説明

草本系バイオマスの前処理方法及びエタノール製造方法

【課題】ビール粕などの草本系バイオマス原料を用いて安価に効率よくエタノール発酵に利用可能な糖液を得ることができる草本系バイオマスの前処理方法、およびそれにより得られた糖液を用いてエタノールを製造するエタノール製造方法の提供。
【解決手段】草本系バイオマス原料を、濃度0.5〜10%の希硫酸中、常圧、50〜100℃の条件下にて、1〜24時間処理した後、該処理物をアルカリで中和し、酵素によって加水分解処理することで糖液を得、草本系バイオマスの前処理方法。

【発明の詳細な説明】
【発明の背景】
【0001】
発明の分野
本発明は、ビール粕などの草本系バイオマス原料を用いてエタノール発酵に利用可能な糖液を得るための草本系バイオマスの前処理方法、および、該糖液を用いるエタノールの製造方法に関する。
【0002】
背景技術
【0003】
再生可能資源である稲わらやバガスなどのバイオマス原料からエタノールを製造し、エネルギーや化学原料として利用する試みが内外で進められている。
【0004】
このような草木系もしくは木質系のバイオマス原料を構成する糖の種類としては、キシロース、アラビノースといった五炭糖と、グルコース、ガラクトース、マンノースといった六炭糖が含まれる。通常、これらの量比率はバイオマスの種類によって異なる。
【0005】
このようなバイオマス原料には、ヘミセルロース、セルロース、およびリグニンが含まれており、このうちヘミセルロースとセルロースが五炭糖および六炭糖に分解される。しかしながら、それらの分解条件には差がある。ヘミセルロースは、酸、アルカリ、または熱水条件下にて比較的容易に分解され、90%以上の高い回収率で糖を得ることができる。これに対し、セルロースはより厳しい条件下にて分解を行うことが求められるが、そのような条件下では糖の過分解がほぼ同じ速度で生じることとなるため、糖の回収率は低下してしまう。
【0006】
例えば、酸やアルカリを用いてヘミセルロース由来の糖を得た後、残渣を酸や酵素で処理し、セルロース由来の糖(グルコース)を得ることができるが、この際に、残渣を処理する酸として希硫酸を用いると、グルコース収率が40%程度と低いことに加え、ギ酸やレブリン酸、ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)などの糖過分解物質が生じやすい。このような物質は、発酵阻害物質として作用し得るものであり、発酵に影響を与える。
【0007】
そこで、酸やアルカリに代わる方法として、酵素による加水分解を利用する前処理方法が研究されている。通常、このような前処理方法は、酸、アルカリ、または熱水処理等によりバイオマス原料を一次加水分解し、その後、酵素による加水分解を行うものである。
しかしながら、酸、アルカリ等による一次加水分解は、酵素加水分解の前処理を兼ねており、酵素加水分解処理において、酵素を有効に働かせることができるように、原料等に応じて適切な方法や条件を選定する必要がある。
【0008】
酵素加水分解の前処理としては、酸、アルカリ、熱水処理、または、爆砕を用いる処理が知られている。この内、アルカリを用いる処理は、アルカリ条件下では糖の分解が進みやすいため、前処理としては、酸、熱水処理、または爆砕を用いた処理の方がより有利であると考えられる。
【0009】
酸を用いる処理では、条件によっては前述した発酵阻害物質が生成してしまうことがあり、結果として、糖の回収率が低下する場合がある。熱水処理または爆砕を用いる処理では、糖の過分解を防ぐことはできるが、糖の回収率はあまり高いとは言えない。実際、これまでに報告されている酸、熱水処理、および爆砕を用いた処理は、いずれも処理時に高温加圧条件であることが必須となっており(例えば、文献Applied Biochemistry and Biotechnology, Vol. 129-132, 496-508, 2006(非特許文献1)、文献Sugar Industry, Vol. 131, No. 11, 766-769, 2006(非特許文献2)、および文献Master Brewers Association of the Americas, Vol. 43, No. 3, 189-193, 2006(非特許文献3))、糖の過分解の可能性が依然としてあると思われる。
【0010】
また例えば、特開2007−151433号公報(特許文献1)には、廃建材を原料としたリグノセルロースの前処理方法と、それにより得られた糖液を用いたエタノールの製造方法が開示されている。しかしながら、ここでは原料を、高温(例えば、140〜220℃)でかつ多工程により処理する必要があり、糖の過分解に基づく糖の回収率低下等の可能性は払拭できていないと考えられる。
