説明

蛍光分析

分析のための化学反応によって生じる時間依存変化から、固有のフィルター効果に帰される非時間依存変化を別に評価することにより、蛍光分析において、非蛍光性の物質(たとえば、ヘモグロビン)の濃度を評価する方法と装置。このような方法により、独立の光度測定その他の測定の必要がなくなり、したがって方法およびそれに使用される計装が簡単になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サンプル中の非蛍光物質の分析を実行する方法に関するものであり、さらにそのような方法によって分析を実行するための装置にも関する。
【背景技術】
【0002】
ヨーロッパ特許EP 0,772,779号明細書には、蛍光消光による糖化たんぱく質の分析(assay)が述べられている。本明細書で例として引用するこの先行技術においては、糖化ヘモグロビンが特定(specific)蛍光体のホウ酸(boronic acid)基への化学的結合によって生じる複合体(conjugate)に結合するときに発生する蛍光の消光を用いる糖化ヘモグロビンの分析が述べられている。次に、この濃度依存の消光が、先行技術ですでに確立されている通常の光度測定手段によってなされた総ヘモグロビンの測定値と比較される。
【0003】
しかし、この先行技術の方法では、糖化ヘモグロビンへの前記複合体の結合ではなく固有のフィルター効果によって生じる避けがたい非特異的な(non-specific level)蛍光消光が存在する。この固有フィルター効果は、励起放射線と、ヘモグロビン吸収スペクトルと蛍光励起および放出スペクトルとのスペクトル重なりによって生じる放出蛍光との両方を吸収するヘモグロビン分子自身によって引き起こされる。このバックグラウンド蛍光消光は、計算によって補正して、糖化ヘモグロビンの濃度したがってその量のみに帰される特異(specific)消光の定量ができるようにしなければならない。EP 0,772,779号の発明者は、これを、適当な波長(たとえば、405 nmまたは415 nm)における反応溶液の光学濃度を決定し、この光学濃度測定値に応じて総蛍光消光に比例する要素を引き去ることにより、実現している。
【0004】
EP 0,772,779号明細書に開示されている方法においては、総ヘモグロビン濃度が、通常の光度測定法たとえば405 nmまたは415 nmにおける吸光度によって、測定される。この方法が前記明細書で述べられているように機能するためには、使用者は別々の装置で二つの独立の測定を実施しなければならない。すなわち、総光学濃度の測定のための光度計と蛍光消光の測定のための蛍光計とを使用する。したがって、試験が、たとえば糖尿病の管理におけるような民生用の有用性を有するためには、この試験のために特別に設計・製造された装置は、蛍光計と光度計との両方の機能を有しなければならない。これは、費用がかかり、複雑であって、好ましくない。
【0005】
EP 0,772,779号明細書に述べられているようなヘモグロビンによる蛍光の消光は、二つの成分を有する。第一の成分は、その蛍光励起および放出波長において中性フィルターのように作用するヘモグロビン試料に伴う蛍光の瞬間低下であり、第二の成分は、糖化ヘモグロビンの蛍光複合体試薬への化学的結合の時間変化に伴う蛍光信号の時間依存消光である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、前記および以下で述べる先行技術の方法の問題点を克服するために、大きく改良された分析方法を開発することであり、また必要な結果を自動的に得るための装置を設計することである。この慎重な研究の結果により、本件の発明者は、分析反応の進行時の蛍光変化の時間推移を追跡することにより、バックグラウンド蛍光変化、すなわち反応の化学的挙動によらない瞬間減少または増加を、目標化合物の蛍光試薬への化学的結合に帰される時間依存蛍光消光から分離して決定できる、ということを確認した。この結果から、さらに、本件の発明者は、物質が蛍光試薬に添加されたときに検出される蛍光の変化、特に、消光効果を、それ自身は蛍光性でない前記物質の濃度の計算に使用できる、ということを発見した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の側面においては、
サンプル中の非蛍光物質の分析を行う方法であって、
(a) 分析サンプルと蛍光マーカー化合物とを時刻t0に混合して、溶液中で、分析サンプルと蛍光マーカー化合物との間の反応を行わせ、
(b) マーカー化合物における蛍光を励起し、ここで、マーカーの特性と励起の特性とが、前記蛍光がマーカー化合物と非蛍光物質との反応によって変化する波長において発生するようなものであり、
(c) 反応の進行につれて、発生する蛍光を検出し、
(d) 検出された蛍光から、時刻t0における蛍光の値F0と、すべての非蛍光物質がマーカー化合物と反応するか、または反応が平衡に達した時刻t∞における蛍光の値F∞とを計算し、
(e) F0とF∞との値から、ステップ(a)での反応に帰される蛍光のバックグラウンド変化を計算し、
(f) 計算された値と適当な検量アルゴリズムとにより、蛍光マーカー化合物との反応の前のt0にサンプル中に存在する非蛍光物質の濃度を決定すること、
から成ることを特徴とする方法、
が提供される。
【0008】
ここで、分析すべき物質(検体)に言及するときに使用する非蛍光性という言葉は、その物質が完全に非蛍光性であるということを意味しない。そうではなく、この言葉は、当該励起および放出波長において、その蛍光マーカー化合物と異なる励起および/または放出スペクトルを有する、ということを意味する。
【0009】
現在主として意図する本発明の使用は、血液中の糖化ヘモグロビンの分析におけるものである。実際、本発明の意図は、この分析の方法を改良すること、特にサンプル中の糖化ヘモグロビン(すなわち、ブドウ糖が非酵素的に結合しているヘモグロビン)の量または割合の評価を改良することにある。そのため、以下の説明においては、本発明をしばしばこのことに関して述べるが、本発明は他の多くの物質の分析にも等しく使用することができる。特に、サンプルの内容物の吸収特性が適当な蛍光体の蛍光特性を妨害する傾向のある物質に対して使用できる。
【0010】
本発明の第一の側面においては、分析すべき物質に特異的で、その蛍光がマーカーの該物質への結合によって適当に変化する(増大することもあるが、通常は減少する)マーカー化合物が必要である。
【0011】
このマーカー化合物は、通常、蛍光体と物質への選択的結合に適した結合基とから成る。特定の目標物質に対する蛍光体と結合基との適当な組合せは、実地試験にもとづいて、または分析すべき物質に対する既存の蛍光体および結合基の公知の特性にもとづいて、選択することができる。一連の公知の蛍光体が、EP772,779号明細書に述べられている。同明細書を参照されたい。糖化たんぱく質たとえば糖化ヘモグロビンに対して適当なマーカーは、結合基によってフルオレセイン誘導体に結合されたホウ酸基を含むことができる。このホウ酸は、糖化たんぱく質のcis-ジオール基に結合するが、たんぱく質に特異的というわけではない。この方法は、特に糖化ヘモグロビンの検出に適合させるのが好ましく、そのために適当なマーカーは下記の式を有することができる。
【化1】

