説明

蒸着装置

【課題】同軸型真空アーク蒸着源を用いる薄膜の形成において欠陥の無い薄膜を形成する。
【解決手段】カソード電極43を筒状のアノード電極31の開口よりも外側に配置し、カソード電極43から放射方向に飛び出す巨大ドロップレットをアノード電極31の壁面に衝突させず、小ドロップレットを生成させない。ホルダ12の方向に飛び出した巨大ドロップレットは回転する羽根部材22に衝突し、フィルタ装置20を通過できず、微小粒子だけが通過し、成膜対象物5の表面に欠陥の無い薄膜が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薄膜を形成する技術にかかり、特に、同軸型真空アーク蒸着源を用いて薄膜を形成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
図8の符号101は、従来技術の蒸着装置を示している。
この蒸着装置101は真空槽111を有しており、該真空槽111の内部には同軸型真空アーク蒸着源130が配置されている。
【0003】
同軸型真空アーク蒸着源130は、円筒形のアノード電極131と、アノード電極131の内部に配置されたカソード電極143と、カソード電極143の近傍に配置されたトリガ電極142とを有している。トリガ電極142とカソード電極143との間にはアルミナ製の円板形状の碍子141がはさみこまれ、図中には示されていないがネジで固定されている。アノード電極131は接地され、カソード電極143とトリガ電極142は電源140に接続されている。
【0004】
真空槽111には、真空排気系119が接続されている。真空排気系119を動作させ、真空槽111内を真空排気し、電源140によってアノード電極131とカソード電極143の間に電圧を印加した状態でトリガ電極142にパルス状のトリガ電圧を印加すると、トリガ電極142とカソード電極143の間に碍子141側面を介して側面放電が発生する。これをトリガ放電と呼ぶ。
【0005】
トリガ放電が発生すると、それによって発生した電子の一部がアノード電極側に飛行し、耐電圧が低下し、カソード電極143とアノード電極131との間にアーク放電が誘起される。
【0006】
そのアーク放電により、カソード電極143に大きなアーク電流が流れ、それによってカソード電極143が溶融すると、カソード電極143を構成する蒸着材料の粒子がアノード電極131の内部に放出される。
【0007】
アノード電極131の内部に放出された粒子は、アーク電流が形成する磁場や、放電によって形成されるプラズマ中の電子から力を受け、真空槽111の内部に放出される。
【0008】
放出された粒子の飛行方向には、ホルダ112が配置されている。該ホルダ112には、半導体ウェハ等の成膜対象物115が配置されており、成膜対象物115表面に蒸着材料粒子が到達すると、薄膜が成長する。
【0009】
アーク電流はコンデンサの放電によって供給されるので短時間で消滅するため、放電後はコンデンサを充電させ、アーク放電を繰り返し発生させると、所望膜厚の薄膜を成長させることができる。膜成長の際、ホルダ112は、モータ117と回転軸121によって回転され、成膜対象物5の表面に薄膜が均一な厚みの薄膜が成長するようにされている。
【0010】
上記のような同軸型真空アーク蒸着源130では、1回のアーク放電によって形成される薄膜の膜厚はコンデンサの充電量によって制御でき、また、得られる薄膜の膜厚は、アーク放電一回当たりの膜厚と放電回数によって制御することができる。従って、成膜される膜が1〜2nm程度の非常に薄い膜であっても、膜厚精度が高い。
【0011】
また粒子の飛行速度は、最大10000m/秒(文献J,Vac.Sec.Jpn.(真空Vol.47,No.9,2004 p13)と早いため非常に平坦な膜を形成することができる(Ulvac technical Journal No.49 1998 p9)。
【0012】
この特徴は磁性デバイス特にMRAM等の磁性、非磁性材料をnmの薄膜で積層させていくプロセスに向いている。例えば、Co・FeNi/Ta/Py/Ir・Mn等をnmで積層させなければならず、この時に4つの蒸着源を搭載した蒸着装置を用いれば積層させることができる。特に同軸型真空アーク蒸着源ではカソード材の合金に比率が成膜しても膜内でカソード材料の合金比率を保存することが確認されているので非常に容易に合金を成膜することができる。
