説明

薬剤の評価方法及び薬剤スクリーニング方法

【課題】生体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害を予防又は改善する効果を有する薬剤をin vivoの評価系で安全性等の薬理的な評価も含めて迅速、簡便に評価する方法を提供し、かかる方法を利用することによって、優れたAGEs生成抑制効果と高い生体に対する安全性、良好な体内動態を有する薬剤を見出し得るスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】薬剤がヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有するか否か及び/又はその効果の程度を評価する薬剤の評価方法であって、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することを特徴とする薬剤評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬剤がヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有するか否か、及び/又はその効果の程度を評価する薬剤の評価方法とその評価方法に基づく薬剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質と糖が共存すると、両者が糖の濃度に比例して非酵素的に反応することが知られており、タンパク質の「糖化(グリケーション)」とも呼ばれている。タンパク質と糖は生命活動に必須な成分であり共存してその役割を果たしているため、健常人においても、生命活動に伴いかかる反応は起こっている。しかしながら、生体内において、タンパク質と糖が無秩序に反応することで、各種の障害が生じることが明らかとなっている。
【0003】
これに対し、酵素の働きによってタンパク質に糖が付加される反応は、部位特異的な秩序を持った反応である。この場合の糖の付加は、糖が付加したタンパク質の生理機能に密接に係わっており、特に問題は生じない。このため、酵素を介した糖の付加は「糖鎖付加(グリコシル化)」と呼ばれ、先の「糖化(グリケーション)」とは明確に区別されている。
【0004】
タンパク質の「糖化(グリケーション)」の例としては、皮膚中のコラーゲンが糖化すると皮膚の弾力が失われ、血管内壁が糖化すると動脈硬化が起こり、網膜の細胞が糖化すると網膜症となり、神経組織が糖化すると神経障害が起こり、腎組織の糖化は腎症を発症させる。特に、高血糖状態が持続する糖尿病においては、健常人に比べてさまざまな組織のタンパク質で「糖化」が進行し易く、上記障害をはじめ様々な障害を生体に生じさせる(非特許文献1参照)。
【0005】
生体における無秩序な反応の進行により、タンパク質が生体内での役割に必要な活性部位が糖鎖で被覆されてその働きが阻害されることもあるが、タンパク質と糖が反応した糖化最終産物(Advanced Glycation Endproducts)(以下、「AGEs」と略記する)が生成して種々の不具合を発生させるためとされている。例えば、AGEsは、細い血管が多い網膜、腎臓、末梢等の組織に蓄積して、それらの部位に障害を与えると考えられている(非特許文献2参照)。
【0006】
従来、上記「糖化(グリケーション)」は、食品の加熱中に食品中のタンパク質やペプチド分子中のアミノ基と糖分子中のカルボニル基とが反応して、褐色で香味を有する物質が生成する褐変化反応(メイラード反応)として主に食品分野で注目されてきた。しかしながら、近年、「メイラード反応」は、生体内におけるタンパク質の「糖化(グリケーション)」の反応の名称としても使用されるようになり、上記したように、各種の疾患の発症に密接に関与している反応として、各種疾患の予防剤や改善剤のターゲットとして注目されるようになってきた。
【0007】
生体内で起こるメイラード反応は、食品等で起こっている単純なメイラード反応とは異なり、多くの段階を経て進行する非常に複雑な反応であり、その全容は未だ解明されていない。しかし、主要な反応経路は判明しており、初期段階、後期段階に大別されている。初期段階の反応は、グルコース等の還元糖のカルボニル基がタンパク質やアミノ酸のアミノ基と反応してシッフ塩基を形成し、次いでアマドリ転位によってアマドリ転位生成物となるまでである。後期段階の反応は、その後にアマドリ転位生成物が、酸化、脱水、加水分解等を経て、反応性に富んだα−ジカルボニル化合物を生成し、これらが種々の化合物と反応して、AGEsが生成するまでである。そして、AGEsが、先に示した種々の障害の原因物質として問題視されるようになってきた。
【0008】
しかしながら、従来、薬剤のAGEs生成抑制作用の評価は、ほとんどの場合、in vitroの系で認められるAGEs生成反応を対象として行われてきた。例えば、特許文献1には、生体に存在する糖鎖とタンパク質をin vitroで共存させ、生体に近い温度でインキュベートし、インキュベート前後のAGEs分子の発する蛍光の強度差を測定する方法を用いて、薬剤の蛍光強度に与える影響の程度を測定することで、薬剤のAGEs生成阻害作用を鑑別する方法が記載されている。
【0009】
また、メイラード反応阻害剤として知られているアミノグアニジンも、in vitroでのAGEs生成阻害作用を目安として見出されたものである。すなわち、アミノグアニジンは、メイラード反応の反応過程で生成するアマドリ転位生成物等に反応してメイラード反応を阻害するといわれているが、特許文献2では、放射線ラベルしたグルコースを牛血清アルブミンと被検対象薬剤と共に培養する系(in vitroの系)を用いて、メイラード反応を阻害する作用の大きさを測定・評価している。
【0010】
しかしながら、薬剤のAGEs生成抑制作用の評価をin vitroの系で行うと、生体に対する薬剤の安全性やその薬剤の体内動態等のデータを事実上取得できない。従って、このようなデータを取得するためには、マウス等の哺乳類を実験動物とするin vivoの評価系が用いられている。しかしながら、この評価系は、倫理上、コスト上、運用上等の多くの問題点を有しているため、少なくとも、薬剤の開発初期段階の評価・スクリーニングに用いることは事実上困難となっている。
【0011】
