血管新生促進剤
【課題】虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な血管新生促進剤を提供する。
【解決手段】造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤、例えばリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤。
【解決手段】造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤、例えばリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管新生促進剤に関する。より具体的には、虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な血管新生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患・腎疾患、糖尿病性足壊死、又はバージャー病などに代表される虚血性疾患は、動脈硬化を主要因とする血管閉塞により閉塞部位下流の組織が壊死する病態である。年間患者数は脳梗塞が約140万人、心筋梗塞を含む虚血性心疾患が86万人であり、約250万人の糖尿病患者のうちの0.5%(1.3万人)が虚血性足壊死を発症している。
【0003】
血管閉塞に対する治療方法としては、バルーンカテーテルを用いた閉塞部の拡張やバイパス形成手術などの外科的治療法のほか、末梢血単核球や成長因子投与による血管新生療法がある。外科的治療法は開胸や開頭が必要であり、患者の精神的・肉体的負担はかなり大きい。加えて閉塞発症から施術までの時間経過による組織壊死は回避できないという問題がある。血管新生療法は血管の再生を期待して現時点で試験的に行われているが、再生率や部位特異性が低いという問題があり、さらに処置開始や効果発現までに数週間から数ヶ月を要するという問題もある。血管閉塞に起因する種々の疾患では、発症後の組織の機能回復の程度や速度が血管閉塞発症からの経過時間に反比例するため、閉塞発症時に迅速かつ簡便に、しかも患者に大きな負担を強いることなく血流を回復させる医薬の開発が求められている。
【0004】
一方、プロスタノイド(prostanoid)の一つであるプロスタグランジン(PG)D2は中枢神経系における主たるPGであり、睡眠誘発、痛み応答の調節、体温低下、及び黄体ホルモン分泌抑制などの中枢作用を示す。また、PGD2は末梢組織の肥満細胞やTh2リンパ球でも産生されており、血管拡張、気管支収縮、及び血小板凝集阻害などの生理作用を示し、アレルギーや炎症反応のメディエーターとして作用している。PGD2はPG類の共通中間体であるPGH2からPGD2への異性化を触媒するPGD合成酵素(PGDS)により産生されるが、PGDSにはリポカリン型PGDS(lipocalin-type PGDS: L-PGDS)と造血器型PGDS(hematopoietic PGDS: H-PGDS)の2種類が存在する。これら2種類の酵素は同じ反応を触媒するにもかかわらずアミノ酸配列に相同性が認められず、組織分布や細胞局在にも違いが認められる。それぞれの酵素で産生されたPGD2はDP及びCRTH2(J. Exp. Med., 193, pp.255-261, 2001)の2種類の受容体に作用して種々の生理機能に関与している(L-PGDS及びH-PGDSの機能についてはFolia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004などの総説を参照のこと)。
【0005】
H-PGDSはヒトでは胎盤、肺、胎児肝、及びリンパ節に多く発現し、脳、胸腺、心臓、脾臓、及び骨髄にも発現が認められる(Eur. J. Biochem., 267, pp.3315-3322, 2000)。H-PGDSにより合成されるPGD2がアレルギー反応の進展に密接に関与していることが示唆されており、抗アレルギー薬であるHQL-79がヒスタミンH1受容体拮抗作用以外にPGD2の産生抑制作用を有することが報告された(Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.1-10, 1998; Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.11-22, 1998)、さらにHQL-79がH-PGDSを選択的に阻害する作用を有していることも明らかにされた(Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004)。
【0006】
また、アレルギー反応以外については、デュシェンヌ型筋ジストロフィーや多発性筋炎患者の壊死筋(Act Neuropathol. (Berl), 104, pp.377-384, 2002)、外傷性脳損傷により活性化されたミクログリア細胞においてH-PGDSの誘導が観察され、H-PGDSノックアウトマウスでは野生型マウスに比べて筋壊死や外傷性能損傷の拡大が軽度であり、回復が早いことも明らかにされている(Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004)。しかしながら、従来、H-PGDSが血管閉塞を伴う虚血により生じる組織壊死に関与していることを示唆する報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004
【非特許文献2】J. Exp. Med., 193, pp.255-261, 2001
【非特許文献3】Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.1-10, 1998
【非特許文献4】Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.11-22, 1998
【非特許文献5】Act Neuropathol. (Berl), 104, pp.377-384, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な血管新生促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、血管閉塞部位においてH-PGDSが発現していること、及びこの酵素活性を阻害することにより血管透過性及び血管新生が促進され、虚血部位の血流が回復して組織壊死を回避できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明により、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤が提供される。この発明の好ましい態様によれば、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤を有効成分として含む上記の血管新生促進剤が提供される。
【0011】
