説明

虫歯予防・診断装置

【課題】歯硬組織表層部位のみを選択的に改質すると同時に、表層部位の内部構造を高空間分解能で取得する虫歯予防・診断装置を提供する。
【解決手段】レーザ照射部21と蛍光測定部22を有する本体2とケーブル4で接続された把持部3から構成される。レーザ照射部は、可視〜近赤外域の超短パルスレーザ光を出射するピコ秒パルスレーザやフェムト秒パルスレーザからなり、そこから出射されたレーザ光はケーブルに内包された照射用導光体41を通って、把持部へ送られる。把持部は、その先端部31に凸レンズやフライアイレンズからなる集光レンズを備えており、歯硬組織表層部位の目的領域にレーザ光を照射して多光子励起を起こし、照射箇所を改質する。多光子励起が起こった箇所では蛍光が生じ、その蛍光を先端部31で受光し、受光用導光体42を通して本体の蛍光測定部22に送られ、歯の内部構造を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、歯硬組織表層部位のみを選択的に改質すると同時に、表層部位の内部構造を高空間分解能で取得する虫歯予防・診断装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
虫歯予防や歯周病予防の医療方法としては、(1)遺伝子・酵素レベルの生化学的な手法、(2)抗菌性・抗炎症性素材の歯面塗布、(3)レーザ照射等による物理的手法(特許文献1、2)に大別される。
【0003】
う蝕(虫歯)初期におけるエナメル質の表層部は「表層脱灰」と呼ばれる3層構造からなり、最表面にCaが豊富な再石灰化層、そこから数十〜数百μmにわたって脱灰層、更に内部に健全層となる。このため、虫歯予防・診断にとって、脱灰層への内部改質による耐酸性付与、そして脱灰層の診断が重要である。なお、脱灰層の上には再石灰化層があるため、目視では診断できない。
【0004】
う蝕初期では歯面から数百μmという微小な領域が対象となるため、予防・診断医療には患部の微細構造診断と空間選択可能な予防・治療が求められる。上記(1)及び(2)の手法は予防効果はあるものの、処置の前後での患部の情報を得ることができない。
【0005】
【特許文献1】特開2005−110828号公報
【特許文献2】特開2004−049577号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、従来の(3)レーザ照射等による物理的手法は1光子励起に基づく光計測であるため、表層脱灰という微小な現象の計測に要求されるμmオーダー又はそれ以下の(光軸方向の)空間分解能を得ることは原理的に困難である。
【0007】
そこで本発明は、歯硬組織表層部位のみを選択的に改質すると同時に、表層部位の内部構造を高空間分解能で取得する虫歯予防・診断装置を提供すべく図ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明に係る虫歯予防・診断装置は、光励起及び/又は多光子励起可能なレーザ照射部と、前記レーザ照射部から出射されたレーザ光を集光する集光レンズと、蛍光測定部を備えていることを特徴とする。このような本発明に係る虫歯予防・診断装置は、歯にレーザ光を照射して、歯硬組織表層部位の目的領域に光励起及び/又は多光子励起を起こし、(A)歯硬組織表層部位の目的領域を改質し、及び/又は、(B)蛍光を測定し、歯硬組織表層部位の目的領域を観察するものである。なお、(A)の改質は、虫歯の予防のために行い、(B)の観察は、虫歯の診断のために行う。
【0009】
エナメル質は96%の無機質(大半がハイドロキシアパタイト)と、2%の有機物と、2%の水とからなる。エナメル質の表層部位の目的領域を診断するためには、診断用のレーザ光はエナメル質に対してある程度透過しなくてはならない。もし、吸収が強いとレーザ光はエナメル質の最表面(吸収領域A)で吸収され、目的領域深部にまで到達できない(図5(a))。近赤外光はエナメル質に対して比較的透過する。後述するが、本発明の診断部では、目的領域よりも微小な空間領域からの蛍光測定を行うため、エナメル質を光励起し、蛍光を発生させる必要がある。この光励起には、前記の近赤外光よりもフォトンエネルギーの大きい(波長の短い)紫外光〜可視光が用いられる。即ち、本発明の診断部では、近赤外光の透過性によって目的領域までの光伝播を、紫外光〜可視光に類似した特性によって微小領域の光励起を、同時に実現しなければならない。これを解決する方法の1つとして、近赤外光を用いた多光子励起がある。多光子励起を用いると、光強度が充分強い箇所(例えば、レーザ光の集光点近傍)においてのみ物質を励起できる。言い換えると、集光点(吸収領域A)近傍においてのみ、紫外光〜可視光の役割である光励起を実現し、それ以外の空間領域では、近赤外光の透過性によって目的領域まで光伝播を可能とする(図5(b))。
