説明

蒸留酒類の産地の判別方法

【課題】安定同位体比の測定に基づく、蒸留酒類の産地を判別する方法、蒸留酒類の種類を判別する方法を提供する。
【解決手段】蒸留酒類について、水素安定同位体比又は酸素安定同位体比又は炭素安定同位体比又を測定し、測定した試料における安定同位体比を産地又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較して蒸留酒類の産地又は種類を判別する。安定同位体比の測定は、公知の同位体比分析方法を用いることができ、常法に従い、質量分析計を用いて質量電荷比に応じた分離・検出を行い、各同位体の存在量を計測して行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸留酒類に含まれる安定同位体の比率を測定して、蒸留酒類の産地又は種類を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食品は、加工・流通技術の進歩によって広域流通するものとなっており、生産地から多くの事業者を経て消費者に届けられている。一般に加工食品は外見から原材料や生産地を見分けることは困難であるため、国際的な課題となっている原材料・産地偽装問題への対策として、種々の原材料・生産地判別技術が開発・利用されている。原材料・生産地判別技術としては、Al、Fe、Ni、Mn等の無機元素の組成を測定する無機元素組成分析やアミノ酸等の有機酸、糖等の組成を測定する有機成分組成分析による方法がある。特に、無機元素組成分析による判別方法は、原材料となる起源生物が生育した土壌等の生育環境を判別するために広く用いられているが、環境条件によって測定値に幅を生じることがあるため判別の指標となる基準値には信頼性が求められる方法である。また、DNA型鑑定等のDNA分析、タンパク質の検出等による生化学的方法等がある。この方法は、比較的正確な判別を可能としているが、起源生物が同種である場合に判別が困難であり、同種の起源生物が群を形成している場合の産地判別には適さない方法である。物理化学的方法として、安定同位体比分析による方法等も利用されている。安定同位体比分析による判別は、起源生物を構成する炭素、窒素、酸素、水素等の安定同位体比が生育した環境・栄養源を反映していることを利用した判別方法であり、目的に応じて、元素を選択・組み合わせて判別が行われている。
【0003】
農水産物を対象とした安定同位体比分析による原材料・生産地判別技術の分野には種々の核種の安定同位体比を測定し比較することによる判別方法があり、食品の原料を、試料食品中の炭素を封管燃焼法によって炭酸ガスとし測定した炭素安定同位体比に基づいて確認・特定する方法(特許文献1参照)や、茶葉等の農産物の栽培国・地域を、硫黄安定同位体比に基づいて又は硫黄安定同位体比と炭素若しくは窒素若しくは酸素安定同位体比の組み合せに基づいて判定する方法(特許文献2参照)や、農産物の産地を、アミノ酸の窒素安定同位体比の比較により判別する方法やウナギの産地、養殖ウナギと天然ウナギをアミノ酸の窒素、炭素安定同位体比の比較により判別する方法(特許文献3参照)が知られている。また、米の産地を米試料から抽出した脂肪酸成分をメチル化した脂肪酸誘導体の水素安定同位体比に基づいて判別する方法(特許文献4参照)が知られている。
【0004】
特に、酸素、水素安定同位体比の測定を利用した判別方法として、バイオマスの可食部と非食部を有機成分の水素、酸素、炭素安定同位体比に基づいて判別する方法(特許文献4参照)や、農産物を使用した食品などの加工品の原料の植物種・植物栽培地域を、有機成分の炭素、水素、酸素、窒素、硫黄等の安定同位体比を分析することにより特定する方法(特許文献5参照)が知られている。また、米の生産地を、米を圧縮して抽出した水分の水素、酸素安定同位体比と米の生産地域における天水の水素、酸素安定同位体比を比較して特定する方法が知られている(特許文献6参照)。
【0005】
このように酸素、水素安定同位体比は、水の起源を解析するために測定が行われており、市場で入手できるミネラル水、炭酸飲料、ビールの水素安定同位体比(δH)及び酸素安定同位体比(δ18O)は、天水線に適合し、その販売地域の水道水のδH及びδ18Oに相関があるという報告もなされている(J. Agric. Food Chem. (2010) 58, 7311-7316.参照)。
【0006】
