説明

蛍光タンパク質およびpH測定方法

【課題】pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、その変化が特定のpHにおいて生じる蛍光タンパク質、および当該蛍光タンパク質を利用した精度の高い細胞機能の測定方法を提供する。
【解決手段】刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来し、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がpH4とpH11との間において生じる蛍光タンパク質。また、該蛍光タンパク質を利用する、細胞内pHの測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属する生物、特にウミサボテンからの遺伝子クローニングによって得られた蛍光タンパク質の変異体、およびそれを用いた細胞機能の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オワンクラゲ(Aequorea victoria)由来の緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)が見出され、その遺伝子を大腸菌といった原核生物や線虫といった真核生物において発現させることで緑色の蛍光タンパク質をイメージングできるようになった。また、GFPに他のタンパク質を融合させることで、細胞内局在や発現量の変化をイメージングすることも出来る。さらに、GFPを動物個体の組織内で発現させることで、in vivoのイメージングを非侵襲的にモニタリングすることが出来る。このような性質から、GFPは一般的な細胞研究のみならず、ガンの基礎研究や治療効果のモニターといった応用研究にも用いられている。
【0003】
オワンクラゲ由来のGFPは、自ら発色団を形成して蛍光を発する238アミノ酸からなる27kDのタンパク質である。野生型GFP(wtGFP)は、紫外光395nmに励起極大波長(470nmにマイナーピーク)をもち、509nmの緑色蛍光を発するタンパク質である。発色団は、アミノ酸配列中の64〜69番目の配列(特に65〜67番目の配列)によって形成されている。
【0004】
また、種々のGFPタンパク質変異体が作製されている。例えば、アミノ酸配列中の65番目のセリンをスレオニンに置換したS65T変異体は、励起極大波長が490nmと長波長側にシフトしており、wtGFPよりも数倍強い蛍光を発する。また、205番目のスレオニンを芳香族アミノ酸に置換した変異体は、蛍光波長が長波長側にシフトするため黄色蛍光タンパク質として利用できる。さらに、66番目のチロシンを芳香族アミノ酸に置換した変異体は、蛍光波長が短波長側にシフトするため青色蛍光タンパク質として利用できる。その後も様々なGFPタンパク質の改変が行われ、現在までに、より明るい蛍光やタンパク質の安定性、溶解度を高める工夫などが加えられた数多くの変異体が作製されている。
【0005】
クロンテック社のEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)は、発色団のアミノ酸置換(P64L、S65T等)に加え、哺乳類細胞や植物での翻訳効率を高める目的でヒトのコドン使用頻度に合わせて塩基配列が最適化されており、塩基配列としては190箇所以上の変異が導入されている。さらに、蛍光色の変異体EBFP(Blue)(Y66Hのアミノ酸置換等)、ECFP(Cyan)(Y66Wのアミノ酸置換等)およびEYFP(Yellow)(T203Yのアミノ酸置換等)は、ヒトのコドン使用頻度に合わせた塩基配列の最適化も行われた上で、EGFPとは異なる蛍光色にて観察できる変異体として同社から入手可能である。
【0006】
非特許文献1には、オワンクラゲGFPに変異(65番目のセリンをスレオニンに、48番目のシステインをセリンに、148番目のヒスチジンをシステインに、203番目のスレオニンをシステインにそれぞれ置換する変異)を導入して、pH依存的に蛍光波長が変化する変異体を得たことを開示している。当該変異体は、pH7付近の前後で吸収スペクトルの傾向が変化し、それより酸性側では400nm付近における吸収が増大し、アルカリ性側では500nm付近の吸収が増大する。この吸収スペクトルの変化に依存して、pH7より酸性側では460nm付近の蛍光強度が、アルカリ性側では510nm付近の蛍光強度が増加する。非特許文献1は、この性質による細胞内センサーとしての有用性を示している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Green Fluorescent Protein Variants as Rationmetric Dual Emission pH Sensors. 1. Structural Characterization and Preliminary Application. Hanson GT., McAnaney TB., Park ES., Rendell MEP., Yarbrough DK., Chu S., Xi L., Boxer SG., Montrose MH., and Remington SJ. Biochemistry 2002, 41, 15477-15488.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、その変化が特定のpHにおいて生じる蛍光タンパク質、および当該蛍光タンパク質を利用した精度の高い細胞機能の測定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施態様によれば、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来し、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がpH4とpH11との間において生じる蛍光タンパク質が提供される。
【0010】
また、そのような蛍光タンパク質を対象に導入し、前記蛍光タンパク質が発する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がpH4とpH11との間において生じる、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物(例えば、ウミサボテン)由来の蛍光タンパク質が提供され、さらに、このような蛍光タンパク質を用いた、細胞内および細胞内小器官等の精度の高いpH測定方法が提供される。
【0012】
この蛍光タンパク質を用いることによって、2波長励起2波長蛍光または1波長励起2波長蛍光の測定が可能となり、さらに、pHの変化を相対的な蛍光強度の比として計測することが可能となる。そのため、異なった実験条件下における蛍光強度の絶対的な差異をキャンセルでき、種々のデータを互いに比較することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】388nmで励起した場合の各pHにおけるS147A変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図2】450nmで励起した場合の各pHにおけるS147A変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図3】各pHにおけるS147A変異体の吸収スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:吸光度(任意単位))。
【図4】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質およびC154S変異体の会合状態をSDS−PAGEにより比較した図。
【図5】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質、C154S変異体および2種の温度安定化変異体を大腸菌で発現させたときの蛍光を示す図。
【図6】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質および温度安定化変異体の会合状態のゲルろ過法による分析結果。
【図7】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質とS147A変異体とのpH依存性に関する比較を示す図。
【図8】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質を発現させたU2OS細胞の明視野像(a)、pH=7における蛍光像(b)およびpH=4における蛍光像(c)、ならびに、bおよびcの蛍光スペクトル(d)。
【図9】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質を発現させた大腸菌がRAW細胞に貪食される状態を示す蛍光像。
【図10】RAW細胞に貪食される前後の野生型ウミサボテン蛍光タンパク質の蛍光スペクトルおよび蛍光強度比を示す表。
【図11a】388nmで励起した場合の各pHにおけるS147T変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図11b】450nmで励起した場合の各pHにおけるS147T変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図11c】各pHにおけるS147T変異体の吸収スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:吸光度(任意単位))。
【図12】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質とS147T変異体とのpH依存性に関する比較を示す図。
【図13a】388nmで励起した場合の各pHにおけるS147G変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図13b】450nmで励起した場合の各pHにおけるS147G変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図13c】各pHにおけるS147G変異体の吸収スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:吸光度(任意単位))。
【図14】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質とS147G変異体とのpH依存性に関する比較を示す図。
【図15a】388nmで励起した場合の各pHにおけるS147C変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図15b】450nmで励起した場合の各pHにおけるS147C変異体の蛍光スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:蛍光強度(任意単位))。
【図15c】各pHにおけるS147C変異体の吸収スペクトル(横軸:波長(nm)、縦軸:吸光度(任意単位))。
【図16】野生型ウミサボテン蛍光タンパク質とS147C変異体とのpH依存性に関する比較を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<蛍光タンパク質>
本発明は、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来し、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がpH4とpH11との間において生じる蛍光タンパク質に関する。
【0015】