さらに好ましい態様によれば、本発明により、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上、好ましくは200μM以上、さらに好ましくは300μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下、好ましくは40μM以下であり、さらに好ましくは30μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む上記の血管新生促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤が特開平7-70112号公報に記載された一般式(1)で表されるテトラゾール誘導体である上記の血管新生促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤がHQL-79である上記の血管新生促進剤;及び虚血部位における血管新生を促進する上記の血管新生促進剤が提供される。
【0012】
また、本発明により、虚血による組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む医薬;虚血が血管閉塞に起因する虚血である上記の医薬;血管閉塞が脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、閉塞性動脈硬化、糖尿病、又はバージャー病により生じる血管閉塞である上記の医薬が提供される。
【0013】
さらに本発明により、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管透過性促進剤;虚血部位における血管透過性を促進する上記の血管透過性促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血流回復剤;及び虚血部位における血流を回復する上記の血流回復剤が提供される。
【0014】
別の観点からは、本発明により、上記の血管新生促進剤、上記の血管透過性促進剤、上記の血流回復剤、及び上記の医薬の製造のための造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤の使用が提供される。
【0015】
さらに別の観点からは、本発明により、血管新生を促進する方法、好ましくは虚血部位における血管新生を促進する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血管新生を促進する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;虚血による組織壊死を予防及び/又は治療する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;血管透過性を促進する方法、好ましくは虚血部位における血管透過性を促進する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血管透過性を促進する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;及び血流を回復する方法、好ましくは虚血部位における血流を回復する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血流を回復する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の医薬は血管新生促進作用を有しており、虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な医薬として利用することができる。H-PGDSは正常組織ではほとんど発現していないが、血管閉塞部位においては特異的に高濃度に発現することから、本発明の医薬を用いてこの酵素を特異的に阻害することにより、全身投与においても血圧変動などの副作用を伴わずに部位特異的に効果的な治療が可能になる。血管新生に関与するVEGFをノックアウトしたマウスでは血管形成不全から子供は生まれないが、H-PGDSをノックアウトしたマウスの子は全く正常に発育することから、PGD2はVEGFとは異なり生理的な血管新生や個体発生には影響しない。従って、本発明の医薬は血管閉塞を伴う虚血による組織壊死の予防及び/又は治療のほか、血管閉塞を伴う虚血部位における血管透過性促進、血流回復、及び血管新生促進を目的として安全に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】マウスの左肢大腿動脈を結紮して虚血による指の欠損や下肢の壊死を観察した結果を示した図である。WTは野生型マウス、H-PGDS KOはH-PGDS遺伝子欠損マウスの結果を示す。右図は結紮7日目における壊死の割合を示す。
【図2】動脈結紮後の下肢における血流をレーザードップラーを用いて測定した結果を示した図である。
【図3】虚血処置を施したマウスの下肢組織切片を作成して病理学的検討を行った結果を示した図である。
【図4】結紮部位の周囲に存在する血管における側復路形成を示した図である。結紮後には結紮部(「1」)の周囲に存在する血管(「2」〜「6」)は代償性に血管径を広げて血流を確保する。左図は結紮していない対照を示す。右グラフは側復路における血管径を示す。
【図5】側復路形成と血管新生亢進をCTスキャンによる血管造影で確認した結果を示した図である。
【図6】側復路形成を病理切片により観察した結果を示した図である。
【図7】病理切片を用いて虚血筋肉組織における毛細血管密度を定量した結果を示した図である。
【図8】虚血部位におけるH-PGDSの発現を観察した結果を示した図である。
【図9】マウスの目を用いて血管新生を評価した結果を示した図である。
【図10】マウスの耳において色素漏出量の亢進を観察した結果を示した図である。
【図11】虚血処置を行ったマウスに色素を静脈内投与して下肢における血管透過性を評価した結果を示した図である。
【図12】HQL-79の投与により下肢の血流障害は改善された結果を示した図である。
【図13】HQL-79の投与により血流回復に伴って大腿動脈切断による下肢壊死が改善された結果を示した図である。
【図14】病理学的検討においてHQL-79の投与により筋肉壊死が回避された結果を示した図である。
【図15】CTスキャンによる血管造影により、虚血処置を行った下肢においてHQL-79投与により閉塞血管以外の側復路の血管径拡張及び血管新生亢進が認めらたことを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の血管新生促進剤は、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含むことを特徴としている。
血管新生には、典型的には以下の3つの態様:(a)血管の内径の拡大;(b)既存の血管からの分枝としての血管の新生;及び(c)造血幹細胞から分化した血管内皮細胞による全く新しい血管の新生などが包含されるが、本明細書において用いられる「血管新生」の用語にはこれらの態様はいずれも包含される。「血管新生」の用語はいかなる意味においても限定的に解釈してはならず、上記の3つの態様を含めて最も広義に解釈しなければならない。
【0019】
