説明

蛍光化抗体を用いた蛍光分析方法

本発明は、抗原抗体反応を利用して生体内物質等を簡便にかつ高感度で、しかも実時間で連続的に分析(イメージングを含む)することが可能な蛍光分析方法を提供することを目的とする。本発明の蛍光分析方法は、抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する抗体及び前記抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素をそれぞれ所定の濃度で含有する抗体色素溶液と、測定対象物質を含有する被検体溶液との混合溶液を得る混合工程、前記混合溶液に励起光を照射し、前記混合溶液から発せられる蛍光の強度を測定して測定値を得る測定工程、並びに予め求められている蛍光強度と測定対象物質濃度との関係に基づいて、前記測定値から前記測定対象物質の濃度を求める算出工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素を用いる蛍光分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体内の生体成分や種々の化学物質(医薬品、環境汚染物質など)を分析することは、学術研究や疾病の診断・治療にとって非常に重要である。しかし、これらの物質を分析するための一般的な従来法は、体液の採取や組織の摘出、更には夾雑物を除去するための複雑で時間のかかる前処理を要するため、生体内物質等を簡便にかつ高感度で分析することが可能な分析方法の開発が望まれてきた。
【0003】
そのため、このような分析を可能とする方法の一つとして、蛍光色素標識抗体を用いた免疫測定法(イムノアッセイ及びイムノメトリックアッセイ)が開発されている。すなわち、このような免疫測定法によれば、抗原抗体反応による特異的分子認識機能により選択性の高い分析が可能となると共に、蛍光分析により夾雑物を除去せずとも測定対象物質を選択的に測定することが可能となる。そして、蛍光色素標識抗体としては、予め蛍光色素で標識された抗体が一般的に使用され、抗原結合部位により一つの物質(抗原)が特異的に認識される。また、特開平4−211363号公報においては、二つの抗原結合部位を有しており、その一方がティッシュプラスミノーゲンアクチベータに対して惹起され、他方が蛍光物質等のラベルに対して惹起される二重特異性のハイブリッドモノクローナル抗体が開示されている。また、特開平9−5324号公報においては、非蛍光性色素を免疫性物質に付加して形成した抗原に対する抗体が開示されている。更に、特開平11−183477号公報においては、インシュリン及びマラカイトグリーン(MG)の結合物質(MG標識インシュリン)と、この結合物質を抗原とする抗MG−Ins抗体との抗原抗体反応に基づく蛍光強度の変化を、インシュリンの存在下に測定する蛍光免疫測定方法が開示されている。
【発明の開示】
【0004】
本発明者は、抗原抗体反応は不可逆的であるということが当業者の技術常識であり(例えば、「フルオロイムノアッセイ」宮井潔ら、講談社サイエンティフィクp.57−58(1985);K.Ichihara et al.,Clinica Chimica Acta Vol.98,p.87−100(1979);等)、従来の免疫測定法では生体内物質等の量の変動を実時間で連続して分析することは困難であることを見出した。
【0005】
また、本発明者は、特開平11−183477号公報に記載されたMG標識インシュリンと抗MG−Ins抗体との抗原抗体反応に際しては、インシュリンを認識する部位(インシュリン認識部位)において、インシュリンと、MG標職インシュリンとの競合反応が起こり、最終的にほとんど全てのMG標識インシュリンがインシュリン認識部位を占めて定常状態に達するようになること、すなわちインシュリンとMG標識インシュリンとの競合反応が不可逆反応であること、及び、そのため、かかる抗原抗体反応を利用した免疫測定法では、生体内物質等の量の変動を実時間で連続して分析することは困難であることを見出した。
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、抗原抗体反応を利用して生体内物質等を簡便にかつ高感度で、しかも実時間で連続的に分析(イメージングを含む)することが可能な蛍光分析方法を提供することを目的とするものである。
【0007】
本発明者は上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、本発明者が発明して既に特許出願している特開平9−5324号公報に記載の抗体、すなわち非蛍光性色素を免疫性物質に付加して形成した抗原に対する抗体を、非蛍光性色素単体及び免疫性物質単体の存在下に用いた抗原抗体反応は驚くべきことに可逆的であることを見出し、更に係る可逆的な抗原抗体反応を利用して蛍光分析を行うことによって上記目的が達成されることを見出すに至り、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は、抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する抗体及び前記抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素をそれぞれ所定の濃度で含有する抗体色素溶液と、測定対象物質を含有する被検体溶液との混合溶液を得る混合工程、前記混合溶液に励起光を照射し、前記混合溶液から発せられる蛍光の強度を測定して測定値を得る測定工程、並びに予め求められている蛍光強度と測定対象物質濃度との関係に基づいて、前記測定値から前記測定対象物質の濃度を求める算出工程、を含む蛍光分析方法にある。
【0009】
本発明の蛍光分析方法においては、前記抗体色素溶液と前記被検体溶液との混合溶液中において前記色素と前記測定対象物質とがそれぞれ抗原抗体反応によって前記抗体に結合し、抗体に結合した色素は非蛍光性から蛍光性に転じる。その際、抗体への色素の結合は共存する測定対象物質の量の影響を受けるため、抗体に結合した色素により発せられる蛍光の強度は共存する測定対象物質の量に応じて阻害又は増強される。そのため、色素と抗体の量が一定な溶液においては蛍光強度と測定対象物質濃度とが相関することとなり、このような相関関係(検量線)に基づいて実際の蛍光強度の測定値から測定対象物質の濃度が求められる。従って、本発明の蛍光分析方法においては、抗原抗体反応による特異的分子認識機能により選択性の高い高感度な分析が可能であると共に、夾雑物の影響を受けにくい蛍光分析により夾雑物を除去せずとも測定対象物質を選択的に簡便に測定することが可能となる。そして、本発明に係る抗原抗体反応、すなわち前記抗体における前記色素を認識する部分と前記色素との結合反応、及び前記抗体における前記測定対象物質を認識する部分と前記測定対象物質との結合反応は、抗原抗体反応は不可逆的であるという従来の技術常識に反して可逆的であり、前記抗体における前記色素及び前記測定対象物質を認識する部分が前記色素や前記測定対象物質で占められて定常状態に達することはないため、測定対象物質の量の変動に対応して蛍光強度が変動することを利用して実時間で連続的に分析(イメージングを含む)することが可能である。
【0010】
従って、本発明の蛍光分析方法においては、前記算出工程の後に、更なる被検体溶液を前記混合溶液に添加して混合し、前記測定工程及び前記算出工程を実行して測定対象物質の濃度を繰り返し求める連続分析工程を更に含んでいてもよい。このような連続分析工程を含むことによって、測定対象物質の濃度を実時間で連続的に分析することが可能となる。
【0011】
また、前記算出工程は、前記測定値を、前記被検体溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正して蛍光強度補正値を得る工程と、予め求められている蛍光強度補正値と混合溶液中の測定対象物質濃度との関係に基づいて、前記蛍光強度補正値から前記混合溶液中の測定対象物質の濃度を求める工程と、前記混合溶液中の測定対象物質濃度から前記被検体溶液中の測定対象物質の濃度を求める工程と、を含むことが好ましい。上記工程を含むことにより、被検体溶液の添加に伴う混合溶液中の色素及び抗体の濃度変化が無視できない場合であってもそのような濃度変化がない状態に補正され、分析精度の低下が十分に防止される。
【0012】
更に、本発明の蛍光分析方法は、抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する抗体及び前記抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素をそれぞれ所定の濃度で含有する抗体色素溶液と、測定対象物質を所定の濃度で含有する標準溶液との混合溶液を得る混合工程、前記混合溶液に励起光を照射し、前記混合溶液から発せられる蛍光の強度を測定して測定値を得る測定工程、更なる標準溶液を前記混合溶液に添加して混合した後に前記測定工程を実行して蛍光強度の測定値を繰り返し求める連続測定工程、並びに前記測定工程及び前記連続測定工程において得られた測定値と前記測定対象物質の添加量とに基づいて、蛍光強度と測定対象物質濃度との関係を求める検量線作成工程、を更に含んでいてもよい。このような工程を含むことによって、蛍光強度と測定対象物質濃度との相関関係、すなわち検量線を効率良く得ることが可能となる。
【0013】
また、前記検量線作成工程が、前記測定値を、前記標準溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正して蛍光強度補正値を得る工程と、前記混合溶液中の測定対象物質濃度を算出する工程と、前記蛍光強度補正値と前記混合溶液中の測定対象物質濃度との関係を求める工程と、を含むことが好ましい。上記工程を含むことにより、被検体溶液の添加に伴う混合溶液中の色素及び抗体の濃度変化が無視できない場合であってもそのような濃度変化がない状態に補正され、検量線の精度の低下が十分に防止される。
【0014】
なお、本発明に係る前記色素としては、トリフェニルメタン構造を有する色素並びにジフェニルメタン構造を有する色素が好ましく、マラカイトグリーン又はオーラミンOがより好ましい。
【0015】
また、本発明に係る前記抗体としては、(i)前記色素と前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体、或いは、(ii)抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じるために必要な構造が前記色素と共通する色素と前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体が好ましく、このような抗体と色素との組み合わせとしては、(i)前記抗体がマラカイトグリーンと前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であり、前記色素がマラカイトグリーンである組み合わせ、或いは、(ii)前記抗体がマラカイトグリーンと前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であり、前記色素がオーラミンOである組み合わせがより好ましい。
【0016】
更に、本発明の蛍光分析方法による前記測定対象物質としては、免疫測定の対象となるべきタンパク質、ホルモン、ビタミン、菌体、環境汚染物質及び医薬品からなる群から選択されるものが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1は、抗原としてのMG−測定対象物質複合体を示す模式図である。
【0018】
図2は、抗原認識部位がMGと測定対象物質の両者を認識した状態を示す模式図である。
【0019】
図3は、MGと抗体との抗原抗体反応を示す模式図である。
【0020】
図4は、測定対象物質と抗体との抗原抗体反応を示す模式図である。
【0021】
図5は、抗体、MGおよび測定対象物質の三者の抗原抗体反応を示す模式図である。
【0022】
図6A及び図6Bはそれぞれ、抗体−MG間の抗原抗体反応に及ぼす測定対象物質の影響を示す模式図である。
【0023】
図7は、半減期はMG−抗体が測定対象物質−抗体より長いことを示す模式図である。
【0024】
図8は、本発明に係る検量線の作成方法の好適な一実施形態を示すフローチャートである。
【0025】
図9は、本発明の蛍光分析方法の好適な一実施形態を示すフローチャートである。
【0026】
図10は、抗MG−Ins血清の抗体価を示すグラフである。
【0027】
図11は、抗MG−Ins FabとMGを反応させたときのMGの蛍光スペクトルを示すグラフである。
【0028】
図12は、MG濃度とMG蛍光強度との関係を示すグラフである。
【0029】
図13は、インシュリン濃度とMG蛍光強度との関係(検量線)を示すグラフである。
【0030】
図14は、抗MG−Ins IgGとAOを反応させたときのAOの蛍光スペクトルを示すグラフである。
【0031】
図15は、インシュリン濃度とAO蛍光強度との関係(検量線)を示すグラフである。
【0032】
図16は、インシュリンと抗インシュリンIgGを繰り返し添加した際のAO蛍光強度変化を示すグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、図面を参照しつつ本発明の蛍光分析方法の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面中、同一又は相当部分には同一符号を付することとする。
【0034】
(色素)
本発明において使用される色素は、水等の通常の溶媒中で非蛍光性であり、後述する抗体に結合すると蛍光性に転じるものであればよく、特に制限されない。なお、本発明において非蛍光性とは、実質的に蛍光性でないことを意味し、通常の測定条件では蛍光スペクトルを示さないかもしくは極めて弱い蛍光のみ示し、実質的には市販の装置等により蛍光分析(蛍光分光分析)ができないとされているものが好ましい(西川泰治等、″蛍光リン光分析法″、共立出版、30ページ、1984年)。このような実質的に蛍光性を示さない色素としては、蛍光量子収率が特定の条件で1%未満のものが好ましく、蛍光量子収率が特定の条件で0.01%以下のものがより好ましい。
【0035】
また、本発明において色素が抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じるとは、実質的に蛍光性でない色素が抗体に結合すると蛍光性となり(蛍光性が高まり)、通常の蛍光分析で得られる感度以上の分析感度を得ることにより蛍光分析が可能となることを意味し、色素の蛍光量子収率が通常の測定条件では極めて小さい状態(例えば0.01%以下)から本発明に係る処理により抗体と結合(相互作用)することにより蛍光量子収率が大きい状態(例えば1%以上)に変化することが好ましい。
【0036】
ここで、色素が非蛍光性から蛍光性に転じる際の蛍光強度の増加は、蛍光量子収率が少なくとも10倍以上増加することが好ましく、少なくとも100倍以上増加することがより好ましく、少なくとも1000倍以上増加することが特に好ましい。
【0037】
また、本発明で使用可能な色素とは必ずしも可視部の吸収を有する(350nm以上に吸収極大を有する)必要はなく、紫外部の吸収を有する(350nm以下に吸収極大を有する)もの、または吸収バンドが可視部にまで及んでいるものでもよい。
【0038】
本発明で使用可能な色素の分子構造は特に制限されず、種々の発色団(クロモファ)を含むものが使用可能であり、pHが中性附近で安定な発色団を含むものが望ましい。
【0039】
このような色素としては、例えば、分子構造中にトリフェニルメタン骨格を有する色素(例えば、講談社サイエンティフィック社、大河原信編「色素ハンドブック」参照)が好ましく、このようなトリフェニルメタン系色素としては下記化学構造を有するマラカイトグリーン(MG)が特に好ましい。

