説明

薄膜電極およびこれを備えた検査装置

【課題】高導電率の溶液を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、被検査物を定量的に測定する精度を向上させることが可能な薄膜電極およびこれを備えた検査装置を提供する。
【解決手段】薄膜電極2は、電極インピーダンスを測定して細菌S’の状態を定量的に測定する細菌検査装置9において、試料液S中の細菌S’を電気泳動力によって捕集するための薄膜電極であって、櫛歯部13と、レジスト処理部14とを備えている。櫛歯部13は、導電部11が櫛歯状に対向して配置されている。レジスト処理部14は、櫛歯部13の周辺領域(非櫛歯部領域14’)において、表面がエポキシ性樹脂で覆われている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検査物を定量的に測定するために溶液中の被検査物を捕集する薄膜電極、および、捕集された被検査物を定量的に測定する検査装置に関する。
【背景技術】
【0002】
シート基板上に複数の導電部を配置した薄膜電極を被検査物含有の溶液を入れたセルに浸して、電極に交流電圧を印加したときの誘電泳動力によって電極上に被検査物を捕集し、捕集後または捕集中の電極のインピーダンスを測定することによって、被検査物を定量的に測定する検査装置が開示されている。
【0003】
例えば、内部に測定のための電極を備え、微生物を含む試料を保持することができる測定セルと、電極に誘電泳動を行うための電圧を印加する電源部と、試料液中の微生物数を算出する測定部と、電源部と測定部とを制御する制御部とを備えている微生物数測定装置が開示されている(特許文献1)。そして、微生物数測定装置は、電極に電圧が印加されたときの誘電泳動力によって試料液中の微生物を電極上に捕集し、微生物を捕集中または捕集した後の電極間のインピーダンスを測定することによって試料液中の微生物数を定量的に測定する。
【特許文献1】特開2000−125846号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の検査装置では、以下に示すような問題点を有している。
すなわち、高導電性の溶液においては、電極インピーダンスが変化する現象(ドリフト)が発生する。そして、このドリフトが、被検査物(細菌)によるインピーダンス変化量よりも大きい場合、被検査物を定量的に測定する精度が低下する。
【0005】
本発明は、上記従来の課題を解決するもので、高導電性の溶液を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、被検査物を定量的に測定する精度を向上させることが可能な薄膜電極およびこれを備えた検査装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1の発明に係る薄膜電極は、電極インピーダンスを測定して被検査物の状態を定量的に測定する検査装置において、溶液中の被検査物を電気泳動力によって捕集するための薄膜電極であって、櫛歯部と、被膜処理部とを備えている。櫛歯部は、導電部が櫛歯状に対向して配置されている。被膜処理部は、櫛歯部の周辺領域において、表面が絶縁性の被膜で覆われている。
【0007】
ここでは、導電部が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部を除く周辺領域の表面を絶縁性の被膜で覆っている。
従来より、電気泳動力によって被検査物を捕集するための電極を用い、その電極が、被検査物を捕集中、あるいは、捕集後の電極インピーダンスを測定することによって、被検査物を定量的に測定することが行われている。しかし、被検査物を含む溶液が、高導電性を有する場合には、電極インピーダンスが変化する現象(ドリフト)が発生する。そして、被検査物に起因する電極インピーダンスの変化から被検査物を定量的に測定する方法において、このドリフトによる電極インピーダンスの変化は、被検査物を定量的に測定する精度を低下させてしまう原因となる。
【0008】
そこで、本発明の薄膜電極においては、導電部が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部を除いた周辺領域の表面を絶縁性の被膜で覆っている。すなわち、本発明の薄膜電極は、櫛歯部周辺の表面を被膜で覆う被膜処理部と、表面を絶縁性の被膜で覆わない櫛歯部とを備えている。
【0009】
これにより、ドリフトによる電極インピーダンスの変化を検知する櫛歯部以外の表面と高導電性の溶液との接触面積を小さくして、薄膜電極に流れる電流を減少させることができる。すなわち、薄膜電極における電気的特性変化において、被検査物を捕集する櫛歯部の電気的特性変化が占める割合を増加させて、高導電性の溶液の影響が極力小さくなるようにしている。
