説明

蓄電デバイス及び電極活物質の製造方法

【課題】硫黄を含む電極活物質において、サイクル特性及び容量をより高める。
【解決手段】本発明の蓄電デバイスは、炭素と硫黄とを主成分とし硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下であり、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を電極活物質に用いている。この多環芳香族化合物は、硫黄を含むポリチエノアセン構造を有していることが好ましく、硫黄と炭素との元素比S/Cが0.40以上0.70以下であることが好ましい。この電極活物質は、直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物及びチオフェン構造を有するポリマー化合物のうち少なくとも一方と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱し、且つ余剰の硫黄を除去する処理を行うことによって、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を生成させる生成工程により製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電デバイス及び電極活物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、蓄電デバイスとしては、1672Ah/kgという極めて高い理論容量密度を有する硫黄を電極活物質に用いるものが高容量電池として期待されている。硫黄を用いた蓄電デバイスの基本構成は比較的単純で、正極に硫黄と導電助材カーボンとバインダーを混練したものを用い、負極には金属Liもしくはそれを含む材料を用い、電解液にはLiPF6などの支持塩を溶かしたエーテル系有機電解液が用いられる。蓄電デバイスでは、正極活物質である硫黄や反応生成物であるポリスルフィドイオンの電解液中への溶解度が高いため、それらの溶出 ・負極との反応(以下シャトル効果ともいう)に伴う、容量低下や充放電効率の低下が問題となっている。これに対する防止法として、例えば、特許文献1では、炭素と硫黄とを主な構成元素とし、炭素鎖にジスルフィドを結合させ硫黄の重量比率をできるだけ高めることで容量及び充放電サイクルにおける容量維持率を向上するものが提案されている。また、特許文献2では、硫黄の比率が67重量%以上であり炭素と硫黄の合計が95重量%以上であるポリ硫化カーボンを活物質とし、サイクル特性をより高めたものが提案されている。また、非特許文献1では、導電性のポリアニリンの主鎖をジスルフィドでつないだ梯子状ポリマーが提案されている。また、非特許文献2では、芳香族を含まない直鎖状ポリマーであるポリアクリロニトリルと硫黄とを反応させ、その後、炭素鎖の環状化を図ることにより、硫黄を固定化するものが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−154815号公報
【特許文献2】特開2003−123758号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】ジャーナルオブ・エレクトロケミカル・ソサエティ(Journal of Electrochemical Society)144巻、L173、1997年
【非特許文献2】ジャーナルオブ・エレクトロアナリティカル・ケミストリー(Journal of Electroanalytical Chemistry)572巻、121−128頁、2004年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、単体の硫黄を用いた場合には酸化還元時に2電子の授受が起きるのに対し、上述の特許文献1,2及び非特許文献1,2の蓄電デバイスでは、いずれも硫黄が炭素と結合しているため、酸化還元時に1電子の授受しか起きず、容量が小さくなるということがあった。また、炭素鎖など、酸化還元反応、即ちエネルギー貯蔵に直接関係ない部分が増えるため、単位重量当たりの容量が小さくなる問題があった。例えば、特許文献1,2では、硫黄成分を更に増量し、硫黄同士でスルフィド結合を形成し、炭素と結合しない硫黄成分を増やす試みもされているが、これらは、還元が進むと本質的に硫黄単体を用いた場合と同様、活物質の溶解の問題が生じ、充放電効率の低下、サイクル時の容量低下の原因となることが考えられた。また、非特許文献1において、ポリ(2,2’−ジチオジアニリン)では、ポリアニリン部分の酸化還元を利用しても理論容量は330Ah/kg、実験結果の容量では活物質当たり270Ah/kgにとどまっており、硫黄単体の理論容量1672Ah/kg、50重量%の硫黄正極例での670Ah/kgに比して著しく低い。また、非特許文献2では、高容量の材料が作製できるとあるが、硫黄濃度も最も特性のよいもので、35重量%にとどまっている。これは、硫黄と結合し得ない、窒素元素が15重量%含まれているためであり、このため、容量も十分ではなかった。
