説明

蒸留残液の保存方法

【課題】蒸留残液を長期間に亘って腐敗することなく保存する方法を提供する。
【解決手段】バイオマスからなる基質を糖化酵素により糖化処理し、得られた糖化溶液を発酵処理して発酵溶液を得た後、発酵溶液を蒸留してエタノールを製造するときに、発酵溶液の蒸留後に残された蒸留残液を回収し、前記蒸留残液にカルシウムシアナミドを、該カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.08〜0.8質量%の範囲となるように添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エタノール製造時に生じる蒸留残液の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、バイオエタノールは、例えばリグノセルロース系バイオマス等のバイオマスからなる基質を糖化酵素により糖化処理し、糖化処理により得られた糖化溶液を発酵させ、発酵により得られた発酵溶液をさらに蒸留することにより製造されている。このとき、前記発酵溶液の蒸留後に残される蒸留残液は有機物を含んでいるので、土壌改良材として用いることが知られている(例えば特許文献1参照)。前記土壌改良材は、土壌に施用することにより前記有機物により該土壌の肥効性等を改良することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−54676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記蒸留残液は易分解性有機物を含んでいるため、該蒸留残液を長期間に亘って保存しようとすると、微生物の繁殖により前記易分解性有機物が腐敗し、肥効成分が低減するという不都合がある。
【0005】
本発明は、かかる不都合を解消して、蒸留残液を長期間に亘って腐敗することなく保存する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、本発明は、バイオマスからなる基質を糖化酵素により糖化処理し、糖化溶液を得る工程と、該糖化溶液を発酵処理して発酵溶液を得る工程と、該発酵溶液を蒸留してエタノールを得る工程とによりエタノールを製造するときに、該発酵溶液の蒸留後に残された蒸留残液を回収して保存する方法において、前記蒸留残液にカルシウムシアナミドを、該カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.08〜0.8質量%の範囲となるように添加することを特徴とする。
【0007】
本発明の蒸留残液の保存方法によれば、前記蒸留残液にカルシウムシアナミドを、該カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.08〜0.8質量%の範囲となるように添加する。すると、前記カルシウムシアナミドが前記蒸留残液中において分解され、シアナミド等の分解生成物が生じる。前記分解生成物は、前記蒸留残液中の微生物に対して毒性があり、該微生物の繁殖を抑制するため、前記蒸留残液を長期間に亘って保存したとしても、前記蒸留残液が腐敗することを防止することができる。
【0008】
前記カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.08質量%未満では、前記蒸留残液中で微生物が繁殖することを抑制する作用が得られない。また、前記カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.8質量%を超えても、それ以上の効果は得られないだけでなく、土壌改良材として使用した際に、植物が罹患しやすくなり品質が低下したり、稲の場合には、倒伏しやすくなるおそれがある。
【0009】
また、本発明の土壌改良材の保存方法において、前記蒸留残液に、石灰窒素を0.4〜4質量/体積%の範囲の濃度となるように添加することが好ましい。石灰窒素は、カルシウムシアナミドを含むので、前記範囲の濃度となるように添加することにより、カルシウムシアナミド由来の窒素濃度を0.08〜0.8質量%の範囲とすることができる。
【0010】
また、石灰窒素は、肥効成分を含むので、該石灰窒素の濃度が前記範囲となるように添加された前記蒸留残液は、肥効成分が増加されており、該蒸留残液が施用された土壌における植物の生育を促進することができる。
【0011】
また、本発明の土壌改良材の保存方法において、前記蒸留残液は、2〜20の範囲のC/N比と、30〜100mg/gの範囲の生物化学的酸素要求量とを有することが好ましい。前記蒸留残液は、C/N比が2未満かつ生物化学的酸素要求量が30mg/g未満であるときには、土壌に施用しても該土壌を十分に改良することができないことがある。また、前記蒸留残液は、C/N比が20を超えかつ生物化学的酸素要求量が100mg/gを超えると、石灰窒素を添加しても腐敗したりメタンガスを発生したりすることがある。
【0012】
また、本発明の土壌改良材の保存方法において、前記発酵溶液は、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が60%以上となるようにアルコール発酵処理されていることが好ましい。このようにすることにより前記蒸留残液のC/N比と生物化学的酸素要求量とを前記範囲とすることができる。
【0013】
前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が60%未満であると、後工程により得られる蒸留残液中の易分解性有機物が多くなり、該蒸留残液を長期間に亘り保存する際に、腐敗により肥効成分が低減してしまうことがある。ここで、前記易分解性有機物とは、発酵に利用されなかった糖や、副産物として生成された有機酸等を含む。
【0014】
また、本発明の蒸留残液の保存方法では、前記バイオマスとしてリグノセルロース系バイオマスを用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態の保存方法によって保存された蒸留残液を添加した水田土壌で生育した水稲の地上部分の乾燥重量を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。
【0017】
本実施形態の蒸留残液は、例えばリグノセルロース系バイオマスを基質とし、該基質を糖化、発酵させてエタノールを製造する過程で得られる蒸留残液からなる。そこで、次に、リグノセルロース系バイオマスを基質とするエタノールの製造方法について説明する。
【0018】
前記エタノールの製造方法では、まず、リグノセルロース系バイオマスからなる基質としての、例えば稲藁と、アンモニア水とを攪拌し、基質混合物を得る。得られた基質混合物は、貯留槽内で所定時間貯留されることにより、糖化前処理物を得る。
