説明

蛍光検出装置、蛍光検出用の試料セルおよび蛍光検出方法

【課題】蛍光検出装置において、簡易的光学系を用いて安価に高感度な蛍光検出を可能とする。
【解決手段】光源32からの励起光L0を、基板11の励起光L0の入射面とは異なる表面に成膜された、励起光L0の波長以下の径を有する微小開口12aを持つ微小開口金属薄膜12に向けて基板11を通して入射させ、微小開口12aにおいて近接場光を発生させる。この近接場光およびこの近接場光により微小開口金属薄膜12に誘起される表面プラズモンにより、金属薄膜12に接するように供給された試料液Sに含まれる蛍光標識を発光させ、この蛍光標識Fからの蛍光Lfを検出器30で検出する。このとき、蛍光標識として励起光L0および蛍光Lを透過する透光性誘電体材料16に複数の蛍光色素15が内包されてなる蛍光粒子Fを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光法により試料中の特定物質を検出する蛍光検出装置、蛍光検出用の試料セルおよび蛍光検出方法、特に詳細には近接場光を利用した蛍光検出に関するものである。
【背景技術】
【0002】
バイオ測定等において、蛍光法は高感度かつ容易な測定法として広く用いられている。蛍光法とは、特定波長の光に励起されて蛍光を発する被検出物質を含むと考えられる試料に、上記特定波長の励起光を照射し、このとき発せられる蛍光を検出することによって定性的または定量的に被検出物質の存在を確認する方法である。また、検出対象物質が蛍光体ではない場合、蛍光体で標識されて検出対象物質と特異的に結合する物質を試料に接触させ、その後上記と同様にして蛍光を検出することにより、この結合すなわち検出対象物質の存在を確認することも広くなされている。
【0003】
また、蛍光標識からの蛍光検出の方法としては、基板表面で全反射する励起光を基板裏面から入射し、基板表面に染み出すエバネッセント波により蛍光を励起してその蛍光を検出する方法(エバネッセント蛍光法)が知られている。
【0004】
さらに、エバネッセント蛍光法において、感度を向上させるため、プラズモン共鳴による電場増強の効果を利用する方法が特許文献1などに提案されている。表面プラズモン増強蛍光法は、プラズモン共鳴を生じさせるため、基板上に金属層を設け、基板と金属層との界面に対して基板裏面から、全反射角以上の角度で励起光を入射し、この励起光の照射により金属層に表面プラズモンを生じさせ、その電場増強作用によって、蛍光信号を増大させてS/Nを向上させるものである。
【0005】
特許文献2において、蛍光信号のさらなる増加を図るために、標識として、蛍光を透過する材料で複数の蛍光色素を内包してなる蛍光粒子を用いることを提案している。このような蛍光粒子を標識として用いれば、蛍光色素分子を単体で用いるのに比較して、大幅に蛍光量を増やすことができ、S/Nを向上させることができる。
【0006】
このような表面プラズモン増強蛍光センサは数fmol(フェムト・モル)程度の微量な物質を検出可能であって、高感度化の要求にも応えられるものであるが、その半面、プリズム等の全反射光学系を必要とするので、装置が複雑化してコストが高くつくものとなっている。
【0007】
一方、径が200nm程度の微小開口を有する微小開口薄膜を利用し、プリズム光学系を使わない簡易な光学系により簡易的に近接場を発生させ、蛍光測定を可能にするセンサを特許文献3において提案されている。またさらに、そのS/N向上を図ったセンサが特許文献4に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10−307141号公報
【特許文献2】特開2010−19088号公報
【特許文献3】特開2008−51512号公報
【特許文献4】特開2009−98009号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献4では、微小開口を有する微小開口薄膜を金属により構成することにより、近接場光により金属薄膜において表面プラズモン共鳴を生じさせ、表面プラズモン共鳴による電場増強効果により増強した蛍光を生じさせることにより、S/N向上を図っている。また、蛍光色素が金属に接近し過ぎていると、蛍光色素内で励起されたエネルギーが蛍光を発生させる前に金属膜へ遷移してしまい、蛍光が生じないという現象(いわゆる金属消光)が起こり得ることから、金属からなる微小開口薄膜上にポリマーやSiO2からなる不撓性膜を備え、蛍光色素が金属に近接するのを防止して、金属消光を抑制する構成についても提案されている。
【0010】
