説明

血球除去用吸着体及びその製造方法

【課題】血液通液時に吸着器内凝固などの問題が少なく、白血球および血小板を効率よく除去できる血球除去用吸着体の製造方法を提供する。
【解決手段】血球除去用吸着体の製造方法は、疎水性高分子樹脂を含むポリマー原液を前記疎水性高分子樹脂に対し貧溶媒からなる凝固液中に落下させ、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する工程と、親水性高分子樹脂を含む親水性処理液に前記吸着基材を浸漬し、100℃以上であって前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満の温度で加温する工程と、親水性処理が施された吸着基材を冷却し、その表面を洗浄する工程と、を有し、前記洗浄する工程は、予備水洗工程と、アルコール類による本洗浄工程とからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血球除去用吸着体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自己免疫疾患は、何らかの原因で免疫系機能が異常をきたし、自己の正常な細胞や組織を攻撃してしまう疾患である。薬物療法だけでは効果が望めないことから、血液を体外循環させ原因因子を除去する体外循環血液浄化療法が有効的に用いられる。
【0003】
近年、例えば、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)や関節リウマチ(RA)に代表される自己免疫疾患の発症が増加してきており、これらの疾患には、血液中に異常に活性化した白血球が関与していることが分かっている。
【0004】
また、最近の研究では、特に自己免疫疾患などの炎症性疾患において、白血球だけでなく、異常に活性化した血液中の血小板も、炎症性細胞として関与していることが明らかになってきている(非特許文献1を参照)。血小板は、それ自身もサイトカイン、ケモカインの放出能をもっているばかりでなく、白血球の凝集を形成することにより、活性酸素を放出するといわれており、血小板も炎症反応に関与しているものと考えられている。
【0005】
そのため、白血球だけでなく、血小板を含む活性化した血球成分の除去は自己免疫疾患の治療に効果的であると考えられ、活性化した血球成分を除去するために、体外循環血液浄化療法に関する技術の要求が高まっている。
【0006】
現在、例えば、白血球除去フィルター及び血小板分離フィルターとして、ポリエチレンテレフタレート(PET)等からなる不織布を平板状又は円筒状に巻いたものが提案されている(例えば、特許文献1,2参照)。
【0007】
しかしながら、不織布の場合、フィルター部の圧力損失が大きく、白血球吸着器内の血液流路に偏りが生じて、血液処理能力が低くなるという問題がある。また、不織布フィルターは、血液循環中に吸着器内で凝固を生じ易いという欠点もある。
【0008】
一方、不織布以外の血球成分の吸着体として、ビーズ状のものが挙げられる。このビーズ状の吸着体の場合、白血球吸着器内の圧力損失は、不織布に比べ少ないので、吸着器内の血液流路の偏りが少なくなり凝固が抑制されることで、吸着器の血液処理能力が高くなる。
【0009】
現在、例えば顆粒球を効果的に吸着する吸着体として、酢酸セルロースなどからなるビーズが考案されている(例えば、特許文献3参照)。しかし、酢酸セルロースは、主に顆粒球を吸着するが、活性化血小板の吸着除去に関しては効果的ではない。なお、特許文献3では、ある一定の接触角を有する表面を持つ材質は、顆粒球を選択的に除去できることが記載されている。また、血球の吸着体として、疎水性樹脂のみを用いた場合、血球吸着には有効であるが、疎水性表面は一般に蛋白質の吸着が起こりやすく、凝固系を活性化しやすい性質をもっており、そのため、体外循環中の吸着器内に凝固が生じ、圧力上昇を引き起こすおそれがある。吸着器内血液凝固及び圧力上昇を抑えるためには、吸着材表面を親水性にすることが有効であるが、血球吸着除去の点では疎水性表面を持つことが有効である。
【0010】
しかし、従来、親水性と疎水性のバランスが考慮され、血球成分(血小板を含む)の吸着性能を有し、且つ血液循環中の圧力損失を小さくするとともに吸着器内の凝固を抑制するという両機能を満足する吸着体は、存在しなかった。
【0011】
一方、血液透析用の中空糸では、血液透析時の血液凝固を抑え且つ血液透析器における残血を低減するために、中空糸の表面を親水性にすることが有効であることが提案されている(例えば、特許文献4,5参照)。例えば、特許文献4の中空糸は、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子樹脂及びこれらを共通に溶解する溶媒とからなる製膜原液を用いて乾湿式紡糸により製造されている。また、特許文献5には、セルロース系中空糸の内表面に親水性高分子樹脂物質を接触させ、その後、放射線架橋法、紫外線架橋法、熱架橋法などにより、中空糸の内表面にて親水性高分子樹脂物質を架橋し、水に対して不溶性の親水性高分子樹脂物質を中空糸の内表面に物理的に保持させる中空糸の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭62−243561号公報
