説明

血管内皮炎症を検出するための方法及びキット

【課題】血管内皮の炎症を検出するための手段及び方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、サンプル中のグロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定することを含む、血管内皮の炎症を検出する方法、並びにGb4又はその派生産物を測定するための手段を含む、血管内皮の炎症を検出するためのキットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフィンゴ糖脂質を利用して、血管内皮の炎症、特に血管内皮の慢性炎症を検出するための方法及びキットに関する。また本発明は、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害の存在又はその発症リスクを判定するための方法及びキット、並びに血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病の主要な病態である動脈硬化症の発症起因として新たに注目されているのが、血管内皮の慢性炎症である。この炎症を直接的に診断できるマーカーは未だ開発されていない。
【0003】
現在、炎症マーカーによる血管内皮慢性炎症の診断、並びにこれによる動脈硬化の発症リスク診断等には、血液中に存在するC反応性タンパク質(CRP)測定法が利用されている。本来、CRP測定法は、細菌感染等で起こる劇的な炎症反応(急性炎症)を測定するための方法であったが、血管内皮の慢性炎症の発症リスクも予測することができるため、その診断に応用されている。しかし、CRPは肝臓で産生される炎症マーカーであり、血管内皮の炎症を直接測定するわけではない。そのため、この方法では間接的な発症リスクを診断するにすぎない(非特許文献1)。
【0004】
そこで上記の点を改良した血漿中ペントラキシン3(PTX3)測定法が提案されている(非特許文献2)。PTX3は血管内皮細胞にて炎症時に産生されるタンパク質であり、CRPより正確に血管内皮炎症を診断できると考えられる。しかしながら、PTX3はCRPと同様、急性炎症時に産生されるタンパク質であるため、血管局所で起こる急性炎症と慢性炎症を識別できない。生体内において、急性炎症は細菌感染やアレルギーなど、健常人においても恒常的に起きるイベントであるため、患者による血中レベルの個人差が大きく、診断には患者ごとのベースラインの設定など、多段階の手間がかかる作業が必要となっている。上記のように、これまでに開発された炎症マーカーは、急性炎症に反応する生体分子を利用したものであり、血管内皮の慢性的な炎症の病態を直接反映するような炎症マーカーは見つかっていなかった。
【0005】
一方、従来より、サイトカインや細菌由来リポ多糖等の炎症性メディエーターによって刺激することで血管内皮細胞に炎症を誘発した際、細胞膜の成分であるスフィンゴ糖脂質が増加する現象が知られていた。増加するスフィンゴ糖脂質は、α1,4-ガラクトース構造を有することを特徴とする、グロボ系糖脂質であるグロボトリアオシルセラミド(Gb3、[Galα1,4Galβ1,4Glcβセラミド])であると同定され、報告されている(非特許文献3)。しかしながら、この現象の詳細については報告内容以外では検討されていない。そのため、炎症時にGb3がどのように増加するか、また他のスフィンゴ糖脂質の変化について等については不明なままであった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】メタボリックシンドローム up to date. 日本医師会雑誌, 第136巻・特別号(1), 2007年
【非特許文献2】Inoue K., et al. Establishment of a high sensitivity plasma assay for human pentraxin3 as a marker for unstable angina pectoris. Arterioscler Thromb Vasc Biol., 27, 161-167, 2007年
【非特許文献3】van de Kar NC., et al. Tumor necrosis factor and interleukin-1 induce expression of the verocytotoxin receptor globotriaosylceramide on human endothelial cells: implications for the pathogenesis of the hemolytic uremic syndrome. Blood. 80, 2755-2764, 1992年
【非特許文献4】Neville DC., et al. Analysis of fluorescently labeled glycosphingolipid-derived oligosaccharides following ceramide glycanase digestion and anthranilic acid labeling. Anal Biochem. 331, 275-282, 2004年
【非特許文献5】Kyogashima M., et al. Rapid demonstration of diversity of sulfatide molecular species from biological materials by MALDI-TOF MS. Glycobiology. 16, 719-728, 2006年
