説明

藻場造成方法

【課題】人工魚礁や被覆ブロック等の人工構造物、または自然の岩盤に対して簡単に取付けが可能な移植用の海藻種苗を用いることで、作業性が合理化されるとともに、種苗の定着率が高い藻場造成方法を提供する。
【解決手段】片面側に鋸歯状突起が形成されループ状に湾曲可能な帯状部2を、内部に係止爪を備えた箱状の頭部3でループ状態に保持する合成樹脂製結束バンド4の頭部3に、海藻の小藻体5を着生した構成の海藻種苗1を使用する藻場造成方法であって、岩盤10の表面にアイボルト等のアンカー体11を複数個所に固着し、それらの突出部分にロープ等の索条体13を張設した後、索条体13の所々に対して、海藻種苗1をその結束バンド4を利用することにより取り付ける。この海藻の小藻体5が索条体13上で成体となり、岩盤10の表面や周囲に遊走子等を拡散することで藻場が造成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は魚介類の繁殖をもたらし、海中環境の改善に大きく寄与する海藻類を中心とした藻場の造成技術に係り、より詳しくは移植用の海藻種苗を用いた藻場造成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、我国においては沿岸漁業の振興が重要な課題であり、魚介類、海藻類の増殖および養殖が図られている。しかるに、沿岸部では種々の原因によって藻場が消滅し、藻場を生活の場としている魚介類が激減する、いわゆる「磯焼け」と呼ばれる現象が各地に拡大し、その早急な対策が求められている。
【0003】
従来、消失した藻場の再生あるいは新たな場所での藻場造成を行う場合には、海藻の着生床として機能し得る種々の工夫を施したコンクリートブロック等の人工構造物(着定基質あるいは着生基盤とも称されるが、本明細書においては海底に存在する自然岩盤も含めて「安定基盤」という。)を対象海域に沈設し、それら安定基盤の表面に海藻が自然に着生するのを待つのが一般的な方法である。しかしながら、これら従来方法では、胞子等を介した自然着生に依存するため、特に重要な造成初期における海藻の着生状態が不確定な自然的要素によって大きく左右されるばかりか、藻場造成に時間がかかり、造成効率や確実性の点で根本的な問題があった。
【0004】
そこで、近年の藻場造成工事においては、造成用の人工構造物の沈設に付随して、移植用に調製された海藻種苗の導入が積極的に図られている。ここで使用される移植用海藻種苗とは、プレートや太径のロープなどの適宜の素材・形状からなる基質の表面に、胞子等から育成された海藻種苗が着生(担持)した形態であり、当該基質と海藻種苗とが一体の状態で造成用構造物表面の適宜場所に固定される。移植用海藻種苗の生産において、それら基質に対する海藻種苗の着生作業は、陸上の水槽又は海中のいずれにおいても行うことができるが、基質表面に着生した海藻幼体を移植に耐え得る程度の大きさにするための中間育成は海中において行う必要がある。このような作業環境や作業手順などを勘案した場合、作業中における海藻種苗の取扱いやすさ、着生及び中間育成に必要な作業スペース、移植用海藻種苗としての大量生産への適合性などの点から、ロープ状の基質のほうがプレート状基質に比べて優れていると言える。而して、この海藻種苗付きのロープ状基質を用いた藻場造成の従来技術としては、特許文献1、2に記載のものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−143999号公報
【特許文献2】特開2001−275515号公報
【0006】
しかしながら、上記特許文献1、2に開示された方法は、いずれも種糸を介して海藻幼体を着生させた太径のロープを、コンクリートブロック等の安定基盤に対して船上で固定し、この状態でブロック等を船上から吊り下げて海中に沈設するものであるから、海上作業中での海藻種苗の鮮度低下による影響が避けられず、海底に設置した後の種苗の定着率に改善の余地があった。さらに、この従来方法は海藻種苗のブロック等への取付けを船上で行うため、天候が荒れた状況下での作業が困難であり、施工時期が制約されやすいという問題点も抱えていた。