【特許文献2】特開平1−121061号公報
【特許文献3】特開平2−193069号公報
【特許文献4】特開平7−289863号公報
【特許文献5】特開平6−228887号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Novel uses for anti-platelet agents as anti-inflammatory drugs. Pitchford SC, Br J Pharmacol. 2007 Dec:152(7):987-1002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、例えば、上述した特許文献4の親水性高分子樹脂により処理された血液透析用中空糸は、その製造方法に基づき、作製された中空糸の内表面及び外表面並びに厚み方向全域に亘って親水性が付与されてしまい、ポリスルホン系樹脂の疎水性の効果が発揮されず、その結果、透析以外の機能として、例えば活性化した血小板などの血球成分の除去効果は望めない。
【0015】
また、特許文献5の血液透析用中空糸は、その内表面に親水性高分子樹脂物質を塗布した後、放射線架橋法又は熱架橋法により親水性高分子樹脂物質を架橋して、水に対して不溶性の親水性高分子樹脂物質を内表面に保持させていることから、製造工程が煩雑であり、製造コストも嵩むという問題がある。また、特許文献5のセルロース系中空糸として酢酸セルロース系中空糸が例示されており、上述したように、酢酸セルロースは、主に顆粒球を吸着するが、活性化血小板の吸着除去に関しては効果的ではないことから、特許文献5のセルロース系中空糸は、血小板を含めた血球除去用の血球吸着体として転用することは難しい。
【0016】
本発明は、疎水性高分子樹脂からなる吸着基材に対して、ある程度の疎水性を残しつつ適度に吸着基材に親水性を付与し、血球吸着器中の圧力損失を少なくし、血液流路の偏りを抑制して、血液通液時に吸着器内凝固などの問題を少なくするとともに、白血球および血小板を効率よく除去する血球除去用吸着体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下に示す本発明を完成するに至った。本願発明は、以下の特徴を有する。
【0018】
(I)疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材と、前記吸着基材のミクロサイズの表面孔に少なくとも一部が取り込まれアンカー効果により固定された親水性高分子樹脂と、を有する血球除去用吸着体である。
【0019】
(II)前記親水性高分子樹脂が窒素を含む親水性高分子樹脂であるとき、X線光電子分光分析法により測定された血球吸着体の表面の炭素元素に対する親水性高分子樹脂由来の窒素元素スペクトル強度N/C%は、0.3%以上、1.5%以下である上記(I)に記載の血球除去用吸着体である。
【0020】
(III)前記疎水性高分子樹脂は、ポリアリレート樹脂(PAR)、ポリエーテルスルホン樹脂(PES)、ポリスルホン樹脂(PSF)、ポリスチレン樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂からなる群から選択された少なくとも1種であり、前記親水性高分子樹脂は、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリグリコールモノエステル、ポリプロピレングリコール共重合体、ポリアクリルアミドからなる群から選択された少なくとも1種である上記(I)または(II)に記載の血球除去用吸着体である。
【0021】
(IV)疎水性高分子樹脂を含むポリマー原液を前記疎水性高分子樹脂に対し貧溶媒からなる凝固液中に落下させ、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する工程と、親水性高分子樹脂を含む親水性処理液に前記吸着基材を浸漬し、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満の温度で加温する工程と、親水性処理が施された吸着基材を冷却する工程と、を有する血球除去用吸着体の製造方法である。
【0022】
(V)冷却する工程の後、親水性処理が施された吸着基材の表面を洗浄する工程を有する上記(IV)に記載の血球除去用吸着体の製造方法である。
【0023】
(VI)洗浄する工程は、予備水洗工程と、アルコール類による本洗浄工程とからなる上記(IV)または(V)に記載の血球除去用吸着体の製造方法である。