この結果、高導電性の溶液を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、被検査物を定量的に測定する精度を向上させることが可能となる。
【0010】
第2の発明に係る薄膜電極は、第1の発明に係る薄膜電極であって、被膜は、エポキシ性樹脂である。
【0011】
ここでは、櫛歯部を除いた周辺領域の表面をエポキシ性樹脂で覆っている。
これにより、耐熱性に優れた電極を形成することができるので、例えば、試料液を保持するケース部と一体成形をする場合においても、表面が溶解するような不具合を回避することができる。
【0012】
第3の発明に係る薄膜電極は、第1または第2の発明に係る薄膜電極であって、導電部に電圧を印加するための電源部に接続され、表面が露出している端子部をさらに備えている。
【0013】
ここでは、端子部の表面が、被膜で覆われておらず露出した状態となっている。
これにより、電源部からの電圧を降下させることなく、導電部に印加することが可能となる。
【0014】
第4の発明に係る検査装置は、電極インピーダンスを測定して溶液中の被検査物の状態を定量的に測定する検査装置であって、薄膜電極と、ケース部と、電源部と、測定部とを備えている。薄膜電極は、第1から第3の発明のいずれか1つに係る薄膜電極である。ケース部は、薄膜電極が配置され、被検査物を含有する溶液を保持する。電源部は、薄膜電極に電圧を印加する。測定部は、被検査物のインピーダンスを測定する。
【0015】
ここでは、電極インピーダンスを測定して被検査物の状態を定量的に測定する検査装置が、櫛歯部を除いた表面が被膜で覆われている薄膜電極を備えている。
これにより、薄膜電極における電気的特性変化において、被検査物を捕集する櫛歯部の電気的特性変化が占める割合を増加させて、高導電性の溶液の影響が極力小さくなるようにしている。
【0016】
この結果、高導電性の溶液を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、被検査物を定量的に測定する精度を向上させることが可能な検査装置を提供することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る薄膜電極およびこれを備えた検査装置によれば、高導電性の溶液を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、被検査物を定量的に測定する精度を向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の一実施形態に係る細菌検査装置(検査装置)9について、図1〜図8を用いて説明すれば以下の通りである。
[細菌検査装置9の構成]
細菌検査装置9は、図1に示すように、測定セル(ケース部)1、薄膜電極2、回転子3、スターラー4、電源部5、測定部6、制御部7および表示部8を主に備えている。
【0019】
測定セル1は、円筒状のガラス製容器であり、試料液(溶液)Sを導入/排出するための開口部が設けられている。また、後述する試料液Sを攪拌するための回転子3を測定セル1に隣接して配置されるスターラー4の磁気力を介して回転させるために、測定セル1は、磁力を遮ることがないガラスを使用している。なお、測定セル1の材質は、ガラス以外にもプラスチックなどを用いることもできる。
【0020】
薄膜電極2は、図3に示すように、電極基板10および導電部11を有している。薄膜電極2は、導電体をスパッタリングや蒸着やメッキ等の方法によって電極基板10上に被覆して形成されている。そして、薄膜電極2は、電圧が印加されると、ギャップ12付近の電界が最も強くなる。このため、細菌(被検査物)S’は、電界が最も集中するこのギャップ12付近に向かって泳動する。なお、薄膜電極2については、後段にて詳述する。
【0021】
回転子3およびスターラー4は、試料液Sを攪拌して試料液Sと電極との相対位置を変化させる。なお、回転子3およびスターラー4は、試料液Sを電極上で流動させて相対位置を変化させる流動促進手段であれば、必ずしも本実施形態の回転子3とスターラー4である必要はない。例えば、ポンプ等を用いて測定セル1内に水流を生成したり、電極が可動機構上に取り付けられ電極自身が回転したり、振動したり、平行移動したりしてもよい。回転子3は、様々な形態のものが選択可能であるが、本実施形態では、円筒形のものを使用している。
【0022】