【非特許文献6】Koscielak J., et al., Structures and fatty acid compositions of neutral glycosphingolipids of human plasma. Biochim Biophys Acta. 530, 385-393, 1978年
【非特許文献7】Kwiterovich PO Jr,et al., Glycolipids and other lipid constituents of normal human liver. J Lipid Res. 11, 322-330, 1970年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、血管内皮の炎症、特に血管内皮の慢性炎症を検出するための手段及び方法を提供することである。また別の目的は、血管内皮の炎症に関連する疾患若しくは障害の発症、又はそのリスクを判定するための方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、血管内皮細胞にて産生され、かつ慢性炎症を直接的に反映するような炎症マーカーとして、スフィンゴ糖脂質の1種であるグロボテトラオシルセラミド(Gb4、図1)を見出した。また本発明者は、Gb4の構成脂肪酸が炎症によって変化することをも見出した。以上の知見から、本発明者は、Gb4若しくはその派生産物、又はそれらの構成脂肪酸を測定することによって、血管内皮の炎症を検出し、さらには血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害を判定することができるという結論に至った。
【0009】
すなわち本発明は以下の(1)〜(5)である。
(1)サンプル中のグロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定することを含む、血管内皮の炎症を検出する方法。
上記(1)の方法においては、さらにGb4又はその派生産物におけるC16脂肪酸とC24脂肪酸の含有率を測定してもよい。また上記(1)の方法において、炎症は、好ましくは慢性炎症である。
(2)上記(1)の方法によって血管内皮の炎症を検出することを含む、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害の存在又はその発症リスクを判定する方法。
上記(2)の方法において、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害としては、例えば動脈硬化、心血管梗塞及び脳血管梗塞が挙げられる。
上記(1)又は(2)の方法において、サンプルとしては、血漿又は血清を用いることが好ましい。
(3)グロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定するための手段を含む、血管内皮の炎症を検出するためのキット。
(4)グロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定するための手段を含む、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害の存在又はその発症リスクを判定するためのキット。
上記(3)又は(4)のキットにおいて、測定手段としては、Gb4又はその派生産物に対する抗体又はそのフラグメントを用いることができる。また上記(4)のキットにおいて、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害としては、例えば動脈硬化が挙げられる。
(5)グロボテトラオシルセラミド(Gb4)を産生する血管内皮細胞と被験試料とを接触させ、Gb4の産生又は活性を阻害する被験試料を選択することを含む、血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、血管内皮の炎症、特に血管内皮の慢性炎症を、迅速、簡便かつ高精度に検出することが可能となる。また本発明により、血管内皮の炎症に関連する疾患及び/又は障害の存在又はその発症リスクを測定することができる。さらに本発明により、血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】グロボテトラオシルセラミド(Gb4)の構造を示す。この構造は、代表例として、C16:0の脂肪酸から成るセラミドを含有するGb4のものである。図中、GalNAcはN-アセチルガラクトサミン、Galはガラクトース、Glcはグルコースを表す。
【図2】糖鎖蛍光標識法による中性スフィンゴ糖脂質のHPLC分析結果を示す。未処理(上図)及びTNF-α処理後(下図)の細胞由来試料の結果を示す。各矢印は市販の標準糖脂質より調製した蛍光標識糖鎖の溶出時間を表している。図中、LacCarはラクトシルセラミドを表す。
【図3】血管内皮細胞における中性糖脂質の変化を示す。図3Aは、HPLCの結果より得られた各スフィンゴ糖脂質の相対発現量をグラフにして示した。白棒は未処理の血管内皮細胞由来試料を、黒棒はTNF-α処理細胞由来試料の結果である。図3Bは、TNF-α処理後の試料に由来する糖脂質の発現レベルを未処理由来試料のものに対する比率として示した(増加率)。
【図4】細胞表面に発現するGb4の経時的変化を示す。FACS解析により、血管内皮細胞における代表的な急性炎症マーカーであるE-selectinの発現量を経時的に定量(A)し、Gb4の変化(B)と比較した。相対発現量は最大値を100%とした際の発現レベルとして示してある。
