説明

薬剤噴霧装置

【課題】目的部位が薬液を到達させにくい箇所に位置していても、薬液を確実かつ均一に投与することができる薬剤噴霧装置を提供する。
【解決手段】薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置1は、目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能なマウスピース10と、自身の軸線回りに回転可能にマウスピース10に取り付けられ、一方の端部に軸線と角度をなすように傾斜された屈曲部35を有するノズル34と、ノズル34と連通して設けられ、ノズル34に薬液を供給する薬液供給部30と、薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部40とを備えることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験者等の所定の部位に薬剤を含む薬液を噴霧するための薬剤噴霧装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、内視鏡検査を行う際には被験者の口部にほぼ筒状のマウスピースが装着される。被験者の口部に装着されたマウスピースは、被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。そして、マウスピースに設けられた貫通孔内に内視鏡の挿入部が挿入される。このとき、内視鏡の挿入部は、マウスピースの貫通孔の内周面に摺接し、当該内周面に沿う状態でガイドされて体内に送り込まれる。
上述のマウスピースは、内視鏡の挿入部を口から体内に挿入するにあたり、
(1)被験者の口をあけた状態に保つこと
(2)内視鏡検査中に、被験者が負荷を感じる等の理由で歯を噛み締めた際、内視鏡を保護することの2つを大きな目的として装着されるものであり、臨床現場で広く用いられている。
【0003】
また、通常は、内視鏡挿入時の被験者の負担をより低減するために、上述のマウスピースの装着前に、定量噴霧式表面麻酔剤等が手動式のポンプスプレーにより咽喉部に噴霧投与されることが多い。
このような場合に使用される薬剤噴霧装置や噴霧方法は様々あるが、一例として、特許文献1に記載の薬液の噴霧投与方法が開示されている。
【0004】
図8は特許文献1に記載の薬剤噴霧装置を示す図である。この薬剤噴霧装置は、薬液を体内の標的部位にデリバリーするカテーテル120を備えたカテーテルアセンブリー110である。カテーテルアセンブリー110における付勢機構としては、例えば加圧ガス、真空、求心力、プランジャー、電位の傾き等を用いたものが採用可能である。付勢機構として電位の傾きを利用したものを用いる場合、カテーテル120は、図8に示すように、全長にわたる内腔と、活性電極を含む近位端130と、対極とノズル180とを含む遠位端135、及び電気エネルギー源としての電池またはパルス発生器等を有する構成をとる。そして、当該電気エネルギー源に活性電極と対極が接続されている。
【0005】
帯電された薬液は、活性電極を経てデリバリーされ、活性電極と対極の回路により形成される電位の傾きに沿って移動し、カテーテル120のノズル180を通って目的部位に至る。送達される薬液がプラスに帯電している場合には、アノードが活性電極となりカソードが対極となって電気回路を完成させ、デリバリーされる薬液がマイナスに帯電している場合には、カソードが活性電極となりアノードが対極となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2006−527023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般的な霧吹き式の定量噴霧式表面麻酔剤を咽喉部に噴霧投与した場合、気体圧力を用いる噴射方式のため、麻酔薬がある一点に比較的集中して投与される。このため、内視鏡挿入時に負荷を生じさせる部位、すなわち、内視鏡と生体との接触位置に対して、複数回に分けて投与することが必要となる。また、集中投与された麻酔薬は投与位置から重力方向に垂れやすくなり、周辺部位にも負荷低減に寄与しない麻酔作用を引き起こす場合がある。
また、内視鏡挿入時の負荷を感じる部位の一部は咽喉部の奥に位置するため、単に麻酔薬を噴霧しただけでは当該部位に到達しにくい。したがって、上述の定量噴霧式表面麻酔剤により当該部位を確実に麻酔することは容易な事ではないため、負荷低減効果が充分に得られない場合があるという問題がある。
