藻類細胞の調製方法及び化学物質の毒性評価用キット
【課題】解凍後の生長が良好な藻類の凍結細胞を調製すること。
【解決手段】対数増殖期の藻類細胞を凍結させることを含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調整方法。
【解決手段】対数増殖期の藻類細胞を凍結させることを含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藻類細胞の調製方法及び化学物質の毒性評価用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
藻類を用いた化学物質の毒性を評価する場合、液体培養や寒天培地等で維持されている細胞をもとに初代培養及び継代培養を行って藻類細胞を調製し、調製した藻類細胞に被検物質を添加して試験を行う必要がある。しかし、藻類細胞を維持することや、試験のたびに継代培養を行うことは、煩雑で不便である。
【0003】
この煩雑さを解消するため、凍結した藻類細胞(非特許文献1及び2など)を利用することが可能である。試験の直前に、凍結した藻類細胞を解凍し、解凍した藻類細胞を利用することで、藻類細胞を継代培養することなく、迅速に試験に供することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2005/062027号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】桑野和可、2002年「藻類の凍結保存」、堀輝三・大野正夫・堀口健雄編「21世紀初頭の藻学の現況」、日本藻類学会、山形、108−111頁
【非特許文献2】森史ら、「国立環境研究所微生物系統保存施設の藍藻と緑藻の凍結保存」、Microbiol. Cult. Coll., June 2002, p.45−55
【非特許文献3】J.G.Day et al.,“Cryopreservation of Algae”, Methods in Molecular Biology, Vol.38, Cryopreservation and Freeze Drying Protocols, p.81−89
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
凍結する藻類細胞としては、定常期の細胞が通常用いられる。解凍して生存能力のある細胞に調製する時間を少なくでき、さらに脂質等の細胞内物質が細胞保護剤として働くためである(非特許文献3)。
【0007】
本発明者らは、藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法において、経済協力開発機構(OECD)テストガイドラインTG201に規定されている増殖阻害試験よりも迅速且つ簡便な方法として、藻類の遅延発光を利用した方法を既に開発している(特許文献1)。しかしながら、定常期の藻類細胞を凍結して解凍し培養すると、凍結前の細胞に比べて生長が不良になることを本発明者らは見出した。細胞の生長は遅延発光による毒性評価に影響するため、定常期の藻類細胞を凍結する藻類細胞として使用すると、凍結前の藻類細胞を使用した場合と同等の毒性評価を行うことができないという問題が生ずる。したがって、解凍後の生長が良好な藻類の凍結細胞を調製する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、凍結する藻類細胞として、対数増殖期の細胞を用いることで、解凍後の藻類細胞が順調に生育することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調製方法を提供する。対数増殖期の細胞を凍結させると、解凍後の藻類細胞の生長が良好となり、かつ、凍結前と同等の強さの遅延発光による発光量が得られる。
【0010】
凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましい。また、凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。このような藻類細胞を用いることで、解凍後の藻類細胞の生長がさらに良好となり、遅延発光についても凍結前と同等の強さの発光量が得られやすくなる。
【0011】
また、凍結させる藻類細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましい。また、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましい。株番号NIES−35として保存されている緑藻を用いる場合、上記のような粒子径分布の藻類細胞を用いることで、さらに解凍後の藻類細胞の生長が良好となる。
【0012】
また、凍結させる藻類細胞として、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)にATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましい。また、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましい。ATCC番号22662として保存されている緑藻を用いる場合、上記のような粒子径分布の藻類細胞を用いることで、さらに解凍後の藻類細胞の生長が良好となる。
【0013】
また、本発明の方法は、対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程の前に、対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、をさらに含むことが好ましい。培養上清を藻類細胞から完全に除去することで、凍結、解凍による遅延発光パターンへの影響を低減させ、凍結前の細胞と同等の遅延発光パターンが得られやすくなる。
【0014】
さらに、本発明の方法は、凍結させた前記対数増殖期の藻類細胞を、−80℃以下の温度で維持する工程を含むことが好ましい。−80℃以下の温度で維持することにより、凍結中の細胞の損傷を防ぐことができ、解凍後の藻類細胞の生長がより良好となる。
【0015】
また、本発明は、凍結された対数増殖期の細胞を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価用キットを提供する。このようなキットを用いることで、遅延発光による化学物質の毒性評価を簡易迅速に行うことができる。
【0016】
前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましく、また、藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。
【0017】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましく、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましい。
【0018】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましく、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましい。
【0019】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、残った藻類細胞を凍結する工程と、を含む方法により調製された藻類細胞であることが好ましい。
【0020】
また、上記毒性評価キットに含まれる藻類細胞が−80℃以下の温度で維持されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の藻類細胞の調製方法によれば、凍結し、解凍した後の藻類細胞の生育が良好であるため、遅延発光による化学物質の毒性評価に際し凍結前の藻類細胞と同様に使用することができる。さらに、本発明の遅延発光による化学物質の毒性評価用キットによれば、簡易迅速に化学物質の毒性評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】対数増殖期の緑藻細胞(実施例1)の凍結・解凍後の生長曲線を示すグラフである。
【図2】定常期の緑藻細胞(比較例1)の凍結・解凍後の生長曲線を示すグラフである。
【図3】対数増殖期の凍結・解凍した緑藻細胞(実施例1)及び凍結していない緑藻細胞の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図4】対数増殖期の凍結・解凍した緑藻細胞(実施例2)及び凍結していない緑藻細胞の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図5】NIES−35株の細胞(A)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図6】NIES−35株の細胞(B)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図7】NIES−35株の細胞(C)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図8】NIES−35株の細胞(D)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図9】NIES−35株の細胞(A)〜(D)の生細胞を培養した後のそれぞれの粒子数を表すグラフである。
【図10】NIES−35株の細胞(A)〜(D)の生細胞を培養した後のそれぞれの遅延発光の発光量を表すグラフである。
【図11】ATCC−22662株の細胞(H)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図12】ATCC−22662株の細胞(I)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図13】ATCC−22662株の細胞(J)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図14】ATCC−22662株の細胞(K)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図15】ATCC−22662株の細胞(L)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図16】ATCC−22662株の細胞(M)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図17】ATCC−22662株の細胞(H)〜(M)の生細胞を培養した後のそれぞれの粒子数を表すグラフである。
【図18】ATCC−22662株の細胞(H)〜(M)の生細胞を培養した後のそれぞれの遅延発光の発光量を表すグラフである。
【図19】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の粒子数を表すグラフである。
【図20】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻のコロニー生残率を表すグラフである。
【図21】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図22】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の発光量(積算値)を表したグラフである。
【図23】凍結・解凍した緑藻(実施例5)及び凍結していない緑藻の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図24】凍結・解凍した緑藻(実施例5)及び凍結していない緑藻の発光量(積算値)を表したグラフである。
【図25】比較例2に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。
【図26】実施例5に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
【0024】
本発明の調製方法では、対数増殖期の藻類細胞を凍結させることを含む。より具体的に言えば、藻類細胞を対数増殖期まで培養し、培養した藻類細胞を回収し、回収した藻類細胞を凍結して保存する。凍結保存された藻類細胞は解凍され、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いられる。
【0025】
本明細書において「対数増殖期」とは、藻類細胞が一定時間ごとに二分して増殖し、時間に対して細胞数が対数的に増殖する時期をいう。また、「定常期」とは、分裂率と死滅率がほぼ平衡に達し、細胞数がほぼ一定となる時期をいう。
【0026】