【0012】
ステップ(f)で使用する検量アルゴリズムは、y=mx+cとすることができ、ここで、mおよびcは、傾きおよび切片検量定数であり、x=(F0-F∞)/F0である。目標非蛍光物質は、主物質(たとえば、すべての形の総ヘモグロビン)の下位種(subspecies)(たとえば、糖化ヘモグロビン)とすることができ、これらの下位種は、主物質に比してマーカー化合物と選択的に反応するようなものである。その場合、蛍光マーカー化合物との反応の前のt0にサンプル中に存在する主物質(下位種を含む)の総濃度を知るのが望ましいと考えられる。この濃度は、計算値とy=m´x+c´の形の適当な検量アルゴリズムとによって決定することができる。この式で、m´およびc´は、傾きおよび切片検量定数であり、x=Log(FBlank/F0)である。
【0013】
ステップ(d)におけるF0およびF∞の値の計算は、好ましくは、時間に対して検出蛍光データをプロットすること、および該プロット点に最適のあてはめ曲線をあてはめることを含む。このプロットは、機械的に実施でき、あるいは手操作によってさえも実行できるが、しばしば、自動的かつ数学的に、もっともよくあてはまる曲線の数学的関数をあてはめて、グラフそのものを作成することなく、該関数を時刻t0およびt∞に外挿することにより、実行できる。この曲線あてはめは、任意の適当な数学的方法で実施できるが、本明細書では、二つの特に適当な方法を後述する。これらの方法により、記録されたデータが不一致を最小限にするのに使用され、それから曲線を外挿して、F0およびF∞の値を得る。
【0014】
完全自動化装置システムの場合、血液が試薬に添加され、装置によって混合されると、血液添加と混合のあと、初期消光を最初の5秒程度以内に決定することができるであろう。しかし、非自動化システムの場合、初期結合反応のモニターは、試薬を収容した反応キュベットに血液試料を加えて、混合し、反応キュベットを蛍光計に戻すために作業者が物理的に必要とする有限の時間がかかるので、さらに遅れる。このように、血液試料添加直後のt0における実際の蛍光レベルは、手動または自動システムのどちらでも直接には測定できない。これを克服するために、時刻t0における、すなわちサンプル添加・混合後であるが、反応が起こる前の時刻における蛍光レベルF0を、化学的結合反応の速度式にもとづいて時間変化蛍光データにあてはめた曲線の逆進外挿(back extrapolation)によって、決定する。さらに、この曲線あてはめを、データ収集時間を超えて前進外挿(forward extrapolation)することにより、反応終点である時刻t∞における蛍光レベルF∞も、決定される。このようにしてt0およびt∞における蛍光レベルを決定することが、信頼できる正確な結果を与える、ということが示された。
【0015】
反応混合物の蛍光を測定する時間間隔は、分析の実施に使用するのに適した任意のものとすることができる。時間を長くすると、正確になるが、分析過程が遅くなり、時間を短くすると、便利であるが、外挿のためのデータの量が少なくなって、結果が不正確なものになりうる。適当な長さの測定時間は、分析される物質と、該物質の蛍光マーカーとの反応の時間変化とに依存する。cis-ジオール基に結合するホウ酸ヘモグロビン(haemoglobin boronate)の場合、通常、約3分の測定時間が適当である。
【0016】
好ましくは、ステップ(a)において、サンプルをマーカー化合物に結合させる前に、マーカー化合物(通常、試薬溶液の形である)のみが、適当な波長λn(すなわち、サンプルとの反応時に励起が起こる波長と同じもの)の入射電磁放射線によって励起され、放出周波数における生成初期蛍光(FBlank)が検出される。これを、F0の値とともに使用して、蛍光の初期変化を計算することができ、次に、下記の式により、蛍光濃度(FOD)を計算するのに使用することができる。
【数1】

