説明

芽胞細菌の殺菌乃至不活化方法

【課題】 食品加工現場などにおけるオゾンナノバブル水を利用した耐熱性を有する芽胞細菌の効果的な殺菌乃至不活化方法を提供すること。
【解決手段】 気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を35℃以上に昇温し、芽胞細菌に接触させることで行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の製造や調理および衛生管理におけるオゾンナノバブル水(オゾンを含有するナノスケールの気泡を含んでなる水)を利用した殺菌技術に関するものであり、特に耐熱性を有する芽胞細菌を殺菌乃至不活化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
感染症の阻止は今日なお我々が抱える重要な課題の一つであり、病原微生物の除去や不活化により目的を達成し得る。しかし、病原微生物には極めて多数の種類のウイルスやバクテリア、原虫類が存在しており、それぞれの繁殖環境や殺菌剤などに対する耐性も大きく異なるため、一元的な対応でこの課題を解決することは不可能といってよい。特に飲料水を含めた食品においては、殺菌や滅菌に関連した行為がコストや二次反応物の生成といった問題も伴うため、対処が容易ではない。
食品類に求められる殺菌・消毒技術としては、その微生物に対する不活化効果に加えて、人体に対しての安全性の確保が重要な課題である。防腐剤や保存剤として利用される薬品類には多様な種類があるものの、初期値としての菌数を抑制するために利用される殺菌手法としては、不活化効果が高く、毒性もさほど大きくないと考えられている次亜塩素酸類とオゾンを用いる方法が一般的である。特にオゾンを用いる方法は殺菌スペクトルが広く、分解により酸素に変化する特徴があり、殺菌技術としては大変に優れたものである。しかし、オゾンは気体であるため、そのままでは食品工業などの分野での汎用性に欠ける面がある。従って、オゾンをこれらの分野で利用するためには、例えばこれを水に溶解させてオゾン水として利用する必要がある。ところが、オゾンは基本的に水への溶解性が低く、また水に溶解した状態では半減期が非常に短いという欠点がある。そのため、現状においては、食品加工などの現場において、オゾンガスをバブリングなどの方法により水に溶解させて利用する現地生産が利用されている。しかし、この方法は、コストや排オゾン対策などの問題が多く、実用レベルでの利用はあまり進んでいない状況にある。
近年、オゾン水の欠点である保存性の短さを劇的に改善させる技術が開発された(特許文献1)。これはナノサイズの気泡を利用することにより、オゾン水特有の強力な殺菌効果を維持させつつ長期にわたる保存性を確保するものである。紫外線をカットした条件下で清浄なガラス瓶などを用いて保管することにより、数ヶ月にわたってこのオゾンナノバブル水は殺菌効果を維持している。これにより使用現場ではオゾン発生装置を利用することなく、薬液的にオゾンナノバブル水を利用することが可能になった。
前述の通り、ウイルスやバクテリアなどの多様な殺菌対象に対して一様な方法で満足のいく殺菌効果は得られるものではない。微生物の種類によって消毒や殺菌に対する抵抗性に大きな差があることはよく知られた事実である。一般的には、栄養細菌類<ウイルス<芽胞細菌<原虫シストの順に抵抗性が増加する。特に食品関係ではウイルスやバクテリアが主な殺菌対象となるため、芽胞細菌に対していかに対処するかが安全な食材を提供するための最大の課題である。芽胞細菌が栄養細菌よりも耐熱性であることはよく知られている。同じ微生物の栄養細菌と芽胞細菌では、元々同じ微生物であることから菌体構成成分は共通しているものの、芽胞細菌はタンパク質との結合水の割合が高く、酵素タンパク質が熱変成しにくくなっているため、熱に対して耐性を示す。また、他の物理的因子や化学的作用に対しても強い抵抗性を示す。その傾向はオゾンに対しても同様であり、栄養細菌やウイルスよりも芽胞細菌は強い耐性を示す。このことは芽胞細菌に対処できれば栄養細菌やウイルスにも有効であることを意味している。そのため、効果的に芽胞細菌を殺菌乃至不活化するための手法の開発が食品分野を中心に望まれている。
【特許文献1】特開2005−246293号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで本発明は、食品加工現場などにおけるオゾンナノバブル水を利用した耐熱性を有する芽胞細菌の効果的な殺菌乃至不活化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
細菌がオゾンにより殺菌される作用機序としてはいくつかの説があるが、基本的には細菌の細胞壁がオゾンによって破壊または分解され、その結果、溶菌現象が起きるとともに、酵素の不可逆的阻害や細胞室内成分の変化、さらには核酸の不活化などが作用していると考えられている。その殺菌効果に関しては水質などの影響も大きく関与しており、pHや水温は重要な要因であるといわれている。ただし、殺菌の対象とする微生物によって、細胞や粒子の構成成分が異なるため、抗酸性菌などでは高温になるほど殺菌効果が向上するとされているが、糸状細菌や芽胞細菌は温度変化に強いため、通常のオゾン水では十分な殺菌効果が得られないとされている。さらに、オゾン水は、高温になるほどオゾンそのものの分解速度が上がるという特徴と気体の溶解量が低下するという特徴があるため、高温で高濃度のオゾンを含む水を安定に保存することは困難であり、そのためオゾンの作用による殺菌効果は高温になるほど不利になる。