説明

血液濾過膜の製造方法および濾過方法

【課題】 微量の全血から血清あるいは血漿、血球、さらには白血球を短時間で取得する方法を提供する。
【解決手段】 上記課題は、孔径が0.5〜40μmで、孔径のバラツキが変動係数20%以下の膜からなる血液濾過膜と、同一の平均孔径の膜あるいは異なる平均孔径の膜を2枚以上用いることによる血液濾過方法によって解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全血から血球を除去するための濾過膜、およびその濾過膜を用いて全血から赤血球あるいは白血球を捕捉して回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血液中の構成成分例えば代謝産物、蛋白質、脂質、電解質、酵素、抗原、抗体などの種類や濃度の測定は、通常全血を遠心分離して得られる血清または血漿を検体として行われている。しかし、遠心分離には手間と時間を要し、特に少数の検体を急いで処理したいときあるいは現場検査などには、電気を動力として遠心分離機を必要とする遠心分離法は不向きである。そこで、濾過により全血から血清あるいは血漿を分離回収する方法が検討されてきた。
【0003】
濾過によって全血から血清あるいは血漿を得る方法には、富士写真フイルム(株)製の「プラズマフィルターPF」として市販され、特開平2000−81432号公報で知られているように、3〜6枚のガラス繊維濾紙をプラスチック製のホルダーに装填して、吸引により全血を濾過する方法がある。しかし、この濾過方法では、血漿を150μL程度濾過できるものの全血を3mL程度必要とし、微量の全血を濾過することができない。
【0004】
濾過によって全血から血球を捕捉し、血清あるいは血漿を得る方法には、特開平10−185910号公報に記載された3次元多孔質体を用る方法があり、ポリスルホン膜、酢酸セルロース膜などが知られている。しかし、この膜は孔径を均一に作成するのは難しい。
【0005】
一方、全血から白血球を捕捉して採取し、これをもとに遺伝子を回収して遺伝子解析あるいは遺伝子診断に用いることが、近年盛んに行われるようになってきており、全血から白血球を回収する技術が必要となってきている。
【0006】
全血から白血球のみを除去する方法には、テルモ(株)社製の「イムノガード(登録商標)III−RC」で実用化されているポリウレタン多孔質フィルター,日本ポール(株)社で販売している「ポール輸血フィルターPL1J」で実用化されているポリエステルフィルターなどが知られている。しかし、このフィルターは輸血用の全血から白血球を除去するためのものであり、微量の全血から白血球を捕捉して白血球を回収することが難しい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
新生児など微量の全血しか採血できない場合など、微量の全血から血清あるいは血漿を急いで得る方法が求められている。また、濾過によって全血から血球を捕捉する方法において、遺伝子診断等に用いるために白血球のみを分画して採取する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
均一な孔径の薄い膜を用いることで、微量の全血から血球のみを捕捉して血清あるいは血漿を回収することができること、および均一な孔径の大きさによって全血の白血球のみを捕捉して回収できることを見出した。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、微量の全血から、血清あるいは血漿と血球を分離し、さらには白血球のみを捕捉して分離することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
膜の素材としては、ポリ−ε−カプロラクトン、ポリ−3−ヒドロキシブチレート、アガロース、ポリ−2−ヒドロキシエチルアクリレート、ポリスルホンなどの非水溶性溶媒に溶解する高分子化合物を用いることができるが、ポリ−ε−カプロラクトンを用いることが好ましい。
【0011】
これらの素材だけでもハニカム様の構造の膜を形成させることができるが、両親媒性の素材を添加することが好ましい。両親媒性の素材としては、例えば両親媒性ポリアクリルアミドがある。
【0012】
