説明

薬剤を付着・コーティングしたステント

【課題】動脈の内膜肥厚の予防、治療効果を有する薬剤を強固に付着し、かつ該薬剤を体液中で徐放することができるように生体適合性ポリマーや生分解性ポリマーでコーティングしたステントを提供すること。
【解決手段】薬剤を生体適合性ポリマー及び/又は生分解性ポリマーを用いて付着・コーティングしたステント。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は薬剤、特に動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤を付着及びコーティングしたステントに関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、生活習慣の欧米化に伴い、我が国でも、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)が急速に増加しつつある。虚血性心疾患は、主として、心表面を走行する太い冠動脈の動脈硬化症を基盤に、これに冠動脈血栓や冠れん縮が加わり惹起される。今日、冠動脈硬化病変を軽減させる確実な方法として、冠動脈形成術(percutaneous transuluminal coronary angioplasty 、以下、PTCAと略す。)の有効性が確立されつつあるが、PTCAにより冠狭窄病変の開大に成功した例の約30〜40%に再狭窄が生じる。この再狭窄は、再PTCAを要することから、その予防法、治療法の確立は世界的な緊急課題である。
【0003】
この課題を解決するため、近年開発されたのが血管内のステントである。ここで言う「ステント」とは、血管内に挿入されて所望の場所に保持されるいかなる器具をも含むものである。ステントは、金属または高分子よりなる器具で、金属の冠状のもの、金属製または高分子製の糸を編み上げ筒状に成形したもの等、種々の形態のものが知られている。ステントは末梢もしくは冠状動脈内へ膨らんだ形で埋め込まれるものである。ステントの目的は、血管狭窄の予防であるが、これまでの臨床成績では、ステントのみでは狭窄を顕著に抑制することが出来ていないのが現状である。
【0004】
またこれまでに、PTCA後の再狭窄を予防するため、世界中で、実に様々な薬剤の試みが行われてきた。例えば、抗血小板薬(アスピリン、ジピリミダモール、ヘパリン、抗トロンビン製剤、魚油等)、血管平滑筋の増殖を重視する立場から増殖抑制薬(低分子ヘパリン、アンギオテンシン変換酵素阻害薬など)、炎症性変化を重視する立場から抗炎症薬(ステロイド等)、カルシウムイオンの役割を重視する立場からカルシウム拮抗薬、脂質の役割を重視する立場から脂質改善薬(ロバスタチン、魚油など)等の使用が試みられているが、これらの臨床治験の多くは治療に関し、満足できる結果を与えていないのが現状である。これらの薬剤が十分に治療効果を発揮し得ない理由は明らかでないが、副作用により十分量の薬剤を投薬できない場合や、薬剤の血管局所での濃度が薬効を発揮するために十分量得られない場合があるものと推察されている。このような情況に鑑み、血管の再狭窄が発生する局所に薬物を送達することができれば、薬剤の有効性が向上し、毒性軽減にも結びつくことが期待される。
【0005】
米国ウオルフ ロドニー ジーらは、このような発想に基づき、ステントに薬剤を付着、又はコーティングすることにより、治療を必要とする血管局所に必要量の薬剤をデリバリーする器具を提案している。彼らの提案によるステントへの薬剤の付着、又はコーティングする方法としては、高分子物質の官能基に薬剤をリンクさせる方法、生分解性または生体適合性高分子物質を用いて薬剤をステントに含浸、付着又はコーティングする方法等が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
【特許文献1】特表平5−502179号公報
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは、動脈内膜肥厚の機構とその予防・治療法に関し研究を継続しており、既に3−フェニルチオメチルスチレン誘導体が動脈の内膜肥厚の予防、治療効果を有し、冠動脈硬化、特にPTCA後における冠動脈再狭窄の予防、治療に有用であることを見出している(第59回日本循環器学会、講演番号250)。更に、本薬剤を血管局所へ送達する方法を確立するため、本薬剤をステントへ付着、又はコーティングする方法を検討したところ、公知の方法では、ステントに付着又はコーティングされ得る薬剤の量が極めて微量であること、ステントに付着及び/又はコーティングした薬剤が容易にステントより脱離、剥落することより、薬剤を含浸、付着又はコーティングしたステントの取扱いが極めて困難であることが明らかとなった。また、公知の方法では付着、又はコーティングした薬剤は、血清等の体液中で速やかに溶出されてしまい、長時間持続的に溶出させることが困難であることが判明した。
