説明

薬物の簡易分析方法

【課題】 タバコ、覚醒剤等の依存性薬物使用者の生体試料中に蓄積されるニコチン、その他の薬物を簡便、迅速、安価に分析することができる方法を提供すること。
【解決手段】 注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする生体試料中の蓄積薬物の分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物の簡易分析方法に関し、さらに詳細には、タバコ、覚醒剤等の依存性薬物使用者の生体試料中に蓄積されるニコチン、その他の薬物を簡便、迅速に分析することができる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトをはじめとする生体試料、特に毛髪、爪、体毛、皮膚、骨、等には、様々な薬物が蓄積することが知られている。これらの生体試料中に蓄積された薬物の分析は、従来湿式法で行われている。すなわち、生体試料を細かく裁断し、必要により洗浄し、アルカリ処理して試料を溶解し、薬物抽出溶媒で抽出し、抽出液をガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィーにかけ、さらに必要により質量スペクトル等にかけて標的薬物を同定するというものであり、薬物の同定には通常少なくとも1〜2日間の時間と多大の労力及び高価な装置を必要とするものであった(非特許文献1〜3)。
【0003】
【非特許文献1】臨床検査、Vol.39、No.4 (1995)、p.439-446
【非特許文献2】ファルマシア、Vol.34、No.9 (1998)、p.889-894
【非特許文献3】Biomedical Chromatography 18:655-661 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、生体試料中に蓄積された薬物の簡易分析方法を提供することである。さらに詳細には、タバコ、覚醒剤等の依存性薬物使用者の生体試料中に蓄積されるニコチン、その他の薬物を簡便、迅速、安価に分析することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の方法及びそれに使用する注射針を提供するものである。
1.注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする生体試料中の蓄積薬物の分析方法。
2.生体試料が固体である、上記1記載の方法。
3.生体試料が毛髪、爪、体毛、皮膚、骨、等である、上記1記載の方法。
4.クロマトグラフィーが、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、超臨界クロマトグラフィー、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)、ICP−MS、イオンクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、キャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)、またはキャピラリー電気泳動(CE)である上記1〜3のいずれか1項記載の方法。
5.注射針に生体試料を収納し、注射針に溶媒を注入して生体試料の表面を洗浄した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする上記1〜4のいずれか1項記載の方法。
6.注射針に生体試料を収納し、注射針に溶媒を注入して生体試料中の蓄積薬物を抽出した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする上記1〜5のいずれか1項記載の方法。
7.注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、インジェクター部分で加熱処理した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする上記1〜6のいずれか1項記載の方法。
8.クロマトグラフィーがガスクロマトグラフィーであり、生体試料が毛髪であり、蓄積薬物が依存性薬物である上記1〜7のいずれか1項記載の方法。
9.上記1〜8のいずれか1項記載の方法により、依存性薬物の乱用履歴を推定する方法。
10.上記1〜8のいずれか1項記載の方法に使用するための注射針であって、その先端部側面に開口が設けられ、先端が閉じられていることを特徴とする注射針。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、生体試料中に蓄積された薬物、特にタバコ、覚醒剤等の依存性薬物使用者の生体試料中に蓄積されるニコチン、その他の薬物を簡便、迅速、安価に分析することができる。本発明においては、従来必要とされていた試料の前処理が必要なくなるため、裁判化学、法医中毒学、臨床中毒学等の分野において幅広く応用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下本発明を詳細に説明する。
本発明の方法は、注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする生体試料中の蓄積薬物の分析方法である。
生体試料は、固体又は液体であるが、注射針への収納が容易、簡便であることから固体試料が好ましい。固体試料の例としては、毛髪、爪、体毛、皮膚、骨、等が挙げられる。本発明に使用する試料としては、採取が容易であり、各種薬物が蓄積することが知られている、毛髪が最も好ましい。試料の使用量は、標的薬物によっても異なるが、毛髪の場合には、通常10〜30cm、好ましくは15〜25cm程度採取すれば充分である。通常は、毛髪20cmで約1mg程度である。
