説明

蛍光ファントム装置および蛍光イメージング方法

【課題】本発明は、測定対象物における蛍光色素の濃度を定量的に評価することを可能とする蛍光ファントム装置および蛍光イメージング方法を提供することを目的とする。
【解決手段】ファントム支持体10に蛍光ファントム収容部を設ける。そして、蛍光ファントム収容部に、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成した蛍光ファントム12、13、14、15を収容する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、蛍光ファントム装置および蛍光イメージング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
形成外科領域における皮弁術では、移植した生体組織中の血流の有無が手術の予後に大きく影響することが分かっている。この血流の有無を判定するための方法として、患者にインドシアニングリーン(以下「ICG」という。)試薬を注射した後、着目する組織に近赤外光を照射し、その組織をカメラによって観察することにより血流の有無を判定する方法が知られている。このような血流有無判定方法において、測定結果を基準化するための較正補助手段として、例えば特許文献1に記載の較正補助手段が知られている。特許文献1に記載の較正補助手段は、ICG色素及びアルブミンタンパク質を水に溶解し、担体シートに浸み込ませることによって作製される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2005−300540号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載の較正補助手段においては、次のような問題点が存在する。すなわち、この較正補助手段の製造工程においては、蛍光色素を含む溶液が紙や布などの担体シートに浸み込ませられるため、蛍光色素の含有濃度を正確に調整することが困難である。また、この較正補助手段においては、蛍光色素がアルブミンタンパク質に結合されるため、タンパクの変性に伴う蛍光特性の劣化が懸念される。以上の点から、このような較正手段を用いて、測定対象物における蛍光色素の含有濃度を定量的に評価することは困難であった。
【0005】
本発明は、以上の問題点を解決するためになされたものであり、測定対象物における蛍光色素の濃度を定量的に評価することを可能とする蛍光ファントム装置および蛍光イメージング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような目的を達成するために、本発明に係る蛍光ファントム装置は、蛍光ファントム収容部を有するファントム支持体と、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成され、蛍光ファントム収容部に収容される蛍光ファントムと、を備える。
【0007】
本発明に係る蛍光ファントム装置においては、蛍光色素の含有濃度が所定の濃度である蛍光ファントムを備えているため、測定対象物と本発明の蛍光ファントムを近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントムからの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度を蛍光ファントムにおける蛍光色素の輝度と比較して、定量的に評価することが可能となる。
【0008】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、ファントム支持体は蛍光ファントム収容部を複数有し、複数の蛍光ファントム収容部にはそれぞれ前記蛍光ファントムが収容され、蛍光ファントムに含有させる蛍光色素の濃度は、蛍光ファントムそれぞれにおいて異なることが好ましい。この場合には、蛍光色素の濃度は複数の蛍光ファントムそれぞれにおいて異なるため、測定対象物からの蛍光と複数の蛍光ファントムからの蛍光の輝度を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度をより定量的に評価することが可能となる。
【0009】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置は、蛍光ファントム収容部を有するファントム支持体と、蛍光ファントム収容部に収容される蛍光ファントムと、を備え、蛍光ファントムは、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質により構成されるとともに、蛍光ファントム収容部の表層に配置される表層ダミーと、媒質により構成されるとともに、蛍光ファントム収容部の深層に配置される深層ダミーと、媒質に蛍光色素を含有させて構成されるとともに、表層ダミーと深層ダミーに挟まれて蛍光ファントム収容部に配置される板状ファントムと、を有する。
【0010】