本発明に使用できる藻類細胞としては、例えば、緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata(旧名Selenastrum capricornutum)、Desmodesmus subspicatus(旧名 Scenedesmus subspicatus))、藍藻(Anabaena flos−aquae、Synechococcus leopoliensis)、珪藻(Navicula pelliculosa)等の藻類の細胞を用いることができる。一例として緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)は、国立環境研究所(National Institute for Environmental Studies)に株番号NIES−35として保存されている緑藻(以下、場合により「NIES−35株」と称する)やアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)にATCC番号22662として保存されている緑藻(以下、場合により「ATCC−22662株」と称する)を用いることができる。これらの機関に保存されている株は個体間に性質のばらつきが少なく安定しているため好ましい。
【0027】
藻類細胞を対数増殖期まで培養するには、標準的な方法を用いることができる。例えば、藻類細胞として緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件下で、C(75)培地、OECD培地等の培養液を用い、定常期の細胞を初期細胞密度1×104cells/mLに調製して70〜73時間程度培養することにより、対数増殖期の細胞を得ることができる。対数増殖期の細胞であることは、得られた細胞を一定期間内に3回以上粒子計測装置(CDA−500)を用いて細胞数を計測し、培養時間に対する細胞数を対数表示することにより作成した生長曲線が、ほぼ直線になることにより、確認できる。
【0028】
培養した対数増殖期の藻類細胞の中でも、本発明の方法に用いる細胞集団として好ましい細胞集団を、細胞の粒子径を指標として判断することができる。本発明の方法には、細胞の粒子径が大きい細胞を凍結させることが好ましい。具体的には、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましく、53%以上であることがより好ましく、57%以上であることがさらに好ましい。なお、本明細書において、藻類細胞の「粒子径」とは、電気的検知帯方式粒度分布測定装置により算出される藻類細胞の直径のことをいう。また、凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。バイモーダルな分布とは、大きなピークが2つ現れる2相性の分布のことを指す。このような凍結させるのに好ましい細胞は、細胞数計測によって得られたデータから確認できる。
【0029】
このようにバイモーダルな粒子径分布の藻類細胞を用いることには、以下のような意義があると考えられる。凍結する際の細胞の状態は、解凍後の細胞生長に大きく影響する。凍結保存状態から解凍した細胞が迅速に対数増殖するためには、凍結させる細胞集団が細胞分裂前の大きな細胞集団と、細胞分裂直後の小さな細胞集団の2集団に分かれている状態が好ましい。すなわち、2集団に分かれているということは、細胞分裂が活発に行われている状態であることを示している。
【0030】
さらに、バイモーダルな粒子径分布を示す藻類細胞の中でもより好ましい細胞集団を、バレー値の粒子径を指標に判断することができる。なお、本明細書において、「バレー値の粒子径」とは、バイモーダルな分布の粒子径分布曲線における2つのピークの間の、細胞数が極小となる粒子径のことをいう。バレー値の粒子径は大きすぎないことが好ましい。バレー値が大きいということは、粒子径の大きさが小さな方の細胞集団の割合が大きい、すなわち、細胞集団の細胞生長が低下した状態であることを示している。その原因として、バイオマス生産に必須である栄養塩、光エネルギー、二酸化炭素等が細胞の増加と共に不足、枯渇すること等が挙げられる。細胞生長が低下した状態で凍結しても、解凍後に細胞がすぐには対数増殖しにくい傾向がある。したがって、バレー値の粒子径は大きすぎないことが好ましい。具体的には、バレー値の粒子径は、約4μm〜5μmであることが好ましい。
【0031】
藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合も、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。さらに、バイモーダルな粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましく、76%以上であることがより好ましい。また、藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合、バイモーダルな粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましく、72%以上であることがより好ましい。なお、本明細書において、「ピークにおける細胞数」とは、ピークの粒子径をPμmとしたときに、P±0.02μmの大きさの粒子径を有する細胞の数のことをいう。また、NIES−35株を用いる場合、バレー値は4.52μm未満が好ましく、4.40μm以下であることがより好ましく、4.12μm以下であることがさらに好ましい。
【0032】
藻類細胞としてATCC−22662株を用いる場合も、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。さらに、バイモーダルな粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましく、48%以上であることがより好ましい。また、藻類細胞としてATCC−22662株を用いる場合、バイモーダルな粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましく、41%以上であることがより好ましい。また、ATCC−22662株を用いる場合、バレー値は4.87μm未満が好ましく、4.78μm以下であることがより好ましい。
【0033】
なお、藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合も、ATCC−22662株を用いる場合も、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを、上記で説明した以外の様々な方法で判断できる。
【0034】
例えば、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す場合、バレー値の粒子径より大きい細胞を「細胞大」、バレー値より小さい細胞を「細胞小」として二集団に分け、所定の粒子径と該所定の粒子径における細胞数とを積算した値(粒子径×細胞数)の一集団あたりの積分値(以下、「特徴量」と称する)を、「細胞大」と「細胞小」とで比較し、好ましい細胞集団であるかどうかを判断できる。なお、「所定の粒子径における細胞数」とは、所定の粒子径をQμmとしたときに、Q±0.02μmの大きさの粒子径を有する細胞の数のことをいう。「細胞大」と「細胞小」の特徴量の合計を100%としたときに、「細胞大」の特徴量がNIES−35株の場合は、64%以上、ATCC−22662株の場合は、53%以上であることが好ましい。
【0035】
また、同様に、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す場合、バレー値の粒子径より大きい細胞を「細胞大」、バレー値より小さい細胞を「細胞小」と二集団に分け、ピークの粒子径と該ピークにおける細胞数との積算値(ピーク粒子径×細胞数、以下、「特徴量代表値」と称する)を、「細胞大」と「細胞小」とで比較し、好ましい細胞集団であるかどうかを判断できる。「細胞大」と「細胞小」の特徴量代表値比の合計を100%としたときに、「細胞大」の特徴量代表値比がNIES−35株の場合は、61%以上、ATCC−22662株の場合は、43%以上であることが好ましい。
【0036】
また、用いる藻類細胞の表面積や藻類細胞の体積からも、本発明の方法に好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。例えば、藻類細胞の表面積がわかる場合、
【数1】
により粒子径の概算値が算出され、上述のように粒子径を指標として、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。また、藻類細胞の体積がわかる場合、
【数2】
により粒子径の概算値が算出され、上述のように粒子径を指標として、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。
【0037】
培養した細胞を、公知の方法により回収することができる。例えば、遠心して細胞を沈殿させ、沈殿した細胞を培養液と共に回収することができる。対数増殖期の細胞を維持するため、及び、回復培養後の遅延発光パターンを凍結前の細胞と同等にするためには、沈殿させた後の培養上清を完全に除去し、新たな培養液に懸濁することが好ましい。なお、培養上清を完全に除去するには、アスピレーター等で培養上清を吸引し、吸引後、培養上清が目視で確認できない程度に除去すればよい。この後の工程で凍害保護剤を使用する場合、培養液が凍害保護剤液で希釈されるため、細胞を懸濁する培養液は、対数増殖期まで培養するのに用いた培養液よりも少なくすることができる。例えば、対数増殖期まで培養するのに用いた培養液の100分の1の量の新たな培養液に懸濁することができる。このようにして、解凍後の遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる際の対照試料や暴露試料調製時、凍害保護剤の含有割合をより小さくすることが可能となる。凍害保護剤を用いない場合、凍結前に培養した細胞が対数増殖期で維持されていればよく、細胞懸濁液を直接その後の凍結に用いてもよい。
【0038】
凍結用の細胞懸濁液には、凍害保護剤を添加することができる。凍害保護剤としては、公知の凍害保護剤、例えば、DMSO(ジメチルスルホキシド)を用いることができ、凍結前の培養液に5〜10%、より好ましくは5%の濃度で含有させることができる。適当な濃度の凍害保護剤液を調製し、細胞懸濁液と混合することで、凍害保護剤を添加できる。
【0039】
調製した細胞懸濁液を適宜室温に放置した後、ディープフリーザー等で徐冷凍結する。細胞懸濁液をクライオチューブ等に入れ、保護材付きフリーザーコンテナに収容したものを緩衝材等で包み、ディープフリーザー等で冷却する。冷却速度は毎分およそ1℃が好ましく、−80℃以下の温度まで冷却することが好ましい。このように徐冷凍結することが、冷却する過程で細胞の損傷を防ぐことができることから好ましい。−80℃以下の温度まで冷却した後、そのまま−80℃以下の温度で維持することが好ましい。−80℃以下の温度で維持することにより、凍結中の細胞の損傷を防ぐことができ、解凍後の細胞の生長がより良好となる。
【0040】
凍結した藻類細胞は、その後長期間に渡ってそのまま凍結保存することができ、使用する際には解凍し、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いることができる。本発明により調製した藻類細胞を用いて化学物質の毒性評価をするには、例えば、後述する方法により実施することができる。
【0041】
また、本発明は遅延発光による化学物質の毒性評価用キットを提供する。本発明の遅延発光による化学物質の毒性評価用キットは、凍結された対数増殖期の藻類細胞を含む。凍結された対数増殖期の細胞は、上記で説明した方法により調製された藻類細胞であることが好ましい。また、キット中、藻類細胞が−80℃以下の温度で維持されていることが好ましい。本発明のキットはさらに、培養液、安定化剤、試薬、細胞培養容器、試料採取器具、緩衝材、コンテナ、取扱説明書、添付文書等を、適宜備えることができる。本発明のキットを使用することで、遅延発光による化学物質の毒性評価を簡易迅速に行える。
【0042】
続いて、本発明の方法により調製した藻類細胞を用いた遅延発光による化学物質の毒性評価方法について説明する。
【0043】
本発明は、
藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法であって、
(a)凍結した藻類細胞を加温して解凍し、得られた細胞懸濁液に培地を加えて希釈する、解凍ステップと、
(b)解凍ステップ(a)で得た藻類細胞を培養して藻類細胞を凍結及び解凍の影響から回復させる、回復培養ステップと、
(c)回復培養ステップ(b)後の藻類細胞を一部採取し、培地を加えて希釈し、藻類細胞の遅延発光を測定し、得られた発光量を初期値データとする、確認ステップと、
(d)確認ステップ(c)後の藻類細胞と被検物質を含む溶液とを混ぜて暴露試料を作製し、暴露試料を培養する、暴露ステップと、
(e)暴露ステップ(d)後の暴露試料の遅延発光を測定し、得られた発光量を暴露データとする、計測ステップと、
(f)初期値データ及び暴露データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価する、評価ステップと、
を備える方法、
を提供する。
【0044】
上記方法において、より正確な評価を行うために、確認ステップ(c)で得られた初期値データが所定の値に達するまで回復培養ステップ(b)及び(c)を繰り返すことが好ましい。
【0045】
