説明

蛍光X線分析装置及びコンピュータプログラム

【課題】標準試料を用いずに試料中の元素濃度を精度良く計測することができる蛍光X線分析装置及びコンピュータプログラムを提供する。
【解決手段】X線検出器13は試料Sから二次X線を検出し、MCA14は二次X線のスペクトルを取得する。解析装置2は、スペクトルに含まれる散乱X線信号から試料Sの平均原子番号を計算する。また解析装置2は、非測定元素を含む物質の組成をリストから選んで順次仮定し、仮定した組成の夫々について、スペクトルに含まれる蛍光X線信号の強度に基づいて試料中の各元素の濃度を計算し、平均原子番号の理論値を計算する。更に解析装置2は、平均原子番号の理論値が試料Sの平均原子番号に相当する値になる仮定の元で計算した元素濃度の計算結果を、試料S中の各元素の濃度とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光X線分析に関し、より詳しくは、蛍光X線を測定できない元素による影響を考慮した上で試料中の各元素の濃度を計算する蛍光X線分析装置及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
蛍光X線は、元素にX線を照射した場合に元素から発生するX線であり、元素に固有の波長を有する。蛍光X線分析は、一次X線を試料に照射し、試料から発生する蛍光X線を測定し、蛍光X線のスペクトルから試料に含有される元素の定性分析又は定量分析を行う分析手法である。蛍光X線分析の対象となる試料には、通常、試料から発生する蛍光X線を測定できる元素の他に、炭素(C)、水素(H)及び酸素(O)等、試料から発生する蛍光X線の強度が小さいために蛍光X線を測定できない元素が含まれている。以下、蛍光X線を測定できる元素を測定可能元素と言い、蛍光X線を測定できない元素を非測定元素と言う。
【0003】
試料中の任意の元素に起因する蛍光X線の強度は、試料中に共存する他の元素によるX線の吸収及び励起の影響を受けて変化する。また蛍光X線の強度は、試料中に存在する非測定元素によっても影響を受ける。このため、蛍光X線分析で試料中の元素濃度を精度良く計測するためには、分析対象の試料と組成が等しい標準試料から発生する蛍光X線の強度と元素濃度との関係を示す検量線を予め求めておく必要がある。しかしながら、分析対象の試料と組成が等しい標準試料を用いることができない場合も多いので、標準試料を用いずに試料中の元素濃度を計測するための手法が必要である。
【0004】
標準試料を用いずに試料中の元素濃度を計測する手法として、ファンダメンタルパラメータ(FP)法が知られている。FP法は、特許文献1に記載されている。FP法では、非測定元素を含む物質の組成を予め特定しておき、蛍光X線のスペクトルから測定可能元素を同定し、測定可能元素及び非測定元素の濃度を仮定し、仮定した濃度に基づいて蛍光X線強度を理論的に計算し、計算した蛍光X線強度を実測値と比較する。測定可能元素及び非測定元素の濃度を変更しながら蛍光X線強度の計算を繰り返し、計算した蛍光X線強度が実測値と一致する濃度を求める。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3965173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のFP法では、試料に含まれる物質の内で非測定元素を含む物質の組成が不明である場合は、非測定元素を含む物質の組成を使用者が予め仮定しておく必要がある。このため、非測定元素を含む物質の組成の仮定が不適当である場合は、FP法により元素濃度を精度良く求めることができないという問題がある。
【0007】
本発明は、斯かる事情に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、非測定元素を含む物質の組成の仮定の確からしさを判定することにより、標準試料を用いずに試料中の元素濃度を精度良く計測することができる蛍光X線分析装置及びコンピュータプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る蛍光X線分析装置は、一次X線を試料に照射する手段と、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得する手段と、試料に含まれる元素の内で蛍光X線を測定できる測定可能元素を、取得した前記スペクトルに含まれる蛍光X線の信号に基づいて同定する手段とを備え、前記スペクトルに基づいて試料中の元素