説明

蓄冷剤の過冷却解消方法

【課題】 純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤として用いる場合に、該蓄冷剤の過冷却を防止するための方法を提供する。
【解決手段】 純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤として用いる場合に、該蓄冷剤に粉末状の固体物質、好ましくは活性炭を予め添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄冷剤の過冷却解消方法に関するものであり、殊に蓄冷剤として、純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を用いる場合における蓄冷剤の過冷却解消方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルコールは、凝固温度、熱容量等といった特性が蓄冷剤に適している物質であり、また経済的にも安価であり、更には、例えばエタノールを用いた場合に人体に対しても比較的安全性を有することから、蓄冷剤として使用することが大変有効であると考えられている。
【0003】
しかしアルコールは、冷却による温度の低下に伴い粘性が増加し、やがて結晶化せずにガラス状となり易い性質を有しているため、凝固潜熱を利用して蓄冷剤としての機能を発揮させることが難しいといった問題がある。
【0004】
これまでアルコールを蓄冷剤に使用した技術として、例えば特許文献1にアルコール水溶液の冷却過程で、微結晶の成長を促進させる技術が示されている。具体的には、複数成分系で共晶物質を生成する混合物のうち、等軸晶結晶成長を行う混合物を蓄冷剤として用い、この蓄冷剤を冷却することにより固液共存相を形成させる方法が開示されており、該蓄冷剤として、具体的にエタノール水溶液、メタノール水溶液を使用することが示されている。
【0005】
しかし該技術では、蓄冷剤の微細な種晶の成長を促進させることが検討されているのみで、アルコールを蓄冷剤として用いた場合に生じ易い過冷却の問題まで解消するものでない。
【0006】
尚、媒質がアルコールを含むものではないが、蓄冷剤に種晶を過冷却防止剤として添加した技術として、以下のものが挙げられる。例えば、特許文献2には、水、フレオンおよび微粒ゼオライトからなる蓄冷剤が開示されており、過冷却を防いでガスクラスレートの生成を迅速に行わせるため、クラスレート生成の核になる物質として微粒ゼオライトを添加することが開示されている。
【0007】
特許文献3には、ゲスト剤とホスト剤からなり、冷却することによりクラスレートを生成する蓄冷剤であって、過冷却防止剤として第2族の金属元素を添加した蓄冷剤が開示されており、ゲスト剤としてフロンR11、フロンR12、フロンR21、ホスト剤として水、過冷却防止剤として第2族金属元素であるFe、ZnまたはCuが開示されている。しかしこれらの技術は、アルコールを蓄冷剤として用いた場合の上記問題を解決するものでない。
【0008】
上記アルコールを蓄冷剤として用いた場合の過冷却解消方法として、撹拌などの物理的な振動を加えること等も考えられるが、蓄冷装置の複雑化や製造コストの増加に繋がるため好ましくない。
【特許文献1】特開2003−14353号公報
【特許文献2】特開昭61−145274号公報
【特許文献3】特開平1−153785号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、蓄冷剤として、殊に純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤として用いる場合に、装置の複雑化や製造コストの上昇を招くことなく該蓄冷剤の過冷却を防止するための方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る蓄冷剤の過冷却解消方法とは、純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤として用いる場合に、該蓄冷剤に粉末状の固体物質を予め添加するところに特徴を有する。
【0011】
前記粉末状の固体物質としては、活性炭を用いるのが好ましく、該活性炭を添加する場合には、前記蓄冷剤1gに対して活性炭を0.001g以上添加することが好ましい。
【0012】
また本発明の蓄冷剤の過冷却解消方法は、前記アルコールがエタノールである場合により効果を発揮するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、熱効率的に不利となる蓄冷剤の過冷却を、蓄冷装置の構造を複雑にせず、またコストを増加させることなく解消することができ、アルコールを主体とした経済的な蓄冷剤の汎用化に寄与することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明者らは、蓄冷剤として、殊に純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物(以下「アルコール類」と総称することがある)を蓄冷剤として用いる場合に、該蓄冷剤の過冷却を防止するための方法を実現すべく鋭意研究を行った。その結果、上記アルコール類に、あらかじめ粉末状の固体物質を添加すればよいことを見出し、本発明に想到した。
【0015】
