説明

菌類及び/又は植物の新規有用変異株の取得方法

【課題】 菌類及び植物の有用変異株を取得する方法を提供すること。
【解決手段】 一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫。菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養し、生育した株を選択することを含む、菌類又は植物の有用変異株の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌類及び/又は植物の新規有用変異株の取得方法、並びに該方法により得られた菌類及び植物の変異株に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は太陽光(1000〜2000μmole.m-2.sec-1)という実験室内では再現することが困難な強光下で光合成を行っている。露地での光合成速度は午前中の10時、また午後の4時に最大値を示し、昼間は光合成速度が低下する。昼間は強光下で光合成をおこなっているが、強光により葉緑素は三重項クロロフィルへ励起され、そのエネルギーは3重項酸素にわたされ、多量の一重項酸素を発生する(図1)。一重項酸素は光合成器官のチラコイド膜の脂質を過酸化脂質として破壊する。膜構造からのイオン流出を可能とし、光合成速度を低下させる。この太陽光エネルギーを効率的に植物が利用するためには、発生した一重項酸素を速やかに消去することを可能とする変異を誘起する技術が必要となる。
【0003】
本発明者らは、種々の植物の変異株を得る方法として、メチルビオローゲン;Methyl viologen (Mv)、過酸化水素、NOを変異原として用いる方法を開発し、特許出願した(特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開2006-296359号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開2006-296359号公報に記載の方法では、活性酸素耐性株は比較的光照射の強い(160 μmole. m-2.sec-1)下に単離されている。さらに温室で、また露地で、太陽光(1000〜2000μmole. m-2.sec-1)に変異植物をさらし、変異植物を選抜している。植物はこのような強光照射を行うことにより、三重項クロロフィルを生じ、そのエネルギーは三重項酸素(基底状態)に与えられ、一重項酸素を生ずる(図1)。太陽光の強光照射による一重項酸素の発生過程は、実験室の光照射(60 μmole. m-2.sec-1)下でMvによりスーパーオキシドを発生する過程とは全く異なる。
【0006】
細胞内に取り込まれたMvは、光合成の結果PSI(光化学系I)に生じた還元力により、還元型フェレドキシンを生ずる代わりに、還元型Mvを生ずる。還元型Mvは三重項酸素に電子をわたし、スーパーオキシドを生ずる。スーパーオキシドはスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の働きにより過酸化水素に還元される。Mvの非存在下では、還元型フェレドキシンは2モノデヒドロアスコルビン酸をアスコルビン酸にする。そのアスコルビン酸とアスコルビン酸ペロキシダーゼ(Apx)は共役し過酸化水素を水と酸素にする。PSI(光化学系I)に生じた還元力により、通常状態でもメーラー反応をとうして、スーパーオキシドを生じている。このスーパーオキシドはSODにより過酸化水素となり、さらにアスコルビン酸とApxが共役し、過酸化水素を水と酸素にし、無害化される。Mv存在下では還元型フェレドキシンを生ずる代わりに、還元型Mvを生ずるために、アスコルビン酸が生産できず、従って、Apxも活動できない。過酸化水素は過剰に蓄積し、植物は枯死する。以上の知見は、Mv存在下では、還元型フェレドキシンは生ぜず、アスコルビン酸も生じない。従ってApxも活性をもたない。このように活性が存在しない状態では、それらの変異株は一般的には得ることができない。
【0007】
このようにMvは還元型フェレドキシンを生ずる代わりに還元型Mvを生じる。従って、2モノデヒドロアスコルビン酸が蓄積し、アスコルビン酸ペルオキシダーゼが活性を持たず、過酸化水素が蓄積する。
過酸化水素の過剰蓄積はFeなどの金属の存在下にフェントン反応を誘起し、過酸化水素よりヒドロキシラジカルを生ずる。それにより突然変異を生ずる。Mv存在下ではヒドロキシラジカルを生じ、その結果の耐性変異を生じた株である。これらの知見は、Mv存在下では、還元型フェレドキシン以降の因子の変異株は単離できないことを意味する。
【0008】
シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のAtNDK-1を用いた酵母Two-hybrid法により、シロイヌナズナのカタラーゼ、AtCat-1, AtCat-2, AtCat-3がAtNDK-1と複合体を形成すること、AtNDK-1を過剰発現した株ではMvおよび過酸化水素に耐性になることを報告した(Fukamatsu, Y., Yabe, N. and Hasunuma, K. 2003, Arabidopsis NDK1 is a component of ROS signaling by interacting with three catalases. Plant Cell Physiol. 44, 982-989.)。植物においても、一重項酸素の消去はアカパンカビと同様に行われている。AtNDK-1P93S変異タンパク質は野生株に比べてそのATPによるリン酸化が1%程度である。このAtNDK-1P93Sを過剰発現させたシロイヌナズナは光照射下 (80 μmole.m-2.sec-1) に1μM Mvで酸化ストレスをかけると、AtCat(=AtCat-1, AtCat-2, AtCat-3)は明らかに一重項酸素の結合が増加し、野生型AtNDK-1を過剰発現した株のAtCatより、未変性ゲル電気泳動での泳動度が早くなる。AtCatが一重項酸素を多く結合している。野生型AtNDK-1を過剰発現した株では、AtCatの移動度は野生株よりも遅くなり、一重項酸素の結合が少ないと判断できる。AtCatが示すこの反応はアカパンカビで見られた反応と本質的に同一である(Yoshida, Y., Ogura, Y. and Hasunuma, K. 2006, Interaction of nucleoside diphosphate kinase and catalases for stress and light responses in Neurospora crassa. FEBS Letters 580, 3282-3286)。
【0009】
上記に示したように、Mvを用いた方法では、はっきりと一重項酸素に対する耐性株であると推論できる基礎が存在しない。さらに植物細胞内に多数(シロイズナズナでは9種類)存在するApxはアスコルビン酸が存在しないために、活性を持たず、変異株の単離が容易ではない。また抗酸化を示すために必要とされる、アスコルビン酸が活性化されないために、おおくの抗酸化過程に関与する過程の変異株も単離されない。
これらの状態を打破するために、新しい一重項酸素に対する耐性株を単離する方法を開発することを本発明の目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、菌類又は植物に紫外線を照射して、突然変異を誘起した後、リボフラビンを培地に加え、太陽光で照射し、一重項酸素で充満させた条件下で生育した変異株に高頻度で以下の変異株が含まれることを見出し、本発明を完成させるに至った。
1)一重項酸素耐性株。
2)一重項酸素を熱変換するカロテノイドの過剰発現変異株。
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(2)変異を導入していない株と比較して、10μM以上のリボフラビンを含有する培地中で、1000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下で生育の良い(1)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(3)変異を導入していない株と比較して、100μMのリボフラビンを含有する培地中で、100μmole・m-1・sec-1をこえる白色光の照射下で生育の良い(1)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(4)さらに、一重項酸素以外の活性酸素に対しても耐性がある(1)〜(3)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【0012】
(5)変異を導入していない株と比較して、1μMのメチルビオローゲンを含有する培地中で生育の良い(4)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(6)変異を導入していない株と比較して、収穫量が多い(1)〜(5)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(7)変異を導入していない株と比較して、1.3倍以上の収穫量を示す(6)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(8)変異を導入していない株と比較して、イネ科またマメ科においてはその茎の数(分ゲツ数および枝の数)が1.5倍以上の数を示す(6)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【0013】
(9)変異を導入していない株と比較して、ヌクレオシド2リン酸キナーゼ活性が1.3倍以上高い(1)〜(8)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(10)変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科、およびサツマイモにおいてはヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が高い(9)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(11)変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科ではヌクレオシド2リン酸キナーゼおよびカタラーゼの活性およびタンパク質量が高い(9)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(12)変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科では粗抽出液、または可溶性、葉緑体、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画でヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が異なる(11)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【0014】
(13)変異を導入していない株と比較して、マメ科およびイネ科では37~70 kDa のヒスチジンキナーゼ様のリン酸化されるタンパク質がそれぞれ可溶性分画および葉緑体分画で高い(1)〜(12)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(14)変異を導入していない株と比較して、カタラーゼ活性が1.2倍以上高い(1)〜(13)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(15)変異を導入していない株と比較して、緑が濃い(1)〜(14)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(16)変異を導入していない株と比較して、概日性リズムが変化している(1)〜(15)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【0015】
(17)変異を導入していない株と比較して、花芽形成時期が変化している(1)〜(16)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(18)菌類が子嚢菌類に属するものである(1)〜(17)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(19)菌類がアカパンカビである(18)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(20)植物が単子葉植物又は双子葉植物である(1)〜(17)のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【0016】
(21)単子葉植物が、オートムギ、コムギ、オオムギ、イネ又はトウモロコシである(20)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(22)双子葉植物が、ブロッコリー、ペチュニア、アブラナ、ダイズ、サツマイモ、アラスカエンドウ又は甜菜である(20)記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
(23)菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養し、生育した株を選択することを含む、(1)〜(22)のいずれかに記載の変異菌又は変異植物の作製方法。
(24)変異誘起処理が、活性酸素若しくは活性酸素発生剤への暴露及び/又は紫外線照射である(23)記載の方法。
【0017】
(25)活性酸素発生剤への暴露が、1〜80 μMのメチルビオローゲンを含有する培地中での菌類又は植物の培養である(24)記載の方法。
(26)紫外線照射が、3〜10 μmole・m-2・sec-1の紫外線を1〜5分間菌類又は植物に照射することである(24)記載の方法。
(27)一重項酸素が発生する条件下での培養が、一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での光照射下の培養である(23)〜(26)のいずれかに記載の方法。
(28)一重項酸素発生光増感剤が、リボフラビン、ポルフィリン、メチレンブルー、ローズベンガル、FMN(フラビンモノヌクレオチド)及びFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)からなる群より選択される(27)記載の方法。
【0018】
(29)一重項酸素発生光増感剤がリボフラビンである(28)記載の方法。
(30)照射する光が太陽光である(27)〜(29)のいずれかに記載の方法。
(31)10〜80 μMのリボフラビンを含有する培地中で、1000〜2000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下に菌類又は植物を培養する(30)記載の方法。
(32)菌類の分生子又は植物の発芽種子、苗若しくは成長点を含む器官に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する(23)〜(30)のいずれかに記載の方法。
(33)野生株の菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する(23)〜(32)のいずれかに記載の方法。
【0019】
(34)一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する(23)〜(32)のいずれかに記載の方法。
(35)一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫が、野生株の菌類又は植物を一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤に暴露して得られた変異菌若しくは変異植物又はその子孫である(34)記載の方法。
(36)一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤が、メチルビオローゲン、過酸化水素及びNaニトロプルシッドからなる群より選択される少なくとも1種類の化合物である(35)記載の方法。
【0020】
(37)一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤への暴露が、1〜80 μMのメチルビオローゲンを含有する培地中での野生株の菌類又は植物の培養である(35)又は(36)に記載の方法。
(38)(1)〜(22)のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の細胞又は組織。
(39)(1)〜(22)のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の種子。
(40)(1)〜(22)のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の自家受精又は交配により、所望の性質及び/又は形質を示す株を作製する方法。
(41)(40)記載の方法で作製した植物株又はその子孫。
【0021】
(42)(41)記載の植物株又はその子孫の細胞又は組織。
(43)(41)記載の植物株又はその子孫の種子。
(44)一重項酸素発生光増感剤を含む、有用な変異を誘発した菌類又は植物を作製するための組成物。
【0022】
図2に、活性酸素の発生と消去のスキームを示す。分子状酸素,O2は基底状態では,3重項酸素である。リボフラビン等の存在下に光照射すると,O2は励起され,一重項酸素となる。一重項酸素はNDPキナーゼ(NDK)を含むヒスチジンキナーゼと複合体を形成するカタラーゼにより捕捉され、その状態で電子供与体であるNAD(P)Hより,電子を受け取り,O2-(スーパーオキシドアニオンラジカル;略して,スーパーオキシドという)を発生する可能性があるが、証明はされていない。さらにこのスーパーオキシドは,スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により
,過酸化水素,H2O2とO2になる。Mvは生体の中で,光照射下に還元型フェレドキシンを生ずる代わりに還元型Mvを生じ、触媒的にO2-(スーパーオキシド)を生ずる。過酸化水素、H2O2はカタラーゼにより、H2O とO2になる。 O2-はNOと反応して、ONOO-、パーオキシナイトライトを生ずる。これは強い酸化活性を持ち、DNA中のC, 5-Methyl-Cを酸化し、脱アミノ化し、U、および Tに塩基転位する。NaニトロプルッシドはNO発生剤である。NOも活性酸素の1種で、これらの活性酸素分子種をReactive Oxygen Species(ROS)として、総称する。O2-、H2O2はヒドロキシラジカルOH・-を生ずる。これは酸化活性が強く、DNA中のGを8-OH-G(8-ヒドロキシ-グアニン)とし、それにはAが対合するため、G→Tの塩基転換を誘起する。
【0023】
リボフラビンは、生体(細胞)の中で,光照射下に触媒的に分子状酸素(O2)から一重項酸素(1O2)を生ずる。
【発明の効果】
【0024】
本発明により、菌類及び/又は植物の有用な変異株を取得する方法が提供された。
また、本発明により、変異を導入していない株(例えば、野生株)よりも優れた性質や形質を持つ菌類及び植物の変異株が提供された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0026】
本発明は、一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫を提供する。一重項酸素に対する耐性は、変異菌若しくは変異植物又はその子孫を一重項酸素が発生する条件下で培養し、その生育状態を調べ、変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較することによって確認することができる。一重項酸素が発生する条件下での培養としては、一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での光照射下の培養を挙げることができる。一重項酸素発生光増感剤としては、リボフラビン(7,8-ジメチル-10-D-リビチルイソアロキサジン)、ポルフィリン、メチレンブルー、ローズベンガル、FMN(フラビンモノヌクレオチド)、FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)などを例示することができるが、これらに限定されることはない。リボフラビンは、葉の表面に塗布しても細胞内に透過させることができる。リボフラビンは光照射により励起され、そのエネルギーを三重項酸素に渡し、一重項酸素を生ずる。照射する光は、太陽光(直射日光)であるとよいが、12 cmの水槽で熱遮断し、ドラフトで換気し、400 Wの白熱燈2基により1500 μmole・m-2・sec-1の光量を得てもよく、これらの数値や材料は適宜変更するとよい。一重項酸素が発生する条件下での培養の一例として、10〜80 μMのリボフラビンを含有する培地中で、1000〜2000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下に菌類又は植物を培養することを挙げることができる。
【0027】
例えば、本発明の変異菌若しくは変異植物又はその子孫は、変異を導入していない株と比較して、10μMのリボフラビンを含有する培地中で、1000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下で生育が良い。あるいは、本発明の変異菌若しくは変異植物又はその子孫は、変異を導入していない株と比較して、100μMのリボフラビンを含有する培地中で、100μmole・m-1・sec-1をこえる白色光の照射下で生育の良いものであってもよい。
【0028】
本発明の変異菌若しくは変異植物又はその子孫は、さらに、一重項酸素以外の活性酸素に対しても耐性があるものであってもよい。一重項酸素以外の活性酸素に対する耐性は、変異菌若しくは変異植物又はその子孫を一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤に暴露した後、その生育状態を調べ、変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較することによって確認することができる。一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤への暴露としては、一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤を含有する培地中での培養を挙げることができる。一重項酸素以外の活性酸素としては、スーパーオキシドアニオンラジカル、ヒドロキシラジカル、ペルオキシナイトライト、過酸化水素、一酸化窒素、二酸化窒素、オゾン、過酸化脂質などを例示することができ、一重項酸素以外の活性酸素発生剤としては、メチルビオローゲン(Mv)、過酸化水素、Naニトロプルシッドなどを例示することができるが、これらに限定されることはない。Mvは、光照射下で菌体及び植物の体内で活性酸素を発生させることができる。過酸化水素は、細胞の形質膜を透過しうる。そのためかなり直接的に細胞内に入り,比較的安定に,2次情報の機能を持つと言われている。Naニトロプルシッドは、水に良く解け,溶液としては不安定で,培地に入れ,NOを生ずる。NO はNO・(NOラジカル)となり,細胞の中で,チトクロムオキシダーゼを阻害し,呼吸を低下させ,またミトコンドリアからのCa++の放出を促進する。またNO・はグア二ール酸シクラーゼに結合して,それを活性化し,cGMPレベルを上昇させる。活性酸素発生剤がMvの場合、1〜80 μMのMvを含有する培地中で菌類又は植物を培養するとよい。
【0029】
一重項酸素以外の活性酸素に対しても耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫は、例えば、変異を導入していない株と比較して、1μMのメチルビオローゲンを含有する培地中で生育が良い。
【0030】
本発明の変異菌若しくは変異植物又はその子孫の種類は、特に限定されるものではないが、子嚢菌類に属する菌類(例えば、アカパンカビ(Neurospora)、コウジカビ(Aspergillus))の他、低温で担子形成誘導のかかる担子菌類(例えばシイタケ,マツタケ,エノキダケ,シメジ,ナメコ等)のカロテノイド生成においてはその誘導促進に充分この技術を応用することができる。また子嚢菌類では発酵に用いられる,コウジカビ(Aspergillus oryzae)はアカパンカビに類似するところが多く,その発酵への応用が期待できる。以上の子嚢菌類および担子菌類、オートムギ、トウモロコシ、コムギ,オオムギ,イネ(水稲,および陸稲)などの単子葉植物、サツマイモ、アラスカエンドウ、ブロッコリー、ペチュニア、アブラナ、ダイズ、甜菜などの双子葉植物を例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0031】
本発明の変異菌若しくは変異植物又はその子孫は、以下の形質及び/又は性質を示しうる。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、収穫量が多い。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、1.3倍以上の収穫量を示す。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、イネ科またマメ科においてはその茎の数(分ゲツ数および枝の数)が1.5倍以上の数を示す。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、ヌクレオシド2リン酸キナーゼ活性が1.3倍以上高い。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、マメ科、イネ科、およびサツマイモにおいてはヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が高い。
【0032】
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、マメ科、イネ科ではヌクレオシド2リン酸キナーゼおよびカタラーゼの活性およびタンパク質量が高い。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、マメ科、イネ科では粗抽出液、または可溶性、葉緑体、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画でヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が異なる。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、マメ科およびイネ科では37~70 kDa のヒスチジンキナーゼ様のリン酸化されるタンパク質がそれぞれ可溶性分画および葉緑体分画で高い。
【0033】
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、カタラーゼ活性が1.2倍以上高い。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、緑が濃い。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、概日性リズムが変化している。
・変異を導入していない株(例えば、野生株)と比較して、花芽形成時期が変化している(花芽形成時期が早い、あるいは遅い)。
【0034】
ヌクレオシド2リン酸キナーゼ活性は、Agarwal, R. P., Robison, B. and Parks, R. E. Jr. 1978, [49] Nucleoside diphosphate-kinase from human erythrocytes. Methods Enzymol. 51, 376-386に記載の方法で測定することができる。
ヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性は、Oda, K. and Hasunuma, K. 1994, Light signals are transduced to the phosphorylation of 15 kDa proteins in Neurospora crassaに記載の方法で測定することができる。しかし通常リン酸化反応を見る場合は論文中の反応液からTritonX-100, NADH,リボフラビンは除く。
【0035】
カタラーゼの活性は、Fukamatsu, Y., Yabe, Y. and Hasunuma, K. 2003, Arabidopsis NDK-1 is a component of ROS signaling by interacting with three catalases. Plant Cell Physiol. 44, 982-989に記載の方法で測定することができる。
植物の粗抽出液、可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画は、以下のようにして、調製することができる。
【0036】
