定されず、一般的な芳香族液晶ポリエステルであれば、適用可能である。
【0039】
さらに、式(I)を変形して得られる式(III)を用いることによって、合成反応中のある時間tにおけるFTを求めることも可能である。
【0040】
【数5】

【実施例】
【0041】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
p−ヒドロキシ安息香酸と2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸との重合物の合成を例に、FTと反応時間との関係を検証した。
【0043】
(実施例1:1バッチ目)
<速度定数kの算出>
原料モノマーとして、71mol%のp−ヒドロキシ安息香酸(POB)および29mol%の2−ヒドロキシ−6−ナフトエ酸(BON)を用いた。POBおよびBONのそれぞれを、無水酢酸でアセチル化して、p−アセトキシ安息香酸(Ac−POB)および2−アセトキシ−6−ナフトエ酸(Ac−BON)を得た。次いで、原料モノマー溶液を275℃まで昇温し、275℃に達した時点(重合開始)でこの温度を保持して重合した。
【0044】
この重合中に、重合開始から20分後および40分後にサンプリングを行い、それぞれのサンプリング時のFT(FT20およびFT40)を測定した。FT20の値は192.6であり、FT40の値は206.0であった。なお、FTの測定方法は上述の通りであり、毛細管式レオメーター((株)島津製作所製、高化式フローテスターCFT500型)を用いて測定した。
【0045】
重合開始から150分後に得られた重合物のFTを、この反応系における最大のFT(FTm)として用い、その値は252であった。
【0046】
得られたこれらのFT値を式(II)に適用して、速度定数kを算出したところ、kの値は1.28×10-2となった。
【0047】
<重合反応におけるFT挙動の検証>
速度定数kを算出する際に行ったAc−POBとAc−BONとの重合反応において、上記式(III)を用いてFT挙動を検証した。なお、式(III)のFTpは、FT20の値を用いた。275℃に達した時点(重合開始)から、20分後(t=20)、40分後(t=40)、60分後(t=60)および90分後(t=90)にサンプリングを行い、それぞれのFTを測定した(実測値)。また、式(III)を用いて、tが20、40、60および90の場合のFTを算出した(予測値)。結果を表1および図1に示す。
【0048】
(実施例2:2バッチ目)
実施例1で用いたPOBおよびBONとは異なるロットのPOBおよびBONを用いて、280℃で重合反応を行ったこと以外は、実施例1と同様に20分後(t=20)、40分後(t=40)、60分後(t=60)、70分後(t=70)および85分後(t=85)にサンプリングを行い、それぞれのFTを測定した(実測値)。また、式(III)を用いて、tが20、40、60、70および85の場合のFTを算出した(予測値)。結果を表1および図2に示す。なお、速度定数kの値は、t=20および40のFT値を式(II)に適用して算出したところ、2.50×10-2であった。
【0049】
(実施例3:3バッチ目)
実施例1および2で用いたPOBおよびBONとは異なるロットのPOBおよびBONを用いて、285℃で重合反応を行ったこと以外は、実施例1と同様に20分後(t=20)、40分後(t=40)、60分後(t=60)および90分後(t=90)にサンプリングを行い、それぞれのFTを測定した(実測値)。また、式(III)を用いて、tが20、40、60および90の場合のFTを算出した(予測値)。結果を表1および図3に示す。なお、速度定数kの値は、t=20および40のFT値を式(II)に適用して算出したところ、2.87×10-2であった。
【0050】
【表1】

【0051】
表1および図1〜3に示すように、実施例1〜3のいずれのバッチも、実測値と予測値とは近似しており、ほとんど誤差がないとこがわかる。
【0052】
なお、実施例1〜3では、式(III)を用いて、特定の時間tにおけるFTを算出したが、例えば、実施例1の60分後におけるFT値(約218)を目標とするFT値(FTg)とすると、上記式(I)を用いて、FTが約218℃となるのは、約60分後であることが算出される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族液晶ポリエステルを得るための合成反応において、重合反応中の反応混合物の流動温度が目標の流動温度に達するまでに要する時間を、下記式(I)を用いて決定することを特徴とする、芳香族液晶ポリエステルの合成反応における反応時間の決定方法:
【数1】

ここで、
t:重合開始からFTgに達するまでの時間(分)
k:速度定数(分-1
FTg:目標とするFT(℃)
p:重合開始からの経過時間(分)
FTm:当該反応系における最大のFT(℃)
FTp:重合開始からp分後における反応混合物のFT(℃)
を示し、
速度定数kは、以下の式(II)で求められる値であり:
【数2】

ここで、
p1、p2:それぞれ重合開始からの経過時間(分)であり、p1の方がp2よりも重合開始時に近い時間
FTp1:p1におけるFT(℃)
FTp2:p2におけるFT(℃)
を示す。
【請求項2】
前記p1とp2とが、5分以上の間隔を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の決定方法によって決定された時間を適用する、芳香族液晶ポリエステルの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−104008(P2013−104008A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−249494(P2011−249494)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】