説明

血液中一酸化窒素代謝物量測定による内臓脂肪量非侵襲的測定法

【課題】 コスト・安全性・簡便性の観点から反復検査が容易な内臓脂肪量の測定方法を提供すること。メタボリック症候群の判定・治療効果などを簡易に測定できる方法を提供すること。
【解決手段】 被験者由来の血液サンプル中の一酸化窒素代謝物量を測定することを含む、内臓脂肪量の測定方法。メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定する方法、内臓脂肪量を測定するためのキット及びメタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定するためのキットも提供される。血液中一酸化窒素代謝物量は各種因子と独立して内臓脂肪量と相関を示すことが実証された。内臓脂肪量はメタボリック症候群の病態形成に深く関与するので、血液中一酸化窒素代謝物量はメタボリック症候群の病態の診断マーカーとして有用である。血液中一酸化窒素代謝物量は安価で安全に簡便に繰り返し検査が可能であるので、内臓脂肪量の増減を評価する治療効果判定として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液中一酸化窒素代謝物量測定による内臓脂肪量非侵襲的測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、飽食に伴う過食や生活様式の近代化に伴う運動不足等が原因となり、個々における体内蓄積カロリーの余剰が進み内臓脂肪肥満を根底に派生するメタボリック症候群が飛躍的に増加し大きな社会問題となっている。欧米と比較して、特に日本をはじめとするアジア人は倹約遺伝子を有する為、より厳格なコントロールが必要とされており、その病態解明と治療法の確立は急務である。種々の研究からその病態の根幹に内臓脂肪が深く関与し、脂肪細胞から分泌される種々のホルモン様物質が糖尿病・高脂血症・高血圧・脂肪肝等の形成に関与している事が分かってきており(非特許文献1)、メタボリック症候群を診断し治療する上で個々の内臓脂肪量の把握が重要となっている。現状における内臓脂肪量の測定にはCT検査が必須であるが、コスト・安全性(放射線被爆の問題)・簡便性の観点から反復検査が難しく、臨床の場において治療効果判定に用いる事は難しく、この事が新たな治療法の確立を困難にしている。
【0003】
これまで内臓脂肪量の測定はCT画像検査での臍スライス上の内臓脂肪面積を特殊解析ソフト(fat scan)を用いて解析する方法が主流であった。メタボリックシンドロームの診断基準として、内臓脂肪面積100cm2以上が重要な因子となっている。その簡易計測法として現行ではWorld Health Organization(WHO)のcriteria for the metabolic syndromeでは37インチ(94cm)以上、National Cholesterol Education Program(NCEP)では男性で40インチ(102cm)以上、女性で35インチ(88cm)以上、日本のメタボリックシンドローム診断基準においては男性で腹囲85cm以上、女性で90cm以上という基準が設けられているが、内臓脂肪面積100cm2以上の定義として腹囲が曖昧であることは機関により定義が異なることが示しており、特に女性において定義の変更も示唆されるなど問題点も多い(非特許文献2)。実際、臨床の場において性別に問わず内臓脂肪型肥満、皮下脂肪型肥満が混在しており、女性の内臓脂肪型肥満の増加に伴い、その診断を困難にしている。
【0004】
【非特許文献1】Matsuzawa Y et al. The metabolic syndrome and adipocytokines. FEBS Lett. 2006 May 22;580(12):2917-21
【非特許文献2】Zamboni M et al. Sagittal abdominal diameter as a practical predictor of visceral fat. Int J Obes Relat Metab Disord. 1998 Jul;22(7):655-60.