膜の素材と両親媒性の素材の混合比率は、重量比0:1〜1:0の範囲で使用することが好ましい。より好ましくは、重量比5:1〜20:1の範囲である。
【0013】
キャストする溶媒としては、クロロホルム、ジクロロメタン、四塩化炭素、シクロヘキサンなど膜の素材となる高分子化合物を溶解させることができる非水溶性の溶媒であればよい。キャストするときのポリマー濃度は、高分子膜を形成できる濃度であればよく、工業的に大量生産をするためには、0.1wt%以上のできる限り高い濃度で製膜することが望ましい。
【0014】
非水溶性の膜の素材、例えばポリ−ε−カプロラクトンを、非水溶性の溶媒、例えばクロロホルムに溶解させているので、高湿度空気によって溶媒を蒸発させるときに気化熱により空気中の水分が結露し、それが溶媒の蒸発とともに徐々に成長して直径0.5〜40μm程度のサイズの水滴になる。この水滴には非水溶性のポリ−ε−カプロラクトンは溶解できないから、この部分が孔(ポア)となった膜が得られる。例えばシャーレに2次元的にキャストしているので、成長した水滴は、球の2次元的最密充填構造様に規則正しく配列し、結果としてハニカム構造の膜が得られる。
【0015】
孔径は、キャストする液の濃度及び液量を調節してシャーレ等の支持層に供給し、雰囲気あるいは吹き付ける空気の温度、湿度を制御することで、溶媒の蒸発スピード、結露スピードを制御することによって、制御することができる。更に、微量の界面活性剤を添加して水滴の融合を抑えて安定化させることによって、より規則正しいハニカム構造の膜を作成することができる。
【0016】
膜に吹き付ける高湿度空気は、相対湿度30%および80%のものを主に用いたが、膜の表面に空気中の水分を結露させることができる湿度であればよく、温度によって20〜100%の相対湿度であればよいし、空気に限らず窒素、アルゴンなどの比較的不活性なガスを用いてもよい。
【0017】
膜に吹き付ける高湿度空気の流量は、膜の表面に空気中の水分を結露させることができ、キャストに用いた溶媒を蒸発させることができる流量であればよい。
【0018】
高湿度空気を吹き付けるときの雰囲気の温度は、キャストに用いた溶媒が蒸発することができる温度であればよく、実験室レベルでは15〜32℃、生産レベルでは5〜80℃の温度であることが望ましい。
【0019】
キャストする溶液の濃度、溶液の量、溶媒の種類、吹き付ける空気の相対湿度・温度・流量を変えることによって、結露、水滴の成長、溶媒の蒸発速度を制御し、様々な孔径の規則正しいハニカム様の構造の膜を得ることができ、血液中の成分である、直径約3μmの血小板、直径約15μmの白血球、変形能が大きいが直径約7μmの赤血球を、孔径のサイズを変えることにより各々を分離できるフィルターとして使用できる。
【0020】
また、孔径のほぼ等しい膜を積層することによって、フィルターとして分離できる能力を高めることができる。更に、孔径の異なる複数の膜を積層することによって、幾つかの生体物質を同時に分離する或いは分画することができる。例えば、孔径5.5〜8.5μmの膜と孔径3.5μm以下の膜を積層して孔径の大きい膜側から全血を供給することによって、孔径の大きい膜で白血球を捕捉し、孔径の小さい膜で赤血球を捕捉することが同時に達成できる。
【0021】
更に、孔径をサブミクロンオーダーに設定することで、透析などの血液浄化に代表されるような標的生体物質の選択的分離回収技術としての期待ができる。
【0022】
本発明においてハニカム様構造とは、孔径がほぼ一定の複数の孔が規則正しく配列し、このような孔が膜を貫通している構造をいう。孔の断面に特に限定は無く、円形、楕円形、六角形、長方形、正方形等の形状でよい。
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
【実施例1】
【0024】
実施例1 ハニカム様構造の膜の作成(1)
平均分子量7万〜10万のポリ−ε−カプロラクトン(化合物1)と両親媒性ポリアクリルアミド(化合物2)を重量比で10:1の割合で混合したクロロホルム溶液(ポリマー濃度として0.1〜2wt%)を、直径10cmのシャーレ上に5mLキャストし、相対湿度30〜80%の高湿度空気を毎分1〜20Lの流量で吹き付け、クロロホルム溶媒を蒸発させることによって、柔軟性、弾性を有し、力学強度の強いハニカム様構造の膜を得た。
【0025】
【化1】

