説明

薄膜形成方法、マスク及びそのマスクを備えた薄膜形成装置

【課題】 単純な開口形状を有するマスクを用いて、短時間で所望の膜厚分布を有する薄膜を形成することができる新規な薄膜形成方法、並びに、この方法で用いるマスク及びそのマスクを用いた薄膜形成装置を提供する。
【解決手段】 本発明に用いるマスクは、蒸発源から飛散する物質を通過させる開口部を複数の同一形状の開口部に分割して有している。このように開口部が複数の開口部に分割されているので、個々の開口部の面積を一層小さくすることができ、これにより、開口部を通過する物質の分布を一層均一にすることができる。また、分割された複数の開口部を基板の相対移動方法に配列させているので、蒸着効率を低下させることなく所望の膜厚分布の薄膜を形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上に所定の膜厚分布を有する薄膜を形成する方法、薄膜形成に用いるマスク及びそのマスクを備えた薄膜形成装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光通信におけるトラフィックの増大に伴い、可変光減衰器(VOA:Variable Optical Attenuator)等の光量を任意に変化させる光学機器や高密度波長分割多重(DWDM:Dense Wavelength Division Multiplexing)による通信技術等を用いて一本の光ファイバーに複数の波長の光信号を重ねて送信し、通信網における通信容量を増大させるような光通信機器の需要が拡大している。
【0003】
可変光減衰器(VOA)のような光学機器では、多くの場合、所定の光透過率分布を有する光学フィルタをモーター等の駆動手段を用いて駆動させて光量の調節を行っている。このような光学フィルタは、光学ガラス、光学フィルム等の透明基板上に、Ni、Ti、Cr、Fe、Al、Nb等の金属材料及びこれらの合金、並びに酸化物、窒化物等からなる薄膜を、所定の光透過率分布、例えば、一定方向に連続的な濃度勾配が生じるように形成することによって実現される。また、DWDM通信技術を用いた機器では、高精度に膜厚を制御した薄膜を透明基板上に積層光学フィルタを用いて光の分波を行っている。このような光学フィルタを大量生産するには、比較的広い領域に渡って高精度に膜厚を制御する必要がある。
【0004】
これらの光学機器に必要とされる光学フィルタは、光学機器メーカー毎に仕様が大きく異なり汎用性がない。このため、光学フィルタメーカーは、各光学機器メーカーの仕様に応じて、さらには光学機器の機種に応じて光学フィルタを製造する必要がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、薄膜を形成する方法としては、真空蒸着法、スパッタ法、イオンプレーティング法等の蒸着法(ベーパーディポジション法)が用いられる。これらの方法で光学フィルタ用薄膜を形成するには、通常、蒸着源やスパッタターゲット等の原料蒸発源と基板との間に開口部を有するマスクを設置する。この開口部は、蒸着あるいは飛散した原子または分子の通過量を規制し、それにより、基板上に形成される薄膜の膜厚を調整している。光学フィルタの薄膜に特定の膜厚分布を持たせるには、マスクの開口部の形状を非線形的に且つ精密に調整する必要がある。このようなマスクの開口部形状は、次のようにして決定される。まず、標準的な形状(例えば、矩形状)の開口部を有するマスクを用いて実際に成膜し、その膜厚分布を測定した後、所望の膜厚分布が得られるようにマスク開口部の形状に加工する(具体的には、開口部を部分的にカッティングする)。このような成膜−測定−加工の工程を繰り返し行うことによって、最適な開口部の形状が求められる。こうして得られたマスクの開口部は非常に複雑な形状となり、マスクの作製にかなりの手間と時間を要していた。
【0006】
ところで、発明者の研究によると、蒸着等によって開口部を通過して基板上に堆積した原子または分子の分布は基板上の部位によって異なり、一般に蒸発源に近い程、蒸着物の密度が高くなる。即ち、蒸発源に近い程、形成される薄膜の膜厚も厚くなる。このような蒸着源と基板との相対位置に起因する膜厚の不均一性は、所望の膜厚分布の制御を一層複雑化していた。
【0007】
そこで、本発明の目的は、単純な開口形状を有するマスクを用いて、短時間で所望の膜厚分布を有する薄膜を形成することができる新規な薄膜形成方法、並びに、この方法で用いるマスク及びそのマスクを用いた薄膜形成装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様に従えば、蒸発源からの物質で基板上に薄膜を形成する方法であって、