【0017】
初期バックグラウンド変化(通常は、消光効果)に関するこの対数関数を、FODで示す。FODは、ある一定の波長における反応溶液の光学濃度に直接比例することが見出された。分析がヘモグロビンに関するものである場合、このFODは、415 nmで測定された光学濃度に比例する(図3参照)。ここで、415 nmにおける光学濃度は、総ヘモグロビン濃度に比例するので、バックグラウンド蛍光消光の測定値を、総ヘモグロビン濃度の決定に使用することもできる。したがって、総ヘモグロビン濃度のこのバックグラウンド蛍光消光決定を、光学濃度決定の代わりに使用することができるが、そうしない場合には、この決定を、別の光度測定装置で実施することもできる。
【0018】
すべての分析の前に、FBlankを決定する必要はない。というのは、この値は、使用する反応キュベットとマーカー化合物試薬とに応じて、標準値または一定値とすることができるからである。
【0019】
本発明の第二の側面においては、
非蛍光物質の濃度を決定する方法であって、
励起および放出スペクトルが前記非蛍光物質の吸収スペクトルに重なる適合蛍光試薬を励起し、発生する蛍光を検出し、前記非蛍光物質を前記適合蛍光試薬に添加し、この添加後の蛍光を検出し、前記非蛍光物質の添加前と添加後とに検出される蛍光の間の差から前記非蛍光物質の濃度を計算すること、
を特徴とする方法、
も提供される。
【0020】
光学濃度測定値を使用し、確立された標準値と比較して、溶液中の物質の濃度を計算するやり方がよく知られている。しかし、本発明の第二の側面によれば、光度計を使用せずに、濃度を実験から導きだすことができる。
【0021】
本発明の第二の側面による方法は、非蛍光物質と試薬とが反応しない場合に使用することができる。この試薬は、前記のマーカー化合物と類似のものとすることができる。しかし、検出される蛍光を変化(増大または減少)させる時間依存反応が存在しうる。第一の側面に関して前述したように、この反応をモニターして、グラフをプロットする(実際または概念的に)ことにより、初期変化効果の値を、測定データからの外挿によって正確に評価することができる。
【0022】
マーカーと反応せず蛍光を変化させない物質の濃度を測定するときには、サンプルの添加のある時間後にとられた蛍光測定値は、添加直後にとられたものと同じであると考えられるので、外挿する必要がない。しかし、サンプルと試薬とが反応する場合には、t0への逆進外挿を使用して、F0値の直接測定ができない不利を克服することができる。
【0023】
本発明の各側面は、蛍光データのみの解析により、存在する物質の量もしくは濃度または存在する下位種の量(たとえば、総ヘモグロビンのうちの糖化ヘモグロビンの量)を正確に決定する手段である。そのため、この方法に使用される装置の設計と製造が非常に簡単化され、その結果、費用が相当に減少する。特に、分光光度計を備えていない簡単な装置を使用して、より良い結果を得ることができる。
【0024】
本発明の第三の側面においては、さらに、
サンプル中の物質の分析のための、蛍光マーカー化合物を使用する装置であって、
(a) ある量の蛍光マーカー化合物と分析サンプルとを保持して、このマーカー化合物がサンプル中で前記物質とともに、時刻t0に開始され、時刻t∞に終了する反応を起して、前記蛍光マーカー化合物の蛍光特性が変化するようにするのに適した反応容器、
(b) 前記マーカー化合物における蛍光を励起するための波長λnを有する電磁放射線の発生源、
(c) 反応の進行につれて発生する蛍光を測定するための検出手段、