電源部5は、誘電泳動を起こすための交流電圧を薄膜電極2に供給する。ここでいう交流とは、正弦波のほか、ほぼ一定の周期で流れの向きを変える電圧をいい、この双方向の電流の平均値が等しいものをいう。本実施形態においては、誘電泳動のための交流電圧として周波数100kHz、ピーク間電圧(以下、ppと表す)5Vを印加している。もちろん、誘電泳動のための交流電圧の周波数と電圧値とは前述した値に限られるものではなく、広い範囲から選択することができる。
【0023】
制御部7は、図示しない、マイクロプロセッサ、予め設定されたプログラムを保存するためのメモリ、タイマー、そして、使用者が測定を指示するための測定開始ボタン等の操作ボタンから構成されている。そして、制御部7は、予め設定されたプログラムにしたがって電源部5を制御して薄膜電極2に誘電泳動のための電圧を印加する。また、制御部7は、測定部6と信号の送受信を行い、適宜制御を行うことで測定動作全般の流れを管理する。さらに、制御部7は、測定結果や動作状況等を表示部8に表示する。
【0024】
測定部6は、図示しない、マイクロプロセッサ、測定データや演算結果を一時的に保存するためのメモリ、そして、電極に印加された電圧、電極間に流れている電流、そして、電圧と電流との位相の差(以後、位相角とする)を測定するための回路などから構成され、電極のインピーダンス解析を行うための演算を行う。そして、電極のインピーダンス解析結果から試料液S中の細菌数を算出することができる。なお、前述の算出については、既知の算出方法を使用している。また、測定部6のマイクロプロセッサやメモリは、制御部7のマイクロプロセッサやメモリと共用することができる。
【0025】
表示部8は、LCD等のディスプレイやプリンター、スピーカー等で、溶液中の細菌数を出力する。なお、本実施形態では、口腔内の衛生状態を試料液S中の細菌数を表示する。なお、表示方法としては、例えば、バーグラフ等を用いて半定量的な表現で表示したり、さらに抽象的に○×表示を行ったり、視覚的な表示に加えて(または代えて)音声やそのほかの伝達手段を用いることも自由であり、これら多くの表示方法の中から目的に応じて最適なものを選択すればよい。
【0026】
[薄膜電極2の詳細説明]
薄膜電極2は、図2に示すように、測定セル1の背面に配置され、一方の表面が測定セル1に充填される試料液Sに接し、他方の表面が測定セル1に接して取り付けられている。そして、薄膜電極2は、図3に示すように、櫛歯部13とレジスト処理部(被膜処理部)14と端子部15とを備えている。
【0027】
櫛歯部13は、図4に示すように、対向する二つの導電部11が微少なギャップ12を介して入れ子状に配置されている。また、櫛歯部13は、後述するレジスト(被膜)処理が施されていないことを特徴とする。
【0028】
本実施形態においてギャップ12の間隔は、5μmに設定されている。なお、ギャップ12の間隔は、測定対象となる試料液S中の細菌S’の種類や濃度に応じて、0.2〜300μmの範囲で適宜調節することが望ましい。
【0029】
レジスト処理部14は、図3に示すように、電極基板10における櫛歯部13周辺の領域(以後、非櫛歯部領域14’と示す)であって、試料液Sに接する側の表面がレジスト処理されている。本実施形態においては、耐熱性に優れたエポキシ性樹脂によってレジスト処理が施され、10μmの厚さの被膜が形成されている。
【0030】
端子部15は、電極基板10上に形成された導電部11に電圧を供給するための電源部5との接続部分であって、測定セル1の外部に突出するように配置されている。そして、端子部15は、櫛歯部13と同様に、レジスト処理が施されていないことを特徴とする。
【0031】
本実施形態の薄膜電極2は、以上に説明したように、櫛歯部13と端子部15とを除いた非櫛歯部領域14’がエポキシ性樹脂によって覆われている。
薄膜電極2は、電圧が印加されると、ギャップ12付近の電界が最も強くなり、細菌S’は、電界が最も集中するこのギャップ12付近に向かって泳動する。
【0032】
[細菌検査装置9で利用する誘電泳動についての説明]
続いて、本実施形態に係る細菌検査装置9で利用する誘電泳動について簡単に説明を行う。詳細な説明については、文献J.theor.Biol(1972)vo1.37,1−13等を参照することとする。
【0033】
薄膜電極2に高周波の交流電圧を印加すると、これによって発生する交流電界の作用により、測定セル1内の細菌S’は、最も電場が強くかつ不均一な部分に泳動される。上述したように、本実施形態においては、薄膜電極2のギャップ12が最も電界が強く、かつ、不均一な部分に該当する。このとき、細菌S’の誘電体微粒子としての双極子モーメントをμとすると、誘電泳動力Fは、電場Eとの間に式1の関係が存在する。
【0034】
【数1】

【0035】
さらに、細菌S’の細胞質の比誘電率をε2、細菌S’を含んでいる液体の比誘電率をε1、細菌S’を球体と見なしたときの半径をa、円周率をπとすると、誘電泳動力Fは、式2のように書き換えることができる。
