薄膜超電導線材および超電導ケーブル導体
【課題】曲げ特性の劣化を抑制することが可能な、銅めっき薄膜が形成された薄膜超電導線材および当該薄膜超電導線材を有する超電導ケーブル導体を提供する。
【解決手段】基板1と、基板1の一方の主表面上に形成された中間層3と、中間層3の、基板1と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層5とを含む積層構造20を備える薄膜超電導線材10であり、積層構造20の外周を覆う銅めっき薄膜9をさらに備えており、銅めっき薄膜9の内部の残留応力が圧縮応力になっている。積層構造20には銀スパッタ層6を備えていてもよいし、銅めっき薄膜9と積層構造20との間に、積層構造20の外周を覆う銀被覆層7をさらに備えていてもよい。
【解決手段】基板1と、基板1の一方の主表面上に形成された中間層3と、中間層3の、基板1と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層5とを含む積層構造20を備える薄膜超電導線材10であり、積層構造20の外周を覆う銅めっき薄膜9をさらに備えており、銅めっき薄膜9の内部の残留応力が圧縮応力になっている。積層構造20には銀スパッタ層6を備えていてもよいし、銅めっき薄膜9と積層構造20との間に、積層構造20の外周を覆う銀被覆層7をさらに備えていてもよい。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜超電導線材および超電導ケーブル導体に関するものであり、より具体的には、超電導層を外側から覆う薄膜の残留応力を利用して超電導層を保護する薄膜超電導線材および超電導ケーブル導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超電導層を含む積層構造を備える薄膜超電導線材が知られている。薄膜超電導線材は、たとえばフォーマと呼ばれる円筒状の芯材の長手方向の表面上に螺旋状に巻回することにより、超電導ケーブル導体として利用される。ここでコスト低減を図るために、超電導ケーブル導体の長手方向に交差する断面の外径を小さくすること、フォーマの長手方向に交差する断面の外径を小さくすること、およびそのフォーマの表面上に薄膜超電導線材を巻回することが要請されている。このため、薄膜超電導線材には長手方向に関して大きな曲率で屈曲させながら巻回することが要求されている。したがって、上記巻回を行なう際に、薄膜超電導線材のうちフォーマの径方向外側(外周側)に位置する部分ほど大きな曲げ応力が加わる。
【0003】
たとえば以下の特許文献1に開示されている超電導ケーブルを構成する複数本のケーブルコアは、以下に記す構成となっている。すなわち、ケーブルコアは、ケーブルのコアの中心に位置するフォーマと、当該フォーマの外周に巻回された超電導線材(ただし、超電導フィラメントを銀などの安定化金属で被覆した超電導線材)からなる第一超電導層と、第一超電導層の外側に形成される絶縁層と、絶縁層の外側に形成される第二超電導層とを有する構成となっている。ケーブルコアの長手方向に交差する断面において、内側に配置される第一超電導層よりも、外側に配置される第二超電導層の方が直径が大きい。このため、ケーブルコアをたとえばフォーマまたは絶縁層の表面に巻回した際に加わる曲げ応力の値は、第一超電導層よりも第二超電導層の方が大きくなる。そこで、特許文献1では、第二超電導層を形成する材料の引張強度を第一超電導層を形成する材料の引張強度よりも高くすることにより(具体的には第二超電導層の表面を覆う補強部材としての銅めっき層などの被覆層を形成する、あるいは補強材としてのテープ層を第二超電導層に接合する、などの方法により)、大きな曲げ応力の加わる第二超電導層の抗張力性を第一超電導層の抗張力性よりも高くする処理を行なっている。このようにして、ケーブルコアや超電導ケーブルの曲げ特性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−331893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、発明者は超電導層を含む積層構造を備える薄膜超電導線材について、積層構造の保護などのために積層構造の表面を覆うように金属めっき処理(具体的には銅めっき処理)を行なうことを検討した。銅めっき処理により積層構造の表面に形成された銅めっき薄膜は、超電導層を浸食などから保護する、などの役割を有する。そして、この銅めっき薄膜は上述した特許文献1における第二超電導層の被覆層に相当するものとも考えられることから、当該銅めっき薄膜を表面に形成した薄膜超電導線材について、当該薄膜超電導線材をフォーマに巻回することを想定してその曲げ特性を調査した。その結果、銅めっき薄膜を形成した薄膜超電導線材について、その曲げ特性は銅めっき薄膜を形成していない薄膜超電導線材に比べて劣化していた。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の目的は、曲げ特性の劣化を抑制することが可能な、銅めっき薄膜が形成された薄膜超電導線材および当該薄膜超電導線材を有する超電導ケーブル導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は、上述した銅めっき薄膜が形成された薄膜超電導線材について鋭意研究した結果、本願発明を完成した。すなわち、発明者は、薄膜超電導線材において形成された上記銅めっき薄膜に関して、特許文献1において何ら開示も示唆もされていない残留応力に着目した。そして、銅めっき薄膜の残留応力を測定すると、曲げ特性が劣化する薄膜超電導線材に関しては当該残留応力が引張応力となっていた。
【0008】
ここで、薄膜超電導線材をフォーマの外周側に巻回するときに、フォーマから見て径方向の外側に薄膜超電導線材の超電導層が位置する場合、超電導層には引張応力が加えられることになる。そして、上述のように超電導層を含む積層構造の外側に、上記のような残留応力として引張応力が加えられている銅めっき薄膜が存在すると、超電導層に対して、銅めっき薄膜の上記残留応力に起因する引張応力がさらに負荷されることになる。この結果、引張応力の負荷に起因する超電導層の特性劣化が助長されることから、薄膜超電導線材の曲げ特性が劣化する(たとえば、良好な超電導特性を維持したまま曲げることが可能な限界曲げ直径が大きくなる)ものと考えられる。
【0009】
上記のような知見に基づいて、本発明に係る薄膜超電導線材は、基板と、基板の一方の主表面上に形成された中間層と、中間層の、基板と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層とを含む積層構造を備える薄膜超電導線材である。上記薄膜超電導線材は、上記積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜をさらに備えており、銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている。
【0010】
上述した本発明に係る薄膜超電導線材は、超電導層を含む積層構造の外周のほぼ全面を、銅めっき薄膜で覆う構造を有している。このような構成の薄膜超電導線材をたとえばフォーマの表面上に巻回する際に、超電導層が外側(フォーマの表面に対向する側と反対側)を向くように巻回すれば、超電導層および超電導層と同様に外側に位置する銅めっき薄膜には、当該薄膜超電導線材の延在する長さを大きくする方向に引張応力が加わる。このとき銅めっき薄膜の内部に圧縮方向の残留応力が存在すれば、特に外側を向く銅めっき薄膜の内部においては、上記巻回に伴う引張応力と反対の方向に作用する、残留応力としての圧縮応力が巻回に伴う引張応力と打消しあうことにより、巻回による引張応力を小さくする(あるいは残留応力の値が十分大きければ、巻回に伴う引張応力を打消して銅めっき薄膜の内部の応力を圧縮応力とする)ことができる。したがって、外側を向く銅めっき薄膜が超電導層に対して大きな引張応力を加える可能性を低減する(あるいは超電導層に対して圧縮応力を加えることにより、超電導層内部での巻回に伴う引張応力の値を小さくする)ことができる。この結果、当該薄膜超電導線材を構成する超電導層の上記引張応力による機械的な変形や、組織配列の変化に起因する臨界電流Icの低下を抑制することができるため、薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【0011】
上述した薄膜超電導線材において、上記積層構造には、基板の、中間層と対向しない主表面上と、超電導層の、中間層と対向しない主表面上とに配置された銀スパッタ層をさらに含むことが好ましい。
【0012】
銀スパッタ層は、薄膜超電導線材を構成する銅めっき薄膜を形成するためのめっき処理を行なう際に、積層構造の表面に電流を導通させる導電層として作用する。特に、たとえば積層構造を構成する主表面(表面のうちもっとも大きい主要な面)のうち、超電導層の、中間層と対向する主表面と反対側の(最表面である)主表面上と、基板の、中間層と対向する主表面と反対側の(最表面である)主表面上とに銀スパッタ層を形成する。このようにすれば、上記1対の銀スパッタ層を用いて積層構造の表面に電流を流すことにより、銅めっき薄膜を形成するめっき処理をスムースに行なうことができる。
【0013】
また、特に超電導層の(最表面である)主表面上に形成する上記銀スパッタ層は、たとえば超電導層がめっき液などによって浸食されることを抑制するための保護層として作用する。したがって、銀スパッタ層を形成することで超電導層がめっき処理によりダメージを受ける可能性を低減できる。
【0014】
上述した薄膜超電導線材において、銅めっき薄膜と上記積層構造との間に、上記積層構造の外周を覆う銀被覆層をさらに備えることが好ましい。上記銀被覆層は、積層構造を形成した後、当該積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜を形成する前に形成する薄膜層であり、銅めっき処理を行なう銅めっき液から超電導層などを保護する役割を有するものである。したがって、当該銀被覆層を形成すれば、銅めっき処理に用いる銅めっき液の選択の自由度を向上することができる。
【0015】
また、当該銀被覆層が配置された薄膜超電導線材では、たとえばクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層に流れる過剰な電流の一部を分流して当該銀被覆層に流すことができる。したがって、超電導層に過剰な電流が流れることによる超電導層の破損などを抑制することができる。
【0016】