加工食品については、「加工食品品質表示基準」により、原材料の名称、主な原材料の原産地の表示について表示義務が定められており、PCR法を用いたDNA分析により、原材料の品種と産地を判別する技術が汎用されている。しかしながら、酒類のような発酵食品を対象とした原材料・生産地判別においては、発酵に用いる微生物のDNAが混入する、原材料のDNAが発酵により分解される等の問題があることからDNA分析が容易でなく、欧州のワイン産地判別においてもみられるように、無機元素組成分析、安定同位体比分析を中心に土壌の特徴を判別する方法が主として採られている。無機元素組成分析については、起源生物が生育する土壌の組成等が局所的に特徴を有する場合に判別が容易でなく、指標とする基準値は判別の信頼性確保のために多数必要となる等の難点があることから、安定同位体比分析による判別が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−194778号公報
【特許文献2】特開2010−256302号公報
【特許文献3】特開2010−216892号公報
【特許文献4】特開2010−276466号公報
【特許文献5】特開2005−130755号公報
【特許文献6】特開2006−189351号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、食品の原材料又は産地判別のために酸素又は水素安定同位体比の測定が行われている。蒸留酒類は、その醸造の際に、蒸留の工程を含んでおり酸素及び水素の同位体分別が起こることから、酸素又は水素安定同位体比に基づく産地の判別が容易でないという問題がある。本発明の課題は、安定同位体比の測定に基づく、蒸留酒類の産地を判別する方法又は蒸留酒類の種類を判別する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、醸造の過程で蒸留が行われ、酸素及び水素の同位体分別が起こる蒸留酒類において、蒸留酒中の水の酸素安定同位体比、水素安定同位体比を産地が既知の蒸留酒の数値と比較すること、及び、蒸留酒中のエタノールの炭素安定同位体比を種類が既知の蒸留酒の数値と比較することにより種類の判別が可能であることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、
(1)試料である蒸留酒類における酸素安定同位体比又は水素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の産地の判別方法や、
(2)試料である蒸留酒類における水の酸素安定同位体比及び水素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の産地の判別方法や、
(3)試料である蒸留酒類における水の酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比、及びエタノールの炭素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の種類の判別方法や、
(4)蒸留酒類が、焼酎であることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法や、
(5)蒸留酒類のアルコール分が、30度以下であることを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法や、
(6)判別される蒸留酒類の種類が、沖縄県を産地とする泡盛、鹿児島県奄美市若しくは大島郡を産地とする黒糖焼酎、又は北海道若しくは東北地方若しくは長野県を産地とする焼酎であることを特徴とする上記(3)〜(5)のいずれかに記載の方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、蒸留酒類における酸素安定同位体比又は水素安定同位体比に基づいて、蒸留酒類の産地を簡便且つ的確に判別することを可能とする。また、蒸留酒類中の水の酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比とエタノールの炭素安定同位体比に基づいて、蒸留酒類の産地又は種類を簡便且つ的確に判別することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】蒸留酒類への割水の安定同位体比への影響を示す図である。横軸は、蒸留酒類のアルコール分(%)を示す。縦軸は、水の酸素安定同位体比δ18Oを示す。