なお、生体に対する薬剤の安全性やその薬剤の体内動態等を最初からクリアーしている可能性の高い天然素材をターゲットとする試みもあり、例えば「そばがら」等の食品廃棄物からの抽出物をメイラード反応阻害剤の候補物質として検討している例が多数報告されている(例えば、特許文献3参照)。ただ、このような場合も、阻害剤の評価は、in vitroでのAGEs生成阻害作用を評価対象として行っている。
【0012】
本発明者は、生体に対する薬剤の安全性やその薬剤の体内動態等をも反映させた評価系として、実験動物に上記問題の少ない完全変態型昆虫の幼虫、中でもカイコの幼虫(以下、「カイコ」と略記する)を用い、各種薬剤の開発、及びそのための評価系やスクリーニング系の開発に取り組んでいる。そして、ヒトの血糖値を下げる物質のin vivoでの評価法やスクリーニング法に、人為的に高血糖化したカイコを好適に用いることができることを見出し既に報告した(特許文献4参照)。
【0013】
しかし、特許文献4は、血糖値を降下させる物質の評価法、スクリーニング法であって、生体内で進行するメイラード反応やAGEsの生成を阻害させる物質の評価法、スクリーニング法ではなかった。すなわち、特許文献4で示した方法は、血糖値自体を降下させる薬剤に関するものであり、血糖値が高いことを原因とするヒトの障害に対する、予防剤・改善剤の評価法やスクリーニング法とは、全く関係のないものであった。
【0014】
更に、メイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害は、血管の「細い」網膜、腎臓、末梢等の組織に蓄積してそれらの部位に障害を発生させるとされているので、哺乳類とは異なり開放血管系で毛細血管を持たず、生成したAGEsの局所への蓄積が想起できないカイコは、むしろ、メイラード反応阻害剤の評価・スクリーニングには適していない実験動物と予想すらされていた。
【0015】
従って、高血糖を原因とする障害の内、生体内で進行するメイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害を予防・改善する効果を有する薬剤に関し、生体に対する安全性や体内動態をも加味したin vivoの評価方法やその評価方法を用いたAGEs生成抑制作用を有する薬剤のスクリーニング方法は事実上なく、その提供が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2001−021549号公報
【特許文献2】特開昭62−142114号公報
【特許文献3】特開2006−256977号公報
【特許文献4】特開2009−058500号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Kusunoki et al.,Diabetes Care,26(6),1889-1892 (2003)
【非特許文献2】Reddy VP, Beyaz A.,Drug Discov Today,2006 Jul:11(13-14):646-654 Review.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
ヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害を予防又は改善する効果を有する薬剤は、化粧料や医薬品用途に、「メイラード反応阻害剤」として幾つか報告されている。しかし、このうち医薬品としてのメイラード反応阻害剤として報告されている薬剤は未だ実用化に至ったものはない。例えば、上記したアミノグアニジンは、in vitroでのAGEs生成阻害作用の評価では高い作用効果を示したものの、実用化に際し必要投与量が多く肝障害や腎障害等の副作用を認めたため実用化には至らなかった。
【0019】
医薬品としてのメイラード反応阻害剤が実用化されていない理由は、ヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成したAGEsを起因とする各種疾患の予防剤や改善剤の開発において、長期間の継続的な投与を必要とする場合が多い等、安全性やコストへの要求が高いことがその原因となっているものと考えられる。また開発の初期段階でヒトの生体に対する安全性も評価できる適切な評価方法やその評価方法を用いるスクリーニング方法が確立されていないことも、医薬品としてのメイラード反応阻害剤の実用化を阻んでいるもうひとつの原因と考えられる。
【0020】
つまり、前記した特許文献1から3で行われている従来のin vitroでのAGEs濃度を指標とする物質の評価方法やスクリーニング方法は、単純なAGEs生成阻害作用や分解作用が評価対象であり、生体に対する薬剤の安全性や体内動態等の薬理的な情報を反映させたものではなく、複雑な反応が起こっている生体内における薬剤の生体に対する影響を全く見ていないという問題点を有していた。そのため、従来は、開発の初期段階で、AGEs生成阻害等の作用効果が単に高い物質のみがピックアップされ、開発の後段で実用化までのハードルが実は低い「生体に対する安全性や体内動態の良好な薬剤」が、ピックアップされなかった。
【0021】
一方、安全性や体内動態に関するデータを取得するためにin vivoでの評価を行おうとした場合には実験動物の利用が不可欠である。しかし、哺乳類を実験動物として用いた場合には多くの薬剤を取り扱えるような方法とはなり得ないことが問題となる。つまり、かかる方法は倫理上、コスト上、運用上等の多くの問題点を有しており、検討できる薬剤の例数が限られてしまうので、実際上利用できるのはターゲットが絞り込まれる開発の進んだ段階であり、開発の初期段階で広範な対象物から有力な薬剤をスクリーニングし、ピックアップする方法とは成り得ない。
【0022】
一方、ライフサイクルが短いことを利用して薬剤の変異原性の評価に用いられている線虫を、生体内で進行するメイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害を予防又は改善する効果を有する剤の評価用実験動物として選択した場合には、倫理上やコスト上の問題は生じない。しかしながら、薬剤の体内動態や臓器への影響等を含めた薬理的な検討を行うことは、体の小さな線虫では事実上難しく、線虫のような非常に小さな動物は哺乳類を代替しうる実験動物とはなり得ないという問題点を有している。
【0023】