しかしながら、不撓性膜の金属膜上への成膜には手間がかかり、また、不撓性膜と金属薄膜が形成される基板との熱膨張係数が大きいことから、不撓性膜はひび割れ等が起きやすく、耐久性が低いという問題があり、実用化が困難であった。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、作製が容易で、かつ耐久性が高く、実用化可能な蛍光検出装置を提供することを目的とするものである。
また、本発明は蛍光検出装置に用いられる蛍光検出用の試料セル、さらには、実用性に富んだ蛍光検出方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の蛍光検出装置は、励起光を発する光源と、
該励起光を受ける位置に配された、入射面から入射した該励起光を透過させる材料からなる基板、該基板の前記入射面とは異なる一面に形成された、開口径が前記励起光の波長以下である微小開口を有する微小開口金属薄膜と、該微小開口金属薄膜に蛍光標識を含む試料液を接触させるように該試料液を保持する試料保持部と、
前記入射面から前記基板を透過して前記微小開口金属薄膜に前記励起光が入射されたとき前記微小開口に生じる近接場光および該近接場光により前記微小開口金属薄膜に誘起された表面プラズモン共鳴によって励起された前記蛍光標識から発せられる蛍光を検出する光検出器とを備え、
前記蛍光標識が、前記励起光および前記蛍光を透過する透光性明誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子であることを特徴とするものである。
【0013】
前記蛍光粒子の粒子径φが、φ≦200nmであることが好ましい。また、粒子径φは20nm以上、さらには、50nm以上であることが好ましい。
【0014】
なお本発明において微小開口金属薄膜に設けられている「微小開口」は、開口径が使用する励起光の波長以下である開口をいい、励起光の照射により近接場光を生じるものである。開口の形状は、円、楕円、多角形いずれであってもよく、微小開口の「径」とは、開口面積と等価な面積を有する円の直径を意味するものとする。
【0015】
また、蛍光粒子の粒子径φは、略球状の粒子の場合にはその直径であり、球状でない粒子の場合にはその最大幅と最小幅との平均の長さで定義するものとする。
【0016】
蛍光粒子は、透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子が存在するものであるが、複数の蛍光色素分子のうち、一部が透光性誘電体材料の外部に露出していてもよい。また、透光性誘電体材料中における蛍光色素分子の分布状態はどのようであってもよく、均一に分布していてもよいし、不均一であってもよい。さらに、蛍光粒子の中心部においては、蛍光色素分子が存在しない領域があってもよい。
【0017】
本発明の蛍光検出用の試料セルは、本発明の蛍光検出装置の試料セルであって、前記基板と前記試料保持部により、試料液が流下される流路が構成されてなり、
前記微小開口金属薄膜上に、被検出物質と特異的に結合する第1の結合物質が固定された検出部が設けられており、
前記流路の前記検出部より上流側に、前記被検出物質と特異的に結合する第2の結合物質、および前記第1の結合物質と特異的に結合すると共に前記被検出物質と競合する第3の結合物質のいずれか一方の結合物質に蛍光標識が付与されてなる標識結合物質が付加された標識結合物質付加部が設けられており、
前記蛍光標識が、該蛍光標識の蛍光および該蛍光を励起する励起光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子であることを特徴とするものである。
【0018】
なお、本発明の試料セルは、第2の結合物質に蛍光標識が付与されてなる標識結合物質が付加されている場合にはサンドイッチ法によるアッセイ、第3の結合物質に蛍光標識が付与されてなる標識結合物質が付加されている場合には競合法によるアッセイを行うのに好適なものとなる。
【0019】
本発明の蛍光検出方法は、基板と、該基板の一面に形成された、微小開口を有する微小開口金属薄膜と、該微小開口金属薄膜に試料液を接触させるように該試料液を保持する試料保持部とからなる試料セルを用い、
前記試料セルの前記微小開口金属薄膜に、蛍光標識が付与されてなる標識結合物質を含む試料液を接触させ、
前記微小開口の開口径より大きい波長の励起光を、前記基板の前記一面とは異なる入射面から入射させ、
該励起光の入射により前記微小開口に生じる近接場光および該近接場光により前記微小開口金属薄膜に誘起された表面プラズモン共鳴によって励起された前記蛍光標識から発せられる蛍光を検出する蛍光検出方法であって、
