蛍光プローブ
【課題】本発明は、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブを提供することを課題とする。また、そのような蛍光プローブを作製する方法を提供することを課題とする。
【解決手段】親水性量子ドット等の蛍光性ナノ粒子にシクロオクタンのアルキン誘導体を結合させて得られる中間体と、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を縮合させることで、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブを提供しうる。
【解決手段】親水性量子ドット等の蛍光性ナノ粒子にシクロオクタンのアルキン誘導体を結合させて得られる中間体と、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を縮合させることで、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブを提供しうる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞等の標識化やイメージングに有用な蛍光プローブに関する。より詳しくは、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
抗体等のタンパク質や低分子化合物を結合させた蛍光プローブは、生体や細胞における生体分子のイメージングに有用であり、従来、フルオレセイン誘導体、ローダミン誘導体、ヒドラジド誘導体、シアニン系色素などの有機系蛍光物質が広く用いられている。
【0003】
標識化やイメージングに用いる蛍光プローブは、標的分子を特異的に検出でき、標的分子以外の生体分子への非特異的な結合等による影響が無い或いは低減されていることが必要である。しかし、例えば、フルオレセイン誘導体の蛍光プローブを使用した場合、細胞等への非特異的結合があることも少なくない。また蛍光強度としても十分でないこともあり、蛍光プローブの開発は未だ十分とはいえない。
【0004】
近年、蛍光物質として量子ドットを用いて蛍光プローブを作製することが提案されている(非特許文献1:S. Nie et al, Engineering Luminescent Quantum Dots for In Vivo Molecular and Cellular Imaging. Annals of Biomedical Engineering, 2006, 34, 3-14.)。当該蛍光プローブの作製にあたり、蛍光標識対象物、具体的には抗体、タンパク質等の生理活性物質や低分子化合物などの物質を直接量子ドットと縮合反応していた。かかる縮合反応としては、チオール交換反応、アミノ基又はカルボン酸のアミド化等の方法が多く用いられる。しかし、生理活性を有するタンパク質等のチオール基、アミノ基、カルボン酸は、活性にも重要な官能基であるため、量子ドットとタンパク質等の縮合反応を行うに際しては、そのような重要な官能基が量子ドットと反応しないように保護する必要があった。しかしながら、量子ドットと生理活性を有するタンパク質等との縮合反応における分子設計が不十分である場合には、重要な官能基が量子ドットと結合してしまい、得られた蛍光プローブは生理活性物質の機能・性質を反映していないという問題が生じる場合があった。
【0005】
アルキン誘導体とアジド化合物の縮合は、Huisgen反応としても知られる1,3-環化付加反応により行われる。Huisgen反応は、アルキン化合物の三重結合とアジド基を加熱条件により縮合させる反応である。ゲルや固相担体に8員環アルキン誘導体を結合させておき、これにアジド化した有機系蛍光色素や酵素(β−Gal)を反応させることによって、当該色素や酵素が8員環アルキン誘導体と結合して当該ゲルや固相担体に固定化(immobilization)できることが報告されている(非特許文献2:K. Ebisu et al., N-terminal Specific Point-Immobilization of Active Proteins by the One-Pot NEXT-A Method. ChemBIoChem., 2009, 10,2460-2464)。しかしながら、蛍光物質と蛍光標識対象物を8員環アルキンやアジド化合物を介して結合させるものではない。
【0006】
簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が無いか、又は低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブの開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Annals of Biomedical Engineering, 2006, 34, 3-14
【非特許文献2】ChemBioChem., 2009, 10,2460-2464
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブを提供することを課題とする。また、そのような蛍光プローブを作製する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するためにアルキン誘導体とアジド化合物の縮合反応に着目し、鋭意研究を重ねた結果、量子ドット等の蛍光性ナノ粒子に8員環アルキン誘導体としてシクロオクタンのアルキン誘導体を結合させて得られる中間体(当該結合体を、以下「蛍光プローブ合成中間体」という。)と、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を縮合させることで、上記課題が解決しうることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.下記の一般式(I)で表される蛍光プローブ。
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
2.下記の一般式(III)で表される、前項1に記載の蛍光プローブ。
【化3】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
3.一般式(III)で表わされる蛍光プローブにおいて、Yが−NH−CO−O−である前項2に記載の蛍光プローブ。
4.下記の一般式(IV)で表される蛍光プローブ合成中間体。
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
5.下記の一般式(V)で表される、前項4に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【化5】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
6.一般式(V)で表わされる蛍光プローブ合成中間体において、Yが−NH−CO−O−である前項5に記載の蛍光プローブ合成中間体。
7.以下の工程を含む、前項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体の作製方法:
1)カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)シクロオクタンのアルキン誘導体に、上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基を導入して、当該官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で調製された各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体を結合する工程。
8.以下の工程を含む、前項1〜3のいずれか1に記載の蛍光プローブの作製方法:
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)前項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体と、上記A)の工程で導入されたアジド基とを結合する工程。
【発明の効果】
【0011】
本発明の蛍光プローブは、親水性量子ドット等の蛍光性ナノ粒子を用いており、有機系蛍光色素などと比べて非常に明るく光安定性に優れる蛍光プローブである。また、蛍光性ナノ粒子表面には複数のアミノ基などの反応点が存在するため、蛍光標識対象物と結合しうる物質を本発明の蛍光性ナノ粒子表面に多数導入することができる。そのため、本発明の蛍光プローブは、非特異的結合が抑えられ、極めて特異性の高い蛍光プローブということができる。本発明の蛍光プローブは、フローサイトメトリーによる解析や顕微鏡解析に利用することができる。
【0012】
さらに、本発明の蛍光プローブの作製方法によれば、反応の選択性が高く、また反応効率もよいので、蛍光プローブライブラリや、目的とする蛍光プローブを容易に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1−1】式(I)におけるトリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体の例を示す図である。
【図1−2】式(III)におけるシクロオクタンのアルキン誘導体の例を示す図である。
【図1−3】式(III)の蛍光プローブ合成中間体さらには式(I)の蛍光プローブの合成に使用可能なシクロオクタンのアルキン誘導体の原料化合物の例を示す図である。
【図2】本発明の蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体の反応態様を示す図である。
【図3】本発明の蛍光プローブ合成中間体の合成スキームを示す図である。(実施例1)
【図4】本発明の蛍光プローブ(QD-Biotin)の合成スキームを示す図である。(実施例2)
【図5】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の合成スキームを示す図である。(実施例3)
【図6】本発明の蛍光プローブ(QD-Biotin)のストレプトアビジンとの結合効果を示す図である。(実験例1)
【図7】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の細胞表面抗体とのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例2)
【図8】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の細胞表面抗体イメージング効果を示す図である。(実験例3)
【図9】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)について、細胞表面に抗体が発現している場合(A20/BCR)と発現していない場合(A20(-))でのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例4)
【図10】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)とその非標識拮抗剤又は非拮抗剤を添加したときのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例5)
【図11】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)又は有機系蛍光物質によるプローブ(蛍光性NP)について、それぞれ拮抗剤を用いたときと用いなかったときのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例6及び比較例)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、細胞等の標識化やイメージングに有用な蛍光プローブに関する。より詳しくは、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブに関する。本発明の蛍光プローブは、以下の一般式(I)に示す構造からなり、蛍光性ナノ粒子(X)、トリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体(環A)及び蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)から構成され、XはYを介して環Aと結合する。
【0015】
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらにベンゼン環などの芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【0016】
【化2】
【0017】
本発明は、上記蛍光プローブを作製するための蛍光プローブ合成中間体にも及ぶ。本発明の蛍光プローブ合成中間体は、以下の一般式(IV)に示す構造からなり、蛍光性ナノ粒子(X)及びシクロオクタンのアルキン誘導体(環A')から構成される。
【0018】
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらにベンゼン環などの芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【0019】
【化2】
【0020】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるYにおいて、NHとCOがリンカーを介して結合する場合、リンカーとはNHとCOを結合しうるものであればよく、特に限定されないが、例えば、炭素数1〜20、好ましくは、1〜12のアルキレン基或いはアルキレンオキシ基の両末端にアミノ基又はカルボン酸の基を有する化合物などが挙げられる。具体的には、以下の式(VI)又は式(VII)に示すような化合物が例示される。
【0021】
【化6】
【0022】
【化7】
【0023】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるYのうち、Wがアルキレン基、アルキレンオキシ基又はアルキレンカルボニル基の場合、それらアルキレン基の炭素数は1〜3、特に1が好ましい。また、Wが−Ph−B−の場合は、Bのアルキレン基又はアルキレンオキシ基の炭素数は1〜3、特に1が好ましい。本発明においては、Wが酸素原子であるものが特に好ましい。