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、コスト・安全性(放射線被爆の問題)・簡便性の観点から反復検査が容易な内臓脂肪量の測定方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、メタボリック症候群の判定・治療効果などを簡易に測定できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、これまでのCTから割り出すという意味で放射線の被曝という安全性の面やコストが高価であるといった金銭的な面で困難であった内臓脂肪量の反復測定を可能とし、さらには肥満の型の混在が原因として特に女性において見直しが検討される腹囲測定よりも感度・特異度の優れた内臓脂肪量規定因子を同定する事で、メタボリックシンドロームをはじめとした治療効果判定等に役立つと考え解析を進めた。今回、本発明者らは新たなメタボリックバイオマーカーとして一酸化窒素Nitric Oxide(NO)に注目した。その根拠として、内臓脂肪から酸化ストレスマーカーの代表的因子の1つであるNOが産生されることが報告されたからである(Engeli S et al. Regulation of the nitric oxide system in human adipose tissue. J Lipid Res. 2004 Sep;45(9):1640-8. Epub 2004 Jul 1.)。
【0007】
NOは一酸化窒素合成酵素Nitric oxide synthase (NOS)によってアルギニンと酸素とから合成され、半減期は数秒と短いが、レセプターを介さずに直接標的分子に作用して多彩な生理作用を齎すラジカルの性質を持つ脂溶性の気体である。その生理活性として、可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化し血圧低下や血小板凝集抑制作用を呈したり、ミトコンドリア電子伝達系酵素を障害し、細胞障害を来たす。中でも同時発生されたスーパーオキシドと反応する事で強力な酸化力を有することから、酸化ストレスの主原因と目されている。NO自体は先にも示したように半減期の短い不安定な気体であるが、NOの最終安定代謝産物であるNO2とNO3は、NOと比べて半減期が長く比較的血液中で安定しているものと考えられており、NO産生の定量指標としてNO2+NO3が用いられる。
【0008】
本発明者らは、今回の研究で、手術材料を用いて内臓脂肪においてNOが産生されることを示し(腸間膜をすりつぶしてグリース試薬で測定、免疫染色で誘導型一酸化窒素合成酵素inducible Nitric oxide synthase (iNOS)を染めて陽性)、さらに、血液中のNO代謝物を測ることで内臓脂肪量の定量に応用できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成された。
本発明の要旨は以下の通りである。
【0009】
(1)被験者由来の血液サンプル中の一酸化窒素代謝物量を測定することを含む、内臓脂肪量の測定方法。
(2)血液サンプルが被験者の血液から分離した血清である(1)記載の測定方法。
(3)一酸化窒素代謝物が亜硝酸イオン及び/又は硝酸イオンである(2)記載の測定方法。
(4)被験者の血液から分離した血清にグリース試薬を添加した後、540 nmでの吸光度を測定することにより、血清中の亜硝酸イオン及び/又は硝酸イオン濃度を測定する(3)記載の測定方法。
(5)被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMのとき、内臓脂肪面積が100cm2であるという対応づけに従い、被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度から内臓脂肪面積を算出する(3)又は(4)記載の測定方法。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の方法により測定した内臓脂肪量を判定基準として、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定する方法。
【0010】
(7)被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMを超えるとき、メタボリック症候群に罹患している、前記疾患の重症度が高い、あるいは前記疾患に対する治療効果が十分でないと判定する(6)記載の方法。
(8)一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、内臓脂肪量を測定するためのキット。