【0011】
さらに、前述した酸、熱水処理、または爆砕を用いた処理は100℃以上の高温とすることが必要となるため、通常、加圧装置が必須となり、設備のコストが高くなるだけでなく、スケールアップも困難になる。また、加圧による負荷が大きいため、装置の寿命が短くなるといった懸念もある。さらに高温で酸を使用する場合、微生物の発酵を阻害する物質が生成する可能性が高い。
このため、高温や加圧等の厳しい条件を必要としない前処理方法が依然として望まれていると言える。
【0012】
一方で、ビール粕等の醸造過程で生じた副産物や、食品製造過程で生じた食品廃材などは、これまで家畜用飼料等に利用することが行われてきたが、エタノール製造のための原料として利用することについては、本発明者等が知る限り、未だ充分な検討が行われいるとは言えない。
【0013】
【特許文献1】特開2007−151433号公報
【非特許文献1】Ignacio Ballesteros, Ma Jose Negro, Jose Miguel Oliva, Araceli Cabanas, Paloma Manzanares, Mercedes Ballesteros, “Ethanol Production From Steam-Explosion Pretreated Wheat Straw”, Applied Biochemistry and Biotechnology, Vol. 129-132, 496-508, 2006
【非特許文献2】Sven Fleishcer, Thomas Senn, “Cellulosic starch-based raw materials in ethanol production”, Sugar Industry, Vol. 131, No. 11, 766-769, 2006
【非特許文献3】Sho Shindo, Tadanori Tachibana, “Production of Bioethanol from Spent Grain-A By product of Beer Production”, Master Brewers Association of the Americas, Vol. 43, No. 3, 189-193, 2006
【発明の概要】
【0014】
本発明者等は今般、草本系バイオマス原料の例としてビール粕を用い、比較的温和な条件にて、エタノール発酵に利用可能な糖液を効率よく得ることに成功した。また得られた糖液を用いることによって、低コストでありながら、エタノール収率の向上を達成することできた。本発明はかかる知見に基づくものである。
【0015】
よって本発明は、ビール粕などの草本系バイオマス原料を用いて安価に効率よくエタノール発酵に利用可能な糖液を得ることができる草本系バイオマスの前処理方法、およびそれにより得られた糖液を用いてエタノールを製造するエタノール製造方法の提供をその目的とする。
【0016】
本発明による草本系バイオマスの前処理方法は、草本系バイオマス原料を、濃度0.5〜10%の希硫酸中、常圧、50〜100℃の条件下にて、1〜24時間処理した後、該処理物をアルカリで中和し、酵素によって加水分解処理することで糖液を得ることを特徴とする。
【0017】
本発明の一つの好ましい態様によれば、前記前処理方法において、酵素加水分解の際に使用する酵素として、βグルコシダーゼとセルラーゼとを使用する。
【0018】
本発明の別の一つの好ましい態様によれば、前記前処理方法において、草本系バイオマス原料はビール粕である。
【0019】
また本発明の別の態様によれば、本発明による前処理方法により得られた糖液を用いて、微生物によるエタノール発酵を行い、エタノールを製造することを特徴とする、エタノールの製造方法が提供される。本発明の別の好ましい態様によれば、該製造方法において、エタノール発酵に使用する微生物は、Saccharomyces属、Pichia属、またはCandida属に属する酵母株である。
【0020】
本発明の草本系バイオマスの前処理方法によれば、草本系バイオマス原料から安価にかつ効率よくエタノール発酵に利用可能な原料としての糖液を得ることができる。また本発明のエタノールの製造方法によれば、本発明の係る草本系バイオマスの前処理方法により得られた糖液を用いてエタノール発酵を行い、エタノールを製造することによって、低コストで、エタノール収率の向上をさせることができる。さらに本発明は原料として、ビール粕等の草本系バイオマス原料を使用するため、廃棄物の排出抑制が期待でき、一方で得られたエタノールは所謂バイオ燃料等の利用が期待でき、環境問題への貢献が期待できる。
【発明の具体的説明】
【0021】
草本系バイオマスの前処理方法