前記蛍光標識として前記励起光および前記蛍光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子を用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明による蛍光検出装置および蛍光検出方法によれば、微小開口金属薄膜を用いているため、プリズム光学系を使わずとも基板透過させて微小開口金属薄膜に向けて励起光が照射されれば、微小開口の基板とは反対側に近接場光を生じさせることが可能である。よって、全反射光学系を要していた従来の表面プラズモン共鳴蛍光測定装置と比べて光学系を簡素化することができる。
【0021】
また、上記のように生じた近接場光および近接場光により微小開口金属薄膜に誘起される表面プラズモンによって、その電場増強効果により蛍光強度が増幅されることに加え、蛍光標識として励起光および蛍光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子を用いているので、標識として蛍光色素分子を単体で用いる場合と比較して、格段に蛍光量を増加させることができる。
【0022】
本発明の蛍光検出装置および検出方法は、蛍光標識として、励起光および蛍光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子を用いているので、金属膜上に金属消光防止のための膜を設けなくても、金属と蛍光色素分子との距離をある程度離間させることができる。蛍光色素分子が金属薄膜に近接した場合に生じる金属消光を抑制できるように蛍光粒子内に包含されているので、特許文献4に記載のような、金属消光防止のためのポリマーやSiO2からなる不撓性膜を金属薄膜上に形成する手間をなくすことができ、非常に簡便な方法で効果的に金属消光を防止すると共に、安定して蛍光信号を検出することができ、実用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】第1の実施形態における蛍光検出装置を概略的に示す部分断面図
【図2A】微小開口付近の光電場を示す模式図
【図2B】微小開口内の光電場強度|Ex|2の分布シミュレーション図
【図2C】微小開口金属薄膜と蛍光粒子との関係を説明するための説明図
【図3】第2の実施形態における蛍光検出装置を概略的に示す部分断面図
【図4A】図3の蛍光検出装置に備えられている試料セルを示す平面図
【図4B】図4Aに示す試料セルの側断面図
【図5】本発明の第2実施形態による蛍光検出装置におけるアッセイ手順を示す図
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明による実施形態について図面を用いて説明する。
図1は、被検出物質としての抗原Aを含む試料液Sから、抗原抗体反応を利用して抗原Aを検出する場合に用いる、本実施形態による蛍光検出装置1を示す概略側面図である。図示の通り、この蛍光検出装置1は、所定波長の励起光L0を発する光源32と、この励起光L0を片面(入射面)から入射させるように配された、励起光L0を透過させる材料からなる平板状の基板11、この基板11の他面に成膜された、径が励起光L0の波長以下である微小開口12aを有する微小開口金属薄膜12および微小開口金属薄膜12に試料液Sが接するように試料液Sを保持する試料保持部13からなる試料セル10と、試料保持部13の外側から試料液中の蛍光標識からの蛍光Lを検出可能な位置に配された光検出器30とを備えてなるものである。ここで、蛍光標識は、励起光L0および蛍光Lfを透過する透光性誘電体材料16中に複数の蛍光色素分子15を内包してなる蛍光粒子Fである。
【0025】
また、微小開口金属薄膜12上には、被検出物質である抗原Aと特異体に結合する第1の結合物質としての一次抗体B1が固定されてなる検出部14が設けられている。
また、試料液S中には、蛍光標識である蛍光粒子Fと、この蛍光粒子Fに標識され抗原Aに対する特異的結合性を有する二次抗体B2からなる標識結合物質20が含まれている。
【0026】
一次抗体B1は、特に制限なく、検出条件(特に被検出物質)に応じて適宜選択することができる。例えば、抗原AがCRP抗原(分子量11万 Da)の場合、この抗原Aと特異的に結合するモノクロナール抗体等を用いることができ、例えば末端をカルボキシル基化したPEGを介して、アミンカップリング法により、金属薄膜上に固定することができる。これにより、抗原抗体反応を用いて、抗原Aを特異的に結合し検出部に固定することができる。上記アミンカップリング法は一例として下記(1)〜(3)のステップからなるものである。なおこれは、30ul(マイクロ・リットル)のキュベット/セルを用いた場合の例である。
【0027】
(1)リンカー部先端(末端)の−COOH基を活性化