(9)一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定するためのキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、従来のCT検査よりも簡便、安全かつ安価な方法で、内臓脂肪量を測定することができるようになった。これにより、メタボリック症候群の判定・治療効果などを簡易に測定できるようになった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
本発明は、被験者由来の血液サンプル中の一酸化窒素代謝物量を測定することを含む、内臓脂肪量の測定方法を提供する。
本発明の方法は、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度、前記疾患に対する治療効果などを判定するのに有効である。
血液サンプルとしては、被験者の血液から分離した血清が好ましい。
被験者から血液を採取する場合、早朝空腹時に、前腕肘部から、5mlの量で静脈血を採取するとよい。これらの採血の方法や量は、適宜、変更してもよい。また、採取日の前日の適当な時刻(例えば、午後8時)以降は飲食禁止とすると、データの再現性がよくなると思われる。
【0013】
例えば、被験者から血液を採取し、分離剤の入ったガラスチューブにいれ、遠心分離機により2000回転10分処理により血清を分離し、その血清試料中の一酸化窒素代謝物濃度を測定する。
一酸化窒素代謝物としては、亜硝酸イオン、硝酸イオン、ペルオキシナイトライト、ニトロチロシンなどを例示することができるが、不安定な一酸化窒素の最終安定代謝産物として大多数が亜硝酸イオンと硝酸イオンの状態で生体内に分布を認めるため、亜硝酸イオンと硝酸イオンの測定が好ましい。
【0014】
NO + O2- → ONO2- + H+ → NO3- + H+
2NO + O2 → N2O4 + H2O → NO2- + NO3-
NO + NO2 → N2O3 + H2O → 2NO2-
被験者の血液から分離した血清などの血液サンプルにグリース試薬を添加した後、540 nmでの吸光度を測定することにより、血液サンプル中の亜硝酸イオン及び硝酸イオンを測定することができる。亜硝酸イオン(NO2-)はグリース試薬(スルファニルアミドとN-(1-ナフチル)エチレンジアミン)とのジアゾ化カップリング反応により赤色のアゾ化合物となる(下記反応式参照)ので、この化合物の540 nmでの吸光度を測定することにより、NO2-量を分析することができる。(なお、全てのNO3-はGriess Reagent 1(Sulfanilamide)を用いてNitrate ReductaseされNO2-に変換され、NO2-をGriess Reagent 2(N-(1-Naphthyl)ethylenediamine)と反応させてAzo productを形成し、吸光度計を用いて測定する。)
【化1】

例えば、被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMのとき、内臓脂肪面積が100cm2であるという対応づけに従い、被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度から内臓脂肪面積を算出することができる。
【0015】
本発明は、上記の方法により測定した内臓脂肪量を判定基準として、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定する方法も提供する。
本発明の判定方法は、CT撮影に付随する放射線被爆の問題がないため、繰り返し検査が可能であり、メタボリック症候群に対する治療効果の判定に有利である。
【0016】
メタボリックシンドロームの診断基準は国や機関によって多少異なるが、日本においては日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会、日本内科学会の8学会が日本におけるメタボリックシンドロームの診断基準をまとめ、2005年4月に公表した。その基準は、内臓脂肪面積100cm2という条件は必須であり(簡易代替法として腹囲が用いられ、男性85cm、女性90cmが適用されている)、それに加え(1)血清脂質異常(トリグリセリド値150mg/dL以上、またはHDLコレステロール値40mg/dL未満) (2)血圧高値(最高血圧130mmHg以上、または最低血圧85mmHg以上) (3)高血糖(空腹時血糖値110mg/dL) ---の3項目のうち2つ以上を有する場合をメタボリックシンドロームと診断するとされている。
【0017】