【図5】質量分析によるGb4のセラミドの構造変化の解析結果を示す。グラフはそれぞれ、ヒト赤血球由来の精製Gb4(上段)、血管内皮細胞由来の精製Gb4(中段)及びTNF-α処理後の血管内皮細胞由来の精製Gb4(下段)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、スフィンゴ糖脂質の1種であるグロボテトラオシルセラミド(globotetraosylceramide:Gb4)の炎症マーカーとしての用途に関する。すなわち、本発明者は、血管内皮細胞の成分であるGb4及びその派生産物が、細胞への炎症刺激(特に慢性的な炎症刺激)に対して、時間経過に比例して増加していくこと、また、血漿中のGb4の主要な産生組織は血管内皮細胞であること、を見出した。これらの知見から、血管内皮細胞又は血漿中のGb4又はその派生産物を測定することによって、血管内皮の炎症、特に血管内皮の慢性炎症を検出することができる。
【0013】
従って、本発明に係る方法では、まずサンプル中のGb4又はその派生産物を測定する。対象となるサンプルは、血管内皮細胞又はそれに由来する成分が含まれるサンプルであれば特に限定されるものではない。例えば、組織又は細胞サンプル(血管等)、生体液サンプル(血液、血漿、血清、尿、髄液、唾液、汗、腹水等)などが挙げられるが、採取の容易性の観点から血液(全血、血漿、血清など)、唾液、尿などの低襲性サンプルが好ましい。また、血管内皮細胞そのものをサンプルとして用いることができる。これらのサンプルは、当技術分野で公知の方法により調製し、また必要であれば前処理を行うことができる。例えば、組織又は細胞サンプルの場合は、必要に応じて(後述する測定においてELISAを使用する場合など)、前処理としてスフィンゴ糖脂質を有機溶媒(クロロホルム/メタノール2:1混合溶液)により抽出してもよい。
【0014】
なお、血液については、含有するスフィンゴ糖脂質の組成について研究されており、Gb4が主要な成分として存在することが明らかになっている。血漿中のGb4についてはセラミドの構造まで解析されており、C16脂肪酸により構成されたセラミドからなることが分かっている(非特許文献6)。一方、赤血球に存在するGb4は、C24脂肪酸により構成されたセラミドから成ることから、血漿中のGb4の産生組織は赤血球ではないと結論づけられている。実際に、血漿中のGb4に見られる、C16脂肪酸により構成されたセラミドは、赤血球のGb4を質量分析してもほとんど観察されない(図5)。一方、血管内皮細胞に由来するGb4は、上述のようにC16脂肪酸により構成されたセラミドが主成分であった(実施例3の表1参照)。血漿中に存在する脂質は、赤血球、血管内皮細胞、肝臓が主要な由来・産生組織である。このうち、Gb4が発現している組織は赤血球と血管内皮細胞であり、肝臓ではマイナー成分である(非特許文献7)。これらの結果から、血漿中のGb4の主要な産生組織は血管内皮細胞であるといえる。従って、赤血球には血管内皮由来ではないGb4が存在するため、血液サンプルを用いる場合には赤血球除去の操作を行うことが好ましい。例えば、遠心分離などの前処理によって、血液サンプル中の赤血球を除去することができる。以上から、本発明においては、サンプルとして血漿又は血清を用いることが好ましいといえる。
【0015】
また被験体、すなわちサンプルの由来は、血管内皮を有する動物であれば特に限定されるものではなく、ヒト、その他の哺乳動物、例えば霊長類(サル、チンパンジーなど)、家畜動物(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジなど)、ペット用動物(イヌ、ネコなど)、実験動物(マウス、ラットなど)などであってよい。
【0016】
サンプル中のGb4又はその派生産物の測定は、当技術分野で公知の任意の方法により行うことができる。ここで「Gb4」とは、図1に示されるグロボ系糖脂質GalNAcβ1,3Galα1,4Galβ1,4Glc-セラミドを意味する。なお、本明細書中、Galはガラクトース、Glcはグルコース、GalNAcはN-アセチルガラクトサミン、Cerはセラミドを表す。また「派生産物」とは、Gb4にさらに糖が付加することで合成されるGalβ1,3GalNAcβ1,3Galα1,4Galβ1,4Glc-セラミド(Gb5)や、Gb5にさらなる糖が付加したスフィンゴ糖脂質を意味する。図2及び3に示されるように、炎症時の血管内皮細胞においては、Gb4の派生産物に相当すると予測されるいくつかの糖脂質ピークが観察される(溶出時間25分など)。そのため、Gb4の派生産物を測定することによっても、血管内皮の炎症を検出することが可能である。
【0017】
Gb4又はその派生産物は、Gb4又はその派生産物と特異的に結合することができるリガンド(例えばGb4又はその派生産物に対する抗体)を用いることにより、公知の糖鎖蛍光標識法による高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析(非特許文献4など)により、あるいは質量分析装置(例えばMALDI-TOF-MS)による質量スペクトル強度の検出(非特許文献5など)によって、測定することができる。
【0018】