前記蒸発源と基板との間に、複数の開口部が設けられたマスクを配置することと;
前記蒸発源から物質を基板に向けて飛散させながら、前記基板を蒸発源に相対的に移動することと;を含み、
前記複数の開口部が同一形状であり且つ基板の相対移動方向に配列していることを特徴とする薄膜形成方法が提供される。
【0009】
本発明に用いるマスクは、蒸発源から飛散する物質を通過させる開口部を複数の同一形状の開口部に分割して有している。このように開口部が複数の開口部に分割されているので、個々の開口部の面積を一層小さくすることができ、これにより、開口部を通過する物質の分布(「蒸気分布」ともいう)を一層均一にすることができる。また、分割された複数の開口部を基板の相対移動方向に配列させているので、蒸着効率を低下させることなく所望の膜厚分布の薄膜を形成することができる。膜厚分布は、分割された個々の開口部を所定の形状に変形させることで適宜調整することが可能となる。
【0010】
本発明の薄膜形成方法では、前記蒸発源から前記マスクまでの距離をhとし、マスク上の前記蒸発源の中心の直上位置から前記開口部の最も遠い端部までの距離をaとし、前記開口部の前記基板の相対移動方向の最大幅をbとし、前記開口部内での前記基板上に形成された薄膜の膜厚のばらつきの許容値をδとしたときに、下記式:
【数3】

を満足し得る。
【0011】
図5に示すように、気相中で蒸発源B上に基板9を水平に設置した場合に、蒸発源2から蒸発して基板9に飛来する蒸気の密度は、一般に、蒸発源Bから基板9へ入射する蒸気の入射角(蒸発源の中心から基板に対して垂直となる方向を0°とする)をθ、蒸発源直上(即ち、入射角0°の位置)の基板上の位置Pθに堆積した蒸発物質の厚さ(膜厚)をt、蒸気の入射角θとなる基板上の位置Pθにおける蒸発物質の厚さ(膜厚)をtとすると、
t/t=cosθ …(2)
の関係が成り立つことが知られている。なお、図5では、蒸発源Bを説明上点源として表している。式(2)中、nの値は使用する装置によって異なり、装置毎に実験によって求められる。このnの値について、発明者等が実験を通じて検証した結果、殆どの装置では、n=5以下になることが分かった。nの次数が大きい程、堆積した蒸発物質の膜厚に大きな分布が生じ、t/tが小さくなる。よって、多くの場合、n=5におけるt/tの値が最小値となる。ここで、n=5におけるt/tの値は1未満の値なので、この値が大きい程膜厚分布が均一であることになる。
【0012】
ところで、所望の薄膜を形成する場合に、薄膜の膜厚のばらつきをできるだけ抑制したい。かかる膜厚のばらつきを薄膜の最小膜厚/最大膜厚(=最大ばらつき率U)で定義し、その許容値をδとすると、
U≧δ …(3)
であることが要求される。δは薄膜の用途に応じて決定される値であり、例えば均一な膜厚を有する光学フィルターのうち、WDM用薄膜フィルタの場合には、δが0.99以上であることが好ましく、例えば、δ=0.9997〜0.9999である。また、NDフィルタの場合には、δが0.80以上であることが好ましく、例えば、δ=0.80〜0.95である。即ち、t/tが許容(最小)値δより大きくなるような角度θを決定することにより、その角度θの範囲内では得られる膜の膜厚が許容範囲内になると考えられる。図5に示すように、このときの蒸発源Bから位置Pまでの高さをhとし、Pからθにより決定される位置Pまでの距離をbとする。本発明では、この距離bの範囲内で開口部の最大幅を決定し、この開口部を有するマスクを用いることで得られる薄膜の膜厚を許容範囲内にすることができる。実際には、蒸発源Bが点源ではなく、蒸発源の直上に開口部の中心が位置するとは限らないので、図1を参照しながらより一般化した条件を求めることとする。
【0013】
図1に示すように、蒸発源からマスクまでの高さ(距離)をhとし、マスク上の蒸発源の中心の直上位置から開口部の遠い側の端部までの距離をaとし、開口部の基板の相対移動方向の最大幅をbとしたときに、これらh、a及びbと上記式(2)の角度θ及びt/tとの関係から、薄膜の膜厚分布のばらつきの許容値δについて、以下のようにして式(1)が得ることができる。なお、上記開口部の遠い側の端部の位置において基板上に堆積する蒸発物質の厚さ(膜厚)をtとし、開口部の近い側の端部(開口部の遠い側の端部から基板の相対移動方向手前側に最大幅bを隔てた端部)の位置において基板上に堆積する蒸発物質の厚さ(膜厚)をtとする。また、各位置における蒸気の入射角をそれぞれθ及びθとする。