【0006】
本発明は、このような課題に鑑みなされたものであり、硫黄を含むものにおいて、サイクル特性及び容量をより高めることができる蓄電デバイス及び電極活物質の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するために鋭意研究したところ、本発明者らは、余剰の硫黄が生じないように合成した、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香化合物を活物質に用いると、サイクル特性及び容量をより高めることができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明の蓄電デバイスは、
炭素と硫黄とを主成分とし硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下であり、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を電極活物質に用いたものである。
【0009】
本発明の電極活物質の製造方法は、
蓄電デバイスの電極に用いられる電極活物質を製造する製造方法であって、
直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物及びチオフェン構造を有するポリマー化合物のうち少なくとも一方と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱し、且つ余剰の硫黄を除去する処理を行うことによって、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を生成させる生成工程、
を含むものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の蓄電デバイス及び電極活物質の製造方法は、サイクル特性及び容量をより高めることができる。このような効果が得られる理由は明らかではないが、以下のように推測される。例えば、硫黄元素は多環芳香族に結合しているため、硫黄単体使用時に問題となっているシャトル効果を防止可能であり、容量低下や充放電効率低下をより抑制した状態で繰り返し充放電を行うことができる。このチオフェン構造を有する多環芳香族化合物は、電子伝導性を有し、硫黄元素の酸化還元の電子輸送に寄与する。また、多環芳香族化合物は、ファンデアワールス力、π−π相互作用等の分子間相互作用により、分子間が積層した構造をとっているが、アニオンの生成などにより多環芳香族化合物間の距離が広がった場合には、電気二重層キャパシタ的な、もしくはLiインターカレーション的な大きな静電容量を発現するものと推察される。このため、硫黄が固定化されている場合には1電子の酸化還元しか起こり得ず、低容量化が課題となるが、本発明では、多環芳香族化合物に結合した硫黄の酸化還元に伴う容量に加えて、硫黄の酸化還元による多環芳香族化合物の静電容量の増減を重畳させるという、従来なかった新規な機構により、大幅に容量を向上することができたものと推察される。本発明の電極活物質は、硫黄の酸化還元容量に芳香族化合物の静電容量を重畳させるものであるため、硫黄の含有量が多すぎると静電容量の重畳が望めず、少なすぎると硫黄の酸化還元容量が小さくなりすぎる。このため、硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下の範囲において、サイクル特性及び容量をより高める効果を顕著に発現するものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】評価セル10の説明図。
【図2】実施例1の充放電挙動を示す図。
【図3】実施例1〜4及び比較例2のラマンスペクトル。
【図4】実施例1のサイクリックボルタンメトリー。
【図5】比較例4のサイクリックボルタンメトリー。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の蓄電デバイスは、炭素と硫黄とを主成分とし硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下であり、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を電極活物質に用いている。この多環芳香族化合物において、硫黄の含有量は、38重量%を超え70重量%以下であるが、硫黄の含有量は45重量%以上65重量%以下であることがより好ましく、50重量%以上60重量%以下であることがより好ましい。硫黄の含有量が38重量%を超えると電池の容量をより高めることができ、70重量%以下では余剰な硫黄がより少なく好ましい。硫黄は、多環芳香族化合物の骨格内に含まれているか、多環芳香化合物に結合していることがより好ましい。
