説明

薬剤の標的蛋白質を同定する方法

【課題】
本発明は薬剤の標的蛋白質を、該薬剤と蛋白質の結合ではなく薬剤に応答した蛋白質の立体構造の変化を指標として、しかも前記薬剤の構造修飾を必要とすることなく、同定する方法の提供を課題とする。
【解決手段】
薬剤の作用による標的蛋白質の立体構造の変化を薬剤の側からではなく、薬剤に応答した標的蛋白質の側から捕捉及び検出する手法を開発することにより、従来の手法で不可避であった薬剤の化学構造の修飾を必要とせずに、該薬剤の標的蛋白質を同定することを可能にした。即ち、ユビキチンリガーゼ蛋白質が、標的蛋白質を探索したい薬剤による蛋白質の立体構造の変化を認識することを見出し、細胞内蛋白質とユビキチンリガーゼ蛋白質との結合の変化を指標に標的蛋白質を探索したい薬剤の標的蛋白質を検出し同定する方法を構築した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質に結合する性質を有するユビキチンリガーゼ蛋白質を利用して、薬理作用を有する薬剤が標的蛋白質と結合することによる該標的蛋白質の立体構造の変化を検出することによる、薬理作用を有する薬剤の標的蛋白質の同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤として使用されている化合物には、薬理作用が明確でありながらその作用機序が不明な分子が多数存在する。作用機序が不明な薬剤では、その標的となる蛋白質が同定されていない。標的となる蛋白質が明らかな薬剤は生体への作用機序が明確であり、また該蛋白質との結合の強度、あるいは該蛋白質が有する酵素活性の変化を指標として薬剤の化学構造を改変できる。このため吸収や分解を含む体内動態、さらには薬理活性の向上を目的とする改良研究が容易であり、薬剤を開発する上で非常に有利である。反対に標的蛋白質が不明な薬剤は、たとえ明確な薬理作用が見出されている場合でも、当該活性を向上させる目的でその化学構造の改良を図ることが容易ではない(非特許文献1参照)。
【0003】
従来、薬剤が作用する標的蛋白質を同定する手段としては、該薬剤と直接結合する蛋白質を物理的及び/又は化学的な手段で検出し分離する方法が一般的であった。例えば、薬剤の化学構造の一部分を改変して高分子量のアフィニティービーズと結合させることにより、重力など物理的な力によって薬剤と結合した標的蛋白質を分離・精製する方法が知られている。また、薬剤の化学構造の一部分に標識となるタグをつけることで該薬剤と結合した標的蛋白質を化学的に検出することも行われている(非特許文献2参照)。近年では酵母ツーハイブリッド法(非特許文献3参照)やファージディスプレイ法(非特許文献4参照)などの分子生物学的な手法を応用して、目的の薬剤と結合する蛋白質をコードする遺伝子断片をcDNAライブラリー中からスクリーニングし、同定する試みも行われている。
しかしながら、上述した様々な手法による試みにもかかわらず、これまでに進められた研究から実際に薬剤の標的蛋白質が同定された例は多くはない。成功する確率が低い原因として、上述の方法においては、いずれの場合もプローブとする薬剤にビーズやタグを結合させるために、薬剤の一部構造を改変する必要があることから、本来の薬剤とは異なる人工的な構造体に対して、結合する蛋白質を探索せざるを得ない点が挙げられる(非特許文献1及び2参照)。
一方、薬剤の分子内の元素をラジオアイソトープに置換することにより標識した薬剤(構造は標識前と同じ)を用いて特定の蛋白質との結合を確認することは可能であったが、固定可能な修飾ではない為、多数の蛋白質の中から標的蛋白質を探索することは容易ではなかった。また、この方法では、標識により薬剤が不安定になったり、コストがかかるといった難点もあった。
従来法による薬剤標的探索の成功確率が低い別の原因として、上述の方法ではいずれも薬剤と蛋白質の直接の結合を指標として標的の検出・分離を行うために、薬剤と標的蛋白質の結合親和性が高くなければ標的発見が困難である点が挙げられる。実際に上述の方法で標的を見出した数少ない成功例は、いずれも薬剤と蛋白の結合親和性の高いものである(非特許文献4参照)。しかしながらこれまでの知見から薬剤の薬理活性の高さと標的蛋白質との結合親和性は必ずしも相関しない。むしろ不可逆な阻害を除いては薬理作用の惹起に薬剤が標的蛋白質と強固に結合する必要はないとも考えられている(非特許文献5参照)。以上の問題点から、従来の手法では見出すことができなかった薬剤の標的蛋白質を同定する方法が望まれていた。
【0004】
ユビキチンリガーゼは細胞内で蛋白質の分解に働くユビキチン酵素カスケードの最後に位置する蛋白質であり、標的となる基質蛋白質を選別し、該基質蛋白質に結合してユビキチン分子を連結する役割を担う一群の蛋白質である(非特許文献6参照)。ユビキチン化された蛋白質がプロテアソームにより分解される系は、細胞内で不用な蛋白質を分解するという蛋白質の品質管理上重要であるばかりで無く、細胞内の様々な現象、例えば細胞周期の進行やシグナル伝達などに積極的に関わっている。このシステムにおいては不用になった蛋白質がユビキチンリガーゼによって特異的に認識され、ユビキチン化修飾を受けている。近年、ユビキチンリガーゼの同定が進み、今日までにユビキチンリガーゼ分子ファミリーに属する複数の分子が報告されている(非特許文献7参照)。それらのユビキチンリガーゼの分子構造は、ユビキチン結合酵素E2と結合する部分と標的の基質蛋白質と結合する部分の2つの機能部位からなり、E2結合部位の種類によって、HECT型、RING型及びU−box型の3つに大別される(非特許文献8,9、10参照)。それらの中でU−box型ユビキチンリガーゼは、異常蛋白質や正しい立体構造が取れない蛋白質の分解、除去に関与することから、品質管理E3と呼ばれている(非特許文献10参照)。RING型ユビキチンリガーゼであるSCF複合体が、小胞体で品質管理に機能すること(非特許文献11)、HECT型ユビキチンリガーゼであるSmurf2が、Smad2のリン酸化構造を認識して選択的に分解すること(非特許文献12)が報告されている。
【0005】
【非特許文献1】「ザ ジャーナル オブ アンティバイオティクス(The Journal of Antibiotics)」H Hatoriら, 2004年 第57巻7号p.456−461.
【非特許文献2】「ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology)」(英国)2000年、N Shimizuら、第18巻、p.877−881
【非特許文献3】「バイオケミカル ファーマコロジー(Biochemical Pharmacology)」2002年、D Henthornら 第63巻9号p.1619−1628
【非特許文献4】「ケミストリー & バイオロジー(Chemistry&Biology)」Sche PPら,1999年 第6巻10号:p.707−716. PMID:10508685
【非特許文献5】「生化学(OUTLINES OF BIOCHEMISTRY)」1987年、Eric E. CONNら
【非特許文献6】「セル(Cell)」Pickart, CM 2004年 第116巻2号:p.181−190.
【非特許文献7】「ザ ジャーナル オブ バイオケミストリー (The Journal of Biochemistry) 」(日本)Hatakeyama, S & Nakayama, K I 2003年 第134巻 1号 p.1−8.
【非特許文献8】「セル(Cell)」M Schefferら 1993年 第75巻:p.495−505.
【非特許文献9】「米国科学アカデミー紀要 (The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)」Sche PPら,1999年 第96巻20号:p.11364−11369.
【非特許文献10】「バイオケミカル & バイオフィジカル リサーチ コミュニケーションズ(BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNICATIONS)」(英国)Hatakeyama, S & Nakayama K I,2003年 第302巻:p.635−645.