0.1MのNHSと0.4MのEDCとを等体積混合した溶液を30ul加え、30分間室温静置する。
NHS:N-hydrooxysuccinimide
EDC:1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide
(2)一次抗体の固定化
PBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄後、一次抗体溶液(500ug/ml)を30ul加え、30〜60分間室温静置する。
(3)未反応の−COOH基をブロッキング
PBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄後、1Mのエタノールアミン(pH8.5)を30ul加え、20分間室温静置する。さらにPBSバッフア(pH7.4)で5回洗浄する。
【0028】
励起光L0は、例えばレーザ光源等から得られる単波長光でも白色光源等から得られるブロード光でもよく、特に制限はないが、検出条件に応じて適宜選択することができる。
【0029】
光源32は、例えばレーザ光源等でもよく、特に制限はないが、検出条件に応じて適宜選択することができる。また必要に応じて、光源32は、励起光L0を微小開口金属薄膜12に向けて、任意の方向から基板11を通して照射するために、光源32の可動手段、および励起光L0を導光するための簡易的なミラーやレンズ等の導光系等を適宜組み合わせることができる。
【0030】
基板11は、少なくとも励起光L0に対して透明な材料からなるものであればよい。例えば透明樹脂やガラス等の透明材料から形成されたものである。基板11は樹脂から形成することが望ましく、この場合は、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィンを含む非晶性ポリオレフィン(APO)等の樹脂を用いることがより望ましい。
【0031】
微小開口金属薄膜12は、近接場光により表面プラズモン共鳴が励起されうる金属であれば特に制限はなく、検出条件に応じて適宜選択することができるが、表面プラズモンの発生条件等の観点からAu、Ag、Ptが特に望ましい。一方その膜厚も、特に制限はなく検出条件に応じて適宜選択することができるが、表面プラズモンの発生条件等の観点から20nm〜60nmの範囲にあることが望ましい。微小開口金属薄膜12の作製方法は、特に制限はなく検出条件や使用する材料に応じて適宜選択することができ、たとえば、特開2008−51512号公報、特開2009−98009号公報等に記載の微小開口金属薄膜の作製方法を用いることが望ましい。
【0032】
微小開口12aの径は、5nm〜200nmの範囲にあることが望ましい。
蛍光強度を稼ぐ観点からでは、微小開口金属薄膜12の開口率はある程度大きい方が望ましい。しかしながら、開口率50%を超える微小開口金属薄膜12は、安定かつ密着性の良い薄膜の作製と良質かつ均一性の良い微小開口の作製との両立が困難となる場合があるため、微小開口金属薄膜12の開口率の上限を50%にするのが望ましい。
【0033】
なお、蛍光粒子(蛍光標識)Fの透光性誘電体材料16としては、具体的には、ポリスチレンやSiO2などの誘電体が挙げられるが、蛍光色素分子15を内包でき、かつ、蛍光色素分子15からの蛍光を透過させて外部に放出でき、この蛍光色素分子15を励起するための励起光を透過させることができるものであれば特に制限されない。
【0034】
さて蛍光色素分子は、金属に接近しすぎると、金属へのエネルギー移動により消光を起こす。エネルギー移動の程度は、金属が半無限の厚さを持つ平面なら距離の3乗に反比例して、金属が無限に薄い平板なら距離の4乗に反比例して、また、金属が微粒子なら距離の6乗に反比例して小さくなる。従って、蛍光色素分子15と金属薄膜12との間の距離は少なくとも数nm以上、より好ましくは10nm以上確保しておくことが望ましい。
【0035】
一方、蛍光色素分子15は、表面プラズモンによって増強された電場によって励起される。表面プラズモンにより電場増強の効果があるのは励起光の波長λ程度であり、その電場強度は金属膜表面からの距離に応じて指数関数的に急激に減衰することが知られている。蛍光の効果的な励起を行なうためには、金属膜表面と蛍光色素分子との距離を100nmより小さくすることが望ましい。
【0036】
本実施形態の蛍光粒子Fを用いれば、この蛍光粒子F中には複数の蛍光色素分子15が内包されていることから、金属薄膜12から10〜100nmの距離の範囲に複数の蛍光色素分子が存在する状態を容易に達成することができる。そのため、金属薄膜上に金属消光防止のための膜を形成する必要がなく、そのような膜形成のための手間を省くことができ、また、膜のひび割れによる試料セルの不良が生じる恐れがない。