【0008】
一方、特許文献1に記載の薬剤噴霧装置は、比較的広い範囲に噴霧することも可能であるが、噴霧された薬液の微粒子は非常に小さいため、粘膜等の生体表面に付着せずに舞い上がりやすい。このように薬液の微粒子が舞い上がると、呼気動作により口腔外に排出されやすいため、充分な効果が得られない場合がある。また、電位差を用いる場合は、近位端130の活性電極と遠位端135の対極との間に電位差が設けられているに過ぎないため、遠位端135のノズル180から放出された治療薬は、電位の傾きの作用を受けない。したがって、放出された薬剤は方向性を失いやすくなって目的部位に付着しないことがある結果、薬剤の投与が不均一、不十分になりやすいという問題がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みて成されたものであり、目的部位が薬液を到達させにくい箇所に位置していても、薬液を確実かつ均一に投与することができる薬剤噴霧装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、前記本体に自身の軸線回りに回転可能に取り付けられ、一方の端部に前記軸線と角度をなすように傾斜された屈曲部を有するノズルと、前記ノズルと連通して設けられ、前記ノズルに前記薬液を供給する薬液供給部と、前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部とを備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、薬液供給部により供給される薬液は、電圧印加部により電圧が印加された状態でノズルの先端部に導かれる。よって、ノズルの内部の薬液は生体との間で所定の電位差を有しているので、ノズルの先端部の薬液と生体の内部との間に電気力線が形成されるとともに、ノズルの先端部から薬液が帯電した状態で噴霧される。噴霧されて微粒子となった薬液は、電気力線によって確実に目的部位まで到達して投与される。このとき、ノズルが屈曲部を有し、かつ軸線回りに回転可能に本体に取り付けられているので、目的部位が薬液を到達させにくい箇所に位置していても、ノズルが取り付けられた本体を生体の目的部位に対して位置決めされるように保持することによって、ノズルの先端を当該目的部位に向けやすい。
【0012】
前記屈曲部が前記軸線となす角度は10度以上90度以下でもよい。
本発明の薬剤噴霧装置は、前記屈曲部が前記軸線となす角度を変化させるための屈曲操作部をさらに備えてもよい。
また、前記ノズルは、前記本体に対して軸線方向に相対移動可能であってもよい。
これらいずれの場合も、目的部位の位置にかかわらず、ノズルの先端を容易に目的部位に向けることができる。
【0013】
また、前記本体は、内視鏡の挿入部を挿通して前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔をさらに備えてもよい。
この場合、本体に回転可能に取り付けたノズルにより、生体の目的部位に薬剤を噴霧するだけでなく、本体の貫通孔に内視鏡の挿入部を挿通させて、生体の内部を観察することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の薬剤噴霧装置によれば、目的部位が薬液を到達させにくい箇所に位置していても、薬液を確実かつ均一に投与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】内視鏡挿入前における麻酔薬投与位置を示す概略図である。
【図2】本発明の第1実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図3】同薬剤噴霧装置のマウスピースの側面断面図及び背面図を示す図である。
【図4】同薬剤噴霧装置の薬剤噴霧機構の構成を示す図である。
【図5】本発明の第2実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図6】同薬剤噴霧装置のマウスピースを開口部側から見た状態を示す図である。
【図7】本発明の第3実施形態の薬剤噴霧装置が被験者に装着された状態を示す図である。
【図8】従来の薬剤噴霧装置の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の第1実施形態について図1から図4を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置1は、内視鏡挿入時に使用されるマウスピースと、内視鏡挿入時の被験者等の負荷を低減させるための麻酔薬(薬剤)を含む薬液を噴霧投与可能な薬剤噴霧機構とが一体となった構成をとっている。
