説明

血圧降下剤

【課題】 副作用がなく安全で、経口投与又は経口摂取で有効な血圧降下作用を示す血圧降下剤及びその用途を提供する。
【解決手段】鮒寿司又はその抽出物を含有することを特徴とする血圧降下剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血圧降下作用を有する医薬品、健康食品等の飲食品として有用な組成物及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、高血圧、動脈硬化、血栓、心疾患等の循環器系疾患の増加が大きな社会問題となっている。循環器系疾患のうち、高血圧及びその前段階の症状を呈する人が特に増加している。高血圧は脳出血、クモ膜下出血、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、腎硬化症等種々の合併症を引き起こすことが知られており、新しい高血圧発症予防又は血圧降下に有効な成分の開発が行われている。
【0003】
従来血圧降下剤として、天然物、化学合成物等が多数報告されているが、投与が容易である点等から、経口投与で有効であり、より安全な血圧降下作用を有する物質が求められている。
【0004】
特許文献1には、ホッケ、タラ等の魚肉又は魚肉由来タンパク質を、乳酸菌を用いて乳酸発酵させた発酵物が、アンジオテンシン変換酵素(ACE)の活性を阻害する作用を有することが開示されている。
【0005】
鮒寿司(ふなずし)は、フナを用いて作られる熟れ寿司(なれずし)の一種で、滋賀県の郷土料理である。鮒寿司について、従来より健康に良く、整腸作用や疲労回復、風邪に効くなどの効能が伝えられているが、いずれの機能性に関しても民間伝承に過ぎず、科学的根拠は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−133251号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、副作用がなく安全で、経口投与又は経口摂取で有効な血圧降下作用を示す血圧降下剤及びその用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記現状に鑑み鋭意研究した結果、鮒寿司抽出物が高いアンギオテンシンI変換酵素(ACE)阻害活性を有することを見出した。さらに研究を重ねた結果、高血圧自然発症ラット(SHR)を用いた実験から、鮒寿司抽出物を経口投与すると、優れた血圧降下作用が得られることを見出した。鮒寿司は、滋賀県の特産品として琵琶湖周辺地域で食されてきた発酵食品であるが、鮒寿司に含まれる成分に優れた血圧降下作用があることは、本発明者らにより初めて見出された知見であった。本発明者らはまた、鮒寿司のフナの魚肉が特に優れた血圧降下作用を有することや、鮒寿司の抽出物として水系溶媒抽出物が特に好適であることを見出した。鮒寿司は、日常摂取する食品として長期間摂取しても副作用等がなく、安全で有効性の高い素材であるため、鮒寿司やその抽出物は、血圧降下を目的とする特定保健用食品、機能性食品等への利用が期待される。
本発明者らは、これらの知見に基づきさらに研究を重ね、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0009】
項1.鮒寿司又はその抽出物を含有することを特徴とする血圧降下剤。
項2.鮒寿司の抽出物が、鮒寿司のフナの魚肉の水系溶媒抽出物である項1に記載の血圧降下剤。
項3.鮒寿司が、ニゴロブナを使用した鮒寿司である項1又は2に記載の血圧降下剤。
項4.鮒寿司として、1日あたり1〜30gが経口投与される項1〜3のいずれか一項に記載の血圧降下剤。
項5.項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療剤。
項6.項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飲食品組成物。
項7.項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飼料。
【発明の効果】
【0010】
本発明の血圧降下剤は、安全性が高く、長期間投与又は摂取しても副作用がなく、有効な血圧降下作用を示すため、安全かつ効果的に高血圧を改善できるという効果を有する。また、本発明の血圧降下剤を飲食品や飼料等に添加することによって、血圧降下を目的とする用途に好適な栄養補助食品、特定保健用食品、機能性食品等の飲食品や飼料などを簡便に製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、鮒寿司抽出物を単回投与した場合の高血圧自然発症ラットの収縮期血圧の変化を示す図である。