の濃度を計算する蛍光X線分析装置において、前記スペクトルに含まれる散乱X線信号の強度に基づいて、試料の平均原子番号を計算する平均原子番号計算手段と、試料に含まれる物質の内で蛍光X線を測定できない非測定元素を含む物質の組成を仮定する組成仮定手段と、同定した測定可能元素の濃度、及び前記組成仮定手段が組成を仮定した前記物質に含まれる非測定元素の濃度を、仮定した前記物質の組成及び前記スペクトルに含まれる蛍光X線信号の強度に基づいて計算する濃度計算手段と、計算した各元素の濃度から、試料の平均原子番号の理論値を計算する理論値計算手段と、前記組成仮定手段、前記濃度計算手段、及び前記理論値計算手段での処理を繰り返し、前記理論値計算手段で計算した平均原子番号の理論値が前記平均原子番号計算手段で計算した平均原子番号に相当する値になる場合の前記濃度計算手段の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定する濃度決定手段とを備えることを特徴とする。
【0009】
本発明に係る蛍光X線分析装置は、非測定元素を含む物質の組成のリストを記憶する手段を更に備え、前記組成仮定手段は、前記リストから一の組成を選択することによって前記物質の組成を仮定するように構成してあることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る蛍光X線分析装置は、前記濃度決定手段は、前記リストに含まれる全ての組成について、前記組成仮定手段、前記濃度計算手段、及び前記理論値計算手段での処理を繰り返す手段と、前記リストに含まれる全ての組成について、前記平均原子番号計算手段が計算した平均原子番号と前記理論値計算手段が計算した平均原子番号の理論値との差の絶対値を計算する手段と、前記リストに含まれる全ての組成について実行した前記濃度計算手段の計算結果の内、前記差の絶対値が最小になる組成について実行した前記濃度計算手段の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定する手段とを有することを特徴とする。
【0011】
本発明に係るコンピュータプログラムは、コンピュータに、一次X線を照射した試料から発生した二次X線のスペクトルに基づいて試料中の元素の濃度を計算させるコンピュータプログラムにおいて、前記スペクトルに含まれる散乱X線信号の強度に基づいて、試料の平均原子番号を計算するステップと、試料に含まれる物質の内で蛍光X線を測定できない非測定元素を含む物質の組成を仮定する組成仮定ステップと、同定した測定可能元素の濃度、及び組成を仮定した前記物質に含まれる非測定元素の濃度を、仮定した前記物質の組成及び前記スペクトルに含まれる蛍光X線信号の強度に基づいて計算する濃度計算ステップと、計算した各元素の濃度から、試料の平均原子番号の理論値を計算する理論値計算ステップと、前記組成仮定ステップ、前記濃度計算ステップ、及び前記理論値計算ステップを繰り返し、計算した前記理論値が試料の平均原子番号に相当する値になる場合の各元素の濃度の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定するステップとを含む処理をコンピュータに実行させることを特徴とする。
【0012】
本発明においては、蛍光X線分析装置は、非測定元素を含む物質の組成の仮定が異なる複数の場合について各元素の濃度を計算し、試料の平均原子番号の理論値が実際の試料の平均原子番号に相当する値になるような最も適切な仮定の元で計算した濃度の計算結果を、試料中の各元素の濃度とする。
【0013】
また本発明においては、蛍光X線分析装置は、予め定められた複数の組成を含む組成リストから、一の組成を選択することにより、非測定元素を含む物質の組成を容易に仮定することができる。
【0014】
また本発明においては、蛍光X線分析装置は、組成リストに含まれる全ての組成について試料中の各元素の濃度と平均原子番号の理論値とを計算し、試料の平均原子番号と理論値との差の絶対値が最小となる組成について計算した濃度の計算結果を、試料中の各元素の濃度とする。このため、適切な組成の仮定の元で計算した各元素の濃度が確実に得られる。
【発明の効果】
【0015】
本発明にあっては、非測定元素を含む物質の組成を適切に仮定した上で試料中の元素濃度を計算するので、組成の仮定が適切であるか否かが不確かな状態で試料中の元素濃度を計算する従来のFP法に比べて、より高精度に元素濃度を計算することができる等、本発明は優れた効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る蛍光X線分析装置の構成を示す模式図である。
