説明

蒸着装置と蒸着方法

【課題】蒸着源からの蒸気を遮ることなく、試料のほぼ外周全域にわたって存在させながら、試料の外周表面の全面に蒸着膜を形成することができる蒸着装置とこの蒸着装置を用いた蒸着方法を提供すること。
【解決手段】中心軸を水平方向に向けたコイルバネ状の形状を有するホルダー2と、試料1をホルダーの内側に保持した状態においてホルダーをその中心軸の周りに回転させる回転手段とを備え、回転手段によってホルダーをその中心軸周りに回転させることにより、試料をホルダーに対して回転させ、蒸着源に対する試料の向きと姿勢を変更し、向きと姿勢を変更させながら試料の外周表面全面に前記蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸着室内でホルダーにより保持された試料を回転させながら、試料表面の全面に蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成する蒸着装置と、この蒸着装置を用いた蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微小なボールベアリングや円柱状ベアリング(ローラベアリング)に対して、摩擦係数の低減や摩耗量の抑制などを図るために、各種の表面コーティングを蒸着により施している。そのための装置として、下記特許文献1−5に記載されたものが知られている。
【0003】
特許文献1−5に記載された蒸着装置は、いずれも台上またはそれに類する試料支え部材に球状または円柱状の試料を載置し、試料を回転させながら蒸着するものである。
【0004】
それ故に、台に遮られる箇所があり、蒸着源の位置が制限されるため、試料の下方からの蒸着は困難とされている。一方、特許文献3に記載された蒸着装置は、そのような問題の解決を覗わせるが、球状の試料が台に設けられた貫通孔に嵌り込むことによるものであるが故に、下方の蒸着源からの蒸気は試料に集中せざるを得ない。その結果、試料静止時に行われた膜形成部分と非膜形成部分との間に段差が生じるという新たな問題が発生するおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−271930号公報
【特許文献2】特開平5−311409号公報
【特許文献3】特開平9−279342号公報
【特許文献4】特開平11−315380号公報
【特許文献5】特開2002−212722号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上の実情に鑑み、蒸着源からの蒸気を遮ることなく、試料のほぼ外周全域にわたって存在させながら、試料の外周表面の全面に蒸着膜を形成することができる蒸着装置を提供し、また、この蒸着装置を用いた蒸着方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下の特徴を有している。
【0008】
第1の発明は、蒸着室内に試料を保持するホルダーが設けられ、前記ホルダーにより試料を保持して回転させながら試料の外周面全面に、蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成させる蒸着装置であって、前記ホルダーが、その中心軸を水平方向に向けたコイルバネ状の形状を有し、前記試料を前記ホルダーの内側に保持した状態においてホルダーをその中心軸の周りに回転させる回転手段を備えていることを特徴としている。
【0009】
第2の発明は、上記第1の発明の特徴を有する蒸着装置を用いた蒸着方法であって、前記試料は、球状または円柱状の形状を有し、前記回転手段によって前記ホルダーをその中心軸周りに回転させることにより、前記試料をホルダーに対して回転させ、以って前記蒸着源に対する前記試料の向きと姿勢を変更し、向きと姿勢を変更させながら前記試料の外周表面全面に前記蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成させることを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、蒸着源からの蒸気を遮る台状の部材を一切用いることなく、蒸着室内に試料を宙づり状に保持することができる。それ故に、蒸気は、コイルバネ状のホルダーと接触している僅かな箇所以外の試料のほぼ外周全域に存在することとなり、また、ホルダーを回転させることによって、試料は螺旋状に転動し、ホルダーとの接触箇所を確実にずらすことができる。したがって、段差のない、試料の外周表面の全面にわたって均一な蒸着膜を容易に蒸着することができる。
【0011】
また、蒸着源と試料との位置関係にも制約を受けないので、試料の下方に蒸着源を配置した場合と側方または上方に位置させた場合とで、蒸着膜の均一性が著しく異なるようなことはなく、蒸着の目的や蒸着物質、あるいは蒸着条件に合わせた適切な配置を選択することができる。
【0012】
そして、上記効果によって、球状または円柱状の試料表面に蒸着コーティングを行うことにより、段差のない均一な厚さの蒸着膜が容易に得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1におけるホルダーを、試料とともに示した側面図である。
【図2】実施例1におけるホルダーの他の形状を示した側面図である。
【図3】実施例1におけるホルダーの他の形状を示した側面図である。
【図4】実施例1におけるホルダーの開口長を調整する治具を、ホルダーとともに示した側面図である。
【図5】実施例2におけるホルダーを、試料とともに示した要部斜視図である。
【図6】実施例2における回転導入機に取り付けたホルダーを側面から写した写真である。
【図7】図5に示したホルダーを蒸着室内に配置した状態を写した写真である。
【図8】実施例2におけるコーティング後の試料をホルダーとともに写した拡大写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の蒸着装置は、図1−8に示したように、ホルダー2をコイルバネ状の形状とする点に主な特徴を有するものである。ホルダー2を形成する線材の断面は、円形に限らず、四角形、六角形などの角形断面とすることができ、いずれの断面形状でも同様な効果が奏される。
【0015】