【0008】
採取した試料は、必要により表面を溶媒で洗浄してもよい。洗浄は、注射針に収納する前でも収納してからでもよい。
本発明の方法に使用するのに好適な注射針としては、特開2004−137341に記載されているような注射針、あるいは、先端部を円錐状に尖らせ、先端部近傍の側面に開口を設けたものが好ましい。このような注射針は例えば、信和化工株式会社から「ニードレックス」という商品名で市販されている。注射針の内径は好ましくは0.3〜1mm、さらに好ましくは0.5〜1mm、外径は好ましくは0.5〜1.2mm、さらに好ましくは0.7〜1.2mm、長さは好ましくは30〜100mm、さらに好ましくは50〜90mm程度が適当である。
注射針の素材は特に限定されないが、試料を加熱処理する場合を考慮すると、耐熱性かつ耐薬品性の素材、例えば、ステンレス、チタン、モネル、等が挙げられる。
【0009】
本発明を実施するクロマトグラフィーとしては、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、超臨界クロマトグラフィー、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)、ICP−MS、イオンクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、キャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)、またはキャピラリー電気泳動(CE)ガスクロマトグラフィー又は液体クロマトグラフィーが挙げられる。標的薬物にもよるが、ガスクロマトグラフィーが簡便である。クロマトグラフは通常使用されているものをそのまま使用することができる。
注射針に生体試料を収納する。試料が毛髪である場合には、注射針の先端部側面に設けた開口から釣り糸等のガイド糸を注射針内にとおし、これに毛髪を引っかけて注射針内に収納した後、ガイド糸を抜き取る等の手段により容易に収納できる。この際、必要により、毛髪を注射針に収納前、または収納後に、適当な溶媒、例えば、水、メタノール等で洗浄し、表面に付着したゴミを除去しても良い。毛髪は、注射針に収納可能な長さとすれば良く、特に細かく裁断しなくても良い。むしろ、注射針の先端部側面に設けた開口から試料が外部に排出されるのを防止する観点から、注射針の収納部の長さと同程度にしておくことが望ましい。
【0010】
試料を収納した注射針をクロマトグラフのインジェクター部分に差し込み、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行う。これに先立ち、必要により、溶媒を注入して生体試料の表面を洗浄しても良い。洗浄は、例えば、メタノール、ジクロロメタン、メタノールをそれぞれ1mlずつ順番に流す等の方法により行う。
インジェクション部の温度及び注射針の保持時間は標的薬物によって異なるが、毛髪中のニコチンを測定する場合には、インジェクション部の温度は200〜350℃、好ましくは約300℃、保持時間は、10〜20秒、通常は約10秒程度で充分である。
【0011】
本発明において、標的薬物によっては、試料を注射針に収納しクロマトグラフのインジェクション部に差し込み、加熱するだけで測定可能なものもある。しかし、通常は適当なキャリヤーを流すことが好ましい。このようなキャリヤーとしては、種々の脱離溶媒(例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等)又は不活性気体(窒素、ヘリウム、水素、等)が使用できるが、毛髪中のニコチンを測定する場合にはジクロロメタン等が適当である。
本発明において、標的薬物によっては、誘導体化試薬により試料を前処理するか、誘導体化試薬をキャリヤーとともに導入して注射針中で標的薬物を誘導体に変換してクロマトグラフに導入することも可能である。誘導体化試薬としては例えば、無水トリフルオロ酢酸、ビストリメチルシリルアセトアミド、ビストリメチルシリルトリフルオロアセトアミド等が挙げられる。
標的薬物の同定は通常はクロマトグラフィーの保持時間により行うことができるが、質量分析装置を連結して質量スペクトルを測定する等の方法を併用することにより、一層正確な同定が可能となる。
【0012】
本発明において、特に毛髪を試料として使用すると、依存性薬物の乱用履歴を推定することが可能である。体内に摂取された薬物はそのままの形態で、あるいは代謝されて別の化合物となって毛髪等に蓄積される。毛髪は1ヶ月に約1cm伸びるため、毛根から24cmほどの試料を採取すると約2年間の依存性薬物の乱用履歴を推定することが可能である。しかも、測定自体は、毛髪を採取し、注射針に収納し、例えば、ガスクロマトグラフィーを使用した場合には、採取から標的薬物の測定までおよそ10分間で完了する。しかも本発明は、注射針と、クロマトグラフと、汎用の溶媒等があれば極めて容易にかつ安価に格別高度な技術を要することなく実施することができる。また、毛髪は、採取後の保存も容易であり、採取の際に被採取者に痛みを与えることもないため、本発明の試料として最も適している。
【0013】