本発明の蛍光タンパク質はpH依存的に蛍光極大波長が変化する。特に、この変化はpH4からpH11の間において生じる。すなわち、たとえばpH3付近の環境に置かれた場合に発する蛍光の極大波長と、たとえばpH12付近の環境に置かれた場合に発する蛍光の極大波長とが異なり、それらを区別することができる。本発明の蛍光タンパク質が有する蛍光特性を言い換えれば、蛍光極大波長が変化する点を「変化点」と称した場合、変化点より大きなpHの環境下で蛍光を発し、さらに、変化点より小さなpHの環境下においても前記蛍光の波長とは異なる波長の蛍光を発することができる。このため、本発明の蛍光タンパク質は、環境中のpHの指標として利用することができる。特に、本発明の蛍光タンパク質は変化点がアルカリ性側にある場合、主にアルカリ性側におけるpH変化の測定に利用できる。
【0016】
上記変化点は、上記の通りpH4とpH11との間に存在し、好ましくは、pH5とpH11との間、pH5とpH10との間またはpH6とpH10との間に存在する。更に好ましくは、変化点は、pH9とpH10との間に存在し、更にはpH9.1とpH9.9との間、pH9.2とpH9.8との間、pH9.3とpH9.7との間またはpH9.4とpH9.6との間に存在し、あるいは変化点は好ましくはpH9.5である。また、変化点は、pH6付近に存在し、例えばpH5.5からpH6.5の間、pH5.6からpH6.4の間、pH5.7からpH6.3の間、pH5.8からpH6.2の間またはpH5.9からpH6.1の間に存在する。また、変化点は、pH7とpH8との間に存在し、更にはpH7.1とpH7.9との間、pH7.2とpH7.8との間、pH7.3とpH7.7との間またはpH7.4とpH7.6との間に存在し、あるいは変化点は好ましくはpH7.5である。また、変化点は、pH9付近に存在し、例えばpH8.5からpH9.5の間、pH8.6からpH9.4の間、pH8.7からpH9.3の間、pH8.8からpH9.2の間またはpH8.9からpH9.1の間に存在する。
【0017】
本発明の蛍光タンパク質は、変化が生じるpHより低いpHにおいて青色の蛍光を発し、変化が生じるpHより高いpHにおいて緑色の蛍光を発する。
【0018】
本発明の蛍光タンパク質は、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来する。例えば、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属すカベルヌラリア・オベサ(Cavernularia obesa)(和名:ウミサボテン)に由来する。したがって、未だ分類されていない生物または未発見の生物であっても、それが後に刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属すとされ、且つ、それから得られる蛍光タンパク質が上述のような蛍光活性を持てば、本発明に含まれる。なお、ここにいう「由来する」とは、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物が有する野生型の蛍光タンパク質に加えて、その変異体をも含むことを意味する。
【0019】
<S147A変異>
本発明の蛍光タンパク質の好ましい例は、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質である。この蛍光タンパク質は、カベルヌラリア・オベサが発現する野生型のウミサボテン蛍光タンパク質に対し、複数のアミノ酸を置換する変異を加えたものである。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有する野生型の蛍光タンパク質に対し、変化点がアルカリ性側にシフトする変異(即ち、147番目のセリンをアラニンに置換)のほかに、単量体化する変異(即ち、154番目のシステインをセリンに置換)および37℃において安定化する変異(即ち、129番目のセリンをグリシンに、156番目のアスパラギン酸をグリシンに、204番目のリジンをイソロイシンにおよび209番目のアスパラギンをチロシンにそれぞれ置換)を加えている。本願では、配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質のことを、「S147A変異型蛍光タンパク質」、「S147A変異型ウミサボテン蛍光タンパク質」または「S147A変異体」等と称する。
【0020】
図1および2には、S147A変異体の蛍光スペクトルが示される。図1は、pH4から11の各段階において、388nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。一方、図2は、pH8から11の各段階において、450nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。図1より、388nmの励起光を照射した場合、測定した何れのpHにおいても462nm付近を蛍光極大波長とする蛍光を発することがわかる。但し、pHが異なると蛍光強度も大きく異なり、pHが11から下がるにつれて462nmの光の強度が上昇し、pH5のときに最高となり、pH4にて下降している。また、図2により、450nmの励起光を照射した場合、測定した何れのpHにおいても509nm付近を蛍光極大波長とする蛍光を発することがわかる。但し、pHの違いによる蛍光強度の変化が大きく、pH8および9における蛍光強度と比較して、pH10および11における蛍光強度は大きく上昇している。なお、図2による450nm励起の蛍光スペクトルには、pH8〜11における測定結果のみを示しているが、pH4〜7における測定では蛍光がほとんど検出されなかったため表示を省略している。
【0021】
図3には、S147A変異体の、pH4から11の各段階における吸収スペクトルが示される。pH4から7の環境下では、当該蛍光タンパク質は392nm付近に高い吸収ピークを有するものの、502nm付近においてはほとんどピークを有さない。pH8および9では、392nm付近に高い吸収ピークを有し、さらに502nm付近においてもやや高い吸収ピークを有する。pH10および11の環境下では、392nm付近ではその他のpHの場合と比較して低い吸収ピークを有するが、502nm付近において高い吸収ピークを有する。図1から3の結果から、462nmピークの蛍光は、主に392nmピークの励起光によって発せられることがわかる。一方、509nmピークの蛍光は、502nmピークの励起光によって発せられるが、392nmピークの励起光によっても発せられることがわかる。
【0022】
さらに、図7には、pH依存的な蛍光波長の変化に関して、S147A変異体と野生型ウミサボテン蛍光タンパク質との比較を示す。蛍光タンパク質を含む溶液を、それぞれの蛍光タンパク質について8種作製した。この8種の溶液のpHは4〜11の間で異なるように調整されている。これらを並べて365nmの励起光を照射して、生じる蛍光を撮影した。図7は、この撮影した画像をモノクロで示したものである。図中、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質をWild CoGFPと示し(上段)、S147A変異体をS147A Mutantと示す(下段)。カラーで得られた画像によると、野生型では、pH4において溶液は青色の光を発し、pH6およびそれより高いpHにおいて緑色の光を発し、pH5において中間的な光を発している。すなわち、野生型ではpH5前後において蛍光極大波長が変化する。一方、S147A変異体では、pH9およびそれより低いpHにおいて青色の光を発し、pH10および11において緑色の光を発している。すなわち、S147A変異体ではpH9とpH10との間において蛍光極大波長が変化する。
【0023】
<S147T変異>
本発明の蛍光タンパク質の好ましい例は、配列番号42で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質である。この蛍光タンパク質は、カベルヌラリア・オベサが発現する野生型のウミサボテン蛍光タンパク質に対し、複数のアミノ酸を置換する変異を加えたものである。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有する野生型の蛍光タンパク質に対し、変化点がアルカリ性側にシフトする変異(即ち、147番目のセリンをスレオニンに置換)のほかに、単量体化する変異(即ち、154番目のシステインをセリンに置換)および37℃において安定化する変異(即ち、129番目のセリンをグリシンに、156番目のアスパラギン酸をグリシンに、204番目のリジンをイソロイシンにおよび209番目のアスパラギンをチロシンにそれぞれ置換)を加えている。本願では、配列番号42で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質のことを、「S147T変異型蛍光タンパク質」、「S147T変異型ウミサボテン蛍光タンパク質」または「S147T変異体」等と称する。
【0024】
図11aおよび図11bには、S147T変異体の蛍光スペクトルが示される。図11aは、pH4から11の各段階において、388nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。一方、図11bは、pH4から11の各段階において、450nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。図11aより、388nmの励起光を照射した場合、各pHにおいて460nm付近のピークと507nm付近のピークとからなるスペクトルが得られた。但し、pH4からpH7では460nm付近のピークの方がより強い蛍光強度を示し、pH8からpH11では507nm付近のピークの方がより強い蛍光強度を示した。また、図11bによると、450nmの励起光を照射した場合、測定した何れのpHにおいても507nm付近に主要なピークが得られた。但し、pHの違いによる蛍光強度の変化が大きく、pHが下がるに従って、蛍光強度は減少した。
【0025】
図11cには、S147T変異体の、pH4から11の各段階における吸収スペクトルが示される。pH4から7では、389nm付近と499nm付近とに主要な2つのピークが得られた。特に、pH4および5では389nm付近のピークの方が499nm付近のピークと比較して吸収が大きく、pH6ではそれらのピークにおける吸収が同程度となり、pH7では499nm付近のピークにおける吸収の方が大きい。さらに、pH8からpH11では、389nm付近での吸収ピークはほとんど消失し、499nm付近にて大きな吸収を示した。図11a−cの結果から、460nmピークの蛍光は、主に389nm付近のピークの励起光によって発せられることがわかる。一方、507nmピークの蛍光は、主に499nm付近のピークの励起光によって発せられるが、389nm付近のピークの励起光によっても発せられることがわかる。
【0026】
さらに、図12には、pH依存的な蛍光波長の変化に関して、S147T変異体と野生型ウミサボテン蛍光タンパク質との比較を示す。蛍光タンパク質を含む溶液を、それぞれの蛍光タンパク質について8種作製した。この8種の溶液のpHは4〜11の間で異なるように調整されている。これらを並べて365nmの励起光を照射して、生じる蛍光を撮影した。図12は、この撮影した画像をモノクロで示したものである。図中、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質をWild CoGFPと示し(上段)、S147T変異体をS147T Mutantと示す(下段)。カラーで得られた画像によると、野生型では、pH4において溶液は青色の光を発し、pH6およびそれより高いpHにおいて緑色の光を発し、pH5において中間的な光を発している。すなわち、野生型ではpH5前後において蛍光極大波長が変化する。一方、S147T変異体では、pH4および5において青色の光を発し、pH7以上において緑色の光を発し、pH6付近において中間的な光を発している。すなわち、S147T変異体ではpH6付近において蛍光極大波長が変化する。
【0027】
<S147G変異>