ここで、ホルダー2の形状であるコイルバネ状とは、形態の類似性から称したものであり、必ずしも弾性などのバネ機能を有することを前提としてはいない。したがって、線材の材質は、バネ鋼に限られず、ターゲットの蒸着条件において変形や蒸発などが生じないものであれば、他の金属、たとえば電熱線材や合成樹脂などにより構成することもできる。電熱線材からホルダー2を形成する場合は、試料の加熱洗浄などを合わせて行うことができる。
【0016】
このようなホルダー2を回転させる方式は、手動をはじめとし、ステップモータなどを付設して電動により回転駆動させることができる。
【0017】
図1−8において試料1は円柱状ものを例示したが、試料1の形状は円柱状に限られず、平板状、棒状、角棒状、キュービック状などの各種形状のものとすることができる。いずれの場合にも、本発明の蒸着装置は、試料1の全周に蒸着することができる。
【0018】
なお、ホルダー2におけるコイルバネ状のピッチ方向の間隙Pおよび内径Dと、試料1の直径または内接円の直径dおよび長さpとの関係は、試料1が、ホルダー2の回転につれてホルダー2に対して回転することのできる大きさであり、かつ、ホルダー2の上記ピッチ方向の間隔Pから脱落しないような関係が好ましい。
【0019】
以下、本発明の蒸着装置と蒸着方法の実施例について詳述する。
【実施例1】
【0020】
図1に示したホルダー2では、コイルバネ状の形状において、巻線間の開口長を部分的に変えたものであり、長さ11cm、外径6mm、内径4.2mm、線径0.9mmとしている。ホルダー2内に試料1を3個挿入し、図6に示した回転導入機7のホルダー取り付けネジ3を用いてホルダー取付けロッド4に接続した。回転導入機7を回転させ、回転導入繋ぎ手5を介してホルダー2を回転させた。そのときの試料1の動きを調べた。なお、試料1には、円柱状(外径3mm、長さ3.6mm)のベアリングを用いた。
【0021】
回転導入機7は、フランジ6によって高周波マグネトロンスパッタ装置の内部と外部とを遮断することができるとともに、外部からの回転力は、回転軸繋ぎ5から回転軸4およびネジ3を介してホルダー2に伝達され、試料1を転動させることができる。
【0022】
図1に示したホルダー2の場合、時計回りに回転させると、巻線間の開口長が1.4mm以下のときは、試料1は重力に対して水平方向に整列し、時計回りに自転しながら前進する。ホルダー2を反時計回りに回転すると、試料1は、反時計回りに自転しながら、後退する。一方、巻線の間開口長を2mm以上3mm以下にすると、試料1は、巻線間に約45°の傾きで保持されるとともに、試料1が1個ずつ整列して配置した。また、巻線間の開口長が3mm以上のときは、開口から試料1が落下してしまった。また、巻線の内径が7mm以上のときには、試料1が横向きとなり、自転することができなくなった。
【0023】
そして、ホルダー2中に試料1を出し入れする際には、ホルダー2の先端部を引っ張ることによって、巻線間の開口を伸長させたり、湾曲させたりすることができ、試料1の出し入れは容易であった。
【0024】
なお、図2に示したメッシュ状のホルダー2や図3に示したネット状のホルダー2についても、試料1が落下しない最大の開口を形成し、コイルバネ状に構成することによって、同様の効果を奏する。
【0025】
図4には、ホルダー2の巻線の開口長を容易に変えることのできる治具を示した。
【0026】
治具は、図4に示したように、寸法の異なる各種の試料に対して、一つのホルダーによって最適な巻線の開口長を簡便に調整するために、巻線両端に設けた巻線押さえ板の間隔をボルト・ナット構造を下部に備え、このボルト・ナット構造によって調整することができる。
【実施例2】
【0027】
スパッタ源(ターゲット)が下方に位置する高周波マグネトロンスパッタ装置を用い、図5に示した、外径6mm、内径4.2mm、線径0.9mm、開口長2.8mm、長さ8cmのコイルバネ状のホルダー2を作製し、図6に示したホルダー取付けネジ3によりホルダー2を回転導入機7に取り付けた。
【0028】
そして、回転導入機7を上記高周波マグネトロンスパッタ装置の側面に回転導入機チャンバー取付けフランジ6によって取り付け、図7に示したように、試料1とターゲットとの間を距離30mm、MoS材をターゲットとして、出力100W、プレスパッタ時間5分、スパッタ時間20分の条件でスパッタ被覆処理すると同時に、回転導入機7を時計回りに1rpmの速度で5回転、反時計回りに10回転、再度時計回りに5回転させ、試料1である円柱状のベアリングの表面にコーティングを行った。
【0029】
図8に示したように、試料1の外周表面および端面の全面に良好なコーティング膜が形成されていた。
【符号の説明】
【0030】
1 試料
2 ホルダー
7 回転導入機
10 蒸着室

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着室内に試料を保持するホルダーが設けられ、前記ホルダーにより試料を保持して回転させながら試料の表面全面に、蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成させる蒸着装置であって、前記ホルダーが、その中心軸を水平方向に向けたコイルバネ状の形状を有し、前記試料を前記ホルダーの内側に保持した状態においてホルダーをその中心軸の周りに回転させる回転手段を備えていることを特徴とする蒸着装置。
【請求項2】
請求項1に記載の蒸着装置を用いた蒸着方法であって、前記試料は、球状または円柱状の形状を有し、前記回転手段によって前記ホルダーをその中心軸周りに回転させることにより、前記試料をホルダーに対して回転させ、以って前記蒸着源に対する前記試料の向きと姿勢を変更し、向きと姿勢を変更させながら前記試料の外周表面全面に前記蒸着源からの蒸気による蒸着膜を形成させることを特徴とする蒸着方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−209443(P2010−209443A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−59154(P2009−59154)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(591175697)株式会社トヤマ (2)
【Fターム(参考)】