【0013】
同軸型真空アーク蒸着源を用いた蒸着装置や、後述するフィルタ装置等は、例えば下記文献に記載されている。
【特許文献1】特開2003−282557号公報
【特許文献2】特開2004−18899号公報
【特許文献3】特開平10−30169号公報
【特許文献4】特開平8−176805号公報
【特許文献5】特開2002−220655号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来の同軸型真空アーク蒸着源130ではnmの厚みで制御良く成膜できるものの、ドロプレットが多量に発生し、薄膜中にドロプレットが混入する問題があった。これでは、デバイスとして機能しない。
【0015】
同軸型真空アーク蒸着源130から放出される粒子には、原子状態に近い微小粒子の他、カソード材から液層で発生する巨大粒子(約φ50〜100μm)が含まれており、巨大粒子が成長中の薄膜に混入すると欠陥の原因になる。
【0016】
図9の符号102は、上記蒸着装置101を改良した蒸着装置であり、同軸型真空アーク蒸着源130とホルダ112の間にフィルタ装置120が配置されている。
このフィルタ装置120は、回転中心125を中心とし、一定厚みの板状の羽根部材122が複数本放射状に配置されている。
【0017】
同軸型真空アーク蒸着源130から放出される粒子は、質量が小さい程高速に飛行するため、フィルタ装置120を回転させると、蒸気などの微小粒子は羽根部材122と羽根部材122との間を通って成膜対象物115に到達するのに対し、低速の巨大粒子は羽根部材122の厚み方向を飛行する間に、羽根部材122に衝突する。
【0018】
羽根部材122の両面のうち、回転方向の前方に向かう面は、同軸型真空アーク蒸着源130側に向けて傾けられており、羽根部材122と衝突した巨大粒子は、羽根部材122表面に付着するか、同軸型真空アーク蒸着源130方向に跳ね返される。
【0019】
従って、巨大粒子は成膜対象物115には到達せず、蒸着材料の蒸気などの原子に近い状態の微小粒子だけで薄膜が成長する。
しかしながら、上記蒸着装置102では、巨大ドロップレットは除けるものの、それよりも小さい小ドロップレットが薄膜中に混入し、欠陥が生じることが発見された。
【0020】
本発明は、上記蒸着装置102の問題を解決するために創作されたものであり、その目的は、欠陥の無い薄膜を形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本願発明者等の研究によると、図10に示すように、蒸着材料の蒸気134は原子程度の大きさであり、羽根部材122間を通過するのに対し、巨大ドロップレット135は通過できないが、巨大ドロップレット135がアノード電極131に衝突すると、直径1〜5μ程度の小ドロップレット136が生成され、その小ドロップレット136がフィルタ装置120の羽根部材122間を通過してしまい、薄膜中に混入していることが判明した。
【0022】
従って、小ドロップレット136を発生せないために、巨大ドロップレット135がアノード電極131に衝突しないようにすればよい。
【0023】
上記課題を解決するため、本発明は、真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、前記蒸着源は、筒状のアノード電極と、蒸着材料で構成されたカソード電極と、前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、前記カソード電極は、前記アノード電極の先端であって、前記アノード電極で囲まれた領域の外部に配置された蒸着装置である。
また、本発明は、真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、前記蒸着源は、筒状のアノード電極と、蒸着材料で構成されたカソード電極と、前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、前記アノード電極は網で構成された蒸着装置である。