(d) (1)測定された蛍光から、時刻t0における蛍光の値F0と、すべての前記物質がマーカー化合物と反応した時刻t∞における蛍光の値F∞とを計算し、(2)前記物質とマーカー化合物との反応に帰されない蛍光のバックグラウンド変化と該反応に帰されるバックグラウンド変化とを計算し、(3)これらの計算された値から、t0においてサンプル中に存在する非蛍光物質および/またはその下位種の量を決定するのに適した演算処理装置、
を有することを特徴とする装置、
が提供される。
【0025】
本発明の各側面が利点を有するためには、サンプルの少なくとも一つの成分要素が、それが、定量すべき物質であれ、必要物質に対比して定量すべき関連物質であれ、または不純物であれ、蛍光マーカー/試薬の励起および放出スペクトルとある程度重なる吸収スペクトルを有していなければならない。したがって、励起放射線の波長および蛍光マーカーの性質は、互いに適合しなければならず、実施すべき分析の性質にもとづいて選択しなければならない。この性質には、定量すべき物質およびサンプル中に見出される傾向のある他の物質の特性が含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
ここで述べる本発明の方法と装置の多くの変更は、当業者には簡単にわかるものであり、それらの変更は本発明の範囲内に含まれる。しかし、本発明の原理がより良く理解できるように、以下、本発明を、いくつかの実施形態に即して、必要な場合には、添付の図面を参照して、詳しく説明する。これらの実施形態は、単なる例である。
【0027】
本発明は、血液中のヘモグロビンの分析、特に糖化ヘモグロビンの分析に使用することができる。この方法においては、蛍光マーカー(フルオレセイン-ホウ酸または例1におけるようにエオシン-ホウ酸化合物とすることができる)を、キュベット内に装入し、血液試料の投入前に、蛍光計内で、適当な波長(510 nm)の電磁放射線によって励起し、580 nmにおける放出を検出することにより、蛍光ブランク(FBlank)を測定する。これらの波長は、エオシンY励起ピークの除去により分析性能の改善が見られるので、選択した。この選択された励起波長は、血液中に見られる多くの異なるヘモグロビン種(すなわち、カルボキシ-、オキシ-、デオキシ-、メト-、その他のヘモグロビン)の吸収スペクトルが最小の変動を有する点に対応する。同様に、モニターする放出波長580 nm(40 nmの帯域幅を有する)は、いろいろなヘモグロビン種に対する、放出帯域幅にわたる積分吸収の間の違いが最小限に抑えられるように選択した。キュベットは、蛍光計から取り出すか、またはそのままにしておいて、ただちに血液試料を添加・混合し、蛍光の時間推移を検出し、記録する。このデータをプロットし、曲線をこのデータ集合にあてはめる。図2は、そのような反応の時間変化を示し、この図では、10で示す初期蛍光FBlankがt0(11)のサンプル装入に先立って記録される。反応の実際の実験蛍光データは、点13における、手動システム内へのキュベットの再装入、または自動システムにおける再混合後から、適当な時間が経過するまで(通常は、1秒間隔で)、記録される。逆進外挿により、蛍光レベルF0(14で示す点を見よ)がt0(11)、すなわちサンプルが添加されるがまだマーカーとの反応が起こっていない時点、において決定される。前進外挿(図2では、測定データの最後がグラフからはみ出すので、示していない)により、反応終了時点t∞での蛍光レベルF∞(15)も同様に決定される。
【0028】
多くの可能な曲線あてはめルーチンのうち二つが、F0およびF∞の外挿評価とそのあとのFODおよび特異消光(specific quenching)の導出に有効であることがわかった。
【0029】
まず最初に、3分間分析の全体にわたって、各1秒測定点での蛍光測定値Ft-actualにもとづいて、評価値Ft-estimateを得る。ここで、下記の一般速度式(式2)にもとづく曲線あてはめルーチンを使用する。
【数2】