【0024】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるRがアルキル基又はアルコキシ基の場合は、炭素数は1〜3、特に1が好ましい。また、Rがハロゲン原子の場合は、フッ素原子であるのが好ましい。
【0025】
好ましい蛍光プローブは、以下の式(III)に示され、蛍光プローブ合成中間体は式(V)に示される。さらにこれら式中、Yが−NH−CO−O−のものが好ましい。
【0026】
【化3】
【0027】
【化5】
【0028】
また、本発明には、式(I)で示される蛍光プローブ又は蛍光プローブライブラリを製造するための蛍光プローブ合成中間体(IV)の使用も含まれる。ここで、蛍光プローブライブラリとは、式(I)で示される本発明の蛍光プローブにおけるZ、すなわち、蛍光標識対象物に結合しうる物質が相違する複数種のプローブを組み合わせたプローブライブラリを意味する。
【0029】
以下詳細に、本発明の蛍光プローブの構成を構成する蛍光性ナノ粒子(X)、シクロオクタンの誘導体(環A)及び蛍光標識対象物について、各々詳述し、さらに本発明の蛍光プローブの作製方法についても詳述する。
【0030】
1.蛍光性ナノ粒子(X)について
本発明の蛍光プローブにおける蛍光性ナノ粒子としては、通常、40 nm以下、好ましくは10〜30 nm程度の粒径を有し、紫外線やX線などの短波長の光を照射することによって蛍光を発する粒子が挙げられる。また、本発明の蛍光性ナノ粒子は、水分散性であることが好ましく、例えば粒子の表面が親水化処理されているのが好適である。例えば、半導体物質をコア(核)とし、その電子を3次元全ての方向から閉じ込めるように外側を被覆した、所謂、コアシェル構造の粒子の表面を親水化処理した蛍光性ナノ粒子である親水性量子ドットが好適である。
【0031】
本発明において親水性量子ドットとは、例えばセレン化カドミウム(CdSe)などの半導体をコアとし、硫化亜鉛(ZnS)などで被覆したコアシェル構造の数 nm程度の大きさのナノ粒子の表面を、さらに親水化処理して得られる、通常、40 nm以下、好ましくは10〜30 nm程度の粒径を有するものである。親水性量子ドットは、有機系蛍光色素や蛍光タンパク質に比べて非常に強い蛍光を持ち、そのコアシェル構造の粒子サイズに依存して異なる蛍光を発する。例えば、コアシェル構造の粒子サイズが2 nmでは青色、3 nmでは緑色、4 nmでは黄色の蛍光を発し、また5 nmでは赤色の蛍光を発する。またこのような量子ドットは、有機系蛍光色素に比べて光安定性に優れ退色しにくいこと、蛍光スペクトル幅が非常に狭いこと、一種類の光源で様々な蛍光波長で励起できる等の特徴を有する。そのため、高感度検出やマルチカラーイメージングなどバイオイメージングへの応用研究が精力的になされている材料である。
【0032】
親水性量子ドットの光学特性は、コアとなる半導体物質により大きく変化する。半導体物質としては、ZnS, ZnSe, CdS, CdSe, CdTe, PbS, InAs, InP等が挙げられる。例えば、このコア半導体としてのCdSeをZnSで被覆したコアシェル構造のCdSe/ ZnS(CdSeの粒子をZnSで被覆した粒子を意味する。以下同様。)は、量子収率が高く、またフローサイトメトリーに利用できる可視光領域の蛍光を示すことから、本発明の蛍光プローブに適している。また、InPをZnSで被覆したInP/ ZnSも適している。
【0033】
コアシェル構造の粒子は通常10 nm以下、好ましくは、2〜8 nmの粒径のものが使用されるが、使用するコアシェル構造の粒子の粒径により、発する蛍光の波長が異なる。例えば、コアシェル構造の粒径が5〜8 nmであれば、それに依存して500〜800 nmの範囲の蛍光を発する量子ドットを容易にうることができるので、使用目的に応じて各種の蛍光波長を示す蛍光プローブの合成が可能である。例えば、フローサイトメトリーへの応用を考えた場合、蛍光強度が強く、マルチカラー解析で汎用されるFITCやPEと蛍光波長の重なりが少ない625 nmや655 nmの蛍光を発する親水性量子ドットが好適である。また、生体イメージングへ応用する場合には、生体の窓と呼ばれ、生体透過性が高い近赤外領域(650〜1000 nm)の蛍光を発する親水性量子ドットが適する。
【0034】
親水性量子ドットは、従来の有機系蛍光色素とは異なり、短波長になるほど強い蛍光を発することが特徴である。そのため、本発明の蛍光プローブをフローサイトメトリーで使用する場合は、UVレーザー(355 nm)やバイオレットレーザー(405 nm)で励起するのが好適である。
【0035】
コアシェル構造の粒子は疎水性が高く水中では凝集・沈殿し易いので、種々の表面修飾法により親水化し、蛍光プローブの合成には親水化表面処理の施された親水性量子ドットを使用する。親水化処理は、例えば、メルカプト基と共にカルボキシル基やアミノ基などの親水性基を有する化合物、具体的には、メルカプト酢酸、メルカプトコハク酸、システインやジヒドロリボ酸などで当該粒子の表面を被覆し、チオール基を共有結合的に配位させることでカルボン酸を導入することにより親水性量子ドットを合成することができる。この他にも 、ポリアクリル酸エステル、ポリアクリル酸ブチル、ポリメタクリル酸を構成成分とする両親媒性ポリマーやシリカで被覆する方法、リン脂質などの界面活性剤を用いてミセル化する方法などがある。
【0036】
さらに、親水性量子ドットの表面をポリエチレングリコール(PEG)などのポリエーテル等で修飾することで、非特異的な吸着を抑制することができるので好適である。このような親水性量子ドットとして、Qdot(R)ナノクリスタルやeFluorTMナノクリスタル等がInvitrogen社やEvident Technologies社で市販されており、入手することができる。
【0037】
本発明の蛍光プローブには、上述のようにコアシェル構造の粒子を親水化処理し、また適宜、非特異的な吸着の抑制処理をした、通常40 nm以下、好ましくは、10〜30 nm程度の粒径の蛍光性ナノ粒子が好適に使用できる。
【0038】
本発明においては、シクロオクタンのアルキン誘導体と上記蛍光性ナノ粒子を結合するために、蛍光性ナノ粒子の表面にカルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入されたものを使用するが、上記親水化処理によってアミノ基やカルボン酸基等が導入されているものは、それをそのまま使用することができる。
【0039】
2.環A及び環A'について
式(I)の本発明の蛍光プローブにおける環Aは、トリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体であり、例えば、図1−1の(a)〜(f)に示すようなものが挙げられる。また、式(IV)の中間体における環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体であり、例えば、図1−2の(a-1)〜(f-1)に示すようなものが挙げられる。
【0040】
式(IV)の中間体における「−Y−環A'」の部分は、例えば、図1−3の(a-1-1)、(a-1-2)、(b-1-1)、(c-1-1)、(d-1-1)、(d-1-2)、(e-1-1)、(f-1-1)に示すようなシクロオクタンのアルキン誘導体を使用することによって形成される。さらに、上記「−Y−環A'」のアルキン部分にアジド基を有する化合物を反応させることにより、式(I)の蛍光プローブにおける「−Y−環A−」の部分が形成される。
【0041】
ここで、アルキンとは、分子内に炭素間三重結合を1個だけ有する炭化水素の総称である。本発明で使用できるシクロオクタンのアルキン誘導体の原料化合物としては特に限定されないが、中でも、大きな反応速度を示し、安定性に優れる図1−3の(f-1-1)に記載した3-ヒドロキシ-1,2:5,6-ジベンゾシクロオクタ-1,5,7-トリエン(3-hydroxy-1,2:5,6-dibenzocycloocta-1,5,7-triene)(DIB)(X. Ning et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2008, 47, 2253)が好適に使用できる。また、シクロオクタンのアルキン部分の隣接位にフッ素原子を2つ導入し、反応性を改善することで、上記化合物と同程度の反応速度を示す図1−3の(c-1-1)、(d-1-1)、(d-1-2)に記載したジフルオロ シクロオクチン(difluorinated cyclooctyne)誘導体 (J.A. Codelli, et al., JACS 2008, 130, 11486.)も好適に使用できる。
【0042】
3.蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)について
本発明の蛍光プローブにより標識される蛍光標識対象物は、細胞、組織、タンパク質、ペプチド、遺伝子、糖鎖等が挙げられ、特に限定されるものではない。このような蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)としては、蛍光標識対象物質に結合しうる物質であればよく、低分子化合物であってもよいし、タンパク質、糖質、核酸等の高分子物質であってもよく、特に限定されない。例えば、蛍光標識対象物が組織や細胞の場合は、Zは当該組織や細胞の表面に発現している物質と相互作用しうる物質が挙げられる。蛍光標識対象物がタンパク質の場合は、Zは当該タンパク質を特異的に認識しうる抗体、ペプチド、又は当該タンパク質の受容体や当該タンパク質に結合しうる低分子化合物等が挙げられ、例えば蛍光標識対象物が7回膜貫通型受容体(GPCR)などの細胞表面受容体の場合は、Zは当該受容体等に結合する化合物、具体的には、ヒスタミン受容体に結合するジフェンヒドラミンやメピラミン等の拮抗剤等が挙げられる。蛍光標識対象物がストレプトアビジンの場合はZとしてビオチンが挙げられる。
【0043】
4.蛍光プローブ合成中間体の作製方法について
本発明の蛍光プローブを作製するために蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体の結合体を作製する。この本発明の蛍光プローブ合成中間体は、少なくとも以下の1)〜3)の工程を含む方法で作製することができる。本発明は、当該蛍光プローブ合成中間体にも及び、その作製方法にも及ぶ。
【0044】
1 )カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体を、縮合反応又はリンカーを介した反応により結合する工程。
【0045】
上記において、工程1)と2)の順序は、何れが先であってもよい。例えば2)の工程を先に行なう場合は、シクロオクタンのアルキン誘導体に、カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基を導入するなどによってこれら官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程とし、当該工程でシクロオクタンのアルキン誘導体に導入された各種官能基と反応しうる官能基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程、と解釈して作製することができる。
【0046】
蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体を結合するには、シクロオクタンのアルキン誘導体及び蛍光性ナノ粒子にそれぞれ反応しうる組み合わせの官能基を導入し、それらを反応させることによって結合することができる。当該官能基としては、カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、活性エステル基などが好適であり、これらの官能基を組み合わせて導入することができる。かかる組み合わせとしては、カルボン酸基とアミノ基、マレイミド基とチオール基、アミノ基と炭酸エステル基、アミノ基と活性エステル基が挙げられる。例えば、以下の表1に示す組み合わせが考えられる。また、図2にこれらの反応例を模式的に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
上記官能基を導入する方法は、特に限定されず、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができる。例えば、メルカプト酢酸やジヒドロリボ酸などのチオール基をコアシェル構造の粒子の表面に共有結合的に配位させる方法などによりカルボン酸を導入できる。また、ポリエチレンイミン等のポリマーで被覆することでコアシェル構造の粒子の表面にアミノ基を導入できる。また、4-マレイミド酪酸サクシニミジルエステルなどの架橋試薬を用いてコアシェル構造の粒子の表面のアミノ基と縮合することでマレイミド基を導入できる。もとより上述の親水化処理によってアミノ基やカルボン酸基などが導入されている蛍光性ナノ粒子はそれをそのまま使用することができる。
【0049】
蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体が、表1又は図2のような官能基を有する場合はそれを直接使用して結合させることができる。例えば、前述のDIBのようなヒドロキシ基を有するシクロオクタンのアルキン誘導体の場合には、当該シクロオクタンのアルキン誘導体を炭酸N,N'-ジサクシニミジルと縮合反応することによって炭酸エステル基を導入することができる。さらに、この炭酸エステル基に、両端にアミノ基を有するリンカー、例えばアルキレン基又はPEGなどのアルキレンオキシ基を介してアミノ基を有するリンカーを反応させることによってアミノ基を導入することができる。また、一端にアミノ基もう一方にカルボン酸基又はチオール基を有するリンカーを反応させるとカルボン酸基又はチオール基を導入することができる(図2参照)。
【0050】
蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体の反応は、蛍光性ナノ粒子1 molに対してシクロオクタンのアルキン誘導体を過剰量、通常、20〜500 mol、好ましくは50〜300 molの割合で反応させる。なお説明を簡便にするために、本明細書に示す反応式、一般式及び図2の反応模式図において、蛍光性ナノ粒子表面の1つの反応点(アミノ基など)における反応等について説明しているが、本発明の蛍光性ナノ粒子表面には、通常、複数の反応点が存在する。例えば市販されている蛍光性ナノ粒子表面、例えば親水性量子ドットでは表面に80〜100個程度のアミノ基を有するものを入手することができる。よって本発明は、前記一般式(I)及び一般式(IV)において、それぞれ下記一般式(VIII)及び一般式(IX)の部分がXに対して複数個結合している場合を包含する。
【0051】
【化8】
【0052】
【化9】
【0053】
5.蛍光プローブの作製方法について
本発明の蛍光プローブは、本発明の「蛍光プローブ合成中間体」と「蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)」を結合することにより作製することができる。本発明の蛍光プローブ合成中間体は、少なくとも以下のA)及びB)の工程を含む方法で作製することができる。本発明は、蛍光プローブの作製方法にも及ぶ。
【0054】
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)上記A)で導入されたアジド基と蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体とを反応させる工程。
【0055】
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する方法
本発明の蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する方法は、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができ、特に限定されるものではない。例えば、アジ化物イオンの高い求核性を利用してハロゲン化アルキルやスルホン酸エステルなどに対するSN2反応により導入することができる。また、アジド基とアミノ基を同一分子内に有する化合物を用いれば、低分子化合物中のカルボン酸との縮合反応により導入することができる。アミノ基以外にカルボン酸やアルデヒドなどの官能基を同一分子内に有する化合物を用いれば、低分子化合物中のアミノ基との反応によりアジド基を導入することができる。
【0056】
物質Zとして抗体を使用する場合、抗体は、分子内にジスルフィド結合を有するので、これを還元して得られるSH基を標識に利用すること事ができる。こうして得られたSH基は抗原認識とは無関係のため、SH基を利用しても抗体の特異性が損なわれない利点がある。まず、抗体分子をタンパク分解酵素ペプシンおよびパパインで処理することにより、Fabフラグメントを調製する。こうして調製したFabフラグメントはSH基を有しており、次の反応に利用できる。アジド基とマレイミド基を分子内に有する架橋試薬を用いてFabフラグメントを処理すると、Fabフラグメント中のSH基とマレイミド基との反応が選択的に進行し、アジド化されたFabフラグメントの合成ができる。これをシクロオクタンのアルキン誘導体と反応することにより、標識化抗体が合成できる。
【0057】
以下、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を、便宜上「アジド基含有物質」という。
【0058】
B)蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質との縮合反応
蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質との縮合反応は、上記A)で蛍光標識対象物に導入されたアジド基と蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体とを縮合反応させることにより行うことができる。当該シクロオクタンのアルキン誘導体とアジド基の反応は、自体公知の方法、例えばJACS 2004, 126, 15046や非特許文献2に記載の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができる。シクロオクタンのアルキン誘導体とアジド基の反応は非常に効率的であるため、本発明の蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質は、室温で数時間反応させるのみで縮合反応させることができ、特に縮合剤などの試薬を用いなくとも、蛍光プローブを容易に作製することができる。
【0059】
6.細胞の蛍光標識及びイメージング方法の説明
本発明の蛍光プローブは、細胞の蛍光標識やイメージング、そしてバイオセンサー等標的分子の高感度検出などに用いることができる。例えば、蛍光プレートリーダーやフローサイトメトリーによる高感度検出、蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡などによるin vitroイメージング、そして生体in vivoイメージングなどに利用することができる。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明の理解を深めるために、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0061】
(実施例1)蛍光プローブ合成中間体の作製
本実施例では、図3の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体の作製について説明する。
【0062】
i)化合物1−3の合成
化合物1−3は、既知文献(X. Ning et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 2253)に従い、合成した。
【0063】
ii)化合物4の合成
化合物3 (22 mg, 0.10 mmol)のジメチルフォルムアミド(DMF)溶液(1 ml)に、4-ジメチルアミノピリジン (12 mg, 0.10 mmol)と炭酸N,N'-ジサクシニミジル (77 mg, 0.30 mmol)を加えた。室温で12時間攪拌した後、反応液に1Nの塩酸溶液を加え、酢酸エチルで抽出した。有機溶剤層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物4を26 mg (収率 73%)で得た。
【0064】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 7.61 (1H, d, J = 8.0 Hz), 5.53 (1H, br), 3.32 (1H, dd, J = 2.0, 15.6 Hz), 3.03 (1H, dd, J = 4.0, 15.6 Hz), 2.81 (4H, s).
【0065】
iii)化合物5(蛍光プローブ合成中間体(QD-DIB))の合成
本実施例では蛍光プローブ合成中間体を構成する蛍光ナノ粒子として、Qdot(R) 655 ITK AMINO (PEG) (表面にアミノ基を有するCdSe/ZnS:Invitrogen社)を用いた。蛍光ナノ粒子(25 μl, 0.20 nmol)のPBS溶液(100 μl)に、上記化合物4の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol) を加えた。室温で16時間静置した後、前記反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物4を取り除いた。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ合成中間体(化合物5)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0066】
(実施例2)蛍光プローブ(QD-Biotin)の作製
本実施例では、図4の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体に蛍光標識対象物に結合しうる物質(ビオチン)を結合した蛍光プローブの作製について説明する。
【0067】
ビオチン(biotin) (244 mg, 1.0 mmol)と14-アジド-3,6,9,12-テトラオキサテトラデカン-1-アミン(14-azido-3,6,9,12-tetraoxatetradecan-1-amine) (524 mg, 2.0 mmol)の MeOH-MeCN (1: 3) (12 ml)混合溶液に、EDC (N-ethyl-N'-3- (dimethylaminopropyl) carbodiimide) (288 mg, 1.5 mmol)を加えた。室温で42時間攪拌した後、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物6を493 mg (収率 100%)で得た。
【0068】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 6.63 (1H, brt, J = 4.8 Hz), 5.86 (1H, s), 4.98 (1H, s), 4.50-4.45 (1H, m), 4.32-4.28 (1H, m), 3.70-3.56 (14H, m), 3.54 (2H, t, J = 4.8 Hz), 3.43 (2H, t, J = 4.8 Hz), 3.37 (2H, t, J = 4.8 Hz),3.14-3.10 (1H, m), 2.90 (1H, dd, J = 4.8, 13.2 Hz), 2.71 (1H, d, J =13.2 Hz), 2.21 (2H, dt, J = 2.8, 7.6 Hz), 1.78-1.60 (4H, m), 1.43 (2H, quin, J = 7.6 Hz)
【0069】
実施例1で作製した化合物5(10 μl, 0.040 nmol)のPBS 溶液(100 μl)に、前記作製した化合物6の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol)を加えた。室温で2時間静置した後、反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物6を除去した。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ(化合物7)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0070】
(実施例3)蛍光プローブ(QD-NP)の作製
本実施例では、図5の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体に蛍光標識対象物に結合しうる物質(ニトロフェニルアセチル:NP)を結合した蛍光プローブの作製について説明する。
【0071】
4-ヒドロキシ-3-ニトロフェニル酢酸(4-hydroxy-3-nitrophenylacetic acid) (197 mg, 1.0 mmol)と14-アジド-3,6,9,12-テトラオキサテトラデカン-1-アミン(14-azido-3,6,9,12-tetraoxatetradecan-1-amine) (524 mg, 2.0 mmol)のCH2Cl2 (10 ml)溶液に、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン (N,N-dimethyl-4-aminopyridine:DMAP) (183 mg, 1.5 mmol)とEDC (288 mg, 1.5 mmol)を加えた。室温で3時間攪拌した後、反応液に1Nの塩酸溶液を加え、CH2Cl2で抽出した。有機溶剤層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物8を512 mg (収率 100%)で得た。
【0072】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 10.5 (1H, s), 8.01 (1H, d, J = 2.0 Hz), 7.55 (1H, dd, J = 2.0, 8.8 Hz), 7.11 (1H, d, J = 8.8 Hz), 6.42 (1H, br), 3.68-3.56 (14H, m), 3.53 (2H, t, J = 5.2 Hz), 3.50 (2H, s), 3.43 (2H, t, J = 5.2 Hz), 3.36 (2H, t, J = 5.2 Hz)
【0073】
実施例1で作製した化合物5 (10 μl, 0.040 nmol)のPBS (100 μl)溶液に、前記作製した化合物8の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol)を加えた。室温で2時間静置した後、反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物8を除去した。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ(化合物9)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0074】
(実験例1)ビオチン-ストレプトアビジン相互作用による蛍光プローブ(QD-Biotin)(化合物7)の評価
本実験例では、ストレプトアビジンをコートしたプレートへの蛍光プローブの結合を確認することで、蛍光プローブ(QD-Biotin)の機能を評価した。ストレプトアビジンをコートした96wellプレート (Thermo社)をPBSで洗浄した後、2%BSA/ PBS溶液 (100 μl)を用いてブロッキングした。その後、実施例2で作製した蛍光プローブ(QD-Biotin)を含む溶液そのものを2 μl加え、室温で60分間作用させた。0.1% Tween-20/ PBSで2回洗浄した後、マルチプレートリーダー(FlexStationTM (Molecular Devices社)で蛍光測定を行った。
【0075】