本発明の血管新生促進剤の有効成分として用いられる造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤としては、例えば、Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004のFig.5に記載された方法に従って、精製された造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害作用を確認することができる物質であればいかなるものを用いてもよいが、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対して特異的な阻害作用を有する物質を用いることが好ましい。本明細書において「特異的」とは、例えば造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対して阻害作用を有し、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対しては実質的に阻害作用を有していないことを意味するが、例えばリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上、好ましくは200μM以上、さらに好ましくは300μM以上であり、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下、好ましくは40μM以下であり、さらに好ましくは30μM以下である物質を好ましく用いることができる。
【0020】
ヒト由来 H-PGDS はグルタチオンS転移酵素(GST)のスーパーファミリーに属し、アミノ酸残基数 198個、分子量 23,300、グルタチオン(GSH)要求性(Km=300μM)酵素で、ダイマーとして機能することが知られている。ラット由来H-PGDSの3 次元立体構造が解析されており、モノマー構造は4 本のβストランドと3 本のαヘリックスで構成されるN末端側ドメインと、5 本のαヘリックスで構成されるC末端側ドメインの 2 つのドメインからなり、全体構造は他の GST と類似しているが、活性に関与する Trp104 の側鎖の配向が他のGSTの構造にはない特徴を有することが報告されている(Cell, 90、pp.1085-1095, 1997)。また、Ca2+及び Mg2+結合型のヒト由来H-PGDSのX線結晶構造解析の結果、及びダイマーの中心に存在する金属イオンによる活性化とその詳細なメカニズムが報告されており、細胞質中に数mMの濃度で存在するMg2+によって活性化され、反応に必須の補酵素GSHの親和性が 4 倍以上向上している可能性が示唆されている(Nat. Struct. Biol., 10, pp.291-296, 2003)。
【0021】
H-PGDSの反応機構については、基質であるPGH2の類似化合物との複合体の構造解析結果から、シクロペンタン環の11位に存在するペルオキシド酸素が補酵素GSHのS原子から 3.3Åに位置したおり、酵素に結合して活性化されたGSHのS 原子が11位のペルオキシド酸素を攻撃して共有結合を形成するものと予想されている。また、この反応機構の解析を基にして種々のH-PGDS阻害剤とH-PGDSとの結合様式についても推定がなされている(SAR News, No.10, pp.2-6, 2006、日本薬学会構造活性相間部会発行)。特に、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤であるHQL-79(特開平9-70112号公報、1-[3-(1H-テトラゾール-5-イル)プロピル]-4-(ベンズヒドリルオキシ)ピペリジン)とH-PGDSとの結合様式、及びHQL-79の誘導体と阻害作用の構造活性相間についてもSAR News, No.10, pp.2-6, 2006に詳しく紹介されているので、当業者はH-PGDSに対して阻害作用を有する化合物候補をイン・シリコスクリーニングなどの手法を用いて容易に取得することができ、精製された酵素を用いてその阻害作用を確認することが可能である。SAR News, No.10, pp.2-6, 2006の開示の全てを参照により本明細書の開示に含める。
【0022】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤としては、例えば、特開平7-70112号公報に記載された一般式(1)で表されるテトラゾール誘導体を用いることができ、特に好ましいのはHQL-79である。また、SAR News, No.10, pp.2-6, 2006のFig.4に記載されたBSPT、CBB、PGD-042などを用いることもできる。もっとも、本発明の医薬の有効成分はこれらの化合物に限定されることはない。本発明の医薬の有効成分としては、遊離形態の化合物又は生理学的に許容されるその塩のほか、水和物又は溶媒和物などを用いてもよい。立体異性体が存在する場合には、エナンチオマー又はジアステレオマーなどの純粋な形態の立体異性体のほか、ラセミ体や任意の立体異性体の混合物を用いることもできる。
【0023】
本発明の医薬は、虚血部位などにおいて亢進されている造血器型プロスタグランジンD合成酵素の活性を抑制することにより、その部位において血管新生を促進することができ、その結果、虚血部位における血流を回復させ、虚血による組織壊死を予防及び/又は治療することができる。また、本発明の医薬は虚血部位における血管透過性を促進する作用を有している。
【0024】
これらの作用に基づいて、本発明の医薬は、特に血管閉塞に起因して閉塞部位やこの部位よりも下流の組織において虚血により引き起こされる組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬として有用である。血管閉塞により虚血が生じる疾患は特に限定されないが、例えば、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、虚血性胃疾患、虚血性肝臓疾患、閉塞性動脈硬化、糖尿病、又はバージャー病などを挙げることができ、虚血により引き起こされる組織壊死としては、脳組織壊死、心臓組織壊死、筋肉組織壊死、腸組織壊死、腎組織壊死、胃組織壊死、肝臓組織壊死などを例示することができるが、これらに限定されることはない。例えば、糖尿病性の虚血四肢壊死などは本発明の医薬の好ましい適用対象である。
【0025】
本発明の医薬としては造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を単独で投与してもよいが、好ましくは、当業者に周知の方法によって製造可能な経口用あるいは非経口用の医薬組成物として投与することができる。経口投与に適する医薬用組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤等を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0026】
上記の医薬組成物は、薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物を加えて製造することができる。薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物の例としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0027】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、疾患の種類、予防又は治療の目的、有効成分の種類などに応じて適宜選択することができ、さらに患者の体重や年齢、症状、投与経路など通常考慮すべき種々の要因に応じて、適宜増減することができる。例えば、経口投与の場合には成人一日あたり 0.01 〜1,000 mg程度の範囲で用いることができるが、投与量は当業者に適宜選択可能であり、上記の範囲に限定されることはない。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