上述した薄膜超電導線材を、たとえばフォーマなどの表面上に巻回してなる超電導ケーブルは、超電導層が配置される側が外側を向くように巻回した場合、超電導層が配置される側の銅めっき薄膜に加わる引張応力が、銅めっき薄膜の内部の残留応力としての圧縮応力により小さくなる。このため、超電導層に大きな引張応力が加わる可能性を低減することができる。したがって、上述したように薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができるため、超電導ケーブルの電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の薄膜超電導線材は、積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている。このため、積層構造の超電導層が配置される側が外側を向くように薄膜超電導線材を巻回した場合に、超電導層と同様に外側を向く銅めっき薄膜に加わる引張応力が、銅めっき薄膜の残留応力である圧縮応力により小さくなる。このため、薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材をパンケーキ状に巻回する工程を示す斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材をパンケーキ状に巻回した状態を示す平面図である。
【図4】図3における「IV」の領域の拡大図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の第1の変形例の構成を示す概略断面図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の第2の変形例の構成を示す概略断面図である。
【図7】フォーマに本発明の実施の形態に係る超電導薄膜線材を巻回させる様子を示す概略斜視図である。
【図8】本発明の実施の形態に係る超電導ケーブル導体の構成を示す概略斜視図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の製造方法を示すフローチャートである。
【図10】図9のフローチャートの工程(S10)の詳細な工程を示すフローチャートである。
【図11】図9のフローチャートの工程(S30)の詳細な工程を示すフローチャートである。
【図12】本実施例の薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態が説明される。なお、本実施の形態において、同一の機能を果たす部位には同一の参照符号が付されており、その説明は、特に必要がなければ、繰り返さない。
【0020】
図1、5、6は、本実施の形態に係る薄膜超電導線材の延在する方向に交差する方向に切断した断面における概略断面図である。このため、紙面に交差する方向が薄膜超電導線材10の長手方向であり、超電導層5の超電導電流は紙面に交差する方向に沿った方向に流れるものとする。また図1、5、6においては、図を見やすくするために断面のなす矩形状の上下方向と左右方向との長さの差を小さくしているが、実際は当該断面の上下方向の厚みは、左右方向の幅に比べて非常に小さい。
【0021】
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材10は、断面が矩形をなす長尺形状(テープ状)であり、ここでは長尺形状の長手方向に延在する相対的に面積の大きな表面を主表面とする。薄膜超電導線材10は、積層構造20と、当該積層構造20の外周を覆うように配置された銀被覆層7と、銀被覆層7の外周を覆うように配置された銅めっき薄膜9とを備える。積層構造20は、基板1と、基板1の一方の主表面上に形成された中間層3と、中間層3の、基板1と対向する主表面と反対側の主表面(図1における上側の主表面)上に形成された超電導層5と、銀スパッタ層6とを含む。銀スパッタ層6は、基板1の、中間層3と対向しない主表面(図1における下側の主表面)上と、超電導層5の、中間層3と対向しない主表面(図1における上側の主表面)上とに配置されている。すなわち、銀スパッタ層6は、基板1と中間層3と超電導層5とを上下の主表面側から挟むように配置されている。つまり、以上に述べた基板1、中間層3、超電導層5および銀スパッタ層6により積層構造20が形成されている。
【0022】
基板1は、たとえばハステロイ(登録商標)やニッケルベース合金からなり、断面が矩形をなす長尺形状(テープ状)とすることが好ましい。この薄膜超電導線材10が延在方向に延在する長さは、たとえば100m以上であり、延在方向に交差する長さ(幅)は、たとえば10mm程度である。薄膜超電導線材10に流れる電流密度を大きくするためには、基板1の断面積が小さい方が好ましい。ただし、基板1の断面積を小さくするために基板1の厚み(図1における上下方向)を薄くしすぎると、基板1の強度が劣化する可能性がある。したがって、基板1の厚みはたとえば0.1mm程度にすることが好ましい。
【0023】
基板1の主表面上に超電導層5を形成すると、基板1の主表面に沿った方向における結晶軸の配向性に劣る多結晶の薄膜が形成される。この場合、形成された薄膜超電導線材の臨界電流密度(Jc)を大きくすることが困難となる。そこで、基板1と超電導層5との間に中間層3が配置されている。中間層3としては、たとえばGd2Zr2O7(Gd(ガドリニウム)とZr(ジルコニウム)との酸化物)やCeO2(酸化セリウム)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)の材料を用いることが好ましい。中間層3としてこれらの材料を用いれば、中間層3の主表面上に形成する超電導層5の結晶軸を整えることが容易になる。
【0024】
超電導層5は、薄膜超電導線材10のうち、超電導電流が流れる薄膜層であり、超電導材料であるたとえばイットリウム系(YBa2Cu3Ox)の薄膜から構成されることが好ましい。また、超電導層5に流れる超電導電流の臨界電流Icの値を向上するためには、超電導層5の厚みは、0.1μm以上10μm以下とすることが好ましい。
【0025】
超電導層5の主表面上に配置された銀スパッタ層6は、スパッタリング法により形成された銀の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。ただし、銀スパッタ層6としては、スパッタリング以外の任意の方法により形成された銀の薄膜を用いることができる。
【0026】
超電導層5の主表面上に配置された銀スパッタ層6は、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に、銅めっき液の作用により、超電導層5が浸食などのダメージを受けることを抑制するための保護層として配置されるものである。しかし図1に示すように銀スパッタ層6は超電導層5の主表面上のみならず、基板1の下側の主表面上にも配置されており、両者の銀スパッタ層6が基板1と中間層3と超電導層5とを挟むように配置されている。このようにすれば、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に、銀スパッタ層6を介して、たとえばめっき処理を行なう設備の電極と、積層構造20とを容易に導通することができる。
【0027】
銀スパッタ層6を含む積層構造20の外周を覆うように、すなわち積層構造20の外側の最表面のほぼ全面を覆うように、銀被覆層7が配置されている。この銀被覆層7はたとえばめっきにより形成された銀の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0028】
銀被覆層7を積層構造20の最表面のほぼ全面を覆うように配置すれば、銀被覆層7を含む積層構造20に対して銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を容易に行なうことができる。すなわち、銀被覆層7の外側の表面上に銅めっき薄膜9を形成することになる。ここで当該銀被覆層7が上述した厚みを有すれば以下の効果を奏する。具体的には、めっき処理を行なう際に積層構造20を銅めっき液に浸漬するが、超電導層5の表面が銀被覆層7に覆われているため、超電導層5の表面は直接銅めっき液に接触しない。したがって銀被覆層7の存在により、めっき処理を行なう際に、超電導層5の表面や内部が、銅めっき液により浸食するなどの影響を受ける可能性を抑制することができる。したがって、積層構造20の表面が銀被覆層7で覆われていることにより、超電導層5に対する侵食の有無などを銅めっき液の選択に関して考慮する必要が無いため、めっき処理に用いる銅めっき液の選択の自由度を向上することができる。
【0029】
また、薄膜超電導線材10に銀被覆層7を配置しておけば、たとえば超電導層5にクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層5に流れる過剰な電流の一部を分流して銀被覆層7に流すことができる。したがって、超電導層5に過剰な電流が流れることによる超電導層5の破損などを抑制することができる。
【0030】
以上に述べた銀被覆層7の外周を覆うように、すなわち銀被覆層7の外側の最表面のほぼ全面を覆うように、銅めっき薄膜9が配置されている。銅めっき薄膜9は、めっき処理することにより形成された銅の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0031】
薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9は、内部に存在する残留応力が、圧縮応力となっている。具体的には、たとえば銅めっき薄膜9の延在する方向、すなわち薄膜超電導線材10の長手方向に沿った一部の領域の、薄膜超電導線材10の長手方向の長さを縮める方向に力が加わった状態となっている。
【0032】
ここで一例として図2や図3に示すように、薄膜超電導線材10をパンケーキ状(コイル状)に巻回した場合を考える。具体的には、平板14上に設置されたリール15の周りに、図2のリール15上の回転矢印の方向(Aの方向)に薄膜超電導線材10を巻回し、これをコイル100とする。このとき図3に丸点線で囲む、1本の薄膜超電導線材10の巻回の外側が、図4の拡大図に示すように、超電導層5が配置される側(図1における上側)となり、当該薄膜超電導線材10の巻回の内側が、基板1が配置される側(図1における下側)となるように巻回する。したがって図2、図3において巻回された薄膜超電導線材10では、基板1が配置される側がリール15に対向する側であり、超電導層5が配置される側がリール15と対向しない、巻回の外側を向く側となっている。
【0033】