本発明に係る蛍光ファントム装置においては、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成される表層ダミーと深層ダミーとの間に板状ファントムが配置される。したがって、測定対象物と本発明の蛍光ファントム装置を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントムからの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物の皮膚や脂肪、筋肉の厚みの違いにより、散乱や光吸収が生じる場合であっても、測定対象物における蛍光色素の有無を正しく評価することができる。
【0011】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、ファントム支持体は蛍光ファントム収容部を複数有し、複数の蛍光ファントム収容部にはそれぞれ蛍光ファントムが収容され、板状ファントムは、蛍光ファントムそれぞれにおいて同等の厚さを有し、同等の濃度の蛍光色素を含有するとともに、蛍光ファントムそれぞれにおいて異なる深さに配置されることが好ましい。この場合には、同等の厚さを有し、同等の濃度の蛍光色素を含有する板状ファントムが、蛍光ファントムそれぞれにおいて異なる深さに配置される。また、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成される表層ダミーと深層ダミーとの間に板状ファントムが配置される。したがって、測定対象物と本発明の蛍光ファントム装置を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントムからの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物の皮膚や脂肪、筋肉の厚みの違いにより、散乱や光吸収が生じる場合であっても、測定対象物における蛍光色素の濃度を一層正しく評価することができる。
【0012】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置は、複数の蛍光ファントム収容部が一列に配列される上記の蛍光ファントム装置が複数列配列されることにより蛍光ファントムがマトリックス状に配置され、板状ファントムが含有する蛍光色素の濃度は、それぞれ列ごとに異なることを特徴とする。
【0013】
本発明に係る蛍光ファントム装置においては、複数の蛍光ファントム収容部が一列に配列される上記の蛍光ファントム装置が複数列配列されることにより蛍光ファントムがマトリックス状に配置され、板状ファントムが含有する蛍光色素の濃度は、それぞれ列ごとに異なる。したがって、測定対象物と本発明の蛍光ファントム装置を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントム装置からの蛍光を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度および深さをより正確に評価することが可能となる。
【0014】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、ファントム支持体および蛍光ファントムは、エポキシ樹脂により形成されていることが好適である。この場合には、ファントム支持体、標準ファントムおよび蛍光ファントムがエポキシ樹脂により形成され、固形化されるため、媒質が蒸発してしまうことがなく、蛍光色素濃度の信頼性が長期にわたって確保される。
【0015】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、ファントム支持体は標準ファントム収容部をさらに有し、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質から構成され、標準ファントム収容部に収容される標準ファントムをさらに有することが好ましい。この場合には、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質から構成される標準ファントムと、上記媒質に蛍光色素を含有させて構成される蛍光ファントムとの蛍光輝度を比較することにより、光散乱および光吸収の影響を受けずに蛍光輝度をより正確に評価することが可能となる。
【0016】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、媒質は、二酸化チタン粒子、シリカ粒子、ポリマー微粒子、アルミナ、石英ガラス微粒子および脂質微粒子から選ばれる少なくとも1種の散乱粒子と、顔料および染料から選ばれる少なくとも1種の光吸収物質と、を含んでいることが好適である。このようにすれば、測定対象物の光散乱および光吸収がより精度よく再現され、蛍光輝度がより精度よく測定される。
【0017】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置は、測定対象物に貼付して使用され、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成される蛍光ファントムを備える。この場合には、蛍光ファントム装置は測定対象物に貼付して使用されるため、蛍光ファントム装置が曲面に沿って曲げることの可能なものとなり、測定対象物の表面が曲面である場合に、測定対象物の表面に沿って蛍光ファントム装置を曲げることにより、測定対象物からの蛍光輝度をより正確に測定することが可能となる。