【図2】図2は、鮒寿司抽出物を10日間連日投与した場合の高血圧自然発症ラットの収縮期血圧の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の血圧降下剤は、鮒寿司又はその抽出物を含有するものである。
鮒寿司は、フナを用いて作られる熟れ寿司である。鮒寿司は、フナを原料として、従来日本国滋賀県の琵琶湖周辺で行われてきた方法により製造することができる。また、鮒寿司として、市販品を使用することもできる。
【0013】
鮒寿司は、通常、フナ、塩及び米(米飯)を原料として製造される。本発明における好ましい鮒寿司は、後述するように、フナ、米(米飯)、塩及び味醂を原料として製造されたものである。
【0014】
鮒寿司の原料となるフナとしては、コイ目コイ科コイ亜科フナ属(Carassius)の魚であればよく、例えば、ニゴロブナ(Carassius buergeri grandoculis)、ギンブナ(Carassius langsdorfi)、キンブナ(Carassius buergeri subsp. 1)、オオキンブナ(Carassius buergeri buergeri)、ゲンゴロウブナ(Carassius cuvieri)、ナガブナ(Carassius buergeri subsp. 2)、ヨーロッパブナ(Carassius carassius)等が挙げられる。本発明においては、これらの1種又は2種以上を使用した鮒寿司が使用できる。中でも、ACE阻害活性が高く、血圧降下作用が高いことから、ニゴロブナを用いて製造された鮒寿司が好ましい。ニゴロブナは、琵琶湖固有種のフナである。フナは、オスであってもよく、メスであってもよい。安価である点、魚肉が多い点からは、オスのフナが好適に用いられる。
【0015】
鮒寿司の製造は、通常、塩切り工程、及び本漬け(飯漬け)工程をこの順に行うことにより行われる。以下に、鮒寿司の製造方法について説明する。
【0016】
(塩切り)
まず、フナからエラとウロコを取り除き、エラ部分より卵巣以外の内臓を取り出し、よく水洗する。フナの腹腔内に食塩を詰める。フナの周りにも塩をまぶしつけ、これらを桶に食塩をふりかけながら漬け込み、落し蓋をして重しを載せて冷暗所に保管(塩蔵)する。これは「塩切り」と呼ばれる。塩切りの際の食塩量は適宜調整することができるが、通常、フナと同量程度用いるのが一般的である。塩切り(塩蔵)期間は、通常1〜30ケ月位である。好ましくは、3〜15ケ月程度である。
【0017】
(本漬け)
次に、上記塩蔵したフナを取り出し、塩抜きを行なう。塩抜きは、通常、水洗や水漬けにより行なうことができる。塩抜きは、塩味が少し残る程度まで行なうことが好ましい。次いで、塩抜きしたフナを乾燥させることが好ましい。乾燥は、通常、天日干し(通常1〜3時間程度)、又は(夜)陰干し(通常10〜15時間程度)により行われる。
次いで、米飯(飯)に塩を混ぜた物を、乾燥させたフナのエラ部及び/又は腹につめ込み飯漬けにする。塩の量は、米飯の質量に対して2%〜3%程度とすることが好ましい。飯漬けにおいては、飯が手に付着することを防ぐため、及び優れた血圧降下作用を有する鮒寿司を製造できることから、適宜手に味醂をつけて作業することが好ましい。このように、フナ、米(米飯)、塩及び味醂を原料として製造される鮒寿司は、本発明における鮒寿司として好適に用いられるものである。
【0018】
通常、この米飯漬けも桶にて行ない、フナだけでなく飯も交互に敷き詰めて、フナは身(魚肉)の内と外から飯に囲まれた状態で敷き詰められる。この状態で漬け込み、落し蓋をして重しを載せ発酵を開始させる。発酵開始後は、夏場であれば、フナを漬けた桶を冷暗所に保管することが好ましい。そしてそのまま、通常5〜30ケ月間程度、好ましくは6〜24ケ月程度、より好ましくは、12〜24ケ月程度発酵を行なう。なおこの場合、米飯だけではなく所望によりコウジ、酒等を混ぜて飯漬してもよい。
【0019】
漬け上げた後は飯を除き、魚(フナ)が鮒寿司として使用される。鮒寿司に付着した飯を完全に除くことは困難である場合があるため、本発明における鮒寿司には、その製造に使用された飯が付着していてもよい。飯は、通常、魚肉に対して約50質量%以下鮒寿司に付着していてもよい。
【0020】