なお、これらの従来技術はいずれも人工構造物を用いる藻場造成であって、自然の岩盤を対象とするものではないが、岩盤に対して直接的に海藻種苗を移植可能な技術に対する期待もかなり高いのが実情である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上のような従来技術の問題点に鑑みなされたもので、造成場所に移植用の海藻種苗が高い確率で早期に定着し、これが母藻となって藻場造成の核として機能するとともに、施工時に海藻固定のための固定用部材を別に用意することなく、そのまま各種形状・素材からなる造成用の人工構造物に加え、自然岩盤にも適用が可能な藻場造成方法の提供を目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明に係る藻場造成方法では、ループ状に湾曲可能な帯状部を、その一端側に設けられた頭部でループ状態に保持する結束バンドの該頭部に、海藻の小藻体を着生してなる海藻種苗を用い、海中に存在する既設人工構造物や自然岩盤等の安定基盤の表面に複数のアンカー孔を形成した後、各アンカー孔に対してアンカー体をその一端部で固着するとともに、安定基盤の表面から突出したそれらアンカー体の他端部間に索条体を張設し、しかる後、該索条体の所要位置に前記海藻種苗をその結束バンドで固定し、頭部上に着生した小藻体の成長により周囲に海藻を繁茂させるという技術手段を採用した点に特徴がある。
【0009】
斯かる形態の海藻種苗は、帯状部をループ状態に保持可能な結束バンドが小藻体と一体になっているので、例えば海底に設置された既存のコンクリートブロックや自然岩盤の表面に水中ドリル等によって複数のアンカー孔を形成し、これらアンカー孔に固着したアンカー体の突出部分に対して、ロープや被覆鋼より線などの索条体を張設した後、結束バンドの帯状部を索条体に巻き付け、緩みの無い状態で頭部と帯状部とを係合させることにより、索条体に対して簡単かつ確実に取り付けることができる。すなわちこの方法では、海藻種苗の取付け作業がすべて海中で行われるので、作業中での海藻種苗の鮮度低下が少なく、その後の定着率が上する。
【0010】
上記構成において、前記結束バンドとして、長手方向に連なる鋸刃状突起が片面に形成された帯状部と、他端側から内空部に挿通された該帯状部の鋸刃状突起に係止爪が係合してループ状を保持する頭部からなるものを使用した場合には、取付時の作業性が一段と向上し、安定基盤の表面近くに張設された索条体に対する取付後の固定状態もより安定する。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る藻場造成方法においては、上記のような構成を採用したので、次の効果を得ることができる。
(1)海底に沈設された各種コンクリートブロックや自然岩盤などの安定基盤の表面近くにロープ等の索条体を張設し、この索条体に対して頭部上に小藻体が着生した結束バンドの帯状部を巻き付け、その緊締機能を利用するものであるから、所要の場所に移植用の海藻種苗を簡単に設置できる。そして、この索条体上で成体となった海藻種苗は、藻場造成の核となって周囲に遊走子等を拡散し、コンクリートブロック表面や周囲の岩盤、捨て石などに海藻を繁茂させる結果、短期間で確実かつ経済的に藻場を拡大することができる。
(2)海藻種苗の設置がすべて海中での作業となるから、作業中での海藻種苗の鮮度低下や枯死を招きにくく、移植後の種苗の定着率向上につながる。さらに、移植後に枯死した場合であっても、種苗藻体と一体になっている結束バンドの機能を利用することにより、種苗の交換や種苗の追加が容易である。
(3)自然岩盤などの不規則な形状の安定基盤に対しては、複数のアンカー体の固着位置をそれぞれ適宜選択することにより、索条体をその表面形状にほぼ沿わせた状態で張設することができる。このように索条体を設置した場合には、安定基盤表面と各海藻種苗との間隔が一定となることから、拡散した遊走子等を基盤表面に幅広く均一的に着生させる上で好都合である。
(4)突設された各アンカー体の他端部側で索条体が係止されるため、安定基盤表面から索条体の係止部までの距離を適宜選択することで、ウニ等の匍匐性藻食生物の這い上がりを効果的に阻止し、造成初期に悪影響を及ぼすそれら生物による食害を低減することができる。
(5)1個の結束バンド上に藻体1個体を着生させた海藻種苗を移植用として使用すれば、藻場造成を計画する際の実必要量に合わせて良好な生育状態の藻体を必要最低限の数量で対応させることができ、海藻種苗の効率的な使用につながる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明で使用する海藻種苗の正面図である。
【図2】結束バンドの正面図とその中央横断面図である。
【図3】本発明に係る藻場造成方法の第1実施例を示した斜視図である。
【図4】図3の断面図である。