【図2】産地が既知の複数の蒸留酒について、蒸留酒中の水のδ18O及びエタノールのδ13Cを測定し、プロットした図である。:●は、北海道、東北地方又は長野県を産地とする蒸留酒の測定値を示す。:▲は、鹿児島県奄美市又は大島郡を産地とする蒸留酒(黒糖焼酎)の測定値を示す。:■は、沖縄県を産地とする蒸留酒(泡盛)の測定値を示す。:◆は、その他の地方を産地とする蒸留酒の測定値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、蒸留酒類における安定同位体比に基づいて、蒸留酒類の産地又は種類を判別する方法に関する。原子番号が等しく、質量数が異なる核種を互いに同位体の関係にあるといい、同位体には放射壊変を起こす放射性同位体とそれ以外の安定同位体がある。安定同位体は、自然界に略一定の比で存在しており、例えば、酸素安定同位体としては16O、17O、18O、水素安定同位体としてはH、H、炭素安定同位体としては12C、13Cがある。安定同位体比は自然界で略一様であり、これらの存在比(同位体存在度)は、16O(99.763%)、17O(0.037%)、18O(0.200%)、H(99.984%)、H(0.016%)、12C(98.889%)、13C(1.111%)に近い値をとることが知られている。しかし、質量の違いから同位体間で物理的・化学的性質に差が生じる同位体効果により自然界における反応・相転移等の過程で同位体分別が起こるため、安定同位体が存在する環境・履歴により安定同位体間の存在比(安定同位体比)が変動する。このような変動を検出することにより安定同位体の起源を辿ることができることから、安定同位体比の測定は、農水産物の産地判別、食品等の原材料・生産地判別のために利用されている。例えば、炭素安定同位体比は、主として、起源の植物に固有であり食物連鎖の履歴を反映しており、糖源の判別に用いられることが多い。植物には、大気中のCOを直接還元的にペントースリン酸回路に取り込み光合成を行うC植物と、ジカルボン酸経路を有するC植物があるが、炭素安定同位体比は、大部分の植物が属するC植物とサトウキビ、とうもろこし等のイネ科に多いC植物との間で特徴的である。窒素安定同位体比は、食物連鎖の履歴を反映しており、主として起源の植物が生育した土壌の判別等に用いられている。酸素・水素安定同位体比は、主として生物が摂取した水の起源を反映しており、蒸発・凝縮を伴う水の循環による同位体分別効果により温度・緯度・標高・降雨量等の影響を受けて地理的に固有な特徴を示している。例えば、天水(河川、湖、氷河、地下の岩層に染み込み岩石圏の様々な深度においてみられる地下水を含む陸上表面のすべての水。)の酸素及び水素安定同位体比は、地域により異なる値となり、低緯度から高緯度に移るに従い値が減少していく傾向を示すことが知られている。本発明は、特に蒸留酒類における酸素、水素、炭素安定同位体比を蒸留酒類の産地又は種類の判別に利用するものである。
【0014】
本発明において、蒸留酒類とは、醸造の過程で蒸留される酒類であって、アルコール分1度以上の飲料を指す。蒸留酒類は、連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎、ウイスキー、ブランデー、原料用アルコール、スピリッツのいずれでもよく、発泡性のものであってもよい。蒸留酒類の原料は、水の他、穀類、果実のいずれでもよく、米、米こうじ、麦、蕎麦、とうもろこし、サトウキビ、さつまいも、じゃがいも、ヤシ、乳、ブドウ、リンゴ、レモン、ハーブ等のいずれを原料とするものも用いることができる。蒸留酒類の形態は、原酒、あるいは製造段階で割水(加水ないし和水)がなされたもののいずれでもよく、蒸留酒類のアルコール分は1度以上である限り特に制限されないが、蒸留後の割水(加水)の量が多いほど蒸留による同位体分別の影響が小さくなることから、1度以上45度以下であることが好ましく、1度以上30度以下であることが特に好ましい。アルコール分とは、温度15度の時において原容量100分中に含有するエタノールの容量をいう。
【0015】
本発明において、蒸留酒類の産地とは、その酒類の醸造、割水が行われる地域、製造地のことをいう。判別の対象とする産地としては、日本国内、日本国外のいずれでもよく、製造地の水を使用しているといった産地と関連性を有する蒸留酒類が醸造されている地域であって、比較に用いるための産地が既知の試料が取得可能な地域であれば特に制限されない。日本国内の産地としては、「地理的表示に関する表示基準」において国税庁長官が指定する地域、壱岐(長崎県壱岐市)、球磨(熊本県球磨郡・人吉市)、琉球(沖縄県)、薩摩(鹿児島県(奄美市及び大島郡を除く。))、白山(石川県白山市)、の他、北海道、秋田県、岩手県、長野県、福岡県、熊本県等の都道府県を製造地域とする場合や、東北地方、九州地方等の地方を製造地域とする場合でもよい。
【0016】
本発明において、蒸留酒類の種類とは、蒸留酒類の産地及び原料により特定される種類のことをいう。