【0010】
本発明の診断部では、1光子励起ではなく、多光子励起を利用する。なお、予防・治療部では、1光子励起でも多光子励起でもよい。多光子励起は、2光子顕微鏡やガラス等の透明材料への微細加工技術に実用されており、上記のとおり、レーザ光強度が強い場所のみで入射光と生体組織が相互作用することが知られている。一方、1光子励起では照射領域の広範囲に渡り光が生体と相互作用する。即ち、多光子励起ではレーザを集光した場所のみを相互作用領域として選択できる。相互作用領域は使用するレーザ波長程度の空間精度で設定できる。
【0011】
多光子励起を誘起するためには、レーザ光の波長を照射対象である歯に対して透過性の高い、例えば可視〜近赤外域に設定し、ピコ秒〜フェムト秒のパルスレーザ光を用いる。なお、1光子励起の場合は、紫外〜可視及び近赤外〜赤外域のパルスレーザ光を用いることもできる。
【0012】
従来の多光子励起では励起領域がμmオーダーに限定されるため、広範囲な予防治療・診断の場合、集光点を走査する必要があり、所要時間が長くなる。このため、本発明では多光子励起を多点で起こすことが好ましい。光軸方向(又はそれと垂直な面内)の複数箇所に集光可能な光学系を用いることによって、1回の照射で多点励起を実現し、広範囲な領域の予防治療・診断を可能とし、予防治療・診断を短時間で行うことができる。
【0013】
多光子励起を多点で起こす方法としては、例えば、白色光を使用する方法が挙げられる。白色光(又はブロードバンド光)を集光すると、色収差によって集光位置はレーザ波長ごとに異なり、光軸方向に分布する。例えば、白色光が波長1〜3の3成分であるとする。長波長ほど集光距離が長く、他の2波長と比べて集光点がより内部に位置する。このため、1回の照射で波長ごとの集光点を光軸方向に分布させ、その方向に多点励起を実現し、光軸方向の蛍光強度分布を一度に得ることができる。ここで、励起波長の違いは蛍光特性に影響を及ぼさないとする。これによって、予防治療・診断時間を短縮できる。その他に、フライアイレンズ等を用いて、光軸方向と垂直な面内に複数の集光点を分布させる方法を用いることもできる。
【0014】
本発明によれば、光励起及び/又は多光子励起による熱的・機械的・化学的効果を用いて虫歯予防を実施することができるとともに、多光子励起による蛍光を測定することによって歯の内部構造を診断することができる。これらについて以下に詳述する。
【0015】
(1)う蝕診断技術
歯硬組織において、う蝕部位と健全部位では可視〜近赤外域の蛍光スペクトルが異なる。1例として、紫外レーザ光を照射した場合、う蝕が進行すると可視域において蛍光強度が低下するため、蛍光強度差からう蝕・健全部位を同定できる。このとき、蛍光領域は多光子励起領域と一致するため、μmオーダーで内部情報を取得できる。例えば、図4に示すように、健全部位/う蝕部位/健全部位の3層構造において、Scan A、Cでは健全部位に、Scan Bではう蝕部位にレーザ光Lを集光する。Scan A、Cでは蛍光強度が大きい一方、Scan Bでは蛍光強度が小さい。この蛍光強度の差から、う蝕部位を検出できる。そして、スキャン幅をμmオーダーに設定すれば容易にμmオーダーの空間分解能で内部構造を計測できる。実際の使用の際には、集光点走査の代わりに、前述の多点励起光学系を用いる。
【0016】
(2)う蝕予防技術
う蝕予防は光励起によって吸収されたエネルギーを利用し、熱的・機械的・化学的な効果によって歯を不可逆的に改質する。歯硬組織を300〜1000℃にまで加熱することによって、耐酸性を付与できることが知られている。脱灰層への耐酸性向上は初期う蝕の予防法となりうる。
【0017】
本発明によれば、更に、多光子励起による反射光・散乱光を測定することによって、歯面形状、健康状態の診断を、多光子励起による熱的・機械的・化学的効果を用いて、歯周病治療、歯ホワイトニングを実施することができる。これらについて以下に詳述する。
【0018】
(3)歯ホワイトニング技術