【0037】
また、本実施形態では、蛍光粒子Fは複数の蛍光色素分子15を内包するものであり、従来の蛍光色素分子15自体を標識として用いる場合と比較すると、発光する蛍光量を大幅に増加させることができる。
【0038】
光検出器30は、蛍光粒子Fが発する特定波長の蛍光を定量的に検出するもので、例えば富士フイルム株式会社製 LAS-1000 plus(商品名)を好適に用いることができるが、これに限らず検出条件に応じて適宜選択することができ、CCD、PD(フォトダイオード)、光電子増倍管、c−MOS等を用いることができる。
【0039】
以下、上記蛍光検出装置を用いた蛍光検出方法について説明する。
金属薄膜12上には、抗原Aと特異的に結合する一次抗体Bが固定化されている。そして試料保持部13の中に試料液Sが注入され、試料液中の抗原Aは一次抗体Bに結合し固定される。次いで同様に、抗原Aと特異的に結合し一次抗体Bとは少なくともエピトープが異なる二次抗体Bと蛍光粒子Fとからなる標識結合物質20が流され、一次抗体Bに固定された抗原Aに結合し固定され、所謂サンドイッチを形成する。
【0040】
なお、このとき、試料液と標識結合物質20とは試料セル外部にて混合された状態で試料セルに注入するようにしてもよい。この場合、抗原Aと二次抗体Bとが予め結合させた状態で試料セルに注入され、予め二次抗体Bと結合した抗原Aが試料セル中において一次抗体と結合することによりサンドイッチを形成することとなる。
【0041】
その後、光源32から励起光L0を射出させ、微小開口金属薄膜12に対して基板11を介して垂直方向から励起光L0が照射される。この励起光L0の照射により、微小開口金属薄膜12の微小開口12aに近接場光が染み出す。この近接場光により、検出部14に二次抗体Bを介して固定されている蛍光粒子Fが起される。さらに、この近接場光に誘起されて、微小開口12a付近の微小開口金属薄膜12の表面にはプラズモンが発生するため、このプラズモンによる電場増強効果により周囲の電場が増強される。この増強電場によっても蛍光粒子Fはさらに励起されることとなる。励起された蛍光粒子Fは所定波長の蛍光を発し、この蛍光を検出することによって、抗原Aの検出を行うことができる。
【0042】
上記のように本発明による蛍光検出装置1は、微小開口金属薄膜12を使用することで、微小開口12aで生じた近接場光によってその表面にプラズモンを誘起し、このプラズモンの電場増強効果により蛍光粒子Fから発せられる蛍光の強度を増強することが可能となる。この電場増強効果により増強された蛍光強度は、金属材料を用いない微小開口薄膜すなわち近接場光のみを利用した場合に比べ、およそ2桁増強する。
【0043】
さらに、基板11中の不純物等で散乱した光(通常の伝搬光)は、微小開口12aを通過することができないので、微小開口金属薄膜12で遮断され、光検出器30に到達することがない。以上により、本発明による蛍光検出装置1は、蛍光強度を大幅に増幅して光ノイズを殆ど皆無にまで低減することができるため、極めて高い感度による蛍光検出を可能とする。
【0044】
また、従来の開口を有していない金属膜に対して表面プラズモンを生じさせる場合と異なり、励起光L0を全反射させる必要がないため、全反射光学系が不要であることから、光学系の簡素化も可能となり、蛍光検出装置を安価に提供することを可能とする。
【0045】
蛍光標識として、励起光L0および蛍光Lfを透過する透光性誘電体材料16中に複数の蛍光色素分子15を内包してなる蛍光粒子Fを用いているので、1つの蛍光粒子Fから複数の蛍光色素分子15からの蛍光が同時に発せられるので、蛍光標識として1つの蛍光色素分子が用いられる場合と比較して、大幅に蛍光量を増加させることができる。
【0046】
なお、上記実施形態において、励起光L0の照射方向を微小開口金属薄膜12に対して垂直方向からと設定したが、これに限られるものではない。本発明による蛍光検出装置は、微小開口金属薄膜12を用いているため、基板11を透過して微小開口金属薄膜12に励起光が照射されれば、いずれの方向から入射されても、微小開口12aに近接場光を発生させることができるからである。また、抗原抗体反応を用いて説明してきたが、本発明はこれに限られるものではなく、他の特異的結合性を利用した反応を用いても本発明の課題を解決することができる。
【0047】
一方、本発明者によるさらなる検討により、微小開口金属薄膜の微小開口近傍に蛍光粒子の非特異吸着が発生し、その結果ノイズが上がり、S/Nの低下を招くことがあることが明らかになった。
【0048】