しかし、本発明者が鋭意研究を重ねた結果、驚くべきことに、オゾンナノバブル水を昇温することで、芽胞細菌に対する殺菌効果を向上させることができることを見出した。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の芽胞細菌を殺菌乃至不活化する方法は、請求項1記載の通り、気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を35℃以上に昇温し、芽胞細菌に接触させることで行うことを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、35℃未満のオゾンナノバブル水を芽胞細菌に接触させた後、35℃以上に昇温して行うことを特徴とする。
また、本発明のオゾンナノバブル水の細菌に対する殺菌乃至不活化効果を向上させる方法は、請求項3記載の通り、気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を昇温して用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、食品加工現場などにおけるオゾンナノバブル水を利用した耐熱性を有する芽胞細菌の効果的な殺菌乃至不活化方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の芽胞細菌を殺菌乃至不活化する方法は、気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を35℃以上に昇温し、芽胞細菌に接触させることで行うことを特徴とするものである。
【0008】
本発明において使用する、気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水としては、例えば、鉄、マンガン、カルシウム、ナトリウム、マグネシウムイオン、その他ミネラル類の電解質イオンが混入した電気伝導度が3mS/cm以上の水溶液中において、粒径が10〜50μmのオゾン含有微小気泡に対して、電圧が2000〜3000Vの水中放電に伴う衝撃波若しくは発振周波数が20kHz〜1MHzの超音波を物理的刺激として加えることにより前記微小気泡を縮小させ、気泡粒径が500nm以下になったときに、気液界面に吸着した水素イオンや水酸化物イオンと前記ミネラル類の電解質イオンとによる静電気的な反発力により、並びに水素イオンや水酸化物イオン及び電解質イオンが、気液界面の縮小に伴って微小な体積の中に高濃度に濃縮して、前記微小気泡周囲を取り囲む殻の働きをすることにより、生成した中心粒径が100〜200nmのオゾンナノバブルを含むオゾンナノバブル水が挙げられる。このようなオゾンナノバブル水は特許文献1によって公知であり、製造後ガラス瓶に入れて蓋をして冷暗所において保存し、製造後1週間経過した時点の測定において、生成後とほぼ同一の中心粒径のオゾンナノバブルを含む安定なオゾンナノバブル水である。
【0009】
本発明において、オゾンナノバブル水の昇温は35℃以上とするが、昇温の上限はオゾンバブル水の安定性や芽胞細菌の殺菌乃至不活化が必要な対象物の安定性(特に食材など)を考慮すると50℃が好ましく、45℃がより好ましい。オゾンナノバブル水は、予め35℃以上に昇温してから芽胞細菌に接触させてもよいが、オゾンナノバブル水の安定性を考慮すれば、35℃未満のオゾンナノバブル水を芽胞細菌に接触させた後、35℃以上に昇温することが好ましい。この場合、オゾンナノバブル水の昇温方法は、芽胞細菌の殺菌乃至不活化が必要な対象物の種類や形状によって適宜採用すればよい。例えば、対象物が手や指、食器類、調理器具類などの固形状物の場合、対象物をオゾンナノバブ水に浸漬した後、オゾンナノバブル水をヒーターなどの加熱手段によって加温すればよい。また、対象物にオゾンナノバブル水を流しかけたりシャワーしたり噴霧したりした後、表面にオゾンナノバブル水が付着した対象物を赤外線、電磁波、超音波、温風などによって加温してもよい。また、対象物が蒲鉾などの練り製品の原料などの食材の場合、対象物とオゾンナノバブル水を混合した後、混合物を赤外線、電磁波、超音波、温風などによって加温すればよい。対象物が飲料水などの液状物の場合、対象物とオゾンナノバブル水を混合した後、混合物をヒーターなどの加熱手段によって加温すればよい。
【0010】
オゾンナノバブル水は、ナノスケールの微小気泡(ナノバブル)がオゾンの存在媒体となっており、その微小気泡の安定化の機序として微小気泡の周りにイオン類が過酸化状態として集まっている特徴がある。このため、オゾンナノバブル水を昇温しても、基本的にはその殺菌能力は維持されるという特徴に加え、高温条件下では水の熱分子運動が向上するためナノバブル自体の反応性が増す傾向にある。芽胞細菌とオゾンナノバブル水が接触すると、ナノバブルの不安定化が生じる。これは微小気泡周囲のイオン類が拡散することによるものであり、不安定化したナノバブルは崩壊過程に移行するが、水の熱分子運動が活発であると気泡の縮小速度はより著しい状況になり、ナノバブルの強い圧壊状態を招く。このときに生じた圧壊状態は気泡内部に含まれるオゾンを活性化させるとともに強力に分解するため、オゾンの酸化力の向上と大量の水酸基ラジカルの発生につながる。この現象は殺菌能力の点で極めて有利な状況を作り出す。その結果、低温下で同じ処理をする場合に比べてより高いレベルの芽胞細菌に対する不活化効果を得ることができる。