また、本発明は、真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、前記蒸着源は、アノード電極と、蒸着材料で構成されたカソード電極と、前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、前記アノード電極は一乃至複数本の棒状電極で構成された蒸着装置である。
また、本発明は、前記蒸着源と前記ホルダとの間に細長の羽根部材を複数有するフィルタ装置を配置し、前記羽根部材を移動させ、飛行速度が遅い蒸着材料粒子を前記羽根部材に付着させ、飛行速度が速い蒸着材料粒子を通過させ、前記成膜対象物表面に到達させるように構成された蒸着装置である。
また、本発明は、前記蒸着源を複数有し、前記各蒸着源から放出された前記蒸着材料粒子は前記同じ成膜対象物に到達するように配置された蒸着装置であって、前記各蒸着源の開口の中心軸線は互いに所定角度で傾き、前記各蒸着源から前記成膜対象物には、異なる角度で前記蒸着材料粒子が入射するように前記各蒸着源は配置され、前記各蒸着源と前記成膜対象物との間には、前記フィルタ装置がそれぞれ配置された蒸着装置である。
また、本発明は、前記羽根部材は回転軸を中心に放射状に配置され、前記回転軸を中心に回転するように構成された蒸着装置である。
また、本発明は、前記蒸着材料粒子が衝突する前記羽根部材の衝突表面は、前記回転軸の回転軸線に対して傾けられ、前記衝突表面に衝突して反射した蒸着材料粒子は、前記蒸着源側に戻されるように構成された蒸着装置である。
【0024】
本発明は上記のように構成されており、巨大ドロップレットがアノード電極に衝突せず、小ドロップレットが発生しないか、又は発生する確率が低い。
カソード電極を構成する物質の粒子の飛行経路と交差するように羽根部材を移動させ、飛行速度の遅い粒子を羽根部材に衝突させる場合、小ドロップレットが羽根部材間に進入せず、成膜対象物に到達しない。
【発明の効果】
【0025】
微小粒子だけが成膜対象物に到達するので、ドロップレットによる欠陥の無い膜を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
図1の符号1は、本発明の蒸着装置である。
この蒸着装置1は、真空槽11と、該真空槽11内に配置された一乃至複数台の同軸型真空アーク蒸着源30a、30bとを有してる(ここでは同じ構造の蒸着源が二台配置されている)。真空槽11はステンレス等の合金で作成されている。
【0027】
同軸型真空アーク蒸着源30a、30bの内部構造を図2に示す。
同軸型真空アーク蒸着源30a、30bは、円筒形の金属板から成るアノード電極31と、蒸着材料が円柱状に成形されて成るカソード電極43と、リング状の金属から成るトリガ電極42とを有している。
【0028】
アノード電極31の底面には底壁50が取りつけられており、該底壁50上には絶縁性の碍子41が配置されている。碍子41は円柱形であり、カソード電極43は碍子41の先端に取りつけられている。トリガ電極42は碍子41に嵌め込まれており、トリガ電極42は碍子41の外周に装着されている。従って、トリガ電極42の方がカソード電極43よりも底壁50に近い。カソード電極43とトリガ電極42の間は所定距離だけ離間され、絶縁性が確保されている。
【0029】
カソード電極43の中心軸線と、トリガ電極42の中心軸線と、アノード電極31の中心軸線とは、相互に一致するように配置されている。符号49は、その中心軸線を示している。
【0030】
カソード電極43は、アノード電極31の先端よりも外側に配置されており、カソード電極43の周囲はアノード電極31によって覆われていない。
図2の符号Tは、カソード電極43の底面と、アノード電極31の先端との間の距離を示しており、T≧0である。
【0031】
碍子41の内部には、直線状配線45が中心軸線49に沿って配置されている。該直線状配線45の上端はカソード電極43に接続されている。下端は底壁50の下部に突き出され、アノード電源47の負電圧側端子が接続されている。
【0032】