【0040】
また、このような色素としては、分子構造中にジフェニルメタン骨格を有する色素(例えば、講談社サイエンティフィック社、大河原信編「色素ハンドブック」参照)も好ましく、このようなジフェニルメタン系色素としては下記化学構造を有するオーラミンO(AO)が特に好ましい。

【0041】
このようなマラカイトグリーンやオーラミンOを用いると約1000倍以上の蛍光量子収率の増加が得られ得る。また、これらの色素以外に、CCVJ(9−(dicyanovinyl)julolidine)系色素、ANS(アニリノナフタレン)系色素、TNS(p−トルイジニルナフタレン)系色素、DNP(2,4−ジニトロフェニル)系色素も好ましく利用可能である。
【0042】
なお、マラカイトグリーンは水溶液中ではほぼ無蛍光であるが、抗MG抗体に結合すると蛍光性になる。これは、マラカイトグリーンの分子内運動が抗体によって抑制された結果、マラカイトグリーンが励起光を吸収した後、水溶液中にある場合に比べて分子内運動の熱的過程(=非輻射過程)で基底状態に戻る確率が相対的に減少し、輻射過程での失活(=蛍光を発する)が相対的に増加した為であると本発明者は推察している。このことは、同様の化学構造や同様の失活過程を有する色素全般に当てはまる(ジフェニルメタン系色素、トリフェニルメタン系色素)。また、メカニズムは違っても、抗体によって蛍光強度が著しく増す色素は他にも知られている(Tomomichi Iwaki et al.,Biochemistry 1993,Vol.32,p.7589−7592;蛋白核酸酵素別冊「蛍光測定の原理と生体系への応用」小野寺昌彦(金岡祐一他編集)共立出版、1974年、p.189−197)。
【0043】
(測定対象物質)
本発明の蛍光分析方法に適用可能な測定対象物質としては、前記色素と結合した物質(複合体)が抗原として機能するものであればよく、特に制限されない。なお、本発明に係る測定対象物質自体は免疫性物質である必要性は必ずしもない。すなわち、免疫寛容・低抗原性の物質に対しては抗体が得られないのが通常であるが、本発明においては測定対象物質に人工化合物である色素が結合した複合体を抗原として用いて抗体を得るため、測定対象物質自体は免疫寛容・低抗原性の物質であっても色素との複合体は免疫性となる可能性が高く、後述する方法により抗体を得ることが可能である。
【0044】
従って、本発明の蛍光分析方法においては、無機イオンや有機イオンを除く広範な物質を測定対象物質として適用可能であり、中でも免疫測定の対象となるべきタンパク質(インシュリン等)、ホルモン、ビタミン、菌体、環境汚染物質及び医薬品からなる群から選択されるものが測定対象物質として好ましい。
【0045】
なお、測定対象物質自身が抗原となるのに十分な分子量(通常、約5000以上)を持つものであれば、そのような測定対象物質の全てについて後述の抗体を調製することができる。すなわち、たとえ測定対象物質が免疫される動物にとって免疫寛容な物質(その動物種の生体内成分である場合など)であっても、後述の抗体は調製可能である。なぜなら、本発明に係る抗原は測定対象物質自身ではなく、それに人工物である色素を架橋した人工の物質だからである。
【0046】
また、測定対象物質自身は抗原となるのに十分な分子量を持たない場合であっても、色素と測定対象物質との複合体に対して抗原性を有する担体を更に共有結合で架橋したものを調製し、これを抗原として用いればよい。この場合でも、抗原認識部位が色素と測定対象物質の両者を認識する形をしている以下の抗体が得られる。
【0047】
(抗体)
本発明において使用される抗体は、その抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識するものである。すなわち、本発明に係る抗体は、一つの抗原結合部位が空間的に複数の部分に分解されており、その一部が色素を認識し、残りの一部が測定対象物質を認識する。このように一つの抗原結合部位に複数の異なる機能を持たせた技術は従来は存在せず、本発明者により初めて見出されたものである。
【0048】
このような本発明に係る抗体は、本発明の蛍光分析方法に用いられる色素と測定対象物質との結合物質を抗原として好適に形成され、例えば、分析に用いられる色素がマラカイトグリーンである場合に、前記抗体はマラカイトグリーンと測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であることが好ましい。
【0049】
また、分析に用いられる色素と抗体を得るための色素とは同一である必要は必ずしもなく、抗体により認識されかつ抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じるために必要な構造が両者に共通する色素を用いてもよい。このような構造が共通する色素の組み合わせとしてはマラカイトグリーンとオーラミンOとの組み合わせが挙がられる。従って、例えば、分析に用いられる色素がオーラミンOである場合に、前記抗体はマラカイトグリーンと測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であってもよい。
【0050】
(色素と測定対象物質との複合体(抗原)の作製)
本発明に係る前記色素と測定対象物質との複合体(抗原)の作製方法については特に制限されず、例えば、上記の測定対象物質と色素とを所定時間撹拌混合し、ゲル瀘過クロマトグラフィを用いて色素と測定対象物質との複合体である抗原の画分を分離することが可能である。
【0051】
さらに必要な場合には、例えば免疫反応を利用する精製手段を使用することにより得られた抗原を精製することも可能である(川島紘一郎(訳)「イムノアッセイ入門」、南山堂、70ページ、1987年)。また、得られた抗原の濃度は、例えばLowry法で定量可能である。
【0052】
(抗血清の作製)
本発明に係る前記抗体は、以下に説明する免疫工程で好ましく作製可能である。
【0053】
即ち本発明に係る前記抗体は、免疫動物に前記複合体(抗原)を投与した後、免疫動物から血液を採取し、この血液から抗血清を分離することにより作製可能である。前記複合体(抗原)を投与する免疫動物としては特に制限されないが、ウサギ、モルモット等が好適に使用可能である。また、使用可能な免疫アジュバントも特に制限されないが、一般的なフロイント不完全アジュバント、アルミニウムアジュバント等が好適に使用可能である。更に、使用可能な免疫注射法についても特に制限はないが、例えばモルモットにおいては皮下注射、腹こう内注射等が好適に使用され得る。また、抗血清の産生確認と採取については、必要ならば追加免疫を実施し、試験採取を行って抗体価を調べることにより行うことが可能である。
【0054】
採取された抗血清を分離する方法は特に制限はなく、一般的な方法、例えば採血血液を凝固させた後、遠心分離により血清を分離することが可能である。得られた抗血清の前記複合体(抗原)に対する特異的抗体活性は、酵素免疫反応等で好ましく測定可能である(図説 蛍光抗体法−その原理と技術および応用−」川生明著、p.135−138、ソフトサイエンス社(1983))。
【0055】
(IgG画分の作製)
本発明においては、上記抗血清中の抗体を用いてもよいが、抗血清を精製して得られたIgG画分を抗体として用いてもよい。このような抗血清からIgG画分を精製する方法は特に制限されず、塩析法、ゲル瀘過法、イオン交換クロマトグラフィ法等が好ましく使用可能であり、特にプロテインA法が好ましく使用可能である。得られたIgG画分を更に遠心法により濃縮してもよく、このようにしてIgG画分を所定の濃度に調整可能である。
【0056】
(抗原結合性フラグメント(Fab)の作製)
本発明においては、上記IgG画分から調製した抗原結合性フラグメント(Fab)を抗体として用いることがより好ましい。抗原結合性フラグメント(Fab)を用いると、測定対象物質との免疫複合体の沈殿生成がより確実に防止される傾向にある。このようなIgG画分から抗原結合性フラグメント(Fab)を調製する方法は特に制限されず、例えば消化酵素(消化酵素パパイン等)を用いてIgG画分を消化させて抗原結合性フラグメント(Fab)を得ることが可能である。また、得られた抗原結合性フラグメント(Fab)をプロテインA法のような免疫沈降法等によって精製することが好ましく、更に遠心法により濃縮してもよい。このようにして抗原結合性フラグメント(Fab)を所定の濃度に調整可能である。
【0057】
(本発明の蛍光分析方法の原理)
本発明の蛍光分析方法においては、前述の抗体と色素と測定対象物質とを溶液中で混合すると、色素と測定対象物質とがそれぞれ抗原抗体反応によって抗体に結合し、抗体に結合した色素は非蛍光性から蛍光性に転じる。その際、抗体への色素の結合は共存する測定対象物質の量の影響を受け、抗体に結合した色素により発せられる蛍光の強度は共存する測定対象物質の量に応じて阻害又は増強される。また、本発明に係る抗原抗体反応は、抗原抗体反応は不可逆的であるという従来の技術常識に反して可逆的であり、測定対象物質の量の変動に対応して蛍光強度が変動する。このような本発明の蛍光分析方法の原理は以下の通りであると本発明者は推察している。なお、本発明に使用される色素を代表してマラカイトグリーン(以下、MGと示す)を用いた場合を例にとって説明する。
【0058】
さて、MGは単独で抗原とするには分子量が小さすぎるので、抗MG抗体を得る場合にはより分子量の大きな物質(担体)にMGを共有結合で架橋した化合物が抗原として動物に投与される。その時、担体として測定対象物質を選べば、抗原はMGと測定対象物質との共有結合による複合体(図1に示すようなMG−測定対象物質複合体)となる。こうして得られた抗体(IgGなど)には、図2に示すようにその抗原認識部位がMGと測定対象物質の両者を認識する形をしているものが含まれる。
【0059】
この抗体とMGを溶液中で混合すると抗原抗体反応が起こり、図3に示すようにMGは抗体の抗原結合部位に(非共有結合的に)結合する。この結合の解離速度定数をkd−MGとする。一方、測定対象物質をこの抗体と溶液中で混合した場合も同様に、図4に示すように測定対象物質は抗体の抗原結合部位に(非共有結合的に)結合する。この解離速度定数をkd−analとする。しかし、MGも測定対象物質も抗原(すなわちMG−測定対象物質複合体)の一部分でしかないので、MG単独と抗体の結合(以下、「MG−抗体結合」という)、測定対象物質単独と抗体の結合(以下、「測定対象物質−抗体結合」という)のそれぞれは、そもそもの抗原であるMG−測定対象物質複合体と抗体の結合より弱いと推察される。すなわち、MG−測定対象物質複合体と抗体の結合の解離速度定数をkd−Agとすると、解離速度定数が小さい方が解離しにくい、つまり結合が強いから、各解離速度定数の関係は
kd−Ag<kd−MG
kd−Ag<kd−anal
となる。
【0060】
次に、この抗体、MG及び測定対象物質の三者を混合すると、図5に示すようにMGも測定対象物質も共に抗体の抗原結合部位と結合する。そして、MGと測定対象物質の両者が抗原結合部位に収まった時が、MG−測定対象物質複合体が抗体に結合した図2に示す状態に近い為、最も安定であると推察される。しかし、この時、MG−抗体結合に測定対象物質が影響を及ぼす可能性があり、測定対象物質−抗体結合にMGが影響を及ぼす可能性もある。その反応速度論は、抗原結合部位内でMGと測定対象物質それぞれが占める位置(どちらがより奥にあるか)と、それぞれの解離速度定数で決まると推察される。例えば、MGが測定対象物質より奥まった位置に結合するならば、測定対象物質が先に抗体と結合すると図6Aに示すようにMGの結合が阻害され、一方、先にMGが結合すれば図6Bに示すようにその後の測定対象物質の結合によりMGの結合はMG単独の場合に比べてより安定化されて増強される。このような増強は、MG−抗体結合のkd−MGが見かけ上小さくなった事に等しい。すなわち、この見かけの解離速度定数をkd−MG’とすると、kd−MG’<kd−MGとなる。そして、kd−MG、kd−analが同程度ならば、この阻害と増強は大差なく起こると推察される。
【0061】
しかし、両者に違いがある場合、阻害と増強のどちらかが優位になる。一般に、抗原抗体複合体の半減期t1/2はt1/2=0.693/kdで求まる。すなわち、kdが小さい方が半減期が長い。従って、kd−MG<kd−analの場合は、図7に示すように半減期はMG−抗体結合の方がより長くなる。すると、図6Aに示す阻害が起こっても、比較的短時間で測定対象物質は抗体から解離してしまい、その後MGが結合してより長い半減期でMG−抗体結合を形成し続ける。そしてそこには測定対象物質が結合する事ができ、その結果増強が起こることとなる(kd−MG’<kd−MGになる)。逆に、kd−anal<kd−MG(MGの方が解離が速い)の場合は、MGは結合しても測定対象物質が結合して増強を受ける前に抗体から解離してしまうので、増強が起こりにくくなり、阻害が支配的になる。
【0062】
実際には、得られた抗体でkd−MGとkd−analの大小関係はまちまちであると推察され、モノクローナル抗体の場合は各抗体クローンで、ポリクローナル抗体の場合は含まれる各モノクローン抗体の総体として、阻害と増強のどちらかが起こると推察される。
【0063】
本発明はこの現象を利用するものである。すなわち、MG−抗体結合に着目すると、MGと抗体を一定量に保った場合、阻害もしくは増強の程度は共存する測定対象物質の量に依存することとなり、それはMGの蛍光強度の変化となって現れる。従って、MGの蛍光強度変化を測ることにより、測定対象物質の検出・定量が可能となる。
【0064】
そして、本発明に係る上記の抗原抗体反応は、抗原抗体反応は不可逆的であるという従来の技術常識に反して可逆的である。そのため、測定対象物質の量の変動に対応してMGの蛍光強度が変動し、その蛍光強度変化を測ることにより測定対象物質を実時間で連続的に分析することが可能となる。
【0065】
(検量線の作成)
本発明の蛍光分析方法においては、実試料の測定に先立って、蛍光強度と測定対象物質濃度との関係を示す検量線を予め求めておくことが好ましい。本発明に係る検量線の作成方法の好適な実施形態について、図8に示すフローチャートに基づいて詳細に説明する。
【0066】
画8に示すフローチャートにおいては、先ず、抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する前記抗体と、抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる前記色素とをそれぞれ所定濃度(抗体濃度:YμM、色素濃度:ZμM)で含有する抗体色素溶液Amlを調製する(S101)。なお、用いる溶媒は特に制限されないが、pHが中性付近(好ましくはpH6.5〜7.5)の緩衝液が好ましく、このような溶媒としては例えばリン酸緩衝生理食塩水が挙げられる。
【0067】
そして、この抗体色素溶液を蛍光測定用セルに入れ、用いる色素等に応じて励起光波長及び蛍光波長をそれぞれ所定値に設定した蛍光分光光度計にセットする。その際、次数nの初期値をn=1と設定する(S102)。なお、セルホルダーの温度を一定温度に保つことが好ましく、保持温度は25〜37℃の範囲内の温度が好ましい。また、セル中の溶液を所定時間攪拌することが好ましい。
【0068】
次に、測定対象物質を所定濃度(XμM)で含有する標準溶液Bmlをセル中の溶液に添加し、得られた混合溶液を所定時間攪拌して色素及び測定対象物質と抗体との抗原抗体反応を進行せしめる(S103、混合工程)。なお、標準溶液に用いる溶媒も特に制限されないが、抗体色素溶液に用いた溶媒と同様にpHが中性付近の緩衝液(例えばリン酸緩衝生理食塩水)が好ましい。
【0069】
続いて、セル中の混合溶液に所定の励起光波長を有する励起光を照射し、その混合溶液から発せられる所定の蛍光波長を有する蛍光の強度を測定して測定値Iを取得する(S104、測定工程)。なお、励起光の照射及び蛍光強度の測定の具体的方法は特に制限されず、蛍光強度測定値Iとしては所定の測定時間中の蛍光強度の平均値や積分値が好適に取得される。また、測定対象物質未添加の状態における蛍光強度をブランクとし、実際の蛍光強度の測定値からブランクの値を差し引いた値を蛍光強度の測定値Iとしてもよい(但し、この場合、実際の測定値に対し、標準溶液等の添加に伴う体積変化に応じた補正を施した後にブランクの値を差し引くものとする)。
【0070】
そして、このようにして得られた蛍光強度測定値Iを前記標準溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正し、抗体濃度がYμMでかつ色素濃度がZμMである溶液における蛍光強度に相当する蛍光強度補正値I’を算出する(S105)。なお、蛍光強度の体積変化を補正する際の計算式は以下の数式(1):