【0019】
前記糖化前処理物はアンモニア水を含有しているので、次にアンモニアを分離することにより、アンモニア分離糖化前処理物とされる。前記アンモニア分離糖化前処理物は、糖化酵素と混合され、所定時間保持されることにより、前記基質としての稲藁に含まれるセルロース、ヘミセルロース等が糖化された糖化溶液が得られる。前記糖化溶液は、未糖化の前記稲藁、前記糖化酵素等を糖化残渣として含んでいるので、次に、固液分離により前記糖化残渣が分離される。
【0020】
次に、前記糖化残渣が分離された前記糖化溶液に、酵母等の発酵菌を混合し、所定時間保持する。この結果、前記糖化溶液に含まれる糖が前記酵母等の発酵菌によりエタノール発酵し、エタノールを含む発酵溶液が得られる。前記発酵溶液は、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が60%以上となるようにアルコール発酵処理されている。アルコールへの変換率は、前記発酵菌の種類によって変化する。
【0021】
次に、前記発酵溶液を蒸留することにより、前記エタノールを分離すると共に、該発酵溶液の蒸留後に残された蒸留残液を回収する。
【0022】
ここで、前記蒸留残液は、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率を60%以上として得られた発酵溶液を蒸留することにより、C/N比が2〜20の範囲となると共に、生物化学的酸素要求量(BOD)が30〜100mg/gの範囲となる。
【0023】
次に、本実施形態の蒸留残液の保存方法では、前記エタノールの製造方法により得られた蒸留残液に、石灰窒素を0.4〜4質量/体積%の範囲の濃度となるように添加する。
【0024】
ここで、石灰窒素は、形態が粒状のものと、粉末状のものが存在する。前記石灰窒素は、いずれの形状のものを用いてもよいが、石灰窒素の形態が粒状の場合、石灰窒素が0.6〜4質量/体積%の範囲の濃度とすることがより好ましく、石灰窒素の形態が粉末形状の場合、石灰窒素が0.4〜4質量/体積%の範囲の濃度とすることがより好ましい。
【0025】
石灰窒素の形態が粒状のものを用いた場合、蒸留残液中における石灰窒素の分解が緩やかに進行するため、より長期間に亘って腐敗することなく蒸留残液を保存することができる。一方、石灰窒素の形態が粉末状のものを用いた場合、蒸留残液中における石灰窒素の分解が容易になるため、より少量の石灰窒素で蒸留残液の腐敗を防ぐことができる。
【0026】
また、石灰窒素は、肥効成分を含むので、前記石灰窒素の濃度が前記範囲となるように添加された前記蒸留残液は、肥効成分が増加されており、該蒸留残液が施用された土壌における植物の生育を促進することができる。
【0027】
次に、本発明の実施例及び比較例を示す。
【実施例】
【0028】
[実施例1]
リグノセルロース系バイオマスとしての稲藁を原料として、前記エタノールの製造方法により得られた蒸留残液を準備した。前記蒸留残液は、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率を60〜70%として得られた発酵溶液を蒸留させた後の残液であり、C/N比が10〜15であり、BODが50〜70mg/gであった。前記蒸留残液は、肥効成分として、窒素0.32質量%、リン酸0.03質量%、カリウム0.91質量%を含んでいた。
【0029】
次に、前記蒸留残液に粒状の石灰窒素を添加し、該石灰窒素の濃度が、3.75質量/体積%となるようにして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.750質量%であった。
【0030】
次に、前記試料溶液を、30℃に設定した恒温槽内において放置した。3日後、石灰窒素を各濃度に調製した試料溶液における腐敗の指標として白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0031】
次に、前記試料溶液を、30℃に設定した恒温槽内において3ヶ月放置したものを土壌改良材とし、水稲栽培試験を行った。
【0032】
前記水稲栽培試験は、先ず愛知県東郷町の水田土壌1kgを1/10000aワグネルポットに充填し、該土壌に前記土壌改良材を8g添加した。10日後、前記土壌を代掻きし、該土壌に慣行法に従って22日間育苗した水稲(品種名:コシヒカリ)を前記ワグネルポットに移植し、温室内で生育させた。39日後、生育した水稲の地上部分を刈り取り、乾燥重量を測定した。結果を図1に示す。
【0033】
[実施例2]
本実施例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素の濃度が、1.25質量/体積%となるようにしたことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.250質量%であった。
【0034】
また、本実施例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0035】
次に、本実施例で調製した試料溶液を用いて得た土壌改良材を添加した土壌を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして水稲栽培試験を行い、生育した水稲の地上部分の乾燥重量を測定した。結果を図1に示す。
【0036】
[実施例3]
本実施例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素の濃度が、0.63質量/体積%となるようにしたことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.125質量%であった。
【0037】
また、本実施例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0038】
次に、本実施例で調製した試料溶液を用いて得た土壌改良材を添加した土壌を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして水稲栽培試験を行い、生育した水稲の地上部分の乾燥重量を測定した。結果を図1に示す。
【0039】
[比較例1]
本比較例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素の濃度が、0.31質量/体積%となるようにしたことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.063質量%であった。
【0040】