本発明の蛍光タンパク質の好ましい例は、配列番号46で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質である。この蛍光タンパク質は、カベルヌラリア・オベサが発現する野生型のウミサボテン蛍光タンパク質に対し、複数のアミノ酸を置換する変異を加えたものである。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有する野生型の蛍光タンパク質に対し、変化点がアルカリ性側にシフトする変異(即ち、147番目のセリンをグリシンに置換)のほかに、単量体化する変異(即ち、154番目のシステインをセリンに置換)および37℃において安定化する変異(即ち、129番目のセリンをグリシンに、156番目のアスパラギン酸をグリシンに、204番目のリジンをイソロイシンにおよび209番目のアスパラギンをチロシンにそれぞれ置換)を加えている。本願では、配列番号46で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質のことを、「S147G変異型蛍光タンパク質」、「S147G変異型ウミサボテン蛍光タンパク質」または「S147G変異体」等と称する。
【0028】
図13aおよび図13bには、S147G変異体の蛍光スペクトルが示される。図13aは、pH4から11の各段階において、388nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。一方、図13bは、pH4から11の各段階において、450nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。図13aより、388nmの励起光を照射した場合、pH4からpH9では、主に460nm付近に高いピークを有することがわかる。一方、pH10および11では、460nm付近にもピークはあるものの、それよりもやや高いピークが506nm付近に見られる。但し、pH10および11における蛍光強度は、それ以外のpHと比較して全体的に小さい。図13bによると、450nmの励起光を照射した場合、pH5から11において506nm付近に主要なピークを有することがわかる。但し、pHの違いによる蛍光強度の変化が大きく、pH10および11において高い強度を示し、pHが下がるに従って蛍光強度は小さくなっている。
【0029】
図13cには、S147G変異体の、pH4から11の各段階における吸収スペクトルが示される。pH4から6の環境下では、当該蛍光タンパク質は394nm付近に高い吸収ピークを有するものの、495nm付近においてはほとんどピークを有さない。pH7から9においては、394nm付近と495nm付近との両方において吸収ピークを有するが、pHが大きくなるほど、394nm付近のピークが小さくなり、495nm付近のピークが大きくなっている。pH10および11においては、394nm付近のピークはほとんど消失しており、495nm付近に大きなピークを有する。図13a−cの結果から、460nm付近のピークの蛍光は、主に394nm付近のピークの励起光によって発せられることがわかる。一方、506nm付近のピークの蛍光は、495nm付近のピークの励起光によって発せられるが、394nm付近のピークの励起光によっても発せられることがわかる。
【0030】
さらに、図14には、pH依存的な蛍光波長の変化に関して、S147G変異体と野生型ウミサボテン蛍光タンパク質との比較を示す。蛍光タンパク質を含む溶液を、それぞれの蛍光タンパク質について8種作製した。この8種の溶液のpHは4〜11の間で異なるように調整されている。これらを並べて365nmの励起光を照射して、生じる蛍光を撮影した。図14は、この撮影した画像をモノクロで示したものである。図中、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質をWild CoGFPと示し(上段)、S147G変異体をS147G Mutantと示す(下段)。カラーで得られた画像によると、野生型では、pH4において溶液は青色の光を発し、pH6およびそれより高いpHにおいて緑色の光を発し、pH5において中間的な光を発している。すなわち、野生型ではpH5前後において蛍光極大波長が変化する。一方、S147G変異体では、pH7以下において青色の光を発し、pH8以上において緑色の光を発している。すなわち、S147G変異体ではpH7とpH8との間において蛍光極大波長が変化する。
【0031】
<S147C変異>
本発明の蛍光タンパク質の好ましい例は、配列番号50で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質である。この蛍光タンパク質は、カベルヌラリア・オベサが発現する野生型のウミサボテン蛍光タンパク質に対し、複数のアミノ酸を置換する変異を加えたものである。具体的には、配列番号3に示されるアミノ酸配列を有する野生型の蛍光タンパク質に対し、変化点がアルカリ性側にシフトする変異(即ち、147番目のセリンをシステインに置換)のほかに、単量体化する変異(即ち、154番目のシステインをセリンに置換)および37℃において安定化する変異(即ち、129番目のセリンをグリシンに、156番目のアスパラギン酸をグリシンに、204番目のリジンをイソロイシンにおよび209番目のアスパラギンをチロシンにそれぞれ置換)を加えている。本願では、配列番号50で示されるアミノ酸配列を含む蛍光タンパク質のことを、「S147C変異型蛍光タンパク質」、「S147C変異型ウミサボテン蛍光タンパク質」または「S147C変異体」等と称する。
【0032】
図15aおよびbには、S147C変異体の蛍光スペクトルが示される。図15aは、pH4から11の各段階において、388nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。一方、図15bは、pH4から11の各段階において、450nmの励起光を照射したときの蛍光スペクトルを示す。図15aより、388nmの励起光を照射した場合、測定した何れのpHにおいても460nm付近を蛍光極大波長とする蛍光を発することがわかる。特に、pH4からpH9において大きな蛍光強度を示すことがわかる。また、図15bによると、450nmの励起光を照射した場合、pH8から11において512nm付近を蛍光極大波長とする蛍光を発することがわかる。但し、pHの違いによる蛍光強度の変化が大きく、pH11において最も高い蛍光強度を示し、pHが下がるに従って、蛍光強度が小さくなることがわかる。
【0033】
図15cには、S147C変異体の、pH4から11の各段階における吸収スペクトルが示される。pH4から7の環境下では、当該蛍光タンパク質は396nm付近に高い吸収ピークを有するものの、505nm付近においてはほとんどピークを有さない。pH8および9では、396nm付近および505nm付近の両方に吸収ピークを有する。pH10および11の環境下では、396nm付近のピークはほとんど消失し、505nm付近において高い吸収ピークを有する。図15a−cの結果から、460nm付近のピークの蛍光は、主に396nmピークの励起光によって発せられることがわかる。一方、512nm付近のピークの蛍光は、主に505nmピークの励起光によって発せられることがわかる。
【0034】
さらに、図16には、pH依存的な蛍光波長の変化に関して、S147C変異体と野生型ウミサボテン蛍光タンパク質との比較を示す。蛍光タンパク質を含む溶液を、それぞれの蛍光タンパク質について8種作製した。この8種の溶液のpHは4〜11の間で異なるように調整されている。これらを並べて365nmの励起光を照射して、生じる蛍光を撮影した。図16は、この撮影した画像をモノクロで示したものである。図中、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質をWild CoGFPと示し(上段)、S147C変異体をS147C Mutantと示す(下段)。カラーで得られた画像によると、野生型では、pH4において溶液は青色の光を発し、pH6およびそれより高いpHにおいて緑色の光を発し、pH5において中間的な光を発している。すなわち、野生型ではpH5前後において蛍光極大波長が変化する。一方、S147C変異体では、pH8以下において青色の光を発し、pH10および11において緑色の光を発し、pH9において、若干緑がかった青色を示している。すなわち、S147C変異体ではpH9付近において蛍光極大波長が変化する。
【0035】
<その他の変異>
本発明の蛍光タンパク質は、野生型のウミサボテン蛍光タンパク質の変異体であってよい。S147A変異体、S147T変異体、S147G変異体およびS147C変異体はそれぞれ、そのような変異体の1つである。本発明に係る変異体は、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がアルカリ性側、特にpH4とpH11との間において生じるという特徴を維持する限りにおいて、どのような変異体であってもよい。また、各種の変異は、1つのタンパク質または遺伝子に対して同時に導入されてよい。ここにおいて、変異体とは、野生型蛍光タンパク質のアミノ酸配列に変異(例えば、アミノ酸の置換、欠失および/または付加等)が生じた蛍光タンパク質を指す。この変異とは、野生型蛍光タンパク質のアミノ酸配列の1以上のアミノ酸の変異であり、好ましくは、野生型蛍光タンパク質のアミノ酸配列の1から20のアミノ酸の変異、1から15のアミノ酸の変異、1から10のアミノ酸の変異または1から5のアミノ酸の変異である。好ましくは、当該変異体のアミノ酸配列は、野生型蛍光タンパク質のアミノ酸配列との間で75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上または99%以上の相同性を有する。
【0036】
また、本発明の蛍光タンパク質は、上述のような二峰性の蛍光活性以外の特徴を変化させた変異体を含む。特に、そのような変異は、蛍光タンパク質としての操作性を向上させる変異であることが好ましい。
【0037】
例えば、本発明に係る蛍光タンパク質には、野生型よりも強度の高い蛍光を発することができる変異体が含まれる。この変異体は、感度の低い測定システムを使用する場合や、タンパク質の発現が弱い細胞にて測定する場合においても、十分な蛍光強度を提供することができる。このような変異体は、当該分野の従来の方法を使用して取得することができ、例えば、野生型の蛍光タンパク質をコードする核酸にランダムに変異を導入した後、それを大腸菌等に発現させ、励起光を照射し、野生型蛍光タンパク質を発現する株よりも強い蛍光を発する株を選択することで取得できる。
【0038】
また、本発明に係る蛍光タンパク質には、細胞内で単量体として存在できる変異体が含まれる。蛍光タンパク質が二量体を形成する場合、細胞内で凝集を生じたり、細胞内の移動が阻害されたりすることがある。単量体化することによって、そのような問題を回避することができる。特に、蛍光タンパク質に別のタンパク質を融合させる場合、この別のタンパク質の本来の機能に対する影響を最小化することができる。このような単量体化された変異体は、元となる蛍光タンパク質の遺伝子にランダムに変異を導入した後、そのような候補変異体を含むライブラリーから、単量体化され且つ蛍光活性を失っていないものをスクリーニングすることで取得することができる。あるいは、蛍光タンパク質の二量体形成に寄与する可能性が高いアミノ酸に変異を入れた後、単量体化され且つ蛍光活性を失っていないことを確認することで取得することができる。S147A変異体、S147T変異体、S147G変異体およびS147C変異体はそれぞれ、この変異を含む(154番目のシステインがセリンに置換されている)。
【0039】