【0018】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置において、蛍光ファントムを複数備え、蛍光ファントムに含有させる蛍光色素の濃度は、蛍光ファントムそれぞれにおいて異なることが好ましい。この場合には、蛍光色素の濃度は複数の蛍光ファントムそれぞれにおいて異なるため、測定対象物からの蛍光と複数の蛍光ファントムからの蛍光の輝度を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度をより定量的に評価することが可能となる。
【0019】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置において、蛍光ファントムは、ポリウレタン樹脂またはシリコン樹脂により形成されていることが好ましい。この場合には、蛍光ファントムは半固体のゲル状に形成されるため、測定対象物の表面に沿って蛍光ファントム装置を曲げることが可能となり、測定対象物からの蛍光輝度をより正確に測定することが可能となる。
【0020】
また、本発明に係る蛍光ファントム装置においては、蛍光色素は、ICGであることが好適である。このようにすれば、励起波長が750〜810nmであり蛍光波長の中心が840nmであるという光学特性を持つICGを蛍光色素とするため、生体を測定対象物として蛍光観察を行う場合に、600nmより短波長の光を吸収する血液や、1000nmより長波長の光を吸収する水による光吸収の影響を受けにくく、生体深部の観察を行うことができる。また、生体にとって無害なICGを生体に注入して、本発明に係る蛍光ファントム装置を用いて蛍光観察を行うことができる。
【0021】
また、本発明に係る蛍光イメージング方法は、蛍光色素を生体内に導入し、生体の近傍に本発明の蛍光ファントム装置を配置し、生体および蛍光ファントム装置を励起光照射し、生体に導入された蛍光色素および蛍光ファントムに含まれる蛍光色素からの近赤外線蛍光を検出することによる。
【0022】
本発明に係る蛍光イメージング方法によれば、蛍光色素の含有濃度のそれぞれ異なる複数の蛍光ファントムを備え、または深さの異なる板状ファントムを有する蛍光ファントムを備える蛍光ファントム装置を測定対象物の生体とともに照射するため、生体中の蛍光色素の濃度または深さまたはそれらの両方を定量的に評価することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、測定対象物における蛍光色素の濃度を定量的に評価することを可能とする蛍光ファントム装置および蛍光イメージング方法が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】第1実施形態に係る蛍光ファントム装置の構成を示す斜視図である。
【図2】第1実施形態に係る蛍光ファントム装置と生体とを近赤外線カメラで撮影した写真である。
【図3】第2実施形態に係る蛍光ファントム装置の構成を示す斜視図である。
【図4】第3実施形態に係る蛍光ファントム装置の構成を示す平面図である。
【図5】第3実施形態に係る蛍光ファントム装置の使用方法を示す模式図である。
【図6】第4実施形態に係る蛍光ファントム装置の構成を示す斜視図である。
【図7】第5実施形態に係る蛍光ファントム装置の構成を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係る蛍光ファントム装置の好適な実施形態について、図面を参照して説明する。なお、各図において、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
(第1実施形態)
【0026】
図1は、第1実施形態に係る蛍光ファントム装置1の構成を示す斜視図である。同図に示すように、蛍光ファントム装置1は、ファントム支持体10と、標準ファントム11と、複数(本実施形態においては4個)の蛍光ファントム12、13、14、15と、を備えて構成される。
【0027】
ファントム支持体10は、標準ファントム11を収容するための標準ファントム収容部と、蛍光ファントム12、13、14、15を収容するための複数(本実施形態においては4個)の蛍光ファントム収容部とを有している。また、ファントム支持体10は、エポキシ樹脂により形成されている。
【0028】
