説明

荷電粒子輸送機構

【課題】
対向する2個のレンズ電極を電気的に接続するための2組の可撓性のリード線の接触事故を防止するとともに当該部分の組立方法を簡略化し、当該機器の製造工数を低減し信頼性、保守性を向上する。
【解決手段】
4個で1組のレンズ電極4の規定位置に挿入され中間位置までナット24が螺入された締結ネジ23に、接続板21A、段差部21Bおよび接触板21Cで構成する接続ハーフリング21を締結ネジ23の横方向から挿入し、締結ネジ23を本締めし、接続ハーフリング21を対向する2個のレンズ電極4のそれぞれに固定する。同様に接続ハーフリング21を裏返した構造の接続ハーフリング22を紙面の裏面横方向から挿入し残りの2個のレンズ電極4に固定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、荷電粒子の質量と電荷数によって運動性の異なる現象を利用して荷電粒子の選別を行い、被検物質の質量スペクトルを得る質量分析計(以下、MSと記載する)、特に液体クロマトグラフ(以下、LCと記載する)と組合せて質量分析を行う液体クロマトグラフ質量分析計(以下、LC/MSと記載する)に関する。LC/MSにおいては、前段のLCで試料の移動速度別の分離および分離物の定量分析が行われる。また後段のMSで分離物の電離(イオン化)、電離した荷電粒子の荷電粒子選別部への輸送、荷電粒子選別部における荷電粒子の質量と電荷数による選別が行われ、前記分離物の詳細な定性分析が行われる。少量の分離物で詳細な定性分析を行うためには、荷電粒子の損失の少ない輸送機構が重要である。
【背景技術】
【0002】
以下、LC/MSを例に挙げて説明する。LC/MSにおいて、被検物質となる試料溶液はまず前段のLCで溶質ごとに分離された後、スプレーから大気中に噴霧される。スプレー先端には高電圧が印加されており、この高電圧で電離された霧状の荷電粒子(一般には陽イオン。以下、イオンと記載する)はMSの吸入口からMSの入射部に吸引され試料イオン流となる。試料イオン流は入射部の後段にあるQアレー(Q−array)およびオクタポールで輸送される。Qアレーは一般に偶数個のレンズ電極を1組として構成する。たとえば特許文献1には前記偶数個のレンズ電極によるイオンの輸送が記載されている。
【0003】
Qアレーおよびオクタポールを通過した試料イオン流はカドラポールマスフィルタ(以下、QMS)でイオンの質量電荷比によって選別(フィルタリング)され、QMS電極に印加した電圧(高周波と直流の重畳電圧)に依存した特定の質量電荷比のイオンのみが電流として取り出される。QMS電極に印加した電圧を走査することにより質量スペクトルが得られる。
【0004】
以下、図5によって従来のMSの基本的な構造を説明する。図5(A)において、高電圧が印加されたスプレー1先端で電離され放射された噴霧試料イオン流(以下、試料イオン流と記載する)はカバー2、サンプリングコーン3からなる入射部に入射し、数組のレンズ電極4で構成されたQアレー部を通過する。なおこの時、質量分析に必要のない溶媒の大部分は、吸入孔Sから導入されサンプリングコーン3とカバー2の間隙から外部に噴出する窒素ガス流によって除去される。
【0005】
1組のレンズ電極4は図5(B)に示すように4個のレンズ電極4で構成されており、対向するレンズ電極4たとえば上下の2個のレンズ電極4には等しい輸送用電圧が印加される。一般に輸送用電圧は高周波電圧である。また左右の他の2個のレンズ電極4には前記高周波電圧と逆位相の高周波電圧が印加される。以下、両者を含め単にRF電圧と記載する。試料イオン流はRF電圧により発生するRF電界によって集束力を受けつつ、スキマー5を通過し後段のオクタポール部、さらにMSフィルタ部に導かれる。Qアレー部においては、設計上の必要に応じて複数組のレンズ電極4が用いられる。レンズ電極4の形状は各段毎に異なるものが使用される場合もあるが、図5では3組の同一形状のレンズ電極4を例示した。
【0006】
オクタポール部は8本のロッドからなるオクタポール6で構成され、試料イオン流はオクタポール6に印加された電圧によりさらに輸送されアパーチャ7を通過してMSフィルタ部に入射する。試料イオン流はその質量電荷比(M/e)によって、4本のロッドまたはその断面が双曲線形状の4個の電極で構成されるカドラポール8に印加した分析電圧(高周波と直流の重畳電圧)によって質量選別を受け、特定の質量電荷比のイオンのみがコレクタ9から電流として取り出される。コレクタ9には2次電子倍増管が用いられることが多い。分析電圧を走査することによって試料イオン流の質量スペクトルを得ることができる。
【0007】
試料イオン流とともに入射部に吸引された主に溶媒・キャリアガスなどからなる中性粒子および、MSフィルタ部の通過の際に質量選別により発散軌道を蛇行運動した後各電極と衝突して中性化された粒子などは、各部に設けられた排気口A、排気口Bおよび排気口Cから、各排気口に接続された真空ポンプ(図示せず)によって常時排気され除去される。
【0008】