ここで、
Ft=時刻t秒における蛍光
F0=時刻0における蛍光
F∞=無限大の時刻(すなわち、反応終了時)における蛍光
e=2.7813(自然対数の底)
θ=速度定数
F0、F∞およびθは、各1秒データ点におけるあてはめ値と測定値との差の自乗の総和を最小にすることによって、反復的に決定される。すなわち、あてはめルーチンによって、Σ(Ft-actual-Ft-estimate)2を最小にする。
【0030】
第二の方法は、上で使用した一般速度式(式2)の代わりに二次の化学反応の速度式を使用する。この場合、
【数3】

ここで、
V0は反応速度
k=速度定数
であり、ここで、速度定数kは、
【数4】

で定義され、この式で、
E=定数
A=活性化エネルギー
R=気体定数
T=絶対温度
である。
【0031】
V0は、各秒における蛍光強度、反応物の補正濃度の計算に使用され、次に、V0は、次の測定時刻に関して再計算される。反復法により、評価値と測定値との差の自乗の総和を、たとえば前記例のE、AおよびRの値を調節して、最小にする。
【0032】
しかし、注意すべきことは、少なくともヘモグロビンの定量に関しては、本発明は、ヘモグロビンの固有フィルター効果による蛍光消光によって生じる初期蛍光減少を評価する原理に関するものであり、したがって本発明は、サンプル中の物質の濃度の評価またはさらに任意の消光物質の濃度の評価を行うことができる、ということである。データの数学的モデル化は、同様に実施において使用できる曲線あてはめの他の方法によっても行うことができる。
【0033】
FODパラメータすなわち蛍光光学濃度は、下記の式によって決定できる。
【数1】

【0034】
FODは、総ヘモグロビン濃度に対して線形に変化することがわかった。ヘモグロビン濃度は、415 nmにおける血液試料の光学濃度に比例し、図3は、FODがサンプルのODに直接比例するということを示す。初期変化は、血液サンプルをヘモグロビンに関して分析する場合には、減少(または消光)であるが、これは、対数関数(FOD)として計算して、他の波長における吸収光度測定によるヘモグロビンの測定値に関係づけられる。
【0035】
本発明は、前記利点のほかに、他の重要な利点をも与えるものであり、血液を糖化ヘモグロビンの存在または量に関して分析する場合には特にそうである。赤血球中のヘモグロビンは、ドナーの血液の酸素化状態とそのドナーの生理学的状態とに応じて、いろいろな状態で存在する。たとえば、デオキシヘモグロビン、オキシヘモグロビン、カルボキシヘモグロビン、スルヒドリルヘモグロビンおよびメトヘモグロビンが、年齢および供給源に応じて血液サンプル中にいろいろな量存在しうるヘモグロビンのタイプまたは化学修飾物である。各タイプのヘモグロビンは、いろいろな波長の光をあてたときの独自の吸収スペクトルによって特徴づけられる(オキシヘモグロビンとデオキシヘモグロビンとの比較に関しては、図4を参照されたい)。特に、貯蔵および処理血液では、三価鉄イオンが酸化されたメトヘモグロビンが相当の量だけ蓄積され、これらの血液の吸収スペクトルが変化し、これは血液の深い赤/茶色の着色の原因となる。
【0036】
EP 0,772,779号明細書に示されているような先行技術においては、対応する吸収スペクトルを有するヘモグロビン分子の状態が、その固有吸収により、またそのスペクトルの蛍光複合体との重なりにより、蛍光を消光する能力に影響する、ということが考えられておらず、あるいは補正されていない。その代わりに、この先行技術においては、405または415 nmにおけるヘモグロビンの測定により、サンプル中のヘモグロビンの存在によって生じる初期消光減少が正確に予想される、と考えている。これが正しいのは、同じスペクトルを有するヘモグロビンサンプルの場合だけである。というのは、初期消光減少は、使用する蛍光体の励起および放出波長λnに一致する二次ヘモグロビン吸収ピークによって生じるからである。ヘモグロビンの状態によってもっとも異なるのは、二次吸収ピークである。
【0037】
分析におけるヘモグロビンのタイプによるこれらの違いは、分析の検量のために、研究用の未知のサンプルとヘモグロビンタイプに関して同じ組成を有する標準物質を使用しなければならない、という点で非常に重要である。当然のことながら、実際には、個々のヘモグロビン測定曲線(profile)の状態は、その試料がフィンガースティック(finger stick)損傷または静脈穿刺により新たに採取された場合でも、測定時には未知であり、したがって、許容できない不正確さが生じうるので、治療法の重要な部分としてのこの分析の有用性が損なわれる。
【0038】
さらに、HbA1cその他の糖化ヘモグロビンに関する臨床分析では、中央研究室による貯蔵血液サンプルの分配およびいろいろなシステムによるそれらの同時分析を含む検証過程が加えられることが多い。この分析が、新しい患者サンプルと貯蔵または研究室処理血液サンプルとの間で同様に実施されることはなく、許容できない偏りが起こり、この分析によっては正しい値を得ることができない。
【0039】
したがって、本発明により、計装と測定要件の簡単化のほかに、さらなる利点が与えられる。それは、サンプルの固有蛍光消光にもとづく光学濃度(FOD)測定により、誤差が減少する、ということである。この誤差は、与えられた個々のヘモグロビン測定曲線の複合スペクトルにおける変動によりこの試験方法で発生しうるものである。というのは、前記波長における各種ヘモグロビンのスペクトルがかなり良く一致しているからである。
【0040】
本発明の最後の利点は、405または415 nmにおける吸収測定値に影響しうる多くの妨害因子の存在によって生じる誤差の減少である。たとえば、黄疸(すなわち、皮膚と眼球の黄色化)によって明らかになる肝臓病を患っている患者は、ビルビリンの高い循環濃度を有する。ビルビリンは、ヘモグロビン代謝の循環副生物であり、ヘモグロビンの主要ピークと問題になる重なりを有する吸収を示す(図5)。先行技術の方法は、主要吸収ピークにおけるヘモグロビンの光学濃度測定値からバックグラウンド蛍光消光を評価するものであるが、これはビルビリンの循環濃度の上昇による影響を受けるであろう。本発明は、500 nmよりも大きな波長でのバックグラウンド蛍光消光によって総ヘモグロビンを評価することにより、この可能な誤差発生源を排除するものである。
例1
【0041】
緩衝剤(主として、HEPES)と市販の蛍光化合物(ホウ酸エオシン(Eosin Boronate))を含む既知の体積(2.5 ml)の試薬を、反応キュベットに装入した。これを、本発明による装置に装入し、510 nmで励起した。ブランク蛍光値を、1秒間隔で測定した。
【0042】
次に、t0に、総ヘモグロビン含有量/濃度および糖化ヘモグロビンの割合が既知の血液を、キュベットに投入し、混合した。次に、510 nmにおける蛍光を、3分の反応時間まで、1秒ごとに測定した。混合を行う時間が必要であるため、蛍光は、大体7秒目から記録された。
【0043】
蛍光信号および基準値のブランクおよび血液測定値を下記の表1に示す。
【表1】