【0024】
(VII)加温する温度は、100℃以上、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満である上記(IV)から(VI)のいずれか1つに記載の血球除去用吸着体の製造方法である。
【0025】
(VIII)前記親水性処理液中の親水性高分子樹脂の濃度は、0.1質量%以上、0.5質量%以下である上記(IV)から(VII)のいずれか1つに記載の血球除去用吸着体の製造方法である。
【0026】
(IX)冷却する温度は、10℃以上、30℃以下である上記(IV)から(VIII)のいずれか1つに記載の血球除去用吸着体の製造方法である。
【発明の効果】
【0027】
本発明の血球除去用吸着体によれば、血球成分の吸着に必要な疎水性部分を残しながら、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇を抑制する親水性が付与されるので、血球吸着器中の圧力損失が少なく、血液流路の偏りが抑制され、血液通液時に吸着器内の凝固などの問題が少なく、白血球および血小板などの血球成分が効率よく除去される。
【0028】
本発明の血球除去用吸着体の製造方法によれば、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材が疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満で加温されることにより、その疎水性高分子樹脂の構造に緩みが生じ、吸着基材のミクロサイズの表面孔が開き、この表面孔内に親水性高分子樹脂の少なくとも一部が取り込まれ、次いで冷却されることにより、表面孔が収縮して閉じ、親水性高分子樹脂の少なくとも一部が表面孔にいわゆるアンカー効果により強固に固定されるので、治療中に吸着体から親水性高分子樹脂が血液中に経時的に溶出するおそれがない。また、親水性処理が施された吸着基材を冷却後に洗浄しても、アンカー効果により吸着基材の表面孔に固定された親水性高分子樹脂はその高分子鎖を血球吸着体の表面に残して留まり、一方、血球吸着体の表面に余分に付着している親水性高分子樹脂は除去されるので、血球成分(血小板を含む)の吸着性能を有し、且つ血液循環中の圧力損失を小さくして、吸着器内の凝固が抑制できる好適な疎水性と親水性とのバランスを有する血球吸着体が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の実施の形態における血球除去用吸着体及びその製造方法について、以下説明する。
【0030】
本発明の実施の形態における血球除去用吸着体は、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材と、前記吸着基材のミクロサイズの表面孔に少なくとも一部が取り込まれアンカー効果により固定された親水性高分子樹脂とを有する。
【0031】
血球除去用吸着体が疎水性高分子樹脂を含有し、血球除去用吸着体の表面が疎水性であることにより、血液中の白血球や血小板等の血球成分の吸着も起こりやすくなる。一方、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材の表面孔に親水性高分子樹脂の少なくとも一部が取り込まれアンカー効果により固定されることにより、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇が抑制される。
【0032】
上記疎水性高分子樹脂は、疎水性を有する高分子であれば特に限定されないが、例えば、ポリアリレート樹脂(PAR)、ポリエーテルスルホン樹脂(PES)、ポリスルホン樹脂(PSF)、ポリスチレン樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂からなる群から選択された少なくとも1種が用いられる。
【0033】
さらに、上記疎水性高分子樹脂は、そのガラス転移温度(Tg)が100℃以上である。疎水性高分子樹脂のガラス転移温度が100℃未満の場合には、多孔質の吸着基材のミクロサイズの表面孔に所定量の親水性高分子樹脂をアンカー効果で固定することが難しい。
【0034】
ポリアリレート樹脂は、下記化学式(1)で表わされる繰り返し単位を有する樹脂である。ポリアリレート樹脂の数平均分子量は、20,000〜30,000であることが好ましい。ポリアリレート樹脂の数平均分子量が30,000より大きいと、表面凹凸が大きくなり過ぎるため、適正な表面凹凸を形成することが困難になる。一方、ポリアリレート樹脂の数平均分子量が20,000より小さいと、血球除去用吸着体の強度が低くなり、血球除去用吸着体の製造歩留まりが悪くなる。
【0035】
【化1】

【0036】