また、上記方法において、より正確な評価を行うために、暴露ステップ(d)において、さらに、確認ステップ(c)後の藻類細胞と被検物質溶液の溶媒とを混ぜて対照試料を作製し、対照試料を培養し、計測ステップ(e)において、さらに、対照試料の遅延発光を測定し、対照データとし、評価ステップ(f)において、初期値データ、暴露データ及び対照データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価することが好ましい。
【0046】
本発明の、藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法によれば、凍結しない藻類細胞と同じ発光パターンが得られ、発光量も低下せず、凍結した藻類細胞を使用して迅速に毒性評価を行うことが可能である。
【0047】
図26は、本実施形態に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。本実施形態は、解凍ステップ(a)、回復培養ステップ(b)、確認ステップ(c)、暴露ステップ(d)、計測ステップ(e)及び評価ステップ(f)を備える。
【0048】
解凍ステップ(a)では、上記方法で凍結した藻類細胞を加温して解凍し、解凍により得られた細胞懸濁液に培地を加えて希釈する。
【0049】
解凍は、例えば、37℃のウォーターバス中にて、120〜150秒程度、凍結細胞を含むクライオチューブをゆっくり振ることで、行うことができる。
【0050】
次に、解凍した細胞懸濁液に培地を加えて希釈を行う。凍結した細胞懸濁液には、上述の通り、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの凍害保護剤が含まれている場合があり、凍害保護剤の細胞毒性を緩和するために、解凍後すみやかに希釈を行う必要がある。希釈は、例えば、OECD培地を用いて10倍に希釈することができる。浸透圧の急激な変化を防ぐために、1分程度の時間をかけてゆっくりと培地を添加する。
【0051】
回復培養ステップ(b)では、解凍ステップ(a)で得た藻類細胞を培養して藻類細胞を凍結及び解凍の影響から回復させる。後述の比較例で示すように、回復培養ステップを行わないと、藻類細胞が凍結及び解凍のダメージから十分回復せず、凍結していない藻類細胞と比較して遅延発光の発光パターンが変化し、発光量が低下する。凍結・解凍した藻類細胞でも、凍結していない藻類細胞と同じ発光パターン・発光量を示されなければ、化学物質の毒性を適正に評価することができなくなる。後述の実施例で示すように、解凍ステップ(a)に回復培養ステップ(b)を行うと、凍結・解凍した藻類細胞が、凍結していない藻類細胞と同じ発光パターン・発光量を示すようになり、この問題点を解消することができる。回復培養は、例えば、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件で1〜2時間培養する。
【0052】
確認ステップ(c)では、回復培養ステップ(b)後の藻類細胞を一部採取し、培地を加えて希釈し、藻類細胞の遅延発光を測定し、得られた発光量を初期値データとする。このステップにおいて、回復培養ステップ(b)により藻類細胞が凍結及び解凍の影響から十分回復したことを確認するとともに、後の毒性評価の際に使用する初期値データを取得する。
【0053】
藻類細胞をさらに培地で希釈するのは、凍害保護剤の毒性を緩和するためである。凍害保護剤は、凍結した細胞懸濁液に5〜10%程度含まれている場合がある。その場合、解凍ステップ(a)で、10倍程度の希釈を行うと、凍害保護剤の濃度は0.5〜1%程度となるが、この濃度の凍害保護剤存在下でも回復ステップが可能であることを見出している。しかし、化学物質毒性評価に影響を及ぼさないために、培養後さらに10倍希釈を行い、凍害保護剤の濃度を低下させる必要がある。
【0054】
遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。
【0055】
確認ステップ(c)で測定した発光量が所定の値であった場合は、その数値を初期値データとして、次の暴露ステップ(d)に進むことができる。この判断基準となる所定の値は、あらかじめ設定された値を利用したり、凍結細胞に個別に設定された値を利用したりすることができる。例えば、凍結細胞の製造時に製造者が値を設定することができる。所定の値とは、例えば、凍結していない藻類細胞の発光量の90%以上の値である。この値以下では発光量が不十分であり、藻類細胞が十分回復していないと判断できる。
【0056】
確認ステップ(c)で測定した発光量が所定の値に達しない場合は、回復培養ステップ(b)を継続し、所定の時間(例えば、30分)経過後に、再び確認ステップを行い、所定の値に達しているか否かを確認する。
【0057】
暴露ステップ(d)では、確認ステップ(c)により凍結及び解凍の影響から十分回復したことを確認できた藻類細胞に、被検物質を含む溶液と混ぜて暴露試料を作製し、暴露試料を培養する。
【0058】
暴露試料の作製は、例えば、藻類細胞1容量に対して、被検物質を含む溶液9容量を加える。この操作により藻類細胞は10倍に希釈されるが、上述の通り、凍害保護剤の化学物質毒性評価への影響を回避するためである。また、被検物質を含む溶液を多量に添加することができるため、水に溶け難い化学物質でも評価することができる。被検物質の濃度を様々にし、複数の暴露試料を調製してもよい。また、被検物質を溶かした溶媒のみと藻類細胞を混ぜることで、対照試料を作製しても良い。対照試料を用いて対照データを測定し、評価値を算出することで、より正確に被検物質の毒性を評価することができる。
【0059】
暴露試料の培養は、例えば、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件で行う。培養時間は、被検物質が藻類細胞に影響を及ぼす程度の時間であれば特に限定されないが、例えば、8時間、好ましくは24時間である。遅延発光の測定を容易にするために、暴露試料の培養容器として、遅延発光の測定にそのまま使用できる試験管を使用することができる。この場合、試験管ごとの照度のばらつきを最小限にし、撹拌効率を上げ、藻類の細胞増殖率を上げるために、ローテーター及びオービタルシェーカーを併用した回転培養を行うことが好ましい。
【0060】
計測ステップ(e)では、暴露ステップ(d)後の暴露試料の遅延発光を測定し、得られた発光量を暴露データとする。上述の通り、遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。より具体的には、試料に対して励起光(680nm、20μmol・m−2・s−1)を1秒照射した後に、試料から検出される遅延発光を光電子増倍管により検出し、該遅延発光量を励起完了後から60秒間100ミリ秒間隔で記録し、励起完了後1.1秒から60秒までの該遅延発光量の総和を暴露データとする。
【0061】
評価ステップ(f)では、初期値データ及び暴露データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価する。遅延発光は、藻類細胞の生長阻害と相関して発光量が低下することが知られている。暴露データが初期値データよりも低下している場合、被検物質に毒性があると評価することが可能である。より具体的には、暴露試料として評価対象となる有害物質を含む試料(X)と、有害物質を含まない試料(Y)について計測を行い、それぞれの下式1より算出される増加率を算出し、Xの増加速度とYの増加速度を比較し、Yに対するXの低下量を下式2により算出して毒性の指標とする。
(式1)増加速度=(ln(暴露データ)−ln(初期値データ))÷(培養時間)
(式2)低下率=(Yの増加速度−Xの増加速度)÷Yの増加速度×100
【実施例】
【0062】
以下に、藻類細胞の調製方法について比較例と実施例を示す。なお、各実験はn=3で行った。
【0063】
(定常期の細胞と対数増殖期の細胞の比較)
(実施例1)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、対数増殖期の細胞(細胞密度180×104cells/mL)を用いた。緑藻を培養する培養液としては、OECD培地を、100mL用いた。細胞が入った培養液を遠心(1000G、5分)し、アスピレーターで上清を完全に除去し、新しい培養液数mLに再懸濁し、一部をとって細胞数を計数した。その後、培養液を加えて4000×104cells/mLに調製した。さらに、添加した培養液と等量の10%DMSO液(凍害保護剤液)と混合し、最終細胞密度を2000×104cells/mL、DMSO最終密度を5%に調製した。15分間室温で保存後、クライオチューブに分注し、緩衝材で包み、保護材つきフリーザーコンテナに収納し、−80℃で最大180日間保存した。解凍し、培養して生長試験を行ない、遅延発光を測定した。生長曲線を図1に示す。また、培養した細胞の遅延発光のパターンを非凍結細胞の遅延発光のパターンと共に図3に示す。
【0064】
(比較例1)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、定常期の細胞(細胞密度332×104cells/mL)を用いた。対数増殖期の細胞の代りに、定常期の細胞を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で細胞を調製し、凍結し、解凍し、培養して生長試験を行なった。生長曲線を図2に示す。
【0065】
凍結する細胞として対数増殖期の細胞を用いた場合、解凍後、培養した細胞は順調に生長し、対数増殖した(図1)。これに対し、凍結する細胞として定常期の細胞を用いた場合では、解凍後、培養した細胞の生育は不良となった(図2)。
【0066】
(上清除去の有無の検討)
(実施例2)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、対数増殖期の細胞(細胞密度180×104cells/mL)を用いた。培養液は実施例1と同じ培養液を100mL用いた。細胞が入った培養液を遠心し、上清を数mL残してこぼし、残った培養液に、沈殿した細胞を再懸濁した。さらに、DMSO溶液、新しい培地を添加して、最終細胞密度を2000×104cells/mL、DMSO最終濃度を5%に調製した。15分間室温で保存後、クライオチューブに分注し、−80℃で凍結・保存した。実施例1と同様に解凍し、培養して、遅延発光を測定した。培養した細胞の遅延発光のパターンを非凍結細胞の遅延発光のパターンとともに図4に示す。
【0067】
凍結前の細胞の調製において、細胞を培養した培養液を遠心して細胞と分離し、分離した培養液上清を完全に除去した実施例1では、遅延発光のパターンは非凍結細胞の遅延発光のパターンと一致した。一方、培養液上清を完全には除去しなかった実施例2では、遅延発光のパターンが非凍結細胞の遅延発光のパターンと若干ずれ、凍結前の細胞の調製において、培養液上清を完全に除去することが好ましいことがわかった。
【0068】
(細胞の粒子径の良否判断)
(実施例3)
用いる細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の細胞を用いた。緑藻細胞を対数増殖期から定常期まで培養し、対数増殖期の中でも培養時間が異なる以下のA〜Cの細胞及び定常期のDの細胞の、4つの生長段階の細胞を用いた。
A・・・培養時間70時間(細胞密度180×104cells/mL)
B・・・培養時間72時間(細胞密度230×104cells/mL)
C・・・培養時間74時間(細胞密度280×104cells/mL)
D・・・培養時間76時間(細胞密度332×104cells/mL)
A〜Dの細胞の粒子径分布曲線をそれぞれ図5〜図8に示す。A〜Dの細胞の粒子径分布曲線はそれぞれ明確にバイモーダルな分布を示した。図中、粒子径がバレー値である位置に直線を引いてある。下の表1には、A〜Dの細胞粒子のそれぞれの粒子径分布におけるバレー値と、バレー値で2つに区分けした細胞の割合を記す。表1中、バレー値よりも粒子径が大きい細胞を「細胞大」、バレー値よりも粒子径が小さい細胞を「細胞小」としてA〜Dそれぞれの細胞における「細胞大」と「細胞小」の細胞数の割合を記している。
【0069】
【表1】
【0070】
図5〜8及び表1に示されるように、細胞密度が大きくなるにつれて、粒子径が小さい細胞の数の割合が増え、AやBでは粒子径が大きい細胞の方が多かったが、CやDでは、粒子径が小さい細胞の方が多かった。AやBの細胞では、バレー値が約4.40μm以下であり、半数以上の細胞がこのバレー値以上の粒子径を有していた。具体的には、バレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数は、Aでは76%、Bでは55%であった。
【0071】
表2には、A〜Dそれぞれのバイモーダルな粒子径分布曲線における2つのピーク(粒子径が大きい方のピークと小さい方のピーク)の粒子径を、粒子径が小さい方のピークを「ピーク1」、粒子径が大きい方のピークを「ピーク2」として示す。また、表2には、ピーク1における細胞数とピーク2における細胞数の合計を100%としたときの、それぞれのピークにおける細胞数の割合(ピーク値比)を記している。なお、ここでは、ピークの粒子径±0.02μmの粒子径を有する細胞を、「ピークにおける細胞」として計測した。ピーク1の粒子径、ピーク2の粒子径、バレー値の粒子径は、電気的検知帯方式粒度分布測定装置により算出される粒子径データによって、決定した。
【0072】
【表2】
【0073】