アノード電極31の外部であって、アノード電極31の開口32と面する位置には、フィルタ装置20とホルダ12とがこの順序で配置されている。
即ち、ホルダ12と同軸型真空アーク蒸着源30a、30bの間にフィルタ装置20が配置されており、カソード電極24の中心軸線49の延長線はフィルタ装置20とホルダ12の両方に交差するように配置されている。
【0033】
図3は、同軸型真空アーク蒸着源30a、30bとフィルタ装置20とホルダ12を説明するための斜視図である。
ホルダ12は円盤状であり、フィルタ装置20に面する表面は、一乃至複数枚の成膜対象物をホルダ12の中心と重ならない位置に保持できるように構成されている。図3の符号5は、ホルダ12に保持された状態の成膜対象物(基板)を示している。
【0034】
ホルダ12の裏面側であって、ホルダ12の中心位置には中空回転軸13が接続されている。中空回転軸13の中心軸線25は、ホルダ12の表面に対して垂直にされており、中心軸線25を回転軸線として中空回転軸13を回転させるとホルダ12が回転し、ホルダ12に保持された基板は、中心軸線25と垂直な平面と平行に旋回移動するように構成されている。即ち、各成膜対象物5は、ホルダ12の中心を中心として回転する。
【0035】
フィルタ装置20は回転翼型であり、回転軸21と、細長の複数の板状の羽根部材22と、リング23とを有している。
回転軸21は、リング23の中心を通っており、回転軸21のリング23の中心上の位置には、各羽根部材22の一端が、直接又は不図示のハブを介して固定されている。
【0036】
各羽根部材22の他端は、リング23に接続され、リング23を支持している。リング23が位置する平面は回転軸21に対して垂直になるように配置されている。従って、回転軸21の回転軸線とリング23の中心軸線とは一致し、各羽根部材22は、該回転軸21を中心とする放射状に配置されている。隣接する羽根部材22と羽根部材22の間には扇状の隙間24が形成されている。
【0037】
回転軸21は、中空回転軸13に挿通されており、中空回転軸13の中心軸線25は、回転軸21の回転軸線、及びリング20の中心軸線にもなっている。回転軸21と中空回転軸13とは、同一方向にも異なる方向にも回転できるようにされており、また、同じ回転速度でも、異なる回転速度でも回転できるようにもされている。図1の符号17と符号14は、回転軸21と中空回転軸13をそれぞれ別個に回転させるモータである。
【0038】
同軸型真空アーク蒸着源30a、30bは、そのアノード電極31の開口32、及び開口32の外部に配置されたカソード電極43が、回転移動する成膜対象物5に向の移動経路上に向けられている。特に、ホルダ12が回転したときに、各成膜対象物5の中心は、カソード電極43の中心軸線49の延長線と交差する位置を通過するように配置されている。
そして、ホルダ12が回転すると、ホルダ12上の成膜対象物5は、二台の同軸型真空アーク蒸着源30a、30bと面する位置を交互に通過する。
【0039】
真空槽11の外部には電源装置40が配置されている。電源装置40は、アーク電源47とトリガ電源46とコンデンサユニット48とを有している。アノード電極31と真空槽11とは接地電位に接続されており、アノード電極31は、アーク電源47に接続され、トリガ電極42はトリガ電源46に接続されている。
アーク電源47とトリガ電源46により、アノード電極31には負電圧が印加され、トリガ電極42には正電圧が印加されるように構成されている。
【0040】
上記蒸着装置1を用い、成膜対象物5の表面に薄膜を形成する工程について説明する。下記例では、二台の同軸側アーク蒸着源30a、30bを一緒に動作させるが、一台だけ動作させてもよい。
【0041】
先ず、真空槽11に接続された真空排気系19を動作させ、真空槽11内を所定圧力まで真空排気し、真空雰囲気を維持した状態で真空槽11内に成膜対象物を搬入し、ホルダ12に保持させる。
符号5はホルダ12に保持された成膜対象物であり、該成膜対象物5は、例えば半導体ウェハである。
【0042】
電源40内のアノード電源47やトリガ電源46を動作させ、カソード電極43に負電圧(−100V)を印加した状態で、トリガ電極42にパルス状のトリガ電圧(+3.4kV)を印加すると、トリガ電極42とカソード電極43の間の碍子41表面にトリガ放電(沿面放電)が生じ、カソード電極43と碍子41の交叉点から電子が発生する。