【0008】
従って、本発明の目的は、動脈の内膜肥厚の予防、治療効果を有する薬剤を強固に付着し、かつ該薬剤を体液中で徐放することができるように生体適合性ポリマーや生分解性ポリマーでコーティングしたステントを提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、これらの問題点を克服するため、鋭意検討を重ねた結果、薬剤、特に動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤、更に詳しくは3−フェニルチオメチルスチレン誘導体及びその造塩可能なものの塩のステントへの付着を生体適合性ポリマー又は生分解性ポリマーを用いて補強することにより、ステントの薬剤保持力を向上でき、薬剤付着量を格段に増加させ得ること、及び該薬剤の放出を徐放性にできることを発見し、更に検討を重ねることにより本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明の要旨は
(1) 薬剤を生体適合性ポリマー及び/又は生分解性ポリマーを用いて付着・コーティングしたステント、
(2) 薬剤の付着量が、ステント当たり0.1〜10mgである前記(1)記載のステント、
(3) 薬剤が、動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤である前記(1)または(2)記載のステント、
(4) 薬剤が一般式(I)
【0011】
【化3】



【0012】
〔式中、xは水素原子、−OR5 (但し、R5 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシ基、C1 〜C5 のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、水酸基、ハロゲン原子、又は−COOR6 (但し、R6 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシカルボニル基を表し、R1 は水素原子、C1 〜C3 のアルキル基、又はR7 CO−(但し、R7 フェニル基、又はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアシル基を表し、R2 は水素原子、又はC1 〜C5 のアルキル基を表し、R3 は−COOR8 (但し、R8 は水素原子、又はC1 〜C4 のアルキル基を示す。)で表される基、又はアミドを表し、R4 はシアノ基、又はR9 SO2 −(但し、R9 はC1 〜C4 のアルキル基を示す。)で示されるアルキルスルフォニル基を表し、又はR3 とR4 は互いに結合して−CO−Y−CH(R10)−CH2 −もしくは−CO−Y−CH2 −CH(R10)−(但し、R10は水素原子、又はC1 〜C4 のアルキル基を示し、Yは酸素原子又はNH基を示す。)、又は−CO−N(C6 5 )−NH−CO−を表し、nはxがハロゲン原子のとき、1〜5の整数を表し、xがその他の基のときは1を表し、mは0〜3の整数を表す。〕
で表される3−フェニルチオメチルスチレン誘導体、又はその造塩可能なものの塩である前記(1)〜(3)いずれかに記載のステント、
(5) 薬剤が一般式(II)
【0013】
【化4】



【0014】
(式中、x、R2 、n及びmは一般式(I)におけるx、R2 、n及びmと同一の意義を表す。)
で表されるα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸アミド誘導体、又はその造塩可能なものの塩である前記(1)〜(3)いずれかに記載のステント、
(6) 薬剤が、α−シアノ−3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチル桂皮酸アミドである前記(1)〜(3)いずれかに記載のステント、
(7) 薬剤が、血管平滑筋細胞増殖を抑制し得る薬剤である前記(1)または(2)記載のステント、
(8) 薬剤が、マイトマイシンC、アドリアマイシン、ゲニステイン、又はチルフォスチンである前記(7)記載のステント、
(9) ステントが、パルマッツ−シャッツ(Palmaz−Schatz)ステント、ストレッカー(Strecker) ステント、又はウォルステント(Wallstent)である前記(1)〜(8)いずれかに記載のステント、
(10) 生体適合性ポリマーが、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンカーボネート、ポリプロピレンカーボネート、およびフィブリンからなる群より選択される1以上である前記(1)〜(9)いずれかに1項記載のステント、並びに