【図2】解析装置の内部構成を示すブロック図である。
【図3】組成リストの内容例を示す概念図である。
【図4】解析装置が実行する処理の手順を示すフローチャートである。
【図5】平均原子番号と散乱X線信号の強度との関係を示す特性図である。
【図6】濃度計算処理のサブルーチンの手順を示すフローチャートである。
【図7】他の形態の解析装置が実行する処理の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下本発明をその実施の形態を示す図面に基づき具体的に説明する。
図1は、本発明に係る蛍光X線分析装置の構成を示す模式図である。蛍光X線分析装置は、試料Sを載置するための試料台12と、試料台12上の試料Sへ一次X線を照射するX線源11と、一次X線の照射によって試料Sから発生する二次X線を検出するX線検出器13とを備えている。X線源11、試料台12及びX線検出器13は、X線を遮蔽する図示しない筐体内に納められている。X線源11は、例えば、金属製のターゲットに加速電子を衝突させることによって一次X線を発生させるX線管である。二次X線には、試料S内の成分に起因する蛍光X線と、試料Sで一次X線が散乱された散乱X線とが含まれる。X線検出器13は、試料Sから発生した二次X線を検出できる位置に配置されている。X線源11が照射する一次X線及びX線検出器13が検出する二次X線が通過する経路は、図1中に矢印で示している。X線検出器13は、検出素子として比例計数管を用いた構成となっており、比例計数管に入射した二次X線のエネルギーに比例した電気信号を出力する。なお、X線検出器13は、検出素子として、半導体検出素子等の比例計数管以外の検出素子を用いた形態であってもよい。
【0018】
X線検出器13はマルチチャネルアナライザ(MCA)14に接続されている。X線検出器13は、検出した二次X線のエネルギーに比例した電気信号をMCA14へ入力する。MCA14は、X線検出器13からの電気信号を信号強度に応じて選別し、各信号強度の電気信号をカウントする。このMCA14の処理により、二次X線のエネルギー又は波長とカウント数との関係、即ち二次X線のスペクトルが取得される。MCA14は、解析装置2に接続されており、取得した二次X線のスペクトルを解析装置2へ入力する。解析装置2は、二次X線のスペクトルに基づいて、試料Sに含まれる元素の濃度を計算する処理を行う。
【0019】
図2は、解析装置2の内部構成を示すブロック図である。解析装置2は、パーソナルコンピュータ(PC)等の汎用コンピュータを用いて構成されている。解析装置2は、演算を行うCPU21と、演算に伴って発生する一時的な情報を記憶するRAM22と、ハードディスク等の記憶部23と、光ディスク等の記録媒体30から情報を読み取るCD−ROMドライブ等のドライブ部24とを備えている。CPU21は、記録媒体30に記録されている本発明のコンピュータプログラム3をドライブ部24に読み取らせ、読み取ったコンピュータプログラム3を記憶部23に記憶させる。CPU21は、必要に応じてコンピュータプログラム3を記憶部23からRAM22へロードし、ロードしたコンピュータプログラム3に従って解析装置2に必要な処理を実行する。なお、コンピュータプログラム3は、図示しない通信ネットワークを介して解析装置2へダウンロードされる等、ドライブ部24で記録媒体30から読み取る以外の方法で解析装置2が取得してもよい。また解析装置2は、外部からコンピュータプログラム3を取得するのではなく、コンピュータプログラム3を記録したROM等の記録手段を内部に備えた形態であってもよい。
【0020】
また解析装置2は、MCA14に接続されたインタフェース部27を備えている。インタフェース部27は、MCA14から二次X線のスペクトルを入力され、CPU21は入力された二次X線のスペクトルを記憶部23に記憶させる。更に解析装置2は、使用者の操作により各種の情報が入力されるキーボード又はポインティングデバイス等の入力部25と、各種の情報を表示する液晶ディスプレイ等の表示部26とを備えている。
【0021】