標準ファントム11は、例えば生体などの測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質から構成される。具体的には、標準ファントム11を構成する媒質は、光散乱を再現するための散乱粒子として、二酸化チタン(TiO)粒子、シリカ粒子、ポリマー微粒子、アルミナ(Al)、石英ガラス微粒子、脂質微粒子から選ばれる少なくとも1種の粒子を含む。なお、脂質微粒子の具体例としては、ミルクやイントラリピッド(登録商標)などがある。また、標準ファントム11を構成する媒質は、光吸収を再現するための光吸収物質として、顔料および染料から選ばれる少なくとも1種の物質を含んでいる。本実施形態においては、標準ファントム11を構成する媒質は、溶媒としてのエタノールに上記の散乱粒子と光吸収物質を混合した液体である。標準ファントム11は、ファントム支持体10の標準ファントム収容部に収容され、密封される。
【0029】
蛍光ファントム12、13、14、15は、上記の媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成される。本実施形態では、蛍光色素としてICGを使用する。蛍光ファントム12、13、14、15に含有させるICGの濃度は、蛍光ファントム12、13、14、15それぞれにおいて異なっている。また、本実施形態において、蛍光ファントム12、13、14、15は一列に配列されており、また、ICGの含有濃度の低いものから高いものへという順番で並んでいる。本実施形態において、蛍光ファントム12、13、14、15は液体であり、ファントム支持体10の蛍光ファントム収容部に収容されて密封される。
【0030】
次に、本実施形態の蛍光ファントム装置1を使用した蛍光イメージング方法について説明する。まず、蛍光色素としてICGを測定対象物である生体内に導入する。次に、生体の近傍に蛍光ファントム装置1を配置する。そして、生体および蛍光ファントム装置1を、励起波長750nm〜810nmの近赤外光で励起光照射する。このとき、生体に導入されたICGから、波長840nmを中心とする蛍光波長の近赤外線蛍光が発生する。また、蛍光ファントム装置1の蛍光ファントム12、13、14、15からも、同波長の近赤外線蛍光が発生する。このとき、発生する近赤外線蛍光の強度は、生体および蛍光ファントム12、13、14、15におけるICGの含有濃度に対応しており、ICGの含有濃度が高いほど、発生する近赤外線蛍光の強度も高くなる。これらの近赤外線蛍光を例えば近赤外線カメラで検出する。検出された近赤外線蛍光に対し、公知の手法で画像処理を行うことにより、蛍光イメージング処理を行うことができる。
【0031】
上述した方法で蛍光イメージングを行った結果の一例である写真を図2に示す。図2は、第1実施形態に係る蛍光ファントム装置1と生体とを近赤外線カメラで撮影した写真である。図2の中央部のやや上側に、光る点が縦方向に一列に並んでいる。これらの点の明るさはそれぞれ異なっており、下側の点ほど明るい。上述したように、点の明るさは蛍光ファントムにおけるICGの含有濃度に対応しているため、下側の点ほど明るいということは、下側の点に相当する蛍光ファントムほどICGの含有濃度が高いということを表している。また、蛍光ファントムに含まれるICGの含有濃度は既知であるから、一列に並んだ点の明るさから、ICGの含有濃度と点の明るさの対応付けが可能となる。すなわち、同程度の明るさで光っている部分は、ICGの含有濃度が同程度であるということになる。
【0032】
また、図2において、蛍光ファントムからの蛍光を表す縦に並んだ点の周囲に、白く光る部分が広がっている。これは測定対象物である生体に導入されたICGから発生した蛍光を表す。この生体内のICGからの蛍光強度と、蛍光ファントムの蛍光強度とを比較することにより、生体内のICGの濃度と蛍光ファントムのICGの含有濃度との大小関係が分かり、生体内のICGの濃度を定量的に評価し、例えば生体内においてICGを含みながら流れる血流の有無やその血流の量を定量的に評価することができる。
【0033】
本実施形態によれば、蛍光色素の含有濃度が所定の濃度である蛍光ファントム12、13、14、15を備えているため、測定対象物と本実施形態の蛍光ファントム装置1を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントム12、13、14、15からの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度を蛍光ファントム12、13、14、15における蛍光色素の輝度と比較して、定量的に評価することが可能となる。
【0034】
また、蛍光ファントム装置1において、蛍光色素の含有濃度は蛍光ファントム12、13、14、15のそれぞれにおいて異なっているため、測定対象物からの蛍光と複数の蛍光ファントム12、13、14、15からの蛍光の輝度を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度をより定量的に評価することが可能となる。
【0035】
また、蛍光ファントム装置1は、標準ファントム11を有しているため、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質から構成される標準ファントム11と、上記媒質に蛍光色素を含有させて構成される蛍光ファントム12、13、14、15との蛍光輝度を比較することにより、光散乱および光吸収の影響を受けずに蛍光輝度をより正確に評価することが可能となる。