本発明においては、このように製造された鮒寿司を好適に使用することができる。また、このような、フナ、米(米飯)、塩及び味醂を原料とする鮒寿司は、例えば、木村水産株式会社から市販されており、市販品を使用することもできる。
【0021】
鮒寿司は、フナを丸ごと漬け込んで製造されるため、フナの魚肉(身)と共に、骨、尾、メスの場合には卵巣等を有している。本発明においては、鮒寿司として、鮒寿司のフナの魚肉を用いることが好ましい。より好ましくは、背側の魚肉(魚体背側普通筋)である。
【0022】
本発明においては、鮒寿司をそのまま血圧降下剤の有効成分として使用できるが、本発明の効果を奏することになる限り、鮒寿司を乾燥させた乾燥物、鮒寿司を粉砕した粉砕物、鮒寿司を磨砕した磨砕物等を鮒寿司として使用することもできる。鮒寿司は、そのまま本発明の血圧降下剤として使用することもできるが、後述するように、適量の添加成分を加えて組成物としてもよい。
【0023】
鮒寿司の抽出物は、上述した鮒寿司に溶媒を加えて可溶性成分を抽出することにより製造される。本発明における鮒寿司の抽出物としては、鮒寿司のフナの魚肉の抽出物が好ましい。より好ましくは、背側の魚肉(魚体背側普通筋)の抽出物である。本発明においては、鮒寿司をそのまま抽出原料として使用してもよいが、乾燥、粉砕等の前処理を施したものを抽出原料として使用してもよい。すなわち鮒寿司の抽出物は、鮒寿司、又はその乾燥物、粉砕物若しくは磨砕物を、溶媒で抽出する工程(抽出工程)を行なうことにより製造される。
【0024】
抽出するための溶媒は特に限定されないが、水系溶媒が好ましい。すなわち本発明における鮒寿司の抽出物は、鮒寿司(好ましくはフナの魚肉)の水系溶媒抽出物であることが好ましい。水系溶媒を用いると、優れた血圧降下作用を有する抽出物を得ることができることから好ましい。また、水系溶媒は、抽出作業の利便性や、水系溶媒による抽出物であれば水溶性であるため安全であること、また、溶媒が残留した場合の安全性等の点から好適に使用される。水系溶媒としては、水又は水と有機溶媒との混合溶媒が好ましい。具体的には、例えば、水;メタノール、エタノール、イソプロパノール、t−ブチルアルコール等の低級アルコール;水と低級アルコールとの混合溶媒を挙げることができる。低級アルコールを用いる場合には、溶媒除去の観点から、メタノール、エタノールを用いることが好ましい(メタノール、エタノール等の低級アルコールの除去技術については、特開平08−164303号公報参照)。中でも、水、エタノール、又は水とエタノールとの混合溶媒が好ましく、水が特に好ましい。抽出溶媒として水を用いると、特に優れた血圧降下作用を奏する抽出物を得ることができる。鮒寿司(好ましくはフナの魚肉)の水抽出物は、本発明における抽出物の好ましい態様の1つである。混合溶媒における水と有機溶媒との混合比率は、適宜設定することができる。例えば、水とエタノールとの混液を用いる場合、通常、80%以下のエタノール水溶液を用いる。
【0025】
使用する溶媒量は特に限定されないが、抽出素材である鮒寿司が乾燥したものでなければ、例えば、鮒寿司質量の通常約5倍以上が好ましく、約5〜25倍がより好ましく、約10〜20倍がさらに好ましい。鮒寿司が乾燥したものであれば、例えば、鮒寿司乾燥物質量の約10倍以上が好ましく、約10〜50倍がより好ましく、約20〜40倍がさらに好ましい。
【0026】
抽出温度は特に制限されないが、通常4〜100℃程度で行うことができる。効率を考慮すれば、80〜100℃程度に加熱することが好ましい。
抽出時間は特に制限されず、抽出温度に応じて適宜選択することができる。例えば、水系溶媒を用いて約80〜100℃で抽出する場合には、1〜30分程度が好ましく、1〜15分程度がより好ましく、3〜10分程度がさらに好ましい。また、抽出の際には静置したままでもよいし、攪拌してもよい。
【0027】
抽出終了後の処理は、常法に従って行うことができる。例えば、抽出工程により可溶性成分を溶出させた後、固形物を除去することにより抽出液を得ることができる。固形物の除去は、通常行われる方法、例えば、遠心分離又は濾過により行うことができる。所望により、除去した固形分を抽出に使用した溶媒で洗浄し、濾液(抽出液)と合わせることもできる。得られた抽出液は、必要に応じて溶媒を減圧や加熱により留去すればよい。但し、過剰な加熱は好ましくなく、好適には室温〜50℃程度で減圧濃縮する。
【0028】
