説明

血液凝固系解析方法および血液凝固系解析装置

【課題】全血を用いて血液凝固能の亢進および低下のいずれをも簡便に評価可能な血液凝固系解析方法の提供。
【解決手段】血小板を活性化あるいは不活化する物質を血液に添加することにより該血液の凝固過程で測定される複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づいて、前記血液の凝固能に関する情報を取得する血液凝固系解析方法を提供する。この血液凝固系解析方法では、前記物質に血小板活性化物質を用いた場合には、該物質による血小板活性化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、血液中に不活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得することができる。また、前記物質に血小板不活化物質を用いた場合には、該物質による血小板不活化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、血液中に活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本技術は、血液凝固系解析方法および血液凝固系解析装置に関する。より詳しくは、血液の凝固過程で測定される複素誘電率スペクトルに基づいて血液の凝固能に関する情報を取得する血液凝固系解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血栓症のリスクを有する患者あるいは健常者に対し、抗血小板凝集薬または抗凝固薬を予防的に投薬することが行われている。血栓リスクを有する患者には、例えば、糖尿病、動脈硬化症、癌、心疾患、呼吸器疾患などの患者や、周術期の患者、免疫抑制剤を服用中の患者などが含まれる。また、血栓リスクを有する健常者には、妊婦や高齢者が含まれる。抗血小板凝集薬にはアセチルサリチル酸などが、抗凝固薬にはワルファリンやヘパリン、活性化血液凝固第X因子(Factor Xa)阻害剤などが用いられている。
【0003】
血栓症に対する抗血小板凝集薬または抗凝固薬の予防的投与では、投薬量が過剰である場合に出血リスクが増大するという副作用がある。この副作用を防ぎつつ、十分な予防効果を得るためには、被投薬者の血液凝固能を適時に評価して、薬剤および投薬量を適切に選択、設定する投薬管理が必要となる。
【0004】
血液凝固能検査としては、国際標準化比プロトロンビン時間(Prothrombin Time-International Normalized Ratio: PT-INR)および活性化部分トロンボプラスチン時間(Activated Partial Thromboplastin Time: APTT)などの手法がある。また、血小板凝集能検査としては、血液を遠心分離して得られる多血小板血漿(Platelet Rich Plasma: PRP)に血小板の凝集を誘発する物質を添加し、凝集に伴う透過光度あるいは吸光度の変化を測定することにより、凝集能の良否を判定する手法がある。
【0005】
本技術に関連して、特許文献1には、血液の誘電率から血液凝固に関する情報を取得する技術が開示されており、「一対の電極と、上記一対の電極に対して交番電圧を所定の時間間隔で印加する印加手段と、上記一対の電極間に配される血液の誘電率を測定する測定手段と、血液に働いている抗凝固剤作用が解かれた以後から上記時間間隔で測定される血液の誘電率を用いて、血液凝固系の働きの程度を解析する解析手段と、を有する血液凝固系解析装置」が記載されている。この血液凝固系解析装置では、血液が粘弾性という力学的観点で固まり始める時期よりも前の誘電率の時間変化によって、早期の血液凝固系の働きを解析することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−181400号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
PT−INRおよびAPTTなどの従来の血液凝固能検査では、実質的には抗凝固薬の過剰投与による血液凝固能の低下に伴う出血リスクしか評価できず、血液凝固能の亢進に伴う血栓リスクの評価はできない。また、PRPを用いた既存の血小板凝集能検査は、遠心分離手順が必須となり、該手順中に血小板が活性化してしまうことにより正確な検査結果が得られず、操作も煩雑である。
【0008】
そこで、本技術は、全血を用いて血液凝固能の亢進および低下のいずれをも簡便に評価可能な血液凝固系解析方法を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題解決のため、本技術は、血小板を活性化あるいは不活化する物質を血液に添加することにより該血液の凝固過程で測定される複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づいて、前記血液の凝固能に関する情報を取得する血液凝固系解析方法を提供する。
