説明

薄鋼板のTIG溶接方法

【課題】スパッタの発生がなく、また高速溶接においてもハンピング現象を抑制しつつ、溶着量の増加を図るべくフィラーワイヤを安定かつ容易に供給することができる薄鋼板のTIG溶接方法を提供する。
【解決手段】薄鋼板を被溶接材10として、少なくとも2本の電極1を用いる多電極TIG溶接を行なうにあたり、各電極と被溶接材との間に発生するアーク2のうち少なくとも2つのアークが電磁力の作用によりお互いに引き合って一体のアークを形成するよう電極を配置するとともに、その一体化したアークにより形成された溶融プール3の後方から、フィラーワイヤ4を、該ワイヤの前記溶融プールへの接触直前の温度が1200℃以上となるように、通電加熱しながら添加する。フィラーワイヤの通電加熱用電流の向きを、TIGアーク発生用電流と同じ向きとするのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄鋼板のTIG溶接方法に関し、とくに、スパッタの発生がなく、また高速溶接においてもハンピング現象を抑制しつつ、溶着量の増加を図るべくフィラーワイヤを安定かつ容易に供給することができる、薄鋼板のTIG溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、薄鋼板の溶接、特に自動車用足回り部品などの組立溶接においては、炭酸ガスアーク溶接が用いられていた。これは、炭酸ガスアーク溶接が、シールドガスに安価な炭酸ガスを用い、溶接速度も1〜1.5m/minと比較的速いことから、低コストかつ高生産性の溶接方法であるためである。
しかしながら、消耗電極タイプの炭酸ガスアーク溶接では、炭酸ガスによりアーク力が過度に強くなるため、スパッタの発生が極めて多いという欠点がある。スパッタが被溶接材に付着すると、部品の動作不良や塗装不良などの問題が生じるため、溶接後にスパッタを除去する工程が必要な場合もある。そこで、スパッタの発生がない非消耗電極タイプの溶接を適用する動きが出てきた。
【0003】
特許文献1には、プラズマ溶接による薄鋼板の突合わせ溶接方法が開示されている。プラズマ溶接は、非消耗電極アークを用いるためスパッタの発生はほとんどなく、またエネルギー密度も高いため高速の溶接が可能である。
【特許文献1】特開2003−94170号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、プラズマ溶接では、深い溶込みが得られるもののビード幅が狭いため、溶接位置の狙い精度を厳密にしなければならない。またアーク圧力も非常に高いため、溶融プールの形状を安定に保ちにくく、特に高速で溶接した場合には、溶融プールが振動して周期的にビードに激しい凹凸ができるハンピング現象が生じやすい。さらには、薄鋼板では溶け落ちが生じやすいなどの問題もある。
【0005】
一方、同じ非消耗電極タイプの溶接方法としてTIG溶接があるが、その溶接速度は極めて遅く、0.5m/min以下程度である。TIG溶接も高速で溶接すると、ビードに激しい凹凸ができるハンピング現象が生じる。また、TIG溶接は炭酸ガスアーク溶接などに比べると溶着金属の量が少なく、約1/6程度である。
高速溶接時におけるハンピング現象を抑制する方法としては、溶接線上に複数の電極を配置して用いる多電極溶接方法がある。この方法は、先行アークで形成したハンピングビードを後行アークで再溶融させて平滑化を図るものである。このため、溶融プールの幅は1電極の場合とほとんど変わらないため、高速溶接時のビード幅が小さく、フィラーワイヤの添加が容易でないなど課題が残る。また別の方法として、高周波パルスにより溶接電流を波形制御した溶接方法があるが、場合によっては複雑な波形制御に設定する必要があり実用的ではない。
【0006】
一方、TIG溶接の溶着量を増加する方法としては、ジュール発熱によりフィラーワイヤを加熱しながら供給するホットワイヤTIG溶接法がある。この方法では、溶融プールにホットワイヤを連続的に供給する必要があり、溶接速度が速くなり溶融プールが小さくなるとワイヤ供給が不安定になってくる。このため、ホットワイヤTIG溶接の高速化には自ずと限界がある。
【0007】
したがって、TIG溶接の高速化を図るには、ハンピング現象を抑制することと、溶着金属量を増加させるために安定にフィラーワイヤを供給することが必要となる。
そこで、本発明は、スパッタの発生がなく、また高速溶接においてもハンピング現象を抑制しつつ、溶着量の増加を図るべくフィラーワイヤを安定かつ容易に供給することができる薄鋼板のTIG溶接方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は上記の課題を解決するものであり、その発明の要旨とするところは、以下のとおりである。
〔請求項1〕 薄鋼板を被溶接材として、少なくとも2本の電極を用いる多電極TIG溶接を行なうにあたり、各電極と被溶接材との間に発生するアークのうち少なくとも2つのアークが電磁力の作用によりお互いに引き合って一体のアークを形成するよう電極を配置するとともに、その一体化したアークにより形成された溶融プールの後方から、フィラーワイヤを、該ワイヤの前記溶融プールへの接触直前の温度が1200℃以上となるように、通電加熱しながら添加することを特徴とする薄鋼板のTIG溶接方法。
【0009】
〔請求項2〕 前記フィラーワイヤの通電加熱用電流の向きを、TIGアーク発生用電流と同じ向きとしたことを特徴とする請求項1に記載の薄鋼板のTIG溶接方法。
〔請求項3〕 前記一体のアークを形成する少なくとも2本の電極を、狙いとする溶接線上の中心に対して左右に分けて配置することを特徴とする請求項1または2に記載の薄鋼板のTIG溶接方法。
【0010】
〔請求項4〕 前記被溶接材を多電極TIG溶接して形成する継手が、重ね隅肉継手または突合わせ継手であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の薄鋼板のTIG溶接方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多電極TIG溶接の各電極と被溶接材との間に発生する少なくとも2つのアークが一体となるように電極を配置することで、幅の広い溶融プールが形成され、その後方から溶融プールへの供給先端を1200℃以上に通電加熱したフィラーワイヤの添加も安定かつ容易としたので、ノンスパッタでハンピング現象が発生しにくい薄鋼板の高速TIG溶接を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に本発明について詳細に説明する。
発明者は、多電極TIG溶接における電極の配置関係とアークの形成状態、さらには溶接時のハンピング現象におよぼす影響について鋭意検討を行った。その結果、近接する電極の距離が短く、それぞれの電極と被溶接材との間に発生するアークが電磁力の作用によりお互いに引き合い一体のアークが形成されると、アークの広がる空間が拡大されてプラズマ気流が弱められ、アークによる溶融プールの押し下げ力が小さくなり、高速でのハンピング現象が抑制される効果があることを見出した。
【0013】
さらに、一体化したアークによって形成される溶融プールは幅が広いため、フィラーワイヤの添加、特にホットワイヤ方式の供給には有利であると考えられる。実際にホットワイヤ添加を試みたところ、ワイヤを加熱する際に通電する電流の向きがワイヤの供給性に大きく影響することが分かった。すなわち、ワイヤ電流とTIGアークの電流が反対の向きの場合には、電磁力の作用によりワイヤと離れる方向へアークが大きく偏向して安定せず、作業性が著しく低下する。これに対して、ワイヤ電流とTIGアークの電流が同じ向きである場合には、アークが安定してホットワイヤは連続してスムーズに供給することができた。
【0014】
ホットワイヤ溶接法は、例えば図1に示すように、ワイヤ加熱用電源9からコンタクトチップ5を介してワイヤ(フィラーワイヤ)4に電流を通電し、この時のワイヤ4自身に発生するジュール熱を利用してワイヤ4の溶融速度を向上させ溶融金属量を増加させるものである。
図1に示すように、断面積S(m2)のワイヤ4に電流I(A)が流れている場合のワイヤ4に発生するジュール熱量Q(W)は、ワイヤ4が通電加熱されるコンタクトチップ5と被溶接材10との間のワイヤ長(すなわち、エクステンション)をL(m)、ワイヤ4の電気抵抗率をρ(Ω・m)とすると、(1)式のようになる。
【0015】
Q=I×ρ×L/S (1)
そこで、(1)式の熱量Qがすべてワイヤ4の加熱に用いられたと仮定して、溶融プール3に接触する直前のワイヤ先端での温度T(℃)を求めることにする。
一般に、電気抵抗率ρは温度に依存して変化し、例えば鉄の場合、その変化率は大きく室温から融点までで10倍程度変化するが、簡便のため、ρを(2)式のように温度T(℃)の一次式で近似する。
【0016】
ρ=40×10−8+0.053×10−8×(T−20) (2)
さらに、ワイヤの体積熱容量を4.5×10(J/m・℃)で温度に依存せず一定と仮定して、ワイヤの供給速度をv(m/s)、ワイヤの電流密度をi(A/m)とすると、溶融プールに接触する直前のワイヤ先端での温度T(℃)は、(3)式のように導かれる。
【0017】
=40/0.053×[exp{(0.053×10−8×i×L)/(4.5×10×v)}−1]+20 (3)
(3)式より、ワイヤの加熱温度Tは、ワイヤ電流密度i(=I/S)およびエクステンションLの増大により高くなり、ワイヤ供給速度vの減少により低くなる。
ところで、ホットワイヤが溶融プールへ安定して供給されるには、溶融プールに接触する直前のワイヤの温度Tが融点直下である条件が理想である。Tが融点以上の場合には、ワイヤが溶融プールに挿入される前に溶融してしまうため、スパッタが発生しやすく、ワイヤ添加が非常に不安定となる。またTが低すぎると、ホットワイヤの利点を活かせないため、溶着量の増加を図ることができない。
【0018】
発明者は、(3)式に基づいて、ワイヤ電流密度、エクステンション、ワイヤ供給速度のバランスを調整しながら種々変化させて、溶融プールに接触する直前のワイヤの温度Tを変えて検討した結果、Tが1200℃以上であればホットワイヤは安定して供給できることを見出した。
【実施例】
【0019】
本発明の一実施例を図面に基づいて説明する。
図2は実施例で用いたTIG溶接装置の構成を示す概略図であり、複数のTIG溶接機とホットワイヤ供給装置から構成されている。それぞれのTIG溶接電源8により電極(非消耗電極(タングステン電極))1と被溶接材10の間に発生させたアーク2は、電極1の配置を変化させることで一体化アークとなり、幅の広い溶融プール3を形成することができる。フィラーワイヤ4は、TIG溶接電源8とは別のワイヤ加熱用電源9によりコンタクトチップ5と被溶接材10との間のワイヤ4のエクステンション部分で通電加熱される。コンタクトチップ5で加熱されたワイヤ4は、絶縁体製ガイド管6を通って溶融プール3まで誘導される。このガイド管6の長さを変えることにより、エクステンションを変化させた。
【0020】
被溶接材10の継手形式は、薄鋼板で多用される重ね隅肉継手および突合わせ継手とした。図3および図4にそれぞれの継手形式の模式図を示す。被溶接材10には板厚1.2mmおよび2.4mmの冷延鋼板を用いた。
本発明例および比較例について、溶接条件および施工状況等をまとめて表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
【表2】

【0023】
【表3】

【0024】
【表4】

【0025】
【表5】

【0026】
比較例のNo.2およびNo.10は、ホットワイヤの溶融プールに接触する直前の温度Tが1200℃よりも低いため、溶接速度が1m/minを超える高速条件ではワイヤの供給性が不安定でハンピングが起こりやすく、ビード外観性に劣る。
比較例のNo.5およびNo.12は、溶接線に対して左右に分かれて配置した2つの電極の距離が大きくなり過ぎた場合で、このようになるとアークの一体化が生じない。この場合、溶融プールの幅は見かけ上は拡大するものの溶湯プールの中心付近での溶込み深さは小さい。このため、ホットワイヤの供給がスムーズではなく、ピットが発生しやすいとともにハンピングも生じやすい。
【0027】
これに対して、本発明例No.3、No.4、No.9、No.11は、2本の電極を溶接線に対して左右に配置するとともに、各電極間距離を短くしてアークの一体化が起きるように配置し、その後方からホットワイヤを添加した場合である。ホットワイヤの溶融プールに接触する直前の温度Tが1200℃以上であり、溶融プールの幅も比較的広いため、溶接速度が1m/minを超える高速条件でもホットワイヤはスムーズに供給される。ハンピング現象も抑制されており、良好な溶接継手を得ることができる。
【0028】
また、本発明例No.7およびNo.14は3本の電極を三角形状に配置し、その後方からホットワイヤを添加した場合である。このような場合でも、本発明で規定する条件を満たしていれば、1m/minを超える高速溶接でもホットワイヤが安定に供給されるとともにハンピング現象も抑制され、良好な溶接継手を得ることができる。
なお、本発明例No.1およびNo.8は、溶接線に対して直線上に2本の電極を配置し、その後方からホットワイヤを添加した場合の例である。先行および後行の電極間距離を短くすることで、それぞれの電極から発生したアークは一体化される。ビード外観は良好である。もっとも、溶融プールの幅が狭いためホットワイヤの添加位置のズレに対する余裕が少なく、ワイヤの供給性にやや不安定なところがある。
【0029】
また、本発明例No.6は、ワイヤに加熱通電する電流の向きをTIGアークの電流の向きと逆方向にしたため、ワイヤとアークの間に働く電磁力によってアークがワイヤから離れる方向に偏向しやすい。このため、ホットワイヤの供給がやや不安定となり、軽度ではあるがハンピングやピットが発生しやすくなる。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明によれば、薄鋼板の重ね隅肉または突合わせ溶接において、溶接速度が1m/minを超える高速でもノンスパッタでビードハンピングも発生せず、またビード幅が広いためホットワイヤの供給が安定かつ容易な溶接が可能となり、TIG溶接の応用範囲が拡大するので、本発明は、薄鋼板以外の金属板を被溶接材とした多電極TIG溶接にも利用することができる。その場合、当然ながら、鉄のρを記述する(2)式に代えて、被溶接材とする金属のρを記述する式を用いる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ホットワイヤ溶接法の概要を示す説明図である。
【図2】本発明で用いた多電極ホットワイヤTIG溶接装置の構成を示す概略図である。
【図3】重ね隅肉継手を示す模式図である。
【図4】突合わせ継手を示す模式図である。
【符号の説明】
【0032】
1 電極(非消耗電極(タングステン電極))
2 アーク
3 溶融プール
4 ワイヤ(フィラーワイヤ)
5 コンタクトチップ
6 ガイド管(絶縁体製ガイド管)
8 TIG電源
9 ワイヤ加熱用電源
10 被溶接材(薄鋼板)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薄鋼板を被溶接材として、少なくとも2本の電極を用いる多電極TIG溶接を行なうにあたり、各電極と被溶接材との間に発生するアークのうち少なくとも2つのアークが電磁力の作用によりお互いに引き合って一体のアークを形成するよう電極を配置するとともに、その一体化したアークにより形成された溶融プールの後方から、フィラーワイヤを、該ワイヤの前記溶融プールへの接触直前の温度が1200℃以上となるように、通電加熱しながら添加することを特徴とする薄鋼板のTIG溶接方法。
【請求項2】
前記フィラーワイヤの通電加熱用電流の向きを、TIGアーク発生用電流と同じ向きとしたことを特徴とする請求項1に記載の薄鋼板のTIG溶接方法。
【請求項3】
前記一体のアークを形成する少なくとも2本の電極を、狙いとする溶接線上の中心に対して左右に分けて配置することを特徴とする請求項1または2に記載の薄鋼板のTIG溶接方法。
【請求項4】
前記被溶接材を多電極TIG溶接して形成する継手が、重ね隅肉継手または突合わせ継手であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の薄鋼板のTIG溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−237224(P2007−237224A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−62222(P2006−62222)
【出願日】平成18年3月8日(2006.3.8)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】