また、本発明に係る蛍光タンパク質には、特定の条件の下で安定性の高い変異体が含まれる。そのようなタンパク質には、例えば、測定対象となる細胞の培養に適した温度の下で蛍光発色団の形成効率が高い変異体が含まれる。野生型の蛍光タンパク質はウミサボテン科の生物に由来するため、蛍光タンパク質は当該生物の生活環境において最も安定的である可能性が高い。その生活環境における温度等の条件が実験条件と大きく異なる場合、蛍光タンパク質の安定性が損なわれる可能性がある。したがって、特に実験で使用する条件の下で安定性の高い蛍光タンパク質の変異体を取得することは精度の高い測定を行う上で利点がある。このような変異体は、元となる蛍光タンパク質の遺伝子にランダムに変異を入れた後、それらを大腸菌等に発現させ、特定の条件下で所望の安定性を示す変異体を選択することで取得できる。このような変異体のより具体的な例は、哺乳細胞の培養に適した温度(例えば37℃付近)において野生型の蛍光タンパク質と比較して蛍光強度の強い変異体である。S147A変異体、S147T変異体、S147G変異体およびS147C変異体はそれぞれ、37℃において安定化する変異を含む(即ち、129番目のセリンがグリシンに、156番目のアスパラギン酸がグリシンに、204番目のリジンがイソロイシンにおよび209番目のアスパラギンがチロシンにそれぞれ置換されている)。
【0040】
<核酸>
本発明は、本発明に係る蛍光タンパク質をコードする塩基配列を含む核酸に関する。このような塩基配列は、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来する塩基配列であってよい。ここにおける「由来する」とは、刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物が本来有する野生型の塩基配列に変異が生じた塩基配列を含むことを意味する。また、ここにおける変異とは、塩基配列中の特定の塩基の置換、欠失および/または付加等を指す。塩基配列の変異には、コードされるアミノ酸配列に変化を生じさせない変異をも含む。また、核酸とは、特に、DNAまたはRNAを指す。
【0041】
本発明の核酸の好ましい例は、配列番号2に示される塩基配列を含む核酸(S147A変異体をコード)、配列番号43に示される塩基配列を含む核酸(S147T変異体をコード)、配列番号47に示される塩基配列を含む核酸(S147G変異体をコード)、または配列番号51に示される塩基配列を含む核酸(S147C変異体をコード)である。
【0042】
また、本発明は、これらの核酸を含むベクターを含む。当該ベクターには、蛍光タンパク質をコードする核酸以外に、発現を調節するための配列またはマーカー遺伝子の配列を含む核酸等を含んでよい。
【0043】
<pH測定方法>
本発明は、本発明に係る蛍光タンパク質を対象に導入し、前記蛍光タンパク質が発する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する方法に関する。
【0044】
すなわち、本発明の方法では、対象の内部に蛍光タンパク質を導入した後、励起光を照射して蛍光タンパク質が発する蛍光を検出し、当該蛍光の波長に基づいてpHを特定する。
【0045】
ここにおいて、対象は、バクテリアの細胞、酵母細胞、真菌細胞、昆虫細胞または哺乳細胞といった細胞であってよい。さらに、対象は、組織または個体であってよい。細胞は、固定したものであってよいし、生きた状態のものであってよい。固定は、ホルマリン、メタノール等による一般的な方法で行うことができる。また、対象としての個体は、ヒトを除く個体であってよい。さらに、対象は、生物学実験で一般的に用いられる溶液であってよい。対象とする細胞、組織および個体に特に限定はなく、従来の取得方法によって得られるものを使用することができる。
【0046】
対象に蛍光タンパク質を導入するために、細胞等へタンパク質を導入するための当該分野で一般的ないずれの方法を使用してもよい。例えば、対象が細胞である場合、マイクロインジェクション法によって蛍光タンパク質を直接細胞内へ注入してもよい。あるいは、蛍光タンパク質の遺伝子を含む発現ベクターを細胞に導入し、適切に発現させることで導入してもよい。発現ベクター等による遺伝子の導入は、リン酸カルシウム法、リポフェクションまたはエレクトロポレーション等を使用することができる。また、対象が溶液である場合、当該溶液の蛍光タンパク質の導入は、当該溶液に当該蛍光タンパク質を添加することで行われてよい。
【0047】
蛍光の検出は、目視で行うことも可能であるが、特定の波長の蛍光を測定することが可能な、従来の方法または装置を使用して行うことができる。図7に示されるように、励起光を照射して青色の蛍光を発するか緑色の蛍光を発するかを目視で確認して、pHの変化点より高いpHか低いpHかを判断することができるが、目視によらず検出装置を用いることで、より詳細にpHを特定することが可能となる。例えば、蛍光タンパク質を導入した細胞を蛍光顕微鏡下で観察することで行われる。そのような方法の例としては、蛍光の検出は、388nm励起−462nm蛍光および498nm励起−509nm蛍光に対応したフィルターセットの蛍光キューブを具備した倒立型蛍光顕微鏡において、462nmおよび509nmピークの試料の蛍光画像をCCDカメラによって撮像する。撮像した画像内のpH測定対象領域の蛍光強度を数値化しpHを求めることができる。このとき、細胞を種々の条件で刺激し、その後一定時間ごとに撮像することで、系時的に蛍光画像を取得することもできる。さらに、蛍光の測定は、462nm付近および509nm付近の波長のみでなく、蛍光スペクトルを測定することもできる。この場合、具体的には、顕微鏡のカメラポートに光ファイバーを接続し分光光度計にて測定対象領域の蛍光スペクトルを測定することで行うことができる。
【0048】
また、pHの算出は、各pHに対する462nmおよび509nmの蛍光強度並びにそれらの比の値から作成した検量線をもとに行うことができる。検量線は、予め、各pHについて462nmの蛍光強度および509nmの蛍光強度を測定し、pHごとにそれらの蛍光強度の比を求めて、横軸をpH、縦軸を比としてグラフにプロットすることで作成できる。その後、測定したい対象において462nmおよび509nmの蛍光強度を測定し、その比を検量線に当てはめて、対象中のpHを特定することができる。一般に、独立した実験系で蛍光タンパク質の蛍光活性を測定する場合、測定条件を極力同一にしたとしても、検出される蛍光強度の値は変動する可能性がある。例えば、使用する励起光源の状態等により、検出される蛍光強度の絶対値は変動する。また、測定する細胞の状態や培養液の状態などによって、バッググラウンドが上昇または下降することがある。このような場合、それらの実験系から得られる蛍光強度の値同士を直接比較することは適当ではない。これに対し、単一の実験系にて2つの蛍光強度を取得し、その比をもとめれば、蛍光強度の値の変動をキャンセルすることができ、同一条件の下で得られた比は、実験系間でほぼ一定となると考えられる。また、測定のたびに検量線を作成する必要がなくなり、さらに、独立した実験から得られた結果同士を比較することが可能となる。
【0049】
本発明の方法は、蛍光タンパク質を単独で対象に導入する場合に限定されず、蛍光タンパク質と、その蛍光タンパク質とは異なるタンパク質とから成る融合タンパク質を対象に導入する方法も含む。例えば、この「異なるタンパク質」を、対象とする細胞が本来発現しているタンパク質とする場合、そのタンパク質が本来局在している細胞内の部位に、本発明の融合タンパク質も局在することが予想される。その状態で、蛍光タンパク質の蛍光を検出することで、「異なるタンパク質」に応じた特定部位のpHを測定することが可能となる。「異なるタンパク質」は、測定したい部位や、実験の目的に応じて選択することが可能であり、例えば、ミトコンドリア移行シグナル(coxIV)、ゴルジ体移行シグナル(GT)を使用できる。
【0050】
本発明のpH測定方法では、蛍光タンパク質の励起を、波長の異なる2つの励起光を照射することで行うことができる。本発明のpH測定方法は、波長の異なる2つの蛍光を測定することを含むが、その2つの蛍光にそれぞれ対応した、波長の異なる2つの励起光を使用することができる。例えば、S147A変異体を使用する場合、462nm付近および509nm付近の蛍光を発生させるために、388nm付近および450nm付近の励起光が使用することができる(図1および図2)。また、本発明のpH測定方法では、蛍光タンパク質の励起を、単一波長の励起光を照射して行うことができる。例えば、S147A変異体を使用する場合、462nm付近および509nm付近の蛍光を発生させるために388nm付近の励起光を使用することができる。単一の励起光を使用することにより、測定のための装置を単純化することが可能となる。
【0051】
本発明のpH測定方法では、本発明の異なる蛍光タンパク質を複数用いて行うことができる。複数の異なる蛍光タンパク質を使用することで、より正確にpHを測定することが可能となる。また、本発明のpH測定方法は、単一の対象(例えば1種の細胞)に対してだけでなく、多種の対象(例えば2種以上の細胞)に対して同時に行うこともできる。好ましくは、本発明のpH測定方法は、S147A変異体(配列番号1)、S147T変異体(配列番号42)、S147G変異体(配列番号46)およびS147C変異体(配列番号50)から成る群から選択される少なくとも2つの蛍光タンパク質の組み合わせを用いて、単一または多種の対象に対して行われる。
【実施例】
【0052】
[実施例1:野生型ウミサボテン蛍光タンパク遺伝子のクローニング]
ウミサボテン(Cavernularia obesa)から野生型蛍光タンパク質を抽出および精製し、その部分的なアミノ酸配列を読み取った後、当該配列をもとに遺伝子配列を決定することで蛍光タンパク質遺伝子のクローニングを行った。
【0053】
蛍光タンパク質の抽出精製およびアミノ酸配列分析
島根近海で採取したウミサボテン15個体(約200g)を500mlのSDS−グリシンバッファー中ですり潰し、蛍光活性を持つタンパクを含む可溶性タンパクを抽出した。遠心機を用いて残渣を取り除き、蛍光活性を持つタンパク質を含む溶液を抽出した。この抽出溶液に、最終濃度が80%になるように硫酸アンモニウムを加えて硫安沈殿を行った。具体的には、抽出溶液500mlに262gの硫酸アンモニウムを加えた。得られた沈殿を、50mlのトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)に再溶解させた。これに2倍量のエタノールを加え、タンパク質を再度沈殿させた。さらに、この沈殿にトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)を加えて再溶解させた。この溶液50mlを、十分量のトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)および透析膜27/32(三光純薬株式会社)を用いて透析した。透析後の溶液を、DEAE SepharoseCL−6Bカラム(GEヘルスケアバイオサイエンス)を装着したクロマトグラフィーシステムAKTAexplorer(GEヘルスケアバイオサイエンス)を用いてイオン交換分離精製した。このイオン交換は、低塩濃度トリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)で十分に平衡化した後、サンプルを添加し、高塩濃度トリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、1M NaCl)でNaCl濃度を0.4Mまで上昇させることで行い、その結果、蛍光活性のあるフラクションを分取した。蛍光活性を持つタンパクを含むフラクションの選択は、UV/BLUE CONVERTER PLATE(UVP)を用いて行った。得られたフラクションを、十分量のトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)および透析膜27/32(三光純薬株式会社)を用いて透析した。透析後の溶液を、限外ろ過アミコンウルトラ:分画分子量30kDa(日本ミリポア株式会社)を用いて濃縮した。次に、Sephacryl S−200 High Resolution(GEヘルスケアバイオサイエンス)およびトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)を用いてゲルろ過を行った。ゲルろ過後、得られた蛍光活性のあるフラクションをmonoQ 5/50(GEヘルスケアバイオサイエンス)によってイオン交換分離した。このイオン交換は、低塩濃度トリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)で十分に平衡化した後、サンプルを添加し、高塩濃度トリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、1M NaCl)でNaCl濃度を0.4Mまで上昇させることで行い、その結果、蛍光活性のあるフラクションを得た。この活性のあるフラクションを限外ろ過アミコンウルトラ:分画分子量30kDa(日本ミリポア株式会社)を用いて濃縮し、その後、Superdex 75 10/300 GL(GEヘルスケアバイオサイエンス)およびトリスバッファー(20mM Tris−HCl(pH7.0)、20mM NaCl)を用いてゲルろ過分離を行い、蛍光活性のあるフラクションを得た。このサンプルをSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動によって分離してアミノ酸配列を分析した。分析の結果、22残基のアミノ酸配列(IPD YFV QSF PEG FTF ERT LSF E:配列番号11)を決定することができた。