上記式(2)より、
/t=cosθ …(4)
/t=cosθ …(5)
が得られる。
上記の開口部の範囲内で、上記式(3)の関係を満たすためには、
δ≦t/t …(6)
が成り立つことが要求される。
上記式(4)及び(5)並びに(6)より、
δ≦t×cosθ/t×cosθ …(7)
即ち
δ≦cosθ/cosθ …(7’)
を得ることができる。
θ及びθは、それぞれ前述のa、b及びhを使って
θ=tan-1(a/h) …(8)
θ=tan-1((a-b)/h) …(9)
と表すことができる。これらの式(8)及び(9)を式(7’)に代入することにより、下記式(1)を得ることができる。
【数4】

【0014】
本発明では、蒸発源の上方にマスクの開口部を配置できれば、蒸発源中心の直上からマスク開口部がずれて配置されている場合にも、上記式(1)を満たすことにより、その開口部内における膜厚分布は許容範囲内であると見ることができる。従って、上記式(1)を満たすように開口部の大きさ(具体的には、開口部の基板の相対移動方向の最大幅b)を決定することにより、多くの成膜装置でマスクの調整作業を要することなく、所望の膜厚分布を有する薄膜を形成することができる。
【0015】
ところで、蒸気のようにマスクの開口部の寸法を決定すると、開口部の面積は極めて小さくなり、堆積効率が著しく低下することになる。そこで、本発明では、同一形状(寸法)の開口部を複数所定方向に配列させ、マスクに対して基板をその所定方向に相対移動させることにより堆積効率を向上させている。この場合、上記bの値を求めるために基準とする開口部は蒸発源から最も近い位置に存在する開口部とすることが好ましい。これは、蒸発源から最も近い開口部が最も堆積効率が高いからである。なお、マスク上の蒸発源の中心の直上位置から最も近い開口部以外の開口部についても、上記式(1)で求めた寸法の開口部を形成することにより、それらの開口部を通じて形成される膜厚分布もまたばらつきが許容限度内になるとみなしている。これは、全ての開口部について蒸発源からの角度を考慮して開口部毎に寸法を変更することはマスクの形状を複雑化するからであり、また、上記のようにして蒸発源に最も近い開口部を基準として求めたbの値を蒸発源から最も離れた開口部に採用しても、膜厚のばらつきは許容範囲内に収まると考えられるからである。なお、本明細書において、「蒸発源から飛来(飛散)する」とは、蒸発源から物質を蒸発させる場合のみならず、蒸発源に微粒子またはプラズマを衝突させて蒸発源から物質を叩き出すまたはスパッタさせる場合も含む概念である。
【0016】
本発明の薄膜形成方法では、前記開口部の形状が、基板の相対移動方向に対して一定の角度を有するような辺で規定されていることが好ましい。これにより、一定の方向に一定の割合で膜厚が変化するような薄膜を基板上に形成することができる。また、前記基板の移動方向が回転方向または直線方向であることが好ましい。さらに、前記薄膜形成方法が真空蒸着方法またはスパッタ法であることが好ましい。
【0017】
本発明の第2の態様に従えば、蒸発源からの物質で基板上に薄膜を形成するときに用いるマスクであって、
同一形状で且つ所定方向に配列した複数の開口部を有し、
該開口部の形状が、前記所定方向に対して一定の角度を有するような辺で規定されていることを特徴とするマスクが提供される。本発明のマスクを用いることにより、基板上にある一定の膜厚変化を伴うような薄膜を形成することができる。
【0018】
本発明のマスクでは、前記蒸発源から前記マスクまでの距離をhとし、マスク上の前記蒸発源の中心の直上位置から前記開口部の最も遠い端部までの距離をaとし、前記開口部の前記基板の相対移動方向の最大幅をbとし、前記開口部内での前記基板上に形成された薄膜の膜厚のばらつきの許容値をδとしたときに、下記式:
【数5】

を満足し得る。
【0019】
本発明のマスクでは、一定の方向に一定の割合で膜厚が増加するような薄膜を形成する場合、前記マスクの開口部形状が扇形または三角形であることが好ましい。
【0020】
本発明の第3の態様に従えば、蒸着法を用いて基板上に薄膜を形成する薄膜形成装置であって、
蒸発源と;
該蒸発源を蒸発させるための蒸発装置と;
本発明の第2の態様のマスクと;
前記蒸発源に対して基板を相対移動する駆動装置と;を備えることを特徴とする薄膜形成装置が提供される。
【0021】
本発明の薄膜形成装置では、前記基板の相対移動方向が回転方向または直線方向であることが好ましい。また、前記蒸着法が真空蒸着法またはスパッタ法であることが好ましい。