【0036】
【数2】

【0037】
式2は、誘電泳動による力が電位勾配、媒質と誘電体微粒子としての細菌S’の比誘電率の差などの影響を受けることを示している。
【0038】
さて、図4に示すギャップ12は、櫛歯状の導電部11が対向している部分である。ギャップ12付近に浮遊する細菌S’は、ギャップ12間に生じるこのような電界作用によってギャップ12に引き寄せられ、電気力線に沿って整列する。このとき、ギャップ12付近の細菌S’の整列状態は、試料液S体中に存在する細菌数とギャップ12との間隔に依存する。しかし、十分に細菌数が多いときには、ギャップ12において細菌S’が鎖状に繋がって架橋されるほどになる。そして、当初からギャップ12付近に浮遊していた細菌S’は、直ちにギャップ12部分へ移動し、ギャップ12から離れたところに浮遊していた細菌S’は、距離に応じた所定時間経過後にギャップ12部に到達する。このため、所定の時間後にギャップ12付近の所定領域に集まっている細菌S’の数は、測定セル1内の細菌数に比例する。そして、細菌検査装置9では、この比例関係を基に、試料中の細菌数を算出する。
【0039】
[細菌検査装置9における細菌数の測定方法]
制御部7は、まず、薄膜電極2に周波数100kHz、5Vppの交流電圧を印加する。これとともに、測定部6は、電流および位相角の測定を開始する。本実施形態においては、測定データは、3秒おきに採取され、その度に演算された結果が測定部6内の図示しないメモリに蓄積される。以下、データが採取され演算されてからメモリに蓄積されるまでの過程を説明する。
【0040】
測定部6は、印加された電圧、電流、位相角の3つのデータを収集する。測定部6は、これらの測定結果から、薄膜電極2に想定される等価回路(後述する抵抗および静電容量から構成されるCRの並列回路)のインピーダンスを計算し、最終的に薄膜電極2の静電容量Cを算出する。
【0041】
静電容量Cを求めるためには、まず、薄膜電極2のインピーダンスを求め、このインピーダンスに対して後述する位相角を加味した演算を行う。インピーダンスは、印加電圧と電流の除算で求めることができる。静電容量Cの算出は、インピーダンスを測定するための電圧と電流との位相差を角周波数の角度差で表現した値(以下、位相角という)を使って複素平面上に極座標表現し、これを解析することで算出することができる。以下、インピーダンスをZ、静電容量をC、リアクタンスをx、レジスタンスをrとして、図5(a)、図5(b)、図6および式3〜7を用いて詳細に説明する。
【0042】
【数3】

【0043】
【数4】

【0044】
【数5】

【0045】
【数6】

【0046】
【数7】

【0047】
式3は、CR並列等価回路の合成インピーダンスを表し、式4は、CR並列等価回路のレジスタンスを表し、式5は、CR並列等価回路のリアクタンスを表し、式6は、CR並列等価回路の抵抗値を表し、式7は、CR並列等価回路の静電容量値を表している。
【0048】
図5(a)は、薄膜電極2の電気的状態を等価回路で示したものである。等価回路は、薄膜電極2における一方の極50、薄膜電極における他方の極51、等価回路における等価的な静電容量成分を表す静電容量C52、等価回路における抵抗成分を表す抵抗R53によって示すことができる。また、図5(b)は、横軸を時間軸54、縦軸を波形の振幅を表す軸55として、印加される電圧波形56、回路を流れる電流の波形57を表している。
【0049】
測定開始直後のギャップ12の間には、細菌S’を含んだ試料液Sが存在している。細菌S’が、誘電泳動によって電極間のギャップ12に移動する前には、試料液Sを電極間誘電体として構成される静電容量C52と試料液Sによる抵抗R53とが並列に電極50と51との間を結んでいると考えられる。そして、誘電泳動によって細菌S’が移動した後は、後述するように細菌S’が誘電体微粒子としてふるまうために、静電容量C52と抵抗R53との絶対値は変化するが、等価回路の接続形態は変わらない。以下、この等価回路をCR並列回路と呼ぶ。
【0050】
このようなCR並列回路に交流電圧を印加すると、回路に流れる電流57と印加した電圧56との間に、図5(b)に示すような位相の差が現れることが一般に知られている。そして、電圧の周波数を角周波数ωで表したときの角度差θを用いて、複素平面上に極座標表示すると、電圧、電流、位相角の間には、図6に示す関係がある。
【0051】
インピーダンスZは、測定される印加電圧と電流の除算で得られ、図6に示されたベクトルの絶対値に相当する。この時、インピーダンスZは、Z=r+jx(jは虚数単位)で表現することができ、レジスタンスrは、r=Zsinθとして図5(a)に示されたCR並列回路の合成インピーダンスの電気抵抗成分、リアクタンスxは、x=Zcosθとして同回路の静電容量成分の逆数に関連付けられる。