上記の結果、蛍光プローブ(QD-Biotin)を活用した標識法について評価するため、ビオチン-ストレプトアビジン相互作用を利用したアッセイ系を用いて解析を行った。蛍光プローブ(QD-Biotin)でストレプトアビジンコートプレートを処理すると、大きな蛍光強度を示した。一方、実施例1で作製した溶液を5倍希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)で処理しても蛍光強度はほとんど示さなかった(図6参照)。つまり、本発明の蛍光プローブの作製方法により、蛍光ナノ粒子の表面に、蛍光標識対象物に結合しうる物質であるビオチン分子を導入することに成功した。
【0076】
(実験例2)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価1
本実験例では、抗原としてNP(ニトロフェニルアセチル)を特異的に認識する免疫グロブリンIgG1を高発現するA20細胞(A20/ BCR)を用いて蛍光プローブ(QD-NP)(化合物9)の評価を行なった。A20細胞(3 x 105 cells)を2% FBS/ PBS溶液(200μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。対照として、同様に実施例1で作製した溶液を50倍に希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)を作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II (BD製))で測定を行った。非特異的結合検出用に、非標識化NP (100 μM)を加えて同様の実験を行った。全結合値から非特異的結合分を引くことにより特異的結合を算出した。
【0077】
なお、上記A20細胞(A20/ BCR)は定法に準じて次のようにして作製した。すなわち、NP化ニワトリγグロブリンを免疫したマウスの脾臓B細胞からRNAを抽出し、免疫グロブリン遺伝子座(VH186.2)の可変部をPCR法にてクローニングした。また、抗体を構成するλ1軽鎖全長及びγ1重鎖の定常部を同様にPCR法でクローニングした。その後、クローニング済みのVH186.2可変部をPCR法を用いてγ1定常領域に接続することにより、NPハプテンを認識する全長γ1重鎖遺伝子を得た。γ2b重鎖を恒常的に発現しているマウスB細胞腫瘍細胞であるA20に得られたλ1軽鎖及び全長γ1重鎖の遺伝子をレトロウイルス法で導入した。NPハプテンを認識する抗原受容体が再構成されたことは、NPハプテンを結合したフィコエリスリン化牛血清アルブミンによる染色法で、フローサイトメトリー(Facs ARIATM (BD製))により確認した。
【0078】
蛍光プローブ(QD-NP)及び対照で処理した細胞について、フローサイトメトリーによるFACS解析を行った結果、蛍光プローブ合成中間体に比べて蛍光プローブ(QD-NP)で処理した場合、蛍光強度が対照に比べて約35倍増大した。上記により、本発明の方法により作製した蛍光プローブ(QD-NP)は、細胞標識に利用可能な蛍光プローブであることが確認された(図7参照)。
【0079】
(実験例3)蛍光顕微鏡イメージングによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(1 x 106 cells)を2% FBS/ PBS溶液(800 μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(8 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、2%ホルムアルデヒド/ PBS溶液(200 μl)を加え10分固定した。2% FBS-PBS溶液(8 μl)を室温で10分作用させた後に、PBSで2回洗浄した。次に得られたA20 細胞(2 x 104 cells)を集細胞遠心装置(サイトスピン(Thermo製))によりスライドガラス(Matsunami製)に播種し、グリセロールによりカバーグラス下に封入して蛍光顕微鏡観察(Carl Zeiss製)を行った。
【0080】
蛍光プローブ(QD-NP)(化合物9)、対照として実施例1で作製した溶液を50倍希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)を用いて処理した細胞について蛍光顕微鏡実験を行った結果、化合物9ではA20/ BCR細胞が染色され、一方化合物5では染色されなかった。つまり、本法により合成した分子プローブは、非特異的吸着のようなバックグランドが少なく、細胞のイメージング研究に効果的に活用できることが分かった(図8参照)。
【0081】
(実験例4)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価2
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(A20/ BCR)と、BCRを発現していないA20細胞(A20(-))について、各々3 x 105 cellsを2% FBS/ PBS溶液(200 μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II(ベクトン・ディッキンソン社))で測定し、解析した。
【0082】
蛍光プローブ(QD-NP)を用いて、A20/ BCR及びA20(-)の各細胞についてイメージング実験を行った結果、蛍光プローブ(QD-NP)により高親和性BCRを発現するA20/ BCR細胞が選択的に標識されることが確認された(図9参照)。つまり、本発明の方法により作製した分子プローブは、蛍光顕微鏡イメージングだけでなく、FACSイメージングにも適応できることが分かった。
【0083】
(実験例5)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価3
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(A20/ BCR)(3 x 105 cells)を2% FBS/ PBS溶液(200μl)に懸濁し、0.16〜20μMの濃度に希釈した拮抗剤(NP)又は非拮抗剤(2,4-ジニトロフェノール(DNP))(2 μl)で処理した。次いで、10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II(ベクトン・ディッキンソン社))で測定し、解析した。
【0084】
分子プローブを合成する際に最も懸念されるのは、標識化により受容体など標的分子への特異性が損なわれることである。そこで本法により合成した分子プローブの特異性を確かめるため、拮抗剤を添加する競合阻害実験を行った。拮抗剤として非標識のNPを加えると、添加した非標識NPの濃度に依存して蛍光強度が低下した。一方、NP高親和性BCRに親和性を有さない(非拮抗性の)DNPを添加しても、蛍光強度に大きな変化は観測されなかった(図10参照)。つまり、蛍光プローブ(QD-NP)はBCR特異的な蛍光プローブであることが確認された。以上により、本発明の蛍光プローブの作製方法は、簡便かつ汎用性の高い優れた方法ということができる。
【0085】
(実験例6及び比較例)フルオレセイン誘導体の蛍光プローブを使用した場合の評価
本発明の蛍光プローブの有用性を確認するために、有機系蛍光色素を用いた蛍光プローブ(蛍光性NP)と本発明の蛍光プローブ(QD-NP)による比較実験を行った。有機系蛍光色素の代表であるフルオレセイン誘導体を用いて、リンカーを介してNPを導入し、蛍光性NPを合成した。次いで、実験例4で示した実験方法に従い、A20/ BCR細胞を用いたFACS解析に付した。その結果、比較例の蛍光プローブ(蛍光性NP)で処理した場合は、拮抗剤(非標識NP)100μMの添加有無によってその蛍光強度は低下することはなく、非常に高い非特異的結合が認められた。これに対し、本発明のQD-NPの場合は拮抗剤の有無によって明確な蛍光強度の差が見られた(図11参照)。つまり、本発明の蛍光プローブ(QD-NP)は、従来の有機系蛍光色素などを用いた蛍光プローブで大きな障害となる非特異的吸着を抑制することができ、優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
以上詳述したように、本発明の蛍光プローブは、非特異的結合が抑えられ、極めて特異性の高い優れた蛍光プローブということができる。本発明の蛍光プローブは、細胞の蛍光標識やイメージング、そしてバイオセンサー等の標的分子の高感度検出に用いることができる。例えば、蛍光プレートリーダーやフローサイトメトリーによる高感度検出、蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡などによるin vitroイメージング、そして生体in vivo等に利用することができる。さらに、本発明の蛍光プローブの作製方法によれば、縮合剤などの試薬を特に用いることなく、簡便かつ効率的に本発明の蛍光プローブを作製することができるので、蛍光プローブライブラリの構築や蛍光ビーズ等、固相の蛍光プローブの作製も容易に行うことができる。また、反応の選択性が高くまた反応効率もよいので、目的とする蛍光プローブを容易に精製することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞等の標識化やイメージングに有用な蛍光プローブに関する。より詳しくは、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
抗体等のタンパク質や低分子化合物を結合させた蛍光プローブは、生体や細胞における生体分子のイメージングに有用であり、従来、フルオレセイン誘導体、ローダミン誘導体、ヒドラジド誘導体、シアニン系色素などの有機系蛍光物質が広く用いられている。
【0003】
標識化やイメージングに用いる蛍光プローブは、標的分子を特異的に検出でき、標的分子以外の生体分子への非特異的な結合等による影響が無い或いは低減されていることが必要である。しかし、例えば、フルオレセイン誘導体の蛍光プローブを使用した場合、細胞等への非特異的結合があることも少なくない。また蛍光強度としても十分でないこともあり、蛍光プローブの開発は未だ十分とはいえない。
【0004】
近年、蛍光物質として量子ドットを用いて蛍光プローブを作製することが提案されている(非特許文献1:S. Nie et al, Engineering Luminescent Quantum Dots for In Vivo Molecular and Cellular Imaging. Annals of Biomedical Engineering, 2006, 34, 3-14.)。当該蛍光プローブの作製にあたり、蛍光標識対象物、具体的には抗体、タンパク質等の生理活性物質や低分子化合物などの物質を直接量子ドットと縮合反応していた。かかる縮合反応としては、チオール交換反応、アミノ基又はカルボン酸のアミド化等の方法が多く用いられる。しかし、生理活性を有するタンパク質等のチオール基、アミノ基、カルボン酸は、活性にも重要な官能基であるため、量子ドットとタンパク質等の縮合反応を行うに際しては、そのような重要な官能基が量子ドットと反応しないように保護する必要があった。しかしながら、量子ドットと生理活性を有するタンパク質等との縮合反応における分子設計が不十分である場合には、重要な官能基が量子ドットと結合してしまい、得られた蛍光プローブは生理活性物質の機能・性質を反映していないという問題が生じる場合があった。
【0005】
アルキン誘導体とアジド化合物の縮合は、Huisgen反応としても知られる1,3-環化付加反応により行われる。Huisgen反応は、アルキン化合物の三重結合とアジド基を加熱条件により縮合させる反応である。ゲルや固相担体に8員環アルキン誘導体を結合させておき、これにアジド化した有機系蛍光色素や酵素(β−Gal)を反応させることによって、当該色素や酵素が8員環アルキン誘導体と結合して当該ゲルや固相担体に固定化(immobilization)できることが報告されている(非特許文献2:K. Ebisu et al., N-terminal Specific Point-Immobilization of Active Proteins by the One-Pot NEXT-A Method. ChemBIoChem., 2009, 10,2460-2464)。しかしながら、蛍光物質と蛍光標識対象物を8員環アルキンやアジド化合物を介して結合させるものではない。
【0006】
簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が無いか、又は低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブの開発が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Annals of Biomedical Engineering, 2006, 34, 3-14
【非特許文献2】ChemBioChem., 2009, 10,2460-2464
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブを提供することを課題とする。また、そのような蛍光プローブを作製する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決するためにアルキン誘導体とアジド化合物の縮合反応に着目し、鋭意研究を重ねた結果、量子ドット等の蛍光性ナノ粒子に8員環アルキン誘導体としてシクロオクタンのアルキン誘導体を結合させて得られる中間体(当該結合体を、以下「蛍光プローブ合成中間体」という。)と、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を縮合させることで、上記課題が解決しうることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.下記の一般式(I)で表される蛍光プローブ。
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
2.下記の一般式(III)で表される、前項1に記載の蛍光プローブ。
【化3】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
3.一般式(III)で表わされる蛍光プローブにおいて、Yが−NH−CO−O−である前項2に記載の蛍光プローブ。