得られた抽出液は、抽出した溶液のままでも本発明の血圧降下剤の有効成分として使用できるが、本発明の効果を奏することになる限り、イオン交換樹脂処理等の脱塩処理等を施してもよく、さらなる精製処理を施してもよい。また、必要に応じて濃縮、希釈、濾過などの処理をしてもよい。好ましくは、脱塩処理を行なう。鮒寿司抽出物は、そのままでは塩分が多い場合があるため、脱塩を行なうことにより、より優れた血圧降下作用を奏する抽出物を得ることができる。また、抽出した溶液を濃縮乾固、噴霧乾燥、凍結乾燥などの処理を行い、乾燥物として用いてもよい。
【0029】
すなわち、本発明における鮒寿司の抽出物には、鮒寿司(好ましくはフナの魚肉)を抽出原料として得られる抽出液、該抽出液の脱塩液、該抽出液又はその脱塩液の希釈液又は濃縮液、該抽出液又はその脱塩液の粗精製物若しくは精製物、該抽出液又はその脱塩液を乾燥して得られる乾燥物、又は該抽出液又はその脱塩液の粗精製物若しくは精製物を乾燥して得られる乾燥物のいずれもが含まれる。
こうして得られた抽出物はそのまま本発明の血圧降下剤として使用できるものであるが、後述するように、適量の添加成分を加えて組成物としてもよい。
【0030】
鮒寿司及びその抽出物は、優れたACE阻害活性を有し、血圧降下作用を有するため、血圧を降下させるための組成物、例えば飲食品、健康食品、機能性食品、医薬組成物等の有効成分として用いられる。医薬の場合には、非経口投与の剤型又は経口投与の剤型とすることができるが、経口投与に適しており、経口投与の剤型(内服剤)とすることが好ましい。
【0031】
鮒寿司又はその抽出物を含有する組成物は、例えば、錠剤、カプセル剤、チュアブル剤、フィルム剤、散剤、丸薬、顆粒等の固形製剤とすることが好ましい。これらの製剤は、鮒寿司又はその抽出物をそのまま用いて、又は所望により種々の添加剤を混合し、従来充分に確立された公知の製剤製法を用いることにより容易に製造される。添加剤は特に限定されず、公知のものを使用することができ、例えば、賦形剤(例えば、乳糖、デンプン、結晶セルロース、デキストリン、グルコマンナン等)、結合剤(例えば、デンプン、ゼラチン、カルメロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン等)、崩壊剤(例えばデンプン、カルメロースナトリウム等)、滑沢剤(例えばタルク、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム等)、抗酸化剤(例えば、亜硝酸塩、アスコルビン酸、システイン等)、着色剤(例えば、タール色素、カンゾウエキス等)、保存剤(例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、塩化ベンザルコニウム、クロロブタノール等)、コーティング剤(例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、エチルセルロース、酢酸フタル酸セルロース等)、可塑剤(例えば、グリセリン等)等が挙げられる。また必要ある場合には、他の薬剤との併用も可能である。
【0032】
鮒寿司又はその抽出物の製剤中の含有量は、通常、最終製剤中に約0.000001〜99質量%である。
【0033】
鮒寿司又はその抽出物の使用量は、本発明の効果を奏することになる限り特に限定されないが、例えば、鮒寿司の魚肉として、1日あたり1〜30g程度を経口投与することが好ましい。より好ましくは、1日あたり3〜30g程度、さらに好ましくは5〜20g程度、特に好ましくは5〜15g程度、最も好ましくは5〜10g程度を経口投与する。この量を、1日1〜3回程度に分けて服用してもよい。鮒寿司の抽出物として経口投与する場合には、前記量の鮒寿司を用いて製造された抽出物を投与すればよい。
【0034】
本発明の血圧降下剤は、優れたACE阻害活性を有するものである。また、本発明の血圧降下剤は、副作用が少なく、経口投与で優れた血圧降下作用を発揮することから、高血圧の予防又は治療のための医薬として好適に使用されるものである。前記血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療剤も、本発明の1つである。高血圧の予防又は治療剤の剤形や使用方法等は、上述した血圧降下剤と同様である。なお、「予防」には発症を抑制する又は遅延させることが含まれる。「治療」には、症状又は疾病を完全に治癒させることの他、症状を改善又は緩和することも含まれる。
【0035】