「メタボリック症候群の重症度」は、上記で記した項目の改善・増悪等で評価することができる。
メタボリック症候群に対する治療方法としては、食事・運動療法による内臓脂肪量の減量が第一に挙げられる。それと共に、各個人が保有している病態(糖尿病、高血圧、高脂血症など)に適した投薬治療を行う。
例えば、被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMを超えるとき、メタボリック症候群に罹患している、前記疾患の重症度が高い、あるいは前記疾患に対する治療効果が十分でないと判定することができる。このカットオフ値(25μM)は、ROCカーブを描き、感度・特異度共に最も秀逸となるoptimalなカットオフ値を算定した結果である。
【0018】
本発明の方法による判定結果を他の診断基準(例えば、ウェスト径による診断基準、CT画像検査での臍スライス上の内臓脂肪面積による診断基準など)と組合せてメタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定できる。例えば、血清一酸化窒素代謝物(亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度)量のカットオフ値(25μM)と内臓脂肪面積のカットオフ値(100 cm2)を用いた診断の感度は81%、特異度は82%であり、性差は認められなかった(後述の実施例5)。なお、上記のカットオフ値は一例にすぎず、さらに多数の被験者のデータを取得すれば、より適切なカットオフ値を見出すことができるであろう。
また、本発明は、一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、内臓脂肪量を測定するためのキット(以下、「内臓脂肪量測定キット」ということもある)を提供する。
【0019】
さらに、本発明は、一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定するためのキット(以下、「メタボリック症候群判定キット」ということもある)を提供する。
これらのキットにおける一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬としては、グリース試薬(スルファニルアミドとN-(1-ナフチル)エチレンジアミン)、バッファーなどを例示することができる。本発明の内臓脂肪量測定キット及びメタボリック症候群判定キットには、その他に、亜硝酸ナトリウムなどの亜硝酸塩の標準溶液、硝酸ナトリウムなどの硝酸塩の標準溶液、還元酵素、補酵素などが含まれていてもよい。
【0020】
本発明のキットを用い、上記の方法により、内臓脂肪量を測定したり、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定したりすることができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0022】
〔実施例1〕
各種温度別の状態で保存した血清のNO代謝物量(Nitrate+Nitrite)を時間ごとに測定した(方法は後述の実施例5と同じ)。また、凍結検体に関しては融解して測定した。
結果を図1に示す。室温や4℃においての保存では、24時間経過で約1割のNO代謝物の消滅を認めたが、-80℃での保存では7日後の測定においてもNO代謝物量の消失はなく安定を認めた。
【0023】
〔実施例2〕
肝臓組織をパラフィンブロックに固定し、切片をニトロチロシン抗体(Clone No.2H1 Code No.KH036 株式会社トランスジェニック)で免疫染色したところ、健常人と比し、非アルコール性脂肪性肝障害(Non-alcoholic fatty liver disease: NAFLD)病態の肝臓においてNO代謝物の1つであるNitrotyrosine発現の亢進を認めた(データは示さず)。そこで末梢血液中のNO代謝物量はどうかという事で、健常人、脂肪肝患者及びNASH患者の静脈血中のNO代謝物量をグリース法にて解析した(方法は後述の実施例5と同じ)。結果を図2に示す。NAFLD病態におけるNO代謝物量の増加を認めた事からNAFLD、肥満病態においてNOが関与している事が示唆された。
【0024】
〔実施例3〕