4.下記の一般式(IV)で表される蛍光プローブ合成中間体。
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
5.下記の一般式(V)で表される、前項4に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【化5】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
6.一般式(V)で表わされる蛍光プローブ合成中間体において、Yが−NH−CO−O−である前項5に記載の蛍光プローブ合成中間体。
7.以下の工程を含む、前項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体の作製方法:
1)カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)シクロオクタンのアルキン誘導体に、上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基を導入して、当該官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で調製された各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体を結合する工程。
8.以下の工程を含む、前項1〜3のいずれか1に記載の蛍光プローブの作製方法:
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)前項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体と、上記A)の工程で導入されたアジド基とを結合する工程。
【発明の効果】
【0011】
本発明の蛍光プローブは、親水性量子ドット等の蛍光性ナノ粒子を用いており、有機系蛍光色素などと比べて非常に明るく光安定性に優れる蛍光プローブである。また、蛍光性ナノ粒子表面には複数のアミノ基などの反応点が存在するため、蛍光標識対象物と結合しうる物質を本発明の蛍光性ナノ粒子表面に多数導入することができる。そのため、本発明の蛍光プローブは、非特異的結合が抑えられ、極めて特異性の高い蛍光プローブということができる。本発明の蛍光プローブは、フローサイトメトリーによる解析や顕微鏡解析に利用することができる。
【0012】
さらに、本発明の蛍光プローブの作製方法によれば、反応の選択性が高く、また反応効率もよいので、蛍光プローブライブラリや、目的とする蛍光プローブを容易に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1−1】式(I)におけるトリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体の例を示す図である。
【図1−2】式(III)におけるシクロオクタンのアルキン誘導体の例を示す図である。
【図1−3】式(III)の蛍光プローブ合成中間体さらには式(I)の蛍光プローブの合成に使用可能なシクロオクタンのアルキン誘導体の原料化合物の例を示す図である。
【図2】本発明の蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体の反応態様を示す図である。
【図3】本発明の蛍光プローブ合成中間体の合成スキームを示す図である。(実施例1)
【図4】本発明の蛍光プローブ(QD-Biotin)の合成スキームを示す図である。(実施例2)
【図5】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の合成スキームを示す図である。(実施例3)
【図6】本発明の蛍光プローブ(QD-Biotin)のストレプトアビジンとの結合効果を示す図である。(実験例1)
【図7】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の細胞表面抗体とのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例2)
【図8】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)の細胞表面抗体イメージング効果を示す図である。(実験例3)
【図9】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)について、細胞表面に抗体が発現している場合(A20/BCR)と発現していない場合(A20(-))でのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例4)
【図10】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)とその非標識拮抗剤又は非拮抗剤を添加したときのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例5)
【図11】本発明の蛍光プローブ(QD-NP)又は有機系蛍光物質によるプローブ(蛍光性NP)について、それぞれ拮抗剤を用いたときと用いなかったときのフローサイトメトリーによる分析結果を示す図である。(実験例6及び比較例)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、細胞等の標識化やイメージングに有用な蛍光プローブに関する。より詳しくは、簡便に合成することができ、細胞等の生体分子への非特異的結合が低減され、かつ、良好な蛍光強度で標識化やイメージングすることができる蛍光プローブに関する。本発明の蛍光プローブは、以下の一般式(I)に示す構造からなり、蛍光性ナノ粒子(X)、トリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体(環A)及び蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)から構成され、XはYを介して環Aと結合する。
【0015】
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらにベンゼン環などの芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【0016】
【化2】
【0017】
本発明は、上記蛍光プローブを作製するための蛍光プローブ合成中間体にも及ぶ。本発明の蛍光プローブ合成中間体は、以下の一般式(IV)に示す構造からなり、蛍光性ナノ粒子(X)及びシクロオクタンのアルキン誘導体(環A')から構成される。
【0018】
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらにベンゼン環などの芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【0019】
【化2】
【0020】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるYにおいて、NHとCOがリンカーを介して結合する場合、リンカーとはNHとCOを結合しうるものであればよく、特に限定されないが、例えば、炭素数1〜20、好ましくは、1〜12のアルキレン基或いはアルキレンオキシ基の両末端にアミノ基又はカルボン酸の基を有する化合物などが挙げられる。具体的には、以下の式(VI)又は式(VII)に示すような化合物が例示される。
【0021】
【化6】
【0022】
【化7】
【0023】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるYのうち、Wがアルキレン基、アルキレンオキシ基又はアルキレンカルボニル基の場合、それらアルキレン基の炭素数は1〜3、特に1が好ましい。また、Wが−Ph−B−の場合は、Bのアルキレン基又はアルキレンオキシ基の炭素数は1〜3、特に1が好ましい。本発明においては、Wが酸素原子であるものが特に好ましい。
【0024】
上記一般式(I)又は(IV)に表されるRがアルキル基又はアルコキシ基の場合は、炭素数は1〜3、特に1が好ましい。また、Rがハロゲン原子の場合は、フッ素原子であるのが好ましい。
【0025】
好ましい蛍光プローブは、以下の式(III)に示され、蛍光プローブ合成中間体は式(V)に示される。さらにこれら式中、Yが−NH−CO−O−のものが好ましい。
【0026】
【化3】
【0027】
【化5】
【0028】
また、本発明には、式(I)で示される蛍光プローブ又は蛍光プローブライブラリを製造するための蛍光プローブ合成中間体(IV)の使用も含まれる。ここで、蛍光プローブライブラリとは、式(I)で示される本発明の蛍光プローブにおけるZ、すなわち、蛍光標識対象物に結合しうる物質が相違する複数種のプローブを組み合わせたプローブライブラリを意味する。
【0029】
以下詳細に、本発明の蛍光プローブの構成を構成する蛍光性ナノ粒子(X)、シクロオクタンの誘導体(環A)及び蛍光標識対象物について、各々詳述し、さらに本発明の蛍光プローブの作製方法についても詳述する。
【0030】
1.蛍光性ナノ粒子(X)について
本発明の蛍光プローブにおける蛍光性ナノ粒子としては、通常、40 nm以下、好ましくは10〜30 nm程度の粒径を有し、紫外線やX線などの短波長の光を照射することによって蛍光を発する粒子が挙げられる。また、本発明の蛍光性ナノ粒子は、水分散性であることが好ましく、例えば粒子の表面が親水化処理されているのが好適である。例えば、半導体物質をコア(核)とし、その電子を3次元全ての方向から閉じ込めるように外側を被覆した、所謂、コアシェル構造の粒子の表面を親水化処理した蛍光性ナノ粒子である親水性量子ドットが好適である。
【0031】
本発明において親水性量子ドットとは、例えばセレン化カドミウム(CdSe)などの半導体をコアとし、硫化亜鉛(ZnS)などで被覆したコアシェル構造の数 nm程度の大きさのナノ粒子の表面を、さらに親水化処理して得られる、通常、40 nm以下、好ましくは10〜30 nm程度の粒径を有するものである。親水性量子ドットは、有機系蛍光色素や蛍光タンパク質に比べて非常に強い蛍光を持ち、そのコアシェル構造の粒子サイズに依存して異なる蛍光を発する。例えば、コアシェル構造の粒子サイズが2 nmでは青色、3 nmでは緑色、4 nmでは黄色の蛍光を発し、また5 nmでは赤色の蛍光を発する。またこのような量子ドットは、有機系蛍光色素に比べて光安定性に優れ退色しにくいこと、蛍光スペクトル幅が非常に狭いこと、一種類の光源で様々な蛍光波長で励起できる等の特徴を有する。そのため、高感度検出やマルチカラーイメージングなどバイオイメージングへの応用研究が精力的になされている材料である。
【0032】
親水性量子ドットの光学特性は、コアとなる半導体物質により大きく変化する。半導体物質としては、ZnS, ZnSe, CdS, CdSe, CdTe, PbS, InAs, InP等が挙げられる。例えば、このコア半導体としてのCdSeをZnSで被覆したコアシェル構造のCdSe/ ZnS(CdSeの粒子をZnSで被覆した粒子を意味する。以下同様。)は、量子収率が高く、またフローサイトメトリーに利用できる可視光領域の蛍光を示すことから、本発明の蛍光プローブに適している。また、InPをZnSで被覆したInP/ ZnSも適している。
【0033】
コアシェル構造の粒子は通常10 nm以下、好ましくは、2〜8 nmの粒径のものが使用されるが、使用するコアシェル構造の粒子の粒径により、発する蛍光の波長が異なる。例えば、コアシェル構造の粒径が5〜8 nmであれば、それに依存して500〜800 nmの範囲の蛍光を発する量子ドットを容易にうることができるので、使用目的に応じて各種の蛍光波長を示す蛍光プローブの合成が可能である。例えば、フローサイトメトリーへの応用を考えた場合、蛍光強度が強く、マルチカラー解析で汎用されるFITCやPEと蛍光波長の重なりが少ない625 nmや655 nmの蛍光を発する親水性量子ドットが好適である。また、生体イメージングへ応用する場合には、生体の窓と呼ばれ、生体透過性が高い近赤外領域(650〜1000 nm)の蛍光を発する親水性量子ドットが適する。
【0034】
親水性量子ドットは、従来の有機系蛍光色素とは異なり、短波長になるほど強い蛍光を発することが特徴である。そのため、本発明の蛍光プローブをフローサイトメトリーで使用する場合は、UVレーザー(355 nm)やバイオレットレーザー(405 nm)で励起するのが好適である。
【0035】
コアシェル構造の粒子は疎水性が高く水中では凝集・沈殿し易いので、種々の表面修飾法により親水化し、蛍光プローブの合成には親水化表面処理の施された親水性量子ドットを使用する。親水化処理は、例えば、メルカプト基と共にカルボキシル基やアミノ基などの親水性基を有する化合物、具体的には、メルカプト酢酸、メルカプトコハク酸、システインやジヒドロリボ酸などで当該粒子の表面を被覆し、チオール基を共有結合的に配位させることでカルボン酸を導入することにより親水性量子ドットを合成することができる。この他にも 、ポリアクリル酸エステル、ポリアクリル酸ブチル、ポリメタクリル酸を構成成分とする両親媒性ポリマーやシリカで被覆する方法、リン脂質などの界面活性剤を用いてミセル化する方法などがある。
【0036】
さらに、親水性量子ドットの表面をポリエチレングリコール(PEG)などのポリエーテル等で修飾することで、非特異的な吸着を抑制することができるので好適である。このような親水性量子ドットとして、Qdot(R)ナノクリスタルやeFluorTMナノクリスタル等がInvitrogen社やEvident Technologies社で市販されており、入手することができる。
【0037】
本発明の蛍光プローブには、上述のようにコアシェル構造の粒子を親水化処理し、また適宜、非特異的な吸着の抑制処理をした、通常40 nm以下、好ましくは、10〜30 nm程度の粒径の蛍光性ナノ粒子が好適に使用できる。
【0038】
本発明においては、シクロオクタンのアルキン誘導体と上記蛍光性ナノ粒子を結合するために、蛍光性ナノ粒子の表面にカルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入されたものを使用するが、上記親水化処理によってアミノ基やカルボン酸基等が導入されているものは、それをそのまま使用することができる。