【0013】
この多環芳香族化合物は、骨格内にチオフェン構造を含んでいるが、高導電性から考えると芳香族環が連続して繋がっている構造が望ましく、また、静電容量を利用するためには大きな面積である方が望ましい。この多環芳香族化合物は、次式(1)に示す、硫黄が環状構造に含まれ一軸方向にチオフェン構造が発達したポリチエノアセン構造を有していることが好ましい。こうすれば、硫黄が環状構造に結合しているため、硫黄単体使用時に問題となるシャトル効果を抑制しやすく、容量低下や充放電効率の低下をより抑制しやすい。また、比較的大きな面積となるため、静電容量をより大きくすることができる。このポリチエノアセン構造を有しているか否かは、ラマンスペクトルにおいて、1450cm-1付近の主ピークと1250cm-1付近の弱いピークの存在から同定可能である(参考文献:J.Phys.Chem.A,110,5058(2006)参照)。このポリチエノアセン構造では、硫黄と炭素との比は1:2であり、より効率よく硫黄を固定化することができる。
【0014】
【化1】

【0015】
この多環芳香族化合物において、硫黄と炭素との元素比S/Cは、0.40以上0.70以下であることが好ましく、0.45以上0.65以下であることがより好ましく、0.50近傍であることが更に好ましい。元素比S/Cが0.40以上0.70以下の範囲では、多環芳香族化合物の構造の存在率が適切で硫黄の固定化が十分であり、多環芳香族化合物間の静電容量を利用しやすく好ましい。特に、元素比S/Cが0.50であれば、ポリチエノアセン構造である可能性が高く、硫黄の酸化還元に加えて静電容量を有するものとなり、より容量を大きくすることができる。
【0016】
多環芳香族化合物は、炭素と硫黄との含有量の合計が85重量%以上であることが好ましく、90重量%以上であることがより好ましい。これは、炭素と硫黄の元素以外に窒素や酸素の含有量が少ないことが望ましいともいえる。窒素や酸素は、炭素や硫黄に比して結合可能な腕の数が少ないからである。
【0017】
本発明の蓄電デバイスにおいて、初期充放電において、Li電位基準で0.5V以下の範囲のエージング処理を前記活物質を備えた電極に施すものとすることが好ましい。こうすると、容量をより高めることができる。
【0018】
本発明の蓄電デバイスは、特に限定されるものではないが、上述した多環芳香族化合物を正極活物質として有する正極と、負極活物質を有する負極と、正極と負極との間に介在しリチウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、を備えたものとすることができる。
【0019】
本発明の蓄電デバイスにおいて、正極は、例えば正極活物質と導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状の正極材としたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよい。正極活物質は、上述した硫黄を結合した多環芳香族化合物とする。
【0020】
本発明の蓄電デバイスにおいて、負極は、例えば負極活物質と導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状の負極材としたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよい。負極活物質は、金属または金属イオンを含むものであることが好ましい。負極活物質は、リチウムを吸蔵放出する材料を含むものとしてもよい。ここで、リチウムを吸蔵放出する材料としては、例えば金属リチウムやリチウム合金のほか、金属酸化物、金属硫化物、金属窒化物、リチウムを吸蔵放出する炭素質物質などが挙げられる。リチウム合金としては、例えば、アルミニウムやシリコン、スズ、マグネシウム、インジウム、カルシウムなどとリチウムとの合金が挙げられる。金属酸化物としては、例えばスズ酸化物、ケイ素酸化物、リチウムチタン酸化物、ニオブ酸化物、タングステン酸化物などが挙げられる。金属硫化物としては、例えばスズ硫化物やチタン硫化物などが挙げられる。金属窒化物としては、例えば窒化リチウムなどが挙げられる。リチウムを吸蔵放出する炭素質物質としては、例えば黒鉛、コークス、メソフェーズピッチ系炭素繊維、球状炭素、樹脂焼成炭素などが挙げられる。この負極は、正極と同様に適宜、集電体や導電材、結着材を用いることができる。
【0021】