この場合、図4に示すように、薄膜超電導線材10の巻回の外側は、巻回の内側に比べて、長手方向に延在する長さが長くなるよう引張応力が加わる。したがって、巻回の外側に配置された超電導層5の存在する側の主表面の銅めっき薄膜9には、図4に示す引張応力11が加わる。すると、引張応力11の加わった銅めっき薄膜9の近傍に配置された超電導層5にも、当該引張応力11により応力が加わる。しかし上述したように薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9には残留応力として図4に示す圧縮応力12が存在する。引張応力11と圧縮応力12とが互いに逆方向に作用し打消し合うため、引張応力11の大きさは、圧縮応力12により小さくなる(あるいは、圧縮応力12の大きさが十分大きい場合には、引張応力11は完全に打消される)。
【0034】
たとえば薄膜超電導線材10を巻回するとき、特に巻回の外側の主表面に配置された銅めっき薄膜9に作用する引張応力が増大すれば、巻回の外側に配置された超電導層5には銅めっき薄膜9の大きな引張応力に起因して局所的に応力集中などが発生する可能性がある。超電導層5に大きな応力が加われば、当該超電導層5の臨界電流Icの値が低下する。また、超電導層に応力集中などが発生した結果、超電導層5が破断すれば、当該超電導層5に超電導電流を流すことができなくなる。
【0035】
しかし本発明による薄膜超電導線材10の場合、上述した銅めっき薄膜9の内部には引張応力11と反対方向に作用する残留応力としての圧縮応力12が存在することにより、銅めっき薄膜9における巻回に起因する引張応力11が小さくなる。このため、当該引張応力11に起因する超電導層5の劣化を抑制することができ、当該超電導層5に流すことができる超電導電流(臨界電流Ic)の低下を抑制することができる。したがって、薄膜超電導線材10の電気特性や曲げ特性を向上することができる。具体的には、臨界電流Icの高い、高性能な(加工限界となる曲率の大きな)薄膜超電導線材10となる。
【0036】
図5に示す薄膜超電導線材30は、上述した図1に示す薄膜超電導線材10の変形例であり、基本的には薄膜超電導線材10と同様の態様を備えている。しかし薄膜超電導線材30には銀被覆層7が配置されていない。
【0037】
以上の点においてのみ、薄膜超電導線材30の態様は薄膜超電導線材10の態様と異なる。すなわち、他の構成要素においては、薄膜超電導線材30は薄膜超電導線材10と同様の態様となっている。より具体的には、薄膜超電導線材30における銅めっき薄膜9についても、薄膜超電導線材10における銅めっき薄膜9と同様に、内部の残留応力が圧縮応力となっている。このことにより、超電導層5の配置された側の銅めっき薄膜9に引張応力が加わったとしても、圧縮応力の作用により引張応力を小さくし、超電導層5の劣化を抑制する効果を奏する。したがって、本実施の形態に係る薄膜超電導線材は、薄膜超電導線材30の態様としてもよい。
【0038】
銀の結晶は安定した立方晶でありその融点は961℃と高い。しかし銀は、加熱により融点未満の低い温度においても容易に軟化を開始する性質を有する。たとえば薄膜超電導線材10を形成する場合、たとえば銀被覆層7を形成した後の銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう過程にて、銀被覆層7を介して導通することにより銀被覆層7は加熱される。すると銀被覆層7は加熱により軟化し、変形する可能性がある。
【0039】
薄膜超電導線材30においては、銀被覆層7を配置していないことにより、上述しためっき処理時における銀被覆層7の軟化に伴う不具合の発生を抑制することができる。なお、図5に示した薄膜超電導線材30の製造工程においては、銅めっき薄膜9を形成するためにめっき処理を行なう設備の電極と積層構造20とを容易に導通するために、銀スパッタ層6を利用することができる。
【0040】
図6に示す薄膜超電導線材50は、上述した図5に示す薄膜超電導線材30の変形例であり、基本的には薄膜超電導線材30と同様の態様を備えている。しかし薄膜超電導線材50には銀スパッタ層6が、積層構造20の主表面の方向のみならず、積層構造20の主表面に交差する方向(図6の上下方向、すなわち積層構造20の側方端面上)にも配置されている。
【0041】
以上の点においてのみ、薄膜超電導線材50の態様は薄膜超電導線材30の態様と異なる。すなわち、他の構成要素においては、薄膜超電導線材50は薄膜超電導線材30と同様の態様となっている。より具体的には、薄膜超電導線材50における銅めっき薄膜9についても、薄膜超電導線材10における銅めっき薄膜9と同様に、内部の残留応力が圧縮応力となっている。このことにより、超電導層5の配置された側の銅めっき薄膜9に引張応力が加わったとしても、圧縮応力が引張応力と打消しあうことから、超電導層5の劣化を抑制する効果を奏する。
したがって、本実施の形態に係る薄膜超電導線材は、薄膜超電導線材50の態様としてもよい。
【0042】
銀スパッタ層6を積層構造20の主表面の方向のみならず、積層構造20の主表面に交差する方向(図6の上下方向)にも配置することにより、当該銀スパッタ層6は、銀被覆層7と同様に、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う構成となる。このため、銀被覆層7と同様に、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に超電導層5が銅めっき液により浸食されるなどの不具合が起こる可能性を低減する保護層としての効果を奏する。
【0043】
さらに、薄膜超電導線材50の銀スパッタ層6は、上述した銀被覆層7と同様に、たとえば超電導層5にクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層5に流れる過剰な電流の一部を分流して流す役割(安定化層としての役割)を備えることができる。したがって、超電導層5に過剰な電流が流れることによる超電導層5の破損などを抑制することができる。
【0044】
薄膜超電導線材50のように銀スパッタ層6を銀被覆層7(図1参照)と同様に積層構造20の周囲全体に形成する場合においては、たとえば薄膜超電導線材10における銀スパッタ層6に比べて、当該銀スパッタ層6の厚みを厚くすることが好ましい。具体的には、その厚みは0.5μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0045】
次に、以上に述べた薄膜超電導線材10、30、50を用いた超電導ケーブル導体について説明する。
【0046】
たとえば薄膜超電導線材10を用いた場合、図7に示すように、薄膜超電導線材10が円筒状のフォーマ60の外周面にスパイラル状に巻回される。このようにして複数本の薄膜超電導線材10をフォーマ60上にスパイラル状に多層積層させることにより図8に示す超電導ケーブル導体70が構成される。薄膜超電導線材10は、上述したように各薄膜超電導線材10の巻回の外側が、超電導層5が配置される側(図1における上側)となり、当該薄膜超電導線材10の巻回の内側が、基板1が配置される側(図1における下側)となるように巻回する。したがって図7、図8において巻回された薄膜超電導線材10は、基板1が配置される側がフォーマ60の外周面に対向する側であり、超電導層5が配置される側がフォーマ60と対向しない、巻回の外側を向く側となっている。このようにすれば、上述したように、薄膜超電導線材10の超電導層5が配置される側の銅めっき薄膜9の主表面に加わる引張応力11(図4参照)が、銅めっき薄膜9の内部の圧縮応力12(図4参照)により小さくなる。このため、薄膜超電導線材10の超電導層5に加わる応力が小さくなり、劣化による臨界電流Icの低下や、薄膜超電導線材10の破断などの不具合の発生を抑制し、電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【0047】
図8に示すように、第1層10aは図中右巻き、第2層10bは図中左巻き、第3層10cは図中右巻き、第4層10dは図中左巻きというように、各層毎に交互に向きを変えて薄膜超電導線材10は巻回されている。なお、この第1層10a〜第4層10dの巻回方向はこれに限定されるものではなく、如何なる方向に巻回されていてもよい。たとえば第1層10aおよび第2層10bが図中右巻きで、第3層10cおよび第4層10dが図中左巻きであってもよく、第1層10a〜第4層10dのすべてが同じ方向に巻回されていてもよい。
【0048】
ここで、以上に述べた本実施の形態に係る薄膜超電導線材の製造方法について説明する。図9のフローチャートに示すように、まず積層構造を形成する工程(S10)を実施する。具体的には、図1、5、6に示す各薄膜超電導線材の積層構造20を形成する工程である。積層構造を形成する工程(S10)には、図10のフローチャートに示すように、さらに具体的には超電導層を準備する工程(S11)と銀スパッタ層を形成する工程(S12)とが含まれる。
【0049】
以下、超電導層を準備する工程(S11)について具体的に説明する。超電導層5を準備するために、まず基板1と中間層3とが積層された構造を準備する。基板1の一方の主表面上に中間層3を形成する方法としては、たとえばIBAD法(イオンビームアシスト蒸着法)やPLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法を用いることができる。これらの方法を用いれば、中間層3の主表面上に形成する超電導層5の結晶配向性を向上させることができる。また、中間層3は1層であってもよいが、複数の層を積層した構成としてもよい。
【0050】
そして中間層3の主表面上に、超電導層5を形成する。超電導層5は、たとえばイットリウム系(YBa2Cu3Ox)の超電導体からなる薄膜を、PLD法や高周波スパッタリング法、MOD法(有機金属析出法)を用いて形成することが好ましい。
【0051】
次に行なう銀スパッタ層を形成する工程(S12)において、銀スパッタ層6はスパッタリング法を用いて形成することが好ましいが、上述したように、スパッタリング以外の任意の方法により形成された銀の薄膜を用いることができる。また、図6に示した薄膜超電導線材50を形成する場合には、積層構造20の主表面上に銀スパッタ層6を形成する工程に続いて、積層構造20の側方端面上に銀スパッタ層6を形成する工程を実施する。なお、積層構造20の側方端面上に銀スパッタ層6を形成する工程では、たとえばスパッタリングのターゲット材に対して積層構造20の端面が対向するように積層構造20の主表面を当該ターゲット材表面に対して傾斜配置する、など任意の方法を用いることができる。また、上述した積層構造20の主表面と側方端面との両方に、同時に銀スパッタ層6を形成してもよい。この場合、積層構造20の主表面の一方(たとえば超電導層5の最表面)と側方端面の一方とに同時に銀スパッタ層6が形成されるように、たとえばターゲット材表面に対する積層構造20の主表面の傾斜確度を適宜調整するようにしてもよい。