本発明の血圧降下剤は、前述した医薬品として用いることができるほか、血圧を下げる目的、高血圧を改善する目的又は高血圧を予防する目的の機能性食品、特定保健用食品又はドリンク剤などの飲食品として用いることができるものである。本発明の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飲食品組成物も、本発明の1つである。飲食品組成物中に含まれる鮒寿司又はその抽出物の量は、通常、最終組成物中に約0.000001〜99質量%の範囲から適宜選択して決定することができる。
【0036】
本発明の血圧降下剤は、食品添加剤等としても好適に使用される。鮒寿司又はその抽出物を含有する食品添加剤は、飲食品の血圧降下作用を増強させるために好適に使用することができるものである。例えば、飲食品に本発明の血圧降下剤を添加すると、該剤を添加しない場合と比較して飲食品の血圧降下作用を増強することができる。飲食品の血圧降下作用を増強させることには、本来血圧降下作用を有しない飲食品に血圧降下作用を付与することも含まれる。
【0037】
血圧降下剤を含有する飲食品組成物は、該飲食品製造時に鮒寿司又はその抽出物、又は前記鮒寿司又はその抽出物含有製剤を配合することにより製造される。
本発明の血圧降下剤を飲食品組成物として用いる場合、その形態は特に限定されない。また、飲食品組成物は、自然流動食、半消化態栄養食若しくは成分栄養食、又はドリンク剤等の加工形態とすることもできる。さらに、本発明にかかる飲食品組成物は、アルコール飲料又はミネラルウォーターに用時添加する易溶性製剤としてもよい。より具体的には、本発明に係る飲食品組成物は、例えばビスケット、クッキー、ケーキ、和菓子などの菓子類;パン、麺類、米飯又はその加工品;清酒、薬用酒などの発酵食品;ヨーグルト、ハム、ベーコン、ソーセージ、マヨネーズなどの畜農食品;果汁飲料、清涼飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料などの飲料等の形態とすることができる。
【0038】
また、本発明に係る飲食品組成物は、例えば、医師の食事箋に基づく栄養士の管理の下に、病院給食の調理の際に任意の食品に本発明の飲食品組成物を加え、その場で調製した食品の形態で患者に与えることもできる。本発明の飲食品組成物は、液状であっても、粉末や顆粒などの固形状であってもよい。
【0039】
本発明に係る飲食品組成物は、食品分野で慣用の補助成分を含んでいてもよい。前記補助成分としては、例えば乳糖、ショ糖、液糖、蜂蜜、ステアリン酸マグネシウム、オキシプロピルセルロース、各種ビタミン類、微量元素、クエン酸、リンゴ酸、香料、無機塩などが挙げられる。
【0040】
本発明に係る飲食品組成物の摂取量は、摂取する哺乳動物の症状、年齢、性別などによって異なるので、一概には言えないが、鮒寿司又はその抽出物を、それぞれ前述した血圧降下剤の場合と同様の量摂取させることが好ましい。
【0041】
本発明の血圧降下剤、高血圧の予防又は治療剤、高血圧の予防又は治療用飲食品組成物を摂取させる、又は投与する対象としては特に限定されないが、血圧が高い動物、又は高血圧を発症する可能性がある動物が特に好適である。動物は、ヒトが好適である。
【0042】
本発明の血圧降下剤は、ヒト以外の動物の血圧を降下させるために用いることもできる。例えば、鮒寿司又はその抽出物を含有する組成物を、動物用の飼料、動物用医薬とすることができる。前記血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飼料も、本発明の1つである。
【0043】
動物用医薬は、鮒寿司又はその抽出物に、前述したような賦形剤等を適宜混合し、公知の製剤製法により医薬を製造することができる。血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飼料は、動物の飼料製造時に鮒寿司又はその抽出物、又は前記鮒寿司又はその抽出物含有製剤を配合することにより製造される。
【0044】
動物は、有用動物であればよく、特に限定されないが、例えば、イヌ、ネコ、サル、ラット、マウス、ウシ、ブタ、ウマ等の哺乳動物、ニワトリ等の鳥類、魚類等が挙げられる。中でも好ましくは、哺乳動物である。鮒寿司又はその抽出物の摂取量は特に限定されず、動物の種類等に応じて適宜設定することができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0046】
(実施例1)
用いた鮒寿司は、木村水産株式会社製の鮒寿司(市販品)である。木村水産株式会社製の鮒寿司は、ニゴロブナ(滋賀県琵琶湖産)、米、食塩及び味醂を原材料として、本漬け(米漬け)を1年間又は2年間行って製造されたものである。