本発明は、前記背景技術に鑑みてなされたものであり、また、上記問題点を新たに課題という形で捉えてなされたものである。すなわち、本発明の課題は、高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有する物質をin vivoの系で網羅的に評価し、スクリーニングする方法を提供することである。
【0024】
また、生体内で進行するメイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害を予防又は改善する効果を有する薬剤を、in vivoの評価系で安全性、体内動態等の薬理的な評価も含めて、迅速、簡便に評価する方法を提供することにある。また、in vivoの評価系である従来の前記方法ではピックアップすることができなかった「優れたAGEs生成抑制効果を有すると共に、生体に対する安全性が良好で、好適な体内動態を有する薬剤」を、初期段階で見出し得るスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者は、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、高血糖状態にしたカイコが示す成長阻害現象が、既知のメイラード反応阻害剤であるアミノグアニジンの投与によって、その成長阻害現象が明確に改善されることを確認した。
【0026】
なお、アミノグアニジンは、特許文献4で評価対象とした「血糖値を低下させる作用」はないことが確認されている。また、先に記したようにカイコは開放血管系であり毛細血管を持たないので、AGEsが局所へ蓄積した結果として起こるとされる障害を想起することはできない。従って血糖値降下作用のないアミノグアニジンの投与により高血糖カイコの示す成長阻害現象が明確に改善するという結果は当初の予想に反する結果であった。
【0027】
そこで、更に、カイコ血液中のAGEs濃度について検討したところ、高濃度グルコース添加餌を給餌して高血糖となって成長阻害現象を呈したカイコは、通常餌を給餌され通常濃度の血糖値を示す対照のカイコに比べて、血液中のAGEs濃度が明確に高くなっていることを確認した。一方、アミノグアニジンの投与により成長阻害現象が改善された高血糖カイコ血液中のAGEs濃度は、陰性対照として生理食塩水を投与した高血糖カイコと比べて、明確にAGEs濃度が減少していることを見出した。
【0028】
これらの結果から、薬剤による「高血糖カイコの示す成長阻害現象を改善する効果の有無を確認し評価すること」に加えて、薬剤による「高血糖カイコ血液中のAGEs濃度を低下させる効果の有無を確認し評価すること」によって、AGEs生成抑制剤のスクリーニングが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0029】
すなわち、本発明は、薬剤がヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有するか否か及び/又はその効果の程度を評価する薬剤の評価方法であって、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することを特徴とする薬剤評価方法に存する。
【0030】
また、本発明は、ヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有する薬剤をスクリーニングする方法であって、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定する工程を含むことを特徴とする薬剤スクリーニング方法に存する。
【0031】
また、本発明は、上記の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とする、ヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害の予防及び/又は改善用薬理組成物に存する。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、多くの薬剤の中から、高血糖を原因とする障害を予防又は改善する作用を有し、生体に安全であり体内動態が良好であることをも加味した薬剤を、AGEs生成抑制作用について網羅的に評価でき、その評価によって、高血糖を原因とする障害を予防・改善する作用を有し、生体に安全で体内動態も良好な薬剤を網羅的にスクリーニングすることが可能となる。それにより、開発の初期段階から実用化の可能性の高い薬剤をピックアップでき、また、高血糖を原因とする障害を予防・改善できる薬剤の開発に有用な化合物ライブラリーを構築することも可能となる。従来技術では、実際は実用化へのハードルが高い薬剤であっても、AGEs生成抑制作用が高いというだけでピックアップされてしまう結果となっていた。
【0033】
また、本発明によれば、哺乳類を実験動物に用いた場合とほぼ同様の「生体に対する安全性等のデータが得られるin vivoの評価系」が構築できると共に、従来用いられているin vitroの評価系と同様の、倫理上、コスト上、操作上の問題がほとんどない「薬剤のメイラード反応阻害作用の評価とメイラード反応阻害剤のスクリーニング」が可能な方法を提供できるという顕著な効果を有している。
【0034】
具体的には、本発明は、高血糖化した完全変態型昆虫の幼虫の成長阻害現象を改善する効果があるか否かを確認する工程で、薬剤の生体に対する影響を、完全変態型昆虫の幼虫の数日内の外見上の変化を見るという「迅速・簡単な方法での判定可能」という効果を有している。また、実験動物を用いた場合であっても、生体に対する安全性に関係する成長阻害現象への効果を確認するには月単位の期間が必要であった。しかしながら、本発明では、完全変態型昆虫の幼虫のライフサイクルは短いことから、生体に対する毒性が大きい場合には数日内に成長阻害現象の改善度が低く判定されるので、そのような物質を開発の初期段階で見極めることが可能となる。
【0035】
また、AGEs生成抑制作用の確認は、完全変態型昆虫の幼虫の血液及び/又は組織中のAGEs濃度を既知の方法で測定することで容易に行うことができ、この場合の操作性もin vitroの評価系と同様に簡便に行うことが可能である。
【0036】