【0044】
表1には、生蛍光データのほかに、このデータに対してなされた各種数学的処理をも示す。第一の数学的処理は、ブランクおよび血液読み取り値に関して、生蛍光データから蛍光バックグラウンド(FBgd)を引き去ることである。蛍光バックグラウンド信号(FBgd)は、蛍光マーカー試薬が存在しない状態での緩衝溶液の読み取り値から導出されるものであり、あらかじめ測定される。このバックグラウンドは、たいていの場合、読取装置定数(reader constant)であり、大体において、蛍光計の電気的ゼロを示す。蛍光計の光学フィルターは、緩衝溶液からの‘フィルター突破(filter breakthrough)’を実質的に‘ゼロ’に減少させるために、最適化されているからである。
【0045】
ブランク読み取り値の最後の三つを平均して、FBlankを決定した。
【0046】
次に、補正蛍光データを基準値で割った。これを時間に対してプロットすると、図6に示すような曲線が得られる。前述の適当なアルゴリズムを使用してこれらの値に曲線をあてはめた。これらの値(右側の欄に示す)も図6のグラフに示す。サンプルの値F0およびF∞は、それぞれ、データあてはめのt0およびt∞への逆進および前進外挿によって導出することができる。
【0047】
表2は、20個のサンプルに関して、同様の分析を行った結果である。表1に示すサンプル(サンプル1)分析結果に加えて、やはり総ヘモグロビン(総Hb)、糖化ヘモグロビンの濃度、およびパーセント糖化ヘモグロビン(%A1c)の基準量が既知の19個のサンプルに関する結果が示されている。
【0048】
FBlank(補正値)は、表1のブランクに関する“蛍光信号/蛍光基準値”の値の平均である。
【0049】
各サンプルに関して、蛍光光学濃度(FOD)および特異消光(SQ)を、下記の式を使用して、FBlank、F0およびF∞から計算した。
【数5】