【0017】
図1は、内視鏡挿入前における一般的な麻酔薬投与位置を示す概略図である。図1に示すように、口腔内に挿入された内視鏡と接触することにより患者が負荷を感じる部位は、舌根部を含む口腔内の奥及び咽喉部T等を含む比較的広い領域Aである。特に気管入口周辺部は負荷を感じやすい位置として、これらの箇所を麻酔薬により麻酔することが望ましい。すなわち、本実施形態における目的部位は、この領域Aの粘膜表面である。
【0018】
図2は、薬剤噴霧装置1が被験者Pに装着された状態を示す図である。図2に示すように、薬剤噴霧装置1は、被験者Pに装着されるマウスピース(本体)10と、マウスピース10に取り付けられた薬剤噴霧機構20と、マウスピース10に取り付けられるノズル34とを備えている。
【0019】
マウスピース10は、被験者Pの口部に装着されるものであり、被験者Pが噛むことによって被験者の上下の歯間に挟持される状態で保持される。マウスピース10は、内視鏡を被験者Pの内部に挿入可能とするために、内視鏡の挿入部を挿通可能な貫通孔11を有する筒状に形成されている。すなわち、内視鏡の挿入部はマウスピース10の貫通孔11の内面に摺接し、当該内面によってガイドされつつ体内に送り込まれる。
マウスピース10の材質は軽量化のため樹脂材料が好ましいが、被験者Pの歯の噛み締めから内視鏡を保護できる程度の剛性を有することが必要である。具体的には、耐薬品性のある医療用プラスチック(ポリサルフォン、ポリメチルペンテン、TPX(登録商標)等)の材質を好適に採用することができる。
【0020】
図3は、マウスピース10の側面断面図及び背面図を示す図である。貫通孔11を取り囲むマウスピース10の壁面12のうち、被験者Pが装着した際に上半分に位置する部分には、所定の径を有して貫通孔11と平行(略平行を含む)に貫通して設けられたガイド穴13が形成されている。ガイド穴13には、ノズル34が挿通される。
【0021】
図4は、薬剤噴霧機構20の構成を示す図である。薬剤噴霧機構20は、薬剤を含む薬液を供給するための薬液供給部30と、薬液供給部30から供給される薬液に電圧を印加して、薬液の噴霧後の挙動を制御するための電圧発生部40とを備えている。薬液供給部30及び電圧発生部40は、取り扱いを容易にするために、ケース21に収容されている。
【0022】
薬液供給部30は、薬剤を含む液体である薬液Dが充填されたシリンジ31を備えている。本実施形態では、薬液Dとして咽喉部を麻酔するための麻酔薬が充填されている。シリンジ31は、シリンダ32とピストン33とからなる公知の構成を有し、ノズル34と連通するように接続されている。したがって、ピストン33をシリンダ32に押し込むことによって、シリンダ32内の薬液Dをノズル34に供給することができる。シリンジ31として、薬液Dが充填された状態で販売されたものをケース21に取り付けて使用し、使用時ごとに交換するようにしてもよい。
【0023】
ノズル34は、例えば四フッ化樹脂(テフロン(登録商標)等)等の非導電性材料で形成された、柔軟な可撓性を有する管状の部材である。ノズル34の一方の端部から所定の長さの領域は、自身の軸線から所定の角度、たとえば30度の角度をなして傾斜するように形成されており、屈曲部35が設けられている。屈曲部35の先端の開口は、他の領域の内径よりも縮径されており、口腔内に薬液Dを噴霧するための噴霧口36が形成されている。噴霧口36は、屈曲部35の先端に径の小さい開口を有するキャップ等を装着することによって形成されてもよいし、屈曲部35の先端をテーパ状に加工することによって設けられてもよい。ただし、キャップ等を用いる場合、異なる大きさのキャップを複数用意し、屈曲部35に着脱自在とすれば、薬液の種類や目的部位等によって、噴霧口36の径を可変とすることができる。
【0024】
屈曲部35の長さ及び傾斜角度、ノズル34の長さ、外径、内径、及び噴霧口36の径等は、薬液の種類や目的部位等によって、適宜設定されてよい。本実施形態では、屈曲部35の長さ5ミリメートル(mm)、ノズル34の長さ、外径、内径は、それぞれ100mm、1mm、0.7mm、噴霧口36の径は0.1mmに設定されている。
ノズル34は、自身の軸線回りに回動可能かつ軸線方向に進退可能にガイド穴13に挿通されており、これによって、マウスピース10との位置関係が所定の範囲内となるように位置決めされる。