例えばGb4又はその派生産物と特異的に結合することができるリガンドとしては、それに対する抗体、植物及び細菌性の糖鎖結合タンパク質(例えば植物レクチンなど)、動物性の糖鎖結合タンパク質(セレクチン、ガレクチンなど)などが挙げられる。本発明において、リガンドとしては、その結合特異性の点から、抗Gb4抗体を用いることが好ましい。抗Gb4抗体は、当技術分野で公知の方法により作製することができる。例えば、精製したGb4糖鎖を免疫原として動物(マウス、ラットなど)を免疫し、免疫した動物から血清を採取して、血清中のポリクローナル抗体を単離することにより抗Gb4抗体を得ることができる。あるいは、免疫した動物から採取した抗体産生細胞を用いてハイブリドーマを作製し、Gb4と特異的に反応するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングし、そのハイブリドーマから抗Gb4抗体を採取してもよい。また抗Gb4抗体は、市販されており(例えばMATREYA社製、anti-globoside GL-4)、そのような市販品を用いることもできる。抗Gb4抗体はまた、当技術分野で公知の抗体フラグメント、例えばFab、Fab2、Fv、一本鎖抗体などであってもよい。
【0019】
リガンドを用いてサンプル中のGb4又はその派生産物を測定する場合、この測定は当技術分野で公知の任意の方法に基づいて実施することができる。例えば、Gb4又はその派生産物に対する抗体を用いるGb4又はその派生産物の測定は、免疫アッセイ(酵素免疫アッセイ(ELISA、EIA)、蛍光免疫アッセイ、放射性免疫アッセイ(RIA)、免疫クロマト法及びウエスタンブロット法等)などを利用して実施することができる。
【0020】
免疫アッセイは、典型的には、試験対象のサンプルを抗体と接触させ、当技術分野で公知の手法を用いて結合した抗体を検出することを含む。「接触」は、サンプル中に存在するGb4又はその派生産物と抗体とが結合できるように近接することができる状態にすることを意味し、例えば、液状サンプルと抗体含有溶液とを混合すること、固形サンプルに対して抗体含有溶液を塗布すること、抗体含有溶液に固形サンプルを浸漬することなどの操作が含まれる。
【0021】
免疫アッセイは、液相系及び固相系のいずれで行ってもよい。検出の容易性の点で、固相系を利用することが好ましい。また免疫アッセイの形式も限定されるものではなく、直接固相法の他、サンドイッチ法、競合法などであってもよい。
【0022】
アッセイの操作法は、公知の方法(Ausubel, F.M.ら編, Short Protocols in Molecular Biology, Chapter 11 "Immunology" John Wiley & Sons, Inc. 1995)により行うことができる。また、Gb4又はその派生産物と抗体との複合体を、公知の分離手段(クロマト法、塩析法、アルコール沈殿法、酵素法、固相法等)によって分離し、標識のシグナルを検出するようにしてもよい。
【0023】
免疫アッセイの一例として、例えば固相系を利用する場合、抗体を固相支持体又は担体(樹脂プレート、メンブレン、ビーズなど)に固定してもよいし、あるいはサンプルを固定してもよい。例えば、抗体を固相支持体に固定し、支持体を適当なバッファーで洗浄した後、サンプルを用いて処理する。次に固相支持体にバッファーを用いた2回目の洗浄を行って、未結合のサンプルを除去する。そして固体支持体上の結合抗体の量を、慣用的な手段により検出することによって、サンプル中のGb4又はその派生産物と抗体との結合を検出することができる。
【0024】
抗体の結合活性は、周知の方法に従って測定しうる。当業者であれば、採用する免疫アッセイの種類及び形式、使用する標識の種類及び標識の対象などに応じて、各アッセイについての有効かつ最適な測定方法を決定することができる。
【0025】
抗Gb4抗体と、サンプル中に存在するGb4又はその派生産物との反応を容易に検出するために、抗体を標識することにより該反応を直接検出するか、又は標識二次抗体若しくはビオチン−アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出する。本発明で使用可能な標識の例とその検出方法について以下に記載する。
【0026】
酵素免疫アッセイの場合には、例えば、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、アミラーゼ等を用いることができる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、グルタルアルデヒド、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。
【0027】
蛍光免疫アッセイの場合には、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等を用いることができる。これらの蛍光標識は、慣用の手法により抗体と結合させることができる。
【0028】
放射性免疫アッセイの場合には、例えば、トリチウム、ヨウ素125及びヨウ素131等を用いることができる。放射性標識は、クロラミンT法、ボルトンハンター法等の公知の方法により、抗体に結合させることができる。
【0029】
例えば、抗Gb4抗体を上記のように標識で直接標識する場合には、サンプルを標識した抗体と接触させて、Gb4−抗体の複合体を形成させる。そして未結合の標識抗体を分離して、結合標識抗体量又は未結合標識抗体量よりサンプル中のGb4又はその派生産物量を測定することができる。
【0030】
また例えば、標識二次抗体を用いる場合には、抗Gb4抗体とサンプルとを反応させ(1次反応)、得られた複合体にさらに標識二次抗体を反応させる(2次反応)。1次反応と2次反応は逆の順序で行ってもよいし、同時に行ってもよいし、又は時間をずらして行ってもよい。1次反応及び2次反応により、Gb4−抗Gb4抗体−標識二次抗体の複合体、又は抗Gb4抗体−Gb4−標識二次抗体の複合体が形成される。そして未結合の標識二次抗体を分離して、結合標識二次抗体量又は未結合標識二次抗体量よりサンプル中のGb4又はその派生産物量を測定することができる。