そこで、蛍光顕微鏡を用いて、蛍光粒子のサイズと非特異吸着の頻度との相関を調べた。すると、1μm程度の粒子だとほぼすべての開口に非特異吸着が生じるのに対し、サイズの低下と共に吸着量が大幅に減少し、励起光の波長以下の波長サイズ(500nm程度)であれば無視できる程度となり、さらには開口サイズより小さい粒子サイズであれば、開口部への非特異吸着がなくなることが判った。
【0049】
図2Aは、微小開口付近のxz面におけるエバネッセント光による光電場を示す模式図である。図2Aにおいては、|E|2=一定(const.)の線(等高線)で光電場を表わしている。ここで、励起光はx方向に偏光しているものとしている。図2Aに示すように開口から浸み出すように広がる様子が観察される。このときの、微小開口の開口径aを100nmとして、微小開口からの浸み出すエバネッセント光による、開口が形成されている面の極近傍(z=5nm)における光電場強度のx方向成分(|Ex|)の分布(シミュレーション)を図2Bに示す。図2Bの強度分布図においては、明るいほど電場強度が大きいことを示している。特に開口のエッジ部で強く生じている、金属面に平行なx方向成分の光電場Exが表面プラズモンと共鳴し、光電場の増強が得られる。
【0050】
図2Cは、本発明の装置において励起光が照射されている時の微小開口金属薄膜の表面の増強された光電場強度を模式的に示した図である。図2A、図2Bは、単純に微小開口からのエバネッセント光による光電場を模式的に示したものであるが、この図2Cは、このエバネッセント光が金属薄膜のプラズモンと共鳴することに伴う、増強された光電場を示すものである。
【0051】
図2Cに示すように、表面プラズモンによる増強効果により、金属薄膜上で光電場は高く、微小開口12a付近では光電場が弱くなっている。開口12aとその周りの金属薄膜との境界は、光電場強度が急激に変化する領域となっている。良く知られているように、「光ピンセット」の生じる力Fは、下の式で表される(α:分極率)。
【数1】

この式から判るように、光電場強度の急激な変化部分に、「光ピンセット」と呼ばれる効果が生じ、図2Cに示すように、この開口部近傍に蛍光粒子の非特異吸着が生じていると考えられる。
【0052】
ある程度以上の粒子径を有する蛍光粒子は、光電場の大きさが急激に変化する部分で光ピンセット効果により開口部にトラップされてしまうと考えられる。そこで、光ピンセット効果によりトラップされないように、蛍光粒子のブラウン運動による擾乱の効果が光ピンセットによる力Fによる捕捉力に勝る程度に粒子径が小さいことが望ましいと考えられる。本発明のように、蛍光粒子の材質が誘電体(屈折率が、1.5程度)である場合、光ピンセットで捕捉出来る粒子径は、サブμmからmm程度の領域であることが知られている。
【0053】
以上の知見から、本発明の蛍光検出装置および検出方法においては、蛍光粒子の粒子径φはφ≦200nmであることが好ましい。粒子径が200nm以下であれば、蛍光粒子のブラウン運動により光ピンセット効果をほとんど受けないと考えられる。なお、粒子径としては、蛍光粒子内の蛍光色素に対して金属消光の影響を防止することができる程度の粒径が必要であることから、20nm以上、より好ましくは50nm以上であることが好ましい。なお、50nm程度以上であれば、市販の蛍光粒子を用いることができるというメリットもある。
【0054】
第2の実施形態の蛍光検出装置を図3から図5を参照して説明する。ここでは、第1実施形態と同じ構成要素には同じ参照符号を付してある。
図3に示す蛍光検出装置2は、本発明の一実施形態の試料セル50と、試料セル50の所定領域に励起光L0を照射させる光源32と、蛍光Lを検出する光検出器30とを備えている。
【0055】
図4Aは、試料セル50の構成を示す平面図、図4Bは試料セル50の側断面図である。
試料セル50は、基板51と、該基板51上に試料液Sを保持し、試料液Sの流路52を形成するスペーサ53と、試料液Sを注入する注入口54aおよび流路52を流下した試料液Sを排出する排出口となる空気孔54bを備えたガラス板からなる上板54とを備えている。また、注入口54aから流路52に至る箇所にはメンブレンフィルター55が備えられ、流路52下流の空気孔54bに接続する部分には廃液だめ56が形成されている。
【0056】
さらに、試料セル50は基板51の一部領域に微小開口を有する微小開口金属薄膜12、12’を流路上流側から順に備えている。この微小開口金属薄膜12上に、被検出物質である抗原Aと特異的に結合する第1の結合物質である1次抗体Bが固定された検出部58が設けられ、検出部58の下流側の微小開口金属薄膜12’上には、被検出物質である抗原とは結合せず後述の2次抗体Bと特異的に結合する1次抗体Bが固定された参照部59が設けられている。
【0057】