(11) 生分解性ポリマーが、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸とポリグリコール酸との共重合体、コラーゲン、ゼラチン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、ポリ−L−グルタミン酸、澱粉、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリエチレンサクシネート、およびポリ−β−ヒドロキシアルカノエートからなる群より選択される1以上である前記(1)〜(10)いずれかに記載のステント、
に関する。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明に用いられる動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤としては、実質的にヒトにおいて動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤であれば何れの薬剤でも適用可能であり、単独で用いることも、複数の薬剤を適宜組み合わせて用いることもできる。動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤としては、例えば、既にヒト及び/又は実験動物で血管内膜肥厚の抑制作用が報告されているところの抗血小板薬(アスピリン、ジピリミダモール、ヘパリン、抗トロンビン製剤、魚油など)、血管平滑筋増殖抑制薬(低分子ヘパリン、アンギオテンシン変換酵素阻害薬など)、抗炎症薬(ステロイド等)、カルシウム拮抗薬(ニフェジピン等)、脂質改善薬(ロバスタチン、シンバスタチン、魚油など)、抗アレルギー剤(トラニラストなど)、及び試験管内で血管平滑筋の増殖または走化性を抑制することが示されている、DNA合成阻害剤(マイトマイシンC、アドリアマイシンなど)、チロシンキナーゼ阻害剤(ゲニステイン、チルフォスチン、アーブスタチンなど)、更には、一般式(I)で示される3−フェニルチオメチルスチレン誘導体、又はその造塩可能なものの塩、好ましくは一般式(II)で示されるα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸アミド誘導体、又はその造塩可能なものの塩、さらに好ましくは、α−シアノ−3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチル桂皮酸アミド(以下、ST638と略称する。)等が挙げられる。
【0016】
上記、抗血小板薬(アスピリン、ジピリミダモール、ヘパリン、抗トロンビン製剤、魚油など)、血管平滑筋増殖抑制薬(低分子ヘパリン、アンギオテンシン変換酵素阻害薬など)、抗炎症薬(ステロイド等)、カルシウム拮抗薬(ニフェジピン等)、脂質改善薬(ロバスタチン、シンバスタチン、魚油など)、抗アレルギー剤(トラニラストなど)、DNA合成阻害剤(マイトマイシンC、アドリアマイシンなど)、チロシンキナーゼ阻害剤(ゲニステイン、チルフォスチンなど)は市販医薬品または試薬として入手可能である。また、一般式(I)、(II)で示される誘導体およびST638の製造法は、それぞれ特開昭62−111962号公報、特開昭62−29570号公報、特開昭62−39564号公報、及びケミカル・ファマシュテイカル・ブルテン(Chem. Pharm. Bull.) 36,974−981, 1988に記載されている。
【0017】
本発明に用いられるステントは、金属製のものであれ、高分子よりなるものであれ、血管内に留置することによって血管の開在を補助する器具であればよく、形態としては冠状のもの、糸を編み上げ筒状に成形したもの等、種々の形態のものが用いられる。このようなステントの代表例としては、パルマッツ−シャッツ(Palmaz−Schatz)ステント、ストレッカー(Strecker) ステント、ウォルステント(Wallstent)等が挙げられる。
【0018】
本発明に用いられる生体適合性ポリマーとしては、本質的に血小板が付着し難く、組織に対しても刺激性を示さず、薬剤の溶出が可能なものであれば何れの生体適合性ポリマーでも利用しうるが、例えば合成ポリマーとしては、ポリエーテル型ポリウレタンとジメチルシリコンのブレンド或いはブロック共重合体、セグメント化ポリウレタン等のポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンカーボネート、ポリプロピレンカーボネート等のポリカーボネート等が、また天然生体適合性ポリマーとしてはフィブリン、ゼラチン、コラーゲン等が利用しうる。これらのポリマーは単独でも、適宜組み合わせても利用しうる。
【0019】