化学式(1)において、R1およびR2は炭素数が1〜5の低級アルキル基であり、R1およびR2はそれぞれ同一であっても相違していてもよい。R1およびR2としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基などが挙げられる。好ましいR1およびR2は、メチル基である。
【0037】
なお、ポリアリレート樹脂は、化学式(1)で表わされる繰り返し単位を主たる繰り返し単位とする限り特に制限がなく、本発明の目的を阻害しない限り他の繰り返し単位を含有していてもよい。
【0038】
ポリエーテルスルホン樹脂は、下記化学式(2)または化学式(3)で表わされる繰り返し単位を有する樹脂である。ポリエーテルスルホン樹脂の数平均分子量は、15,000〜30,000であることが好ましい。ポリエーテルスルホン樹脂の数平均分子量が30,000より大きいと、表面凹凸が大きくなり過ぎるため、適正な表面凹凸を形成することが困難になる。一方、ポリエーテルスルホン樹脂の数平均分子量が15,000より小さいと、血球除去用吸着体の強度が低くなり、血球除去用吸着体の製造歩留まりが悪くなる。
【0039】
【化2】

【0040】
化学式(2)において、R3およびR4は炭素数が1〜5の低級アルキル基であり、R3およびR4はそれぞれ同一であっても相違していてもよい。R3およびR4としては、例えばメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基などが挙げられる。好ましいR1およびR2は、メチル基である。
【0041】
【化3】

【0042】
また、上記親水性高分子樹脂は、親水性を有する高分子であれば特に限定されないが、例えば、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリグリコールモノエステル、ポリプロピレングリコール共重合体、ポリアクリルアミドからなる群から選択された少なくとも1種が用いられる。上記親水性高分子樹脂として、好ましくはポリビニルピロリドン(以下「PVP」と略記する場合がある)であり、好ましいPVPの重量平均分子量は、100万から120万である。
【0043】
また、本実施の形態における血球除去用吸着体は、前記親水性高分子樹脂が窒素を含む親水性高分子樹脂であるとき、X線光電子分光分析法により測定された血球吸着体の表面の炭素元素に対する親水性高分子樹脂由来の窒素元素スペクトル強度N/C%は、0.3%以上、1.5%以下であり、好ましくは、0.7%以上、1.1%以下である。なお、窒素を含む親水性高分子樹脂としては、例えば上述したポリビニルピロリドン(以下「PVP」と略記する場合がある)が用いられ、好ましいPVPの重量平均分子量は、100万から120万である。
【0044】
X線光電子分光分析法により測定された血球吸着体の表面の炭素元素に対する親水性高分子樹脂由来の窒素元素スペクトル強度N/C%が0.3%未満の場合、血球成分の吸着性能は高いものの、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇が引き起こされる可能性がある。一方、N/C%が1.5%を超える場合、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇は抑制されるものの、血球の吸着性能が低下してしまう。
【0045】
本実施の形態並びに後述する実施例におけるX線光電子分光分析(XPS :X-ray Photoelectron Spectroscopy)法による血球吸着体の表面の炭素元素に対する親水性高分子樹脂由来の窒素元素スペクトル強度N/C%は、「Sigma Probe」(Thermo VG Scientific(株)社製)を用いて測定した。
【0046】
血球除去用吸着体の表面のRaを5〜100nmとすることにより、白血球および血小板の吸着性をより向上させることができる。なお、血球除去用吸着体の表面のRaを5nmより小さくすることは製造上困難である。一方、血球除去用吸着体の表面のRaが100nmより大きいと、血小板(大きさ2〜4μm)の吸着への寄与が減少する。血球除去用吸着体の表面のRaは、AFM(原子間力顕微鏡)により測定することができる。本実施の形態における血球除去用吸着体の表面のRaの測定は、AFMとして、セイコーインスツルメンツ社製「SPA400」を用い、探針として「DMF SZDF20AL」(セイコーインスツルメンツ社製)を用い、AFMによる測定領域は10μm×10μmである。
【0047】
本実施の形態における血球除去用吸着体の形状は、ビーズ状、繊維状のいずれであってもよく、繊維状の断面は中空、中実のいずれであってもよい。また、繊維の長さは数mm〜数cmにカットされていてもよい。吸着器内での圧力損失を少なくすることを考慮すると、血球除去用吸着体の形状はビーズ状が好ましい。
【0048】
次に、本発明の実施の形態における血球除去用吸着体の製造方法について、以下に説明する。