【0022】
本発明では、本発明の第1の態様の薄膜形成方法を用いて作製された光学素子が提供される。また、本発明では、本発明の第2の態様の薄膜形成装置を用いて作製された光学素子が提供される。これらの光学素子は、例えば、可変光減衰器用の光学フィルタに用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明では、基板上に所望の膜厚分布で薄膜を形成するためのマスクを容易に且つ短時間に作製できるので、そのような薄膜を有する光学素子を効率良く作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の薄膜形成方法の実施形態について、図を用いて説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0025】
[第1実施形態]
本発明の第1の実施形態について、図1及び2を用いて説明する。本実施形態では、真空蒸着法を用いて基板上へ薄膜形成を行っている。薄膜形成に用いる真空蒸着装置の概略構成図を、図1に示す。本実施形態の真空蒸着装置10は、主に、真空チャンバ1、ルツボ2、電子銃3、シャッター4、基板ホルダー5、回転駆動系6及びマスク7で構成されている。真空チャンバ1内の底面に、ルツボ2が設置されている。ルツボ2は、後述するマスク7に形成されている複数の開口部のうち、その配列の中央に位置する開口部の下方に位置するように設置されている。ルツボ2内には、蒸着源(蒸発源)としてNiからなる金属材料20が充填されている。この金属材料20は、その中心部分が最も高くなるように充填されている。ルツボ2の近傍には電子銃3が設置されており、ルツボ2内の金属材料20を加熱するために用いられる。シャッター4は、ルツボ2の上方に設置されており、開閉動作の制御を行うことによって、蒸発した金属材料20の基板上への成膜時間を調節することができる。基板ホルダー5は円板状部材であり、真空チャンバ1の上面に取り付けられた回転駆動系6の回転軸66に吊り下げられるように支持されている。回転軸66は、基板ホルダー5の中心に固定されており、基板ホルダー5は回転駆動系6によって回転される。基板ホルダー5の下面には、基板9が着脱可能に付けられており、回転駆動系6によって基板ホルダー5とともに基板9も回転軸66の回りに回転する。基板5とシャッター4との間には、表面の一部に所定形状の開口部8が複数形成されたマスク7が設置されている。マスク7の複数の開口部8は、基板9の同一半径の周上、即ち、同一周上に配置されるように形成されている。なお、マスク7の開口部8の形状については後述する。また、真空チャンバの一方の側面には排気口が設けられており、常に一定の真空度が保たれるように試料から発生するアウトガス等を排気する。
【0026】
基板上への成膜は、以下のようにして行う。まず、ルツボ2内の金属材料20を電子銃3によって所定の温度に加熱すると、金属材料20は溶融し蒸発する。シャッター4を開放すると、蒸発した金属材料20は、マスク7に形成された開口部8を通過して基板9上に堆積する。このとき、基板9は前述の回転駆動系6によって回転しているので、各開口部8を通過した金属材料20の蒸気が基板9上に順次堆積する。
【0027】
ここで、所望の膜厚分布が生じるように成膜を行うために、以下の式(1)の条件を満たすように、マスク7に設けられた開口部8の最大幅が決定されている。ここで、薄膜の膜厚のばらつき許容値δとは、実際に成膜された薄膜の厚さのばらつきの許容限界を表わし、ここではある領域に均一な膜厚の薄膜の形成を試みた場合に、その領域に形成された膜の最大厚さに対する最小厚さの比で定義することとする。従って、δが1であれば膜厚のばらつきは生じておらず、δが小さい程、膜厚のばらつきが大きいことになる。式(1)において、図1に示すように、hはルツボ2に充填された金属材料20の最上部(中心点)とマスク7までの高さ(距離)を示し、aはマスク7上の蒸発源の中心点の直上位置から開口部8の最も遠い側の端部までの距離を示し、bはマスク7に設けられた開口部8の基板9の相対移動方向の最大幅を示している。
【0028】
【数6】

【0029】
[マスクの開口部形状]