本発明に用いられる生分解性ポリマーとしては、生体内で酵素的、非酵素的に分解され、分解産物が毒性を示さず、薬物の放出が可能なものであれば、何れの生分解性ポリマーも利用可能である。例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸とポリグリコール酸との共重合体、コラーゲン、ゼラチン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、ポリ−L−グルタミン酸、ポリ−L−リジン等のポリアミノ酸、澱粉、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリエチレンサクシネート、ポリ−β−ヒドロキシアルカノエート等から適宜選択された物を使用し得る。これらのポリマーは単独でも、適宜組み合わせても利用しうる。
【0020】
本発明において、薬剤は溶液状態でステントに添加した後、溶媒を除去することによって、ステントに付着させることができる。生体適合性ポリマー及び生分解性ポリマーは、液状または適切な溶媒、例えば、水、緩衝液、酢酸、塩酸等の酸溶液、メタノール、エタノール、アセトン、アセトニトリル、塩化メチレン等の溶液としてステントに接触させた後、溶媒を除去することにより薬剤の付着したステントをコーティングすることができる。具体的には、生体適合性ポリマーおよび/または生分解性ポリマーを低沸点溶媒に溶解して調製した溶液に薬剤を溶解または懸濁して得られる液でステントを塗布し乾燥させる操作または当該液にステントを浸漬し乾燥させる操作を少なくとも1回以上繰り返すことにより、あるいは少なくとも1回以上繰り返して薬剤の溶液をステントに塗布・乾燥させた後または薬剤の溶液にステントを浸漬・乾燥した後、薬剤の溶解し難い低沸点溶媒に溶解して調製した生体適合性ポリマーおよび/または生分解性ポリマーの溶液への浸漬・乾燥を少なくとも1回以上行うことにより、ステントへの薬剤の付着および生体適合性ポリマーおよび/または生分解性ポリマーによるコーティングをすることができる。
【0021】
本発明に使用する動脈内膜肥厚予防剤の有効成分は、治療を必要とする患者(動物およびヒト)に対し、毒性を示さない用量であり、ステントの本来の機能に悪影響を及ぼさない量であれば、任意の量をステントに付着・コーティングしうるが、好ましくは、ステント当たり0.1〜100mg、さらに好ましくはステント当たり0.1〜10mgの範囲で付着・コーティングするのが望ましい。また、本発明に使用する生分解性ポリマーは、治療を必要とする患者(動物およびヒト)に対し、毒性を示さない用量であり、実質的に血管内膜肥厚予防剤のステントへの付着を増強し得る量を用いることができるが、ステント当たり0.1〜100mg、好ましくはステント当たり0.1〜10mgの範囲で使用するのが望ましい。
【0022】
本発明に使用する動脈内膜肥厚予防剤の有効成分は単独あるいは適宜組み合わせて用いることもできる。また、動脈内膜肥厚予防剤を単独でステントへ付着・コーティングしても良く、あるいは動脈内膜肥厚予防剤の安定化剤、保存剤等の補助剤と共に付着・コーティングしてもよい。
【0023】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例等によりなんら限定されるものではない。
【0024】
実施例1
α−シアノ−3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチル桂皮酸アミド(ST638)を付着・コーティングしたステントの調製
α−シアノ−3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチル桂皮酸アミド(ST638)のアセトン溶液(20mg/ml)10μlをステンレス製ステント(パルマッツ−シャッツ ステント、米国 Johnson & Johnson社製)上に乗せ、熱風により素早く風乾させる操作を10回繰り返した。この操作によりステント上にST638が析出付着した。次いで、ポリ乳酸/ポリグリコール酸(1/1)共重合体LGA5005(平均分子量5000、和光純薬工業製)の塩化メチレン溶液(40mg/ml)に浸漬後、素早く取り出し風乾、次いで減圧乾燥させることにより、ST638をコーティングしたステントを得た。
【0025】
このようにして得たステントをジメチルスルフォキシド1ml中に浸漬攪拌することにより、ステントにコーティングされたST638及びLGA5005を可溶化し、溶液中のST638量を高速液体クロマトグラフィーを用いて定量した(カラム:コスモジル5C18−AR、移動層溶媒:60%(v/v)アセトニトリル水溶液、流速:1ml/ml、検出:253nm)。その結果、ステントに付着・コーティングされたST638は1.5mgであった。また、ステントに付着・コーティングさせた物質の乾燥後、総重量からST638の重量を差し引いた重量(付着したLGA5005量に相当)は0.9mgであった。対照として、LGA5005処理を省略したステントを同様にして調製した。