本発明の蓄電デバイスにおいて、正極及び負極に用いられる導電材は、電池性能に悪影響を及ぼさない電子伝導性材料であれば特に限定されず、例えば、天然黒鉛(鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛)や人造黒鉛などの黒鉛、アセチレンブラック、カーボンブラック、ケッチェンブラック、カーボンウィスカ、ニードルコークス、炭素繊維、金属(銅、ニッケル、アルミニウム、銀、金など)などの1種又は2種以上を混合したものを用いることができる。これらの中で、導電材としては、電子伝導性及び塗工性の観点より、カーボンブラック、ケッチェンブラック及びアセチレンブラックが好ましい。結着材は、活物質粒子及び導電材粒子を繋ぎ止める役割を果たすものであり、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、或いはポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、エチレン−プロピレン−ジエンマー(EPDM)、スルホン化EPDM、天然ブチルゴム(NBR)等を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。また、水系バインダーであるセルロース系やスチレンブタジエンゴム(SBR)の水分散体等を用いることもできる。活物質、導電材、結着材を分散させる溶剤としては、例えばエタノール、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、酢酸メチル、アクリル酸メチル、ジエチルトリアミン、N,N−ジメチルアミノプロピルアミン、エチレンオキシド、テトラヒドロフランなどの有機溶剤を用いることができる。また、水に分散剤、増粘剤等を加え、SBRなどのラテックスで活物質をスラリー化してもよい。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロースなどの多糖類を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。塗布方法としては、例えば、アプリケータロールなどのローラコーティング、スクリーンコーティング、ドクターブレイド方式、スピンコーティング、バーコータなどが挙げられ、これらのいずれかを用いて任意の厚さ・形状とすることができる。集電体としては、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、鉄、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラスなどのほか、接着性、導電性及び耐酸化性向上の目的で、アルミニウムや銅などの表面をカーボン、ニッケル、チタンや銀などで処理したものを用いることができる。これらについては、表面を酸化処理することも可能である。集電体の形状については、箔状、フィルム状、シート状、ネット状、パンチ又はエキスパンドされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の形成体などが挙げられる。集電体の厚さは、例えば1〜500μmのものが用いられる。
【0022】
本発明の蓄電デバイスにおいて、イオン伝導媒体は、溶媒に支持塩を溶解した溶液であってもよい。支持塩としては、通常のリチウム二次電池に用いられるリチウム塩であれば特に限定されるものではなく、例えば、リチウムビス(トリフルオロメタンスルフォニル)イミド(LiTFSI)、Li(C25SO22N、LiPF6,LiClO4,LiBF4,などの公知の支持塩を用いることができる。これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。イオン伝導媒体の溶媒としては、特に限定されないが、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)及びプロピレンカーボネート(PC)などのカーボネート類、ジメトキシエタン(DME)、トリグライム及びテトラグライムなどのエーテル類、ジオキソラン(DOL)、テトラヒドロフランなどの環状エーテル及び、それらの混合物が好適である。また、1−メチル−3−プロピルイミダゾリウムビス(トリフルオロスルホニル)イミド、1−エチル−3−ブチルイミダゾリウムテトラフルオロボレートなどのイオン液体を用いることもできる。イオン伝導媒体は、ポリフッ化ビニリデンやポリエチレンオキサイド、ポリエチレングリコール、ポリアクリロニトリルなどの高分子類又はアミノ酸誘導体やソルビトール誘導体などの糖類に、支持塩を含む電解液を含ませてゲル化されていてもよい。
【0023】
本発明の蓄電デバイスは、負極と正極との間にセパレータを備えていてもよい。セパレータとしては、蓄電デバイスの使用範囲に耐えうる組成であれば特に限定されないが、例えば、ポリプロピレン製不織布やポリフェニレンスルフィド製不織布などの高分子不織布、ポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂の微多孔フィルムが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複合して用いてもよい。