【0025】
電圧発生部40は、電源41と、電源41の電圧を所定の電圧まで昇圧する電圧発生回路42と、電圧発生回路42で発生した電圧を薬液Dに印加する電圧印加部43とを備えている。
電源41は公知の各種の電源を使用することができる。本実施形態では持ち運び性を考慮し、電池が使用されている。
【0026】
電圧発生回路42は、圧電方式又は巻線方式等の高圧トランスにより電源41の電圧を所定の値の高電圧まで昇圧させるものである。電圧の所定値は、薬剤の種類等によって適宜設定されてよい。本実施形態では、例えば約5キロボルト(kV)まで昇圧される。
電圧発生回路42は、スイッチ44によってオンオフが制御され、高電圧の発生の有無が制御される。必要に応じて、電圧の大きさを調整したり、極性を変更したりするスイッチがさらに設けられても良い。
【0027】
電圧発生回路42からは、図示しないグランド線がケース21の外部に引き出されている。グランド線は、被験者Pの生体の一部と電気的に接触して当該生体を0V電位とする。グランド線の接触部位は特に限定されないが、例えば、指等に取り付けることが可能である。グランド線を被験者Pに接触させることによって、生体内の投与される目的部位はグランドとなり、電圧発生部40によって電圧が印加される薬液Dとは電位を異にすることとなる。このため、後述するように、薬液Dを目的部位に好適に到達させることができる。
【0028】
電圧発生回路42の内部には、必要に応じて、高電圧に対する各種の安全性対策のための機構が設けられてもよい。具体例としては、各種の高抵抗回路や過電流検出回路等を挙げることができる。
例えば、高抵抗回路を採用する場合は、後述する電極コンタクト部材45に、スパークや生体への電撃を防止する保護用の高抵抗を直列に配置してもよい。また、過電流検出回路を採用する場合は、電圧発生回路42から電圧印加部43に高電圧が供給された際に流れる電流を検出し、電流値が所定の設定値以上になったときに電圧発生回路42を停止させ、高電圧の発生を停止させるように構成してもよい。なお、被験者等への安全性を加味すると、過電流検出回路における設定値は、好ましくは約100マイクロアンペア(μA)以下、少なくとも約10μA以下に設定されるのが好ましい。
このほか、シリンジ31内の薬液Dがなくなると(例えばピストン33が限界までシリンダ32に押し込まれると)電圧発生回路42における高電圧の発生が停止されるように、図示しない検出センサが設けられても良い。この場合、電圧発生回路42は、薬液Dを送液中にのみ高電圧を発生させて電圧印加部43に高電圧を供給することによって安全性が高められる。
【0029】
電圧印加部43は、電圧発生回路42と電気的に接続された電極コンタクト部材45と、電極コンタクト部材45と接触可能に配置され、薬液Dに電圧を印加する印加電極46とを備えている。
電極コンタクト部材45は、印加電極46における高電圧の印加を集中させるために、印加方向に先細な針形状を有するものが好ましく、材質としては、例えばステンレス等を好適に使用することができる。このほか、一般的な電気接触子の金メッキされたコンタクトプローブ等を電極コンタクト部材45として使用してもよい。
【0030】
印加電極46は、電圧発生回路42から電極コンタクト部材45を介して供給された高電圧を噴霧される薬液Dに印加する電極であり、シリンジ31とノズル34との間に、薬液Dと電気的に接触可能に配置されている。より具体的には、印加電極46は、円管形状をなし、内部に薬液Dが通るための貫通穴が形成されて、シリンジ31とノズル34とを、水密を確保しつつ接続するように接合されている。水密を確保するために、シリンジ31及びノズル34と接続される端部にゴム製のパッキン等が設けられてもよい。印加電極46を形成する材料としては、導電性の金属、導電性樹脂、導電性膜が形成された樹脂等を使用することができ、例えば耐蝕性ステンレス等を好適に採用することができる。
【0031】
印加電極46は、ノズル34内の薬液Dを介して噴霧口36付近の薬液Dに高電圧を印加する。これにより薬液Dは、帯電され且つ霧化状の同電位の微粒子(液体微粒子)として噴霧口36から噴霧される。その際、印加された高電圧がプラス側極性の場合は、液体微粒子はプラス側極性に帯電し、高電圧がマイナス側極性の場合は、液体微粒子はマイナス側極性に帯電する。一般に被験者P等の生体は0V近傍になっており、また本実施形態では上述のグランド線によって生体は0Vになっているため、噴霧された薬液Dの液体微粒子とは電位が異なる。したがって、薬液Dの液体微粒子は、いずれの極性に帯電した場合であっても、積極的に電位の異なる部位である目的部位に引き寄せられて付着する。