【数6】

【0050】
FODおよびSQから、それぞれ下記の式により、総ヘモグロビンの濃度および糖化ヘモグロビン(A1c)の濃度を計算した。
【数7】

【数8】

【0051】
検量定数m、m´、cおよびc´を、[A1c]および[総Hb]濃度が既知のサンプルを用いた標準曲線(直線)分析データから導出した。このサンプルデータの場合、cおよびc´はゼロである。データがどちらのグラフにおいてもゼロ点を通過するからである。
【0052】
次に、サンプルのパーセント糖化ヘモグロビンを下記のように計算した。

【数9】

【数10】

【0053】
総ヘモグロビン濃度の値をFODに対してプロットすると、これらは直接に比例し、グラフは、式y=mx+cとまとめられる。この式において、yは総ヘモグロビン濃度であり、xはFODである。次に、mおよびcを、それぞれの反応パラメータの特定組合せを用いて計算し、標準検量曲線を得ることができる。図8は、サンプル1〜20に関して、[総Hb]とFODとの関係を示す。データにあてはめた曲線は、式y=mx+cとまとめられる。
【0054】
同様に、特異消光(SQ)は、A1c濃度に直接比例し、グラフは式y=m´x+c´とまとめられる。この式で、yは糖化ヘモグロビン濃度であり、xは特異消光である。次に、m´およびc´を、それぞれの反応条件の特定組合せに関して計算して、さらなる標準値を得ることができる。図7は、サンプル1〜20に関する[A1c]とSQとの関係を示す。データにあてはめた曲線はy=m´x+c´とまとめられる。
【0055】
この例に関して、前記のことから導かれる標準値を下記の表3に示す。
【表3】

【0056】
これらの検量定数は、反応条件の特定組合せに関して計算され、これらは、同じ条件を用いる後続分析に使用することができる。異なる反応条件の場合、異なる検量定数の導出が必要になりうる。
【0057】
表2は、%糖化ヘモグロビンの計算値を示し、既知の値との比較により、本発明の分析が正確であるという特徴が示されている。実際、サンプルデータ集合における誤差の標準偏差は、わずか0.4%A1cであり、本発明の正確さを示している。
【表2】

【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】415 nmにおける光学濃度(OD)と添加ヘモグロビンの量との関係を示すグラフである。
【図2】糖化ヘモグロビン/エオシン-ホウ酸結合反応時の、蛍光信号の時間変化のグラフである。
【図3】415 nmにおけるODとバックグラウンド蛍光消光から得られるFODとの間の関係を示すグラフである。
【図4】異なるヘモグロビンタイプの間のスペクトルの違いを示す曲線である。
【図5】ビリルビンの吸収スペクトルを示す曲線である。
【図6】例1のサンプル1に関して蛍光データと時間との関係を示すグラフである。
【図7】例1における糖化ヘモグロビン濃度と特異消光との関係を示すグラフである。
【図8】例1における総ヘモグロビン濃度と蛍光光学濃度(FOD)との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0059】
10 初期蛍光FBlank
11 サンプル装入時刻t0
13 手動システムの場合のキュベット再装入直後または自動システムの場合の再混合直後の時刻
14 t0における蛍光レベルF0
15 反応終了時点t∞における蛍光レベルF∞