【0052】
一方、図5(a)のCR等価回路の合成インピーダンスは、式3で表現され、式3をZ=r+jxの関係からレジスタンスrとリアクタンスxとに分解すると、式4と式5とが得られる。さらに、式4と式5とを連立させて変形すると、式6と式7とを得ることができる。
【0053】
式6および式7に測定のための電圧値、その時の電流値、電圧と電流の位相角の測定値から演算したr、x、ωを代入することにより等価回路における抵抗R53と静電容量C52とを知ることができる。
【0054】
このような演算を行って得られた静電容量C52の値は、測定を行った時間または測定を行った順番を表す値と共にメモリに記録される。その後、予めプログラミングされた所定の回数のデータ数を採取し、測定部6は、蓄積された静電容量C52のデータ解析を行う。静電容量C52のデータ解析は、時間経過に伴う静電容量C52の変化の傾きの値を求める。
【0055】
そして、この静電容量C52の時間変化の傾きから細菌数を算出する。なお、この静電容量C52から細菌数を算出する具体的な一例は、特許文献1(特開2000−125846号公報)を参照することとする。
【0056】
以上に示したように、試料液S中の細菌数は、電極間のインピーダンスを測定し、その結果から静電容量C52を導いて、定量的に算出している。
【0057】
[高導電性の試料液Sに含まれる細菌数を検査する場合の問題点とその解決方法]
ところが、高導電性の試料液Sに含まれる細菌数を検査する場合には、以下の問題が発生する。すなわち、高導電性の試料液Sにおいては、インピーダンスが変化する現象(ドリフト)が発生する。そして、このドリフトが、細菌S’によるインピーダンス変化量よりも大きい場合、細菌S’を定量的に測定する精度が低下してしまう。
【0058】
ここで、具体的な等価回路を用いて説明する。高導電性の試料液Sが存在する場合における電極の電気的状態は、図7に示すような等価回路とみなすことができる。すなわち、薄膜電極2における一方の極50、薄膜電極2における他方の極51、等価回路における等価的な静電容量成分を表す静電容量C52、等価回路における抵抗成分を表す抵抗R53,58から構成されているとみなすことができる。そして、抵抗R53は、櫛歯部13に形成されているとみなす抵抗、抵抗R58は、導電部11の引き回し部分と端子部15とに形成されているとみなす抵抗を表している。すなわち、高導電性の試料液Sによってインピーダンスが変化する部分である抵抗R58を含むこととなる。
【0059】
そこで、本実施形態の細菌検査装置9に含まれる薄膜電極2においては、導電部11が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部13を除いて、薄膜電極2の表面をエポキシ性樹脂で覆っている。すなわち、薄膜電極2は、表面をエポキシ性樹脂で覆うレジスト処理部14と、表面をエポキシ性樹脂で覆わない櫛歯部13とを備えている。
【0060】
これにより、高導電性の試料液Sと櫛歯部13以外の領域、すなわち、非櫛歯部領域14’との接触面積を小さくして、薄膜電極2に流れる電流を減少させている。一方、細菌S’を捕集する櫛歯部13においては、従来通りのインピーダンス変化を取得できるようにしている。言い換えれば、インピーダンスの変化を取得するにあたって、細菌S’を捕集する櫛歯部13のインピーダンスの変化が占める割合を増加させて、非櫛歯部領域14’において高導電性の試料液Sによる悪影響が極力小さくなるようにしている。この結果、高導電性の試料液Sに細菌S’が含有されている場合であっても、ドリフトの影響を回避し、細菌S’を定量的に測定する精度を向上させることが可能となる。
【0061】
[実施例]
本実施形態の細菌検査装置9が、高導電性の試料液Sに含有されている細菌S’を測定する場合であっても、定量的に測定する精度が確保されていることを確認するため、以下の実験を行った。
【0062】
具体的には、細菌S’を含有しない3種類の電気伝導率を有する試料液S1〜S3(S1:2.7μS/cm、S2:100μS/cm、S3:250μS/cm)をそれぞれ上記細菌検査装置9の測定セル1内に充填し、上記実施形態に示したようなレジスト処理を施した薄膜電極2を使用した場合と、レジスト処理を施していない薄膜電極(従来技術)を使用した場合とにおいて、上記算出方法に基づいてそれぞれの静電容量C52を算出した。なお、本実施例の実験においては、20秒間の変化をメモリに記録した値を元に単位時間当たりの静電容量C52の変化量をグラフ化した。
【0063】