【0052】
次に、薄膜超電導線材10を形成する場合は、銀被覆層を形成する工程(S20)を実施する。具体的には、図1に示す銀被覆層7を形成する工程であり、これはたとえば真空蒸着法やスパッタリング法により形成することが好ましい。なお、銀被覆層を形成する工程(S20)は、薄膜超電導線材30、50を形成する場合には省略する。
【0053】
そして銅めっき薄膜を形成する工程(S30)により銅めっき薄膜9を形成する。銅めっき薄膜を形成する工程(S30)は具体的には図11のフローチャートに示すように、銅めっき液を準備する工程(S31)と添加剤を添加する工程(S32)とめっき処理を行なう工程(S33)とを含む。
【0054】
銅めっき薄膜9を形成するために積層構造20を浸漬するために用いる銅めっき液としては、たとえば硫酸銅を硫酸溶液中に溶解した液や、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液を用いることが好ましい。なお、銅めっき薄膜9の内部の残留応力を圧縮方向の応力にするためには、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液相を用いることがより好ましい。また、積層構造20を浸漬した際に、積層構造20を構成する超電導層5の表面が浸食することを抑制するためには、硫酸銅を硫酸中に溶解しためっき液を用いることがより好ましい。
【0055】
以上のように準備した銅めっき液に対して、図11に示すように添加剤を添加する工程(S32)を実施する。これは具体的には、形成される銅めっき薄膜9の表面の平滑性や光沢性を向上させるために、銅めっき液に添加剤を添加する工程である。
【0056】
添加剤としてはたとえばポリエチレングリコールなどの有機化合物系の物質や、界面活性剤を用いることができる。ただし、当該添加剤としてチオ尿素を用いることにより、銅めっき薄膜9の表面の平滑性や光沢性を大幅に向上することができる。さらに、当該添加剤としてチオ尿素を用いれば、銅めっき薄膜9の内部の残留応力を圧縮方向の応力にすることができる。したがって、たとえば硫酸銅を硫酸中に溶解した液(たとえば硫酸銅濃度60g/l(リットル)以上150g/l以下、硫酸濃度100g/l以上220g/l以下の液)に対してチオ尿素を8ppm以上12ppm以下の濃度となるように添加することが好ましい。このようにすれば、硫酸銅を硫酸中に溶解した液を銅めっき液として用いた場合においても、銅めっき薄膜9の残留応力を圧縮応力にすることができる。
【0057】
そして、めっき処理を行なう工程(S33)において、めっき処理を行なう設備を構成する、添加剤を添加した銅めっき液中に積層構造20を浸漬する。そして積層構造20の銀スパッタ層6または銀被覆層7を、銅めっき液中のめっき処理を行なう電極(陰極)と接続する。そして電極(陰極および陽極)に対して電圧を加えて電流を流すことによる電気分解現象を利用して、陰極に接続された積層構造20の表面に対して銅めっき薄膜9を形成する。このとき陰極に流れる電流値としては1A/dm2以上10A/dm2以下、より好ましくは5A/dm2とといった値を用いることができる。
【0058】
また、めっき処理を行なう工程(S33)においては、たとえば銅めっき液として硫酸銅を硫酸中に溶解した液を用いた場合は当該液相の温度を20℃以上30℃以下とすることが好ましく、たとえば銅めっき液としてピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液を用いた場合は当該液の温度を50℃以上60℃以下とすることが好ましい。
【0059】
以上の各工程を実施することにより、内部の残留応力が圧縮応力となっている銅めっき薄膜9を有する薄膜超電導線材10、30、50を形成することができる。
【実施例1】
【0060】
銅めっき液として硫酸銅を硫酸溶媒中に溶解しためっき液を用いて銅めっき薄膜9を形成した図12に示す薄膜超電導線材90を作製し、当該薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力を調査する試験を行なった。
【0061】
ここでは、硫酸銅の五水和水(CuSO4・5H2O)を硫酸溶媒中に溶解した濃度に応じて3種類の銅めっき液A、B、Cを準備した。そして図1に示す薄膜超電導線材10の、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う銀被覆層7が、めっき処理を行なう設備の陰極と接続するように配置し、電気分解によるめっき処理を行なった。また、銅めっき液A、B、Cには、銅めっき液が積層構造20を浸食する作用を抑制するために、添加剤として添加するチオ尿素のほかに微量の塩素イオンを加えた。
【0062】
なお、銅めっき薄膜9を形成するためのめっき処理の対象材としては以下のようなものを準備した。図12に示すように、基板1としてのニッケル−タングステン合金からなる幅10mm、厚み80μmのテープ状基板の一方の主表面上に、第一中間層3a、第二中間層3b、第三中間層3cとしてそれぞれ厚み0.1μmのCeO2、厚み0.3μmのYSZ、厚み0.1μmのCeO2を、RFスパッタ法を用いて順に形成した。これら第一中間層3a、第二中間層3b、第三中間層3cを合わせて中間層3とする。さらに第三中間層3cの上にPLD法を用いて、RE123(REBa2Cu3O7−δ)からなる厚み2μmの超電導層5が形成された構造の表面をDCスパッタ法を用いて銀被覆層7を形成した。銀被覆層7の厚みは、超電導層5の主表面上に形成する銀被覆層7は8μm、基板1の主表面上の銀被覆層7は2μm、積層方向に沿って両側面に形成する銀被覆層7は3μmとした。
【0063】
これらの硫酸銅の濃度やめっき処理の際に陰極に流す電流密度、めっき処理を行なう時間を変化させて以下の表1に示す各条件において銅めっき薄膜9を形成した。この結果、厚みが20μmの銅めっき薄膜9が形成された。このようにして形成された薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9の内部の残留応力の方向および大きさを測定した結果を以下の表1に併せて記している。なお、残留応力の評価はX線応力測定装置を用いて行なった。
【0064】
【表1】
【0065】
表1より、銅めっき液Cを用いて、電流密度を10A/dm2、めっき時間を9分としてめっき処理を行なうことにより形成した薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9において、内部の残留応力が圧縮方向に4MPaとなる結果を得た。
【実施例2】
【0066】
銅めっき液としてピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液相を用いて銅めっき薄膜9を形成した薄膜超電導線材90を形成し、当該薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力を調査する試験を行なった。
【0067】
ここでは、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した銅めっき液Dを準備した。また、めっき処理の対象材としては上述した実施例1において用いた材料と同じ構成の材料を用いた。そして図12に示す薄膜超電導線材90の、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う銀被覆層7が、めっき処理を行なう設備の陰極と接続するように配置し、電気分解によるめっき処理を行なった。また、銅めっき液Dには、ピロ燐酸銅のみならず、燐酸イオンを有する溶解度の高いカリウム塩であるピロ燐酸カリウムを溶解した。これは銅めっき液Dの液相中への燐酸イオンの溶解量を確保するためである。
【0068】
このようにして準備した銅めっき液Dを用いて、実施例1と同様に、以下の表2に示す条件において銅めっき薄膜9を形成した。このようにして形成された薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力の方向および大きさを測定した結果を以下の表2に併せて記している。
【0069】
【表2】
【0070】
表2におけるP比とは、銅めっき液Dの液相中における銅イオンに対するピロ燐酸イオンの重量比を示す値である。表2より、銅めっき液Dを用いて、電流密度を5A/dm2、めっき時間を18分としてめっき処理を行なうことにより形成した薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9において、内部の残留応力が圧縮方向に300MPaとなる結果を得た。
【0071】
したがって、銅めっき液としてピロ燐酸銅の溶液を使用した場合、添加剤を加えなくても、残留応力の方向が圧縮方向の応力である銅めっき薄膜9を形成することができるといえる。
【0072】
今回開示された各実施の形態および各実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した各実施の形態および各実施例ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、薄膜超電導線材の電気特性および曲げ特性を向上する技術として、特に優れている。
【符号の説明】
【0074】
1 基板、3 中間層、3a 第一中間層、3b 第二中間層、3c 第三中間層、5 超電導層、6 銀スパッタ層、7 銀被覆層、9 銅めっき薄膜、10,30,50,90 薄膜超電導線材、10a 第1層、10b 第2層、10c 第3層、10d 第4層、11 引張応力、12 圧縮応力、14 平板、15 リール、20 積層構造、60 フォーマ、70 超電導ケーブル導体、100 コイル。