麻酔下で野生型(WT)マウスの左肢大腿動脈を結紮、切除した後、切開部を縫合した。3日後に虚血による指の欠損や下肢の壊死が観察された(図1、上左)。H-PGDSの遺伝子欠損(KO)マウス(Cancer Res., 67, pp.881-889, 2007)に同様の処置を施して観察したところ、指の欠損や下肢の壊死は全く観察されなかった。壊死の割合は結紮7日目においてWTマウスで17%であるのに対して、H-PGDS KOマウスでは0%であった(図1、上右)。動脈結紮後の下肢における血流をレーザードップラーを用いて測定した結果を図2に示す。WTマウスでは結紮21日くらいまでに40%ほどの回復しか認められないが、H-PGDS KOマウスでは7日で90%以上の回復が観察された。この結果は虚血部においてH-PGDSの活性を抑制することにより虚血による組織壊死を抑制できる可能性を示唆している。
【0029】
マウス下肢の組織切片を作成して病理学的検討を行った結果、WTマウスでは虚血処置3日〜7日で筋組織の壊死(線維損傷)が認められたが、H-PGDS KOマウスでは筋組織が正常な状態に保たれていた(図3)。また、結紮部位(図4の右図「1」)の周囲に存在する血管(図4の右図「2」〜「6」)は代償性に血管径を広げて血流を確保するが(側復路形成、図4の左図は結紮していない対照を示す)、H-PGDS KOマウスではこの側復路の形成が早く、かつ大きかった(図4、右グラフ)。CTスキャンを用いて血管造影を行ったところ、H-PGDS KOの虚血部位(図5、右図、矢頭)では側復路の血管径増大と血管新生亢進が認められた(結紮7日目)。また、病理切片観察により、虚血大腿部の血管においてH-PGDS KO(図6、下図)では血管径の増大及び平滑筋化が認められ、血管平滑筋が発達して厚みを増す様子が観察された。
【0030】
病理切片を用いて虚血筋肉組織における毛細血管密度を定量した結果を図7に示す。左図の緑色は筋繊維(赤)を取り巻く毛細血管である。H-PGDS KOマウスでは結紮後の速やかな毛細血管密度上昇が認められた。7日目にはWTマウスの毛細血管密度が上昇しているが、これは組織損傷からの回復時に認められる血管新生亢進であり、一方、H-PGDS KOマウスでは血流が極めて早期に回復したことから虚血による損傷が殆どなく、これ以上の毛細血管新生が不要の状態であることから7日目における毛細血管密度上昇が認められなかったと考えられる。虚血部位におけるH-PGDSの発現を観察した結果を図8に示す。病理切片観察により虚血大腿部に存在するマクロファージ(図8上段の赤CD68)にH-PGDS発現(上段中央の緑)が認められた。この発現は虚血処置を行っていない腓腹筋では観察されなかった。
【0031】
マウスの目を用いて血管新生を評価した。角膜内にVEGF(血管内皮細胞増殖因子)を含ませたポリマーを移植すると眼輪血管からポリマーに向って血管新生が観察される(図9AのWT)。H-PGDS KOマウスの角膜ではWTマウスと比較して血管新生が亢進していた。また、WT hem RCマウス(H-PGDS KOマウスの骨髄を放射線照射した後、WTの骨髄を移植することにより血液成分だけをWTのマウス由来の成分に置き換えたマウスであり、血液成分はWT、それ以外の臓器はすべてHPGDS KOの状態となっている)では、H-PGDS KOで認められた血管新生亢進は観察されなかった。この結果は、血液成分に発現したH-PGDSが血管新生に対して抑制的に作用しており、血液成分において発現しているH-PDGSを阻害することにより血管新生を促進できる可能性を示す。
【0032】
血管新生は大別すると(1)内皮細胞の透過性亢進、(2)遊走、及び(3)増殖という3つの過程を経て進行するが、H-PGDS KOに観察される血管新生亢進のメカニズムとして血管透過性の上昇が考えられる。青色の色素を静脈投与したマウスの耳にIL-1b又はVEGFを皮内投与して刺激すると血管透過性が上昇し色素漏出が観察されるが、H-PGDS KOマウスにおいてはWTマウスに比較し両者による色素漏出量の亢進が観察された(図10)。また、虚血処置を行ったマウスに青色の色素を静脈内投与して下肢における血管透過性を評価したところ、H-PGDS KOマウスの虚血下肢ではWTマウスに比較して色素漏出量の亢進が認められた(図11)。
【0033】
例2
例1と同様にして麻酔下のマウスの左肢大腿動脈を結紮、切除した後、切開部を縫合した。H-PGDS阻害剤であるHQL-79を生理食塩水に溶解し、虚血処置6時間前から30 mg/kgの濃度で1日あたり2回経口投与した。虚血処置1週間後の病理切片を作成して筋肉像を観察した。また、レーザードップラーを用いて腓腹筋の血流を測定した。この結果、HQL-79の投与により下肢の血流障害は改善され(図12)、血流回復に伴って大動脈切断による下肢壊死が改善された(図13)。壊死の割合は結紮7日目において生理食塩水のみを投与したマウスで20%であるのに対して、HQL-79を投与したマウスでは0%であった(図13、右)。病理学的検討を行った結果、虚血処置を行った腓腹筋では1週間後に筋線維の萎縮や壊死が認められたが、HQL-79の投与によりこの筋肉壊死が回避されていた(図14)。また、CTスキャンによる血管造影の結果から、HQL-79投与により虚血処置を行った下肢において閉塞血管以外の側復路(図15、矢頭)の血管径拡張及び血管新生亢進が認められた。
【技術分野】
【0001】
本発明は血管新生促進剤に関する。より具体的には、虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な血管新生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患・腎疾患、糖尿病性足壊死、又はバージャー病などに代表される虚血性疾患は、動脈硬化を主要因とする血管閉塞により閉塞部位下流の組織が壊死する病態である。年間患者数は脳梗塞が約140万人、心筋梗塞を含む虚血性心疾患が86万人であり、約250万人の糖尿病患者のうちの0.5%(1.3万人)が虚血性足壊死を発症している。
【0003】
血管閉塞に対する治療方法としては、バルーンカテーテルを用いた閉塞部の拡張やバイパス形成手術などの外科的治療法のほか、末梢血単核球や成長因子投与による血管新生療法がある。外科的治療法は開胸や開頭が必要であり、患者の精神的・肉体的負担はかなり大きい。加えて閉塞発症から施術までの時間経過による組織壊死は回避できないという問題がある。血管新生療法は血管の再生を期待して現時点で試験的に行われているが、再生率や部位特異性が低いという問題があり、さらに処置開始や効果発現までに数週間から数ヶ月を要するという問題もある。血管閉塞に起因する種々の疾患では、発症後の組織の機能回復の程度や速度が血管閉塞発症からの経過時間に反比例するため、閉塞発症時に迅速かつ簡便に、しかも患者に大きな負担を強いることなく血流を回復させる医薬の開発が求められている。
【0004】