まず、イネの場合、高収穫特性を示す変異株の生化学的解析は以下のように行なった。自殖第2代の植物の葉を切り出し、フォイルに包み、液体窒素で凍結し、-80 ℃で保存した。作業は全て暗黒下または暗緑色安全光のもとで0〜4 ℃で行なった。野生株および2つの変異株の葉1gを氷冷した乳鉢の中で、5mlの抽出バッファー(20 mM Tricine-NaOH,pH 7.8, 5 mM MgCl2, 0.4 M sorbitol, 0.01% Dithiothreitol)で、30回強く乳棒で磨砕した。抽出液を2重のナイロン布でこし、それを粗抽出液とした。その粗抽出液を 1,000 rpm、 (1,000xg) で10分遠心し、その沈澱物は葉緑体分画(Chl)として、扱った。その上清はさらに20,000rpm (2,000xg),20分で遠心し、その上清を可溶性分画とした。さらにその沈殿をRe-suspension buffer(20 mM Tricine-NaOH,pH 7.8, 5 mM MgCl2,0.01% Dithiothreitol)で懸濁し、それを1,000rpm (1,000xg),10分の遠心により、葉緑体の混入を除去した。その上清を20,000xg, 10分で遠心し、ミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画を沈澱として得た。Re-suspension bufferにてその沈澱を懸濁し、小分けして、-80 ℃で保存した。イネ科の植物の粗抽出液、可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画は、この方法に準じて調製することができる。
【0037】
アラスカエンドウの場合は以下の方法で、粗抽出液を作成し、さらにミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画、葉緑体分画、可溶性分画に分けた。種々の処理は暗緑色の安全光のもとで、0-4 ℃で行った。葉の重量の5倍量の抽出緩衝液(30 mM Mops,pH 7.3, 3 mM EDTA, 25 mM Cystein, 0.3 M Manitol)を冷やした乳ばちに入れ、乳棒で30回強くすり潰した。それを2重のナイロン布でこし、絞った。葉緑体は高速遠心で,4000 rpm(4,000xg) 5分での沈澱をとった。その上清をさらに10,000 rpm(10,000xg), 10分で沈澱をとり、それをミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画とした。その上清を可溶性分画とした。これらは小分けされ、フォイルで包み、-80 ℃で保存した。マメ科の植物の粗抽出液、可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画は、この方法に準じて調製することができる。
【0038】
菌類の粗抽出液、可溶性分画は、Oda, K. and Hasunuma, K. 1994, Light signals are transduced to the phosphorylation of 15 kDa proteins in Neurospora crassaの論文で示す方法で、調製することができる。
37~70 kDa のヒスチジンキナーゼ様のリン酸化されるタンパク質は、上記の方法で調製したイネ科の植物の可溶性分画、葉緑体分画、マメ科の植物の可溶性分画、葉緑体分画に観察される。またリン酸化はNDKのリン酸化と同じ方法で検出することができる。
植物の緑の濃さは、例えば、市販の葉緑素計(Chlorophyll meter, SPAD-502, Konica Minolta)で測定することができる。
【0039】
また、本発明は、菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養し、生育した株を選択することを含む、変異菌又は変異植物の作製方法を提供する。本発明の方法により、一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫を作製することができる。一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫は上記の通りである。
変異誘起処理としては、活性酸素又は活性酸素発生剤への暴露、紫外線照射などを挙げることができる。活性酸素(一重項酸素を含む)及び活性酸素発生剤(一重項酸素発生剤を含む)は上記の通りである。活性酸素発生剤がMvの場合、1〜80 μMのMvを含有する培地中で菌類又は植物を培養するとよい。また、紫外線は、3〜10 μmole・m-2・sec-1の光量で、1〜5分間照射するとよい。
【0040】
変異誘起処理は、菌類の分生子(菌糸を取り除いたもの)、植物の発芽種子、植物の苗、植物の成長点を含む器官(例えば、茎、腋芽など)などに施すとよい。
【0041】
一重項酸素が発生する条件下での培養としては、一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での光照射下の培養を挙げることができる。一重項酸素発生光増感剤としては、リボフラビン(7,8-ジメチル-10-D-リビチルイソアロキサジン)、ポルフィリン、メチレンブルー、ローズベンガル、FMN(フラビンモノヌクレオチド)、FAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)などを例示することができるが、これらに限定されることはない。リボフラビンは、葉の表面に塗布しても細胞内に透過させることができる。リボフラビンは光照射により励起され、そのエネルギーを三重項酸素に渡し、一重項酸素を生ずる。照射する光は、太陽光(直射日光)であるとよいが、12 cmの水槽で熱遮断し、ドラフトで換気し、400 Wの白熱燈2基により1500 μmole・m-2・sec-1の光量を得てもよく、これらの数値や材料は適宜変更するとよい。一重項酸素が発生する条件下での培養の一例として、10〜80 μMのリボフラビンを含有する培地中で、1000〜2000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下に菌類又は植物を培養することを挙げることができる。
【0042】
本発明の方法により変異を誘発させる菌類及び植物の種類は、特に限定されるものではないが、子嚢菌類に属する菌類(例えば、アカパンカビ(Neurospora)、コウジカビ(Aspergillus))の他、低温で担子形成誘導のかかる担子菌類(例えばシイタケ,マツタケ,エノキダケ,シメジ,ナメコ等)のカロテノイド生成においてはその誘導促進に充分この技術を応用することができる。また子嚢菌類では発酵に用いられる,コウジカビ(Aspergillus oryzae)はアカパンカビに類似するところが多く,その発酵への応用が期待できる。以上の子嚢菌類および担子菌類、オートムギ、トウモロコシ、コムギ,オオムギ,イネ(水稲,および陸稲)などの単子葉植物、サツマイモ、アラスカエンドウ、ブロッコリー、ペチュニア、アブラナ、ダイズ、甜菜などの双子葉植物を例示することができるが、これらに限定されるわけではない。
【0043】
本発明の方法において、変異誘起処理を施す菌類又は植物は、野生株であってもよいし、変異株やその子孫であってもよい。変異誘起処理を施す変異株としては、一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌、変異植物、その子孫などを挙げることができる。一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌、変異植物及びその子孫は、一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤に菌類及び植物(野生株でも変異株でもよい)を暴露した後に生育した株を選択することにより作製することができる(前述及び特開2006-296359号公報参照)。一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤への暴露は、例えば、1〜80 μMのメチルビオローゲンを含有する培地中での野生株の菌類又は植物の培養である。
【0044】
菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養し、生育した株を選択することにより得られた菌類及び植物の変異株は、カロテノイドの発現量、つるの長さ、イモの重量、分げつ数、出穂、穂の重量などの性質又は形質が変異を導入していない株(例えば、野生株)と異なりうる。例えば、変異を導入していない菌類又は植物(例えば、野生株)と比較して、カロテノイドの発現量の増加、つるの長さの増加、イモの重量の増加、分げつ数の増加、出穂数の増加、穂の重量の増加などの性質又は形質の変化を例示することができるが、これらに限定されることはない。
【0045】
本発明の方法は、収穫量が向上した(すなわち、増産をもたらす)植物変異株の作製に有効である。
本発明の有用変異株作製方法は、一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤に菌類又は植物を暴露することを含むことが好ましい。一重項酸素以外の活性酸素及び活性酸素発生剤は、上記の通りである。活性酸素又は活性酸素発生剤に菌類又は植物を暴露するには、活性酸素又は活性酸素発生剤を含有する培地中で菌類又は植物を培養するとよい。活性酸素発生剤がMvの場合、1〜80 μMのMvを含有する培地中で菌類又は植物を培養するとよい。
【0046】
活性酸素又は活性酸素発生剤に菌類又は植物を暴露することにより、低温障害に対する耐性、高温障害に対する耐性、酸化ストレス障害に対する耐性、活性酸素消去能、活性酸素発生能、概日性リズム、温度及び/又は光周性に関わる特性、蕾を形成する時期また蕾を付する節、花を咲かせる時期、花の付く節、自家不和合性の解除、さやの厚さ、実の数、実の大きさ、実の形、花柄の長さ、植物の器官(托葉および茎)の大きさ、節間の長さ,腋芽の数およびその付する節、茎の太さ、蕾の塊の大きさ、蕾の形成の時期、葉の大きさ、成長の早さ、緑の濃さ、草丈、油脂の酸化度、抗酸化物質含量、デンプン含量などの性質又は形質が変化した変異株を得ることができる。例えば、活性酸素発生剤に暴露していない菌類又は植物(例えば、野生株)と比較して、低温障害に対する耐性の向上、高温障害に対する耐性の向上、酸化ストレス障害に対する耐性の向上、活性酸素消去能の上昇、活性酸素発生能の低下、概日性リズムの変化、温度及び/又は光周性に関わる特性の変化、蕾を形成する時期の変化、花を咲かせる時期の変化(早咲き、遅咲き)、自家不和合性の解除、花の付く節の変化、さやの厚さの変化、実の数の変化、実の大きさの変化、実の形の変化、花柄の長さの変化、植物の器官(托葉および茎)の大きさの変化、節間の長さ,腋芽の数の変化およびその付する節、茎の太さの変化、蕾の塊の大きさの変化、蕾の形成の時期の変化、葉の大きさの変化、成長の早さの変化、緑の濃さの変化、草丈の変化、油脂の酸化度の低下、抗酸化物質含量の増加、デンプン含量の増加などが見られる変異株を得ることができる。本発明者らは、メチルビオローゲンに菌類又は植物を暴露することにより、以下のような一般的特性を有する変異株を得た。
【0047】
1)アラスカエンドウ;花をさかせる時期の変動(遅咲き)、緑が濃い、茎の数(分げつ数)および枝の増加、高収穫(野生株の2〜2.5倍)(後述の参考例1)
2)ダイズ;サヤ数の3倍の増加、葉の大きさの変動、緑が濃い
3)オートムギ;花をさかせる時期の変動(早咲き)、分げつ数の増加、高収穫(野生株の2.5倍)
4)イネ;分げつ数の増加、高収穫、緑が濃い(野生株の2~6倍の収穫)(後述の実施例3)
5)コムギ;花をさかせる時期の変動(早咲き)、分げつ数の増加、高収穫(野生株の2〜3.5倍)(後述の参考例2)
【0048】
6)オオムギ;分げつ数の増加、緑の増加
7)トウモロコシ;生育の早さの増加(緑が濃い、生育が早い)
8)ブロッコリー;生育の早さの増加、花をさかせる時期の変動(遅咲き)、自家不和合性の解除、耐寒性
9)サツマイモ;生育の早さの増加、収穫の増加(野生株の2〜3倍)
10)ペチュニア;葉の大きさの増加、緑が濃い、自家不和合性の部分的解除
メチルビオローゲンなどの活性酸素発生剤に暴露する処理(第1の処理、この処理により変異が誘起され、かつ活性酸素に対して耐性がある変異株が選抜される)とリボフラビンなどの一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での培養のような一重項酸素発生条件下での培養処理(第2の処理、この処理により一重項酸素に対する耐性がある変異株が選抜される)という2つの処理を組み合わせることにより、単独の処理で得られる変異株よりもさらに有用な変異株が得られる可能性が高くなる。
【0049】
本発明は、一重項酸素に対する耐性がある菌類及び植物の変異株並びにその子孫、それらの細胞、組織及び種子を提供する。このような細胞、組織及び種子は、一重項酸素に対する耐性がある菌類若しくは植物の変異株及びその子孫から、公知の方法により作製することができる。
また、本発明は、一重項酸素に対する耐性がある植物の変異株又はその子孫の自家受精又は交配により、所望の性質及び/又は形質を示す株を作製する方法、該方法で作製した植物株及びその子孫、それらの細胞、組織及び種子を提供する。植物の自家受精又は交配の方法は公知であり、また、植物から、細胞、組織及び種子を作製する方法も公知であり、これらの方法を利用することができる。
【0050】
所望の性質及び形質としては、収穫量の増加、カロテノイドの発現量の増加、カタラーゼの活性および発現量の増加、NDKの活性および発現量の増加、ヒスチジンキナーゼ様タンパク質のリン酸化活性の増加、つるの長さの増加、イモの重量の増加、分げつ数の増加、出穂数の増加(紫外線照射などの変異誘起処理後のリボフラビンなどの一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での培養処理により得られる変異株の性質及び形質)などが例示されるが、これらに限定されることはない。また、変異株を作製する際に一重項酸素発生光増感剤以外の活性酸素発生剤に菌類又は植物を暴露した場合、得られる変異株又はその子孫の自家受精又は交配で得られる株の性質及び形質としては、前述の性質に加えて、低温障害に対する耐性の向上、高温障害に対する耐性の向上、酸化ストレス障害に対する耐性の向上、活性酸素消去能の上昇、活性酸素発生能の低下、自家不和合性の解除、概日性リズムの変化、温度及び/又は光周性に関わる特性の変化、蕾を形成する時期の変化、花を咲かせる時期の変化(早咲き、遅咲き)、花の付く節の変化、さやの厚さの変化、実の数の変化、実の大きさの変化、実の形の変化、花柄の長さの変化、植物の器官(托葉および茎)の大きさの変化、節間の長さ,腋芽の数の変化およびその付する節、茎の太さの変化、蕾の塊の大きさの変化、蕾の形成の時期の変化、葉の大きさの変化、成長の早さの変化、緑の濃さの変化、草丈の変化、油脂の酸化度の低下、抗酸化物質含量の増加、デンプン含量の増加などが例示されるが、これらに限定されることはない。
【0051】
さらにまた、本発明は、一重項酸素発生光増感剤を含む、有用な変異を誘発した菌類又は植物を作製するための組成物を提供する。「有用な変異」とは、上記のような所望の性質及び形質をもたらす変異である。一重項酸素発生光増感剤としては、リボフラビン、ポルフィリン、FMN、FAD、メチレンブルー、ローズベンガルなどを例示することができるが、これらに限定されることはない。
本発明の組成物を用いることにより、有用な変異を誘発した菌類又は植物を作製することが可能となる。
【0052】
本発明の組成物は、さらに、溶媒、培地成分、光源などを含んでもよい。
本発明において利用可能な培地としては、植物用としてはMurashige and Skoog培地、Hoagland 培地、また菌類用としてはFries培地、Vogel培地などを例示することができるが、これらに限定されることはない。
【実施例】
【0053】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。本発明の範囲はこれらの実施例により限定されることはない。
[実施例1]
アカパンカビ(Neurospora crassa)の一重項酸素耐性変異株の単離
アカパンカビの野生株(74-OR23-1A(FGSC#987), Fungal Genetics Stock Center(米国, カンザスシティ))及びヌクレオシド2リン酸キナーゼ変異株、ndk-1P72H (Ogura, Y., Yoshida, Y., Yabe, N. and Hasunuma, K. (2001) A point mutation in nucleoside diphosphate kinase results in a deficient light response for perithecial polarity in Neurospora crassa. J. Biol. Chem. 276, 21228-21234)を用いて、無性胞子である、分生子(コ二ディア)を調整した。それを紫外線で照射し(7 μmole・m-2・sec-1, 0, 0.5, 1.0, 1.5分)、変異をランダムに誘起させた。この変異誘起処理をした株を、リボフラビン(0, 10, 20, 40, 80μM)を含むコロニー形成培地(ソルボース培地(X1 Fries塩培地, レブロース0.5 g, ブドウ糖0.5 g, ソルボース10 g, カンテン20 g, 1M KOH, 2 ml/l)に105細胞/プレートで一様にまいた。そのプレートを温室にて(23℃)太陽光(正午;1070μmole・m-2・sec-1,晴天)にさらした。2日後、形成されたコロニーをパスツールピペットで単離し、80 μMのリボフラビンを含む液体培地(Fries塩培地, 15 gスクロース/l)に移植した。再び温室で太陽光下(正午;1100μmole・m-2・sec-1,晴天)にさらし、3日後にその生育状況を検定した。この条件下で多くの単離株が生育しない。野生株では生育したおよそ80 %の単離された株がその菌糸が白く、カロテノイドの蓄積がほとんどなかった。ndk-1P72H 株を用いた場合はおよそ60 %が強くカロテノイド合成を行い、菌糸は強いオレンジの色を呈した。既にアカパンカビでは光照射下で白い菌糸を形成する、カロテノイドを合成しない株はカタラーゼの過剰発現体であることを明らかにしている。またオレンジ色の濃い変異株はカロテノイドの過剰発現体で、一重項酸素に耐性となることを可能としている。一群のカロテノイドの一部が一重項酸素のエネルギーを熱にして発散し、その脂質2重膜を過酸化脂質にし、イオンのもれ易い膜構造にすることを防いでいる(植物生化学; Pflanzenbiochemie, Hans-Walter Heldt編, 金井龍二訳, シュプリンガーフェアラーク東京2000年)。従って一重項酸素に耐性を獲得したと考えられる。
【0054】
図23に活性酸素の消去過程に対する既知の事象を示す。1重項酸素がスーパーオキシドへ変換する過程は仮説的にカタラーゼ及びNDKの複合体により行われると考えた。アカパンカビの野生株、ndk-1P72H及び sod-1変異株を用いて、活性酸素に対する耐性度が既に調査されている。ndk-1P72H及びsod-1変異株はともに類似した性質を示し、スーパーオキシド発生剤であるMethyl viologen (Mv; パラコート)および過酸化水素に対して感受性であることを確立してきた(Yoshida, Y., Ogura, Y. and Hasunuma, K. 2006, Interaction of nucleoside diphosphate kinase and catalase for stress and light responses in Neurospora crassa. FEBS Lett. 580, 3282-3286)。しかしながら、 sod-1変異株がその基質であるスーパーオキシドに対して感受性である以外は、過酸化水素及びスーパーオキシドに対してndk-1P72H及び sod-1変異株がともに感受性であることは、明快には説明出来ない。
【0055】
(実験例1―アカパンカビ―)
王らは上記の事実をふまえ、NDK-1と複合体を形成することが示唆されているカタラーゼ、CAT-1をRIP (Repeat induced point mutation) 法によりノックアウトし、cat-1RIPを単離した (Wang, Niyan, Yoshida, Yusuke and Hasunuma, Kohji. 2007, Loss of catalase-1 (Cat-1) results in decresed conidial viability enhanced by exposure to lingt in Neurospora crassa, Mol. Genet. Genomics 277: 13-22.)。cat-1RIPはコロ二ー上に形成するコ二ーディアの量が野生株にくらべて、過酸化水素に感受性であった。また菌糸の生育も過酸化水素に感受性であった。更にコ二ーディアの発芽能が光照射下では変異株は感受性であった。これらの特性は野生型の遺伝子を導入することにより、野生株レベルに回復した。野生株、cat-1RIP 変異株、ndk-1P72H変異株、ndk-1P72H及び cat-1RIP 変異株の二重変異株を用いて、細胞内で起っているNDK-1/ CAT-1の相互作用を解析することを試みた。
【0056】
野生株、cat-1RIP変異株、ndk-1P72H変異株、ndk-1P72H及び cat-1RIP 変異株の二重変異株2株を用意した。すなわち、野生株74-OR23-1A(74A; FGSC #987)は、Fungal Genetics Stock Center (FGSC; University of Kansas Medical Center, Kansas City, KA, USA)から入手した。NDK-1点突然変異体であるndk-1P72H変異株はwc-1変異株(FGSC#3628)に存在した突然変異より分離し(Oda, K. and Hasunuma, K. 1997, Genetic analysis of signal transduction through light -induced protein phosphorylation in Neurospora crassa perithecia. Mol. Gen. Genet. 256,593-601), CAT-1機能喪失変異体であるcat-1RIP変異株は自作した(Ogura, Y., Yoshida, Y., Yabe, N. and Hasunuma, K. 2001, A point mutation in nucleoside diphosphate kinase results in a deficient light response for perithecial polarity in Neurospora crassa. J Biol Chem 276, 21228-21234; Wang, N., Yoshida, Y. and Hasunuma, K. 2007, Loss of Catalase-1 (CAT-1) results in decreased conidial viability enhanced by exposure to light in Neurospora crassa. Mol. Gen. Genomics 277,13-22)。ndk-1P72H及び cat-1RIP変異株の二重変異株は、既報のようにndk-1P72H変異株とcat-1RIP変異株を交雑させることにより作製した(Davis, R.H, and De Serres, F. J. 1970, Genetic and microbiological research techniques for Neurospora crassa. Methods Enzymol 71,79-143)。これらの株を用い、液体培地(Vogel培地+蔗糖1.5 %)中の過酸化水素の濃度を0, 0.5, 1, 1.5, 2.0, 2.5, 3 mMと変化させ、液体震盪培養(震盪速度180rpm、30 ℃, 4時間)でこれらの株の発芽能を調査した。ndk-1P72H変異株はその発芽が、野生株より、また更に cat-1RIP 変異株より、過酸化水素に対して感受性であることが明らかになった(図24)。更に1重項酸素発生剤であるリボフラビンの濃度を0, 200, 400, 800μM含むVogel寒天培地にこれらの株をプレートし、強い光照射(100μmol/m2/sec)のもとでこれらの株の発芽能を調査したところ、野生株及びcat-1RIP 変異株よりndk-1P72H変異株は明確に感受性であることが判明した(図25)。これらのことから、ndk-1P72H変異株は1重項酸素、スーパーオキシド及び過酸化水素に対して、感受性であることが判明した。これらの3段階に共通に存在する還元反応に対して、その能力を失っている。従って、ndk-1P72H変異は還元反応(電子供与反応)に必要なNADHまたはNADPHの運搬体として稼働していることが示唆された。
【0057】
1セットのオリゴヌクレオチドプライマー(NEF;5'-ACGGATCCTGTCCAACCA-3'(配列番号1)及びNER; 5'-GCGAAGCTTACTCGAAG-3'(配列番号2))を用いて、5’末端にBamHIを3’末端にHindIIIを持つndk-1 cDNA及びndk-1P72Hをそれぞれ野性株及びndk-1P72HのRNAからRT-PCRで増幅した。これらのプライマーは、ndk-1の最初のATGコドンをTGT(システインをコードする)に置き換えるように設計された。増幅したフラグメントにpBluescript II SK+をライゲートし、フィデリティーを調べるために配列を決定した。その後、ndk-1 cDNA及びndk-1P72Hを大腸菌発現ベクターpQE32(QIAGEN)のBamHI-HindIII部位にクローニングした。この発現ベクターは、発現したタンパク質のアミノ末端に6個の連続したヒスチジン残基(His-tag)を付加されている。大腸菌株JM109をpQE32-NDK-1及びpQE32-NDK-1P72Hでそれぞれ形質転換した。His-NDK-1及びHis-NDK-1P72Hとそれぞれ名付けられたヒスタグNDK-1タンパク質の発現は、5時間1 mM IPTGを添加することにより誘導された。培養物を15,000 g、15分間、4℃での遠心により回収した。20 mMリン酸ナトリウム(pH 7.4)、500 mM NaCl、及び10 mMイミダゾールを含む出発バッファーにペレットを再懸濁し、超音波で溶解した。溶解物を15,000 g、15分間、4℃で遠心した。200 mlの培養物からの上清を用いて、HisNDK-1タンパク質を精製した。
【0058】
ヒスタグNDK-1タンパク質はNTAクロマトグラフィーで精製した。精製はHisTrap Kit(Amersham Pharmacia Biotech)を用いて行った。NTAセファロースカラム(1 ml)は出発バッファーで平衡化した。カラムを0.1 M NiSO4 0.5 mlでキレート化し、5カラム容量の出発バッファーで洗浄した。上清をNi2+-NTAカラムにかけ、10 mlの出発バッファーで洗浄し、20 mM NaPO4(pH 7.4)、500 mM NaCl及び200 mMイミダゾールを含有する洗浄バッファー5 mlで再度洗浄した。ヒスタグタンパク質は、20 mM NaPO4 (pH 7.4)、500 mM NaCl及び500 mMイミダゾールを含有する5 mlの溶出バッファーで溶出した。ヒスタグNDK-1及びヒスタグNDK-1P72H (ヒスタグNDK-1及びヒスタグNDK-1P72H はニッケルキレートセファロースに結合する。) を用いて (32P)NADHをこれらの野生型ヒスタグNDK-1また変異型ヒスタグNDK-1P72Hに結合させた。ヒスタグNDK-1及びヒスタグNDK-1P72Hをニッケルキレートセファロースに結合させ、(32P)NADHの放射能活性を調べた。その結果、前者は(32P)NADHを結合するが、後者は結合しないことを証明した(図26)。
【0059】
理論的考察から、リボフラビン存在下、強い光照射のもとで、発生した1重項酸素は、細胞内でカタラーゼに捕捉される。以下図27に示すReaction process 1, Reaction process 2, Reaction process 3で予測される反応を行い、これらの活性酸素が還元され、消去されて行くと考えられる。
この反応はまだ証明されているわけではないので、それを証明するべく以下の実験例を示す。
【0060】
(実験例2―アカパンカビ―)
リボフラビンと光照射により発生した1重項酸素は、細胞内でカタラーゼに捕捉される。そこにNDK-1がNADHを結合した状態で運んでくる。二分子の電子を渡し、二分子のスーパーオキシドを発生する。この過程の存在予測が正しいとするとndk-1P72H及び sod-1変異株はともに1重項酸素に対して感受性と成ると考えられる。従って強い光照射(100μmol/m2/sec)のもとで、Fries寒天培地中のリボフラビンの濃度を0, 100, 200, 400, 800 μM と変化させ、3枚のペトリ皿に野生株、ndk-1P72H及びsod-1変異株をペトリ皿でまいた。その結果を図28及び表1に示す。ndk-1P72H及びsod-1変異株は同程度、又後者はそれ以上のリボフラビン(1重項酸素)感受性を示した。この結果は1重項酸素の消去は、Process 1, Process 2, Process 3で予測された反応により、その活性酸素が還元され、消去されて行くと考えられる。其の他にバイパスのようなルートは存在したとしても、その活性は低いと考えられる。
【表1】