【0031】
ビオチン−アビジン複合体系を利用する場合には、ビオチン化した抗体とサンプルとを反応させ、得られた複合体に標識を付加したアビジン(アビジン、ストレプトアビジン、エクストラアビジン等)を反応させる。アビジンは、ビオチンと特異的に結合することができるため、アビジンに付加した標識のシグナルを検出することによって、抗体とGb4又はその派生産物との結合を測定することができる。アビジンに付加する標識は特に限定されるものではないが、例えば酵素標識(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなど)が好ましい。
【0032】
標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。基質は、使用する酵素の種類に応じて異なり、例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)、ジアミノベンジジン(DAB)等を、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール、p-ニトロフェニルリン酸塩等を用いることができる。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。
【0033】
上述したような免疫アッセイの他、免疫組織化学染色法(例えば免疫染色法)又は免疫電顕法のように、組織学的にin situでGb4を検出することも可能である。in situ検出は、組織学的サンプル(組織のパラフィン包埋切片など)に標識した抗体を接触させることにより実施しうる。
【0034】
Gb4又はその派生産物を糖鎖蛍光標識法によるHPLC分析を用いて測定する場合には、例えば非特許文献4などに記載の手法を用いることができる。具体的には、サンプルから中性糖脂質画分を抽出し、その画分から、スフィンゴ糖脂質の糖鎖をエンドグリコシルセラミダーゼ(市販品としては、rEGCaseII, タカラバイオ)による酵素消化等により遊離させ、遊離した糖鎖をアントラニル酸(2-AA)や2-アミノピリジン(PA)等の蛍光分子と還元的に結合させる。還元剤としてはシアノ水素化ホウ素ナトリウム等が利用できる。これをHPLCにて分析し、目的の蛍光標識糖鎖の蛍光強度を測定する。HPLCは、慣用の条件を用いて、例えばTSK gel-amide 80等のカラムを用いて実施することができる。HPLCにより測定された蛍光強度から目的の糖鎖の含有量を算出することができ、これに基づいてGb4又はその派生産物を測定することができる。
【0035】
またGb4又はその派生産物を質量分析装置による質量スペクトル強度の検出を用いて測定する場合には、例えば非特許文献5などに記載の手法を用いることができる。具体的には、血管内皮細胞からスフィンゴ糖脂質を抽出し、例えばカラムクロマトグラフィーなどを用いてGb4を分離精製し、精製したGb4を結晶化させた後に質量分析装置にてMSスペクトルを検出する。質量分析装置は、慣用の装置を用いることができ、例えばMALDI-TOF-MSシステムなどを利用することができる。
【0036】
上述した方法以外にも、サンプル中の糖脂質の測定方法(特開2005-62114号公報)などを利用してGb4又はその派生産物を測定することができる。
【0037】
場合によっては、Gb4又はその派生産物の構成脂肪酸の割合を測定してもよい。具体的には、例えばGb4のC16脂肪酸(C16:0)、及びC24脂肪酸(C24:0、C24:1)の含有率を測定することができる。実施例においては、炎症刺激によってGb4のセラミド構造が変化し、Gb4におけるC24:0脂肪酸の比率が増大することが示された。そのため、Gb4又はその派生産物の構成脂肪酸の割合を測定して、さらに詳細に炎症状態を検出することが可能となる。また、Gb4又は派生産物の構成脂肪酸の割合を測定することで、C16:0脂肪酸のセラミドの量を内部標準とすることができ、それによってGb4の産生量に個人差があるような場合には内部標準に対するC24:0脂肪酸の比率の増大を検出することができ、またサンプル調製の操作中に生じる誤差等を回避することができる。
【0038】
上述のように測定を行った後、サンプル中のGb4又はその派生産物のレベルが高い場合、並びに/あるいはGb4又はその派生産物のC24:0脂肪酸の比率が増大している場合には、そのサンプルが由来する被験体には血管内皮の炎症があると判定することができる。具体的な判定基準としては、Gb4又はその派生産物のレベルが、健常者のレベル又は被験者の定常レベルと比較して、10%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは70%以上である場合に、血管内皮の炎症が検出される。またGb4又はその派生産物のC24:0脂肪酸の比率が、健常者の比率又は被験者の定常の比率と比較して、10%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは70%以上である場合に、血管内皮の炎症が検出される。そしてGb4又はその派生産物は血管内皮の慢性炎症に伴ってそのレベルが増大するため、Gb4又はその派生産物のレベルを、例えば経時的にモニターすることによって、血管内皮の慢性炎症を検出し、そしてその慢性化の程度を評価することも可能である。
【0039】