動物肥満モデルとして、食餌中の粗脂肪比率約70%の高脂肪高カロリー食を12週間投与した群と、通常食を12週間投与したコントロール群との2群に群別した(C57BL/6J male mouse; 日本チャールズリバー社)。NOの発生源としてのiNOS発現に関し、体内諸臓器(肝・骨格筋・小腸・大腸・内臓脂肪・皮下脂肪)に関して比較した。実験手順を説明すると、麻酔下で血流が認めている状態の内臓臓器を速やかに摘出し液体窒素を用いて急速凍結し、その組織をT-PER(25mM bicine, 150mM sodium chloride(pH7.6))やRNeasy Lipid Tissue Kit(QIAGEN cat no. 74804 QIAGEN K.K.)等の保存液を用いてhomogenizeし、蛋白上清やtotal RNAを採取した後、western blot法やnortharn blot法を用い二次抗体にiNOS抗体(NOS2(H-174):sc8310,Santa Cruz Biotechnology, Inc.)を用いてiNOS蛋白発現を測定した。結果を表1〜3及び図3に示す。内臓脂肪においてのみ、肥満モデルで有意な発現増加を認めた(図3)。体重、肝重量、皮下脂肪量、内臓脂肪量、肝脂肪量、中性脂肪量に関し、肥満モデルにおける発現増加を認めた(表1)。糖代謝、炎症マーカー、アディポサイトカインに関し両群に有意差を認めた(表2)。肥満モデルにおいて、内臓脂肪におけるNO、NO代謝物量の発現増加を認めた(表3)。
【表1】

【表2】

【表3】

【0025】
〔実施例4〕
NASH病態に関連が深く,脂肪細胞におけるNO産生に関係していると考えられているレプチン,インスリン,アンギオテンシンIIを腸間膜初代培養脂肪細胞(株式会社セルガレージ,石狩ラボより購入)に添加し(培地DMEM、細胞数1×106個/ml),培養液中のNitrate+Nitrite測定に加え,培養細胞におけるiNOS mRNAと蛋白を測定する事でNASH病態におけるNO産生亢進因子の同定に努めた。Nitrate+Nitriteは、コロイド除去フィルターを通して培養液を遠心攪拌し、フィルターを通過した培養液をNitrate/Nitrite assay kitを用いて540nmの吸光度計を用いて測定した。iNOS mRNAと蛋白の測定方法は実施例3と同様である。
結果を図4に示す。各々,その至適濃度においてiNOS, NO代謝物の明らかな発現増加を認めた.この事象からも,肥満・内臓脂肪増加などのNASH病態時に脂肪細胞よりiNOS, NOが過剰産生されている事を示唆する結果が得られた
【0026】
〔実施例5〕
Subjects and Methods
Patients
年齢(58.0才±2.0)性別、疾患を無作為抽出した80名の患者に対し、体重・BMI・ウエスト径に加え、脂肪肝の定量指標であるliver/spleen ratio、皮下脂肪量、糖代謝マーカー(空腹時血糖・空腹時インスリン・HOMA-IR)、脂質代謝マーカー(HDL-C・LDL-C・TG)、炎症系マーカー(ALT・高感度CRP・Fe・Feritin)、線維化マーカー(ヒアルロン酸・collagen type7S)、酸化ストレスマーカー(Nitric oxide)の測定を行った。患者背景は表4に示す。
【表4】

Materials
・採取し遠心を加え、その上清を採取し-80℃で凍結保存した。
【0027】
・Serum marker(glucose, insulin, ALT, High sensitive CRP, Total cholesterol, HDL-cholesterol, LDL-cholesterol, Triglyceride, Fe, Ferritin, Hyaluronic acid, Type IV collagen7s)の測定は酵素反応速度測定法(GPT-UVテスト, ワコー)という測定キットを用いてELISA法を用いて行った。
・一酸化窒素代謝物NO metabolite(Nitrate/Nitrite)の測定法は、Nitrate/Nitrite Colorimetric Assay Kit(Cayman chemical Co.)を用いて行った。
・内臓脂肪量は、General Electric社製のGE ProSpeed SA LibraというCT装置を用い単純CTに臍スライスをセットし、測定データを取り込んでfat scan(N2 system corporation)という特殊ソフトを用いて定量した。
【0028】
・メタボリック症候群の診断基準criteria for the metabolic syndrome として今回、3種類の診断基準を用いた。
【0029】