【非特許文献11】「エンボ レポート(EMBO Reports)」(独国)Yoshida Yら,2005年 第6巻 3号 p.239−244.
【非特許文献12】「ザ ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー (The Journal of Biological Chemistry) 」(米国)Lin Xら, 2000年 第275巻 47号 p.36818−36822.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は標的蛋白質を探索したい薬剤の標的蛋白質を、該薬剤と蛋白質の結合ではなく薬剤に応答した蛋白質の立体構造の変化を指標として、しかも前記薬剤の構造修飾を必要とすることなく、同定する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
薬剤が作用して標的となる蛋白質の機能に影響を与える場合、該蛋白質の立体構造が薬剤との相互作用により変化を受けると考えた。従って薬剤がもたらす薬理作用に必要なのは、薬剤と標的間の単純な結合ではなく、薬剤の作用による標的蛋白質の立体構造の変化であると考えた。そこで、本発明者らは、該変化を指標として蛋白質を探索することが可能であれば、薬剤と蛋白質の結合を指標とした従来の薬剤標的探索手法より高い確率で、薬剤の薬理作用を担う真の標的蛋白質を検索できると考えた。薬剤に応答した標的蛋白質の側から捕捉及び検出する手法を開発することにより、従来の手法で不可避であった薬剤の化学構造の修飾を必要とせずに、該薬剤の標的蛋白質を同定することを可能にした。
即ち、本発明者らは、細胞内での異常蛋白質の選別に関与する分子として知られているユビキチンリガーゼ蛋白質が、標的蛋白質を探索したい薬剤による標的蛋白質の立体構造の変化を認識することを見出し、細胞内蛋白質とユビキチンリガーゼ蛋白質との結合の変化を指標に、標的蛋白質を探索したい薬剤の標的蛋白質を検出し同定する方法を構築し、更に、本発明の方法で、薬理作用を有する薬剤であるであるFK506及びFK1706の標的蛋白質として知られているFKBP12またはFKBP52が同定できること(実施例2)、17β−エストラジオールの標的蛋白質として知られているエストロゲン受容体が同定できること(実施例3)、デキサメタゾンの標的蛋白質として知られているグルココルチコイド受容体が同定できること(実施例3)、加えてアルドステロンの標的蛋白質として知られているミネラルコルチコイド受容体が同定できること(実施例4)を確認した。
【0008】
すなわち、本発明は、
<1>[1](1)試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質、及び試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(2)上記(1)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、
[2](3)ユビキチンリガーゼ蛋白質と試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(4)上記(3)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、並びに
[3](2)により検出された蛋白質と(4)により検出された蛋白質とを比較する工程
を含む試験薬剤の標的蛋白質を同定する方法、
<2>ユビキチンリガーゼ蛋白質が、配列番号2、配列番号4、及び/若しくは配列番号6で表されるアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチド、あるいは、配列番号2、配列番号4、及び/若しくは配列番号6で表されるアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチドからなる蛋白質である<1>に記載の同定する方法、
また、
<3>ユビキチンリガーゼ蛋白質が、配列番号2、配列番号4、及び/又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質である<1>に記載の同定する方法
に関する。
【発明の効果】
【0009】
薬剤の構造修飾を必要とせず、かつ、該薬剤と標的蛋白質との結合の強度を指標とせずに、標的蛋白質の立体構造の変化を指標として薬剤に応答する標的蛋白質を同定する本発明の方法は、既存の薬剤の改良研究に有用な標的蛋白質の同定方法として有用であり、従来の薬剤標的蛋白質の探索法にあった種々の課題を一掃する新規の手法である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に本発明について詳細に説明する。本明細書における遺伝子操作技術は特に断りのない限り「Molecular Cloning」 Sambrook, Jら、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1989年等の公知技術に従って実施可能であり、蛋白質操作技術は特に断りのない限り「タンパク実験プロトコール」(秀潤社、1997年)等の公知技術に従って実施可能である。
【0011】
標的蛋白質を探索したい薬剤を、本明細書では、「試験薬剤」と称する。また、本明細書において、試料細胞内蛋白質とは、探索したい標的蛋白質を含むと考えられる細胞(以下、試料細胞と称する)に含まれる(発現している)蛋白質群を意味する。
本発明の一つは、生体内で蛋白質の立体構造の変化を認識する機能を有する蛋白質分子であるユビキチンリガーゼ蛋白質を利用して、試験薬剤の添加及び未添加時におけるユビキチンリガーゼと内在性の標的蛋白質との結合の変化の差を網羅的に調べ、試験薬剤の添加時のみ結合量が増加する、又は試験薬剤の添加時のみ結合量が減少する蛋白質を選択することにより、試験薬剤に応答して立体構造が変化した標的蛋白質を同定する方法である。
【0012】
本発明の同定方法は、
[1](1)試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質、及び試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(2)上記(1)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、
[2](3)ユビキチンリガーゼ蛋白質と試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(4)上記(3)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、並びに
[3](2)により検出された蛋白質と(4)により検出された蛋白質とを比較する工程
を含む試験薬剤の標的蛋白質を同定する方法
である。本発明の同定方法は、更に、試験薬剤の添加時のみ結合量が増加する、又は試験薬剤の添加時のみ結合量が減少する蛋白質を標的蛋白質として選択する工程を含むことが好ましい。
本発明の同定方法においては、試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質、及び試料細胞内蛋白質とが、接触する限り、接触の順序、ユビキチンリガーゼ蛋白質の状態(単離されているか、細胞に発現しているか、又は細胞の抽出液に含まれているか)、及び試料細胞内蛋白質の状態(生細胞内に発現しているか、細胞の抽出液に含まれているか)によって限定されない。即ち、本発明の同定方法には、単離精製したユビキチンリガーゼ蛋白質及び試料細胞の抽出液に含まれている試料細胞内蛋白質を用いる方法(第一の同定方法)、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドの一部若しくは全長域を含むベクターで形質転換した試料細胞に発現しているユビキチンリガーゼ蛋白質及び前記形質転換した試料細胞(生細胞)に発現している試料細胞内蛋白質を用いる方法(第二の同定方法)、前記形質転換した細胞の抽出液に含まれた状態のユビキチンリガーゼ蛋白質及び同抽出液に含まれた状態の試料細胞内蛋白質を用いる方法(第三の同定方法)が含まれる。