【0049】
本実施の形態における血球除去用吸着体の製造方法は、疎水性高分子樹脂を含むポリマー原液を前記疎水性高分子樹脂に対し貧溶媒からなる凝固液中に落下させ、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する工程と、親水性高分子樹脂を含む親水性処理液に前記吸着基材を浸漬し、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満の温度で加温する工程と、親水性処理が施された吸着基材を冷却する工程と、を有する。
【0050】
本実施の形態における血球除去用吸着体の製造方法の各工程に関し、以下に説明する。
【0051】
まず、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する工程では、相転換法(「凝固法」ともいう)を用い、上述した疎水性高分子樹脂をこの疎水性高分子樹脂に対して相溶性を有する良溶剤となる有機溶媒に溶解させて調製されたポリマー原液を調製し、疎水性高分子樹脂に対し貧溶媒からなる凝固液中に落下させ、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する。
【0052】
上記疎水性高分子樹脂は、上述同様であるため、ここでの説明は省略する。一方、上記有機溶媒としては、疎水性高分子樹脂に対して良溶剤であれば特に制限がなく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフランなどを挙げることができる。これらの中でもNMPが有機溶媒として好ましい。
【0053】
ここで、「相溶性」とは、二種またはそれ以上の物質が相互に親和性を有し、溶液または混和物を形成する性質、すなわち物質同士の混ざりやすさをいう。本願では、二種類の疎水性高分子樹脂を有機溶媒に溶解した際、溶液が澄明な状態を相溶性があると表現し、白濁したり分離したりする場合には相溶性がないと表現する。
【0054】
また、凝固液は、水を含んだ有機溶媒であり、ポリマー原液に用いた有機溶媒と水とを予め定められた比率で混合した溶液であることが好ましい。
【0055】
本実施の形態における疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材は、上述したように、ビーズ状、中空糸状、中実糸状のいずれであってもよく、好ましくはビーズ状である。上述したポリマー原液及び凝固液を用いて、これらの形状の製造方法の一例を以下に説明する。
【0056】
(ビーズ状の疎水性高分子からなる吸着基材の製造方法)
一重のノズル(オリフィス)からポリマー原液の液滴を凝固液(水を含んだ有機溶媒)に落下させ、凝固液内で疎水性高分子樹脂からなるポリマーを凝固させ、ビーズ状の多孔質の吸着基材を形成する。ビーズ生成の際の温度は、5〜15℃程度が好ましい。ビーズ生成温度をこの範囲とすることにより、ポリマー原液の安定性が向上し、相分離等が生じにくくなる。
【0057】
(中空糸状の疎水性高分子からなる吸着基材の製造方法)
二重ノズルを用い、ポリマー原液(以下、中空糸及び中実糸の場合「紡糸原液」ともいう)を内部凝固液(水を含んだ有機溶媒)とともに押し出し、外部凝固液(水を含んだ有機溶媒)に落とし込むことにより、血球除去用中空糸を製造することができる。血球除去用中空糸を紡糸する際の温度は、5〜15℃程度が好ましい。紡糸温度をこの範囲とすることにより、ポリマー原液の安定性が向上し、相分離等が生じにくくなる。内部凝固液(芯液)と外部凝固液の濃度差の比率は0.6〜1.6であることが好ましい。
【0058】
(中実糸の疎水性高分子からなる吸着基材の製造方法)
一重のノズル(オリフィス)を用い、ポリマー原液を凝固液(水を含んだ有機溶媒)に落とし込むことにより、血球除去用中実糸を製造することができる。血球除去用中実糸を紡糸する際の温度は、5〜15℃程度が好ましい。紡糸温度をこの範囲とすることにより、ポリマー原液の安定性が向上し、相分離等が生じにくくなる。
【0059】
また、本実施の形態における疎水性高分子からなるビーズ状吸着基材の直径は0.5mmから5mm、繊維状吸着基材(中空糸または中実糸)の外径は0.1mm〜1mmである。
【0060】
次に、親水性処理を行う加温工程について説明する。上述した加温する温度は、100℃以上、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度(Tg)未満であり、疎水性高分子樹脂としてポリアリレート樹脂(Tg:193℃)を用いる場合、100℃以上190℃未満が好ましい。加温温度が100℃未満では、疎水性高分子樹脂からなる吸着基材に所望の親水性高分子樹脂をアンカー効果により固定することができず、一方、加温温度が疎水性高分子樹脂のガラス転移温度以上であると、疎水性高分子樹脂からなる吸着基材の構造が変化を起こすおそれがある。