【0017】
本発明の蒸留酒類の産地の判別方法は、試料である蒸留酒類における酸素安定同位体比又は水素安定同位体比を測定する工程、測定した試料の安定同位体比を産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程、を含む方法であれば特に制限されるものではない。本発明では、産地の判別を行う試料蒸留酒類における、又は試料蒸留酒類の成分における、酸素安定同位体比又は水素安定同位体比を測定し、産地が既知である対照の蒸留酒類について測定された同成分且つ同元素の安定同位体比との比較を行う。試料における安定同位体比が、産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と近似している場合は、その試料蒸留酒類の産地が、対照の蒸留酒類の産地と同一であると判断される。
【0018】
蒸留酒類の産地の判別方法における安定同位体比を測定する工程は、蒸留酒類における酸素安定同位体比又は水素安定同位体比のいずれかを測定して行うことができる。また、蒸留酒類における酸素安定同位体比及び水素安定同位体の両方を測定して行うこともできる。判別を的確に行う観点からは、蒸留酒類における酸素安定同位体比及び水素安定同位体比の両方を測定することが好ましい。あるいは、蒸留酒類に含まれる特定の成分について安定同位体比を測定して行うことができ、蒸留酒類の成分における酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比のいずれか、又は蒸留酒類の成分における酸素安定同位体比及び水素安定同位体比の両方を測定して行うこともできる。蒸留酒類の産地の判別方法において安定同位体比を測定する蒸留酒類の成分としては、水、エタノール、高級アルコール及びそのエステル、有機酸等の蒸留酒類を構成する物質であって元素として酸素又は水素を含む物質であればいずれでもよいが、判別を的確に行う観点から、水について測定を行うことが好ましい。
【0019】
本発明の蒸留酒類の種類の判別方法は、試料である蒸留酒類における酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比、及び試料である蒸留酒類における炭素安定同位体比を測定する工程、測定した試料の安定同位体比を種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程、を含む方法である。本発明では、種類の判別を行う試料蒸留酒類における、又は試料蒸留酒類の成分における、酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比、及び炭素安定同位体比を測定し、種類が既知である対照の蒸留酒類について測定された同成分且つ同元素の安定同位体比との比較を行う。試料における安定同位体比が、種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と近似している場合は、その試料蒸留酒類の種類が、対照の蒸留酒類の種類と同一であると判断される。
【0020】
蒸留酒類の種類の判別方法における安定同位体比を測定する工程は、蒸留酒類における水素安定同位体比又は酸素安定同位体比のいずれかと炭素安定同位体比とを測定して行うことができる。また、蒸留酒類における水素安定同位体比及び酸素安定同位体比の両方と炭素安定同位体比とを測定して行うことができる。判別を的確に行う観点からは、蒸留酒類における水素安定同位体比及び酸素安定同位体比及び炭素安定同位体比を測定して行うことが好ましい。あるいは、蒸留酒類に含まれる特定の成分について安定同位体比を測定して行うことができ、蒸留酒類の成分における水素安定同位体比若しくは酸素安定同位体比のいずれか、及び蒸留酒類の成分における炭素安定同位体比を測定して行う、又は、蒸留酒類の成分における水素安定同位体比及び酸素安定同位体比、及び蒸留酒類の他の成分における炭素安定同位体比を測定して行うこともできる。蒸留酒類の種類の判別方法において安定同位体比を測定する蒸留酒類の成分としては、水、エタノール、高級アルコール及びそのエステル、有機酸等の蒸留酒類を構成する物質であって元素として酸素又は水素又は炭素を含む物質であればいずれでもよいが、判別を的確に行う観点から、水とエタノールについて測定を行うことが好ましく、水における水素安定同位体比及び酸素安定同位体比を測定し、エタノールにおける炭素安定同位体比を測定して行うことが好ましい。
【0021】