【0043】
その電子は碍子41の沿面を走るが、一部は碍子41の表面から離れ、カソード電極43の周囲に放出される。
カソード電極43の周囲に放出された電子により、アノード電極31とカソード電極43の間の放電耐圧が低下すると、アノード電極31とカソード電極43の間にアーク放電が発生する。
【0044】
アーク放電が発生するとカソード電極43に大きなアーク電流が流れ、カソード電極43が溶融し、アノード電極31内部に、カソード電極43を構成する蒸着材料の荷電粒子や中性粒子、電子が多量に放出される。
コンデンサユニット48内のコンデンサ(8800μF)の放電により、1400A〜2000Aのアーク電流が1m秒程度維持される。
カソード電極43の周囲に放出された粒子のうち、電子はアノード電極31に引き寄せられ、正の荷電粒子はアノード電極31から反発力を受ける。
【0045】
他方、アーク電流が直線状配線45を流れると磁場が発生し、カソード電極43の周囲に放出された電子及び荷電粒子はその磁場からローレンツ力を受け、電荷/質量の値が大きな正の微小荷電粒子はフィルタ装置20が位置する方角に飛行方向が曲げられる。
【0046】
正電荷を有していても質量が大きな巨大ドロップレット(電荷/質量の値が小さな荷電粒子)や、中性のドロップレットは、飛行方向が曲がらず、カソード電極43から飛び出した方向、即ち、中心軸線49と垂直な放射方向に飛行する。
【0047】
図4は、カソード電極43からの粒子放出を説明するための図であり、符号35aは、アノード電極31から放出された粒子のうち、放射方向に飛び出した巨大ドロップレットを示している。
【0048】
カソード電極43はアノード電極31の開口31の外部に位置しているため、それらのドロップレットはアノード電極31の壁面に衝突せず、カソード電極43から遠い位置まで飛行し、真空槽11の内壁に配置された防着板に衝突し、そこに付着する。衝突によって小ドロップレットが発生しても成膜対象物5には到達せず、薄膜中に混入しない。
【0049】
カソード電極43から生成されれた粒子のうちには、放射方向ではなく、フィルタ装置20に向かって飛び出した巨大ドロップレットもある。図4の符号35bは、その巨大ドロップレットを示している。
回転軸21と中空回転軸13とは別個独立に回転させられており、ホルダ12はゆっくり、フィルタ装置20はホルダ12よりも早く回転している。
【0050】
アノード電極31の中心軸線25の延長線上にはフィルタ装置20とホルダ12が位置しており、真空槽11内に放出された微小粒子34や巨大ドロップレット35bはフィルタ装置20に向かって飛行するため、それらの粒子34、35bは羽根部材22間の隙間24に侵入する。
【0051】
各羽根部材22は、アノード電極30a、30bやカソード電極43の中心軸線49に沿った方向に、一定の長さLを有している。この長さLは羽根部材22間の隙間24の厚みであり、フィルタ装置20は一定速度で回転しているので、隙間24内に侵入した粒子34、35bが。長さLの距離を通過する間に、羽根部材22に衝突しなければフィルタ装置20の裏面位置の成膜対象物5表面に到達する。他方、羽根部材22の衝突すると、衝突した粒子34、35bは羽根部材22に付着し、又は跳ね返され、成膜対象物5には到達できない。
【0052】
質量が小さい微小粒子34は高速に飛行するため、微小粒子34の大部分はフィルタ装置20を通過し、成膜対象物5に到達する。それに対し、質量が大きな巨大ドロップレット35bは飛行速度が遅く、羽根部材22に衝突しやすい。
【0053】
飛行速度と質量とは相関関係にあり質量が小さい程高速である。従って、羽根部材22の回転速度を設定することにより、所望の飛行速度未満、即ち、所望の質量未満の微小粒子34だけを成膜対象物5に到達させることができる。
【0054】
ここでは、フィルタ装置20の回転は、低速の巨大ドロップレット35bが羽根部材22の厚み方向を飛行する間に羽根部材22に衝突する回転速度に設定されている。
【0055】