【0039】
2.環A及び環A'について
式(I)の本発明の蛍光プローブにおける環Aは、トリアゾール環と縮合したシクロオクタンの誘導体であり、例えば、図1−1の(a)〜(f)に示すようなものが挙げられる。また、式(IV)の中間体における環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体であり、例えば、図1−2の(a-1)〜(f-1)に示すようなものが挙げられる。
【0040】
式(IV)の中間体における「−Y−環A'」の部分は、例えば、図1−3の(a-1-1)、(a-1-2)、(b-1-1)、(c-1-1)、(d-1-1)、(d-1-2)、(e-1-1)、(f-1-1)に示すようなシクロオクタンのアルキン誘導体を使用することによって形成される。さらに、上記「−Y−環A'」のアルキン部分にアジド基を有する化合物を反応させることにより、式(I)の蛍光プローブにおける「−Y−環A−」の部分が形成される。
【0041】
ここで、アルキンとは、分子内に炭素間三重結合を1個だけ有する炭化水素の総称である。本発明で使用できるシクロオクタンのアルキン誘導体の原料化合物としては特に限定されないが、中でも、大きな反応速度を示し、安定性に優れる図1−3の(f-1-1)に記載した3-ヒドロキシ-1,2:5,6-ジベンゾシクロオクタ-1,5,7-トリエン(3-hydroxy-1,2:5,6-dibenzocycloocta-1,5,7-triene)(DIB)(X. Ning et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2008, 47, 2253)が好適に使用できる。また、シクロオクタンのアルキン部分の隣接位にフッ素原子を2つ導入し、反応性を改善することで、上記化合物と同程度の反応速度を示す図1−3の(c-1-1)、(d-1-1)、(d-1-2)に記載したジフルオロ シクロオクチン(difluorinated cyclooctyne)誘導体 (J.A. Codelli, et al., JACS 2008, 130, 11486.)も好適に使用できる。
【0042】
3.蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)について
本発明の蛍光プローブにより標識される蛍光標識対象物は、細胞、組織、タンパク質、ペプチド、遺伝子、糖鎖等が挙げられ、特に限定されるものではない。このような蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)としては、蛍光標識対象物質に結合しうる物質であればよく、低分子化合物であってもよいし、タンパク質、糖質、核酸等の高分子物質であってもよく、特に限定されない。例えば、蛍光標識対象物が組織や細胞の場合は、Zは当該組織や細胞の表面に発現している物質と相互作用しうる物質が挙げられる。蛍光標識対象物がタンパク質の場合は、Zは当該タンパク質を特異的に認識しうる抗体、ペプチド、又は当該タンパク質の受容体や当該タンパク質に結合しうる低分子化合物等が挙げられ、例えば蛍光標識対象物が7回膜貫通型受容体(GPCR)などの細胞表面受容体の場合は、Zは当該受容体等に結合する化合物、具体的には、ヒスタミン受容体に結合するジフェンヒドラミンやメピラミン等の拮抗剤等が挙げられる。蛍光標識対象物がストレプトアビジンの場合はZとしてビオチンが挙げられる。
【0043】
4.蛍光プローブ合成中間体の作製方法について
本発明の蛍光プローブを作製するために蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体の結合体を作製する。この本発明の蛍光プローブ合成中間体は、少なくとも以下の1)〜3)の工程を含む方法で作製することができる。本発明は、当該蛍光プローブ合成中間体にも及び、その作製方法にも及ぶ。
【0044】
1 )カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体を、縮合反応又はリンカーを介した反応により結合する工程。
【0045】
上記において、工程1)と2)の順序は、何れが先であってもよい。例えば2)の工程を先に行なう場合は、シクロオクタンのアルキン誘導体に、カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基を導入するなどによってこれら官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程とし、当該工程でシクロオクタンのアルキン誘導体に導入された各種官能基と反応しうる官能基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程、と解釈して作製することができる。
【0046】
蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体を結合するには、シクロオクタンのアルキン誘導体及び蛍光性ナノ粒子にそれぞれ反応しうる組み合わせの官能基を導入し、それらを反応させることによって結合することができる。当該官能基としては、カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、活性エステル基などが好適であり、これらの官能基を組み合わせて導入することができる。かかる組み合わせとしては、カルボン酸基とアミノ基、マレイミド基とチオール基、アミノ基と炭酸エステル基、アミノ基と活性エステル基が挙げられる。例えば、以下の表1に示す組み合わせが考えられる。また、図2にこれらの反応例を模式的に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
上記官能基を導入する方法は、特に限定されず、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができる。例えば、メルカプト酢酸やジヒドロリボ酸などのチオール基をコアシェル構造の粒子の表面に共有結合的に配位させる方法などによりカルボン酸を導入できる。また、ポリエチレンイミン等のポリマーで被覆することでコアシェル構造の粒子の表面にアミノ基を導入できる。また、4-マレイミド酪酸サクシニミジルエステルなどの架橋試薬を用いてコアシェル構造の粒子の表面のアミノ基と縮合することでマレイミド基を導入できる。もとより上述の親水化処理によってアミノ基やカルボン酸基などが導入されている蛍光性ナノ粒子はそれをそのまま使用することができる。
【0049】
蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体が、表1又は図2のような官能基を有する場合はそれを直接使用して結合させることができる。例えば、前述のDIBのようなヒドロキシ基を有するシクロオクタンのアルキン誘導体の場合には、当該シクロオクタンのアルキン誘導体を炭酸N,N'-ジサクシニミジルと縮合反応することによって炭酸エステル基を導入することができる。さらに、この炭酸エステル基に、両端にアミノ基を有するリンカー、例えばアルキレン基又はPEGなどのアルキレンオキシ基を介してアミノ基を有するリンカーを反応させることによってアミノ基を導入することができる。また、一端にアミノ基もう一方にカルボン酸基又はチオール基を有するリンカーを反応させるとカルボン酸基又はチオール基を導入することができる(図2参照)。
【0050】
蛍光性ナノ粒子とシクロオクタンのアルキン誘導体の反応は、蛍光性ナノ粒子1 molに対してシクロオクタンのアルキン誘導体を過剰量、通常、20〜500 mol、好ましくは50〜300 molの割合で反応させる。なお説明を簡便にするために、本明細書に示す反応式、一般式及び図2の反応模式図において、蛍光性ナノ粒子表面の1つの反応点(アミノ基など)における反応等について説明しているが、本発明の蛍光性ナノ粒子表面には、通常、複数の反応点が存在する。例えば市販されている蛍光性ナノ粒子表面、例えば親水性量子ドットでは表面に80〜100個程度のアミノ基を有するものを入手することができる。よって本発明は、前記一般式(I)及び一般式(IV)において、それぞれ下記一般式(VIII)及び一般式(IX)の部分がXに対して複数個結合している場合を包含する。
【0051】
【化8】
【0052】
【化9】
【0053】
5.蛍光プローブの作製方法について
本発明の蛍光プローブは、本発明の「蛍光プローブ合成中間体」と「蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)」を結合することにより作製することができる。本発明の蛍光プローブ合成中間体は、少なくとも以下のA)及びB)の工程を含む方法で作製することができる。本発明は、蛍光プローブの作製方法にも及ぶ。
【0054】
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)上記A)で導入されたアジド基と蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体とを反応させる工程。
【0055】
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する方法
本発明の蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する方法は、自体公知の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができ、特に限定されるものではない。例えば、アジ化物イオンの高い求核性を利用してハロゲン化アルキルやスルホン酸エステルなどに対するSN2反応により導入することができる。また、アジド基とアミノ基を同一分子内に有する化合物を用いれば、低分子化合物中のカルボン酸との縮合反応により導入することができる。アミノ基以外にカルボン酸やアルデヒドなどの官能基を同一分子内に有する化合物を用いれば、低分子化合物中のアミノ基との反応によりアジド基を導入することができる。
【0056】
物質Zとして抗体を使用する場合、抗体は、分子内にジスルフィド結合を有するので、これを還元して得られるSH基を標識に利用すること事ができる。こうして得られたSH基は抗原認識とは無関係のため、SH基を利用しても抗体の特異性が損なわれない利点がある。まず、抗体分子をタンパク分解酵素ペプシンおよびパパインで処理することにより、Fabフラグメントを調製する。こうして調製したFabフラグメントはSH基を有しており、次の反応に利用できる。アジド基とマレイミド基を分子内に有する架橋試薬を用いてFabフラグメントを処理すると、Fabフラグメント中のSH基とマレイミド基との反応が選択的に進行し、アジド化されたFabフラグメントの合成ができる。これをシクロオクタンのアルキン誘導体と反応することにより、標識化抗体が合成できる。
【0057】
以下、アジド基が導入された蛍光標識対象物に結合しうる物質を、便宜上「アジド基含有物質」という。
【0058】
B)蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質との縮合反応
蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質との縮合反応は、上記A)で蛍光標識対象物に導入されたアジド基と蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体とを縮合反応させることにより行うことができる。当該シクロオクタンのアルキン誘導体とアジド基の反応は、自体公知の方法、例えばJACS 2004, 126, 15046や非特許文献2に記載の方法、又は今後開発されるあらゆる方法を適用することができる。シクロオクタンのアルキン誘導体とアジド基の反応は非常に効率的であるため、本発明の蛍光プローブ合成中間体とアジド基含有物質は、室温で数時間反応させるのみで縮合反応させることができ、特に縮合剤などの試薬を用いなくとも、蛍光プローブを容易に作製することができる。
【0059】
6.細胞の蛍光標識及びイメージング方法の説明
本発明の蛍光プローブは、細胞の蛍光標識やイメージング、そしてバイオセンサー等標的分子の高感度検出などに用いることができる。例えば、蛍光プレートリーダーやフローサイトメトリーによる高感度検出、蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡などによるin vitroイメージング、そして生体in vivoイメージングなどに利用することができる。
【実施例】
【0060】
以下に、本発明の理解を深めるために、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲内で種々の応用が可能である。
【0061】
(実施例1)蛍光プローブ合成中間体の作製
本実施例では、図3の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体の作製について説明する。
【0062】
i)化合物1−3の合成
化合物1−3は、既知文献(X. Ning et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 2253)に従い、合成した。
【0063】
ii)化合物4の合成
化合物3 (22 mg, 0.10 mmol)のジメチルフォルムアミド(DMF)溶液(1 ml)に、4-ジメチルアミノピリジン (12 mg, 0.10 mmol)と炭酸N,N'-ジサクシニミジル (77 mg, 0.30 mmol)を加えた。室温で12時間攪拌した後、反応液に1Nの塩酸溶液を加え、酢酸エチルで抽出した。有機溶剤層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物4を26 mg (収率 73%)で得た。
【0064】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 7.61 (1H, d, J = 8.0 Hz), 5.53 (1H, br), 3.32 (1H, dd, J = 2.0, 15.6 Hz), 3.03 (1H, dd, J = 4.0, 15.6 Hz), 2.81 (4H, s).