記憶部23は、二次X線のスペクトルに含まれる蛍光X線の信号に基づいて試料S中の測定可能元素を同定するために必要な情報を含む元素データを記憶している。元素データには、夫々の測定可能元素から発生する蛍光X線のエネルギー又は波長等が含まれる。また記憶部23は、非測定元素を含む物質の組成を複数記録した組成リストを記憶している。図3は、組成リストの内容例を示す概念図である。組成リストには、C、H及びO等の非測定元素を含んだ複数の物質の組成がCH2 及びCH2 O等の化学式で表現されて記録されている。夫々の化学式は通し番号が付せられて互いに区別されている。組成リストに化学式が記録された物質は、試料Sに含まれる可能性がある物質である。各化学式に付せられた通し番号は、各物質が試料Sに含まれる可能性の高い順に付せられていてもよい。通常、非測定元素を含む物質は、X線を吸収する効果を奏し、X線を吸収する効率は物質の組成によって異なる。このため、組成が異なる試料の間では、測定可能元素の濃度が同一であったとしても、試料から発生する蛍光X線の強度は異なる。
【0022】
また記憶部23は、蛍光X線分析装置の構成に起因して二次X線の検出強度に影響する蛍光X線分析装置の特性を記録した装置データを記憶している。装置データには、X線源11が照射する一次X線のエネルギー及び強度、試料台12上の試料Sに対する一次X線の照射角度、X線検出器13で検出する二次X線の試料Sに対する角度、並びにX線検出器13の検出効率等が含まれる。また記憶部23は、試料Sから二次X線が発生する効率に影響する物質の特性を記録した物質データを記憶している。物質データには、夫々の元素の一次X線に対する励起確率、及び夫々の組成の物質がX線を吸収する確率等が含まれる。また物質データには、組成データに組成が記録された物質の特性が記録されている。記憶部23は、元素データ、組成リスト、装置データ及び物質データを予め記憶している。更に記憶部23は、分析対象である実際の試料Sの特性を記録した試料データを記憶する。試料データには、試料Sの大きさ及び質量等が含まれている。試料データは、試料Sの分析時に、使用者の操作により入力部25に入力され、CPU21は、入力された試料データを記憶部23に記憶させる。
【0023】
次に、蛍光X線分析装置の動作を説明する。使用者が試料台12に試料Sを載置し、解析装置2の入力部25又は図示しない入力装置を用いて使用者が測定開始の指示を入力した場合に、X線源11は一次X線を試料Sへ照射し、X線検出器13は試料Sからの二次X線を検出し、MCA14は二次X線のスペクトルを取得する。また使用者は、別途、入力部25を操作することにより試料データを解析装置2へ入力し、CPU21は、入力された試料データを記憶部23に記憶させる。MCA14は、二次X線のスペクトルを解析装置2へ入力し、解析装置2は二次X線のスペクトルに基づいて試料S中の各元素の濃度を計算する処理を行う。
【0024】
図4は、解析装置2が実行する処理の手順を示すフローチャートである。解析装置2のCPU21は、コンピュータプログラム3に従って以下の処理を実行する。解析装置2は、MCA14から入力された二次X線のスペクトルをインタフェース部27で受け付け、RAM22又は記憶部23に記憶させる。CPU21は、二次X線のスペクトルに基づいて、試料Sに含まれる測定可能元素を同定する処理を行う(S11)。ステップS11では、CPU21は、スペクトル中にピークとして含まれる蛍光X線信号を特定し、蛍光X線信号に対応する蛍光X線のエネルギー又は波長をスペクトルから取得し、蛍光X線のエネルギー又は波長を元素データと比較することによって測定可能元素を同定する。具体的には、CPU21は、元素データに含まれる各元素の蛍光X線のエネルギー又は波長の中から、取得したエネルギー又は波長と一致するものを検索し、蛍光X線のエネルギー又は波長が一致する元素を、試料S中の測定可能元素であると同定する。CPU21は、次に、二次X線のスペクトルに含まれる夫々の蛍光X線信号の強度を取得する(S12)。
【0025】
CPU21は、次に、二次X線のスペクトルに含まれる特定のエネルギー又は波長の信号でスペクトルを規格化し、規格化後のスペクトルに含まれる散乱X線信号を特定し、特定した散乱X線信号の強度を取得し、取得した散乱X線信号の強度に基づいて試料Sの平均原子番号を計算する(S13)。ステップS13で利用する散乱X線信号のエネルギー又は波長は予め定められており、コンピュータプログラム3に含まれるか又は記憶部23に予め記憶されている。ステップS13では、CPU21は、予め定められたエネルギー又は波長に対応する散乱X線信号を特定する。平均原子番号は、物質中に含まれる元素の原子番号を物質中の各元素の重量濃度の比で加重平均したものである。例えば、純粋な水(H2 O)では、Hの原子番号は1で質量数は1、Oの原子番号は8で質量数は16であるので、平均原子番号は、2×1×1/18+8×16/18=7.2となる。