微小開口金属薄膜12、12’は第1の実施形態の蛍光検出装置の試料セル10に備えられているものと同一である。なお、図3−5においては、微小開口が省略された図が示されている。
【0058】
試料セル50の基板51の検出部58の上流側には、被検出物質である抗原と特異的に結合する2次抗体(第2の結合物質)Bが表面修飾された蛍光粒子Fを物理吸着させてある標識結合物質吸着エリア57が設けられている。
【0059】
なお、図3中においては、試料液が注入されて抗体が標識2次抗体と結合して流れた後の試料セル50を示しているために標識結合物質吸着エリア57はもはや存在していない。
【0060】
本例では、基板51上に検出部と参照部を設けた例を挙げているが、検出部のみであってもよい。なお、参照部を備えることにより、この参照部からの蛍光検出により、流路を流れた標識2次抗体の量、活性など反応に関する変動要因と光源32、微小開口金属薄膜12、12’、液体試料など表面プラズモン増強度に関する変動要因を検出し、較正に利用することができる。
【0061】
試料セル50は、励起光源32および検出器30に対して相対的にX方向に移動可能とされており、検出部58からの蛍光検出の後、参照部59を光信号検出位置に移動させて参照部からの光信号検出を行うように構成されている。
【0062】
上記構成の蛍光検出2を用いた蛍光検出方法の原理は第1の実施形態と同様であり、本実施形態においても第1の実施形態の場合と同様の蛍光粒子を蛍光標識として用いているから、第1の実施形態の場合と同様の効果を得ることができ、簡易な方法で非常に精度の高い測定を行うことができる。
【0063】
さらに、本実施形態の試料セルを利用したセンシングについて説明する。
被検出物質である抗原を含むか否かの検査対象である血液(全血)を試料セル50の注入口から注入し、アッセイを行う手順について図5を参照して説明する。
【0064】
step1:注入口54aから検査対象である血液(全血)Soを注入する。ここでは、この血液So中に被検出物質である抗原Aが含まれている場合について説明する。図4中において全血Soは網掛け領域で示している。
step2:全血Soはメンブレンフィルター55により濾過され、赤血球、白血球などの大きな分子が残渣となる。
step3:メンブレンフィルター55で血球分離された血液(血漿)Sが毛細管現象で流路52に染み出す。または反応を早め、検出時間を短縮するために、空気孔54bにポンプを接続し、メンブレンフィルター55で血球分離された血液をポンプの吸引、押し出し操作によって流下させてもよい。図5中において血漿Sは斜線領域で示している。
step4:流路52に染み出した血漿Sと2次抗体Bが修飾された蛍光粒子Fとが混ぜ合わされ、血漿中の抗原Aが2次抗体Bと結合する。
step5:血漿Sは流路52に沿って空気孔54b側へと徐々に流れ、2次抗体Bと結合した抗原Aが、検出部58上に固定されている1次抗体Bと結合し、抗原Aが1次抗体Bと2次抗体Bで挟み込まれたいわゆるサンドイッチが形成される。
step6:抗原Aと結合しなかった2次抗体Bの一部は参照部59上に固定されている1次抗体Bと結合する。さらに抗原Aまたは1次抗体Bと結合しなかった2次抗体が修飾されている蛍光粒子Fが検出部上に残っている場合があっても、後続の血漿が洗浄の役割を担い、プレート上に浮遊および非特異吸着しているものを洗い流す。
【0065】
このように、血液を注入口から注入し、検出部58上に抗原Aが1次抗体Bと2次抗体Bで挟まれたサンドイッチが形成されるまでのstep1からStep6の後、検出部58からの蛍光強度を検出することにより、抗原の有無および/またはその濃度を検出することができる。その後、参照部59からの蛍光信号を検出できるように試料セル50をX方向に移動させ、参照部59からの蛍光信号を検出する。2次抗体Bと結合する1次抗体Bを固定している参照部59からの蛍光信号は2次抗体の流下した量、活性などの反応条件を反映した信号であると考えられ、この信号をリファレンスとして、検出部からの信号を補正することにより、より精度の高い検出結果を得ることができる。なお、蛍光の検出は、試料液の注入口開始時から所定時間経過後まで蛍光強度に時間変化を測定するようにしてもよい。この場合、一定時間毎に検出部58および参照部59から蛍光検出を行うようにして両部について蛍光の時間変化を測定すればよい。
【0066】
以上説明した実施形態の蛍光検装置および検出方法は、いわゆるサンドイッチ形式と呼ばれる検出方式で蛍光検出するものであるが、例えば図1の構成において、抗原と特異的に結合する第2の結合物質(2次抗体)Bに替えて第1の結合物質(1次抗体)Bと特異的に結合する第3の結合物質を蛍光粒子Fに修飾した標識結合物質を用い試料液S中に混合させれば、いわゆる競合方式で蛍光検出する蛍光検出装置が得られる。すなわちその場合は、第3の結合物質と抗原Aとが1次抗体Bへの結合において競合するので、抗原Aの量が多いほど検出部に結合される増強蛍光粒子が少なくなり、検出される蛍光Lfの光量が少なくなる。そこでこの場合も、この検出蛍光量に基づいて抗原Aを定量分析することができる。