この結果、図8に示すように、比較的電気伝導率の低い試料液S1およびS2については、表面にレジスト処理を施したものと施していないものとの間では、算出された静電容量C52にほとんど差が発生しなかった。
【0064】
一方、比較的電気伝導率の高い試料液S3では、表面にレジスト処理を施したものと施していないものとの間では、算出された静電容量C52に大きな差が発生した。これは、課題事項である、比較的電気伝導率の高い試料液S3においてインピーダンスが変化する現象、すなわち、ドリフトが発生し、このドリフトが静電容量C52の算出に大きな影響を与えているからだと考えられる。
【0065】
以上の実験結果より、櫛歯部13を除いて、薄膜電極2の表面がエポキシ性樹脂で覆われているような薄膜電極2を備えた細菌検査装置9を利用して高導電性の試料液Sに含有される細菌S’を測定すると、ドリフトによるインピーダンスの変化を排除することができ、高い精度で静電容量C52を算出できることが確認できた。これにより、細菌S’を定量的に測定する精度を向上させることが可能となる。
【0066】
[細菌検査装置の特徴]
(1)
本実施形態の細菌検査装置9では、図3に示すように、薄膜電極2が、導電部11が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部13を除いて、薄膜電極2の表面が絶縁性のエポキシ性樹脂で覆われている。すなわち、薄膜電極2は、表面をエポキシ性樹脂で覆うレジスト処理部14と、表面をエポキシ性樹脂で覆わない櫛歯部13とを備えている。
【0067】
これにより、高導電性の試料液Sと櫛歯部13以外(非櫛歯部領域14’)の表面との接触面積を小さくして、薄膜電極2に流れる電流を減少させている。すなわち、薄膜電極2における電気的特性変化において、細菌S’を捕集する櫛歯部13の電気的特性変化が占める割合を増加させて、高導電性の試料液Sの影響が極力小さくなるようにしている。この結果、高導電性の試料液Sに含有される細菌S’を検査する場合であってもドリフトの影響を回避し、細菌S’を定量的に測定する精度を向上させることが可能となる。
【0068】
なお、本実施形態は、検査装置における測定精度向上のために櫛歯部13以外をレジスト処理し、櫛歯部13をレジスト処理しない点に特徴があり、表面保護等の目的で薄膜電極全体あるいは櫛歯部をレジスト処理する従来の技術とは目的を異にする。
【0069】
(2)
本実施形態の細菌検査装置9では、レジスト処理部14の表面を覆うレジストとしてエポキシ性樹脂を採用している。
これにより、表面が耐熱性に優れた薄膜電極2を形成することができる。
【0070】
(3)
本実施形態の細菌検査装置9では、端子部15の表面が、エポキシ性樹脂で覆われておらず露出した状態となっている。
これにより、電源部5からの電圧を降下させることなく、導電部11に印加することが可能としている。
【0071】
(4)
本実施形態では、導電部11が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部13を除いてエポキシ性樹脂で覆われている薄膜電極2が、細菌検査装置9に備えられている。
これにより、高導電性の試料液に含有される細菌S’を精度良く測定することを可能としている。
【0072】
[他の実施形態]
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0073】
(A)
上記実施形態の細菌検査装置9では、薄膜電極2が、細菌S’を含む試料液Sに接する一方の面における非櫛歯部領域14’のみがエポキシ性樹脂で覆われている例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0074】
例えば、本実施形態では被膜されなかった裏面側が、レジストによって被膜されていてもよい。これにより、裏面側が試料液と接するようなことがあっても、高導電性の試料液によるドリフトの影響を回避し、細菌S’を定量的に測定する精度を向上させることができる。
【0075】
(B)
上記実施形態の細菌検査装置9では、レジスト処理部14におけるエポキシ性樹脂の被膜厚さを10μmとする例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
レジスト処理部における被膜厚さは、高導電性の試料液による影響を遮断できる厚さであれば、10μm以下であってもよいし、10μm以上であってもよい。
【0076】
(C)
上記実施形態の細菌検査装置9では、非櫛歯部領域14’が、エポキシ性樹脂で覆われている例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0077】