図5〜8及び表2に示されるように、細胞密度が小さいものほど粒子径が大きい方のピーク(ピーク2)のピーク値比が大きくなる傾向にあり、AやBの細胞では、粒子径が大きい方のピーク(ピーク2)値比が、50%以上であった。
【0074】
A〜Dのそれぞれの細胞を初期細胞密度20×104cells/mLとなるように調製して24時間培養し、それぞれの緑藻細胞の粒子数と遅延発光を測定した。粒子数(cells/mL)と、遅延発光で得られた発光量(counts)を、それぞれ図9、図10に示す。
【0075】
24時間後の細胞粒子数はAが最も多くて生長が良好であり、B、C、Dの順に低下した(図9)。また、遅延発光の発光量も、Aが最も多くて、B、C、Dの順に低下していた(図10)。
【0076】
(実施例4)
用いる細胞として、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(ATCC−22662株)の細胞を用いた。緑藻細胞を対数増殖期から定常期まで培養し、対数増殖期の中でも培養時間が異なる以下のH〜Jの細胞及び定常期のK〜Mの細胞の、6つの生長段階の細胞を用いた。
H・・・培養時間72時間(細胞密度233×104cells/mL)
I・・・培養時間74時間(細胞密度256×104cells/mL)
J・・・培養時間76時間(細胞密度281×104cells/mL)
K・・・培養時間78時間(細胞密度312×104cells/mL)
L・・・培養時間80時間(細胞密度352×104cells/mL)
M・・・培養時間82時間(細胞密度391×104cells/mL)
H〜Mの細胞の粒子径分布曲線をそれぞれ図11〜図16に示す。H、Iの細胞の粒子径分布曲線はそれぞれ明確にバイモーダルな分布を示した。図中、粒子径がバレー値である位置に直線を引いてある。下に示す表3には、H〜Mの細胞粒子のそれぞれの粒子径分布におけるバレー値と、バレー値で2つに区分けした細胞の割合を記した。表3中、バレー値よりも粒子径が大きい細胞を「細胞大」、バレー値よりも粒子径が小さい細胞を「細胞小」としてH〜Mそれぞれの細胞における「細胞大」と「細胞小」の細胞数の割合を記している。
【0077】
【表3】
【0078】
図11〜図16及び表3に示されるように、細胞密度が大きくなるにつれて、粒子径が小さい細胞の数の割合が増えた。HやIの細胞では、バレー値で区分けした細胞小と細胞大の割合は同等であった。なお、ATCC−22662株においても、HやIの細胞では、50%以上の細胞が約4.5μm以上の粒子径を有していた。
【0079】
表4には、H〜Mそれぞれのバイモーダルな粒子径分布曲線における2つのピーク(粒子径が大きい方のピークと小さい方のピーク)の粒子径を、粒子径が小さい方のピークを「ピーク1」、粒子径が大きい方のピークを「ピーク2」として示す。また、表4には、ピーク1における細胞数とピーク2における細胞数の合計を100%としたときの、それぞれのピークにおける細胞数の割合(ピーク値比)を記している。なお、ここでは、ピークの粒子径±0.02μmの粒子径を有する細胞を、「ピークにおける細胞」として計測した。ピーク1の粒子径、ピーク2の粒子径、バレー値の粒子径は、実施例3と同様に、決定した。
【0080】
【表4】
【0081】
図11〜図16及び表4に示されるように、ATCC−22662株では、粒子径が小さい方のピーク(ピーク1)の方が、ピーク値比が大きい傾向にあった。また、細胞密度が大きいものほど粒子径が小さい方のピーク(ピーク1)のピーク値比が大きくなる傾向にあった。
【0082】
H〜Mのそれぞれの細胞を初期細胞密度20×104cells/mLとなるように調製して24時間培養し、それぞれの緑藻細胞の粒子数と遅延発光を測定した。粒子数(cells/mL)と、遅延発光で得られた発光量(counts)を、それぞれ図17、図18に示す。
【0083】
24時間後の細胞粒子数はHが最も多くて生長が良好であり、H〜Mの順に低下した(図17)。また、遅延発光の発光量も、Hが最も多く、H〜Mの順に低下した(図18)。
【0084】
以下に、藻類細胞を用いた毒性評価方法について、比較例と実施例を示す。
(比較例2)
標準的な手順により、凍害保護剤(5%DMSO)を含み、細胞密度2000×104cells/mL、体積650μLの条件で凍結された緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を使用し、以下の方法により、遅延発光を測定した。希釈液にはOECD培地を用いた。
【0085】
(a)解凍ステップ
(a−1)加温ステップ
37℃ウォーターバスで、凍結した緑藻の入ったクライオチューブをゆっくり振りながら、120〜150秒程度で完全に解凍した。クリーンベンチ内にて、先太ピペットで軽くピペッティングして620μLの細胞懸濁液をガラスチューブに取出した。
(a−2)希釈ステップ
5580μL(10倍希釈)のOECD培地をガラスチューブ内にゆっくり入れた。浸透圧の急激な変化を防ぐため、1分程度時間をかけて少しずつ添加した。培地添加後、5〜10分程度ベンチ内で静置した。
【0086】
(c)確認ステップ
(a−2)の希釈ステップが完了した試料の一部を採取し、10倍に希釈して初期値サンプルを調製した。初期値サンプルの遅延発光を測定した。また、粒子計測により細胞数を計測した。さらに、コロニー法による生存細胞の計数を行った。他方、凍結していない緑藻を用いて、遅延発光の測定、粒子数の計測及びコロニー生残率の計測を行った。
【0087】
図19は、凍結・解凍した緑藻及び凍結していない緑藻の粒子数を表すグラフであり、図20は、凍結・解凍した緑藻及び凍結していない緑藻のコロニー生残率を表すグラフである。図19及び図20から明らかなように、(c)の確認ステップにおける、凍結・解凍した緑藻の粒子数及びコロニー生残率は、凍結していない緑藻のそれらとほとんど差が無く、凍結・解凍の影響から適正な状態に回復したようにみえる。
【0088】
しかしながら、遅延発光の発光パターンを表したグラフである図21から、凍結・解凍した緑藻と凍結していない緑藻とでは、発光パターンが異なることが分かる。発光パターンが異なると、その後の化学物質の毒性評価を行った場合、凍結していない藻類と同等の評価を行うことができない。図22は、励起光消灯後1.1秒から60秒までの発光量(積算値)を表したグラフであるが、凍結した緑藻の発光量は凍結していない緑藻の発光量と比べて低下しており、約77%であった。遅延発光は、藻類の生長阻害と相関して発光量が低下することが知られているため、凍結・解凍によりすでに凍結前よりも発光量が低下している藻類細胞は、既に生長阻害が起きていることが予想され、評価対象となる化学物質を暴露しても毒性を適正に評価できない。したがって、上記比較例2の方法は、藻類の遅延発光を利用した化学物質の評価方法には適していない。
【0089】
(実施例5)
(a)解凍ステップは、比較例2と同様の方法で行った。
【0090】
(b)回復培養ステップ
(a)解凍ステップで調製した試料を、温度25±0.5℃、照度50〜55μmolm−2s−1)にて、1時間又は2時間培養した。
【0091】
(c)確認ステップ
(b)の回復培養ステップが完了した試料の一部を採取し、希釈して初期値サンプルを調整した。初期値サンプルの遅延発光を測定した。他方、凍結していない緑藻を用いて、遅延発光の測定を行った。
【0092】
図23は、遅延発光の発光パターンを表したグラフである。比較のために、凍結していない緑藻の遅延発光及び実施例の方法で得た初期値サンプルの遅延発光に加えて、比較例2の方法で得た初期値サンプルの遅延発光も含めている。図23から明らかなように、1時間又は2時間の回復培養を行うことで、凍結していない緑藻の遅延発光と同じ発光パターンとなることが分かった。図24は、発光量を表したグラフである。1時間又は2時間の回復培養を行うことで、凍結していない緑藻の発光量の約93%、約112%となり、十分な発光量が得られた。したがって、上記実施例5の方法は、凍結していない緑藻を使用した場合と同等の評価を行うことができる。
【0093】
尚、本明細書で使用する%数値は、小数点以下第一位を四捨五入した値を採用している。
【技術分野】
【0001】
本発明は、藻類細胞の調製方法及び化学物質の毒性評価用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
藻類を用いた化学物質の毒性を評価する場合、液体培養や寒天培地等で維持されている細胞をもとに初代培養及び継代培養を行って藻類細胞を調製し、調製した藻類細胞に被検物質を添加して試験を行う必要がある。しかし、藻類細胞を維持することや、試験のたびに継代培養を行うことは、煩雑で不便である。
【0003】
この煩雑さを解消するため、凍結した藻類細胞(非特許文献1及び2など)を利用することが可能である。試験の直前に、凍結した藻類細胞を解凍し、解凍した藻類細胞を利用することで、藻類細胞を継代培養することなく、迅速に試験に供することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2005/062027号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】桑野和可、2002年「藻類の凍結保存」、堀輝三・大野正夫・堀口健雄編「21世紀初頭の藻学の現況」、日本藻類学会、山形、108−111頁
【非特許文献2】森史ら、「国立環境研究所微生物系統保存施設の藍藻と緑藻の凍結保存」、Microbiol. Cult. Coll., June 2002, p.45−55
【非特許文献3】J.G.Day et al.,“Cryopreservation of Algae”, Methods in Molecular Biology, Vol.38, Cryopreservation and Freeze Drying Protocols, p.81−89
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
凍結する藻類細胞としては、定常期の細胞が通常用いられる。解凍して生存能力のある細胞に調製する時間を少なくでき、さらに脂質等の細胞内物質が細胞保護剤として働くためである(非特許文献3)。
【0007】
本発明者らは、藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法において、経済協力開発機構(OECD)テストガイドラインTG201に規定されている増殖阻害試験よりも迅速且つ簡便な方法として、藻類の遅延発光を利用した方法を既に開発している(特許文献1)。しかしながら、定常期の藻類細胞を凍結して解凍し培養すると、凍結前の細胞に比べて生長が不良になることを本発明者らは見出した。細胞の生長は遅延発光による毒性評価に影響するため、定常期の藻類細胞を凍結する藻類細胞として使用すると、凍結前の藻類細胞を使用した場合と同等の毒性評価を行うことができないという問題が生ずる。したがって、解凍後の生長が良好な藻類の凍結細胞を調製する必要がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、凍結する藻類細胞として、対数増殖期の細胞を用いることで、解凍後の藻類細胞が順調に生育することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調製方法を提供する。対数増殖期の細胞を凍結させると、解凍後の藻類細胞の生長が良好となり、かつ、凍結前と同等の強さの遅延発光による発光量が得られる。
【0010】
凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましい。また、凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。このような藻類細胞を用いることで、解凍後の藻類細胞の生長がさらに良好となり、遅延発光についても凍結前と同等の強さの発光量が得られやすくなる。
【0011】
また、凍結させる藻類細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましい。また、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましい。株番号NIES−35として保存されている緑藻を用いる場合、上記のような粒子径分布の藻類細胞を用いることで、さらに解凍後の藻類細胞の生長が良好となる。
【0012】
また、凍結させる藻類細胞として、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)にATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましい。また、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻を用いる場合、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましい。ATCC番号22662として保存されている緑藻を用いる場合、上記のような粒子径分布の藻類細胞を用いることで、さらに解凍後の藻類細胞の生長が良好となる。
【0013】