【0026】
実施例2
ポリ乳酸を用いてST638を付着・コーティングしたステントの調製
実施例1と同様にして、パルマッツ−シャッツ ステントにST638を付着させた後、LGA5005の代わりに、ポリ乳酸LA−0005(平均分子量5000、和光純薬工業製)、ポリ乳酸LA−0015(平均分子量15000、和光純薬工業製)、あるいはポリ乳酸LA−0020(平均分子量20000、和光純薬工業製)を用いて処理することにより、ST638をコーティングしたステントを得た。実施例1と同様にして得られたST638の付着量はステント当たりそれぞれ1.4mg、1.3mg、1.4mgであった。
【0027】
実施例3
ポリグリコール酸を用いてST638を付着・コーティングしたステントの調製
実施例1と同様にして、パルマッツ−シャッツ ステントにST638を付着させた後、ヘキサフロロプロパノールに溶解したポリグリコール酸(ポリグリコライド、シグマ社製、平均分子量100,000〜125,000)をコーティングすることによりST638を付着・コーティングしたステントを得た。実施例1と同様にして得られたST638の付着量はステント当たり1.0mgであった。
【0028】
実施例4
実施例1と同様に調製したST638アセトン溶液に、パルマッツ−シャッツステント、ストレッカー(Strecker) ステント、およびウォルステント(Wallstent)を5回浸漬乾燥を繰り返した。各ステントへのST638の付着量はそれぞれ2.5mg、2.0mg、及び1.8mgであった。次いで、実施例1と同様のLGA5005塩化メチレン溶液に2回浸漬乾燥を繰り返すことにより目的とするST638付着・コーティングしたステントを得た。
【0029】
実施例5
実施例1において、ST638の代わりに、4−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−1−フェニルピラゾリジン−3,5−ジオン、3−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−2−ピロリジンを用い、実施例1と同様にしてこれらの薬剤を含浸・付着させ、ついでLGA5005をコーティングすることにより、これらの薬剤を付着・コーティングしたパルマッツ−シャッツ ステントを得た。各ステントへの4−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−1−フェニルピラゾリジン−3,5−ジオンおよび3−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−2−ピロリジンの付着量は1.8mgおよび1.6mgであった。
【0030】
実施例6
実施例1において、ST638の代わりに、ゲニステイン(コスモバイオ株式会社、東京)、チルフォスチンA1(コスモバイオ株式会社、東京)、チルフォスチンA9(コスモバイオ株式会社、東京)、チルフォスチンA46(コスモバイオ株式会社、東京)、チルフォスチンB42(コスモバイオ株式会社、東京)、チルフォスチン50(コスモバイオ株式会社、東京)を用い、実施例1と同様にして各薬剤を付着させ、さらにLGA5005をコーティングしてパルマッツ−シャッツ ステントを得た。ゲニステイン、チルフォスチンA1、チルフォスチンA9、チルフォスチンA46、チルフォスチンB42、およびチルフォスチン50のステントへの付着量は、ステント当たりそれぞれ1.2mg、1.3mg、1.5mg、1.4mg、1.3mg、および1.0mgであった。
【0031】
実施例7
パルマッツ−シャッツ ステントをマイトマイシンCの水懸濁液(10mg/ml)またはアドリアマイシンのエタノール溶液(10mg/ml)に浸漬後、取り出し乾燥し、次いで1%ゼラチン水溶液(40℃)に浸漬し乾燥することにより、マイトマイシンCまたはアドリアマイシンを付着・コーティングしたステントを得た。マイトマイシンCおよびアドリアマイシンのステントへの付着量は、ステント当たりそれぞれ0.2mgおよび0.3mgであった。
【0032】
実施例8
ポリ乳酸、ポリグリコール酸、あるいはポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体処理ステントのST638保持力に対する効果