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜超電導線材および超電導ケーブル導体に関するものであり、より具体的には、超電導層を外側から覆う薄膜の残留応力を利用して超電導層を保護する薄膜超電導線材および超電導ケーブル導体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超電導層を含む積層構造を備える薄膜超電導線材が知られている。薄膜超電導線材は、たとえばフォーマと呼ばれる円筒状の芯材の長手方向の表面上に螺旋状に巻回することにより、超電導ケーブル導体として利用される。ここでコスト低減を図るために、超電導ケーブル導体の長手方向に交差する断面の外径を小さくすること、フォーマの長手方向に交差する断面の外径を小さくすること、およびそのフォーマの表面上に薄膜超電導線材を巻回することが要請されている。このため、薄膜超電導線材には長手方向に関して大きな曲率で屈曲させながら巻回することが要求されている。したがって、上記巻回を行なう際に、薄膜超電導線材のうちフォーマの径方向外側(外周側)に位置する部分ほど大きな曲げ応力が加わる。
【0003】
たとえば以下の特許文献1に開示されている超電導ケーブルを構成する複数本のケーブルコアは、以下に記す構成となっている。すなわち、ケーブルコアは、ケーブルのコアの中心に位置するフォーマと、当該フォーマの外周に巻回された超電導線材(ただし、超電導フィラメントを銀などの安定化金属で被覆した超電導線材)からなる第一超電導層と、第一超電導層の外側に形成される絶縁層と、絶縁層の外側に形成される第二超電導層とを有する構成となっている。ケーブルコアの長手方向に交差する断面において、内側に配置される第一超電導層よりも、外側に配置される第二超電導層の方が直径が大きい。このため、ケーブルコアをたとえばフォーマまたは絶縁層の表面に巻回した際に加わる曲げ応力の値は、第一超電導層よりも第二超電導層の方が大きくなる。そこで、特許文献1では、第二超電導層を形成する材料の引張強度を第一超電導層を形成する材料の引張強度よりも高くすることにより(具体的には第二超電導層の表面を覆う補強部材としての銅めっき層などの被覆層を形成する、あるいは補強材としてのテープ層を第二超電導層に接合する、などの方法により)、大きな曲げ応力の加わる第二超電導層の抗張力性を第一超電導層の抗張力性よりも高くする処理を行なっている。このようにして、ケーブルコアや超電導ケーブルの曲げ特性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−331893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、発明者は超電導層を含む積層構造を備える薄膜超電導線材について、積層構造の保護などのために積層構造の表面を覆うように金属めっき処理(具体的には銅めっき処理)を行なうことを検討した。銅めっき処理により積層構造の表面に形成された銅めっき薄膜は、超電導層を浸食などから保護する、などの役割を有する。そして、この銅めっき薄膜は上述した特許文献1における第二超電導層の被覆層に相当するものとも考えられることから、当該銅めっき薄膜を表面に形成した薄膜超電導線材について、当該薄膜超電導線材をフォーマに巻回することを想定してその曲げ特性を調査した。その結果、銅めっき薄膜を形成した薄膜超電導線材について、その曲げ特性は銅めっき薄膜を形成していない薄膜超電導線材に比べて劣化していた。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の目的は、曲げ特性の劣化を抑制することが可能な、銅めっき薄膜が形成された薄膜超電導線材および当該薄膜超電導線材を有する超電導ケーブル導体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は、上述した銅めっき薄膜が形成された薄膜超電導線材について鋭意研究した結果、本願発明を完成した。すなわち、発明者は、薄膜超電導線材において形成された上記銅めっき薄膜に関して、特許文献1において何ら開示も示唆もされていない残留応力に着目した。そして、銅めっき薄膜の残留応力を測定すると、曲げ特性が劣化する薄膜超電導線材に関しては当該残留応力が引張応力となっていた。
【0008】
ここで、薄膜超電導線材をフォーマの外周側に巻回するときに、フォーマから見て径方向の外側に薄膜超電導線材の超電導層が位置する場合、超電導層には引張応力が加えられることになる。そして、上述のように超電導層を含む積層構造の外側に、上記のような残留応力として引張応力が加えられている銅めっき薄膜が存在すると、超電導層に対して、銅めっき薄膜の上記残留応力に起因する引張応力がさらに負荷されることになる。この結果、引張応力の負荷に起因する超電導層の特性劣化が助長されることから、薄膜超電導線材の曲げ特性が劣化する(たとえば、良好な超電導特性を維持したまま曲げることが可能な限界曲げ直径が大きくなる)ものと考えられる。
【0009】
上記のような知見に基づいて、本発明に係る薄膜超電導線材は、基板と、基板の一方の主表面上に形成された中間層と、中間層の、基板と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層とを含む積層構造を備える薄膜超電導線材である。上記薄膜超電導線材は、上記積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜をさらに備えており、銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている。
【0010】
上述した本発明に係る薄膜超電導線材は、超電導層を含む積層構造の外周のほぼ全面を、銅めっき薄膜で覆う構造を有している。このような構成の薄膜超電導線材をたとえばフォーマの表面上に巻回する際に、超電導層が外側(フォーマの表面に対向する側と反対側)を向くように巻回すれば、超電導層および超電導層と同様に外側に位置する銅めっき薄膜には、当該薄膜超電導線材の延在する長さを大きくする方向に引張応力が加わる。このとき銅めっき薄膜の内部に圧縮方向の残留応力が存在すれば、特に外側を向く銅めっき薄膜の内部においては、上記巻回に伴う引張応力と反対の方向に作用する、残留応力としての圧縮応力が巻回に伴う引張応力と打消しあうことにより、巻回による引張応力を小さくする(あるいは残留応力の値が十分大きければ、巻回に伴う引張応力を打消して銅めっき薄膜の内部の応力を圧縮応力とする)ことができる。したがって、外側を向く銅めっき薄膜が超電導層に対して大きな引張応力を加える可能性を低減する(あるいは超電導層に対して圧縮応力を加えることにより、超電導層内部での巻回に伴う引張応力の値を小さくする)ことができる。この結果、当該薄膜超電導線材を構成する超電導層の上記引張応力による機械的な変形や、組織配列の変化に起因する臨界電流Icの低下を抑制することができるため、薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【0011】
上述した薄膜超電導線材において、上記積層構造には、基板の、中間層と対向しない主表面上と、超電導層の、中間層と対向しない主表面上とに配置された銀スパッタ層をさらに含むことが好ましい。
【0012】
銀スパッタ層は、薄膜超電導線材を構成する銅めっき薄膜を形成するためのめっき処理を行なう際に、積層構造の表面に電流を導通させる導電層として作用する。特に、たとえば積層構造を構成する主表面(表面のうちもっとも大きい主要な面)のうち、超電導層の、中間層と対向する主表面と反対側の(最表面である)主表面上と、基板の、中間層と対向する主表面と反対側の(最表面である)主表面上とに銀スパッタ層を形成する。このようにすれば、上記1対の銀スパッタ層を用いて積層構造の表面に電流を流すことにより、銅めっき薄膜を形成するめっき処理をスムースに行なうことができる。
【0013】
また、特に超電導層の(最表面である)主表面上に形成する上記銀スパッタ層は、たとえば超電導層がめっき液などによって浸食されることを抑制するための保護層として作用する。したがって、銀スパッタ層を形成することで超電導層がめっき処理によりダメージを受ける可能性を低減できる。
【0014】
上述した薄膜超電導線材において、銅めっき薄膜と上記積層構造との間に、上記積層構造の外周を覆う銀被覆層をさらに備えることが好ましい。上記銀被覆層は、積層構造を形成した後、当該積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜を形成する前に形成する薄膜層であり、銅めっき処理を行なう銅めっき液から超電導層などを保護する役割を有するものである。したがって、当該銀被覆層を形成すれば、銅めっき処理に用いる銅めっき液の選択の自由度を向上することができる。
【0015】
また、当該銀被覆層が配置された薄膜超電導線材では、たとえばクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層に流れる過剰な電流の一部を分流して当該銀被覆層に流すことができる。したがって、超電導層に過剰な電流が流れることによる超電導層の破損などを抑制することができる。
【0016】
上述した薄膜超電導線材を、たとえばフォーマなどの表面上に巻回してなる超電導ケーブルは、超電導層が配置される側が外側を向くように巻回した場合、超電導層が配置される側の銅めっき薄膜に加わる引張応力が、銅めっき薄膜の内部の残留応力としての圧縮応力により小さくなる。このため、超電導層に大きな引張応力が加わる可能性を低減することができる。したがって、上述したように薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができるため、超電導ケーブルの電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の薄膜超電導線材は、積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている。このため、積層構造の超電導層が配置される側が外側を向くように薄膜超電導線材を巻回した場合に、超電導層と同様に外側を向く銅めっき薄膜に加わる引張応力が、銅めっき薄膜の残留応力である圧縮応力により小さくなる。このため、薄膜超電導線材の電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材をパンケーキ状に巻回する工程を示す斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材をパンケーキ状に巻回した状態を示す平面図である。
【図4】図3における「IV」の領域の拡大図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の第1の変形例の構成を示す概略断面図である。
【図6】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の第2の変形例の構成を示す概略断面図である。
【図7】フォーマに本発明の実施の形態に係る超電導薄膜線材を巻回させる様子を示す概略斜視図である。