【0065】
iii)化合物5(蛍光プローブ合成中間体(QD-DIB))の合成
本実施例では蛍光プローブ合成中間体を構成する蛍光ナノ粒子として、Qdot(R) 655 ITK AMINO (PEG) (表面にアミノ基を有するCdSe/ZnS:Invitrogen社)を用いた。蛍光ナノ粒子(25 μl, 0.20 nmol)のPBS溶液(100 μl)に、上記化合物4の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol) を加えた。室温で16時間静置した後、前記反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物4を取り除いた。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ合成中間体(化合物5)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0066】
(実施例2)蛍光プローブ(QD-Biotin)の作製
本実施例では、図4の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体に蛍光標識対象物に結合しうる物質(ビオチン)を結合した蛍光プローブの作製について説明する。
【0067】
ビオチン(biotin) (244 mg, 1.0 mmol)と14-アジド-3,6,9,12-テトラオキサテトラデカン-1-アミン(14-azido-3,6,9,12-tetraoxatetradecan-1-amine) (524 mg, 2.0 mmol)の MeOH-MeCN (1: 3) (12 ml)混合溶液に、EDC (N-ethyl-N'-3- (dimethylaminopropyl) carbodiimide) (288 mg, 1.5 mmol)を加えた。室温で42時間攪拌した後、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物6を493 mg (収率 100%)で得た。
【0068】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 6.63 (1H, brt, J = 4.8 Hz), 5.86 (1H, s), 4.98 (1H, s), 4.50-4.45 (1H, m), 4.32-4.28 (1H, m), 3.70-3.56 (14H, m), 3.54 (2H, t, J = 4.8 Hz), 3.43 (2H, t, J = 4.8 Hz), 3.37 (2H, t, J = 4.8 Hz),3.14-3.10 (1H, m), 2.90 (1H, dd, J = 4.8, 13.2 Hz), 2.71 (1H, d, J =13.2 Hz), 2.21 (2H, dt, J = 2.8, 7.6 Hz), 1.78-1.60 (4H, m), 1.43 (2H, quin, J = 7.6 Hz)
【0069】
実施例1で作製した化合物5(10 μl, 0.040 nmol)のPBS 溶液(100 μl)に、前記作製した化合物6の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol)を加えた。室温で2時間静置した後、反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物6を除去した。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ(化合物7)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0070】
(実施例3)蛍光プローブ(QD-NP)の作製
本実施例では、図5の合成スキームを参照し、蛍光プローブ合成中間体に蛍光標識対象物に結合しうる物質(ニトロフェニルアセチル:NP)を結合した蛍光プローブの作製について説明する。
【0071】
4-ヒドロキシ-3-ニトロフェニル酢酸(4-hydroxy-3-nitrophenylacetic acid) (197 mg, 1.0 mmol)と14-アジド-3,6,9,12-テトラオキサテトラデカン-1-アミン(14-azido-3,6,9,12-tetraoxatetradecan-1-amine) (524 mg, 2.0 mmol)のCH2Cl2 (10 ml)溶液に、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン (N,N-dimethyl-4-aminopyridine:DMAP) (183 mg, 1.5 mmol)とEDC (288 mg, 1.5 mmol)を加えた。室温で3時間攪拌した後、反応液に1Nの塩酸溶液を加え、CH2Cl2で抽出した。有機溶剤層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸マグネシウムで乾燥し、溶剤を減圧下で留去して、粗生成物を得た。これをシリカゲルクロマトグラフィーにより精製し、化合物8を512 mg (収率 100%)で得た。
【0072】
1H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 10.5 (1H, s), 8.01 (1H, d, J = 2.0 Hz), 7.55 (1H, dd, J = 2.0, 8.8 Hz), 7.11 (1H, d, J = 8.8 Hz), 6.42 (1H, br), 3.68-3.56 (14H, m), 3.53 (2H, t, J = 5.2 Hz), 3.50 (2H, s), 3.43 (2H, t, J = 5.2 Hz), 3.36 (2H, t, J = 5.2 Hz)
【0073】
実施例1で作製した化合物5 (10 μl, 0.040 nmol)のPBS (100 μl)溶液に、前記作製した化合物8の10 mM DMSO溶液 (5 μl, 50 nmol)を加えた。室温で2時間静置した後、反応液にPBS (400 μl)を加え、遠心ろ過用デバイス(10K Nanosep(R)フィルター (Paul製))に移した。4℃、7000回転で10分間の遠心処理による洗浄操作を3回行い、過剰の化合物8を除去した。遠心ろ過用デバイスから蛍光プローブ(化合物9)の溶液を回収し、PBSを適量加えて50 μlに調製した。
【0074】
(実験例1)ビオチン-ストレプトアビジン相互作用による蛍光プローブ(QD-Biotin)(化合物7)の評価
本実験例では、ストレプトアビジンをコートしたプレートへの蛍光プローブの結合を確認することで、蛍光プローブ(QD-Biotin)の機能を評価した。ストレプトアビジンをコートした96wellプレート (Thermo社)をPBSで洗浄した後、2%BSA/ PBS溶液 (100 μl)を用いてブロッキングした。その後、実施例2で作製した蛍光プローブ(QD-Biotin)を含む溶液そのものを2 μl加え、室温で60分間作用させた。0.1% Tween-20/ PBSで2回洗浄した後、マルチプレートリーダー(FlexStationTM (Molecular Devices社)で蛍光測定を行った。
【0075】
上記の結果、蛍光プローブ(QD-Biotin)を活用した標識法について評価するため、ビオチン-ストレプトアビジン相互作用を利用したアッセイ系を用いて解析を行った。蛍光プローブ(QD-Biotin)でストレプトアビジンコートプレートを処理すると、大きな蛍光強度を示した。一方、実施例1で作製した溶液を5倍希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)で処理しても蛍光強度はほとんど示さなかった(図6参照)。つまり、本発明の蛍光プローブの作製方法により、蛍光ナノ粒子の表面に、蛍光標識対象物に結合しうる物質であるビオチン分子を導入することに成功した。
【0076】
(実験例2)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価1
本実験例では、抗原としてNP(ニトロフェニルアセチル)を特異的に認識する免疫グロブリンIgG1を高発現するA20細胞(A20/ BCR)を用いて蛍光プローブ(QD-NP)(化合物9)の評価を行なった。A20細胞(3 x 105 cells)を2% FBS/ PBS溶液(200μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。対照として、同様に実施例1で作製した溶液を50倍に希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)を作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II (BD製))で測定を行った。非特異的結合検出用に、非標識化NP (100 μM)を加えて同様の実験を行った。全結合値から非特異的結合分を引くことにより特異的結合を算出した。
【0077】
なお、上記A20細胞(A20/ BCR)は定法に準じて次のようにして作製した。すなわち、NP化ニワトリγグロブリンを免疫したマウスの脾臓B細胞からRNAを抽出し、免疫グロブリン遺伝子座(VH186.2)の可変部をPCR法にてクローニングした。また、抗体を構成するλ1軽鎖全長及びγ1重鎖の定常部を同様にPCR法でクローニングした。その後、クローニング済みのVH186.2可変部をPCR法を用いてγ1定常領域に接続することにより、NPハプテンを認識する全長γ1重鎖遺伝子を得た。γ2b重鎖を恒常的に発現しているマウスB細胞腫瘍細胞であるA20に得られたλ1軽鎖及び全長γ1重鎖の遺伝子をレトロウイルス法で導入した。NPハプテンを認識する抗原受容体が再構成されたことは、NPハプテンを結合したフィコエリスリン化牛血清アルブミンによる染色法で、フローサイトメトリー(Facs ARIATM (BD製))により確認した。
【0078】
蛍光プローブ(QD-NP)及び対照で処理した細胞について、フローサイトメトリーによるFACS解析を行った結果、蛍光プローブ合成中間体に比べて蛍光プローブ(QD-NP)で処理した場合、蛍光強度が対照に比べて約35倍増大した。上記により、本発明の方法により作製した蛍光プローブ(QD-NP)は、細胞標識に利用可能な蛍光プローブであることが確認された(図7参照)。
【0079】
(実験例3)蛍光顕微鏡イメージングによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(1 x 106 cells)を2% FBS/ PBS溶液(800 μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(8 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、2%ホルムアルデヒド/ PBS溶液(200 μl)を加え10分固定した。2% FBS-PBS溶液(8 μl)を室温で10分作用させた後に、PBSで2回洗浄した。次に得られたA20 細胞(2 x 104 cells)を集細胞遠心装置(サイトスピン(Thermo製))によりスライドガラス(Matsunami製)に播種し、グリセロールによりカバーグラス下に封入して蛍光顕微鏡観察(Carl Zeiss製)を行った。
【0080】
蛍光プローブ(QD-NP)(化合物9)、対照として実施例1で作製した溶液を50倍希釈した蛍光プローブ合成中間体(化合物5)を用いて処理した細胞について蛍光顕微鏡実験を行った結果、化合物9ではA20/ BCR細胞が染色され、一方化合物5では染色されなかった。つまり、本法により合成した分子プローブは、非特異的吸着のようなバックグランドが少なく、細胞のイメージング研究に効果的に活用できることが分かった(図8参照)。