【図5】本発明に係る藻場造成方法の第2実施例を示した斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、電線やケーブルなどの結束に広く利用されている結束バンドの頭部を海藻類の着生床とし、種苗藻体と一体になった結束バンドのループ状保持機能を、安定基盤の表面近くに張設した索条体に対する取付手段として利用する点に技術的な特徴がある。この場合の結束バンドとしては、例えばインシュロックの商品名で広く知られている合成樹脂製の結束バンドが好適であるが、帯状部と頭部を備えた各種形状、素材からなるものの適用が可能であり、それら帯状部と頭部とが必ずしも一体のものに限定されず、分割可能な形態であってもよい。本発明で使用する索条体は、耐食性の点から合成繊維製のロープや被覆鋼より線が好適である。なお、それら索条体の両端部に予めフック等の係止部材を取り付けることにより、安定基盤に固着したアンカー体の突出部分に対する接続作業が容易になる。アンカー体としては、アイボルトやアイナットなどのように端部に掛止部を有する形状のものが好適であり、安定基盤内に埋設する適宜のあと施工アンカーなどと組み合わせて使用することができる。
【0014】
そして、安定基盤に対するアンカー体の固着位置を適宜選択することにより、起伏のある自然岩盤の表面に対しても任意の場所にその形状に沿わせて索条体を張設することができる。一方、人工構造物からなる安定基盤としては、魚礁ブロック、消波ブロック、被覆ブロック、根固めブロックなどの各種形状・材質の構造物に適用可能である。本発明で使用する海藻種苗は、その一部を構成する結束バンドをループ状にして固定するものであるから、安定基盤の表面近くに張設した索条体の長手方向の任意の位置を選択し、最適な藻体間の間隔を保持しながら、その長手方向に沿って必要な数量を簡単に取り付けることができる。
【0015】
なお、本発明で用いる種苗藻体と一体になった結束バンドからなる海藻種苗の生産は、例えば複数の結束バンドをそれぞれの頭部が互いに近づくように集合状態とし、海藻類の胞子、配偶体、幼胚等の生殖細胞を含む水槽内に設置する。これにより、それら生殖細胞が直接的に各結束バンドの頭部表面に付着し、この頭部上で小藻体の段階になるまで生育する。なお、生殖細胞の付着をより高めるため、頭部表面を粗面化すると好適である。その後、これらの結束バンドの集合状態を解き、個々の結束バンド単位で藻場造成用の海藻種苗として利用することになるが、海藻の種類、使用目的、設置場所の環境など、使用条件に応じてさらに海中で中間育成を行ってもよい。本発明が対象とする藻場は、上記のような結束バンドと一体化された種苗藻体の入手如何によるが、褐藻類、紅藻類、緑藻類などでの種苗生産が可能であり、藻場を構成する海藻種は特に限定されない。本発明に適用可能な海藻は、藻場造成の主たる目的や地域に自生する海藻などを考慮して選択すればよく、例えば魚類の産卵場所などの藻場造成を主目的とする場合にはホンダワラ類のような大型海藻が好ましく、またアワビやサザエの養殖に餌料として利用する場合には、アラメ、カジメ、クロメ等のコンブ科海藻が好ましい。以下、図面に基づき本発明の実施例について説明するが、もちろんこれに限定されるものではなく、この発明の技術思想内での種々の変更実施は可能である。
【実施例1】
【0016】
図1は、本発明で使用する海藻種苗の正面図である。図示の海藻種苗1は、帯状部2の一端側に箱状の頭部3が設けられた結束バンド4と海藻の小藻体5からなり、小藻体5が結束バンド4の頭部3に対して、帯状部2の延在方向と反対側の表面部に着生し、両者が一体化した構成となっている。
【0017】
図2(a)、(b)は、上記結束バンド4の構成をより詳細に示したもので、それぞれ正面図と中央横断面図である。結束バンド4は、全体がポリアミド等の合成樹脂からなり、可撓性を有する帯状部2の片面側には長手方向に沿って鋸歯状突起2aが形成されるとともに、帯状部2の一端側に位置する箱状の頭部3の内空部3aには係止爪3bが設けられている。そして、結束バンドとしての機能を利用する時には、帯状部3を湾曲させてその他端側から頭部3の内空部3aに挿通すると、帯状部3の鋸歯状突起2aが頭部3の係止爪3bと係合し、これにより該帯状部2を任意の位置でループ状に保持できる。なお、本発明に適用可能な結束バンドは、これに限定されるものではなく、材質、各部の寸法、全体形状、係止構造などを適宜変更することができる。
【0018】