本発明の第一の同定方法では、ユビキチンリガーゼ蛋白質を単離する。例えばユビキチンリガーゼ蛋白質の一部若しくは全長域、又はGSTやFlag、Hisなどのタグを融合させたユビキチンリガーゼ蛋白質の一部若しくは全長域を、大腸菌などのバクテリア、酵母、又は昆虫細胞等に発現させる、あるいは化学的な合成法によって大量に産生させた後、ユビキチンリガーゼ蛋白質の抗体又はユビキチンリガーゼ蛋白質に融合させた各種タグの抗体あるいはタグと親和性の高いアフィニティービーズ又はアフィニティーカラムを用いて精製することができる。あるいは試験管内でユビキチンリガーゼ遺伝子のDNA断片を転写、翻訳させることによりユビキチンリガーゼ蛋白質を産生し、精製することも可能である。本発明の第一の同定方法では、試料細胞から抽出した蛋白質混合液(即ち、試料細胞内蛋白質を含む液)に、精製したユビキチンリガーゼ蛋白質を試験薬剤添加又は未添加の状態で試験管内で混合し接触させた後、ユビキチンリガーゼ蛋白質とそこに結合する蛋白質を上述と同様の方法に従って濃縮する。好ましくは、実施例2(2)、3又は4に記載の方法により、試験薬剤の未添加時に比較して試験薬剤の添加時にユビキチンリガーゼ蛋白質への結合量が増加する試料細胞由来の蛋白質又は試験薬剤の未添加時に比較して試験薬剤の添加時にユビキチンリガーゼ蛋白質への結合量が減少する試料細胞由来の蛋白質を検出することができる。
【0013】
本発明の第二の同定方法は、
[1](1)試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターで形質転換された試料細胞に発現しているユビキチンリガーゼ蛋白質、及び前記形質転換された試料細胞に発現している試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(2)上記(1)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、
[2](3)ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターで形質転換された試料細胞に発現しているユビキチンリガーゼ蛋白質と前記形質転換された試料細胞に発現している試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(4)上記(3)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、並びに
[3](2)により検出された蛋白質と(4)により検出された蛋白質とを比較する工程
を含む試験薬剤の標的蛋白質を同定する方法
である。
本発明の第三の同定方法は、
[1](1)試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターで形質転換された試料細胞の細胞抽出液に含まれた状態のユビキチンリガーゼ蛋白質及び前記抽出液に含まれた状態の試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(2)上記(1)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、
[2](3)ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターで形質転換された試料細胞の細胞抽出液に含まれた状態のユビキチンリガーゼ蛋白質と前記抽出液に含まれた状態の試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(4)上記(3)で接触させた結果ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、並びに
[3](2)により検出された蛋白質と(4)により検出された蛋白質とを比較する工程
を含む試験薬剤の標的蛋白質を同定する方法
である。
【0014】
本発明の第二の同定方法及び第三の同定方法には、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドの一部若しくは全長域を含むベクターで、探索したい標的蛋白質を含むと考えられる細胞を形質転換し、ユビキチンリガーゼ蛋白質であるポリペプチドの一部若しくは全長域、又はGSTやFlag、Hisなどのタグを融合させた該ポリペプチドの一部若しくは全長域を、該細胞に発現させる工程が含まれる。第二の同定方法では、前記形質転換された生きている状態の細胞に、試験薬剤を添加(接触)する又は添加しない(未添加)。これにより、前記形質転換された試料細胞に発現しているユビキチンリガーゼ蛋白質、試料細胞内蛋白質及び試験薬剤とを、あるいは前記形質転換された試料細胞に発現しているユビキチンリガーゼ蛋白質と試料細胞内蛋白質とを接触させることができる。第三の同定方法では、前記形質転換された細胞から抽出した蛋白質混合液(即ち、ユビキチンリガーゼ蛋白質及び試料細胞内蛋白質を含む試料細胞抽出液)に試験薬剤を添加(接触)する又は添加しない(未添加)。これにより、前記形質転換された試料細胞の抽出液に含まれた状態のユビキチンリガーゼ蛋白質、同抽出液に含まれた状態の試料細胞内蛋白質及び試験薬剤とを、あるいは前記形質転換された試料細胞の抽出液に含まれた状態のユビキチンリガーゼ蛋白質と同抽出液に含まれた状態の試料細胞内蛋白質とを接触させることができる。
本発明の第二の同定方法及び第三の同定方法では、ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を第一の同定方法と同様の方法に従って濃縮する。
【0015】
<ユビキチンリガーゼ蛋白質>
本発明の同定方法で用いることのできるユビキチンリガーゼ蛋白質としては、公知の、ユビキチンリガーゼ蛋白質を用いることが出来る。具体的にはHECT型、RING型及びU−box型の各ファミリーに属する代表的なユビキチンリガーゼ蛋白質群が挙げられる(前述非特許文献8〜10参照)。
【0016】
本発明の同定方法において用いることができるユビキチンリガーゼ蛋白質としては、公知のユビキチンリガーゼ又は公知のユビキチンリガーゼ蛋白質を表すアミノ酸配列において1〜10個(好ましくは1〜7個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜3個)のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチド(以下、機能的等価改変体と称する)が含まれる。また、上記に挙げたユビキチンリガーゼ蛋白質を表すアミノ酸配列との同一性が90%以上(好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上)であるアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチド(以下、相同ポリペプチドと称する)が含まれる。
また、本発明の機能的等価改変体及び相同ポリペプチドの起源は特定の生物種に限定されない。更には、機能的等価改変体及び相同ポリペプチドのいずれかに該当する限り、天然ポリペプチドに限定されず、公知のユビキチンリガーゼ蛋白質を表すアミノ酸配列を元にして遺伝子工学的に人為的に改変したポリペプチドも含まれる。
なお、本明細書における「同一性」とは、NEEDLE program(J Mol Biol 1970; 48: 443−453)検索によりデフォルトで用意されているパラメータを用いて得られた値Identityを意味する。前記のパラメータは以下のとおりである。
Gap penalty = 10
Extend penalty = 0.5
Matrix = EDNAFULL
【0017】
本発明の同定方法で用いるユビキチンリガーゼ蛋白質としては、配列番号2,4,及び/又は6に示す蛋白質(ヒトUBE3A、ヒトNEDD4、ヒトCHIP)、及び配列番号2,4,及び/又は6で表されるアミノ酸配列において1〜10個(好ましくは1〜7個、より好ましくは1〜5個、更に好ましくは1〜3個)のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチド、又は、配列番号2,4,及び/又は6で表されるアミノ酸配列との同一性が90%以上(好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上)であるアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチドが好ましい。
「蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合する」とは、試験薬剤と結合することによる蛋白質の立体構造の変化に応答して、ユビキチンリガーゼ蛋白質が該蛋白質に結合する、あるいは、未変化の状態の蛋白質に結合していたユビキチンリガーゼ蛋白質が、試験薬剤と結合することによる蛋白質の立体構造の変化に応答して、乖離することを意味する。ユビキチンリガーゼ蛋白質が蛋白質の立体構造の変化に応答して「結合する」か否かは、本発明の同定方法の「ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する」方法と同様にして確認することができる。特に、配列番号2,4,及び/又は6で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドの機能的等価改変体及び相同ポリペプチドについて「蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合する」ことは、FK1706(試験薬剤)と結合することによるFKBP12蛋白質の立体構造の変化に応答して、未変化の状態のFKBP12蛋白質では弱く結合していたユビキチンリガーゼ蛋白質が、FK1706と結合することによるFKBP12蛋白質の立体構造の変化に応答してより強く結合することで確認する。この確認は、実施例2の条件下で、実施例2において用いたユビキチンリガーゼ蛋白質の代わりに検討対象の機能的等価改変体及び相同ポリペプチドを用いることによって実施する。
【0018】
本発明の同定方法においては、ユビキチンリガーゼ蛋白質のうち、配列番号2,4,及び/又は6に示す蛋白質の利用が特に好ましい。配列番号2及び4で表される蛋白質は前述のユビキチンリガーゼのHECT型ファミリーに、配列番号6で表される蛋白質はU−box型ファミリーにそれぞれ属している。
【0019】
<ユビキチンリガーゼ蛋白質の製造方法>
本発明の同定方法において、ユビキチンリガーゼ蛋白質は、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを用いて一般的な遺伝子工学的及び/又は生化学的手法により容易に製造し取得することが出来る。該ポリヌクレオチドは本明細書に開示された配列情報又は公知の遺伝子配列情報に基づいて一般的遺伝子工学的手法により容易に製造及び取得することが出来る。例えば次のように得ることができるが、この方法に限らず公知の操作でも得ることができる。
例えば、(1)PCRを用いた方法、(2)常法の遺伝子工学的手法(すなわちcDNAライブラリーで形質転換した形質転換株から所望のポリペプチドを含む形質転換株を選択する方法)を用いる方法、又は(3)化学合成法などを挙げることができる。各製造方法については、WO01/34785に記載されているのと同様に実施できる。
【0020】
PCRを用いた方法では、例えば、前記特許文献の「発明の実施の形態」1)蛋白質遺伝子の製造方法a)第1製造法に記載された手順により、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを製造することができる。例えば、ヒトの肝臓、脳、乳腺といった組織からmRNAを抽出する。次いで、このmRNAをランダムプライマー又はオリゴdTプライマーの存在下で、逆転写酵素反応を行い、第一鎖cDNAを合成することが出来る。得られた第一鎖cDNAを用い、目的遺伝子の一部の領域をはさんだ2種類のプライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に供し、ユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチド又はその一部を得ることができる。より具体的には、例えば実施例1に記載の方法によりユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを製造することが出来る。
【0021】
配列の変異は、例えば天然において突然変異によって生じることもあるが、人為的に改変して作製することも出来る。本発明は、該変異の原因及び手段を問わない。上記の変異体作製にいたる人為的手段としては、例えば上記のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの塩基特異的置換法(Methods in Enzymology、(1987)154、350,367−382)等の遺伝子工学的手法の他、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイド法などの化学合成手段(Science、150,178、1968)を挙げることができる。それらの組み合わせによって所望の塩基置換を伴うポリヌクレオチドを得ることが可能である。あるいはPCR法の繰り返し作業や、その反応液中にマンガンイオンなどを存在させることによりポリヌクレオチド分子中の非特定塩基に置換を生じさせることが可能である。
【0022】
上述のように得られたユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドは、適当なプロモーターの下流に連結することでユビキチンリガーゼ蛋白質を試験管内、あるいは試験細胞内で発現させることができる。
具体的には上述のように得られたポリヌクレオチドの開始コドン上流に特定のプロモーター配列を含むポリヌクレオチドを付加することにより、これを鋳型として用いた無細胞系での遺伝子の転写、翻訳によるユビキチンリガーゼ蛋白質の発現が可能である。
あるいはユビキチンリガーゼ蛋白質をコードするポリヌクレオチドを適当なベクタープラスミドに組み込み、プラスミドの形で宿主細胞に導入すれば細胞内で該ポリペプチドの発現が可能になる。あるいは、このような構成が染色体DNAに組み込まれた細胞を取得してこれを用いてもよい。より具体的には、単離されたポリヌクレオチドを含む断片は、適当なベクタープラスミドに再び組込むことにより、真核生物及び原核生物の宿主細胞を形質転換させることができる。さらに、これらのベクターに適当なプロモーター及び形質発現にかかわる配列を導入することにより、それぞれの宿主細胞においてユビキチンリガーゼ蛋白質を発現させることが可能である。宿主細胞は、特に限定されるわけではなく、本発明の方法に利用する目的に十分量のユビキチンリガーゼ蛋白質の発現が実現できるものであればよい。
【0023】
宿主細胞を形質転換し遺伝子を発現させる方法は、例えば、前記特許文献の「発明の実施の形態」2)の組換え蛋白の製造方法に記載された方法により実施できる。ユビキチンリガーゼ発現細胞の製造に用いる発現ベクター(ユビキチンリガーゼ発現用発現ベクター)は、所望のポリヌクレオチドを含む限り、特に限定されるものではない。例えば、用いる宿主細胞に応じて適宜選択した公知の発現ベクターに、所望のポリヌクレオチドを挿入することにより得られる発現ベクターを挙げることができる。ユビキチンリガーゼ蛋白質は、例えば、前記発現ベクターにより所望の宿主細胞を形質転換し、該細胞中で上記ポリペプチドを発現させることにより得ることができる。また所定のプロモーター下流に結合した上記ポリヌクレオチドを用いて、公知の手法により試験管内で所望のユビキチンリガーゼ蛋白質を生産することができる。
【0024】
前述の細胞を培養することにより細胞中で産生したユビキチンリガーゼ蛋白質を精製することが出来る。該蛋白質を、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)、プロテインA、β−ガラクトシダーゼ、マルトース−バインディングプロテイン(MBP)など適当なタグ蛋白質との融合蛋白質として発現させることにより、これらタグ蛋白質を利用して前記蛋白質を精製することが出来る。より具体的には、タグ蛋白質としてGSTを用いた場合には、公知のGST−プルダウン(pull down)法(実験工学、Vol13、No.6、1994年528頁 松七五三ら)に従って、破砕した細胞の抽出液よりGSTタグと融合したユビキチンリガーゼ蛋白質をグルタチオンセファロースビーズ(Glutathione Sepharose 4B;アマシャムファルマシア社)に結合させて遠心分離により単離することができる。
【0025】
<試験薬剤>
試験薬剤としては、医薬品又はその候補であり、薬理作用を示す薬剤であって、標的蛋白質を探索したい薬剤である限り、特に限定されるものではないが、例えば、市販の化合物(ペプチドを含む)、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(N.Terrett et al., Drug Discov. Today, 4(1):41,1999 )によって得られた化合物群、微生物の培養上清、植物や海洋生物由来の天然成分、動物組織抽出物(ポリヌクレオチド、ポリペプチドを含む)、あるいは、それらを化学的又は生物学的に修飾した化合物で、明確な薬理作用を有するものを挙げることができる。該薬理作用には医療における望ましい作用のみでなく、生体に有害な作用も含まれる。特に本発明の方法の利用が、既存の方法に比較してより有用であると考えられる試験薬剤として、(1)化学構造上、修飾を加えることが困難な薬剤、(2)修飾によって上述の薬理作用が失われる、あるいは失われると予測される薬剤、(3)分解あるいは代謝産物、その他の共雑物の混合により、薬理活性をもたらす化学構造が未定の薬剤、(4)合成や精製、あるいは原材料の入手が困難で利用可能な量が限られる薬剤(天然物を含む)、等を挙げることができる。試験薬剤としては、低分子化合物が特に好ましい。