【0024】
本発明の蓄電デバイスの形状は、特に限定されないが、例えばコインセル型、巻電池型、ラミネート型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。また、電気自動車等に用いる大型のものなどに適用してもよい。
【0025】
次に、電極活物質の製造方法について説明する。この電極活物質は、上述した硫黄が結合された多環芳香族化合物を含んでいる。本発明の電極活物質を製造する製造方法は、直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物及びチオフェン構造を有するポリマー化合物のうち少なくとも一方と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱し、且つ余剰の硫黄を除去する処理を行うことによって、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を生成させる生成工程、を含んでいる。
【0026】
生成工程において、原料として用いるポリマー化合物としては、直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物やチオフェン構造を有するポリマー化合物などが挙げられる。直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物としては、例えば、ポリエチレンなどが挙げられる。また、チオフェン構造を有するポリマー化合物としては、ポリチオフェンなどが挙げられる。この生成工程では、前記ポリマー化合物と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱して得られた結合体を、不活性雰囲気中で硫黄の沸点以上の温度で加熱することにより余剰の硫黄を除去するものとしてもよい。結合体を生成する加熱では、硫黄の融点以上の温度、例えば、300℃の高温で反応させ、硫化水素を除去しながら、炭素硫黄結合を形成するものとしてもよい。また、余剰の硫黄を除去する加熱では、硫黄の沸点付近の450℃以上に加熱して余剰の硫黄を揮発させて除去するものとしてもよい。不活性雰囲気としては、例えば、窒素雰囲気、ヘリウム雰囲気、アルゴン雰囲気などが挙げられる。また、生成工程では、硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下である多環芳香族化合物を生成させるよう加熱するものとしてもよい。あるいは、生成工程において、硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下となるように、上記結合体を、二硫化炭素等の硫黄良溶媒と混合し、硫黄を溶出させて余剰の硫黄を除去するものとしてもよい。こうして、電極活物質としての、硫黄が結合した多環芳香族化合物を得ることができる。
【0027】
ここで、本発明の蓄電デバイスの電極活物質の容量発現機構について考察する。本発明の電極活物質である多環芳香族化合物は、例えば、ファンデアワールス力、π−π相互作用等の分子間相互作用により、分子間が積層した構造をとっていると考えられる。この状態では、比表面積は小さいが、例えば、硫黄がアニオンになるなどして分子間距離が増加すると、溶媒やLiイオンが層間に入り込めるようになり、キャパシタとしての静電容量が大幅に増大すると考えられる。そして、この静電容量が硫黄の酸化還元による放電容量に重畳されるため、大きな容量が発現するものと推察される。また、硫黄の酸化還元電位はLi電極基準で約2V付近であるのに対し、カーボンのそれは3V強である。したがって、2V付近で一気に静電容量が大きくなった場合には、カーボンの開放電圧3V強から硫黄の還元電位約2Vの差分の電圧に相当する容量が、2V付近で一気に発現することになり、電池様の定電圧放電(キャパシタとしては負に帯電する充電)が起きることになる。充電時にはその逆の現象が可逆的に起きる。したがって、本発明の蓄電デバイスは、硫黄含有量から予想される容量に比べ遙かに大きな容量の発現が可能となり、従来無い機構の画期的な蓄電デバイスとなると考えられる。
【0028】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0029】
以下には、本発明の蓄電デバイスを具体的に作製した例を実施例として説明する。
【0030】
[実施例1]