一方、プロスタノイド(prostanoid)の一つであるプロスタグランジン(PG)D2は中枢神経系における主たるPGであり、睡眠誘発、痛み応答の調節、体温低下、及び黄体ホルモン分泌抑制などの中枢作用を示す。また、PGD2は末梢組織の肥満細胞やTh2リンパ球でも産生されており、血管拡張、気管支収縮、及び血小板凝集阻害などの生理作用を示し、アレルギーや炎症反応のメディエーターとして作用している。PGD2はPG類の共通中間体であるPGH2からPGD2への異性化を触媒するPGD合成酵素(PGDS)により産生されるが、PGDSにはリポカリン型PGDS(lipocalin-type PGDS: L-PGDS)と造血器型PGDS(hematopoietic PGDS: H-PGDS)の2種類が存在する。これら2種類の酵素は同じ反応を触媒するにもかかわらずアミノ酸配列に相同性が認められず、組織分布や細胞局在にも違いが認められる。それぞれの酵素で産生されたPGD2はDP及びCRTH2(J. Exp. Med., 193, pp.255-261, 2001)の2種類の受容体に作用して種々の生理機能に関与している(L-PGDS及びH-PGDSの機能についてはFolia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004などの総説を参照のこと)。
【0005】
H-PGDSはヒトでは胎盤、肺、胎児肝、及びリンパ節に多く発現し、脳、胸腺、心臓、脾臓、及び骨髄にも発現が認められる(Eur. J. Biochem., 267, pp.3315-3322, 2000)。H-PGDSにより合成されるPGD2がアレルギー反応の進展に密接に関与していることが示唆されており、抗アレルギー薬であるHQL-79がヒスタミンH1受容体拮抗作用以外にPGD2の産生抑制作用を有することが報告された(Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.1-10, 1998; Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.11-22, 1998)、さらにHQL-79がH-PGDSを選択的に阻害する作用を有していることも明らかにされた(Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004)。
【0006】
また、アレルギー反応以外については、デュシェンヌ型筋ジストロフィーや多発性筋炎患者の壊死筋(Act Neuropathol. (Berl), 104, pp.377-384, 2002)、外傷性脳損傷により活性化されたミクログリア細胞においてH-PGDSの誘導が観察され、H-PGDSノックアウトマウスでは野生型マウスに比べて筋壊死や外傷性能損傷の拡大が軽度であり、回復が早いことも明らかにされている(Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004)。しかしながら、従来、H-PGDSが血管閉塞を伴う虚血により生じる組織壊死に関与していることを示唆する報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004
【非特許文献2】J. Exp. Med., 193, pp.255-261, 2001
【非特許文献3】Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.1-10, 1998
【非特許文献4】Jpn. J. Pharmacol., 78, pp.11-22, 1998
【非特許文献5】Act Neuropathol. (Berl), 104, pp.377-384, 2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な血管新生促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、血管閉塞部位においてH-PGDSが発現していること、及びこの酵素活性を阻害することにより血管透過性及び血管新生が促進され、虚血部位の血流が回復して組織壊死を回避できることを見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明により、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤が提供される。この発明の好ましい態様によれば、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤を有効成分として含む上記の血管新生促進剤が提供される。
【0011】
さらに好ましい態様によれば、本発明により、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上、好ましくは200μM以上、さらに好ましくは300μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下、好ましくは40μM以下であり、さらに好ましくは30μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む上記の血管新生促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤が特開平7-70112号公報に記載された一般式(1)で表されるテトラゾール誘導体である上記の血管新生促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤がHQL-79である上記の血管新生促進剤;及び虚血部位における血管新生を促進する上記の血管新生促進剤が提供される。
【0012】
また、本発明により、虚血による組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む医薬;虚血が血管閉塞に起因する虚血である上記の医薬;血管閉塞が脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、閉塞性動脈硬化、糖尿病、又はバージャー病により生じる血管閉塞である上記の医薬が提供される。
【0013】
さらに本発明により、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管透過性促進剤;虚血部位における血管透過性を促進する上記の血管透過性促進剤;造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血流回復剤;及び虚血部位における血流を回復する上記の血流回復剤が提供される。
【0014】
別の観点からは、本発明により、上記の血管新生促進剤、上記の血管透過性促進剤、上記の血流回復剤、及び上記の医薬の製造のための造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤の使用が提供される。
【0015】