【0032】
印加電極46は、自身の軸線回りに回転する際に、ノズル34及びシリンジ31と所定の摩擦力を発生させるように接続されている。したがって、ユーザがケース21内のシリンジ31(シリンダ32又はピストン33)を軸線回りに回転させると、印加電極46及びノズル34を軸線回りに回転させることができる。このとき、印加電極46は、電極コンタクト部材45との電気的接触を保持しつつ、滑りながら回転される。
【0033】
印加電極46は、電極コンタクト部材45及びケース21に対して着脱自在とするのが好ましい。このようにすると、使用時に薬液Dと接触した印加電極46を使い捨てとすることによって、噴霧される薬液Dの衛生度をより高めることができる。
【0034】
上記のように構成された薬剤噴霧装置1の使用時の動作について説明する。以下では、薬剤噴霧装置1を用いて被験者Pに対して内視鏡挿入前の咽喉部麻酔を行う例を説明し、薬液Dとして液体の麻酔薬D1を用いる。
【0035】
まず、ユーザは、所望量の麻酔薬D1が充填されたシリンジ31を準備する。次に、ケース21内に印加電極46を取り付け、印加電極46を介してシリンジ31とノズル34とを接続し、ノズル34をマウスピース10のガイド穴13に挿通する。ノズル34は可撓性を有するため、屈曲部35を有していても容易にガイド穴13に挿通及び抜去することが可能である。ノズルが可撓性に乏しい材料で形成されている場合は、予めガイド穴13にノズルを挿通させておけばよい。
【0036】
次にユーザは、噴霧口36が口内に位置するようにマウスピース10を被験者Pにくわえさせ、歯で噛むように挟持して保持させる。これにより、ノズル34先端の噴霧口36が、口腔内において所定の位置、具体的には麻酔薬D1を到達させたい目的部位のうち、咽喉部Tの奥の方に向くように位置決めされる。
【0037】
被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、ユーザはシリンジ31のピストン33を徐々にシリンダ32に押し込みつつ、電圧発生部40のスイッチ44をオンにする。すると、電圧発生回路42から発生した高電圧が、電極コンタクト部材45を介して印加電極46に供給される。この高電圧は、印加電極46によって、ノズル34を通って噴霧口36付近に到達した麻酔薬D1に印加される。そして、麻酔薬D1は、所定電位かつ所定極性に帯電した液体微粒子として噴霧口36から噴霧される。
【0038】
より詳しく説明すると、噴霧口36付近の麻酔薬D1は、外部の空気との間に液体と気体における界面を形成している。この界面に電圧が作用すると、界面は麻酔薬D1の表面に働く静電気力によって電気流体力学的に不安定になり、不安定点が発生する。この不安定点から帯電した霧化状態の液体微粒子が噴霧される。また界面に高電圧が作用し、噴霧口36における界面の電荷密度が臨界値に達すると、図2に示すように、麻酔薬D1が噴霧口36から糸状の柱、すなわち液糸14として伸び、伸縮する。このとき、液糸14の先端から、麻酔薬D1が多数の液体微粒子として順次分裂する。印加される電圧の値が大きくなると、細い液糸14における界面はさらに不安定になり、多数の不安定点が同時に発生する。麻酔薬D1は、これら不安定点から、帯電した完全な霧化状態の液体微粒子DPとして噴霧口36から噴霧される。
【0039】
電圧発生部40で発生した高電圧が麻酔薬D1に印加されると、上述のように噴霧口36付近の麻酔薬D1と被験者Pの口腔内の目的部位との間には電位差が生じる。このとき噴霧口36から口腔内の咽喉部Tに向かって図2に示すような電気力線L1が形成される。
同一電位に帯電している麻酔薬D1の液体微粒子DPは、噴霧口36から生じた電気力線L1に従って、電気力線L1が形成された範囲内において麻酔薬D1と異なる電位を有する目的部位に向けて口腔内を飛行し、電位が0Vである咽喉部Tの粘膜表面等に確実に付着することによって麻酔薬D1が目的部位に選択的に投与される。
【0040】
噴霧口36が形成された屈曲部35は、ノズル34の軸線に対して角度をなしているため、ユーザがシリンジ31を操作してノズル34を軸線回りに回転させると、噴霧口36の向きが変化する。したがって、ユーザが必要に応じてノズル34を回転させることにより、麻酔薬D1の液体微粒子DPを目的部位の他の領域、例えば気管入口周辺の側壁面等にも均一に投与することができる。