さらに、他のスフィンゴ糖脂質や、CRP、PTX3等の公知の炎症マーカーなどを測定して、Gb4又はその派生産物の測定結果と組み合わせて、血管内皮の炎症の存在を判定してもよい。他のスフィンゴ糖脂質の中には血管内皮の炎症によりその発現量が増加するもの及びしないものが含まれるが、これらの他のスフィンゴ糖脂質の測定レベルを内部標準に用いることでデータの信頼性が向上する。
【0040】
以上のようにして血管内皮の炎症を検出することができるため、本発明はさらに、血管内皮の炎症に関連する疾患及び/又は障害の存在や、その発症リスクを判定することが可能となる。血管内皮の炎症に関連する疾患及び/又は障害とは、その疾患又は障害の状態と血管内皮の炎症の存在との間に相関性がある疾患又は障害を意味する。そのような疾患又は障害としては、例えば動脈硬化、心血管梗塞、脳血管梗塞などが挙げられる。
【0041】
また本発明は、血管内皮の炎症を検出するためのキット、及び血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害(例えば動脈硬化)の存在又はその発症リスクを判定するためのキットに関する。これらのキットは、Gb4又はその派生産物を測定するための手段を含むものである。このような手段としては、好ましくはGb4又はその派生産物に対する抗体又はそのフラグメントが挙げられる。従って、当該キットを用いて、サンプル中に含まれるGb4又はその派生産物を測定することによって、該サンプルが由来する被験体における血管内皮の炎症を迅速かつ簡便に検出することができる。例えば抗体を主成分として含むキットは周知であり、当業者であれば、抗体以外の適当な成分(バッファー、サンプル処理用試薬、標識など)を容易に選択することができるし、またキット中の抗体は、固相支持体(例えば、メンブレン、ビーズ等)に固定化されていてもよい。
【0042】
また、Gb4は、血管内皮の炎症に関与している可能性があるため、このGb4の産生又は活性を阻害する物質は、血管内皮の炎症を抑制する可能性がある。従って、本発明は、Gb4を産生する血管内皮細胞と被験試料とを接触させ、Gb4の産生又は活性を阻害する被験試料を選択することによって、血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法にも関する。
【0043】
Gb4を産生する血管内皮細胞は、元々炎症を有する血管内皮細胞でもよいし、あるいは炎症性メディエーターで刺激した細胞であってもよい。そのような炎症性メディエーターとしては、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)、インターロイキン1β(IL-1β)、及びリポポリサッカライド(LPS)などを用いることができる。好ましくは、血管内皮細胞はC24:0脂肪酸の比率が高いGb4を産生するものである。使用する細胞は、ヒト由来の細胞が好ましいが、哺乳動物、例えばマウス、ラット、イヌ、ネコ、サルなどに由来する細胞であってもよい。
【0044】
スクリーニングの対象となる被験試料の種類は特に限定されるものではない。例えば、被験試料は、任意の物質的因子、具体的には、天然に生じる分子、例えば、アミノ酸、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチド、タンパク質、核酸、脂質、炭水化物(糖等)、ステロイド、グリコペプチド、糖タンパク質、プロテオグリカンなど;天然に生じる分子の合成アナログ又は誘導体、例えば、ペプチド擬態物、核酸分子(アプタマー、アンチセンス核酸、二本鎖RNA(RNAi)等)など;天然に生じない分子、例えば、コンビナトリアルケミストリー技術等を用いて作成した低分子有機化合物(無機及び有機化合物ライブラリー、又はコンビナトリアルライブラリー等)など;並びにそれらの混合物を挙げることができる。また被験試料は、単一物質であってもよいし、複数の物質から構成される複合体や、転写因子等であってもよい。さらに、被験試料は、上記のような物質的因子に加えて、環境因子(放射線、紫外線など)であってもよい。
【0045】
また、被験試料としては単一の被験試料を独立に試験しても、いくつかの候補となる被験試料の混合物(ライブラリーなどを含む)について試験をしてもよい。複数の被験試料を含むライブラリーとしては、合成化合物ライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)、ペプチドライブラリー(コンビナトリアルライブラリーなど)などが挙げられる。
【0046】
スクリーニングにおいては、Gb4を産生する血管内皮細胞を被験試料と接触させる。その接触の条件は、その被験試料の種類及び細胞の種類により異なるが、当業者であれば容易に決定することができる。例えば、そのような接触は、細胞を被験試料を添加した培地中で培養することにより、細胞を被験試料を含む溶液中に浸漬することにより、又は細胞上に被験試料を積層することにより行うことができる。また、被験試料の効果は、いくつかの条件で検討することも可能である。そのような条件としては、被験試料と接触させる時間又は期間、量(大小)、回数などが挙げられる。例えば、被験試料の希釈系列を調製するなどして複数の用量を設定することができる。被験試料の接触期間も適宜設定することができるが、例えば、1日から数週間までの期間にわたって接触することができる。さらに、複数の試料の相加作用、相乗作用などを検討する場合には、被験試料を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