一定の方向に連続的に膜厚が増加するような膜厚分布を伴う薄膜を形成するためのマスクの開口部は、以下のように形成し得る。図2(a)に示すように、マスク7には複数の扇形状の開口部8がマスクの同一半径位置の周上に配列するように形成されている。各開口部8は、扇形の弧の中心と扇形を画成する2辺に囲まれた頂点部分(以下、単に「頂点部分」と略す)とを結ぶ線がマスク7の中心7’を通る直線上、即ちマスクの直径上に配置される。即ち、各開口部8は、扇形の頂点部分がマスク7の中心7’に向くように配置されている。開口部8の頂点部分から扇形の弧の中心までの距離cは、基板上に形成する薄膜における膜厚変化方向の幅に相当する。また、開口部8のマスク半径方向に直交する方向(接線方向)の幅bは、開口部8の頂点部分からマスク外周に近づく程、直線的に連続して増大する。なお、基板を回転させた場合に、基板は回転中心から離れる程(即ち、外周に近づく程)、その位置における基板の移動速度(線速度)が速くなる。よって、基板の回転中心からの距離に応じて基板への金属材料の蒸着時間に差が生じる。そこで、この蒸着時間の差を考慮して、開口部8の形状(具体的には、上記接線方向の幅b)を修正する。開口部形状の修正方法としては、マスク上の外側における任意の半径位置の半径をR、その開口部の接線方向の幅をWとし、マスク上の内側における任意の半径位置の半径をr、その開口部の接線方向の幅をwとしたとき、R/r=W/wを満たすように、即ち、開口部の内側から外側にかけて開口部8の幅bがさらに(W−w)/(R−r)の割合で増加するように開口部の幅bを決定する。即ち、形成する薄膜の膜厚変化にマスクの半径位置における修正分を加えた幅となるように、開口部の形状を決定する。このとき、修正後の幅bが上記式(1)の関係を満たすように決定する。なお、マスク上の開口部8の数は任意の複数の数にし得るが、蒸着効率を考慮すると多い方が望ましい。例えば、マスク1周に亘って開口部を形成することも可能である。また、蒸着源(蒸発源)から各開口部の距離に応じて前記式(1)に従って各開口部の形状(及び寸法)を調整してもよい。開口部の数は、形成する開口部の寸法やマスクの強度、製造コスト等を考慮して決定することが好ましい。また、開口部間の距離は、成膜効率を考慮して、できる限り短くすることが望ましい。
【0030】
[第2実施形態]
次に、本発明の別実施形態について、図3及び4を用いて説明する。本実施形態では、第1実施形態の真空蒸着法の代わりにスパッタ法を用いて基板上に薄膜を形成する。また、本実施形態では基板を回転移動させる代わりに、基板を直線方向に移動させながら薄膜を形成する。図3に示すように、本実施形態で用いるスパッタ装置20は、主に、真空チャンバ11、インコネル(Ni:78wt%,Cr:15wt%,Fe:7wt%)からなるスパッタリングターゲット(蒸発源)12、シャッター13、直線駆動系(不図示)及びマスク14で構成されている。スパッタリングターゲット12は、真空チャンバ11内の底面に設置されている。スパッタリングターゲット12は、後述するマスク14に形成されている複数の開口部のうち、その配列の中央に位置する開口部の下方に位置するように設置されている。シャッター13は、スパッタリングターゲット12の上方に設けられており、前記実施形態と同様に、開閉制御を行うことによって飛散したターゲット金属を基板上に成膜する時間を調節することができる。直線駆動系(不図示)は、例えばリニアモータによる駆動システムで構成され、基板16を真空チャンバ11内で水平方向に直線移動するために用いられる。マスク14は、シャッター13と基板16との間に設けられており、その一部に複数の開口部15を有している。開口部15の形状については後述する。
【0031】
基板上への成膜は、以下のようにして行う。まず、真空チャンバ11にスパッタガスを導入し、不図示の電極を用いてスパッタガスを放電させる。スパッタリングターゲット12に高周波電圧を印加して、スパッタガスでスパッタリングターゲット12のターゲット金属を叩き出す(スパッタ)。スパッタされて飛散したターゲット金属は、シャッター13の開放によりマスク14に形成された開口部15を通過して基板16上に堆積する。このとき、基板16は、前述の直線駆動系によってマスクに対して直線移動している状態で成膜が行われる。
【0032】
[マスクの開口部形状]