例えば、熱硬化性樹脂であるフェノール性樹脂等であってもよいし、また、耐熱性を有さない樹脂等でレジスト処理を行っても、高導電性の試料液によるドリフトの影響を回避し、細菌S’を定量的に測定する精度を向上させることができる。
【0078】
(D)
上記実施形態は、細菌S’を定量的に捕集するための薄膜電極2が細菌検査装置9に備えられている例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0079】
例えば、電気泳動のメカニズムによって薄膜電極に捕集できる微生物や、DNA・タンパク質等の高分子等を検査する各種検査装置においても、本発明の薄膜電極を適用することが可能である。この場合も、上記の実施形態に係る細菌検査装置9と同様の効果を得ることができる。
【0080】
(E)
上記実施形態の細菌検査装置9では、薄膜電極2が、測定セル1の背面側に配置されている例を挙げて説明した。しかし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0081】
例えば、薄膜電極は、測定セルの中央部に配置されていてもよい。この場合、薄膜電極の背面側も試料液と接するようになるので、裏面側も上記と同様に、櫛歯部以外をレジストで覆うことでその効果を高めることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、高導電性の溶液に含有される被検査物であっても、精度良く定量的に検査することが可能になるため、電気泳動によるメカニズムによって電極に捕集できる物質を検査する各種検査装置へ広く適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の一実施形態に係る細菌検査装置の概略図。
【図2】図1の細菌検査装置に含まれる薄膜電極周辺の拡大断面図。
【図3】図1の細菌検査装置に含まれる薄膜電極の平面図。
【図4】図3の薄膜電極に含まれる櫛歯部周辺の平面図。
【図5】(a)図3の薄膜電極における電気的状態を等価回路で示した説明図。(b)は、電流と電圧との位相差を表した説明図。
【図6】インピーダンスのベクトル分解を説明する説明図。
【図7】高導電性の試料液が存在する場合の、図3の薄膜電極における電気的状態を等価回路で示した説明図。
【図8】レジスト処理を施した薄膜電極およびレジスト処理を施していない薄膜電極をそれぞれ使用して、異なる電気伝導率の試料液の静電容量を算出した結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0084】
1 測定セル(ケース部)
2 薄膜電極
3 回転子
4 スターラー
5 電源部
6 測定部
7 制御部
8 表示部
9 細菌検査装置(検査装置)
10 電極基板
11 導電部
12 ギャップ
13 櫛歯部
14 レジスト処理部(被膜処理部)
14’ 非櫛歯部領域
15 端子部
50 極
51 極
52 静電容量
53 抵抗
54 時間軸
55 振幅軸
56 電圧
57 電流
58 抵抗
S 試料液(溶液)
S’ 細菌(被検査物)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極インピーダンスを測定して被検査物の状態を定量的に測定する検査装置において、溶液中の前記被検査物を電気泳動力によって捕集するための薄膜電極であって、
導電部が櫛歯状に対向して配置されている櫛歯部と、
前記櫛歯部の周辺領域において、表面が絶縁性の被膜で覆われている被膜処理部と、
を備えている、薄膜電極。
【請求項2】
前記被膜は、エポキシ性樹脂である、
請求項1に記載の薄膜電極。
【請求項3】
前記導電部に電圧を印加するための電源部に接続され、前記表面が露出している端子部をさらに備えている、
請求項1または2に記載の薄膜電極。
【請求項4】
電極インピーダンスを測定して溶液中の被検査物の状態を定量的に測定する検査装置であって、
請求項1から3のいずれか1項に記載の薄膜電極と、
前記薄膜電極が配置され、前記被検査物を含有する溶液を保持するケース部と、
前記薄膜電極に電圧を印加する電源部と、
前記被検査物の前記インピーダンスを測定する測定部と、
を備えている、検査装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−106813(P2011−106813A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−62702(P2008−62702)
【出願日】平成20年3月12日(2008.3.12)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】