本発明による草本系バイオマスの前処理方法は、前記したように、草本系バイオマス原料を、濃度0.5〜10%の希硫酸中、常圧、50〜100℃の条件下にて、1〜24時間処理した後、該処理物をアルカリで中和し、酵素によって加水分解処理することで糖液を得ることを特徴とする。ここで前処理とは、エタノール発酵に先立って、その原料である糖液を得るために行われる処理を意味する。
【0022】
本発明において、草本系バイオマス原料とは、草本自体、草本の一部、草本を処理したかもしくは草本由来の生成物等をいい、例えば、稲わら、籾殻、各種雑草、バガス、大豆皮、および発酵粕類などが挙げられる。ここで発酵粕類とは、ビール粕類や焼酎粕類のような各種アルコール発酵により生ずる発酵粕に加えて、各種発酵食品の製造過程で生じた粕類も含まれる。またここでビール粕とは、麦酒のみならず、発泡酒、新ジャンルなどの麦酒風味の各種アルコール飲料製造中の仕込みの工程で生じる各種麦類由来の麦汁類の濾過残渣を意味する。本発明においては、ビール粕は湿った状態でも乾燥した状態でも用いることができる。したがって、本発明においては、草本系バイオマス原料がビール粕の場合、アルコール飲料製造中の仕込みの工程で生じる各種麦類由来の麦汁類を濾過した残渣、すなわち糖化槽から排出された粕をそのまま用いても良い。
【0023】
本発明の好ましい態様によれば、草本系バイオマス原料は、発酵粕類であり、より好ましくはビール粕である。
【0024】
本発明の前処理方法において、ビール粕等の草本系バイオマスは、まず酸中で加熱処理する。酸としては希硫酸を用いる。ここでは、塩酸等の硫酸以外の酸も使用可能であるが、例えば、塩酸の場合、揮発性が高く反応装置を腐食し、反応装置自体の寿命を短くする可能性がある。
【0025】
希硫酸を用いた加水分解処理の条件は、硫酸濃度が典型的には、0.5〜10容量%、好ましくは約3〜5容量%、最も好ましくは約3容量%である。硫酸濃度が0.5%未満であると、糖回収量が充分でない場合があり、硫酸濃度が高すぎると、糖の過分解糖の問題が生じる場合がある。
【0026】
加水分解を行う際の溶液の温度は、典型的には50〜100℃であり、好ましくは70〜90℃、最も好ましくは90℃程度である。温度が50℃未満であると、糖回収量が充分でない場合がある。100℃を超える温度については、実際に方法を実施する際には加圧処理の必要性が生じる場合がある。
加水分解を行う際の圧は、本発明では常圧で行う。
【0027】
希硫酸を用いた加水分解処理の反応時間は、好ましくは1〜9時間であり、より好ましくは3〜9時間、最も好ましくは約3時間である。反応時間が1時間よりも短いと、糖回収が充分でない場合があり、また反応時間が長すぎると、酵素反応を阻害する副生物の発生等により、糖回収率が低下する可能性がある。
【0028】
この硫酸による加水分解処理によって後段の酵素加水分解反応が進行しやすくなる。
【0029】
硫酸による加水分解処理の後、処理物(処理溶液)にアルカリを加えてそのpHを、引き続いて行われる酵素反応に好ましいpH値もしくはその付近に調整する。pH値としては、pH4〜6程度が好ましく、より好ましくはpH5程度である。このとき使用するアルカリとしては、硫酸により酸性になっている処理溶液を、所定のpH範囲とでき、かつ、引き続く酵素処理や発酵工程に影響を及ぼさないものであれば、いずれのアルカリ性物質であってもよい。このようなアルカリとしては、例えば、水酸化カルシウム、水酸化カリウムなどを用いることができる。また必要に応じて、処理物にpH緩衝液(例えば、酢酸ナトリウム緩衝液)を加えて、処理物のpHを安定化させても良い。
【0030】
pH調整された処理物に、酵素を添加し、攪拌しないで、もしくは攪拌しながら、好ましくは、pH4〜6、より好ましくはpH5、好ましくは温度40〜60℃、より好ましくは温度50℃、とし、好ましくは1〜100時間、より好ましくは24〜48時間、反応させることによって酵素加水分解を行う。
使用される酵素としては、草本系バイオマス原料に含まれるセルロースやヘミセルロース等を分解し、糖類に変換できるものであれば、いずれであっても使用可能であり、分解反応と、糖化反応とを別々の酵素に担わせてもよく、必要に応じて複数の酵素を組み合わせて使用しても良い。
【0031】
本発明の好ましい態様によれば、酵素は、βグルコシダーゼとセルラーゼとを混合して用いる。この内、βグルコシダーゼは、市販のものを使用することができ、例えば、NS50010(ノボザイムス社より入手可)、OPTIMASH BG(ジェネンコア協和社より入手可)などが具体例と挙げられる。また、セルラーゼも、市販のものを使用することができ、例えば、NS50013(ノボザイムス社)、セルラーゼA「アマノ」3(天野エンザイム社)などが具体例と挙げられる。両酵素ともにノボザイムス社製のものを用いることが望ましい。