また、本発明の方法は、対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程の前に、対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、をさらに含むことが好ましい。培養上清を藻類細胞から完全に除去することで、凍結、解凍による遅延発光パターンへの影響を低減させ、凍結前の細胞と同等の遅延発光パターンが得られやすくなる。
【0014】
さらに、本発明の方法は、凍結させた前記対数増殖期の藻類細胞を、−80℃以下の温度で維持する工程を含むことが好ましい。−80℃以下の温度で維持することにより、凍結中の細胞の損傷を防ぐことができ、解凍後の藻類細胞の生長がより良好となる。
【0015】
また、本発明は、凍結された対数増殖期の細胞を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価用キットを提供する。このようなキットを用いることで、遅延発光による化学物質の毒性評価を簡易迅速に行うことができる。
【0016】
前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましく、また、藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。
【0017】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましく、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましい。
【0018】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましく、バイモーダルな分布を示す粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましい。
【0019】
また、上記毒性評価キットに含まれる凍結された藻類細胞は、対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、残った藻類細胞を凍結する工程と、を含む方法により調製された藻類細胞であることが好ましい。
【0020】
また、上記毒性評価キットに含まれる藻類細胞が−80℃以下の温度で維持されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の藻類細胞の調製方法によれば、凍結し、解凍した後の藻類細胞の生育が良好であるため、遅延発光による化学物質の毒性評価に際し凍結前の藻類細胞と同様に使用することができる。さらに、本発明の遅延発光による化学物質の毒性評価用キットによれば、簡易迅速に化学物質の毒性評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】対数増殖期の緑藻細胞(実施例1)の凍結・解凍後の生長曲線を示すグラフである。
【図2】定常期の緑藻細胞(比較例1)の凍結・解凍後の生長曲線を示すグラフである。
【図3】対数増殖期の凍結・解凍した緑藻細胞(実施例1)及び凍結していない緑藻細胞の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図4】対数増殖期の凍結・解凍した緑藻細胞(実施例2)及び凍結していない緑藻細胞の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図5】NIES−35株の細胞(A)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図6】NIES−35株の細胞(B)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図7】NIES−35株の細胞(C)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図8】NIES−35株の細胞(D)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図9】NIES−35株の細胞(A)〜(D)の生細胞を培養した後のそれぞれの粒子数を表すグラフである。
【図10】NIES−35株の細胞(A)〜(D)の生細胞を培養した後のそれぞれの遅延発光の発光量を表すグラフである。
【図11】ATCC−22662株の細胞(H)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図12】ATCC−22662株の細胞(I)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図13】ATCC−22662株の細胞(J)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図14】ATCC−22662株の細胞(K)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図15】ATCC−22662株の細胞(L)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図16】ATCC−22662株の細胞(M)の粒子径分布曲線を示したグラフである。
【図17】ATCC−22662株の細胞(H)〜(M)の生細胞を培養した後のそれぞれの粒子数を表すグラフである。
【図18】ATCC−22662株の細胞(H)〜(M)の生細胞を培養した後のそれぞれの遅延発光の発光量を表すグラフである。
【図19】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の粒子数を表すグラフである。
【図20】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻のコロニー生残率を表すグラフである。
【図21】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図22】凍結・解凍した緑藻(比較例2)及び凍結していない緑藻の発光量(積算値)を表したグラフである。
【図23】凍結・解凍した緑藻(実施例5)及び凍結していない緑藻の遅延発光の発光パターンを表したグラフである。
【図24】凍結・解凍した緑藻(実施例5)及び凍結していない緑藻の発光量(積算値)を表したグラフである。
【図25】比較例2に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。
【図26】実施例5に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
【0024】
本発明の調製方法では、対数増殖期の藻類細胞を凍結させることを含む。より具体的に言えば、藻類細胞を対数増殖期まで培養し、培養した藻類細胞を回収し、回収した藻類細胞を凍結して保存する。凍結保存された藻類細胞は解凍され、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いられる。
【0025】
本明細書において「対数増殖期」とは、藻類細胞が一定時間ごとに二分して増殖し、時間に対して細胞数が対数的に増殖する時期をいう。また、「定常期」とは、分裂率と死滅率がほぼ平衡に達し、細胞数がほぼ一定となる時期をいう。
【0026】
本発明に使用できる藻類細胞としては、例えば、緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata(旧名Selenastrum capricornutum)、Desmodesmus subspicatus(旧名 Scenedesmus subspicatus))、藍藻(Anabaena flos−aquae、Synechococcus leopoliensis)、珪藻(Navicula pelliculosa)等の藻類の細胞を用いることができる。一例として緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)は、国立環境研究所(National Institute for Environmental Studies)に株番号NIES−35として保存されている緑藻(以下、場合により「NIES−35株」と称する)やアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection)にATCC番号22662として保存されている緑藻(以下、場合により「ATCC−22662株」と称する)を用いることができる。これらの機関に保存されている株は個体間に性質のばらつきが少なく安定しているため好ましい。
【0027】
藻類細胞を対数増殖期まで培養するには、標準的な方法を用いることができる。例えば、藻類細胞として緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を用いる場合、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件下で、C(75)培地、OECD培地等の培養液を用い、定常期の細胞を初期細胞密度1×104cells/mLに調製して70〜73時間程度培養することにより、対数増殖期の細胞を得ることができる。対数増殖期の細胞であることは、得られた細胞を一定期間内に3回以上粒子計測装置(CDA−500)を用いて細胞数を計測し、培養時間に対する細胞数を対数表示することにより作成した生長曲線が、ほぼ直線になることにより、確認できる。
【0028】
培養した対数増殖期の藻類細胞の中でも、本発明の方法に用いる細胞集団として好ましい細胞集団を、細胞の粒子径を指標として判断することができる。本発明の方法には、細胞の粒子径が大きい細胞を凍結させることが好ましい。具体的には、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上であることが好ましく、53%以上であることがより好ましく、57%以上であることがさらに好ましい。なお、本明細書において、藻類細胞の「粒子径」とは、電気的検知帯方式粒度分布測定装置により算出される藻類細胞の直径のことをいう。また、凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。バイモーダルな分布とは、大きなピークが2つ現れる2相性の分布のことを指す。このような凍結させるのに好ましい細胞は、細胞数計測によって得られたデータから確認できる。
【0029】
このようにバイモーダルな粒子径分布の藻類細胞を用いることには、以下のような意義があると考えられる。凍結する際の細胞の状態は、解凍後の細胞生長に大きく影響する。凍結保存状態から解凍した細胞が迅速に対数増殖するためには、凍結させる細胞集団が細胞分裂前の大きな細胞集団と、細胞分裂直後の小さな細胞集団の2集団に分かれている状態が好ましい。すなわち、2集団に分かれているということは、細胞分裂が活発に行われている状態であることを示している。
【0030】
さらに、バイモーダルな粒子径分布を示す藻類細胞の中でもより好ましい細胞集団を、バレー値の粒子径を指標に判断することができる。なお、本明細書において、「バレー値の粒子径」とは、バイモーダルな分布の粒子径分布曲線における2つのピークの間の、細胞数が極小となる粒子径のことをいう。バレー値の粒子径は大きすぎないことが好ましい。バレー値が大きいということは、粒子径の大きさが小さな方の細胞集団の割合が大きい、すなわち、細胞集団の細胞生長が低下した状態であることを示している。その原因として、バイオマス生産に必須である栄養塩、光エネルギー、二酸化炭素等が細胞の増加と共に不足、枯渇すること等が挙げられる。細胞生長が低下した状態で凍結しても、解凍後に細胞がすぐには対数増殖しにくい傾向がある。したがって、バレー値の粒子径は大きすぎないことが好ましい。具体的には、バレー値の粒子径は、約4μm〜5μmであることが好ましい。
【0031】
藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合も、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。さらに、バイモーダルな粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上であることが好ましく、76%以上であることがより好ましい。また、藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合、バイモーダルな粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上であることが好ましく、72%以上であることがより好ましい。なお、本明細書において、「ピークにおける細胞数」とは、ピークの粒子径をPμmとしたときに、P±0.02μmの大きさの粒子径を有する細胞の数のことをいう。また、NIES−35株を用いる場合、バレー値は4.52μm未満が好ましく、4.40μm以下であることがより好ましく、4.12μm以下であることがさらに好ましい。
【0032】
