説明

藻類酵素処理液上澄を含む水産生物用飼料

【課題】アマノリ類の酵素処理における副生物の有効利用を図ること、及び魚類の生残、成長、飼料成分の利用効率が著しく向上した水産生物用飼料を提供すること。
【解決手段】アマノリ類を裁断し、機械による破砕処理の後、β−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼ等の酵素を溶解させた酵素液中に投入して酵素処理し、処理液を遠心分離機により遠心分離し、プロトプラストからなる固形分を回収し、この際、発生する上澄液成分を水産生物用飼料に少量添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アマノリなどの藻類酵素処理液上澄成分を添加した、魚類などの水産生物用飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
紅藻のアマノリ類(Porphyra spp.)は、海藻類の中でも蛋白質含量が高いことが知られており、また、ビタミン・ミネラル等の各種微量栄養素や、最近、海産魚にとっての重要な栄養素の一つとして注目を浴びているタウリンも豊富に含まれている。
【0003】
近年、有明海を始め、瀬戸内海や全国各地の内湾浅海域で、種々の原因による色落ちノリの被害や病害症がアマノリ類に多発し、産業的にも大きな問題となっている。
ノリは太古より日本人にとって食品として重要なものであるが、その高い栄養価を生かし、飼料への利用も行なわれてきた。特に、上述した被害ノリや、低い等級となって利益率の低下した低価値ノリの飼料への利用は、生物資源としての新たな経済的価値を付加し、産業維持に必要な低価値ノリの積極的利用を促進するものであり、各方面から期待されている。
【0004】
しかし、海藻類をそのままで粉砕して飼料に添加したのでは、消化が困難な細胞壁のため、アマノリ類の栄養素を有効に利用することができなかった。
【0005】
そこで、一般に消化が困難とされているアマノリ類の細胞壁を取り去ったむき出しの細胞質、すなわちプロトプラストあるいはその中間生成物であるスフェロプラストを、魚介類養成用飼料の原料として利用することが提案されている(特許文献1、2)。これらの発明は、アマノリ類を細断し、β−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼよりなる酵素で処理し、得られたスフェロプラストを分離・乾燥し、養魚用初期飼料や二枚貝の養殖用飼料に配合するものである。
【0006】
一方、アマノリ類の免疫増強あるいは感染防御作用に着目し、アマノリ類を酵素により完全分解した生成物を養魚用飼料に添加することも提案されている(特許文献3)。
【0007】
このように、アマノリ類の有効利用に関する研究は従来より行なわれているが、商品価値を喪失した被害ノリや、低い等級となって利益率が低下した低価値ノリは、年によって異なるものの国内推定乾物で数千トン規模と言われており、さらなる有効利用が求められている。
【特許文献1】特開2006−25748号公報
【特許文献2】特開2006−245227号公報
【特許文献3】特開平06−263649号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、アマノリ類の酵素処理における副生物の有効利用を図るべく研究を重ねた結果、アマノリ類を、酵素を用いて単細胞化する際に生じる藻類酵素処理液の上澄成分を魚類用人工飼料に少量添加したところ、アマノリ類のプロトプラストと同等ないしそれ以上に、魚類の生残、成長、飼料成分の利用効率が向上することを見出し、本発明に至ったものである。
【0009】
したがって、本発明の課題は、アマノリ類の酵素処理における副生物の有効利用を図ること、及び魚類の生残、成長、飼料成分の利用効率が著しく向上した養殖用飼料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
アマノリ類を裁断し、機械による破砕処理の後、β−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼ等の酵素を溶解させた酵素液中に投入して酵素処理し、処理液を遠心分離機により遠心分離し、プロトプラストからなる固形分を回収し、消化性に優れた飼料用原料として利用される。この際、発生する上澄液は、従来廃棄されていた。本発明は、この上澄成分を魚類用人工飼料に少量添加するものである。
【0011】
本発明の態様は以下のとおりである。
(1)アマノリ類を酵素処理し、処理液からプロトプラストまたはスフェロプラストを分離した後の上澄を噴霧乾燥したことを特徴とする水産生物用飼料用添加剤。