多光子励起による熱的・機械的・化学的効果によって、歯硬組織表層部位の反射・散乱特性を変えることができる。例えば、機械的効果によって歯表面又は歯内部を波長オーダーで凸凹にし、反射率・散乱係数を増加させる。反射率・散乱係数の増加は、歯の白色化につながるため、歯のホワイトニング技術に応用可能である。
【0019】
(4)表面に露出していない患部(歯周ポケット、歯髄等)への診断・治療
歯喪失の原因として、歯周ポケット内での歯周病感染が挙げられるが、歯周ポケットは歯肉に覆われており、外から診断することは困難である。しかし、多光子励起による蛍光測定から、歯周ポケット内部を診断することができる。同様に、レーザ照射によって歯周ポケット内部の歯周病原因菌等を殺菌することもできる。
【0020】
(5)反射光・散乱光計測を用いた診断
蛍光測定以外に、多光子励起の際に生じる反射光・散乱光を診断光として用いることができる。反射光計測によって歯面形状測定を、散乱光計測(例えば、ラマン散乱)によって分子レベルでの歯の健康状態(虫歯菌・歯垢・歯石等の程度)の診断が可能となる。
【0021】
前記光励起及び/又は多光子励起可能なレーザ照射部は、紫外〜赤外域のパルス光を出射するレーザからなることが好ましい。
【0022】
また、前記多光子励起可能なレーザ照射部は、ピコ秒パルスレーザ又はフェムト秒パルスレーザからなることが好ましい。
【0023】
本発明の虫歯予防・診断装置は、更に、反射光測定部や散乱光測定部を備えていてもよい。
【発明の効果】
【0024】
このように本発明によれば、多光子励起は集光されたμmオーダーの微小領域のみで起こるため、歯内部の微小領域を相互作用領域とすることができる。また、本発明では、予防(改質)と診断を同時に実施でき、改質においては高い空間選択性(改質部位を選べる)を、計測においては高い空間分解能(内部構造を詳細に観測できる)を実現できる。このように、本発明を用いることによって、初期う蝕診断・予防技術が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の一実施形態を図面を参照して説明する。
【0026】
本実施形態に係る虫歯予防・診断装置1は、図1に示すように、レーザ照射部21と蛍光測定部22を有する本体2と、その本体2にケーブル4で接続された把持部3とを備えたものである。
【0027】
本体2が備えるレーザ照射部21は、可視〜近赤外域の超短パルスレーザ光を出射するピコ秒パルスレーザやフェムト秒パルスレーザからなり、そこから出射されたレーザ光はケーブル4に内包された照射用導光体41を通って、把持部3へ送られる。
【0028】
把持部3は、その先端部31に凸レンズやフライアイレンズからなる集光レンズ(図示しない)を備えており、ケーブル4内の照射用導光体41を介して送られたレーザ光を集光して、歯硬組織表層部位の目的領域にレーザ光を照射して多光子励起を起こし、照射箇所を改質する。なお、レーザ照射部21から白色光を出射すると、色収差により多点で多光子励起を起こすことが可能となる。
【0029】
多光子励起が起こった箇所では蛍光が生じるので、その蛍光を先端部31で受光する。先端部31で受光された蛍光はケーブル4に内包された受光用導光体42を通して本体2の蛍光測定部22に送られる。
【0030】
蛍光測定部22は、受光用導光体42を介して受光した蛍光から歯の内部構造を診断する。
【0031】
本体2は、レーザ照射部21及び蛍光測定部22に加えて、図2に示すように、ハードウェア構成として、入力手段23、ディスプレイ24、CPU25、A/D変換器26、記憶装置27等を一体的に備えた専用のものである。そして前記CPU25や必要に応じてその周辺機器が、前記記憶装置27に格納したプログラムに基づいて動作することにより、測定した蛍光データのデータ算出部、データ格納部等としての機能を発揮する。
【0032】
本実施形態の虫歯予防・診断装置は、歯のホワイトニングや歯周ポケット内部の歯周病原因菌等の殺菌に用いることもできる。
【0033】
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。例えば、本体2が反射光測定部や散乱光測定部を備えていてもよい。反射光や散乱光を測定することにより歯表面の形状や分子レベルでの歯の健康状態(虫歯菌・歯垢・歯石等の程度)の診断が可能となる。
【0034】
その他、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であることは言うまでもない。
【0035】