この様に、蓄冷剤中に予め粉末状の固体物質を添加することにより、該固体物質が種晶として作用、即ち溶液中のその固体物質が結晶成長の核となり、結晶化が促進されて過冷却が解消される。
【0016】
上記粉末状の固体物質としては、海砂、NaCl、活性炭等が挙げられるが、その中でも活性炭を添加すれば、上記アルコール類の結晶化を促進できるので好ましい。
【0017】
本発明は、上記粉末状の固体物質のサイズまで規定するものではないが、蓄冷剤中に適度に分散させて、上記アルコール類の結晶化を促進させるには、平均粒径が約10μm以上で500μm以下の固体物質を用いることが好ましい。尚、この場合の平均粒径の測定は、(株)セイシン企業製のレーザー回折法による粒度分布測定装置[「LMS−24」、光源:半導体レーザー(波長670nm)]を用いて行うことができる。また該測定では、エタノール等を分散剤として使用することができる。
【0018】
また本発明は、純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物に対する上記粉末状の固体物質の添加量まで規定するものではなく、その添加量は適宜決定することができるが、上記粉末状の固体物質として活性炭を使用する場合には、蓄冷剤1gに対して0.001g以上添加すれば確実に過冷却を解消できるので好ましい。より好ましくは0.005g以上である。一方、蓄冷剤に対する活性炭の添加量が多くても過冷却の解消には問題ないが、体積あたりの蓄熱容量を考慮すると、蓄冷剤1gに対して0.3g以下にすることが好ましい。
【0019】
尚、本発明では、純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤の媒質として用いるが、該アルコールの種類まで限定するものでなく、例えばエタノール、メタノール、1−プロパノール等が挙げられ、純粋アルコールは市販のものを用いることができ、またアルコール混合物としては、例えばエタノールとメタノールの混合物や、エタノールと1−プロパノールの混合物、メタノールと1−プロパノールの混合物等が挙げられるが、上記アルコール混合物の各種アルコールの比率や、アルコールと水との比率まで限定されない。
【0020】
尚、蓄冷剤として十分に作用すると共に、本発明の作用効果が顕著に現れるのは、アルコールとしてエタノールを使用した場合であり、純粋エタノールを使用した場合や、エタノール(50容積%以上)とメタノール(50容積%未満)の混合物を使用する場合や、エタノールに1−プロパノールをわずかに添加した混合物を使用する場合、またエタノール(50容積%以上)と水(50容積%未満)との混合物を使用する場合等が挙げられる。
【0021】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0022】
本実施例では、模式的に示した図1の様な装置を使用して凝固実験を行った。尚、本実施例では、蓄冷剤として下記(a)〜(e)の要件を満たす市販の純粋エタノールを用いた。該純粋エタノールは、和光純薬工業(株)製の特級の試薬であり、本実施例では精製せずにそのまま使用した。この純粋エタノールの特性と純度を下記に示す。
【0023】
<蓄冷剤の選定条件>
(a)凝固点が−145〜−120℃の範囲で、凝固による潜熱が利用できること。
(b)熱容量(密度×凝固潜熱)が大きいこと。
(c)沸点が20℃以上であること。
(d)爆発性や引火性が低く安全であること。
(e)安価であること。
【0024】
<純粋エタノールの特性と純度>
物質量:46.07 g/mol
液密度:795 kg/m3
凝固点:−117.3 ℃
凝固潜熱:109 kJ/kg
熱容量:86594 kJ/m3
純度:99.5 v/v%以上
【0025】
そして実験は、具体的に以下の手順に沿って行った。
(i)試験管(PIREXガラス容器)1に試料(表1に示す粉末状の固体物質)2を1.00g入れ、熱電対3を挿入後に栓4をする。熱電対3は試料2の液相のほぼ中央の高さに設置する。
(ii)デュワー瓶5に液体窒素6を入れる。
(iii)発泡スチロール7を詰めたビーカー8に試験管1を入れ、更にこのビーカー8をデュワー瓶5に入れて、試料1を冷却する。このとき撹拌は行わない。
(iv)凝固点付近になれば、試料を1〜2℃/minの冷却速度で冷却する。
(v)測定した試料温度をデータロガー9に記録する(サンプリング速度:2点/s)。
【0026】
比較例として、上記蓄冷剤に粉末状の固体物質を添加しない場合についても同様の実験を行った。この様な実験を3回繰り返し、冷却において蓄冷剤がガラス状になった場合を、過冷却が解消されなかったと判断し、冷却により固体結晶が生成した場合を、過冷却が解消されたと判断した。その結果を表1に示す。
【0027】
尚、種晶として添加する粉末状の固体物質には、下記の活性炭、海砂またはNaClを使用した。
【0028】
<活性炭>
メーカー:クラレケミカル株式会社
品名:クラレコール活性炭 4GS(ペレット状)
形状・粒子径:ペレット状4〜6メッシュサイズ(3.00〜4.75mm)
粒度(4〜6メッシュ):95%以上
充填密度:0.40〜0.45g/mL
乾燥減量:5%以下
ベンゼン吸着力:36%以上
本実施例では、上記ペレット状の活性炭を乳鉢を用いて10分間粉砕したものを用いた。
【0029】
<海砂>
メーカー:和光純薬工業株式会社
海砂(メタノール洗浄品)和光純薬工業株式会社製
品番:197−11655
粒子径:425〜850μm(20〜35mesh)