続いて、細胞におけるGb4のレベル又はその活性を測定する。その結果、被験試料と接触後の細胞におけるGb4の産生又はその活性が阻害されている(すなわち低減している)場合に、その被験試料を選択する。選択された被験試料は、血管内皮の炎症を抑制する物質の候補と同定される。このように同定された候補物質は、細胞レベル及び個体レベルのさらなるスクリーニングを行って、候補物質が血管内皮の炎症を抑制するか否かをさらに評価してもよい。
【0048】
このように、細胞におけるGb4の産生レベル又は活性を利用することにより、血管内皮の炎症を抑制するための物質、さらには血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害を治療又は予防するための薬物を見出し、さらには医薬又は治療法の効果を確認することが可能となる。
【0049】
以下、実施例を示して本発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、本発明は以下の例によって限定されるものではない。
【0050】
[実施例1]
本実施例においては、炎症刺激した血管内皮細胞におけるスフィンゴ糖脂質の産生について試験した。
具体的には、血液中に存在する主要な炎症性メディエーターであるTNF-α(PeproTech, Rocky Hill, NJ)で、初代培養のヒト血管内皮細胞(HUVEC)(KURABO、大阪)を、37℃にて24時間、継続的に刺激した。その細胞から、クロロホルム/メタノール2:1混合液によって糖脂質を抽出した。さらに陰イオンカラムクロマトグラフィー(DEAE Sephadex A-25; SIGMA, St. Louis, MO)により酸性画分を吸着除去することで、Gb3を含む中性糖脂質画分を精製した。これを糖鎖蛍光標識法によるHPLC分析(非特許文献4)により、スフィンゴ糖脂質の変化について解析した。糖鎖蛍光標識法によるHPLC分析では、まずスフィンゴ糖脂質の糖鎖をエンドグリコシルセラミダーゼ(rEGCaseII, タカラバイオ)による消化で遊離させ、遊離した糖鎖を蛍光分子であるアントラニル酸と還元的に結合させた。還元剤にはシアノ水素化ホウ素ナトリウムを用いた。この蛍光標識された糖鎖を、固定層としてTSK gel-amide 80 カラム(東ソー、東京)、移動層としてアセトニトリル/酢酸アンモニウム混合溶液を用いたHPLCシステム(LC Module I plus, Waters, Milford, MA)により分析した。移動層の流速等の条件は、非特許文献4に記述してある条件に従った。
【0051】
結果を図2及び3に示す。図2は、未処理(上図)及びTNF-α処理後(下図)の細胞由来試料の結果を示し、各矢印は市販の標準糖脂質より調製した蛍光標識糖鎖の溶出時間を表している。図2から、Gb3以外にも、様々なスフィンゴ糖脂質が炎症により変化することが明らかとなった。なかでも、Gb3よりも強く発現が増加するスフィンゴ糖脂質としてGb4を同定した。
【0052】
また図3Aは、HPLCの結果より得られた各スフィンゴ糖脂質の相対発現量のグラフである。グラフ中の相対発現量は、未処理の細胞由来のラクトシルセラミドの発現レベルに対する比として示し、白棒が未処理の血管内皮細胞由来試料、黒棒がTNF-α処理細胞由来試料の結果(平均±SE, n=3)を表す。図3Bは、TNF-α処理後の試料に由来する糖脂質の発現レベルを未処理由来試料のものに対する比率(増加率)として示すグラフである。この結果から、HPLCにより検出されたスフィンゴ糖脂質のうち、Gb4は、炎症刺激した血管内皮細胞における主要なスフィンゴ糖脂質成分として確認され(図3A)、炎症による発現増加率(図3B)も最大であることがわかった。
【0053】
また、図2及び3に見られるように、炎症時の血管内皮細胞においてはGb4以外にも増加が見られる幾つかの糖脂質のピーク(「others」)が観察される(溶出時間25分など)。これらはHPLCの溶出位置からGb4の派生産物に相当する糖脂質であると予測される。
【0054】
[実施例2]
本実施例においては、Gb4の炎症刺激後の動態について検討した。
炎症刺激により発現量が変化する生体分子は、炎症刺激からの時間経過に従って、その発現量が大きく変化することが知られている。例えば、血管内皮細胞における代表的な炎症マーカーであるタンパク質分子E-セレクチン(E-selectin)は、炎症刺激後の数時間以内に一過性に発現量が増加し、速やかに消失するという特徴を持つ(図4A)。Gb4についても、炎症刺激後の動態を明らかにするため、その発現量の経時的変化を、抗Gb4抗体を用いたフローサイトメトリー解析により検討した。
【0055】
具体的には、実施例1に記載の方法と同様に、初代培養のヒト血管内皮細胞をTNF-αで刺激した。未処理、又は6、12若しくは24時間の継続的な刺激後の細胞をそれぞれ回収し、抗Gb4抗体(anti-globoside GL-4、MATREYA社製,Pleasant Gap, PA)を4℃、1時間反応させ、PBSによる洗浄後、さらに蛍光標識2次抗体を1時間反応させた後、フローサイトメトリー(FACS CaliburTM, BD Biosciences)にて解析した。
【0056】
その結果を図4Bに示す。図4Bの相対発現量は最大値を100%とした際の発現レベルとして示してある。この結果から、Gb4は炎症刺激からの時間経過に比例して発現量が増加することが明らかとなり(図4B)、調べた限りでは、炎症刺激によって発現量の持続的な増加が確認された。この結果から、血管内皮におけるGb4は、炎症刺激が慢性化するほど発現量が増強する性質を持つといえる。
【0057】
[実施例3]
本実施例においては、Gb4のセラミド構造が炎症刺激前後で変化しているか否かについて質量分析による構造解析にて検討した。