図6(A)および(B)はレンズ電極4部分の組立例および対向するレンズ電極4の導電接続例を3組のレンズ電極4の場合に対して示している。4個1組のレンズ電極4は絶縁物の保持リング10、絶縁物の絶縁スペーサ13を介して相互に絶縁され、締結ネジ12およびナット14で締結されている。対向するレンズ電極4はリード線11aおよび11bによりそれぞれ電気接続されている。なおリード線11aおよび11bは相互に接触しないように配設されているので、図6(A)ではリード線11aおよび11bが重なる部分を記号的に示している。
【0009】
【特許文献1】特開2000−149865号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の質量分析計の構造は以上のとおりであるが、この構造ではQアレー部内の、対向するレンズ電極4の電気接続のための構造に問題がある。すなわち、基本的に不定形である可撓性のリード線11aおよび11bは、真空環境に置かれる関係で放出ガス量の大きな有機物絶縁チューブで覆うことには問題があり、またガラス被覆などを行うにしても曲げの制限や使用中の破損などの問題が生じるため、通常裸線で使用される。しかしこの方法は、裸線の材料硬度が大きいほど作業性が悪く、また硬度が小さいほど、限られた空間に近接して配設されている複数のリード線相互または導体の外囲器などと常に接触の危険性を有しており、当該機器の信頼性を阻害する。
【0011】
また、レンズ電極4部分の組立時にリード線11aおよび11bをレンズ電極4に確実に締結するためには、リード線11aおよび11bの端部にラグ金具等の補助部品をロウ付けなどの方法であらかじめ固定しておくことが望まれるが、この方法は常温の使用時においても、また特に真空度を向上させるための焼きだし処理(ベークアウト)時においても放出ガス量を増加させ、また焼きだし温度も制限され、真空中で使用される当該機器の性能に問題を生じていた。
【0012】
さらに従来の構造では不定形の可撓性部品の形状を適切に保って組立を行い、またリード線相互または質量分析計の外囲器などとの不測の接触が生じないように部品および当該機器を保管・輸送し、また管理する必要があるため、作業効率や信頼性、保守性に問題があった。本発明はこのような問題点を解決する手段を提供することを目的とするもので、当該機器の製造工数の低減、ならびに信頼性、保守性の向上を図るための発明である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は上記課題を解決するために、荷電粒子輸送機構において、対向するそれぞれのレンズ電極と接触し電気接触されるそれぞれの接触板と、前記荷電粒子流の通過領域の外に配設され前記それぞれの接触板を電気的に接続する接続板を設ける。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、形状の定まった放出ガス量の少ない部品を使用して、対向するレンズ電極同士を簡単確実に電気的に接続でき、組立後の形状変化も生じないため、当該機器の組立が簡単になり、当該機器の製造工数の低減、ならびに信頼性、保守性の向上が達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明が提供する質量分析計の特徴は、対向するレンズ電極面のそれぞれと接触する接触板と、接触板を接続板にて接続したことにある。
【0016】
以下図示例にしたがって説明する。なお図1および図2において、図5および図6と同符号の部品の構造および動作は図5および図6と同一である。図1(A)は本発明のレンズ電極4部分の構成を示す正面図、図1(B)は同部分の斜視図、図2はレンズ電極4と接触板21Cが接する部分の詳細図である。本発明の接続手段として機能する接続ハーフリング21は、接続板21A、段差部21Bおよび接触板21Cから構成され一体化されている。接続ハーフリング21の材質としては銅板、アルミニウム板、ステンレス板など、導電性の良好な材料が挙げられる。接触板21Cはその端部にU字形凹部Uを持ち、U字形凹部U、締結ネジ23およびナット24で接続ハーフリング21がレンズ電極4に締結される。
【0017】
この際、最初に締結ネジ23をレンズ電極4の規定の孔に挿入し、ナット24を中間位置まで螺入した後、U字形凹部Uを利用して接続ハーフリング21を図2に示すように横方向から挿入し、本締めを行って締結を完了することができる。段差部21Bは、接続板21Aと接触板21Cを軸心方向にたとえば数mmの段差を確保して一体化する。一体化の方法は単に一枚の平面板を切り抜き、接続板21A、段差部21Bおよび接触板21Cの各寸法に合致するように曲げ加工しても、溶接などの電導性のある方法で固着しても良い。
【0018】
接続ハーフリング21および接続ハーフリング22は反対方向からレンズ電極4と接続される。なお接続ハーフリング21とともに本発明の接続手段として機能する接続ハーフリング22は、説明上接続ハーフリング21と別符号を与えたが、両者は同構造の部品を表裏に配置したものであるので、接続ハーフリング22の詳細な説明は省略する。前記のようにU字形凹部Uを設けた効果で、図2に示すごとくあらかじめ締結ネジ23にナット24を中間位置まで螺入した状態で接触板21Cを横位置から挿入することができるので、組立が効率的になり、組立工程が迅速化される。また図1(A)では接続ハーフリング21と接続ハーフリング22は約90゜の範囲で重なっているが、段差部21Bの効果で両者は軸心方向の前後に配置されるので、接触などの干渉は生じない。なお、図1では接続ハーフリング21側では紙面表面側に締結ネジ23が、また接続ハーフリング22側では紙面表面側にナット24が示されているが、紙面表面側に全部の締結ネジ23、裏面側に全部のナット24を配設しても特別な支障は生じない。