平均原子番号と散乱X線信号の強度とは相関関係があることが知られている。図5は、平均原子番号と散乱X線信号の強度との関係を示す特性図である。図中の横軸は規格化された散乱X線信号の強度を示し、縦軸は平均原子番号を示す。規格化された散乱X線信号の強度の増大に対して、平均原子番号は単調に増加する。定性的には、平均原子番号が増大した場合は、X線を散乱させる物質の電子密度が増大し、散乱X線の強度も増大すると推測できる。図5に示す如き平均原子番号と散乱X線信号の強度との関係は、コンピュータプログラム3に含まれるか又は記憶部23に予め記憶されている。ステップS13では、CPU21は、図5に示す如き平均原子番号と散乱X線信号の強度との関係から、取得した散乱X線信号の強度に対応する平均原子番号を特定することにより、試料Sの平均原子番号を計算する。
【0026】
CPU21は、次に、記憶部23で記憶する組成リストに記録された複数の物質の組成の中から、一の組成を選択する(S14)。具体的には、CPU21は、組成リストに記録された複数の化学式の中から、各化学式に付された通し番号の順に一の化学式を選択する。ステップS14で一の組成を選択することにより、CPU21は、試料に含まれる非測定元素を含む物質の組成を仮定する。CPU21は、次に、測定可能元素の試料S中の濃度、及び組成を仮定した物質に含まれる非測定元素の試料S中の濃度を、仮定した物質の組成、及び蛍光X線信号の強度に基づいて計算する濃度計算処理を行う(S15)。
【0027】
図6は、濃度計算処理のサブルーチンの手順を示すフローチャートである。濃度計算処理では、CPU21は、従来のFP法と同様の方法で各元素の濃度を計算する。CPU21は、まず、ステップS11で同定した測定可能元素の試料S中の濃度、及びステップS14で組成を仮定した物質に含まれる非測定元素の試料S中の濃度を夫々に適当な値に仮定する(S21)。具体的には、各元素の濃度の値を予め定めてある初期値に定める。初期値としては、全ての元素について同一の値を用いてもよく、元素別に異なる初期値を予め定めてあってもよい。CPU21は、次に、従来のFP法と同様の方法で、仮定した各元素の濃度に基づいて、二次X線のスペクトルに含まれる蛍光X線信号の理論強度を計算する(S22)。S22の計算では、CPU21は、記憶部23で記憶している装置データ、物質データ及び試料データを必要に応じて計算パラメータとして使用する。
【0028】
CPU21は、次に、ステップS12で取得した蛍光X線信号の強度と、ステップS22で計算した蛍光X線信号の理論強度との差が許容範囲内に収まるか否かを判定する(S23)。ステップS23では、CPU21は、各測定可能元素に起因する蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度との差の絶対値を計算し、測定可能元素別に計算した前記差の絶対値の合計値又は平均値を計算する。またCPU21は、計算した前記合計値又は前記平均値が予め定めてある所定の閾値以下である場合に、蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度との差が許容範囲内に収まると判定する。蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度とが一致しない場合は(S23:NO)、CPU21は、仮定してある各元素の濃度を変更し(S24)、処理をステップS22へ戻す。ステップS24では、CPU21は、蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度との差に応じて各元素の濃度を変更する。例えば、蛍光X線信号の強度よりも蛍光X線信号の理論強度が大きい場合に、CPU21は、測定可能元素の濃度の値を減少させ、非測定元素の濃度の値を増大させる処理を行う。
【0029】
ステップS23で蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度とが一致した場合は(S23:YES)、CPU21は、各元素の濃度の計算結果を確定する(S25)。具体的には、CPU21は、ステップS23で蛍光X線信号の強度と蛍光X線信号の理論強度とが一致した時点で仮定してある各元素の濃度の値を、濃度の計算結果に決定する。ステップS25が終了した後は、CPU21は、濃度計算処理のサブルーチンを終了し、処理をメインの処理へ戻す。
【0030】