実施例1に記載のようにして得た24時間刺激後の血管内皮細胞より抽出したGb4のセラミド構造を、α-CHCNをマトリクスとしたMALDI-TOF-MSシステムによる質量分析法(非特許文献5)により解析した。具体的には、血管内皮細胞から、クロロホルム/メタノール2:1混合液を用いてスフィンゴ糖脂質を抽出し、さらに固定層としてシリカゲルビーズ(イアトロビース、三菱化学)、移動層としてクロロホルム/メタノール混合液を用いたカラムクロマトグラフィーにて、Gb4を分離精製した。精製したGb4を、α-CHCNを飽和させたアセトニトリル/蒸留水1:1溶液に混合し、結晶化させた後に質量分析装置Autoflex II(Bruker Daltonics)にてMSスペクトルを検出した。
【0058】
その結果を表1に示す。表1では、脂肪酸の分子種により観察されるGb4の各スペクトルの強度を各試料中のGb4全体量に対する相対比率により示している。MSスペクトルは全て[M+Na]+イオンとして観察される。それぞれの分子量からセラミドを構成する脂肪酸の構造を決定し、表中に示した。
【0059】
【表1】

【0060】
表1に示すように、血管内皮細胞に存在するGb4は、主にC16:0、C24:0、C24:1の脂肪酸からなるセラミドで構成されていた。炎症刺激後には、C24:0を含むセラミドの比率が増加し、C16:0やC24:1を含むセラミドの比率が低下する傾向が見られた。この結果より、炎症刺激により増加するスフィンゴ糖脂質は、実際にセラミドの構造変化を伴うことが明らかとなった。Gb4については、C24:0の脂肪酸の比率が増加する特徴を持つといえる。
【0061】
一方、赤血球に存在するGb4は、C24脂肪酸を構成要素とするセラミドからなることから、血漿中のGb4の産生組織は赤血球ではないと結論づけられている。それを確認するため、上記と同様にして質量分析によりヒト赤血球由来の精製Gb4、血管内皮細胞由来の精製Gb4及びTNF-α処理後の血管内皮細胞由来の精製Gb4のセラミドの構造変化を解析した。その結果を図5に示す。図5において、ヒト赤血球由来の精製Gb4(上段)、血管内皮細胞由来の精製Gb4(中段)及びTNF-α処理後の血管内皮細胞由来の精製Gb4(下段)のMSスペクトルを示す。血漿中のGb4に見られる、C16脂肪酸により構成されたセラミドは、赤血球のGb4を質量分析してもほとんど観察されない(図5)。一方、血管内皮細胞に由来するGb4は、上述のようにC16脂肪酸により構成されたセラミドが主成分であった(表1)。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明により、血管内皮の炎症、特に慢性炎症を、迅速、簡便かつ高精度に検出することが可能となる。また本発明により、血管内皮の炎症に関連する疾患及び/又は障害の存在又はその発症リスクを測定することができる。さらに本発明により、血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法が提供される。従って、本発明は、血管内皮の炎症に関連する研究分野、医薬分野、診断分野などにおいて有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプル中のグロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定することを含む、血管内皮の炎症を検出する方法。
【請求項2】
さらにGb4又はその派生産物におけるC16脂肪酸とC24脂肪酸の含有率を測定することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
炎症が慢性炎症である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法によって血管内皮の炎症を検出することを含む、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害の存在又はその発症リスクを判定する方法。
【請求項5】
血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害が、動脈硬化、心血管梗塞及び脳血管梗塞から選択される、請求項4記載の方法。
【請求項6】
サンプルが血漿又は血清である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
グロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定するための手段を含む、血管内皮の炎症を検出するためのキット。
【請求項8】
グロボテトラオシルセラミド(Gb4)又はその派生産物を測定するための手段を含む、血管内皮の炎症に関連する疾患又は障害の存在又はその発症リスクを判定するためのキット。
【請求項9】
測定手段がGb4又はその派生産物に対する抗体又はそのフラグメントである、請求項7又は8記載のキット。
【請求項10】
グロボテトラオシルセラミド(Gb4)を産生する血管内皮細胞と被験試料とを接触させ、Gb4の産生又は活性を阻害する被験試料を選択することを含む、血管内皮の炎症を抑制する物質をスクリーニングする方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−7644(P2011−7644A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−151752(P2009−151752)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】