ここで図23に戻る。図23に示す活性酸素の代謝ルートにより、特開2006-296359号公報 では、変異原をMvによるスーパーオキシド、過酸化水素、及びNaニトロプルシッドによるNOとして変異株を単離した。本願では紫外線で変異を誘起し、リボフラビン存在下で強い光(太陽光)にあて、1重項酸素耐性株を単離する方法を確立した。
【0061】
(実験例3−アカバンカビ−)
アカパンカビのsod-1変異株はきれいな分生子(コ二ディア)形成の概日性リズムを示すことを見いだした。図48Aに示すように従来使用されてきたband (bd) 株は植菌後、2時間 (20 μmol/m2/sec) 光照射し,その後30 ℃、恒暗下で、その周期が22.1時間だが、sod-1変異株は 20.3時間で、少し短かめではある。sod-1;bandはリズムを示さない。sod-1変異株の分生子形成によるバンドは、抗酸化剤、NAC (N-acetyl-L-cysteine)を培地に加えると、バンドがほとんど消失した。しかし対照実験として、NAG (N-acetylglycine) を加えた培地ではバンドがきれいに形成された(図48B)。従ってsod-1変異株によるバンド形成は活性酸素の濃度変動に起因すると考えられる。走行管に入れる培地の組成は、Vogels培地、0.3 %グルコース、0.5 % L-アルギニン、10 ng/mlビオチン、1.5 % 寒天、である。
【0062】
アカパンカビの概日性リズムを制御するとされているfrq(frequency)遺伝子のノックアウト変異株frq10は上記の実験と同じ条件下で、バンドをほとんど形成しない (図49A)。frq遺伝子はショウジョウバエのperiod遺伝子と相同遺伝子であると言われている。またband;frq10 は同じ条件下でやはりリズムを生じないと報告されている。従ってその論理が通用するなら、sod-1;bandはリズムがないため、sod-1変異は概日性リズムの変異であると言える。また1方でsod-1;frq10はそのバンドが明瞭にあらわれる。そのリズムの周期は少し振れがあるが、22.6時間で、band株の22.1時間と大差が無い。したがってband変異をバックグラウンドとした突然変異では、frq遺伝子変異はリズムの周期の変異である、とは言えても、sod-1変異をバックグラウンドとした場合、sod-1;frq10突然変異に見られるように、明快な概日性リズムの変異であるとは言えない。以上をあわせ、活性酸素変異としてのsod-1変異はsod-1;frq10にそのバンドが明瞭にあらわれるように、従来概日性リズムの中心とされた、period, frequency変異を抑圧することができると、判断できる。
【0063】
図49Bに示すように、12時間 光照射/12時間 暗黒の周期的光照射 (100μmol/m2/sec) により、これらの株はfrq10以外は24時間周期のバンドを形成する。しかし、sod-1;frq10が形成するバンドはその現れる概日リズムの時間が光照射時に出現する。他のリズムを示す株はすべて、夜に相当する時間帯に出現する。従って、このバンドを生ずる機構が同一ではないと考えられる。
さらに表2に示すように、12時間 光照射/12時間 暗黒の周期的光照射 (100μmol/m2/sec) により、バンド形成を24時間周期にあわせることができるが、この場合野生株およびband変異株が30μmol/m2/secの光強度を必要とするのにたいし、sod-1変異は光強度が1/30で十分である。このようにリズムに対する光感受性は活性酸素変異を用いることにより、遥かに効率が高くなる。花芽形成の時期等、概日性リズムに依存する農業上重要な形質を変化させる新しい技術を提供する。
【0064】
表2 野生株、bd, sod-1 sod-1は12時間 光照射/12時間 暗黒の周期的光照射 (30μmol/m2/sec) により、バンド形成を24時間周期にあわせることができるが、sod-1は分生子バンドの形成能の光感受性が30倍強い。
【表2】