この血液凝固系解析方法では、前記物質に血小板活性化物質を用いた場合には、該物質による血小板活性化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、血液中に不活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得することができる。
また、前記物質に血小板不活化物質を用いた場合には、該物質による血小板不活化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、血液中に活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得することができる。
この血液凝固系解析方法は、アセチルサリチル酸およびワルファリン、ヘパリン、活性化血液凝固第X因子阻害剤などの抗血小板凝集薬および/または抗凝固薬を投与された被検者において薬効を評価するために好適に用いられる。
【0010】
また、本技術は、血小板を活性化あるいは不活化する物質が添加された血液の凝固過程で測定された複素誘電率スペクトルと、前記物質が添加されていない血液の凝固過程で測定された複素誘電率スペクトルとのスペクトルパターンの相違に基づき、血液の凝固能を判定する解析部を備える血液凝固系解析装置も提供する。
【0011】
本技術において、「複素誘電率」の用語は、複素誘電率に等価な電気量をも包含するものとする。複素誘電率に等価な電気量としては、複素インピーダンス、複素アドミッタンス、複素キャパシタンス、複素コンダクタンスなどがあり、これらは単純な電気量変換によって相互に変換可能である。また、「複素誘電率」の測定には、実数部のみあるいは虚数部のみの測定も含まれるものとする。
【発明の効果】
【0012】
本技術により、全血を用いて血液凝固能の亢進および低下のいずれをも簡便に評価可能な血液凝固系解析方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】複素誘電率スペクトル(三次元)の測定例を説明する図面代用グラフである。
【図2】複素誘電率スペクトル(二次元)の測定例を説明する図面代用グラフである。
【図3】血小板活性化剤を添加した場合の複素誘電率スペクトルの変化例を説明する図面代用グラフである。
【図4】複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量の例(血液凝固過程伴うピークが顕著な場合)を説明する図面代用グラフである。
【図5】複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量の例(血液凝固過程伴うピークが顕著でない場合)を説明する図面代用グラフである。
【図6】血小板不活化剤を添加した場合の複素誘電率スペクトルの変化例を説明する図面代用グラフである。
【図7】本技術に係る血液凝固系解析装置の概略構成を説明するための模式図である。
【図8】ADPを添加していない健常者のサンプル血の誘電応答結果を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【図9】ADPを添加した健常者のサンプル血の誘電応答結果を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【図10】ADPの添加により健常者のサンプル血の複素誘電率スペクトル(周波数10.7MHz)に生じた変化を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【図11】ADPの添加により血小板減少症患者のサンプル血の複素誘電率スペクトル(周波数10.7MHz)に生じた変化を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【図12】レオメーターにより測定したADP添加および非添加の健常者サンプル血の粘弾性変化を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【図13】レオメーターにより測定したADP添加および非添加の血小板除去血の粘弾性変化を示す図面代用グラフである(試験例1)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本技術を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本技術の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本技術の範囲が狭く解釈されることはない。なお、説明は以下の順序で行う。

1.血液凝固系解析方法
(1)測定手順
(2)解析手順
(2−1)血小板活性化剤を用いる場合
(2−2)血小板不活化剤を用いる場合
2.血液凝固系解析装置
(1)装置の全体構成
(2)解析部

【0015】
1.血液凝固系解析方法
(1)測定手順
測定手順では、血液に電圧を印加するための電極を備えた容器内に解析対象とする血液(以下、「サンプル血」と称する)を保持し、電極に交番電流を印加して、サンプル血の複素誘電率を測定する。
【0016】