以上の効果として、従来メイラード反応によって生成したAGEsを起因とする障害を予防又は改善する薬剤の適切な評価方法、スクリーニング方法がなく、実用化に至っていないAGEs生成抑制剤の分野において、本発明は、AGEs生成抑制効果と生体への安全性という、実用化に当たって重要な2つの要素をバランス良く具備している薬剤や組成物をスクリーニングできるという顕著な効果を有している。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】高血糖化処理カイコの示す成長阻害現象の状況と、アミノグアニジン投与による成長阻害現象改善効果を示す写真である。 N.D.:通常餌給餌 G.D.:高グルコース餌給餌
【図2】高血糖化処理カイコの成長阻害現象とアミノグアニジン投与による成長阻害現象改善効果をカイコの体長分布と体重分布の観点から示す図である。 (a)体長分布 (b)体重分布
【図3】各カイコ血中のAGEs濃度を、抗AGEs抗体を用いたPAGEウエスタンブロッティングバンドで検討した結果を示す図である。
【図4】分子量119のAGEsの光学的濃度を、イメージアナライザーを用いて測定した値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明について説明するが、本発明は以下の具体的態様に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0039】
本発明は、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することを特徴とする。本発明に用いられる「完全変態型昆虫」とは、卵、幼虫、蛹、成虫の成長過程を経る昆虫をいう。完全変態型昆虫としては、例えば、鱗翅目(チョウ、ガ等)、双翅目(ハエ等)、膜翅目(ハチ、アリ等)、甲虫目(カブトムシ等)等に属する昆虫が挙げられる。
【0040】
かかる幼虫の種類としては特に制限はないが、いもむし形態で動きが緩慢であり、注射等による正確な薬物投与、臓器の取り出し、糞の分析を容易とする大きさを有するものが好ましい。ガ、チョウ、カブトムシ等の幼虫はそのような要請に適した形態、動き、大きさを有するものが多い点で好ましい。
【0041】
更に、かかる幼虫としては、以下の点から、カイコが特に好ましい。
(1)入手が容易である。
(2)飼育する方法が既に確立されており、更に飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳類の内臓・器官と類似する性質が、これまでの研究である程度分かっている。
(4)遺伝系統が確立されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易である。
(6)脂肪体を有しており、脂肪体を取り出して、含有する物質の定量が可能である。
(7)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ない為、スクリーニング的な評価を行うことが容易である。
(8)被検物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(9)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
(10)体液を採取して、糖、脂質、酵素等の成分を解析することが可能である。
【0042】
以上のうち、(5)以降は完全変態型昆虫の幼虫全般にいえる特色となっており、完全変態型昆虫の実質的に無毛の幼虫が実験動物として優れた特徴を持っている。上記幼虫は、糖(A)の摂取させやすさ、被検物質の投与のしやすさ、血液や脂肪体の採取のしやすさ等の観点から、大型の幼虫であることが好ましい。ここで「大型の幼虫」とは、体長が1cm以上である幼虫であり、好ましくは、1.5cm以上15cm以下であり、特に好ましくは、2cm以上5cm以下である。また、カイコ等の場合は、4齢〜5齢の幼虫が好ましく、5齢の幼虫が特に好ましい。
【0043】
完全変態型昆虫の幼虫の場合、血糖として血液中に蓄えられている糖はグルコースではなくトレハロースである。しかしながら、最終的に代謝されてエネルギーとして用いる際にはグルコースの形で用いられる。そのため、本発明において血糖値はトレハロースとグルコース等の中性糖全ての総和を測定することのできるフェノール硫酸法を用いて測定することが好ましい。
【0044】
完全変態型昆虫の幼虫を高血糖状態にする(以下、「高血糖化」と略記する場合がある)には、幼虫体内で血糖としてのトレハロース、そして最終的にグルコースに代謝される物質を餌に混じて与える等すればよい。しかしながら、本発明は、薬剤の評価方法・スクリーニング方法であるために、高血糖化の条件は、できるだけ再現性がよいことが求められる。そのため、単一物質で入手し易く、コスト的にも問題のない最終代謝物のグルコースを添加した餌やグルコース溶液の注射等によって、幼虫血液を高血糖化に導くことが好ましい。以下、完全変態型昆虫の幼虫を高血糖化させる糖を「グルコース」を例として説明するが、上記した通り、高血糖化させる糖は「グルコース」に限定されるものではない。
【0045】
高血糖化の方法としては特に制限はないが、具体的には、高濃度グルコース添加飼料の給餌、高濃度グルコース液の腸管内部への注入等による経口摂取、同液の血液中への注射等を挙げることができる。中でも、簡便である点、臨床状態を反映しているという点で、高濃度グルコース添加飼料の給餌、腸管内部への注入等による経口摂取が好ましい。
【0046】
グルコース摂取量としては、幼虫の種類、摂取方法、摂取期間等に応じて適宜選択することができる。本発明では、成長阻害現象を呈することが、薬剤の評価・スクリーニングにおいて重要なポイントとなるので、成長阻害現象を再現性良く呈し、アミノグアニジン等のメイラード反応阻害剤の陽性コントロールを投与した場合に成長阻害現象が改善される程度の高血糖状態となるグルコース摂取量を、それぞれの条件に応じて設定することが好ましい。
【0047】
高血糖状態における成長阻害現象は、完全変態型昆虫の体長、体重、平均太さ等を測定することによって検知することが好ましい。また、薬剤の示す成長阻害現象改善効果の大きさも、完全変態型昆虫の体長、体重、平均太さ等を測定することによって検知することが好ましい。
【0048】
グルコース摂取量は、成長阻害現象の現れ方と共に血糖値の上昇度でも決定できる。すなわち、通常餌を給餌した場合の血糖値の少なくとも1.5倍の血糖値、好ましくは2倍以上の血糖値を示すグルコース摂取量が高血糖化する摂取量の下限値となり、8倍の血糖値を示すグルコース摂取量までが、高血糖化に用いられる摂取量の上限値となる。より好ましい高血糖値の範囲は、通常餌を給餌した場合の2.5倍から6倍、特に好ましくは3倍から5倍の血糖値である。