以下に、近赤外フェムト秒レーザを用いて歯硬組織の内部改質実験を行った結果を示す。実験目的は、多光子励起によって、集光点以外には変化を及ぼさず、集光点近傍のみに機械的効果(幾何学的変化)を誘起することである。表1にレーザ条件を示す。歯硬組織のモデル試料として、抜去ウシ歯の歯根部象牙質を平板状に加工したものを用いた。
【0036】
【表1】

【0037】
図3に電子走査顕微鏡(SEM)で観測した平板サンプルの側面図を示す。同図(a)に平均パワー145mW、120mW、90mWの照射痕を示す。同図(b)、(c)には平均パワー145mW照射による照射痕の拡大図を示す。全ての照射痕は歯面から500μm近傍に位置していた。また、歯面から照射痕までにはSEMレベルでの形態変化は観測されなかった。これらのことから、観測された形態変化は多光子励起によるものであり、集光点近傍のみに不可逆的な変化を誘起できることが明らかとなった。
【0038】
次に、平均パワー依存性について調べた。同図(a)から分かるように、平均パワーの低下につれて、照射痕のサイズ(長さ、幅)は小さくなった。なお、ここに示していないが、平均パワー30mW以下では形態変化は観測されなかった。即ち、照射パワー密度を適切に設定することによって、機械的な効果による形態変化ではなく、形態変化を伴わない不可逆的変化(例えば、化学的変化)を誘起できることが分かった。これは耐酸性付与の作用機序として期待できる。尚、更に平均パワーを低下させることで、歯内部からの蛍光測定も可能となる。
【0039】
このように、歯硬組織に対して透過性の高い近赤外域の超短パルスレーザ照射により、多光子励起を起こし、歯内部に不可逆的な形態変化を誘起できること、平均パワーを制御することによって不可逆的変化を任意に制御できることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明によって、虫歯予防及び診断、並びに歯のホワイトニングや歯周ポケット内部の歯周病原因菌等の殺菌を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施形態に係る虫歯予防・診断装置を示す部分切欠き斜視図。
【図2】同実施形態の虫歯予防・診断装置の本体を示すブロック構成図。
【図3】近赤外フェムト秒レーザ照射後の象牙質のSEM画像。
【図4】健全部位(a)/う蝕部位(b)/健全部位(c)にそれぞれ紫外レーザ光を集光した状態を示す概念図。
【図5】1光子励起(a)及び多光子励起(b)の概要を示す概念図。
【符号の説明】
【0042】
1・・・虫歯予防・診断装置
2・・・本体
21・・・レーザ照射部
22・・・蛍光測定部
3・・・把持部
4・・・ケーブル
41・・・照射用導光体
42・・・受光用導光体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光励起及び/又は多光子励起可能なレーザ照射部と、前記レーザ照射部から出射されたレーザ光を集光する集光レンズと、蛍光測定部を備えていることを特徴とする虫歯予防・診断装置。
【請求項2】
歯にレーザ光を照射して、歯硬組織表層部位の目的領域に光励起及び/又は多光子励起を起こし、(A)歯硬組織表層部位の目的領域を改質し、及び/又は、(B)蛍光を測定し、歯硬組織表層部位の目的領域を観察する請求項1記載の虫歯予防・診断装置。
【請求項3】
前記光励起及び/又は多光子励起を多点で起こす請求項1又は2記載の虫歯予防・診断装置。
【請求項4】
前記光励起及び/又は多光子励起可能なレーザ照射部が、紫外〜赤外域のパルス光を出射するレーザからなる請求項1、2又は3記載の虫歯予防・診断装置。
【請求項5】
前記光励起及び/又は多光子励起可能なレーザ照射部が、ピコ秒パルスレーザ又はフェムト秒パルスレーザからなる請求項1、2、3又は4記載の虫歯予防・診断装置。
【請求項6】
反射光測定部及び/又は散乱光測定部を備えている請求項1、2、3、4又は5記載の虫歯予防・診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−117234(P2007−117234A)
【公開日】平成19年5月17日(2007.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−310726(P2005−310726)
【出願日】平成17年10月26日(2005.10.26)
【出願人】(505125945)学校法人光産業創成大学院大学 (49)
【Fターム(参考)】