図3、図4は本発明に係る藻場造成方法の第1実施例であり、自然の岩盤に適用した場合を示している。すなわち、対象区域の岩盤10において、水中ドリルなどの削孔機械を用いて岩盤表面の複数個所にアンカー孔を形成した後、各アンカー孔の内部に適宜のあと施工アンカー(図示せず)を埋設し、あと施工アンカーのメネジ部にアンカー体となるアイボルト11を螺合する。次に、これらのアイボルト11に対して、予め両端にフック12を取り付けた合成繊維製ロープ13(索条体)を、そのフック12を利用して張設する。そして、合成繊維製ロープ13の適宜の位置に対して、図1に示した海藻種苗1を取り付ける。この場合、結束バンドの帯状部2を合成繊維製ロープ13に巻き付け、その他端側を頭部3に挿入して引っ張るだけで、簡単かつ確実に取り付けることができ、取付後の固定状態も安定する。なお、各アンカー体11間の距離が大きい場合には、どちらかというと被覆鋼より線のような剛性の高い索条体13の使用が望ましい。その理由は、取り付けた海藻種苗1があまり揺動しないほうが好ましいからである。このようにして岩盤10の表面近くに海藻種苗1が設置されると、そこで成熟して周囲に遊走子等を放出し、それらが岩盤10の表面に着生することによって藻場が形成される。
【実施例2】
【0019】
図5は、安定基盤として人工構造物を対象とした事例を示したもので、人工魚礁に適用した場合を示している。図示の造成用構造物20は、角型魚礁あるいは並型魚礁と称される立方格子枠状のコンクリート構造物である。この場合、上部側に位置する水平方向の格子枠21の上面の各隅部にそれぞれアンカー体22が固着されている。両端にフック23を備える1本の索条体24は、4個所のうちの1個所のアンカー体22に一方のフック23が掛止され、そこから順次他の3個所のアンカー体22の環状部を通過して格子枠21の上面を1周し、他方のフック23を元のアンカー体22に掛止した状態で張設されている。複数の海藻種苗1は、その結束バンド4を利用して索条体24の長手方向に沿って一定の間隔で取り付けられている。なお、結束バンド4の緊締機能が高いから、水平方向の格子枠21の上面は無論のこと、鉛直方向の格子枠25に沿って索条体24を設置した場合においても海藻種苗1が確実に固定されるので、さまざまな形状の人工構造物であってもその表面を有効に活用することができる。そして、移植した海藻種苗1が早期に人工構造物20の表面に定着し、そこで成熟して周囲に無数の遊走子等を放出する。その結果、人工構造物20のその他の表面はもちろんのこと、近くにある他の人工構造物や周囲に付設した捨て石などの表面にも遊走子等が付着する。これらの場所に着生して成育した海藻は、同様に遊走子等を放出する。このサイクルが繰り返されることにより、次第に海藻の生育範囲が拡大し、藻場が形成される。斯かる人工魚礁20に適用した場合には、棲息空間と餌料の供給場所とが同時に提供されるので、魚介類にとって理想的な場所となる。
【0020】
上記各実施例では索条体の端部にフックを取り付けた事例について説明したが、これを他の結合金具に変更することは可能であり、またアイナットに代えて他のアンカー体を使用することももちろん可能である。なお、適宜の弾性部材を索条体の端部に介在させることにより、設置後の索条体が弛まないようにしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明によれば、種苗藻体と結束バンドとが一体になった海藻種苗を移植用として使用することにより、海藻の着生場所となる自然岩盤や沈設された既設の各種人工構造物に対する取付が容易になり、その固定状態も良好であるから、藻場造成の成功率が高まり、作業の合理化も図れる。
【符号の説明】
【0022】
1…海藻種苗、2…帯状部、2a…鋸歯状突起、3…頭部、3a…内空部、3b…係止爪、4…結束バンド、5…小藻体、10…岩盤、12,23…フック、13,24…索条体、20…人口構造物、21,25…格子枠

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ループ状に湾曲可能な帯状部を、その一端側に設けられた頭部でループ状態に保持する結束バンドの該頭部に、海藻の小藻体を着生してなる海藻種苗を用いた藻場造成方法であって、海中に存在する既設人工構造物や自然岩盤等の安定基盤の表面に複数のアンカー孔を形成した後、各アンカー孔に対してアンカー体をその一端部で固着するとともに、安定基盤の表面から突出したそれらアンカー体の他端部間に索条体を張設し、しかる後、該索条体の所要位置に前記海藻種苗をその結束バンドで固定し、頭部上に着生した小藻体の成長により周囲に海藻を繁茂させることを特徴とする藻場造成方法。
【請求項2】
前記結束バンドが、長手方向に連なる鋸刃状突起が片面に形成された帯状部と、他端側から内空部に挿通された該帯状部の鋸刃状突起に係止爪が係合してループ状を保持する頭部からなることを特徴とする請求項1に記載の藻場造成方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate