蛍光測定方法

【課題】水溶液中において蛍光色素の発光効率を改善しうる蛍光測定方法を提供する。
【解決手段】基板表面に形成されたリガンドと、アナライトと、蛍光分子が連結した蛍光標識体とからなる複合体中の蛍光分子から発せられる蛍光を、カチオン性の水溶性高分子の水溶液の存在下で測定することを含むことを蛍光測定方法。上記蛍光分子としては、たとえばBODIPY色素、インドシアニン色素、クマリン色素、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)色素、Prodan色素、Hoechst色素、オレンジイエローもしくはその2量体であるYOYO色素など、特にインドシアニン色素が好ましい。一方、上記カチオン性の水溶性高分子としては、たとえばそれぞれカチオン性基(第3級アミノ基および/または第4級アンモニウム塩など)を有する、多糖類および/またはアクリルアミド(共)重合体が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質、核酸等の生体分子を対象とする蛍光標識を用いる分析に関し、より詳しくは、そのような分析における蛍光測定の際に、蛍光シグナルを増強するための手段に関する。
【背景技術】
【0002】
対象とする生体分子(アナライト、たとえばタンパク質や核酸)を定量的または定性的に分析するために、基板上にその生体分子を捕捉し、蛍光を発することができる蛍光色素を用いてそれを標識し、その蛍光を測定する方法が知られている。
【0003】
特に近年では、従来の蛍光測定法に比べて極めて感度が高く、試料中にアナライトがごく微量しか存在しない場合であっても高精度で定量することができる測定法、例えばSPFS(Surface Plasmon-field enhanced Fluorescence Spectroscopy:表面プラズモン励起増強蛍光分光法)が開発されている。SPFSは、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で誘電体部材側(裏側)から励起光を照射したときに、金属薄膜の表面プラズモンとの共鳴により、金属薄膜を透過したエバネッセント波が数十倍から数百倍に増強されることを利用して、アナライトを標識する金属薄膜(表側)近傍に位置する蛍光色素を効率的に励起させ、高感度で蛍光シグナルを測定することができる測定法である。SPFSの一つの態様としては、たとえば本願出願人が先に出願した発明に係る特開2010−091527号公報(特許文献1)を参照することができる。
【0004】
このような蛍光分析法では、複数のアナライトを同時に検出することや、臨床診断用途として極微量のバイオマーカーとなるアナライトを高精度で定量できるよう、蛍光色素の発光効率を向上させ、蛍光色素から発せられる蛍光を増強させることのできる手段が追求され続けている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−091527号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、蛍光色素を用いる測定系、特に微弱な蛍光シグナルを検出する必要がある測定系において、高精度の分析を行えるようにするための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
蛍光色素を用いる測定系は一般的に、対象生体分子を固定化するための手段が設けられている分析用部材に、試料や試薬などの各種水溶液を接触させて所定のリガンドとアナライトの認識反応を行った後、その固定化された対象生体分子を標識する蛍光色素から発せられる蛍光を測定する。この際、基板上に形成されるリガンド‐アナライト‐蛍光標識体からなる複合体、あるいはその形成途中で形成されることのあるリガンド−アナライト複合体の構造を安定的に保持するといった理由から、蛍光測定は通常、生体内環境に近い水和性環境下(水溶液中)で行われる。ここで、アナライトを捕捉する際の非特異反応を抑制するためにカオトロピック塩や界面活性剤が添加された場合、蛍光色素はより水和性の高い環境下にさらされることになる。さらに、蛍光標識リガンド上の蛍光色素が結合している部位の近傍に親水性基(水酸基、アミノ基等)が存在することによっても、蛍光色素の周囲は水和性がより高くなる。
【0008】
本発明者は、多くの有機系の蛍光色素、特に比較的疎水性が強い蛍光色素は、疎水性環境に置いた方が水和性環境に置いたときよりも強い蛍光を発する(発光効率がよい)ことに気付いた。
【0009】
すなわち、蛍光測定時に蛍光色素が水和性環境下に置かれていることで、蛍光強度は低められているものと推測され、もしも蛍光色素の周囲をより疎水性環境にできるとすれば、従来よりも蛍光強度を高められる可能性がある。しかしながら、たとえば有機溶媒または塩析効果のある塩を添加することにより蛍光色素の周囲を疎水性環境にした場合、前記複合体の形成は妨げられ、標的生体分子を所定の部位に捕捉しておくことができなくなり、蛍光分析にとってかえって著しく不都合な結果を招く。更に、前記複合体形成時に周囲が疎水性環境の場合は、本来の目的ではない非特異的な複合体形成を促進するため、結果的にバックグラウンドの上昇が生じ、極微小な特異的蛍光シグナルを検出できなくなる原因にもなる。
【0010】
本発明者は、そのような逆効果を招くことなく、水溶液中において蛍光色素の発光効率を改善しうる手段をさらに鋭意研究した結果、蛍光色素の蛍光測定時にカチオン性の水溶性高分子を添加することがそのような手段となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち本発明に係る蛍光測定方法は、少なくとも、基板表面に形成されたリガンドと、アナライトと、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体とからなる複合体中の蛍光分子(A)から発せられる蛍光を、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液の存在下で測定することを含むことを特徴とする。この蛍光測定方法は、より具体的にはたとえば、工程(a):基板表面に設けられた固定化リガンドと、アナライトと、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体とからなる複合体を形成させる工程、工程(b):上記工程(a)により形成された複合体と、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液とを接触させる工程、および工程(c):上記工程(b)の水溶液の存在下で、蛍光分子(A)から発せられる蛍光を測定する工程を含むものである。
【0012】
前記カチオン性の水溶性高分子(B)としては、それぞれカチオン性基を有する、直鎖状の非架橋型の多糖類および/またはアクリルアミド(共)重合体が好ましい。また、前記カチオン性基としては、第3級アミノ基および/または第4級アンモニウム塩が好ましい。このようなカチオン性の水溶性高分子(B)としては、たとえば、カチオン化セルロース誘導体、カチオン性澱粉、カチオン化グアガム誘導体、ジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合体、またはビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体の少なくとも1種が好ましい。
【0013】
一方、前記蛍光分子(A)としては、疎水性パラメータ(ClogP)が3より高いものが好ましい。このような蛍光分子(A)としては、たとえば、BODIPY色素、インドシアニン色素、クマリン色素、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)色素、Prodan色素、Hoechst色素、オレンジイエローもしくはその2量体であるYOYO色素、またはチアゾールオレンジもしくはその2量体であるTOTO色素の少なくとも1種が好ましく、特にインドシアニン色素が好ましい。
【0014】
そして、このような蛍光測定方法は、表面プラズモン励起増強蛍光分光法(SPFS)または共焦点レーザー顕微鏡もしくは共焦点レーザースキャナーを用いて蛍光を測定する分析法に適用することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の蛍光測定方法を用いれば、SPFSのような微弱な蛍光シグナルを検出する測定系においても、より高精度の分析を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、実施例(蛍光測定時にカチオン性の水溶性高分子の添加あり)および比較例(同添加なし)における、AFP(α−フェトプロテイン)の濃度と蛍光強度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
・蛍光分子(A)
蛍光分子(A)は、本技術分野で蛍光標識試薬として一般的に用いられている蛍光分子の中から選ぶことができるが、蛍光分子の周囲をなるべく疎水性環境にする(水分子を排除する)ため、水溶性でありつつも比較的脂溶性が高いものが好ましい。
【0018】
より具体的には、蛍光分子(A)は、化合物の水溶性および脂溶性のバランスを示す代表的な指標である疎水性パラメータ(ClogP: calculating logP)が比較的高いもの、たとえば3よりも高いものが好ましい。なお、ClogPは、構造式からClogPの計算を行なう疎水性パラメータ算出ツール、たとえばBioByte社「ClogP」「Bio-Loom」またはこれに類似したアルゴリズムを用いて算出することができる。
【0019】
好ましい蛍光分子(A)としては、たとえば、BODIPY色素、インドシアニン色素(下記一般式参照)、クマリン色素(Aminomethyl coumarin: AMCA等)、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)色素、Prodan色素、Hoechst色素、オレンジイエローおよびその2量体であるYOYO色素、チアゾールオレンジおよびその2量体であるTOTO色素が挙げられる。特に、インドシアニン色素(たとえばAlexa Fluor 647(登録商標), Cy5等)が好ましい。それぞれの色素には多様な類縁体が含まれており、適切なものを選択して用いることができる。本発明の蛍光分子(A)として、いずれか1種の蛍光色素を単独で用いても、2種以上の蛍光色素を組み合わせて用いてもよい。また、これらの蛍光色素を含むキットは市販されており、本発明で用いるタンパク質、核酸等はそのようなキットを用いて容易に標識化することができる。
【0020】
【化1】

・水溶性高分子(B)
水溶性高分子(B)は、通常は水性溶媒に溶解または分散させた形態で蛍光分子(A)が位置する場所まで送達され、蛍光分子(A)と接触させられる。したがって、水溶性高分子(B)の水溶液ないし分散液は、少なくとも送液の際に一定の流動性を有するもの(粘度が所定の範囲内のもの)でなければならない。本発明で用いる水溶性高分子(B)は、そのような性質を有する公知の多様な水溶性高分子の中から適切なものを選択することができるが、たとえば、直鎖状の非架橋型の多糖類およびアクリルアミド(共)重合体が好ましい。また、水溶性高分子(B)の重量平均分子量も上記性質を有するものとなる範囲で適宜調整することができるが、通常1万以上200万以下、好ましくは5万以上200万以下である。本発明の水溶性高分子(B)としては、いずれか1種の水溶性高分子を単独で用いても、2種以上の水溶性高分子を組み合わせて用いてもよい。
【0021】
前述したように、本発明で主として用いられる蛍光分子(A)に対しては、カチオン性の(すなわちカチオン性基を有する)水溶性高分子(B)を用いることが望ましい。
水溶性高分子(B)にカチオン性を付与する官能基は特に限定されるものではないが、たとえば、第3級アミノ基および/または第4級アンモニウム基が好ましい。なお、水溶性高分子(B)は、分子全体の正味の電荷がカチオン性となる範囲において、カチオン性基とアニオン性基(スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホリン酸基、リン酸基など)の両方を含むものであってもよい。
【0022】
カチオン性の水溶性高分子(B)としては、たとえば、シャンプー、リンスなどのトイレタリー用途で一般的に用いられる水溶性カチオン化ポリマー(特開平6-234618号公報参照)が好適である。より具体的には、例えば、カチオン化セルロース誘導体、カチオン性澱粉およびカチオン化グアガム誘導体などの水溶性カチオン化多糖類;並びに、ジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合体およびビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体などのカチオン化ポリアクリルアミド類が挙げられる。
【0023】
上記のようなカチオン性の水溶性高分子は公知の手法により調製することができ、市販もされている。たとえば、多糖類を構成するアンヒドログルコース単位が有する水酸基の一部にカチオン性基を導入することにより、カチオン化した多糖類を調製することができる。また、アクリルアミド共重合体を製造するためのモノマーとしてカチオン性基を有するモノマーを用いることにより、カチオン性のアクリルアミド共重合体を調製することができるが、カチオン性基を有さないポリマーを調製した後にカチオン性基を導入することも可能であろう。
【0024】
多糖類(セルロース、澱粉、グアガム等)に導入されるカチオン性基としては、たとえば、下記式(1)に示されるような構造を有する第4級アンモニウム基が挙げられる。
【0025】
【化2】

上記(1)式中、R1,R2,R3はそれぞれ独立に、炭素数10以下のアルキル基、アリール基、アラルキル基であり、R4はアルキレンまたはヒドロキシアルキレン基であり、Xは陰イオンである。また、R1,R2,R3のうちの2以上が式中の窒素原子を含んだ形で複素環を形成しても良い。本発明の一態様においては、セルロース骨格の形成に関与しない水酸基に結合したポリアルキルオキシ鎖に、上記式(1)に示されるような構造を有する第4級アンモニウム基が結合した態様でアンヒドログルコース単位に導入されている。
【0026】
水溶性高分子(B)に導入されるカチオン性基の数は適宜調整することができる。たとえば、多糖類にカチオン性基を導入する場合は、カチオン置換度(アンヒドログルコース1分子あたりのカチオン性基の平均個数)が0.01以上1以下、好ましくは0.02以上0.5以下となるような反応条件を用いればよい。
【0027】
アリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合物は、ジアリルアンモニウム由来の環状アンモニウム単位と、アクリルアミド単位との共重合体である。このアクリルアミド単位において、アミド結合の窒素原子に結合した水素原子の一部または全部が低級アルキル基(炭素数1〜3)またはフェニル基によって置換されていてもよい。
【0028】
このジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合物に含まれる環状アンモニウム単位としては、下記式(2a)または(2b)に示されるような構造を有する環状アンモニウム単位が挙げられる。
【0029】
【化3】

上記(2a)および(2b)式中、R5,R6 はそれぞれ独立に、水素、アルキル基(炭素数1〜18)、フェニル基、アリール基、ヒドロキシアルキル基、アミドアルキル基、シアノアルキル基、アルコキシアルキル基、カルボアルコキシアルキル基であり、R7,R8 はそれぞれ独立に、水素原子、低級アルキル基(炭素数1〜3)、フェニル基であり、Xは陰イオンである。
【0030】
ジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合物は、重量平均分子量として3万以上200万以下、好ましくは10万以上200万以下の範囲のものが良い。ジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合物における環状アンモニウム単位とアクリルアミド単位との比率には、特に制限がない。
【0031】
上記のようなジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合物のうち、塩化ジメチルジアリルアンモニウム/アクリルアミド共重合体、すなわち、上記式(2a)または(2b)において、R5およびR6がメチル基、R7およびR8が水素原子で表される共重合体が水溶性高分子43として好ましく用いられる。この共重合体は、例えば商品名「マーコート550」(重合比:塩化ジメチルジアリルアンモニウム/アクリルアミド=30/70(モル比);分子量(GPC−MALLS法):160万)として(株)マツモト交商から販売されている。
【0032】
ビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体として、ビニルピロリドン単位と、第4級アンモニウム基がアミド結合の窒素原子と結合した4級アンモニウム修飾アクリルアミド単位とからなる共重合体が挙げられる。
【0033】
この4級アンモニウム修飾アクリルアミド単位に含まれる第4級アンモニウム基として、下記式(3)に示されるような構造を有する第4級アンモニウム基が挙げられる。
【0034】
【化4】

上記(3)式中、R9,R10,R11はそれぞれ独立に、水素原子、炭素数1〜4のアルキル基、ヒドロキシアルキル基、アミドアルキル基、シアノアルキル基、アルコキシアルキル基、カルボアルコキシアルキル基であり、R12は炭素数10以下の直鎖アルキル基であり、Xは陰イオンである。ここで、この4級アンモニウム修飾アクリルアミド単位において、カルボ基に隣接する主鎖上の炭素は、炭素数3以下のアルキル基でさらに置換されていてもよい。
【0035】
ビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体の重量平均分子量は、1万以上200万以下、好ましくは5万以上150万以下の範囲のものが良い。この共重合体中に含まれるカチオン性高分子に由来するカチオン性窒素の含有量はビニル重合体にして0.004以上0.2%以下、好ましくは0.01以上0.15%以下である。ビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体におけるビニルピロリドン単位と4級アンモニウム修飾アクリルアミド単位との比率には、特に制限がない。
【0036】
上述のような水溶性高分子(B)は、水溶液の形態で、所定の段階で蛍光分子(A)と接触させられるが、蛍光分子(A)の種類および量に適したものとすること、あるいは当該水溶液が送液に適した粘性を有するものとすることなどを考慮しながら、水溶性高分子(B)の種類および量(水溶液の濃度)を調整することが望ましい。
【0037】
− 蛍光測定方法 −
本発明の蛍光測定方法は、少なくとも、基板表面に固定化されたアナライトを標識する蛍光分子(A)から発せられる蛍光を、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液の存在下で測定することを含むものとなる、各種の分析法において広く適用することが可能である。たとえば、元来比較的高感度で蛍光を測定することができるが、本発明による蛍光増強効果によって有用性がさらに増す、表面プラズモン励起増強蛍光分光法(SPFS)や、共焦点レーザー顕微鏡もしくは共焦点レーザースキャナーを用いて蛍光を測定する分析法が好ましい。本発明の蛍光測定方法をSPFSで使用する場合は、「基板」はSPFS用のセンサユニットを構成する基板となる。
【0038】
以下、本発明の蛍光測定方法を、SPFS用のセンサユニットを用いた場合の一態様を例に挙げながらさらに説明するが、本発明の態様はそのようなものに限定されるものではない。構造が類似するセンサユニットを用い、類似する手順に従って行われるその他の分析においても本発明の蛍光測定方法を適用することができることは、当業者に容易に理解されるところである。
【0039】
・センサユニット
一般的なSPFS用のセンサユニットは、誘電体部材(ガラス、プラスチック等で形成されたプリズムまたは透明平面基板)と、当該誘電体部材の上層に形成された金属薄膜と、当該金属薄膜の上層に形成された固定化リガンドからなる層(アナライト検出層)とにより構成される「センサ基板」を基本的な構成とする。アナライト検出層は金属薄膜の表面に直接形成されていてもよいが、必要に応じてさらに、金属薄膜による蛍光色素の金属消光を防止するため誘電体(たとえばSiO2,TiO2)からなるスペーサ層および/または金属薄膜もしくはこのスペーサ層と固定化リガンドとを介在するSAM(Self-Assembled Monolayer:自己組織化単分子膜)を金属薄膜上に形成し、その上にアナライト検出層を形成するようにしてもよい。
【0040】
また、上記のようなセンサ基板の上面には、分析に用いる各種の流体(試料液、標識液、洗浄液など)を送液または貯留するための「流路」を形成するための部材(流路の側壁を形成する部材および天板)が組み合わされる。天板には、流体を導入または排出するための開口が設けられ、送液手段(ポンプ、チューブ等)を用いて流路内外を流体を行き来させる。
【0041】
・アナライト
蛍光測定方法において定量ないし検出すべき対象とする物質を本発明では「アナライト」と称する。アナライトは、固定化リガンドによりセンサ基板表面に捕捉でき、かつ蛍光標識することのできる生体分子であれば特に限定されるものではないが、代表的なアナライトとしては、タンパク質(ポリペプチド、オリゴペプチド等を含む)や核酸(DNA、RNA、ポリヌクレオチド、オリゴヌクレオチド、PNA(ペプチド核酸)等を含む)が挙げられる。たとえば、がんの診断等において重要な指標となる、血液中に存在する腫瘍マーカーは、高感度で検出することが望ましいアナライトの一つである。その他にも、リガンドに認識される部位(エピトープ等)を表面に有する細胞やウイルス、あるいは糖質(オリゴ糖、多糖類、糖鎖等を含む)、脂質などの生体分子もアナライトとなり得る。
【0042】
・リガンド
アナライトと特異的に結合し得る物質を本発明では「リガンド」と称する。センサ基板表面に固定化された、アナライトを捕捉するためのリガンドを「固定化リガンド」と称し、特にリガンドが抗体である場合は「一次抗体」と称することがある。一方、アナライトを蛍光分子(A)により蛍光標識するためのリガンドを「蛍光標識リガンド」と称し、特にリガンドが抗体である場合は「二次抗体」と称することがある。また、蛍光標識リガンドに蛍光分子(A)が連結している物質を「蛍光標識体」と称することがある。
【0043】
リガンド(固定化リガンドおよび蛍光標識リガンド)は、アナライトに応じて適切なものを選択すればよい。たとえば、タンパク質をアナライトとする場合は、抗原抗体反応によりそれと特異的に結合する抗体等の分子がリガンドとなる。固定化リガンドのリガンド部分と蛍光標識リガンドのリガンド部分は、同じでもよいし、異なっていてもよい。ただし、固定化リガンドがポリクローナル抗体である場合、標識リガンドはモノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよいが、固定化リガンドがモノクローナル抗体である場合、標識リガンドはその固定化リガンドが認識しないエピトープを認識するモノクローナル抗体であるか、またはポリクローナル抗体であることが望ましい。また、核酸をアナライトとする場合は、ハイブリダイゼーションによりそれと特異的に結合する、アナライトと相補的な塩基配列を有する核酸をリガンドとすることができる。
【0044】
リガンドをセンサ基板表面に固定化する方法、および蛍光標識リガンドの調製方法は公知である。固定化リガンドは、たとえば、シランカップリング剤やリンカー分子を介してセンサ基板表面に固定化することができる。また、蛍光標識リガンドの調製には、所定の官能基の反応を介してタンパク質や核酸に各種の蛍光色素を結合させるための、市販のキットを利用することが便利である。
【0045】
・蛍光測定の工程
SPFSにおいて本発明の蛍光測定方法を用いる場合、より具体的には次のような工程に従って蛍光測定が行われる。ただし、それらの工程の前後または間には、必要に応じてその他の工程が設けることができる。
【0046】
工程(a):基板表面に固定化されたリガンドと、アナライトと、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体とからなる複合体を形成させる工程、
工程(b):上記工程(a)により形成された複合体と、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液とを接触させる工程、および
工程(c):上記工程(b)の水溶液の存在下で、蛍光分子(A)から発せられる蛍光を測定する工程。
【0047】
上記工程(a)は、最終的にリガンドと、アナライトと、蛍光標識体とからなる複合体が基板表面に形成されるようであれば、その形成方法は限定されるものではないが、代表的には次のような2通りの方法で行われる。
【0048】
1つ目は、
工程(a1−1):基板表面に固定化されたリガンドと、アナライトを含有する試料とを接触させ、まずリガンド−アナライト複合体を形成させる工程、および
工程(a1−2):上記工程(a1−1)により形成されたリガンド−アナライト複合体と、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体の水溶液とを接触させ、リガンド−アナライト−蛍光標識体複合体を形成させる工程、による方法である。
【0049】
2つ目は、
工程(a2−1):アナライトを含有する試料と、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体の水溶液とを接触させ、まずアナライト−蛍光標識体複合体を形成させる工程、および
工程(a2−2):上記工程(a1−1)により形成されたアナライト−蛍光標識体複合体を含む水溶液と、基板表面に固定化されたリガンドとを接触させ、リガンド−アナライト−蛍光標識体複合体を形成させる工程、による方法である。
【0050】
上記のような各工程で用いられる試料や各種水溶液は、適切な送液手段(ポンプ、チューブ等)を用いてセンサユニットの所定の部位に送液され、上記所定の接触が行われる。反応効率を高めるため、一つの工程内で所定の時間、水溶液等を循環させるようにしてもよい。工程を進める際は、前の工程で用いられた水溶液等を流下さ、必要に応じて洗浄液(界面活性剤等を含む溶液)を送液して流路を洗浄した後に、次の工程で用いる水溶液等を送液するようにする。送液条件(流速、時間、温度、試料や各種水溶液の濃度等)は、蛍光測定の態様に応じて適宜調整することができる。
【0051】
工程(a)の前には、基板表面にリガンドを固定化するための工程を設けてもよい。SPFSの場合、金属薄膜(または誘電体層)が最上層にあるセンサ基板を用いたセンサユニットに、SAMを形成するための試薬と、固定化リガンドからなる層(アナライト検出層)を形成するための試薬を順次送液することにより、表面にリガンドが固定化された基板を調製することができる。
【0052】
上記工程(c)は、SPFSの場合は、全反射減衰(ATR)が生じる角度で金属薄膜裏面側から励起光を照射し、金属薄膜を透過しプラズモン共鳴により増強されたエバネッセント波が蛍光分子(A)を励起し、金属薄膜表面側(固定化リガンドが設けられている側)に備えられた検出器により蛍光分子(A)から発せられた蛍光を測定するように進められる。
【0053】
工程(c)の後、常法に従って、アナライトの濃度が既知の標準試料から作成された検量線に基づいて、各試料中について測定した蛍光シグナル(測定蛍光シグナル:Ia)からアナライトの濃度を決定することができる。ここで、工程(a1−2)または工程(a2−2)の前の時点で測定した蛍光シグナル(ブランク蛍光シグナル:Io)、およびセンサ基板表面に固定化抗体を設ける前に超純水を流しながら測定した蛍光シグナル(初期ノイズ:In)を用いて、下記式から算出される「アッセイS/N比」に基づき、アナライトの濃度を決定するようにしてもよい。
アッセイS/N比=|Ia/Io|/In
【0054】
また、実用上、上記式に代えて、検体中に含まれる生体分子の濃度が0の場合における「アッセイノイズシグナル」(Ian)を用いる下記式から、アッセイS/N比を算出してもよい。
アッセイS/N比=|Ia|/|Ian|
【実施例】
【0055】
[実施例]
抗AFP(α−フェトプロテイン)モノクローナル抗体(一次抗体)を表面に固定化したSPFSセンサー基板を常法により作成し(前記特許文献1:特開2010−091527号公報、[0105]〜[0107]段落参照)、抗体を固定化した側の表面に、抗原であるAFPを反応させた後(同[0123]〜[0125]段落参照)、別途調製しておいた(同[0108]〜[0110]段落参照)AlexaFluor(登録商標)647標識抗AFPモノクローナル抗体(二次抗体)を結合させた(同[0126]段落参照)。なお、AlexaFluor647は前記一般式で表されるインドシアニン色素の一つであり、そのCLogP(CS Chem Draw Ultraによる計算値)は3.5である。
【0056】
この特異的な抗原抗体複合体を形成させるために、抗原抗体複合体形成時の(上記AFPおよび二次抗体それぞれが溶解した)緩衝液には非イオン性界面活性剤であるオクチルβ‐グルコシド(OBG)を0.01%添加したリン酸緩衝液を使用した。また、複合体形成後の洗浄緩衝液には、0.01% OBG、及びカオトロピックイオンであるNaSCNを0.01M添加したものを使用した。このような非イオン性界面活性剤とカオトロピックイオンの使用で、抗原及び抗体の水和性が増し、非特異的な結合が防止される。
【0057】
その後、このSPFSセンサー表面上に、0.05重量%のカチオン化高分子(商品名「カチナールHC-100」, 東邦化学製。塩化O−[2−ヒドロキシ−3−(トリメチルアンモニオ)プロピル]ヒドロキシエチルセルロース)を添加したトリス塩酸緩衝液(pH 7.5)を、流速(100)μL/minにて送液しその存在下で蛍光強度を測定した。
【0058】
[比較例]
蛍光強度の測定時に、カチオン化高分子を添加した上記緩衝液ではなく、Tween20を0.05重量%含むTBS(洗浄液)を送液したこと以外は上記実施例と同様の手順で、蛍光分子の蛍光強度を測定した。
【0059】
実施例及び比較例のSPFS系における、AFPの濃度と蛍光強度との関係を図1に示す。図1に示されるように、蛍光強度の測定時の溶液がカチオン化高分子が添加された緩衝液である場合、それが洗浄緩衝液である場合と比較して蛍光強度の検出量が3倍程度上昇した。これは、標識抗体上の蛍光分子の周りの環境が、洗浄後は水と良く水和された状態にあったものが、カチオン化高分子の添加で水分子が蛍光色素の周りから離れたことにより、結果として蛍光強度が増加したものであると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、基板表面に形成されたリガンドと、アナライトと、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体とからなる複合体中の蛍光分子(A)から発せられる蛍光を、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液の存在下で測定することを含むことを特徴とする、蛍光測定方法。
【請求項2】
下記工程(a)〜(c)を含むことを特徴とする、請求項1に記載の蛍光測定方法:
工程(a):基板表面に固定化されたリガンドと、アナライトと、蛍光分子(A)が連結した蛍光標識体とからなる複合体を形成させる工程、
工程(b):上記工程(a)により形成された複合体と、カチオン性の水溶性高分子(B)の水溶液とを接触させる工程、および
工程(c):上記工程(b)の水溶液の存在下で、蛍光分子(A)から発せられる蛍光を測定する工程。
【請求項3】
前記カチオン性の水溶性高分子(B)が、それぞれカチオン性基を有する、直鎖状の非架橋型の多糖類および/またはアクリルアミド(共)重合体であることを特徴とする、請求項1または2に記載の蛍光測定方法。
【請求項4】
前記カチオン性基が第3級アミノ基および/または第4級アンモニウム塩であることを特徴とする、請求項3に記載の蛍光測定方法。
【請求項5】
前記カチオン性の水溶性高分子(B)が、カチオン化セルロース誘導体、カチオン性澱粉、カチオン化グアガム誘導体、ジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合体、またはビニルピロリドン/4級アンモニウム修飾アクリルアミド共重合体の少なくとも1種である、請求項3または4に記載の蛍光測定方法。
【請求項6】
前記蛍光分子(A)が、疎水性パラメータ(ClogP)が3より高いものであることを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載の蛍光測定方法。
【請求項7】
前記蛍光分子(A)が、BODIPY色素、インドシアニン色素、クマリン色素、アニリノナフタレンスルホン酸(ANS)色素、Prodan色素、Hoechst色素、オレンジイエローもしくはその2量体であるYOYO色素、またはチアゾールオレンジもしくはその2量体であるTOTO色素の少なくとも1種であることを特徴とする、請求項1〜6のいずれかに記載の蛍光測定方法。
【請求項8】
前記蛍光分子(A)がインドシアニン色素であることを特徴とする、請求項7に記載の蛍光測定方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の蛍光測定方法を使用した、表面プラズモン励起増強蛍光分光法(SPFS)または共焦点レーザー顕微鏡もしくは共焦点レーザースキャナーを用いて蛍光を測定する分析法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−47684(P2012−47684A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−192222(P2010−192222)
【出願日】平成22年8月30日(2010.8.30)
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】