【0054】
蛍光タンパク質遺伝子のクローニング
蛍光タンパク質遺伝子全長のクローニングのために、3’−RACE PCRを下記のとおり実施した。Rapid Amplification of cDNA End法(以下、RACEと略す)により、蛍光タンパク質遺伝子をクローニングするための混合プライマーを作成した。アミノ酸配列解析によって得られたアミノ酸配列IPD YFV QSF PEG FTF ERT LSF E(配列番号11)のうち、コドンの塩基組み合わせが少ないIPDYFVおよびEGFTFERのアミノ酸領域に注目した。これらのアミノ酸領域をコードする塩基配列を予測し、3’末端RACE polymerase chain reaction(以下PCRと略す)に用いる蛍光タンパク質特異的混合プライマー(合計12種類)を以下のように作成した。IPDYFVアミノ酸領域に結合するプライマーとして、COGFP−TTT(5’−ATH CCN GAT TAT TTT GT−3’)(配列番号12)、COGFP−TTC(5’−ATH CCN GAT TAT TTC GT−3’)(配列番号13)、COGFP−TCT(5’−ATH CCN GAT TAC TTT GT−3’)(配列番号14)、COGFP−TCC(5’−ATH CCN GAT TAC TTC GT−3’)(配列番号15)、COGFP−CTT(5’−ATH CCN GAC TAT TTT GT−3’)(配列番号16)、COGFP−CTC(5’−ATH CCN GAC TAT TTC GT−3’)(配列番号17)、COGFP−CCT(5’−ATH CCN GAC TAC TTT GT−3’)(配列番号18)およびCOGFP−CCC(5’−ATH CCN GAC TAC TTC GT−3’)(配列番号19)を作成し、ならびに、EGFTFERアミノ酸領域に結合するプライマーとして、COGFP−ATTAA(5’−GAA GGN TTT ACN TTT GAA AG−3’)(配列番号20)、COGFP−ACCAA(5’−GAA GGN TTC ACN TTC GAA AG−3’)(配列番号21)、COGFP−ATTGA(5’−GAG GGN TTT ACN TTT GAG AG−3’)(配列番号22)およびCOGFP−ACCGA(5’−GAG GGN TTC ACN TTC GAG AG−3’)(配列番号23)を作成した。プライマー中のHおよびNは、混合塩基を示す。
【0055】
完全長cDNA合成試薬GeneRacer(インビトロジェン)を用いて作成したウミサボテン完全長cDNAライブラリーを鋳型とし、蛍光タンパク質のアミノ酸配列から予測して作成した12種類の特異的混合プライマーおよび3’末端特異的プライマーであるGeneRacer3’ Primer(5’−GCT GTC AAC GAT ACG CTA CGT AAC G−3’)(配列番号24)およびGeneRacer3’ Nested Primer(5’−CGC TAC GTA ACG GCA TGA CAG TG−3’)(配列番号25)を用いて3’−RACE PCRを行った。GeneRacer3’ PrimerおよびGeneRacer3’ Nested Primerは、完全長cDNA合成試薬GeneRacerキット(インビトロジェン社)に含まれており、これを使用した。3’−RACE PCRによって効果的に蛍光タンパク質遺伝子を増幅させるため、一度PCRによって増幅した遺伝子を鋳型とし、内側のプライマー対でさらに特異的に遺伝子増幅させるnested PCRを行った。PCRは、ポリメラーゼEx−Taq(タカラバイオ株式会社)を用いて、マニュアルに従って実施した。
【0056】
一度目のPCRは、IPDYFVアミノ酸領域で作成した8種類プライマー(COGFP−TTT、COGFP−TTC、COGFP−TCT、COGFP−TCC、COGFP−CTT、COGFP−CTC、COGFP−CCT、COGFP−CCC)のいずれかとGeneRacer3’ Primerとの計8つのプライマー対で蛍光タンパク質遺伝子の増幅を行った。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mM、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μl、8種類のプライマーのうちの1つを最終濃度0.4μMおよびGeneRacer3’Primerを最終濃度0.4μMとして20μlのPCR反応溶液を作製し、ウミサボテン完全長cDNAライブラリー溶液を0.2μl加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、45℃30秒および72℃2分のサイクルを30回行い、最後に72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを1%トリス酢酸緩衝液(以下、TAEと略す)アガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。8つの反応溶液でわずかに遺伝子増幅が認められたため、このPCR反応溶液を鋳型としてnested PCR反応を実施した。
【0057】
nested PCRは、EGFTFERアミノ酸領域で作成した4種類プライマー(COGFP−ATTAA、COGFP−ACCAA、COGFP−ATTGA、COGFP−ACCGA)の何れかとGeneRacer3’Nested Primerとの計4つのプライマー対で蛍光タンパク質遺伝子の増幅を行った。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mM、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μl、4種類のプライマーのうちの1つを最終濃度0.4μMおよびGeneRacer3’ Nested Primerを最終濃度0.4μMとして10μlのnested PCR反応溶液を作製し、1度目のPCR反応溶液を鋳型として0.2μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、45℃30秒および72℃2分のサイクルを30回行い、最後に72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。
【0058】
その結果、1度目のPCR反応として、COGFP−TTCとGeneRacer3’ Primerとのプライマー対を用いて実施し、nested PCR反応として、得られたPCR反応溶液を鋳型としてCOGFP−ACCAAとGeneRacer3’ Nested Primerとのプライマー対を用いて実施した場合に、顕著な遺伝子増幅を確認できた。この増幅した遺伝子の塩基配列を決定し、ウミサボテン蛍光タンパク質遺伝子のウミサボテン3’末端側の塩基配列(配列番号26)とした。
【0059】
蛍光タンパク質の5’末端クローニングのための5’−RACEを下記の通り行った。一連の3’−RACE解析によって得られたウミサボテン蛍光タンパク質遺伝子の3’末端側の塩基配列をもとに、5’末端クローニングのための5’−RACEに用いるプライマーを作成した。作成した5’末端クローニング用のプライマーは、COGFP−A−R1(5’−GCT ATA GCC GTC TCA TGT TGC TCG T−3’)(配列番号27)、COGFP−A−R2(5’−AGC CGT CTC ATG TTG CTC GTA GTA G−3’)(配列番号28)およびCOGFP−A−R3(5’−ATG TTG CTC GTA GTA GTT GCC TTC CTC GAC−3’)(配列番号29)の3種類である。COGFP−A−R1、COGFP−A−R2、COGFP−A−R3の順で5’末端に近い位置に結合し、順次nested PCR反応のプライマーとして用いる。
【0060】
完全長cDNA合成試薬GeneRacerを用いて作成したウミサボテン完全長cDNAライブラリーを鋳型とし、3種類の5’末端クローニング用のプライマーならびに5’末端特異的プライマーであるGeneRacer5’ Primer(5’−CGA CTG GAG CAC GAG GAC ACT GA−3’)(配列番号30)およびGeneRacer5’ Nested Primer(5’−GGA CAC TGA CAT GGA CTG AAG GAG TA−3’)(配列番号31)を用いて、5’−RACE PCRを行った。GeneRacer5’ PrimerおよびGeneRacer5’ Nested Primerは完全長cDNA合成試薬GeneRacerキット(インビトロジェン社)に含まれており、これを使用した。5’−RACE PCRによって効果的に蛍光タンパク質遺伝子を増幅させるため、一度PCRによって増幅した遺伝子を鋳型にし、内側のプライマー対でさらに特異的に遺伝子増幅させるnested PCRを行った。PCRにはポリメラーゼEx−Taqを用いて、マニュアルに従って実施した。
【0061】
一度目の5’−RACE PCRとして、3’−RACEで増幅した遺伝子の塩基配列をもとに作成したCOGFP−A−R1とGeneRacer5’Primerとのプライマー対を用いて、蛍光タンパク質遺伝子を増幅した。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍とし、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mMとし、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μlとし、COGFP−A−R1を最終濃度0.4μMとし、GeneRacer5’ Primerを最終濃度0.4μMとして、10μlのPCR反応溶液を作製し、ウミサボテン完全長cDNAライブラリー溶液を0.2μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、45℃30秒および72℃2分のサイクルを30回行い、最後に、72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを、1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。この5’−RACEでわずかに遺伝子増幅が認められたため、このPCR反応溶液を鋳型としてnested PCR反応を実施した。
【0062】