本発明において測定する安定同位体比は、酸素、水素、炭素の天然に存在する非放射性同位体についての比を用いればよく、常法に従い、酸素安定同位体比としては16Oと18Oの比を用いればよく、水素安定同位体比としてはHとHの比を用いればよく、炭素安定同位体比としては12Cと13Cの比を用いればよい。これらの安定同位体比は、通常、絶対比ではなく標準試料の同位体比からの千分偏差としてそれぞれ以下の数式で示されるδ値で表現される。
酸素安定同位体比は、次の数式(I)で示すことができる。
【数1】

また、水素安定同位体比は、次の数式(II)で示すことができる。
【数2】

また、炭素安定同位体比は、次の数式(III)で示すことができる。
【数3】

(上記式中、SAMPは試料における同位体比を示し、STDは標準試料における同位体比を示す。)
【0022】
安定同位体比の標準試料は、酸素・水素安定同位体比の標準試料としては、常用されている標準平均海水(Standard Mean Ocean Water(SMOW))や、米国南カロライナ州ピーディー層産箭石(Belemnites from PeeDeeFormation(PDB))を用いればよく、炭素安定同位体比の標準試料としては、PDBを用いることができるが、本発明の安定同位体比の測定においては安定同位体比の比較が行えるものであればよく、SMOW、PDB等の世界標準試料に換算可能な参照標準試料を使用することができる。
【0023】
安定同位体比の測定は、公知の同位体比分析方法を用いることができ、常法に従い、質量分析計を用いて質量電荷比に応じた分離・検出を行い、各同位体の存在量を計測して行うことができる。質量分離の方法は、測定する試料に応じて、磁場型、四重極型、飛行時間型、イオントラップ型等のいずれの方法か選択でき、イオン化の方法は、電子イオン化法、化学イオン化法、脱離電子イオン化法、脱離化学イオン化法、高速原子衝撃法、エレクトロスプレーイオン化法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法等の公知の方法を用いることができる。安定同位体比を測定する試料の蒸留酒類は、液体の蒸留酒類を封管法等により試料を燃焼、熱分解する公知の手段を用いてガス化して質量分析に供することができるが、ガスクロマトグラフや液体クロマトグラフ等の精製装置、燃焼炉や熱分解炉や還元炉等の処理装置を組み合せた質量分析装置を用いて行うこともできる。また、蒸留酒類に含まれる炭素安定同位体比を測定する場合等は、試料の炭素をガス化して測定する有機元素分析計を質量分析装置の前段に接続した装置を用いて測定することもできる。このような、装置は、例えばガスクロマトグラフ/同位体比質量分析計(GC/IRMS)、元素分析/同位体比質量分析計(EA/IRMS)として、オンラインで測定する分析システムとして入手できる。
【0024】
測定した試料における安定同位体比を、産地が既知である蒸留酒類又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程は、測定した試料と産地又は種類が既知である蒸留酒類との安定同位体比の照合、又は測定した試料における安定同位体比について産地又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比に対する統計学的判別により行うことができる。
【0025】
産地が既知である蒸留酒類又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比は、試料である蒸留酒類における安定同位体比を測定する工程と同様の工程を、産地又は種類が確認されている蒸留酒類について行うことにより測定することができる他、予め測定されている安定同位体比のデータベース等の数値情報を用いることができる。これらの産地又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比は、判別しようとする産地毎又は種類毎に複数の試料について測定されていることが好ましく、平均値、中央値等の代表値を用いることができる。また、予め測定されている安定同位体比のデータベースは、安定同位体核種毎に、複数の判別しようとする産地・種類の群に分類されデータベース化されていることが好ましい。そのようなデータベースにおいては、判別しようとする産地・種類の各群間の安定同位体比同士が有意差を有していることを予め確認しておくことが好ましく、確認にはt検定や分散分析(analysis of variance,ANOVA)を用いることができ、最小有意差法、Turkey法、Bonferroni法等の周知の多重比較方法のいずれかにより行うことができる。
【0026】