【0047】
実験方法
1.試料の調製
(1)鮒寿司から魚肉として魚体背側普通筋を採取した。魚体背側普通筋10gに沸騰水(沸騰させた蒸留水)100mLを加え、ワーリングブレンダー(型番KB-1、PHOENX社製)で30秒間磨砕した。
(2)(1)で得た磨砕液を撹拌しながら100℃で5分間加熱し、火を止めてからさらに1分間撹拌した。
(3)室温で冷却後、遠心分離(10000×g、2℃、20分)して上清を得た。さらに沈殿に蒸留水を50mL加えて攪拌し30分静置した後、同条件で遠心分離し、上澄みを得た。
(4)得られた2つの上清を合わせて濾紙(No.2、東洋ろ紙社製)を用いて濾過し、ろ液を蒸留水で200mLに定容して鮒寿司抽出液とした。この鮒寿司抽出液を、アンギオテンシンI変換酵素(ACE)阻害活性測定用試料とした。
【0048】
参考試料として、本漬けを行なう前の塩蔵鮒(塩切り鮒)を木村水産社株式会社から入手した。この塩切り鮒は、3ヶ月間塩蔵されたものであった。前記(1)〜(4)において鮒寿司魚肉の代わりに該塩切り鮒を用いて同様に操作を行ない、ACE阻害活性測定用参考試料を調製した。
【0049】
2.試料の成分分析
pHは、堀場pHメーター(型番TOA HM-30V、堀場製作所社製)により測定した。塩分は、簡易塩分計(堀場コンパクト塩分計 型番C-121 CARDY SALT、堀場製作所社製)により測定した。タンパク質濃度は、Lowry法により、標準物質をウシ血清アルブミンとして測定した。
【0050】
3.ACE阻害活性の測定
ACE阻害率(%)は、ACE Kit-WST(同仁化学研究所社製)を用いて測定し、測定系においてACE阻害率(%)が50%となる試料のタンパク質濃度(mg/mL)をIC50値として求めた。
【0051】
結果
ACE阻害活性の測定に用いた試料(鮒寿司抽出液又は塩切り鮒抽出液)のpH、塩分濃度及びタンパク質濃度は、表1に示す通りであった。
【0052】
【表1】

【0053】
鮒寿司抽出液及び飯漬け前の塩切り鮒抽出液のACE阻害活性IC50値(タンパク質濃度換算)を表2に示す。IC50値が低いほど、ACE阻害活性が高いことを示している。飯漬け前の「塩切り鮒」から調製した抽出液では、IC50値が0.25mg/mLであったが、飯漬け後1年又は2年経過した「鮒寿司」から調製した抽出液では、IC50値がそれぞれ0.09mg/mL、0.08mg/mLとなり、ACE阻害活性が増大していた。しかし、鮒寿司の漬け期間による活性の違いは見られなかった。
【0054】
【表2】

【0055】
IC50値に要した魚肉質量を比較するために、以下の計算式によりIC50値を魚肉質量あたりで算出し、飯漬け前の「塩切り鮒」の「IC50値に要した魚肉質量」を1とした場合の相対的な数値で比較した。結果を表3に示す。
(IC50値に要した魚肉質量)=(抽出液1mLに相当する鮒寿司魚肉質量)×(IC50値に要した抽出物質量)/(抽出液1mLに相当する抽出物質量)
前記式中の「IC50値に要した抽出物質量」は、ACE阻害率測定系において鮒寿司魚肉抽出液のACE阻害率を求め、該抽出液を凍結乾燥して得られた抽出物乾燥物から、さらに阻害率が50%になる抽出物質量(乾燥物換算)を求めたものである。
【0056】
【表3】

【0057】
前記IC50値に要した魚肉質量が少ないほど、魚肉質量あたりのACE阻害活性が高いことを意味する。
表3より、「塩切り鮒」の値を1としたときのそれぞれの「鮒寿し」の値をみると、「塩切り鮒」のほぼ2分の1から5分の1となり、塩切り鮒と比較して、鮒寿司では、魚肉質量あたりのACE阻害活性が増加していた。これは、鮒寿司の製造中(発酵中、熟成中)に、ACE阻害活性成分が増加したことが考えられた。このように、鮒寿司には、高いACE阻害活性を示し、高血圧を抑制する成分が含まれていることが分かった。
【0058】
(実施例2)
材料
用いた鮒寿司は、実施例1で使用した1年間本漬けを行なった鮒寿司(木村水産株式会社製)である。
【0059】
実験方法
1.鮒寿司抽出物(投与試料)の調製
実施例1の1.試料の調製の(1)〜(4)と同様に操作を行なって、鮒寿司抽出液を得た。該鮒寿司抽出液のペプチド濃度を実施例1と同様にLowry法により測定し、所定のペプチド濃度になるよう該抽出液を希釈して鮒寿司抽出物を調製した。鮒寿司抽出物の塩分濃度は、実施例1と同様に簡易塩分計により測定した。
【0060】
2.実験動物