nested PCRとして、COGFP−A−R2とGeneRacer5’ Nested Primerとのプライマー対を用いて蛍光タンパク質GFP遺伝子を増幅した。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍とし、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mMとし、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μlとし、COGFP−A−R2を最終濃度0.4μMとし、GeneRacer5’ Nested Primerを最終濃度0.4μMとして、10μlのPCR反応溶液を作製し、1度目のPCR反応溶液を鋳型として0.2μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、45℃30秒および72℃2分のサイクルを30回行い、最後に、72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを、1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。
【0063】
その結果、1度目のPCR反応として、COGFP−A−R1とGeneRacer5’ Primerとのプライマー対を用いて実施し、nested PCR反応として、得られたPCR反応溶液を鋳型としてCOGFP−A−R2とGeneRacer5’ Nested Primerとのプライマー対を用いて実施した場合に、顕著な遺伝子増幅を確認できた。しかし、非特異的な複数の遺伝子の増幅が認められたため、このPCR反応溶液を鋳型として、異なるプライマー対を用いて再度nested PCR反応を実施した。
【0064】
二度目のnested PCRとして、COGFP−A−R3とGeneRacer5’ Nested Primerとのプライマー対を用いて、GFP遺伝子を増幅した。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍とし、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mMとし、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μlとし、COGFP−A−R3を最終濃度0.4μMとし、GeneRacer5’ Nested Primerを最終濃度0.4μMとして、20μlのnested PCR反応溶液を作製し、1度目のnested PCR反応溶液を鋳型として0.4μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、45℃30秒および72℃2分のサイクルを30回行い、最後に、72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを、1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。その結果、一連のnested PCR反応で顕著な遺伝子増幅を確認できた。この増幅した遺伝子の塩基配列を決定し、ウミサボテン蛍光タンパク質遺伝子の5’末端側の塩基配列(配列番号32)とした。
【0065】
次に、蛍光タンパク質遺伝子の完全長の増幅を下記のとおりに行った。上述した3’−RACEおよび5’−RACE解析によって得られたウミサボテン由来の蛍光タンパク質遺伝子の5’末端側の塩基配列をもとに、完全長蛍光タンパク質遺伝子クローニングのための3’−RACEに用いるプライマーを作成した。作成した完全長GFP遺伝子クローニング用のプライマーは、COGFP−A−Full−F3(5’−ATT TAG GTG GCT GCG TAC AG−3’)(配列番号33)、COGFP−A−Full−F4(5’−ATT TAG GTG GCT GCG TAC AGT TAA CAC−3’)(配列番号34)の2種類である。COGFP−A−Full−F3、COGFP−A−Full−F4の順で3’末端に近い位置に結合する。COGFP−A−Full−F4をnested PCR反応のプライマーとして用いる。
【0066】
完全長cDNA合成試薬GeneRacerを用いて作成したウミサボテン完全長cDNAライブラリーを鋳型とし、2種類の完全長蛍光タンパク質遺伝子クローニング用のプライマーならびに3’末端特異的プライマーであるGeneRacer3’ Primer(5’−GCT GTC AAC GAT ACG CTA CGT AAC G−3’)(配列番号24)およびGeneRacer3’ Nested Primer(5’−CGC TAC GTA ACG GCA TGA CAG TG−3’)(配列番号25)を用いて、3’−RACE PCRを行った。GeneRacer3’ PrimerおよびGeneRacer3’ Nested Primerは、完全長cDNA合成試薬GeneRacerキット(インビトロジェン社)に含まれているので、これを使用した。3’−RACE PCRによって効果的に完全長蛍光タンパク質遺伝子を増幅させるため、一度PCRによって増幅した遺伝子を鋳型にし、内側のプライマー対でさらに特異的に遺伝子増幅させるnested PCRを行った。PCRにはポリメラーゼEx−Taqを用いてマニュアルに従って実施した。
【0067】
一度目のPCRとして、COGFP−A−Full−F3とGeneRacer3’ Primerとのプライマー対を用いて蛍光タンパク質遺伝子を増幅した。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍とし、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mMとし、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μlとし、COGFP−A−Full−F3を最終濃度0.4μMとし、GeneRacer3’ Primerを最終濃度0.4μMとして、10μlのnested PCR反応溶液を作製し、ウミサボテン完全長cDNAライブラリー溶液を0.2μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、50℃30秒および72℃1分のサイクルを30回行い、最後に、72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。一度目の5’−RACEでわずかに遺伝子増幅が認められたため、このPCR反応溶液を鋳型としてnested PCR反応を実施した。
【0068】
nested PCRとしてCOGFP−A−Full−F4とGeneRacer5’ Nested Primerとのプライマー対を用いて、蛍光タンパク質遺伝子を増幅した。10×Ex Taq Buffer(20mM Mg2+添加)を最終濃度等倍とし、dNTP Mixture(各2.5mM)を最終濃度各0.2mMとし、TaKaRa Ex Taq(5U/μl)を最終濃度0.05U/μlとし、COGFP−A−Full−F4を最終濃度0.4μMとし、GeneRacer5’ Nested Primerを最終濃度0.4μMとして、10μlのnested PCR反応溶液を作製し、1度目のPCR反応溶液を鋳型として0.2μlを加えた。PCR反応条件として、最初に94℃1分間の熱変性を行い、次に、94℃30秒、50℃30秒および72℃1分のサイクルを30回行い、最後に、72℃5分間の伸長反応を行った。PCR反応後、PCR反応溶液2μlを1%TAEアガロースゲルを用いて電気泳動し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射下で増幅遺伝子のバンドを観察した。その結果、顕著な遺伝子増幅を確認できた。この増幅した遺伝子の塩基配列を決定して、完全長ウミサボテン蛍光タンパク質遺伝子の5’末端側の塩基配列(配列番号35)とした。
【0069】
得られた完全長ウミサボテン蛍光タンパク質の塩基配列から、配列情報解析ソフトウェアDNASIS Proを用いてウミサボテンGFP遺伝子のオープンリーディングフレームの塩基配列を予想した(配列番号4)。さらに、このオープンリーディングフレームを翻訳してウミサボテン蛍光タンパク質のアミノ酸配列を得た(配列番号3)。このアミノ酸配列は、ウミサボテンから精製し、アミノ酸分析によって得られた22残基の配列(配列番号11)を完全一致の状態で含むことから、ウミサボテンに由来する野生型蛍光タンパク質遺伝子であると決定した。この遺伝子をpRSETベクター(インビトロジェン)に組み込み、大腸菌にトランスフォーメーションし、UV/BLUE CONVERTER PLATE(UVP)を用いて観察したところ顕著な蛍光活性が示された。
【0070】
[実施例2:ウミサボテン蛍光タンパク質の単量体化]
以下の方法によって、野生型蛍光タンパク質のアミノ酸配列の154番目のシステインをセリンに置換した。変異の導入には、QuickChange II Site−Directed Mutagenesis Kit (Stratagene社)を用いた。pRSET−A(インビトロジェン社)にウミサボテン蛍光タンパク質遺伝子をクローニングしたプラスミドを鋳型とし、Pirmer1(CAATGTATGTATCGGACGACACTTTGG)(配列番号36)およびPrimer2(CCAAAGTGTCGTCCGATACATACATTG)(配列番号37)を使用して、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。反応後、37度にてDpnIで処理し、大腸菌JM109(DE3)株にトランスフォームした。
【0071】
トランスフォームされた菌を培養してベクターを取り出し、蛍光タンパク質遺伝子の塩基配列をシーケンサーによって読み取った。その結果、配列番号8の配列が得られ、狙い通りに変異が導入できたことが確認できた。この遺伝子から、154番目がセリンに置換された蛍光タンパク質(配列番号5)が発現する。
【0072】
また、トランスフォーム後の大腸菌を、28度にて培養した後、溶菌してライセートを作製した。これにSDS−PAGEサンプルバッファーを加え、熱を加えずにサンプルを調製して、SDS−PAGEを行った。その結果を図4に示す。図4から、野生型蛍光タンパク質(左レーン)では出現する2量体のバンドが、変異体蛍光タンパク質(右レーン)において消失していることがわかる。このことから、蛍光タンパク質が単量体化されたことが確認された。
【0073】
[実施例3:ウミサボテン蛍光タンパク質の発色団形成温度の改変]
実施例2で得られた単量体化した変異体蛍光タンパク質に対してランダムに変異を導入し、37℃において発色団形成が安定化する変異体をスクリーニングした。
【0074】
変異の導入は、GeneMorph II EZClone Domain Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いた。pRSET−A(インビトロジェン社)に単量体化変異体(154番目のシステインがセリンに置換)の遺伝子がクローニングされたプラスミドを鋳型とし、Pirmer1(ATGAGTATTCCAGAGAATTCGGGCTTAACAG)(配列番号38)およびPrimer2(TCATGGTTTAGCTATGGCCGTCTCATG)(配列番号39)を加えて、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。PCR反応後、1%アガロースゲルを用いて電気泳動を行い、目的とするPCR産物をWizard SV Gel and PCR Clean−Up(Promega社)を用いて精製した。精製後、マニュアルに準じてPCR反応を行い、37℃にてDpnIで処理した後に、エタノール沈殿を行った。沈殿後、少量の蒸留水にDNAを溶かして、MicroPulser(BioRad社)を用いてエレクトロポレーション法にてJM109(DE3)にトランスフォームした。トランスフォーム後の大腸菌を、25cm四方のLB(50ng/mlのアンピシリンを添加済み)プレートに播種して、37℃で培養してコロニーを形成させた。コロニー形成後、UV/BLUE CONVERTER PLATE(UVP)を使用して、野生型蛍光タンパク質を発現するコロニーと比べて、強い蛍光を発するコロニー(それぞれ変異体1および変異体2と名付ける)を2つ選択し、再度培養した。その後、それらが保持するプラスミドの塩基配列を決定した。それぞれの配列は配列番号9および配列番号10に示される。