本実施形態において、一定の方向に連続的に膜厚が増加するような膜厚分布を有するような成膜を行うためのマスクの開口部としては、以下のような形状にし得る。図4(a)に示すように、マスク14には、二等辺三角形の開口部15が基板の進行方向に沿って複数並んで形成されている。二等辺三角形の頂点(以下、単に「頂点部分」と略す)から底辺までの距離、即ち、二等辺三角形の高さcは、形成する薄膜の膜厚変化方向における幅に相当する。また、開口部15の基板移動方向の幅bは、開口部15の頂点部分から底辺にかけて、直線的に連続して増大する。本実施形態では、第1実施形態と同様に、上記式(1)を満たすように開口部の最大幅bを決定する。なお、本実施形態では、基板の移動方向は直線方向であるので、開口部15の頂点部分と底辺部分とでは基板の移動速度は変わらない。よって、第1実施形態で記載したような、基板の回転移動に起因する蒸発物質の蒸着時間の差を考慮して開口部の幅bを決定する必要はない。なお、第1実施形態と同様、マスク上の開口部15の数は任意の複数の数にし得るが、蒸着効率を考慮すると多い方が望ましい。また、蒸着源(蒸発源)から各開口部の距離に応じて、前記式(1)に従って各開口部の形状(及び寸法)を調整してもよい。開口部の数は、形成する開口部の寸法やマスクの強度、製造コスト等を考慮して決定することが好ましい。また、開口部間の距離は、成膜効率を考慮して、できる限り短くすることが望ましい。
【0033】
第1実施形態の真空蒸着装置では基板を回転させることによって成膜を行ったが、第2実施形態のように基板を直線方向に移動しながら成膜を行ってもよい。また、第2実施形態のスパッタ装置では基板を直線方向に移動させることによって成膜を行ったが、第1実施形態のように基板を回転させながら成膜を行ってもよい。
【0034】
また、上記実施形態では、マスク開口部の形状を基板の移動方向に合わせて三角形または扇形にすることによって、基板上に一定方向に連続的に膜厚が変化するような薄膜を形成したが、例えば、直線方向に基板を移動して成膜する場合には、マスク開口部の形状を基板の移動方向に合わせて矩形または対向する一部分に弧を有するような略矩形にすることによって均一な膜厚分布を有する薄膜を形成することができる。なお、基板を回転方向に移動しながら均一な膜圧分布で成膜する場合には、第1実施形態と同様に、基板の回転移動における内外周の移動速度の差を考慮して、マスク開口部の形状を修正することが好ましい。
【0035】
以下に、前記実施形態に示した成膜方法を用いて、可変NDフィルタを作製した実施例について説明する。
【実施例1】
【0036】
実施例1では、成膜装置として第1実施形態で説明した真空蒸着装置を用いるとともに、上述の図2(a)に示したような、開口部8の形状が扇形である円形マスク7を用いて成膜を行い、可変NDフィルタを作製した。蒸着源中心位置の直上のマスク7上の位置から最も近い開口部8の遠い側の端部までの距離a=150mm、開口部8の基板の移動方向(接線方向)における最大幅(以下、単に「最大幅」という)b=30mm、蒸着源からマスク7までの高さ(距離)h=500mm、開口部内における成膜された膜の膜厚のばらつき許容値δ=0.9とした。また、マスク7上に設けられた開口部8のマスク半径方向の幅(長さ)c=10mmとし、マスク7上に形成した開口部8の数は15個とした。なお、真空蒸着装置内における基板の回転数は30rpmとした。また、真空蒸着装置内の真空チャンバ内の圧力は1.0×10−3Paとした。
【0037】
比較例1
比較例1では、図2(b)に示すように、マスク7上に形成された開口部8の最大幅bを60mmとし且つ開口部8の数を9個としたマスク7を用いて成膜を行った以外は、実施例1と同様にして可変NDフィルタを作製した。
【0038】
比較例2
比較例2では、以下のようにして作製した開口部が一つのマスクを用いて成膜を行い、可変NDフィルタを作製した以外は、実施例1と同様にして可変NDフィルタを作製した。まず、真空蒸着装置を用いてマスクが無い状態で基板上に成膜する。このときの蒸気分布を調査し、その蒸気分布から所望の膜厚分布が得られるような開口部形状を有するマスクを作製する。更に、そのマスクを用いて成膜を行い、得られた膜厚分布に基づいてマスク開口部形状の再加工(カッティング)を行う。所望の膜厚分布が得られるまで、上記のようなマスク開口部形状の微調整作業を繰り返すことにより、図2(c)に示すような、開口部8の形状が複雑なマスク7が得られる。得られたマスク7を用いて成膜して、成膜された薄膜の膜厚を電子顕微鏡を用いて測定した。
【実施例2】
【0039】