実施例1で得たステントを用い、ST638の保持特性に対するLGA5005処理の効果を評価した。LGA5005処理をしたステントとLGA5005処理なしのステントを1m上空よりガラス板上に自然落下させ、衝撃によるST638の剥落の程度を、ステントに残存付着しているST638量の定量と目視判定により行った。ステントに残存付着しているST638量の定量は、ステントをジメチルスルフォキシド1ml中に浸漬し、可溶化したST638量を高速液体クロマトグラフィーを用いて定量した(カラム:コスモジル5C18−AR、移動層溶媒:60%(v/v)アセトニトリル水溶液、流速:1ml/ml、検出:253nm)。その結果、LGA5005処理なしのステントでは、明らかにST638の剥落が認められ保持されているST638量は約75%減少した。一方、LGA5005処理をしたステントでは、落下処置後も重量および残存付着しているST638量に変化は認められず、目視的にもST638の剥落は全く認められなかった。
【0033】
同様にして、実施例2、及び実施例3で調製したポリ乳酸LA−0005(平均分子量5000、和光純薬工業製)、ポリ乳酸LA−0015(平均分子量15000、和光純薬工業製)、ポリ乳酸LA−0020(平均分子量20000、和光純薬工業製)、及びポリグリコール酸(ポリグリコライド、シグマ社製、平均分子量100,000〜125,000)を用いてST638をコーティングしたステントを1m上空よりガラス板上に自然落下させ、ステントに残存付着しているST638量を測定した(但し、ポリグリコール酸では処理したステントはヘキサフロロイソプロパノール1ml中に浸漬し、ST638を可溶化し定量した)。その結果、何れのポリマーを用いた場合も、ST638はステントから殆ど剥落が認められなかった。
【0034】
実施例9
ポリ乳酸、ポリグリコール酸、あるいはポリ乳酸−ポリグリコール酸共重合体処理のST638の徐放性に対する効果
ステントを血清中に保持した場合のステントからのST638溶出速度を比較検討した。実施例1で調製したLGA5005処理をしたステントとLGA5005処理なしのステントを、牛胎児血清(Flow社製)1ml中に浸漬し、室温で12時間放置した。その後、ステントを取り出し、少量の同血清で洗浄後、新鮮な血清1ml中に浸漬し、同様に放置した。血清中に溶出したST638量は、352nmの吸光度を測定することにより行った。その結果、LGA5005処理なしの場合は、最初の1日目で90%以上のST638が溶出し、5日目では殆ど溶出が認められなくなったのに対し、LGA5005処理ステントでは、1日目で30%の溶出に留まり、1週間後でも引き続きST638の溶出が認められた。この結果は本発明の方法が薬剤のステントからの放出を徐放性にすることを示している。
【0035】
同様の実験を、実施例2および実施例3で得たステントを用いて検討した。その結果、何れのポリマーで処理したステントにおいても、LGA5005を用いた場合とほぼ同様に、ST638の血清中への溶出が徐放性になっていることが認められた。
【0036】
実施例10
フィブリンを用いて薬剤をコーティングしたステントの調製
生理的組織接着剤ベリプラスR P(ベーリングベルケ社)セット中の塩化カルシウム溶液中にST638結晶を懸濁(20mg/ml)し、その懸濁液の0.5mlをトロンビン(150単位)末の入っているバイアルに添加後、予めアプロチニン(500KIE)溶液を添加したフィブリノーゲン(40mg)溶液に添加し、直ちにパルマッツ−シャッツ ステントにコーティングし、フィブリンを固化させた。その後、風乾することにより水分を除去し、ST638をコーティングしたステントを得た。ステントへのST638の付着量はステント当たり0.5mgであった。
【0037】
同様にして、ST638の代わりにST638アナログである4−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−1−フェニルピラゾリジン−3,5−ジオンまたは3−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−2−ピロリジンを用いて、それぞれの薬剤をフィブリンでコーティングしたパルマッツ−シャッツ ステントを得た。4−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−1−フェニルピラゾリジン−3,5−ジオンおよび3−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−2−ピロリジンのステントへの付着量はそれぞれステント当たり0.6mgおよび0.4mgであった。このようにして得たステントは、実施例8、及び実施例9に記載したのと同様の試験において、それぞれST638、4−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−1−フェニルピラゾリジン−3,5−ジオン、または3−(3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチルベンジリデン)−2−ピロリジンの保持力、及び血清中でのこれらの薬剤の徐放性が改善されていた。