(2)酵素がβ−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼの混合物であること特徴とする(1)記載の水産生物用飼料用添加剤。
(3)アマノリ類を酵素処理し、処理液からプロトプラストまたはスフェロプラストを分離した後の上澄を添加したことを特徴とする水産生物用飼料。
(4)上澄成分の添加量が、固形物換算で、全飼料の1〜5重量%であることを特徴とする(3)記載の水産生物用飼料。
(5)酵素がβ−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼの混合物であること特徴とする(3)又は(4)記載の水産生物用飼料。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、低コストで魚類の生残、成長、飼料成分の利用効率が著しく向上した養殖用飼料を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明におけるアマノリ類には、マルバアマノリ、ツクシアマノリ、クロノリ、チシマクロノリ、アサクサノリ、マルバアサクサノリ、スサビノリ、コスジノリ、オニマノリ、ウップルイノリ、フイリタサ等のアマノリ属に属する紅藻類が含まれる。
【0014】
本発明で使用されるアマノリ類としては、生のままでも、板ノリなどの乾燥製品でも、いずれでも使用可能であるが、粉砕が容易な乾燥物であることが好ましい。
【0015】
アマノリ類の粉砕は、公知の粉砕機が使用できるが、酵素処理を効率的に行なうためには、できるだけ微粉砕することが望ましく、粒径50μm程度まで粉砕可能な粉砕機を使用することが好ましい。
【0016】
本発明で使用する酵素は、アマノリ類の細胞壁を分解する機能を有するものであれば、種類を問わないが、β−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼを混合して使用することが好ましい。海域から単離したマンナナーゼ産生細菌、キシラナーゼ産生細菌、またはアガラーゼ産生細菌を培養して得られる酵素液を使用することもできる。
【0017】
アマノリ類の酵素処理は、酵素を海水などに溶解した酵素液(β-1.4-マンナナーゼ、アガラーゼ、β-1.3-キシラナーゼ)中に微粉砕したアマノリ類を投入し、約20℃で約12時間、攪拌することによって実施する。
【0018】
得られた酵素処理液は、プロトプラストやその中間性生物であるスフェロプラストを含む固形分と分解生成物を溶解した上澄とに分離する。固形物と上澄の分離は、公知の手段が利用可能であるが、簡便さの点で遠心分離が好ましい。
【0019】
固形分を分離して得られる上澄液は、そのまま使用しても良いが、取扱の点から、噴霧乾燥などにより上澄成分を粉末状にすることが好ましい。
【0020】
飼料に配合する上澄成分の添加量は、固形物換算で1〜5重量%、好ましくは3重量%である。
【0021】
本発明における水産生物とは、魚類のほか、貝類、甲殻類等のことをいう。
【実施例】
【0022】
アマノリを裁断,機械による破砕後,実験室内で3種類の酵素(β-1,4マンナナーゼ,β-1,3キシラナーゼ,アガラーゼ)を用いてプロトプラスト状に調製し、スプレードライした乾燥状態のアマノリプロトプラスト粉末を得た。またこれとは別にアマノリプロトプラストを酵素処理により得る際に精製する酵素処理液の上澄(RM)スプレードライ品を得た。これらを0,1,3,5%の量に相当するアマノリプロトプラスト(PP)及び3%の量に相当する上澄(RM)を含むように、北洋魚粉(62-65%)をベースとした半精製飼料(飼料区A−E区,表1:試験飼料組成,およびその一般組成)に添加し、その添加効果を成長、飼料成分の利用効率、魚体成分分析(一般分析,脂肪酸分析)の比較から総合的に検討した。
【0023】
試験に供したクロダイ(Acanthopagrus schlegeli)は養殖研究所で孵化、養成した2.5ヶ月令魚で、実験室内(12L:12D)に設置した100L容のPC水槽(3回の複製)に各区20尾ずつ収容し(実験開始時の平均初期体重1.28±0.05g,体長34-36mm)、一日に3回(9:00,13:00,17:00)魚体重の3−4%db量/日程度の試験飼料をほぼ飽食給餌しながら、2ヶ月間(予備飼育期間2週間を含む)、25℃の調温海水流水下で飼育した。給餌量は定期体側の結果から得られる成長曲線を元に推定し、計算により求め日々の摂餌状態で調節した。試験魚は2週間ごとにフェノキシエタノールで麻酔した後、全魚について個別に体重の測定を行い、試験終了時には全長の測定も併せて行った。また試験終了時、全供試魚について解剖を行って摘出した肝臓と全内臓の重量を測定し、その後背肉を含む体各部を分析用に採取した。各生化学分析は常法に従い実施し、試料は分析実施まで−80℃で保管した。
【0024】