【0049】
すなわち、高血糖状態であることによって成長阻害現象を示している完全変態型昆虫の幼虫の血糖値の好ましい範囲は上記の範囲である。
【0050】
薬剤を評価・スクリーニングするにあたり、どの程度の成長阻害を起こさせておくべきか若しくはどの程度の成長阻害が起こるようにグルコースを投与しておくべきか、すなわち、該薬剤を投与せず陰性コントロールを投与した場合の完全変態型昆虫の幼虫の成長阻害の程度については特に限定はないが、グルコース摂取量なしのものに比較して、体長で2〜30%減が好ましく、3〜20%減がより好ましく、4〜10%減が特に好ましい。また、体重で3〜40%減が好ましく、5〜30%減がより好ましく、10〜20%減が特に好ましい。この範囲より小さいと、評価する薬物による成長阻害現象改善効果が検知し難い場合があり、この範囲より大きいと、死んだり、別の障害が生じたり、アミノグアニジン等のメイラード反応阻害剤の陽性コントロールを投与した場合でも成長阻害現象の改善が検知されない場合がある。
【0051】
グルコース摂取量は、前記したように成長阻害現象の現れ方と血糖値の上昇度を勘案して設定されるが、給餌による摂取の場合の飼料中のグルコース含有割合の例を挙げると、餌全体に対して5質量%〜18質量%が好ましく、8質量%〜16質量%が特に好ましい。摂取期間に対してグルコース含有割合が少な過ぎる場合は、高血糖の表現型である成長阻害現象を呈さない場合があり、多すぎる場合は、成長阻害現象の程度が強すぎるために、成長阻害現象改善という形で、AGEs生成抑制剤の効果が明確に現れにくくなってしまう場合がある。
【0052】
また、摂取期間は特に限定されないが、成長阻害現象を呈するまでの期間、血糖値を目安として種々のグルコース摂取方法、摂取量ごとに摂取期間を設定する。
【0053】
摂取期間の一例として、5齢カイコを用い、10質量%のグルコース添加餌を給餌した場合には、4日目には通常餌を給餌したカイコに比べて明確な成長阻害現象を認めることができる。このように本発明の場合、短期間でかつ簡便に薬剤の評価・スクリーニングを行うことが可能な成長阻害という外形的な「物差し」を導入できるので、マウス等のライフサイクルの長い哺乳動物を用いた場合には実質的に実施することができない評価方法・スクリーニング方法を提供することができる。
【0054】
本発明の評価方法又はスクリーニング方法に適用される薬剤は特に制限されないが、例えば、天然若しくは合成化合物又はそれらの薬理学的に許容される塩;糖類;タンパク質やペプチド;動植物や菌体からの抽出物;遺伝子発現産物等である。
【0055】
これらの薬剤を投与する方法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、グルコースの投与方法と同様に、給餌や注射、注入等の方法で行うことができる。
【0056】
薬剤の投与量に特に制限はなく、投与する物質、幼虫の種類や大きさ、経口や注射等の投与方法や剤形等に応じて適宜選択することができる。特に、投与量は、通常血中(注射)投与が経口投与の10倍以上薬理作用が強く出ることを考慮した上で、ヒトでの体重当たりの投与量を、投与する幼虫の重さに換算して投与することが好ましい。また、その換算値に所定の倍率を乗じた量を、別の完全変態型昆虫の幼虫に同時に投与して傾向を測定することが好ましい。
【0057】
本発明の薬剤評価方法や薬剤スクリーニング方法には標準物質を用いることが好ましい。「標準物質」とは、AGEs生成抑制効果に関して、被検対象物である薬剤との比較対象に用いられる物質のことである。例えば、生理食塩水のようにまったくAGEs生成抑制効果を有さない、いわゆる陰性対照として用いられる物質も含まれる。また、既に目標とするAGEs生成抑制効果の大きさが明らかとなっており、それに近い性能を有する物質が明らかになっている場合にはその物質を陽性対照に相当する標準物質として用いてもよい。例えば、アミノグアニジンはその具体例であり、陽性対照であると共にアミノグアニジンよりも優れた物質をスクリーニングするといった目的に用いることができる。ここで「優れた」とは、安全性や体内動態に関する性能も含むものである。
【0058】
薬剤の投与時期と投与回数は、各種障害に対する予防剤としての評価か、メイラード反応阻害剤としての基本性能の評価か、AGEs分解剤としての評価か、また経口投与か注射による投与か等、目的とする薬理作用の種類や投与方法等により異なってくるので特に限定されるものではない。どのように投与した場合でも、上記標準物質(陰性対照又は陽性対照)を、被検物質である薬剤と同様に投与することによって、それら標準物質との比較評価が可能であり、その評価結果によるスクリーニングが可能となるからである。例えば、上記した高血糖化できる量のグルコースを給餌により投与しつつ、任意の時期に注射により、被検対象物である薬剤と標準物質を投与することが好ましい。
【0059】
本発明は、薬剤の評価方法・スクリーニング方法であるので、薬剤の投与時期、投与回数を固定することで、得られた結果を比較評価することが好ましい。例えば、薬剤の投与時期は高濃度グルコース添加餌を給餌開始後2時間から24時間後、好ましくは4時間から16時間後に、単回で又は間隔をあけて規定回の投与を行うことが好ましい。
【0060】
また、完全変態型昆虫の幼虫の示す成長阻害現象の確認時期は、主に餌中のグルコース濃度により変わってくるので特に限定されるものではないが、目安として5齢1日目のカイコに高濃度グルコース餌を給餌開始した場合、餌中のグルコース濃度が8%から12%程度で飼育3日目から4日目には成長阻害現象を確認することができる。
【0061】
本発明の好ましい態様は、前記した通り、高血糖を原因とする障害がヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害であり、薬剤の成長阻害現象改善効果がAGEs生成抑制効果である場合である。そして、上記した「薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定すること」に加えて、薬剤投与前後における測定に供した完全変態型昆虫の幼虫の血液及び/又は幼虫組織中の糖化最終産物(AGEs)濃度を測定することが好ましい。
【0062】