【0036】
また、蛍光ファントム装置1において、標準ファントム11および蛍光ファントム12、13、14、15を構成する媒体は、二酸化チタン粒子、シリカ粒子、ポリマー微粒子、アルミナ、石英ガラス微粒子および脂質微粒子から選ばれる少なくとも1種の散乱粒子と、顔料および染料から選ばれる少なくとも1種の光吸収物質と、を含んでいるため、測定対象物の光散乱および光吸収がより精度よく再現され、蛍光輝度がより精度よく測定される。
【0037】
また、本実施形態に係る蛍光イメージング方法によれば、蛍光色素の含有濃度のそれぞれ異なる複数の蛍光ファントム12、13、14、15を備える蛍光ファントム装置1を測定対象物の生体とともに照射するため、生体中の蛍光色素の濃度を定量的に評価することができる。
【0038】
また、蛍光ファントム装置1においては、蛍光色素としてICGを使用するため、励起波長が750〜810nmであり蛍光波長の中心が840nmであるという光学特性を持つICGを蛍光色素とするため、生体を測定対象物として蛍光観察を行う場合に、600nmより短波長の光を吸収する血液や、1000nmより長波長の光を吸収する水による光吸収の影響を受けにくく、生体深部の観察を行うことができる。また、生体にとって無害なICGを生体に注入して、蛍光ファントム装置1を用いて蛍光観察を行うことができる。
【0039】
なお、本実施形態において、標準ファントムおよび蛍光ファントムを構成する溶媒は、エタノールである必要はなく、エタノールに代えて例えばメタノール、ジメチルスルホキシド、水などを使用することもできる。また、標準ファントム11および蛍光ファントム12、13、14、15を構成する媒質には、光散乱粒子と光吸収物質の両方を含む必要はなく、少なくとも一方を含んでいればよい。
【0040】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態について説明する。図3は、第2実施形態に係る蛍光ファントム装置2の構成を示す斜視図である。第2実施形態に係る蛍光ファントム装置2は、第1実施形態に係る蛍光ファントム装置1とは、標準ファントム21および蛍光ファントム22、23、24、25がエポキシ樹脂により形成され、固形化されている点で異なる。したがって、第1実施形態との違いを主に説明する。
【0041】
蛍光ファントム装置2は、ファントム支持体20と、標準ファントム21と、蛍光ファントム22、23、24、25と、を備えて構成される。ファントム支持体20は、標準ファントム21を収容する標準ファントム収容部と、蛍光ファントム22、23、24、25を収容する蛍光ファントム収容部とを備えている。
【0042】
標準ファントム21は、第1実施形態の標準ファントム11と同様に、光散乱および光吸収を再現する媒質により構成される。この媒質に含まれる光散乱粒子および光吸収物質には第1実施形態と同様の物質を使用することができる。本実施形態においては、媒質は、エタノールに光散乱粒子と光吸収物質を混合し、さらにこの液体をエポキシ樹脂に混合して固形化したものである。
【0043】
蛍光ファントム22、23、24、25は、上記の媒質に所定の濃度のICGを含有させて構成される。より具体的には、媒質は、エタノールに光散乱粒子および光吸収物質を混合し、さらに所定の濃度のICGを溶かし、エポキシ樹脂を混合して固形化することにより形成される。蛍光ファントム22、23、24、25に含有させるICGの濃度は、蛍光ファントム22、23、24、25それぞれにおいて異なっている。また、本実施形態において、蛍光ファントム22、23、24、25は一列に配列されており、また、ICGの含有濃度の低いものから高いものへという順番で並んでいる。
【0044】
上記のように構成された蛍光ファントム装置2を使用しても、第1実施形態で説明したものと同様の蛍光イメージング方法を実施することができる。
【0045】
本実施形態によれば、第1実施形態によるものと同様の効果を得ることができる。さらに、蛍光ファントム装置2によれば、標準ファントム21および蛍光ファントム22、23、24、25がエポキシ樹脂により形成されているため、標準ファントム21および蛍光ファントム22、23、24、25が固形化され、媒質が蒸発してしまうことがなく、蛍光色素濃度の信頼性が長期にわたって確保される。
【0046】
(第3実施形態)
次に、第3実施形態について説明する。図4は、第3実施形態に係る蛍光ファントム装置3の構成を示す平面図である。第3実施形態に係る蛍光ファントム装置3は、標準ファントム31と、蛍光ファントム32、33と、を備えて構成される。また、蛍光ファントム装置3は、測定対象物に貼付して使用される。
【0047】
標準ファントム31は、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成されている。具体的には、この媒質は、第1実施形態と同様の光散乱粒子および光吸収物質を混合したエタノールをポリウレタン樹脂に混合したものである。媒質にはポリウレタン樹脂が混合されるため、標準ファントム31は半固形化してゲル状に形成される。
【0048】