【表1】

【0025】
表1の一般分析値が示すように、両試験飼料はタンパク質含量46%前後,脂質含量7%程度と、供試したサイズの成長段階のクロダイを飼養する飼料としては、栄養的に問題はなく、良好でほぼ均一なカロリーからなるものであったと判断された。表2に供試した酵素処理液の上澄、アマノリプロトプラストおよび各試験試料の脂肪酸組成を示した。試験試料の脂肪酸組成に特筆すべき大きな相違はないが、アマノリに由来するEPA(20:5n−3)の影響でPP添加量の増加に伴いPP添加飼料中のEPA含量が増加し(A−D区)、逆にDHA(22:6n−3)含量が低下する傾向が見られた。しかしながら、各飼料区の総n−3HUFA量はほぼ等しくまた両者の量的な差は小さいので、両脂肪酸の多寡による飼育成績への影響は特に考慮する必要はないものと考えられる。
【0026】

【表2】

【0027】
表3に飼育試験の結果を纏めた。実験開始時の平均初期体重が1.28gであったマダイは2ヶ月間の飼育試験で平均17−20g前後に良好に成長していた(増重率1200−1400%/8週間)。最終生残率はPP無添加の対象区(A区)に数尾の斃死が見られ最終生残率が86.7±7.6%とPP、あるいはRM添加区(B−E区)に比べ少し低かった。3%PPを含むC区の3水槽では8週間の飼育期間中1尾の斃死も見られず全魚すべて極めて健康であった。飼育期間の8週間を通しての日間成長率は対照区(A区),PP1%あるいは5%添加区(BおよびD区)4.6%前後であったのに対しPP3%添加のC区、あるいはRM区(E区)で平均4.86%と他区に比べて少し高い値が得られたが、全ての区の間で飼育終了時の平均体重には差は認められなかった(p>0.05)。

【表3】

【0028】
次に飼料成分の有効利用について試験結果を検討した。成長のみならず飼料効率でもPP3%添加のC区およびRM添加のE区が100%を超える高い値を示したのに対して、他の区は94−97%程度と少し劣った(p<0.05)。飼料中のタンパク質の消化率は94−95%の間でPPの添加量の増加に伴い少し低下したが、その差は非常に小さく、いずれの区も高い飼料タンパク質の消化率を示した。試料成分の中で最も重要な飼料タンパク質がどれくらい成長に有効に活用されているかを示すタンパク質効率および体タンパク質蓄積率においても、これら二区(CおよびE区)は他区に比べて有意に高い値を示し、さらには飼料中の脂質成分の有効利用度を示す体脂質蓄積率でも他区に比べて高い値を示した。しかしながら肥満度、比肝重値および比内臓重値ではすべての区の間で差異は認められず、また試験終了時の解剖の際の目視による体各部の外部形態、体および内臓の色調等の部検結果等も総合的に勘案して、いずれの区においても正常な成長による良好な体型及び器官の発達が得られたものと考えられる。
【0029】
表4および5にそれぞれ,背肉及び内臓の一般分析値と脂肪酸組成を示した。試験開始時18%と1.1%であった背肉の粗タンパク質量および粗脂質量は8週間の飼育により、いずれも20%前後と1.4-1.7%とかなり増加していた。特に粗脂質含量に関してはPPを3%以上添加した区とRM添加区で大幅に増加しており、同様に内臓脂肪の量も無添加区以外では大幅に増加していた(表4)。しかしながらすべての区において脂肪酸組成に大きな差は見られなかった(表5)。