であり、次数n=1の時は

となる。
【0071】
また、蛍光強度を測定した混合溶液中の測定対象物質の濃度X’μMを算出する(S106)。なお、混合溶液中の測定対象物質濃度を算出する際の計算式は以下の数式(2):

であり、次数n=1の時は

となる。
【0072】
このようにして次数n=1の時の蛍光強度補正値I’及び測定対象物質濃度X’を得た後、次数nに1を付加し(S108)、前述の標準溶液Bmlの添加混合(S103)、蛍光強度測定値Iの取得(S104)、蛍光強度補正値I’の算出(S105)及び測定対象物質濃度X’の算出(S106)を再度行ない、次数n=2の時の蛍光強度補正値I’及び測定対象物質濃度X’を得る。なお、次数n=2の時は、前記数式(1)は

となり、前記数式(2)は

となる。
【0073】
更に、このようにして得られる蛍光強度補正値I’が標準溶液を添加しても変化しなくなるまで、すなわち(I’−In−1’)の値が設定値(例えばゼロ)以下になるまで(S107)、上記のS108→S103→S104→S105→S106→S107を繰り返し(連続測定工程)、次数nが1からnの時の蛍光強度補正値I’及び測定対象物質濃度X’をそれぞれ得る。
【0074】
そして、このようにして得られた次数nが1からnの時の蛍光強度補正値I’及び測定対象物質濃度X’に基づいて、蛍光強度補正値I’と測定対象物質濃度X’との関係を示す検量線を作成する(S109、検量線作成工程)。なお、これらの数値を検量線化する具体的な手法は特に制限されないが、最小二乗法等の公知の手法を適宜利用してより精度の高い検量線が得られる。
【0075】
(実試料の測定)本発明の蛍光分析方法の好適な実施形態について、図9に示すフローチャートに基づいて詳細に説明する。
【0076】
図9に示すフローチャートにおいては、先ず、検量線を作成した時と同様に、抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する前記抗体と、抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる前記色素とをそれぞれ所定濃度(抗体濃度:YμM、色素濃度:ZμM)で含有する抗体色素溶液Amlを調製する(S201)。なお、用いる溶媒は特に制限されないが、検量線の作成に用いた溶媒と同様にpHが中性付近の緩衝液(例えばリン酸緩衝生理食塩水)が好ましい。また、抗体色素溶液中の抗体濃度及び色素濃度が検量線を作成した時と同様にそれぞれYμM、ZμMとなるようにしてある。
【0077】
そして、この抗体色素溶液を蛍光測定用セルに入れ、検量線を作成した時と同様に励起光波長及び蛍光波長をそれぞれ所定値に設定した蛍光分光光度計にセットする。その際、次数nの初期値をn=1と設定する(S202)。なお、セルホルダーの温度を検量線を作成した時と同じ温度に保つことが好ましく、保持温度は25〜37℃の範囲内の温度が好ましい。また、セル中の溶液を所定時間攪拌することが好ましい。
【0078】
次に、被検体溶液Bmlをセル中の溶液に添加し、得られた混合溶液を所定時間攪拌して色素及び測定対象物質と抗体との抗原抗体反応を進行せしめる(S203、混合工程)。なお、被検体溶液としては、測定対象となる体液等をそのまま用いてもよいが、溶媒により所定倍に希釈した溶液であってもよい。このような希釈に用いる溶媒も特に制限されないが、抗体色素溶液に用いた溶媒と同様にpHが中性付近の緩衝液(例えばリン酸緩衝生理食塩水)が好ましい。
【0079】
続いて、セル中の混合溶液に所定の励起光波長を有する励起光を照射し、その混合溶液から発せられる所定の蛍光波長を有する蛍光の強度を測定して測定値Iを取得する(S204、測定工程)。なお、励起光の照射及び蛍光強度の測定の具体的方法は特に制限されないが、検量線を作成した時と同様に蛍光強度測定値Iとしては所定の測定時間中の蛍光強度の平均値や積分値が好適に取得される。
【0080】
そして、このようにして得られた蛍光強度測定値Iを前記被検体溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正し、抗体濃度がYμMでかつ色素濃度がZμMである溶液における蛍光強度に相当する蛍光強度補正値I’を算出する(S205)。なお、蛍光強度の体積変化を補正する際の計算式は以下の数式(3):