【0032】
酵素処理における酵素の使用量としては、pH調整された処理物に対する容量%として、βグルコシダーゼについては、好ましくは0.01〜0.2容量%、より好ましくは0.05〜0.1容量%であり、また、セルラーゼについては、好ましくは0.05〜0.5容量%、より好ましくは0.1〜0.25容量%である。
【0033】
本発明においては、得られた酵素加水分解物を、必要に応じて、発酵に供する前に固液分離を行なってもよい。固液分離の方法は、ろ過、遠心分離などを用いることができ、エネルギー消費の小ささの観点から、ろ過を用いることが好ましい。
【0034】
得られた酵素加水分解物、または、固液分離したろ液には、通常、グルコース、キシロース、アラビノース、ガラクトース、マンノースが含まれる。なお本発明においては、得られた酵素加水分解物、および、固液分離したろ液を含めて「糖液」と呼ぶことがある。
【0035】
本発明による前処理方法は、前記したように、従来法に比べて工程が簡潔であり、また高圧処理を必要としないため、高圧のための装置や設備等を必要としない。このため、安価かつ効率的な処理が可能である。
【0036】
エタノールの製造方法
本発明の別の態様によれば、前記したように、本発明による前処理方法により得られた糖液を用いて、微生物によるエタノール発酵を行い、エタノールを製造することを特徴とする、エタノールの製造方法が提供される。
【0037】
前記前処理方法によって得られた糖液に、酵母などのエタノール発酵用の微生物を添加し、適当な温度、pH等の条件下で微生物を培養してアルコール発酵を行い、糖をエタノールに変換し、エタノールを製造する。このとき、必要に応じて、糖液にさらに、窒素やリンなどの微生物発酵基質を加えても良い。
【0038】
ここで、エタノール発酵に用いられる微生物としては、Zymomonas菌、Saccharomyces属酵母、Pichia属酵母、Candida属酵母などに属する従来公知の各種エタノール発酵微生物や、遺伝子組換え大腸菌等のエタノール発酵能を遺伝子操作的に付与した微生物を用いることができる。これらは必要に応じて組み合わせてもよい。微生物の具体例としては、Saccharomyces属酵母としてはSaccharomyces cerevisiae DV10株(LALLEMAND社[Montereal,Canada]から入手可能)、Pichia属酵母としてはPichia stipitis NBRC10063株(NBRC保存株)などが挙げられる。
【0039】
本発明の好ましい態様によれば、エタノール発酵に使用する微生物は、Saccharomyces属、Pichia属、またはCandida属に属する酵母株であり、より好ましくは、Pichia stipitisである。
【0040】
本発明による草本系バイオマスの前処理方法およびエタノールの製造方法の一つの実施態様を示すフロー図を図6に示した。
【0041】
なお本明細書において、「約」や「程度」を用いた値の表現は、その値を設定することによる目的を達成する上で、当業者であれば許容することができる値の変動を含む意味である。
【実施例】
【0042】
本発明を以下の例によって詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
下記の実験条件によって、草本系バイオマス原料の前処理を行った。
共通条件
使用した草本系バイオマス原料:
乾燥ビール粕: 定法に従い、麦酒製造工程における麦汁ろ過機から排出されたビール粕残渣をプレス脱水し、その後、ロータリー乾燥を行うことにより、乾燥ビール粕を得た。
酵素加水分解処理における条件:
酵素: ノボザイムス社製NS50010(βグルコシダーゼ)、およびノボザイムス社製NS50013(セルラーゼ)。
pH: 0.1Mになるように酢酸ナトリウム緩衝液を加え、pH5.0に調整した。
温度: 50℃
攪拌: 0もしくは100 rpm(振とう装置:TAITEC社製BIOSHAKER BR-15にて横型の振とうを行った。)
時間: 24時間
【0044】
実施例1: 硫酸濃度の比較
下記のような実験を行って、前処理において用いる最適な硫酸濃度を検討した。
実験方法:
乾燥ビール粕5gを200ml容ナスフラスコに投入し、さらにそこに、0、0.5、1、2、3、4、5、7.5、および20%の各濃度の硫酸を各フラスコにそれぞれ50ml加え、オイルバスに浸した。オイルバスを150℃に設定し(陽圧状態であるため、試料温度は100℃程度)、2時間加熱した。加熱後の試料に水酸化カルシウムを加え、pH5.0に調整した後、前記した共通条件(但し、攪拌あり)に従って酵素加水分解を行った。