【表4】

【表5】

【0030】
クロダイ用飼料にアマノリプロトプラストを3-5%分添加することで、供試魚の生残率が向上した。さらに飼料成分として重要なタンパク質や脂質の魚体への転換率が高まり、また飼料効率も大きく向上した。魚体(背肉)の粗タンパク質量に変化はなかったが粗脂質含量が増加し、また内蔵への脂質蓄積も多かった。1%の添加では成長、飼料効率、飼料成分の利用効率等に無添加区との間で差異は見られなかったが、若干の生残率の向上が認められた。また3-5%アマノリプロトプラストを添加することで飼料脂質の利用能が向上し、その影響は背肉および内臓脂肪の増加に顕著に認められた。昨年度、マダイを供試魚に用い、モイスト飼料にアマノリプロトプラストを5%添加することで成長や生残が改善され、また飼料成分の利用効率が向上することを示したが、本年度のクロダイでの結果はプロトプラストの添加量を3%程度にまで削減してもその飼料効果は維持され、プロトプラストの添加で飼料の利用能が向上し生産された魚の肉質も向上することを示している。しかしながら1%程度の少量の添加では今回の試験設定では無添加との差は生じることはなかった。今回のクロダイの実験ではいくつかの項目で3%添加区が5%添加区より勝ったが、魚種の違いのほか日間給餌率や調製飼料の物性の違い等様々な要因が関連していると考えられる。また今回はプロトプラスト製造の際の副産物として生じる酵素処理液の上澄を飼料に添加してプロトプラスト、あるいは無添加の場合との比較を試みたが、最高の試験結果を示した3%PP添加区とすべてにおいて同等ないしそれ以上の良好な試験結果が得られた。この酵素処理液の上澄には細胞壁多糖の分解産物である様々な種類のオリゴ糖(マンノオリゴ糖、ネオアガロオリゴ糖、β-1,3-キシロオリゴ糖)などが含まれていると考えられ、従来廃棄されていた酵素処理液の上澄が、飼料添加剤として有用であることが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、商品価値の低下した低品質板ノリや色落ち板ノリなどを有効に利用するものであり、低コストで水産生物用飼料用原料を製造することができるので、産業上の利用性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アマノリ類を酵素処理し、処理液からプロトプラストまたはスフェロプラストを分離した後の上澄を噴霧乾燥したことを特徴とする水産生物用飼料用添加剤。
【請求項2】
酵素がβ−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼの混合物であること特徴とする請求項1記載の水産生物用飼料用添加剤。
【請求項3】
アマノリ類を酵素処理し、処理液からプロトプラストまたはスフェロプラストを分離した後の上澄を添加したことを特徴とする水産生物用飼料。
【請求項4】
上澄成分の添加量が、固形物換算で、全飼料の1〜5重量%であることを特徴とする請求項3記載の水産生物用飼料。
【請求項5】
酵素がβ−1,4−マンナーゼ、アガラーゼ及びβ−1,3−キシラーゼの混合物であること特徴とする請求項3又は4記載の水産生物用飼料。

【公開番号】特開2009−77632(P2009−77632A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−246958(P2007−246958)
【出願日】平成19年9月25日(2007.9.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2007(平成19)年度日本水産学会春季大会(日本農学大会水産部会)講演要旨集(平成19年3月28日 2007(平成19)年度日本水産学会春季大会 国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科発行)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【出願人】(304026696)国立大学法人三重大学 (270)
【出願人】(000103840)オリエンタル酵母工業株式会社 (60)
【Fターム(参考)】