【0026】
<細胞抽出液>
本発明の方法で用いる細胞抽出液は、試験薬剤が有する薬理活性を惹起するための一次標的組織、あるいは該組織の性質の多くを維持する培養細胞から蛋白質を抽出した液を使用することができる。細胞からの蛋白質の抽出方法は、目的に応じた調製方法を用いることが好ましい。具体的には、公知の蛋白質抽出法に従い、SDS,トリトンX−100、あるいはCHAPS、CHAPSOなどの各種界面活性剤から目的に適合するものを選択し、それらを目的に適した濃度で含む緩衝液を用いて上述の細胞を破砕し、遠心分離後上澄を分離及び回収した後に、本発明の方法における細胞抽出液として用いる。より具体的には、破砕のために用いる緩衝液中には生体由来の各種蛋白質分解酵素の阻害剤、例えばPMSF(phenylmethyl sulfonylfluoride)、EGTA(Ethylene glycol−bis(β−aminoethylether)−N,N,N′,N′−tetraacetic Acid)等を含むことが好ましく、本発明の方法に適用するまでは凍結され蛋白質が安定に維持される−80℃以下の状態で保存されることが好ましい。
【0027】
<ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程>
ユビキチンリガーゼ蛋白質は、いずれも各分子あたり多数の基質蛋白質に応答すると考えられている。しかしその種類により、基質特異性は異なると考えられている。従って様々な構造を有する薬剤の標的を真に網羅的に探索するためには、多種類の異なるファミリーに属するユビキチンリガーゼ蛋白質を揃えてプローブとして同時に利用することが好ましい。より好ましくは、本発明の実施例2(2)、3及び4に示すとおり、異なるユビキチンリガーゼファミリー由来の複数のユビキチンリガーゼ蛋白質を揃えて、同時に利用することが望まれる。
また生化学的な実験系においては、プローブとする蛋白質(本発明においてはユビキチンリガーゼ蛋白質)が基質となる蛋白質に比較して大過剰に存在する場合、プローブの基質特異性は薄れ、本来の基質以外の蛋白質であっても該基質に類似の分子であればプローブに認識されることが期待できる。従って本発明の実施例2,3及び4に示すin vitroプルダウン法のように、基質となる細胞由来蛋白質に比較して大量のプローブ蛋白質を反応させうる系の利用が、試験薬剤の網羅的な標的探索を可能にする上ではより好ましい。
また、ユビキチンリガーゼ蛋白質の多くは生体内で多量体を形成して作用することが報告されている。従って本発明の方法を実施するにあたっては、実施例2,3及び4に示されるような、ユビキチンリガーゼ蛋白質(プローブ)と複合体を形成しうる内在性の蛋白質群が混在する生体試料由来の細胞抽出液、及び蛋白質の分離条件を用いることがより好ましい。より具体的には、本発明の実施例2,3及び4に示すin vitroプルダウン法のように、内在性の蛋白質群を含む細胞由来の細胞抽出液に対してユビキチンリガーゼ蛋白質(プローブ蛋白質)を反応させる系の利用が好ましい。
【0028】
「ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する」ためには以下の操作を行う。試験薬剤を添加した又は未添加の細胞から抽出した試料細胞抽出液あるいは試験薬剤を添加した又は未添加の試料細胞抽出液のそれぞれから、ユビキチンリガーゼ蛋白質の抗体、又はユビキチンリガーゼ蛋白質に融合させたタグの抗体を用いた公知の免疫沈降法により、ユビキチンリガーゼ蛋白質とユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を濃縮することができる。あるいは上述のタグに親和性を有するアフィニティービーズやアフィニティーカラムを用いた公知の方法によっても同様にユビキチンリガーゼ蛋白質とユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質の濃縮が可能である。具体的な方法としては、GSTなどのタグをつけて精製した該ペプチドを用いたGST−プルダウン法を挙げることができる。
上記で得られたユビキチンリガーゼ蛋白質及びその結合蛋白質の濃縮液を、公知の蛋白質分離法により分離し、ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する。例えば、ポリアクリルアミドゲル電気泳動法により分離し、銀染色法、クーマジーブリリアントブルー染色法、又はネガティブゲル染色法(和光純薬)等の既存の蛋白質染色法など公知の蛋白質を検出する種々の方法(「遺伝子クローニングのためのタンパク質構造解析」 平野久 東京化学同人 1993年 p37−p40)により、ユビキチンリガーゼ蛋白質及びユビキチンリガーゼ蛋白質に結合した試料細胞に由来する蛋白質を検出することができる。ここで本発明の工程に用いる方法は、蛋白質を検出することが可能であれば、上記の方法に限られない。
上記により検出した蛋白質について、試験薬剤添加の場合と未添加の場合でのユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を比較する。両者を比較することにより、試験薬剤添加又は未添加時にユビキチンリガーゼ蛋白質への結合が変化した試料細胞由来の蛋白質(即ち、試験薬剤の標的蛋白質)を同定することができる。試験薬剤添加又は未添加時で得られる試料細胞由来の蛋白質群を検出して比較する方法として、公知のSDSポリアクリルアミド電気泳動法が挙げられる。その場合に二次元電気泳動法で展開することにより、より正確な比較が可能である。電気泳動法で展開された、試験薬剤添加時の結果及び試験薬剤未添加の場合の結果について、バンドを比較し(即ち、試験薬剤の添加時のみバンド量が増加する、又は試験薬剤の添加時のみバンド量が減少するものがあるか、比較し)試験薬剤の添加時のみ結合量が増加する、又は試験薬剤の添加時のみ結合量が減少する蛋白質を選択することができる。試験薬剤の添加時のみ結合量が増加する、又は試験薬剤の添加時のみ結合量が減少する蛋白質としては、試験薬剤の添加時のみ結合する、又は試験薬剤の添加時のみ結合しない蛋白質を選択することが好ましい。
続いて、上記方法により検出し選択された蛋白質を同定する。公知の蛋白質精製法及び蛋白質同定法(Schevchenkoら、Analytical Chemistry、第68巻、第850−858頁、1996年)により、その分子内に存在するアミノ酸配列を決定し、このアミノ酸配列情報をもとに、試験薬剤の添加又は未添加時にユビキチンリガーゼ蛋白質との結合が変化する蛋白質(即ち試験薬剤の標的蛋白質)を同定することができる。具体的には、試験薬剤の標的蛋白質は、ゲルから回収して精製した後、マススペクトル法、公知の手法によりそのアミノ酸配列を決定し、蛋白質を同定することができる。より具体的には、SDSポリアクリルアミド電気泳動ゲルにより分離された目的の蛋白質を、トリプシン等を用いて断片化し、生じたペプチド混合物をゲルより回収し、マススペクトル解析により蛋白質の同定を行うことができる(Schevchenkoら、Analytical Chemistry、第68巻、第850−858頁、1996年)。あるいは、ゲルから電気溶出法等により目的蛋白質を溶出させた後、もしくはゲル上の目的蛋白質をPVDF(ポリビニリデンジフルオリド)等の膜にブロッティングした後、必要ならば酵素消化、化学的分解により断片化し、さらに必要ならば得られた断片化ペプチドを液体クロマトグラフ法、キャピラリー電気泳動法等により分離した後、マススペクトル解析、もしくはN末端又はC末端アミノ酸配列解析により、蛋白質の同定を行うことができる(平野 久 プロテオーム解析ー理論と方法ー 東京化学同人、2001年)。ここで本発明の方法に用いる同定方法は、精製した該標的蛋白質群の同定が可能である限り、上記の方法に限られない。
より具体的には、SDSポリアクリルアミド電気泳動ゲルにより分離された標的蛋白質は、トリプシン等を用いてタンパク質を断片化し、生じたペプチド混合物をゲルより回収し、マススペクトル解析により蛋白質の同定を行うことができる。