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析サンプル中の非蛍光物質の分析を行う方法であって、
(a) 分析サンプルと蛍光マーカー化合物とを時刻t0に混合して、溶液中で、分析サンプルと蛍光マーカー化合物との間の反応を起させ、
(b) マーカー化合物における蛍光を励起し、ここで、マーカーの特性と励起の特性とが、前記蛍光がマーカー化合物と非蛍光物質との反応によって変化する波長において発生するようなものであり、
(c) 反応の進行と同時に、発生する蛍光を検出し、
(d) 検出された蛍光から、時刻t0における蛍光の値F0と、すべての非蛍光物質がマーカー化合物と反応した時刻t∞における蛍光の値F∞とを計算し、
(e) F0とF∞との値から、ステップ(a)での反応に帰される蛍光のバックグラウンド変化を計算し、
(f) 計算された値と適当な検量アルゴリズムとにより、蛍光マーカー化合物との反応の前のt0にサンプル中に存在する非蛍光物質の濃度を決定すること、
から成ることを特徴とする方法。
【請求項2】
ステップ(a)の前に、マーカー化合物が励起され、発生する初期蛍光(FBlank)が検出されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
F0とFBlankとの値が、式
FOD=Log[FBlank/F0] (式1)
を用いて蛍光光学濃度(FOD)を計算するために使用されることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ステップ(d)におけるF0とF∞との値の計算が、データにもっとも良く合う曲線の数学的関数のあてはめと、該関数を時刻t0とt∞とに外挿することとを含むことを特徴とする請求項1から3の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
ステップ(f)で使用される計算アルゴリズムが、y=mx+cの形のものであり、この式で、mとcとがそれぞれ傾きおよび切片検量定数であり、またx=(F0-F∞)/F0であることを特徴とする請求項1から4の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項6】
非蛍光物質が主物質の下位種であり、該下位種がマーカー化合物と選択的に反応し、また、ここで、蛍光マーカー化合物との反応前の時刻t0にサンプル中に存在する主物質と下位種との総濃度が、計算された値とy=m´x+c´の形の適当な検量アルゴリズムとから決定され、ここで、m´およびc´とがそれぞれ傾きおよび切片検量定数であり、またx=Log[FBlank/F0]であることを特徴とする請求項1から5の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
分析すべき物質が糖化たんぱく質であり、好ましくは糖化ヘモグロビンであることを特徴とする請求項1から6の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項8】
蛍光マーカー化合物が、糖化たんぱく質のcis-ジオール基と選択的に結合できるホウ酸基を含むことを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項9】
蛍光マーカー化合物が、200〜800 nmの範囲にある主励起波長、好ましくは約510 nmの主励起波長を有することを特徴とする請求項1から8の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項10】
蛍光マーカー化合物が、フルオレセイン残基を含むことを特徴とする請求項1から9の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項11】
蛍光マーカー化合物が、一群の式F-NH-CS-NH-Ph-B(OH)2のものであり、ここでPhがフェニル基であり、Fがフルオレセイン残基であることを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項12】
蛍光マーカー化合物が式I
【化1】

の化合物であることを特徴とする請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
サンプルが、血液サンプル、血漿サンプル、血清サンプルまたは尿サンプルであることを特徴とする請求項1から12の中のいずれか一つに記載の方法。
【請求項14】
実質的に本明細書で述べた請求項1に記載の方法。
【請求項15】
非蛍光物質の濃度を決定する方法であって、
励起および放出スペクトルが前記非蛍光物質の吸収スペクトルに重なる適合蛍光試薬を励起し、発生する蛍光を検出し、前記非蛍光物質を前記適合蛍光試薬に添加し、この添加後の蛍光を検出し、前記非蛍光物質の添加前と添加後とに検出される蛍光の間の差から前記非蛍光物質の濃度を計算すること、
を特徴とする方法。
【請求項16】
非蛍光物質が蛍光試薬と反応して、蛍光が時間経過とともに変化し、一連の蛍光値が、非蛍光物質の添加の少なくとも5秒後に開始するある時間間隔にわたって検出され、この一連の測定値が、時刻t0における非蛍光物質の添加直後の蛍光値を外挿するために使用されることを特徴とする請求項15に記載の方法。
【請求項17】
サンプル中の物質の分析のための装置であって、
(a) 蛍光マーカー化合物の供給源、
(b) ある量の蛍光マーカー化合物と分析サンプルとを保持して、これらが、時刻t0に開始され、時刻t∞に終了する反応を起して、前記蛍光マーカー化合物の蛍光特性が変化するようにするのに適した反応容器、
(c) 前記マーカー化合物における蛍光を励起するための波長λnを有する電磁放射線の発生源、
(d) 反応の進行につれて発生する蛍光を測定するための検出手段、
(e) 測定された蛍光から、時刻t0における蛍光の値F0と、すべての前記物質がマーカー化合物と反応した時刻t∞における蛍光の値F∞とを計算し、前記物質とマーカー化合物との反応に帰されない蛍光のバックグラウンド変化と該反応に帰されるバックグラウンド変化とを計算し、これらの計算された値から、t0においてサンプル中に存在する非蛍光物質および/またはその下位種の量および/または濃度を決定するのに適した演算処理装置、
を有することを特徴とする装置。
【請求項18】
血液由来のサンプルを受容し、ヘモグロビンおよび/または糖化ヘモグロビンの量の決定のための分析を行うのに適していることを特徴とする請求項17に記載の装置。
【請求項19】
λnが約510 nmであることを特徴とする請求項17または18に記載の装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2009−531700(P2009−531700A)
【公表日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−502224(P2009−502224)
【出願日】平成19年3月23日(2007.3.23)
【国際出願番号】PCT/GB2007/050147
【国際公開番号】WO2007/113590
【国際公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【出願人】(508293977)クオシェント ダイアグノスティックス リミテッド (2)
【Fターム(参考)】