コムギに於いては、Mv処理により、春播きではあるが花芽形成が早くなった変異株が単離された。その自殖第2代を秋播きとして12月6日に播種し、調査した。R80-4-5-2株は出穂が4月26日に確認された。野生株が5月10日に出穂しており、およそ2週間早い。緑が野生株に比べ濃く、出穂に至るまでの葉の数は野生株が8〜9枚にたいして、6〜7枚であった。しかし、出穂は野生株が平均10本にたいして、6本であった。一般に早咲きとなると、収穫量は落ちる場合が多い。しかし多数得られた高収穫変異株と2重変異にすることにより、早咲きで、高収穫のコムギを作出する技術を提供することができる。日本では梅雨まえに収穫できることは、そのコムギの品質を維持する上で重要な因子である。
【0065】
アラスカエンドウでは遅咲きではあるが、その収穫はおよそ2倍となり、5月中に収穫が可能である。十分に農業上の利用にたえることができる。
【0066】
[実施例2]
サツマイモの一重項酸素を含む活性酸素に対する耐性株の単離
サツマイモ(Ipomoea Batatas)は熱帯性植物であり、日本では晩秋から初冬にかけて、霜がおりると、葉がかれ、畑作の限界となる。また芋も10 ℃程度の保温をすることが、長期保存には必要となる。また日本では関東以西でないと、花をつけることはほとんどない。サツマイモは根茎としての芋より、根生芽を幼苗として用いる。その幼苗を切り取り、5月から6月に畑に植え、10月から11月に収穫する。サツマイモの栽培種、ベニアズマ(渡辺採種場より購入)の苗を用いて、変異株の単離をおこなった。
【0067】
本実施例では、苗を用いるので、その理論的背景の考察を行う。発芽種子を用いた実施例では、発芽種子にMv 等の活性酸素発生剤を用いて、成長点周辺(茎頂分裂組織)に存在する胚性幹細胞に相当する細胞に突然変異を誘起した。本実施例では苗を用いたが、各苗の成長点は発芽種子の茎頂分裂組織とあまりかわらない状況と考えて良い。光照射下では、光合成の結果光化学系Iより還元型フェレドキシンを生ずるが、Mvはその代わりに電子を受け、還元型Mvを生ずる。還元型Mvは三重項酸素に電子を渡し、スーパーオキシドを生ずる。スーパーオキシドはスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により過酸化水素に成る。しかし還元型フェレドキシンが産生されないので、アスコルビン酸が再生されず、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(Apx)が稼働しない。従って多量の過酸化水素が生じ、耐性に変異を起こさなかった株は枯死する。
さらに植物は強光下には多量の一重項酸素を生ずる。さらに畑に移植すると2 000μmole.m-2.sec-1をこえる太陽からの強光を受けることとなり、一重項酸素のエネルギーを十分に熱として放散するか、また無害化しうる株のみ生育が可能となる。
【0068】
(実験例1−サツマイモ−)
プラスチック皿にMS液体培地(Sigma; Murashige and Skoog basal salt mixture (MS))を各1 000 ml, Mv濃度を、0, 4, 8, 40, 80 μMとし、5皿準備した。また過酸化水素濃度を、0, 0.1, 1, 10, 100 mMとし、5皿準備した。各皿にはプラスチック製のすのこをいれ、そこに差し込むように、各50本の苗を重なり具合を調節して生育を可能とさせた。6月初旬から中旬にかけ、連続光照射 (80μmole.m-2.sec-1) 下、23 ℃ にて12日間生育させた。その後畑に移植した。移植45日後(8月初旬)、蔓の生育、その長さを測定した。10月初旬に芋を収穫(早掘りとなる)したが、生育初期の蔓の長さと芋の重さの間に正の相関がみられた。野生株の芋の重さの上位20株の平均は、350gであった。上位5株では515gであった。これらに対しその重さで、十分に重いとみなすことができる、700〜1000gに達する株を6株変異株として扱った(図3)。これらの変異株は野生株の中で、最も高い収穫をもたらした株(680g)より、高い数値を示した。野生株をR0株、変異株をR4, R8, R40, R80株として示した。R0株(生残数、44株)の初期の蔓の長さと芋の重さの相関関係を図4に示す。R4変異株は生残数が39株(図5)、 R8変異株は生残数が39株(図6)、R40変異株は生残数が19株(図7)、そしてR80変異株は生残数が7株(図8)であった。各図にはR0株の場合を内部標準として示した。
【0069】
過酸化水素を変異原として用いた場合の結果は同様に調査したが、野生株で最も高い収穫を示した株よりも、高い収穫を示す株は存在しなかった。しかし、400g前後以上の収穫を示した株は、Mv処理の場合および過酸化水素処理の場合ともに変異株候補として保存した(表3)。表3中、RはMvを変異原として得られた変異株、Hは過酸化水素を変異原として得られた変異株を示す。
【表3】

本方法により単離した変異株は、栄養生殖をするので、その蔓を芋とともに残し、温室(10〜23 ℃)で生育させた。これらの株はその芋は茎で生起した突然変異は存在しないので、茎の変異を起こした部分を更に別のプランタに移植し、変異株の確立を行った。これらの株は遺伝的に複数の変異が入っていても、安定した変異株として生存する。従って、扱いやすく、また新しい変異を導入しやすい。これらの変異株は全て2006年6月に畑に植え、その生産があがることの確認をおこなった。以上の方法を用いて、その収穫量が野生株の2倍〜3倍になる変異株、6株を得た。以上の方法で蔓の長さを測定することにより、およその収穫量を推定できることが判明した。
【0070】
実験例1ではMv存在下で変異株を単離している。しかしMv存在下では、Apxは活性が低下し、変異株がとれる頻度は低い。またはっきりと一重項酸素の変異株を単離する処理にはなっていない。太陽光による強光阻害から耐性になることは確実に増産を望むことができる。従ってサツマイモの苗をMS培地(上記)で生育させた(温室23℃、2日間(5月下旬))後、紫外線照射(UVランプ15 W、2本、7μmole・m-2・sec-1)をし、変異をランダムに誘起させた。その後、MS培地にリボフラビンを入れ、それを温室にいれ太陽光のもとで3日間生育させた。その苗を畑に移植した(後述の実験例2−サツマイモ−)。
【0071】
(実験例2−サツマイモ−)
サツマイモ(ベニアズマ)の苗(渡辺採種場より購入)を40本ずつ5群に分け、2日間温室(10〜23 ℃)にて生育後、クリーンベンチ内で4分間15W×2紫外線照射器にて、約30 cmの距離で、照射(7μmole・m-2・sec-1)した。一分ずつ1/4回転し、一様に照射した。照射後、リボフラビンを終濃度0, 20, 40, 80μMとなるようにMS培地に加えた。紫外線無照射を対照実験とした。さらに温室にて4日間(3日間晴天)生育させた後、1畝に一処理群ずつ移植した。移植後71日目に蔓の長さを測定することにより、芋の重さを推定し、変異株が取得されていることを確認した。別途温室にて越年した野生株の苗を80本用意し、40本ずつ2群に分けた。同様に紫外線照射しない対照実験とし、40本にリボフラビンが80μMとなるようにMS培地に入れた。残り40本は対照実験とした。それぞれの処理名より、F0-0, F0-4, F20-4, F40-4, F80-4, F80-0とした。Fはリボフラビンを意味し、F0はリボフラビン無添加を意味する。F0-4はリボフラビン無添加で、紫外線照射のみである。F80-0はリボフラビンを80μMとなるように入れたもので、紫外線照射はしていない。
【0072】
図9に、サツマイモ苗の紫外線照射後のリボフラビン添加と太陽光下での生育状態を示す。
表4に、野生株と変異株の茎の総長、芋重量及び芋重量比(変異株/野生株)をまとめた。
【表4】

図10〜15に、掘り起こした芋の重量を測定している様子を示す。
【0073】
これらの結果(蔓の長さ)から、リボフラビンのみの添加によっては、突然変異株は誘起されなかったと考えられる。また、紫外線照射とリボフラビン添加下での太陽光照射により、4株の明らかに増産(芋の重量が大きい)を示す変異株が得られた。変異株の芋重量は野生株の1.8〜2.4倍となった。
【0074】
[実施例3]
イネ(Oryza sativa)を用いた有用変異の誘起法の開発
イネ(Oryza sativa cv. Koshihikari)はアジアに於ける主要穀物であるばかりでなく、デンプンの含量が多いことより、近年バイオエタノールの原材料として見直されてきている。種子は横浜植木(株)より購入した。染色体数は2n=24である。現在ゲノムプロジェクトも完了しており、変異遺伝子のクロー二ングは比較的容易である。本方法では、第1段階でイネ発芽種子を活性酸素発生剤であるMethyl viologen で処理した。その結果得られた変異株、R4-2-4株は一粒の種子より生じた株のその分ゲツ数(茎の数)が、野生株の約1.8倍で、出穂数は約1.6倍であった。そのイネの穂の重さは野生株の1.9倍であった(表5)。イネ変異株の草丈は野生株より生育の初期に少し低めであるが、生育の後期には野生株とほとんど同程度となった(表5)。
【表5】