加水分解された試料溶液をフィルターろ過し、上清を得た。得られた各上清において回収された全糖量を、フェノール硫酸法によって測定した。
【0045】
結果は図1に示される通りであった(N=1)。
【0046】
結果に示されるように、3%以上の濃度の硫酸を使用すると全糖の回収量が大きく向上した。3〜5%の硫酸濃度が好ましいと判断された。なお、以降の実施例では、コストや安全性の観点も考慮し、硫酸濃度3%を採用した。
【0047】
実施例2: 処理温度の比較
下記のような実験を行って、前処理を行う際の最適温度を検討した。
実験方法:
乾燥ビール粕50gを1000ml容ガラス反応容器(スイス、ブッヒ・グラス・ウスター社製)に投入し、さらに3%硫酸を500ml加え、加温し実験を開始した。加温は、加温温度(処理温度)を50、60、70、80、および90℃の場合に分けて行った。
実験開始後、0、1、3、9および24時間の各時間(処理時間)に試料から1mlずつとって、水酸化カリウムを加えてpH5.0に調整した後、前記した共通条件(但し、100rpmの攪拌あり)に従って酵素加水分解を行った。
加水分解された試料溶液をフィルターろ過し、上清を得た。得られた各上清において回収された全糖量を、フェノール硫酸法によって測定した。
【0048】
結果は図2に示される通りであった(N=1)。
【0049】
結果に示されるように、3%濃度の硫酸を使用した場合、処理温度90℃でかつ処理時間3〜9時間の条件において全糖の回収量が大きく向上し、このうち9時間の条件で全糖の回収量が最も向上した。一方で、90℃の条件で24時間処理した場合に、回収全糖量の低下が見られた。なお、以降の実施例では、エネルギーコストの観点を考慮し、処理温度90℃、および処理時間3時間を採用した。
【0050】
実施例3: 酵素加水分解に用いるβグルコシダーゼ量の検討
下記のような実験を行って、酵素加水分解を行うために最適なβグルコシダーゼ量を検討した。
実験方法:
乾燥ビール粕50gを1000ml容ガラス反応容器(スイス、ブッヒ・グラス・ウスター社製)に投入し、さらに3%硫酸を500ml加え、3時間、90℃に加温した後、試料溶液をpH5.0に調整した。次いで、得られた試料溶液1mlに対して、0、0.01、0.05、0.1、および0.2容量%濃度になるようにβグルコシダーゼをそれぞれ添加したものを用意し、これらを50℃で、1、3、24、および48時間保持して、攪拌なしで酵素加水分解処理を行った。
加水分解された試料溶液をフィルターろ過し、上清を得た。得られた各上清について、YSI社製バイオケミストリーアナライザーを用いて、そのグルコース量を測定した。
【0051】
結果は図3に示される通りであった。図は、各時間に回収されたグルコース量(g/l)を示す。数値は平均値±標準誤差で表した(N=3)。
【0052】
結果に示されるように、βグルコシダーゼの添加量に応じて、グルコースを効率よく回収することができた。なお、以降の実施例では、βグルコシダーゼ濃度と処理時間(糖化時間)とのバランスと、コスト面を考慮し、βグルコシダーゼ濃度0.05%を採用した。
【0053】
実施例4: 酵素加水分解に用いるセルラーゼ量の検討
下記のような実験を行って、酵素加水分解を行うために最適なセルラーゼ量を検討した。
実験方法:
乾燥ビール粕50gを1000ml容ガラス反応容器(スイス、ブッヒ・グラス・ウスター社製)に投入し、さらに3%硫酸を500ml加え、3時間、90℃に加温した後、試料溶液をpH5.0に調整した。次いで、得られた前処理液1mlに対して、0.05%濃度になるようにβグルコシダーゼを加え、また、0、0.05、0.1、0.25、0.5%濃度になるようにセルラーゼをそれぞれ添加したものを用意し、これらを50℃で、1、3、24、および48時間保持して、攪拌なしで酵素加水分解処理を行った。
加水分解された試料溶液をフィルターろ過し、上清を得た。得られた各上清について、YSI社製バイオケミストリーアナライザーを用いて、そのグルコース量を測定した。
【0054】
結果は図4に示される通りであった。図は、各時間に回収されたグルコース量(g/l)を示す。数値は平均値±標準誤差で表した(N=3)。
【0055】
結果に示されるように、定量(0.05%)のβグルコシダーゼに、セルラーゼをさらに添加することでグルコースの回収量が向上した。セルラーゼの濃度と処理(糖化)時間が増えるに連れてグルコースの回収量も増加した。セルラーゼ濃度につき、0.25%と0.5%とでグルコース回収量に大きな差異はないこと、またコストの面から、以降の実施例では、セルラーゼ濃度0.25%を採用した。また、糖化時間については、濃度0.25%では糖化時間が長ければ長いほど回収グルコース量が増加する傾向がみられた点を考慮し、以降の実施例では、反応時間として5日間(120時間)を採用した。