実施例2では、成膜装置として第2実施形態で用いたスパッタ装置を用いるとともに、図4(a)に示したような開口部の形状が二等辺三角形である矩形マスクを用いて成膜を行い、可変NDフィルタを作製した。スパッタリングターゲットの中心位置の直上のマスク上の位置から最も近い開口部の遠い側の端部までの距離a=140mm、開口部の基板の移動方向における開口部の最大幅(以下、単に「最大幅」という)b=15mm、スパッタリングターゲットからマスクまでの高さ(距離)h=300mm、開口部内における成膜された膜の膜厚のばらつき許容値δ=0.9とした。また、マスク上に設けられた開口部の基板移動方向に直行する方向の幅(長さ)c=10mmとし、マスク上に形成された開口部の数は14個とした。なお、スパッタ装置内における基板の移動速度は1m/hourとした。また、スパッタ装置内の真空チャンバ内の圧力は10Paとした。
【0040】
比較例3
比較例3では、図4(b)に示すように、マスク上に形成された開口部の最大幅bを30mmとし且つ開口部の数を10個としたマスクを用いて成膜を行った以外は、実施例2と同様にして可変NDフィルタを作製した。
【0041】
比較例4
比較例4では、以下のようにして作製した開口部が一つのマスクを用いて成膜を行い、可変NDフィルタを作製した以外は、実施例2と同様にして可変NDフィルタを作製した。まず、スパッタ装置を用いてマスクが無い状態で基板上に成膜する。このときの蒸気分布を調査し、その蒸気分布から所望の膜厚分布が得られるような開口部形状を有するマスクを作製する。更に、そのマスクを用いて成膜を行い、得られた膜厚分布に基づいてマスク開口部形状の再加工(カッティング)を行う。所望の膜厚分布が得られるまで、上記のようなマスク開口部形状の微調整作業を繰り返すことにより、図4(c)に示すような、開口部15の形状が複雑なマスク14が得られる。得られたマスク14を用いて成膜して、成膜された薄膜の膜厚を電子顕微鏡を用いて測定した。
【0042】
こうして得られた各実施例及び比較例において得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uを、表1に示す。ここで、最大ばらつき率Uは、成膜した薄膜の最小膜厚と最大膜厚との比(最小膜厚/最大膜厚)で定義される。前記式(3)で示したように、Uは膜厚のばらつきの許容値以上であることが要求される。また、各実施例及び比較例におけるマスク作製及び最終成膜処理に要した時間を、表1に併せて示す。
【0043】
【表1】

【0044】
表1から明らかなように、実施例1ではマスク作製の際に蒸気分布測定やマスク形状の補正を行う必要がないので、マスク作製に要する時間、ひいては可変NDフィルタの作製に要する時間が短い。また、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値は膜厚のばらつき許容値δよりも高い値を示しており、所望の値を満たしていることが分かる。
【0045】
一方、比較例1では、実施例1同様、可変NDフィルタの作製に要する時間が短いものの、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値は膜厚のばらつき許容値δよりも低い値であり、所望の値を満たしていない。また、比較例2では、実施例1同様、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値が膜厚のばらつき許容値δよりも高い値を示しており、所望の値を満たしているが、所望の開口部形状を有するマスクの作製に長い時間を要する。
【0046】
また、表1から明らかなように、実施例2ではマスク作製の際に蒸気分布測定やマスク形状の補正を行う必要がないので、マスク作製に要する時間、ひいて可変NDフィルタの作製に要する時間が短い。また、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値は膜厚のばらつき許容値δよりも高い値を示しており、所望の値を満たしていることが分かる。
【0047】
一方、比較例3では、実施例2同様、可変NDフィルタの作製に要する時間が短いものの、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値は膜厚のばらつき許容値δよりも低い値であり、所望の値を満たしていない。また、比較例4では、実施例2同様、得られた可変NDフィルタの最大ばらつき率Uの値が膜厚のばらつき許容値δよりも高い値を示しており、所望の値を満たしているが、所望の開口部形状を有するマスクの作製に長い時間を要する。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の薄膜の成膜方法及び成膜装置を用いることにより、可変NDフィルタ等の光学素子の製造におけるスループットを向上させることができるので、特に製造コスト面で有利となる。また、本発明の薄膜の成膜方法及び成膜装置は、光学通信機器以外の分野において薄膜の膜厚制御を行うような、例えば、記録媒体、電子素子、画像表示素子等の分野における製品の製造に用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の第1実施形態における真空蒸着装置の概略構成図である。