蛍光ファントム32、33は、上記の媒質に所定の濃度のICGを含有させて構成される。したがって、蛍光ファントム32、33も標準ファントム31と同様に半固形化してゲル状に形成される。
【0049】
以上のように蛍光ファントム装置3は構成されているため、蛍光ファントム装置3は曲面に沿って曲げることができる半固形状となる。
【0050】
上記のように構成される蛍光ファントム装置3の使用方法を、図5を参照して説明する。図5は、第3実施形態に係る蛍光ファントム装置3の使用方法を示す模式図である。測定対象物である生体Bの表面は凸曲面を形成している。この生体Bの表面に沿う形に蛍光ファントム装置3を曲げて、蛍光ファントム装置3を生体Bの上に載せる。そして、近赤外線カメラPを、蛍光ファントム装置3の面に垂直な方向から近づけ、近赤外線カメラPにより蛍光ファントム装置3と生体とを撮影する。
【0051】
以上のように構成される蛍光ファントム装置3によっても、第1実施形態に係る蛍光ファントム装置1を使用した場合の効果と同様の効果が得られる。また、蛍光ファントム装置3においては、標準ファントム31および蛍光ファントム32、33、34、35がポリウレタン樹脂により形成されるので、蛍光ファントム装置が曲面に沿って曲げることの可能なものとなるため、測定対象物の表面が曲面である場合に、測定対象物の表面に沿って蛍光ファントム装置を曲げることにより、測定対象物からの蛍光輝度をより正確に測定することが可能となる。
【0052】
なお、本実施形態においては、蛍光ファントム装置3を半固形化してゲル状に形成するために使用する樹脂として、ポリウレタン樹脂ではなく、例えばシリコン樹脂を用いてもよい。
【0053】
(第4実施形態)
次に、第4実施形態について説明する。図6は、第4実施形態に係る蛍光ファントム装置4の構成を示す斜視図である。第4実施形態に係る蛍光ファントム装置4は、ファントム支持体40と、標準ファントム41と、複数(本実施形態においては4個)の蛍光ファントム42、43、44、45と、を備えて構成される。ファントム支持体40は、標準ファントム41を収容する標準ファントム収容部と、蛍光ファントム42、43、44、45を収容する蛍光ファントム収容部とを備えている。
【0054】
標準ファントム41は、第2実施形態の標準ファントム21と同様に、光散乱粒子および光吸収物質を混合したエタノールにエポキシ樹脂を混合した媒質により構成され、固形化して形成されている。
【0055】
蛍光ファントム42は、表層ダミー42Aと板状ファントム42Bと深層ダミー42Cとを有している。表層ダミー42Aは、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成されている。また、表層ダミー42Aは、ファントム支持体40に設けられた蛍光ファントム収容部の表層に配置されている。深層ダミー42Cは、上記の媒質により構成され、また、蛍光ファントム収容部の深層に配置されている。板状ファントム42Bは、上記の媒質に蛍光色素としてICGを含有させて構成されている。また、板状ファントム42Bは、表層ダミー42Aと深層ダミー42Cに挟まれて蛍光ファントム収容部に配置される。
【0056】
同様に、蛍光ファントム43は表層ダミー43Aと板状ファントム43Bと深層ダミー43Cを有し、板状ファントム43Bが表層ダミー43Aと深層ダミー43Cに挟まれるようにして蛍光ファントム収容部に配置される。蛍光ファントム44は表層ダミー44Aと板状ファントム44Bと深層ダミー44Cを有し、板状ファントム44Bが表層ダミー44Aと深層ダミー44Cに挟まれるようにして蛍光ファントム収容部に配置される。蛍光ファントム45は、表層ダミー45Aと板状ファントム45Bとを備えて構成される。蛍光ファントム45においては、板状ファントム45Bは、蛍光ファントム収容部の最深部に配置されており、深層ダミーを有していない。
【0057】
本実施形態においては、板状ファントム42B、43B、44B、45Bは、蛍光ファントム42、43、44、45のそれぞれにおいて同等の厚さを有し、同等の濃度のICGを含有する。また、蛍光ファントムそれぞれにおいて異なる深さに配置されている。本実施形態では、蛍光ファントム42、43、44、45は一列に配列され、板状ファントム42B、43B、44B、45Bの配置される深さは、順番に深くなっていくように構成されている。
【0058】
上記のように構成された蛍光ファントム装置4を使用しても、第1実施形態で説明したものと同様の蛍光イメージング方法を実施することができる。
【0059】
本実施形態によれば、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成される表層ダミー42Aと深層ダミー42Cとの間に板状ファントム42Bが配置される。したがって、測定対象物と本実施形態の蛍光ファントム装置4を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントムからの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物の皮膚や脂肪、筋肉の厚みの違いにより、散乱や光吸収が生じる場合であっても、測定対象物における蛍光色素の有無を正しく評価することができる。