藻類細胞としてATCC−22662株を用いる場合も、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示すことが好ましい。さらに、バイモーダルな粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上であることが好ましく、48%以上であることがより好ましい。また、藻類細胞としてATCC−22662株を用いる場合、バイモーダルな粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上であることが好ましく、41%以上であることがより好ましい。また、ATCC−22662株を用いる場合、バレー値は4.87μm未満が好ましく、4.78μm以下であることがより好ましい。
【0033】
なお、藻類細胞としてNIES−35株を用いる場合も、ATCC−22662株を用いる場合も、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを、上記で説明した以外の様々な方法で判断できる。
【0034】
例えば、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す場合、バレー値の粒子径より大きい細胞を「細胞大」、バレー値より小さい細胞を「細胞小」として二集団に分け、所定の粒子径と該所定の粒子径における細胞数とを積算した値(粒子径×細胞数)の一集団あたりの積分値(以下、「特徴量」と称する)を、「細胞大」と「細胞小」とで比較し、好ましい細胞集団であるかどうかを判断できる。なお、「所定の粒子径における細胞数」とは、所定の粒子径をQμmとしたときに、Q±0.02μmの大きさの粒子径を有する細胞の数のことをいう。「細胞大」と「細胞小」の特徴量の合計を100%としたときに、「細胞大」の特徴量がNIES−35株の場合は、64%以上、ATCC−22662株の場合は、53%以上であることが好ましい。
【0035】
また、同様に、粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す場合、バレー値の粒子径より大きい細胞を「細胞大」、バレー値より小さい細胞を「細胞小」と二集団に分け、ピークの粒子径と該ピークにおける細胞数との積算値(ピーク粒子径×細胞数、以下、「特徴量代表値」と称する)を、「細胞大」と「細胞小」とで比較し、好ましい細胞集団であるかどうかを判断できる。「細胞大」と「細胞小」の特徴量代表値比の合計を100%としたときに、「細胞大」の特徴量代表値比がNIES−35株の場合は、61%以上、ATCC−22662株の場合は、43%以上であることが好ましい。
【0036】
また、用いる藻類細胞の表面積や藻類細胞の体積からも、本発明の方法に好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。例えば、藻類細胞の表面積がわかる場合、
【数1】
により粒子径の概算値が算出され、上述のように粒子径を指標として、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。また、藻類細胞の体積がわかる場合、
【数2】
により粒子径の概算値が算出され、上述のように粒子径を指標として、本発明の方法に用いるのに好ましい細胞集団であるかどうかを判断することができる。
【0037】
培養した細胞を、公知の方法により回収することができる。例えば、遠心して細胞を沈殿させ、沈殿した細胞を培養液と共に回収することができる。対数増殖期の細胞を維持するため、及び、回復培養後の遅延発光パターンを凍結前の細胞と同等にするためには、沈殿させた後の培養上清を完全に除去し、新たな培養液に懸濁することが好ましい。なお、培養上清を完全に除去するには、アスピレーター等で培養上清を吸引し、吸引後、培養上清が目視で確認できない程度に除去すればよい。この後の工程で凍害保護剤を使用する場合、培養液が凍害保護剤液で希釈されるため、細胞を懸濁する培養液は、対数増殖期まで培養するのに用いた培養液よりも少なくすることができる。例えば、対数増殖期まで培養するのに用いた培養液の100分の1の量の新たな培養液に懸濁することができる。このようにして、解凍後の遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる際の対照試料や暴露試料調製時、凍害保護剤の含有割合をより小さくすることが可能となる。凍害保護剤を用いない場合、凍結前に培養した細胞が対数増殖期で維持されていればよく、細胞懸濁液を直接その後の凍結に用いてもよい。
【0038】
凍結用の細胞懸濁液には、凍害保護剤を添加することができる。凍害保護剤としては、公知の凍害保護剤、例えば、DMSO(ジメチルスルホキシド)を用いることができ、凍結前の培養液に5〜10%、より好ましくは5%の濃度で含有させることができる。適当な濃度の凍害保護剤液を調製し、細胞懸濁液と混合することで、凍害保護剤を添加できる。
【0039】
調製した細胞懸濁液を適宜室温に放置した後、ディープフリーザー等で徐冷凍結する。細胞懸濁液をクライオチューブ等に入れ、保護材付きフリーザーコンテナに収容したものを緩衝材等で包み、ディープフリーザー等で冷却する。冷却速度は毎分およそ1℃が好ましく、−80℃以下の温度まで冷却することが好ましい。このように徐冷凍結することが、冷却する過程で細胞の損傷を防ぐことができることから好ましい。−80℃以下の温度まで冷却した後、そのまま−80℃以下の温度で維持することが好ましい。−80℃以下の温度で維持することにより、凍結中の細胞の損傷を防ぐことができ、解凍後の細胞の生長がより良好となる。
【0040】
凍結した藻類細胞は、その後長期間に渡ってそのまま凍結保存することができ、使用する際には解凍し、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いることができる。本発明により調製した藻類細胞を用いて化学物質の毒性評価をするには、例えば、後述する方法により実施することができる。
【0041】
また、本発明は遅延発光による化学物質の毒性評価用キットを提供する。本発明の遅延発光による化学物質の毒性評価用キットは、凍結された対数増殖期の藻類細胞を含む。凍結された対数増殖期の細胞は、上記で説明した方法により調製された藻類細胞であることが好ましい。また、キット中、藻類細胞が−80℃以下の温度で維持されていることが好ましい。本発明のキットはさらに、培養液、安定化剤、試薬、細胞培養容器、試料採取器具、緩衝材、コンテナ、取扱説明書、添付文書等を、適宜備えることができる。本発明のキットを使用することで、遅延発光による化学物質の毒性評価を簡易迅速に行える。
【0042】
続いて、本発明の方法により調製した藻類細胞を用いた遅延発光による化学物質の毒性評価方法について説明する。
【0043】
本発明は、
藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法であって、
(a)凍結した藻類細胞を加温して解凍し、得られた細胞懸濁液に培地を加えて希釈する、解凍ステップと、
(b)解凍ステップ(a)で得た藻類細胞を培養して藻類細胞を凍結及び解凍の影響から回復させる、回復培養ステップと、
(c)回復培養ステップ(b)後の藻類細胞を一部採取し、培地を加えて希釈し、藻類細胞の遅延発光を測定し、得られた発光量を初期値データとする、確認ステップと、
(d)確認ステップ(c)後の藻類細胞と被検物質を含む溶液とを混ぜて暴露試料を作製し、暴露試料を培養する、暴露ステップと、
(e)暴露ステップ(d)後の暴露試料の遅延発光を測定し、得られた発光量を暴露データとする、計測ステップと、
(f)初期値データ及び暴露データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価する、評価ステップと、
を備える方法、
を提供する。
【0044】
上記方法において、より正確な評価を行うために、確認ステップ(c)で得られた初期値データが所定の値に達するまで回復培養ステップ(b)及び(c)を繰り返すことが好ましい。
【0045】
また、上記方法において、より正確な評価を行うために、暴露ステップ(d)において、さらに、確認ステップ(c)後の藻類細胞と被検物質溶液の溶媒とを混ぜて対照試料を作製し、対照試料を培養し、計測ステップ(e)において、さらに、対照試料の遅延発光を測定し、対照データとし、評価ステップ(f)において、初期値データ、暴露データ及び対照データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価することが好ましい。
【0046】
本発明の、藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法によれば、凍結しない藻類細胞と同じ発光パターンが得られ、発光量も低下せず、凍結した藻類細胞を使用して迅速に毒性評価を行うことが可能である。
【0047】
図26は、本実施形態に係る藻類を用いた化学物質の毒性を評価する方法を説明するフローチャートである。本実施形態は、解凍ステップ(a)、回復培養ステップ(b)、確認ステップ(c)、暴露ステップ(d)、計測ステップ(e)及び評価ステップ(f)を備える。
【0048】
解凍ステップ(a)では、上記方法で凍結した藻類細胞を加温して解凍し、解凍により得られた細胞懸濁液に培地を加えて希釈する。
【0049】
解凍は、例えば、37℃のウォーターバス中にて、120〜150秒程度、凍結細胞を含むクライオチューブをゆっくり振ることで、行うことができる。
【0050】
次に、解凍した細胞懸濁液に培地を加えて希釈を行う。凍結した細胞懸濁液には、上述の通り、ジメチルスルホキシド(DMSO)などの凍害保護剤が含まれている場合があり、凍害保護剤の細胞毒性を緩和するために、解凍後すみやかに希釈を行う必要がある。希釈は、例えば、OECD培地を用いて10倍に希釈することができる。浸透圧の急激な変化を防ぐために、1分程度の時間をかけてゆっくりと培地を添加する。
【0051】
回復培養ステップ(b)では、解凍ステップ(a)で得た藻類細胞を培養して藻類細胞を凍結及び解凍の影響から回復させる。後述の比較例で示すように、回復培養ステップを行わないと、藻類細胞が凍結及び解凍のダメージから十分回復せず、凍結していない藻類細胞と比較して遅延発光の発光パターンが変化し、発光量が低下する。凍結・解凍した藻類細胞でも、凍結していない藻類細胞と同じ発光パターン・発光量を示されなければ、化学物質の毒性を適正に評価することができなくなる。後述の実施例で示すように、解凍ステップ(a)に回復培養ステップ(b)を行うと、凍結・解凍した藻類細胞が、凍結していない藻類細胞と同じ発光パターン・発光量を示すようになり、この問題点を解消することができる。回復培養は、例えば、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件で1〜2時間培養する。
【0052】
確認ステップ(c)では、回復培養ステップ(b)後の藻類細胞を一部採取し、培地を加えて希釈し、藻類細胞の遅延発光を測定し、得られた発光量を初期値データとする。このステップにおいて、回復培養ステップ(b)により藻類細胞が凍結及び解凍の影響から十分回復したことを確認するとともに、後の毒性評価の際に使用する初期値データを取得する。
【0053】
藻類細胞をさらに培地で希釈するのは、凍害保護剤の毒性を緩和するためである。凍害保護剤は、凍結した細胞懸濁液に5〜10%程度含まれている場合がある。その場合、解凍ステップ(a)で、10倍程度の希釈を行うと、凍害保護剤の濃度は0.5〜1%程度となるが、この濃度の凍害保護剤存在下でも回復ステップが可能であることを見出している。しかし、化学物質毒性評価に影響を及ぼさないために、培養後さらに10倍希釈を行い、凍害保護剤の濃度を低下させる必要がある。
【0054】
遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。
【0055】
確認ステップ(c)で測定した発光量が所定の値であった場合は、その数値を初期値データとして、次の暴露ステップ(d)に進むことができる。この判断基準となる所定の値は、あらかじめ設定された値を利用したり、凍結細胞に個別に設定された値を利用したりすることができる。例えば、凍結細胞の製造時に製造者が値を設定することができる。所定の値とは、例えば、凍結していない藻類細胞の発光量の90%以上の値である。この値以下では発光量が不十分であり、藻類細胞が十分回復していないと判断できる。
【0056】
確認ステップ(c)で測定した発光量が所定の値に達しない場合は、回復培養ステップ(b)を継続し、所定の時間(例えば、30分)経過後に、再び確認ステップを行い、所定の値に達しているか否かを確認する。
【0057】
暴露ステップ(d)では、確認ステップ(c)により凍結及び解凍の影響から十分回復したことを確認できた藻類細胞に、被検物質を含む溶液と混ぜて暴露試料を作製し、暴露試料を培養する。
【0058】
暴露試料の作製は、例えば、藻類細胞1容量に対して、被検物質を含む溶液9容量を加える。この操作により藻類細胞は10倍に希釈されるが、上述の通り、凍害保護剤の化学物質毒性評価への影響を回避するためである。また、被検物質を含む溶液を多量に添加することができるため、水に溶け難い化学物質でも評価することができる。被検物質の濃度を様々にし、複数の暴露試料を調製してもよい。また、被検物質を溶かした溶媒のみと藻類細胞を混ぜることで、対照試料を作製しても良い。対照試料を用いて対照データを測定し、評価値を算出することで、より正確に被検物質の毒性を評価することができる。
【0059】