ナス型フラスコ内に、ポリエチレン(アルドリッチ製)2.4gと、硫黄粉末(75μm以下、99.99%、高純度化学製)17gを加え、攪拌しながら、300℃まで4時間掛けて昇温した。300℃にて7時間加熱し、9.1gの黒色固形物を得た。重量変化から硫黄成分は74重量%残存していた。この黒色固形物をボールミリングし、黒色粉末のPES300を得た。この粉末0.3gを試験管内に入れ、管状炉で窒素雰囲気下450℃に加熱し、3時間保った。室温まで冷却後、黒色粉末PES300-450を得た(ポリマー−硫黄複合材)。このPES300-450を70重量%、カーボン(ライオン社製ECP600JD)を20重量%、バインダーであるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を10重量%混ぜ、餅状になるまで乳鉢でよく混練し、シート状に成型した。直径12mmの円形状に切り出し、真空乾燥し正極材とした。この正極材と、負極としてのLi金属と、セパレータとしての多孔質ポリエチレンと、電解液(1M−LiPF6のエチレンカーボネートEC+ジエチルカーボネートDEC(体積比3:7))を用い、図1の評価セルを作製した。得られた評価セルを実施例1とした。なお、Liには厚さ0.4mm、直径18mmのLi板を用い、正極材の重量は3mg、電極面積は1.3cm2で評価した。
【0031】
図1は評価セル10の説明図であり、図1(a)は評価セル10の組立前の断面図、図1(b)は評価セル10の組立後の断面図である。アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で評価セル10を作製した。評価セル10を組み立てるにあたり、まず、外周面にねじ溝が刻まれたステンレス製の円筒基体12の上面中央に設けられたキャビティ14に、負極16と、ポリエチレン製セパレータ18(微多孔性ポリエチレン膜、東燃化学(株)製)と、正極20とを、この順に、適量の非水系電解液をキャビティ14に注入しながら積層した。さらに、ポリプロピレン製の絶縁リング29を入れ、次いで絶縁性のリング22の穴に液密に固定された導電性の円柱24を正極20の上に配置し、導電性のコップ状の蓋26を円筒基体12にねじ込んだ。さらに、円柱24の上に絶縁用樹脂リング27を配置し、蓋26の上面中央に設けられた開口26aの内周面に刻まれたねじ溝に貫通孔25aを持つ加圧ボルト25をねじ込み、負極16とセパレータ18と固体電解質膜18と正極20とを加圧密着させた。このようにして、評価セル10を作製した。なお、円柱24は、リング22の上面より下に位置し絶縁用樹脂リング27を介して蓋26と接しているため、蓋26と円柱24とは電気的に非接触な状態となっている。また、キャビティ14の周辺にはパッキン28が配置されているため、キャビティ14内に注入された電解液が外部に漏れることはない。この評価セル10では、蓋26と加圧ボルト25と円筒基体12とが負極16と一体化されて全体が負極側となり、円柱24が正極20と一体化されると共に負極16と絶縁されているため正極側となる。このようにして得られた評価セルを実施例1とした。
【0032】
(元素分析)
得られた試料に対して、元素分析を行った。CHNの元素分析は、全自動元素分析装置(エレメンタール社製、VarioEL)による燃焼法によって行った。硫黄の分析は、フラスコ燃焼−イオンクロマトグラフィーにより分析した。硫黄分析のシステムは、Dionex社製DX320を用い、カラムをIonPacAS12Aとし、移動相をNa2CO3(2.7mmol/L)/NaHCO3(0.3mmol/L)とした。
【0033】
(ラマンスペクトル分析)
得られた試料に対して、ラマン分光測定を行った。ラマンスペクトル分析は、レーザラマン分光システム(日本分光(株)製、NRS−3300)を用いて測定した。波長532nmの励起光でラマン分光測定を行った。実施例1〜4及び比較例2のラマンスペクトルを図3に示す。
【0034】
(電気化学特性の評価)
得られた評価セルの電気化学特性の評価を行った。電気化学特性の評価では、ポリマー−硫黄複合材の単位重量あたりの容量(mAh/g)、充放電効率(%)、硫黄の単位重量あたりの容量(mAh/g−S)、50サイクル目の容量(mAh/g)について検討した。まず、評価セルを25℃の恒温槽内に設置し、この温度で初期エージングとして3.0Vから0.5Vまでの領域で0.5mAの定電流充放電を2回行った。そのあと、充放電試験として、1.0V〜3.0Vの領域で0.5mAの定電流充放電を行った。この定電流充放電を50サイクル繰り返すサイクル試験を行い、初回、5サイクル目、50サイクル目の複合材の単位重量あたりの容量(mAh/g)を求めた。なお、ここで示した各電圧値(V)は、Li電位基準の値である。また、5サイクル目の充電容量及び放電容量を用いて、放電容量を充電容量で除算し100を乗じて充放電効率を求めると共に、硫黄の単位重量あたりの容量を算出した。
【0035】
[実施例2]
上記実施例1の中間工程で得られる黒色固形物(PES300)0.25gに0.5gの硫黄を混ぜた以外は実施例1と同じように、450℃熱処理を行い、黒色粉末のPES300S450を得た。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを実施例2とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0036】
[実施例3]
上記実施例1の中間工程で得られる黒色固形物(PES300)0.25gを、窒素雰囲気下で300℃、6時間の熱処理を行った以外は実施例1と同じ工程を経て、黒色粉末のPES300-300を得た。得られた黒色粉末の重量は、0.18gであった。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを実施例3とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0037】
[実施例4]
ポリチオフェン(アルドリッチ製)1gに硫黄粉末(75μm以下、99.99%、高純度化学製)5gを加えよく混合したものを、試験管内に投入した。その試験管を窒素気流中の管状炉内に入れ、300℃に1時間掛けて昇温した。3時間加熱したあと、温度を450℃まで30分掛けて昇温し、3時間放置し黒色粉末PTS450を得た。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを実施例3とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0038】
[比較例1]
特開2003−123758の実施例1に従って以下のようにHCBS200を合成した。Ar雰囲気下、硫化ナトリウム9水和物21.6gにエタノール/水1:1混合溶媒50mlを加え、1時間攪拌し溶解させた。そこに、硫黄12.8gを加え攪拌し、褐色の液体を得た。50℃に加熱し、1時間攪拌したのち、真空濃縮した。ここに、ジメチルホルムアミド135mlを加え、そこに、ヘキサクロロブタジエン7.75gを加えた。一晩放置後、水を加え、沈殿させ、固形分を濾過し採取した。アセトンで洗浄し、ピンク色の固体を得た。これを200℃で加熱乾燥させ、ボールミリングし、HCBS200を得た。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを比較例1とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0039】
[比較例2]
実施例1で作製したPES300をそのまま用い、即ち硫黄過剰状態の試料を用い、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを比較例2とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0040】
[比較例3]
ポリマーとしてポリピロール(SSPY社製)を用いた以外は実施例1と同様に処理し、SSPYS450を得た。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを比較例3とした。評価は実施例1と同様に行った。
【0041】
[比較例4]
硫黄を50重量%、PTFEを10重量%、カーボン(ライオン社製ECP600JD)を40重量%とし、正極材として、ECPS50%を得た。この試料を用いて、実施例1と同様の工程を経て得られた評価セルを比較例4とした。評価について、硫黄単体が含まれていると上記電解液(EC+DEC)では動作しないため、硫黄単体が含まれていても評価セルが動作するように、比較例4の電解液は、1M−LiTFSI(リチウムビストリフルオロメタンスルホン酸イミド)のジメトキシエタン+ジオキソラン(体積比9/1)液とし、実施例1と同様に評価を行った。
【0042】
実施例1〜3及び比較例1〜4の容量、充放電効率などの評価結果をまとめて表1に示す。図2には代表例である、実施例1の充放電挙動を示した。一般的な硫黄単体の充放電では、それぞれ硫黄の酸化状態に応じて、容量変化に対して電圧が略一定値を示すプラトー域は2段の特性が出ることが知られているが、実施例1ではこのプラトー域は1段であり、電圧安定性に優れる特性であった。なお、ここでは省略するが、他の実施例でも容量は異なるものの、実施例1とほぼ同様の波形であった。
【0043】
【表1】

【0044】
図3には代表例として実施例1〜4及び比較例2のラマンスペクトルを示した。実施例1〜4では、1450cm-1付近に主ピークと1250cm-1付近に弱いピークが観察されており、ポリチエノアセン構造を有していると推察された。また、表1の元素比S/Cの値によっても実施例1,2,4に関しては、約0.5であり、ポリチエノアセン構造であると推察された。また、実施例3は、比較例2と同じ300℃の処理温度であるが、処理時間が6時間と長く、硫黄成分が十分除去されている。このため、実施例3では、元素比S/C値が0.64と比較的高い値を示したが、実施例1,2,4のラマンスペクトルと酷似しており、ポリチエノアセン構造を主骨格としているものと推察された。これに対し、比較例2では、スペクトルの帰属が定かではないが、実施例1〜4では見られないピークが存在し、硫黄含有量が74重量%と高いことから、一部チオフェン骨格が形成されているがポリスルフィド結合が含まれている構造となっていると推察された。したがって、過剰ともいえる硫黄成分を熱処理によって除去することが重要であることがわかった。