【0075】
さらに、これらの塩基配列をアミノ酸配列に変換し(変異体1は配列番号6、変異体2は配列番号7)、野生型のアミノ酸配列と比較した。変異体1は、126番目のアスパラギンがチロシンに置換され、154番目のシステインがセリンに置換され、166番目のチロシンがフェニルアラニンに置換されていることがわかった。変異体2は、129番目のセリンがグリシンに置換され、154番目のシステインがセリンに置換され、156番目のアスパラギン酸がグリシンに置換され、204番目のリジンがイソロイシンに置換され、209番目のアスパラギンがチロシンに置換されていることがわかった。
【0076】
また、変異体1および2の37℃における発色団形成の安定性を、野生型蛍光タンパク質および単量体化蛍光タンパク質と比較した。pRSET−A(インビトロジェン社)に、野生型遺伝子、実施例2で作製した単量体化変異体の遺伝子、変異体1の遺伝子および変異体2の遺伝子をそれぞれクローニングし、それぞれJM109(DE3)株にトランスフォームした。これらの株をプレートに塗布し、37℃で培養して蛍光タンパク質を発現させた。その状態をUV/BLUE CONVERTER PLATE(UVP)で観察して、画像を撮影した。図5は、それをモノクロで表した画像である。蛍光は、実際の画像では緑色の光として観察されたが、図5では白色で示され、白色が濃いほど、蛍光強度が高い。野生型および単量体化変異体と比較して、変異体1および2は非常に強い蛍光を発していることがわかる。特に、変異体1に比べて、変異体2のほうが強い蛍光を発していることがわかる。
【0077】
次に、ゲルろ過クロマトグラフィーにて、蛍光タンパク質の会合状態を調べた。野生型蛍光タンパク質を発現する大腸菌および変異体2を発現する大腸菌から、それぞれ蛍光タンパク質を精製し解析した。その結果を図6に示す。野生型では66kDal付近にピークが得られ、一方、変異体2では37kDal付近でピークが得られた。これらの結果は、野生型蛍光タンパク質が2量体を形成しているのに対し、変異体2の蛍光タンパク質が単量体を形成していることを示唆する。
【0078】
[実施例4:S147A変異体の作製]
実施例3で得られた遺伝子に対し、蛍光極大波長の変更点をアルカリ性側にシフトする変異を、Quick Change II Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いて導入した。詳細は下記に述べる。
【0079】
pRSET−B(インビトロジェン社)に、変異体2(129番目のセリンがグリシンに置換、154番目のシステインがセリンに置換、156番目のアスパラギン酸がグリシンに置換、204番目のリジンがイソロイシンに置換、209番目のアスパラギンがチロシンに置換)の遺伝子を挿入したプラスミドを鋳型として、S147Aプライマー1(CCAAACTAGAACCGGCGAGTGAGTCAATG、配列番号40)およびS147Aプライマー2(CATTGACTCACTCGCCGGTTCTAGTTTGG、配列番号41)を使用して、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。反応後、反応産物にDpnIを加えて37度で処理した後に、大腸菌JM109(DE3)株に形質転換した。形質転換された大腸菌を増殖させてプラスミドDNAを精製し、目的の変異が導入された遺伝子が作製されたことを確認した。このプラスミドを保持する大腸菌を37度にて培養してS147A変異体を発現させ、溶菌して、Ni−NTA(Quiagen社)カラムクロマトグラフィーを行って当該変異体を精製した。
【0080】
精製されたS147A変異体を異なるpHの溶液に添加し、蛍光色をUVハンディライト(365nm)で確認したところ、pH9からpH10の間において蛍光色が青色から緑色に変化した(図7)。
【0081】
さらに、分光光度計(HITACHI U−3010)、蛍光光度計(HITACHI F−2500)を用いて、吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した(図1から3)。その結果、主にpH9以下において462nm付近に蛍光極大波長を有し(388nm励起、図1)、pH10以上において509nm付近に蛍光極大波長を有することがわかった(450nm励起、図2)。また、主にpH9以下において395nm、主にpH10以上において509nmに吸収極大を持つことが分かった(図3)。
【0082】
[実施例5:S147T変異体の作製]
実施例3で得られた遺伝子に対し、蛍光極大波長の変更点をアルカリ性側にシフトする変異を、Quick Change II Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いて導入した。詳細は下記に述べる。
【0083】
pRSET−B(インビトロジェン社)に、変異体2(129番目のセリンがグリシンに置換、154番目のシステインがセリンに置換、156番目のアスパラギン酸がグリシンに置換、204番目のリジンがイソロイシンに置換、209番目のアスパラギンがチロシンに置換)の遺伝子を挿入したプラスミドを鋳型として、S147Tプライマー1(CCAAACTAGAACCGACCAGTGAGTCAATG、配列番号44)およびS147Tプライマー2(CATTGACTCACTGGTCGGTTCTAGTTTGG、配列番号45)を使用して、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。反応後、反応産物にDpnIを加えて37度で処理した後に、大腸菌JM109(DE3)株に形質転換した。形質転換された大腸菌を増殖させてプラスミドDNAを精製し、目的の変異が導入された遺伝子が作製されたことを確認した。このプラスミドを保持する大腸菌を37度にて培養してS147T変異体を発現させ、溶菌して、Ni−NTA(Quiagen社)カラムクロマトグラフィーを行って当該変異体を精製した。
【0084】
精製されたS147T変異体を異なるpHの溶液に添加し、蛍光色をUVハンディライト(365nm)で確認したところ、pH6付近において蛍光色が青色から緑色に変化した(図12)。
【0085】
さらに、分光光度計(HITACHI U−3010)、蛍光光度計(HITACHI F−2500)を用いて、吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した(図11a−c)。その結果、388nmの励起光により励起した場合、pH6以下において主に460nm付近のピークを示し、pH7では460nm付近のピークと507nm付近のピークとを示し、pH8以上では主に507nm付近のピークを示した(図11a)。また、450nmの励起光により励起した場合、各pHにおいて、主に507nm付近にのみピークを示した(図11b)。さらに、吸収ピークを見た場合、pH7以下では389nm付近と499nm付近とに主要な2つのピークを示し、pH8以上では主に499nm付近にピークを示した(図11c)。
【0086】
[実施例6:S147G変異体の作製]
実施例3で得られた遺伝子に対し、蛍光極大波長の変更点をアルカリ性側にシフトする変異を、Quick Change II Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いて導入した。詳細は下記に述べる。
【0087】
pRSET−B(インビトロジェン社)に、変異体2(129番目のセリンがグリシンに置換、154番目のシステインがセリンに置換、156番目のアスパラギン酸がグリシンに置換、204番目のリジンがイソロイシンに置換、209番目のアスパラギンがチロシンに置換)の遺伝子を挿入したプラスミドを鋳型として、S147Gプライマー1(CCAAACTAGAACCGGGCAGTGAGTCAATG、配列番号48)およびS147Gプライマー2(CATTGACTCACTGCCCGGTTCTAGTTTGG、配列番号49)を使用して、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。反応後、反応産物にDpnIを加えて37度で処理した後に、大腸菌JM109(DE3)株に形質転換した。形質転換された大腸菌を増殖させてプラスミドDNAを精製し、目的の変異が導入された遺伝子が作製されたことを確認した。このプラスミドを保持する大腸菌を37度にて培養してS147G変異体を発現させ、溶菌して、Ni−NTA(Quiagen社)カラムクロマトグラフィーを行って当該変異体を精製した。
【0088】
精製されたS147G変異体を異なるpHの溶液に添加し、蛍光色をUVハンディライト(365nm)で確認したところ、pH7付近において蛍光色が青色から緑色に変化した(図14)。
【0089】
さらに、分光光度計(HITACHI U−3010)、蛍光光度計(HITACHI F−2500)を用いて、吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した(図13a−c)。その結果、388nmの励起光により励起した場合、pH9以下において主に460nm付近のピークを示し、pH10および11では、460nm付近および506nm付近にピークを示した(図13a)。また、450nmの励起光により励起した場合、pH5から11において、主に506nm付近にピークを示した(図13b)。さらに、吸収ピークを見た場合、pH6以下では主に394nm付近にピークを示し、pH7から9では394nm付近および495nm付近においてピークを示し、pH10および11では主に495nm付近に吸収ピークを示した(図13c)。
【0090】
[実施例7:S147C変異体の作製]
実施例3で得られた遺伝子に対し、蛍光極大波長の変更点をアルカリ性側にシフトする変異を、Quick Change II Site−Directed Mutagenesis Kit(Stratagene社)を用いて導入した。詳細は下記に述べる。
【0091】
pRSET−B(インビトロジェン社)に、変異体2(129番目のセリンがグリシンに置換、154番目のシステインがセリンに置換、156番目のアスパラギン酸がグリシンに置換、204番目のリジンがイソロイシンに置換、209番目のアスパラギンがチロシンに置換)の遺伝子を挿入したプラスミドを鋳型として、S147Cプライマー1(CCAAACTAGAACCGTGCAGTGAGTCAATG、配列番号52)およびS147Cプライマー2(CATTGACTCACTGCACGGTTCTAGTTTGG、配列番号53)を使用して、キットに添付されているマニュアルに準じてPCR反応を行った。反応後、反応産物にDpnIを加えて37度で処理した後に、大腸菌JM109(DE3)株に形質転換した。形質転換された大腸菌を増殖させてプラスミドDNAを精製し、目的の変異が導入された遺伝子が作製されたことを確認した。このプラスミドを保持する大腸菌を37度にて培養してS147C変異体を発現させ、溶菌して、Ni−NTA(Quiagen社)カラムクロマトグラフィーを行って当該変異体を精製した。
【0092】
精製されたS147C変異体を異なるpHの溶液に添加し、蛍光色をUVハンディライト(365nm)で確認したところ、pH9付近において蛍光色が青色から緑色に変化した(図16)。
【0093】