【0061】
疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材が疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満で加温されることにより、その疎水性高分子樹脂の構造に緩みが生じ、吸着基材のミクロサイズの表面孔が開き、この表面孔内に親水性高分子樹脂の少なくとも一部が取り込まれる。次いで冷却されることにより、表面孔が収縮して閉じ親水性高分子樹脂の少なくとも一部が表面孔に、いわゆるアンカー効果により強固に固定される。したがって、治療中に吸着体から親水性高分子樹脂が血液中に経時的に溶出するおそれがない。また、後述するように、親水性処理が施された吸着基材を冷却後に洗浄しても、アンカー効果により吸着基材の表面孔に固定された親水性高分子樹脂は、その高分子鎖を血球吸着体の表面に残して留まり、一方、血球吸着体の表面に固着されず、表面に余分に付着している親水性高分子樹脂は除去されるので、血球成分(血小板を含む)の吸着性能を有し、且つ血液循環中の圧力損失を小さくして、吸着器内の凝固が抑制できる好適な疎水性と親水性とのバランスを有する血球吸着体が得られる。
【0062】
加温時間は、加温温度にもよるが、例えば30分から1時間である。加温時間が30分未満の場合には、親水性高分子樹脂が吸着基材の表面孔内に取り込まれず、一方、加温時間が1時間を超える場合、製造効率が低下する。
【0063】
また、加温工程において、吸着基材が浸漬された親水性高分子を含む親水性処理液は、親水性高分子樹脂を、この親水性高分子樹脂に対し相溶性を有する良溶剤に溶解させて調製される。なお、親水性高分子樹脂は、上述同様であるため、ここでの説明は省略する。一方、親水性高分子樹脂に対し相溶性を有する良溶剤としては、例えば精製水が好ましい。
【0064】
また、上述した親水性処理液中の親水性高分子樹脂の濃度は、0.1質量%以上、0.5質量%以下である。親水性処理液中の親水性高分子樹脂の濃度が0.1質量%未満の場合、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材に所定量の親水性高分子樹脂が十分に固着されず、血球成分の吸着性能は高いものの、親水性が低いために、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇が引き起こされる可能性がある。一方、親水性処理液中の親水性高分子樹脂の濃度が0.5質量%を超える場合、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇は抑制されるものの、疎水性が低いために、血球の吸着性能が低下してしまう。
【0065】
次に、冷却工程において、冷却する温度は、10℃以上、30℃以下である。10℃未満に冷却しても、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材の表面孔の更なる収縮は望めず、また10℃未満に冷却するために大規模な冷却装置が必要となり、製造コストが嵩む。一方、30℃を超える温度での冷却では、加温工程で親水性高分子樹脂の少なくとも一部が表面孔に取り込まれても、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材の表面孔の収縮が不十分なため、表面孔にアンカー効果で親水性高分子樹脂が固着されず、次工程の洗浄で脱離してしまい、その結果、親水性処理が不十分なため、治療中の吸着器内での凝固及び圧力上昇を引き起こす可能性がある。
【0066】
また、本実施の形態における血球除去用吸着体の製造方法は、さらに、上述した冷却する工程の後、親水性処理が施された吸着基材の表面を洗浄する工程を有する。洗浄工程により、上述したように、血球吸着体の表面に固着されず、表面に余分に付着している親水性高分子樹脂を除去することができる。
【0067】
さらに、上述した洗浄する工程は、好ましくは、予備水洗工程と、アルコール類による本洗浄工程とからなり、予備水洗工程では、例えば精製水が用いられ、本洗浄工程に用いるアルコール類としては、例えばメタノールまたはエタノールなどが用いられる。アルコール類を用いて洗浄することにより、より確実に、血球吸着体の表面に余分に付着した親水性高分子樹脂を洗い流すことができ、血球除去の治療時の充填水や血液中への親水性高分子樹脂の溶出が防止される。また、本実施の形態において、エタノール洗浄後の吸着基材に放射線照射を行い、血球吸着体を製造することもできる。放射線照射により、吸着基材に固着された親水性高分子樹脂をより強固に固定でき、親水性高分子樹脂の血液中への溶出をより防止することができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0069】
実施例1:
ポリアリレート樹脂(以下「PAR」ともいう、数平均分子量;25,000、ユニチカ株式会社製、商品名「Uポリマー」、ガラス転移温度;193℃)15質量部と、有機溶媒としてN−メチル−2−ピロリドン85質量部とを加熱溶解、撹拌、混合してポリマー原液を調製した。このポリマー原液を一重のノズル(オリフィス)から、有機溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを含有し水を40容量%の割合で含有する凝固液の浴中に吐出して滴下し、直径1.0mmの疎水性多孔質のPARビーズ状吸着基材を製造した。
【0070】
疎水性多孔質のPARビーズ状吸着基材を、直径55mm、長さ150mmのポリカーボネート製のカラムに沈降体積で270mL充填した。このカラム内に、ポリビニルピロリドン(以下「PVP」ともいう、BASF社製、商品名「コリドンK−90」)の0.1質量%水溶液を170mL充填した。次いで、カラムを121℃で1時間加温し、親水化処理を行った。
【0071】
その後、カラム内の親水化処理されたビーズ状吸着基材を、1Lの水を100mL/minで通液して洗浄処理を実施した。次に、「Sigma Probe」(Thermo VG Scientific(株)社製)を用いて、X線光電子分光分析(XPS)法による血球吸着体の表面の炭素元素に対するPVP由来の窒素元素スペクトル強度N/C%を測定した。結果を表1に示す。
【0072】
次いで、水洗浄後の親水化処理されたビーズ状吸着基材3gをエタノール原液30mL中に浸漬し洗浄を行った後、上記同様、X線光電子分光分析(XPS)を行った。結果を表1に示す。
【0073】
水洗浄後ならびに水洗浄及びエタノール洗浄後の血球除去用吸着体は、ともに、窒素元素スペクトル強度のピークが検出され、親水性高分子樹脂であるPVPが吸着体の表面に付与されたことが確認された。なお、水洗浄に比べ、水洗浄及びエタノール洗浄を行った吸着体の表面は、PVP由来の窒素元素スペクトル強度における検出ピークは低いことから、さらにエタノール洗浄を行うことにより、吸着体の表面に固着せず付着していた余分なPVPは除去されたものと考えられる。
【0074】
実施例2:
親水化処理を行うポリビニルピロリドン水溶液として、ポリビニルピロリドン(BASF社製、商品名「コリドンK−90」)の0.3質量%水溶液を用いた以外は、実施例1と同一条件で吸着基材の親水化処理及び洗浄処理を行い、実施例1と同様に、X線光電子分光分析(XPS)を行った。結果を表1に示す。XPSの測定結果により、水洗浄後ならびに水洗浄及びエタノール洗浄後の血球除去用吸着体は、ともに、窒素元素スペクトル強度のピークが検出され、親水性高分子樹脂であるPVPが吸着体の表面に付与されたことが確認された。なお、エタノール洗浄をさらに実施することにより、吸着体の表面に固着せず付着していた余分なPVPが除去されたものと考えられる。
【0075】
実施例3:
親水化処理を行うポリビニルピロリドン水溶液として、ポリビニルピロリドン(BASF社製、商品名「コリドンK−90」)の0.5質量%水溶液を用いた以外は、実施例1と同一条件で吸着基材の親水化処理を行い、X線光電子分光分析(XPS)を行った。結果を表1に示す。XPSの測定結果により、水洗浄後ならびに水洗浄及びエタノール洗浄後の血球除去用吸着体は、ともに、窒素元素スペクトル強度のピークが検出され、親水性高分子樹脂であるPVPが吸着体の表面に付与されたことが確認された。なお、実施例1と同様に、エタノール洗浄をさらに実施することにより、吸着体の表面に固着せず付着していた余分なPVPが除去されたものと考えられる。
【0076】
実施例4:
親水化処理を行う際に、カラムを180℃で0.5時間加温し、親水化処理を行った以外は、実施例1と同一条件で吸着基材の親水化処理及び洗浄処理を行い、実施例1と同様に、X線光電子分光分析(XPS)を行った。結果を表1に示す。XPSの測定結果により、水洗浄後ならびに水洗浄及びエタノール洗浄後の血球除去用吸着体は、ともに、窒素元素スペクトル強度のピークが検出され、親水性高分子樹脂であるPVPが吸着体の表面に付与されたことが確認された。なお、エタノール洗浄をさらに実施することにより、吸着体の表面に固着せず付着していた余分なPVPが除去されたものと考えられる。
【0077】
比較例1:
親水化処理を行う際に、カラムを121℃に上げる加温工程を行わず、室温(25℃)のままにて行った以外は、実施例3と同一条件で吸着基材の親水化処理及び洗浄処理を行い、実施例1と同様に、X線光電子分光分析(XPS)を行った。結果を表1に示す。XPSの測定結果により、水洗浄後ならびに水洗浄及びエタノール洗浄後の血球除去用吸着体は、ともに、窒素元素スペクトル強度のピークは検出されたものの、実施例1〜4に比べて少なく、得られた血球除去用吸着体に付与された親水性高分子樹脂であるPVP量は少ないと考えられた。また、エタノール洗浄による検出ピークの低下は顕著であった。