本手順では、サンプル血について、血小板を活性化あるいは不活化する物質を添加した条件と添加していない条件で測定を行う。血小板を活性化する物質(以下、「血小板活性化剤」と称する)には、アデノシン二リン酸(Adenosine diphosphate:ADP)やコラーゲン、アラキドン酸、エピネフリン、リストセチン、トロンボキサンA(TXA2)、アドレナリンなどを用いることができる。また、血小板を不活化する物質(以下、「血小板不活化剤」と称する)には、アセチルサリチル酸、GPIIb/IIIa阻害剤、ホスホジエステラーゼ阻害剤、チエノピリジン誘導体、プロスタグランジン製剤などを用いることができる。以下、血小板活性化剤および血小板不活化剤を総称して「血小板活性化剤等」という。
【0017】
測定結果は、周波数および時間、誘電率を各座標軸とする三次元の複素誘電率スペクトル(図1)、あるいは周波数および時間、誘電率から選択される2つを各座標軸とする二次元の複素誘電率スペクトル(図2)として得ることができる。図中Z軸は、各時間および各周波数における複素誘電率の実数部を示している。
【0018】
図2は、図1に示す三次元スペクトルを周波数760kHzで切り出した二次元スペクトルに対応する。図2中符号(A)は赤血球の連銭形成に伴うピークであり、(B)は血液凝固過程に伴うピークである。
【0019】
本発明者らは、上記特許文献1において、血液の誘電率の時間的変化が血液の凝固過程を反映することを明らかにしている。従って、本手順で得られる複素誘電率スペクトルは血液の凝固能を定量的に表す指標となるものであり、その変化に基づけば凝固時間、凝固速度、凝固強度などの血液の凝固能に関する情報を得ることが可能である。
【0020】
なお、本手順に先立って、サンプル血の採取手順が行われる場合がある。採取手順では、血液凝固系の解析対象とする被検者から通常の方法に従って採血を行う。
【0021】
(2)解析手順
解析手順では、測定手順で測定されたサンプル血の複素誘電率スペクトルに基づいて、サンプル血の凝固能に関する情報を取得する。具体的には、まず、血小板活性化剤等を添加したサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルと添加していないサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルとを比較する。そして、血小板活性化剤等の添加により生じた複素誘電率スペクトルの変化に基づいて、サンプル血の凝固能に関する情報を取得する。
【0022】
血小板活性化剤等を添加していないサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルは、複数の要因が関与する血液の凝固能を総合的に反映していると考えられる。すなわち、複素誘電率スペクトルには、血小板の凝固能による血液凝固、血漿や血球成分の凝固作用による血液凝固、測定中に起こり得る血沈の影響による血液凝固が総合的に反映されている。本技術に係る血液凝固系解析方法では、血小板活性化剤等を用いることにより、これらの要因の中から特に血小板の凝固能に関する情報を切り分けて取得することが可能とされている。以下、血小板活性化剤を用いる場合と血小板不活化剤を用いる場合とに分けて、解析手順の具体的な内容を説明する。
【0023】
(2−1)血小板活性化剤を用いる場合
血液に血小板活性化剤を添加すると、血小板の活性化によって血液凝固反応が加速し、血液凝固時間が短縮する。このため、血小板活性化剤を添加した血液の複素誘電率スペクトルでは、添加していない血液の複素誘電率スペクトルに比べて、血液凝固に伴うスペクトルピークpが出現するまでの時間(血液凝固時間)tが短縮する(図3参照)。図中、符号pおよびtは血小板活性化剤を添加しない場合のスペクトルピークと血液凝固時間を、符号pおよびtは血小板活性化剤を添加した場合のスペクトルピークと血液凝固時間を示す。
【0024】
従って、この血液凝固時間tの短縮幅△t(t−t)に基づけば、サンプル血中に不活性な状態で含まれていた血小板の凝固能の程度についての情報を得ることができる。すなわち、サンプル血中に含まれる不活性な血小板の凝固能が高い場合、血小板活性化剤により血小板を活性化したサンプル血では血液凝固反応が大幅に加速し、血液凝固時間も大きく短縮する。一方、サンプル血中に含まれる不活性な血小板の凝固能が低い場合、血小板活性化剤により血小板を活性化しても血液凝固反応の反応速度がほとんど変化しないため、血液凝固時間の短縮もみられない。
【0025】
正常な凝固能を有することが予め分かっている血液を用いて、基準となる血液凝固時間の短縮幅△t(基準値)を設定しておけば、サンプル血の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも大きいか小さいかによって血小板の凝固能の良否を判定できる。すなわち、サンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも大きい場合には血小板の凝固能は高いと評価でき、逆に小さい場合には血小板の凝固能が低いと評価できる。
【0026】
血小板機能異常症や血小板減少症の患者や、アセチルサリチル酸などの抗血小板凝集薬やワルファリンやヘパリン、活性化血液凝固第X因子(Factor Xa)阻害剤などの抗凝固薬の服用者では血小板の凝固能(止血能力)が低下し出血リスクが高まる。このため、これらの患者等では血小板の凝固能を適時に評価しながら疾患管理や投薬管理を行う必要がある。
【0027】
本技術に係る血液凝固系解析方法では、上述のように血小板活性化剤の添加による複素誘電率スペクトルの変化(具体的には、血液凝固時間の短縮幅△t)に基づき、血小板の凝固能を簡便に評価できる。このため、本技術に係る血液凝固系解析方法は、血小板機能異常症や血小板減少症の患者の血小板機能の評価のために有用である。また、本技術に係る血液凝固系解析方法を用いて、抗血小板凝集薬あるいは抗凝固薬の服用者の血小板機能を評価すれば、過剰投薬による凝固能の過度な減少や、投薬量不足による凝固能の亢進状態の持続などを把握するなどの薬効評価も可能となる。
【0028】
ここでは、複素誘電率スペクトルの変化として、血液凝固に伴うスペクトルピークpが出現するまでの時間(血液凝固時間)tの変化を解析のための指標に用い、血小板活性化剤の添加による血液凝固時間tの短縮幅△tに基づいて血小板の凝固能を評価する方法を説明した。本技術に係る血液凝固系解析方法において、解析のための指標となる複素誘電率スペクトルの変化は、複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量の変化であれば特に限定されない。具体的な特徴量としては例えば以下が挙げられる。これらの特徴量の変化幅について予め設定した基準値と、血小板活性化剤の添加によりサンプル血の複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量に生じる変化幅によって血小板の凝固能の良否を判定できる。
【0029】
複素誘電率スペクトルを示す曲線に対して引いた外挿線(図4および図5、符号L〜L)、外挿線の交点(符号M〜M)の座標、外挿線の傾き、複素誘電率スペクトルを示す曲線に対して引いた接線の傾き(誘電率の微分値)、所定の誘電率E(例えば最大値、局大値、中間値など)を与える時間T、これらの組み合わせ。三次元の複素誘電率スペクトルを画像パターンとして解析して得た特徴量。前記画像パターンを再構成可能な関数式を用いたパラメータフィッティングにより得た特徴量。スペクトルデータ中の多数のデータを用いたクラスター解析により得た特徴量。
【0030】
(2−2)血小板不活化剤を用いる場合
血液に血小板不活化剤を添加すると、血液中に含まれる活性化した血小板による血液凝固作用が抑制され、凝固反応速度が低下し、血液凝固時間が延長する。このため、血小板不活化剤を添加した血液の複素誘電率スペクトルでは、添加していない血液の複素誘電率スペクトルに比べて、血液凝固に伴うスペクトルピークpが出現するまでの時間(血液凝固時間)tが遅延する(図6参照)。図中、符号pおよびtは血小板不活化剤を添加しない場合のスペクトルピークと血液凝固時間を、符号pおよびtは血小板不活化剤を添加した場合のスペクトルピークと血液凝固時間を示す。
【0031】
従って、この血液凝固時間tの遅延幅△t(t−t)に基づけば、サンプル血中に活性な状態で含まれていた血小板の凝固能の程度についての情報を得ることができる。すなわち、血小板不活化剤の添加により血液凝固時間が大きく遅延した場合、サンプル血中の血小板の凝固能が高く、サンプル血中に多量の活性化した血小板が含まれているといえる。一方、血小板不活化剤を添加しても血液凝固時間がほとんど変化しない場合、サンプル血中の血小板の凝固能が低く、サンプル血中に活性化した血小板がほとんど含まれていないといえる。
【0032】
正常な凝固能を有することが予め分かっている血液を用いて、基準となる血液凝固時間の短縮幅△t(基準値)を設定しておけば、サンプル血の血液凝固時間の遅延幅△tが△t(基準値)よりも大きいか小さいかによって血小板の凝固能の良否を判定できる。すなわち、サンプル血中の血液凝固時間の遅延幅△tが△t(基準値)よりも大きい場合には血小板の凝固能は高いと評価でき、逆に小さい場合には血小板の凝固能が低いと評価できる。
【0033】
本技術に係る血液凝固系解析方法では、このように血小板不活化剤の添加による複素誘電率スペクトルの変化(具体的には、血液凝固時間の遅延幅△t)に基づき、血小板の凝固能を簡便に評価できる。このため、本技術に係る血液凝固系解析方法は、血栓症のリスクを有する糖尿病などの患者や妊婦などの健常者の血小板機能を評価して、本来活性化されるべきでない血小板がどの程度活性化されているのかを調べるために有用である。
【0034】
なお、本技術に係る血液凝固系解析方法において、解析のための指標となる複素誘電率スペクトルの変化は、複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量の変化であればよく、血液凝固時間の遅延幅に限定されない点は上述の通りである。
【0035】
2.血液凝固系解析装置