であり、次数n=1の時は

となる。
【0081】
次に、予め求められている蛍光強度補正値I’と測定対象物質濃度X’との関係を示す検量線に基づいて、蛍光強度補正値I’から混合溶液中の測定対象物質の濃度X’μMを求める(S206)。
【0082】
そして、このようにして求められた混合溶液中の測定対象物質の濃度X’から、前記被検体溶液Bml中の測定対象物質の濃度XμMを算出することができる(S207)。なお、被検体溶液中の測定対象物質濃度を算出する際の計算式は以下の数式(4):

であり、次数n=1の時は

となる。また、本実施形態においては、上記の蛍光強度補正値I’の算出(S205)、混合溶液中の測定対象物質の濃度X’の算出(S206)及び被検体溶液中の測定対象物質の濃度Xの算出(S207)が本発明に係る算出工程に相当する。
【0083】
このようにして被検体溶液中の測定対象物質濃度Xを測定することができるが、前述の通り本発明に係る抗原抗体反応は可逆的であるため、以下のようにして別の被検体溶液を連続して測定することも可能である。すなわち、別の被検体溶液を測定する必要がある場合は(S208)、次数nに1を付加し(S209)、前述の被検体溶液Bmlの添加混合(S203)、蛍光強度測定値Iの取得(S204)、蛍光強度補正値I’の算出(S205)、混合溶液中の測定対象物質の濃度X’の算出(S206)及び被検体溶液中の測定対象物質の濃度Xの算出(S207)を再度行ない、2番目(次数n=2)の被検体溶液中の測定対象物質濃度Xを測定することができる。なお、次数n=2の時は、前記数式(3)は