本発明における「AGEs濃度の測定方法」は特に限定されないが、血中や組織抽出物中のAGEsを測定する必要があることから、PAGE(Poly-Acrylamide Gel Electrophoresis)等の電気泳動法;HPLC、LC−MS(/MS)等のクロマトグラフ法;抗AGEs抗体を用いたELISAやブロッティング法;AGEsに特異的に結合する一本鎖DNAアプタマーを用いた免疫学的測定法;等を好適に用いることができる。
【0063】
先のAGEs測定の具体例として、血中タンパク質をドデシル硫酸ナトリウム(SDS)存在下の電気泳動後に、メンブレンに転写し、抗AGEs抗体を用いたウエスタンブロッティング等を行う方法;AGEs化したタンパク質を固相化して、抗AGEs抗体の固相への結合を検体中のAGEsと競合させる競合ELISAを行う方法;等を挙げることができる。
【0064】
また、本発明で評価する被検対象物は、事前にin vitro評価系でAGEs生成抑制作用等の基礎的な性質を検討しておく必要はないが、被検対象物の種類によっては事前にin vitroの評価系であらかじめ絞込みを行ってから本発明を実施しても問題はないことは言うまでもない。
【0065】
本発明におけるAGEs生成抑制効果の評価方法には、高血糖によるヒトへの障害の表現系である「完全変態型昆虫の幼虫の成長阻害現象」の改善の程度と、メイラード反応の最終生成物である幼虫血液中及び/又は幼虫組織中のAGEs濃度自体の減少、という2つの指標を用いる。
【0066】
例えば、成長阻害現象の改善の程度が高く、かつAGEs濃度の減少の程度が高い薬剤は、生体に対する安全性も高いと考えられるため実用性の高いAGEs生成抑制剤と評価される。一方、高血糖による成長阻害現象の改善の程度が高いという結果を与えても、AGEs濃度の減少の程度が低い結果を与えた薬剤は、AGEs生成抑制作用によって高血糖による成長阻害現象を改善しているのではなく、血糖値低下作用等の他の作用により先の成長阻害現象を改善している可能性が高い薬剤であると評価される。
【0067】
また、高血糖による成長阻害現象の改善の程度は低いが、AGEs濃度の減少の程度は高いという結果が得られた薬剤は、AGEs生成抑制作用は大きい薬剤であるが、生体に対して何らかの障害を与えているか又は体内動態に問題があり、評価時の投与方法、投与量等に課題を有する可能性が高い実用化のハードルが高い薬剤であると評価される。
【0068】
上記の本発明の評価方法を用いてスクリーニングすれば、メイラード反応阻害剤やAGEs生成抑制剤がスクリーニングされる。本発明の他の態様は、上記の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とすることを特徴とするメイラード反応阻害剤であり、AGEs生成抑制剤でもある。
【0069】
そして、先に記したように本発明の評価方法においては、被検対象物のAGEs生成抑制作用の大きさだけでなく、短期間に発現する成長阻害現象という外形的に確認できる指標によって生体に対する安全性や体内動態の傾向についても簡便に評価することができるので、本発明のスクリーニング方法によってピックアップされた薬剤は、従来のスクリーニング方法によってピックアップされた薬剤に比べて、スクリーニング後に実用化のハードルが低い。
【0070】
本発明のスクリーニング方法で見出されるAGEs生成抑制剤は、メイラード反応自体を阻害してAGEsの生成を抑制するAGEs生成抑制剤と、生成したAGEsの分解を促進した結果としてAGEs濃度を減少させる作用を有するAGEs生成抑制剤、又はその両方の作用を有するAGEs生成抑制剤を含むものである。
【0071】
また、上記メイラード反応阻害剤やAGEs生成抑制剤は、それを有効成分として含有する各種の作用を有する薬理組成物として提供することができる。すなわち、AGEsを起因とする障害の予防及び/又は改善用薬理組成物を提供することができる。例えば、AGEsの生成を原因とする皮膚の老化の予防・改善のための薬理組成物として、また、網膜症、腎症、末梢神経障害等の糖尿病性合併症の予防用・治療用の薬理組成物として提供することができる。
【0072】
すなわち、上記の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とすれば、「ヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害の予防及び/又は改善用薬理組成物」が提供できる。
【0073】
上記薬理組成物は、その使用目的に応じて、当業者が通常行っている方法に従って、媒体、担体、各種配合剤と共に各種の剤型に整えて提供される。例えば、経口投与のための剤型として、錠剤、丸剤、顆粒剤、カプセル剤、散剤、液剤、懸濁剤、シロップ剤、舌下剤等が挙げられ、また、非経口投与のための剤型として、注射剤、経皮吸収剤、吸入剤、坐剤等が挙げられる。
【0074】
開放血管系を有する完全変態型昆虫の幼虫が、高血糖化によって成長阻害現象を呈し、その成長阻害現象が、AGEs生成抑制剤の作用によりAGEs濃度が低下すると改善されるという事実は、本発明により初めて確認されたことであるが、その理由は明確とはなっていない。ただし、開放血管系を有する完全変態型昆虫の幼虫の場合は、哺乳類のように局所へのAGEsの蓄積によって成長阻害現象を呈しているとは考え難い。従って、その機構は不明であるが、確認されていることは、増加したAGEsの影響が外形的に観測できる成長阻害という「表現型」として観察され、また、被検対象物たる薬剤のAGEs生成抑制効果も、「成長阻害現象の改善」という「表現型」として観察できるという点である。
【0075】
つまり、薬剤自体の生体に対する影響を常に考慮する必要はあるものの、薬剤の生体内におけるAGEs生成抑制効果を外形的にしかも短期間で観察することができる「成長阻害現象を改善する」という効果で評価することができるということを見出し、その効果とAGEs濃度との関連性を確認したことは、薬剤のAGEs生成抑制作用を評価する指標として優れた指標を見出したと考えることができる。
【実施例】
【0076】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
【0077】
<カイコの種類、飼育条件>
カイコの受精卵(交雑種Hu・Yo x Tukuba・Ne)は、愛媛蚕種株式会社から購入した。孵化した幼虫は室温で人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)を与えて5齢幼虫まで育てた。飼育容器は卵から2齢幼虫までを角型2号シャーレ(栄研器材製)、それ以降をディスポーザブルのプラスチック製フードパック(フードパックFD、大深、中央化学株式会社製)を用いた。飼育温度は27℃とした。