【図8】本発明の実施の形態に係る超電導ケーブル導体の構成を示す概略斜視図である。
【図9】本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材の製造方法を示すフローチャートである。
【図10】図9のフローチャートの工程(S10)の詳細な工程を示すフローチャートである。
【図11】図9のフローチャートの工程(S30)の詳細な工程を示すフローチャートである。
【図12】本実施例の薄膜超電導線材の構成を示す概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態が説明される。なお、本実施の形態において、同一の機能を果たす部位には同一の参照符号が付されており、その説明は、特に必要がなければ、繰り返さない。
【0020】
図1、5、6は、本実施の形態に係る薄膜超電導線材の延在する方向に交差する方向に切断した断面における概略断面図である。このため、紙面に交差する方向が薄膜超電導線材10の長手方向であり、超電導層5の超電導電流は紙面に交差する方向に沿った方向に流れるものとする。また図1、5、6においては、図を見やすくするために断面のなす矩形状の上下方向と左右方向との長さの差を小さくしているが、実際は当該断面の上下方向の厚みは、左右方向の幅に比べて非常に小さい。
【0021】
図1に示すように、本発明の実施の形態に係る薄膜超電導線材10は、断面が矩形をなす長尺形状(テープ状)であり、ここでは長尺形状の長手方向に延在する相対的に面積の大きな表面を主表面とする。薄膜超電導線材10は、積層構造20と、当該積層構造20の外周を覆うように配置された銀被覆層7と、銀被覆層7の外周を覆うように配置された銅めっき薄膜9とを備える。積層構造20は、基板1と、基板1の一方の主表面上に形成された中間層3と、中間層3の、基板1と対向する主表面と反対側の主表面(図1における上側の主表面)上に形成された超電導層5と、銀スパッタ層6とを含む。銀スパッタ層6は、基板1の、中間層3と対向しない主表面(図1における下側の主表面)上と、超電導層5の、中間層3と対向しない主表面(図1における上側の主表面)上とに配置されている。すなわち、銀スパッタ層6は、基板1と中間層3と超電導層5とを上下の主表面側から挟むように配置されている。つまり、以上に述べた基板1、中間層3、超電導層5および銀スパッタ層6により積層構造20が形成されている。
【0022】
基板1は、たとえばハステロイ(登録商標)やニッケルベース合金からなり、断面が矩形をなす長尺形状(テープ状)とすることが好ましい。この薄膜超電導線材10が延在方向に延在する長さは、たとえば100m以上であり、延在方向に交差する長さ(幅)は、たとえば10mm程度である。薄膜超電導線材10に流れる電流密度を大きくするためには、基板1の断面積が小さい方が好ましい。ただし、基板1の断面積を小さくするために基板1の厚み(図1における上下方向)を薄くしすぎると、基板1の強度が劣化する可能性がある。したがって、基板1の厚みはたとえば0.1mm程度にすることが好ましい。
【0023】
基板1の主表面上に超電導層5を形成すると、基板1の主表面に沿った方向における結晶軸の配向性に劣る多結晶の薄膜が形成される。この場合、形成された薄膜超電導線材の臨界電流密度(Jc)を大きくすることが困難となる。そこで、基板1と超電導層5との間に中間層3が配置されている。中間層3としては、たとえばGd2Zr2O7(Gd(ガドリニウム)とZr(ジルコニウム)との酸化物)やCeO2(酸化セリウム)、YSZ(イットリア安定化ジルコニア)の材料を用いることが好ましい。中間層3としてこれらの材料を用いれば、中間層3の主表面上に形成する超電導層5の結晶軸を整えることが容易になる。
【0024】
超電導層5は、薄膜超電導線材10のうち、超電導電流が流れる薄膜層であり、超電導材料であるたとえばイットリウム系(YBa2Cu3Ox)の薄膜から構成されることが好ましい。また、超電導層5に流れる超電導電流の臨界電流Icの値を向上するためには、超電導層5の厚みは、0.1μm以上10μm以下とすることが好ましい。
【0025】
超電導層5の主表面上に配置された銀スパッタ層6は、スパッタリング法により形成された銀の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。ただし、銀スパッタ層6としては、スパッタリング以外の任意の方法により形成された銀の薄膜を用いることができる。
【0026】
超電導層5の主表面上に配置された銀スパッタ層6は、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に、銅めっき液の作用により、超電導層5が浸食などのダメージを受けることを抑制するための保護層として配置されるものである。しかし図1に示すように銀スパッタ層6は超電導層5の主表面上のみならず、基板1の下側の主表面上にも配置されており、両者の銀スパッタ層6が基板1と中間層3と超電導層5とを挟むように配置されている。このようにすれば、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に、銀スパッタ層6を介して、たとえばめっき処理を行なう設備の電極と、積層構造20とを容易に導通することができる。
【0027】
銀スパッタ層6を含む積層構造20の外周を覆うように、すなわち積層構造20の外側の最表面のほぼ全面を覆うように、銀被覆層7が配置されている。この銀被覆層7はたとえばめっきにより形成された銀の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0028】
銀被覆層7を積層構造20の最表面のほぼ全面を覆うように配置すれば、銀被覆層7を含む積層構造20に対して銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を容易に行なうことができる。すなわち、銀被覆層7の外側の表面上に銅めっき薄膜9を形成することになる。ここで当該銀被覆層7が上述した厚みを有すれば以下の効果を奏する。具体的には、めっき処理を行なう際に積層構造20を銅めっき液に浸漬するが、超電導層5の表面が銀被覆層7に覆われているため、超電導層5の表面は直接銅めっき液に接触しない。したがって銀被覆層7の存在により、めっき処理を行なう際に、超電導層5の表面や内部が、銅めっき液により浸食するなどの影響を受ける可能性を抑制することができる。したがって、積層構造20の表面が銀被覆層7で覆われていることにより、超電導層5に対する侵食の有無などを銅めっき液の選択に関して考慮する必要が無いため、めっき処理に用いる銅めっき液の選択の自由度を向上することができる。
【0029】
また、薄膜超電導線材10に銀被覆層7を配置しておけば、たとえば超電導層5にクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層5に流れる過剰な電流の一部を分流して銀被覆層7に流すことができる。したがって、超電導層5に過剰な電流が流れることによる超電導層5の破損などを抑制することができる。
【0030】
以上に述べた銀被覆層7の外周を覆うように、すなわち銀被覆層7の外側の最表面のほぼ全面を覆うように、銅めっき薄膜9が配置されている。銅めっき薄膜9は、めっき処理することにより形成された銅の薄膜であり、その厚みは0.1μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0031】
薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9は、内部に存在する残留応力が、圧縮応力となっている。具体的には、たとえば銅めっき薄膜9の延在する方向、すなわち薄膜超電導線材10の長手方向に沿った一部の領域の、薄膜超電導線材10の長手方向の長さを縮める方向に力が加わった状態となっている。
【0032】
ここで一例として図2や図3に示すように、薄膜超電導線材10をパンケーキ状(コイル状)に巻回した場合を考える。具体的には、平板14上に設置されたリール15の周りに、図2のリール15上の回転矢印の方向(Aの方向)に薄膜超電導線材10を巻回し、これをコイル100とする。このとき図3に丸点線で囲む、1本の薄膜超電導線材10の巻回の外側が、図4の拡大図に示すように、超電導層5が配置される側(図1における上側)となり、当該薄膜超電導線材10の巻回の内側が、基板1が配置される側(図1における下側)となるように巻回する。したがって図2、図3において巻回された薄膜超電導線材10では、基板1が配置される側がリール15に対向する側であり、超電導層5が配置される側がリール15と対向しない、巻回の外側を向く側となっている。
【0033】
この場合、図4に示すように、薄膜超電導線材10の巻回の外側は、巻回の内側に比べて、長手方向に延在する長さが長くなるよう引張応力が加わる。したがって、巻回の外側に配置された超電導層5の存在する側の主表面の銅めっき薄膜9には、図4に示す引張応力11が加わる。すると、引張応力11の加わった銅めっき薄膜9の近傍に配置された超電導層5にも、当該引張応力11により応力が加わる。しかし上述したように薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9には残留応力として図4に示す圧縮応力12が存在する。引張応力11と圧縮応力12とが互いに逆方向に作用し打消し合うため、引張応力11の大きさは、圧縮応力12により小さくなる(あるいは、圧縮応力12の大きさが十分大きい場合には、引張応力11は完全に打消される)。
【0034】
たとえば薄膜超電導線材10を巻回するとき、特に巻回の外側の主表面に配置された銅めっき薄膜9に作用する引張応力が増大すれば、巻回の外側に配置された超電導層5には銅めっき薄膜9の大きな引張応力に起因して局所的に応力集中などが発生する可能性がある。超電導層5に大きな応力が加われば、当該超電導層5の臨界電流Icの値が低下する。また、超電導層に応力集中などが発生した結果、超電導層5が破断すれば、当該超電導層5に超電導電流を流すことができなくなる。
【0035】
しかし本発明による薄膜超電導線材10の場合、上述した銅めっき薄膜9の内部には引張応力11と反対方向に作用する残留応力としての圧縮応力12が存在することにより、銅めっき薄膜9における巻回に起因する引張応力11が小さくなる。このため、当該引張応力11に起因する超電導層5の劣化を抑制することができ、当該超電導層5に流すことができる超電導電流(臨界電流Ic)の低下を抑制することができる。したがって、薄膜超電導線材10の電気特性や曲げ特性を向上することができる。具体的には、臨界電流Icの高い、高性能な(加工限界となる曲率の大きな)薄膜超電導線材10となる。