となり、前記数式(4)は

となる。
【0084】
そして、更なる別の被検体溶液を測定する必要がなくなるまで(S208)上記のS209→S203→S204→S205→S206→S207→S208を繰り返すことにより(連続分析工程)、複数(次数nが1からn)の被検体溶液中の測定対象物質濃度Xを連続して測定することができる。なお、このような測定対象物質濃度の連続的測定は、抗体が測定対象物質に対して飽和するなどして、被検体溶液を添加しても蛍光強度が変化しなくなるまで繰り返すことが可能である。
【0085】
以上説明した本実施形態の蛍光分析方法においては、抗原抗体反応を利用しているため、その特異的分子認識機能により選択性の高い高感度な分析が可能であり、更に、蛍光分析により夾雑物を除去せずとも測定対象物質を選択的に簡便に測定することが可能である。そして、抗原抗体反応は不可逆的であるという従来の技術常識に反して本発明に係る抗原抗体反応は可逆的であるため、測定対象物質の量の変動に対応して蛍光強度が変動(増強又は阻害)することを利用して実時間で連続的に分析することが可能である。
【0086】
(実施例)
以下、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0087】
実施例1[抗MG−Ins抗体のFabとMGを用いたインシュリンの定量]
(1−1)試薬および実験動物
実施例において用いた主な試薬および実験動物は以下の通りである。マラカイトグリーン(MG、Aldrich Chemical Company,Inc.製)、マラカイトグリーンイソチオシアネート(MGITC、Molecular Probes Inc.製)、オーラミンO(AO、Aldrich Chemical Company,Inc.製))、ジメチルスルホキシド(DMSO、和光純薬工業(株)製)、インシュリン(ブタ、和光純薬工業(株)製)、SDS(Sodium Dodecyl Sulfate、和光純薬工業(株)製)、抗ブタインシュリン抗体(免疫動物Guinea Pig,Sigma製)、モルモット(Crj;Hartley、オス、3週令、SPF、体重225〜240g、日本チャールス・リバー(株)製)、麻酔剤(NEMBUTAL Sodium Solution、50mg/ml、ダイナボット(株)製)、RAS(Ribi Adjuvant System MPL+TDM+CWS Emulsion,R−730(RIBI Immuno Chem Research,Inc.製)、0.1Mリン酸緩衝液(PB、pH7.0)、抗原コーティング用緩衝液(50mM炭酸ナトリウム緩衝液、pH8.4(+)NaN)、洗浄用緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.2(+)0.05%Tween20)、ブロッキング用緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水、pH7.2 0.5%Gelatin)、96穴マイクロタイタープレート(ELISA TESTPLATE F−FORM 2X8 F−STRIPS BINDUNG、greiner製)、ペルオキシダーゼ標識ゴート抗モルモットIgG抗体(Peroxidase標識Goat抗Guinea Pig IgG抗体、ORGANON TEKNIKA CORPORATION Cappel Research Product製)、試料前処理用カートリッジ(遠心濃縮用MINICENT−30又はULTRACENT−30、東ソー(株)製、分画分子量30,000ダルトン)、呈色試薬キット(ABTS Peroxidase Substrate System、Kirkegaard & Perry Laboratories Inc.製)、固定化パパイン(Sigma製)。
【0088】
(1−2)使用機器
実施例において用いた主な機器は以下の通りである。プレートリーダー(BIO−RAD MODEL 3550 MICROPLATE READER)、遠心機(HITACHI SCR18B、日立製作所製)、遠心機ローター(RPR−18−3、日立製作所製)、遠心機(Labnet FORCE 7、Labnet International Inc.製)、遠心機(KOKUSAN MODEL H−103RS、国産遠心機(株)製)、ボルテックスミキサー(AUTOMATIC MIXER S−100、TAITEC(株)製)、蛍光分光光度計(Fluorolog、instruments S.A.Inc.製)、サーキュレーター(BU150P、ヤマト科学(株)製)、ミクロ回転子(井内盛栄堂製)、蛍光測定用セル(井内盛栄堂製)、高速液体クロマトグラフィー(LaChromシステムインターフェイスD−7000,UV検出器D−7400,ポンプD−7100,デガッサーD−7610、日立製作所製)。
【0089】
(1−3)共通実験法(蛋白質試料の遠心濃縮及び蛋白定量の方法)
蛋白質を含む試料は、試料前処理用カートリッジ(ULTRACENT−30又はMINISENT−30)と遠心機(HITACHI SCR18B又はLabnet Force 7)を用いて3,000xgにて遠心濃縮した。溶媒の置換も遠心濃縮時に同時に行った。
【0090】
また、試料の蛋白質濃度は、市販の試薬キット(BCA Protein Assay Reagent Kit、PIERCE製)および標準蛋白質溶液(ウマIgG標準液、濃度2mg/ml、ImmunoPure Horse IgG Standard、PIERCE製)を用いてBCA法にて定量した。すなわち、蛋白質試料(必要に応じてPBにて希釈したもの)、標準蛋白質溶液希釈系列(25〜1500μg/ml)、およびPB(検量線用ブランク試料)それぞれ25μlを容量1.5mlのエッペンドルフチューブに入れ、それに試薬キットの反応液(BCA Protein Assay Reagent Kitマニュアル(Pierce製)に従って必要量を調製)500μlを加え攪拌し、37℃で30〜60分間加温した。その後、各エッペンドルフチューブから300μlを96穴マイクロタイタープレートに分注し、プレートリーダーにて595nmの吸光度を測定した。そして、標準蛋白質溶液希釈系列の濃度−吸光度の関係から作成した検量線を用いて蛋白質試料の蛋白濃度を求めた。
【0091】
(1−4)抗原(MG−Ins複合体)の調製
抗原となるマラカイトグリーン(MG)とインシュリン(Ins)の共有結合物(MG−Ins複合体)の調製と精製を以下のようにして行った。すなわち、インシュリン4.7mgおよびマラカイトグリーンイソチオシアネート(MGITC)0.6mg(20μlのジメチルスルホキシドに溶解)を2mlの0.1M炭酸ナトリウム緩衝液(pH9.8)に溶解し、容器をアルミホイールで遮光し4℃にて一夜攪拌した。この反応でマラカイトグリーンイソチオシアネートはインシュリンのアミノ基に結合し、MG−Ins複合体が得られる。次いで、未反応成分を除去するため、得られた反応液を0.1Mリン酸ナトリウム緩衝液(PB、pH7.0)で平衡化したゲル濾過カラム(Econo−Pac 10DG、BIO−RAD製)に供し、4mlのPBにてカラムから溶出させてMG−Ins画分(約1.2mg/ml)を得た。
【0092】
(1−5)免疫による抗血清の調製
MG−Ins画分330μlと生理食塩水1.7mlをRASのバイアルに添加し、ボルテックスミキサーにて激しく攪拌し、抗原とアジュバントのエマルジョンを調製した。
【0093】
次いで、モルモット4匹を麻酔剤(NEMBUTAL)で麻酔し(投与量15ml/kg)、頸部に上記エマルジョンを一匹当たり0.5ml(皮下注射(0.1ml×4カ所)及び腹腔内投与(0.1ml))投与した。この初回免疫の後、同量の抗原をアジュバントとともに1週間間隔で3回投与して追加免疫を行った。
【0094】
最後の追加免疫から1週間後、モルモットをエーテル麻酔後に開腹し、腎大静脈より全採血を行った。そして、得られた血液を10ml試験管中に採り、孵卵器中にて37℃に加温し血餅を形成させた。その後、遠心機(KOKUSAN MODEL H−103RS)にて遠心分離(3000rpm、4℃、10min)を行って血餅を分離し、抗血清を得た。
【0095】
(1−6)抗体価の測定
酵素免疫測定法により、抗血清の抗体価を測定した。すなわち、先ず、MG−Ins画分700μlに抗原コーティング用緩衝液6.3mlを加え、96穴マイクロタイタープレートの各ウエルに0.1mlずつ分注し、4℃にて一夜静置して抗原(MG−Ins複合体)をプレートの各ウエル内面に吸着コーティングさせた。その後、プレート内の抗原溶液を除去し、各ウエルに0.1mlの洗浄用緩衝液を加えてウエル内を洗浄した。この洗浄操作を3回行った後、非特異吸着を防ぐためにブロッキング用緩衝液0.1mlを各ウエルに加え、4℃にて一夜静置した。その後、ブロッキング用緩衝液を除去し、再び洗浄用緩衝液による洗浄を3回行った。