【0038】
実施例11
1%(w/w)ヒアルロン酸水溶液5mlに乳鉢で十分磨砕したST638(100mg)を添加し十分攪拌した後、その20μlをパルマッツ−シャッツ ステント表面に付着させ乾燥させた。ST638の付着量はステント当たり0.4mgであった。このようにして得られたステントは、実施例8と同様の試験において、ST638の剥落を示さなかった。
同様に、1%(w/w)コラーゲン水溶液、1%(w/w)ゼラチン水溶液溶液、1%(w/w)ポリ−L−グルタミン酸水溶液、或いは1%(w/w)キトサン酢酸水溶液にST638微粉末を添加攪拌後、懸濁液の1部をステント表面に付着させ乾燥させることにより、ST638をコーティングしたステントを得た。ST638の付着量は、コラーゲン処理、ゼラチン処理、ポリ−L−グルタミン酸処理、キトサン処理のそれぞれに対し、ステント当たり0.3mg、0.4mg、0.3mg、0.3mgであった。このようにして得たステントは、実施例8と同様の試験において、ST638の剥落を示さなかった。
【0039】
実施例12
ST638のアセトン溶液(20mg/ml)10μlをパルマッツ−シャッツ ステントに乗せ、熱風により素早く風乾させる操作を10回繰り返した。この操作によりステント上にST638が析出した。このようにST638が付着したステントに、ポリエチレンカーボネートの塩化メチレン溶液(40mg/ml)、あるいはポリプロピレンカーボネートの塩化メチレン溶液(5mg/ml)の20μlを静かに添加し、風乾することにより、ST638を付着・コーティングしたステントを得た。ST638の付着量は、ポリエチレンカーボネート処理、ポリプロピレンカーボネート処理のそれぞれに対し、ステント当たり0.2mg、0.1mgであった。このようにして得たステントは、実施例8と同様の試験において、ST638の剥落を示さなかった。
【0040】
実施例13
30%(w/w)アクリルアミドと0.8%(w/w)N,N−メチレンビス(アクリルアミド)を溶解した水溶液3.3mlに、水1.75ml、乳鉢で十分磨砕したST638(200mg)、0.5%(w/w)N,N,N,N−テトラメチルエチレンジアミン水溶液0.5ml、及び過硫酸アンモニウム25mgを順次添加し、十分攪拌した後、20μlをステント表面に付着させゲル化させた後、風乾しST638をコーティングしたステントを得た。ST638の付着量はステント当たり0.4mgであった。このようにして得たステントは、実施例8と同様の試験において、ST638の剥落を示さなかった。
【0041】
実施例14
ST638のアセトン溶液(20mg/ml)10μlをパルマッツ−シャッツ ステントに乗せ、熱風により素早く風乾させる操作を10回繰り返した。この操作によりステント上にST638が析出した。このST638が付着したステントに、5%(w/v)ポリウレタンのクロロホルム/ジオキサン(1容/1容)溶液を繰り返し噴霧することにより、ST638をコーティングしたステントを得た。ST638の付着量はステント当たり1.6mgであった。このようにして得たステントは、実施例8と同様の試験において、ST638の剥落を示さなかった。尚、使用したポリウレタンは、ポリエチレングリコール(平均分子量:2000)/プロピレングリコール=50/50(w/w)に、m,m’−ジヒドロキシアゾベンゼンを3.5モル%添加し、バルク重合法(神原 周編、重縮合と重付加反応、共立出版、p.327(1958)により調製した。
【0042】
【発明の効果】
本発明により、動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤の治療必要量を強固に付着・コーティングしたステントを提供することができる。また、このステントにコーティングされた薬剤はステントから徐々に放出されるので、本発明のステントは徐放性薬剤の提供手段としても優れている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤を生体適合性ポリマー及び/又は生分解性ポリマーを用いて付着・コーティングしたステント。
【請求項2】
薬剤の付着量が、ステント当たり0.1〜10mgである請求項1記載のステント。
【請求項3】
薬剤が、動脈内膜肥厚を抑制し得る薬剤である請求項1または請求項2記載のステント。
【請求項4】
薬剤が一般式(I)
【化1】