本実施例では、エタノールで洗浄後、乾燥させたものを使用した。
【0030】
<NaCl>
メーカー:関東化学株式会社
品名:sodium chloride
品番:37144
等級:試薬特級
濃度:(Min)99.9%
本実施例では、上記市販のNaClをそのまま使用した。
【0031】
【表1】

【0032】
表1の結果について以下に考察する。No.1より、液体窒素の冷熱を利用して液体のエタノールを冷却していくと粘性が増加するが、凝固温度を過ぎても凝固せずに過冷却状態に達し、無色透明のガラス状となった。尚、No.1では約−150℃まで冷却した場合でも結晶化が生じなかった。
【0033】
No.2〜5は、粉末状の固体物質を種晶として予め添加した例であり、No.2では活性炭、No.3では海砂、No.4、5ではNaClを添加した。
【0034】
No.2は、エタノール1gに対して粉末状の活性炭を0.10g予め添加して凝固実験を行った。その結果、過冷却状態は現れず、白色の固体結晶が生成し、凝固時の温度はほぼ文献(「14303の化学商品」(2003)化学工業日報社)に示された値と一致した。また3回の実験いずれにおいても固体結晶が生成しており、再現性が良好であることもわかった。
【0035】
No.3は、エタノール1gに対して粉末状の海砂を0.50g予め添加して凝固実験を行った。その結果、3回の実験のうち2回は過冷却状態が現れず、白色の固体結晶が生成し、凝固時の温度はほぼ文献値と一致した。しかし3回のうち1回は過冷却を防止できず、ガラス状の固体となった。
【0036】
No.4は、エタノール1gに対して粉末状のNaClを0.05g添加した例であり、No.5は、エタノール1gに対して粉末状のNaClを0.10g添加した例であるが、これらの例では、3回の実験のうち1回は過冷却状態が現れず、白色の固体結晶が生成した。しかし3回のうち2回は過冷却を防止できず、ガラス状の固体となった。
【0037】
これらNo.2〜5の結果から、粉末状の固体物質として予め活性炭を添加した場合に、確実に蓄冷剤の過冷却を解消できることがわかる。
【0038】
次に、上記活性炭の添加量を変化させて、該添加量が蓄冷剤の過冷却に及ぼす影響を調べた。実験では、エタノール1gに対して活性炭の添加量を0.050g、0.010g、0.0050g、0.0010g、0.0005gと変化させて凝固実験を行った。その結果、エタノール1gに対して活性炭の添加量を0.050g、0.010g、0.0050g、0.0010gそれぞれ添加した場合には、過冷却状態は現れず白色の固体結晶が生成した。また再現性も良好であり、3回の実験全てまたは3回の実験のうち2回において過冷却を防止することができた(表1のNo.6〜9)。
【0039】
これに対し、エタノール1gに対し粉末状の活性炭を0.0005g添加して凝固実験を行った場合(No.10)には、3回の実験全てにおいて過冷却を防止することができず、無色透明のガラス状の固体となった。
【0040】
これらの実験結果から、特に、エタノール1gに対して粉末状の活性炭を0.001g以上(より好ましくは0.005g以上)添加することによって、確実に過冷却を解消することができ、結晶化が促進されることがわかる。
【0041】
尚、冷却時の温度変化を示すグラフとして、エタノールに活性炭を0.005g添加した場合のものを図2に示す。この図2に示されている様に、蓄冷剤は、過冷却温度を経て−116.6℃で固液平衡状態に達していることがわかる。−116.6℃から温度が更に低下し約−120℃になった時点で試料を目視で観察したところ、やや白い結晶の状態で凝固していることを確認した。この結果から、活性炭を0.005g添加することでエタノールの過冷却を解消できることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】実施例で用いた冷却実験装置を模式的に示した断面図である。
【図2】(エタノール+活性炭0.005g)を冷却したときの温度変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0043】
1 試験管
2 試料(粉末状の固体物質)
3 熱電対
4 栓
5 デュワー瓶
6 液体窒素
7 発泡スチロール
8 ビーカー
9 データロガー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純粋アルコール、アルコール混合物、またはアルコールと水との混合物を蓄冷剤として用いる場合に、該蓄冷剤に粉末状の固体物質を予め添加することを特徴とする蓄冷剤の過冷却解消方法。
【請求項2】
前記粉末状の固体物質として活性炭を用いる請求項1に記載の蓄冷剤の過冷却解消方法。
【請求項3】
前記活性炭を、前記蓄冷剤1gに対して0.001g以上添加する請求項2に記載の蓄冷剤の過冷却解消方法。
【請求項4】
前記アルコールがエタノールである請求項1〜3のいずれかに記載の蓄冷剤の過冷却解消方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2006−96820(P2006−96820A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−282161(P2004−282161)
【出願日】平成16年9月28日(2004.9.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【Fターム(参考)】