【0078】
以下の実施例で用いる通常飼料給餌に用いる飼料は、人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)であり、グルコース添加飼料給餌に用いる飼料は、人工飼料シルクメイト2S(日本農産工業株式会社製)に、10質量%のD−グルコースを混合して調製したものである。以下、「通常飼料給餌群」(以下、「ND」と略記することがある)とは、人工飼料シルクメイト2Sを所定期間給餌したカイコ群であり、「グルコース添加飼料給餌群」(以下、「GD」と略記することがある)とは、10質量%のグルコースを混合した飼料を所定期間給餌したカイコ群のことである。
【0079】
<カイコ血糖値の測定>
カイコの血液は、第一腹肢に切り傷をつけた所から、約100μL採取し、タンパク質を沈殿させるために、9倍量の0.6N過塩素酸と混合した。3000rpmで10分間遠心分離し、血液抽出液を得た。
【0080】
血糖値は全ての糖の総量を測定することのできるフェノール硫酸法(Hodge et al)により定量した。上記血液抽出液を蒸留水で10倍希釈したもの100μLと、5%(w/v)フェノール水溶液100μLとを混合し、濃硫酸500μLを加えて激しく撹拌した。室温で20分間静置した後、490nmの吸光度を測定した。グルコース水溶液を標準糖溶液として血糖値を算出した。
【0081】
<カイコ血液中のAGEsの検出とその濃度の評価>
カイコ血液を遠心分離し血球を除いて上清を得た。その後、この上清を、テトラクロロ酢酸(TCA)で沈殿処理し、回収されたタンパク質を、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を用いた電気泳動(PAGE(Poly-Acrylamide Gel Electrophoresis))をしてから、展開物質をPVDF(ポリフッ化ビニリデン)メンブレンに移行させた。
【0082】
抗AGEs抗体(Trans Genic Inc.社製)を用いてウエスタンブロットを行い、メンブラン上の分子量119の位置にあるAGEsを検出した。AGEs濃度は、分子量119バンドの強度をイメージアナライザー(富士フィルム社製、Mac用ソフトウェア、Image gauge)を用いて測定した。
【0083】
AGEs濃度は、通常飼料給餌カイコの対照バンドと比較することで評価した。また同時に全タンパク質検出のためのCBB染色を行って各分析操作が均一に問題なく行われたことを確認した。
【0084】
実施例1
<(1)高血糖カイコの示す成長阻害現象とアミノグアニジン投与による成長阻害現象の回復>
5齢1日目の雄のカイコを通常餌給餌群(ND)1群、10%グルコース添加飼料給餌群(GD)2群に分け、ND群には12時間毎にカイコ用生理食塩水50μLを投与し、GD群には12時間毎に1mg/mLアミノグアニジン(sigma社製)50μL又はカイコ用生理食塩水50μLを投与し、共に27℃で四日間飼育後に体長(図1、図2(a))、体重(図2(b))を測定した。各群のカイコ数は8頭であった。
【0085】
図1〜4の横軸の表記の意味は、以下の通りである。
ND/アミノグアニジン(−):「通常餌給餌、アミノグアニジン未投与」
GD/アミノグアニジン(−):「高グルコース餌給餌、アミノグアニジン未投与」
GD/アミノグアニジン(+):「高グルコース餌給餌、アミノグアニジン投与」
【0086】
<(2)NDとGDのカイコ血中のAGEs濃度と、GDカイコへのアミノグアニジン投与のAGEs濃度への影響>
上記(1)と同様に処理したND1群、GD2群のカイコ3群の血中AGEs濃度を上記のカイコ血液中のAGEsの検出と濃度の評価で記した方法で評価した。得られた結果を図3、図4に示す。各群のカイコ数は8頭であった。
【0087】
<結果>
(1)図1、図2(a)、図2(b)の結果から、GDで生理食塩水を投与したカイコは、NDで生理食塩水を投与したカイコに比べて体長、体重共に明確に数値が小さくなり成長阻害現象を呈していた。これに対し、GDでアミノグアニジンを投与したカイコは、先のGD生理食塩水投与カイコに比べて、明確に成長阻害現象が改善されていることが確認された。
【0088】
(2)図3、図4の結果から、生理食塩水投与GD群の119の位置におけるAGEsバンドは、生理食塩水投与ND群の2倍近いバンド濃度を示した。これに対し、アミノグアニジン投与GD群の119の位置におけるAGEsバンドの濃度は、生理食塩水投与GD群に比較して明確に低下し、生理食塩水投与ND群に近いバンド濃度を示した。これより、アミノグアニジン投与GD群では、AGEsの生成が抑制されていることが確認できた。
【0089】
なお、同時に実施したCBB染色の結果から、各カラムは同一のタンパク質濃度を示し分析操作自体に問題のないことが確認された(図3下段)。
【0090】
実施例2
<ヒト体内物質Aに対する本発明の適用>
ヒト体内に存在し、これまでAGEs生成抑制作用が報告されていない物質Aを薬剤として、実施例1と同様の方法で本発明を実施した。なお、物質Aはタンパク質のカルボニル基と反応し得る特定の官能基を有する既知の体内物質である。
【0091】
すなわち、物質Aを、高血糖化により成長阻害現象を呈する状態のカイコに、実施例1のアミノグアニジンと同様の方法で投与し、成長阻害現象改善効果の有無とその大きさを陰性対照の生理食塩水投与カイコと比較することで評価した。そして、それと共に、検討を加えたカイコ血液中のAGEs濃度を実施例1と同様の方法で測定した。
【0092】
<結果>
物質Aは、アミノグアニジンと同様に高血糖化処理を施したカイコの呈する成長阻害現象を改善する作用を示した。また、血中AGEs濃度については、物質A投与カイコは生理食塩水投与カイコに比べて明確にAGEsの示す119バンド濃度が低下していた。
【0093】
<考察>
実施例1と実施例2の結果から、以下のことが確認された。
(1)10%グルコース添加飼料給餌カイコは、給餌開始4日目には明確な成長阻害現象を呈する。
(2)成長阻害現象を呈しているカイコ血中のAGEs濃度は、通常飼料給餌カイコに比べて給餌開始4日目で2倍近くに増加している。