【0036】
図5に示す薄膜超電導線材30は、上述した図1に示す薄膜超電導線材10の変形例であり、基本的には薄膜超電導線材10と同様の態様を備えている。しかし薄膜超電導線材30には銀被覆層7が配置されていない。
【0037】
以上の点においてのみ、薄膜超電導線材30の態様は薄膜超電導線材10の態様と異なる。すなわち、他の構成要素においては、薄膜超電導線材30は薄膜超電導線材10と同様の態様となっている。より具体的には、薄膜超電導線材30における銅めっき薄膜9についても、薄膜超電導線材10における銅めっき薄膜9と同様に、内部の残留応力が圧縮応力となっている。このことにより、超電導層5の配置された側の銅めっき薄膜9に引張応力が加わったとしても、圧縮応力の作用により引張応力を小さくし、超電導層5の劣化を抑制する効果を奏する。したがって、本実施の形態に係る薄膜超電導線材は、薄膜超電導線材30の態様としてもよい。
【0038】
銀の結晶は安定した立方晶でありその融点は961℃と高い。しかし銀は、加熱により融点未満の低い温度においても容易に軟化を開始する性質を有する。たとえば薄膜超電導線材10を形成する場合、たとえば銀被覆層7を形成した後の銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう過程にて、銀被覆層7を介して導通することにより銀被覆層7は加熱される。すると銀被覆層7は加熱により軟化し、変形する可能性がある。
【0039】
薄膜超電導線材30においては、銀被覆層7を配置していないことにより、上述しためっき処理時における銀被覆層7の軟化に伴う不具合の発生を抑制することができる。なお、図5に示した薄膜超電導線材30の製造工程においては、銅めっき薄膜9を形成するためにめっき処理を行なう設備の電極と積層構造20とを容易に導通するために、銀スパッタ層6を利用することができる。
【0040】
図6に示す薄膜超電導線材50は、上述した図5に示す薄膜超電導線材30の変形例であり、基本的には薄膜超電導線材30と同様の態様を備えている。しかし薄膜超電導線材50には銀スパッタ層6が、積層構造20の主表面の方向のみならず、積層構造20の主表面に交差する方向(図6の上下方向、すなわち積層構造20の側方端面上)にも配置されている。
【0041】
以上の点においてのみ、薄膜超電導線材50の態様は薄膜超電導線材30の態様と異なる。すなわち、他の構成要素においては、薄膜超電導線材50は薄膜超電導線材30と同様の態様となっている。より具体的には、薄膜超電導線材50における銅めっき薄膜9についても、薄膜超電導線材10における銅めっき薄膜9と同様に、内部の残留応力が圧縮応力となっている。このことにより、超電導層5の配置された側の銅めっき薄膜9に引張応力が加わったとしても、圧縮応力が引張応力と打消しあうことから、超電導層5の劣化を抑制する効果を奏する。
したがって、本実施の形態に係る薄膜超電導線材は、薄膜超電導線材50の態様としてもよい。
【0042】
銀スパッタ層6を積層構造20の主表面の方向のみならず、積層構造20の主表面に交差する方向(図6の上下方向)にも配置することにより、当該銀スパッタ層6は、銀被覆層7と同様に、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う構成となる。このため、銀被覆層7と同様に、銅めっき薄膜9を形成するめっき処理を行なう際に超電導層5が銅めっき液により浸食されるなどの不具合が起こる可能性を低減する保護層としての効果を奏する。
【0043】
さらに、薄膜超電導線材50の銀スパッタ層6は、上述した銀被覆層7と同様に、たとえば超電導層5にクエンチングなどの不具合が発生した場合に、超電導層5に流れる過剰な電流の一部を分流して流す役割(安定化層としての役割)を備えることができる。したがって、超電導層5に過剰な電流が流れることによる超電導層5の破損などを抑制することができる。
【0044】
薄膜超電導線材50のように銀スパッタ層6を銀被覆層7(図1参照)と同様に積層構造20の周囲全体に形成する場合においては、たとえば薄膜超電導線材10における銀スパッタ層6に比べて、当該銀スパッタ層6の厚みを厚くすることが好ましい。具体的には、その厚みは0.5μm以上50μm以下とすることが好ましい。
【0045】
次に、以上に述べた薄膜超電導線材10、30、50を用いた超電導ケーブル導体について説明する。
【0046】
たとえば薄膜超電導線材10を用いた場合、図7に示すように、薄膜超電導線材10が円筒状のフォーマ60の外周面にスパイラル状に巻回される。このようにして複数本の薄膜超電導線材10をフォーマ60上にスパイラル状に多層積層させることにより図8に示す超電導ケーブル導体70が構成される。薄膜超電導線材10は、上述したように各薄膜超電導線材10の巻回の外側が、超電導層5が配置される側(図1における上側)となり、当該薄膜超電導線材10の巻回の内側が、基板1が配置される側(図1における下側)となるように巻回する。したがって図7、図8において巻回された薄膜超電導線材10は、基板1が配置される側がフォーマ60の外周面に対向する側であり、超電導層5が配置される側がフォーマ60と対向しない、巻回の外側を向く側となっている。このようにすれば、上述したように、薄膜超電導線材10の超電導層5が配置される側の銅めっき薄膜9の主表面に加わる引張応力11(図4参照)が、銅めっき薄膜9の内部の圧縮応力12(図4参照)により小さくなる。このため、薄膜超電導線材10の超電導層5に加わる応力が小さくなり、劣化による臨界電流Icの低下や、薄膜超電導線材10の破断などの不具合の発生を抑制し、電気特性や曲げ特性を向上することができる。
【0047】
図8に示すように、第1層10aは図中右巻き、第2層10bは図中左巻き、第3層10cは図中右巻き、第4層10dは図中左巻きというように、各層毎に交互に向きを変えて薄膜超電導線材10は巻回されている。なお、この第1層10a〜第4層10dの巻回方向はこれに限定されるものではなく、如何なる方向に巻回されていてもよい。たとえば第1層10aおよび第2層10bが図中右巻きで、第3層10cおよび第4層10dが図中左巻きであってもよく、第1層10a〜第4層10dのすべてが同じ方向に巻回されていてもよい。
【0048】
ここで、以上に述べた本実施の形態に係る薄膜超電導線材の製造方法について説明する。図9のフローチャートに示すように、まず積層構造を形成する工程(S10)を実施する。具体的には、図1、5、6に示す各薄膜超電導線材の積層構造20を形成する工程である。積層構造を形成する工程(S10)には、図10のフローチャートに示すように、さらに具体的には超電導層を準備する工程(S11)と銀スパッタ層を形成する工程(S12)とが含まれる。
【0049】
以下、超電導層を準備する工程(S11)について具体的に説明する。超電導層5を準備するために、まず基板1と中間層3とが積層された構造を準備する。基板1の一方の主表面上に中間層3を形成する方法としては、たとえばIBAD法(イオンビームアシスト蒸着法)やPLD法(パルスレーザ蒸着法)、スパッタリング法を用いることができる。これらの方法を用いれば、中間層3の主表面上に形成する超電導層5の結晶配向性を向上させることができる。また、中間層3は1層であってもよいが、複数の層を積層した構成としてもよい。
【0050】
そして中間層3の主表面上に、超電導層5を形成する。超電導層5は、たとえばイットリウム系(YBa2Cu3Ox)の超電導体からなる薄膜を、PLD法や高周波スパッタリング法、MOD法(有機金属析出法)を用いて形成することが好ましい。
【0051】
次に行なう銀スパッタ層を形成する工程(S12)において、銀スパッタ層6はスパッタリング法を用いて形成することが好ましいが、上述したように、スパッタリング以外の任意の方法により形成された銀の薄膜を用いることができる。また、図6に示した薄膜超電導線材50を形成する場合には、積層構造20の主表面上に銀スパッタ層6を形成する工程に続いて、積層構造20の側方端面上に銀スパッタ層6を形成する工程を実施する。なお、積層構造20の側方端面上に銀スパッタ層6を形成する工程では、たとえばスパッタリングのターゲット材に対して積層構造20の端面が対向するように積層構造20の主表面を当該ターゲット材表面に対して傾斜配置する、など任意の方法を用いることができる。また、上述した積層構造20の主表面と側方端面との両方に、同時に銀スパッタ層6を形成してもよい。この場合、積層構造20の主表面の一方(たとえば超電導層5の最表面)と側方端面の一方とに同時に銀スパッタ層6が形成されるように、たとえばターゲット材表面に対する積層構造20の主表面の傾斜確度を適宜調整するようにしてもよい。
【0052】
次に、薄膜超電導線材10を形成する場合は、銀被覆層を形成する工程(S20)を実施する。具体的には、図1に示す銀被覆層7を形成する工程であり、これはたとえば真空蒸着法やスパッタリング法により形成することが好ましい。なお、銀被覆層を形成する工程(S20)は、薄膜超電導線材30、50を形成する場合には省略する。
【0053】
そして銅めっき薄膜を形成する工程(S30)により銅めっき薄膜9を形成する。銅めっき薄膜を形成する工程(S30)は具体的には図11のフローチャートに示すように、銅めっき液を準備する工程(S31)と添加剤を添加する工程(S32)とめっき処理を行なう工程(S33)とを含む。
【0054】
銅めっき薄膜9を形成するために積層構造20を浸漬するために用いる銅めっき液としては、たとえば硫酸銅を硫酸溶液中に溶解した液や、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液を用いることが好ましい。なお、銅めっき薄膜9の内部の残留応力を圧縮方向の応力にするためには、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液相を用いることがより好ましい。また、積層構造20を浸漬した際に、積層構造20を構成する超電導層5の表面が浸食することを抑制するためには、硫酸銅を硫酸中に溶解しためっき液を用いることがより好ましい。
【0055】
以上のように準備した銅めっき液に対して、図11に示すように添加剤を添加する工程(S32)を実施する。これは具体的には、形成される銅めっき薄膜9の表面の平滑性や光沢性を向上させるために、銅めっき液に添加剤を添加する工程である。
【0056】