暴露試料の培養は、例えば、温度25±0.5℃、照度50〜55μmol・m−2・s−1の条件で行う。培養時間は、被検物質が藻類細胞に影響を及ぼす程度の時間であれば特に限定されないが、例えば、8時間、好ましくは24時間である。遅延発光の測定を容易にするために、暴露試料の培養容器として、遅延発光の測定にそのまま使用できる試験管を使用することができる。この場合、試験管ごとの照度のばらつきを最小限にし、撹拌効率を上げ、藻類の細胞増殖率を上げるために、ローテーター及びオービタルシェーカーを併用した回転培養を行うことが好ましい。
【0060】
計測ステップ(e)では、暴露ステップ(d)後の暴露試料の遅延発光を測定し、得られた発光量を暴露データとする。上述の通り、遅延発光の測定は、公知の装置及び方法、例えば、国際公開第2005/062027号に記載の装置及び方法により、行うことができる。より具体的には、試料に対して励起光(680nm、20μmol・m−2・s−1)を1秒照射した後に、試料から検出される遅延発光を光電子増倍管により検出し、該遅延発光量を励起完了後から60秒間100ミリ秒間隔で記録し、励起完了後1.1秒から60秒までの該遅延発光量の総和を暴露データとする。
【0061】
評価ステップ(f)では、初期値データ及び暴露データに基づいて評価値を算出し、評価値に基づいて被検物質の毒性を評価する。遅延発光は、藻類細胞の生長阻害と相関して発光量が低下することが知られている。暴露データが初期値データよりも低下している場合、被検物質に毒性があると評価することが可能である。より具体的には、暴露試料として評価対象となる有害物質を含む試料(X)と、有害物質を含まない試料(Y)について計測を行い、それぞれの下式1より算出される増加率を算出し、Xの増加速度とYの増加速度を比較し、Yに対するXの低下量を下式2により算出して毒性の指標とする。
(式1)増加速度=(ln(暴露データ)−ln(初期値データ))÷(培養時間)
(式2)低下率=(Yの増加速度−Xの増加速度)÷Yの増加速度×100
【実施例】
【0062】
以下に、藻類細胞の調製方法について比較例と実施例を示す。なお、各実験はn=3で行った。
【0063】
(定常期の細胞と対数増殖期の細胞の比較)
(実施例1)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、対数増殖期の細胞(細胞密度180×104cells/mL)を用いた。緑藻を培養する培養液としては、OECD培地を、100mL用いた。細胞が入った培養液を遠心(1000G、5分)し、アスピレーターで上清を完全に除去し、新しい培養液数mLに再懸濁し、一部をとって細胞数を計数した。その後、培養液を加えて4000×104cells/mLに調製した。さらに、添加した培養液と等量の10%DMSO液(凍害保護剤液)と混合し、最終細胞密度を2000×104cells/mL、DMSO最終密度を5%に調製した。15分間室温で保存後、クライオチューブに分注し、緩衝材で包み、保護材つきフリーザーコンテナに収納し、−80℃で最大180日間保存した。解凍し、培養して生長試験を行ない、遅延発光を測定した。生長曲線を図1に示す。また、培養した細胞の遅延発光のパターンを非凍結細胞の遅延発光のパターンと共に図3に示す。
【0064】
(比較例1)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、定常期の細胞(細胞密度332×104cells/mL)を用いた。対数増殖期の細胞の代りに、定常期の細胞を用いたこと以外は、実施例1と同様の方法で細胞を調製し、凍結し、解凍し、培養して生長試験を行なった。生長曲線を図2に示す。
【0065】
凍結する細胞として対数増殖期の細胞を用いた場合、解凍後、培養した細胞は順調に生長し、対数増殖した(図1)。これに対し、凍結する細胞として定常期の細胞を用いた場合では、解凍後、培養した細胞の生育は不良となった(図2)。
【0066】
(上清除去の有無の検討)
(実施例2)
凍結する細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の、対数増殖期の細胞(細胞密度180×104cells/mL)を用いた。培養液は実施例1と同じ培養液を100mL用いた。細胞が入った培養液を遠心し、上清を数mL残してこぼし、残った培養液に、沈殿した細胞を再懸濁した。さらに、DMSO溶液、新しい培地を添加して、最終細胞密度を2000×104cells/mL、DMSO最終濃度を5%に調製した。15分間室温で保存後、クライオチューブに分注し、−80℃で凍結・保存した。実施例1と同様に解凍し、培養して、遅延発光を測定した。培養した細胞の遅延発光のパターンを非凍結細胞の遅延発光のパターンとともに図4に示す。
【0067】
凍結前の細胞の調製において、細胞を培養した培養液を遠心して細胞と分離し、分離した培養液上清を完全に除去した実施例1では、遅延発光のパターンは非凍結細胞の遅延発光のパターンと一致した。一方、培養液上清を完全には除去しなかった実施例2では、遅延発光のパターンが非凍結細胞の遅延発光のパターンと若干ずれ、凍結前の細胞の調製において、培養液上清を完全に除去することが好ましいことがわかった。
【0068】
(細胞の粒子径の良否判断)
(実施例3)
用いる細胞として、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(NIES−35株)の細胞を用いた。緑藻細胞を対数増殖期から定常期まで培養し、対数増殖期の中でも培養時間が異なる以下のA〜Cの細胞及び定常期のDの細胞の、4つの生長段階の細胞を用いた。
A・・・培養時間70時間(細胞密度180×104cells/mL)
B・・・培養時間72時間(細胞密度230×104cells/mL)
C・・・培養時間74時間(細胞密度280×104cells/mL)
D・・・培養時間76時間(細胞密度332×104cells/mL)
A〜Dの細胞の粒子径分布曲線をそれぞれ図5〜図8に示す。A〜Dの細胞の粒子径分布曲線はそれぞれ明確にバイモーダルな分布を示した。図中、粒子径がバレー値である位置に直線を引いてある。下の表1には、A〜Dの細胞粒子のそれぞれの粒子径分布におけるバレー値と、バレー値で2つに区分けした細胞の割合を記す。表1中、バレー値よりも粒子径が大きい細胞を「細胞大」、バレー値よりも粒子径が小さい細胞を「細胞小」としてA〜Dそれぞれの細胞における「細胞大」と「細胞小」の細胞数の割合を記している。
【0069】
【表1】
【0070】
図5〜8及び表1に示されるように、細胞密度が大きくなるにつれて、粒子径が小さい細胞の数の割合が増え、AやBでは粒子径が大きい細胞の方が多かったが、CやDでは、粒子径が小さい細胞の方が多かった。AやBの細胞では、バレー値が約4.40μm以下であり、半数以上の細胞がこのバレー値以上の粒子径を有していた。具体的には、バレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数は、Aでは76%、Bでは55%であった。
【0071】
表2には、A〜Dそれぞれのバイモーダルな粒子径分布曲線における2つのピーク(粒子径が大きい方のピークと小さい方のピーク)の粒子径を、粒子径が小さい方のピークを「ピーク1」、粒子径が大きい方のピークを「ピーク2」として示す。また、表2には、ピーク1における細胞数とピーク2における細胞数の合計を100%としたときの、それぞれのピークにおける細胞数の割合(ピーク値比)を記している。なお、ここでは、ピークの粒子径±0.02μmの粒子径を有する細胞を、「ピークにおける細胞」として計測した。ピーク1の粒子径、ピーク2の粒子径、バレー値の粒子径は、電気的検知帯方式粒度分布測定装置により算出される粒子径データによって、決定した。
【0072】
【表2】
【0073】
図5〜8及び表2に示されるように、細胞密度が小さいものほど粒子径が大きい方のピーク(ピーク2)のピーク値比が大きくなる傾向にあり、AやBの細胞では、粒子径が大きい方のピーク(ピーク2)値比が、50%以上であった。
【0074】
A〜Dのそれぞれの細胞を初期細胞密度20×104cells/mLとなるように調製して24時間培養し、それぞれの緑藻細胞の粒子数と遅延発光を測定した。粒子数(cells/mL)と、遅延発光で得られた発光量(counts)を、それぞれ図9、図10に示す。
【0075】
24時間後の細胞粒子数はAが最も多くて生長が良好であり、B、C、Dの順に低下した(図9)。また、遅延発光の発光量も、Aが最も多くて、B、C、Dの順に低下していた(図10)。
【0076】
(実施例4)
用いる細胞として、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(ATCC−22662株)の細胞を用いた。緑藻細胞を対数増殖期から定常期まで培養し、対数増殖期の中でも培養時間が異なる以下のH〜Jの細胞及び定常期のK〜Mの細胞の、6つの生長段階の細胞を用いた。
H・・・培養時間72時間(細胞密度233×104cells/mL)
I・・・培養時間74時間(細胞密度256×104cells/mL)
J・・・培養時間76時間(細胞密度281×104cells/mL)
K・・・培養時間78時間(細胞密度312×104cells/mL)
L・・・培養時間80時間(細胞密度352×104cells/mL)
M・・・培養時間82時間(細胞密度391×104cells/mL)
H〜Mの細胞の粒子径分布曲線をそれぞれ図11〜図16に示す。H、Iの細胞の粒子径分布曲線はそれぞれ明確にバイモーダルな分布を示した。図中、粒子径がバレー値である位置に直線を引いてある。下に示す表3には、H〜Mの細胞粒子のそれぞれの粒子径分布におけるバレー値と、バレー値で2つに区分けした細胞の割合を記した。表3中、バレー値よりも粒子径が大きい細胞を「細胞大」、バレー値よりも粒子径が小さい細胞を「細胞小」としてH〜Mそれぞれの細胞における「細胞大」と「細胞小」の細胞数の割合を記している。
【0077】
【表3】
【0078】
図11〜図16及び表3に示されるように、細胞密度が大きくなるにつれて、粒子径が小さい細胞の数の割合が増えた。HやIの細胞では、バレー値で区分けした細胞小と細胞大の割合は同等であった。なお、ATCC−22662株においても、HやIの細胞では、50%以上の細胞が約4.5μm以上の粒子径を有していた。
【0079】
表4には、H〜Mそれぞれのバイモーダルな粒子径分布曲線における2つのピーク(粒子径が大きい方のピークと小さい方のピーク)の粒子径を、粒子径が小さい方のピークを「ピーク1」、粒子径が大きい方のピークを「ピーク2」として示す。また、表4には、ピーク1における細胞数とピーク2における細胞数の合計を100%としたときの、それぞれのピークにおける細胞数の割合(ピーク値比)を記している。なお、ここでは、ピークの粒子径±0.02μmの粒子径を有する細胞を、「ピークにおける細胞」として計測した。ピーク1の粒子径、ピーク2の粒子径、バレー値の粒子径は、実施例3と同様に、決定した。
【0080】
【表4】
【0081】
図11〜図16及び表4に示されるように、ATCC−22662株では、粒子径が小さい方のピーク(ピーク1)の方が、ピーク値比が大きい傾向にあった。また、細胞密度が大きいものほど粒子径が小さい方のピーク(ピーク1)のピーク値比が大きくなる傾向にあった。
【0082】
H〜Mのそれぞれの細胞を初期細胞密度20×104cells/mLとなるように調製して24時間培養し、それぞれの緑藻細胞の粒子数と遅延発光を測定した。粒子数(cells/mL)と、遅延発光で得られた発光量(counts)を、それぞれ図17、図18に示す。
【0083】
24時間後の細胞粒子数はHが最も多くて生長が良好であり、H〜Mの順に低下した(図17)。また、遅延発光の発光量も、Hが最も多く、H〜Mの順に低下した(図18)。
【0084】
以下に、藻類細胞を用いた毒性評価方法について、比較例と実施例を示す。
(比較例2)
標準的な手順により、凍害保護剤(5%DMSO)を含み、細胞密度2000×104cells/mL、体積650μLの条件で凍結された緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)を使用し、以下の方法により、遅延発光を測定した。希釈液にはOECD培地を用いた。
【0085】
(a)解凍ステップ
(a−1)加温ステップ
37℃ウォーターバスで、凍結した緑藻の入ったクライオチューブをゆっくり振りながら、120〜150秒程度で完全に解凍した。クリーンベンチ内にて、先太ピペットで軽くピペッティングして620μLの細胞懸濁液をガラスチューブに取出した。
(a−2)希釈ステップ
5580μL(10倍希釈)のOECD培地をガラスチューブ内にゆっくり入れた。浸透圧の急激な変化を防ぐため、1分程度時間をかけて少しずつ添加した。培地添加後、5〜10分程度ベンチ内で静置した。
【0086】
(c)確認ステップ
(a−2)の希釈ステップが完了した試料の一部を採取し、10倍に希釈して初期値サンプルを調製した。初期値サンプルの遅延発光を測定した。また、粒子計測により細胞数を計測した。さらに、コロニー法による生存細胞の計数を行った。他方、凍結していない緑藻を用いて、遅延発光の測定、粒子数の計測及びコロニー生残率の計測を行った。
【0087】