【0029】
本発明の方法で同定された標的蛋白質は、公知の遺伝子機能解析技術により、試験薬剤の薬理作用をもたらす真の標的蛋白質であることを確認することが可能である。まず、具体的には、以下に示す方法により、試験薬剤と得られた標的蛋白質分子の直接的な結合の有無を調べることができる。
結合するか否かの検討対象ポリペプチドの一部若しくは全長域、またはGSTやFlag、Hisなどのタグを融合させた検討対象ポリペプチドの一部若しくは全長域を細胞に発現させる。該細胞からGSTやFlag、Hisなどのタグとの親和性を利用したアフィニティ精製法、あるいは該タグに応答する抗体を利用した免疫沈降法等により、発現させた検討対象のポリペプチドを単離・精製する。続いて精製した該ポリペプチドと試験薬剤を混合し、該試験薬剤とポリペプチドが結合して形成された複合体を単離する。次に該複合体を酸、熱その他の刺激により変性させて試験薬剤を再度分離させて蛋白質のみを除去した後、マススペクトロメトリーを用いた質量分析法による解析を行って同試料中に該試験薬剤が含まれるかどうかを調べることによって、検討対象のペプチドと該試験薬剤の結合を確認することができる。また別の手法として、試験薬剤の分子構造の一部を標識することにより作成した標識試験薬剤をプローブとして、公知のELISA法、ファーウエスタン法、バインディングアッセイ法等の方法により検討対象のポリペプチドと該試験薬剤が結合するか否かを確認することができる。試験薬剤の標識は、標的蛋白質との結合に影響を与えないラジオアイソトープを用いるのが好ましい。具体的には、例えば、試験薬剤の分子内の元素をラジオアイソトープに置換することにより標識した試験薬剤を作製することができる。該標識試験薬剤をプローブとして利用することにより、上述の方法により精製した検討対象のポリペプチドを固定したELISA法により、該ポリペプチドと該試験薬剤の結合を確認することができる。あるいは、検討対象のポリペプチドを公知のSDSアクリルアミドゲル電気泳動法により分離し、ニトロセルロース膜上に転写した後、上述標識試験薬剤をプローブとして利用したファーウエスタン法により、やはり該ポリペプチドと該試験薬剤の結合を確認することができる。また、あるいは標識させた試験薬剤と上述の方法により精製した検討対象のポリペプチドを混合し、フィルター上にトラップして洗浄した後に、標識プローブ由来の放射線量を測定することにより形成された試験薬剤とペプチドの複合体の総量を検出する、いわゆるバインディングアッセイによって該ポリペプチドと該試験薬剤の結合を確認することができる。
また公知の予測手法(J Med Chem. 2004 Dec 30;47 (27):6804−11)により、本発明の方法で同定された標的蛋白質に該試験薬剤が結合しうる鍵穴となる構造が存在するかどうかを調べることができる。さらに公知のRNA干渉技術(Tuschl T. ら、Nat Biotechnol. 2002, 20(5):p446−448.)を用いた細胞レベルでの遺伝子ノックダウン実験、同じく細胞レベルでの公知の遺伝子過剰発現実験、さらには遺伝子ノックアウト動物の作製、又は遺伝子過剰発現動物の作製、等の各種生化学的及び/又は遺伝子工学的実験手法により、上記標的蛋白質の発現量を増大、あるいは減少させることができるが、これらの条件下で試験薬剤の主作用又は副作用を試験した場合において、主作用又は副作用が亢進、あるいは抑制される効果が見出されることにより、発現を変動させた遺伝子がコードする標的蛋白質は真の標的蛋白質であると確認できる。
本発明の同定方法では、試験薬剤の薬理作用をもたらす試験薬剤の標的蛋白質を同定することができるが、本発明の同定方法は、試験薬剤の薬理作用の内、望ましい薬理作用(主作用)をもたらす標的蛋白質を同定する方法として、より適している。
【実施例】
【0030】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、本発明は該実施例によって限定されるものではない。なお、特に断りがない場合は、公知の方法(「Molecular Cloning」 Sambrook, Jら、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1989年、等)に従って実施可能である。また、市販の試薬やキットを用いる場合には市販品の指示書に従って実施可能である。
【0031】
<実施例1>ユビキチンリガーゼ蛋白質の構築
(1)GST融合発現ベクターの作製
ユビキチンリガーゼのcDNAの3’側にGSTタグをインフレームで融合するため、pGEX−6P−1(アマシャムバイオサイエンス社)、pET−17b(ノバジェン社)及びpET−28a(ノバジェン社)を用いてGST融合発現ベクターを作製した。具体的には、配列番号13及び配列番号14で示されるオリゴヌクレオチドをプライマーとし、pGEX−6P−1を鋳型として、DNAポリメラーゼ(Pyrobest DNA Polymerase、宝酒造社)を用いて、95℃3分間の熱変性反応の後、98℃10秒間、60℃30秒間、74℃1分30秒からなるサイクルを35回、さらに74℃7分間の条件でPCRを行って、GSTタグをコードするcDNAの5’側にAseI、BamHI、及びNotIの各制限酵素の認識サイトが、3’側に停止コドンとXhoIの制限酵素認識サイトが付加したDNA断片を得た。このDNA断片を制限酵素AseI及びXhoIで処理し、pET−17bのNdeI,XhoIサイトに制限酵素及びDNAライゲースを用いて挿入した(NdeIで切断された部位とAseIで切断された部位は結合することができる)。このベクターを、制限酵素XbaI(pET−17b上にはXbaI認識サイトが存在する)及びXhoIで処理して挿入したGST配列を完全に含むDNA断片を切り出し、これをpET−28aベクターのマルチクローニングサイト上にあるXbaIとXhoIサイトの間に制限酵素及びDNAライゲースを用いて挿入した。これによりlacプロモーターの支配下でGST融合蛋白質の発現を誘導できるようにした。完成したGST融合発現ベクターを、以下pET−28aGST−Cと略記する。
【0032】
(2)ユビキチンリガーゼ遺伝子のクローニング及びGST融合ユビキチンリガーゼ蛋白質発現プラスミドの作製
配列番号2,4,又は6のアミノ酸配列で表される3種類のユビキチンリガーゼ蛋白質(ヒトヒトUBE3A、ヒトNEDD4、ヒトCHIP)の全長領域をコードするcDNA配列を配列番号7−12(奇数番号5’側、偶数番号3’側)で示されるオリゴヌクレオチドをプライマーとし(例えばヒトUBE3Aに対するプライマーセットは、配列番号7及び配列番号8。以下同様)、UBE3Aは市販のcDNAクローン(インビトロジェン社)、NEDD4及びCHIPは平滑筋由来cDNAライブラリー(クロンテック社)をそれぞれ鋳型として、上述と同じ条件のPCRを行って取得した。これにより生成した約2.6kbp(UBE3A)3.7kbp(NEDD4)、0.9kbp(CHIP)のDNA断片を取得した。これらcDNAは、いずれも両末端に、プライマーに含まれた配列により以下の制限酵素サイトが付加される様設計した。具体的にはUBE3AのcDNAの場合には、BamHIサイトとNotIサイトが、NEDD4のcDNAの場合にはBglIIサイトとNotIサイトが、CHIPのcDNAの場合にはBamHIサイトとNotIサイトが付加された。またタグの付いた融合蛋白質を作製するために、これらのcDNAは3’側のストップコドンを除いてある。これらのcDNAをGST融合発現ベクターへ上述の各制限酵素を利用して挿入した。具体的には、上述のPCR反応で得られた各ユビキチンリガーゼのcDNA断片を、それぞれに付加した制限酵素サイトで、それぞれ切断した。この各ユビキチンリガーゼのcDNA断片を、制限酵素BamHI及びNotIで処理したpET−28aGST−Cベクターと混合し、更にDNA ライゲース液(DNA ligation kit II;宝酒造社)と混合して16℃で3時間処理し、pET−28aGST−C上に各ユビキチンリガーゼcDNAが挿入されたプラスミドを作製した。配列番号15に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、シーケンシングキット(アプライドバイオシステム社)及びシーケンサー(ABI 3700 DNA sequencer アプライドバイオシステムズ社)を用いて塩基配列の決定を行った結果、いずれも期待されたユビキチンリガーゼの各塩基配列(配列番号1,3,5)が確認された。各ユビキチンリガーゼのcDNAのコード領域とpET−28aGST−CベクターのGSTタグの翻訳フレームが一致して挿入されているものをそれぞれ選択した。