さらに別の観点からは、本発明により、血管新生を促進する方法、好ましくは虚血部位における血管新生を促進する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血管新生を促進する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;虚血による組織壊死を予防及び/又は治療する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;血管透過性を促進する方法、好ましくは虚血部位における血管透過性を促進する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血管透過性を促進する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法;及び血流を回復する方法、好ましくは虚血部位における血流を回復する方法、さらに好ましくは血管閉塞を伴う虚血部位における血流を回復する方法であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤をヒトを含む哺乳類動物に投与する工程を含む方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明の医薬は血管新生促進作用を有しており、虚血性組織壊死を引き起こす血管閉塞などの疾患に対して有効な医薬として利用することができる。H-PGDSは正常組織ではほとんど発現していないが、血管閉塞部位においては特異的に高濃度に発現することから、本発明の医薬を用いてこの酵素を特異的に阻害することにより、全身投与においても血圧変動などの副作用を伴わずに部位特異的に効果的な治療が可能になる。血管新生に関与するVEGFをノックアウトしたマウスでは血管形成不全から子供は生まれないが、H-PGDSをノックアウトしたマウスの子は全く正常に発育することから、PGD2はVEGFとは異なり生理的な血管新生や個体発生には影響しない。従って、本発明の医薬は血管閉塞を伴う虚血による組織壊死の予防及び/又は治療のほか、血管閉塞を伴う虚血部位における血管透過性促進、血流回復、及び血管新生促進を目的として安全に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】マウスの左肢大腿動脈を結紮して虚血による指の欠損や下肢の壊死を観察した結果を示した図である。WTは野生型マウス、H-PGDS KOはH-PGDS遺伝子欠損マウスの結果を示す。右図は結紮7日目における壊死の割合を示す。
【図2】動脈結紮後の下肢における血流をレーザードップラーを用いて測定した結果を示した図である。
【図3】虚血処置を施したマウスの下肢組織切片を作成して病理学的検討を行った結果を示した図である。
【図4】結紮部位の周囲に存在する血管における側復路形成を示した図である。結紮後には結紮部(「1」)の周囲に存在する血管(「2」〜「6」)は代償性に血管径を広げて血流を確保する。左図は結紮していない対照を示す。右グラフは側復路における血管径を示す。
【図5】側復路形成と血管新生亢進をCTスキャンによる血管造影で確認した結果を示した図である。
【図6】側復路形成を病理切片により観察した結果を示した図である。
【図7】病理切片を用いて虚血筋肉組織における毛細血管密度を定量した結果を示した図である。
【図8】虚血部位におけるH-PGDSの発現を観察した結果を示した図である。
【図9】マウスの目を用いて血管新生を評価した結果を示した図である。
【図10】マウスの耳において色素漏出量の亢進を観察した結果を示した図である。
【図11】虚血処置を行ったマウスに色素を静脈内投与して下肢における血管透過性を評価した結果を示した図である。
【図12】HQL-79の投与により下肢の血流障害は改善された結果を示した図である。
【図13】HQL-79の投与により血流回復に伴って大腿動脈切断による下肢壊死が改善された結果を示した図である。
【図14】病理学的検討においてHQL-79の投与により筋肉壊死が回避された結果を示した図である。
【図15】CTスキャンによる血管造影により、虚血処置を行った下肢においてHQL-79投与により閉塞血管以外の側復路の血管径拡張及び血管新生亢進が認めらたことを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の血管新生促進剤は、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含むことを特徴としている。
血管新生には、典型的には以下の3つの態様:(a)血管の内径の拡大;(b)既存の血管からの分枝としての血管の新生;及び(c)造血幹細胞から分化した血管内皮細胞による全く新しい血管の新生などが包含されるが、本明細書において用いられる「血管新生」の用語にはこれらの態様はいずれも包含される。「血管新生」の用語はいかなる意味においても限定的に解釈してはならず、上記の3つの態様を含めて最も広義に解釈しなければならない。
【0019】
本発明の血管新生促進剤の有効成分として用いられる造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤としては、例えば、Folia Pharmacol. Jpn., 123, pp.5-13, 2004のFig.5に記載された方法に従って、精製された造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害作用を確認することができる物質であればいかなるものを用いてもよいが、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対して特異的な阻害作用を有する物質を用いることが好ましい。本明細書において「特異的」とは、例えば造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対して阻害作用を有し、リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対しては実質的に阻害作用を有していないことを意味するが、例えばリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上、好ましくは200μM以上、さらに好ましくは300μM以上であり、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下、好ましくは40μM以下であり、さらに好ましくは30μM以下である物質を好ましく用いることができる。
【0020】
ヒト由来 H-PGDS はグルタチオンS転移酵素(GST)のスーパーファミリーに属し、アミノ酸残基数 198個、分子量 23,300、グルタチオン(GSH)要求性(Km=300μM)酵素で、ダイマーとして機能することが知られている。ラット由来H-PGDSの3 次元立体構造が解析されており、モノマー構造は4 本のβストランドと3 本のαヘリックスで構成されるN末端側ドメインと、5 本のαヘリックスで構成されるC末端側ドメインの 2 つのドメインからなり、全体構造は他の GST と類似しているが、活性に関与する Trp104 の側鎖の配向が他のGSTの構造にはない特徴を有することが報告されている(Cell, 90、pp.1085-1095, 1997)。また、Ca2+及び Mg2+結合型のヒト由来H-PGDSのX線結晶構造解析の結果、及びダイマーの中心に存在する金属イオンによる活性化とその詳細なメカニズムが報告されており、細胞質中に数mMの濃度で存在するMg2+によって活性化され、反応に必須の補酵素GSHの親和性が 4 倍以上向上している可能性が示唆されている(Nat. Struct. Biol., 10, pp.291-296, 2003)。
【0021】