図19は、凍結・解凍した緑藻及び凍結していない緑藻の粒子数を表すグラフであり、図20は、凍結・解凍した緑藻及び凍結していない緑藻のコロニー生残率を表すグラフである。図19及び図20から明らかなように、(c)の確認ステップにおける、凍結・解凍した緑藻の粒子数及びコロニー生残率は、凍結していない緑藻のそれらとほとんど差が無く、凍結・解凍の影響から適正な状態に回復したようにみえる。
【0088】
しかしながら、遅延発光の発光パターンを表したグラフである図21から、凍結・解凍した緑藻と凍結していない緑藻とでは、発光パターンが異なることが分かる。発光パターンが異なると、その後の化学物質の毒性評価を行った場合、凍結していない藻類と同等の評価を行うことができない。図22は、励起光消灯後1.1秒から60秒までの発光量(積算値)を表したグラフであるが、凍結した緑藻の発光量は凍結していない緑藻の発光量と比べて低下しており、約77%であった。遅延発光は、藻類の生長阻害と相関して発光量が低下することが知られているため、凍結・解凍によりすでに凍結前よりも発光量が低下している藻類細胞は、既に生長阻害が起きていることが予想され、評価対象となる化学物質を暴露しても毒性を適正に評価できない。したがって、上記比較例2の方法は、藻類の遅延発光を利用した化学物質の評価方法には適していない。
【0089】
(実施例5)
(a)解凍ステップは、比較例2と同様の方法で行った。
【0090】
(b)回復培養ステップ
(a)解凍ステップで調製した試料を、温度25±0.5℃、照度50〜55μmolm−2s−1)にて、1時間又は2時間培養した。
【0091】
(c)確認ステップ
(b)の回復培養ステップが完了した試料の一部を採取し、希釈して初期値サンプルを調整した。初期値サンプルの遅延発光を測定した。他方、凍結していない緑藻を用いて、遅延発光の測定を行った。
【0092】
図23は、遅延発光の発光パターンを表したグラフである。比較のために、凍結していない緑藻の遅延発光及び実施例の方法で得た初期値サンプルの遅延発光に加えて、比較例2の方法で得た初期値サンプルの遅延発光も含めている。図23から明らかなように、1時間又は2時間の回復培養を行うことで、凍結していない緑藻の遅延発光と同じ発光パターンとなることが分かった。図24は、発光量を表したグラフである。1時間又は2時間の回復培養を行うことで、凍結していない緑藻の発光量の約93%、約112%となり、十分な発光量が得られた。したがって、上記実施例5の方法は、凍結していない緑藻を使用した場合と同等の評価を行うことができる。
【0093】
尚、本明細書で使用する%数値は、小数点以下第一位を四捨五入した値を採用している。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調製方法。
【請求項2】
前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記凍結させる藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記凍結させる藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上である、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記凍結させる藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上である、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記凍結させる藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、 前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上である、請求項3又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程の前に、
対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、
該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、
遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、をさらに含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
凍結された前記対数増殖期の藻類細胞を、−80℃以下の温度で維持する工程をさらに含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
凍結された対数増殖期の藻類細胞を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価用キット。
【請求項11】
前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上である、請求項10に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項12】
前記凍結された藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す、請求項10又は11に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項13】
前記凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上である、請求項12に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項14】
前記凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上である、請求項12又は13に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項15】
前記凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上である、請求項12に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項16】
前記凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上である、請求項12又は15に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項17】
前記凍結された藻類細胞は、
対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、
該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、
遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、
残った藻類細胞を凍結する工程と、を含む方法により調製された藻類細胞である、請求項10〜16のいずれか一項に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項18】
前記藻類細胞が、−80℃以下の温度で維持されている、請求項10〜17のいずれか一項に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項1】
対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価に用いる藻類細胞の調製方法。
【請求項2】
前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記凍結させる藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記凍結させる藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記凍結させる藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上である、請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記凍結させる藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上である、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
前記凍結させる藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、 前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上である、請求項3又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記対数増殖期の藻類細胞を凍結させる工程の前に、
対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、
該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、
遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、をさらに含む、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
凍結された前記対数増殖期の藻類細胞を、−80℃以下の温度で維持する工程をさらに含む、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
凍結された対数増殖期の藻類細胞を含む、遅延発光による化学物質の毒性評価用キット。
【請求項11】
前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、4.5μm以上の大きさの粒子径を有する藻類細胞の数が50%以上である、請求項10に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項12】
前記凍結された藻類細胞の粒子径分布曲線がバイモーダルな分布を示す、請求項10又は11に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項13】
前記凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結された藻類細胞の数を100%としたときに、55%以上である、請求項12に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項14】
前記凍結された藻類細胞は、国立環境研究所に株番号NIES−35として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、50%以上である、請求項12又は13に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項15】
前記凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線におけるバレー値の粒子径以上の大きさの粒子径を有する細胞の数が、前記凍結させる藻類細胞の数を100%としたときに、46%以上である、請求項12に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項16】
前記凍結された藻類細胞は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションにATCC番号22662として保存されている緑藻(Pseudokirchneriella subcapitata)であって、
前記粒子径分布曲線の粒子径が大きい方のピークにおける細胞数が、粒子径が小さい方のピークにおける細胞数と粒子径が大きい方のピークにおける細胞数との合計を100%としたときに、37%以上である、請求項12又は15に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項17】
前記凍結された藻類細胞は、
対数増殖期の藻類細胞を培養液中で培養する工程と、
該藻類細胞を含む培養液を遠心分離する工程と、
遠心分離によって分離した培養上清を藻類細胞から完全に除去する工程と、
残った藻類細胞を凍結する工程と、を含む方法により調製された藻類細胞である、請求項10〜16のいずれか一項に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【請求項18】
前記藻類細胞が、−80℃以下の温度で維持されている、請求項10〜17のいずれか一項に記載の化学物質の毒性評価用キット。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【公開番号】特開2012−55224(P2012−55224A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201142(P2010−201142)
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年9月8日(2010.9.8)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]