【0096】
次いで、抗血清をPBにて希釈して希釈系列(希釈倍率:500〜32000倍)を調製した。また対照として、抗原未投与のモルモットの血清をPBにて5倍希釈したものを調製した。この対照の抗体価に対して、この抗血清希釈系列が示す抗体価は実質的には100〜6400倍希釈の抗体価に相当する。これらの抗血清希釈系列および対照血清希釈液の各0.1mlを上記プレートの各ウエルに加え、4℃にて一夜静置して抗原抗体反応を進行せしめた。
【0097】
このようにして抗原抗体反応を進行せしめた上記プレートから抗血清希釈系列および対照血清希釈液を除去し、洗浄用緩衝液0.1mlによる洗浄操作を3回行った。次いで、ペルオキシダーゼ標識ゴート抗モルモットIgG抗体の1000倍希釈液(PBで希釈)を各ウエルに0.1mlずつ加え、4℃にて一夜静置した。その後、洗浄用緩衝液0.1mlによる洗浄操作を3回行い、ペルオキシダーゼの酵素活性を示す呈色試薬(2,2′−azino−di[3−ethyl−benzthiazoline sulfonate、ABTS)の反応液(試薬キットABTS Peroxidase Substrate Systemのマニュアルに従って調製)0.1mlを各ウエルに分注し、37℃で30分間加温して酵素反応を進行せしめた。その後、SDSの1%水溶液を各ウエルに0.1ml加えて酵素反応を停止させ、各ウエルの吸光度(405nm)をプレートリーダーで測定した。得られた結果を図10に示す。
【0098】
図10に示した結果から明らかなように、各モルモットの抗血清はそれぞれ800倍あるいは1600倍希釈まで対照血清より強い抗体活性を示し、MG−Ins複合体に特異的な抗血清が得られたことが確認された。このようなモルモット4匹の抗血清を混合したもの(以下「抗MG−Ins血清」という)を以下の実験に使用した。
【0099】
(1−7)抗MG−Ins IgG画分の調製
IgGと特異的に結合する蛋白質プロテインAを固定した樹脂{rProtein A Sepharose Fast Flow(Pharmacia Biotech AB製)0.7mlをプラスチック製のカラム(内径約7mm、長さ約8cm)に充填し(以下「プロテインAカラム」という)、3mlのPBで洗浄した。
【0100】
次いで、抗MG−Ins血清1mlをPB1mlで希釈し、5mlディスポーザブル注射器に装着したカートリッジ型フィルター(0.45μ、マイショリディスクW−25−5、東ソー(株)製)を通して微粒子を除去した。これをプロテインAカラムに添加し、IgGをプロテインAに結合させた後、10mlのPBをカラムに流してプロテインAと結合しない成分を洗浄し除去した。次に、4mlの0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.0)をプロテインAカラムに流し、IgGをプロテインAから解離させて抗MG−Ins IgG画分を得た。なお、プロテインAカラムに10mlのPBを流して、同カラムを再生させた。得られた抗MG−Ins IgG画分を遠心濃縮すると同時にPBへ溶媒置換をした。必要に応じて上記の操作を繰り返し、以後の実験に必要な量の抗MG−Ins IgG画分を調製した。
【0101】
(1−8)抗MG−Ins IgG画分からの抗原結合性フラグメント(Fab)の調製、分離精製
消化酵素パパインでIgGを消化させ、Fabを調製した。すなわち、先ず、固定化パパイン8.7mgを容量2.2mlのエッペンドルフチューブに入れ、200μlのPBを加え、攪拌後に遠心して上清を除いて固定化パパインを洗浄した。この洗浄を2回繰り返した後、1mlの20mMリン酸緩衝液(pH7.0,(+)10mM EDTA(+)20mMシステイン)に固定化パパインを懸濁させた。それに更に500μlの20mMリン酸緩衝液と500μlの抗MG−Ins IgG画分(IgG濃度約4.5mg/ml)の混合液を加え、システインの最終濃度を10mMとして37℃に加温して数時間振蕩して酵素反応を進行せしめた。その後、酵素反応液を軽く遠心して上清を採取し、得られた上清をプロテインAカラムに添加して未消化のIgGをプロテインAに結合させた。次いで、10mlのPBをプロテインAカラムに流して採取し、遠心濃縮して抗MG−Ins抗体のFab(以下「抗MG−Ins Fab」)を含む画分(5.20mg/ml、34.7μM as IgG=69.3μM as Fab)を得た。
【0102】
(1−9)抗MG−Ins Fabと結合したマラカイトグリーンの蛍光スペクトルの測定
抗MG−Ins FabにMGを抗原抗体反応で結合させた時のMGの蛍光スペクトルを以下のようにして測定した。すなわち、抗MG−Ins Fab濃度が0.955μM、MG濃度が0.907μMとなるように両成分を混合し(溶媒はリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2、PBS))、25℃にて5分間攪拌して抗原抗体反応を進行せしめた。次いで、蛍光分光光度計を使用し、励起光波長620nm、蛍光波長630〜750nm、バントパス幅は励起側、蛍光側ともに5nmの条件で上記混合溶液から発せられる蛍光スペクトルを測定した。得られた蛍光スペクトルの生データから、同条件で測定したリン酸緩衝生理食塩水のバックグランドを差し引き、更に装置関数による補正を加えた蛍光スペクトルを図11に示す。水溶液中では実質的に無蛍光であったマラカイトグリーンが抗MG−Ins Fabと結合して蛍光性に転じたことが確認された。
【0103】
また、抗MG−Ins Fab濃度を1μMとし、MG濃度を0〜0.9μMの範囲で変化させて上記と同様にして蛍光スペクトルを測定した。得られた結果を図12に示す。なお、縦軸はMGが放つ蛍光の強度値(一秒あたりの平均値、CPS:count per second)である。
【0104】
図12に示した結果から、抗体と色素の相対量の好ましい値、すなわち色素が抗体に対して飽和することなくかつ比較的強い色素の蛍光が得られる値として、抗MG−Ins Fab濃度1μMに対してMG濃度0.4μMを以下の定量において採用することとした。なお、この相対値はポリクローン抗体を調整する度毎に異なる可能性があり、また、同一のポリクローン抗体由来でも調整したFabの精製純度によって見かけ上異なる可能性がある。
【0105】
(1−10)抗MG−Ins Fabとマラカイトグリーンを用いたインシュリンの定量
[1−10−1]検量線の作成
一定量(1μM)の抗MG−Ins Fabと一定量(0.4μM)のMGに対してインシュリン濃度と蛍光強度との関係を示す検量線を以下のようにして作成した。なお、使用したインシュリンは亜鉛を含むため数分子の会合体を形成しているため、事前に最終濃度0.1%のSDSを含むPBに溶解してこの会合体を解離させた。その後、得られたインシュリン溶液をPBSで平衡化したゲル濾過カラム(Fast Desaliting column HR 10/10、Pharmacia製)に供し、そのインシュリン溶液からSDSを除去したものを以下の定量において用いた。
(1)蛍光分光光度計を励起光波長620nm、蛍光波長650nmに設定し、セルホルダーの温度を一定温度(25℃)に保った。
(2)1μM(Y=1μM)の抗MG−Ins Fabと0.4μM(Z=0.4μM)のMGを含む2ml(A=2ml)の抗体色素溶液(溶媒はリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2、PBS))を調製した(S101)。
(3)得られた抗体色素溶液を蛍光測定用標準セルに入れ、そのセルを蛍光分光光度計にセットし、セル中の溶液をミクロ回転子で30秒間攪拌した。なお、次数は初期値(n=1)に設定した(S102)。
(4)セル中の溶液に26.5μM(X=26.5μM)のインシュリン標準溶液(溶媒はPBS)を10μl(B=0.01ml)添加し、ミクロ回転子で5分間攪拌して抗原抗体反応を進行せしめた(S103)。
(5)セル中の溶液に励起光を照射し、その溶液から発せられるMGの蛍光強度を30秒間測定し、蛍光強度の1秒当たりの平均値(蛍光強度測定値:I)を求めた(S104)。なお、インシュリン濃度0μMの時の蛍光強度をブランクとし、実際の測定値からブランクを差し引いた値を測定値として用いた。
(6)得られた蛍光強度測定値(I)を、下記計算式を用いて補正(標準溶液の添加に伴う体積変化に応じた補正)し、体積変化補正値(蛍光強度補正値:I’)を求めた(S105)。