【0056】
実施例5: 酵素加水分解液による発酵
下記のようにして、酵素加水分解後に得られた試料溶液(前処理した糖液)を用いて、発酵試験を行った。
実験方法:
乾燥ビール粕50gを1000ml容ガラス反応容器(スイス、ブッヒ・グラス・ウスター社製)に投入し、さらに3%硫酸を500ml加え、3時間、90℃で加温した後、試料溶液をpH5.0に調整した。次いで、得られた前処理液10mlに対して、0.05%濃度になるようにβグルコシダーゼと、0.25%濃度になるようにセルラーゼをそれぞれ添加して、50℃で5日間、100rpmの攪拌をしながら酵素加水分解処理を行った。
得られた試料溶液(前処理液)をフィルターろ過し、酵母Pichia stipitis NBRC10063(NBRC保存株)、およびSaccharomyces cerevisiae DV10(LALLEMAND社[Montereal,Canada]より入手可能)を用いて発酵を行った。
発酵条件は、ガラス試験管(50ml容量)を用い、前処理液をそれぞれ10mlずつ入れ、ここに初期菌体量がOD660=1(/ml)となるように酵母を調整して入れ、30℃で、4日間、1〜1.5rpm(回転装置:TAITEC社製Rotator RT-550)の条件にて発酵させた。発酵反応後の処理液を回収し、ガスクロマトグラフィ(GC)分析器(ガスクロ装置:島津GC17A、HSS4A、CR7A、キャピラリーカラム:Megabore ID=0.53mm 30m、全て株式会社島津製作所社製)を用いて、下記条件で回収された処理液中のエタノール濃度を測定した。
・昇温プログラム: 5分間、40℃→5分間、10℃/分で140℃まで昇温→3分間、140℃
・バイアル温度: 40℃
・シリンジ温度: 140℃
・インジェクター温度: 200℃
・ディテクター温度: 200℃
・保温時間: 15分間
【0057】
結果は図5に示される通りであった(N=1)。
【0058】
結果に示されるように、いずれの酵母でも発酵によるエタノール回収(約1.2%前後)が確認された。これは発酵阻害物などが含まれていないことを示すと考えられた。
【0059】
以上の実施例から、本発明により図6に示すように、草本系バイオマス原料として、ビール粕を用い、これを希硫酸中で加温処理し、アルカリで中和した後、この反応物を酵素加水分解処理して、糖液を得、それを微生物株で発酵することでエタノールを製造することができることが明らかになった。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】図は実施例1の硫酸濃度の比較試験の結果を示す。
【図2】図は実施例2の処理温度の比較試験の結果を示す。
【図3】図は実施例3の酵素加水分解に用いるβグルコシダーゼ量の検討結果を示す。
【図4】図は実施例4の酵素加水分解に用いるセルラーゼ量の検討結果を示す。
【図5】図は実施例5の酵素加水分解液による発酵試験の結果を示す。
【図6】図は本発明による方法の一つの実施形態を示すフロー図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
草本系バイオマス原料を、濃度0.5〜10%の希硫酸中、常圧、50〜100℃の条件下にて、1〜24時間処理した後、該処理物をアルカリで中和し、酵素によって加水分解処理することで糖液を得ることを特徴とする、草本系バイオマスの前処理方法。
【請求項2】
酵素加水分解の際に使用する酵素として、βグルコシダーゼとセルラーゼとを使用する、請求項1に記載の前処理方法。
【請求項3】
草本系バイオマス原料がビール粕である、請求項1または2に記載の前処理方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の前処理方法により得られた糖液を用いて、微生物によるエタノール発酵を行い、エタノールを製造することを特徴とする、エタノールの製造方法。
【請求項5】
エタノール発酵に使用する微生物が、Saccharomyces属、Pichia属、またはCandida属に属する酵母株である、請求項4に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−153442(P2009−153442A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−334811(P2007−334811)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】