羽根部材22の両面のうち、回転方向の前方に向かう面は、同軸型真空アーク蒸着源30側に向けて傾けられており、羽根部材22と衝突した巨大ドロップレット35bは、羽根部材22表面に付着するか、同軸型真空アーク蒸着源30方向に跳ね返される。
【0056】
従って、巨大ドロップレット35bは成膜対象物5には到達せず、蒸着材料の蒸気などの原子に近い状態の微小粒子34だけが隙間24を通過し、成膜対象物5の表面に到達する。
【0057】
巨大ドロップレット35bが羽根部材22の進行方向前方に向いた面に衝突したとき、巨大ドロップレット35bの全部が羽根部材22に付着するとは限らず、一部が羽根部材22から離脱したり、反跳粒子が生じたりする。
【0058】
同図符号θは、羽根部材22の進行方向前方に向いた面と、羽根部材22の回転の平面とが成す角度を示しており、θ=90°でもよいが、0<θ<90°に設定しておくと、衝突によって生じた粒子は蒸着源30a、30b側に跳ね返され、成膜対象物5に到達することはない。
【0059】
微小粒子34の飛行速度は10000m/秒であり、質量の大きな巨大ドロップレット35bの飛行速度は40〜50m/秒である。羽根部材22を3000rpmで回転させると、微小粒子34だけが通過し、巨大ドロップレット35bを羽根部材22に衝突させ、付着させることができる。付着物は羽根部材22の向心力により、中心に向かって移動する。
【0060】
アーク電流はコンデンサユニット48から供給されており、コンデンサの放電が終了するとアーク電流は消滅する。従って、アーク電流が流れる時間は短い。コンデンサユニット48は放電後、アーク電源47によって充電される。
【0061】
コンデンサユニット48が所定電圧まで充電された後、トリガ電極42でのトリガ放電によって再度放電させ、アーク電流を流すと、成膜対象物5の表面に薄膜が積層される。従って、コンデンサユニット48の充電とトリガ放電を所望回数繰り返し行うことで、成膜対象物5の表面に所望膜厚の薄膜を成長させることができる。
【0062】
なお、カソード電極43は、タングステン、タンタル、アルミニウム、チタン等の金属、それらの合金等のトリガ放電やアーク放電が生じ得る導電性物質を用いることができる。
【0063】
真空槽11の内部やアノード電極31の内部に反応性ガスを導入し、反応生成物の薄膜を形成することもできる。例えば、酸素、窒素等の他、メタン等の化合物ガスも用いることができる。
【0064】
上記アノード電極31は円筒形状であったが、四角や六角形の筒であってもよい。
また、アノード電極31は筒でなくてもよい。
【0065】
図5(a)の符号60は、網状のアノード電極62の内部にカソード電極43とトリガ電極42が配置された同軸型真空アーク蒸着源60である。放射方向に飛び出した巨大ドロップレットはアノード電極62の網目を通過するため、アノード電極62と衝突する確率が低く、小ドロップレットの発生が少ない。
【0066】
また、図5(b)の符号61は、カソード電極43とトリガ電極42が、一乃至複数個の棒状のアノード電極631〜634で囲まれた同軸型真空アーク蒸着源61である。ここでは、アノード電極631〜634は四本であり、正方形の頂点上に垂直に配置されている。
【0067】
この同軸型真空アーク蒸着源61でも、放射方向に飛び出した巨大ドロップレットはアノード電極631〜634の間を通過するため、アノード電極62と衝突する確率が低く、小ドロップレットの発生が少ない。
【0068】
また、上記例では、二台の同軸型真空アーク蒸着源30a、30bを中心軸線25の両側に、片側一個ずつ配置したが、大型基板には、より多数の同軸型真空アーク蒸着源を用いることができる。
また、凹凸がある成膜対象物に対しても、多数の同軸型真空アーク蒸着源を複数配置することができる。
【0069】
図6に示した成膜装置2は、真空槽51を有しており、該真空槽51の内部には、ホルダ52が配置され、成膜対象物6が、該ホルダ52に保持されている。
真空槽51の内部のホルダ52とは反対側の位置には、図2と同じ構造、又は図5(a)、(b)と同じ構造を有する複数台の同軸型真空アーク蒸着源30c、30dが配置されている。
各同軸型アーク蒸着源30c、30dの開口は、それぞれ成膜対象物6に向けられている。