また、本比較例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0041】
[比較例2]
本比較例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素の濃度が、0.16質量/体積%となるようにしたことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.031質量%であった。
【0042】
また、本比較例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0043】
[比較例3]
本比較例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素の濃度が、0.08質量/体積%となるようにしたことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。得られた前記試料溶液は、石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.016質量%であった。
【0044】
また、本比較例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0045】
[比較例4]
本比較例では、前記蒸留残液に添加する石灰窒素を全く用いないことを除き、実施例1と全く同一にして試料溶液を調製した。
【0046】
また、本比較例で調製した試料溶液を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして白カビの繁殖を観察した。結果を表1に示す。
【0047】
次に、本比較例で調製した試料溶液を放置することなく得た土壌改良材を添加した水田土壌を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして水稲栽培試験を行い、生育した水稲の地上部分の乾燥重量を測定した。結果を図1に示す。
【0048】
[比較例5]
本比較例では、前記蒸留残液を土壌改良材として全く添加していない水田土壌を用いたことを除き、実施例1と全く同一にして水稲栽培試験を行い、生育した水稲の地上部分の乾燥重量を測定した。結果を図1に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
表1に示すように、石灰窒素濃度を0.63〜3.75質量/体積%の範囲とした実施例1〜3では、該石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.125〜0.750質量%の範囲であり、白カビが繁殖せず、試料溶液が腐敗していない。一方、石灰窒素濃度を0.31質量/体積%以下とした比較例1〜4では、該石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0〜0.063質量%の範囲であり、白カビが繁殖し、試料溶液が腐敗している。
【0051】
従って、前記蒸留残液に石灰窒素を、0.63〜3.75質量/体積%の範囲で添加することにより、白カビ等の微生物の繁殖を抑制することができ、該蒸留残液を長期間に亘って腐敗することなく保存することができることが明らかである。
【0052】
また、図1に示すように、蒸留残液に石灰窒素を0.63〜3.75質量/体積%の範囲で添加した後3ヶ月間放置した試料溶液を土壌改良材として用いた実施例1〜3で得た水稲は、蒸留残液を放置せずに土壌改良材として用いた比較例4で得た水稲に比較して、地上部分の乾燥重量が大きくなっている。
【0053】
従って、蒸留残液に石灰窒素を0.63〜3.75質量/体積%の範囲で添加して調製した試料溶液は、3ヶ月間に亘って保存しても、調製直後の窒素濃度を保持していることが明らかである。
【0054】
ここで、実施例1〜3の試料溶液に含まれる窒素濃度は、前記蒸留残液に含まれている窒素濃度と、添加した石灰窒素に含まれるカルシウムシアナミド由来の窒素濃度との合計となっている。そこで、石灰窒素の添加量の多いものほど、水稲の生育が促進され、結果として水稲の地上部分の乾燥重量が大きくなっている。
【0055】
一方、蒸留残液を土壌改良材として全く用いなかった比較例5で得た水稲は、その地上部分の乾燥重量が、蒸留残液を放置せずに土壌改良材として用いた比較例4で得た水稲よりも劣っている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイオマスからなる基質を糖化酵素により糖化処理し、糖化溶液を得る工程と、該糖化溶液を発酵処理して発酵溶液を得る工程と、該発酵溶液を蒸留してエタノールを得る工程とによりエタノールを製造するときに、該発酵溶液の蒸留後に残された蒸留残液を回収して保存する方法において、
前記蒸留残液にカルシウムシアナミドを、該カルシウムシアナミド由来の窒素濃度が0.08〜0.8質量%の範囲となるように添加すること特徴とする蒸留残液の保存方法。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸留残液の保存方法において、前記蒸留残液に、石灰窒素を0.4〜4質量/体積%の範囲の濃度となるように添加すること特徴とする蒸留残液の保存方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の蒸留残液の保存方法において、前記蒸留残液は、2〜20の範囲のC/N比と、30〜100mg/gの範囲の生物化学的酸素要求量とを有することを特徴とする蒸留残液の保存方法。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか1項に記載の蒸留残液の保存方法において、前記発酵溶液は、前記糖化溶液中の糖のアルコールへの変換率が60%以上となるようにアルコール発酵処理したものであることを特徴とする蒸留残液の保存方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の蒸留残液の保存方法において、前記バイオマスは、リグノセルロース系バイオマスであることを特徴とする蒸留残液の保存方法。


【図1】
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【公開番号】特開2012−175967(P2012−175967A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−249730(P2011−249730)
【出願日】平成23年11月15日(2011.11.15)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】