安定同位体比の比較は、例えば、産地の判別を行う場合は、複数試料の安定同位体比を測定し、産地の判別を行う試料蒸留酒類における安定同位体比と、産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比の測定結果について照合し、有意差が認められない場合に、産地の判別を行う試料蒸留酒類と産地が既知である蒸留酒類の産地が同一であると判断することができる。種類の判別を行う場合も前記産地の判別を行う場合と同様に行うことができる。または、産地又は種類の判別を行う試料蒸留酒類が、産地又は種類が既知である蒸留酒類の産地又は種類毎に分類された各群に属するか否かを安定同位体比の類似度により統計学的に判別することにより行うことができる。統計学的な判別手法は、公知の手法から適切なものを用いればよく、K近傍法(K Nearest Neighbor,KNN)によりユークリッド距離等の距離関数を選択して判別を行う、あるいは、データベースに基づいて判別関数を作成し、1〜3次元の散布図中に基準線又は面を設定することにより線形判別分析又は非線形判別分析を行うこともできる。このような判別手法としては、Fisherの線形判別関数を用いる方法、マハラノビスの汎距離に基づく非線形判別関数を用いる方法等がある。特に、試料蒸留酒類が複数の産地・複数の種類のいずれに属するかの判別を行う場合は、正準判別分析、ベイズ判別、ミニマックス基準による判別、SIMCA(Soft Independent Modeling of Class Analogy)等により行うことができる。これらの方法は、適切に判別できるものを単独で用いてよいが、複数の方法で判別を行い得られた判別結果を組み合わせて照合してもよく、いずれの方法でも産地又は種類が同一であると判別された場合に産地又は種類が同一であると判断することができる。
【0027】
測定した試料における安定同位体比を、産地又は種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程は、例えば、日本国内を産地とすることが既知である焼酎については、δ18Oが−15〜−12の値であり且つδ13Cが−28〜−25の値である場合に北海道又は東北地方又は長野県産の焼酎であると判別でき、δ18Oが−9〜−6の値であり且つδ13Cが−29〜−28の値である場合に沖縄県産の泡盛を含む焼酎であると判別でき、δ18Oが−9〜−6の値であり且つδ13Cが−20〜−16の値である場合に鹿児島県奄美市又は大島郡産の黒糖焼酎であると判別できる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0029】
1.蒸留酒類における割水と水の酸素安定同位体比との相関
蒸留酒への割水の酸素安定同位体比への影響を、米焼酎もろみを試料として安定同位体比質量分析計により測定した。常法に従って製造した米焼酎もろみを常圧蒸留し、その初留部分のみを採取し、アルコール分が59.2%の原酒を得た。得られた原酒にアルコール分が、それぞれ55%、45%、35%、25%となるよう割水(加水)し、安定同位体比質量分析計を用いて水のδ18Oを測定した。同様に、割水に使用した水のδ18Oも測定した。その測定結果を図1に示す。図1に示されるとおり、蒸留酒への割水が多くアルコール分が低下するほど、δ18Oの値が上昇し、割水に使用した水のδ18Oに近づくことが確認された。
【0030】
2.複数の産地・種類の蒸留酒類の安定同位体比
日本国内で製造された、産地が既知の蒸留酒を試料として、蒸留酒中の水の酸素安定同位体比、及びエタノールの炭素安定同対比を測定した。試料の蒸留酒は、アルコール分30度以下のものを選択し、沖縄県産の泡盛を含む焼酎を10種類、鹿児島県奄美市又は大島郡産の黒糖焼酎を5種類、北海道又は東北地方又は長野県産の焼酎を9種類含む、複数の産地の試料計84種類について以下の測定に供した。
【0031】
2−1.酸素安定同位体比の測定
蒸留酒試料の水の酸素安定同位体比を安定同位体比質量分析計により測定した。複数の産地の試料それぞれについて、試料瓶に試料蒸留酒3mLと疎水性白金触媒(Hokko Beads)を入れ排気した後、密閉容器内でCOガスとの間で18℃で12時間反応させて同位体交換を行った。次に、反応させたCOガスにおける酸素安定同位体比(18O/16O)を安定同位体比質量分析計「DELTA plus XL」(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて測定した。続いて安定同位体比質量分析計のDual Inletの片側にリファレンスガスを導入し、その反対側に反応させた試料COガスをプログラムにより自動的に導入して質量分析を行った。質量分析は、リファレンスガスと試料COガスを交互に6回測定した。得られた測定値に基づきδ18Oを算出し、その平均値を試料の酸素安定同位体比(18O/16O)の値とした。この方法による測定誤差は、±0.05‰であった。