(7)インシュリン標準溶液の濃度(X)から、下記計算式を用いて蛍光強度を測定した混合溶液中のインシュリン濃度(インシュリン濃度補正値:X’)を求めた(S106)。

(8)次数nに1を付加し(S108)、上述の(4)〜(7)(S103→S104→S105→S106)を再度繰り返し、次数n=2の時の蛍光強度補正値(I’)及びインシュリン濃度補正値(X’)を求めた。なお、次数n=2の時には以下の計算式を用いた。

(9)得られる蛍光強度補正値I’が標準溶液を添加しても変化しなくなるまで、すなわち(I’−In−1’)の値がゼロ以下になるまで(S107)、上記の(8)(S108→S103→S104→S105→S106→S107)を繰り返し、次数nが1からnの時の蛍光強度補正値(I’)及びインシュリン濃度補正値(X’)をそれぞれ求めた。なお、以下の計算式を用いた。

(10)得られた次数nが1からnの時のインシュリン濃度補正値(X’)に対する蛍光強度補正値(I’)を図にプロットし、インシュリン濃度が0〜1.8μMの範囲についての検量線を作成した(S109)。得られた検量線を図13に示す。
【0106】
図13に示した結果から、抗MG−Ins Fabとマラカイトグリーンを用いた場合はインシュリン濃度の増加に伴いマラカイトグリーンの蛍光強度も増加しており、すなわち蛍光の増強が起こったことが確認された。そして、インシュリン濃度補正値(X’)と蛍光強度補正値(I’)との間には0〜1.7μMの範囲で正の相関関係があることから、マラカイトグリーンの蛍光強度を測定することによってこの範囲のインシュリン濃度の定量が可能であることが確認された。また、インシュリン濃度が約0.13μMという低濃度であっても定量可能であり、検出感度(約0.1μM)が高いことが確認された。
【0107】
[1−10−2]実試料の測定
上記で得られた検量線を用いて、実試料中のインシュリン濃度の定量を以下のようにして行なった。なお、実試料の被検体溶液は、体液、その濃縮液、又はPBS等で希釈したものである。
(11)蛍光分光光度計を励起光波長620nm、蛍光波長650nmに設定し、セルホルダーの温度を一定温度(25℃)に保った。
(12)1μM(Y=1μM)の抗MG−Ins Fabと0.4μM(Z=0.4μM)のMGを含む2ml(A=2ml)の抗体色素溶液(溶媒はリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2、PBS))を調製した(S201)。
(13)得られた抗体色素溶液を蛍光測定用標準セルに入れ、そのセルを蛍光分光光度計にセットし、セル中の溶液をミクロ回転子で30秒間攪拌した。なお、次数は初期値(n=1)に設定した(S202)。
(14)セル中の溶液に被検体溶液を20μl(B=2.020ml)添加し、ミクロ回転子で5分間攪拌して抗原抗体反応を進行せしめた(S203)。
(15)セル中の溶液に励起光を照射し、その溶液から発せられるMGの蛍光強度を30秒間測定し、蛍光強度の1秒当たりの平均値(蛍光強度測定値:I)を求めた(S204)。なお、被検体溶液未添加時の蛍光強度をブランクとし、実際の測定値からブランクを差し引いた値を測定値として用いた。
(16)得られた蛍光強度測定値(I)を、下記計算式を用いて補正(被検体溶液の添加に伴う体積変化に応じた補正)し、体積変化補正値(蛍光強度補正値:I’)を求めた(S205)。

(17)予め求められている蛍光強度補正値(In’)とインシュリン濃度補正値(X’)との関係を示す検量線に基づいて、上記の蛍光強度補正値(I’)から混合溶液中のインシュリン濃度(X’)を求めた(S206)。
(18)得られた混合溶液中のインシュリン濃度(X’)から、下記計算式を用いて被検体溶液中のインシュリン濃度(X)を求めた(S207)。

このようにして求められた被検体溶液中のインシュリン濃度(X)は0.26μMであり、他法(BCA法)により求められた被検体溶液中のインシュリン濃度と一致していることが確認された。
(19)次いで別の被検体溶液を測定する必要がある場合は(S208)、次数nに1を付加し(S209)、上述の(14)〜(18)(S203→S204→S205→S206→S207)を再度繰り返すことにより、別の被検体溶液中のインシュリン濃度(X)を求めることができた。なお、次数n=2の時には以下の計算式を用いた。

(20)更なる別の被検体溶液を測定する必要がなくなるまで(S208)上記のS209→S203→S204→S205→S206→S207→S208を繰り返すことにより、複数(次数nが1からn)の被検体溶液中のインシュリン濃度(X)を連続して測定することができた。なお、このような連続的測定は、抗体がインシュリンに対して飽和するなどして、被検体溶液を添加しても蛍光強度が変化しなくなるまで繰り返すことが可能であった。また、以下の計算式を用いた。