A)日本のメタボリックシンドロームの診断基準である<腹囲(男性≧85cm・女性≧90cm)に加え、(TG≧150またはHDL-C≦35)(sBP≧130かつ/またはeBP≧85)(fBS≧110)3項目のうち2項目以上>、
B)WHO(世界保健機構)のcriteria for the metabolic syndromeである<(TG≧150またはHDL-C≦35)(BP≧140/90)(fBS≧110またはBS≧200に加え、ウエストヒップ比≧0.9、BMI≧30、腹囲37インチの3項目のうち2項目以上)>、
C)NCEP(米国高脂血症治療ガイドライン)のcriteria for the metabolic syndromeである<(腹囲:男性40inch、女性35inch)(TG≧150)(HDL-C:男性≦40、女性≦50)(BP≧130/85)(fBS≧110)5項目のうち3項目以上>
Study design
【0030】
1)年齢、性別、疾患を無作為抽出した80名の患者の内臓脂肪量を計量し、先に示したメタボリック病態と深く関与を示す22項目(表4のうち、年齢・性別・患者数を除いた全項目)との相関を単変量・多変量おいて相関を検討した。
2)先の検討では内臓脂肪量とNO代謝物量との間に強相関を認めていた。そこで、逆にNO代謝物量が相関を示す項目についても同様に検討した。但し、インスリンと炎症病態はNO発現に深く関与を認めるため、インスリン分泌10以上の高インスリン血症患者4名と慢性炎症性疾患患者(RA,SLE)2名を除いた74名で比較検討を行った。
3)メタボリックシンドロームの診断基準において、内臓脂肪100 cm2以上に相当する簡易代用項目として腹囲が用いられているが、先にも述べた通り、性別を問わず内臓脂肪型、皮下脂肪型肥満が混在しており、特に女性において定義の変更も示唆されるなど問題点も多い事から、NO metaboliteが新規の簡易代用項目になり得るか両者の比較検討を行った。
【0031】
Results
1)内臓脂肪量と今回検討した各種検討項目において単変量解析を施行した所、血清NO代謝物量、ウエスト径と相関係数0.743,P<0.0001で最も強い相関を示した。その他、BMI、BW、H-CRP、血清インスリン量と強相関を認めた(P<0.0001)(図5)。その他、L/S比、皮下脂肪量、fBS、HOMA-IR、HDL-C、TGと相関を得られた(P<0.05)。鉄、フェリチン、ヒアルロン酸、4型コラーゲン7S、T-chol、LDL-Cとは相関を認めなかった。また、年齢・性別に上記強相関認めた6項目を加えた計8項目で多変量解析を行った所、NO代謝物量(P=0.0004)とウエスト径(P=0.0164)において独立して有意差を認めた(表5)。
【表5】

2)血清NO代謝物量は内臓脂肪量と相関係数0.743,P<0.0001と最も強い相関を認めた。その他、内臓脂肪量ほどは強くないものの、ウエスト径、高感度CRP、空腹時血糖、空腹時インスリン量、HOMA-IRと相関を示した(図6)。その他の項目とは相関が認められなかった。また、年齢・性別に上記相関認めた6項目を加えた計8項目で多変量解析を行った所、内臓脂肪量(P=0.0319)において独立して有意差を認めた(表6)。
【表6】

3)内臓脂肪量と強相関を認める項目としてウエスト径とNO代謝物量の2項目が得られた(図5)(表5)。現在、内臓脂肪量の代用としてウエスト径が用いられているが、前述したように性差などその問題点も多いため、NO代謝物量がその代用として適したものか検討した。現行の簡易代用項目である腹囲を用いて内臓脂肪100 cm2とで検討した所、(日本)感度75%、特異度90%(WHO)感度56%、特異度95%(NCEP)感度50%、特異度98%を認めた。次に血清NO代謝物量25uMと内臓脂肪100 cm2とで検討した所、感度81%、特異度82%と診断に有用であることを確認した他、性差も認められなかった(図7)。
【0032】
Discussion
今回の研究でわれわれは内臓脂肪においてNOが産生されることを手術材料を用いて示した。内臓脂肪量と血中NO代謝物量との間に相関性が認められれば、これまで被曝やコストの面から反復検査を避けられてきた内臓脂肪量の簡易代替法として追跡治療判定マーカーとして有用であると考え、解析を行った。
今回、年齢・性別・疾患を無作為に抽出した80名の患者の内臓脂肪と相関性を示す因子を検討した所、各種メタボリック因子の中でもNO代謝物量とウエスト径が内臓脂肪を規定する独立した因子として認められた(表5)。この事から、内臓脂肪を規定する因子としてこれまで各種criteriaにおいて腹囲が用いられてきたが、より相関性が強く出た血中NO代謝物量が代替出来る可能性が示唆された。