また、ノズル34を軸線方向に進退させると目的部位表面において電気力線L1がカバーする面積が変化するため、必要に応じて麻酔薬D1を投与する領域の広さを調節することが可能である。
【0041】
麻酔薬D1の投与が終わったら、ユーザはスイッチ44をオフにして電圧の発生を止め、シリンジ31の操作を止める。その後、マウスピース10の貫通孔11から図示しない内視鏡の挿入部を体腔内に挿入して、検査や処置等の所望の手技を行う。薬剤噴霧機構20は、内視鏡の挿入前にマウスピース10から取り外してもよいし、薬剤噴霧機構20を接続したまま内視鏡の挿入を行っても構わない。さらには、シリンジ31、ノズル34、印加電極46等を交換して、他の有効成分を含む薬液を投与してもよい。
【0042】
本実施形態の薬剤噴霧装置1によれば、帯電された薬液Dの液体微粒子DPが、発生する電気力線L1によって、呼気の気流の流れに打ち勝って、確実に目的部位に存在する咽喉部粘膜等の生体表面に付着する。したがって、液体微粒子DPが舞い上がったり(ドライフォグ現象)、呼気動作の気流に乗って体外に排出されたりせず、生体表面に局所的に麻酔薬D1が集中投与されることがない。その結果、投与された麻酔薬D1は、重力方向に垂れることがなく均一に投与されて、内視鏡挿入時の負担軽減に寄与しない舌部等への麻酔薬D1の無用な投与を少なくすることができるとともに、投与されずに排出される麻酔薬D1も減らすことができるので、薬液の総投与量をより少なくすることができる。これは、麻酔薬D1のように全身に作用する薬剤が使用される際には、特に安全性に大きく寄与するものである。
【0043】
また、被験者Pがマウスピース10を保持した状態で、ノズル34をマウスピース10のガイド穴13に挿通して、薬液をノズル34に導くことにより、被験者Pの口腔内に薬液を容易に導入することができる。また、ノズル34及び噴霧口36は、被験者P等が保持するマウスピース10に、自身の軸線回りに回転可能かつ軸線方向に進退可能に取り付けられているので、所定の状態で被験者Pがマウスピース10を保持することによって、ノズル34及び噴霧口36が口腔内の所定の位置に位置決めされる。したがって、マウスピース10からのノズル34の突出長や屈曲部35の傾斜角度等を適宜設定することによって、任意の目的部位に噴霧口36が対向し、かつ、当該目的部位までの距離も所定範囲に定まる。その結果、目的部位の位置にかかわらず、当該目的部位にノズル34先端の噴霧口を対向させて的確に薬液を投与することができる。
なお、屈曲部35の傾斜角度は、10度以上90度以下に設定されるのが好ましい。10度未満では気管付近に噴霧口36を対向させることが困難となり、90度より大きい場合は、同じく気管付近に噴霧口36を対向させることが困難となるとともに、屈曲部35の流体圧力損失が大きくなり、麻酔薬D1の送液抵抗が大きくなる。このため、送液時のピストン33の押圧荷重が大きくなりやすくなるため好ましくない。
【0044】
さらに、薬剤噴霧装置1は、噴霧時に気体圧力を使用しないため、噴霧口36から薬液Dが垂れて咽喉部以外の部位に付着することも防止することができる。また、超音波やメッシュを用いずに高電圧を用いるため、多少の大きさ(例えば粒子径が10μm程度)の固形成分であれば、容易に帯電した霧化状態の液体微粒子DPとして噴霧できる。したがって、薬剤噴霧装置1が噴霧可能な薬液Dは、溶液に限られず、上述の粒子径の薬剤が溶媒に分散したようなものも適用可能である。
【0045】
液体微粒子DPの径は、印加電圧の大きさを変えることによって、一定範囲で変化させることができる。したがって、投与する薬剤の種類や、目的部位等に応じて、噴霧される液体微粒子DPを任意の粒子径に設定することが可能である。
本実施形態においては、液体微粒子DPの径が10μm以下となると、粘膜に付着せずに口腔内を浮遊しやすくなり、その結果気管や肺内に流入して定着しやすくなる。このような薬剤動態を低減するためには、液体微粒子DPの径は比較的大きく設定されるのが好ましい。例えば、噴霧口36の直径が0.1mm前後、印加電圧がプラス5kV前後の場合、液体微粒子DPの径は概ね50μm以上となり、気管や肺内への流入を抑制して、目的部位である咽喉部等の粘膜に均一に投与することができる。
【0046】
さらに、麻酔薬D1に電圧を印加する印加電極46は、被験者Pから離れたケース21内に配置されており、ノズル34が非導電性材料で形成されているので、薬剤噴霧装置1をより安全に使用することができる。