【0019】
本発明は上記の実施例に限定されるものではなく、さらに種々の変形実施例を挙げることができる。たとえば図1では1組のレンズ電極4は2対4枚であるが、2対以上あればよい。したがって接続板21Aは必ずしも軸心方向と直交している必要はない。また接続板21Aは半円形である必要はなく、楕円形や多角形の一部の形状あるいは直線部があっても良い。段差部21Bの方向は必ずしも軸心に平行方向には限定されない。段差部21Bを複数箇所設けることもできる。また段差部21Bは接続板21A同士の接触を回避するための手段として有用であるが、段差部21Bを使用せず、接続板21Aと接触板21Cを直接接続し、接続板21A自身を軸心方向に3次元的に湾曲させ、接続板同士の接触を回避しても良い。さらにレンズ電極4と接触板21Cの接触は面接触である必要はなく、たとえば接触板21Cの一部に突起を作成し、点接触とすることも考えられる。
【0020】
接続板21Aは図3の接続板25Aに示すように、図1(B)と異なる方向を厚み方向とし、そこに段差部25Bおよび接触板25Cを一体化してもよい。またU字形凹部Uの形状はU字形に限定されるものではなく、U字形の底部にたとえばフラスコの断面状のふくらみを設けて組立時の位置決めおよび抜け止め効果をさらに改善しても良い。凹部を引きかけ形状(鈎形など)とし、または凹部に替えて円孔などとしても本発明の効果は損なわれない。また図4の接触板26Cに示すように、U字形凹部Uの端部を平面でなく、僅かに持ち上げた形状として組立時に接触板26Cと図2の締結ネジ23をさらに抜けにくくし作業性を改善することも考えられる。本発明はこれらをすべて包含する。また締結部材として締結ネジ23を例にあげ説明したが、ネジを用いない締結部材も使用可能で締結ネジに限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、イオンの質量と電荷数によって運動性の異なる現象を利用してイオンの選別を行い、被検物質の質量スペクトルを得る質量分析計、特に液体クロマトグラフと組合せて質量分析を行う液体クロマトグラフ質量分析計
に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の構成を示す図で図(A)は横断面を示し、図(B)はレンズ電極と接続板との関係を斜視的に示す図である。
【図2】本発明の接続ハーフリングとレンズ電極の固定方法を示す図である。
【図3】本発明の変形実施例を示す図である。
【図4】本発明の他の変形実施例を示す図である。
【図5】従来の質量分析計の構成例を示す図である。
【図6】従来の質量分析計のレンズ電極部の縦断面を示す図である。
【符号の説明】
【0023】
1 スプレー
2 カバー
3 サンプリングコーン
4 レンズ電極
5 スキマー
6 オクタポール
7 アパーチャ
8 カドラポール
9 コレクタ
10 保持リング
11a リード線
11b リード線
12 締結ネジ
13 絶縁スペーサ
14 ナット
21 接続ハーフリング
21A 接続板
21B 段差部
21C 接触板
22 接続ハーフリング
23 締結ネジ
24 ナット
25A 接続板
25B 段差部
25C 接触板
26C 接触板
A 排気口
B 排気口
C 排気口
S 吸入孔
U U字形凹部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸心に沿って試料の荷電粒子流を入射させる入射部と、入射部の後段における前記軸心を挟んで対向する少なくとも二対のレンズ電極を備え、このそれぞれのレンズ電極に輸送用電圧を印加し、軸心の周囲に発生する電界により試料荷電粒子を次段に輸送する荷電粒子輸送機構において、前記対向するそれぞれのレンズ電極と接触され電気的に接続されるそれぞれの接触板と、前記荷電粒子流の通過領域外に配設され前記それぞれの接触板を電気的に接続する接続板を設けたことを特徴とする荷電粒子輸送機構。
【請求項2】
接触板には、レンズ電極との接触を固定する締結部材が挿入できる凹部が形成されていることを特徴とする請求項1記載の荷電粒子輸送機構。
【請求項3】
荷電粒子がイオンであることを特徴とする請求項1または2に記載の荷電粒子輸送機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−194097(P2007−194097A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−11853(P2006−11853)
【出願日】平成18年1月20日(2006.1.20)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】