(1)装置の全体構成
図7に、本技術に係る血液凝固系解析装置の概略構成を示す。
【0036】
血液凝固系解析装置は、血液を保持するサンプルカートリッジ2と、サンプルカートリッジ2に保持された血液に電圧を印加する一対の電極11,12と、電極11,12に交流電圧を印加する電源3と、血液の誘電率を測定する測定部41と、を備える。測定部41は、測定部41からの測定結果の出力を受けて血液の凝固能を判定する解析部42とともに、信号処理部4を構成している。
【0037】
サンプルカートリッジ2には、保持された血液に血小板活性化剤等を添加するための薬剤導入口を設けてもよい。血液は、予め血小板活性化剤等と混合した後にサンプルカートリッジ2に収容してもよい。
【0038】
電源3は、測定を開始すべき命令を受けた時点または電源が投入された時点を開始時点として電圧を印加する。具体的には、電源3は、設定される測定間隔ごとに、電極11,12に対して所定の周波数の交流電圧を印加する。
【0039】
測定部41は、測定を開始すべき命令を受けた時点または電源が投入された時点を開始時点として複素誘電率およびその周波数分散などを測定する。具体的には、例えば誘電率が測定される場合、測定部41は、電極11,12間における電流またはインピーダンスを所定周期で測定し、測定値から誘電率を導出する。誘電率の導出には、電流またはインピーダンスと誘電率との関係を示す既知の関数や関係式が用いられる。
【0040】
解析部42には、測定部41から導出された誘電率を示すデータ(以下、「誘電率データ」とも称する)が測定間隔ごとに与えられる。解析部42は、測定部41から与えられる誘電率データを受けて血液の凝固能判定等を開始する。解析部42は、凝固能判定等の結果および誘電率データの一方または双方を通知する。この通知は、例えば、グラフ化してモニタに表示あるいは所定の媒体に印刷することにより行われる。
【0041】
(2)解析部
次に、解析部42による血液の凝固能の判定ステップの具体例を説明する。
【0042】
解析部42は、測定部41から出力される誘電率データに基づいて、血小板活性化剤等を添加したサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルと添加していないサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルとの比較処理を行い、スペクトルパターンの相違に基づいてサンプル血の凝固能を判定する。
【0043】
まず、解析部42は、血小板活性化剤等を添加したサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルと添加していないサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルのスペクトルパターンを比較する。スペクトルパターンの比較は比較対象とする複素誘電率スペクトルから抽出した特徴量に基づいて行うことができ、この特徴量の違いからスペクトルパターンの相違を検出できる。特徴量には、例えば、血液凝固に伴うスペクトルピークが出現するまでの時間(血液凝固時間)が用いられる。
【0044】
この場合、解析部42は、血小板活性化剤等を添加したサンプル血の血液凝固時間の短縮幅(あるいは遅延幅)△tが基準値(△t)よりも大きいか小さいかによって血小板の凝固能の良否を判定する。すなわち、血小板活性化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも大きい場合には血小板の凝固能は高いと判定し、逆に小さい場合には血小板の凝固能が低いと判定する。また、あるいは、血小板不活化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の遅延幅△tが△t(基準値)よりも大きい場合には血小板の凝固能は高いと判定し、逆に小さい場合には血小板の凝固能が低いと判定する。
【0045】
[凝固能の亢進]
解析部42は、血小板活性化剤等を添加していないサンプル血の血液凝固時間tが基準値(t)よりも短い場合、血液凝固能が高いと判定し、結果を通知する。この結果は、血栓症のリスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0046】
この場合、血小板活性化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも大きいときには、解析部42は、血小板の凝固能が高いと判定し、血液凝固能の亢進が血小板の凝固能の異常な上昇によるものであると判定する。この判定結果は、血小板機能の異常による血栓症リスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0047】
他方、血小板活性化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも小さいときには、解析部42は、血小板の凝固能は低いと判定し、血液凝固能の亢進が血小板機能とは無関係に生じているものであると判定する。この判定結果は、血小板機能以外の異常による血栓症リスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0048】