日本エスエルシー社(浜松市)より入手した7週齢の雄の高血圧自然発症ラット(SHR)を6匹1群として、2週間の予備飼育を行なった。予備飼育後、収縮期血圧(最高血圧)が180mmHgを超えている個体を選別して、その後の実験に用いた。SHRは温度23±2℃、湿度55±5%、明暗周期12時間(明期8−20時)の一定環境下で飼育した。人工餌料(CE−2;日本クレア社製)、及び滅菌水道水は自由摂取とした。
【0061】
3.投与試験
鮒寿司抽出物の投与はステンレス製のゾンデを用いた強制経口投与とし、投与液量は直前に測定したSHRの体重100gあたり1mLとなるようにした。対照群には、塩分濃度を同一にした食塩水を用いた。鮒寿司抽出物(又は食塩水)単回投与では投与24時間前から投与後8時間まで絶食させたが、10日間の連続投与では、餌は自由に摂食させた。
血圧はSHRをチャンバーに固定して37℃で15分加温した後、非観血式血圧測定器(型番MK−1030;室町機械社製)を用いて尾部付け根の収縮期血圧を1匹あたり少なくとも5回測定し、6匹の平均を求めた。単回投与実験では、投与直前(0時間)及び投与後2時間おきに8時間まで血圧を測定した。連続投与では、投与直前(0日)と、投与後1、4、7、及び10日、さらに投与中止して5日後に血圧を測定した。連続投与では、1日に1回、血圧測定の直後に、前記方法により鮒寿司抽出物を強制経口投与した。
【0062】
実験結果
1.単回投与
SHRへの鮒寿司抽出物投与試験については、食品の抗高血圧作用に関する数多くの研究例にならい、鮒寿司抽出物の投与量は、SHRの体重1kgあたりペプチドとして10mgを基準にした。投与する鮒寿司抽出物は、塩分濃度が0.12%となるように調整した。また、投与量が少ない場合の効果を検討するため、体重あたりの投与量が、ペプチド量として1mg/kg及び5mg/kgとなるように、鮒寿司抽出物の投与を同時に行った。
【0063】
図1に、鮒寿司抽出物を単回投与した場合のSHRの収縮期血圧の変化を示す。図1中、白丸(○)は、対照群(0.12%食塩水を投与したSHR)であり、黒丸(●)は、鮒寿司抽出物を、ペプチド換算で体重あたり1mg/kg単回投与した群であり、白四角(□)は、鮒寿司抽出物を、ペプチド換算で体重あたり5mg/kg単回投与した群であり、黒四角(■)は、鮒寿司抽出物を、ペプチド換算で体重あたり10mg/kg単回投与した群である。
【0064】
図1に示すように、鮒寿司抽出物の投与量が、ペプチド換算で体重あたり10mg/kg及び5mg/kgでは、いずれも投与開始から血圧が大きく低下しはじめ、投与後4時間で血圧のほぼ同程度の最大低下が認められたが、その後はともに回復傾向を示した。それに対して、鮒寿司抽出物の投与量が、体重あたりペプチド換算で1mg/kgでは投与後4時間までの血圧低下が認められるものの、血圧低下がペプチド換算投与量10mg/kg及び5mg/kgに比べて小さく、また投与後6時間で血圧が投与前と同程度に回復した。
【0065】
2.連続投与
鮒寿司抽出物の単回投与では、SHRの血圧の低下が認められた。また、鮒寿司抽出物投与後の作用持続時間が8時間程度であることが示された。鮒寿司は日常の食生活に組み込まれている食品であることから継続的に摂取されていることを想定し、鮒寿司抽出物の投与量を、1日あたりSHRの体重あたりのペプチド換算で1mg/kg及び5mg/kgとして、それぞれ10日間の連続投与を行い、継続的な摂取による血圧の変化を検討した。
図2に、鮒寿司抽出物を10日間連日投与した場合のSHRの収縮期血圧の変化を示す。
図2に示すように、対照群では投与期間及び投与中止後に有意な血圧の低下が見られなかったのに対し、鮒寿司抽出物の投与量が、1日あたりペプチド換算で1mg/kg投与群と5mg/kg投与群では10日間の投与中に有意な血圧の低下及びその低下効果の維持が認められた。またそれぞれの投与量における血圧低下の大きさは、単回投与での血圧の最大低下とほぼ同程度であった。
【0066】
考察
以上の2種類の投与試験では対照を含め全ての投与試料の食塩濃度は、体重あたりペプチド換算で10mg/kg投与に用いた鮒寿司抽出物と同じ0.12%とした。対照群では単回投与、連続投与のいずれにおいても投与後の有意な血圧低下は認められなかったため、鮒寿司抽出物の投与によるSHRの血圧低下は、鮒寿司のエキス成分によるものであることがわかった。
【0067】