【0045】
表1に示すように、実施例1〜4に示す骨格内に硫黄を有した多環芳香化合物を有するものは、高い容量を示しており、充放電効率も100%であった。これらを硫黄当たりの容量でみると、一価の硫黄の理論容量である862mAh/gを超えており、硫黄の酸化還元容量に静電容量が重畳し、大きな容量が得られていることが明らかとなった。図4、5には代表例として実施例1のPES300-450と比較例4のECPS50%に関し、3Vまで充電後2.2V〜3V、もしくは、2.5〜3V、1Vまで放電後1V〜2Vの領域で測定したサイクリックボルタンメトリーを示した。これらを比較すれば、充電後、及び放電後のキャパシタとしての静電容量の変化がわかる。従来の硫黄単体を用いた比較例4(ECPS50%)では、両領域のキャパシタ成分はほとんど差が無く、小さいのに対し、実施例1(PES300-450)では、放電後の1〜2V域のキャパシタ成分が非常に大きく、充電後の2.2−3V域の9倍の静電容量となっていることが分かる。これは、これまで報告例のない新しい現象であり、この結果、極めて高性能な活物質が実現できた。キャパシタ成分は多環芳香族部分への静電容量による電荷蓄積であると推察され、その骨格の発達が重要であると考えられる。硫黄濃度も当然影響し、比較例3の様に硫黄濃度が30重量%以下では、容量は低い。逆に硫黄濃度が80重量%以上ある比較例1ではむしろ、容量も小さく、硫黄成分の溶解が起きるため充放電効率が低かった。また、硫黄濃度が74重量%ある比較例2では、容量は大きいものの、5回目の減衰が大きく、充放電効率はかなり低かった。この比較例2では、ポリチエノアセン構造が発達しておらず、含有するポリスルフィド構造からポリ硫化物イオンが充放電により生成し、これがシャトル効果によって自己放電するため充電効率が低下するものと推察された。以上の結果より、硫黄濃度は、38重量%を超え70重量%以下、より好ましくは、45重量%以上65重量%以下が望ましいことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、電池に関する産業分野に利用可能である。
【符号の説明】
【0047】
10 評価セル、12 円筒基体、14 キャビティ、16 負極、18 セパレータ、20 正極、22 リング、24 円柱、25 加圧ボルト、25a 貫通孔、26 蓋、26a 開口、27 絶縁用樹脂リング、28 パッキン、29 絶縁リング。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素と硫黄とを主成分とし硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下であり、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を電極活物質に用いた、蓄電デバイス。
【請求項2】
前記多環芳香族化合物は、硫黄を含むポリチエノアセン構造を有している、請求項1に記載の蓄電デバイス。
【請求項3】
前記多環芳香族化合物は、硫黄と炭素との元素比S/Cが0.40以上0.70以下である、請求項1又は2に記載の蓄電デバイス。
【請求項4】
蓄電デバイスの電極に用いられる電極活物質を製造する製造方法であって、
直鎖構造を有する脂肪族のポリマー化合物及びチオフェン構造を有するポリマー化合物のうち少なくとも一方と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱し、且つ余剰の硫黄を除去する処理を行うことによって、骨格内にチオフェン構造を有する多環芳香族化合物を生成させる生成工程、
を含む電極活物質の製造方法。
【請求項5】
前記生成工程では、前記ポリマー化合物と硫黄とを混合し不活性雰囲気中で加熱して得られた結合体を、不活性雰囲気中で硫黄の沸点以上の温度で加熱することにより余剰の硫黄を除去する、請求項4に記載の電極活物質の製造方法。
【請求項6】
前記生成工程では、硫黄の含有量が38重量%を超え70重量%以下である多環芳香族化合物を生成させるよう加熱する、請求項4又は5に記載の電極活物質の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−28948(P2011−28948A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−172172(P2009−172172)
【出願日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】