【0033】
(3)GST融合ユビキチンリガーゼ蛋白質の精製
上述の(1)で得られた、3種類のユビキチンリガーゼをクローニングしたGST融合発現プラスミド群を、ヒートショック(heat shock)法による形質転換でそれぞれ大腸菌BL21(タカラバイオ株式会社)に導入した。2.4mLの培養液で一晩振盪培養した後、その全量を400mL培養液に移し変え、37℃で3時間振盪培養した後、最終濃度が2.5mMとなるようにIPTG(シグマ社)を添加し、更に3時間振盪培養してそれぞれのGST融合ユビキチンリガーゼ蛋白質(以下、各々UBE3A−GST(約136kDa)、NEDD4−GST(約166kDa)、CHIP−GST(約60kDa))と略記する)(カッコ内は各々の期待される分子量)の発現を誘導した。菌体を回収し、公知のGST−プルダウン法に従ってGST融合ユビキチンリガーゼ蛋白質をグルタチオンセファロースビーズ上に精製した。公知の方法に従ってSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分離及びクーマジーブリリアントブルー染色を行い、各々期待される分子量の蛋白質が精製されていることを確認した。
【0034】
<実施例2>FK506及びFK1706の標的蛋白質であるFKBP12及びFKBP52の検出
(1)FKBP12遺伝子及びFKBP52遺伝子のクローニング、及びFlagタグ融合FKBP12発現プラスミド及びFlagタグ融合FKBP52発現プラスミドの作製
FKBP12及びFKBP52はFK506及びFK1706の標的蛋白質の一つであることが知られている(J Biol Chem. 1993 Nov 5;268(31):22992−22999、Eur J Pharmacol. 2005 Feb 10;509(1):11−19)。
【0035】
(a)FLAGタグ融合タンパク質発現ベクターの作製
両末端に制限酵素AgeIとNotIの接着配列をもつFLAGタグをコードするオリゴヌクレオチド配列を化学合成し(配列番号16及び配列番号17)、アニーリングさせ2本鎖DNAとした。GFP蛋白質発現ベクターであるpEGFP−N1ベクター(クロンテック社)から制限酵素AgeIとNotIで処理してEGFPをコードするDNA配列を除き、代わりに上述したFLAGタグ配列をコードするDNAを挿入し、FLAGタグ融合タンパク質の発現ベクターを作製した。以下、この発現ベクターをpFLAGと略記する。
【0036】
(b)FKBP12−FLAGタグ融合タンパク質発現ベクター及びFKBP52−FLAGタグ融合タンパク質発現ベクターの作製
FKBP12及びFKBP52の全長域をコードする遺伝子cDNAを、DNAプライマー(配列番号18及び配列番号19、配列番号20及び配列番号21)を用いてそれぞれクローニングした。配列番号19と配列番号21に示すプライマーは、ストップコドン配列を除き、クローニング後3’側にFLAG配列がFKBP12遺伝子及びFKBP52遺伝子のトリプレットと同じフレームで続くように設計した。具体的には、配列番号18及び配列番号19、並びに配列番号20及び配列番号21のプライマーセットをそれぞれ用いて、脳由来cDNAライブラリー(クロンテック社)を鋳型としてPCR反応を行い、FKBP12及びFKBP52の全長域をコードする326bpと約1.38kbpのDNA断片を増幅した。PCR反応はDNAポリメラーゼ(Pyrobest DNA Polymerase;宝酒造社)を用い、98℃(1分)の後、98℃(5秒)、55℃(30秒)、72℃(5分)のサイクルを35回繰り返した。得られた同DNA断片は、両末端にNheI及びAgeIの配列を付与しているため、制限酵素NheIとAgeIで切断処理をした後、制限酵素NheIとAgeIで切断処理をした上述のpFLAGベクターに挿入した。得られたプラスミド中の挿入DNA断片の塩基配列を決定し、RefSeqアクセッション番号NM_054014及びNM_002014に示されるヒトFKBP12及びFKBP52をコードするcDNAが前述のpFLAGベクターに挿入されていることを確認した。以下この発現プラスミドをpFKBP12−FLAG及びpFKBP52−FLAGとそれぞれ略記する。
【0037】
(2)ヒトFKBP12発現細胞及びヒトFKBP52発現細胞の作製、並びに本発明の同定方法によるFK506及びFK1706標的蛋白質の検出
10cmシャーレ上で70%コンフルエント状態に培養したHEK293細胞(ATCC)に、リポフェクトアミン2000試薬(インビトロジェン社)を用いて、上記pFKBP12−FLAG及びpFKBP52−FLAGを、それぞれ一過性に導入した。30時間培養した後、培地を除去し、氷冷したPBSで細胞を洗浄した後に、1.0mlのバッファーA(50mMトリス塩酸(pH7.5)、10%グリセロール、120mM NaCl、1mM EDTA、0.1mM EGTA、0.5mM PMSF、0.5% NP−40)を加えて溶解した。この細胞抽出液を15000rpmで5分遠心して沈殿物を除き、上澄みの可溶画分(以下、FKBP12−FLAG発現細胞抽出液及びFKBP52−FLAG発現細胞抽出液)を集めた。それぞれの細胞抽出液の可溶画分中には、FK506及びFK1706の薬効を示す標的蛋白質であることが知られている(Eur J Pharmacol. 2005 Feb 10;509(1):11−19)FKBP12及びFKBP52が含まれている。FK506又はFK1706の各存在下で、標的蛋白質であるFKBP12及びFKBP52を、ユビキチンリガーゼ蛋白質であるUBE3A、NEDD4及びCHIP蛋白質を用いた本発明の同定方法で実際に検出できるかどうか調べた。即ち、次の組み合わせで以下の実験を行った。a)ユビキチンリガーゼ及びFKBP12−FLAG発現細胞抽出液(試験薬剤を未添加;コントロール)、b)ユビキチンリガーゼ、FKBP12−FLAG発現細胞抽出液及びFK506、c)ユビキチンリガーゼ、FKBP12−FLAG発現細胞抽出液及びFK1706、d)ユビキチンリガーゼ及びFKBP52−FLAG発現細胞抽出液(試験薬剤を未添加;コントロール)、e)ユビキチンリガーゼ、FKBP52−FLAG発現細胞抽出液及びFK506、f)ユビキチンリガーゼ、FKBP52−FLAG発現細胞抽出液及びFK1706。ユビキチンリガーゼとしては、グルタチオンセファロースビーズ上に精製したUBE3A−GST、NEDD4−GST及びCHIP−GST蛋白質(上述実施例1(3)で作製)を混合したもの(以下、ユビキチンリガーゼ蛋白質混合物)1μgを用いた。FK506(特公平03−038276号)及びFK1706(欧州特許第346427号)は合成した化合物を使用した。公知のGST−プルダウン法に従って、上記a)からf)の各組み合わせをそれぞれ混合し、4℃で1時間振盪した。FK506及びFK1706は100μMとなるように添加した。その後遠心分離によりユビキチンリガーゼ蛋白質混合物に結合する蛋白質を共沈殿させた。これをバッファーA’(上述のバッファーAのNaCl濃度を100mMに置換した緩衝液)0.5mlでけん濁し、再度遠心分離により共沈殿させた。この操作を4回繰り返した後、沈殿物中の蛋白質を公知の方法に従ってSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法により分離し、抗FLAG抗体(F3165;シグマ社)を用いたウエスタンブロット法により、FK506及びFK1706の標的蛋白質であるFKBP12及びFKBP52を検出し、コントロールと、FK506又はFK1706添加時の検出量を比較した。即ち、上記組み合わせa)とb)における検出蛋白質を比較した。同様に、a)とc)における検出蛋白質、d)とe)における検出蛋白質、d)とf)における検出蛋白質を比較した。なお、ウエスタンブロット法により得られたバンドのシグナルの強度は、LumiVision pro Imaging System(Aisin社)を用いて画像を取り込み、単位面積あたりの密度の測定値として数値化した。数値化したデータを表1に示す。FKBP12及びFKBP52の検出量は、FK506を添加した条件下で、試験薬剤の未添加時に比べて増加していた)。また、FK1706を添加した条件下で、FKBP12及びFKBP52の検出量は、試験薬剤の未添加群に比べて増加していた。即ち、FKBP12及びFKBP52が、FK506及びFK1706の標的蛋白質として選択、同定された。これらの結果から、実際にユビキチンリガーゼ蛋白質を用いて、ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を、試験薬剤の添加又は未添加時で比較することにより、試験薬剤を修飾する必要なしに、該試験薬剤の標的蛋白質の検出が可能であることが証明された。