【0060】
また、本実施形態に係る蛍光ファントム装置4においては、この場合には、同等の厚さを有し、同等の濃度の蛍光色素を含有する板状ファントム42B、43B、44B、45Bが、蛍光ファントム42、43、44、45それぞれにおいて異なる深さに配置される。また、測定対象物の光散乱および光吸収を再現する媒質により構成される表層ダミー42Aと深層ダミー42Cとの間に板状ファントム42Bが配置される。したがって、測定対象物と本実施形態の蛍光ファントム装置4を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントム42、43、44、45からの蛍光輝度を比較して観察することにより、測定対象物の皮膚や脂肪、筋肉の厚みの違いにより、散乱や光吸収が生じる場合であっても、測定対象物における蛍光色素の濃度を一層正しく評価することができる。
【0061】
(第5実施形態)
次に、第5実施形態について説明する。図7は、第5実施形態に係る蛍光ファントム装置4の構成を示す斜視図である。第5実施形態に係る蛍光ファントム装置5は、ファントム支持体50と、標準ファントム51、61、71と、蛍光ファントム52、53、54、55、62、63、64、65、72、73、74、75とを備えて構成される。標準ファントム51、61、71は、第4実施形態に係る標準ファントム41と同様に、光散乱粒子および光吸収物質を混合したエタノールにエポキシ樹脂を混合した媒質により構成され、固形化して形成されている。
【0062】
蛍光ファントム52、53、54、55、62、63、64、65、72、73、74、75は、第4実施形態に係る蛍光ファントム42、43、44、45と同様に、それぞれ板状ファントムを有している。また、蛍光ファントム装置5においては、標準ファントム51と蛍光ファントム52、53、54、55が一列に配列され、標準ファントム61と蛍光ファントム62、63、64、65が一列に配列され、標準ファントム71と蛍光ファントム72、73、74、75が一列に配列されている。蛍光ファントム52、53、54、55の有する板状ファントムは同等の厚さを有し、同等の濃度のICGを含有し、異なる深さに設けられる。蛍光ファントム62、63、64、65の有する板状ファントムは同等の厚さを有し、同等の濃度のICGを含有し、異なる深さに設けられる。蛍光ファントム72、73、74、75の有する板状ファントムは同等の厚さを有し、同等の濃度のICGを含有し、異なる深さに設けられる。ここで、蛍光ファントム52、62、72の含有するICGの濃度は、それぞれ異なるものとされている。したがって、ファントム支持体50と標準ファントム51と蛍光ファントム52、53、54、55とは、第4実施形態のファントム装置を構成している。同様に、ファントム支持体50と標準ファントム61と蛍光ファントム62、63、64、65とが第4実施形態のファントム装置を構成しており、ファントム支持体50と標準ファントム71と蛍光ファントム72、73、74、75とが第4実施形態のファントム装置を構成している。つまり、本実施形態の蛍光ファントム装置5は、上記の3個の蛍光ファントム装置を複数列配列した(本実施形態では3列配列した)ものであると見ることができる。蛍光ファントム装置5においては、上記3個の蛍光ファントム装置が配列されることにより、蛍光ファントム52、53、54、55、62、63、64、65、72、73、74、75がマトリックス状に配置されることとなる。また、各蛍光ファントムの含有するICGの濃度は、それぞれ列ごとに異なる。
【0063】
上記のように構成された蛍光ファントム装置5を使用しても、第1実施形態で説明したものと同様の蛍光イメージング方法を実施することができる。
【0064】
本実施形態によれば、複数の蛍光ファントム収容部が一列に配列される蛍光ファントム装置が複数列配列されることにより蛍光ファントムがマトリックス状に配置され、板状ファントムが含有する蛍光色素の濃度は、それぞれ列ごとに異なるようにして蛍光ファントム装置5が構成される。したがって、測定対象物と本実施形態の蛍光ファントム装置5を近赤外光で照射し、測定対象物からの蛍光と蛍光ファントム装置5からの蛍光を比較して観察することにより、測定対象物における蛍光色素の濃度および深さをより正確に評価することが可能となる。
【符号の説明】
【0065】
1,2,3,4,5…蛍光ファントム装置、10,20,40,50…ファントム支持体、11,21,31,41,51…標準ファントム、12,13,14,15,22,23,24,25,32,33,42,43,44,45,52,53,54,55,62,63,64,65,72,73,74,75…蛍光ファントム、42A,43A,44A,45A…表層ダミー、42B,43B,44B,45B…板状ファントム、42C,43C,44C…深層ダミー、B…生体、P…近赤外線カメラ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蛍光ファントム収容部を有するファントム支持体と、