【0011】
なお、本発明における芽胞細菌は、芽胞を形成する細菌であれば特段限定されるものではなく、例えば、食中毒を起こす病原性の細菌であるセレウス菌が挙げられる。また、本発明において、昇温したオゾンナノバブル水の作用は、芽胞細菌の殺菌のみならず不活化(増殖抑制や活動阻止など)であってもよい。
【実施例】
【0012】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0013】
実施例1:
(方法)
特許文献1に記載の方法に従って発生させた、オゾンナノバブル水(動的光散乱光度計による測定において、気泡粒径100〜250nm、中心粒径140nm、標準偏差30nmのオゾンを含有する微小気泡を含む水。オゾン濃度は約1.5mg/L)を利用して、芽胞細菌の1種であるセレウス菌の殺菌試験を実施した。まず、セレウス菌の菌液として、寒天培地を用いて培養して得られた菌体を精製水に懸濁させ、70℃で20分間加熱して栄養細菌を死滅させたものを、遠心分離して上澄みを除去した後、再度精製水に懸濁させ、1mL当たりの菌数が約1×10個となるように調整した。20℃のオゾンナノバブル水10mLに菌液0.1mLを添加して混合後(初発菌数:約1×10個/mL)、混合液を40℃に加温して維持し、試験開始時と60分経過後の生菌数を測定した。また、比較実験として、混合液を加温することなく20℃のまま維持した場合の試験開始時と60分経過後の生菌数を測定した。さらに、対照実験として、オゾンナノバブル水のかわりに精製水を用いて同様の実験を行った。
(結果)
オゾンナノバブル水を用いた場合、20℃のままでは、1.2×10個/mLであった試験開始時の生菌数が60分経過後に1.6×10個/mLとほぼ1/10に低下したのに対し、40℃に加温して維持すると、8.9×10個/mLであった試験開始時の生菌数が60分経過後に9.9×10個/mLとほぼ1/100に低下した。一方、精製水を用いた場合、20℃のままでも40℃に加温して維持しても、試験開始時と60分経過後の生菌数はほぼ同数であり、セレウス菌の殺菌効果は認められなかった。
オゾンナノバブル水による殺菌効果は、安定に存在していたオゾンナノバブルの崩壊(圧壊)により、オゾンナノバブルを取り巻いてその安定化に寄与していた過酸化状態にあるイオン類と気泡内部に含まれていたオゾンが芽胞細菌の細胞壁を破壊または酸化分解させ、その結果として、溶菌現象や酵素の不可逆的阻害、細胞室内成分の変化、さらには核酸の不活化などの作用により得られるものと考えられるが、オゾンナノバブル水を昇温することで、その効果はより強力なものとなることがわかった。参考に、オゾンナノバブルの圧壊により発生した水酸基ラジカルの発生を示す電子スピン共鳴法のスペクトルを図1に示す(スピントラップ剤として5,5−ジメチル−1−ピロリン−N−オキサイドを用いて分析したもの)。
【0014】
実施例2:
試験開始から10,20,28,40,50分後にオゾンナノバブル水をそれぞれ2mLずつ添加すること以外は実施例1と同様の実験を行った。その結果、20℃のままでは、7.8×10個/mLであった試験開始時の生菌数が60分経過後に4.0×10個/mLとほぼ1/20に低下したのに対し、40℃に加温して維持すると、6.0×10個/mLであった試験開始時の生菌数が60分経過後に1.9×10個/mLとほぼ1/300に低下した。以上の結果から、随時オゾンナノバブル水を補充しながら処理を行うことで、殺菌効果がより向上することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明は、食品加工現場などにおけるオゾンナノバブル水を利用した耐熱性を有する芽胞細菌の効果的な殺菌乃至不活化方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1における、オゾンナノバブルの圧壊により発生した水酸基ラジカルの発生を示す電子スピン共鳴法のスペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を35℃以上に昇温し、芽胞細菌に接触させることで行うことを特徴とする芽胞細菌を殺菌乃至不活化する方法。
【請求項2】
35℃未満のオゾンナノバブル水を芽胞細菌に接触させた後、35℃以上に昇温して行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
気泡の粒径が50〜500nmであるオゾンを含有する微小気泡を含んでなるオゾンナノバブル水を昇温して用いることを特徴とするオゾンナノバブル水の細菌に対する殺菌乃至不活化効果を向上させる方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−189307(P2009−189307A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33814(P2008−33814)
【出願日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(503357735)株式会社REO研究所 (21)
【出願人】(591253032)昭和薬品工業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】