【0026】
【化2】

【0027】
上記の様々な条件で作成した膜の構造を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡で観察したところ、0.5〜40μmの孔径のハニカム様の構造の膜であり、表面から裏面へ単一層の孔で貫通している構造であった。孔径はキャストした全面にわたってきれいな円形をしており、サイズもほぼ同一であった。撮影した写真から孔径を計測し、孔径の分布を求めると変動係数でCV10%以下であることがわかった。また、レーザーを用いた光散乱の評価でキャストした膜全面にわたって10次以上の回折光が観測できたことから、規則性の極めて高いポーラスフィルムを作成することができたことがわかった。
【実施例2】
【0028】
実施例2 ハニカム様構造の膜の作成(2)
膜となる物質として化合物2からなる両親媒性ポリアクリルアミドを用い、キャストする溶媒をクロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレンと変え、溶液濃度を1.0g/L、キャスト量を30μLとし、キャストさせる基板にガラスを用い、高湿度空気の流量を0.09L/分にし、相対湿度を85%にし、温度を20℃にしたときに作成できる膜の溶媒依存を評価した。このときの形態観察結果を図1に示す。
図1において、孔径は、上から0.5μm〜10μmである。
【実施例3】
【0029】
実施例3 ハニカム様構造の膜の作成(3)
膜となる物質として化合物1からなるポリ−ε−カプロラクトンと化合物2からなる両親媒性ポリアクリルアミドを重量比で10:1の割合で用い、溶媒としてクロロホルムを用い、溶液濃度を10.0g/Lにし、キャストする量を5、10、20mLと変え、キャストさせる基板にガラスを用い、高湿度空気の流量を2.0L/分にし、相対湿度を30%にし、温度を20℃にしたときに作成できる膜のキャスト量依存を評価した。このときの形態観察結果を図2に示す。
図2において、孔径は、上から8μm〜35μmである。
【実施例4】
【0030】
実施例4 ハニカム様構造の膜の作成(4)
膜となる物質として化合物1からなるポリ−ε−カプロラクトンと化合物2からなる両親媒性ポリアクリルアミドを重量比で10:1の割合で用い、溶媒としてクロロホルムを用い、溶液濃度を1、5、10、20g/Lと変え、キャスト量を10mLとし、キャストさせる基板にハイドロゲルを用い、高湿度空気の流量を2.0L/分にし、相対湿度を30%にし、温度を20℃にしたときに作成できる膜の溶液濃度依存を評価した。このときの形態観察結果を図3に示す。
図3において、孔径は、最小15μm、最大25μmである。
【実施例5】
【0031】
実施例5 ハニカム様構造の膜の作成(5)
膜となる物質として化合物1からなるポリ−ε−カプロラクトンを用い、溶媒としてクロロホルムを用い、溶液濃度を1.0g/Lとし、キャスト量を5mLとし、キャストさせる基板をアガロースゲル、ガラス、マイカ、PHEMAと変え、高湿度空気の流量を2.0L/分にし、相対湿度を30%にし、温度を20℃にしたときに作成できる膜のキャスト基板依存を評価した。このときの形態観察結果を図4に示す。
図4において、孔径は、最小7μm、最大14μmである。
【0032】
なお、図1〜図4において、バーの長さはすべて20μmである。
【実施例6】
【0033】
実施例6 濾過性能の評価(1)
作成したハニカム様の構造の膜の血液濾過性能を評価するに先立ち、粒径が既知のポリスチレン粒子の通過実験を行い、孔径を変えることによって通過する粒子の種類と通過率を調べた。結果を表1に示す。孔径5.5〜8.5μmの膜を用いると、直径3μmの粒子は通過するが直径10μm以上の粒子は全く通過しないことを初めて明らかにすることができた。
【0034】
【表1】

【実施例7】
【0035】
実施例7 濾過性能の評価(2)
作成したハニカム様の構造の膜を用いて、ヒト全血中の白血球の捕捉実験を行った。孔径5.2μm、9.8μmの膜を用い、ヘパリン採血管で採血した人全血を濾過させ、血球計算板に血液をキャストして白血球の数を計測したところ、濾過前では4800個/μLあった白血球数が、濾過後は0個/μLになっていることがわかった(表2)。また、濾過した濾液を3000回転で10分遠心分離して得られた上清の色を目視で確認したところ、溶血は確認されなかった。
【0036】
【表2】

【実施例8】
【0037】
実施例8 濾過性能の評価(3)
作成したハニカム様の構造の膜を用いて、ヒト全血中の赤血球の捕捉実験を行った。孔径3.5〜5.5μmの膜を用い、各々直径5mmに3枚打ち抜いて積層してニトロセルロース膜の上に静置した。ヘパリン採血管で採血したヘマトクリット値40%のヒト全血を、同一全血を遠心分離して得られた血漿で希釈してヘマトクリット値2.5%に調製した全血にしたものを、積層した膜の上に5μL点着して10秒間放置し、その後に積層した膜を持ち上げ、濾過されてニトロセルロース膜に転写した血漿に赤血球の赤い色が残存しているかどうかの評価を行ったところ、孔径が3.5μmの膜で赤い色が見とめられず、赤血球を捕捉できていることが確認できた(表3)。
【0038】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】ハニカム様の膜を作成するときの孔径の溶媒依存を示したものである。
【図2】ハニカム様の膜を作成するときの孔径のキャスト量依存を示したものである。
【図3】ハニカム様の膜を作成するときの孔径の濃度依存を示したものである。
【図4】ハニカム様の膜を作成するときの孔径のキャストする基板依存を示したものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハニカム様構造を有する膜の製造方法において、溶媒にベンゼンあるいはトルエンあるいはキシレンを用い、孔径が2〜10μmで、孔径のバラツキが変動係数20%以下の膜を製造方法。
【請求項2】
製膜時の雰囲気を相対湿度80%以上100%以下にすることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
両親媒性ポリアクリルアミドを膜の基材とすることを特徴とする請求項1及び2記載の製造方法。
【請求項4】
請求項1から3に記載の膜を3層以上積層させて用いることによって血液中の赤血球を捕捉する血液濾過方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−194908(P2006−194908A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−109576(P2006−109576)
【出願日】平成18年4月12日(2006.4.12)
【分割の表示】特願2001−342484(P2001−342484)の分割
【原出願日】平成13年11月7日(2001.11.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成13年5月7日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 50巻 4号」に発表
【出願人】(000005201)富士写真フイルム株式会社 (7,609)
【Fターム(参考)】