H-PGDSの反応機構については、基質であるPGH2の類似化合物との複合体の構造解析結果から、シクロペンタン環の11位に存在するペルオキシド酸素が補酵素GSHのS原子から 3.3Åに位置したおり、酵素に結合して活性化されたGSHのS 原子が11位のペルオキシド酸素を攻撃して共有結合を形成するものと予想されている。また、この反応機構の解析を基にして種々のH-PGDS阻害剤とH-PGDSとの結合様式についても推定がなされている(SAR News, No.10, pp.2-6, 2006、日本薬学会構造活性相間部会発行)。特に、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤であるHQL-79(特開平9-70112号公報、1-[3-(1H-テトラゾール-5-イル)プロピル]-4-(ベンズヒドリルオキシ)ピペリジン)とH-PGDSとの結合様式、及びHQL-79の誘導体と阻害作用の構造活性相間についてもSAR News, No.10, pp.2-6, 2006に詳しく紹介されているので、当業者はH-PGDSに対して阻害作用を有する化合物候補をイン・シリコスクリーニングなどの手法を用いて容易に取得することができ、精製された酵素を用いてその阻害作用を確認することが可能である。SAR News, No.10, pp.2-6, 2006の開示の全てを参照により本明細書の開示に含める。
【0022】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤としては、例えば、特開平7-70112号公報に記載された一般式(1)で表されるテトラゾール誘導体を用いることができ、特に好ましいのはHQL-79である。また、SAR News, No.10, pp.2-6, 2006のFig.4に記載されたBSPT、CBB、PGD-042などを用いることもできる。もっとも、本発明の医薬の有効成分はこれらの化合物に限定されることはない。本発明の医薬の有効成分としては、遊離形態の化合物又は生理学的に許容されるその塩のほか、水和物又は溶媒和物などを用いてもよい。立体異性体が存在する場合には、エナンチオマー又はジアステレオマーなどの純粋な形態の立体異性体のほか、ラセミ体や任意の立体異性体の混合物を用いることもできる。
【0023】
本発明の医薬は、虚血部位などにおいて亢進されている造血器型プロスタグランジンD合成酵素の活性を抑制することにより、その部位において血管新生を促進することができ、その結果、虚血部位における血流を回復させ、虚血による組織壊死を予防及び/又は治療することができる。また、本発明の医薬は虚血部位における血管透過性を促進する作用を有している。
【0024】
これらの作用に基づいて、本発明の医薬は、特に血管閉塞に起因して閉塞部位やこの部位よりも下流の組織において虚血により引き起こされる組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬として有用である。血管閉塞により虚血が生じる疾患は特に限定されないが、例えば、脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、虚血性胃疾患、虚血性肝臓疾患、閉塞性動脈硬化、糖尿病、又はバージャー病などを挙げることができ、虚血により引き起こされる組織壊死としては、脳組織壊死、心臓組織壊死、筋肉組織壊死、腸組織壊死、腎組織壊死、胃組織壊死、肝臓組織壊死などを例示することができるが、これらに限定されることはない。例えば、糖尿病性の虚血四肢壊死などは本発明の医薬の好ましい適用対象である。
【0025】
本発明の医薬としては造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を単独で投与してもよいが、好ましくは、当業者に周知の方法によって製造可能な経口用あるいは非経口用の医薬組成物として投与することができる。経口投与に適する医薬用組成物としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、液剤、及びシロップ剤等を挙げることができ、非経口投与に適する医薬組成物としては、例えば、注射剤、坐剤、吸入剤、点眼剤、点鼻剤等を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0026】
上記の医薬組成物は、薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物を加えて製造することができる。薬理学的、製剤学的に許容しうる添加物の例としては、例えば、賦形剤、崩壊剤ないし崩壊補助剤、結合剤、滑沢剤、コーティング剤、色素、希釈剤、基剤、溶解剤ないし溶解補助剤、等張化剤、pH調節剤、安定化剤、噴射剤、及び粘着剤等を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0027】
本発明の医薬の投与量は特に限定されず、疾患の種類、予防又は治療の目的、有効成分の種類などに応じて適宜選択することができ、さらに患者の体重や年齢、症状、投与経路など通常考慮すべき種々の要因に応じて、適宜増減することができる。例えば、経口投与の場合には成人一日あたり 0.01 〜1,000 mg程度の範囲で用いることができるが、投与量は当業者に適宜選択可能であり、上記の範囲に限定されることはない。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
麻酔下で野生型(WT)マウスの左肢大腿動脈を結紮、切除した後、切開部を縫合した。3日後に虚血による指の欠損や下肢の壊死が観察された(図1、上左)。H-PGDSの遺伝子欠損(KO)マウス(Cancer Res., 67, pp.881-889, 2007)に同様の処置を施して観察したところ、指の欠損や下肢の壊死は全く観察されなかった。壊死の割合は結紮7日目においてWTマウスで17%であるのに対して、H-PGDS KOマウスでは0%であった(図1、上右)。動脈結紮後の下肢における血流をレーザードップラーを用いて測定した結果を図2に示す。WTマウスでは結紮21日くらいまでに40%ほどの回復しか認められないが、H-PGDS KOマウスでは7日で90%以上の回復が観察された。この結果は虚血部においてH-PGDSの活性を抑制することにより虚血による組織壊死を抑制できる可能性を示唆している。
【0029】
マウス下肢の組織切片を作成して病理学的検討を行った結果、WTマウスでは虚血処置3日〜7日で筋組織の壊死(線維損傷)が認められたが、H-PGDS KOマウスでは筋組織が正常な状態に保たれていた(図3)。また、結紮部位(図4の右図「1」)の周囲に存在する血管(図4の右図「2」〜「6」)は代償性に血管径を広げて血流を確保するが(側復路形成、図4の左図は結紮していない対照を示す)、H-PGDS KOマウスではこの側復路の形成が早く、かつ大きかった(図4、右グラフ)。CTスキャンを用いて血管造影を行ったところ、H-PGDS KOの虚血部位(図5、右図、矢頭)では側復路の血管径増大と血管新生亢進が認められた(結紮7日目)。また、病理切片観察により、虚血大腿部の血管においてH-PGDS KO(図6、下図)では血管径の増大及び平滑筋化が認められ、血管平滑筋が発達して厚みを増す様子が観察された。
【0030】