【符号の説明】
【0067】
1、2 蛍光検出装置
10 試料セル
11 基板
12 微小開口金属薄膜
12a 微小開口
13 試料保持部
14 検出部
15 蛍光色素分子
16 透光性誘電体材料
20 標識結合物質
30 光検出器
32 光源
42 検出部
50 試料セル
51 基板
52 流路
53 スペーサ
54 上板
54a 注入口
54b 空気孔
55 メンブレンフィルター
57 標識結合物質吸着エリア
58 検出部
59 参照部
A 抗原(被検出物質)
1 一次抗体(第1の結合物質)
2 二次抗体(第2の結合物質)
F 蛍光粒子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起光を発する光源と、
該励起光を受ける位置に配された、入射面から入射した該励起光を透過させる材料からなる基板、該基板の前記入射面とは異なる一面に形成された、開口径が前記励起光の波長以下である微小開口を有する微小開口金属薄膜、および該微小開口金属薄膜に蛍光標識を含む試料液を接触させるように該試料を保持する試料保持部を備えてなる試料セルと、
前記入射面から前記基板を透過して前記微小開口金属薄膜に前記励起光が入射されたとき前記微小開口に生じる近接場光および該近接場光により前記微小開口金属薄膜に誘起された表面プラズモン共鳴によって励起された前記蛍光標識から発せられる蛍光を検出する光検出器とを備え、
前記蛍光標識が、前記励起光および前記蛍光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子であることを特徴とする蛍光検出装置。
【請求項2】
前記蛍光粒子の粒子径φが、φ≦200nm
であることを特徴とする請求項1記載の蛍光検出装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の蛍光検出装置の試料セルであって、
前記基板と前記試料保持部により、前記試料液が流下される流路が構成されてなり、
前記微小開口金属薄膜上に、被検出物質と特異的に結合する第1の結合物質が固定された検出部が設けられており、
前記流路の前記検出部より上流側に、前記被検出物質と特異的に結合する第2の結合物質、および前記第1の結合物質と特異的に結合すると共に前記被検出物質と競合する第3の結合物質のいずれか一方の結合物質に蛍光標識が付与されてなる標識結合物質が付加された標識結合物質付加部が設けられており、
前記蛍光標識が、該蛍光標識の蛍光および該蛍光を励起する励起光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子であることを特徴とする試料セル。
【請求項4】
基板と、該基板の一面に形成された、微小開口を有する微小開口金属薄膜と、該微小開口金属薄膜に、試料液を接触させるように該試料液を保持する試料保持部とからなる試料セルを用い、
前記試料セルの前記微小開口金属薄膜に、蛍光標識が付与されてなる標識結合物質を含む試料液を接触させ、
前記微小開口の開口径より大きい波長の励起光を、前記基板の前記一面とは異なる入射面から入射させ、
該励起光の入射により前記微小開口に生じる近接場光および該近接場光により前記微小開口金属薄膜に誘起された表面プラズモン共鳴によって励起された前記蛍光標識から発せられる蛍光を検出する蛍光検出方法であって、
前記蛍光標識として前記励起光および前記蛍光を透過する透光性誘電体材料中に複数の蛍光色素分子を内包してなる蛍光粒子を用いることを特徴とする蛍光検出方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2C】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図2B】
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【公開番号】特開2013−2986(P2013−2986A)
【公開日】平成25年1月7日(2013.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−134961(P2011−134961)
【出願日】平成23年6月17日(2011.6.17)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】