CPU21は、次に、計算した各元素の濃度に基づいて、試料Sの平均原子番号の理論値を計算する(S16)。具体的には、CPU21は、各元素の原子番号を、計算した濃度の比で加重平均することにより、平均原子番号の理論値を計算する。CPU21は、次に、ステップS13で計算した試料Sの平均原子番号と、ステップS16で計算した平均原子番号の理論値との差の絶対値を計算する(S17)。CPU21は、次に、組成リストに化学式が記録された全ての組成についてステップS15〜S17の計算を行ったか否かを判定する(S18)。まだ計算を行っていない組成がある場合は(S18:NO)、CPU21は、処理をステップS14へ戻して、組成リストに記録された組成の内で未選択の組成を選択する。
【0031】
ステップS18で、全ての組成について計算を行っていた場合は(S18:YES)、CPU21は、夫々の組成を選択した場合についてステップS17で計算した差の絶対値を互いに比較し、比較結果に基づいて、試料S中の各元素の濃度を決定する(S19)。具体的には、CPU21は、夫々の組成についての各元素濃度の計算結果の内、ステップS17で計算した差の絶対値が最小となる組成をステップS14で選択した場合にステップS15で計算した濃度の計算結果を、試料S中の各元素の濃度に決定する。物質の組成を複数通り仮定する中で、試料Sの平均原子番号と平均原子番号の理論値との差の絶対値が最小となることは、平均原子番号の理論値が試料Sの平均原子番号に相当する値になった事を意味する。ステップS19が終了した後は、解析装置2は、試料S中の各元素の濃度を計算する処理を終了する。その後、解析装置2は、計算した各元素の濃度の値を表示部26に表示させる等の方法により、各元素の濃度を出力する処理を行う。
【0032】
なお、解析装置2は、以上とは異なる手順で試料S中の元素の濃度を計算する処理を行う形態であってもよい。図7は、他の形態の解析装置2が実行する処理の手順を示すフローチャートである。解析装置2のCPU21は、コンピュータプログラム3に従って以下の処理を実行する。CPU21は、ステップS31〜S36で、ステップS11〜S16と同様の処理を実行する。CPU21は、次に、ステップS33で計算した試料Sの平均原子番号と、ステップS36で計算した平均原子番号の理論値とが一致するか否かを判定する(S37)。ステップS37では、CPU21は、ステップS33で計算した試料Sの平均原子番号とステップS36で計算した平均原子番号の理論値と差の絶対値を計算する。またCPU21は、計算した差の絶対値が予め定めてある所定の許容誤差の値以下である場合に、試料Sの平均原子番号と平均原子番号の理論値とが一致すると判定する。試料Sの平均原子番号と平均原子番号の理論値とが一致することは、平均原子番号の理論値が試料Sの平均原子番号に相当する値になることと同等である。
【0033】
ステップS37で試料Sの平均原子番号と平均原子番号の理論値とが一致しない場合は(S37:NO)、CPU21は、処理をステップS34へ戻して、組成リストに記録された組成の内で未選択の組成を選択する。ステップS37で試料Sの平均原子番号と平均原子番号の理論値とが一致する場合は(S37:YES)、CPU21は、直近のステップS35で計算した濃度の計算結果を、試料S中の各元素の濃度に決定する(S38)。ステップS38が終了した後は、解析装置2は、試料S中の各元素の濃度を計算する処理を終了する。なお、解析装置2は、ステップS34で、組成リストから組成を選択するのではなく、使用者の操作により入力部25で組成の選択を入力されることにより、試料に含まれる非測定元素を含む物質の組成を仮定する形態であってもよい。この形態の場合は、解析装置2は、使用者が入力部25で組成の選択を入力するための入力画面を表示部26に表示する処理を行う。
【0034】
以上詳述した如く、本発明に係る蛍光X線分析装置は、複数の組成を含む組成リストから、非測定元素を含む物質の組成を順次選択し、選択した組成について試料中の各元素の濃度と平均原子番号の理論値とを計算し、試料Sの平均原子番号と理論値との差が最小になる場合の濃度の計算結果を、試料中の各元素の濃度に決定する。即ち、本発明では、非測定元素を含む物質の組成の仮定が異なる複数の場合について各元素の濃度を計算し、試料Sの平均原子番号の理論値が実際の試料Sの平均原子番号にほぼ一致するような最も適切な仮定の元で計算した濃度の計算結果を、試料S中の各元素の濃度とする。非測定元素を含む物質の組成の仮定が適切であるか否かが不確かな状態で試料中の元素濃度を計算する従来のFP法に比べて、本発明では、より高精度に元素濃度を計算することができる。また本発明においては、予め定められた組成リストの中から非測定元素を含む物質の組成が自動で選択されるので、使用者が自身で組成を仮定する必要がなくなり、蛍光X線分析装置を用いた試料Sの蛍光X線分析がより簡便となる。