一般的な塗装等に使用される静電噴霧ノズルは、金属製でノズル自身が電圧印加電極となり、噴霧口に電圧を作用させる。本実施形態の薬剤噴霧装置1は、被験者P等の生体に適用するために、静電噴霧ノズルの代わりに非導電性材料で形成されているノズル34を用い、印加電極46とノズル34の噴霧口36とを異なる位置に配置しているにもかかわらず、噴霧口36から帯電した液体微粒子DPを噴霧できる。したがって、印加電極46を容易に生体から遠ざけることができ、生体に電圧が作用することがないため安全である。
【0047】
次に、本発明の第2実施形態について、図5及び図6を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置51と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、薬液供給部の構成である。なお、以降の実施形態において、上述の薬剤噴霧装置と共通する構成要素については、同一の符号を付して重複する説明を省略する。
【0048】
図5は、薬剤噴霧装置51が被験者Pに装着された状態を示す図である。図5に示すように、薬剤噴霧機構60の薬液供給部61においては、薬液が充填されたシリンジ31とマウスピース10に挿通されたノズル34とがコネクタ62及び配管63を介して接続されている。したがって、薬剤噴霧装置1と比較して薬剤噴霧機構60をより被験者Pから離間した位置に設置可能である。コネクタ62はノズル34に対して相対回転不能に取り付けられており、後述するノズル34の回転操作を容易にするために、周方向に突出するフランジ62Aが設けられている。
【0049】
図6は、薬剤噴霧機構60の構成を示す図である。電圧発生部40の構成は第1実施形態とおおむね同様である。印加電極46は、配管63とシリンジ31とを接続するように取り付けられる。このとき、配管63を印加電極46に対して軸線回りに回転可能に構成すると、ノズル34の回転操作時に配管63がねじれることがなく、好ましい。
【0050】
上記のように構成された薬剤噴霧装置51を用いて麻酔薬D1の投与を行う場合は、ピストン33を操作して噴霧口36に麻酔薬D1を供給しつつ、必要に応じてコネクタ62のフランジ62Aを操作してノズル34を回転及び進退させる。
【0051】
本実施形態の薬剤噴霧装置51においても、薬剤噴霧装置1と同様、目的部位に確実に薬液を投与することができる。
また、コネクタ62のフランジ62Aを操作するだけでノズル34の回転及び進退操作を行うことができるので、第1実施形態の薬剤噴霧装置1のようにシリンジ31を操作してノズル34を回転させるのに比べてより容易にノズル34の操作を行うことができ、口腔内の側面や上面等のより広い領域にも容易に薬液を投与することができる。
【0052】
さらに、電圧発生部40をより被験者Pから離れた位置に置くことができるので、より薬剤噴霧装置としての安全性を高めることができる。
【0053】
次に、本発明の第3実施形態について、図7を参照して説明する。本実施形態の薬剤噴霧装置71と上述の薬剤噴霧装置1との異なるところは、屈曲部の傾斜角度が可変である点である。
【0054】
図7は、薬剤噴霧装置71が被験者Pに装着された状態を示す図である。図7に示すように、ノズル72の屈曲部73には、図7に示す状態における上側及び下側にそれぞれ操作ワイヤ74A及び74Bの端部が固定されている。各操作ワイヤ74A、74Bは、屈曲部73が傾斜を開始する基端73Aに取り付けられたガイド75を通ってコネクタ76までに延びている。
【0055】
コネクタ76には、屈曲部73を操作するためのノブ(屈曲操作部)77が揺動可能に取り付けられており、屈曲部から延びる操作ワイヤ74A及び74Bの端部が固定されている。したがって、ユーザはノブ77を揺動させることによって操作ワイヤ74A及び74Bを押し引きすることができる。これによって屈曲部73が押し引きされてその傾斜角を変化させることができる。
【0056】
薬剤噴霧装置71を使用する際は、必要に応じてノブ77を操作することで、ノズル72を回転させずにより広い範囲に薬液を投与することができる。屈曲部73の傾斜角度を変化させるだけでは投与しにくい領域がある等の場合は、コネクタ76を操作してノズル72を回転させてもよい。
【0057】
本実施形態の薬剤噴霧装置71によっても、目的部位に確実に薬剤を投与することができる。
さらに、ノブ77の揺動操作によって、屈曲部73の傾斜角を変化させることができるので、ノズル72の先端をより容易に目的部位に向けることができるとともに、当該目的部位が広い場合でも、より容易に薬液の投与を行うことができる。