本R4-2-4株及び野生株を用いて、さらに新しいリボフラビンを用いた変異株の単離法の開発をおこなった。
【0075】
(実験例1−イネ−)
イネの種子50粒を各ペトリ皿、24皿に分取した。種子は1/4希釈の次亜塩素酸を24 ml/ペトリ皿に入れ、20 分処理後、5回滅菌水で洗浄した。液体MS培地を25 ml/ペトリ皿に入れ、種子の発芽を8 ℃, 8 hr Light/16 hr Darkの条件で、4日間生育させた。発芽の状況を確認した後、4皿ずつクリーンベンチの紫外線ランプ(15W, 2本)にて、30 cm の距離で、ふたを開け、0, 1, 2, 4分間照射(7μmole・m-2・sec-1)し、成長点に変異をランダムに誘起した。合計24皿となるが、その各々の6皿のセットに、リボフラビンを 最終濃度、0, 0, 10, 20, 40, 80 μmole となるように入れた。紫外線処理0分、80 μmoleリボフラビンで、リボフラビンの変異誘起能を見た。以上の処理は、F10-4のように名付けられ、リボフラビン10μmoleで、4分の紫外線処理を意味する。これらの皿は温室に置いた透明プラスチックボウルに4皿ずついれ、太陽光にさらした。温室は10〜23 ℃に制御されている。3月下旬で、太陽光には晴天2日を含む3日間さらした。これらの処理された種子は50粒ずつプラスチック皿に植え、苗代とした。温室で3週間生育後、生育の良い苗を大きなプラスチック桶(直径36 cm,高さ20 cm)に15リットルの黒色土をいれ、5リットルの1/250希釈のハイポネックスを入れた土に移植した。4本の苗を1つの桶に移植した。4月中旬より露地で生育させた。7月初旬には出穂がみられたが、野生株の対照実験とあまり大きな差はなかった。一般的に出穂の早い株は分ゲツ数が少なく、早期に結実する傾向がみられた。本実験では、穂の重さ(g)、出穂数、分ゲツ数、草丈(止葉の高さ)をデータとしてとり、穂重量を軸に選抜を行った。リボフラビンを太陽光に照射することにより、大量の一重項酸素が出ると考えられる。その耐性株は一重項酸素による光合成器官の破壊を抑止することができると考えられる。光合成を高い効率でなし得る株は、必然的に光合成産物の結果としての種子の重量に影響が出ると考えられるからである。9月中旬に穂を取り、その重量を測定した。同時に出穂数、分ゲツ数、草丈を測定した。表6にその結果を示す。その穂の重量で、野生株の2〜3倍の重量を示す変異株、8株が単離された。特にF80-1-1-3株は野生株の3.1倍の穂重量を示した。野生株は38株を測定し、そのうち、上位19株の平均値を野生株の平均とした(図16)。
【0076】
F0-4-5-3に示されるように紫外線処理のみでも穂重量が野生株の2.1倍となる変異株が得られた。また、F40-0-2-1に示されるようにフラビン40μMの処理で、紫外線照射なしでも、穂重量が野生株の1.8倍となる変異株が得られた。また図17に示すように、変異株F80-1-1-1、F80-1-1-2、F80-1-1-3は1つの桶に生育しており、生育の競合がありながら、高い生産性を示す株であることが示された。
【表6】

また、野生株(F0-0-4)及び変異(F80-1-1-1)の出穂の状態をそれぞれ図16及び17に示す。
【0077】
さらに既に単離されているR4-2-4株を用いて、紫外線−リボフラビン法を応用し、高収穫のイネ変異株の単離法の確立をおこなった。Methyl viologen を用いる以前の方法では、活性酸素耐性変異を茎頂分裂組織に誘起し、その変異を軸に新しい茎頂分裂組織を作ると考えられる。従って、その代の穂は全てが変異株細胞から出来ているかは不明である。そのため成長の良い穂に付いた種子を1群の細胞の集合体より成長して出来た種子と考えた。その穂のセット(約100粒)ごとに変異株を取得するための、紫外線−リボフラビン処理を以下のようにして行った。1つの穂より得られた約100粒の種子を6つのペトリ皿に16粒ずつとり、1/4希釈次亜塩素酸処理し、滅菌水で洗浄した。4℃暗黒下で1日置いた後、8時間、8℃光照射、16時間、7℃暗黒条件で、3日間生育させた。そのうち5皿は4分紫外線照射(7μmole・m-2・sec-1)した。1皿はリボフラビンを加えず、他4皿にそれぞれ最終濃度20μM、40μM、80μMのリボフラビンを加えた。紫外線照射をしていない1皿に80μMのリボフラビンを加えた。従って、F0-0、F0-4、F20-4、F40-4、F80-4、F80-0の記号となる。野生株の1穂は0群とし、0F0-0とした。R4-2-4変異株からは穂No.3(3群、3F0-0)、穂No.11(11群、11F0-0)、穂No.13(13群、13F0-0)のように記した。その結果を表7に示す。穂No.3からの種子はその生育後の穂の重量が野生株の1.4倍、また穂No.11は野生株の2.1倍、さらに穂No.13は野生株の1.3倍であった。これは予想されたように、穂の細胞で、変異細胞である頻度が異なることを意味している。この中で、穂No.11は高頻度で変異細胞を含んでいることを示している。穂No.3からは変異株は0株、穂No.11からは変異株11F40-4-2-2が一株しか単離されなかった。しかし穂No.13からは、4株の変異株、13F0-4-3-3、13F20-4-2-2、13F40-4-3-1、13F80-4-3-1が単離された。特に13F80-4-3-1株はその穂の重量が野生株の3.8倍であった。穂No.3及び穂No.11では活性酸素に対する耐性が十分で、変異をうまく選抜できない可能性を示した。その意味で、穂No.13は変異を誘起し、選抜するのに、適していることが考えられる。
【表7】

【0078】
<高収穫性イネ変異株の解析例>
7月中旬(例1)又は8月中旬(例2)に、種子50粒ずつを20皿のペトリ皿に入れ、1/4希釈次亜塩素酸ナトリウムで滅菌した。5回滅菌水で洗浄後、滅菌種子は4℃暗黒下で1日おいた。各4皿に25mlのMS培地を入れた。そのMS培地には、0,1,2,3,4μMのMethyl viologen (Mv; パラコート)を4皿ずついれた。その発芽処理種子を8 ℃ 8時間光照射(150 μmol/m2/sec)/7 ℃ 16時間暗黒、の条件で7日間生育させた。8月下旬土を入れたプラスチック皿に、50粒/プラスチック皿で播種した。9月中旬に移植する直前に写真をとり、緑に良く生育している幼苗を計数した。其の結果(例1及び2)を図29に示す。その苗をプラスチック盥に4本/盥、またプラスチックバケツの場合は2本/バケツで移植し、露地に置いた。10月中旬に出穂が始まった。また11月初旬に温室(10〜23 ℃)へ移した。1月中旬に分ゲツ数、出穂数、穂重量、草丈を測定し、特に高生産と成った株を高生産性変異株として、例2の結果を表8に示した。野生株の穂重量が2.53gに対して、分ゲツ数が野生株の最高の株を超え、さらに野生株の平均の2倍をこえる穂重量を示す変異株が6株得られた。これらを図30に示す。またこの実施例に先立つ実施例で、R4-2-4高収穫変異株が単離されている。
【0079】
【表8】

これら、R4-2-4株と本実施例によるR4-5-8株の自殖第2代を用いて、また対応する第2代の野生株とその収穫量を比較した。6月に播種し、7月にプラスチック盥に移植し、10月に収穫した。その結果を表9に示す。またそれを図31に示す。野生株に比べ、その生産性はそれぞれおよそ3倍および5〜6倍に成る。
【0080】
【表9】

これらの高収穫特性を示す変異株の生化学的特性を決定するために、生化学的解析を行なった。自殖第2代の植物の葉を切り出し、フォイルに包み、液体窒素で凍結し、-80 ℃で保存した。作業は全て暗黒下または暗緑色安全光のもとで0〜4 ℃で行なった。野生株および2つの変異株の葉1gを氷冷した乳鉢の中で、5mlの抽出バッファー(20 mM Tricine-NaOH,pH 7.8, 5 mM MgCl2, 0.4 M sorbitol, 0.01% Dithiothreitol)で、30回強く磨砕した。抽出液を2重のナイロン布でこし、それを粗抽出液とした。その粗抽出液を 1,000 rpm、 (1,000xg) で10分遠心し、その沈澱物は葉緑体分画(Chl)として、扱った。その上清はさらに20,000rpm (2,000xg),20分で遠心し、その上清を可溶性分画とした。さらにその沈殿をRe-suspension bufferで懸濁し、それを1,000rpm (1,000xg),10分の遠心により、葉緑体の混入を除去した。その上清を20,000xg, 10分で遠心し、ミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画を沈澱として得た。Re-suspension bufferにてその沈澱を懸濁し、小分けして、-80 ℃で保存した。それらの各分画のタンパク質100 μgを12.5 % SDS-PAGEで分画し、其のゲルをCBB染色し、タンパク質のバンドを出した。結果を図32に示す。分子量マーカーから、15 kDa周辺の2本のタンパク質バンドはNDK isomerと考えられ、R4-2-4, R4-5-8両株では、対応する野生株のタンパク質バンドより明らかに濃いバンドを示す。NDKタンパク質の量の多さがタンパク質バンドで検知可能である。更に68 kDa付近にタンパク質バンドが存在し、その分子量から、カタラーゼと考えられる。R4-2-4株では可溶性分画ではタンパク質の濃度上昇が見られるが、葉緑体分画、ミトコンドリア分画ではあまり明らかではない。しかし、R4-5-8株では、可溶性分画では明確にタンパク質の増大がみられ、その傾向は、葉緑体分画、ミトコンドリア分画でも明らかに増大が見られた。さらに37 kDa〜55 kDaのタンパク質の増量が両変異株の可溶性分画でみられ、これらはヒスチジンキナーゼを反映していると考えられる。またRubiscoもこのなかに入ってくると考えられる。変異株では、光合成に関わるタンパク質また葉緑素が、1重項酸素による酸化から逃れることが出来、タンパク質、葉緑素ともに濃度が高くなっている。このことが葉の緑の濃さの違いとなって現れている。また葉緑体が変異株では破壊を逃れて濃度が高く、タンパク質の正確な比色定量にも影響を出している。変異株の葉緑体分画、ミトコンドリア分画の実質のタンパク質量は結果として、低く成ることが予想される。それでも変異株でタンパク質バンド濃度が高い場合、そのタンパク質量が多いと判断して良い。
【0081】
カタラーゼについては分子量情報だけでは不十分なので、可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア分画に付いて、カタラーゼ活性を未変性ゲル電気泳動後、活性染色法を用いて行なった。図33に示すように、各分画に於けるカタラーゼ活性は野生株に比べ、変異株では明らかに高かった。また未変性ゲル電気泳動でのカタラーゼの活性はその移動度が大きく、1重項酸素を結合したカタラーゼが多いことを反映している。更に全体としてカタラーゼ活性の定量性が出るように、粗抽出液を希釈し、野生株と変異株(R4-5-8)で比較した。図34に示すように、移動度の大きいカタラーゼ活性が変異株で見られ、その活性の割合は野生株に比べ、変異株では2〜5倍に達する。従って、68 kDaのタンパク質バンドはカタラーゼであると同定した。
【0082】
またNDKのリン酸化についても、粗抽出液のタンパク質量を変化させ、そのリン酸化を野生株との比較に於いて調査した。図35に野生株とR4-2-4、図36に野生株とR4-5-8リン酸化の状況を示す。これらの結果に示すように3種類のNDK isomer1, 2, 3が見られた。明らかにNDK-isomer1のリン酸化の上昇がみられた。NDK-isomer2はわずかにリン酸化の上昇が見られた。NDK-isomer3はアラスカエンドウでは葉緑体分画で野生株、変異株では活性が見られず、葉緑体内のNDKである可能性がある。また37 kDa〜55 kDaの分画で、R4-2-4変異株では1種類のリン酸化の促進が見られ、またR4-5-8変異株ではヒスチヂンキナーゼの増大が3種類のタンパク質で見られる。高分子量のタンパク質のリン酸化の場合は特に高収穫であるR4-5-8変異株のほうが明確な相違が見られた。
【0083】
これらのリン酸化を可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア分画に分けた場合を見た。野生株とR4-5-8変異株の場合を示すが、R4-2-4の場合も本質的に同様である。図37の左側にタンパク質のSDS-PAGEでのCBB染色パターンを示す。可溶性分画、葉緑体分画、ミトコンドリア分画でのリン酸化活性はタンパク質濃度が100 μgのみであまり正確とは言えないが、特徴的に葉緑体でのリン酸化が野生株に比べて変異株では非常に高い。NDK活性およびヒスチジンキナーゼ活性も変異株が高く、葉緑体に於ける1重項酸素の無害化にリン酸化が関わるとするとうまく説明が付く。
【0084】
[参考例1]
アラスカエンドウ(Pisum sativum cv Alaska)における一重項酸素を含む活性酸素耐性株の単離
アラスカエンドウ(Pisum sativum cv Alaska)は2n = 14, 4.8 Gbp のDNAを保有している。そのさやは野菜として用いられ、またその豆は穀類としての食料として、用いられている。種子は渡辺採種場より購入した。常法により、ペトリ皿に種子25粒を20皿に分取し、次亜塩素酸で種子を滅菌した。ペーパータオルを入れた5つのステンレスバットにフォイルをして滅菌した。そこにMS培地 100 ml で、それぞれ 0, 4, 8, 40, 80 μM Mvを含む液体培地を加えた。各バットに滅菌種子4皿(100粒)を加え、フォイルの通気を良くし、光も少し入る状態で、7日間、23 ℃、80μmole.m-2.sec-1 で生育させた。これらの発芽種子は3月上旬にプランタに5株ずつ移植し、露地で栽培された。 7月に生育の良い種子の多い株を変異株の候補として単離した。
【0085】
自殖により得られたF2に相当する種子25粒をそのまま1/500希釈ハイポネックスを加えたバーミキュライトに播き、3週間, 8時間光照射、8 ℃/16時間暗黒、7 ℃の条件で生育させた。発芽種子は5株ごとプランタの黒色土に移植し、温室10〜23 ℃にて4月初旬より生育させた。その中で、8μM Mvを含む液体培地処理で単離された変異株、5株が選択された。温室で得られた生育の結果は自殖により得られたF3に相当する次の代で、11月から露地栽培とした、結果と比較された。
【0086】
F2の自殖により得られたF3に相当する株は直接プランタに11月に3粒ずつ播種した。7月初旬に収穫されたが、途中の生育状況、形態的特徴、その収穫量等は詳細に亘り、観察、記録された。それらは表10にまとめられている。これらの結果から露地で通常の農業生産で行われている条件かでは、変異株は明らかな特性を示した。変異株のうち3株は明かに花の咲く時期が遅くなっていた。またR8-3-1, R8-3-2の2変異株は特徴的な変化を示した。分ゲツ数が野生株のそれぞれ2.3, 2.1倍となっていた。野菜としてのさやの数は野生株のそれぞれ、2.2, 2.7倍となっていた。種子数は野生株のそれぞれ、2.0, 2.5倍になっていた。さらにさやの乾燥重量はそれぞれ野生株の、1.5, 1.8倍になっていた。明かにこれらの2変異株はこれまでに報告のない大増産を行っていることが判明した。これらの大増産には、活性酸素の消去に関する酵素が高発現している可能性がある。活性酸素消去系酵素の高発現により、太陽光により葉に生じた活性酸素を素早く消去するために、光合成の能率が上がり、たくさんの生産にいたったと考えられる。一方草丈は野生株の78%、76%で、むしろ低く、生産にはむいていると考えられる。
【0087】
【表10】