【符号の説明】
【0035】
11 X線管
12 試料台
13 X線検出器
14 MCA
2 解析装置
21 CPU
22 RAM
23 記憶部
24 ドライブ部
3 コンピュータプログラム
30 記録媒体
S 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一次X線を試料に照射する手段と、試料から発生する二次X線のスペクトルを取得する手段と、試料に含まれる元素の内で蛍光X線を測定できる測定可能元素を、取得した前記スペクトルに含まれる蛍光X線の信号に基づいて同定する手段とを備え、前記スペクトルに基づいて試料中の元素の濃度を計算する蛍光X線分析装置において、
前記スペクトルに含まれる散乱X線信号の強度に基づいて、試料の平均原子番号を計算する平均原子番号計算手段と、
試料に含まれる物質の内で蛍光X線を測定できない非測定元素を含む物質の組成を仮定する組成仮定手段と、
同定した測定可能元素の濃度、及び前記組成仮定手段が組成を仮定した前記物質に含まれる非測定元素の濃度を、仮定した前記物質の組成及び前記スペクトルに含まれる蛍光X線信号の強度に基づいて計算する濃度計算手段と、
計算した各元素の濃度から、試料の平均原子番号の理論値を計算する理論値計算手段と、
前記組成仮定手段、前記濃度計算手段、及び前記理論値計算手段での処理を繰り返し、
前記理論値計算手段で計算した平均原子番号の理論値が前記平均原子番号計算手段で計算した平均原子番号に相当する値になる場合の前記濃度計算手段の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定する濃度決定手段と
を備えることを特徴とする蛍光X線分析装置。
【請求項2】
非測定元素を含む物質の組成のリストを記憶する手段を更に備え、
前記組成仮定手段は、前記リストから一の組成を選択することによって前記物質の組成を仮定するように構成してあること
を特徴とする請求項1に記載の蛍光X線分析装置。
【請求項3】
前記濃度決定手段は、
前記リストに含まれる全ての組成について、前記組成仮定手段、前記濃度計算手段、及び前記理論値計算手段での処理を繰り返す手段と、
前記リストに含まれる全ての組成について、前記平均原子番号計算手段が計算した平均原子番号と前記理論値計算手段が計算した平均原子番号の理論値との差の絶対値を計算する手段と、
前記リストに含まれる全ての組成について実行した前記濃度計算手段の計算結果の内、前記差の絶対値が最小になる組成について実行した前記濃度計算手段の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定する手段と
を有することを特徴とする請求項2に記載の蛍光X線分析装置。
【請求項4】
コンピュータに、一次X線を照射した試料から発生した二次X線のスペクトルに基づいて試料中の元素の濃度を計算させるコンピュータプログラムにおいて、
前記スペクトルに含まれる散乱X線信号の強度に基づいて、試料の平均原子番号を計算するステップと、
試料に含まれる物質の内で蛍光X線を測定できない非測定元素を含む物質の組成を仮定する組成仮定ステップと、
同定した測定可能元素の濃度、及び組成を仮定した前記物質に含まれる非測定元素の濃度を、仮定した前記物質の組成及び前記スペクトルに含まれる蛍光X線信号の強度に基づいて計算する濃度計算ステップと、
計算した各元素の濃度から、試料の平均原子番号の理論値を計算する理論値計算ステップと、
前記組成仮定ステップ、前記濃度計算ステップ、及び前記理論値計算ステップを繰り返し、計算した前記理論値が試料の平均原子番号に相当する値になる場合の各元素の濃度の計算結果を、試料中の元素の濃度に決定するステップと
を含む処理をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−2785(P2012−2785A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−140836(P2010−140836)
【出願日】平成22年6月21日(2010.6.21)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】