[凝固能の低下]
一方、解析部42は、血小板活性化剤等を添加していないサンプル血の血液凝固時間tが基準値(t)よりも長い場合、解析部42は、血液凝固能が低いと判定し、結果を通知する。この結果は、出血傾向のリスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0049】
この場合、血小板活性化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも小さいときには、解析部42は、血小板の凝固能が低いと判定し、血液凝固能の低下が血小板の凝固能の異常な低下によるものであると判定する。この判定結果は、血小板機能の異常による出血傾向リスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0050】
他方、血小板活性化剤を添加したサンプル血中の血液凝固時間の短縮幅△tが△t(基準値)よりも大きいときには、解析部42は、血小板の凝固能は高いと判定し、血液凝固能の低下が血小板機能とは無関係に生じているものであると判定する。この判定結果は、血小板機能以外の異常による出血傾向リスクとしてモニタや所定の媒体に表示され得る。
【0051】
ここでは、血小板活性化剤等を添加したサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルと添加していないサンプル血で測定された複素誘電率スペクトルのスペクトルパターンの比較を血液凝固に伴うスペクトルピークが出現するまでの時間(血液凝固時間)基づいて行う例を説明した。スペクトルパターンの比較のための特徴量は、複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量の変化であれば特に限定されない。具体的な特徴量としては例えば以下が挙げられる。解析部42は、これらの特徴量の変化幅について予め保持された基準値と、血小板活性化剤の添加によりサンプル血の複素誘電率スペクトルから抽出される特徴量に生じる変化幅とによってサンプル血の凝固能を判定する。
【0052】
複素誘電率スペクトルを示す曲線に対して引いた外挿線(図4および図5、符号L〜L)、外挿線の交点(符号M〜M)の座標、外挿線の傾き、複素誘電率スペクトルを示す曲線に対して引いた接線の傾き(誘電率の微分値)、所定の誘電率E(例えば最大値、局大値、中間値など)を与える時間T、これらの組み合わせ。三次元の複素誘電率スペクトルを画像パターンとして解析して得た特徴量。前記画像パターンを再構成可能な関数式を用いたパラメータフィッティングにより得た特徴量。スペクトルデータ中の多数のデータを用いたクラスター解析により得た特徴量。
【0053】
以上のように、本技術に係る血液凝固系解析装置は、血液凝固能の亢進および低下の有無を判定し、それらが血小板機能の異常によるものであるかどうかをも判定する。従って、本技術に係る血液凝固系解析装置によれば、血栓症のリスクが示唆された場合に、抗血小板療法を行うべきなのか、抗凝固療法を行うべきなのかを判断するための重要な情報が得られる。
【実施例】
【0054】
<試験例1>
1.血小板活性化剤を用いた血液凝固系解析方法
健常者および血小板減少症の患者のサンプル血を用いて、血小板活性化剤の添加が及ぼす血液の凝固能への影響を検討した。
【0055】
(1)材料と方法
(1−1)採血およびサンプル調製
クエン酸ナトリウムを抗凝固剤として処理した真空採血管を用いて、健常者および血小板減少症の患者(血液1μL中の血小板数1.2×10個)から採血を行い、全血サンプルとした。
また、全血サンプルから血球および血小板を分離し、血小板除去血漿を調製した。サンプル血を500G、5分の条件で遠心分離し、血球と多血小板血漿(PRP)とに分離した。血漿を2000G、30分の条件で遠心分離し、血小板を沈降させて、血小板除去血漿(PPP)を得た。
【0056】
(1−2)誘電測定
37℃に保温したサンプル血に0.25M塩化カルシウム水溶液を添加(血液1mLあたり85μL)し、血液凝固反応を開始させた。血小板活性化剤(ADP)は、塩化カルシウム水溶液に混合して添加した(血液1mLあたり10μM)。血液凝固反応開始直後、インピーダンスアナライザー(アジレント社、4294A)を用いて、温度37℃、周波数域40Hz〜110MHz、測定時間間隔1分の条件で60分間測定を行った。
【0057】
(1−3)レオメーターによる測定
自由減衰振動型のレオメーターを用いて測定した。粘弾性の変化を観測することで凝固時間を求め、誘電測定による結果と比較した。
【0058】
(2)結果
図8にADPを添加していない健常者のサンプル血の誘電応答結果を、図9にADPを添加した健常者のサンプル血の誘電応答結果を示す。図中Z軸は、各時刻および各周波数における複素誘電率の実数部を、時刻ゼロ(測定開始直後)での各周波数における複素誘電率の実数部で除算し、規格化して表示している。図8と図9を比較すると、ADPの添加によって誘電応答の三次元パターンが明らかに変化しているのが分かる。