【0108】
実施例2[抗MG−Ins抗体のFabとAOを用いたインシュリンの定量]
水溶液中では実質的に無蛍光であるオーラミンO(AO)は、その化学構造の一部がマラカイトグリーン(MG)の化学構造と共通している。そのため、AOも抗MG−Ins IgGや抗MG−Ins Fabと交差反応して蛍光性に転じると本発明者は推察した。また、AOはMGより分子のサイズが小さいため、抗体との結合が弱くkdが大きいと本発明者は推察した。その為、AOのkdがインシュリンのkdよりも大きい可能性があり、その場合は実施例1とは反対にインシュリンの存在により蛍光の阻害が起こり、インシュリン濃度と蛍光強度との間に負の相関関係が成立し得ると本発明者は推察した。そこで、このようなインシュリン濃度と蛍光強度との間に負の相関関係に基づいてインシュリンを定量すべく、MGの代わりにAOを用いて以下の試験を行った。
【0109】
(2−1)抗MG−Ins IgGと結合したオーラミンOの蛍光スペクトルの測定
抗MG−Ins IgGにAOを抗原抗体反応で結合させた時のAOの蛍光スペクトルを以下のようにして測定した。すなわち、抗MG−Ins IgG濃度が1μM、AO濃度が1μMとなるように両成分を混合し(溶媒はリン酸緩衝生理食塩水(pH7.2、PBS))、25℃にて5分間攪拌して抗原抗体反応を進行せしめた。次いで、蛍光分光光度計を使用し、励起光波長400nm、蛍光波長450〜650nm、バントパス幅は励起側、蛍光側ともに5nmの条件で上記混合溶液から発せられる蛍光スペクトルを測定した。得られた蛍光スペクトルの生データから、同条件で測定したリン酸緩衝生理食塩水のバックグランドを差し引き、更に装置関数による補正を加えた蛍光スペクトルを図14に示す。水溶液中では実質的に無蛍光であったオーラミンOも抗MG−Ins IgGと結合して蛍光性に転じたことが確認された。
【0110】
(2−2)抗MG−Ins FabとオーラミンOを用いたインシュリンの定量
[2−2−1]検量線の作成
抗MG−Ins Fab濃度を2μMとし、0.4μMのマラカイトグリーンに代えて0.4μMのオーラミンOを用い、励起光波長を400nm、蛍光波長を520nmとした変更点以外は前記の[1−10−1]と同様にしてインシュリン濃度が0〜7.7μMの範囲についての検量線を作成した。得られた検量線を図15に示す。
【0111】
図15に示した結果から、抗MG−Ins FabとオーラミンOを用いた場合はインシュリン濃度の増加に伴いオーラミンOの蛍光強度は減少しており、すなわち蛍光の阻害が起こったことが確認された。そして、インシュリン濃度補正値(X’)と蛍光強度補正値(I’)との間には0〜4.23μMの範囲で負の直線的相関関係があることから、オーラミンOの蛍光強度を測定することによってこの範囲のインシュリン濃度の定量が可能であることが確認された。また、インシュリン濃度が約0.13μMという低濃度であっても定量可能であり、検出感度(約0.1μM)が高いことが確認された。なお、インシュリン濃度が4.23μMより高濃度の領域でAO蛍光強度が一定値に達した理由としては、抗MG−Ins Fabの元となった抗MG−Ins IgGがポリクローナル抗体であるため、AOとの結合が非常に強いIgGが含まれていたためと本発明者は推察した。
【0112】
[2−2−2]実試料の測定
上記で得られた検量線を用い、抗MG−Ins Fab濃度を2μMとし、0.4μMのマラカイトグリーンに代えて0.4μMのオーラミンOを用い、励起光波長を400nm、蛍光波長を520nmとした変更点以外は前記の[1−10−2]と同様にして被検体溶液中のインシュリン濃度(X)を求めた。このようにして求められた被検体溶液中のインシュリン濃度(X)は0.26μMであり、他法(BCA法)により求められた被検体溶液中のインシュリン濃度と一致していることが確認された。
【0113】
また、上記変更点以外は前記の[1−10−2]と同様にして、更なる別の被検体溶液を測定する必要がなくなるまで前記のS209→S203→S204→S205→S206→S207→S208を繰り返すことにより、複数(次数nが1からn)の被検体溶液中のインシュリン濃度(X)を連続して測定することができた。なお、このような連続的測定は、抗体がインシュリンに対して飽和するなどして、被検体溶液を添加しても蛍光強度が変化しなくなるまで繰り返すことが可能であった。
【0113】
(2−3)抗原抗体反応の可逆性についての検証試験
抗MG−Ins FabとオーラミンOを含む溶液に、インシュリン添加と抗ブタインシュリンIgG(以下「抗インシュリンIgG」という)添加を繰り返し行ない、遊離のインシュリン濃度を同一試料内で変動させた時に本発明の方法の測定値がそれに追随して変化すること、すなわち本発明に係る抗原抗体反応が可逆性で実時間の分析を可能とすることを確認すべく、以下の実験を行った。なお、測定条件は前記の[2−2−1]と同様にして蛍光強度の測定を行ない、得られた結果を図16に示す。
【0114】
先ず、2μMの抗MG−Ins Fabと0.4μMのオーラミンOを含む2mlのPBS溶液を調製し、蛍光測定用セルに入れてAO蛍光強度を測定し、その時の蛍光強度を相対値1とした。
【0115】
次に、このセル中の溶液に濃度が1.26μMになるようにインシュリンを添加し、5分間の攪拌の後に蛍光強度を測定したところ、AO蛍光強度の相対値は約0.97に減少していた。
【0116】
次いで、この溶液に抗インシュリンIgGを一定量(0.135μM)添加し、同様に攪拌した後に蛍光強度を測定したところ、AO蛍光強度の相対値はほぼ1に回復していた。これは、抗インシュリンIgGとインシュリンが結合して遊離のインシュリンが溶液中に存在しなくなったため、AO蛍光強度がもとに戻ったものである。
【0117】
続いて、この溶液に濃度が2.39μMになるようにインシュリンを再添加し、同様に攪拌した後に蛍光強度を測定したところ、AO蛍光強度の相対値は再び減少したが、この溶液に更に抗インシュリンIgGを2回に分けて添加したところ(1回目:0.128μM、2回目:0.127μM)、AO蛍光強度の相対値は回復した。そして再び、この溶液に濃度が3.37μMになるようにインシュリンを添加し、同様に攪拌した後に蛍光強度を測定したところ、AO蛍光強度の相対値は減少していた。
【0118】
図16に示した結果から、本発明に係る抗原抗体反応は可逆的であり、本発明の方法の測定値(蛍光強度)は測定対象物の量の変動(増加・減少)に可逆的に追従することが確認された。また、本発明の方法の測定値(蛍光強度)は測定対象物の量に対して相関関係があることから、蛍光強度の変動を測定することによって測定対象物を実時間的に計測できることが確認された。
【0119】
産業上の利用可能性
本発明によれば、抗原抗体反応を利用して生体内物質等を簡便にかつ高感度で、しかも実時間で連続的に分析(イメージングを含む)することが可能な蛍光分析方法を提供することが可能となる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】


【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する抗体及び前記抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素をそれぞれ所定の濃度で含有する抗体色素溶液と、測定対象物質を含有する被検体溶液との混合溶液を得る混合工程、
前記混合溶液に励起光を照射し、前記混合溶液から発せられる蛍光の強度を測定して測定値を得る測定工程、並びに
予め求められている蛍光強度と測定対象物質濃度との関係に基づいて、前記測定値から前記測定対象物質の濃度を求める算出工程、
を含む、蛍光分析方法。
【請求項2】
前記算出工程の後に、更なる被検体溶液を前記混合溶液に添加して混合し、前記測定工程及び前記算出工程を実行して測定対象物質の濃度を繰り返し求める連続分析工程を更に含む、請求の範囲第1項に記截の蛍光分析方法。
【請求項3】
前記算出工程が、
前記測定値を、前記被検体溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正して蛍光強度補正値を得る工程と、
予め求められている蛍光強度補正値と混合溶液中の測定対象物質濃度との関係に基づいて、前記蛍光強度補正値から前記混合溶液中の測定対象物質の濃度を求める工程と、
前記混合溶液中の測定対象物質濃度から前記被検体溶液中の測定対象物質の濃度を求める工程と、
を含む、請求の範囲第1項又は第2項に記載の蛍光分析方法。
【請求項4】
抗原結合部位の一部が色素を認識しかつ残りの一部が測定対象物質を認識する抗体及び前記抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じる色素をそれぞれ所定の濃度で含有する抗体色素溶液と、測定対象物質を所定の濃度で含有する標準溶液との混合溶液を得る混合工程、
前記混合溶液に励起光を照射し、前記混合溶液から発せられる蛍光の強度を測定して測定値を得る測定工程、
更なる標準溶液を前記混合溶液に添加して混合した後に前記測定工程を実行して蛍光強度の測定値を繰り返し求める連続測定工程、並びに
前記測定工程及び前記連続測定工程において得られた測定値と前記測定対象物質の添加量とに基づいて、蛍光強度と測定対象物質濃度との関係を求める検量線作成工程、
を更に含む、請求の範囲第1項〜第3項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項5】
前記検量線作成工程が、
前記測定値を、前記標準溶液の添加に伴う体積変化に応じて補正して蛍光強度補正値を得る工程と、
前記混合溶液中の測定対象物質濃度を算出する工程と、
前記蛍光強度補正値と前記混合溶液中の測定対象物質濃度との関係を求める工程と、
を含む、請求の範囲第4項に記載の蛍光分析方法。
【請求項6】
前記色素が、トリフェニルメタン構造を有する色素並びにジフェニルメタン構造を有する色素からなる群から選択されるいずれかである、請求の範囲第1項〜第5項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項7】
前記色素が、マラカイトグリーン又はオーラミンOである、請求の範囲第1項〜第5項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項8】
前記抗体が、前記色素と前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体、或いは、抗体により認識されかつ前記抗体に結合すると非蛍光性から蛍光性に転じるために必要な構造が前記色素と共通する色素と前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体である、請求の範囲第1項〜第7項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項9】
前記抗体がマラカイトグリーンと前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であり、前記色素がマラカイトグリーンである、請求の範囲第1項〜第8項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項10】
前記抗体がマラカイトグリーンと前記測定対象物質との結合物質を抗原としてなる抗体であり、前記色素がオーラミンOである、請求の範囲第1項〜第8項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項11】
前記抗体が、抗血清を精製して得られたIgG画分から調製した抗原結合性フラグメントである、請求の範囲第1項〜第8項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。
【請求項12】
前記測定対象物質が、免疫測定の対象となるべきタンパク質、ホルモン、ビタミン、菌体、環境汚染物質及び医薬品からなる群から選択されるいずれかである、請求の範囲第1項〜第11項のうちのいずれか一項に記載の蛍光分析方法。

【国際公開番号】WO2004/027424
【国際公開日】平成16年4月1日(2004.4.1)
【発行日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−537606(P2004−537606)
【国際出願番号】PCT/JP2003/011926
【国際出願日】平成15年9月18日(2003.9.18)
【出願人】(000236436)浜松ホトニクス株式会社 (1,479)
【Fターム(参考)】