(3)既知のメイラード反応阻害剤であるアミノグアニジンを投与した10%グルコース添加飼料給餌カイコは、血中のAGEs濃度が通常飼料給餌カイコの数値近くまで低下している。
(4)アミノグアニジンを投与した10%グルコース添加飼料給餌カイコは、成長阻害現象が明確に改善されている。
(5)別の検討結果から、10%グルコース添加飼料給餌カイコの血糖値は高血糖化していることが確認されている。
(6)別の検討結果から、アミノグアニジンは血糖値の低下作用はないことが確認されている。
(7)実施例2の検討結果から、本発明は機能未知の物質が高血糖を原因とする障害を改善する作用を有する物質であるか否かを評価しスクリーニングするのに有用であることが確認された。
(8)実施例2の検討結果から、機能未知の物質が高血糖を原因とする障害を改善する作用を有し、少なくともAGEs生成抑制作用を有する物質であるか否かを評価しスクリーニングするのに有用であることが確認された。
【0094】
以上の結果は、高血糖カイコの示す成長阻害現象の原因のひとつに、カイコ血液中のAGEsの増加があることを示しており、また、AGEsの生成を抑制することによって、高血糖カイコの示す成長阻害現象が改善される可能性が高いことを示している。
【0095】
哺乳類の場合は、AGEsの蓄積は血管の細い網膜や腎臓、末梢等の部位で進み、それらの部位に炎症性の障害が起こりやすいと考えられているのに対し、カイコ等の完全変態型昆虫の幼虫は開放血管系で細い血管を持たないので、AGEsの局所への蓄積は通常想起できない。従って、本来AGEsの増加の影響を哺乳類ほど受けないと予想することもできるのである。しかしながら、実際には成長阻害という全身現象を呈し、その現象がAGEs濃度の低下とリンクして改善されていることから、カイコ等の完全変態型昆虫の幼虫の場合は、メカニズムは不明であるがAGEsによる障害を全身に受けていると考えることができる。
【0096】
従って、開放血管系を有するカイコ等の完全変態型昆虫の場合であっても、高血糖によって生体内で増加したAGEsの影響が、成長阻害現象という外面的に観察できる単純な表現型で現れると考えることができ、そのことを見出し確認できたことは、本発明を実施すればAGEs生成抑制剤を評価・スクリーニングできるということの重要な証明となっている。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、社会的要請の強い、高血糖を原因とする皮膚の老化、糖尿病合併症等の多くの疾患の予防剤と治療剤を提供するための効果的な評価方法・スクリーニング方法として、極めて広い分野に対して産業上の利用可能性を有している。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤がヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有するか否か及び/又はその効果の程度を評価する薬剤の評価方法であって、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することを特徴とする薬剤評価方法。
【請求項2】
ヒトの体内において高血糖を原因とする障害を予防又は改善する効果を有する薬剤をスクリーニングする方法であって、完全変態型昆虫の幼虫が示す高血糖状態における成長阻害現象に対する該薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定する工程を含むことを特徴とする薬剤スクリーニング方法。
【請求項3】
高血糖を原因とする障害がヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害であり、薬剤の成長阻害現象改善効果がAGEs生成抑制効果である請求項1記載の薬剤評価方法。
【請求項4】
高血糖を原因とする障害がヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害であり、スクリーニングする薬剤の成長阻害現象改善効果がAGEs生成抑制効果である請求項2記載の薬剤スクリーニング方法。
【請求項5】
薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することに加えて、薬剤投与前後における測定に供した完全変態型昆虫の幼虫の血液及び/又は幼虫組織中の糖化最終産物(AGEs)濃度を測定する請求項1又は請求項3記載の薬剤評価方法。
【請求項6】
スクリーニングする薬剤の成長阻害現象改善効果の大きさを測定することに加えて、該薬剤と標準物質投与前後における、測定に供した完全変態型昆虫の幼虫の血液及び/又は幼虫組織中の糖化最終産物(AGEs)濃度を測定して、該標準物質より大きなAGEs濃度低減作用を有する薬剤を選択する工程を含む請求項2又は請求項4記載の薬剤スクリーニング方法。
【請求項7】
上記完全変態型昆虫の幼虫がカイコである請求項1、請求項3又は請求項5記載の薬剤評価方法。
【請求項8】
上記完全変態型昆虫の幼虫がカイコである請求項2、請求項4又は請求項6記載の薬剤スクリーニング方法。
【請求項9】
請求項2、請求項4、請求項6又は請求項8記載の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とすることを特徴とするメイラード反応阻害剤。
【請求項10】
請求項2、請求項4、請求項6又は請求項8記載の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とすることを特徴とするAGEs生成抑制剤。
【請求項11】
請求項2、請求項4、請求項6又は請求項8記載の薬剤スクリーニング方法を用いてスクリーニングされた薬剤を有効成分とする、ヒトの体内で進行するメイラード反応によって生成した糖化最終産物(AGEs)を起因とする障害の予防及び/又は改善用薬理組成物。


【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−95194(P2011−95194A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−251567(P2009−251567)
【出願日】平成21年11月1日(2009.11.1)
【出願人】(501481492)株式会社ゲノム創薬研究所 (25)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】