【0033】
NOは酸化ストレスの主原因として知られており、内臓脂肪以外にも各臓器のマクロファージや血管内皮などから産生されている為、内臓脂肪量との相関性も偶発的な事象と考える事も出来る為、証明の為にNO代謝物量と相関を示す因子の検討を行った。また、内臓脂肪から見たNO代謝物量やウエスト径は独立して強相関を認めたが、NO代謝物量から見た内臓脂肪やウエスト径は相関を認めるのかという疑問を解決する為、NO代謝物量と相関性を示す因子を内臓脂肪の時と同様に検討した。その結果、内臓脂肪のみNO代謝物量を規定する因子として認められた(表6)。この事から、内臓脂肪量とNO代謝物量との間には他因子、特にウエスト径とは独立して相関を示している事が考えられた。
【0034】
これまでの検討で、内臓脂肪量を規定する因子としてNO代謝物量がこれまで用いられてきたウエスト径と比較しても遜色ない因子である事が示された。そこで、ウエスト径とNO代謝物量のどちらがより内臓脂肪量を反映した優れた規定因子となり得るかという検討を行った。その結果、内臓脂肪量100 cm2を反映した腹囲として世界的な基準となっているWHOの37inchやNCEPの男性40inch女性35inchと比較して、NO代謝物量は特異度は若干劣るものの、感度においては明らかに有意差をもって優秀な成績を認めた(図7)。本解析結果から、腹囲が各criteriaで定めた基準値内であっても実際は内臓脂肪100 cm2以上の内臓脂肪肥満を呈している事が示された。WHOやNCEPのウエスト径基準はアジア人と比較して皮下脂肪型の肥満が多い欧米人を基準に作成された為に日本人の基準には合致しない事が原因として考えられた。そこで現在、日本で最もスタンダードな基準として頻繁に用いられている日本糖尿病学会が定めたメタボリックシンドロームの診断基準に沿って解析したところ、特に女性において感度の低下が認められた。現在日本において女性の内臓脂肪型肥満が増加しておりウエスト径の基準変更が取りざたされているという問題を裏付ける結果となった。それに対し、NO代謝物量は腹囲と比較して特異度は劣る為、擬陽性を示してしまう危険性は有するが、感度においては明らかに優秀であり、さらに性差も認めなかった点から、現行のメタボリックシンドローム診断基準の腹囲と比較しても、内臓脂肪面積の簡易代用項目として血清NO代謝物量の有用性を示せた。
【0035】
<内臓脂肪測定における現状での問題点>
1.コストが高価 … 1検体あたりの検査費用は約12000円
2.生体に有害 … CT撮影1回あたりの放射線被爆量は、実効線量が10 millisieverts (abbreviated mSv; 1 mSv = 1 mGy in the case of x rays.)
3.解析が困難 … CT画像の臍スライス上のscan scanを取り込んだ後、内臓脂肪面積をソフト(fat scan)を用いて解析する。
4.追跡が困難 … 被爆・放射線合併症の観点から極力控える。
【0036】
<内臓脂肪と比較し血清NO代謝物量測定の利点 >
1.コストが安価 … 1検体あたりの検査費用は約120円。
2.生体に無害 … 採血による血清採取のみ。残血清の利用可能。
3.解析が容易 …血清をNitrate/Nitrite assay kit で標識後、吸光高度計で測定するだけでよい。
4.追跡が可能 … 繰り返し検査が可能な為、治療効果判定に有用。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明により、血液中一酸化窒素代謝物量は各種因子と独立して内臓脂肪量と相関を示すことが実証された。内臓脂肪量はメタボリック症候群の病態形成に深く関与するので、血液中一酸化窒素代謝物量はメタボリック症候群の病態の診断マーカーとして有用である。血液中一酸化窒素代謝物量は安価で安全に簡便に繰り返し検査が可能であるので、内臓脂肪量の増減を評価する治療効果判定として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】各種温度別の状態で保存した血清のNitrate+Nitriteの濃度(左)及び凍結血清内のNitrate+Nitrite濃度(右)を時間ごとに測定した結果を示す。凍結検体に関しては融解し測定した。
【図2】健常人、脂肪肝患者及びNASH患者における、肝臓のnitrotyrosine免疫染色(上)及び静脈血中のNO代謝物量を示す。