〔式中、xは水素原子、−OR5 (但し、R5 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシ基、C1 〜C5 のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、水酸基、ハロゲン原子、又は−COOR6 (但し、R6 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシカルボニル基を表し、R1 は水素原子、C1 〜C3 のアルキル基、又はR7 CO−(但し、R7 フェニル基、又はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアシル基を表し、R2 は水素原子、又はC1 〜C5 のアルキル基を表し、R3 は−COOR8 (但し、R8 は水素原子、又はC1 〜C4 のアルキル基を示す。)で表される基、又はアミドを表し、R4 はシアノ基、又はR9 SO2 −(但し、R9 はC1 〜C4 のアルキル基を示す。)で示されるアルキルスルフォニル基を表し、又はR3 とR4 は互いに結合して−CO−Y−CH(R10)−CH2 −もしくは−CO−Y−CH2 −CH(R10)−(但し、R10は水素原子、又はC1 〜C4 のアルキル基を示し、Yは酸素原子又はNH基を示す。)、又は−CO−N(C6 5 )−NH−CO−を表し、nはxがハロゲン原子のとき、1〜5の整数を表し、xがその他の基のときは1を表し、mは0〜3の整数を表す。〕
で表される3−フェニルチオメチルスチレン誘導体、又はその造塩可能なものの塩である請求項1〜請求項3いずれか1項記載のステント。
【請求項5】
薬剤が一般式(II)
【化2】



〔式中、xは水素原子、−OR5 (但し、R5 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシ基、C1 〜C5 のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、水酸基、ハロゲン原子、又は−COOR6 (但し、R6 はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアルコキシカルボニル基を表し、R1 は水素原子、C1 〜C3 のアルキル基、又はR7 CO−(但し、R7 フェニル基、又はC1 〜C3 のアルキル基を示す。)で表されるアシル基を表し、R2 は水素原子、又はC1 〜C5 のアルキル基を表し、nはxがハロゲン原子のとき、1〜5の整数を表し、xがその他の基のときは1を表し、mは0〜3の整数を表す。〕
で表されるα−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸アミド誘導体、又はその造塩可能なものの塩である請求項1〜請求項3いずれか1項記載のステント。
【請求項6】
薬剤が、α−シアノ−3−エトキシ−4−ヒドロキシ−5−フェニルチオメチル桂皮酸アミドである請求項1〜請求項3いずれか1項記載のステント。
【請求項7】
薬剤が、血管平滑筋細胞増殖を抑制し得る薬剤である請求項1または請求項2記載のステント。
【請求項8】
薬剤が、マイトマイシンC、アドリアマイシン、ゲニステイン、又はチルフォスチンである請求項7記載のステント。
【請求項9】
ステントが、パルマッツ−シャッツ(Palmaz−Schatz)ステント、ストレッカー(Strecker) ステント、又はウォルステント(Wallstent)である請求項1〜請求項8いずれか1項記載のステント。
【請求項10】
生体適合性ポリマーが、ポリウレタン、ポリアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンカーボネート、ポリプロピレンカーボネート、およびフィブリンからなる群より選択される1以上である請求項1〜請求項9いずれか1項記載のステント。
【請求項11】
生分解性ポリマーが、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸とポリグリコール酸との共重合体、コラーゲン、ゼラチン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、ポリアミノ酸、澱粉、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリエチレンサクシネート、およびポリ−β−ヒドロキシアルカノエートからなる群より選択される1以上である請求項1〜請求項10いずれか1項記載のステント。

【公開番号】特開2004−24889(P2004−24889A)
【公開日】平成16年1月29日(2004.1.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−207694(P2003−207694)
【出願日】平成15年8月18日(2003.8.18)
【分割の表示】特願平7−237798の分割
【原出願日】平成7年8月22日(1995.8.22)
【出願人】(000000941)鐘淵化学工業株式会社 (3,932)
【Fターム(参考)】