測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成され、前記蛍光ファントム収容部に収容される蛍光ファントムと、
を備える蛍光ファントム装置。
【請求項2】
前記ファントム支持体は前記蛍光ファントム収容部を複数有し、
複数の前記蛍光ファントム収容部にはそれぞれ前記蛍光ファントムが収容され、
前記蛍光ファントムに含有させる前記蛍光色素の濃度は、前記蛍光ファントムそれぞれにおいて異なることを特徴とする、請求項1に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項3】
蛍光ファントム収容部を有するファントム支持体と、
前記蛍光ファントム収容部に収容される蛍光ファントムと、
を備え、
前記蛍光ファントムは、
測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質により構成されるとともに、前記蛍光ファントム収容部の表層に配置される表層ダミーと、
前記媒質により構成されるとともに、前記蛍光ファントム収容部の深層に配置される深層ダミーと、
前記媒質に蛍光色素を含有させて構成されるとともに、前記表層ダミーと前記深層ダミーに挟まれて前記蛍光ファントム収容部に配置される板状ファントムと、
を有する蛍光ファントム装置。
【請求項4】
前記ファントム支持体は前記蛍光ファントム収容部を複数有し、
複数の前記蛍光ファントム収容部にはそれぞれ前記蛍光ファントムが収容され、
前記板状ファントムは、前記蛍光ファントムそれぞれにおいて同等の厚さを有し、同等の濃度の前記蛍光色素を含有するとともに、前記蛍光ファントムそれぞれにおいて異なる深さに配置されることを特徴とする、請求項3に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項5】
前記複数の蛍光ファントム収容部が一列に配列される請求項4に記載の蛍光ファントム装置が複数列配列されることにより前記蛍光ファントムがマトリックス状に配置され、
前記板状ファントムが含有する前記蛍光色素の濃度は、それぞれ列ごとに異なることを特徴とする蛍光ファントム装置。
【請求項6】
前記ファントム支持体および前記蛍光ファントムは、エポキシ樹脂により形成されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項7】
前記ファントム支持体は標準ファントム収容部をさらに有し、
前記媒質から構成され、前記標準ファントム収容部に収容される標準ファントムをさらに有する請求項1〜6のいずれか1項に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項8】
前記媒質は、
二酸化チタン粒子、シリカ粒子、ポリマー微粒子、アルミナ、石英ガラス微粒子および脂質微粒子から選ばれる少なくとも1種の散乱粒子と、
顔料および染料から選ばれる少なくとも1種の光吸収物質と、
を含むことを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項9】
測定対象物に貼付して使用され、測定対象物の光散乱および光吸収の少なくとも一方を再現する媒質に所定の濃度の蛍光色素を含有させて構成される蛍光ファントムを備える蛍光ファントム装置。
【請求項10】
前記蛍光ファントムを複数備え、前記蛍光ファントムに含有させる前記蛍光色素の濃度は、前記蛍光ファントムそれぞれにおいて異なることを特徴とする、請求項9に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項11】
前記蛍光ファントムは、ポリウレタン樹脂またはシリコン樹脂により形成されていることを特徴とする、請求項9または10に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項12】
前記蛍光色素は、インドシアニングリーンであることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項に記載の蛍光ファントム装置。
【請求項13】
蛍光色素を生体内に導入し、前記生体の近傍に請求項1〜12のいずれか1項に記載の蛍光ファントム装置を配置し、前記生体および前記蛍光ファントム装置を励起光照射し、前記生体に導入された蛍光色素および前記蛍光ファントムに含まれる蛍光色素からの近赤外線蛍光を検出することによる蛍光イメージング方法。

【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−96920(P2013−96920A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−241650(P2011−241650)
【出願日】平成23年11月2日(2011.11.2)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】