【0070】
カソード電極43から放射方向に飛び出した巨大ドロップレットは、真空槽51内の防着板に衝突し、小ドロップレットは成膜対象物6には到達しないようにされている。
【0071】
各同軸型アーク蒸着源30c、30dと成膜対象物6の間には、上記実施例のフィルタ装置20と同じ構造のフィルタ装置20c、20dが配置されている。
複数の同軸型アーク蒸着源30c、30dから粒子が放出されると、各フィルタ装置20c、20dの回転によって質量の大きな粒子が除去され、質量の小さな微小粒子だけが成膜対象物6に到達できるようになっている。
【0072】
各同軸型アーク蒸着源30c、30dの中心軸線は、互いに平行になっておらず所定角度傾けられている。従って、各同軸型アーク蒸着源30c、30dから放出され、フィルタ装置20c、20dを通過した質量の小さな粒子は、異なる角度で成膜対象物6に入射する。
【0073】
ここでは各同軸型アーク蒸着源30c、30dのカソード電極43は、同じ蒸着材料で構成されており、均一な膜質の薄膜が形成される。但し、異なる材料で構成してもよい。
【0074】
図7の符号3は、本発明の他の例の成膜装置を示している。該成膜装置3のし空走55の内部にはホルダ56が配置されている。
同図の符号7は、凸型レンズを作成するための凸型金型から成る成膜対象物であり、ホルダ62によって保持されている。
ホルダ62と対向する位置にはフィルタ装置20gが配置されており、ホルダ56の側方にも、一乃至複数台のフィルタ装置20e、20fが配置されている。
【0075】
各フィルタ装置20e、20f、20gの後方には、図2と同じ構造、又は図5(a)、(b)と同じ構造を有する一乃至複数台の同軸型アーク蒸着源30e1、30e2、30g、30fが配置されている。ここではフィルタ装置は側面に二カ所、底面に一カ所配置され、底面のフィルタ装置20eの後方に二台の同軸型アーク蒸着源30e1、30e2が配置されている。
【0076】
各同軸型アーク蒸着源30e1、30e2、30f、30gの開口は、ホルダ62上の成膜対象物7に向けられており、各同軸型アーク蒸着源30e1、30e2、30g、30fから放出された蒸着材料粒子のうち、放射方向に飛び出した巨大ドロップレットは真空槽55の内壁に配置された防着板に衝突し、ホルダ56方向に飛び出した粒子は、回転するフィルタ装置20e、20g、20fに入射し、それを通過した質量の小さな微小粒子が成膜対象物7に多方向から到達し、成膜対象物7表面に薄膜が形成される。
【0077】
なお、上記各例では、筒状、網状、又は棒状のアノード電極31、62、631〜634を配置したが、真空槽がアノード電極と同電位の場合、アノード電極を配置せず、真空槽とカソード電極の間に電圧を印加するようにしてもよい。この場合も、上記と同様に、真空槽内部に防着板を配置し、巨大ドロップレットを防着板に衝突させるようにするとよい。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、半導体のゲート電極やゲート絶縁膜、トレンチのバリア層、磁性デバイスの磁性材料の成膜、更に機械部品のコーティング等に使用することができる。また、カーボンナノチューブの触媒層を形成することもできる。
【0079】
特に、小ドロップレットの発生が少なく、巨大ドロップレットはフィルタ装置で除去できるので、欠陥のない単層あるいは複数の積層された薄膜を形成するのに適している。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【図1】本発明の蒸着源を説明するための図
【図2】同軸型真空アーク蒸着源の構造を説明するための断面図
【図3】フィルタ装置と蒸着源の位置関係を説明するための斜視図
【図4】蒸着源とフィルタ装置の動作を説明するための部分拡大図
【図5】(a):網状のアノード電極を有する蒸着源 (b):棒状のアノード電極を有する蒸着源
【図6】本発明の他の例の蒸着装置を説明するための図
【図7】本発明の他の例の蒸着装置を説明するための図
【図8】従来技術の蒸着源
【図9】カソード電極がアノード電極で囲まれた蒸着装置を説明するための図
【図10】その蒸着源とフィルタ装置の動作を説明するための部分拡大図