【0078】
【表1】

【0079】
実施例1〜4と比較例1のエタノール洗浄の後の結果から、親水化処理において加温することによって、より多くの親水性高分子樹脂が疎水性高分子樹脂からなる多孔質吸着基材に、より強固に固着し、またエタノール洗浄により、吸着基材の表面に固着せず付着していた余分な親水性高分子樹脂をより確実に除去することが判明した。
【0080】
実施例5:
実施例3で得られたエタノール洗浄後の血球除去用吸着体を直径27mm、長さ70mmのポリカーボネート製のカラムに外表面積で約0.14mm充填し、白血球、血小板吸着試験を行った。
【0081】
[白血球、血小板吸着試験] 健常者より250mLの血液を血液バックに採血し、ヘパリン化後、上記カラムを用い、7mL/minで30分間血液を循環させた後の、循環前後の顆粒球(好中球)数、血小板数、リンパ球数の変化を観察し、各血球成分の吸着率を算出した。
【0082】
上記試験の結果を表2に示す。なお、実施例5において血液循環終了後、血球除去用吸着体への残血は見られなかった。
【0083】
比較例2:
実施例1の親水化処理前の疎水性多孔質のPARビーズ状吸着基材を、血球除去用吸着体として用いた以外は、実施例5と同様に試験を行い評価した。結果を表2に示す。顆粒球(好中球)、血小板に対する十分な吸着能を示し、メモリー細胞として体内に残しておきたいリンパ球の吸着能は低く保たれたが、血液循環後の血球除去用吸着体として用いたPARビーズ状吸着基材には残血が見られた。
【0084】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、血球除去用途に好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材と、
前記吸着基材のミクロサイズの表面孔に少なくとも一部が取り込まれアンカー効果により固定された親水性高分子樹脂と、を有することを特徴とする血球除去用吸着体。
【請求項2】
前記親水性高分子樹脂が窒素を含む親水性高分子樹脂であるとき、X線光電子分光分析法により測定された血球吸着体の表面の炭素元素に対する親水性高分子樹脂由来の窒素元素スペクトル強度N/C%は、0.3%以上、1.5%以下であることを特徴とする請求項1に記載の血球除去用吸着体。
【請求項3】
前記疎水性高分子樹脂は、ポリアリレート樹脂(PAR)、ポリエーテルスルホン樹脂(PES)、ポリスルホン樹脂(PSF)、ポリスチレン樹脂、ポリメチルメタクリレート樹脂からなる群から選択された少なくとも1種であり、
前記親水性高分子樹脂は、ポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、ポリグリコールモノエステル、ポリプロピレングリコール共重合体、ポリアクリルアミドからなる群から選択された少なくとも1種であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の血球除去用吸着体。
【請求項4】
疎水性高分子樹脂を含むポリマー原液を前記疎水性高分子樹脂に対し貧溶媒からなる凝固液中に落下させ、疎水性高分子樹脂からなる多孔質の吸着基材を生成する工程と、
親水性高分子樹脂を含む親水性処理液に前記吸着基材を浸漬し、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満の温度で加温する工程と、
親水性処理が施された吸着基材を冷却する工程と、を有することを特徴とする血球除去用吸着体の製造方法。
【請求項5】
冷却する工程の後、親水性処理が施された吸着基材の表面を洗浄する工程を有することを特徴とする請求項4に記載の血球除去用吸着体の製造方法。
【請求項6】
洗浄する工程は、予備水洗工程と、アルコール類による本洗浄工程とからなることを特徴とする請求項4または請求項5に記載の血球除去用吸着体の製造方法。
【請求項7】
加温する温度は、100℃以上、前記疎水性高分子樹脂のガラス転移温度未満であることを特徴とする請求項4から請求項6のいずれか1項に記載の血球除去用吸着体の製造方法。
【請求項8】
前記親水性処理液中の親水性高分子樹脂の濃度は、0.1質量%以上、0.5質量%以下であることを特徴とする請求項4から請求項7のいずれか1項に記載の血球除去用吸着体の製造方法。
【請求項9】
冷却する温度は、10℃以上、30℃以下であることを特徴とする請求項4から請求項8のいずれか1項に記載の血球除去用吸着体の製造方法。

【公開番号】特開2011−30903(P2011−30903A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181953(P2009−181953)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(000226242)日機装株式会社 (383)
【Fターム(参考)】