アラスカエンドウ種子(渡辺採種場より購入)を25粒/ペトリ皿に入れ、常法により20皿、500粒を滅菌した。5つのステンレスバットに厚手のペーパータオルをしき、フォイルをして、滅菌した。そこに0, 4, 8, 40, 80 μMのMvを含む100 mlのMS培地を加えた。各バットに滅菌した種子を100粒広げていれ、クリーンベンチで30分光照射した後、4 ℃暗黒下に3日間おいた。その後23 ℃で、80 μmole/m2/sec の光照射下で、フォイルを1部開け、7日間生育させた。生育してきた発芽種子約250系統をプランタに移植した。実験は2回なされ、3月上旬および4月の下旬に露地で栽培した。そのうち収穫の良い約100系統のさや(種子)が採種され、次の解析にまわされた。
【0088】
そのうち最も多くのさやをつけた8株が第2代目の解析にまわされた。第2代の遺伝解析は、種子20を直播きとした。時期は11月に播種し、5株/プランタで温室10〜23 ℃で生育させた。 No 3-1, R8(4-3-3-1), 及びNo 3-2, R8 (4-3-3-2)の2系統は花が咲く時期が遅れ、花芽が付く節の数も多くなった。子孫の解析から、この2系統は通常の優性遺伝であることが確認された。
【0089】
<解析例1−アラスカエンドウ−>
8株の中で最も収穫の良い、No 3-1, R8(4-3-3-1), 及びNo 3-2, R8 (4-3-3-2)を含む5系統が自殖第3代の解析となった。11月に直播きとし、プランタに3株を植え、露地で栽培した。温室と異なり、冬期の生育は遅いが、野生株とともに、作物として、本来の形質を示した。特に大収穫の形質を示したNo 3-1, R8(4-3-3-1), 及びNo 3-2, R8 (4-3-3-2)の2系統に絞り、詳細な解析をおこなった。これらの株は高収穫を示すことから、HIGH YIELD1(HIY1),高収穫変異1、及び HIGH YIELD2 (HIY2)高収穫変異2と名付けられた。
【0090】
その解析結果を図38に示す。(A)では野生株に比べ高収穫変異1、及び 高収穫変異2では茎(stem)の数、枝(branch)の数が増加し、草丈(plant hight)が減少している。アラスカエンドウの葉は複葉(compound leaf)であるが、小葉(leaflet)が2枚から4枚、に代わる節の数が、野生株では第3〜8節であるが、2変異株では第4〜10節である。4枚から6枚に代わる節の数は野生株では第8〜12節であるが、2変異株では第10〜15節である。さや(pod)については、2変異株では花柄の長さが短くなっている(B). 花芽を付ける時期は野生株が113日なのに比べ、大収穫変異株は141,および 136日である(C)。また最初の花芽が付く節(NFBI;node of flower bud initiation)は野生株では第8節、2変異株ではそれぞれ第15,第13節である。(E)で示す結果は野生株と変異株では節の数、節間の長さ,草丈に相違があることである。(F)では野生株は草丈が平均126 cmで、節の数が19である。しかし2変異株ではそれぞれ、草丈が平均99 cm,及び 97 cmで、節の数がそれぞれ25,および 23である。このことからも変異株では節間が短いこと、花芽の付く節(花芽は通常1節に2つ付く)の数は多くなることが予想される。(G)では更に茎及び枝の数が変異株では野生株の2〜2.2倍に成ることが判明した。
【0091】
これらのことからエネルギーの集積場所としての種子の収穫に関して、図39にまとめる。(A)さやの数(fruit yield)から判明するように、2変異株は野生株の2.2,及び 2.7倍のさやを付ける。(B)では種子の数で、2,及び 2.5倍の種子数を付ける。 一方サヤのなかの種子数(Fecundity)は4前後で、野生株と変異株では差がない(C)。乾燥した種子の入ったサヤの重さ(g)では、変異株では野生株の1.5, 及び1.8倍であった。
通常の育種による生産性の向上では高々30 %の上昇が上限であるが、本方法による生産性の向上は全体としておよそ2倍の上昇が可能であることを示している。本方法がこれからのバイオマスの生産性向上のために、欠かせない技術と成ることを意味している。このような高収穫変異株を取得するための手法、またその変異株の示す特性および生化学的特性を以下に示す。これらの高収穫性変異株が示す1重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素等、種々の活性酸素に対する耐性特性、またその活性酸素耐性を可能とするカタラーゼ活性の上昇およびNDK活性の上昇、そのリン酸化活性の上昇等は本方法により単離される高収穫性変異株を特徴付ける特性である。
【0092】
アカパンカビの研究で明らかにしたように、1重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素の無害化過程は還元反応であり、電子の供与反応が存在する。高収穫変異株では、活性酸素の無害化過程に対し、NDK活性が上昇し、NADHを効率良く結合して運搬し、2分子の電子を効率良く供与すると考えられる。またカタラーゼ活性が上昇して、1重項酸素を効率よく結合し、NDK/NADHより効率良く電子を受けると考えられる。従って高収穫変異株は1重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素の無害化過程が全て上昇していると考えられる。これらを検証する実験を行なった。
【0093】
(実験例1−アラスカエンドウ−)
スーパーオキシドに対する耐性を検証する方法として、Mv耐性を調べることがその方法の一つと成る。Mvは植物体内に入り、光照射下に光合成の系Iの電子伝達過程で通常は還元型フェレドキシンを生成する過程にその代わりとして入る。還元型フェレドキシンの代わりにMvが入り、還元型Mvを発生する。還元型Mvは電子を3重項酸素に供与し、スーパーオキシドを発生する。
【0094】
図40に示すように高収穫変異株1及び2は8μMのMv処理で得られた。 其のため当然Mv耐性であると考えられるが、それを種子の発芽で確認した。(A)で示すように、野生株,及び高収穫変異株1及び2では対照実験では発芽率は84 %, 80 %, 74 %であったが、8μMのMv処理ではその発芽率は各々30 %, 75 %, 63 %であった。(B)で示すように発芽した種子の茎の長さは対照実験では2.5 cmで野生株および2変異株であまり変化していない。しかし、8μMのMv処理では野生株は1.3 cmであるのに対して、変異株ではそれぞれ2.6 cm, 及び2.4 cmであった。(C)で示すように、根の伸長については対照実験で野生株は2.4 cm であるのに対し、変異株ではともに2.3 cmであまり変化しない。しかし、8μMのMv処理では茎は野生株では1.0 cm であるが、変異株ではそれぞれ3.1 cm, 2.4 cmであった。このように強い耐性を示した。
【0095】
Mv処理はスーパーオキシドに対する耐性テストと成る。さらに図40下段に示すように、リボフラビンを含む培地で野生株、2変異株の種子を生育させる。強い光に照射 (150μmole/m2/sec) することにより、リボフラビンは1重項酸素を発生する。この方法により1重項酸素耐性を調査することができる。図40下段 (A), (B), (C)に示すように10粒の滅菌種子を100 ml MS培地を含むビーカー(ペーパータオルを下にしく。)に入れた。MS培地にはリボフラビンを0, 200, 400, 800, 1,600, 3,200μMと変化させていれ、種子の(A)発芽、(B)茎の伸長生長、(C)根の伸長生長に対する影響をみた。全てのパターンにおいてリボフラビン1,600μMで野生株、変異株ともに、極大を示した。またリボフラビン800, 1,600, 3,200μMで変異株は野生株より高い耐性を示した。とくに茎の伸長生長では変異株は野生株より、200, 400, 800, 1,600, 3,200μM全てで高い耐性を示した。これらのことより、変異株は強い光によって生ずる1重項酸素に耐性であることが判明した。大過剰に注がれる太陽光により、1重項酸素を大量に発生し、野生株は光阻害を受け、光合成能率が低下する。変異株の場合は1重項酸素を無害化する速度が早く、光合成の光阻害を避け、光合成を効率良く行い、大収穫に至ると判断できる。
【0096】
更に過酸化水素にたいする耐性を調べた。リボフラビンとほぼ同じ処方を用い、過酸化水素濃度を0, 10, 100, 1,000, 10,000μMと変化させた。野生株では発芽と茎の生長は過酸化水素であまり影響を受けなかったが、根の伸長生長は著しく阻害された。これらの高収穫変異株では、根の伸長生長が野生株より明らかに高い耐性を示した。このようにして、これらの2高収穫変異株は過酸化水素に対しても耐性であることが判明した。
【0097】
(実験例2−アラスカエンドウ−)
スーパーオキシド、過酸化水素で示されているのと同様に、1重項酸素の無害化過程は還元過程であると考えられる。これを生化学的に検証するために、頂芽から第2、第3の葉を野生株及び2変異株から採取し、迅速にフォイルで包み、液体窒素に入れた。それを-80 ℃で保存した。
【0098】
以下の方法で、粗抽出液を作成し、さらにミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画、葉緑体分画、可溶性分画に分けた。種々の処理は暗緑色の安全光のもとで、0-4 ℃で行われた。葉の重量の5倍量の抽出緩衝液(30 mM Mops(pH 7.3),3 mM EDTA, 25 mM Cystein, 0.3 M Manitol)を冷やした乳ばちに入れ、乳棒で30回すり潰した。それを2重のナイロン布でこし、絞った。葉緑体は高速遠心で,4000 rpm(4,000xg) 5分での沈澱をとった。その上清をさらに10,000 rpm(10,000xg), 10分で沈澱をとり、それをミトコンドリア、ペルオキシゾーム分画とした。その上清を可溶性分画とした。本実験例ではこの可溶性分画のみを用いた。これらは小分けされ、フォイルで包み、-80 ℃で保存した。図41に示すように、これを用いて、活性酸素の消去酵素の活性、(A)スーパーオキシドジスムターゼ活性、(B)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性、(C)カタラーゼ活性、および(D) NDK活性を調査した。(A)スーパーオキシドジスムターゼ活性、(B)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性は野生株と2変異株に大きな差は存在しなかった。しかし(C)カタラーゼ活性、および(D) NDK活性は野生株に比較して、2変異株では前者はそれぞれ42, 及び47 %, 後者はそれぞれ37, 及び 38%の活性上昇が変異株で見られた。
【0099】
図41下段に示すように、これらを未変性ゲルで電気泳動し、活性染色をおこなった。(A)スーパーオキシドジスムターゼ活性、及び (B)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ活性は野生株と2変異株に大きな差は存在しなかった。しかし(C)カタラーゼ活性、および(D) NDK活性は野生株に比較して、およそ30 %の活性上昇が変異株で見られた(C, D, E, F )。
【0100】
これらの結果から、ここでもアカパンカビで見られたカタラーゼとNDKの相互作用が考えられた。活性酸素の無害化過程は還元過程である可能性が高い。そこでNDKがNADHを結合して、カタラーゼに結合した2分子の1重項酸素に電子を供与し、2分子のスーパーオキシドを発生する可能性が考えられた。図42(A)に示すように最初にNDKのリン酸化活性を調査した。(γ-32P)ATPを可溶性分画と混合し、3分後にその活性をリン酸化活性で測定した。NDKのリン酸化活性は3つのアイソマーの存在が判明した。アイソマー1は電気泳動で変異株の移動度が大きかった。またアイソマー2ではリン酸化活性が変異株では高かった。(B)で示すように、次に(32P)NADHを可溶性分画と混ぜ、3分後に更に3分紫外線照射をした。その試料をSDS-PAGEで分離し、オートラジオグラフィーをとった。その泳動からアイソマー2に対応する場所に移動した。アイソマー2が(32P)NADHの強い結合能を持つと考えられる。(C)では(32P)NADHを可溶性分画と混合し、3分後に未変性ゲルで電気泳動を行った。電気泳動後オートラジオグラフィーをとり、赤のボックスで囲む部分を切り取った。また重複して行なったゲルで、カタラーゼ活性を見た。対応するグリーンのボックスから、対応する部分を切り出した。また紫のボックスからは対照のゲルを切り取った。これらのゲルからのタンパク質を抽出し、NDK活性を測定した。カタラーゼ活性部分、および(32P)NADH結合活性部分から、NDK活性を見いだすことが出来た。対照のゲルからはその活性が見いだされなかった。
【0101】
これらのデータからNDKはNADHを結合する活性があること、更にカタラーゼと複合体を形成する活性があることが強く示唆された。NDKはNADHを結合して運搬し、カタラーゼに結合した2分子の1重項酸素に2つの電子を供与する。2分子の1重項酸素は2分子のスーパーオキシドと成り、1重項酸素の無害化の第一ステップと成る。
【0102】
<解析例2−アラスカエンドウ−>
NDKはカタラーゼと複合体を形成し、ATPによる自己リン酸化を制御していると考えられる。野生株、R3-1(HIY1), R3-2 (HIY2)変異株の葉の抽出液を上記実験例で述べた方法で調製し、可溶性分画(Cs)、葉緑体分画(Cl)、ミトコンドリア分画(ペルオキシゾーム分画を含む)(MP)を調製した。葉の生重量あたりのタンパク質含量を表11に示す。2変異株では葉の生重量あたりのタンパク質の含量が多く、可溶性分画(Cs)、葉緑体分画(Cl)、ミトコンドリア分画(ペルオキシゾーム分画を含む)(MP)で同様の結果がえられた。その結果をヒストグラムで図43に示す。各分画のタンパク質全体を10 μgずつSDS-PAGE電気泳動しCBB (Coomasie Brilliant Blue) 染色を行なった。その結果を図44に示す。15 kDa および50 kDa付近のタンパク質の量が多い。15 kDaはNDKが考えられる。また50 kDa付近のタンパク質はRubisco (リブロースビスリン酸カルボキシラーゼ) を含み、光により生じた一重項酸素の破壊作用が弱いためにタンパク質が多く残存することも考えられる。
【0103】
表11:野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於けるタンパク質含量
可溶性分画(Cs), 葉緑体分画 (Cl ), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP)のタンパク質含量をmg/g葉生重量で示した。
【表11】

(A)スーパーオキシドジスムターゼ(SOD), (B)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX), (C)カタラーゼ(CAT), (D)ヌクレオシド2リン酸キナーゼ(NDK)の活性をmgタンパク質あたりで表12に示した。それをヒストグラムで図45に示す。変異株ではタンパク質含量が高いこともあり、この表示ではあまりはっきり野生株と変異株の差が出ない。酵素活性を比較表示する方法は通常は葉のg生重量当たりで表示される。その結果を表13に示し、それを図46にヒストグラムで示す。可溶性分画ではSOD、APX活性は野生株と変異株ではあまり変わらないが、 CATおよび NDKは既述のように、明快な相違を示した。
【0104】
表12:野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於ける活性酸素代謝系酵素の酵素活性
【表12】

【0105】
表13:活性酸素代謝系酵素の活性/g葉生重量。可溶性分画(Cs), 葉緑体分画 (Cl ), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP)のタンパク質含量をmg/g葉生重量で示した。
【表13】