血圧低下効果については、大量に投与すれば体重あたり、1日あたりペプチド換算で10mg/kg投与の場合よりも大きく血圧が低下し、さらに長時間効果が持続する可能性も考えられる。しかしながら、血圧低下の大きさのみならず鮒寿司抽出物単回投与において低下した血圧の維持には体重あたりペプチド換算で10mg/kg投与と5mg/kg投与の場合でほとんど差がないことから、SHRに対する鮒寿司抽出物の抗高血圧効果は体重あたり1日あたりペプチド換算で5mg/kg投与で十分期待できるものと考えられた。
【0068】
本試験にて調製した鮒寿司抽出物の分析値を基に、鮒寿司魚肉のペプチド含有量は約45mg/gと計算された。
また前記実験結果をヒトにあてはめて考えると、ヒトの平均体重として通常60kgが使用されている。
前述したように、鮒寿司魚肉のペプチド含有量は約45mg/gであることから、体重60kgのヒトであれば、1日に鮒寿司の魚肉を6〜7gを摂食すれば、前記鮒寿司抽出物を1日あたりペプチド換算で5mg/kg経口投与した場合と同じ量の鮒寿司抽出物を摂取できることになる。
【0069】
また元来保存食として発展してきた鮒寿司は冷凍冷蔵技術の発展に伴い嗜好品としての性格を強めてきていると考えられることと、鮒寿司抽出物から求めた鮒寿司魚肉の塩分濃度は2.4%であったことから、1日につき鮒寿司魚肉として30g以下とすることが、塩分摂取量の観点からは好ましいと考えられた。また、実施例2から、鮒寿司抽出物をペプチド量として体重あたり1mg/kg投与した場合にも血圧降下作用が得られたことから、血圧降下作用を得るためには、1日につき鮒寿司魚肉として1g以上摂取すればよいことが分かった。さらに、実施例2より、低下した血圧の維持には体重あたりペプチド換算で10mg/kg投与と5mg/kg投与の場合でほとんど差がないことや、前記塩分摂取量の観点から、優れた血圧降下作用を得るためには、好ましくは鮒寿司魚肉として3〜30g程度、より好ましくは5〜20g程度、さらに好ましくは5〜15g程度、特に好ましくは5〜10g程度を摂取すればよい。また、血圧降下作用を効果的に持続させるためには、この量を、1日に摂取することが好ましいと考えられた。
【0070】
以下に本発明の血圧降下剤の製剤例の一例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0071】
実施例1で製造した鮒寿司(1年漬け)抽出液を凍結乾燥させた。鮒寿司魚肉量1gから得られた抽出液の凍結乾燥物は約160mgであった。
1.錠剤の製造
1錠中の組成
実施例1で製造した鮒寿司(1年漬け)抽出液の凍結乾燥物(粉末)1000mg
乳糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
前記の成分を混合した後、通常の錠剤の製造方法により打錠して、錠剤を製造する。
【0072】
2.カプセル剤の製造
1カプセル中の組成
実施例1で製造した鮒寿司(1年漬け)抽出液の凍結乾燥物(粉末)1000mg
とうもろこし澱粉 100mg
乳糖 100mg
ステアリン酸マグネシウム 2mg
前記の成分を混合した後、通常のカプセル剤の製造方法によりゼラチンカプセルに充填して、カプセル剤を製造する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鮒寿司又はその抽出物を含有することを特徴とする血圧降下剤。
【請求項2】
鮒寿司の抽出物が、鮒寿司のフナの魚肉の水系溶媒抽出物である請求項1に記載の血圧降下剤。
【請求項3】
鮒寿司が、ニゴロブナを使用した鮒寿司である請求項1又は2に記載の血圧降下剤。
【請求項4】
鮒寿司として、1日あたり1〜30gが経口投与される請求項1〜3のいずれか一項に記載の血圧降下剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療剤。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飲食品組成物。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の血圧降下剤を含有する高血圧の予防又は治療用飼料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−67056(P2012−67056A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−215428(P2010−215428)
【出願日】平成22年9月27日(2010.9.27)
【出願人】(506226588)木村水産株式会社 (1)
【出願人】(506158197)公立大学法人 滋賀県立大学 (29)
【Fターム(参考)】