【0059】
図10に、周波数10.7MHzにおける複素誘電率の時間変化を示す。符号(−)はADPを添加していないサンプル血の誘電応答、符号(+)はADPを添加したサンプル血の誘電応答を示す。ADPを添加した場合、血液凝固に対応する誘電率のステップ状変化は、ADPを添加しない場合に比較して、短時間側にシフトしていることが分かる。このようなADP添加による凝固時間の短縮は、複数の健常者のサンプル血で共通して観測された。ADP添加時の凝固時間の平均値は17分、非添加時の凝固時間の平均値は31分であった。
【0060】
図11に、血小板減少症患者のサンプル血の周波数10.7MHzにおける複素誘電率の時間変化を示す。符号(−)はADPを添加していないサンプル血の誘電応答、符号(+)はADPを添加したサンプル血の誘電応答を示す。ADP添加によって凝固時間の短縮がみられるものの、凝固時間は38分であり、健常者の凝固時間の平均値17分と比べて明らかに長いことが分かった。これはサンプル血中の血小板数が少ないために、ADPによる血液凝固反応の促進が限定的であったためと考えられる。
【0061】
レオメーターによる補足実験の結果を図12および図13に示す。図12は、ADP添加(+)および非添加(−)の健常者のサンプル血の粘弾性の時間変化を示す。また、図13は、血小板除去血漿(PPP)に分離後洗浄した赤血球を添加した血小板除去血にADPを添加した場合(+)と添加しない場合(−)の粘弾性の時間変化を示している。健常者のサンプル血を用いた実験では、誘電測定による結果と同様に、ADP添加による凝固時間の短縮がみられた。一方、血小板除去血を用いた実験では、ADP添加による凝固時間の変化は観察されなかった。
【0062】
以上の本試験例の結果から、血小板活性化剤の添加により生じる複素誘電率スペクトルの変化に基づけば、サンプル血中の血小板の凝固能を簡便に評価できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本技術に係る血液凝固系解析方法によれば、血液凝固能の亢進および低下の有無を判定し、それらが血小板の凝固能に関連するものであるかどうかを判定できる。糖尿病、動脈硬化症、癌、心疾患、呼吸器疾患などの患者や周術期の患者、免疫抑制剤を服用中の患者、妊婦や高齢者などの血栓リスクを評価するために有用である。また、これらの患者や健常者に抗血小板凝集薬または抗凝固薬を予防的に投薬する際、過剰投与による出血傾向リスクを評価するためにも役立てられ得る。
【符号の説明】
【0064】
11,12:電極、2:サンプルカートリッジ、3:電源、4:信号処理部、41:測定部、42:解析部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血小板を活性化あるいは不活化する物質を血液に添加することにより該血液の凝固過程で測定される複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づいて、前記血液の凝固能に関する情報を取得する血液凝固系解析方法。
【請求項2】
前記物質が血小板を活性化するものであり、
該物質による血小板活性化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、前記血液中に不活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得する請求項1記載の血液凝固系解析方法。
【請求項3】
前記血液が抗血小板凝集薬および/または抗凝固薬を投与された被検者から採取されたものであり、
前記変化に基づき、抗血小板凝集薬および/または抗凝固薬の薬効を評価する請求項2記載の血液凝固系解析方法。
【請求項4】
前記抗血小板凝集薬および/または抗凝固薬がアセチルサリチル酸およびワルファリン、ヘパリン、活性化血液凝固第X因子阻害剤から選択される一以上である請求項3記載の血液凝固系解析方法。
【請求項5】
前記物質が血小板を不活化するものであり、
該物質による血小板不活化に伴って前記複素誘電率スペクトルに生じる変化に基づき、前記血液中に活性な状態で含まれる血小板の凝固能に関する情報を取得する請求項1記載の血液凝固系解析方法。
【請求項6】
血小板を活性化あるいは不活化する物質が添加された血液の凝固過程で測定された複素誘電率スペクトルと、前記物質が添加されていない血液の凝固過程で測定された複素誘電率スペクトルとのスペクトルパターンの相違に基づき、前記血液の凝固能を判定する解析部を備える血液凝固系解析装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2012−194087(P2012−194087A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58810(P2011−58810)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】