更にタンパク質のリン酸化に付いて上述の方法により、可溶性分画(Cs)、葉緑体分画(Cl)、ミトコンドリア分画(ペルオキシゾーム分画を含む)(MP)を調製し、リン酸化をおこなった。その結果を図47に示す。NDKはisomer 1の移動度が変異株で早くなり、18 kDaから、17 kDaとなった。全ての分画でリン酸化レベルが変異株で上昇し、同様の結果を与えた。Isomer 2は16 kDaで,移動度は変化しないが、変異株では全ての分画で野生株よりリン酸化の上昇が見られた。また全ての分画で、Isomer 2は(32P)NADHを結合することが示された。Isomer 3は15 kDaで、変異株の可溶性分画(Cs)ではむしろリン酸化の低下をしめした。葉緑体には存在せず、ミトコンドリア分画では、野生株のみリン酸化活性を示した。また可溶性分画(Cs)の分子量、47 kDa, 68 kDa, 70 kDaでは、変異株で特異的にリン酸化されるヒスチジンキナーゼ様リン酸化タンパク質が存在する。葉緑体分画では68 kDaタンパク質のリン酸化がR3-2 (HIY2)変異株で特に昂進していた。NDKは代表的ヒスチジンキナーゼであり、47 kDa, 68 kDa, 70 kDaヒスチジンキナーゼとあわせて、一重項酸素の消去に機能することが示唆される。アカパンカビではカタラーゼをノックアウトすると、NDK-1のみならず、分子量の大きい70 kDaヒスチジンキナーゼもリン酸化活性が上昇することが判明した。70 kDaヒスチジンキナーゼもカタラーゼと複合体を形成し、リン酸化を制御するとともに、一重項酸素の消去に機能することが示唆される。
【0106】
[参考例2]
コムギ(Triticum aestivum Chinese Spring)における活性酸素耐性株の単離
コムギ (Triticum aestivum cv. Chinese Spring) はコムギの標準株で品種改良の親株として用いられている。2n = 42 である。本コムギの種子は木原生物学研究所、荻原保成教授より分与された。コムギの種子は常法どうり、種子の殺菌に次亜塩素酸ナトリウムを1/4に希釈して用いた。各ペトリ皿にコムギ種子を50 粒いれ、20のペトリ皿を準備した。各ペトリ皿のコムギ種子を滅菌した後、滅菌種子は4 ℃で3日間暗黒下に置いた。100 ml MS培地を5 本準備した。それぞれに濃度が 0, 4, 8, 40, 80 μM と成るようにMethyl viologen (Mv)をいれた。ペトリ皿, 4枚に25 ml ずつ分注した。各濃度4枚のペトリ皿で、それを8℃、8時間光照射(163μmole.m-2.sec-1)、7℃、16 時間 暗黒下で2週間発芽させた。以上が低温処理に相当する。その発芽種子を2 l のバーミキュライト、1.6 lの 1/500希釈のハイポネックス液を含むプラスチック皿のベッドに植え込んだ。その後、23 ℃で、10日間連続光 (86μmole.m-2.sec-1) 下で生育させた。発芽数は各薬剤濃度で、R0; 39/202, R4; 16/200, R8;55/200, R40; 32/197, R80; 15/200 であった。各植物に、薬剤濃度、R4等、また皿の番号、植物個体の順に名前を付した。これらはプランターに5本ずつ移植され、露地に置かれた(5月末;春播きに相当)。出穂時の葉の数(節数)を数え、それを表14に示す。野生株は出穂までは、8〜9枚の葉をつけるが、薬剤処理した変異株の中には、5〜6枚の葉をつけて、出穂する。出穂までの葉の数(節の数)が野生株は8〜9 枚であるが、変異株は 5〜6 枚である。10株の早咲の変異株が単離された。
【0107】
早咲の変異株が10株単離されたが、作物の増産につながる分げつ数の増加にいたる変異株は単離されなかった。またプランタによる植物の生育は畑に比べて生育が悪い。通常の冬播きコムギとして播種し、畑に移植する実験に切り替えた。さらにオートムギでは分げつ数の増加する変異株がMethyl viologen (Mv)の濃度の低い4μMで得られている。従って、コムギでもその周辺の濃度で変異株がとれる可能性がある。前述と同様に種子を滅菌し、各ペトリ皿の滅菌コムギ種子は4 ℃で1日間暗黒下に置いた。100 ml MS培地を5 本準備した。それぞれ最終濃度が 0, 2, 4, 6, 8 μM Methyl viologen (Mv)の液体培地とした。滅菌コムギ種子を入れたペトリ皿, 4枚に25 ml ずつ分注した。各濃度4枚のペトリ皿で、それを8℃、8時間光照射 (163μmole.m-2.sec-1)、7℃、16 時間 暗黒下で8日間発芽させた。その後プランタに移植し、温室のベンチ下(日陰)で10〜23 ℃で10日間生育させ、それより露地に出した(12月27日)。その時点での生育の状況を表15に示す。発芽数は各薬剤濃度で、R0; 57/200, R2; 100/200, R4; 73/200, R6; 42/197, R8; 30/200 であった。更にこれを畑へ移植した(1月29日)。
【0108】
野生株および生育した変異株の結果(6月26日)を図18に示す。野生株は32株中、分ゲツ数の多い上位11株を用いて、野生株の平均及び標準誤差とした。明らかに分ゲツ数が増えていると考えられる株が8株単離された。穂の総重量を図19に示す。野生株の2〜3.5倍の穂の総重量を示す変異株が4株(R2-1-1, R2-1-3, R2-3-9, R8-1-1)単離された。その写真を図20、図21に示す。同様な実験をcvナンブコムギを用いて行った。その結果を図22に示す。ナンブコムギを用いても穂重量で2〜2.5倍の増産を示す株が5株(R4-1-8, R4-2-8, R4-4-13, R6-2-6, R6-4-2)得られた。
【表14】