【図2】本発明の真空蒸着装置に用いたマスクの概略図である。
【図3】本発明の第2実施形態におけるスパッタ装置の概略構成図である。
【図4】本発明のスパッタ装置に用いたマスクの概略図である。
【図5】蒸気分布が均一な範囲について説明するための概略図である。
【符号の説明】
【0050】
1,11 真空チャンバ
2 ルツボ
3 電子銃
4,13 シャッター
5 基板ステージ
6 回転駆動系
7,14 マスク
7’ マスク中心
8,15 開口部
9,16 基板
10 真空蒸着装置
12 スパッタリングターゲット
20 スパッタ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸発源からの物質で基板上に薄膜を形成する方法であって、
前記蒸発源と基板との間に、複数の開口部が設けられたマスクを配置することと;
前記蒸発源から物質を基板に向けて飛散させながら、前記基板を蒸発源に相対的に移動することと;を含み、
前記複数の開口部が同一形状であり且つ基板の相対移動方向に配列していることを特徴とする薄膜形成方法。
【請求項2】
前記蒸発源から前記マスクまでの距離をhとし、マスク上の前記蒸発源の中心の直上位置から前記開口部の最も遠い端部までの距離をaとし、前記開口部の前記基板の相対移動方向の最大幅をbとし、前記開口部内での前記基板上に形成された薄膜の膜厚のばらつきの許容値をδとしたときに、下記式:
【数1】

を満足することを特徴とする請求項1に記載の薄膜形成方法。
【請求項3】
前記開口部が前記蒸発源の中心の直上位置から最も近い開口部であることを特徴とする請求項1または2に記載の薄膜形成方法。
【請求項4】
前記開口部の形状が、基板の相対移動方向に対して一定の角度を有するような辺で規定されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の薄膜形成方法。
【請求項5】
前記基板の相対移動方向が回転方向または直線方向であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の薄膜形成方法。
【請求項6】
前記薄膜形成方法が真空蒸着方法またはスパッタ法であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の薄膜形成方法。
【請求項7】
蒸発源からの物質で基板上に薄膜を形成するときに用いるマスクであって、
同一形状で且つ所定方向に配列した複数の開口部を有し、
該開口部の形状が、前記所定方向に対して一定の角度を有するような辺で規定されていることを特徴とするマスク。
【請求項8】
前記蒸発源から前記マスクまでの距離をhとし、マスク上の前記蒸発源の中心の直上位置から前記開口部の最も遠い端部までの距離をaとし、前記開口部の前記基板の相対移動方向の最大幅をbとし、前記開口部内での前記基板上に形成された薄膜の膜厚のばらつきの許容値をδとしたときに、下記式:
【数2】

を満足することを特徴とする請求項7に記載のマスク。
【請求項9】
前記マスクの開口部形状が扇形または三角形であることを特徴とする請求項7または8に記載のマスク。
【請求項10】
蒸着法を用いて基板上に薄膜を形成する薄膜形成装置であって、
蒸発源と;
該蒸発源を蒸発させるための蒸発装置と;
請求項7〜9のいずれか一項に記載のマスクと;
前記蒸発源に対して基板を相対移動する駆動装置と;を備えることを特徴とする薄膜形成装置。
【請求項11】
前記基板の相対移動方向が回転方向または直線方向であることを特徴とする請求項10に記載の薄膜形成装置。
【請求項12】
前記蒸着法が真空蒸着法またはスパッタ法であることを特徴とする請求項10または11に記載の薄膜形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−2168(P2006−2168A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−176442(P2004−176442)
【出願日】平成16年6月15日(2004.6.15)
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】