【0038】
<実施例3>本発明の同定方法による標的蛋白質の検出
ヒトのステロイドホルモン受容体の一種であるエストロゲン受容体α(以下、ERα)は、17−βエストラジオール(以下、E2と略記する)の薬効を示す標的蛋白質であることが知られている(Green S. & Chambon P. Trends Genet. 1988 Nov;4(11):p309−314.)。
ヒトのステロイドホルモン受容体の一種であるグルココルチコイド受容体(以下、GR)は、デキサメタゾンの薬効を示す標的蛋白質であることが知られている(J Clin Invest. 1995 Jun;95(6):2435−2441)。
【0039】
以下の各細胞抽出液可溶画分を調製し、該細胞抽出液可溶画分中に存在する各薬剤の標的蛋白質が、ユビキチンリガーゼを用いた本発明の方法で検出できるかどうか調べた。
以下の(A)及び(B)の、細胞抽出液可溶画分及び試験薬剤の組み合わせで、実施例2(2)と同様の本発明の同定方法で、標的蛋白質が検出できるかどうか調べた。ユビキチンリガーゼ蛋白質としては、実施例2と同じユビキチンリガーゼ蛋白質混合物を用いた。なお、共沈殿とけん濁の4回の繰り返し操作は、100μMの試験薬剤の添加あるいは未添加の各条件で行った。ERα及びGRのバンドは抗V5抗体(R960−25;インビトロジェン社)を用いたウエスタンブロットでそれぞれ検出した。
(A)V5エピトープ(paramyxovirus SV5のV protein由来、Southern J A, J.Gen.Virol.72, 1551−1557,1991)を融合させたERαの全長域をコードする遺伝子cDNA(RefSeqアクセッション番号NM_000125)を過剰発現させたHEK293細胞(ATCC)の細胞抽出液可溶画分/E2(試験薬剤)。
(B)V5エピトープを融合させたGRの全長域をコードする遺伝子cDNA(Genbankアクセッション番号NM_001024094)を過剰発現させたHEK293細胞(ATCC)の細胞抽出液可溶画分/デキサメタゾン(シグマ社)(試験薬剤)。
その結果(表1)、(A)の場合、E2を添加した条件下ではERαの検出量がE2未添加群と比較して増加している事が示された。即ち、ERαがE2の標的蛋白質として選択、同定された。(B)の場合、約95kDaのGRのバンドがデキサメタゾンの未添加条件で検出され、一方、デキサメタゾンを添加した条件下ではGRのバンドはデキサメタゾンの未添加条件に比較し減少していた。即ち、GRがデキサメタゾンの標的蛋白質として選択、同定された。これらの結果から、上述の実施例2と同様、本発明の同定方法が有用であることが確認された。即ち、ユビキチンリガーゼ蛋白質を用いて、ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を、試験薬剤の添加又は未添加時で比較することにより、試験薬剤を修飾する必要なしに、該試験薬剤の標的蛋白質の検出が可能であることが証明された。

<実施例4>アルドステロンの標的蛋白質であるミネラルコルチコイド受容体の検出
(1)細胞抽出液の調製、及び本発明の方法によるアルドステロン標的蛋白質の検出
10cmシャーレ上で80%コンフルエント状態に培養したHUVEC細胞(ATCC)の培地を除去して氷冷したPBSで細胞を洗浄した後、細胞分画キット(ProteoExtract Subcellular ProteoExtract Kit;メルク社)を用いて添付のプロトコールに従い細胞核蛋白質を抽出した(以下、HUVEC可溶画分という)。ユビキチンリガーゼ蛋白質混合物1μg、上記のHUVEC可溶画分、最終濃度100μMのD−アルドステロン(シグマ社)(試験薬剤)の添加又は未添加状態で、実施例2(2)と同様に実験を行った。共沈殿及び再けん濁の操作は、バッファー中に最終濃度100μMのD−アルドステロンを添加あるいは未添加の各条件で行った。、抗MR抗体(C−19:サンタクルーズ社)を用いたウエスタンブロット法により、アルドステロンの標的蛋白質であることが知られている(Science. 1987 Jul 17;237(4812):268−275)内在性のMRを検出して、試験薬剤の添加及び未添加時における検出量を比較した。ウエスタンブロット法により得られたバンドのシグナルの強度は、実施例2(2)と同様に数値化した。その結果(表1)、検出された約110kDaのMRのバンドの濃さはアルドステロンの添加条件と未添加条件で明らかに異なり、アルドステロンの未添加条件下でより明確に検出された。この結果から、上述の実施例と同様に、本発明の同定方法が試験薬剤の標的蛋白質を見出す目的に有効であることが確認された。
または、上記SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動法により分離した後、公知の銀染色法を用いて蛋白質を検出する。アルドステロン添加時の結果及びアルドステロン未添加の場合の結果について、バンドを比較し(即ち、アルドステロンの添加時のみバンド量が増加する、又はアルドステロンの添加時のみバンド量が減少するものがあるか、比較し)アルドステロンの添加時のみ結合量が増加する、又はアルドステロンの添加時のみ結合量が減少する蛋白質を選択する。選択した蛋白質は、アルドステロンにより立体構造に変化をもたらされる、アルドステロンの標的蛋白質の一つであると考えられる。選択した蛋白質のバンドを切り出し、トリプシンを用いてタンパク質を断片化した後、生じたペプチド混合物をゲルより回収して公知の方法(Schevchenkoら、Analytical Chemistry、第68巻、第850−858頁、1996年)に従い、マススペクトル解析により蛋白質を同定する。その結果、該バンド中の蛋白質はMRであることが明らかになる。
【0040】
【表1】








【配列表フリーテキスト】
【0041】
以下の配列表の数字見出し<223>は、「Artificial Sequence」の説明を記載する。具体的には、配列表の配列番号7〜21の配列で表される各塩基配列は、人工的に合成したプライマー配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
[1](1)試験薬剤、ユビキチンリガーゼ蛋白質、及び試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(2)ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、
[2](3)ユビキチンリガーゼ蛋白質と試料細胞内蛋白質とを接触させる工程、及び
(4)ユビキチンリガーゼ蛋白質に結合する蛋白質を検出する工程、並びに
[3](2)により検出された蛋白質と(4)により検出された蛋白質とを比較する工程
を含む試験薬剤の標的蛋白質を同定する方法。
【請求項2】
ユビキチンリガーゼ蛋白質が、配列番号2、配列番号4、及び/若しくは配列番号6で表されるアミノ酸配列において1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、及び/又は挿入されたアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチド、あるいは、配列番号2、配列番号4、及び/若しくは配列番号6で表されるアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列を含み、かつ蛋白質の立体構造の変化を認識して該蛋白質と結合するポリペプチドからなる蛋白質である請求項1に記載の同定する方法。
【請求項3】
ユビキチンリガーゼ蛋白質が、配列番号2、配列番号4、及び/又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質である請求項1に記載の同定する方法。

【公開番号】特開2008−193954(P2008−193954A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−32741(P2007−32741)
【出願日】平成19年2月13日(2007.2.13)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】