さらに、分光光度計(HITACHI U−3010)、蛍光光度計(HITACHI F−2500)を用いて、吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルを測定した(図15a−c)。その結果、388nmの励起光により励起した場合、各pHにおいて主に460nm付近のピークを示した(図13a)。また、450nmの励起光により励起した場合、pH8から11において、主に512nm付近にピークを示した(図13b)。さらに、吸収ピークを見た場合、pH7以下では主に396nm付近にピークを示し、pH8および9では396nm付近および505nm付近においてピークを示し、pH10および11では主に505nm付近に吸収ピークを示した(図13c)。
【0094】
[実施例8:固定細胞での細胞内pHの測定]
固定細胞内において、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質の蛍光を測定した。
【0095】
哺乳細胞発現ベクターpCDA3.1(インビトロジェン社)に、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質のcDNAを組み込んだ。作製されたプラスミドをLipofectamine2000(インビトロジェン社)を用いてU2OS細胞に導入した。Lipofectamine2000は取扱説明書に従って使用した。
【0096】
そのU2OS細胞を一昼夜培養した後、3%中性ホルマリン固定法によって固定し、蛍光顕微鏡(オリンパス社製IX70)にて明視野像を撮影した(図8a)。その後、細胞をリン酸緩衝液(pH=7)で洗浄し、IB励起用の蛍光キューブNIBA(オリンパス社製:励起フィルター470−490nm、ダイクロイックミラー505nm、蛍光フィルター510−550nm)を使用して蛍光像を撮影した。図8bは、それをモノクロで表した画像である。実際の画像において緑色で観察された蛍光は、図8bでは白色で示される。次に、細胞を酢酸緩衝液(pH=4)で洗浄し、U励起用蛍光キューブWU(オリンパス社製:励起フィルター330−385nm、ダイクロイックミラー400nm、蛍光フィルター420nmロングパス)を使用して蛍光像を撮影した。図8cは、それをモノクロで表した画像である。実際の画像において青色で観察された蛍光は、図8cでは白色で示される。これらの画像から、本発明のウミサボテン蛍光タンパク質が、ホルマリン固定された細胞内においても蛍光を発生することができ、さらに、pHに応じてその波長を変化させることが示された。
【0097】
さらに、各pHにおける蛍光スペクトルを計測した(図8d)。計測には浜松ホトニクス社製のマルチチャンネル検出器PMA−11を用いた。その結果、pH4では472nmに、pH7では509nmに最大波長を示すスペクトルが得られた。
【0098】
[実施例9:貪食細胞におけるpHの測定]
生細胞内における野生型ウミサボテン蛍光タンパク質の蛍光を測定して細胞内のpHを推定した。
【0099】
大腸菌発現ベクターpRSET(インビトロジェン社)に野生型ウミサボテン蛍光タンパク質のcDNAを組み込んだ。作製されたプラスミドを大腸菌にトランスフォーメーションし、25℃で培養して、野生型ウミサボテン蛍光タンパク質を大腸菌内で発現させた。この大腸菌を、マウス由来マクロファージRAW264.7細胞株の培養容器内に加えて、一昼夜培養した。なお、大腸菌はRAW細胞によって貪食された後、RAW細胞内の酸性環境下にある細胞小器官リソソームで消化されることが一般に知られている。
【0100】
蛍光顕微鏡観察を行う前に、培養液をリン酸緩衝液(pH=7)で置換した。その後、大腸菌を貪食中のRAW細胞をIB励起用の蛍光キューブNIBA(オリンパス社製:励起フィルター470−490nm、ダイクロイックミラー505nm、蛍光フィルター510−550nm)を用いて撮影した。図9の(a)は、それをモノクロで表した画像である。蛍光キューブNIBAを使用すると、主に緑色の蛍光のみを検出することができるが、図9a中では、緑色の蛍光は白色で表される。さらに、U励起用の蛍光キューブWU(オリンパス社製:励起フィルター330−385nm、ダイクロイックミラー400nm、蛍光フィルター420nmロングパス)を用いて撮影した。図9の(b)は、それをモノクロで表した画像である。蛍光キューブWUを使用すると、緑色および青色を含む420nm以上の蛍光を検出できるが、図9b中では、緑色および青色の蛍光は、ともに白色で表される。
【0101】
図9aによれば、点在する光を観察することができるが、RAW細胞の形を認識することはできない。観察されたこの光は、明視野像(図示せず)との比較から、RAW細胞に貪食される前の培養液中に存在する大腸菌に由来する光であることがわかる。このことから、中性の培養液中に存在する大腸菌内の蛍光タンパク質は、緑色の蛍光を発していることがわかった。
【0102】
図9bに示すように、点在する光に加え、多数の光が集ってRAW細胞の形を形成している様子も観察された。点在する光は、図9aと同様に、貪食前の培養液中の大腸菌に由来する光である。一方、RAW細胞の形を形成する光は、貪食されRAW細胞内のリソソームに取り込まれた大腸菌に由来する光である。ここで、実際の画像によれば、点在する光は緑色に、RAW細胞の形を形成する光は青色に観察された。これらのことから、ウミサボテン蛍光タンパク質は、中性の培養液では緑色の蛍光を発するが、酸性のリソソーム内に移されることにより、青色の蛍光を発するようになることがわかった。
【0103】
さらに、図9bにおけるRAW細胞による貪食の前後における蛍光タンパク質の蛍光スペクトルを図10に示す。この蛍光スペクトルから得られた458nmおよび506nmの蛍光強度に基づいて比を求め、予め作成した検量線に当てはめて培養液中およびリソソーム内のpHを推定した(図10下表)。推定されたpHは、培養液中のpHおよびリソソーム内のpHをほぼ反映している。
【0104】
以上の結果から、ウミサボテン蛍光タンパク質は、生きた異種細胞内においても中性環境下から酸性環境下へと移されることで、それが発する蛍光の波長を変化させることができることが示された。さらに、そのときの蛍光強度に基づいてウミサボテン蛍光タンパク質の存在する環境中のpHを良好に求めることができることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
刺胞動物門花虫綱ウミエラ目ウミサボテン科に属す生物に由来し、pH依存的に蛍光極大波長が変化する蛍光タンパク質であって、当該変化がpH4とpH11との間において生じる蛍光タンパク質。
【請求項2】
前記変化がpH6とpH10との間において生じる請求項1に記載の蛍光タンパク質。
【請求項3】
前記変化が生じるpHより低いpHにおいて青色の蛍光を発し、前記変化が生じるpHより高いpHにおいて緑色の蛍光を発する請求項1または2に記載の蛍光タンパク質。
【請求項4】
前記変化が生じるpHより低いpHにおける蛍光極大波長が509nm付近であり、前記変化が生じるpHより高いpHにおける蛍光極大波長が462nm付近である請求項1から3の何れか1項に記載の蛍光タンパク質。
【請求項5】
前記変化がpH9と10との間において生じる請求項1から4の何れか1項に記載の蛍光タンパク質。
【請求項6】
配列番号1で示されるアミノ酸配列を含む請求項5に記載の蛍光タンパク質。
【請求項7】
前記変化がpH6付近において生じる請求項1から4の何れか1項に記載の蛍光タンパク質。
【請求項8】
配列番号42で示されるアミノ酸配列を含む請求項7に記載の蛍光タンパク質。
【請求項9】
前記変化がpH7と8との間において生じる請求項1から4の何れか1項に記載の蛍光タンパク質。
【請求項10】
配列番号46で示されるアミノ酸配列を含む請求項9に記載の蛍光タンパク質。
【請求項11】
前記変化がpH9付近において生じる請求項1から4の何れか1項に記載の蛍光タンパク質。
【請求項12】
配列番号50で示されるアミノ酸配列を含む請求項11に記載の蛍光タンパク質。
【請求項13】
請求項1から12の何れか1項に記載の蛍光タンパク質をコードする塩基配列を含む核酸。
【請求項14】
前記塩基配列が配列番号2、43、47または51に示される塩基配列である請求項13に記載の核酸。
【請求項15】
請求項1から12の何れか1項に記載の蛍光タンパク質を対象に導入し、前記蛍光タンパク質が発する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する方法。
【請求項16】
請求項1から12の何れか1項に記載の蛍光タンパク質と前記蛍光タンパク質とは異なるタンパク質とから成る融合タンパク質を対象に導入し、前記蛍光タンパク質が発する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する方法。
【請求項17】
前記対象が、細胞、組織または個体である請求項15または16に記載の方法。
【請求項18】
前記対象が、固定した細胞または生きた細胞である請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記測定が、509nm付近の蛍光強度と462nm付近の蛍光強度との比に基づいて行われる、請求項15から18の何れか1項に記載の方法。
【請求項20】
波長の異なる2つの励起光を前記蛍光タンパク質に照射し、前記蛍光タンパク質から発生する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する請求項15から19の何れか1項に記載の方法。
【請求項21】
単一の波長の励起光を前記蛍光タンパク質に照射し、前記蛍光タンパク質から発生する蛍光に基づいて前記対象内部のpHを測定する請求項15から19の何れか1項に記載の方法。
【請求項22】
請求項5、6、9および11に記載の蛍光タンパク質から成る群から選択される少なくとも2つの蛍光タンパク質の組み合わせを用いて、単一または多種の対象に対して行う、請求項15から21に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11a】
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【図11b】
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【図11c】
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【図12】
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【図13a】
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【図13b】
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【図13c】
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【図14】
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【図15a】
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【図15b】
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【図15c】
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【図16】
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【公開番号】特開2011−212008(P2011−212008A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141908(P2010−141908)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】