【表15】

【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明により、有用な変異を高効率で菌類及び植物に誘導することができるようになった。その結果、菌類及び植物の有用変異株を作製することができるようになった。
本研究は今地球が置かれている状況を少しでも良くする可能性を含む技術であると考える。例えばトヨタ自動車工業(株)は植物プラスッチックの開発を行ない,またブラジルではトウモロコシ、サトウキビから植物アルコールを生産し,石油に依存しない国家体制をひいている。資源の少ない化石燃料に依存度の高い日本では,このような研究を必要としている。
本研究は農業(穀類,野菜類)へ充分貢献すると考える。更に健康食品,植物油脂工業,また化石燃料資源の代替えエネルギー原として,燃料エタノール,また植物プラスチックの原材料を多量に提供する。また牧畜における牧草の成育を改良し,家畜の飼料を多量に提供する。
【図面の簡単な説明】
【0110】
【図1】光合成過程に於ける葉で受け止められた太陽光エネルギーの分布(米国カーネギー研究所1997年年報、より引用改変)。太陽光を受け止めた葉はそのエネルギーの約10%を炭酸ガスの炭水化物への固定化反応に使用している。太陽光エネルギーはクロロフィルを励起し、さらに3重項クロロフィルを生ずる。3重項クロロフィルはそのエネルギーを3重項酸素に渡し、一重項酸素を生ずる。一重項酸素は葉緑体チラコイド膜等と反応し、イオンの流出等がおこり、その機能の低下を引き起こす。
【図2】一重項酸素を含む活性酸素の発生とそれらの消去。基底状態の3重項酸素はリボフラビンなどの色素の存在下に強い光を受けるとそのエネルギーを受け、一重項酸素に活性化される。一重項酸素はアカパンカビではCat-1/NDK-1複合体に捕捉される。それはさらにNAD(P)Hより電子を受け、スーパーオキシドになることが考えられるが、証明はされていない。エネルギーレベルの高い電子は3重項酸素に取り込まれ、スーパーオキシドになる。そのスーパーオキシドはスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により、過酸化水素となる。アカパンカビではその過酸化水素は3種類のカタラーゼ、Cat-1, Cat-2, Cat-3により、水と酸素に還元される。植物では過酸化水素はさらにアスコルビン酸ペロキシダーゼにより水と酸素に還元される。スーパーオキシド、過酸化水素はペルオキシナイトライト、ヒドロキシラジカルを生ずる。これらはDNAに作用し、前者はC, 5methyl-CをそれぞれU, Tに塩基転位する。ヒドロキシラジカルはDNAに作用し、8-OH-Gを生じ、それはAと対合するため、G→Tの塩基転換を生ずる。
【図3】Methyl viologen処理したサツマイモ苗から生じた変異株の芋の重さ。野生株で最高値を示した芋の重さは680 g,また野生株の上位20位の平均値は350 gであり、R40-10, R80-4は野生株の3倍をこえる。
【図4】サツマイモの蔓の長さと芋の重さの相関関係。野生株を畑に移植後45日の蔓の長さと芋を収穫したときのその重さの相関関係。かなりきれいな相関関係が見られる。
【図5】サツマイモ野生株とR4変異株の比較。双方ともに分別出来ないほど相似している。良い変異株は単離されていない。
【図6】サツマイモ野生株とR8変異株の比較。野生株とR8変異株では相似している部分もあるが、良い変異株が2株単離された。
【図7】サツマイモ野生株とR40変異株の比較。野生株とR40変異株ではかなりの相異がでる。良い変異株が2株単離された。
【図8】サツマイモ野生株とR80変異株の比較。野生株とR80変異株ではかなりの相異がでる。良い変異株が2株単離された。
【図9】サツマイモ苗の紫外線照射後のリボフラビン添加と太陽光下での生育の状況。サツマイモ苗をMS液体培地にすのこを入れ、そこに立たせるようにして、温室で2日間生育させた。4分のUV照射後、リボフラビンを終濃度、20, 40, 80 μMになるように入れた。その後4日間温室で太陽光にあて、生育させた。その処理苗を畑に一畝ずつ移植した。
【図10】サツマイモの収穫。野生株で比較的良い蔓の生育を示した株F0-0-22の芋を示す。
【図11】サツマイモの収穫。野生株で比較的良い蔓の生育を示した別株F0-0-29の芋を示す。
【図12】サツマイモの収穫。変異株で良い蔓の生育を示したF80-4-3変異株の芋を示す。写真のF80-5-3はF80-4-3の誤り。
【図13】サツマイモの収穫。変異株で良い蔓の生育を示したF80-4-13変異株の芋を示す。写真のF80-5-13はF80-4-13の誤り。
【図14】サツマイモの収穫。変異株で良い蔓の生育を示したF80-4-17変異株の芋を示す。写真のF80-5-17はF80-4-17の誤り。
【図15】サツマイモの収穫。変異株で良い蔓の生育を示したF80-4-20変異株の芋を示す。写真のF80-5-20はF80-4-20の誤り。
【図16】イネ野生株で比較的生育の良い、F0-0-4を示す。
【図17】イネ変異株F80-1-1-1を示す。この桶にはさらにF80-1-1-2, F80-1-1-3変異株が単離された。どの変異株も大変生育がよく、また収穫も非常に良い。
【図18】Methyl viologen処理したコムギ(Chinese spring)種子から生じた変異株の分げつ数・出穂数。
【図19】Methyl viologen処理したコムギ(Chinese spring)種子から生じた変異株の穂重量。
【図20】コムギ(Chinese spring)の収穫。変異株で大きい穂重量を示したR2-1-1、R2-1-3変異株の穂を示す。比較のため、野生株、R0-1-5、R0-2-3、R0-3-3、R0-4-3の穂も示す。
【図21】コムギ(Chinese spring)の収穫。変異株で大きい穂重量を示したR4-3-3、R4-4-2、R8-1-1変異株の穂を示す。比較のため、野生株、R0-1-5、R0-2-3、R0-3-3、R0-4-3の穂も示す。
【図22】Methyl viologen処理したナンブコムギ種子から生じた変異株の穂数・穂重量。
【図23】1重項酸素を含む活性酸素の発生と消去過程。 リボフラビンのような光増感剤の存在下に強い光を照射すると、1重項酸素が発生する。現在のところこの1重項酸素がどのように無害化されてゆくかは不明である。赤矢印で示すように本特許ではカタラーゼが2分子の1重項酸素を結合する。そこにNDKがNADHを運んできて2つの電子を供与する。そして2分子のスーパーオキシドを生ずる。
【図24】野生株,cat-1RIP,ndk-1p72H,cat-1;ndk-1-1,cat-1;ndk-1-2変異株を用いた過酸化水素(H2O2)に対する分生子(コニディア)の発芽に対する感受性。ndk-1p72H変異株は過酸化水素に対する感受性が高い。次にcat-1RIP変異株の感受性が高い。しかしこれらの二重変異株にすると、cat-1;ndk-1-1、およびcat-2;ndk-1-2に見られるように、感受性がなくなる。これは二重変異株ではCAT-2が過剰発現されるためと考えられる。
【図25】野生株,cat-1RIP,ndk-1p72H,cat-1;ndk-1-1,cat-1;ndk-1-2変異株のリボフラビンに対する感受性;寒天培地中のリボフラビンの濃度を0、200、400、800μMと濃度を変化させ、上記株の分生子(コニディア)を約200まき、光照射(100μmol/m2/sec)下に1重項酸素を発生させる。ndk-1p72H変異株およびcat-1RIPとの二重変異株が1重項酸素に感受性となる。
【図26】ヒスタグNDK-1,ヒスタグNDK-2に対する[32P]NADHの結合能。 ヒスタグを付したNDK-1およびヒスタグNDK-1p72H(変異型NDK-1では72番目のProがHisになる)。
【図27】1重項酸素からスーパーオキシドへ(Reaction process 1)、スーパーオキシドから過酸化水素(Reaction process 2)へ、また過酸化水素から水と酸素分子(Reaction process 2)への還元過程にNDK-1が運ぶNADHより2分子の電子が供与される。
【図28】野生株, ndk-1p72H変異株, sod-1変異株の1重項酸素に対する感受性。
【図29】コシヒカリの薬剤処理と発芽生育率。コシヒカリの種子を常法に従い50粒/ペトリ皿で滅菌し、4 ℃暗黒下に1日置いた後、 0, 1, 2, 3, 4 μM Mvを含むMS培地に各濃度で4皿播種した。8 ℃ 8時間光照射(150 μmole/m2/sec)/7 ℃ 16時間暗黒の条件で、7日間置いた。その種子をプラスチック皿に入れた1/500希釈ハイポネックスを含む黒色土に播種した。1か月後、写真をとり、緑の苗を計数した。数値は各濃度4皿の平均である。本実験は2回目の実験で、第1回実験では0, 4, 8, 40, 80 μM Mvを含むMS培地に播種し, 8μM Mv以上では種子の生育は全くみられなかった。4 μM Mvで、R4-2-4高収穫変異株が得られた。
【図30】コシヒカリ高収穫変異株の特性。図29で示した苗をプラスチック盥に8月下旬に移植し、露地で生育後、11月より温室で生育させ、1月に収穫した。野生株の収穫に比べ有意に高く、また分ゲツ数も多い、6株を高収穫変異株として扱った。
【図31】高収穫変異株の自殖第2代の収穫特性。R4-2-4, R4-5-8高収穫変異株の代表的な株の収穫特性を示す。この株の葉を用いて、生化学的特性の検査を実施した。
【図32】野生株および高収穫変異株、R4-2-4, R4-5-8のタンパク質のSDS-PAGEによる比較。葉からの粗抽出液を、可溶性、葉緑体、ミトコンドリア分画に分画し、SDS-PAGEにて100 μgを分離し、CBB染色を行なった。その分子量から、カタラーゼ、またNDKと考えられるバンドの増量が見られる。カタラーゼバンドは-80 ℃の保存でも、あまり安定ではない。
【図33】野生株および高収穫変異株、R4-2-4, R4-5-8のカタラーゼ活性の比較。葉からの粗抽出液を、可溶性、葉緑体、ミトコンドリア分画に分画し、100 μgを未変性ゲル電気泳動で分離し、活性染色を行なった。野生株と高収穫変異株にはっきりとその活性の差が各分画で見られる。カタラーゼ活性バンドは-80 ℃の保存でも、あまり安定ではない。
【図34】野生株および高収穫変異株と R4-5-8の粗抽出液中のカタラーゼ活性の比較。粗抽出液タンパク質6.25, 12.5, 25, 50, 100 μgを未変性ゲル電気泳動で分離し、活性染色を行なった。野生株と高収穫変異株にはっきりとその活性の差が見られる。カタラーゼ活性バンドは-80 ℃の保存でも、あまり安定ではない。
【図35】野生株および高収穫変異株 R4-2-4の葉からの粗抽出液のリン酸化。粗抽出液タンパク質6.25, 12.5, 25, 50, 100 μgを(γ-32P)ATPで0 ℃,10秒のリン酸化標識(この条件ではヒスチジンキナーゼが選択的にリン酸化される。)後、SDS-PAGEゲル電気泳動で分離し、オートラジオグラフィーを行なった。15~18 kDa のNDK isomerのリン酸化および 37~70 kDaのヒスチジンキナーゼ様タンパク質のリン酸化に変化が見られた。NDK isomerもヒスチジンキナーゼである。
【図36】野生株および高収穫変異株 R4-5-8の葉からの粗抽出液のリン酸化。粗抽出液タンパク質6.25, 12.5, 25, 50, 100 μgを(γ-32P)ATPで0 ℃,10秒のリン酸化標識(この条件ではヒスチジンキナーゼが選択的にリン酸化される。)後、SDS-PAGEゲル電気泳動で分離し、オートラジオグラフィーを行なった。15~18 kDa のNDK isomerのリン酸化および 37~70 kDaのヒスチジンキナーゼ様タンパク質のリン酸化に変化が見られた。
【図37】野生株および高収穫変異株 R4-5-8の葉からの粗抽出液をさらに可溶性、葉緑体、ミトコンドリア分画に分画し、其のリン酸化を見た。各分画のタンパク質100 μgを(γ-32P)ATPで0 ℃,10秒のリン酸化標識(この条件ではヒスチジンキナーゼが選択的にリン酸化される。)後、SDS-PAGEゲル電気泳動で分離し、オートラジオグラフィーを行なった(右)。また同様に各分画のタンパク質100 μgをSDS-PAGEゲル電気泳動で分離し、CBB染色を行なった(左)。15~18 kDa のNDK isomerのリン酸化および 37~70 kDaのヒスチジンキナーゼ様タンパク質のリン酸化に変化が見られた。特に葉緑体分画の変異株でのリン酸化の上昇が大きい。また各分画のタンパク質で、カタラーゼの量が多いが、図29に比べ鮮明度は落ちる。カタラーゼ活性バンドは-80 ℃の保存でも、あまり安定ではない。
【図38】アラスカエンドウの野生株および2つの大収穫変異株HIY1, HIY2の形態形成 詳細は本文に説明されている。花の形態形成 (Floral deveropment), 茎の形態形成 (Stem deveropment) (A) 野生株および高収穫変異株の180日の生育姿。 (B) 野生株および高収穫変異株の花柄およびさや。 (C) 野生株および高収穫変異株での花芽ができるまでの節数と日数。 (D) 野生株および高収穫変異株の各節間長と数。 (E) 野生株および高収穫変異株の草丈(cm)。(F) 野生株および高収穫変異株の枝の数。
【図39】アラスカエンドウの野生株および2つの高収穫変異株HIY1, HIY2の果実の収穫 詳細は本文に説明されている。(A)さやの数、 (B) 種子の数、 (C)さやの中の種子の数、 (D)さやを含む乾燥種子の重量(g)
【図40】アラスカエンドウの野生株および2つの高収穫変異株HIY1, HIY2のMv(パラコート; Paraquat)およびリボフラビン(Riboflavin)に対する耐性 (詳細は本文に説明されている。(I) Resistance to paraquat; パラコート耐性、(II) Resistance to riboflavin;リボフラビン耐性(1重項酸素耐性)。
【図41】アラスカエンドウの野生株および2つの高収穫変異株HIY1, HIY2の葉の抽出液を用い4つの抗酸化酵素を測定した。上段は抽出液で、葉緑体およびミトコンドリア分画を除いた上清(可溶性分画)を使用し、葉重量(g)当たりの活性を比較した。(A)スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、 (B)アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)、 (C)カタラーゼ(CAT)、 (D) ヌクレオシド2リン酸キナーゼ(NDK)、下段では未変成ゲル電気泳動をした後、SOD, APX, CATを活性染色した。NDK活性は透析した可溶性分画を用いた。(E), (F)は(C), (D)をトレースして得た。詳細は本文に説明されている。
【図42】アラスカエンドウの野生株および2つの高収穫変異株HIY1, HIY2の葉の抽出液を用い4つの抗酸化酵素を測定した。上段は抽出液で、葉緑体およびミトコンドリア分画を除いた上清(可溶性分画)を使用し、葉重量(g)当たりの活性を比較した。(A)(γ-32P)ATPを用いたNDKのリン酸化、 (B) (32P)NADHを結合した後、紫外線照射でクロスリンクさせた。 (C) (32P)NADHを結合した後、未変成ゲル電気泳動をした。そのオートラジオグラフィーから(32P)NADH結合シグナルを得た。また別のゲルを用いてCATの活性染色をした。CATの活性を示すグリーン領域、ラジオ活性を示す赤領域、対照実験の青領域を切り出し、タンパク質を抽出した。(γ-32P)ATPを用いNDKのリン酸転移反応を測定した。
【図43】野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於けるタンパク質含量。タンパク質含量mg/g葉生重量、可溶性分画(Cs frac),葉緑体分画 (Cl frac),ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP frac)。
【図44】野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於けるタンパク質のSDS-PAGE電気泳動による分離。各細胞分画タンパク質、100 μgを分離した。可溶性分画(Cs frac), 葉緑体分画 (Cl frac), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP frac)。
【図45】野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於ける活性酸素代謝系酵素の酵素活性(unit, mmol/min /mgタンパク質)。可溶性分画(Cs), 葉緑体分画 (Cl ), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP)。
【図46】野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於ける活性酸素代謝系酵素の酵素活性(unit, mmol/min /mgタンパク質)。可溶性分画(Cs), 葉緑体分画 (Cl ), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP)。
【図47】野生株および高収穫変異株の各細胞分画に於けるタンパク質のリン酸化活性。可溶性分画(Cs), 葉緑体分画 (Cl ), ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画(MP)。15 kDa〜18 kDaでリン酸化されるNDK isomer, および37 kDa〜70 kDaでリン酸化されるヒスチジンキナーゼ。
【図48】アカパンカビsod-1変異株が示す分生子形成リズムの特性A) 野生株、sod-1, band(bd), sod-1;bdが示す分生子形成リズム。殖菌後2時間光照射して、その後恒暗下にて、走行管の培地を伸長生長させた。野生株、sod-1, band(bd), はそれぞれ22.1、20.3、22.1時間周期でバンドを形成するが、sod-1;bdはバンドを形成しない。B) sod-1変異株を用いて、上記の走行管の培地にさらに10 mM NAC, または10 mM NAGを加え、分生子形成のバンドをみた。前者によりバンド形成が強く抑制される。
【図49】アカパンカビのリズムのノックアウト変異、frq10のリズム形成への役割。A) 野生株、bd, sod-1, frq10のfrq10; sod-1の分生子バンドの形成能を図1の条件で調査した。B)12時間 光照射/12時間 暗黒の周期的光照射 (100μmol/m2/sec) により、バンド形成を24時間周期にあわせることができるが、frq10; sod-1の分生子バンドの形成はその時間帯が光照射下に行なわれ、他の株とは異なる機構で分生子形成を行なっていることを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0111】
<配列番号1及び2>
配列番号1及び2は、1セットのオリゴヌクレオチドプライマー(NEFとNER)の配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一重項酸素に対する耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項2】
変異を導入していない株と比較して、10μM以上のリボフラビンを含有する培地中で、1000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下で生育の良い請求項1記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項3】
変異を導入していない株と比較して、100μMのリボフラビンを含有する培地中で、100μmole・m-1・sec-1をこえる白色光の照射下で生育の良い請求項1記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項4】
さらに、一重項酸素以外の活性酸素に対しても耐性がある請求項1〜3のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項5】
変異を導入していない株と比較して、1μMのメチルビオローゲンを含有する培地中で生育の良い請求項4記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項6】
変異を導入していない株と比較して、収穫量が多い請求項1〜5のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項7】
変異を導入していない株と比較して、1.3倍以上の収穫量を示す請求項6記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項8】
変異を導入していない株と比較して、イネ科またマメ科においてはその茎の数(分ゲツ数および枝の数)が1.5倍以上の数を示す請求項6記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項9】
変異を導入していない株と比較して、ヌクレオシド2リン酸キナーゼ活性が1.3倍以上高い請求項1〜8のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項10】
変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科、およびサツマイモにおいてはヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が高い請求項9記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項11】
変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科ではヌクレオシド2リン酸キナーゼおよびカタラーゼの活性およびタンパク質量が高い請求項9記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項12】
変異を導入していない株と比較して、マメ科、イネ科では粗抽出液、または可溶性、葉緑体、ミトコンドリア-ペルオキシゾーム分画でヌクレオシド2リン酸キナーゼのリン酸化活性が異なる請求項11記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項13】
変異を導入していない株と比較して、マメ科およびイネ科では37~70 kDa のヒスチジンキナーゼ様のリン酸化されるタンパク質がそれぞれ可溶性分画および葉緑体分画で高い請求項1〜12のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項14】
変異を導入していない株と比較して、カタラーゼ活性が1.2倍以上高い請求項1〜13のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項15】
変異を導入していない株と比較して、緑が濃い請求項1〜14のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項16】
変異を導入していない株と比較して、概日性リズムが変化している請求項1〜15のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項17】
変異を導入していない株と比較して、花芽形成時期が変化している請求項1〜16のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項18】
菌類が子嚢菌類に属するものである請求項1〜17のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項19】
菌類がアカパンカビである請求項18記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項20】
植物が単子葉植物又は双子葉植物である請求項1〜17のいずれかに記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項21】
単子葉植物が、オートムギ、コムギ、オオムギ、イネ又はトウモロコシである請求項20記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項22】
双子葉植物が、ブロッコリー、ペチュニア、アブラナ、ダイズ、サツマイモ、アラスカエンドウ又は甜菜である請求項20記載の変異菌若しくは変異植物又はその子孫。
【請求項23】
菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養し、生育した株を選択することを含む、請求項1〜22のいずれかに記載の変異菌又は変異植物の作製方法。
【請求項24】
変異誘起処理が、活性酸素若しくは活性酸素発生剤への暴露及び/又は紫外線照射である請求項23記載の方法。
【請求項25】
活性酸素発生剤への暴露が、1〜80 μMのメチルビオローゲンを含有する培地中での菌類又は植物の培養である請求項24記載の方法。
【請求項26】
紫外線照射が、3〜10 μmole・m-2・sec-1の紫外線を1〜5分間菌類又は植物に照射することである請求項24記載の方法。
【請求項27】
一重項酸素が発生する条件下での培養が、一重項酸素発生光増感剤を含有する培地中での光照射下の培養である請求項23〜26のいずれかに記載の方法。
【請求項28】
一重項酸素発生光増感剤が、リボフラビン、ポルフィリン、メチレンブルー、ローズベンガル、FMN(フラビンモノヌクレオチド)及びFAD(フラビンアデニンジヌクレオチド)からなる群より選択される請求項27記載の方法。
【請求項29】
一重項酸素発生光増感剤がリボフラビンである請求項28記載の方法。
【請求項30】
照射する光が太陽光である請求項27〜29のいずれかに記載の方法。
【請求項31】
10〜80 μMのリボフラビンを含有する培地中で、1000〜2000μmole・m-1・sec-1の太陽光照射下に菌類又は植物を培養する請求項30記載の方法。
【請求項32】
菌類の分生子又は植物の発芽種子、苗若しくは成長点を含む器官に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する請求項23〜30のいずれかに記載の方法。
【請求項33】
野生株の菌類又は植物に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する請求項23〜32のいずれかに記載の方法。
【請求項34】
一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫に変異誘起処理をした後、一重項酸素が発生する条件下で培養する請求項23〜32のいずれかに記載の方法。
【請求項35】
一重項酸素以外の活性酸素に耐性がある変異菌若しくは変異植物又はその子孫が、野生株の菌類又は植物を一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤に暴露して得られた変異菌若しくは変異植物又はその子孫である請求項34記載の方法。
【請求項36】
一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤が、メチルビオローゲン、過酸化水素及びNaニトロプルシッドからなる群より選択される少なくとも1種類の化合物である請求項35記載の方法。
【請求項37】
一重項酸素以外の活性酸素又は活性酸素発生剤への暴露が、1〜80 μMのメチルビオローゲンを含有する培地中での野生株の菌類又は植物の培養である請求項35又は36に記載の方法。
【請求項38】
請求項1〜22のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の細胞又は組織。
【請求項39】
請求項1〜22のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の種子。
【請求項40】
請求項1〜22のいずれかに記載の植物の変異株又はその子孫の自家受精又は交配により、所望の性質及び/又は形質を示す株を作製する方法。
【請求項41】
請求項40記載の方法で作製した植物株又はその子孫。
【請求項42】
請求項41記載の植物株又はその子孫の細胞又は組織。
【請求項43】
請求項41記載の植物株又はその子孫の種子。
【請求項44】
一重項酸素発生光増感剤を含む、有用な変異を誘発した菌類又は植物を作製するための組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図32】
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【図33】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図43】
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【図44】
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【図45】
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【図46】
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【図47】
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【図31】
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【図34】
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【図42】
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【図48】
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【図49】
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【公開番号】特開2008−118981(P2008−118981A)
【公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−171681(P2007−171681)
【出願日】平成19年6月29日(2007.6.29)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】