病理切片を用いて虚血筋肉組織における毛細血管密度を定量した結果を図7に示す。左図の緑色は筋繊維(赤)を取り巻く毛細血管である。H-PGDS KOマウスでは結紮後の速やかな毛細血管密度上昇が認められた。7日目にはWTマウスの毛細血管密度が上昇しているが、これは組織損傷からの回復時に認められる血管新生亢進であり、一方、H-PGDS KOマウスでは血流が極めて早期に回復したことから虚血による損傷が殆どなく、これ以上の毛細血管新生が不要の状態であることから7日目における毛細血管密度上昇が認められなかったと考えられる。虚血部位におけるH-PGDSの発現を観察した結果を図8に示す。病理切片観察により虚血大腿部に存在するマクロファージ(図8上段の赤CD68)にH-PGDS発現(上段中央の緑)が認められた。この発現は虚血処置を行っていない腓腹筋では観察されなかった。
【0031】
マウスの目を用いて血管新生を評価した。角膜内にVEGF(血管内皮細胞増殖因子)を含ませたポリマーを移植すると眼輪血管からポリマーに向って血管新生が観察される(図9AのWT)。H-PGDS KOマウスの角膜ではWTマウスと比較して血管新生が亢進していた。また、WT hem RCマウス(H-PGDS KOマウスの骨髄を放射線照射した後、WTの骨髄を移植することにより血液成分だけをWTのマウス由来の成分に置き換えたマウスであり、血液成分はWT、それ以外の臓器はすべてHPGDS KOの状態となっている)では、H-PGDS KOで認められた血管新生亢進は観察されなかった。この結果は、血液成分に発現したH-PGDSが血管新生に対して抑制的に作用しており、血液成分において発現しているH-PDGSを阻害することにより血管新生を促進できる可能性を示す。
【0032】
血管新生は大別すると(1)内皮細胞の透過性亢進、(2)遊走、及び(3)増殖という3つの過程を経て進行するが、H-PGDS KOに観察される血管新生亢進のメカニズムとして血管透過性の上昇が考えられる。青色の色素を静脈投与したマウスの耳にIL-1b又はVEGFを皮内投与して刺激すると血管透過性が上昇し色素漏出が観察されるが、H-PGDS KOマウスにおいてはWTマウスに比較し両者による色素漏出量の亢進が観察された(図10)。また、虚血処置を行ったマウスに青色の色素を静脈内投与して下肢における血管透過性を評価したところ、H-PGDS KOマウスの虚血下肢ではWTマウスに比較して色素漏出量の亢進が認められた(図11)。
【0033】
例2
例1と同様にして麻酔下のマウスの左肢大腿動脈を結紮、切除した後、切開部を縫合した。H-PGDS阻害剤であるHQL-79を生理食塩水に溶解し、虚血処置6時間前から30 mg/kgの濃度で1日あたり2回経口投与した。虚血処置1週間後の病理切片を作成して筋肉像を観察した。また、レーザードップラーを用いて腓腹筋の血流を測定した。この結果、HQL-79の投与により下肢の血流障害は改善され(図12)、血流回復に伴って大動脈切断による下肢壊死が改善された(図13)。壊死の割合は結紮7日目において生理食塩水のみを投与したマウスで20%であるのに対して、HQL-79を投与したマウスでは0%であった(図13、右)。病理学的検討を行った結果、虚血処置を行った腓腹筋では1週間後に筋線維の萎縮や壊死が認められたが、HQL-79の投与によりこの筋肉壊死が回避されていた(図14)。また、CTスキャンによる血管造影の結果から、HQL-79投与により虚血処置を行った下肢において閉塞血管以外の側復路(図15、矢頭)の血管径拡張及び血管新生亢進が認められた。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤。
【請求項2】
阻害剤が造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤である請求項1に記載の血管新生促進剤。
【請求項3】
リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む請求項2に記載の血管新生促進剤。
【請求項4】
特異的阻害剤がHQL-79である請求項2に記載の血管新生促進剤。
【請求項5】
虚血による組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む医薬。
【請求項6】
虚血が血管閉塞に起因する虚血である請求項5に記載の医薬。
【請求項7】
血管閉塞が脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、閉塞性動脈硬化、又は糖尿病により生じる血管閉塞である請求項6に記載の医薬。
【請求項8】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管透過性促進剤。
【請求項9】
虚血部位における血管透過性を促進する請求項8に記載の血管透過性促進剤。
【請求項10】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血流回復剤。
【請求項11】
虚血部位における血流を回復する請求項10に記載の血流回復剤。
【請求項1】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管新生促進剤。
【請求項2】
阻害剤が造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する特異的阻害剤である請求項1に記載の血管新生促進剤。
【請求項3】
リポカリン型プロスタグランジンD合成酵素に対してIC50が100μM以上であり、かつ造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対するIC50が50μM以下である特異的阻害剤を有効成分として含む請求項2に記載の血管新生促進剤。
【請求項4】
特異的阻害剤がHQL-79である請求項2に記載の血管新生促進剤。
【請求項5】
虚血による組織壊死を予防及び/又は治療するための医薬であって、造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む医薬。
【請求項6】
虚血が血管閉塞に起因する虚血である請求項5に記載の医薬。
【請求項7】
血管閉塞が脳梗塞、心筋梗塞、狭心症、虚血性腸疾患、虚血性腎疾患、閉塞性動脈硬化、又は糖尿病により生じる血管閉塞である請求項6に記載の医薬。
【請求項8】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血管透過性促進剤。
【請求項9】
虚血部位における血管透過性を促進する請求項8に記載の血管透過性促進剤。
【請求項10】
造血器型プロスタグランジンD合成酵素に対する阻害剤を有効成分として含む血流回復剤。
【請求項11】
虚血部位における血流を回復する請求項10に記載の血流回復剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【公開番号】特開2013−14520(P2013−14520A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247492(P2009−247492)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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