【0081】
(実験例4)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価2
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(A20/ BCR)と、BCRを発現していないA20細胞(A20(-))について、各々3 x 105 cellsを2% FBS/ PBS溶液(200 μl)に懸濁し、実施例3で作製した溶液を10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II(ベクトン・ディッキンソン社))で測定し、解析した。
【0082】
蛍光プローブ(QD-NP)を用いて、A20/ BCR及びA20(-)の各細胞についてイメージング実験を行った結果、蛍光プローブ(QD-NP)により高親和性BCRを発現するA20/ BCR細胞が選択的に標識されることが確認された(図9参照)。つまり、本発明の方法により作製した分子プローブは、蛍光顕微鏡イメージングだけでなく、FACSイメージングにも適応できることが分かった。
【0083】
(実験例5)フローサイトメトリーによる蛍光プローブ(QD-NP)の評価3
実験例2で使用したBCRを高発現したA20細胞(A20/ BCR)(3 x 105 cells)を2% FBS/ PBS溶液(200μl)に懸濁し、0.16〜20μMの濃度に希釈した拮抗剤(NP)又は非拮抗剤(2,4-ジニトロフェノール(DNP))(2 μl)で処理した。次いで、10倍に希釈した蛍光プローブ(QD-NP)溶液(2 μl)を加え、氷上で30分間作用させた。PBSで2回洗浄した後、フローサイトメトリー用チューブであるセルストレーナー(ベクトン・ディッキンソン(BD)製で濾過し、フローサイトメトリー(FACS CantoTM II(ベクトン・ディッキンソン社))で測定し、解析した。
【0084】
分子プローブを合成する際に最も懸念されるのは、標識化により受容体など標的分子への特異性が損なわれることである。そこで本法により合成した分子プローブの特異性を確かめるため、拮抗剤を添加する競合阻害実験を行った。拮抗剤として非標識のNPを加えると、添加した非標識NPの濃度に依存して蛍光強度が低下した。一方、NP高親和性BCRに親和性を有さない(非拮抗性の)DNPを添加しても、蛍光強度に大きな変化は観測されなかった(図10参照)。つまり、蛍光プローブ(QD-NP)はBCR特異的な蛍光プローブであることが確認された。以上により、本発明の蛍光プローブの作製方法は、簡便かつ汎用性の高い優れた方法ということができる。
【0085】
(実験例6及び比較例)フルオレセイン誘導体の蛍光プローブを使用した場合の評価
本発明の蛍光プローブの有用性を確認するために、有機系蛍光色素を用いた蛍光プローブ(蛍光性NP)と本発明の蛍光プローブ(QD-NP)による比較実験を行った。有機系蛍光色素の代表であるフルオレセイン誘導体を用いて、リンカーを介してNPを導入し、蛍光性NPを合成した。次いで、実験例4で示した実験方法に従い、A20/ BCR細胞を用いたFACS解析に付した。その結果、比較例の蛍光プローブ(蛍光性NP)で処理した場合は、拮抗剤(非標識NP)100μMの添加有無によってその蛍光強度は低下することはなく、非常に高い非特異的結合が認められた。これに対し、本発明のQD-NPの場合は拮抗剤の有無によって明確な蛍光強度の差が見られた(図11参照)。つまり、本発明の蛍光プローブ(QD-NP)は、従来の有機系蛍光色素などを用いた蛍光プローブで大きな障害となる非特異的吸着を抑制することができ、優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
以上詳述したように、本発明の蛍光プローブは、非特異的結合が抑えられ、極めて特異性の高い優れた蛍光プローブということができる。本発明の蛍光プローブは、細胞の蛍光標識やイメージング、そしてバイオセンサー等の標的分子の高感度検出に用いることができる。例えば、蛍光プレートリーダーやフローサイトメトリーによる高感度検出、蛍光顕微鏡や共焦点顕微鏡などによるin vitroイメージング、そして生体in vivo等に利用することができる。さらに、本発明の蛍光プローブの作製方法によれば、縮合剤などの試薬を特に用いることなく、簡便かつ効率的に本発明の蛍光プローブを作製することができるので、蛍光プローブライブラリの構築や蛍光ビーズ等、固相の蛍光プローブの作製も容易に行うことができる。また、反応の選択性が高くまた反応効率もよいので、目的とする蛍光プローブを容易に精製することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)で表される蛍光プローブ。
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項2】
下記の一般式(III)で表される、請求項1に記載の蛍光プローブ。
【化3】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項3】
一般式(III)で表わされる蛍光プローブにおいて、Yが−NH−CO−O−である請求項2に記載の蛍光プローブ。
【請求項4】
下記の一般式(IV)で表される蛍光プローブ合成中間体。
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項5】
下記の一般式(V)で表される、請求項4に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【化5】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項6】
一般式(V)で表わされる蛍光プローブ合成中間体において、Yが−NH−CO−O−である請求項5に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【請求項7】
以下の工程を含む、請求項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体の作製方法:
1)カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)シクロオクタンのアルキン誘導体に、上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基を導入して、当該官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で調製された各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体を結合する工程。
【請求項8】
以下の工程を含む、請求項1〜3のいずれか1に記載の蛍光プローブの作製方法:
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)請求項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体と、上記A)の工程で導入されたアジド基とを結合する工程。
【請求項1】
下記の一般式(I)で表される蛍光プローブ。
【化1】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環Aは、シクロオクタンの誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項2】
下記の一般式(III)で表される、請求項1に記載の蛍光プローブ。
【化3】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
Zは、蛍光標識対象物に結合しうる物質を表し;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項3】
一般式(III)で表わされる蛍光プローブにおいて、Yが−NH−CO−O−である請求項2に記載の蛍光プローブ。
【請求項4】
下記の一般式(IV)で表される蛍光プローブ合成中間体。
【化4】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
環A'は、シクロオクタンのアルキン誘導体を表し、シクロオクタン部分はさらに芳香族環と縮合していてもよく;
Rは、アルキル基、アルコキシ基又はハロゲン原子を表し、nは0〜2の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項5】
下記の一般式(V)で表される、請求項4に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【化5】
[式中、Xは、蛍光性ナノ粒子を表し;
Yは、−NH−CO−W−、−W−CO−NH−、又は以下の一般式(II)で表され、これらの式中Wは酸素原子、アルキレン基、アルキレンオキシ基、アルキレンカルボニル基、又は−Ph−B−を表し、Phはフェニレン基を表し、Bはアルキレン基若しくはアルキレンオキシ基を表し、pは1〜6の整数であり、qは0〜6の整数であり;
YのNHとCOは、直接結合していても良いし、リンカーを介して結合していても良い。]
【化2】
【請求項6】
一般式(V)で表わされる蛍光プローブ合成中間体において、Yが−NH−CO−O−である請求項5に記載の蛍光プローブ合成中間体。
【請求項7】
以下の工程を含む、請求項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体の作製方法:
1)カルボン酸基、アミノ基、チオール基、マレイミド基、炭酸エステル基、又は活性エステル基が導入された蛍光性ナノ粒子を調製する工程;
2)シクロオクタンのアルキン誘導体に、上記1)の工程で蛍光性ナノ粒子に導入された各種官能基と反応しうる官能基を導入して、当該官能基が導入されたシクロオクタンのアルキン誘導体を調製する工程;
3)上記1)及び2)の工程で調製された各種官能基が導入された蛍光性ナノ粒子及びシクロオクタンのアルキン誘導体を結合する工程。
【請求項8】
以下の工程を含む、請求項1〜3のいずれか1に記載の蛍光プローブの作製方法:
A)蛍光標識対象物に結合しうる物質(Z)にアジド基を導入する工程;
B)請求項4〜6のいずれか1に記載の蛍光プローブ合成中間体におけるシクロオクタンのアルキン誘導体と、上記A)の工程で導入されたアジド基とを結合する工程。
【図1−1】
【図1−2】
【図1−3】
【図6】
【図7】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図11】
【図1−2】
【図1−3】
【図6】
【図7】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図8】
【図9】
【図11】
【公開番号】特開2013−32291(P2013−32291A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−269447(P2009−269447)
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年11月27日(2009.11.27)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】
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