【図3】NOの発生源としてのiNOS発現に関し、体内諸臓器(肝・骨格筋・小腸・大腸・内臓脂肪・皮下脂肪)に関して比較した結果を示す。
【図4】NASH病態に関連が深く,脂肪細胞におけるNO産生に関係していると考えられているレプチン,インスリン,アンギオテンシンIIを腸間膜初代培養脂肪細胞に添加し,培養液中のNitrate+Nitrite測定に加え,培養細胞におけるiNOS mRNAと蛋白を測定した結果を示す。
【図5】内臓脂肪量と肥満度指数、体重、ウエスト径、高感度CRP、インスリン量及びNO代謝物量の相関を示す。内臓脂肪量と相関を示すマーカーとしてBMI,体重、ウエスト径、高感度CRP、インスリン量、NO代謝物量が挙げられるが、中でも最もNO代謝物量が相関係数が高く、強相関を認めた。
【図6】NO代謝物量と内臓脂肪量、ウエスト径、高感度CRP、空腹時血糖、空腹時インスリン量及びHOMA-IR の相関を示す。NO代謝物量と相関を示すマーカーとして内臓脂肪量、ウエスト径、高感度CRP、空腹時血糖、空腹時インスリン量などが挙げられるが、中でも最も内臓脂肪量において相関係数が高く、強相関を認めた。
【図7】内臓脂肪量の簡易推定因子としてこれまで用いられてきたウエスト径の基準(日本の学会基準、WHOの基準及びNCEPの基準)とNO代謝物量を用いて内臓脂肪量を推定したときの感度・特異度を示す。内臓脂肪量の簡易推定因子としてこれまでウエスト径が用いられていた。内臓脂肪量100cm2に対応するウエスト径として、日本の学会基準では男性85cm,女性90cm、WHOの基準では37inch、NCEPの基準では男性40inch,女性35inchと定められている。それぞれの性別に分けた感度・特異度と比較して、NO代謝物量による内臓脂肪規定は特に感度においてウエスト径と比較して秀逸であり、性差も認めなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者由来の血液サンプル中の一酸化窒素代謝物量を測定することを含む、内臓脂肪量の測定方法。
【請求項2】
血液サンプルが被験者の血液から分離した血清である請求項1記載の測定方法。
【請求項3】
一酸化窒素代謝物が亜硝酸イオン及び/又は硝酸イオンである請求項2記載の測定方法。
【請求項4】
被験者の血液から分離した血清にグリース試薬を添加した後、540 nmでの吸光度を測定することにより、血清中の亜硝酸イオン及び/又は硝酸イオン濃度を測定する請求項3記載の測定方法。
【請求項5】
被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMのとき、内臓脂肪面積が100cm2であるという対応づけに従い、被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度から内臓脂肪面積を算出する請求項3又は4記載の測定方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の方法により測定した内臓脂肪量を判定基準として、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定する方法。
【請求項7】
被験者の血液から分離した血清中の亜硝酸イオン及び硝酸イオン濃度が25μMを超えるとき、メタボリック症候群に罹患している、前記疾患の重症度が高い、あるいは前記疾患に対する治療効果が十分でないと判定する請求項6記載の方法。
【請求項8】
一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、内臓脂肪量を測定するためのキット。
【請求項9】
一酸化窒素代謝物量を測定するための試薬を含む、メタボリック症候群への罹患、前記疾患の重症度又は前記疾患に対する治療効果を判定するためのキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−267823(P2008−267823A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−107257(P2007−107257)
【出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「日本消化器病学会雑誌・第104巻臨時増刊号 第93回日本消化器病学会総会 抄録集」に発表
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】