添加剤としてはたとえばポリエチレングリコールなどの有機化合物系の物質や、界面活性剤を用いることができる。ただし、当該添加剤としてチオ尿素を用いることにより、銅めっき薄膜9の表面の平滑性や光沢性を大幅に向上することができる。さらに、当該添加剤としてチオ尿素を用いれば、銅めっき薄膜9の内部の残留応力を圧縮方向の応力にすることができる。したがって、たとえば硫酸銅を硫酸中に溶解した液(たとえば硫酸銅濃度60g/l(リットル)以上150g/l以下、硫酸濃度100g/l以上220g/l以下の液)に対してチオ尿素を8ppm以上12ppm以下の濃度となるように添加することが好ましい。このようにすれば、硫酸銅を硫酸中に溶解した液を銅めっき液として用いた場合においても、銅めっき薄膜9の残留応力を圧縮応力にすることができる。
【0057】
そして、めっき処理を行なう工程(S33)において、めっき処理を行なう設備を構成する、添加剤を添加した銅めっき液中に積層構造20を浸漬する。そして積層構造20の銀スパッタ層6または銀被覆層7を、銅めっき液中のめっき処理を行なう電極(陰極)と接続する。そして電極(陰極および陽極)に対して電圧を加えて電流を流すことによる電気分解現象を利用して、陰極に接続された積層構造20の表面に対して銅めっき薄膜9を形成する。このとき陰極に流れる電流値としては1A/dm2以上10A/dm2以下、より好ましくは5A/dm2とといった値を用いることができる。
【0058】
また、めっき処理を行なう工程(S33)においては、たとえば銅めっき液として硫酸銅を硫酸中に溶解した液を用いた場合は当該液相の温度を20℃以上30℃以下とすることが好ましく、たとえば銅めっき液としてピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液を用いた場合は当該液の温度を50℃以上60℃以下とすることが好ましい。
【0059】
以上の各工程を実施することにより、内部の残留応力が圧縮応力となっている銅めっき薄膜9を有する薄膜超電導線材10、30、50を形成することができる。
【実施例1】
【0060】
銅めっき液として硫酸銅を硫酸溶媒中に溶解しためっき液を用いて銅めっき薄膜9を形成した図12に示す薄膜超電導線材90を作製し、当該薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力を調査する試験を行なった。
【0061】
ここでは、硫酸銅の五水和水(CuSO4・5H2O)を硫酸溶媒中に溶解した濃度に応じて3種類の銅めっき液A、B、Cを準備した。そして図1に示す薄膜超電導線材10の、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う銀被覆層7が、めっき処理を行なう設備の陰極と接続するように配置し、電気分解によるめっき処理を行なった。また、銅めっき液A、B、Cには、銅めっき液が積層構造20を浸食する作用を抑制するために、添加剤として添加するチオ尿素のほかに微量の塩素イオンを加えた。
【0062】
なお、銅めっき薄膜9を形成するためのめっき処理の対象材としては以下のようなものを準備した。図12に示すように、基板1としてのニッケル−タングステン合金からなる幅10mm、厚み80μmのテープ状基板の一方の主表面上に、第一中間層3a、第二中間層3b、第三中間層3cとしてそれぞれ厚み0.1μmのCeO2、厚み0.3μmのYSZ、厚み0.1μmのCeO2を、RFスパッタ法を用いて順に形成した。これら第一中間層3a、第二中間層3b、第三中間層3cを合わせて中間層3とする。さらに第三中間層3cの上にPLD法を用いて、RE123(REBa2Cu3O7−δ)からなる厚み2μmの超電導層5が形成された構造の表面をDCスパッタ法を用いて銀被覆層7を形成した。銀被覆層7の厚みは、超電導層5の主表面上に形成する銀被覆層7は8μm、基板1の主表面上の銀被覆層7は2μm、積層方向に沿って両側面に形成する銀被覆層7は3μmとした。
【0063】
これらの硫酸銅の濃度やめっき処理の際に陰極に流す電流密度、めっき処理を行なう時間を変化させて以下の表1に示す各条件において銅めっき薄膜9を形成した。この結果、厚みが20μmの銅めっき薄膜9が形成された。このようにして形成された薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9の内部の残留応力の方向および大きさを測定した結果を以下の表1に併せて記している。なお、残留応力の評価はX線応力測定装置を用いて行なった。
【0064】
【表1】
【0065】
表1より、銅めっき液Cを用いて、電流密度を10A/dm2、めっき時間を9分としてめっき処理を行なうことにより形成した薄膜超電導線材10の銅めっき薄膜9において、内部の残留応力が圧縮方向に4MPaとなる結果を得た。
【実施例2】
【0066】
銅めっき液としてピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した液相を用いて銅めっき薄膜9を形成した薄膜超電導線材90を形成し、当該薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力を調査する試験を行なった。
【0067】
ここでは、ピロ燐酸銅をアンモニア水中に溶解した銅めっき液Dを準備した。また、めっき処理の対象材としては上述した実施例1において用いた材料と同じ構成の材料を用いた。そして図12に示す薄膜超電導線材90の、積層構造20の外周のほぼ全面を覆う銀被覆層7が、めっき処理を行なう設備の陰極と接続するように配置し、電気分解によるめっき処理を行なった。また、銅めっき液Dには、ピロ燐酸銅のみならず、燐酸イオンを有する溶解度の高いカリウム塩であるピロ燐酸カリウムを溶解した。これは銅めっき液Dの液相中への燐酸イオンの溶解量を確保するためである。
【0068】
このようにして準備した銅めっき液Dを用いて、実施例1と同様に、以下の表2に示す条件において銅めっき薄膜9を形成した。このようにして形成された薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9の内部の残留応力の方向および大きさを測定した結果を以下の表2に併せて記している。
【0069】
【表2】
【0070】
表2におけるP比とは、銅めっき液Dの液相中における銅イオンに対するピロ燐酸イオンの重量比を示す値である。表2より、銅めっき液Dを用いて、電流密度を5A/dm2、めっき時間を18分としてめっき処理を行なうことにより形成した薄膜超電導線材90の銅めっき薄膜9において、内部の残留応力が圧縮方向に300MPaとなる結果を得た。
【0071】
したがって、銅めっき液としてピロ燐酸銅の溶液を使用した場合、添加剤を加えなくても、残留応力の方向が圧縮方向の応力である銅めっき薄膜9を形成することができるといえる。
【0072】
今回開示された各実施の形態および各実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した各実施の形態および各実施例ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、薄膜超電導線材の電気特性および曲げ特性を向上する技術として、特に優れている。
【符号の説明】
【0074】
1 基板、3 中間層、3a 第一中間層、3b 第二中間層、3c 第三中間層、5 超電導層、6 銀スパッタ層、7 銀被覆層、9 銅めっき薄膜、10,30,50,90 薄膜超電導線材、10a 第1層、10b 第2層、10c 第3層、10d 第4層、11 引張応力、12 圧縮応力、14 平板、15 リール、20 積層構造、60 フォーマ、70 超電導ケーブル導体、100 コイル。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板の一方の主表面上に形成された中間層と、
前記中間層の、前記基板と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層とを含む積層構造を備える薄膜超電導線材であり、
前記積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜をさらに備えており、
前記銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている、薄膜超電導線材。
【請求項2】
前記積層構造には、基板の、前記中間層と対向しない主表面上と、前記超電導層の、前記中間層と対向しない主表面上とに配置された銀スパッタ層をさらに含む、請求項1に記載の薄膜超電導線材。
【請求項3】
前記銅めっき薄膜と前記積層構造との間に、前記積層構造の外周を覆う銀被覆層をさらに備える、請求項1または2に記載の薄膜超電導線材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄膜超電導線材を有する超電導ケーブル導体。
【請求項1】
基板と、
前記基板の一方の主表面上に形成された中間層と、
前記中間層の、前記基板と対向する主表面と反対側の主表面上に形成された超電導層とを含む積層構造を備える薄膜超電導線材であり、
前記積層構造の外周を覆う銅めっき薄膜をさらに備えており、
前記銅めっき薄膜の内部の残留応力が圧縮応力になっている、薄膜超電導線材。
【請求項2】
前記積層構造には、基板の、前記中間層と対向しない主表面上と、前記超電導層の、前記中間層と対向しない主表面上とに配置された銀スパッタ層をさらに含む、請求項1に記載の薄膜超電導線材。
【請求項3】
前記銅めっき薄膜と前記積層構造との間に、前記積層構造の外周を覆う銀被覆層をさらに備える、請求項1または2に記載の薄膜超電導線材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の薄膜超電導線材を有する超電導ケーブル導体。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−212134(P2010−212134A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−57870(P2009−57870)
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月11日(2009.3.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「イットリウム系超電導電力機器技術開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(391004481)財団法人国際超電導産業技術研究センター (144)
【Fターム(参考)】
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