【0058】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の技術範囲は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上述の各実施形態では、薬剤として麻酔薬が使用される例を説明したが、使用する薬剤は当然これには限定されず、薬液として調製可能な薬剤であれば各種の薬剤を適用可能である。
【0059】
また、ノズルを目的部位に対して位置決めする本体も、上述したマウスピースに限定されない。例えば、本体として鼻の穴に装着可能な筒状の部材を用いて、細径のノズルを鼻腔内の目的部位に対して位置決めし、当該ノズルを回転・進退させつつ薬液を噴霧することにより、鼻腔内の目的部位に確実に薬剤を投与することも可能である。鼻腔内は比較的広く、鼻の穴は小さいため、鼻腔内の奥の方や鼻腔内の広い範囲に薬液を投与するのは容易ではないが、回転可能なノズルを備えた本発明の薬剤噴霧装置を用いると、そのような投与も容易に行うことが可能である。
【0060】
さらに、ノズルの外周面のうち、進退操作によって本体の基端から口腔外に露出する部位には、口腔内における本体からのノズルの突出長や噴霧口の向きを容易に把握できるように、マーカーや目盛等の各種の指標が設けられてもよい。このようにすると、ノズルの進退操作による突出長の調節やノズルの回転操作による噴霧口の向きの調節がより容易となり、薬液の投与位置や範囲をより高精度に調節することができる。
なお、目的部位との関係でノズルを進退させる必要がない等の場合は、ノズルが軸線方向に進退不能に本体に取り付けられてもよい。
【0061】
また、上述の実施例では特に言及しなかったが、上述の各実施形態の薬剤噴霧装置は、噴霧口からの噴霧に電界を用いているので、液体微粒子DPを付着させるための電源等の消費電力を少なくすることができる。さらに、高電圧を直流成分として薬液に印加せず、短いパルス状に複数印加する(例えば、パルス幅100ミリ秒、10ヘルツにて印加する)ことにより、さらに、薬剤噴霧装置の消費電力を低下させることができる。
【符号の説明】
【0062】
1、51、71 薬剤噴霧装置
10 マウスピース(本体)
11 貫通孔
30、61 薬液供給部
34、72 ノズル
35、73 屈曲部
40 電圧発生部
77 ノブ(屈曲操作部)
D 薬液

【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬剤を含む薬液を生体の目的部位に噴霧投与するための薬剤噴霧装置であって、
前記目的部位に対して位置決めされた状態で保持可能な本体と、
前記本体に自身の軸線回りに回転可能に取り付けられ、一方の端部に前記軸線と角度をなすように傾斜された屈曲部を有するノズルと、
前記ノズルと連通して設けられ、前記ノズルに前記薬液を供給する薬液供給部と、
前記薬液に所定の電圧を印加する電圧発生部と、
を備えることを特徴とする薬剤噴霧装置。
【請求項2】
前記屈曲部が前記軸線となす角度は10度以上90度以下であることを特徴とする請求項1に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項3】
前記屈曲部が前記軸線となす角度を変化させるための屈曲操作部をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項4】
前記ノズルは、前記本体に対して軸線方向に相対移動可能であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の薬剤噴霧装置。
【請求項5】
前記本体は、内視鏡の挿入部が挿通されて前記挿入部を前記生体の内部に案内する貫通孔をさらに備えることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の薬剤噴霧装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−240190(P2010−240190A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−92850(P2009−92850)
【出願日】平成21年4月7日(2009.4.7)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)