【符号の説明】
【0081】
1、2、3……蒸着装置
5、6、7……成膜対象物
11、51、55……真空槽
12、52、56……ホルダ
20、20a〜20g……フィルタ装置
21……回転軸
22……羽根部材
25……回転軸線
30、60、61……同軸型真空アーク蒸着源
31、62、631〜634……アノード電極
42……トリガ電極
43……カソード電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、
前記蒸着源は、
筒状のアノード電極と、
蒸着材料で構成されたカソード電極と、
前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、
前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、
前記カソード電極は、前記アノード電極の先端であって、前記アノード電極で囲まれた領域の外部に配置された蒸着装置。
【請求項2】
真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、
前記蒸着源は、
筒状のアノード電極と、
蒸着材料で構成されたカソード電極と、
前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、
前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、
前記アノード電極は網で構成された蒸着装置。
【請求項3】
真空槽と、前記真空槽内に配置された蒸着源と、成膜対象物が配置されるホルダとを有し、
前記蒸着源は、
アノード電極と、
蒸着材料で構成されたカソード電極と、
前記カソード電極近傍に配置されたトリガ電極とを有し、
前記カソード電極と前記トリガ電極との間にトリガ放電を発生させ、前記カソード電極と前記アノード電極の間にアーク放電を誘起させ、前記カソード電極を蒸発させ、前記蒸気を前記ホルダに配置された成膜対象物表面に到達させ、前記成膜対象物表面に薄膜を成長させる成膜装置であって、
前記アノード電極は一乃至複数本の棒状電極で構成された蒸着装置。
【請求項4】
前記蒸着源と前記ホルダとの間に細長の羽根部材を複数有するフィルタ装置を配置し、
前記羽根部材を移動させ、飛行速度が遅い蒸着材料粒子を前記羽根部材に付着させ、飛行速度が速い蒸着材料粒子を通過させ、前記成膜対象物表面に到達させるように構成された請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の蒸着装置。
【請求項5】
前記蒸着源を複数有し、前記各蒸着源から放出された前記蒸着材料粒子は前記同じ成膜対象物に到達するように配置された蒸着装置であって、
前記各蒸着源の開口の中心軸線は互いに所定角度で傾き、前記各蒸着源から前記成膜対象物には、異なる角度で前記蒸着材料粒子が入射するように前記各蒸着源は配置され、
前記各蒸着源と前記成膜対象物との間には、前記フィルタ装置がそれぞれ配置された請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の蒸着装置。
【請求項6】
前記羽根部材は回転軸を中心に放射状に配置され、前記回転軸を中心に回転するように構成された請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の蒸着装置。
【請求項7】
前記蒸着材料粒子が衝突する前記羽根部材の衝突表面は、前記回転軸の回転軸線に対して傾けられ、前記衝突表面に衝突して反射した蒸着材料粒子は、前記蒸着源側に戻されるように構成された請求項6記載の蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−312764(P2006−312764A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−135854(P2005−135854)
【出願日】平成17年5月9日(2005.5.9)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】