【0032】
2−2.炭素安定同位体比の測定
前記蒸留酒試料のエタノールの炭素安定同位体比を安定同位体比質量分析計により測定した。複数の産地の試料それぞれについて、錫コンテナに試料蒸留酒を封入し、燃焼型元素分析計「Flash 2000」(Thermo Fisher Scientific社製)の燃焼炉に落下させた。試料は、燃焼型元素分析計内の燃焼炉で、超高純度酸素雰囲気のもと錫の酸化熱を利用して温度1000℃で燃焼・ガス化し、酸化触媒で完全に酸化させた。次に、生成したガスを680℃の条件で還元炉に導入し、余分なOを除去した。続いて、生成したHOを過塩素酸マグネシウムで除去し、45℃の条件で分離カラムでCOを分離した。分離したCOは、キャリアガスと共にインターフェースを通じて安定同位体質量分析計「DELTA V」(Thermo Fisher Scientific社製)に導入して質量分析を行い、炭素安定同位体比(13C/12C)を算出した。トレーサーで確認される測定誤差は測定値の0.3%であった。
【0033】
2−3.安定同位体比の測定結果
測定した複数の産地の試料蒸留酒の酸素安定同位体比(18O/16O)と炭素安定同位体比(13C/12C)のそれぞれから、前記数式に基づいてδ18Oとδ13Cを算出した。北海道又は東北地方又は長野県産の焼酎は、δ18Oは−15〜−12の値を示したのに対し、沖縄県産の泡盛を含む焼酎、並びに鹿児島県奄美市又は大島郡産の黒糖焼酎は、δ18Oは−9〜−6の値を示した。また、北海道又は東北地方又は長野県産の焼酎は、δ13Cは−28〜−25の値を示し、沖縄県産の泡盛を含む焼酎は、δ13Cは−29〜−28の値を示し、鹿児島県奄美市又は大島郡産の黒糖焼酎は、δ13Cは−20〜−16の値を示した。測定した各試料のδ値についてδ13Cを縦軸、δ18Oを横軸としてプロットした散布図を図2に示す。図2に示されるとおり、各試料は産地毎に異なる分布を示し、さらに原料植物がC3植物であるかC4植物であるかによって明瞭な分布の差異を生じており、北海道又は東北地方又は長野県産の焼酎、沖縄県産の泡盛を含む焼酎、鹿児島県奄美市又は大島郡産の黒糖焼酎の間で、酸素・炭素安定同位体比の値に有意差が認められたことから、これらの蒸留酒類の産地・種類の判別が安定同位体比に基づいて行えることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料である蒸留酒類における酸素安定同位体比又は水素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の産地の判別方法。
【請求項2】
試料である蒸留酒類における水の酸素安定同位体比及び水素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を産地が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の産地の判別方法。
【請求項3】
試料である蒸留酒類における水の酸素安定同位体比若しくは水素安定同位体比、及びエタノールの炭素安定同位体比を測定する工程、測定した試料における安定同位体比を種類が既知である蒸留酒類における安定同位体比と比較する工程を含むことを特徴とする蒸留酒類の種類の判別方法。
【請求項4】
蒸留酒類が、焼酎であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
蒸留酒類のアルコール分が、30度以下であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
判別される蒸留酒類の種類が、沖縄県を産地とする泡盛、鹿児島県奄美市若しくは大島郡を産地とする黒糖焼酎、又は北海道若しくは東北地方若しくは長野県を産地とする焼酎であることを特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−173000(P2012−173000A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−32284(P2011−32284)
【出願日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】