本発明により分析可能な薬物は、クロマトグラフィーにより分離可能な化合物である限り特に制限されない。例えば、ニコチン、コカイン、ベンズフェタミン、フェンシクリジン、アセチルモルヒネ、LSD、メタンフェタミン、アンフェタミン、モルヒネ、デプレニール、THC、エフェドリン、フェニルプロパノラミン、メスカリン、3、4、5−トリメトキシアンフェタミン、β−フェネチルアミン、3、4−メチレンジオキシメタンフェタミン、クロロエフェドリン、フェンタニル、プロポキシフェン、メトキシフェナミン、N−ベンジルエチルアミン、ジベンジルエチレンジアミン、フェンテルミン、2、5−ジメトキシ−4−メチルアンフェタミン、4−ブロモ−2、5−ジメトキシアンフェタミン、ハロペリドール、クロルプロマジン、メチルエフェドリン、カフェイン、テオフィリン、テオブロミン、マレイン酸クロルフェニラミン、ジヒドロコデイン、ジアセチルモルヒネ(ヘロイン)、6−アセチルモルヒネ、アミトリプチリン、ノルトリプチリン、ドチエピン、イミプラミン、デシプラミン、クロミプラミン、ドキセピン、ミアンセリン、チオリダジン、ジアゼパム、フルニトラゼパム、ニトラゼパム、オキサゼパム、テマゼパム、ミアンセリン、トリミプラミン、7−アミノフルニトラゼパム、ブロマゼパム、クロナゼパム、トリアゾラム、ならびにこれらの代謝物等が挙げられる。
【0014】
以下実施例を示し、本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1
ステンレス製の注射針(内径0.5mm、外径0.7mm、先端円錐部の長さ2mm、収納部全長80mm、収納部先端に直径0.4mmの開口を1個設けたもの)に60mmの毛髪を3本(約0.9mg)収納し、シリンジを装着し、メタノール、ジクロロメタン、メタノールそれぞれ1mlをこの順に流して毛髪を洗浄した。
次にこの注射針をガスクロマトグラフ(Agilent社製HP-6890)のインジェクター部(300℃)に差し込み、15秒間保持した後、ジクロロメタン25μLを注入して脱着処理し、キャリヤーガスを流した。クロマトグラフィー条件は次のとおりである。
カラム径:0.25mm
カラム長:25m
カラム固定相:ジメチルポリシロキサン (HR−1)
カラム温度:50℃〜300℃ 5℃/min 昇温
キャリヤーガス:ヘリウム
キャリヤーガス流量:0.9ml/分
スプリット比:25:1
検出器:MS(Agilent社製HP−5972)
上記方法により測定した、非喫煙者と喫煙者から採取した毛髪中のニコチンを測定したガスクロマトグラムを図1に示す。非喫煙者の毛髪からはニコチンが検出されなかったが、喫煙者の毛髪からはニコチンが明らかに検出された。
【0015】
実施例2
実施例1と同様の方法により、毛髪量を1mg、3mg、5mg及び9mgと変えてニコチンの測定を行った。またニコチンの標準液(5ppm、10ppm、20ppm、30ppm、及び50ppm)を使用して同様の測定を行った。結果を図2に示す。
図2から本発明の方法は毛髪量に対して優れた直線性を示すこと、その検出限界は約0.9ng/mg(毛髪)であることがわかる。
【0016】
実施例3
実施例1と同様の方法により、年齢、1日の喫煙本数、タバコの種類の異なる複数の喫煙者について、毛髪中のニコチン量を測定した。試料として6cmの毛髪3本(約0.9mg)を使用した。結果を表1に示す。
【0017】
表1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする生体試料中の蓄積薬物の分析方法。
【請求項2】
生体試料が固体である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
生体試料が毛髪、爪、体毛、皮膚、骨である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
クロマトグラフィーが、ガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、超臨界クロマトグラフィー、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP)、ICP−MS、イオンクロマトグラフィー、サイズ排除クロマトグラフィー、キャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)、またはキャピラリー電気泳動(CE)である請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
注射針に生体試料を収納し、注射針に溶媒を注入して生体試料の表面を洗浄した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
注射針に生体試料を収納し、注射針に溶媒を注入して生体試料中の蓄積薬物を抽出した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
注射針に生体試料を収納し、クロマトグラフのインジェクターに差し込み、インジェクター部分で加熱処理した後、キャリヤーを注入してクロマトグラフィー処理を行うことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
クロマトグラフィーがガスクロマトグラフィーであり、生体試料が毛髪であり、蓄積薬物が依存性薬物である請求項1〜7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項記載の方法により、依存性薬物の乱用履歴を推定する方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項記載の方法に使用するための注射針であって、その先端部側面に開口が設けられ、先端が閉じられていることを特徴とする注射針。

【公開番号】特開2006−250886(P2006−250886A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−71452(P2005−71452)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(591159251)信和化工株式会社 (10)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【出願人】(803000034)学校法人日本医科大学 (37)